横断的連想検索サービス「想−IMAGINE」

PRINT ISSN 0021-7298
ONLINE ISSN 1347-1597
昭和33年8月8日第3種郵便物認可 第53巻第4号平成22年7月1日発行(毎月1回1日発行)
情報管理
JOHO
KANRI
Journal of Information Processing and Management
7
月号
July
2010
Web時代にあるべき未来の
図書館サービスの胎動
貸出履歴の議論を超えた
Shizuku2.0の実現へ
横断的連想検索サービス「想−IMAGINE」
データベース連携が拓く新たな可能性
vol.53 no.4
p.185-232
http://johokanri.jp/
情報管理
JOHO KANRI
2010
vol.53 no.4
Journal of Information Processing and Management
Web時代にあるべき未来
の図書館サービスの胎動
185
小野永貴
常川真央
198
丸川雄三
阿辺川武
貸出履歴の議論を超えたShizuku2.0
の実現へ
■戦前の言論統制の苦い経験から,図書館において貸出履歴の利用は,長らくタブー視されてきました。
ですが,Web2.0を経て,インターネット書店が顧客の行動履歴を基にお薦めの本を紹介するリコメンド・
サービスが一般的になると,図書館利用者や図書館外から “自分の貸出履歴を利用したい” “図書館もリ
コメンド・サービスを取り入れたらどうか” という声が聞かれるようになりました。実際に,貸出履歴
を利用したサービス機能を取り入れた図書館システムも出てきています。
図書館の貸出履歴をめぐる最近の動向を海外・国内合わせて概観した上で,貸出履歴を活用した図書館
システムの新たなサービスを検討・提案する試み「Project Shizuku」について紹介します。
横断的連想検索サービス「想-IMAGINE」
データベース連携が拓く新たな可能性
■国会図書館の「近代デジタルライブラリー」から大学図書館の蔵書検索Webcat Plus,ジュンク堂池袋
店の在庫検索データベースから「日本の古本屋」データベース等々,好きなデータベースを並べて,自
然文を検索窓に貼り付けて一度に関連書籍を検索できる。検索結果から関心のあるものだけ選んで,さ
らに自由な発想で検索を広げる……。そんな魅力的なツールが「想-IMAGINE」です。
一般のユーザーが感覚的に使え手軽にカスタマイズできる便利なインターフェースを持つこのサービス
には,汎用連想計算エンジン「GETA」をはじめとして,さまざまな技術が詰め込まれています。また,
柔軟な運用設計のため,書籍だけでなく文化庁「文化遺産オンライン」等の文化財データベースとの横
断検索へも拡張が可能な,
「想-IMAGINE」について紹介します。
目次
月号
July
リレーエッセー:
インフォプロってなんだ?
205
牧野和彦
207
大濱隆司
210
芳鐘冬樹
214
名和小太郎
216
茂出木理子
219
武山由紀
私の仕事,学び,そして考え 第15回
集会報告:
第11回灰色文献国際会議
視点:
計量書誌学研究の動向
研究評価以外の計量書誌学
情報論議 根掘り葉掘り:
電子時代のイコノロジー論争(下)
この本!〜おすすめします〜:
絵本に学ぶわかりやすいメッセージの伝え方
図書紹介:
『図解PubMedの使い方 インターネットで医学文献を
探す 改訂第4版』
レポート紹介:
『G-TeC報告書 08-CR-01【サービスサイエンス】』
(抜粋転載)
227
情報界のトピックス
231
海外文献紹介
232
220
編集後記
【お詫び】
「連載:シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在」は,都合により休載いたします。
vol.53 no.4
JOHO KANRI 2010
Journal of Information Processing and Management
Contents
July
Emerging library service ideal in web age
185
ONO Haruki
TSUNEKAWA Mao
IMAGINE – federated associative search
Cross-searchable databases expand new intellectual frontiers
198
MARUKAWA Yuzo
ABEKAWA Takeshi
Relay essay:
205
MAKINO Kazuhiko
Meeting:
207
OHAMA Takashi
Opinion:
210
YOSHIKANE Fuyuki
In-depth argument on information:
214
NAWA Kotaro
My bookshelf:
216
MODEKI Riko
New book:
219
TAKEYAMA Yuki
Recent report:
220
Shizuku2.0: new web-based approach to make the
best use of lending
What I do, study, and think as an information professional (15)
Eleventh International Conference on Grey Literature
Trends of bibliometric studies
Bibliometrics not as a tool of research evaluation
Controversial iconology in the electronic age (2)
Learning from children's books
How to send a clear and simple message
“G-TeC Report 08-CR-01 [Service Science]” (Excerpt reprint)
227
Topics of the information community
231
Literature guide
232
Editor's note
Web時代にあるべき未来の図書館サービスの胎動
Web時代にあるべき未来の図書館サービス
の胎動
貸出履歴の議論を超えたShizuku2.0の実現へ
Emerging library service ideal in web age
Shizuku2.0: new web-based approach to make the best use of lending
小野 永貴1 常川 真央1
ONO Haruki1; TSUNEKAWA Mao1
1 筑波大学大学院図書館情報メディア研究科(〒305-8550 茨城県つくば市春日1-2)
E-mail : [email protected]; [email protected]
1 Graduate School of Library, Information and Media Studies, University of Tsukuba (1-2 Kasuga Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8550)
原稿受理(2010-05-18)
情報管理 53(4), 185-197, doi: 10.1241/johokanri. 53.185 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.185)
著者抄録
近年,図書館関係者の間で貸出履歴データを図書館サービスに活用していく議論が活発である。議論は図書館総合展
など大規模なフォーラムにおいても注目されるようになり,実際に貸出履歴を活用した図書館システムを導入する例
も出始めている。しかし一方で,貸出履歴の活用によって図書館の在り方そのものにどう影響を与えるかについての
議論は少ない。本稿では貸出履歴についての議論や活動を解説したうえで,近年台頭しつつある新たな図書館サービ
スと合わせて W e b 時代にあるべき図書館について検討した。その結果,筆者らは貸出履歴の活用方法の 4 類型を提示
し,利用者コミュニティーの形成を重視した新たな図書館モデルを提示した。そのうえで,図書館の利用者コミュニ
ティー形成を支援するために筆者らが開発した Web サービス「Shizuku2.0」について紹介し,今後の展望について記
述した。
キーワード
貸出履歴,図書館サービス,図書館システム,本棚サービス,電子書籍,Library2.0,Shizuku
1. はじめに
会第51回研究大会2) において貸出履歴をテーマとし
たフォーラムが開催されるなど,貸出履歴をめぐる
図書館における利用者の貸出履歴データの取り扱
議論はいまだ活発である。しかし残念なことに,筆
いは,今日でも利用者のプライバシーの問題を主な
者らがこの問題を調査し始めた約3年前から現在に
論点としてさまざまな議論を呼んでいる。ここ1年に
至っても,貸出履歴の保存・利用の是非や具体的な
おいても,第11回図書館総合展1) や日本図書館研究
活用方法について,目覚ましい進展はない。W e b
185
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vol.53 no.4
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July
上ではさまざまな履歴情報を活用した利用者指向の
護の条項注1) に基づいて,“貸出履歴は保存すべきで
サービスが次々と登場する中,図書館はいまだに「貸
ない” という解釈のもと返却後の履歴データ消去が
出履歴を使うべきかどうか」という論点で停滞して
原則とされている場合が多い。まして,個人情報保
いるのが現状である。貸出履歴は歴史的経緯からも
護法施行後は個人情報保護の観点からの議論も多く,
慎重な検討が必要であることは事実だが,現代の利
氏名・住所・生年月日といった直接的に個人を特定
用者ニーズや図書館の在り方の変化に合わせて,図
する情報だけでなく,過去に借りた書籍も思想・信
書館における貸出履歴の意義自体を柔軟にとらえな
条を表す個人情報に該当するとの議論もある3)。
ければ,次の議論のステップに進むことはできない。
しかし,利用者が読書活動へ役立てる目的で自身
貸出履歴自体の是非だけでなく,図書館の新たなサー
の貸出履歴データの取得を図書館に要求しても,前
ビス展開に対してどのように貸出履歴を活用できる
述の原則を根拠に断られるケースもあり,利用者自
かといった,サービスのための貸出履歴の意義も議
身が履歴保存に対する希望を尊重されない状況と
論しなければ,図書館の明るい未来へ向かった本質
なってしまう。近年では自己情報コントロール権を
的な議論は困難である。
尊重し,利用者が希望して自身の情報を図書館に提
本稿では,国内外の図書館における貸出履歴に関
供することで,図書館から有益な情報を得る利益も
する試みを取り上げ,貸出履歴活用の現状における
保護すべきだという主張もある4)。その実現に向けて,
問題点を考察する。そのうえで,昨今の図書館・書
貸出履歴データを安全に保護しつつも分析・処理を
籍を取り巻く新たな流れを基に,これからの図書館
行い有益な情報を生み出せる,保護と利用を両立し
サービスに求められる要素を再検討する。最後に,
た技術の研究・議論も多々行われている。
筆者らが約3年前から取り組んできた,図書館システ
ムの新たなサービスを検討・提案する試み「P r o j e c t
2.2 Project Shizukuの取り組み
Shizuku」について紹介する。これらを通して,図書
筆者らは,平成19年から「Project Shizuku」とい
館のあるべきサービスの観点から貸出履歴への肯定
う試みを行っている注2)。当時,筑波大学図書館情報
的視点を提示することが,本稿の目指すところであ
専門学群の2年次であった筆者らは,新たな図書館シ
る。
ステム機能の開発による図書館の活性化を志し,情
2. 図書館と貸出履歴をめぐる諸問題
報処理推進機構「未踏ソフトウェア創造事業」注3)へ
と応募した。
「本の向こうに誰かが見える―利用者の
つながりを創る,次世代図書館情報システム」とい
2.1 貸出履歴問題とは何か
186
うテーマを掲げ採択された本プロジェクトは,自身
一般的に図書館における貸出履歴とは,いつ,何
が借りた書籍の情報を媒介として他の利用者と交流
の資料を,誰が借りたかというデータがセットになっ
のできる図書館システムのプロトタイプを,約半年
た記録を指す。利用者が資料を借用している間は,
間で研究開発した5)。開発の中で図書館の貸出履歴問
返却や督促などの資料管理業務のためにこのデータ
題に直面した筆者らは,未踏事業期間終了後も開発
が保存状態となるのは必至であるが,資料の返却後
成果のプロトタイプシステムを用い,さまざまな場
にこれらのデータを過去の履歴として保存し続ける
での講演や発表を通して貸出履歴を活用した場合の
かどうかの判断は,図書館により異なっている。特
新たなサービスの可能性を提案してきた。また,そ
に公共図書館の場合,「図書館の自由に関する宣言」
れと同時に貸出履歴の保存や活用に関する事例や動
や「図書館員の倫理綱領」におけるプライバシー保
向を追跡し,未来の図書館に求められるサービスの
Web時代にあるべき未来の図書館サービスの胎動
在り方を検討してきた。
能や推薦機能が搭載される11)など,図書館の基幹シ
ステムにも貸出履歴の保存・活用の機能が標準で搭
2.3 日本における貸出履歴活用の高まり
載されつつある。
Project Shizukuの開始以降,貸出履歴を活用した新
研究レベルでは,慶應義塾大学の原田隆史氏が図
たな図書館サービスの事例がいくつか登場し始めて
書館の貸出履歴を用いた資料推薦システムを研究開
いる。成田市立図書館では2009年6月から「おすすめ
発している12)。このシステムでは,どの資料を誰が
リスト」機能を提供開始した6)。おすすめリストとは,
借りたかという特定個人の履歴を秘匿するために,
貸出履歴のほか資料予約情報や利用者自身が登録し
一定人数の利用者をまとめて一つのグループとみな
た「読みたい本」の情報を基に資料を推薦する機能
してグループレベルで推薦を行うことで,グループ
である。ただし,利用者の貸出履歴が自動的に保存・
の複数人数以上に個人を特定できない仕組みを実現
利用されるわけではなく,利用時に貸出履歴の保存
している。実際の貸出履歴データ約90万件を基に資
およびリスト作成目的の利用の可否を選択する画面
料推薦の実験を行った結果,完全な貸出履歴による
が出現し,同意した場合のみ貸出履歴が保存・利用
推薦とグループレベルの推薦を比べても利用者評価
される仕組みとなっている。また九州大学附属図書
は大きく下がらないことが実証されており,履歴保
館では,2009年12月のシステムリニューアルで利用
護と活用の両立が技術的にも可能であることを示し
者のM y L i b r a r yに貸出履歴からの推薦機能を搭載し
た興味深い事例である。
た7)。
また,貸出履歴の活用を促す図書館向け製品もす
2.4 日本の貸出履歴活用の問題点
でに提供され始めている。内田洋行は,銀行の預金
このように,貸出履歴を活用したサービスや製品・
通帳のような形をした「読書通帳」に,図書館で借
技術は日本国内でも多々生まれつつあるように見え
りた本の記録を記入できる「読書通帳機」を発売し
る。しかし,多くの事例で行われている貸出履歴の
ている8)。読書通帳機は実際には図書館の貸出履歴を
利用方法は,履歴の参照機能や履歴を基にした資料
利用しているわけではなく,利用者自身が資料借用
の推薦機能などであり,W e b上の数多くの他サービ
中の期間に読書通帳機に通帳を通すことで “現在借
スですでに実現されている域を脱していない。書籍
りている本” が記入される仕組みとなっている注4)。
の推薦機能はオンライン書店のAmazonがすでに提供
読書通帳機は2010年3月にオープンした下関市立中央
しており,一般ユーザーにも広く認知されている。
図書館にて導入され9),公立図書館において利用者
そのため,推薦機能が図書館システムにとって斬新
自身が履歴を記録する日本初の事例となった。さら
だったとしても,日常的にW e bを活用しているユー
に,京セラ丸善システムインテグレーションが販売
ザーにとっては当たり前なのが実情である。図書館
10)という経営分析ソフトウェ
している「Yellowfin」
と書店は同じ書籍を扱えども根本的に異なるサービ
アは,第11回図書館総合展にて,大学図書館の貸出
スを提供している機関であり,図書館ならではの貸
履歴と大学の学務システムの成績データ等を統合分
出履歴活用の方法もあるはずだ。真に図書館サービ
析するデモンストレーションを示した。これは,貸
スを向上させるためには,既存のW e bサービスを真
出履歴が統計的分析にも有効なデータである可能性
似るだけではなく,広い視野で貸出履歴活用の道を
を示唆している。その他,同じく京セラ丸善システ
模索することも必要なのではないだろうか。
ムインテグレーションが販売するW e b図書館システ
ム「CARIN」の最新版(ver.4.7)で貸出履歴の参照機
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2.5 Web読書履歴サービス「本棚サービス」の登場
ザーが急増しており,“情報発信欲” を持つユーザー
貸出履歴を考えるうえで重要な視点を与えてくれ
にどのような機能を提供するか,情報サービスの在
る現象として,近年Web上で多数出現しつつある「本
り方が問われる。また,本棚サービスの中には本棚
棚サービス」がある。本棚サービスとは,ユーザー
中の書籍のページから,ユーザー最寄りの図書館で
が読んだ本を自分自身でシステムへ登録し,自身の
の蔵書検索ページへジャンプできる機能を提供して
読書履歴を管理することができるW e bサービスであ
いるものもあり,本棚サービスが図書館の機能と連
る。図書館の貸出履歴とは異なるものであるが,個
携しようとする流れもある15),16)。このような中で,
人が読書の履歴を保存・活用することができるシス
利用者にとって図書館は情報を得る環境,他のサー
テムという点では類似している。
ビスから誘導されてくる場所といった “I n p u t” の機
筆者らがProject Shizukuに着手した約3年前の当時
能だけでなく,利用者が図書館を通して情報を活用・
は,本棚サービスは「ブクログ」13)
「本棚. o r g」14)な
発信する17),図書館から他のサービスへ広がるといっ
ど,極わずかしか存在しなかった。ところが近年,
た “O u t p u t” の機能の必要性を検討すべきではなか
本棚サービスの数は急増し,現在では20以上のサー
ろうか。
ビスが公開されている。本棚サービスが持つ機能は
多種多様だが,多くのサービスは個人が自身の読書
履歴を保存・管理できるだけでなく,自身の読書履
海外に目を転じてみると,貸出履歴の活用を促す
歴を他のユーザーに公開して友人と共有したり,書
積極的な事例が存在する。イギリスのハダーズフィー
籍のレビューや評価を執筆し友人に紹介する機能も
ルド大学は,2008年12月に実際の貸出履歴データ約
持つ。本棚サービスで注目すべきことは,単にユー
13年間分300万件をW e b上で一般公開した18)。公開
ザーが登録した読書履歴を表示するだけでなく,“読
されたデータは統計処理済みのため利用者個人は特
書履歴を他人に公開する” “自分の管理専用として他
定できない状態になっているが,特定の資料が借り
人には公開しない” といったアクセス権をユーザー自
られた年度や借りた人の学科・コースの情報も含ま
身が設定できるものもいくつか存在する点だ。ユー
れており,さらには履歴データから計算された資料
ザーのプライバシー保護を担保しつつも,能動的に
推薦データまで公開されている。これらのデータは
自身の履歴情報を公開したいと思うユーザーの “情
クリエイティブ・コモンズライセンスで公開されて
報発信欲” を尊重できる仕組みとなっている
注5)
。履
いるうえ,このデータを基に貸出履歴を活用した大
歴情報の保護が主流の図書館から見れば,ユーザー
学図書館の新しい機能を想像することを提唱してい
が能動的に履歴を発信するなど奇妙に見えるかもし
る。
れない。しかし,現に本棚サービスはW e b上の数多
さらに,2009年にはハダーズフィールド大学の貸
くのユーザーから受け入れられており,10万人以上
出履歴データ公開を受けて,貸出履歴を活用したプ
のユーザー数を誇る本棚サービスも珍しくない注6)。
ログラムコンテストが開催された。J I S C(英国情報
ユーザーが読書履歴を活用・発信する場として,本
システム合同委員会)が主催したこのコンテストは,
棚サービスはサービス数・ユーザー数ともに急成長
図書館サービスを向上させるための貸出履歴活用プ
を遂げているのが実態だ。
ログラムを募集し,2009年10月に審査結果が発表さ
