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<記念講演>
スマート・エイジング
~脳を鍛えて健やかに生きる~
講師
司会
東北大学加齢医学研究所
川島隆太 教授
川島教授は東北大学加齢医学研究所で主に脳機能イメージング、脳機能開発分野に
ついて研究されています。
「脳を鍛える」をテーマに脳機能を向上させるために、教育・出
版・IT・エンターテイメントなどさまざまな分野でご活躍されています。ニンテンドー
DSのソフト『脳トレ』シリーズの監修で皆様にはおなじみかと思います。それでは川島
教授、どうぞよろしくお願いいたします。
-------------------------------------------------------------------------------皆さんこんにちは。東北大学の川島でございます。今日は皆様に「スマート・エイジング
脳を鍛えて健やかに生きる」というタイトルでお話を申し上げたいと思います。
私の専門についてですが、人間の脳の働きを画像で見るということをずっと生業にしてき
ました。この私の研究技術を使う中で、どうやら私たちの脳と心を元気にする方法をみつ
けられるらしいということがわかってきて、こちらの開発も進めております。
今日は皆様方の脳をどうやって元気にするのかというテーマについてお話を申し上げたい
と思います。体は医療で、そして脳と心というのはおそらく脳科学や認知心理学が健康に
関して情報を与えてくれるのではないかと考えております。
私どもはスマート・エイジングという新しい研究テーマを立てているのですが、これには
理由があります。こちらの図(スライド)は時々、目にされることがあるのではないでし
ょうか。横軸が年代です。1950 年から始まって、今 2013 年、2050 年までの未来を示して
います。赤線は、日本の人口の中で 65 歳以上の人が占める割合が何%かを表しています。
だいたい、今 23%ぐらいになっています。100 人のうち 23 人の方が 65 歳以上であること
を示しています。これが、2050 年にどうなるかというと、100 人のうち 40 人以上が 65 歳
以上になってしまう、こういう難しい時代になってきます。ただ、これだけであれば事態
はさして深刻ではありません。もっと深刻なのは青の線が示している日本の総人口の推移
です。人口というのはこれまでずっと増えてきました。もちろん、戦争や飢饉などがある
たびに増えたり減ったりしてきましたが、全体として去年、一昨年あたりまで有史以来、
ゆっくり増えてきていました。これが、初めて減り始めるのです。人口が減るということ
がどれだけ深刻かと言うと、今、
「アベノミクス、アベノミクス」と言って皆さん浮かれて
いますが、アベノミクスに将来はありません。なぜかと言うと、人口が減るからです。人
口が減るということは、経済の活動総量がどんどん減っていくということを表しています
から、今までのように右肩上がりで世の中は放っておけばどんどん良くなるんだという考
え方は通用しなくなります。だから、何か知恵を何か知恵を絞らなければいけない。社会
がどんどん小さくなっていく中で、高齢者の方の割合だけが増えていく。こういう難しさ
があります。
私たちが年を取るということ、皆様どんなイメージを持っていらっしゃるでしょうか。お
そらく、多くの方と一緒に非常に後ろ向きのイメージだと思います。後ろ向きのイメージ
の最たるものがグリム童話の中に出てきます。グリム童話の中に「人間の寿命を決めまし
た」というお話があります。ちょっとお話をたどってみます。
神様ゼウスの前にさまざまな動物がいます。最初にやってきたのはロバです。ロバに対し
てゼウスは「おまえに 30 年の寿命をあげよう」と言ったのですが、ロバは「そんなにいら
ない」と答えます。なぜなら、
「自分は一生懸命に働いているのに、ムチで打たれ殴られる
生活をしている。それで 30 年も生きていたくない。お願いだから短くしてください」
。ゼ
ウスは「分かった。では 18 年短くしておまえの寿命は 12 年にしてやる」
。そして、ロバの
寿命は 12 年に決まりました。次いでやってきたのは犬です。神様は平等ですから犬にも「30
年の寿命をやろう」と言います。すると犬も「そんなにいらない」と言います。
「そんなに
長生きしたら歯が抜けてしまって噛みつけなくなる。足も弱って走れなくなる。それでは
犬でなくなってしまう。お願いだから短くしてくれ」。神様は「分かった。では 12 年減ら
しておまえの寿命は 18 年にしてあげよう」。今でも小型犬はだいたい 18 歳から 20 歳くら
いの寿命です。次にやってきたのは猿です。猿にも神様は「30 年の寿命をやろう」と言っ
たのですが、猿は猿で「自分は道化、おもしろおかしいことをして人を笑わせる生活をし
ている。それで 30 年も生きていたくありません。お願いだから短くしてください」
。神様
は「わかった。10 年短くしておまえの寿命は 20 年にしてやる」。こうしてさまざまな動物
の寿命が決まりました。最後にやってきたのが人間です。人間に対しても神様は「30 年の
寿命をやろう」と言ったのですが、人間だけは「いやいやそれでは短い。せっかく家を建
てて、庭木を植え、実が採れるようになったばかりなんだ。それで人生が終わってしまう
なんてとんでもない。お願いだから延ばしてください」。神様はやさしいです。
「わかった。
