close

Enter

Log in using OpenID

知求会ニュース - 宇都宮大学国際学部同窓会

embedDownload
知求会ニュース
2011 年 01 月
◎
訃報
第 36 号
故ペトロ 鈴木博 先生
2010(平成 22)年 11 月 2 日に、76 歳の生涯を終え、愛する神のもとに旅立ちました。
(葬儀ミサ案内状より)
葬儀ミサは翌日午後 5 時に、カトリック高輪教会(東京)で執り行われ
ました。葬儀ミサには高際先生と佐々木一隆先生が参列されました。
鈴木先生は、大学院国際学研究科設立に大変尽力された 2 代目国際学部長でした。編集
者は 2007(平成 19)年 5 月 30 日の博士課程設置記念式典にて、鈴木先生にお目にかかった
のが最初で最後の出会いでした。先生から式典スピーチに対して、励ましと温かいお言葉
をいただいたことが思い出されます。心よりご冥福をお祈りいたします。(合掌)
◎
博士前期課程、修了おめでとうございます!
2010(平成 22)年 9 月 30 日(木曜日)午後 1 時 30 分から大学本部会議室にて、2010 年度
秋期学位記手渡し式が開催されました。
今回の修了者は、国際社会研究専攻の第 10 期生 渡邉麻衣さんと国際交流研究専攻の第 5
期生スエナガ・クニオさんの 2 名でした。
◎
9 月入試合格結果
国際社会研究専攻 一般
2 名・社会人
0 名・外国人 2 名
計4名
国際文化研究専攻 一般
3 名・社会人
2 名・外国人 6 名
計 11 名
国際交流研究専攻 一般
2 名・社会人
1 名・外国人
国際交流・国際貢献活動経験者
◎
1 名・
0名
計 4名
合計 19 名
掲載記事紹介
1.毎日新聞 東京夕刊 (平成 22 年 9 月 2 日発行) 10 頁に、
「女子アナ 工学博士に」と題して、
「エフエム栃木「声の磨き方、後輩に」」
、
「仕事と子育て両立 6 年半」の内容で鹿島田千帆
さんの記事が掲載されました。
(http://mainichi.jp/select/wadai/news/20100902dde041040045000c.html)
2.UU now Vol.21 (平成 22 年 4 月 20 日発行) 9 頁の Welcome to 研究室&ゼミ・・・に、「田
巻松雄研究室」と題して、田巻松雄先生と学生のコメントが掲載されました。
(http://www.utsunomiya-u.ac.jp/info/uunow/uunow-pdf/uu21/6.pdf)
3.UU now Vol.23 (平成 22 年 11 月 20 日発行) 10・11 頁の研究 keyword に、「日本文学研究
を志して早 30 年」と題して、丁 貴連先生の原稿が掲載されました。
(http://www.utsunomiya-u.ac.jp/info/uunow/uunow-pdf/uu23/7.pdf)
4.UU now Vol.23 (平成 22 年 11 月 20 日発行) 12 頁の Utsunomiya University News に、
「ベ
ストレクチャー賞表彰」として、国際学部から田口卓臣先生・清水奈名子先生・松尾昌樹
先生の 3 先生が受賞されました。
1
(http://www.utsunomiya-u.ac.jp/info/uunow/uunow-pdf/uu23/8.pdf)
5.下野新聞 (平成 22 年 4 月 16 日発行) 23 面に、「学生向けにエコ小冊子」■ごみ収集方法な
ど紹介 ■時刻表や時間割表も
と題した記事の中で、
「環境改善学生サポーターECHO」
のアドバイザーを務める高橋若菜先生のコメントが掲載されました。
6.読売新聞 朝刊 (平成 22 年 5 月 18 日発行) 地方版に、
「とちぎ寸言」コーナーで「森林整備
県挙げ対策を」と題して、中村祐司先生の記事が掲載されました。
7.朝日新聞 朝刊 (平成 22 年 6 月 23 日発行) 地方版に、
「世界で活躍人材育成
3 大学連携 講
座の受講者募集」と題して、国際キャリア開発プログラムの記事が掲載されました。
8.毎日新聞 朝刊 (平成 22 年 10 月 23 日発行) 地方版に、
「宇大峰ヶ丘講堂レトロ調に改修
看
板上提式」として、進村武男学長と渡邊直樹副学長の写真が掲載されました。
9.下野新聞 朝刊 (平成 22 年 10 月 25 日発行) 3 面に、
「低い高校進学率解消へ
宇大が初開催
外国籍生徒に情報提供」と題して、田巻松雄先生のコメントが掲載されました。
10.広報うつのみや 2010(平成 22)年 10 月号(No.1614)32 頁に、中村祐司先生の市民大学後
期講座の案内がありました。
「4.企業連携講座
地域に根ざしたプロスポーツを通じたま
ちづくり」11 月 1 日から 12 月 6 日の月曜日、午後 6 時 30 分から 8 時 30 分の全 6 回開催。
第 3 回のみ 11 月 14 日(日)で栃木 SC の試合観戦。定員 40 人で 3,000 円の費用がかかりま
す。(館外学習にかかる費用・保険料は実費)
◎
新刊案内
1.北島 滋名誉教授が、昨年 9 月に『社会学研究シリーズ ―理論と技法― 5 中小企業
研究入門』文化書房博文社 (ISBN978-4-8301-0872-3) から編著作を刊行されました。詳細は
以下のアドレスへアクセスして下さい。
(http://user.net-web.ne.jp/bunka/syoseki_syousai.asp?isbn=ISBN978%2D4%2D8301%2D0872%2D3)