近 年 のW e b上 で は, ブ ロ グ を は じ めT w i t t e rや
188
2.6 海外における貸出履歴活用事例
19)という作品は,書
れた。優勝した「Book Galaxy」
foursquareなど,個人が日常生活での出来事を逐次的
籍や学科・コースが銀河を動く星のように再現され,
に記録・公開するライフログサービスを利用するユー
関連する書籍や学科・コースが星座のように結ばれ
Web時代にあるべき未来の図書館サービスの胎動
たネットワークの中を,視覚的に探索できるプログ
文化が急速に消費者へ普及しつつある。その火付け
ラムであった。注目すべきなのはJISCが公開したコン
役となったのが,A m a z o nが販売する電子書籍リー
テストの講評である20)。J I S Cは講評の中で,コンテ
ダー「Kindle」と,Appleが販売する電子書籍向けタ
ストに応募された作品が用いた貸出履歴の利用法を
ブレット端末「i P a d」である。K i n d l eは2009年に最
以下の3つに分類して整理した。
新機種が米国で発売されたが,2009年10月〜2010年
①資料の発見を促す
1月にかけて米国外への出荷が開始され,日本でも入
利用者の貸出パターンに基づいた書籍のリンク
手可能となった。また,iPadは2010年4月に米国で発
を通して,関連する書籍を案内する。また,利用
売され,5月の日本発売時は予約開始後わずか3日で
者自身が読書リストを作成し共有することも可能
予約分完売となるなど,大きく注目を集めた。これ
となる。
までも日本ではいくつかの電子書籍リーダーが発売
②学習選択を支援する
されたが,技術的な未成熟や電子書籍コンテンツ入
学生が積極的に借りた書籍に基づいて教育課程
手のハードルの高さから,普及することなく失敗に
の雰囲気を把握する。さらに,学生が読んでいる
終わった過去がある注7)。しかし,KindleとiPadの2つ
書籍に基づいて教育課程の推薦も可能とする。
のデバイスは,完全な垂直統合型ビジネス注8)を展開
③意思決定を支援する
することで極めて容易に電子書籍コンテンツを入手
貸出状況と学科・コースの関連を観察し,図書
することを実現し,一般消費者を一気に電子書籍の
館のコレクションの質を測る指標として教育課程
市場へと引き込んだ。2010年3月24日に「日本電子書
あたりの貸出数を評価する。
籍出版社協会」が設立されるなど,出版業界も電子
これらの分類は,貸出履歴が具体的にどのように
書籍への対応に取り組んでおり,今後は電子書籍と
活用可能かを示唆しており,これまでの日本の事例
して出版される書籍の増加が予測される。電子書籍
にはなかった新たな貸出履歴の利用法を発見させら
が一般市民にとっても身近な存在となり,電子書籍
れる内容となっている。書籍のデータを通した教育
でのみ出版される書籍も増加するであろう近い未来,
課程の把握や学習内容の推薦,さらには図書館の評
電子書籍が図書館にとって見逃せない存在になるこ
価にまで応用可能であることが,実際のプログラム
とは間違いない注9)。そのような時代が到来したとき,
作品を通して示された貴重な事例である。
電子書籍を介してユーザーフレンドリーなサービス
これからは,貸出履歴を単体で用いた履歴参照機
がさまざま展開されることは容易に予測できる。す
能や書籍の推薦機能だけでなく,図書館を取り巻く
でにK i n d l eでは電子書籍上につけたブックマークや
学術・教育機関とともにどのような図書館固有のサー
メモを自動的にネットワークで同期・共有する機能
ビスが提供可能か,サービスを中心にデータの利用
があり,またi P a dでは過去に購入した書籍を即座に
法を考える必要があるだろう。
メールで友人に紹介したり,過去に読んだ著者の書
籍リストをたどって購入する機能など,読んだ書籍
2.7 電子書籍と電子図書館
に関する情報を活用することで利便性を向上させる
貸出履歴活用の議論を進めていく一方で,社会全
機能が存在する。今後電子書籍と電子図書館が共存・
体の変化へも目を向けていく必要がある。特に最近
統合する時代が訪れたとき,すでにさまざまな機能
の電子書籍端末の急速な普及は,貸出サービスその
を持つ書籍に対して図書館としてどのような高度な
ものを再考させる現象である。
サービスを提供できるか考えなければならない。
2010年は「電子書籍元年」と呼ばれ,電子書籍の
今日,多くの大学図書館では学術雑誌の電子版で
189
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July
ある電子ジャーナルを導入しているが,多くの電子
ジャーナルは出版社のサイト上へリモートアクセス
して閲覧するもので,図書館内に電子ファイルの実
体が存在するわけではない。宇陀則彦氏はこれを「図
書館にとって資料は生命線であるにも関わらず,こ
れが断ち切られた状態」と表現し21),図書館から
コンテンツが離れつつある現状を指摘している。今
後,電子書籍も出版社やコンテンツプロバイダへの
リモートアクセスによって提供される可能性も高く,
ますます図書館の “コンテンツ離れ” が助長された未
図1 カーリル
来がきた場合,図書館に残るのは何だろうか。筆者
らはそれをサービスと考える。数多くの情報資源や
ゆえにOPACなどの図書館情報システムもまたGov2.0
コンテンツプロバイダから快適にコンテンツを入手
化に取り組むべきである。
する手段を提供し,利用者がそのコンテンツを活用
G o v2.0を意識した図書館関連のW e bサービスとし
して学習・知識創出することを支援する環境を提供
て「カーリル」が挙げられる。カーリルは,N o t a
することで,サービスとしての図書館の新たな役割
Inc. が開発した日本全国の図書館を対象とした横断検
が生まれるのではないだろうか。
索エンジンである23)。ユーザーはカーリルに自分が
以降,本稿ではこれまで論じた貸出履歴活用の課
普段利用している図書館を登録することで,簡単に
題を踏まえつつ,最近登場した図書館サービスにつ
複数の図書館を横断して検索することができる。注
いて紹介したうえで,図書館の新たな役割と貸出履
目すべき点は,カーリルが全国の図書館情報とOPAC
歴の活用方法について提案していく。
にアクセスできるAPIを提供している点である。Nota
3. 新たな図書館サービスへの動き
I n c . はカーリルのA P Iを利用するプログラミングコ
ンテストを開催しており,これによって民間による
W e bサービスのプロトタイプがすでに生まれてい
3.1 Gov2.0とオープン化
る。このように,公立図書館のG o v2.0化はすでに始
Gov2.0とはWeb2.0を提唱したティム・オライリー
まっている。全国の公立図書館が公式にA P I公開を支
が新たに提唱している理念である22)。W e b2.0はサー
援することができれば,図書館サービスの効率化と
ビスプラットフォームとしてW e bを再構築し,「集合
満足度向上を促進することができるだろう。
知の利用」や「サービス間の連携」を促進するとい
う理念であった。G o v2.0はその理念を政府や行政に
190
3.2 コミュニティー指向型図書館システム
対して適用し,政府や行政の情報サービスをプラッ
G o v2.0の運動とは別に,図書館業界ではO P A Cに
トフォームとして再構築する。具体的には行政情報
ソーシャルメディアの要素を取り込むことを試みる
にアクセスできるA P Iを提供することで民間による行
「L i b r a r y2.0」という動きが2008年以降見られるよう
政情報を活用したW e bサービスの開発を促進する。
になった。例えば,米国ミシガン州アナーバーの公
開発を促進することで,行政に関するニーズの把握
共図書館であるアナーバー地域図書館では,S O P A C
や新たな公共サービスの創出を集合知的に推進する
と呼ばれるソーシャルネットワークを取り込んだ
ことができる。公立図書館は行政組織の一部である。
O P A Cを開発し自館に導入している
24)
。日本におい
Web時代にあるべき未来の図書館サービスの胎動
のプロジェクトとして採択され,Shizukuはプロトタ
イプシステムとして開発された。その後もS h i z u k u
に関連した講演活動は行ったが,実際の図書館への
導入までには至っていない。その理由は,P r o j e c t
Shizukuの実用化に向けた活動が予定に含まれていな
かったことと,貸出履歴を活用できる体制を整えた
図書館と出会えなかったことなどが挙げられる。現
在,Project Shizukuは株式会社しずくラボとして法人
化され,Shizukuを継承した新たなシステムの開発と
図2 Shizuku
実用化に取り組んでいる。そのシステムの概要につ
いては,4. にて詳述する。
ても九州大学が既存の地域S N Sと連携してO P A Cに
コミュニティー機能を持たせた例25)や,N E CがS N S
機能を実装したOPACを開発・販売している事例があ
る 26)。
コ ミ ュ ニ テ ィ ー 指 向 型 図 書 館 シ ス テ ム は,
3.3 ラーニング・コモンズ
最近では先述した電子書籍やW e bの影響によって,
図書館の在り方自体にも変化が求められている。そ
のひとつとして,大学図書館において提唱されてい
Library2.0の発展形として筆者らが提案した図書館シ
る「ラーニング・コモンズ」が挙げられる。ラーニ
ステムモデルである5)。 そこでは,図書館情報シス
ング・コモンズとは,大学図書館において提唱され
テムは利用者間のコミュニケーションを促進させて
ている理念であり,学生や研究者などが自由に学習
W e b上に図書館利用者による学習コミュニティーを
や議論ができる環境を提供する組織のことを意味す
形成する機能を持つ。コミュニティー指向型図書館
る。そして,これまで情報提供を主な業務としてき
システムのプロトタイプ実装として筆者らは先述し
た大学図書館が,学習の「場」の提供をも担ってい
たProject Shizukuを立ち上げ,コミュニティー指向型
くべきとする考え方である。従来の図書館とラーニ
図書館システム「Shizuku」を開発した。Shizukuは,
ング・コモンズの根本的な違いは,利用者に提供す
本を通じた利用者同士のつながりを創り出して図書
る知識に対するとらえ方である。従来の図書館では
館内のコミュニティー創出を支援するシステムであ
利用者の欲する知識をあらかじめ館が所有している
る。具体的には,図書館の貸出履歴を基に,各利用
ことを前提としているのに対し,ラーニング・コモ
者がシステム上に仮想的な本棚を作成する。そのう
ンズでは利用者の欲する知識は利用者同士との恊働
えで,本棚に登録している本と同じ本を読んでいる
作業の中で生み出されることを前提としている
利用者を提示する「仮想図書カード」の機能を用い
そこでは,書籍や雑誌といった資料を蓄積・管理し
ることで,共通のトピックに関心を持つ利用者の発
て検索サービスを提供する従来のO P A Cだけでは利
見を支援している。図書館内に共通の関心を持つコ
用者を満足させることができない。利用者が既存の
ミュニティーが創り出されることによって,利用者
資料を利用して新たな知識を形成することを支援し,
は図書館を利用するモチベーションが高まると同時
その知識を新たな資料として蓄積するような図書館
により効率的に自分の関心に合った資料を発見しや
情報システムが必要である。そのような図書館シス
すくなるだろう。
テムの事例としては,金沢工業大学の2004年より自
2.2で記したとおり,Project Shizukuは未踏ユース
27)
。
館システムにおける「知識創造の支援」の試み17)や,
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筑波大学附属図書館が「知識創造型図書館」をキー
ここでは貸出履歴とは,利用者コミュニティーを創
コンセプトとして2010年に公開した電子図書館シス
るための芯になる要素である。利用者は貸出履歴を
テムが挙げられる
28)。筑波大学附属図書館では館内
自分自身でコントロールする自由を所有することで,
にラーニング・コモンズを導入する試みが始まって
図書館内のさまざまな利用者とスムーズに交流して
おり,ラーニング・コモンズとシステムが連携して
いくための自己表現を行える。利用者の自己表現は,
いくことが期待できる。
利用者コミュニティーを作るうえでは欠かせない要
素なのである。
3.4 Web時代にあるべき図書館情報システム
以上で紹介した「G o v2.0」「コミュニティー指向型
4. Shizuku2.0
図書館システム」「ラーニング・コモンズ」の3つの
理念を図書館情報システムの要件として集約させる
とすれば,次のようになるだろう。
(1)図書館情報システムの機能をA P Iを通して他の
Webサービスと連携が可能な機構を持っている
(2)貸出履歴を用いて利用者間のコミュニケーショ
ンを促進する機能を持つ
4.1 目的
3.4において,筆者らはW e b時代にあるべき図書
館情報システムについて提示した。また3.4で説明し
たとおり,提案したシステムを実現させるためには
集合知のプレイヤーとして活躍してもらう利用者コ
ミュニティーの存在が欠かせない。現状で図書館側
(3)利用者同士が知識を生み出す場を提供し,そ
がまずすべきことは,利用者コミュニティーの育成
の知識を図書館が保有する独自の資源として蓄
と利用者が活躍できる場を用意することである。筆
積・利活用する機構を持つ
者らは,この利用者コミュニティーの育成を支援す
上のような要件は,既存の図書館が提供している
るべくS h i z u k uを継承する新たなプロジェクトとし
書籍の貸出を中心としたサービス形態とは異なる方
て「Project Shizuku2.0」を立ち上げ,Webサービス
向性である。その理由は,利用者が情報を得る際に
「Shizuku2.0」を開発した29)。現在,
筆者らがプロジェ
支障となる問題が変わりつつあるためである。W e b
クト推進を目的として設立した株式会社しずくラボ
の発展や先述した電子書籍の台頭によって,情報へ
のクローズドベータサービスとして運営している。
アクセスするコストは以前よりも下がっている。一
S h i z u k u2.0の狙いは,いうなれば「利用者コミュ
方で,個人が得られる情報は爆発的に増加した。そ
ニティーの孵 卵 器 となること」である。全国の図書
のため的確な情報を選び出すことが困難になってき
館利用者が自分なりの図書館の使い方や読書記録を
ふ らん き
ている。利用者が速やかに情報を得て効率的に学習
できるように,図書館はレファレンスサービスの要
素を強化していく必要がある。しかし,現状の図書
館が新たにサービスを生み出すコストを負うのは現
実的に考えればまだ困難である。そこで,そうした
新たなサービスの創造を他者の協力を要請すること
によって実現するというのが,上述した3要件の趣旨
である。
また,上述の要件と照らし合わせてみれば,貸出
履歴の意義が本の推薦だけではないことがわかる。
192
図3 Shizuku2.0
Web時代にあるべき未来の図書館サービスの胎動
表1 筆者らが提案する貸出履歴活用の4類型
データ
活 として
用
形
態 サービス
として
か” といった観点の情報として時系列に統合される。
貸出履歴を活用するターゲット
筆者らはこの時系列情報を「読書ストリーム」と呼
利用者
図書館
んでいる。読書ストリーム上でユーザーは今読んで
過去に借りた
履歴の参照
利用統計の把握
運営戦略の素材
いる本の要点を知ることができたり,関連情報を得
ブックリスト
ブックレシピ
の作成・公開
書籍の推薦
関連情報の推薦
る楽しい行為へと変えていくことで読書のモチベー
ることができる。読書を一人きりの行為から皆です
ションを高めることが本機能の狙いである。
発信し合える環境を用意することで,各図書館の利
4.3 読書記録から図書館利用のノウハウを創出する
用者コミュニティーを擬似的に作り出すことを目的
Shizuku2.0では,読書レシピという機能も提供予定
にしている。そうすることで,各図書館がコミュニ
である。これは,利用者自身のアクティビティを抽
ティー指向型図書館システムを導入する際に,すで
出し,図書館利用のノウハウを「読書レシピ」とい
にある利用者コミュニティーを観察し本当に必要な
う単体の記事としてまとめる機能である。
新サービスが検討できるよう筆者らは支援したいと
考えている。
読書レシピは,いままで図書館から見えてこな
かった図書館利用に関する知識を蓄積することがで
また,Shizuku2.0の活動を通して,貸出履歴をより
きる。読書は長い目で見れば繰り返し行われる行動
広い視野から活用する方法を検討していくことも考
である。特定の学習目的がある場合は,それは顕著
えている。表1は,貸出履歴を活用する方法を筆者ら
である。例えば起業について学ぼうとする利用者は,
の視点で類型分けしたものである。ここでは「貸出
まずは一冊の入門書を読んでみて,その後必要に応
履歴を活用するターゲット」と「活用形態」の2軸で
じて税制や会社法についての専門書に手を伸ばして
類型分けをしている。従来の貸出履歴活用の論議で
いくかもしれない。または実践例が多く載った経営
よく活用例として提示されるのは多くの場合右下の
に関する書籍を何冊も読むかもしれない。その繰り
「書籍の推薦」である。しかし,貸出履歴の活用方法
返しの過程の中で,利用者は独自の図書館利用ノウ
はそれだけではない。Shizuku2.0の取り組みの中で,
ハウを知らず知らずのうちに蓄積させている。こう
他の類型項目への取り組みが促進されるような機能
したノウハウは,もしかしたら他者の学習を助ける
の提案もしていきたいと考えている。
重要な情報になるかもしれない。図書館にとっては,
所蔵する資料の活かし方を発見するための貴重な財
4.2「読書」を共有する
Shizuku2.0を筆者らは「ブックストリーミングサー
ビス」と呼んでいる。ユーザーは図書館で借りた本
産である。そのノウハウを,ユーザーのアクティビ
ティから浮かび上がらせるのがShizuku2.0の読書レシ
ピ機能なのである。
の読書履歴や読みながら思ったことなどをShizuku2.0
上で発信し,他のユーザーと読書体験を共有するこ
4.4 利用者が図書館をブランディングする
とができる。具体的にはS h i z u k u2.0の機能のひとつ
上述の2つの機能に加え,Shizuku2.0では「図書館
である「アクティビティ機能」がそれを実現する。
ページ」
という機能を用意している。図書館ページは,
ユーザーの発信する記録には借りた図書館の情報や
全国の図書館ごとに用意されたスペースであり,ア
書誌情報が埋め込まれており,“特定の図書館がどう
クティビティ機能や読書レシピ機能で作りだされた
利用されているか” や “特定の本がどう読まれている
図書館利用ノウハウがここに掲載される。こうする
193
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ことで,特定の図書館での利用傾向や特色が把握で
録が発信される仕様となっており,図書館の貸出履
きるようになる。つまり,図書館ページは利用者の
歴は活用されていない。ゆえに,正確な図書館の利
集合知を利用して図書館をブランディングしていく
用傾向を表現するデータは作り出せない。海外で議
機能なのである。
論された貸出履歴の活用方法を見ればわかるように,
現状ではアクティビティと読書レシピの掲載にと
貸出履歴を利用すれば図書館員や図書館利用者の負
どまっているが,今後はアクティビティの傾向から
担を強いることなく図書館の利用者コミュニティー
図書館の特色を自動的に明示化することが可能にな
を形成させることができるだろう。
るよう開発を進めたい。また,図書館員が図書館ペー
貸出履歴の利用に関する議論は,そのデータ保存
ジ上で何らかの活動が展開できるような機能も模索
の是非だけでなく,図書館の新たなサービスを考え
していきたい。
る中の一つの手法として考えるべきだと筆者らは主
5. おわりに
張する。今後は,各図書館が今後のサービス展開を
検討し,その目的に貸出履歴利用が適切かどうかを
判断することが求められるだろう。本稿をきっかけ
本稿では,図書館をめぐる諸問題や新たな図書
に,
「貸出履歴を使う」という視点から「未来の図書
館サービスを踏まえた筆者らなりのこれからの図
館サービスに貸出履歴が活用できるか」という視点
書館像を提示したうえで,筆者らの取り組みであ
へと転換し,より発展的な議論が行われることを期
るS h i z u k u2.0について紹介した。上述したように,
待したい。
Shizuku2.0は現状では利用者の手入力によって読書記
本文の注
注1) 該当する各条は以下の通り。
“図書館の自由に関する宣言”. 日本図書館協会. http://www.jla.or.jp/ziyuu.htm, (accessed 2010-05-01).