ではおまえに、ロバからもらった 18 年を足してやろう」と言いました。人間はごうつくば
りです。もっとほしいと言いました。「わかった。犬からもらった 12 年もやろう」
「いやい
やもっとほしい」。さすがに神様もちょっとムッとして、「これで最後だ。猿からもらった
10 年もやろう」ということで、人間の寿命は約 70 歳ということに決まったと物語に書いて
あります。ただ、オチはここではありません。だから、私たちの人生は最初の 30 年間は人
としての人生です。おもしろおかしく楽しく暮らすことができます。やがて、私たちが送
るのはロバの人生です。一生懸命働いているのに、ムチで打たれ殴られ、こんな生活が待
っています。私は今、53 歳なのですが寿命が延びた分を考えると、ちょうどロバの人生の
まっただ中だな、という気がして仕方がありません。本人は一生懸命稼いだつもりでいる
のですが、女房からは足りない足りない、と虐げられている、まさにロバの人生でござい
ます。その後、私に訪れるのは犬の人生です。どんなに悔しいことがあっても噛みつくこ
とさえできない。すみっこでうなることしかできない人生になってしまいます。そして最
後に訪れるのが猿の人生です。惚けてボロが出て、人から笑われる人生が 10 年待っていま
す。こんな残酷なことを童話の中で言っています。ひどいですよね、これでいいのでしょ
うか。
従来、私たちが年を取るということは、本当に悪いことだ、後ろ向きだと考えられていま
す。こうして「アンチエイジング」というとんでもない言葉が世の中で一人歩きしていま
す。アンチエイジングというのはふざけた言葉なんですよ。テレビとか雑誌を見るとすぐ
に出てきます。どれだけふざけているかというと、アンチエイジングという言葉の裏に何
が隠れているのか。これを考えるとすぐにわかります。アンチエイジングという言葉の裏
には、年を取ることはある意味、病気である。年を取ることは醜くなることである。若者
は年寄りより常に優れている。まさにさきほどのグリム童話と一緒ですね。こんなふざけ
た考えがアンチエイジングという言葉の後ろ側にあります。これは主に西洋の考え方です。
私たちはこんな考え方を持っている超高齢化社会を作っていったのでは、これから生き残
れないであろうということで、東北大学としてはまず、新しい標語を考えました。「スマー
トエイジング」です。なんでもカタカナにすればいい、というのは反対だったのですが、
日本語で良い標語はないかということで、教授会で随分、ディスカッションがありました。
「スマート」というのは「賢い」ということなのですが、スマートエイジングに代わる日
本語の良い標語として唯一出たアイデアが、
「華麗なる加齢」というものなのですが、何と
なくカタカナの「カレー」にも聞こえそうな気がしたので、スマートエイジングに決まり
ました。
この考え方の中では、私たちが年を取ることは成長なのだ、より賢くなることなのだ、人
間の発達なのだ、ということです。5歳の子どもが5年、年を取って 10 歳になる。これは、
誰しもが成長だ、発達だと認めると思います。私たち東北大学は、例えば 80 歳の方が5年
年を取って 85 歳になることも成長だ、発達だと言えるようなそんな人をつくりたい、そん
な社会をつくりたい、こういう願いを持っています。
こう聞くと、ちょっと突飛で新しいように感じるかもしれませんが、私たち日本の中では
この考え方は実は昔からありました。世阿弥という方をご存知ですか。能の創始者として
知られています。昔は猿楽とも言われて知られていました。この世阿弥さんが、能の役者
の教科書、『風姿花伝』という書物を書いています。非常に有名な本です。この本の中で、
能の役者には2種類の花が咲く、という説明をしています。最初の花は「時分の花」
。これ
は、若い役者であれば誰もが咲かすことができる花です。子どもであれば、子どもだとい
うだけでかわいらしい、若ければ若いだけで美しい、これを、時分の花と呼んでいます。
時分の花は年を取ると失われてしまうという運命も持っています。テレビで見ない日はな
い芦田愛奈ちゃん、かわいいですね。でもあの子が 30 歳になったらどうでしょうか。かわ
いくもなんともありません。これが自分の花の正体です。もうひとつ咲く花があると説明
しています。これが「まことの花」です。まことの花というのは、能の役者が能の修行を
積んだときのみ人生の晩年で咲かすことができる、内側から出てくる花である、と世阿弥
は言っています。時分の花とまことの花、どちらがいい、悪いは風姿花伝の中では言って
いないのですが、私の感覚からすると失われてしまった時分の花にすがりつきたいと願っ
て生きる生き方がアンチエイジングという生き方であり、まことの花を咲かせようと努力
する生き方がスマートエイジングという生き方である。我々はどちらを取るべきか、人と
してどちらが正しいのか、答えは明らかだと思います。
ただ、実際にどうすればスマートに、賢く年を取ることができるのでしょうか。医学的に
は4つポイントがあると考えられています。1つは、毎日の生活の中で頭をきちんと使う
こと。運動をする習慣を持つこと。バランスの取れた栄養を採りつづけること。最後に、
人と積極的に関わること。この4つだと考えています。私は脳の学者ですから、この脳を
使う習慣というものは、どういうものがいちばん効率的で賢いのか、ということを研究し
ています。
ちなみに、私たちの脳も年とともに働きが落ちます。ただ、その落ち方に特徴があります。
脳の働きについて簡単に説明します。ここに出ている写真は、私自身の脳の写真です。向