◎
宇都宮大学 HANDS プロジェクト 子ども教育フォーラム 2010 開催
2010 年 12 月 4 日(土)に、大学会舘 2 階多目的ホールにて、午後 1 時からの松本 敏(教
育学部教授・スクールサポートセンター長)先生の開会挨拶がありました。午後 1 時からの第一
部「HANDS プロジェクトの取組みと課題」では、田巻松雄先生と若林秀樹先生、辻 猛司
さんの3つの報告と「HANDS プロジェクトの取組みと現状」のパネルディスカッション
が開催されました。午後 3 時 20 分からの第二部「外国につながる子どもの進学問題を考え
る」では、矢部昭仁さんの報告と石和スワンニーさん、梁 恵林さんの体験談の報告後、
「外
国につながる子どもの進学問題」のパネルディスカッションが開催されました。
*『HANDS next―とちぎ多文化共生教育通信』のお知らせ
2007 年 9 月 20 日に、ニュースレター『HANDS』第 1 号が発行されました。2010 年度
より宇都宮大学特定重点推進研究グループ通信『HANDS』がリニューアルされ、
『HANDS
next』として再出発することになりました。
第2号(2010 年 9 月 30 日)
「日本に住むタイの子どもの未来のために」非常勤タイ語講師 泉田スジンダ
2
シリーズたぶんか共生2「グローバル教育とフェアトレード」大学院国際学研究科 博士後
期課程 / 国際学部 多文化公共圏センター研究員 根本久美子
「子ども国際理解サマースクール~「多文化共生」教育実践」大学院国際学研究科 博士後
期課程 / 国際学部 多文化公共圏センター研究員 坂本文子
サマースクールコラム
国際学部 4 年 上田・ミリアン・ナオミ
教職員サマーセミナー「サマーセミナー・2010 年度―「学校における外国人児童生徒教育」
実施結果報告」教育学部 准教授 丸山剛史
「第1回 外国人児童生徒教育拠点校 担当者研究協議会開催」国際学部 特任准教授 若林
秀樹
事務局便り
・―HANDS プロジェクトからのお知らせ―「多言語による高校進学ガイダンス」
・『中学教科書単語 日タイ・タイ日辞典』の刊行
・4 月から現在までの活動報告
◎
平成 22 年度 第 1 回 各学部等同窓会連絡協議会報告
2010(平成 22)年 10 月 29 日(金)午後 4 時から、大学附属図書館 3 階会議室にて、平成 22
年度第 1 回 各学部等同窓会連絡協議会が開催されました。出席者は進村武男 学長・馬場
敬信 理事・渡邉直樹 理事・石田朋靖 理事・國友孝信 理事の大学側 5 名と事務局担当者 5
名、土屋伸夫 国際学研究科同窓会会長・小林春雄 教育学部同窓会会長・柴田 毅 同副会
長・阿久津嘉子 同事務局長・清水由行工学部同窓会副会長・和賀井睦夫 農学部同窓会会
長・笠原義人 同副会長の同窓会側 7 名でした。議事内容は、検討事項として、1.各学部
同窓会の活動報告等について、2.大学に対する要望等について、3.その他、そして大
学の現状報告等がなされました。
◎
国際学部だより
1.掲載記事紹介
・UU now Vol.21 (平成 22 年 4 月 20 日発行) 3 頁に、CAMPUS 留学特集「行ってしまったら、
やるっきゃない」と題して、国際学部 4 年生の和田 薫さんの記事が掲載されました。
・毎日新聞 平成 22 年 3 月 21 日(日) 朝刊地方版に、「自分の目標実現する番」と題して、
国際学部 4 年(掲載当時)高橋苗七子さんの記事が掲載されました。
・読売新聞 平成 22 年 6 月 19 日(土) 朝刊地方版に、「バナナの繊維で工芸品」と題して、
国際学部 3 年藤村麻衣子さんのコメントが掲載されました。
・下野新聞 平成 22 年 6 月 23 日(水) 朝刊 22 面に、
「T シャツ回収呼び掛け 宇大学生、イ
ンド支援へ」と題して、国際学部 2 年岩崎芽衣さんのコメントが掲載されました。
・下野新聞 平成 22 年 6 月 24 日(木) 朝刊 25 面に、「ルワンダ知ってほしい
ダンスや平
和訴え講演も」と題して、国際学部 4 年佐藤杏子さんの記事が掲載されました。
・読売新聞 平成 22 年 7 月 3 日(土) 朝刊地方版に、
「フェアトレード知って」と題して、学
3
生団体「カケハシーズ」と NGO「リソースネットワーク」のイベント紹介記事が掲載され
ました。
・毎日新聞 平成 22 年 8 月 3 日(火) 朝刊地方版に、
「宇都宮大の留学生
自国の歴史・文化
紹介」と題して、宇都宮ユネスコ協会(長門芳子会長―国際学部 1 期生)の青年部「UNESCO
研究会」の記事が掲載されました。
◎
宇都宮大学生国際連携シンポジウム 2010 開催
2010(平成 22)年 11 月 17 日(水)に、大学会舘 2 階多目的ホールにて、午後 1 時から開会
挨拶後、午後 1 時 10 分から申 河慶(韓国・淑明女子大学校助教授)先生による「韓国における留
学と国際キャリアの現状について」と中戸祐夫 (立命館大学教授)先生による「立命館大学のキ
ャリア形成支援について」の基調講演がありました。午後 2 時 05 分から「アジア・世界と
どうかかわるか
~自分を成長させる海外経験」についてパネルディスカッションが開催
されました。その後、グループディスカッション、パネリストへの質疑応答、まとめを経
て、予定の閉会時間を大幅に過ぎて内容の濃いシンポジウムが開催されました。
なお、詳細は次のホームページへアクセスしてください。