「第3 図書館は利用者の秘密を守る」
“図書館員の倫理綱領”. 日本図書館協会. http://www.jla.or.jp/rinri.htm, (accessed 2010-05-01).
「第3 図書館員は利用者の秘密を漏らさない。
」
注2) なおShizukuというプロジェクト名はスタジオジブリによるアニメーション映画『耳をすませば』の主
人公「月島雫」の名前にちなんでいる。
『耳をすませば』では,学校図書館での貸出カードが物語の
重要なアイテムとして登場する。
注3) 先端的なソフトウェア開発の提案を採択し,経費・人材等の面で研究開発の支援を行い,優秀なプロ
グラマを育成するための公募事業。筆者らが採択されたのは特に若者限定の「未踏ユース」という部
門。なお,現在は「未踏IT人材発掘・育成事業」という名称に変更されている。
注4) 利用者が現在借りている本の情報のみ利用するため,貸出履歴を消去している図書館であっても変更
なく導入可能であるが,資料返却後に過去を遡って履歴を記入することはできない。
注5) 極端な例では,「mixiアプリ:ソーシャルライブラリー」という本棚サービスは,ユーザーが読んだ書
籍の一覧が自動的に友人の画面に表示される機能まで持つ。
ソーシャルライブラリー . http://book.orfeon.jp/, (accessed 2010-05-01).
注6) 「mixiアプリ:ソーシャルライブラリー」はサービス公開から約4か月でユーザー数8万人を突破する急
速な成長をみせ,現在は13万人以上のユーザー数となっている。また,
「ブクログ」は2009年5月にユー
194
Web時代にあるべき未来の図書館サービスの胎動
ザー数が20万人を突破したことを報告している。
“登録ユーザ数が20万人を突破! ブクログお知らせブログ”. ブクログ. http://info.booklog.jp/?eid=64,
(accessed 2010-05-01).
注7) 過去に日本で販売された電子書籍リーダーの代表例として,Panasonic「∑Book」やSONY「LIBRIé」
があるが,ともにリーダーの販売およびコンテンツの配信を終了している。
注8) AppleとAmazonは従来からコンテンツ・書籍販売の大規模な市場を持っており,これを基にリーダー
デバイスの販売から電子書籍販売サイトの提供,およびリーダーが販売サイトへアクセスするための
ネットワーク回線など,一連の電子書籍購買基盤を一括して提供する。これにより,ユーザーはたっ
た数回クリックするだけで容易に電子書籍を入手できる。
注9) 大学図書館などでは,OCLCが提供する「NetLibrary」による電子書籍の提供が行われてきた実績はあ
るが,NetLibraryは学術書や専門書が中心であり,一般利用者が気軽に利用するものではなかったと
いえる。なお,千代田区立千代田図書館ではWeb上から電子書籍の貸出・返却ができる「千代田Web
図書館」を提供している。
千代田区立図書館. “千代田Web図書館”. https://weblibrary-chiyoda.com/, (accessed 2010-05-01).
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援の展開 リターンズ”. デジタルライブラリアン研究会. http://www.dla.jp/21sougoutenn.pdf, (accessed
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195
情報管理
JOHO KANRI
2010
vol.53 no.4
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July
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press/ja/0908/2501.html, (accessed 2010-05-01).
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ズとラーニング・コモンズ. 名古屋大学附属図書館研究年報. 2008, no. 7, p. 3-14.
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www.tulips.tsukuba.ac.jp/RD/DL_plan.pdf, (accessed 2010-05-01).
29) 株式会社しずくラボ. Shizuku2.0. http://www.shizuku.ne.jp, (accessed 2010-05-01).
Author Abstract
In recent years, many people interested in libraries are discussing about using circulation data for library
service, for example forum in “Library Fair”. A few libraries started to use library system with circulation data.
But it is not enough that discussing how library can use circulation data for library improvement. This article
describes recent discussion and activities of circulation data, and consider about new library in the web age.
196
Web時代にあるべき未来の図書館サービスの胎動
In the result, we propose 4 types of circulation data usage and requirements for achieving new library model.
In these requirements, we emphasized building user's community in library. At last, we introduce web service
named "Shizuku2.0" that supports community oriented library systems.
Key words
circulation data, library service, library system, virtual bookshelf service, e-book, Library2.0, Shizuku
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2010
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横断的連想検索サービス「想-IMAGINE」
データベース連携が拓く新たな可能性
IMAGINE – federated associative search
Cross-searchable databases expand new intellectual frontiers
丸川 雄三1 阿辺川 武1
MARUKAWA Yuzo1; ABEKAWA Takeshi1
1 国立情報学研究所 連想情報学研究開発センター(〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋2-1-2)
E-mail : [email protected]; [email protected]
1 Research and Development Center for Informatics of Association, National Institute of Informatics (2-1-2 Hitotsubashi
Chiyoda-ku, Tokyo 101-8430)
原稿受理(2010-05-14)
情報管理 53(4), 198-204, doi: 10.1241/johokanri. 53.198 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.198)
著者抄録
「想- IMAGINE / GETA」は,興味や関心をきっかけに,利用者が自らの発想を広げることができる横断的連想検索
システムである。国立情報学研究所連想情報学研究開発センターは「想- I M A G I N E / G E TA」を活用したサービス
として,書籍を連想で探すことができる「想- IMAGINE Book Search」を 2006 年 7 月に一般公開した。また,「想
- IMAGINE / GETA」の開発をベースとして,従来の GETA の機能を大幅に拡張した「GETAssoc」を 2009 年 7 月に
公開した。GETAssoc を使った検索を手軽に体験できる「gss3 Protocol Analyzer」も同時に公開されている。「想-
IMAGINE Arts」は文化財情報発信における「想- IMAGINE / GETA」を活用した取り組みである。「想- IMAGINE
Arts」の一環として,国立美術館および早稲田大学演劇博物館と共同で開発したそれぞれの「想- IMAGINE」が一般に
公開されている。
キーワード
連想計算,連想検索,横断検索,GETA,GETAssoc,想,文化財
1. はじめに
ビスの研究開発を行っている。これらのサービスに
おける連想検索は,ある文書や単語に関連が深いと
198
国立情報学研究所は,和書洋書1,300万冊を検索で
思われる他の文書を検索するものであり,汎用連想
きるWebcat Plus1)をはじめ,日本にある文化遺産を
計算エンジンG E T A4)により実現されている。G E T A
画像とともに楽しむことができる文化遺産オンライ
は連想計算のためのプログラムを集めた数値演算ラ
ン2),1,000のテーマで新書を眺めることができる新
イブラリである。例えば検索対象となる文書中に出
書マップ3) など,連想検索を活用した具体的なサー
現する単語の頻度などの統計情報を使い,与えられ
横断的連想検索サービス「想-IMAGINE」
た基準における文書間の類似度を高速に計算するこ
とができる。以下では,「想-I M A G I N E」を中心に,
G E TAにより実現されている連想検索サービスを紹介
する。
2. 連想検索サービスの実際
文化遺産オンラインを例に,連想検索の実際につ
い て 説 明 す る。 文 化 遺 産 オ ン ラ イ ン は, 全 国90の
ミュージアムによる18,000件(2010年5月現在)の登
録作品を,画像とともに楽しむことができる,文化
庁が企画・運営する文化財ポータルサイトである。
2004年4月に試験公開版を立ち上げ,2008年3月には
図1 「白綾地秋草模様小袖」詳細表示
正式公開版へのリニューアルを果たした。国立情報
学研究所は,試行版の開発当初より一貫して技術協
スを実現している。Webcat Plusや新書マップなど,
力および共同運営を行っている。
他の連想検索サービスにおいても,同じように本か
文化遺産オンラインのトップページには「時代,
ら本,文章から本,文章からテーマ,あるいはテー
分野,地域」といったわかりやすい入り口が用意さ
マからテーマといった文書間の連想検索を実現して
れており,クリックするだけで簡単に作品情報へと
いる。
たどり着くことができる。例えば黄色のバナーをク
リックして「分野」のページを開き,次に中段の「工芸」
カテゴリから「染織」を開く。すると染織物の一覧
3. 横断的連想検索システム「想-IMAGINE /
GETA」
がサムネール画像とともに表示される。さらに一覧
から中段の「白綾地秋草模様小袖」を開くと,当該
文化遺産オンラインやWebcat Plusでは,連想検索
作品の詳細を300ピクセルの写真とともに閲覧するこ
の対象はいずれも本や文化財といった単一のデータ
とができる。詳細ページの下方には,この尾形光琳
ベース内で閉じている。しかしG E T Aによる連想検索
筆「白綾地秋草模様小袖」と関連が深いと思われる
は,文書間の類似度を単語空間の重なり度合いから
他の5つの作品が表示される(図1)。関連5作品は連
計算する。そのため,検索対象となる文書が日本語
想検索によって求められたものであり,それぞれの
などの同じ言語で記述されていれば,比較的容易に
作品の解説文等に出現する単語の重なり度合いなど
異なるデータベース間をまたぐ横断検索を実現する
に応じて並び順が決定されている。また,関連作品
ことができる。
にチェックを入れて右下の「検索ボタン」をクリッ
例えば「文化遺産オンライン」に含まれる文書と
クすると,閲覧していた作品およびチェックを入れ
「Webcat Plus」に含まれる文書は,
「文書空間」では
た作品から,他の作品を連想検索することができる。
まったく重ならない。一方,文書中に含まれる単語
このように,文化遺産オンラインでは連想検索を
は同じ日本語であるため,
「単語空間」では重なりを
用いることによって,興味を持った作品から,関連
持つ(図2)
。よって単語空間を介して類似度を計算
する他の作品を次々に探し出すことができるサービ
する連想検索では,各データベース間のデータ構造
199
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文化遺産オンライン
文化遺産オンライン
Webcat Plus
Webcat Plus
文書空間
単語空間
図2 文書空間と単語空間
図3 「想-IMAGINE」検索結果一覧
の違いをあまり意識することなく,異なるデータベー
ンテリア,住宅・都市問題といったテーマを見つけ
ス間での横断的な連想検索を実現することができる。
ることができる。
国立情報学研究所では,G E TAによる連想検索の特
さらに気に入った項目から関連する他の本を探す
長を生かした横断的連想検索システム「想-IMAGINE
こともできる。例えば「松岡正剛の千夜千冊」の
/ GETA」5)を開発した。「想-IMAGINE / GETA」は,
検 索 結 果 か ら,
「 建 築 書 」 に チ ェ ッ ク を 入 れ て,
複数のデータベースを同時に扱うことができるイン
「IMAGINE」をクリックする。すると様相ががらりと
ターフェースと,それぞれのデータベースに対応す
変わり,今度は建築史や都市に関する種々の本や文
るGETA連想検索サーバから構成されている。
化財を一覧することができる。連想検索を用いるこ
4.「想-IMAGINE Book Search」
とによって,情報を絞り込むだけではなく,興味や
関心をきっかけに情報を紡ぎ,発想を広げることが
できるのである。
国立情報学研究所では,「想-I M A G I N E / G E TA」
システムを活用した具体的な連想検索サービスとし
5.「GETAssoc」と「想-IMAGINE」
6)を2006年7月に公
て,「想-IMAGINE Book Search」
開した。「想-IMAGINE Book Search」は,Webcat
「想-IMAGINE / GETA」では,連想計算エンジン
Plusや新書マップをはじめ,神保町の古書や新刊,国
として2002年からオープンソースで公開されている
立国会図書館の貴重書データベースなどを横断的に
GETAを使用し,
「想-IMAGINE」をサービスするWeb
連想検索できるサービスである。「想-IMAGINE」の
サーバとの通信を行っている。この通信部分では,
「想
最も基本的な使い方を,以下の検索例により紹介す
-I M A G I N E」で必要とされる機能や情報を記述でき
る。
るg s s3プロトコル7)を採用している。g s s3プロトコ
「想-IMAGINE Book Search」の検索窓に「住まい」
200
ルは,データの通信路にはH T T Pを,フォーマットに
と入力して「I M A G I N E」ボタンをクリックする。す
はXMLと,それぞれ標準的な規約を採用しており,
「想
ると選択中のデータベースそれぞれの連想検索結果
-I M A G I N E」以外にも汎用的に使用できるプロトコ
が一斉に表示される(図3)。例えば「文化遺産オン
ルとして開発されている。
ライン」からは古民家や屋敷跡を見つけることがで
「想-I M A G I N E / G E TA」の開発をベースとして,
きる。また,「新書マップ・テーマ」では,家具・イ
国立情報学研究所連想情報学研究開発センターでは,
横断的連想検索サービス「想-IMAGINE」
従来のG E TAの機能を大幅に拡張したオープンソース
ソフトウェア「GETAssoc」を2009年7月に公開した8)。
GETAssocは,「想-IMAGINE」で実現されている横断
的な連想検索はもちろん,g s s3プロトコルやフレー
ズによる絞り込み機能を備えている。また,G E T Aの
使用時にロゴマークおよび「I P Aの独創的情報技術育
成事業の研究成果」である旨を明記しなければなら
ないという独自のライセンスを,GETAssocではソー
スコードをゼロから書き直し,前記の制約を伴わな
いフリーなライセンス(修正BSDライセンス)とした。
6.「GETAssoc」の特長
6.1 gss3プロトコルの採用による柔軟な運用設計
上述したようにg s s3プロトコルはH T T P上でデー
図4 gss3 Protocol Analyzer
タのやりとりを行う。そのため,検索要求を出すク
ライアント側と実際に連想検索を行うサーバ側は,
一般的なオープンソースの検索エンジンでは,対象
H T T Pで通信できさえすれば,どんなに離れていても
のドキュメントに対し,形態素解析を前処理として
かまわない。またデータはX M L形式でやりとりされ
各自で行わなければならない。GETAssocでは,この
るため,クライアントとして専用に書かれたアプリ
形態素解析処理を内部から呼び出す形で実装してい
ケーションだけでなく,WebブラウザでもJavaScript
るため,入力は文章のままでよく,連想精度を高め
を用いれば,連想検索を担うサーバと直接通信する
るために動詞や名詞などの内容語だけを利用すると
ことができる。
いった,品詞による単語の選択も自動的に行われる。
実際にGETAssoc公開サイトでは,gss3 Protocol
また,半角のカタカナや「㍻」
「㌦」といった複合
A n a l y z e rというページ9)が用意されており,ここで
文字を通常の文字列に変換することをユニコード正
はW e bブラウザからg s s3プロトコルの確認,および
規化というが,GETAssocでは,分かち書きの際に自
GETAssocを使った検索を体験することができる(図
動的にこのユニコード正規化が行われる。
4)
。このページでは,GETAssocで指定できる検索ク
エリーの記述例や設定できるパラメータをGETAssoc
へのリクエスト・レスポンスのX M Lとして,そのま
6.3 フレーズによる絞り込み機能
連想検索では単語を検索の単位としているため,
まの形で確認できるため,GETAssocを用いた連想検
例えば「火の鳥」という文字列(フレーズ)で検索
索サービスの開発に役立つ。
をしても,
「火の鳥」を含む文書だけでなく,
「火」
と「鳥」が離れて現れる文書も検索されてしまう。
6.2 日本語対応
G E T Aでは,このようなフレーズを限定する検索がで
連想検索において日本語の文書を扱う際には,
「東
きなかった。これに対しGETAssocでは,オプション
京都美術館」を「東京」「都」「美術」「館」のように
として「全文一致インデックス」を作成する機能が
単語の分かち書きを行う形態素解析が必要となる。
追加され,任意の長さのフレーズを必ず含む/含ま
201
情報管理
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ないといった連想検索結果の絞り込み機能を実現し
た。さらに副次的な効果として,このフレーズによ
7.3 各データベース間のデータ構造の違いを意識
する必要がない
る絞り込み機能を独立させることにより,連想検索
一般にデータベースは,利用目的が異なればデー
をせずに全文一致検索だけを行うことも可能となっ