かって左側の写真は頭の前側、おでこの方です。向かって右側の写真が、頭の後ろ側の写
真になります。いちばん前にある赤で囲った場所が前頭葉と呼ばれていて、ここが運動を
支配する、体を動かす命令を出す部分です。青で囲った部分が頭頂葉と呼ばれていて、触
覚を司る部分です。何かに触ったり、誰かに触られたり、こういうことを教えてくれます。
緑で囲った場所が側頭葉と呼ばれていて、音を聞くという仕事をしています。黄色で囲っ
た場所は後頭葉と呼ばれていてものを見るという仕事をしています。このように、私たち
の脳は場所ごとに違う働きを持っているという特長を持っています。この脳の中で、賢く
年を取るための鍵となる場所があることに気が付きました。それは、前頭葉の運動の場所
の前側に広がる、この広い領域です。ちょうど皆さんのおでこの後ろにくっついています。
ここを専門の言葉では、前頭前野と呼んでいます。この部分は、私たち人間だけが特別に
発達していて、ほかの動物には少ししかついていません。実際に前頭前野にどのような働
きがあるのか、おそらく人間ならではの働きがあるに違いないと思ったのですが、その通
りでした。ものを考えたり、新しいことを作り出すという能力であったり、自分の感情な
どを抑制する、我慢するという能力、他者と上手にコミュニケーションをするという自分
の気持ちを上手に相手に伝えたり、相手の気持ちを上手に受け取ったり、こういう能力で
あったり、意欲や集中力がわいてきたり、自分から何かしようという気持ちがわいてきた
り、そして学習や記憶、そういう能力がここに詰まっています。どうでしょうか。いかに
大事かということがわかると同時に、もうひとつ、気付いた方がいらっしゃるのではない
でしょうか。この脳の働きは実は年とともに失われやすい能力を持っているということで
も有名です。
私たちは年を重ねると体力の低下を感じます。だいたい、20 歳を過ぎたあたりから体力の
低下というものは感じると思います。この会場を見ますとほぼ皆さん、体力が低下してい
らっしゃるようでございます。自分の体力が落ちてきたということを自覚すると同時に、
少しずつ頭の様子もおかしくなってきたな、と感じられる方も多いのではないでしょうか。
最初に、皆さんが自分自身で感じられる脳の老化の症状、間違いなく記憶のトラブルから
起こっているはずです。特に最初に起こるのが、長期記憶の呼び出し障害です。何が起こ
るかというと、会話の中に指示代名詞が異常に増えるという現象が起こります。
「あれ取っ
て、あれ」
「うん?」
「それ」
「そう、それ」これだけで会話が通じてしまいます。ご夫婦の
間では阿吽の呼吸と言って喜ぶ方がいらっしゃいますが、とんでもない間違いです。要は
固有名詞が出てこなくなってしまったので、仕方なく「あれ、これ、それ、どれ」で話を
している、それだけの症状です。この症状が皆さんに襲ってきたころ、同じ記憶の障害で
も違うタイプ、短期記憶の取り込み障害というものが襲ってきます。いわゆる物忘れとい
うものです。物忘れはそれほどひどいとは思われない方も、何か取ろうと思って台所へ行
って冷蔵庫を開けた。その瞬間に家族に声をかけられた。そして、もういちど冷蔵庫に向
き直ったときに自分は何を取りにきたんだろう…この経験がある人は、既に前頭前野の老
化に伴う記憶の取り込み障害が始まっています。あとは、意外と皆様方は自覚されないの
ですが、この感情を制御するという力も、この会場ですと8割以上の方は失っていらっし
ゃいます。これは、男性の方はすごくわかりやすいです。男性の方はご自身のこと、女性
の方はお近くにいらっしゃる男性の方のことをちょっと考えてみてください。20 歳くらい
のときは悲しい映画を観ていても、涙ひとつこぼさなかった冷血漢たちが、今はどうでし
ょうか。ちょっと悲しいテレビを観ただけで思わずうるうるしている姿を見ることも多い
かと思います。年を取って感性が豊かになったときれいに表現する方がいますが、とんで
もない間違いです。脳が老化した結果、情動の制御力が落ちて人前で自分の感情があらわ
になる、それだけの症状なのです。ですから、皆さんがご家族やご友人から、「最近、怒り
っぽいよ」と言われたら要注意です。この言葉を脳科学では、「最近、前頭前野が老化して
きたよ」と翻訳することができます。年を重ねていくと、認知症という嫌な病気の名前が
聞こえてきます。認知症というのは、いろいろな原因でなるのですが、認知症になってし
まった患者様がご自宅でご家族と楽しく暮らせなくなる理由というのがまさにこれら前頭
前野の働きの低下と直結しているのです。認知症になるとどのような症状が出るのか。ま
ずは、行動や情動の制御力が落ちます。だから、異常行動をしてしまったり、徘徊をして
しまったりします。それから、情動の制御力が落ちた結果、突然泣いたり怒ったり、感情
やぶれがどんどん、どんどん大きくなっていって家族との間に軋轢が増えます。これをき
っかけとしてコミュニケーションの障害がおとずれはじめます。認知症の患者様のおっし
ゃりたいことを我々が理解しきれない、我々がお伝えしたいことが認知症の患者様にご理
解いただけない。それから、記憶の障害がおとずれるということはあまりにも有名です。
朝ご飯を食べ終わった 30 分後に部屋から出てきて、
「私のご飯はまだですか?」
「お母さん、
さっき食べましたよ」
「うちの嫁は飯も食わせてくれない」実はすごく多いケンカなのです。
そして何よりも困るのは、やがて意欲が低下してしまい、自発性も低下し、身辺の自立能
