超高速検出 LCMS(/MS)を用いた食品成分の分離・同定・定量

超高速検出 LCMS(/MS)を用いた食品成分の分離・同定・定量
Analysis of food related compounds using ultra fast MS detector with HPLC
八巻聡
Satoshi YAMAKI
株式会社島津製作所 分析計測事業部 グローバルアプリケーション開発センター
〒259-1304 神奈川県秦野市堀山下 380-1 秦野テクノパーク内
℡ 0463-88-8640
E-mail : [email protected]
「はじめに」
食品中に存在する微量成分を精度良く測定するには,多くの共存成分からの分離と目的成分の的
確な検出および同定が必要である.高速液体クロマトグラフィー(HPLC)と質量分析法(MS)を組
み合わせたLC/MSは優れた分離能力と高い同定能力を併せ持つ分析法である.なかでもトリプル四
重極型質量分析計は,その優れた感度と選択性の高さから様々な分野において微量定量分析に利用
されている.
食品分野における分析のニーズは,品質管理と安全性評価の大きく 2 つに分けられる.品質管理
としては,糖やビタミンなどの食品機能性成分に着目した栄養成分分析や,見た目,味,香り,テ
クスチャー(質感)の認識,また産地偽装や表示偽装のための識別・判別などが上げられる.また
安全性評価としては,食品残留農薬や飼料添加物または動物用医薬品の検査,食品容器包装剤の安
全性・耐久性の確認,かび毒検査,微生物・ウイルス検査,遺伝子組み換え農畜水産物検査,異物
検査などがある.これら検査のうち,化学物質,特に有機化合物を対象とした分析ではガスクロマ
トグラフィー(GC)や HPLC,LC/MS が使用され,微量な濃度まで効率的に検出できるようになって
いる.
「超高速検出 LC/MS の利点」
近年,測定対象成分は増加する一方で,分析には迅速性が求められる.そこで重要視されている
のが一斉分析法であり,より簡便に,より多くの化合物をより迅速に分析できる手法が期待される.
HPLC では 2 μm からサブ 2 μm の微粒子充填剤と 100 MPa を超える高耐圧 LC 装置を用いることで,
従来と比べ短時間で多くの成分を分離・検出できるようになった.HPLC の高速化に伴い,検出ピ
ークがより細くなっており,これに追従するため検出器には高速応答性が求められる.再現良く検
出するにはピーク内に 10 点以上のデータポイントが必要とされ,データポイント数が少ないと本
来のピーク形状からの解離が大きくなる(図 1)
.
再現性悪い
図1 データポイント数とクロマトグラム形状
また LC/MS については,その高い選択性から,多成分の一斉分析への適用が進んでいる.これに
伴い SIM/MRM チャンネル数の増加,正イオン/負イオン同時測定のための高速極性切り替えの要望
35
が高まり,これに対応すべく装置開発が進められた.図 2 では高速 MRM と高速極性切り替え効果を
確認するため,農薬 30 成分(26 成分を正イオン検出,4 成分を負イオン検出)の島津トリプル四
重極型質量分析計 LCMS-8030 による高速測定データを,また従来型については表示設定にて擬似ク
ロマトグラムを描画した.このうちの一成分アジムスルフロンについて面積%RSD を確認した.超
高速 LC(UHPLC)と超高速検出 LC/MS の組み合わせでは細いピークに対しデータ点数を多点とれ,
再現性が高いことが分かる.
本演題では超高速検出 LC/MS を用いた機能性成分や規制成分など,食品関連成分の分析例を紹介
ex) アジムスルフロン
する.
面積%RSD
従来型①
36.87 %
Dwell 5,Pause 5,
PN 500 ms
従来型②
4.62 %
Dwell 5,Pause 5,
PN 20 ms
LCMS-8030
2.20 %
Dwell 3,Pause 1,
PN 15 ms
0.25
0.30
0.35
0.40
0.45
0.50 min
図2 MS取り込み時間設定のピーク形状に与える影響
「LC/MS によるビタミン分析」
健康食品についての法律上の定義はなく,
“広く健康の保持増進に資する食品として販売・利用
されるもの全般”を指すとされる.国の制度として「保健機能食品制度」があり,保健機能食品は
「特定保健用食品」と「栄養機能食品」に分類される1).このうち栄養機能食品は栄養成分(ミネ
ラル・ビタミン)の補給に利用される食品とされ,亜鉛,カルシウムなどのミネラル5成分,ビタ
ミン12成分について一日当たりの摂取目安量に含まれる成分量の上限値・下限値が定められている.