タ構造も大きく異なる。そのため複数のデータベー
た。
スに対し横断的に検索しようとすれば,タイトルや
その他にも,G E TAに実装されていた複数サーバ
本文などのフィールド名の対応表を作成する必要が
への分散機能や類似度を独自に定義できる機能,検
ある。対応表を参照しフィールド間のマッチングを
索インデックスの構築が容易なことや差分更新機能
行うことで,あるデータベースの文書から別のデー
など,G E TA s s o cには数々の特長がある。詳しくは
タベースの文書の検索が可能になる。一方,
「想-
GETAssoc公開サイトをご覧いただきたい。
I M A G I N E」では,データベースごとに対応表を作成
7.「想-IMAGINE」の特長
する必要はなく,本文に相当するデータを用意し,
検索インデックスを作成するだけでよい。そのため,
他のデータベースの存在を意識することなく,
「想-
GETAssoc開発のベースとなった「想-IMAGINE」
I M A G I N E」中にデータベースをいくつも追加するこ
について,ここでは運用面を中心に説明する。
とができる。
7.1 複数のサイトに分散可能
7.4 用意するファイルは1つ
横断的に検索を行うためには,データベースごと
検索インデックスの構築には,われわれが定義し
に検索インデックスを構築する必要があるが,「想-
たITBファイルというフォーマット10)でデータを用意
I M A G I N E」では各検索インデックスは同一サーバ上
すればよい。これは複数のメタデータと本文を1つの
にある必要はない。データベースの権利者ごとにサー
ファイルに埋め込んだ形式となっている。運用にお
バを分ける,またはマシンスペックに応じて複数の
いては単一ファイルのやりとりだけで済むので,運
検索インデックスを同居させるなど,柔軟な運用設
用管理コストの軽減につながることが期待される。
計ができる。それぞれのサーバはH T T P通信を開放し
ておけばよく,クライアント側が必要に応じてg s s3
8.「想-IMAGINE」による文化財情報の発信
プロトコルを用いて各サーバに問い合わせを行う。
国立情報学研究所連想情報学研究開発センターで
7.2 本文データを公開する必要はない
は,
「想-I M A G I N E / G E TA」システムを利用して,
「想-IMAGINE」の検索インデックスは,本文を単
文化財情報を中心に発信するサービス「想-IMAGINE
語に分割した後,特定の品詞(名詞,動詞,形容詞)
A r t s」の研究開発を行っている。2009年には,早稲
を持つ単語から構築される。そのため公開される情
田大学演劇博物館および国立美術館とそれぞれ連携
報は単語だけであり,g s s3プロトコルを用いて本文
11)と「想
し,
「想-IMAGINE 早稲田大学演劇博物館」
データを取得・再現することはできない。なお単語
12)を一般に公開した。
-IMAGINE 国立美術館」
の順番は無視される。また,逆に本文データを埋め
込んで,取得させることもできる。
8.1「想-IMAGINE 早稲田大学演劇博物館」
「想-IMAGINE Arts」の取り組みとして,参加協力
団体と共同で各団体独自の「想-I M A G I N E」の開発
202
横断的連想検索サービス「想-IMAGINE」
を行っている。その一環として,早稲田大学演劇博
物館と「想-IMAGINE 早稲田大学演劇博物館」を開
発し,2009年3月12日に一般に公開した。
「想-IMAGINE 早稲田大学演劇博物館」で利用でき
る独自のデータベースは,「浮世絵」「現代演劇上演
記録」
「近代演劇上演記録」そして「AV資料」である。
サービスの公開により,これらのデータベースと「文
表1 「想-IMAGINE 国立美術館」検索対象データベース一覧
(国立美術館提供分のみ掲載)
国立美術館4館総合目録
国立美術館図書検索
国立新美術館アートコモンズ
東京国立近代美術館所蔵作品(画像あり)
京都国立近代美術館所蔵作品(画像あり)
国立西洋美術館所蔵作品(画像あり)
国立国際美術館所蔵作品(画像あり)
化遺産オンライン」の文化財などが相互に連想検索
できるようになった。例えば「川上音二郎」で連想
検索すると,明治期に活躍した俳優・川上音二郎に
アートコモンズ」は,公募展を含む展覧会のデータ
ゆかりの錦絵(浮世絵データベース)と並び,夫人
ベースである。続く4つのデータベースは,国立美術
の川上貞奴の邸宅(文化遺産オンライン)を写真で
館4館それぞれの所蔵作品のうち,公開画像のある作
眺めることもできる。また国立国会図書館の「近代
品データベースであり,すべての検索結果を作品画
デジタルライブラリー」も検索対象データベースに
像のサムネール付きで確認することができる。
入っているため,川上音二郎の当時の口演記録であ
る「自由の妹と背」なども検索結果に並び,その場
9. 今後について
で本文を閲覧することができる。
「想-IMAGINE」は,検索対象とするデータベース
8.2「想-IMAGINE 国立美術館」
を容易に追加可能である。現在「想-IMAGINE Book
早稲田大学演劇博物館に続き,国立情報学研究所
Search」では,18のデータベースが登録されている。
と国立美術館は「想-IMAGINE 国立美術館」を2009
今後も外部連携等を通して,この検索対象データベー
年5月27日に試験公開版を立ち上げ,2010年3月31日
スを拡充していく予定である。
に正式公開を開始した。国立美術館が提供する独自
「想-IMAGINE Arts」においては,参加協力団体の
のデータベースは,「国立美術館4館総合目録」をは
拡大を図りつつ,各団体独自の「想-I M A G I N E」の
じめとする7つのデータベースである(表1)。
開発に取り組む予定である。また,GETAssocを活用
「国立美術館4館総合目録」は,国立美術館が所蔵・
した新たなデータベース連携の試みとして,gss3サー
管理している作品のデータベースであり,「国立美術
バを参加協力団体側に設置する計画もある。今後も
館図書検索」は,東京国立近代美術館と国立新美術
「想-IMAGINE」を軸に,連想の情報学を活かした連
館の蔵書データベースである。また「国立新美術館
想検索サービスの充実を図りたい。
参考文献
1) Webcat Plus. http://webcatplus.nii.ac.jp/, (accessed 2010-05-10).
2) 文化遺産オンライン. http://bunka.nii.ac.jp/, (accessed 2010-05-10).
3) 新書マップ〜テーマで探す新書ガイド〜. http://shinshomap.info/, (accessed 2010-05-10).
4) 汎用連想計算エンジンGETAファミリー . http://geta.cs.nii.ac.jp/, (accessed 2010-05-10).
203
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5) 小池勇治, 西岡真吾, 森本武資, 丸川雄三, 高野明彦. 分散連想計算サーバー群を統合する連想検索システム
「想-IMAGINE」.電子情報通信学会技術研究報告. NLC, 言語理解とコミュニケーション. 2008, vol. 108, no.
141, p. 31-36.
6) 想-IMAGINE Book Search. http://imagine.bookmap.info/, (accessed 2010-05-10).
7) “gss3プロトコル”. GETAssoc. http://getassoc.cs.nii.ac.jp/?gss3プロトコル, (accessed 2010-05-10).
8) GETAssoc. http://getassoc.cs.nii.ac.jp/, (accessed 2010-05-10).
9) “gss3 Protocol Analyzer”. GETAssoc. http://getassoc.cs.nii.ac.jp/gpa/gss3.html, (accessed 2010-05-10).
10) “itbファイル形式”. GETAssoc. http://getassoc.cs.nii.ac.jp/?itbファイル形式, (accessed 2010-05-10).
11) 想-IMAGINE 早稲田大学演劇博物館. http://imagine.enpaku.waseda.ac.jp/, (accessed 2010-05-10).
12) 想-IMAGINE 国立美術館. http://imagine.artmuseums.go.jp/, (accessed 2010-05-10).
Author Abstract
“IMAGINE/GETA” is a federated associative search system for spontaneous learning developed by the Research
and Development Center for Informatics of Association at the National Institute of Informatics. A book search
service, “IMAGINE Book Search”, exploiting associative search provided by “IMAGINE/GETA” has been offered
since July 2006. In July 2009, we released the GETAssoc software as evolution of GETA. The gss3 Protocol
Analyzer for associative searches using GETAssoc was also released. The “IMAGINE Arts” are customized
versions of IMAGINE for disseminating information about cultural resources.
Key words
association computation, associative search, federated search, GETA, GETAssoc, IMAGINE, cultural assets
204
リレーエッセー ●インフォプロってなんだ?
What I do, study, and think as an information professional
インフォプロってなんだ?
私の仕事, 学び, そして考え
第 回
15
牧野 和彦
日本能率協会総合研究所 マーケティング・データ・バンク
情報管理 53(4), 205-206, doi: 10.1241/johokanri.53.205 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.205)
はじめに
取り足取り教えてもらった記憶はまったくない。日
私が所属する日本能率協会総合研究所マーケティ
本能率協会グループはもともと転職者が多く,“自分
ング・データ・バンク(M D B)はビジネス情報に特
のことは自分で育てろ” という体質であったことも関
化した情報提供機関である。図書館的な機能を有し
係している。OJTの名のもとに,実質的には放置状態
ており,約20万冊の専門資料を所蔵,東京と大阪の2
だった。
か所に閲覧室を構えている。
よく言われたのは「資料を覚えよ」
「機械(データ
私が前職から転職して,M D B大阪に配属されたの
ベース)に頼るな」である。つまり,データベース
が95年のことなので,今年でキャリア15年目となる。
に頼らなくても検索できるようになれ,ということ
だ。インターネット全盛の今聞くと失笑してしまう
サービスマインド
かもしれないが,
当時は “なるほど” と思ったものだ。
入社早々,最初に教えられたことは「M D B事業は
実際,周りの先輩社員は質問を受けたと同時に書庫
サービス業である」という業務内容についての心得
に入り,解答が掲載されている資料を何気なく持っ
だった。依頼者の満足度こそが重要であり,情報検
てくることができた。
索という仕事を自己満足で行ってはならない,とい
よって私の検索技術の習得は,言われた通り,資
うことだ。言われた当時はピンとこなかったのだが,
料を覚えるところから始まった。幸い資料の収集担
実際に仕事を始め,日々の検索業務を繰り返すうち
当を兼務したため,見るべき最新資料には事欠かな
に,少しずつ実感することができた。
かった。後はひたすらOJTの毎日である。最初は辛かっ
検索という業務は楽しく,ついつい趣味的に調べ
たが,資料の知識が増えていくに従い,仕事が楽し
てしまいがちである。しかし,そうやって調べたア
くなっていったのをよく覚えている。先輩社員同様
ウトプットが必ずしも依頼者の満足にはつながらな
に,依頼を受けた瞬間に,解答(資料)が自然と思
い。依頼者が満足しなければ,結局自分たちから離
い浮かぶようにもなった。
れていき,やがては事業として成り立たなくなる。
入社当時のこの教えは,日々の業務を行う上で,
現在も肝に銘じていることである。
教育担当業務
入社して3年ほどたったころ,新人教育を担当する
ことになった。優秀な新人だったため,教育そのも
検索技術の習得
一方,肝心の検索技術についてだが,こちらは手
のはそれほど苦労がなかった。むしろ “人に教える”
ということで,逆に気づかされることが多々あった。
205
情報管理
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July
最も大きな収穫は,これまで何気なく行ってきた検
なる。Dialog,Thomson Research等を本格的に使用
索行為に自分なりの “理論” を持てたということだ。
する機会を得たことで,大きな影響を受けた。遅ま
この質問でなぜこの資料を見るのか,どうしてこの
きながら,データベースの世界に魅了された。
データベースを使用するのか,ということは,通常
商用データベースとともに海外情報検索の有力な
業務内では自然と行えるため,理屈を考える機会が
ツールはもちろんインターネットだ。各国の統計局
なかった。人に教えるという作業の中で,筋道が見え,
サイト,業界団体サイト等,これまで使用すること
漠然とした思考が整理されることに気づいた。それ
がなかった情報源に触れることは,自分にとって非
は検索業務への理解をさらに深めることになった。
常に大きな刺激となった。
そして現在はM D Bセミナーのひとつである「海外
業務の多様化
経験と知識が積み重なるにつれ,業務内容も多様
情報収集セミナー」を担当するほど,海外情報に深
く関わっている。
化していった。そのひとつが講師業務である。M D B
では毎年定例的に行うセミナーがいくつかあるが,
MDBにおける質問傾向
そのうちのひとつである「官庁統計セミナー」の担
MDBでは1日に500~600の質問をいただくが,最近
当となった。官庁統計はビジネス情報の最も基本的
の傾向としては,やはり “難問化” が挙げられる。非
な情報源のひとつで,普段の業務で使わない日はな
常に増えたのが,
「W e bはすでに確認済,新聞記事検
いほどなじみの深い資料である。正直言って人前で
索も終了している」というものだ。エンドユーザー
話すのは得意ではないのだが,結果としてそれほど
検索が相当進行していることを実感する毎日だ。
困ることはなかった。なぜなら講演のネタ集め(情
報収集)に困ることがなかったからだ。
その後,講師業務以外にもレポーティングの作成
等の新しい業務を経験する機会があったが,特に抵
難問化はこれからますます進行するだろう。これ
は組織(チーム)として取り組むべき問題でもあるし,
各個人がどのような能力を身につけるかということ
も大きな課題である。
抗なくやり遂げることができた。これは自分自身の
持つ情報検索能力が,各場面で役立ったからだと思
う。
最後に
最後になったが,自分自身が検索業務で常々心が
けていることがある。それは,職場のチームメイト
海外情報部門への配属
もともと,国内情報をメインに担当していたこと,
くても,相談されれば必ず協力するようにしている。
自分の知識量に自信があったこともあり,データベー
これだけ情報提供が難しくなってきた現在,個人の
スに対して興味を持てない時期があった。事実,ビ
力だけで解決できる案件は少なくなってきている。
ジネス情報の世界では,すべての情報源を網羅的に
チーム力で解決することが重要と考える。何より困っ
とらえたデータベースはほとんど存在しない。
ているチームメイトを助けるということは,チーム
転機が訪れたのは海外情報の部門に配属されたこ
メイトを通じての依頼者の満足につながる。サービ
とだ。それまでは国内で発行された海外情報を扱っ
ス業におけるサービスマインドというのは,依頼者
たことはあったが,他言語による情報は扱ったこと
のみに向けられるのではなく,身近な人たちにも向
がなかった。
けられてこそ,より効果的に伝わっていくものだと
海外情報となるとやはりデータベース検索が主と
206
の質問には必ず応じるというものだ。どれだけ忙し
思う。
集会報告 ●Meeting
第11回灰色文献国際会議
日 程
20 0 9 年 1 2月14日(月)∼ 1 5日( 火 )
場 所
米 国 議 会 図 書 館( 米 国 ,ワシントンD . C . )
主 催
Te x t R e l e a s e
情報管理 53(4), 207-209, doi: 10.1241/johokanri.53.207 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.207)
灰色文献(Grey Literature: GL)に関し「The Gray
の発表。ロシア政府支援による研究開発プロジェ
Mosaic-Piecing It All Together(灰色のモザイクを統
クトを登録するシステム構築が2006年に政府決
合する)」というテーマにて2日間にわたる会議が開
定され,2009年から同システムを運営しており,
催された。米国,カナダ,欧州(オランダ,フランス,
データの集め方やモニタリングの方法について
英国,イタリア,ノルウェー,チェコ),ロシア,並
説明があった。
びに,日本から合計約70の機関が参加し,参加者数
(2)セッション1:ネット市民へのGLのインパクト
は100名を超える程度であった。日本からはポスター
・1994年の「凶悪犯罪防止と法執行法」施行以来,
プレゼンテーションのために日本原子力研究開発機
米国では家庭内暴力に関する数多くの調査研究
構から2名,千葉大学から講演者として1名,科学技
が実施されたが,その結果の多くが整理されて
術振興機構(JST)から筆者1名の参加であった。
おらずG Lとなっている。また,体験者等から多
メイン会場における各講演者のプレゼンテーショ
くの情報を集め体系的に登録された,D V対策に
ンの他,展示会場においてはポスタープレゼンテー
有用なサイトの分析報告があった。
(米国・ウェ
ションおよびスポンサー・ショーケース(展示デモ)
イン州立大学)
が行われた。筆者の所属するJ S Tは今回スポンサーと
・
「Health Belief Model(保健信念モデル)
」と呼ば
して本会議に協力し,展示会場においてデータベー
れる心理療法的な方法を用いてG Lの重要性を被
スの紹介を行った。
験者に認識させる試みを実施。本方法が学術コ
会議概要は以下の通りである。
(1)オープニングセッション
・米国議会図書館(Library of Congress)のアジア
ミュニティーにおいてG Lの認知度を高めること
に有用であることが確認できた。
(カナダ・カル
ガリー大学)
部長ピーター・ヤング氏より会議テーマ全般に
・ヨルダンの土地利用状況の調査において,学会
関わる基調講演があった。灰色文献(G L)の定
誌等のオープンソースや住民へのアンケート結
義の流動性やG Lを統合して扱おうとした場合の
果に加え,会議資料や政府発行文書等の大量の
さまざまな障壁について触れた上で,図書館等
G Lをもとに分析調査した結果を紹介。
(米国・
の情報流通サービスのグローバルな協力の重要
Information International Associates, Inc.)
