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日消外会誌 20(11)!2651∼ 2654,1987年
小腸壊死 を合併 した回腸 カルチ ノイ ドの 1 例
横浜南共済病院外科
長井 孝 夫
有
田 峯 夫
有
日 英 二
横浜市立大学医学部第 1 病理
北 村
均
北
村
創
A CASE REPORT OF AN ILEAL CARCINOID WITH INTESTINAL NECROSIS
Takao NAGAI,Mineo ARITA and Eiji ARITA
Surgery,Yokohama South WIutual Aid Association Hospital
Hitoshi KITAMURA and Hajime KITAMURA
First Department of Pathology,Yokohama City University,School of Medicine
棄引用語 t 小腸 カルチノイ ド, 小 腸壊死, e l a s t i c v a s c u l a r s c l e r o s i s
図 1 切 除標本
1. は じめに
小腸 カル チ ノイ ドは まれ な疾患 で本邦 での報告例 は
1), こ
れ に腸管壊 死 を合併 した症例 は まだ報 告
少なく
されていない。欧米で は消化管 カルチ ノイ ドは2692211
で, こ の うち小腸 カル チ ノイ ドは856例報 告 され て い
17例認 め られ る。これ
る。.腸 管壊 死 を合併 した症pljは
は腸管壊死 とカルチ ノイ ドよ り分泌 され
らの報告4/11で
るセ Pト ニ ン,そ の他 の ホルモ ン との関連性 が指摘 さ
れて い る。われわれは回腸動脈 の著 明 な elastollbrosis
を伴 って腸管壊死 を きた した小腸 カル チ ノイ ドの l lrl
を経験 したので文献的考察 を加 えて報 告す る。
李
せ:爵
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車:車
辛=章華│==車者支
2 . 症 例
患者 !T.K,77歳
,男 性.
既往歴,家 族歴 :特 記す べ き こ とな し.高 血 圧 の既
往 な し.
現病歴 i昭 和 55年11月 1日 , 2日 間 の腹痛 ,発 熱 で
来院 した 。腹膜炎 が疑 われ 緊急入院 した 。
現症 :腹 部 は軽度 に膨隆 し硬 い。右下腹部 に圧痛,
抵抗 あ り,Blumberg徴 候陽性.
検査所見 !RBC 461×104,Hb 14.4g/dl,Ht 43%,
WBC ll,900,尿 蛋 自陽性,尿 糖陰性, ウPビ リノー
ゲン正常,腹 部単純 X線 で鏡面像を認 めた。
口側 の回腸装膜面 に内腔 へ 向 か う鋭 い弯入 が あ り, こ
こに腫瘤 を触知 した 。腫瘤 の 回側 と肛 側 は約80cmに
わた り出血 性壊死 を起 こしていた 。腸間膜根部 には腫
大 した リンパ節 と硬化 した索状物 を認 めた 。壊死 部 を
含 め 小腸 を約 100cm切 除 し端 々吻合 で再建 した 。腸間
膜 の一 塊 とな った硬 い索状物 と リンパ 節 は大部分切除
したが,血 行 を考慮 し,一 部残 さざるを えな か った。
ー
腹腔 内 を洗浄 し,Dougias筒 に ドレ ンを挿 入 して 閉
腹 した。
以上 よ り腹膜炎,腸 閉基 として緊急手術を した。
手術所見 :傍腹直筋切開 で開腹す ると,腹 腔内 に膿
切 除標 本 :1)腫 瘤 は粘膜 面 に扁 平 に隆 起 す る大 き
さ2×1.8cm,類 円形 で非常 に硬 く,一 見粘膜下腫瘍 に
性浸出液 が多量 に存在 していた。回腸末端 よ り約80cm
しきものが認 め られ ,表面 の粘膜
見 え bridging foldら
一
め
の 部 にび らんが認 られた。腫瘤 の 口側 と肛側 の粘
<1987年 5月 13日受理>別 刷請求先 t長井 孝 夫
〒232 横 浜市南区浦舟町 3-46 横 浜市立大学医学
部第 1外 科
膜 は広範 に 出血 性壊死 を起 こして いた (図 1)。 2)腫
瘤 の 中心 を通 る縦 断面 では,肥 厚 した筋層 の 内腔側 ヘ
176(2652)
小腸壊死を合併 した回腸 カルチ ノイ ドの 1 例
図
(左)害 」
図 3 組 織 像 ( H . E 染 色, ×2 2 0 , 左下 ! F o n t a n a ‐
M a s s o n 染色″×4 4 0 )
の折 れ 曲が り (buckling)り
を認め,淡 黄色 の腫瘍 が粘
膜表 面直下 か ら奨膜 に至 るまで浸潤 性 に発 育 していた
(図 2左 ).3)組 織学的 には腫瘍 は粘膜 以下奨 膜 に至 る
まで異型 に乏 しい小型 の均 一 な腫瘍細胞 が大小 の充実
性胞巣 を形成 しつつ豊富 な線維性間質 の中 に浸潤性増
殖 を示 していた (図 2右 ,3)。 4)Fontana‐Masson染
色で は腫瘍細胞 に銀 陽性顆粒 が認 め られた (図 3,左
日消外会誌 20巻
11号
2
(右)組 織像 (H.E染
色,×22)
図 4 電 顕像. 多 くの腫瘍細胞 の胞体 内 に 多数 の
d e n s e c o r e d g r a n u l認
e sめ
がられる. ( 酢 酸 ウラン
ー クエ ン酸鉛二重染色)
カル チ ノイ ド腫瘍 の小転移巣 が認 め られた 。
Elastica Van Gieson染
色 では,動 脈壁 に中膜 の肥
厚 とともに内膜 の elastoflbrosisと
外膜 の elastosisが
高度 に認 め られ た (図 5).