力が失われてしまうということです。自分の力で食事ができなくなる、着替えもできなく
なる、トイレも行けなくなる、だからオムツが必要になる、介護が大変になる、家にいら
れなくなる。こういうコースをたどります。私は脳の研究者として人間ならではの脳、前
頭前野を鍛えるという方法を見つけることができれば私たち自身が脳の老化症状から少し
離れることができるかもしれない。そして、万が一皆様のご家族がアルツハイマーになっ
たとしても、家族ときちんとコミュニケーションができて自分の身の回りが自分でできさ
えすれば、別にアルツハイマーだろうが何だろうが死ぬまで楽しく家族と一緒に暮らすこ
とができる。こんな社会を作れるかもしれないと考えました。
実際に皆様方の前頭前野の働きをどうにかするには、誠に残念なお知らせがあります。こ
の図(スライド)の横軸が 20 歳から 80 歳までの年齢です。縦軸は世界中の心理学の検査
をまとめた標準点がずっとあります。まず、良いニュースからいきましょう。黒の線を見
てください。この黒の線は知恵や知識を問うテストのものです。世界中のものを見るとな
んと 60 代から 80 代の方がいちばんいい点を取れているという結果が書いてあります。当
たり前といえば当たり前です。人生経験が豊かになるにつれて、知恵や知識が豊かになる
わけです。ですから、ある意味、知恵や知識の脳は年をとるにつれていい脳になっている
はずなのですが、問題はこの赤の線です。今、ご説明申し上げた前頭前野の働き、なんと
20 歳からまっすぐに下がってしまいます。40、50 からガクッと下がるわけでもなんでもあ
りません。20 歳からグイグイと下がるわけです。実際に 20 歳の方と 30 歳の方の集団でテ
ストすると、平均点にすごく差が出ます。それぐらいグーンと下がります。ではなぜ、中
年期まで大丈夫なのかと言うと、知恵や知識が増えていたから。前頭前野の値が下がるの
を知恵や知識でごまかしていた。このごまかしがきかなくなるのが中年期以降だというだ
けの話です。ですから、前頭前野の健康を保とうという考えは、実は 20 歳を過ぎたら全員
の方が意識すべきことであると考えています。
ちなみに、この前頭前野の働きを調べることができるテストというのが、世の中にはたく
さんあります。今日はせっかくの機会ですから、皆様方の前頭前野が健康かどうか、今か
ら診断してみたいと思います。よろしくお付き合いください。まずは、ウォーミングアッ
プからいきます。ここに4種類の色の名前をその色でお示しします。どんどん切り替えて
いきますから、文字が切り替わったらその文字の色を声に出して読んでください。できる
だけ早く声に出して読んでください。小さな声で結構ですから確実に発声してください。
文字を声に出して読んでください。スタート。
次に本番、いきます。今度は、色が出てきたら、その色を言ってください。さきほどと同
じように切り替えていきます。例えば、赤という字が青で書いてあるときは「青」と読ん
でください。文字を読んではいけません。できるだけ早く、そして今度は大きな声で読む
ようにしてください。スタート。
私たちの脳はこの記号を見た瞬間に、これはひらがなだと自動的に判断します。そういう
ように教育で皆さんの脳は作り上げられています。でも、素直にひらがなだと判断するこ
とを我慢して、抑制をかけて「色は何か」と私が言ったルールに沿った行動をする。実は
皆さんの脳は極めて複雑なことをしています。このテストは出力テストと言われていて、
もう140年近い歴史を持っているテストです。昔は脳の奥深くの場所の働きを見ている
と信じられてきましたが、最近の研究で前頭前野の働きが反映されていることがわかりま
す。言いづらかった方、間違えた方、明らかにサビが出始めているのです。このサビをど
うやって落とすのかというのが今日のメインテーマでございます。これを私たちは脳を鍛
えるというように呼んでいます。このサビ落としのために、私たちはたったひとつの記憶
力にずっと注目していました。作動記憶と言います。なにやら難しい名前に聞こえますが、
皆さんが普段、日常的に使っている記憶力の1つです。記憶の中にはずっと脳の中に情報
が残る長期の記憶と、使ったらいらなくなってパッと消えてしまう短期の記憶というもの
がありますが、この作動記憶は消えてなくなるものの代表の記憶です。なぜ、作動という
特別な名前が付いているかというと、頭の中に記憶するだけではなく記憶した情報を操作
して加工したり、使うということまで含まれている考え方です。こういっても何のことか
よくわからないと思いますが、例えば、今私の話を聞いているときに皆さんの脳の中では
作動記憶が全力で働いています。なぜなら、私の口から出ている音を皆さんは耳で聞き、
皆さんの作動記憶の引き出しにまず入れます。ある程度たまったところで皆さんの脳は何
をするかというと、皆さんの頭の後ろにある過去の記憶と作動記憶の中の私の声との照合
作業を行います。そしてその結果として、今この場で私の口から音として出たものをどう
理解するのが素直で正しいのかという判断を作動記憶の上で行っているのです。
この作動記憶の訓練をすると、作動記憶の容量が大きくなります。そうすると、どんない
いことがあるかというと、たくさんの情報を頭の中に書き留めながら行動することができ
ます。逆のパターンを考えるとわかりやすいかもしれません。作動記憶が小さい人は頭の
中に1つ、2つのことしか入れたまま行動をすることしかできないので、ちょっとトラブ