性を訴え,未来を切り開く科学者が価値のある
・各国政府はG Lを大量に生産しており,米国の
G Lを利用できるように新たな手法・モデルが構
「Freedom of Information Act(1966)
」を皮切り
築されなければならないと述べた。
・ロシアのV N T I C(ロシア科学技術情報センター)
に各国政府でも情報公開の動きが広がったもの
の,9.11の同時多発テロ以降は秘匿傾向が強く
207
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なってきている。(オランダ・ゼーラント図書館)
(3)セッション2:GLの利用と応用
・米国の北東岸とカナダとの国境をまたぐメーン
湾の自然保護のために,複数の州政府等が協力
なツールである。これらデータベースのプロモー
ションや会議参加者とのネットワーキングに非
常に良い機会となった。
(5)セッション3:GL Repository
して協議会を立ち上げ,灰色化したさまざまな
・オハイオ州にあるリバー ・バレー高校(現在は閉
文献や出版物を集めて整理し,W e bサイトによ
鎖)付近は,第二次世界大戦時に存在した軍の
る情報発信や刊行物の出版等を実施しているプ
化学施設の有毒残留物質に起因する白血病や他
ロジェクトを紹介した。(カナダ・ダルハウジー
の疾病が報告されており,マリオン公共図書館
大学等)
では,関連する大量の書類等をスキャニング等
・価値は高いものの図書館等で管理されておらず,
で電子化・索引付けをし,有用な情報としてい
G Lとなっている地質フィールド調査ガイドブッ
る。本発表では,ドキュメントを電子機器で作
クを索引付けするプロジェクトを紹介。(米国・
成する時点から,電子媒体として情報を保存す
イリノイ大学)
ることが重要であること等が述べられた。
(米国・
・先進的なコンピューター技術を有効に活用して
ジョージメイソン大学,マリオン公共図書館)
研究手法を開発するいわゆる「e-Science」があ
・体系化されていないオブジェクトやメタデータ
らゆる分野で展開しているが,生み出されるさ
等も含む多種多様なG Lの管理に,C E R I F - C R I S
まざまなデータは新たなG Lとなっている。この
(Common European Research Information
ような状況下の大学図書館の新たな役割や基盤
Format-Current Research Information System)
強化について言及した。(米国・カリフォルニア
の適用が,効率的なデータ管理をもたらし,情
大学アーバイン図書館)
報の共有に有用であることが述べられた。
(英
・獣医学関係の学会誌を,第3回・第6回灰色文献
国際会議(G L3・G L6)にて定められた定義をも
国・ルーサーフォード・アプルトン研究所,ノ
ルウェー・ベルゲン大学)
とに調査したが,この定義を適用すると,それ
・法律等の政府出版物は,
「商業ベースで利用不可」
までの伝統的な定義と比べ,G Lの割合が著しく
等のG Lの「定義」によればG Lに該当するが,広
高くなることがわかった。(米国・テキサスA&M
く公共に利用されていることやそのステータス
大学)
等から,一般にG Lとは見られていない。G Lとみ
なされるかどうかは出版した団体の目的に依存
(4)スポンサー・ショーケース
・会議2日目の8時45分から10時までは展示会場に
するところが大きい。G Lを理解する上で重要な
てスポンサー各機関がテーブルを並べて展示を
Authenticity, Genuineness, Originalityの3つの概
行うスポンサー・ショーケースが行われた。筆
念を紹介した。
(カナダ・ビクトリア大学)
者は,日本の学協会誌の論文や会議予稿等がオ
ンラインで検索可能なデータベース「J-STAGE」
,
さかのぼ
・アリゾナ大学図書館が中心となり米西部の大学
等が協力し,1975年以前の連邦政府機関が実施・
並びに,学会誌を創刊号まで 遡って電子化した
支援した研究報告書等をデジタルアーカイブ化
アーカイブサイト「Journal@rchive」を来場者
したプロジェクト「Technical Report Archive &
に説明した。J - S TA G Eは登録論文のうち約70%
Image Library(TRAIL)
」が紹介された。
(米国・
が無料で,また,約80%が英語で利用可能であ
アリゾナ大学)
り,日本の研究成果を世界に発信する上で有用
208
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集会報告 ●Meeting
(6)セッション4:灰色リソースへのオープンアクセス
・イタリアNational Research Council(CNR)の発
・米国国立科学財団(National Science Foundation:
表。研究プロジェクトの実績や各プロジェクト
N S F)の支援で米国議会図書館が1963年以降南
の関連情報が記録された年報をもとにオンライ
極に関する学会誌論文や会議予稿集等を集め「南
ンで利用可能な機関リポジトリを開発するプロ
極資料目録(Antarctic Bibliography)」を構築し
ジェクトを紹介。
(イタリア・CNR)
ているが,紙面の画像イメージを写したマイク
冒頭の基調講演でヤング氏が述べた通り,G Lには
ロフィルムが大量にあり,検索が困難なGLとなっ
科学技術の発展のために有用な情報が多く,G Lを
ている。これらからフルテキストのデジタルデー
有効に利用可能とする手法や取り組みのベストプラ
タを起こし,将来的にはW e b上で検索・利用可
クティスを交換するのがこの会議の目的のようであ
能とするシステムを構築するプロジェクトの紹
る。そもそもG Lの定義自体がG r e yで流動的であり,
介があった。(米国・NSF)
一律に定義することや統一的な手法で取り扱うこと
・日本では,大学や大学の学部単位,並びに,研
は難しいのだろう。発表では,地域独自の課題やあ
究機関が出版する「紀要」は,特に人文社会系
る特定のコンテンツに関する取り組みの紹介も多く,
では,重要な研究情報発信メディアとなってお
このような実態に則したノウハウの交換を多く行う
り,また,日本で出版されている学術雑誌のう
ことも本会議にとって意義深いのではないかと思わ
ちのかなりの割合を占めている。従って,紀要
れる。一方でG Lを創り出しているグループが,そ
は機関リポジトリを構築する際の主要コンテン
れらを生産する時点から公開可能なものについては
ツに位置づけられるが,実際,紀要の機関リポ
オープンアクセスを見据えた電子化の工夫をしてお
ジトリ化によって紀要コンテンツへのアクセス
くことも重要だろう。本会議の参加者の大半は図書
が増加したことが確認できた。(日本・千葉大学)
館関係者が占め,かつ,リピーターの割合も高いよ
・フランスにおけるオープン・アーカイブの利用
うであるが,GLを実際に生産しているセクターやユー
状況の調査についての報告。特に科学分野のG L
ザーにもより多く参加してもらうと,議論がより多
の割合や利用パターンに焦点をあてて調査した
角的・発展的になるのではないかと思う。
結果を紹介した。(フランス・CNRS)
(JSTワシントン事務所 大濱隆司)
209
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計量書誌学研究の動向
研究評価以外の計量書誌学
筑波大学大学院図書館情報メディア研究科 芳 鐘 冬 樹
情報管理 53(4), 210-213, doi: 10.1241/johokanri.53.210 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.210)
1. はじめに
的 な 会 議 と し て,
「 科 学 計 量 学・ 計 量 情 報 学 国 際
学会(International Society for Scientometrics and
「計量書誌学(ビブリオメトリクス)」という用語
Informetrics)
」
(以下,ISSI)が挙げられる注1)。1987
の起源をたどる,すなわちこの語の提案者である
年開催の第1回会議は,
「計量書誌学および情報検
Pritchardの定義を見ると,
「図書その他のコミュニケー
索の理論的側面に関する国際会議(I n t e r n a t i o n a l
1)とい
ション媒体への数学および統計的方法の応用」
Conference on Bibliometrics and Theoretical Aspects
う,かなり広い範囲を指すものとして用いられ始め
of Information Retrieval)
」という名称であったが,
たことがわかる。この分野では,図書館におけるコ
1993年の第4回会議以降,現在の名称で隔年に開催さ
レクションや貸出,著者生産性,引用関係など,さ
れている。会議名の変化にも表れているように,こ
まざまな対象が研究されてきた。そして,P r i t c h a r d
の会議においても,関心対象が,科学計量学(研究
の提案から40年ほど経た今日,周知のとおり,計量
評価を含む)寄りにシフトしていっている注2)。研究
書誌学は,論文・雑誌の質の評価,あるいは,研究
評価のツールとしての計量書誌学に対する関心は高
者・機関・国の研究業績評価のツール(ピアレビュー
い一方で,I S S Iへの日本からの参加者は少なく,筆者
を補足するツール)としての側面に注目が集まって
が参加した範囲(1999年の第7回会議以降)では,毎
いる。特に日本では,「計量書誌学」イコール「研究
回数人にとどまっている。以下,いくつかのトピッ
評価の手法」と見なされている印象さえ受ける。
「研
クを取り上げ,それぞれのI S S Iでの扱いについて紹介
究評価」の観点から,例えばインパクトファクター
する。
やh指数などについて解説する記事は,詳しい方々に
よって(本誌でも他誌でも)すでにいくつも執筆さ
2. モデル化
れているため,ここでは目先を変えて,それ以外の
トピックに関する計量書誌学研究について述べるこ
ととしたい。また,主に雑誌論文を対象にした最近
数式やグラフを用いた一般化は,計量書誌学研究の
のレビューもすでにあるため2),3),ここでは計量書誌
伝統的な題材である。例えば,特定分野の論文著者
学の国際会議に焦点を当てる。国際会議は,セッショ
の出版頻度分布を数式化したロトカの法則や,特定
ンごとに特定トピックに関する密度の高い発表と議
分野の論文の雑誌への分布をグラフで表現したブ
論がなされるため,トピックごとの様子をつかみや
ラッドフォードの法則が有名である(どちらも,少
すい。
数の生産源に大多数の生産物が集中する様子を表し
計量書誌学のトピックを比較的幅広く扱う代表
210
出版,図書館などに関わる種々の現象のモデル化,
ている)
。
視点 ●計量書誌学研究の動向
ISSIにおいても,以前は,図書館の貸出や配架につ
I S S Iでは,独立したセッションは立たないときもあ
いての統計モデルや,特定分野の論文数・著者数の
るが,学際性を分析した研究は,1999年以降,ほぼ
成長モデルなど,計量書誌学的現象を記述するモデ
毎回コンスタントに発表されている。特に,第11回
ルに関する多くの研究が発表され,モデル化を扱う
会議(I S S I 2007)においては,学際性関連の研究発
独立したセッションが設けられることも多かった。
表が多く,口頭発表のセッションに「学際性(Inter-
例えば,第9回会議(ISSI 2003)では「数学的モデル
and Multidisciplinarity)
」
と題されたものがあったほか,
化:第1部,第2部(Mathematical Modelling: part 1,
ポスターセッションでも学際性が取り上げられてい
2)
」,「引用のモデル化(Citation Modelling)」という
た。
3つのセッションが,第10回会議(ISSI 2005)では「計
そこで発表された研究のいくつかは,書誌結合(2
量情報学的モデル化(Informetric Modelling)」と題
つの論文が同じ論文を引用している状況)という引
されたセッションがあった。しかしながら,第11回
用上の関係によって形成されるネットワークの観察
会議(ISSI 2007)以降,前述のように会議の力点が「研
を通し,学際的研究や学際的領域の特徴を探ってい
究評価」に移っていく潮流の中で,評価と直接は関
るという点で共通していた。中でも,次数中心性(関
わりのない,モデル化関連の研究発表の数は少なく
係を持つ相手の数に基づく尺度)や,媒介中心性(直
なり,ISSIにおいて独立したセッションが設けられる
接関係を持たないもの同士を仲介し,間接的な関係
ことはなくなってしまった。
を形成する頻度に基づく尺度)といった社会ネット
モデル化に関連した最後のセッションとなった,
ワークの指標を,学際性の計測に導入した発表5) が
第10回会議(ISSI 2005)の「計量情報学的モデル化」
興味深かった。これは,その後,同種のアプローチ
では,「分布」を研究対象にする発表が多かった。特
(ネットワーク指標に基づいた学際性の計測,学際的
に,分布の類似度の計測に関する発表4)が関心を集め,
研究の同定・抽出)を採る研究が増える契機となっ
ロトカ型データ(著者生産性分布)についてばかり
たもののひとつではないかと思う。
でなく,図書館の貸出データへの適用・検証をめぐっ
て,活発な議論がなされていた。
3. 学際性
4. 研究協力
研究者あるいは研究者が所属する国や機関の間の
研究協力関係は,計量書誌学では主に共著論文の発
今日,さまざまな領域で「学際的な」研究が盛ん
表状況に基づいて観察される。
「共著」に関する伝統
になされており,複数の分野にまたがるそれらをい
的な研究題材のひとつとして,その計数法が挙げら
かに適切に扱うかが問題になっている。これは,分
れる。論文生産数を数えるとき,共著論文をどのよ
野依存の要因が大きい研究評価の手法や指標にも関
うに扱うべきか(頭数で等分して共著者各々に配分
わってくる問題と言える。計量書誌学では,量的な
する,クレジット上の順位に応じて配分するなど,
アプローチで「学際性」の問題を扱い,学際性の概
さまざまな計数法が提案されている)は,モデル化
念の操作化や,学際的研究を同定する,あるいは学
の問題(ロトカの法則の検証)や,研究者の業績評
際性の程度を計測する手法の提案に取り組んだ研究
価とも関わっている。また,近年は,ネットワーク
も多い。また,論文の特性に対する学際性の影響に
分析の手法を共著分析に応用する研究が増えてきて
も関心が向けられ,学際性と,引用頻度や質的評価
いる。
の結果との相関などが研究されてきている。
研 究 協 力 は, 計 量 書 誌 学 の 主 要 な テ ー マ で あ
211
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り,I S S Iにおいても,毎回,関連するセッションが
5. おわりに
設けられて多数の研究が発表されている 注3)。例え
ば,第9回会議(ISSI 2003)では「産学官の連携・三
ら せん
今回挙げたトピックも含めて,計量書誌学がカバー
重螺旋(Triple Helix)」,「研究協力(Collaboration
するトピックは,それぞれ独立しているのではなく,
Studies)」,第10回会議(ISSI 2005)では「研究協力
共著の扱いが生産性分布のモデル化に影響を及ぼす
と発見(Collaboration & Discoveries)」,「研究協力
など,互いに関わり合うものである。そして,それ
(Collaboration)」,「連結性(Connectivity)」,第11回
らは「研究評価」の問題とも結び付いている。評価
会議(I S S I 2007)では「研究協力とパフォーマンス
というのは,一意に定まる正解のないタスクである
への影響(Scientific Collaboration and its Effect upon
がゆえに,データや指標ありきで始めるのでなく,
Research Performance)」,
「研究協力と統合(Scientific
概念の定義・操作化の妥当性に対して,まず注意を
Collaboration and Integration)」,そして,第12回会
払わなければならない。そこで,例えば,学際性や
議(ISSI 2009)では「研究協力(Collaboration)
」と
共著の問題を考慮したり,研究者の論文生産・引用を,
いうセッションがあった。このように,複数のセッ
モデルを通してとらえることは重要な意味を持つ。
ションが立つことがしばしばあり,さらに,計量
日本では,研究評価に直接関わりがない計量書誌学
W e b学関連のセッションで,W e bページのリンク解
研究は少なく,また,別々のコミュニティーに分散
析に基づいて組織間の協力関係を分析した研究が発
して研究されている状況であり,必ずしも十分には
表されるなど,別セッションで研究協力関連の研究
知見を共有できていないように思う。お互いに周辺
が発表されることも多い。
の問題に目を向けつつ,計量書誌学を総体的に発展
このテーマに関しては,ISSIで発表を継続的に行っ
ている研究者・研究グループが多い注4)。第11回会議
(ISSI 2007)の「研究協力とパフォーマンスへの影響」
のような研究評価がらみのセッションもあるが,全
体としては,むしろ研究協力パターンの解明を志向
する発表が多い印象であった。
させていく必要があると考える。
執筆者略歴
芳鐘 冬樹(よしかね ふゆき)
2002年,東京大学大学院教育学研究科の博士課程を
単位取得退学。2002年から2009年まで,大学評価・学
位授与機構の評価研究部に所属。助教として大学情報
データベース構築などに携わる。2009年より,筑波大
学准教授として情報評価関連の講義を担当。
本文の注
注1) 一方,計量書誌学に関連する特定のトピックに特化した会議としては,例えば,評価指標を専門に扱
う「科学技術指標国際会議(International Conference on Science and Technology Indicators)
」など
が挙げられる。
注2) 以前は,情報検索や,分類,索引付けといった図書館情報学寄りのセッションも存在感を示していたが,
最近は,評価指標関連のセッションが中心である。
注3) さらに,COLLNETという研究協力ネットワークに特化した国際会議が,ISSIと併せて開催されること
も何度かあった。
注4) Leydesdorffらによる三重螺旋に関する発表6),7)や,Yoshikaneらによる共著ネットワーク上の中心性
に関する一連の発表8)〜10)など。
212
視点 ●計量書誌学研究の動向
参考文献
1) Pritchard, A. Statistical bibliography or bibliometrics?. Journal of Documentation. 1969, vol. 25, no. 4, p.
