アモルファス状リン酸カルシウム(ACP)のクラスター構造評価と高機能

NSG Found. Mat. Sci. Eng. Rep.
アモルファス状リン酸カルシウム(ACP)のクラスター構造評価と
高機能バイオマテリアル開発
大阪府立大学大学院工学研究科物質化学専攻 中平 敦
Structural Evaluation of Cluster in Amorphous Calcium Phosphate (ACP) for the
Development of High Performance Biomaterial
Osaka Prefecture University, Material Science and Eng.,
Atsushi Nakahira
骨はアモルファス状リン酸カルシウムやかなり低結晶性のハイドロキシアパタイトから
構成されている。本研究では、アモルファスリン酸カルシウム(ACP)に注目し,種々
の条件でゾルゲル法にて合成を行ない、その微細構造などをXRD、FT-IR、SEM、TEMな
どに評価を行った。高機能性バイオマテリアルの開発を目指して、ゾルゲル法で合成され
たアモルファスリン酸カルシウム(ACP)の微細構造と種々の特性の関係を明らかにし
た。
Bone is composed of amorphous calcium phosphate and low crystalline hydroxyapatite
(HAp), various calcium phosphates (TCP etc) . In this study, the synthesis of various
amorphous calcium phosphate were attempted under synthetic conditions. The
microstructural evaluations for amorphous calcium phosphate were carried out by XRD, FTIR, SEM, and TEM. The relation between the microstructure and synthetic conditions for
amorphous calcium phosphate were clarified for the development high per formance
biomaterials.
1.緒 言
21世紀の初頭の現在、日本において高齢者人口が急増し、超高齢化社会が到来したとい
われる。この趨勢は、日本のみならず、欧米でも顕著であり、さらに中国などでも同様に
急速に高齢者人口は大きく増加している。このような高齢化社会の到来は、全世界的な傾
向であり、一部で憂慮されているが、本来、長寿命の達成という人類の長年の夢を実現し
つつあるとも言える。この社会動向に対応すべく近年、現状の高い生活レベルを維持した
高QOLの生活を実現すべく、高性能なバイオマテリアルが求められている。また、生体
内の組織に近い次世代型のバイオマテリアル材料の開発に向けて新規高性能バイオマテリ
アルが強く求められている。バイオマテリアルにはバイオセラミックス、バイオポリマー、
バイオ金属などの種々の材料があるが、それぞれに長所と短所を持つ。中でもバイオセラ
ミックスは、高い生体親和性と骨形成能を持ち、一部は、骨充填材や骨補填材として利用
されている。しかし、高齢化社会の到来と共に、現状よりも高い生体親和性と高い骨形成
能を持つバイオセラミックスが求められている。
一般に我々の骨は、アパタイトあるいはそれの前駆体材料から構成されており、コラー
ゲンとのハイブリッド複合化の下、体過重や衝撃に耐えるような役割を担っている。また
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(財)日本板硝子材料工学助成会,26(2008)
一部歯表面では高結晶性のハイドロキシアパタイトも見られるが、実際の骨は、アモルフ
ァス状リン酸カルシウムやかなり低結晶性のハイドロキシアパタイトから構成されてい
る。即ち、次世代型のバイオセラミックス材料の開発に向けては高い生体親和性と骨形成
能を持つバイオセラミックス材料が望まれるため、我々の体の骨に微細構造の類似したア
モルファス状リン酸カルシウムおよびその一部結晶化した低結晶性のハイドロキシアパタ
イトの開発が望ましい。したがって新規高性能バイオセラミックスを目指してより体にな
じみやすいアモルファス状リン酸カルシウムの開発が必要である。しかし、通常の化学プ
ロセッシングあるいは熱処理プロセシングなどによるリン酸カルシウム化合物の合成は、
得られる生成物は、きわめて結晶性の高いリン酸カルシウムであったり、結晶性の高いハ
イドロキシアパタイトのみが得られ、アモルファス状リン酸カルシウムの合成は、はなは
だ困難であった。申請者らは、分子レベルで無機物質を合成できるゾルゲルプロセスを改
良して用いることにより、アモルファス状リン酸カルシウムの合成に成功した。
本申請では、高性能なバイオセラミックスの構築に向け、種々のプロセシング条件で合
成したアモルファス状リン酸カルシウムのクラスター構造を明らかにし、材料の構造・微
細組織とその種々の特性の相関を明らかにすることを目的として研究を進めた。
2.実 験
アモルファス状リン酸カルシウム合成は、Fig. 1
に示すようなプロセシングにて行った。市販の金属
カルシウム(和光純薬工業株式会社製)を、あらか
じめ水分を除去した無水エタノール中で撹拌しなが