ルが起こるとそのトラブルに対処できないでパニックになります。でも、作動記憶の容量
の大きい人はたくさんの情報を常に頭の中に置きながら行動していますから、多少トラブ
ルが起こっても、作戦Aで対応したり作戦Bで対応したりと上手に対処することができま
す。私たちの生活の質にかなりの差が出ます。仕事であれ、勉強であれ、家事であれ、な
んでもです。ものすごく差が出ます。ただ、トレーニングすれば能力が上がると言われ、
トレーニングできるかというとなかなかそう簡単にはいきません。体でいえば、運動生理
学が進んできましたから、毎日だいたい 30 分から1時間、有酸素運動をすると体力の低下
をとどめることができます。それは、常識としてもうわかっています。そう言われても毎
日は運動できませんよね。3日しか続きません。雨が降ったらもうジョギングはやめた、
これが普通の人の考え方です。私たちも記憶のトレーニングをしたら記憶力が良くなって
すごく良いのですが、それだけでは皆さん、やってくれないと思います。いろいろ調べて
いくと、結構良いことが起こることがわかります。普通、記憶のトレーニングをすると記
憶力が上がるだけと思いがちですが、なんとおまけがついてくるということがわかってき
ました。記憶力以外のさまざまな前頭前野の働きが上がるという効果がついてくるのです。
これは、子どものテストで実際にはこんなことは起こらないのですが、イメージとしては
英語の試験の勉強しかしなかったのに、理科や社会でも100点が取れてしまいましたと
いうような、1粒で2度、3度おいしい効果がついてくることが研究でわかっています。
心理学の世界では2種類の典型的な記憶のトレーニング方法があります。ひとつはスパン
課題と言われているものです。これは覚えるものの量を順番に増やすという記憶のトレー
ニングです。例えば、9つの○があります。この中で1箇所、色を変えます。続いて違う
場所の色を変えます。順番に6箇所の色を変えていきますから、6つ見終わった後に指で
変わった順番を指してください。
-会場の参加者がスライドを見ながらテストに挑戦-
これで6つができる人は7つ、7つができる人は8つというように順次、覚える数を増や
していきます。だいたい皆様方は今、この6つができなかった人はちょっとどきどきして
もらった方がよいかと思います。7つくらいからトレーニングが始まります。大学生たち
は8つ、9つからトレーニングを始め、1か月くらいたつと 30 個くらい覚えるようになり
ます。初めは8つしか覚えられなかったので、だいたい3倍くらい能力を伸ばしたことに
なります。皆様も毎日、5分くらいやっていただきますと1か月後には 20 くらいは平気で
覚えられるようになってきます。今やらないでおくと7つのままです。
もうひとつ、典型的なトレーニングとして使うものがNバック課題というものです。この
Nの中には数字が入ります。2バック課題の説明をします。2バック課題というのは、2
つ前に何が起きたかというのを思い出してもらうものです。私たちは、足し算の問題を使
うのですが、1問目の答えを後で使うので記憶しておいてください。2問目の答えも記憶
しておいてください。3問目のとき、2バック課題なので2つ前の問題の答えを言います。
常に2つ前に出た問題の答えを言うようにしてください。やってみましょう。
-会場の参加者がスライドを見ながらテストに挑戦-
この2バックができる人は3バック、3バックができる人は4バックというように覚える
数をどんどん増やしていきます。皆様方はだいたい1バックからトレーニングが始まりま
す。学生たちで2バックか3バックからトレーニングが始まります。学生は1か月ぐらい
やってもらうと8バックくらい出来る人がでてきます。実際、私もかれこれ1年ぐらい隠
れて家でトレーニングをやっているのですが、18 バックまでできます。18 問前に出された
問題に瞬時に答えることができます。でも、私も最初は3バックしかできませんでしたか
ら、1年前から比べると私の作動記憶は3倍に広がったということができるわけです。
これをするとどんないいことがあるかということを調べました。大学生を2組に分けて今
の記憶トレーニングをやる組とやらない組を比べてみたところ、記憶トレーニングをした
組は記憶力が上がっただけでなくて知能も上がり、我慢する能力も上がって、新しいもの
をつくり出す能力も上がりました。いろいろな能力が上がりました。それだけではありま
せん。私たちは脳の体積を測定することができるのですが、それによると前頭前野の体積
が増えている。実は脳の体積というのは年とともに減ります。でも、きちんと使うと増や
すことができます。これが私たちの見つけた研究成果です。ですから、この記憶トレーニ
ングをすると前頭前野を作り変えることができるので、いろいろな能力が上がってくると
いうことがわかりました。またまた、やる気になったのではないでしょうか。
ちなみに、知的能力だけでなく運動能力も向上することがわかっています。これは、宮城
県の仙台大学というところでスケルトンというソリ競技の人に協力してもらいました。
2003 年度から 2006 年度に入学した人たちはベストタイムが 58 秒後半です。この人たちは
私たちと出会っていません。2008 年度、2009 年度に入学した人たちは私たちと一緒に先ほ
どのトレーニングをしたのですが、なんとタイムがぐっと速くなり、ちゃんとオリンピッ
クに行っているんです。作動記憶力が伸びると運動能力も伸びるということで、実はオリ