ビタミンの分析にはそれぞれ個別の分析が行われており,HPLCの他,比色法や微生物定量法が用い
られる.近年,その適用範囲の広さより,様々な分析をLC/MSに置き換える試みが成されている.
図3にトリプル四重極型質量分析計を用いた水溶性ビタミン9成分のLC/MS一斉分析データを示す.
水溶性ビタミンは極性が高く,通常の逆相モードでは保持の弱い成分があり,LC/MSで測定する場
合は揮発性イオンペア試薬の使用が必要となる.本条件では両イオン交換型マルチモードODSカラ
ムを用い,ギ酸/ギ酸アンモニウム緩衝液とアセトニトリルのグラジエント溶離により,逆相モー
ドで分離した.葉酸を負イオンESI,それ以外の成分を正イオンESIモードでイオン化し,MRM測定
を行った(表1).
表1 分析条件
HPLC : Nexera UHPLC system
Column
Mobile phase
: Imtakt Scherzo SM-C18 (150 mmL x 2 mmI.D., 3 um)
: A ; 5 mM ammonium formate containing 0.1 % formic acid – water
B ; Acetonitrile
Gradient program
: 0% B (0 min)→55% B (10 min)→0% B (10.01-20 min)
Flow rate
: 0.2 mL / min
Column temperature
: 40 ℃
MS: LCMS-8030 Triple quadrupole mass spectrometer
Ionization
: ESI (Positive / Negative)
Ion spray voltage
: +4.5 kV / -3.5 kV
MRM
: 9 MRM transitions
36
いずれの成分も10分のグラジエント時間で分離し,相関係数r=0.999以上の良好な直線性を示し
た(図4).
本手法を市販の栄養機能食品分析に適用した結果,ほぼ夾雑成分の影響を受けることなく定量可
能なことを確認した.
1:265.10>122.10(+)(0.80)
2:170.10>152.20(+)(0.50)
3:124.20>80.0(+)(5.00)
4:123.10>80.0(+)(0.60)
5:220.10>90.00(+)(1.60)
6:678.55>146.80(+)(9.00)
7:377.20>242.80(+)(10.00)
8:245.10>227.10(+)(0.80)
9:440.20>295.10(-)(10.00)
①Thiamin
②Pyridoxin
2000000
②Pyridoxin
①Thiamin
0.5 – 500 ng/mL
r = 0.9999
7.5
③Nicotinic acid
1 – 500 ng/mL
r = 0.9993
1.00
⑤Pantothenic acid
Area (x10,000)
Area (x100,000)
5 – 1,000 ng/mL
r = 0.9993
1.5
0.75
5.0
④Nicotinamide
Area (x100,000)
Area (x1,000,000)
Area (x100,000)
5 – 1,000 ng/mL
r = 0.9995
7.5
1.0
5.0
0.5
2.5
0.50
③Nicotinic acid
2.5
5 – 100 ng/mL
r = 0.9999
2.0
1.0
0.25
0.0
0.00
0.0
④Nicotinamide
0
250
0
Conc.
250
0.0
0.0
0
Conc.
500
Conc.
0
500
Conc.
0
50
Conc.
1500000
⑤Pantothenic acid
⑦Riboflavin
⑥Cyanocobalamin
⑥Cyanocobalamin
50 – 10,000 ng/mL
r = 0.9992
4.0
Area (x100,000)
5 – 5,000 ng/mL
r = 0.9993
2.0
10 – 5,000 ng/mL
r = 0.9993
1.5
1.5
3.0
1000000
Area (x1,000,000)
10 – 1,000 ng/mL
r = 0.9999
2.0
⑩Folic acid
⑨Biotin
Area (x10,000)
Area (x100,000)
1.0
1.0
2.0
⑦Riboflavin
⑧Biotin
1.0
0.5
0.0
0.0
0
500000
5000
Conc.
⑨Folic acid
1.0
0.5
0.0
0
500
Conc.
