「血潮の起源をたずねて(続編) -血島の比較発生学

マンガ ライフサイエンス・第 48 回
生命ロマン紀行 その 10.
血潮の起源をたずねて(続編)−血島の比較発生学−
萩原 清文 * 作 多田 富雄 ** 監修
メタモルフォーズ.同じものの思いもよらないような,ファンタスティックな変貌ぶり.
これこそシューマンの創造の眼目であり,急所である.
吉田秀和 「シューマン」
◆前回はヒト個体発生における血液・循環系の起源を探訪した.そこでは,胎生第 3 週初めに卵黄嚢内胚葉に接した場にお
いて,血液細胞と血管内皮細胞両者の母胎である血島が生まれ,血島どうしが次第に網目状に連なり,そして胎生第 4 週
初めに心臓の拍動開始とともに血潮が渦めくのであった.
「創造の一週間」
とはこのような所にもあらわれているのである.
◆しかし,そもそもなぜ「卵黄嚢」なのだろうか.それはヒトの個体発生をいくら詳細に検討しても理解しにくく,視野を広げて
他の動物の血島を比較検討することによってはじめて本質を垣間見ることができるかもしれない.個体発生の途上で血島が
現われるのは脊椎動物に限られるため,今回は代表的な脊椎動物の血島をいくつか探索したい.
◆化石として残っている最古の脊椎動物は円口類として知られる.その直系の子孫であるヤツメウナギの幼生を覗いてみる
と,卵黄を満たした腸管内胚葉に接して血島が日の出のように発生しているのがわかる
(下図の左).そしてこの形態は,
イモリやカエルに代表される両生類にもみごとに受け継がれているのである
(下図の右).脊椎動物の血液と循環系が誕生
する最初の姿であるという1).
神経管
表皮
体節
脊索
背側大動脈
中間中胚葉に
由来する前腎管
体壁側
側板中胚葉
内臓側
側板中胚葉
卵黄を満たした
内胚葉細胞で
構成された中腸
血島
図の左はヤツメウナギ科スナヤツメのふ化期(第 24 期)
における中腸前方を通る横断面である.次の発生段階(第 25 期)で心臓の拍動が始まり,幼生は受精膜を
破って泳ぎだす.右はヒキガエル科ニホンヒキガエルの幼生が,鰓を完成させて今にも泳ぎだそうとする時期(外鰓完成中期,第 29 期)
の胴部中央横断面である.
これらの組織図は今後も折に触れて登場する予定である.岡田節人編:脊椎動物の発生〈上〉培風館,1989 年,p227,372 の図を写す.
86(538)医薬の門 2007
−生命のダイナミズム−
*日本赤十字社医療センター内科
**東京大学名誉教授
◆ところが同じ脊椎動物でも鳥類の場合はどうだろうか.発生学における鳥類の代表選手はなんといってもニワトリであるが,
鶏卵の中で展開される血島の組織像は先の図とは一見似ても似つかない.しかし,どうだろう.母鳥から授かった無尽蔵の
卵黄を,かわいそうであるが図のように切り離して,切れ端どうしをつなげてみる.すると,あっという間にヤツメウナギや
ヒキガエルの血島と同じ図絵が完成するではないか.私はこの絵解きの技法をPatten の古本から学んだ時の衝撃を忘れる
ことができない 2).
ふ卵24時間以降の鶏卵
外胚葉
中胚葉
側板中胚葉
内胚葉
胚盤
卵黄
卵殻
気室
卵白
卵殻膜
卵黄膜
血島
卵黄から切り離す
神経管
体節
切れ端どうしを腹側でつなぎ合わせると
あら不思議…
中間中胚葉
体壁側
側板中胚葉
目は君とおなじ2つだよ.
目のうしろの7対の穴はえら穴
なんだ.飛行機の窓みたいで
かっこいいでしょ?
内臓側
側板中胚葉
血島
あたしたち全然
似てないけど
似てた時があったのね.
でもなんでおめめが
8つもあるの?
B.M.Patten 改写
!
◆卵黄という
“栄養の精”
を抱いた内胚葉に接して血液細胞と血管が生まれ,やがてこの血液細胞を介して卵黄顆粒が幼生の
全身に運ばれる 1).血液と循環系の本質的な起源が栄養の運搬であることがよくわかる.たとえ哺乳類の卵黄嚢が事実上卵
黄の入っていない
“形ばかりの嚢”であろうとも,内胚葉に接して血島が生まれる様式が脊椎動物誕生から5 億年来脈々と受
け継がれているのである.
「一創造百盗作」
−あるいは造物主が奏でる主題とファンタスティックな変奏である.
1)
三木成夫:生命形態の自然誌.うぶすな書院 1989 年,p187-8.
2)
Bradley M.Patten:Early Embryology of the Chick 5th ed.McGraw-Hill Book Company 1971,p86.
Vol.47 No.5(539)87