参考資料 ヒト人工多能性幹細胞(iPS 細胞)の表面にある糖鎖構造を認識する新しい 細胞傷害性抗体(R-17F)を作成 ~安全な再生医療の進展に貢献できるものと期待~ 新規マーカー抗体によるヒト iPS/ES 細胞の品質管理、標準化および選択的除去 1. 背景 ヒト iPS/ES 細胞はこれからの再生医療の担い手として大きな期待が寄せられている。 一方、実際にこれらの細胞を臨床医療に用いる場合に、提供する細胞の品質管理、標準 化、安全性の確保などの問題を解決する必要がある。特に重要なのは最終製品の造腫瘍 性の問題であり、移植後にがん化するおそれのある未分化細胞の混入の可能性を除く実 用的方法の確立が望まれている。研究代表者らが開発した新規なヒト iPS/ES 細胞マーカ ー抗体(R-10G および R-17F)はこれら二つの問題点の解決に大きく貢献できる可能性を 有している。 2. 目的 既存のマーカー抗体のほとんどが EC 細胞(embryonal carcinoma、胚性がん細胞)を 免疫原として開発されたものであり、これらの抗体は iPS/ES 細胞に特異的な抗体ではな い。そこで、研究代表者らは、ヒト iPS 細胞を免疫原としてマウスを免疫し、ヒト iPS/ES 細胞に特異的な成分を認識するマーカー抗体を作成することを目的とした。 3. 主な研究成果 1)ヒト iPS/ES 細胞に特異的な抗体 これまで汎用されているヒト多能性幹細胞マーカー抗体、TRA-1-60、TRA-1-81 などと 異なり、R-10G および R-17F は、iPS 細胞 (Tic) および ES 細胞 (KhES-3、H9) とよく 結合するが、EC 細胞(2102Ep、NCR-G3)にはほとんど結合しない。 表 1 新規抗体と既存のマーカー抗体との細胞結合性の比較 細 胞 エピトープ Tic (iPS) R-10G R-17F TRA-1-60 TRA-1-81 SSEA-3 SSEA-4 SSEA-1※ Nanog ケラタン ケラタン ケラタン グロボ グロボ ルイス 転写因 糖脂質 硫酸 硫酸 硫酸 シド シド x 子 +++ ++++ ++++ ++++ ++++ ++++ + +++ KhES-3 (ES) +++ +++ ++++ ++++ +++ ++++ + +++ H9 (ES) +++ ++++ ++++ ++++ +++ ++++ +/- +++ 2102Ep (EC) + +/- ++++ ++++ +++ +++ + +++ NCR-G3 (EC) + ++ ++++ ++++ +++ ++++ ++ ++++ ※ SSEA-1 : マウス iPS/ES マーカー抗体 1 2)R-10G 抗体の性質 ① R-10G は TRA-1-60、TRA-1-81 同様に hiPS/ES 細胞を染色した。 ② R-10G が強く染色する細胞と TRA-1-60、TRA-1-81 が強く染色する細胞は異なった (図 1)ことから、R-10G は既存のマーカー抗体とは異なる性質あるいは未分化段階の細 胞を染色することが分かった。 ③ 既存のマーカー抗体である TRA-1-60、TRA-1-81 のアイソタイプが IgM であるのに対 し、R-10G は IgG1 抗体であり、取り扱いが容易である。免疫沈降、細胞染色、組織染 色、 Western ブロット、アフィニティークロマトなど多面的な利用に有効である。 ④ R-10G は硫酸基が結合した糖鎖であるケラタン硫酸の中で、結合した硫酸基の数が少 ない低硫酸化ケラタン硫酸を特異的に認識する。市販の抗ケラタン硫酸認識抗体(5D4) は高硫酸化ケラタン硫酸のみを認識するのに対し、R-10G はこれまで見落とされていた 低硫酸化ケラタン硫酸の検出を可能とした。 ⑤ R-10G エピトープである低硫酸化ケラタン硫酸は膜貫通タンパク質ポドカリキシンに 特異的に結合している(図 2) 。 ⑥ 従来、iPS 細胞のコロニーは均一な細胞集団と考えられていたが、R-10G がコロニー を均一に染色しないことから、実は、ヘテロな細胞集団であることが示された。 B 図2 図 1. R-10G, TRA-1-81,TRA-1-60 抗体による hiPS 細胞の染色(共焦点レーザー顕微鏡に よる観察) SSEA-3 3)R-17F 抗体の性質 ① R-17F は hiPS 細胞コロニーに含ま れるほとんど全ての細胞の細胞膜を、 ほぼ均一に染色した(ユニバーサルマ ーカー抗体) (図 3) 。 