ンピックで日の丸をたくさん揚げられるのではないかとひそかに思っています。このトレ
ーニングを市販しました。市販化に至っては裏話があって、まず、オリンピック選手を作
り出すために、運動選手の能力を伸ばすという研究からスタートしました。最初はコンピ
ュータでトレーニングできるようにしたものの、彼らはワールドカップを転戦するため、
この脳のトレーニングのためだけにコンピュータを持って歩かせるのは大変だということ
で、任天堂さんにお願いしてゲーム機でこのトレーニングができるようにしてもらいまし
た。売る目的とは別にワールドカップを転戦する選手のために、ニンテンドーDSという
小さなゲーム機上でトレーニングできるようにしてもらいました。それを見ていた私が自
分もトレーニングしたいと言い出したのです。それは、50 歳を過ぎたあたりから何となく
頭に薄皮1枚被ったような嫌な感覚が私自身にあって、若い大学院生と話をしているとな
んとなく、彼らは若い、自分は少し年老いてきたかなという嫌な感覚を持っていて自信を
失いかけていました。このトレーニングをすれば、もしかすると自分は元に戻れるかもし
れないという期待を込めて、今度は任天堂さんに「お願いだから私のために作って!」と
言いました。そして、せっかく作ったのだから売ってしまおうということで「鬼トレーニ
ング」ができました。鬼トレーニングと書いてあるのには理由があって、先ほど皆さんに
やっていただいたようなきついトレーニングがたくさん入っています。任天堂の社長には
「任天堂史上はじめて楽しくないゲームを作ってしまった」と言われました。なかなか厳
しい内容なので、前の「脳トレ」ほどは売れていないのですが、海外では非常に期待が高
いようです。
ただ、このようなゲーム機を使わなくても、もっと身近なところでトレーニングができな
いかと考えるのは当然です。おそらく、条件は生活行為の中で見つけたい。作動記憶を使
う生活行為は何か。あまり難しいものは誰でもできるものではない。誰でもできる簡単で
易しいもの、それで脳を活性化できたらそれにこしたことはない。でも、トレーニングな
のだから脳に十分負荷がかからないとダメだ、とも考えました。脳に負荷がかかっている
かどうかということについては、私たちは研究の専門家です。このような装置を使って脳
がどれくらい働いているかということを画像化することができます。ただ、ここには大問
題があります。易しくて簡単ということと、脳がいっぱい働くということは矛盾している
のです。これまでの多くの脳データが示していたものは、私たちの脳というものはより複
雑で難しいことをすればたくさん働く。易しいことをしたのでは働かない。これが、大常
識でした。大常識と言いつつも、この大常識はどこからきたかというとネズミやサルやネ
コのデータからきたものでした。ヒトのデータではなかったのです。私たちは実はその常
識を裏切るデータがあることに気付いたのです。なにかというと、計算問題を解いたり、
文章を読むという行為です。皆さんに「2+3は?」と聞いた時に頭を使った感覚はゼロ
だと思いますが、最先端の装置で測ると左右の前頭前野を含めて脳のいろいろな部分がい
っぺんに働いている。自分としては頭を使った感覚がないのに、脳だけうわーっと働いて
いる。文章を声に出してもすごく脳が働いている。これらは、作動記憶を使う行為です。
これでトレーニングできるのではないかと思いました。また、書くということもすごく良
いことをみつけました。違う装置で前頭前野の負荷を測ったのですが、手書きで手紙を書
くと前頭前野にわぁっと負荷がかかります。パソコンを使ったり、携帯やスマートフォン
を使うとまったく働きません。なんでパソコンを使うと働かないか、意外に感じるかもし
れませんが、普通に考えると当たり前のことです。コンピュータは何のためにあるのか。
情報を処理するためです。コンピュータを使って作業をするということは、私たちの脳の
働きを補助する装置を使って作業するということです。この装置を使ったら自分の脳を使
わなくても結果が出てくるのは当たり前のことです。だから楽で便利なのですが、IT機
器というのは自分の脳を使わせないという怖さがあります。これがいかに深刻かというこ
とは、体で考えるとわかりやすいのではないでしょうか。体を使わないとどんどん衰える
というのはご承知の通りだと思います。有名な実験に、宇宙飛行士の体に何が起こるかと
いうことを調べる昔の実験として、ピンピンな体の大学院生たちを1週間、ずっとベッド
に寝かせました。食事もトイレも全部、ベッドの上です。1週間後、彼らがどうなったか
というと完全な寝たきりになってしまいました。リハビリに2、3か月から半年かかった
のです。本当に活きのいい学生でも、体を動かさないと寝たきりになってしまうのです。
ですから、脳もそうです。皆さん、ずっとIT漬けになっていたら脳が寝たきりになって
しまいます。脳の寝たきりは何かというと、認知症そのものなのです。ですから、ちょっ
と恐いぞ、過ぎたるは及ばざるがごとしということは決して忘れてはいけないのです。
ほかに、生活行為の中で作動記憶を使うものはないかと考えると、料理を作ることも良い
ことがわかってきました。メニューを考えるだけで脳を使います。切ったり炒めたり盛り
付けたり、どの場面でも左右の前頭前野をしっかり使うことがわかりました。だから、お
母さんたちは元気なんだな、と思うのですが、男性諸氏もぜひ厨房に入っていただくと良
いと思います。ただ、ポイントがひとつあってこの記憶のトレーニングでおまけの効果が