348-349.
2) 小野寺夏生. “ビブリオメトリックスから見た学術情報流通の現状”. 学術情報流通と大学図書館. 勉誠出版,
2007, p. 23-53.(図書館情報学のフロンティア, 7)
.
3) 芳鐘冬樹. 日本における図書館情報学分野の計量的研究の動向-計量書誌学研究を中心に-. カレントア
ウェアネス. 2009, no. 299, p. 20-23.
4) Burrell, QL. “An empirical study of the measurement of similarity of concentration between different
informetric distributions”. Proceedings of the 10th International Conference of the International Society
for Scientometrics and Informetrics (ISSI 2005). Stockholm, Sweden, 2005-07-24/28, Karolinska University
Press, vol. 1, p. 129-139.
5) Rafols, I.; Meyer, M. “Diversity measures and network centralities as indicators of interdisciplinarity: Case
studies in bionanoscience”. Proceedings of the 11th International Conference of the International Society
for Scientometrics and Informetrics (ISSI 2007). Madrid, Spain, 2007-06-25/27, CINDOC, CSIC, vol. 2, p.
631-642.
6) Leydesdorff, L. “Translations at interfaces in triple helix configurations: Mapping the case of 'stem cell'
research”. Proceedings of the 9th International Conference of the International Society for Scientometrics
and Informetrics (ISSI 2003). Beijing, CHINA, 2003-08-25/29, DICCAS.
7) Sun, Y.; Negishi, M.; Leydesdorff, L. “National and international dimensions of the triple helix in Japan:
University-Industry-Government and international co-authorship relations”. Proceedings of the 11th
International Conference of the International Society for Scientometrics and Informetrics (ISSI 2007).
Madrid, Spain, 2007-06-25/27, CINDOC, CSIC, vol. 2, p. 936-937.
8) Yoshikane, F.; Nozawa, T.; Tsuji, K. “Comparative analysis of co-authorship networks considering authors'
roles in collaboration: Differences between the theoretical and application areas”. Proceedings of the
10th International Conference of the International Society for Scientometrics and Informetrics (ISSI 2005).
Stockholm, Sweden, 2005-07-24/28, Karolinska University Press, vol. 2, p. 509-516.
9) Yoshikane, F.; Nozawa, T.; Shibui, S.; Suzuki, T. “An analysis of the connection between researchers'
productivity and their co-authors' past attributions, including the importance in collaboration networks”.
Proceedings of the 11th International Conference of the International Society for Scientometrics and
Informetrics (ISSI 2007). Madrid, Spain, 2007-06-25/27, CINDOC, CSIC, vol. 2, p. 783-791.
10) Yoshikane, F.; Suzuki, T.; Kawamura, S. “Estimating the influence of researchers' and their collaborators'
performance on their future productivity”. Proceedings of the 12th International Conference of the
International Society for Scientometrics and Informetrics (ISSI 2009). Rio de Janeiro, Brazil, 2009-07-14/17,
Federal University of Rio de Janeiro, vol. 2, p. 1006-1007.
213
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電子時代のイコノロジー論争(下)
名和小太郎
情報管理 53(4), 214-215, doi: 10.1241/johokanri.53.214 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.214)
20世 紀 は じ め, 論 理 実 証 主 義 の 哲 学 者 オ ッ
ト ー・ ノ イ ラ ー ト は ア イ ソ タ イ プ(I S O T Y P E) と
米国の特許法は,デザイン特許の対象を「工業製
いう絵文字のシステムを開発した。アイソタイプ
品のための新規で独創的かつ装飾的なデザイン」と
とは “International System of Typographic Picture
定義している。具体的には,それは,工業製品に応
Education” の頭文字をとったものである。彼は2,000
用された装飾,印,印刷,絵のためのデザイン――
の記号を含む『視覚辞典』と,それを組み合わせる
つまり表面装飾――であるか,工業製品の形状,形
視覚文法を提案した。その発想は20世紀後半に身体
態のためのデザインでなければならなかった。
障害者用設備や禁煙のシンボル・サインとして具体
化されている。
アイソタイプの発想をコンピューターに取り込ん
アイコンはこの定義に入るのか。PTOはすでに別の
訴訟で,アイコンは外部装飾であるという判断を示
していた。そこで何が問題視されていたのか。
だのがゼロックスであった。それは1981年に発表さ
第1の論点。出願図面の上にアイコンをどう表現す
れたワークステーションのスターに「アイコン」と
べきなのか。この点については,出願者はP Cを点線
して採用された。ロシア正教の聖なるイメージであ
で表示し,その上にアイコンを実線で表示せよと求
るイコンにあやかったわけだ(ついでにいうと,ゼ
められていた。アイコンのみを出願図面に記載した
ロックスという回文めいた商号自体はコダックを意
ものは「単なる絵」であるとみなされ,拒絶されて
識したものであった)。
いた。
アイコンはパソコン画面上でのいわば案内標識で
第2の論点。アイコンは「何」の外部装飾になるの
ある。ユーザーにとってみれば,慣れるという点で,
か。その「何」かは,ここではP Cという工業製品で
どの会社のアイコンであっても共通であることが望
あるが,そのPCはハードウェアを指すのかソフトウェ
ましい。先例として,キーボードのQ W E R T Y配列が
アを指すのか。ソフトウェアであるとすれば,それ
あった(『情報管理』47巻12号「QWERTY配列」参照)
。
は出願図面に形あるものとして表示できず,そうで
1988年にゼロックスは22種のアイコンをデザイ
あれば第1の論点を満たさない。
ン特許――日本の意匠登録に相当――として出願し
第3の論点。アイコンは装飾か。装飾であれば,つ
た。この出願についてゼロックスと米国特許商標庁
ねに表示されているはずである。だが,アイコンは
(PTO)とのあいだで,応酬が繰り返された(『情報管
電源を切ってしまえば消える。あるいは,ソフトウェ
理』49巻5号「アイコンは何に対するデザインか」
。
行きがかり上,以下の記述はこの記事と重なるが,
お許しいただきたい)。
214
* *
アを変えてしまえば消える。
第4の論点。装飾であれば,それは当の製品の売
上増に寄与するはずである。壁紙や包装紙や便せん
情報論議 根掘り葉掘り ●電子時代のイコノロジー論争(下)
のデザインはその紙製品の機能を向上させる。だが,
アイコンが当のソフトウェアの売上増をもたらすこ
とはあるのか。
第5の論点。それは外部装飾ではないだろう。ちょ
うどスクリーンという工業製品に投影されたディズ
デザイン特許の対象になっている。
実は,この出願は2004年であり,したがって2004
年時点のデザインである。その後,デザインには変
更が加えられている。それをいまさらなんで,とい
う当惑が,グーグル・ウォッチャに生じている。
ニー映画に登場するバンビのようなものだ。バンビ
出願の経緯をたどってみると,P T Oは2006年に検
をスクリーンの装飾とは言わない。それは「単なる絵」
索結果の画面にすでにデザイン特許を与えており,
にすぎない。
この372特許のみが後回しにされたという経緯があ
1992年,審判官はゼロックスの主張を最終的に拒
絶した。ゼロックスの出願用の明細書を見る限り,
アイコンが絵画や映画の画面と区別できるという主
張を認めることはできなかったから。
この審査結果の中に面白い議論があった。ミケラ
る。憶測の域を出ないが,これはデザインが単純す
ぎるためではなかったか。
そもそもグーグルの画面にはミニマリストの発想
がある。そのデザインは単純明快である。28語ルー
ルというものもあるらしい。このためか,2008年,
ンジェロやラファエロはカンバスの上に彼らの作品
プライバシー保護団体がグーグルに対し,ホームペー
を描いた。もし,彼らが今日生きていたら,コンピュー
ジにプライバシー・ポリシーを明示せよ,そうしな
ター画面にプログラムを使って作品を作るはずであ
いとカリフォルニア州オンライン・プライバシー保
る。これを見て,誰もミケランジェロやラファエロ
護法侵害になる,と求めたとき,苦肉の策をとった。
が工業製品たるディスプレイを装飾したとは言わな
それまであった著作権表示の “©2008 G o o g l e” を
いだろう。絵画にしても,映画にしても著作権の対
“©2008 Privacy” へと変えたのである。
象であり,デザイン特許を付与することはできない。
アイコンについても同様である。
372特許の中身は,中央にある横広の検索ボックス
とその下にある,2つのボタンにすぎない。とすれば,
PTOはゼロックスのアイコンは拒絶したが,アイコ
その単純さによって,競合システム――例えばヤフー
ンに対するデザイン特許の適格性を否定したわけで
――に大きい圧力を及ぼすはずである。これが狙い
はなかった。その後,PTOはアイコンをデザイン特許
か,という観測もある。
とする審査基準を示した。ただし,この課題が話題
になることはなかった。
* *
グーグルはこの画面に同時に著作権も商標権も主
張している。ところがブック・サーチをみれば著作
権と真っ向から衝突している。だから著作権につい
ところが,2009年,P T Oはグーグルのホームペー
て強腰になれない。またアドセンスをみれば,そこ
ジの画面表示にデザイン特許を与えた。タイトルは
でユーザーが商標の優越を競うことを許している。
「通信用端末の表示スクリーン用グラフィカル・ユー
だから商標について強面になれない。とすれば,頼
ザー・インターフェース」,番号は「D599,372」(以下,
372特許)である。
りにできるのはデザイン特許か。こんな推測もある。
2010年,P T Oはアップルのスマートフォンの画面
いうまでもないが,その画面は,上部に “Google”
表示にデザイン特許を認めた。アップルはユーザー
のロゴ,中央にサーチ・ボックス,その下に “Google
の囲い込みを戦略とする企業である。こちらの意図
Search” と “I'm Feeling Lucky” というボタンが付い
はよくわかる。
たものである。このサーチ・ボックスとボタンとが
215
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JOHO KANRI
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July
茂 出 木 理 子 (東京大学教養学部等事務部図書課)
絵本に学ぶわかりやすいメッセージの伝え方
情報管理 53(4), 216-218, doi: 10.1241/johokanri.53.216 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.216)
ここ数年,大学図書館の研修会などでお話しさせ
ていただく機会や,報告論文を書かせていただく機
会を何度かいただいています。そういうときに自分
なりに心がけていることは,「自分の言葉で語る」と
いうことと,「平易でわかりやすい言葉を使う」とい
うことです。
プレゼンに限らず,現在の私の仕事の大部分は,
誰かに何かを伝えること,そして,きちんと理解し
http://www.iwasakishoten.co.jp/products/4-265-06817-0.html
てもらうことにつきます。そういう意味でも,複雑
に入り組んだ状況や課題をいかにわかりやすく,前
ストーリーはとても単純です。ある日,町の図書
向きに表現できるかということが,ここ数年のマイ
館に1頭のライオンが入ってきます。ライオンは館内
テーマにもなっています。
を静かに歩き回ったあげく,絵本の部屋で気持ち良
今回ご紹介する3冊の本はどれも研修会等のプレゼ
く寝てしまいます。どうも図書館の雰囲気が大好き
ンで使わせていただいたもので,子ども向けの絵本
なようなのです。特に子どもたち向けのお話の時間
です。しかし,子ども向けだからといって内容が薄
が気に入った様子です。この様子を見て,図書館長
いわけではなく,その行間の端々で職業人として必
のメリウェザーさん(図書館長が当たり前に女性で
要な「気づき」や「視線」を与えてくれた本ばかり
あることが米国の本らしさですね)は,ライオンに
です。表現がシンプルな分,ストレートに心に響く,
こう言い聞かせます。
「図書館の中では静かにすると
そういう要素がこれらの本の中には散りばめられて
約束するなら,明日も来てもいい」と。ライオンは
います。
それから毎日のように図書館に来ます。さらに,お
話の時間までの間,図書館内のいろいろなお仕事の
『としょかんライオン』ミシェル・ヌードセン作;
ケビン・ホークス絵;福本友美子訳
岩崎書店,2007年,1,680円(税込)
お手伝いまでしてくれます。私が特に気に入ったの
は「シッポで棚のほこりを払う」というシーンです。
「猫の手も借りたい」という表現もありますが,この
本から得た教訓のひとつは,使えるものは何でも使
最初の数ページを読むだけで,作者のミシェル・
びいき
216
えばいいのだということ,そして,お手伝いをして
ヌードセンが相当な図書館贔 屓であることがまず感
くれる方に気持ち良く仕事していただくには,それ
じられ,図書館職員としてとっつきやすい本です。
なりの気遣いの仕方,ノウハウがあるということで
この本!おすすめします ●絵本に学ぶわかりやすいメッセージの伝え方
す。さて,いよいよ本の後半では,ライオンが「図書
いからできない」
「うちは小規模だから…」
「前例が
館内では静かにする」という約束を守れなかった事
ないし…」等々の言い訳にうんざりしていたという
件が発生します。そして,「約束や規則より大切なこ
ことでもあります。お金がないならないなりに,人
とがある」というのがこの本の締めくくりで語られ
手が少ないからこそみんなでアイデアを出し合って,
ます。
そういう知恵と機知に富んだ仕事ができる環境こそ
私が,この本をプレゼンで紹介したときは,「何の
面白いということをどうしても伝えたかったのです。
ための制約で何のための規則か,そういうことを現
そういうテーマをお話しするのに加古里子さんの
場のスタッフが問い返さず,とにかく決まったこと
名作『だるまちゃんとてんぐちゃん』はぴったりの
かたく
だからで変えようとしない頑 なさが,大学図書館の
本でした。長い鼻とかうちわとか,てんぐちゃんの
枠を狭めてしまっていないか」ということを問いか
持っているものを何でも欲しがるだるまちゃんの物
けました。少し強引なこじつけだったかもしれませ
語としてこの話を理解すると「ないものねだり」の
ん。しかし,図書館の規則より大事なことは当たり
ネガティブさが際立ってしまうでしょう。そうでは
前のようにたくさんあるはずで,図書館の規則を律
なく,そのままずばりのものが見つからなくても,
儀に守り通すことだけがわれわれの仕事ではないと
身近なものを工夫して満足できるだるまちゃんと,
感じています。
その工夫を素直に誉めてあげられるてんぐちゃんの
話として理解すると,毎日の仕事で(予算も人員的に
『だるまちゃんとてんぐちゃん』加古里子作・絵
福音館書店(1967年 月刊「こどものとも」発
行),840円(税込)
も厳しいことは確かですが)
「○○だからできない」と
言い訳を繰り返していることが悲しくなってきます。
また,この本の中では,だるまちゃんとてんぐちゃ
んは,対等の友達として描かれていますが,これを
上司と部下との関係,先輩と後輩との関係に当ては
めてみれば,お互いにどう接し,どうフォローし,
どう刺激し合える存在になればいいのかそういうこ
とまで読み取れるように思います。そんな意味も含
めて,私のこの本への思いは,
「めげずに工夫を凝ら
すだるまちゃんも偉いが,すぐに言葉にして誉めて
あげられるてんぐちゃんはもっと偉い。さらに常に
http://www.fukuinkan.co.jp/bookdetail.php?isbn=4-8340-0124-5
だるまちゃんが憧れるものを持っているてんぐちゃ
んは只者ではない」ということです。どれだけ後輩の
この本をプレゼンで使おうと思ったのは,ちょう
スタッフが優秀であろうとも,先輩として憧れられる
ど同時期にブリコラージュ(Bricolage)という言葉に
もののひとつやふたつは持ち続けていたいものです。
はまっていたせいかもしれません。ブリコラージュは
使われている業界によっていろいろな意味で語られて
『ごきげんなすてご』いとうひろし作
いるようですが,私が着目したのは,
「すでにあるも
徳間書店,1995年,1,365円(税込)
のやその場で手に入るものを組み合わせて試行錯誤
しながら,何か新しいものを生み出す手法」という
昨年(2009年)の「図書館総合展」のフォーラム
意味としてです。これは,言い換えれば「予算がな
でパネラーを務めたとき,この本のキャッチフレー
217
情報管理
JOHO KANRI
2010
vol.53 no.4
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
July
田島弓子著『プレイングマネジャーの教科書』
(ダイ
ヤモンド社,2010年)
,ジョン・P・コッター著,梅
津祐良訳『企業変革力』
(日経B P社,2002年)
,加藤
鉱,
山本哲士著『ホスピタリティの正体』
(ビジネス社,
2009年)などがあります。どの本も言われてみたら
その通りだと納得できることを,すっと理解できる
文章で語ってくれています。
私も日常業務では,なるべく賢そうに見せたいと
いう欲が働き,ついつい堅苦しい言葉を使ってしま
http://www.tokuma.jp/
うことがあります。しかし,メッセージというのは
相手にストレートに届いてこそ意味を持ちます。ど
ズ「あたしをひろうとおとくです」を使わせていた
んな内容を伝えるのであれ,相手に伝わる表現こそ
だきました。
が大切だということを,改めて心に留めたいと思い,
主人公の女の子は,両親が生まれたばかりの弟だ
今回はこの3冊を紹介させていただきました。
けをかわいがることに憤慨し,もっといいおうちにも
なお,本誌では,常体(である調)での寄稿が原
らわれようと,自ら捨て子になります。捨て子になる
則ですが,今回は内容に合わせて敬体(ですます調)
にあたっては,少しでも良い条件のもらい手が見つ
で書かせていただきたいという私のわがままをお許
かるようにいろいろと作戦を練ります。しかし,なか
しいただきました。編集事務局のご配慮にお礼申し
なか念願通りのお金持ちのもらい手は現れません。
上げます。
そこで,主人公はこう言います。
「座っているだけっ
てのも芸がないわ。時代遅れの捨て子と思われるの
もなんだかしゃくにさわる。もっと元気に宣伝したほ
うが拾いやすいのかもしれないわ!」そして,早速そ
の工夫を実行に移します。
この本を読むと,主人公の明るい前向きさ,そして,
何よりも彼女のユニークな言動に楽しまされます。
さらにどういう状況でもユーモアを持って自己を語
れる目線の面白さに気づかされます。多くのビジネ
ス書では,自分(たち)の強み,弱みを客観的に把
握すること,そして,自己の強みをアピールするこ
との重要性が述べられています。主人公のはっとさ
せられる言動は,まさにこの基本に沿うものだと思
います。
そのほか,最近読んでわかりやすくて,面白いと
思った本は,エドガー・H・シャイン著,金井真弓訳『人
を助けるとはどういうことか』(英治出版,2009年)
,
218
執筆者略歴
茂出木 理子(もでき りこ)
1985年東京大学理学部植物学教室図書室採用。その
後,東京大学総合図書館,学術情報センター目録情報課,
同研修課,東京大学情報基盤センター学術情報リテラ
シー係,国立情報学研究所コンテンツ課に勤務。
2006年からお茶の水女子大学図書・情報チームリー
ダ ー と し て ラ ー ニ ン グ・ コ モ ン ズ, キ ャ リ ア カ フ ェ,
LiSAプログラム,公式ブログ開設などさまざまな新しい
試みをスタート。この間の執筆論文,講演記録は,お茶
の 水 女 子 大 学 機 関 リ ポ ジ ト リTeaPotで 公 開 中(http://
teapot.lib.ocha.ac.jp/)。2010年4月から現職。
図書紹介 ●Newbook
図解PubMedの使い方
インターネットで医学文献を探す 改訂第4版
岩下愛,山下ユミ●著
日本医学図書館協会
2010年
A4判
105p.