0.0
0
2500
Conc.
0
図4 水溶性ビタミン9成分
の検量線
2500
Conc.
0
0.0
1.0
2.0
3.0
4.0
5.0
6.0
7.0
8.0
9.0
min
図3 水溶性ビタミン9成分の
MRMクロマトグラム
「LC/MS による農産物中の残留農薬分析」
農産物には,農業の効率化や輸送・保存の目的で殺虫剤,除草剤,植物成長調整剤など農薬が幅
広く使用される.食品の安全性確保のため,国内では一定量を超えて農薬等が残留する食品の販売
等を原則禁止するポジティブリスト制度が導入された.これに伴い約 800 種の農薬等に残留基準お
よび分析法が設定され,食品事業者には原材料の生産段階における農薬などの適切な管理が求めら
れる.また規制対象成分や残留基準値は国毎に異なり,輸出入が増加する中でより迅速でグローバ
ルな対応が求められている.欧州連合(EU)では,EU 内で統一された残留農薬基準(MRLs)が設
定され,Quick,Easy,Cheap,Effective,Ruggedness,Safe を指向した QuEChERS 法を前処理法
に用い,分離に GC または LC,検出にトリプル四重極型質量分析計を用いた簡易な残留農薬分析法
が示されている.
本項では,EU で規制されている農薬 138 成分について,EU 標準検査機関(EURL)メソッドに準
拠した分析条件で,トリプル四重極型質量分析計を用いた一斉分析を行った.HPLC では粒子径 2.2
μm の ODS カラムを用い,12 分のグラジエント溶出を行った.イオン化法を ESI とし,正負イオン
化同時測定を行った.138 成分の MRM を同時に行うため,276 個の MRM(1 化合物あたり 2 MRM チャ
ンネル)を設定し,Dwell time および Pause time はそれぞれ 5 ms および 1 ms とした.その他の
分析条件を表 2 に示す.EURL「Multiresidue Method using QuEChERS following by GC-QqQ/MS/MS
and LC-QqQ/MS/MS for Fruits and Vegetables」2)では農薬 138 成分のうち 72 成分については
LC/MS/MS,66 成分については GC/MS/MS を測定法として推奨している.
37
表2 分析条件
HPLC : Nexera UHPLC system
Column
: Shim-pack XR-ODS II (75 mmL. x 2 mmI.D., 2.2 um)
: A ; 2 mM ammonium formate containing 0.1 % formic acid – water
B ; Methanol
: 5% B (0-2.5 min)→55% B (2.51-6 min)→80% B (6.01-12 min)
→100% (12-15 min)→5% (15.01-20 min)
Mobile phase
Gradient program
Flow rate
: 0.2 mL / min
Column temperature
: 40 ℃
MS: LCMS-8030 Triple quadrupole mass spectrometer
Ionization
: ESI (Positive / Negative)
Ion spray voltage
: +4.5 kV / -3.5 kV
MRM
: 276 MRM transitions (2 MRMs / compound)
Dwell time 5 ms / Pause time 1 ms
表3 農薬の定量下限値(LOQ)
推奨試験法
LOQs < 10 ppb
LOQs > 10 ppb
Not Ionized
LC/MS/MS
72 (100 %)
0 (0 %)
0 (0 %)
GC/MS/MS
47 (71 %)
6 (9 %)
13 (20 %)
138 成分全成分について一斉分析し,イオン化の可否および定量下限値を確認した.LC/MS/MS
を測定法として推奨する化合物全てで定量下限値は 10 ppb 以下となった(表 3)
.また GC/MS/MS
が推奨される成分では,約 8 割が ESI でイオン化可能であり,さらに約 7 割の成分で定量下限値が
10 ppb 以下となった.図 5 に代表的な農薬 4 成分の検量線と MRM クロマトグラムを示した.この 4
成分については 1-1000 ppb の範囲で十分な直線性と n=6 での再現性が得られた.
実試料として野菜(パプリカ,ニラ)を用意し,QuEChERS 法で前処理を行い野菜試料の抽出液
を得た.これら抽出液に農薬を各 5 ppb 添加し,回収率を算出した.QuEChERS 法は簡易前処理法
のため,抽出液中に多くの夾雑成分を含むが,両試料において約 8-9 割の農薬で良好な回収率が示
された.
