The TRC News, 201610-02 (October 2016) 樹脂中異物分析へのアプローチ 有機分析化学研究部 川口 佳奈子 構 造 化 学 研 究 部 岡村 槙二 要 旨 弊社は異物分析についてサンプリングから組成の定性分析まで実績が豊富であり、工程トラブルの 問題解決に必要な各種分析データの提供が可能である。ここでは樹脂中の微小異物について、マイクロサン プリングと複数の測定手法の組み合わせにより分析および解析を実施した事例をご紹介する。 異物の分析手法には様々なものがあり、その存在箇 1. はじめに 所や状態に応じて使い分ける必要がある。本稿では樹 脂中に発生した様々な異物を想定し、サンプリングか 工業材料において異物混入はトラブルやクレームを招 ら測定、解析までの分析事例をいくつかご紹介する。 く恐れのある重大な問題である。製造工程においては 多くの場合、異物混入を防止するために細心の注意が 2. 異物の分析方法 払われているが、それでも完全に混入を防ぐことは困 難であるため、一般的には製造の途中段階や出荷時に 機械や目視などによる検査を行うことで事前に不良品 異物の分析は、大きく分けて異物の存在位置や形態を の除去が行われている。こうした異物混入による出荷 観察することと、その異物がどのような組成かを調査 後のトラブルや製造途中の不良品によるロスを低減す することに大別できる。 まず形態観察の手法としては、 るためには、 異物発生時にその原因を迅速に突き止め、 目視や光学顕微鏡が最も一般的である。目視で確認可 混入を未然に防ぐ対応策を取ることが重要である。 能なほどの大きな異物であったとしても、微小な領域 異物によって生じる問題を解決するためには、異物 を光学顕微鏡などで観察することで存在状態や組成の 自体の形態観察や組成分析を行い、それがどの工程や ばらつきなど、次の分析ステップを判断するための重 どの部材に由来するかを明らかにする必要がある。加 要な指標を得ることができる。次に異物の組成分析に えて異物発生現場の環境、異物となり得る原材料や周 ついて、弊社で主に用いる分析手法を表1に示した。 辺部材などの情報、過去の同様のトラブルに関する知 分析手法はこの他にもいくつか挙げられるが、異物は 見などから原因を総合的に解釈し、改善策を講じるこ 小さくて存在量も限られる場合が多いため、ここでは とが重要である。 特に微小な試料に対しても適用可能な手法を示した。 表1 異物分析に用いる主な手法 分析手法 顕微赤外分光法(顕微IR) 顕微ラマン分光法 得られる情報 官能基、結合など原子団に関する情報 分子骨格、結合など原子団に関する情報 直接導入-質量分析法(DI-MS) 質量、部分構造情報、有機元素組成 走査型電子顕微鏡-エネルギー 分散型X線分光法(SEM-EDX) B~Uまでの元素の定性 1 最小サイズ 5μm前後 1μm前後 1ng前後 10μm3前後 1μm前後 The TRC News, 201610-02 (October 2016) この中で最も有効と考えられる分析手法は顕微赤外分 異物 正常部 光法(顕微 IR)であるが、異物に応じて複数の手法を 組み合わせて定性を行う場合も多い。次項ではこれら の手法を組み合わせて定性を行った分析事例を示す。 4000 3000 2000 1000 拡大 νC=O (cm-1) νC=C (脂肪族) 3. 分析事例 エポキシ環 事例①:樹脂フィルムの褐色異物による外観不良 2000 UV 硬化型アクリル樹脂フィルムの内部に、直径が 1500 1000 650 (cm-1) 数 10 µm 程度の褐色異物による外観不良が確認された 図 2 異物および正常部の IR スペクトル (図 1) 。 顕微 IR 測定では直径が数 10 µm 程度のサンプルで 同一視野 あっても、図のように非常に S/N 比の良いスペクトル 50μm を得ることができる。 異物の IR スペクトルは一見する と正常部と似ているが、拡大すると異物において正常 透過照明 部よりも ①C=O の吸収帯がブロード化、②エポキシ 蛍光観察 460~490nm励起 環の吸収強度が減少、③C=C (脂肪族) の吸収強度が減 図 1 フィルム中の褐色異物の外観写真 少 といった違いが確認された。 次に異物を直接導入-質量分析(DI-MS)に供して得 まず、異物そのものの情報を正確に得るためには、 られたマススペクトルを正常部の結果と並べて図 3 に 異物箇所を正常部から切り離して採取することが必要 示した。 である。弊社ではこうした異物の採取(マイクロサン ▼ 69.0 プリング)は手作業やマイクロマニピュレーターを用 (正常部) ▼:メタクリレートのフラグメントイオン ▼ 41.0 113.0 いて実施しており、異物の大きさや存在位置による使 ▼ 143.0 い分けを行っている。金属やガラス基板のような凹凸 CH3 CH2 CCOCH2CHCH2O O OH CH3 OCH2CHCH2OCC CH2 OH O CH3 C CH3 (ポリマーの構成成分) のない硬いものの上にある異物であれば 5 µm 程度ま 86.0 で、異物が内部に存在する場合はフィルムなどの柔ら 100 ▼ 211.1 CO2 CH3 C CH3 HO 44.0 CO プリングが可能である。手作業の利点としては、異物 28.0 に実際に触れることで試料の性状(硬さや粘性)につ ▼ 料についても同時に採取が可能である点が挙げられる。 サンプリング後の異物を顕微 IR 測定に供し、 得られ 400 500 (m/z) (異物) OH 213.1 69.0 269.1 253.1 228.1 119.1 ▼ 143.1 いての情報も得やすく、異物のみでなく近傍の比較試 497.2 512.2 325.1 300 41.0 かいものの中であれば 10 µm 程度まで、手動でのサン 269.1 200 100 200 300 400 500 (m/z) 図 3 異物および正常部の DI-MS 測定 たスペクトルを正常部の結果と重ねて図 2 に示した。 