2,000円(税込)
ISBN 978-4-931222-15-1
情報管理 53(4), 219-219, doi: 10.1241/johokanri.53.219 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.219)
アメリカ国立医学図書館(N a t i o n a l L i b r a r y o f
一方,PubMed周辺の情報源については,個別の項
Medicine: NLM)が提供する医学文献のデータベース
目に分けての解説は減っている。PubMedもその一部
P ub M e dの使い方を解説した本書は,すでに3版を重
であるEntrez(NLMが提供している分子生物学の総合
ねている。検索語入力から印刷までのPubMedの基本
的なデータベース)を構成しているデータベースの
的な利用法や,検索結果の絞り込みなど検索上のテ
うち,無料で閲覧できる電子ジャーナルのアーカイ
クニック,MeSH(PubMed検索に利用できるシソー
ブであるPubMed Central(PMC)やNLMのオンライ
ラス)についての解説といった構成はほぼこれまで
ン目録,臨床試験についての項目は残ったが,タン
のままだが,最新版である改訂第4版は,2009年10月
パク質やゲノムのデータベースについての項目はな
に大幅に変更されたPubMedの新インターフェースへ
くなった。
対応した内容となっているほか,第3版にはなかった
1章が追加されている。
「PubMedのカスタマイズ My NCBI/LinkOut」と
題された追加された章では,個人や図書館がそれぞ
全体として,追加された章のタイトルが表してい
るように,PubMedという素材を個人や図書館がより
便利なようにカスタマイズするという側面の比重が
大きくなってきているといえるだろう。
れの状況に合わせてより利用しやすいよう,PubMed
P u b M e dは,医学生命科学分野の文献検索のため
をカスタマイズする方法が解説されている。My NCBI
の基本的なデータベースというだけにとどまらなく
では検索式の保存や表示方法などを個人で設定でき,
なってきている。さまざまな情報へのリンク,ダウ
LinkOutでは図書館がPubMedの検索結果を自館の契
ンロードしたデータを利用したパーソナルなデータ
約電子ジャーナルや冊子の所蔵資料にリンクさせる
ベース作りなど,研究のための情報環境のハブ的な
ことができる。第3版でも触れられていた内容ではあ
存在となりつつある。またインターネットを通して
るが,画面イメージを多数使って,よりわかりやすく,
誰もが無料で利用できるデータベースであるため,
詳細に解説されている。
利用者や利用環境は多岐にわたる。
特にLinkOutについては,実際に設定を行う図書館
このように変化し続ける状況において,改訂を重
員などの担当者が,本書を参照しながら作業が進め
ねる本書は,情報資源管理やレファレンスの担当者
られるようになっている。さらにOutside Toolという,
にとって業務の手助けになるのみならず,情報の専
リンクリゾルバと連携できるサービスの利用方法に
門職ではない利用者にも薦めることのできる1冊と
ついてのコラムも追加されている。
なっている。さらに発行後のPubMedの変更点などの
他の章でも,検索結果の保存方法やメール送信,
補足情報が,日本医学図書館協会のW e bサイト内に
文献管理ソフトへの取り込み方法についての記述が
掲載されるということなので,本書の利用の際には
加筆され,Q&Aには「検索結果をRSSフィードで受け
こちらも参照されるとよいのではないだろうか。
取りたい」という新しい質問が追加されている。
(東京慈恵会医科大学
学術情報センター図書館 武山由紀)
219
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JOHO KANRI
2010
vol.53 no.4
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
July
G -TeC報告書 08-CR-01【サービスサイエンス】(抜粋転載)
独立行政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター
平成21年1月発行,入手先<http://crds.jst.go.jp/output/pdf/08cr01.pdf>
情報管理 53(4), 220-226, doi: 10.1241/johokanri.53.220 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.220)
1. 目的及び方法
のポジションを確認し,今後取るべき戦略の立案に
貢献することをミッションとする。
2008年6月5日に「研究開発力強化法」が成立し,
その中で「社会科学又は経営管理手法への自然科学
の応用に関する研究開発の推進の在り方について,
調査研究を行い,その結果を研究開発システム及び
国の資金により行われる研究開発等の推進の在り方
に反映させる」ことが明記された。
これまであまり取り組まれていなかった「社会科
・海外におけるサービスサイエンスに関わる「政
策や資金」の動向分析
・海外におけるサービスサイエンスに関わる「機
関や人材」の動向分析
・上記に基づくサービスサイエンスの「科学技術
領域としての重要度」の検討
学や経営管理等への自然科学の応用」が,イノベー
その上で,上記目的に対応し,調査分析の方法と
ションの促進に大きく寄与するとの考えに基づく。
して,G-TeCの基本調査フロー(図1)の中から「ウェ
我が国のG D P及び労働人口の約7割を占める「サービ
ブ,文献,各種データベースの公開データ等を情報
ス業」が具体的対象であり,基盤となる学問として,
源とする “基礎調査”」と「注目機関等との現地会合
科学技術白書(平成20年版)に掲げられた「サービ
を通じ実態把握を行う “海外検証”」の2つのフェーズ
スサイエンス」の確立が求められている。サービス
を採用した。
に「数学などの自然科学系学問」を応用することで
また,政策,資金,機関,人材の動きを出来る限
効率化や高度化を図る,さらには新たなサービスの
り広範に把握するため,より広義の概念である「サー
創出につなげることが期待されている。
ビスのイノベーション」に関する様々な動きを抽出
そのために,「海外におけるサービスサイエンスの
研究開発動向」を十分に分析し,得られた結果を,
我が国の研究開発システムや研究資金の在り方に反
映させていくことが必要になっている。
上記背景に基づく文部科学省の要請を受け,「サー
ビスサイエンス」をテーマとする「G - Te C(G l o b a l
Technology Comparison)」を行った。
G-TeCは,重要な科学技術領域や研究システムに焦
点を当て,海外の状況を調査分析することで,日本
220
最初に,G-TeCの目的を次のように定めた。
した上で,これらの中からサービスサイエンスとの
関わりを持つ事象を絞り込む手法を取った。
各フェーズで実施した調査概要をまとめると,次
のようになる。
a)フェーズⅠ;基礎調査
・調査対象は,米国,E U,英国,ドイツ,フラン
ス,フィンランド,中国,韓国,インド,イス
ラエルの10 ヶ国・地域。
・ウェブ,文献,各種データベースの公開データ
レポート紹介 ●Recent report
図1 G-TeC(Global Technology Comparison)の基本調査フロー
等を情報源として使用。
4. 調査結果の総括
・サ ー ビ ス サ イ エ ン ス に 関 わ る「 政 策・ 資 金 」
や「機関・人材」の動向などを分析。
b)フェーズⅡ;海外検証
「研究開発力強化法(2008年6月成立)
」や「科学技
術白書(平成20年版)
」などに見られる政策的関心の
・調査対象は,米国,英国の2 ヶ国。
高まりを受け,
「サービスサイエンス」をテーマとす
・海外機関との現地会合を通じ入手した個別デー
る「G-TeC(Global Technology Comparison)
」を行っ
タ等を情報源として使用。
・サービスサイエンスに関わる「注目機関」の動
向などを詳細に分析。
得られた結果を,以下にまとめる。
た。
基本調査フローの中から「基礎調査」と「海外検
証」の2つのフェーズを選び,これらを通じ,欧米な
ど10 ヶ国・地域における「政策・資金」及び「機関・
人材」の動向を分析した。その上で,
「サービスサイ
(*「2. フェーズⅠ;基礎調査」および「3. フェーズⅡ;
海外検証」は略)
エンスの科学技術領域としての重要度」について考
察した。
サービスサイエンスへの「日本のポジションと今
221
情報管理
JOHO KANRI
2010
vol.53 no.4
Journal of Information Processing and Management
後の戦略」を検討するための基盤として,G-TeCによ
with Services, BMBFファンディングプログラム」
り把握した結果をまとめると,以下のようになる。
として,
「サービスのイノベーション」を目的と
1)各国・地域において,「サービスのイノベーショ
ン」に対する政策的支援を強化する動きが拡がっ
ている。具体的には,
「サービスの効率化・高度化」
する研究に5年間で約7,000万ユーロの資金を充
当する計画を策定している。
10)この中で,イノベーションを実現するための
や「新たなサービスの創出」を図るための方策
自然科学系学問領域として,
「サービスエンジニ
が検討,推進されている。
アリング」
「情報通信」
「オートメーション」な
2)こうした動きの中で,「数学などの自然科学系
どを掲げている。
学問」を応用し「サービスの効率化・高度化」や「新
11)フィンランドでは,フィンランド技術庁が
たなサービスの創出」を実現していく取り組み
「Innovative ServiceTechnologyプログラム」とし
への関心が高まりを見せている。
3)上記を受けて,「数学などの自然科学系学問を
応用することで,サービスのイノベーションを
て,
「サービスのイノベーション」を目的とする
研究に対し,5年間で約5,000万ユーロの規模を
想定した資金投入を行っている。
促進するための科学技術」を総称し,「サービス
12)ただし,上記プロジェクトの中に「サービス
サイエンス」という言葉を用いるケースが増加
のイノベーションを実現するために,自然科学
してきた。
系学問を応用する取り組み」が実際に含まれる
4)ただし,現時点では「サービスサイエンスの科
学技術としての定義」は固まっておらず,ケー
ス毎に多様な解釈が存在している。
か否かについては,ウェブ等の公開情報に基づ
く調査の範囲では確認することができない。
13)以上から,
「数学などの自然科学系学問」を応
5)欧米では,サービスのイノベーションを促進し
用し「サービスの効率化・高度化」などを促進
ていく方策として,「研究機関の設立」「研究資
していく「サービスサイエンス」への実際のファ
金の拡充」及び「人材育成の強化」が検討,推
ンディング事例は,現時点では,米国科学財団
進されている。
によるS E Sプログラムに絞り込まれることが分か
6)加えて,中国,インド等の新興国などでも,サー
ビスサイエンスに関する研究や教育に取り組む
動きが始まっている。
る。
14)米国では,全米科学アカデミーや全米技術ア
カデミーが中心となり,
「工学的手法を用いるこ
7)国・地域別の動きを整理すると,米国では,米
とで,サービスのイノベーションを促進してい
国科学財団が,数学などの自然科学系学問を応
く取り組み」が,1990年以前から議論,検討さ
用 す る こ と で サ ー ビ ス の 質・ 効 率 向 上 を 図 る
れてきた。
「サービスサイエンス」へのファンディングを実
際に行っており,特に注目される。
15)こうした流れの中で,米国科学財団が2000年
にS E Sプログラムを立ち上げ,本プログラムを通
8)
「Service Enterprise Systems(SES)プログラム」
じ,数学などの自然科学系学問を応用すること
として年間約440万ドル〜570万ドルの資金を提
でサービスの質・効率向上を図る「サービスサ
供しており,
「流通・販売」
「医療」
「防災・安全」
「金
イエンス」へのファンディングを行っている。
融」
「交通」
「環境」などの分野を対象としたサー
16)サービスの質や効率を向上する方策を導き出
ビスサイエンスの研究を支援している。
9)
ドイツでは,
ドイツ連邦教育研究省が
「Innovation
222
http://johokanri.jp/
July
すには,
「現行のサービスシステムを如何に正確
にモデリングするか」が重要となる。このため,
レポート紹介 ●Recent report
S E Sプログラムでは「サービスのモデリング」を
進めており,その際の討議テーマとして「認知
目的とし,「サービスに,自然科学系学問である
工学のための文理融合」を想定している。
“オペレーションズ・リサーチ” を適用する研究」
が重点的に行われてきた。
23) 以 上 か ら,S E Sプ ロ グ ラ ム で は,
「研究課題
の抽出」や「研究チームの組成」に向け,プロ
17)SESプログラムは基礎研究を対象とした枠組み
グラムディレクターが大学などの研究コミュニ
であるが,「サービス現場の “実データ” を研究
ティーへの働きかけを主導していることが見て
に用いる」ことが重視されている。実データを
取れる。また,
「研究課題や研究領域を設定する
用いることで「構築したモデルの “現実性” や “適
仕組み」として,ワークショップを活用してい
用性” が高まる」ことが理由であり,採択された
ることが分かる。
多くのプロジェクトで実データが使用されてい
る。
18)実データを入手するために,プロジェクトの
24)サービスサイエンスに関わる「機関・人材」は,
現時点では,米国及び英国に多く見られる。こ
の内,米国では,前述のS E Sプログラムに加え,
プリンシパルインベスティゲーターが企業など
2007年の米国競争力法(The America COMPETES
と交渉し,データ提供の条件を詰める。このため,
A C T)において,
「科学技術政策局が連邦政府に
プリンシパルインベスティゲーターは,早くか
よるサービスサイエンスへの支援策を検討し,
ら産業界などとのネットワーク作りに注力する
議会報告を行う」ことが示された。調査予算が
必要がある。
確保できず検討は進んでいないが,今後の報告
19)以上から,米国科学財団のケースでは,SESプ
が計画されている。
ログラムを通じ「サービスサイエンスの基礎研
25)一方,英国は,サービスサイエンスに対しど
究」に対する支援が行われており,その際に「基
のような支援を行うべきかを模索している段階
礎研究として得られる成果の “現実性” や “適用
にある。サービスへの政策的関心の高まりを受
性” を高める」ことが重視されていることが見て
け,政府や大学による様々な動きが生まれてい
取れる。
る。
20)また,今後の展開として,SESプログラムの重
26) 例 え ば, 英 国 工 学・ 物 理 科 学 会 議 は, サ ー
点を「個々のケースを対象としたサービスのモ
ビスサイエンスの研究者ネットワークである
デリング」から,より普遍性の高い「サービス
の質や効率を向上する基本原理」に移そうとす
る動きが認められる。
「SSMEnetUK」への資金提供を行っている。
27)また,英国王立協会が,
「サービスイノベーショ
ンにおいて科学,技術,工学,数学が果たす役割」
21)そのための研究課題として,
「サービスの評価」
について,学術界や産業界を対象とするアンケー
や「人間行動のモデル化」が挙げられている。
ト調査を実施した。得られた回答を分析した上
これらの課題に取り組むには「自然科学系」と「人
で,2009年中には提言が発表される計画となっ
文・社会科学系」の連携が必要になるため,
「文
ている。
理融合」を促進する働きかけを開始している。
22)具体的には,SESプログラムのプログラムディ
対象とした10 ヶ国・地域について,
「基礎調査」及
レクターが全米の大学に直接出向き,「文理融合
び「海外検証」で得られた結果を総括し,一覧表の
チームの組成」を働きかけている。より大きな