SSEA-3 + SSEA-4 図 3.R-17F、SSEA-3、SSEA-4 抗体による hiPS 細胞の染色 ② R-17F は R-10G と同様に IgG1 抗体で 2 SSEA-4 あり、取り扱いが容易である。免疫沈降、細胞染色、組織染色、 Western ブロット、TLC ブロット、アフィニティークロマトなど多面的な抗体利用に有効である。 ③ R-17F はヒト iPS/ES 細胞 (Tic、201B7、KhES-3、H9 細胞)特異的に強い細胞傷害活性 (補体非依存的)を示した〔図 4〕 。 ④ 細胞傷害活性は二次抗体処理により大きく増強された(図 5) 。 ⑤ 細胞傷害活性はシングルセルサスペンジョンの細胞ばかりでなくコロニーを形成し た細胞に対しても認められた。 ⑥ 細胞死の機構はアポトーシスでなくネクローゼによる。 101.4% 生 細 胞 数 100.0% 図 4.R-17F の hiPS 細胞に対する濃度依 存的な細胞傷害効果 4℃,45min 96.0% 83.2% 84.2% 80.0% α-MBP 60.4% (アイソタイプ コントロール) ⑦ R-17F 抗原は細胞 膜に存在する糖脂質 43.6% の糖鎖部分を認識す 40.0% ることが分かった。 糖鎖構造は、hiPS 細 21.4% R-17F 20.0% 胞より疎水性溶媒に 9.9% より抽出した脂質画 0.0% 分から、 分取用 TLC で 0 5 10 分離精製した後、 抗体 (μg/100μl) MALDI-TOF MS 分析な どより解析した結果、 Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcβ1-3Galβ1-4Glc(Lacto-N-FucopentaoseI)と同定された。 ⑧糖鎖マイクロアレイ解析により R-17F のエピトープは Fucα1-2Galβ1-3GlcNAcβ13Gal と推定された。 ⑨ R-17F 抗体遺伝子の可変領域塩基配列は解析済である。 60.0% 3 93.2% 生 細 胞 数 50.0% 58.9% 94.1% 74.5% α‐MBP 1.0μg 17F 1.0μg 34.6% 24.2% ( ) 4. 今後の予定・展望 R-10G: iPS/ES 細胞の不均一性を検出可能で あることから、細胞の品質管理、標準化に役 立つと期待される。すでに国内 2 社、外国 2 社より発売されている。今後の事業拡大のた めには化学合成リガンド糖鎖を用いる厳密 な結合特異性の解明が鍵となると考えられ、 95.9% 100.0% 図 5. 二次抗体〔抗マウス IgG1 抗体)の添加 効果 % 9.3% 0.0% 0 0.05 0.1(ug) 現在、内外の研究者と共同研究に取り組んでいる。 R-17F: 全ての iPS/ES 細胞を認識するマーカー抗体であり、iPS/ES 細胞に対する細胞 傷害作用を持つことから、再生組織に残存する未分化な細胞の検出や除去に有用であり、 再生医療における発がんリスクの軽減が期待される。同様の目的で、さまざまな観点か ら種々の試みが現在進められていると思われるが、最近の各種抗体医薬品の画期的な成 功に見られるように、抗体工学などを含めての医薬品開発における抗体の有用性は確立 されている。今後は、供給体制を確立し、トランスレーショナルリサーチ的視点から、関 連した基礎および臨床グループとの連携を深める。現在、日本およびアメリカで特許出 願中である。 5. 主な論文 (1)Kawabe K, et al., A novel antibody for human induced pluripotent stem cells and embryonic stem cells recognizes a type of keratan sulfate lacking oversulfated structures.Glycobiology, 23 (3),322–336 (2013) (2)Matsumoto S, et al.,A Cytotoxic Antibody Recognizing Lacto-Nfucopentaose I (LNFP I) on Human Induced Pluripotent Stem (hiPS) Cell. J.Biol.Chem., 290,(33), 20071-20083 (August 14, 2015), 4
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