http://mpic.utsunomiya-u.ac.jp/news/101117udaiseikokusairenkei.html
研究室訪問 27
第 9 号から国際学研究科に関係する内外の先生方に寄稿をお願いしたコ
ーナーを設けました。第 27 回には、地球文化形成研究講座所属の高橋 優先生(文学博士)
にお願いしました。
「
「ロマンチック」な文学研究」
高橋 優
ある夜、青年ハインリヒの夢にあらわれた青い花。その花弁の中に愛らしい少女の顔を
かいま見た時から、彼はやみがたい憧れにとらえられて旅に出る。それは彼が詩人として
の自己にめざめてゆく内面の旅でもあった(岩波文庫『青い花』表紙参照)。
私が文学部に入学し、二年時にドイツ文学専攻に進んだ時、ちょうど岩波文庫で、ドイ
ツ・ロマン派の詩人ノヴァーリス(1772-1801)の小説『青い花』が復刊されました。友人
の勧めで読んだ私は、スケールの大きさにすっかり魅了されてしまいました。夢に見た少
女に出会ったところでこの小説は終わりません。少女は死に、ハインリヒは巡礼の旅に出
て、青い花を見つけることで「世界の意味」を知ります。しかしそこでも小説は終わらず、
ハインリヒは生死の境も、時空も超えて旅を続け、新しいユートピア的世界の創造者にな
ろうとします。とうとう小説は未完のまま29歳にならずしてノヴァーリスは夭逝してし
まいます。こんなトンデモ小説の作者に興味を抱いてノヴァーリスの他の著書を読み、研
究書を調べると、やはり彼が一筋縄では捉えられない作家であることが徐々にわかって来
ました。10歳年下の恋人を病で亡くし、墓前で神秘的な再会を果たし、その経験から詩
人としての自己に目覚める―そんな、いわゆる「ロマンチック」な彼の姿は、一面的なもの
に過ぎませんでした。ノヴァーリスは、製塩所監督という、詩人に似合わぬ役所仕事に励
4
む傍ら、カントやフィヒテの超越論的哲学を研究し、神秘主義に没頭し、後追い自殺まで
考えた恋人の死後は出世のため鉱山アカデミーで当時世界最先端の自然科学を学び、わず
か1年半後には鉱山監督官の娘と婚約してしまいます。敬虔なキリスト教徒だと思われが
ちですが、「人間はいずれ神にならねばならない」という、神への冒涜とも捉えられかねな
い発言もしています。学部生だった当時はドイツ語文献を読む能力もほとんどなく、卒業
論文も大変つたないものでしたが、ノヴァーリスの「神」に対する考え方が従来のキリス
ト教的神学とは根本的に異なるものであるという結論は、今でも間違っていないと確信し
ています。キリスト教的価値観を根本的に否定し、新しい宗教を提唱しようとした危険思
想人物が「ロマンチック」な文学の代表的作家とされているのです。私は「ロマンチック」
という言葉に対して、ただならぬ疑念を抱くようになりました。ノヴァーリスのことを、
そして「ロマンチック」な文学のことをもっと知りたいと思い、私は大学院進学を志しま
した。
大学院修士課程、博士課程を通じて、ノヴァーリスの思想に関して、ある程度納得の行
く研究が出来るようになりました。ドイツ語文献もそこそこ読めるようになり、修士論文
は、ノヴァーリスの時間意識に関して、ドイツ語で執筆しました。そのまま博士課程に入
り、留学することになりました。ノヴァーリスの哲学および自然科学研究に関しては成果
を挙げていたのですが、一つ大きな課題がありました。『青い花』をどう扱って良いか未だ
にわからなかったのです。スケールがでか過ぎて、自分なりの論点が定まらないのです。
実際、この作品に関して納得の行く研究書にも未だに出会っていません。幸い、留学中の
指導教授は大変厳しいけれど面倒見の良い先生で、根気よく指導をしてくれました。なん
とかして先生の納得する研究成果を挙げたいという思いで、死ぬほど悩んだ結果、一本の
赤い糸が見えて来ました。「世界の意味 (Sinn der Welt)」は、「世界感覚(Weltsinn)」を
通じてのみ認識可能だということ、つまり、感覚により、超感覚的世界を把握することが
この小説の主題であるという確信に辿り着き、無事に博士論文を提出することが出来まし
た。感情・感覚を賛美する「ロマンチック」な恋愛小説の根底には、哲学では世界の意味
を把握することができないという認識があります。思弁哲学に代わる世界認識の手段とし
てロマン主義者ノヴァーリスが選んだのが「感覚」だったのです。
『青い花』を初めて読ん
でから10年経って辿り着いた結論でした。
宇都宮大学で教鞭を取るようになり、講義ではドイツ文学を幅広く扱うようになりまし
た。作品解釈には明確な結論が求められるため、講義の準備では毎週大いに悩んでいます。
一つの解釈が見えた瞬間、脳内麻薬が出て快楽を感じることが出来ます。この快楽を一度
味わうと、それを追体験しようという思いで次の作品に取りかかり、また血のにじむよう
な苦労をします。自分の研究に明確な結論が見えないと悩む学生に対し、私は「死ぬほど
悩め」と言うことにしています。その結果得られる快楽は、悩みの苦しみの何百倍も大き
なものだからです。
一冊の小説への興味がもとで、ドイツの大学で、ドイツ語で博士論文を提出し、大学の
5
教員にまでなってしまうとは夢にも思っていませんでした。文学研究は、とても苦しく、
楽しく、そして、決して満たされることのない憧れを常に追い求める「ロマンチック」な
作業であると日々実感しています。
(2010 年 12 月 9 日原稿受理)
博士録 10
第 22 号から今後の博士誕生を鑑み、新コーナーを設けました。第 10 回目には
本年秋に学位授与された転科生の鹿島田千帆さんにお願いしました。なお、知求会ニュー