得られるのは、自分ができるギリギリの難しさを常に追い求めなければいけません。です
から、料理を作っている方でも、毎日同じもの、手順でやっていたら脳に負荷がかからな
いので、少なくとも週に2日くらいは常に新しいレシピに挑戦すると、料理をするだけで
脳の働きを良くすることができると考えられます。
その逆に、脳が寝てしまう行為があることもわかりました。それは、テレビを観ることで
す。テレビを観ていると、ものを見る後頭葉と音を聞く側頭葉しか働きません。前頭前野
はどうなっているかと調べると、どんな番組を見ていても前頭前野は左右とも寝るという
ことがわかっています。クイズ番組で教養番組でもなんでもそうです。前頭前野は寝て休
んでしまいます。だから、皆さんが疲れて家に帰っても、テレビを何時間も観ることがで
きるのです。これは脳が寝るからなのです。私たちの脳は疲労にすごく弱いですから、テ
レビを観ているときに脳が働いていたら5分と観ていられません。何時間も観られるのは、
脳が寝ているという大きな証拠です。実際にテレビを観る時間の長い高齢者の脳の働きは
低く、テレビを観る時間が長い人はアルツハイマーになりやすいという報告もあります。
実際に読み書き計算で記憶のトレーニングの効果があるのかということですが、これを調
べることにチャレンジしました。どこでチャレンジしようかと思ったのですが、いちばん
厳しいところでチャレンジしました。認知症の高齢者の患者さんで調べたのです。
-学習療法の取り組みに関する動画上映-
このようにドリルを使って認知症の高齢者の方に計算や読み書きをしてもらうというトラ
イアルです。実際のドリル教材は数を数えるものから足し算、読むものまで4000種類
ほどあります。なぜそれほどたくさん必要だったかというと、明確な理由があります。ま
ず理由その1は、認知症の方とお付き合いするときはその方のプライドを傷つけてはいけ
ないという大原則があります。どういうときにプライドが傷つくのか。ときどき、こんな
小学生がやるような教材をやってくれ、ということが傷つくのですか?という人がいます
が、それは問題ないのです。さきほど皆さんに見せたような、脳が働く写真を一緒にお見
せしながら、脳を使うためにわざとやさしいものをやっているのです、と説明することで
この事故は起こりません。
認知症というのは、ある程度進むと、患者様にこれを見せたときにここに何が書かれてい
るのか理解できない方が多いです。何が書いてあるかわからないものを見せられて、一生
懸命解いてみて、と言うとどんな反応があるかというと、ぷいっと怒ってどっか行ってし
まったり無視したりということになります。これは普通のことで心配することはありませ
ん。皆様方にアラビア語で書いた文章を見せて、音読して、と頼んでいるのと同じことだ
からです。ただ、認知症の方というのはいいときと悪いときの状態の差が非常に大きいで
す。状態のいいときにこれを見せると、
「これは子どもが解く足し算の問題だ」ということ
に気がつきます。
「解け、解け」とうるさいから、仕方ないやるか、と鉛筆を持ちます。そ
こで答えがわからない、ここでプライドがポキっと折れます。子どもができることすら自
分はできないのだということに初めて気がついてしまうのです。それも人前で。こんなに
辛く悲しい経験はありません。家族でも誰でもよいのですが、ほかの人の前で自分の能力
が子ども以下だということがバレてしまうのです。この経験をすると患者様は引きこもり
ます。認知症の方が引きこもると何が起こるかというと、ものすごい勢いで認知症が進み
ます。ですから、皆様方は今日話を聞いたからといって、絶対にまねをしないでください。
私たちは事前に患者様の脳の働きをテストして、どのレベルの教材をお渡しすれば100
点満点が取れるかということが分かった上で、100点満点を取れる教材しか渡さないと
いうシステムでやっています。そうすれば、できない自分に気がつくということは絶対に
ないのです。
話を逆から考えると、最初から全員にいちばんやさしいものを渡しておけばいいのではな
いか、という考え方もあります。ただ、それだと作動記憶トレーニングのおまけの効果が
ついてこないのです。いくら患者さんが読み書き計算して、文章を読めたり計算ができる
ようになったとしてもいいことはひとつもありません。昔できていたことを取り戻すだけ
です。何をしたいのかというと、記憶のトレーニングでおまけの効果をたくさんもらって
生活の質を上げたい、できれば家に帰れるようになりたい、というのがトレーニングの目
的です。だから、どの教材をやるべきかということをピンポイントで、ぎりぎりの難しさ
で100点満点が取れる教材というのが一人ひとりの患者様ごとに決まっているのです。
ですから、4000種類も必要になるのです。これを上手に使うととんでもないことが起
こります。医者が完璧に見捨てた人たちがきちんと蘇ってきます。一人だけご紹介します。
今からご紹介する女性は、脳出血の後遺症で9年間も悩まれていた方です。9年前に大脳
の右側に大きな出血を起こし、今でも左半身が麻痺していらっしゃいます。言葉の中枢な
左の方にあったので、言葉は大丈夫だったのですが、右の脳が広範囲で壊れてしまって感
情が表に出てこない、他者の感情がよくわからないという状態で悩んでいらっしゃいまし
た。
-動画上映-
9年経って、脳出血の後遺症といってお医者さんのところに行ったらどんなことが起こる
か。非常に嫌な目で見られると思います。間違いなく治療の適応にならないからです。脳