Compounds for GC/MS/MS
Compounds for LC/MS/MS
Azoxystrobin
Carbofuran
Ethion
Area(x10,000,000)
Area (x10,000,000)
9.0
1.00
Area(x10,000,000)
7.5
7.5
8.0
7.0
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
Methidathion
Area(x100,000,000)
0.75
5.0
5.0
0.50
2.5
1-1000 ppb
r2=0.9999
500
Conc.
0
500
(x100,000)
(x100,000)
2.00
1.75
10 ppb
1.50
1.25
1.00
S/N 38
(1ppb)
2.0
0
Conc.
2.00
S/N 82
(1ppb)
1.5
1.75
Conc.
1.0
1.00
10 ppb
S/N 73
(1ppb)
0.5
0.50
0.25
0.00
0.0
7.0
5.0
6.0
0
500
Conc.
S/N 73
(1ppb)
1.75
1.50
1.25
5 ppb
1.00
0.75
0.75
1 ppb
1-1000ppb
r2=0.9996
(x100,000)
1.25
5 ppb
6.0
500
0.0
(x100,000)
1.50
0.75
0.50
1-1000ppb
r2=0.9999
0.00
0.0
0
2.5
0.25
1-1000 ppb
r2=0.9992
0.50
1 ppb
0.25
0.25
0.00
0.00
9.0
10.0
6.0
7.0
図5 農薬標準溶液のMRM
クロマトグラム例と検量線
本結果より,QuEChERS 法で前処理した野菜試料中の農薬について LC/MS/MS による高速 MRM 正負
イオン同時測定を行い,MRLs 以下の濃度で測定が可能なことを確認した.
38
「DART-MS による健康食品中有効成分の迅速分析」
クルクミン(分子量 368)はウコンに含まれるポリフェノールの一種で食用色素として用いられ,
LC-UV 法または LC-ESI 法で分析できる.粒子径 5μm のカラムを用いた HPLC では 20 分以上の分析
時間が必要となるが超高速検出 LC/MS を用いることで 7 分に短縮が可能となり,ビスデメトキシク
ルクミンやデメトキシクルクミンなどの不純物分析に適用できる 3).
ここでは,大気圧下での直接イオン化法である DART イオン源(Direct Analysis in Real Time)
と高速正負イオン化切り替え,精密質量 MSn 測定が可能な飛行時間型質量分析計を用いた迅速分析
事例を示す.市販のウコン錠剤の直接測定を行い,得られたマススペクトルを図 6 に示した.正負
同時測定でクルクミンのプロトン化分子,脱プロトン分子が検出され,容易に分子量確認が可能で
あった.プロトン化分子の精密質量による組成推定を行った結果,クルクミンの組成式 C21H20O6 が
質量誤差 5 ppm 以内の高い精度で同定できた(図 7)
.
DART-MS と飛行時間型質量分析計の組み合わせで,前処理無しに健康食品中の有効成分の高精度
な同定が,迅速に可能なことを示した.
Inten. (x10,000,000)
150.0575
1.00
正イオン
クルクミン
(M+H)+
0.75
0.50
369.1321
235.1683
319.1446
259.1276
0.25
0.00
100
150
200
250
300
384.2204
350
400
450
500
550
600
650
m/z
Inten. (x10,000,000)
1.25
1.00
負イオン
293.0488
179.0567
112.9890
0.25
0.00
100
(M-H)-
367.1181
215.0331
0.75
0.50
328.1068
148.0466
234.0621
150
200
250
383.1087
300
350
400
450
500
550
600
650
m/z
図6 市販のウコン錠剤の DART-MS 正負イオン同時マススペクトル
図7 DART-MS 検出イオンの組成推定結果
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引用文献
1. 消費者庁 健康や栄養に関する表示の制度について,
http://www.caa.go.jp/foods/index4.html
2. EURL「Multiresidue Method using QuEChERS following by GC-QqQ/MS/MS and LC-QqQ/MS/MS for
Fruits and Vegetables」, http://www.eurl-pesticides.eu/
3. 超高速分析の応用(その2)クルクミン不純物の分析,島津アプリケーションニュース No. C59
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