ス第 29 号の鹿島田さんによる「私の研究」も併せてご覧ください。
「博士論文執筆を終えて」
鹿島田千帆
視聴覚情報の認識と
よりよい聴取印象を与える音声に関する研究
Study on the recognition of audio visual information
and subjective Evaluation of Voice quality
2010 年 9 月
宇都宮大学 大学院工学研究科
情報制御システム科学専攻
●内容
コミュニケーションや放送メディアによる音声や映像の情報は、空気のようにごく当たり
前にあるものである。
しかし、その情報がもたらす効果や、影響についてはあまり詳しく知られていない。
本研究では、まず視聴覚情報間の認識について調査した。簡単な文章刺激を用い、低受聴
明瞭度環境下における音声及び映像の遅延が音声認識に与える影響について調査を行った。
実験は、5 つの単語から構成される文章を用い、2 種類の発話速度と、S/N 条件を-10、-
15 dB の 2 種類とし、それぞれにおいて 14 種類の遅延を提示し、各条件下の音声認識率を
検証した。
その結果、音声遅延が±4 F までは映像が音声認識の手助けとなり、±8 F 以上において映像
は音声認識の手助けにならないことがわかった。
さらに、文章構造に着目した正答率を求めたところ、主語(最初に発話される単語)の正
答率が極めて高いことがわかった。
次に、音声の聞き取りやすさの要因を探るために、聴取印象に関する調査を行った。
一般的にアナウンサに代表されるプロの話者の音声は、明瞭で聞き取りやすいとされてい
る。しかし、聴取実験における,声質を表現する語の選定基準が明確に示されておらず、
6
声質評価語に対する充分な検討が行われていない。また、聞き取りやすさとの関連性につ
いても充分に考察されていない。
一方、アナウンサスクールなどでは、聞き取りやすく発声する方法を教授することによっ
て、大半の受講生は上達することが経験的にわかっている。しかし、受講生の上達の度合
いを客観的に評価する手法が確立されておらず、指導方法はトレーナー各個人の経験に基
づいて行われているのが現状である。そのためにも、聞き取りやすい音声の要因を明らか
にして、音声を定量的に評価する手法を確立していく必要がある。
まず声質を評価するための声質評価語 10 語を抽出し、さらに、職業別における聞き取りや
すさの調査を行った。その結果、最も聞き取りやすいとされた職業はアナウンサ、最も聞
き取りにくい職業は学生であった。次に、抽出した声質評価語(10 語) を用いて、聞き
取りやすいとされたアナウンサの音声と聞き取りにくいとされた学生、そして発話トレー
ンニング者における音声評価の主観評価実験を実施した。その結果、アナウンサの音声に
は、明瞭度が高く、学生の音声には明瞭度が低いことが分かった。また、発話トレーニン
グ者の音声評価では、トレーニングを重ねる毎に明瞭度が上昇し、アナウンサの音声に近
づいていることが分かった。
●皆さんへのメッセージ
現在エフエム栃木でアナウンサや番組の制作をしている、鹿島田です。
工学博士を取得するために 7 年近くの歳月をかけました。学会の研究発表など、かなりハ
ードなシーンはありましたが、振り返ると研究室のみなさんと楽しく研究させていただい
た思い出ばかりが蘇ります。
研究者と言うのは、異業種、異文化、異世代の人たちと自由闊達にコミュニケーションを
しながら進めていくものだと思います。
その貴重な経験を宇都宮大学でさせていただいたことをここから感謝するとともに、これ
からの人生の糧としたいと思っています。
一度決めたらあきらめない、やりぬくという強い気持ちを持っていれば何事にも立ち向か
っていけるはずです。
ぜひ機会があったら、購読者の皆さんとお話しさせていただけると幸いです。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
(国際学研究科 国際文化研究専攻 第 6 期転科生)
(2011 年 1 月 10 日原稿受理)
知究人 15
第 9 号から特に、国際学部出身者で他大学院へ進学された方に、寄稿をお願
いしたコーナー(ちきゅうびと)を設けました。 第 36 号の第 15 回目は、早稲田大学大学院
に進学された松尾研究室 OB の佐々木絢也さんと東北大学 公共政策大学院に進学された中
7
村祐司研究室 OG の米田恭子さんにお願いしました。
「近況報告」
早稲田大学大学院社会科学研究科 地球社会論専攻 佐々木絢也
私は 2010 年 3 月に宇都宮大学を卒業しました。早稲田大学の大学院へ入学し、早いもの
でもう 8 か月も経ちます。皆さんは「社会科学」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。
正直なところ、私は最初に、社会学を中心に勉強するところなのだろうと思っていました。
宇都宮大学の先生方に聞かれたら、私の学部時代の不勉強さに対して怒られてしまいそう
で怖いですね。社会科学研究科で何を学べるのかというと、大雑把にいえば、法学、政治
学、経済学、社会学といったものを総合的に扱っている研究科です。分野を限定せず幅広
く学べるという点は宇都宮大学の国際学部と似ているかもしれません。学生は研究科から
提供される授業のうち、自らの専門(あるいは専門にしようとしているもの)に基づいて
選択し、受講いくことになります。
ここで社会科学研究科の特徴を上げるのであれば、政治学研究科や国際関係論と地域研