ら、窒素雰囲気下にて、オイルバス中にて85℃で4
時間反応させることによりカルシウムジエトキシド
(Ca
(OC2H5)
2)を合成した。
これとは別に、無水エタノールにリン酸(H3PO4
純度86%:和光純薬株式会社製)を加えた溶液を用
意し、それぞれ5℃以下になるように氷冷した後、
カルシウムエトキシドにリン酸溶液を低温にてゆっ
くりと滴下し、ゾルゲル法にて処理を進めた。滴下
終了後、混合溶液を窒素雰囲気、室温で24時間エー
ジングして生成物を得た。得られた各種生成物は、
次に加水分解処理を行うことで生成物の結晶化を進
めた。
また、生成物の熱挙動検討のため、大気雰囲気中
Fig. 1 合成のフローチャート
300℃から700℃で熱処理を行なった。得られた生成
物に対して、構成相の同定(XRD)、構成元素の定性分析(XRF)、熱重量・示唆熱分析
(TG-DTA)
、赤外吸収スペクトル(IR)などにより特性評価を行った。
3.結 果
実験方法のようなフローチャートにしたがって、ゾルゲル法にて種々の合成を試みた。
そFig. 2にゾルゲル法により得られた生成物の代表的な粉末のXRD回折パターンを示す。
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Fig. 2(A)に示すように、ゾルゲル法により得られた生成物は2θ=30°付近にブロード
なピークを示した。また、DCPD(第二リン酸カルシウム)、CaOやCa(OH)2などの他の相
の生成は確認されなかった。また、ゾルゲル法の合成条件(ゾルゲル合成温度、ゾルゲル
合成時間など)によってはDCPD(第二リン酸カルシウム)が含まれた結晶性の高い生成物
もあり、アモルファス状の生成物は得られなかった。これらの実験から、生成物は合成条
件にきわめて敏感であった。以上のことから、ゾルゲル法により最適条件にて得られた生
成物は、アモルファス状の微細構造を持つことが明らかとなった。したがって、本実験で
行ったゾルゲル法にてアモルファス状リン酸カルシウムが合成できたことが確認できた。
次に、ゾルゲル法で得られたアモルファス状リン酸カルシウム粉末を300∼700℃で熱処
理を行なった。それらの各温度での熱処理した試料についてのX線回折パターンをFig. 3
に示す。大気中での熱処理前の試料は30°付近にブロードなピークを持つパターンを示し
た。アモルファス状リン酸カルシウムは450℃付近まで、30°付近にブロードなピークを
持つパターンを示しており、RTから450℃付近まで本ゾルゲル法で得られたアモルファス
状リン酸カルシウムが安定である事が判明した。また、熱処理によりアモルファス状リン
酸カルシウムは、500℃付近で結晶化が始まり、600℃でハイドロキシアパタイト(HAP)
とβ-TCP(第三リン酸カルシウム)の混合相が見られた。
Fig. 2 ゾルゲル法により得られた
生成物の粉末のXRD
(A)最適な合成
(B)長時間の合成
Fig. 3 各温度で熱処理したアモルファス生
成物のXRD:300∼700℃、大気中
次に、ゾルゲル法で得られたアモルファス状リン酸カルシウムの熱挙動をTG/DTAに
て調査した。Fig.4にアモルファス状リン酸カルシウムの熱挙動をTG/DTAの測定結果を
示す。これらTG/DTAの結果から、100℃付近に存在する吸着水の脱水開始温度が、90℃
∼110℃であった。また、500℃から600℃付近にて体積変化が確認された。これらの熱的
挙動はと前述の各熱処理温度での生成物のXRD結果とよく一致していた。したがって
500℃付近からアモルファス状リン酸カルシウムは結晶化が開始していることがわかった。
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Fig. 4
アモルファス状リン酸カルシウムのTG/DTAの測定結果
Fig. 5
アモルファス状リン酸カルシウムのTEM観察結果
Fig. 5にアモルファス状リン酸カルシウムのTEM観察結果を示す。500℃で熱処理を行
った試料は熱処理前試料と同様な球状粒子とおよび球状粒子が伸長したような形状の粒子
が混在している状態で構成されている様子がTEMから確認された。図中の球状粒子から
得られたSAEDパターンはアモルファスに起因するハローなリングで構成されていた。こ
れらのアモルファス部分にクラスター状の析出物も詳細なTEM観察から確認できた。一
方、伸長粒子に対するSAEDパターンからは結晶性が見られた。この微細構造の変化は
XRDパターンの測定結果と良く一致している。
4.結 論
以上の測定結果より、本ゾルゲル法にてアモルファス状リン酸カルシウムが合成可能で
あることが明らかとなった。このXRD結果はゾルゲル法にて得られた試料は非晶質構造
であることを示した。さらに放射光施設のX線吸収測定結果から、本ゾルゲル法にてアモ
ルファス状リン酸カルシウムが非晶質構造よりも確認され、微視的構造(最近接原子の配
列)という観点からも非晶質な構造を有していることが確認された。このように、本研究
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を通じて様々なゾルゲル条件にてアモルファス状リン酸カルシウムの合成で可能であるこ
とを明らかにし、その微細構造を明らかにできた。
謝 辞
本研究は平成17年度日本板硝子材料工学助成会の研究助成を受けて行われた。同助成会
に深く感謝いたします。
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