出血や脳梗塞の後遺症というのは出血を起こしてからできるだけ早期、長くても3か月か
ら半年で治療しなければなりません。そこから先は症状が固定されてしまいます。でも、
動画で観ていただいたように、学習療法によって昔の状態にまで戻すことに成功していま
す。運動麻痺は治っていないのですが、感情などはしっかり戻るようになりました。これ
は、お医者さんに見せると「奇跡」のひとことで片付けてしまうのですが、このような奇
跡と言われるような例を私たちは数千例見てきています。いくらでもこのような変化を起
こすことができるのです。
脳の中で何が起こっているかを見るために、脳の働きを測定したものですが、青い部分は
働いていない部分です。トレーニングを始めた当初はあまり働いていないのですが、始め
て1か月ぐらい経つとバンバン働くようになってきます。このようなこともわかってきて
います。ですから、学生たちに見たような前頭前野が増える、これに近いような状態が認
知症の患者様の脳の中にも起こっていていろいろな能力を取り戻すのだということがわか
ります。これは医学の論文のデータなので詳しく説明はしませんが、やるかやらないかで
運命が分かれるということです。普通に介護していると、認知症やアルツハイマーの方は
脳の働きがどんどん下がっていくのです。さらに、社会保障費を増やさない効果があるこ
とも分かっていて、このような記憶力のトレーニングをすると体が動かなくなりづらい、
だから介護度が変化しづらくなってくるということもわかってきています。やったかやら
ないかで、約1年後には今の介護保険料率ですと一人頭10万円の差がつくということも
わかっています。紙と鉛筆があればできますから、だいたい2、3万円の投資でできます
ので、例えば国や自治体がすべての患者様に3万円出してくだされば、翌年の10万円を
抑えることができるというところまで試算できています。
ただ、九州地域では介護保険が全県使えるのですが、なかなか広がっていかないというの
も事実です。そこで、私たちは日本の政府にプレッシャーをかける意味で海外展開を急い
でいます。アメリカでも同じことをやっています。動画を紹介します。
-動画上映-
アメリカでもアルツハイマーの方々が甦ったということで、今ものすごく話題になってい
てこの秋から全米に広がるような形になっています。それだけ作動記憶のトレーニングと
いうのは効果があるのです。それで、皆さんがやったらどうなるかということを、仙台市
は学校の空き教室を利用してトライアルしました。学校の空き教室でこのようなことをす
るので非常に楽しくて、このような教材を使って同じようなトレーニングをしてもらうの
ですが、休み時間に1年坊主がまぎれこんできて、見ていると自分と同じような算数の問
題を解いていると大喜びしながら、休み時間に机を並べて競争しながら勉強をするなどと
いった楽しい姿も見ることができます。でも、さっきぎりぎりの難しさでやらなければダ
メだと言いました。だいたい、60代、70代の方を無作為に集めてきますと、小学校4
年生ぐらいでぎりぎりの方もいれば、高校生教材までできる人もいます。先ほどのように
教室で机を並べてトレーニングするときに、自分は小学校の問題をやっているのに隣の人
は微分積分の教材をやっているというのでは、ちょっと傷つきますよね。そこで、全員、
小学校レベルの教材をやってもらいます。どうやってぎりぎりの難しさを作るかというと、
できるだけ早く解くということをしてもらって、その早さの観点から自分のぎりぎりの難
しさを作り出してもらいます。そうすると何が起こったかというと、さまざまなテストで
やったか、やらないかの差がぐんぐんつくということがわかったのです。さらに、私たち
がラッキーだなと思ったのは、今、医学の世界では健康でない、認知症でないという中間
にいるグレーゾーンの方々が非常に注目されているのですが、この方々を軽度認知症障害
と呼んでいるのですが、この方々は放っておくと1年後に2割の方々が認知症を発症する
ということがわかっています。岐阜県でやったこのケースでは、6か月このトレーニング
をして9割の方が健康状態に戻りました。放っておけば2割の方が認知症になるのに、ほ
とんどの方が健康な状態になってそれを維持するということがわかっています。
今日は全国大会ということでさまざまな地域からいらっしゃった方々も多いと思います。
仙台市内を見ていただきますと、まずまず震災の爪跡も見えないのでよかったなと思われ
ている方もあるかと思いますが、お時間があればぜひ、沿岸地域も見ていただきたかった
です。例えば、三陸沿岸地域が今どうなっているかというと、何もありません。瓦礫が片
付いただけで更地がざあっと残っています。人々の生活のエネルギーというのはひとつも
感じられない。復興などという言葉は恥ずかしくて使えないような状態です。もちろん、
いち早く立ち直った仙台市内に住む我々のような人たちが、三陸沿岸に住む人たちをこれ
からも助けるということは当たり前だと思ってやっていこうと思っていますが、どうして
も足りない部分もあります。特に津波の被害の大きかった地域の方々は第一次産業を主力
産業として生活していらっしゃいます。ですから、皆様がお帰りになるときに、仙台駅や
仙台空港でひとつでもいいので、海産物や農産物を手にしてお帰りいただければ、それが
直接、非常に被害の大きかった地域を助けることにつながります。ぜひ、なにかひとつお
土産を買って帰っていただく、というのが最後に私どもからのお願いになります。
(了)