究に特化したアジア太平洋研究科など、他研究科の授業も多く受けることができるという
点でしょう。修了に必要とされる単位のうち、多くの割合を他研究科の授業で充てること
ができるため、私も自身の関心に合わせて他研究科の授業を受けています。選択肢が広い
だけではなく、その中から一つの分野を突き詰めていくことができる環境を有している点
が特徴として挙げられると思います。
私の大学院での研究についてですが、私は紛争後の平和構築に興味があり、国際協力・
平和構築論を扱う研究室に所属しています。紛争後の国家、社会をいかにして再建してい
くか、紛争の再発を予防していくかが主たるテーマとなってきます。平和構築ではグッド
ガバナンス、国民和解、開発、教育といった様々な分野の活動が関わってきますが、私は
その中でも武装解除・動員解除・社会再統合(DDR)と呼ばれる活動に焦点を当てて研究
しています。DDR とは、紛争後も存在する武装組織から武器を回収し、兵士たちの除隊を
促して武装組織を解体し、除隊した元兵士を一般社会へ復帰できるように職業訓練などで
支援していくことで紛争後の社会の安定化を目指す活動のことです。この DDR について、
効果的な活動のためには国際社会からどのようなアプローチが必要となるのか、そしてそ
のプログラムの内容はどのようなものが望ましいのかを研究しています。例えば、元兵士
の社会復帰のために職業訓練などを行いますが、元々紛争で疲弊した社会では職を得るこ
とが難しいため、そうした現地の状況に合わせた支援内容(鳥や牛などの家畜の飼育や、
農業国であれば土地の支給など)を考えていかなければなりません。
現在はカンボジアを事例に研究を進めているのですが、やはり一番大きな悩みは先行研
究に対して自身の研究のオリジナリティをいかにして出していくのか、そのための問題意
識の設定です。私の場合はこの問題意識がまだ漠然としたものに留まっており、先行研究
と国内外の機関からの報告書を読んでいく中でこの問題意識を突き詰めていっている最中
8
です。
就職活動も始まり、人生設計や大学院の研究、自分の勉強不足いったことに日々悩み生
活していますが、1 年後にはどれもが何らかの結果を残せるように、大学院へ進学して勉強
したことが意味あるものであったと感じられるように頑張っていこうと思っています。他
大学院へ進学した OB・OG からの近況報告ということで、自分の研究科や研究について書
かせて頂きました。宇都宮大学の学生で進学希望の方の参考になれれば幸いです。
(国際学部 国際社会学科 2010 年 3 月卒業生)
(2010 年 12 月 10 日原稿受理)
「公共政策大学院での日々」
米田恭子
宇都宮大学を卒業してからはや 9 か月が過ぎようとしています。すっかり寒くなりまし
たが、私は現在、東北大学の公共政策大学院で日々勉学に励んでいます。公共政策大学院
というとイメージのわかない方もいらっしゃると思いますが、学科としては法学研究科に
所属となります。法科大学院は法律を利用して問題を解決することを学びますが、公共政
策大学院は国や地方で法律・政策の作成過程や活用法を学びます。それゆえに私が所属す
る東北大学の公共政策大学院の指導教官は法学や政治学等の研究者のほか、中央省庁から
の実務家教員の方も多数いらっしゃるので政策決定及び執行の現場の話を聞くことができ
ます。
そんななかで、私はワークショップという名の一種のゼミ活動を中心として大学院生活
を過ごしています。私がこのワークショップで取り組んでいるテーマは「地方自治体にお
ける地球温暖化対策について」というものです。環境省からの実務家教員に日々厳しい指
導をされるので帰宅が深夜になることもままありますが、ゼミの仲間たちと楽しい毎日を
過ごしています。
同じ大学院の学生には、公務員を志すものも多く、国家公務員から地方公務員までそれ
ぞれの目標に向かって勉強に励んでいます。大学院の一学年 30 人中の 20 人は公務員志望
といったところでしょうか。また、大学院の学生の大半は東北大学以外からの入学者です
ので私も入学してすぐにまわりと打ち解けることができました。今では、同学年の女子学
生で月に一度行う女子会がひそかな楽しみとなっています。
最近は、公務員試験対策の勉強に加え、就職活動、ワークショップの報告会と忙しい日々
が続いておりますが非常に充実しています。そんななかで今一番大変なのは宇都宮大学に
在学中は法律を目にする機会などほとんどなかったのに対して、大学院に入学してからは
法律に触れる機会が格段に増加し、慣れないことゆえに戸惑っています。それでも同じく
宇都宮大学を卒業した友人が社会人として日々成長しているのを耳にしては、私は彼等に
負けないように頑張らねばと励みにしています。
最後になりましたが、私が東北大学の公共政策大学院に入学してから一番成長したこと
9
は実のところ人間関係やコミュニケーション能力であったりします。入学当初は、論理的
思考力を磨くことや、知識量を増やすこと等を期待していましたが、結果的にワークショ
ップというグループワークを通じてコミュニケーション能力を鍛えられました。予想外で
はありますが、コミュニケーション能力は何をするにも重要であると気付かされました。
そんな予想外な成長さえもさせてくれるこの環境で卒業までの 1 年半弱、勉学にはげん
で行こうと思っています。
(国際学部 国際社会学科 2010 年 3 月卒業生)
(2010 年 12 月 14 日原稿受理)
海外だより 10 第 27 号から国際学研究科、国際学部出身の海外在住者からの寄稿をお願