術後経過 :順 調 で第 71病 日に元気 に退院 した。 カル
チ ノイ ドと診 断 が確 定 した ので FT‐207を投 与 した 。
下).電 顕 で は 腫 瘍 細 胞 の 胞 体 内 に neurosecretory
血 中 セ ロ トニ ン(5‐
HT),尿 中,5‐HIAAに
granulesと考 え られ る dence cOred granulesを多数
認 めた (図 4).5)腸 間膜根部 の リンパ節 に組織学的
後 1カ 月 日, 1年 目に検査 したが異常値 を示 さなか っ
つ いては術
た。また術 前,術後 に カルチ ノイ ド症候群 を示 さなか っ
た。昭和59年 8月 ,左胸水 が 出現 した。細胞 診 では class
に転移 を認めた (2/2).硬 化索状物 の組織学 的検索 で
は,厚 い膠原線維組織 の 中 に多数 の蛇行 した 動脈 が存
Vで あ った 。OK‐432を胸腔 内 に注入 したが変化 な く昭
在 し,そ の壁 は肥厚 し内腔 は著 明 に狭 小化 していた。
和 59年10月 5日 死亡 した.術 後 3年 11カ月であ った。
そのほか結合 組織 内 には多数 の肥 大 した神経 線維東 と
177(2653)
1987年
11月
表 1 報 告例
o n×
染2 2 ) 。腸間
図 5 組 織像 ( E l a s t i c a v a n C i e s色,
膜 基 部 の 線 維 性 索 状 物 の 中 に は, 内 膜 の
ともなって, 蛇
elattoflbrosisと
外膜 の elastosisを
している,
した中等大の筋性動脈が数本存在
行,狭窄
動脈 の周囲には肥大 した神経束を多数認める。
/
回吉部
/
句
r n洵
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( ―
)
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S
竹8琳
( 一
)
/
(+)
(1979)
―)
て
/
basヽく
1977)2例の報告がある。
以上の他に,MoortJ(1961)3例 ,Qセ ‖
誘発 で
腫瘤 の増大,2)カ ル チ ノイ ドに よる Ilbrosisの
あ る と考 え られて い る。り.