マススペクトル 質量分析は試料自体をイオン化させて検出する破壊 分析である。そのため、非破壊分析である顕微 IR 測定 を先に行い、次に DI-MS 測定を行うことで一つのサン プルから IR スペクトルとマススペクトル両方の情報 を取得することができる。異物および正常部の DI-MS 測定の結果、両者で大きく異なるマススペクトルが得 られた。正常部からはフィルムにおけるポリマーの構 2 The TRC News, 201610-02 (October 2016) 成成分に相当するメタクリレートが検出された。 他方、 異物 (n=1) 異物ではメタクリレート由来のイオンも観測されてい るものの、CO, CO2 やポリマーの分解物に相当するフ 異物 (n=2) ラグメントイオンが相対的に強く検出されたため、劣 化が進行していると推定された。 Fe3O4(データベース) 上記 2 手法における分析結果を総合すると、異物は フィルム自体が酸化劣化したものと推定された。また α-FeOOH(データベース) 反応性末端基の減少から、異物は正常部と比較して硬 2000 化が過度に進行したと推定され、例えば局所的に熱が かかった、もしくは硬化後の微小なフィルム片が硬化 1000 200 (cm-1) 図 5 異物および鉄酸化物のラマンスペクトル 前のフィルムに混入して再度硬化を受けた、などの原 測定の結果、異物では低波数側(1000 cm-1以下)に 因で外観不良が生じた可能性が考えられた。 このように、試料が同一であっても分析手法を変え ラマンバンドが観測された。図5には参考としてデー ることで新たな情報が得られる場合があるため、2 種 タベースから引用した鉄の酸化物、オキシ水酸化物の 類以上の手法の結果からクロスチェックを行うことで スペクトルも並べて示したが、こうした低波数側のバ 分析結果の確度や信頼性を向上させることが可能であ ンドは金属酸化物においてよく観測されるため、異物 る。 は金属酸化物である可能性が考えられた。 次いで異物に含まれる元素を特定するために、 事例②: 3 層フィルム中間層への微小異物の混入 SEM-EDX 測定を行った。測定結果を図 6 に示した。 3 層フィルムの内部に直径5 µm程度の大きさの異物 Pt : 蒸着成分 C が存在することが、表面側からの観察で確認された。 O Cl: 中間層由来 そこでミクロトームで断面切削を行ってフィルム内部 での異物の位置を確認したところ、フィルム 3 層のう Fe + ちの中間層に存在することが判明した(図 4) 。 Fe Ni 包埋樹脂 透過照明 層① 断面切削 断面観察 Pt 0 中間層 Ni Fe Cl 5.0 Ni Pt 1.0 (KeV) 図 6 異物の SEM 画像(左)および SEM-EDX 測定結果(右) 層③ 測定の結果、鉄、ニッケルおよび酸素が強く検出さ 包埋樹脂 れた。ラマン測定結果と併せて、異物は鉄およびニッ 図 4 フィルム中異物の外観写真 ケルを含む金属の酸化物と推定された。形態観察結果 (左)フィルム表面、 (右)断面 と総合すると、この異物は鉄とニッケルの合金ででき た部品の錆が中間層の製造工程中に混入したものと推 ミクロトームは通常、顕微鏡観察用の試料を薄片化 測された。 するためによく用いられる装置であるが、試料を正確 顕微ラマンおよび SEM-EDX は直径 1 µm 程度の微 かつ均一に薄く切り出す精度が高いため、埋没した微 小な試料であっても測定が可能であり、また IR や MS 小異物の断面切削にも有効である。今回の異物は直径 が苦手とする無機物に対して有効な情報を得ることが 10 µm 以下と比較的小さいことから、まずは空間分解 できる。異物の組成を明らかにするためには、こうし 能が高く、断面から直接異物を狙った測定が可能な顕 た適切な手法の選択が重要である。 微ラマン測定を行った。図 5 に顕微ラマン測定結果を 示した。 3 The TRC News, 201610-02 (October 2016) 4. まとめ 異物のサンプリングおよび複数の分析手法を組み合わ せた定性方法について、ここでは測定対象である異物 が樹脂内部に存在する場合について例示した。弊社で は他にも分析実績が豊富であり、例えば溶液中に浮遊 する異物やフィルターなどの詰まり物、さらには混入 した気泡の内部ガスについても定性分析が可能である。 また分析手法についても本稿で説明した限りではな く、形態観察や元素分析のために電子顕微鏡(TEM, SEM)を用いる場合や、組成分析に二次イオン質量分 析(TOF-SIMS)や微小部蛍光 X 線分析などを用いる 場合もある。さらに昨今では空間分解能の高い原子間 力顕微鏡(AFM)と組み合わせた AFM-IR や AFM-ラ マンの出現により、定性分析の試料サイズは nm オー ダーに達している。 弊社ではこれまでの技術と経験に基づき、異物の発 生状態や性状に応じて前処理および分析手法を的確に 組み合わせ、ご提案することが可能である。あらゆる 現場において異物混入により引き起こされる問題を解 決するために、 弊社の分析技術を是非ご活用頂きたい。 川口 佳奈子(かわぐち かなこ) 有機分析化学研究部 有機分析化学第 1 研究室 趣味:ハンドクラフト 岡村 槙二(おかむら しんじ) 構造化学研究部 構造化学第 2 研究室 趣味:ジョギング、ライブ 4
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