いしたコーナーを設けました。自薦・他薦を問いませんので、海外在住者の積極的な情報
提供を事務局にお寄せ下さい。今回は、ブラジル・サンパウロに赴任中の日系社会シニア
ボランティアである半澤範子さんにお願いしました。執筆者の都合により掲載を見送りま
す。
海外留学今昔
02
第 35 号から国際学部出身者および在学者を中心とした海外留学体験
の寄稿をお願いしたコーナーを設けました。自薦・他薦を問いませんので、海外留学経験
者および海外留学中の在学者の積極的な情報提供を事務局にお寄せ下さい。今回は、中国・
上海の復旦大学に留学経験のある 1 期生 OG・小形 幸さんと台湾の国立台湾師範大学に留
学した学部生の大城五月さんにお願いしました。
「中国復旦大学での留学」
小形 幸
私は当時文部省の短期留学推進制度にて、1997 年 9 月から1年間中国の上海市にある復
旦大学に留学しました。
留学にあたって、当時留学担当だった北島先生から「1年間日本に帰ってくるな。後輩
に留学が続くようにしっかり勉強してこい」という言葉をいただき、「1年間日本に帰国す
るまい」と腹をくくって留学を決意しました。
当時の上海は、今の上海とは全く異なります。市中心部ではトロリーバスが走り、地下
鉄は 2 号線のみ(現在、11 号線まであります)。現在では上海の新都心と呼ばれる浦
東新地区は、東方明珠電視塔の周りに高層ビルが建ち始めた程度。今では上海の至
るところの日系コンビニで買うことができるおにぎりや日本商品も、当時は日系コ
ンビニでおにぎりが買えると日本人留学生の間で話題になったほど 。上海が変化・発
展し始めた時期の留学でした。
私には、初めて行く中国が留学でした。留学初日は、道路の渡り方、店員の対応、料理
などあらゆることがカルチャーショックでした。案内された留学生楼(留学生寮)の部屋
10
は、各階に共同のシャワー・トイレ、1 日 3.5 ドルの 2 人部屋で、室内は薄汚れて網戸には
大きな穴がたくさん。一日を終えて、これら全ての出来事に、正直、「この先1年間、中国
で生きていけるだろうか・・・」と不安に思ったのを、今でも強烈に覚えています。
復旦大学には、世界中(アジア、アメリカ、南米、アフリカ、ヨーロッパ)から数百人
の留学生がきていました。多くの留学生は留学生楼に住み、復旦大学にある国際交流学院
にて、中国語を勉強していました。当時の留学生楼は留学生以外が楼内に入ることは原則
禁止されていたので、留学生楼は国際色豊かでいつも色々な言葉が飛び交い、留学生同士
が親しくなる機会は多かったです。逆に、中国に留学したにも関わらず、中国人学生と交
流する機会は非常に限られていました。
留学生は、学生、社会人を経て留学、企業や自治体派遣など経歴も様々で、年齢層も幅
広かったです。中国語のレベルに応じてA~H班まであり、H班が難易度の高いクラスで
した。
私のいたC班のクラスは日本人と韓国人との構成で、半年前から留学していた学生が大
半でした。そのため、私だけ先生の話す中国語についていくことができず、先生からは「ク
ラスを変えた方がよいのでは?」といわれたほどでした。当初、授業についていけないつ
らさはありましたが、一刻も早く授業についていきたい、少しでも中国語を話せるように
なりたい、私の成績の悪さで後輩に留学が続かないということになってはいけないという
思いでした。テープから流れる中国語を聞いては声に出す練習、授業の予習や復習をかか
さず行う、中国語を話す機会を増やす。こんな繰り返しを通じて、中国語が上達したと実
感できるようになったのは、中国での生活に慣れた半年後でした。その間、もがき苦しん
だと思います。そして、留学最後の学期に栄誉賞(優秀学生二等賞)をいただくことがで
きた時は、努力が報われたという思いと、後輩に留学が続くことができたという安堵感が
ありました。
国際交流学院での授業は午前中には終わることが多く、午後は「互相」
(フーシャン)を
することが多かったです。「互相」とは中国人学生とお互いに言葉を教えあうことです。先
ほど説明した通り、中国人学生と交流する機会は非常に限られていましたので、
「互相」は
中国人学生から中国の学生生活や社会などを知るきっかけとなっていました。私自身も復
旦大学の講師の方や日本語学科の学生と「互相」をしていました。中国語の勉強にとどま
らず、中国生活での疑問を率直に質問することができました。逆に、日本のことを質問さ
れることも多く、お互いがお互いの国について好意的な姿勢であり、お互いの理解を深め
ることができる場だったと思います。
一方、一歩外を出ると、電車で乗り合わせた中国の方や初対面の中国人学生から「日中
戦争についてどう思う?」
、「教科書問題についてどう思う?」など質問されることが度々
ありました。日中間の歴史を理解し、留学中も博物館や記念館を訪れてはその理解を深め
てきたつもりであっても、相手にうまく伝えることができない自分に対して、はがゆさや
無知さを感じました。そして、反日的な感情の根強さを再認識させられましたが、多くは
11
お互いの理解不足や認識不足によるもののように感じられました。
留学を通じて思うことは、出会った人により、その国の印象は変わるということです。
そして、その国を知ることは日本を知ることであり、その国で暮らすことで、日本の良さ
を再認識することができるということです。
私が 1 年間の留学を終えて帰国したのは 4 年生の 8 月。今振り返れば、留学を通じて多
くの方にお世話になったという思いが強いです。中国や中国語への関心を引き出し、留学