3 . 考 察
ノ
カル チ イ ドは1907年Obemdorferめに よ り命 名 さ
れた腫瘍 で,腸 管上皮 の Lieberkttn腺 の基底 にあ る
胞)由 来 の もの といわれ て
好銀細胞 (Kultschitsky細
ニ
ロ
ンのほか
いた .セ
ト
,キ ニ ン,プ ロス タグ ランデ ィ
ン, ヒ ス タ ミンな どを分泌す る 血nctioning tumorで
あ る こ とが知 られ て い る。消化 器 系 に 関 す る報 告 は
2692711で
多 く。,本 邦 で
,虫 垂,小 腸,直 腸,胃 のllMに
は67例で 虫垂,小 腸,胃 ,結 腸 の順 に多 い。.セ Pト ニ
ン (5‐
h ydroxytttptamine,5-HT)は 血 管収縮物質 で
平滑筋 に対 して刺激 的 に作用す るが,昇 圧物質 として
の作用以外 に降圧物質 として作用す る こ ともあ る とい
hydroxyindoleacetic
われ てい るの.肝 で代 謝 され て5‐
acid(5‐
HIAA)と
して尿 中 に排泄 され る。 一 般 に小腸
小腸 カル チ ノイ ドは本邦 で は14例を集計 した報告 が
1),合併症 としては腸重積 が 多 く1ン
ち腸管壊 死 は
あ るが
報告 されて い な い。欧米 では小腸 カル チ ノイ ドは856例
報 告 され てお りめ,腸 管壊死 を合併 した症例 は17例認
`
め られ るり 1'(表 1)。こ れ を見 る と肝,腸 間膜 リンパ
節 に転移 した例 が多 く, カルチ ノイ ド症候群 を呈 した
例 の 中 には心 内膜疾患 の合併 が認 め られ る。腸管壊死
を生 じた原 因 としては,循 環障害 に よる虚 血 とされ,
さらにそ の原因 として,1)転 移性腫大 した リンパ節 に
よる血管 の圧排,2)局 所的 な高 セ ロ トニ ン血 症 に よる
どが指 摘 され て
血 管壁 の elastic vascular ttlerosisな
∼1。
の
の
ela並
oIIbrosisに
いる
.本 症例 で も回腸動脈 壁
よる内腔 の狭窄 が高度 に認 め られ る ことか ら虚血 に よ
り腸管壊死 が生 じた と考 え られ る。
一 方夕飾 rOsisがセ ロ トニ ンに よ り誘 発 され る こ と
カル チ ノイ ドは虫垂 カルチ ノイ ドに比 べ ,リ ンパ行性,
また 小腸 カル チ
は Hal16nに よ り指 摘 され て い る16)。
血 行性転移 を起 こしやす く,カ ル チ ノイ ド症候群 も生
じやす いつ.
ノイ ドの血 管撮g//所
見 は上 腸間膜動脈 分枝 の病変 とし
小腸 カルチ ノイ ドの病態 は,腫 瘤 に よる腸管 閉塞 が
一 般的であ るが,切 除標本 を見 る と腫瘍 は比較 的小 さ
ぃ。し た が って この よ うに小 さい腫瘤 が腸閉塞 を起 こ
す には小腸 カルチ ノイ ドに特異的 な機構 が あ る と考 え
られ る。.文 献的 には,1)腫 瘍 の腸間膜 へ の漫潤 に よ
て,不 規則性,狭 窄,閉 塞,偏 位 ,星 状 の変形 な どの
∼2い
1つ
,こ れ らは腸間膜 の病変 に
所 見 が指摘 されてお り
1つ
1り
2い
よる二 次的変化 か
,セ ロ トニ ンそ の他 の ホル モ
の もの
ンに よる血 管壁 の elaStic vascular sclerosisそ
の所見2い
かにつ いて検討 されて い る.
る nbrosis,retraction,kinking,2)腸管 ル ー プの線
よる虚 血 が
以上 の よ うに血 管 壁 の elattonbrosisに
腸管壊死 の原 因 で あ り,ま た elastomrosisはセ Pト
維性癒着 に よる kinking,3)腫 瘍 内 の nbrosisによる
ニ ン,そ の他 のホル モ ンに よ り誘発 され る ことが推測
腸管収縮,4)腸 重積,5)腸 間膜 に転移 した腫瘍 が血
され る.
管 を圧迫す るための虚 血 ,な どがその原 因 として指摘
され てい るが,い ずれ にせ よそ の根底 にあ るのは,1)
4 . おわ りに
小腸壊死 を合併 した回腸 カル チ ノイ ドの症例 を報告
178(2654)
小腸壊死 を合併 した回腸 カルチ ノイ ドの 1例
日消外会誌 20巻
11号
し,腸 管 壊 死 の 原 因 に つ いて 文 献 的 考 察 を加 えた。
intestine.Cancer 14: 90f-9f2, 1961
11) Anthony PP: Gangrene of the small intestine
-A complijcation of argentaffin carcinoma. Br
年 7月 東京)で 発表 した.
'.
1970
J Surg 57 ll8-I22,
文 献
12)
Murray-Lyon
IM,
Rake
MO, Marshall AK et
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al : Malignant carcinoid tumor with gangrene
イ ドの 1例 お よび本邦 における小腸 カルチ ノイ ド
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の統計的観察.外 科診療 21:1275-1279,1979
1973
2)山 内 誠 ,古川力男,福 田幸雄 i腸 重積症 を惹起 し
13)
AH : Carcinoid tumors, vascular
Qizilbash
た 回 腸 カ ル チ ノ イ ドの 1 例 . 外 科 診 療 2 2 :
ischemic disease of the small
elastosis,
and
743--746, 1980
intestine.
Dis
Colon
Rectum 20 : 554-560, 1977
3 ) ヽV e d e l l J , S C h u i t e H D , S c h u l z H : Z u r K l i n i k ,
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Karzinoide des GastrOintestinaltraktes Lan‐
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genbecks Arch Klin Chir 323 1 318--338, 1969
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