への申し込みを迷った時に背中を押してくださった景先生、留学に際していつも気にかけ
てくださった北島先生、留学の手続きや留学中に母校への教育実習への手続きをしていた
だいた事務局の方、帰国後に卒論およびその後の修論を指導していただいた友松先生。留
年することなく、大学卒業、大学院へ進学できたのは多くの方に支えられたからだと思っ
ています。
私は、このように機会を与えられ、支えられて留学することができました。そして、留
学を通じて、様々な文化や価値観に触れ、大切な友人を得るだけでなく、今の自分につな
がる貴重な体験をすることができました。現在、プライベートで日本に帰化した中国の方
向けに日本語を教えたり、中国語検定試験で会場のお手伝いなど中国との関わりを持つこ
とができているのもまさに留学のお陰だと思っています。だからこそ、今後は何らかの形
で社会に還元し、貢献するのが自分の役割だと思っています。今できることは限られてい
ますが、自分ができる範囲で中国との関わりを深めていきたいと考えています。
留学を考える後輩の皆さんに伝えたいこと。それは、留学はきっかけに過ぎないという
ことです。留学から何を得るか、その後の人生にどれほどの影響力を与えるかは、本人次
第だと思います。だからこそ、今できる経験を通じて、沢山のことを吸収して、その国や
日本を知って欲しいと思います。私は「無知の知」という言葉が好きです。無知であるこ
とは恥じることではなく、「無知の知」からはじめることが大切だと思います。そうした姿
勢が、自分への自信や今後の自分につながると思います。
最後に、留学を通じてお世話になった方々にこの場を借りて感謝申し上げます。ありが
とうございました。
(国際学研究科
国際社会研究専攻 第 1 期修了生)
(2010 年 12 月 5 日原稿受理)
「留学から見えた次のステップ」
大城五月
私は去年の 8 月から今年 8 月までの約 1 年間、交換留学制度を利用し、姉妹校である台
湾の国立台湾師範大学へ留学した。大学の所在地である台北市は、高いビルが建ち並び、
地下鉄やバスなどの交通網が発達した過ごしやすい街である。沖縄の田舎で育った私にと
って、人生初の 1 年間の都会生活であった。
留学がスタートしてから徐々に台湾での生活環境に慣れていったのだが、慣れるのに時
12
間がかかったことがひとつある。それは、台湾人が話す中国語の発音である。日本で教わ
った中国語の「標準語」とされる北方方言、主に「北京で話される中国語」とは少し違い、
台湾人が話す中国語にはなまりがあり、聞き取りずらく、また辞書通りに発音しても聞き
取ってもらえないことがよくあった。そのため、台湾人の友人と会話する中で、そのなま
りをまねして発音するようにしたのだが、学校では台湾なまりで発音すると、先生に訂正
される。中国語を教育する側としてはやはり「標準」だといわれる発音を教えるべきなの
であろう。留学中、台湾から北京や香港へ旅行に出かけたが、北京でタクシーに乗った時、
運転手のあまりに強い R 化(舌を巻く発音)に、聞き慣れていない私は聞き取るのに必死だ
ったことを覚えている。香港では初めて香港人が話す「広東語」を聞き、中国語だとは思
えないほど新鮮さを感じた。台湾や中国本土で方言に驚き、なまりに戸惑ったが、さまざ
まな中国語に触れることで、中国語という言語のおもしろさを改めて実感したように思う。
留学中は勉学はもちろんのこと、放課後のサークル活動や友人との交流を積極的に行っ
た。今回は、友人との旅先で印象に残った出来事について書きたい。
台湾は日清戦争後、1895 年から約 50 年もの間日本の統治下におかれた。そのため、当
時の日本式建築物がそのまま、あるいは改装されて残っていたり、当時日本語教育を受け
た流暢な日本語を話すお年寄りの方に出会う機会があった。懐かしさからだろうか、彼ら
は私に対して延々と日本語で話し続けた。もともとお年寄りの方から昔話を聞くことが好
きであったし、日本語が話せるために親近感がわき、私も楽しく会話をした。その中でも、
旅の途中、台湾東部の台東にある友人宅へ泊まった際に、友人の父とした会話が印象に残
っている。彼は小学校 3 年生まで日本語教育を受けた経験があり、流暢な日本語で、当時
その地域に駐在していた日本人の警察が非常に厳格な人柄で怖かったということ、日本兵
として戦場に行った村人のほとんどが遺骨となって帰ってきたことなどを話してくれた。
私はその話を聞いて言葉がでなかった。しかし彼は私が帰る前に、
「夏にまた来なさい。」
と言って笑顔で見送ってくれた。日本から離れた台湾で、日本統治時代、そこに生きたど
れだけ多くの人々が「日本人」として生き、それを強要されていたのか。日本が 50 年もの
間どのような植民地政策をもって台湾の人々を同化させたのかを知る日本人は少ないだろ
う。私も台湾に行かなければその歴史に関心を持つことはなかっただろうし、滞在中さま
ざまな場所を訪れ、当時の建物を見て、その当時を生きた人々と出会って初めて過去の日
本の植民地統治の歴史を実感した。
帰国して 3 ヶ月が過ぎた現在、準備演習を通して卒業論文のテーマを模索中である。た
だ、はっきりしていることは、日本の植民地統治によってその社会や文化形態が大きく変
化した台湾の先住民を研究の対象とするということである。卒業を 1 年延ばし、時間をか
けて大学生活の集大成である卒業研究に取り組みたい、それが留学を通して見えてきた私
の次のステップである。
(国際学部 国際社会学科
(2010 年 12 月 5 日原稿受理)
13
3 年在学生)
フォーラム 2011 年の睦月を迎えて、皆様慌しいことと思います。(原稿集めに苦労して
います。
) 今回は、市川研究室 OG の人見千佐子さんにお願いしました。
「近況報告」
人見千佐子
知求会の皆様、いかがお過ごしでしょうか。私ごとですが、住まいを東京に移し、大学
院の博士後期課程へと進学してから、はや半年、ようやくこれまでを振り返るゆとりもで
てきました。今回はこれまでのことを簡潔にご報告したいと思います。
1.法政大学について
私が現在在籍しているのは、法政大学国際日本学インスティテュートという比較的新し
い研究科です。簡単にいえば、人文科学、国際文化、社会科学分野の横断的な研究が可能
な自由な研究科です。教授陣も多彩で研究領域の枠を越えて自由に相談できる雰囲気があ
ります。また、付属の国際日本学研究所があるので、主催の研究会、シンポジウムが多く、
学外研究者との合同研究の機会が多いのも特徴の一つです。今年の一年生は7名ですが、
私以外は修士を法政大で修了しており、著書や論文発表という業績も多いことに初めは驚
きました。感心したのは大学が学生のモティベーションを上げるのが上手だということ。
費用面では授業料の大幅値下げ、研究助成金の充実でしょうか。業績がよければ学費半期
分は返ってきますし、学会発表や論文発表の成果によっては数万円ほど補助がでるなど、
お金じゃない――とは思いつつも無視できないシステムがあります。研究設備面も良好で
す。希望すれば自分の机、本棚、校内 LAN 付きの自分だけのスペースを大学院棟内に確保
できます。市ヶ谷の高層階から見下ろす外堀の夜景・・・癒されます。また図書館のシス
テムも便利です。付属図書館の充実はもちろん、山の手コンソーシアムという付近の大学
との提携があり、学生証さえあればお互いの図書館を学生証一枚だけで自由に利用できま
す。電車に飛び乗ればすぐに資料が手に入る手軽さはなにより資料のスピーディーな獲得
に貢献してくれます。
2.私の研究について
引き続き宮澤賢治をやっていますが、彼が世界をどう見ていたか、を常に意識していま
す。ここでの世界は国際社会と物理学的世界の二つの意味を持ちます。現実として国際社
会としての〈世界〉の研究を進めていますが、趣味的な意味合いで賢治の頭の中の四次元
的な〈世界〉をも想像しています。科学では証明できないような現実世界と非現実世界の
融合、同時的な存在、そういうものは賢治の頭の中で矛盾はありませんでした。余談です
が、もしかしたら次に時代が向かっていくのはそういう世界ではないのかと思っています。
論文構成はさておき、まだまだ自由に考えていきたいところです。研究に関するコメント、
ご意見等いただけましたら幸いです。
(国際学研究科
(2010 年 12 月 5 日原稿受理)
14
国際文化研究専攻 第 10 期修了生)
◎
国際学同窓会主催 懇親会@東京・新宿 開催案内
国際学部同窓会理事 志村なぎささんより開催案内をいただきました。北島 滋名誉教授
が参加される懇親会を開催しますので、ご案内します。まだ席に余裕があるようですので、
東京在住の会員諸氏はぜひ参加をご検討ください。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
同窓生各位
厳寒の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、宇都宮大学国際学部も今年で 15 年を迎え、数多くの同窓生が各地で活躍されている
ことと思います。
その中には東京にいらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
そこで、東京近郊にいらっしゃる同窓生を中心に旧交を深め、また学年を超えた親交を深
める懇親会を開きたいと考えております。
日時:2011(平成 23)年 1 月 17 日(月)19:00-21:00
場所:JR 新宿駅近郊
「Y's エステティック情報ビル店」というビュッフェスタイルの
お店です。http://r.gnavi.co.jp/p184300/index.html
参加費:¥3,380(男性) ¥3,080(女性)
連絡先:志村なぎさ(国際社会学科第一期卒業生)
E-mail:[email protected]
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
●編集者のひとりごと
今回、大幅に配信が遅れましたことをお詫びします。原因は昨年中の私事の環境変化に
ともなう編集に対する集中力の欠如により、原稿依頼などの確認不足によるものです。
さて、知求会ニュースも、無事 9 年目を配信することができました。これまでの原稿執
筆者の皆様、本当にありがとうございます。厳冬の候、寒中お見舞い申し上げます。また、
皆様にとって例年より益々よい年でありますように!本年もよろしくお願い申し上げます。
編集後記: 2010 年 4 月 26 日から 知求会ニ ュースのバックナ ンバ ーは 国際学部同窓会 HP
(http://www.afis.jp)で見られるようになりました。
同窓会会員の皆様へのお願い:住所、勤務先およびメールアドレスの変更の際は事務局へメールして下さ
い。[email protected]
宇都宮大学大学院国際学研究科同窓会
15
Author
Document
Category
Uncategorized
Views
10
File Size
391 KB
Tags
1/--pages
Report inappropriate content