形でまとめて示した。
仕掛けとして「国際ワークショップ」の準備も
223
情報管理
JOHO KANRI
2010
vol.53 no.4
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
July
表1 各国・地域におけるサービス分野のイノベーションに関連する動向
国・地域
米国
サービス分野のイノベーションに関連する動向
政策・資金
機関・人材
・全米科学アカデミーや全米技術アカデミーが中心とな
り,1990年以前から,工学的手法を用いサービスの革新
を図る「サービスサイエンス的取り組み」について検討。
・米国科学財団が2000年に「Service Enterprise Systems
(S E S)プログラム」を立ち上げ,数学などの自然科学系
学問を応用することでサービスの質・効率の向上を図る
「サービスサイエンス」に関する検討を推進。
・S E Sプログラムとして,サービスサイエンスに関する研
究に年間約500万ドルの資金を投入。
・2000年〜2007年までに137件の研究プロジェクトを採
択。「公共性の高いサービス業務」や「労働集約型のサー
ビス業務(例えば,コールセンター)」の効率化・高度
化などをテーマとする研究を実施。
・IBMが「米国内の8大学,12名の研究者」に対し,サービ
スサイエンスに関する研究や教育を目的とした奨励金を
提供。
・米国科学財団のSESプログラムに採択された137件のプロ
ジェクトの推進機関・人材が,サービスサイエンスの研
究を展開。
・採択プロジェクト数の多い大学は,「ジョージア工科大
学」「ノースウェスタン大学」「コーネル大学」「コロン
ビア大学」
「ピッツバーグ大学」
「カリフォルニア大学バー
クレー校」
「バージニア工科大学」
「フロリダ大学」など。
・ジョージア工科大学では米国科学財団のS E Sプログラム
として,「カスタマー・コンタクトセンターにおけるサー
ビスシステムのモデリング」などをテーマとする研究が
・対象サービス別に区分すると,「流通・販売」「医療」「防
進行中。
災・安全」分野の研究が,資金全体の約6割を占める。 ・
「カスタマー・コンタクトセンターにおけるサービスシ
・S E Sプログラムでは,サービスのモデリングを目的とし, ステムのモデリング」には,「他の研究者から提供を受
「サービスにオペレーションズ・リサーチを適用する研
けた “実データ”」を使用。
究」を重点的に推進。
・ジョージア工科大学などが,サービスサイエンスの新た
・S E Sプログラムでは構築するモデルの現実性や適用性を
な適用対象として「人道分野」の研究に注目。
高めるため,
「サービス現場の"実データ"を研究に用いる」 ・コーネル大学では米国科学財団のS E Sプログラムとして,
ことを重視。
「緊急サービスを対象としたモデリング」や「航空業,ホ
・米国競争力法(2007年)において「科学技術政策局が連
テル業における経営資源の有効活用」などをテーマとす
邦政府によるサービスサイエンスへの支援策を検討し, る研究が進行中。
議会報告を行う」ことが規定されたが,調査予算が確保 ・
「緊急サービスを対象としたモデリング」には,
「サービ
できないため,1年を経過した段階でも未検討の状況。
ス現場から提供を受けた"実データ"」を使用。
・上記検討の遅延を受け,I B Mが主導する産学22機関より ・メリーランド大学はサービスサイエンスの研究対象とし
成るグループが,サービスサイエンスへの政策的支援の
て,「サービスの質や効率の向上」よりも「新サービス
強化を求める書面を,科学技術政策局長官に提出。
創出などによるサービスの価値の拡大」を重視。
・
「サービスの価値の拡大」に取り組む場合は,マーケティ
ングや心理学などの人文・社会科学系の研究者の参画が
必要。このため,「文理融合」が必須になるとの認識。
英国
224
・イノベーション・大学・技能省がまとめた「イノベーショ ・サービスサイエンス的研究は主として産業界が取り組ん
ン国家白書(2008年)」の方針として,「サービス分野に
できたが,
最近になり大学が研究に取り組む動きが拡大。
おけるイノベーションの促進強化」を提示。
・サービスへの政策的関心の高まりを受け,英国工学・物
・具 体 的 方 策 と し て,「 イ ノ ベ ー シ ョ ン 研 究 セ ン タ ー
理科学会議が,サービスサイエンスの研究者ネットワー
(Innovation Research Centre)」「公共サービスイノベー
クである「SSMEnetUK」へ資金を提供。
ション研究所(Public Services Innovation Laboratory)」 ・SSMEnetUKには,マンチェスター大学を中心に,欧州な
の設立などを提言。
どで活動する70名以上の研究者が参画。
・イノベーション研究センターは,ケンブリッジ大学とイ ・SSMEnetUKの活動目的の一つは,サービスサイエンスに
ンペリアルカレッジにより共同運営される見通し。研究
関する教育プログラムの創出と専門家の育成。
対象にサービス業が含まれることを提示。
・すでに複数の大学,「大学院の専門科目」などの形でカ
・ビジネス・企業・規制改革省が,英国科学・技術・芸術
リキュラム等の作成を開始。
基金と連携し,「Innovation in Servicesプロジェクト」を ・現状はまだ学生の関心が高まらず,人員確保が難しい状
推進。
況。
・プロジェクト対象として,
「小売業」
「ロジスティクス」
「建 ・I B Mがマンチェスター大学に対し,サービスサイエンス
設」「環境サービス」「インターネットコンテンツサービ
に関する研究や教育を目的とした奨励金を提供。
ス」の5つを選定。
・マンチェスター大学は,I B Mと「サービスサイエンスの
・英国内でサービスサイエンスに特化した研究ファンドを
領域拡大」を目的とする連携協定を締結。
創設する動きは,現状では見られず。
・マンチェスター大学ビジネススクールが,「C e n t e r f o r
レポート紹介 ●Recent report
・英国王立協会が,2008年に「サービスイノベーションに
Service Science」の立ち上げを推進中。
おいて科学,技術,工学,数学が果たす役割」に関する ・ケンブリッジ大学が,2007年にサービスサイエンスのシ
アンケート調査を実施。
ンポジウムを開催。
・アンケートで得られた学術界や産業界からの回答を分析
した上で,2009年中に提言を取りまとめ発表する予定。
EU
・
「Europe
INNOVA(第六次研究枠組み計画の下で,欧州 ・
「E
u r o p e I N N O V A」での提言取りまとめの専門家パネ
委員会の支援を受けて実施されたイノベーション関連専
ルとして,マンチェスター大学(英国),フラウンホー
門家のための活動)」の検討結果として,「サービスセク
ファー・システム&イノベーション研究所(ドイツ),マー
ターにおけるイノベーションの促進」を提言。
ストリヒト大学(オランダ),ストックホルム商科大学(ス
・サービスイノベーションのための「欧州全体の研究所や
ウェーデン),フィンランド技術庁(フィンランド)な
テストベッド」としての機能を備えた「欧州サービス
どが参画。
イノベーション研究所(European Institute for Service
Innovation)」の設立を提案。
・
「第六次枠組み計画」及び「第七次枠組み計画」の中で,
サービスイノベーションに関わる研究プロジェクトを推
進。「情報通信技術等を活用したサービスの質や効率の
向上」などについて研究。
ドイツ
・ドイツ連邦教育研究省がまとめた「ドイツのハイテク戦 ・フラウンホーファー・産業工学研究所が異分野の人材か
略(The High-Tech Strategy for Germany,2006年)」の
ら成るチームを結成し,「サービスプロセスの最適化」
中で,「サービスプロセスのための技術開発」への支援
などの研究を推進。
を計画。
・ドイツ連邦教育省の「Innovation with Services, BMBFファ
ンディングプログラム(2006年)」の中で,サービスの
革新を目的とした研究に5年間で約7,000万ユーロの資金
充当を計画。
・サービスにおける「マネジメントの革新」「成長分野の
開拓」「雇用機会の創出」を実現するコアテクノロジー
として,「情報通信技術」「オートメーション」「サービ
スエンジニアリング」などを想定。
フランス
・ウェブ等の公開情報に基づく調査の範囲では,特記すべ ・サービスサイエンスの基盤学問領域の一つである「数学」
き事項は無し。
を強化する動きが見られ,人材育成も活発化。
・
「テーマ別先端研究ネットワーク(RTRA)
」の推進主体と
して,「パリ数理科学財団」を設立。パリ第6大学,パリ
第7大学,エコールノルマル・シュペリウール,C N R S,
パリ第9大学などが連携し,最先端の数学研究を推進。
フィンランド
・フィンランド科学技術政策会議が国家戦略において, ・
「Innovative
Service Technologyプログラム」において,
サービス分野における「生産性と質の改善」「研究及び
ヘルシンキ技術大学が相当数のプロジェクトを推進。
イノベーションの促進」「産学連携や国際化の推進等」
に取り組むことを提言。
・フィンランド技術庁が,2006年からサービス産業の革新
を目的とした「Innovative Service Technologyプログラ
ム」を開始。5年間で約5,000万ユーロ研究資金投入を想
定。
・
「貿易」
「ロジスティクス」「不動産」「金融,保険」「産
業分野の各種サービス」「知識集約型のサービス」など
をターゲットとした研究を展開。
・2007年11月時点で,大学等のプロジェクト30件,企業の
プロジェクト91件を採択。
中国
・国家中長期科学技術発展規画(2006年)の中で,重要分 ・ハルビン工科大学が,2008年にサービスサイエンスのシ
野の一つとして「情報産業及び近代的なサービス業」を
ンポジウムを開催。
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July
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提示。
・北京大学,清華大学,上海交通大学,浙江大学,山東大学,
・
「金融」
「物流」
「教育」
「マスコミ」
「医療」
「旅行」
「行政サー
復旦大学の研究者などが参加。
ビス」などの分野を対象に,情報技術の活用によるサー ・北京大学や清華大学などが,サービスサイエンスに関わ
ビス向上を計画。
る教育活動を実施。
韓国
・第2次科学技術基本計画における重点課題として,「知識 ・ウェブ等の公開情報に基づく調査の範囲では,特記すべ
基盤サービス研究力量の確保」を提示。
き事項は無し。
・
「IT技術の応用によるサービス産業の活性化」
「コンピュー
タ技術やソフトウエア技術の高度化によるサービス産業
の強化」を提唱。
インド
・ウェブ等の公開情報に基づく調査の範囲では,特記すべ ・I B M等が,2007年バンガロールでサービスサイエンスの
き事項は無し。
シンポジウムを開催。産学官より約250名が参加。
・I B Mと連携し,インド工科大学やインド科学研究所など
がサービスサイエンスに関わる活動を実施。
イスラエル
・ ウェブ等の公開情報に基づく調査の範囲では,特記すべ ・I B Mと連携し,テルアビブ大学などがサービスサイエン
き事項は無し。
スの教育コースを開設。
(出典)各種データをもとに作成,編集
226
情報界のトピックス ●Topics of the information community
情報管理 53(4), 227-230, doi: 10.1241/johokanri.53.227 (http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.53.227)
デジタル・ゲノムを山奥で保管
2006年 にE Uの 資 金 で 始 め ら れ た プ ロ ジ ェ ク ト で,
ヨーロッパの国立図書館,アーカイブ,一流の研究
スイスの有名な山岳リゾート,グシュタード近く
大学や企業などから専門家が集結している。参加機
のアルプス山中にある,核攻撃にも耐えられる頑丈
関は,英国図書館,スイス連邦公文書館,ケルン大学,
なデータ保存施設を持つSwiss Fort Knoxに,「デジタ
IBMオランダなど16の機関である。
ル・ゲノム」のタイムカプセルが預けられた。ハード
(http://www.bl.uk/news/2010/pressrelease20100520
ウェアもソフトウェアも次々と新しいテクノロジー
a.html)(accessed 2010-06-09).
に取って代わられ,古いデジタルフォーマットはま
すますアクセス不可能になっており,E Uだけでも毎
スタンフォード大学が「ブックレス・ライブ
年少なくとも30億ユーロ(約3,300億円)のデジタル
ラリー」を準備
情報が失われていると言われる。Planets(Preservation
and Long-term Access through Networked Services)
毎 年10万 冊 の 図 書 を 購 入 し, 学 内 の ほ と ん ど の
が預けたタイムカプセルに保存されるのは,テクノ
図書館が飽和状態に近づいているという状況にある
ロジーの寿命が尽きたずっと後になって,価値のあ
スタンフォード大学が,大学図書館としては最初の
るデータを復元するための情報とツールとしての
「ブックレス・ライブラリー」創設にむけて準備を進
「データDNA」である。次のような情報が含まれる。
めている。物理学図書館と工学図書館は,2010年の
・ 危 険 に さ ら さ れ て い る5つ の フ ォ ー マ ッ ト:
後半に,小規模だが効率的な,物理学,コンピューター
JPEGs,JAVA source code,Mov files,websites
サイエンス,工学関係の電子資料を主とする一つの
using HTML,PDF documents
ライブラリーに生まれ変わる。広さは,現在の工学
・寿命を延ばすためにアーカイバルフォーマット
図書館の半分程になり,スペースは物のためではな
で保存されているこれらのファイルの各バー
く,人々のために確保され,デジタルブリテンボー
ジョン:JPEG2000,PDFA,TIFF,MPEG4
ドやグループ活動用のスペースも用意される。書棚
・2,500の追加データ:これらのファイルにアクセ
スする方法の記述に必要な遺伝暗号
はわずかしか置かず,セルフチェックアウトシステ
ムを採用する。完全に電子化されたレファレンスデ
P l a n e t sプロジェクトのコーディネーターである
スクを開発しており,館内では4台のK i n d l e 2が提供
Farquhar氏によれば,最近行われた調査では,CDや
される。オンラインジャーナルの検索ツールとして
D V Dのようなストレージのフォーマットの寿命は20
は,28のオンラインデータベースや12,000を超える
年以下で,デジタルファイルのフォーマットの寿命
科学ジャーナルなどを検索することができるxSearch
は5〜7年とさらに短く,デジタル資料の保存は急務
を採用する。科学・工学の分野,特に物理学の領域
となっている。
では資料のデジタル化が非常に進んでおり,学生の
P l a n e t sはデジタル保存の難題に取り組むために,
間には,ブックレスに対する抵抗感はないようであ
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JOHO KANRI
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る。米国の大学ではスペースの問題を抱えている図
し,市場に損害を与えている。英国図書館はこれを
書館は珍しくなく,入りきれない資料を数十マイル
さらに推し進め,出版社が法的義務として無料で提
離れた場所で保管している例がいくつもあることか
供している新聞をデジタル化しようとしている,と
ら,スタンフォード大学の「ブックレス・ライブラ
いうのが批判の論点である。しかし,M u r d o c h氏は
リー」は注目を集めている。
英国図書館に対して直ちにアクションを起こす予定
(http://www.mercurynews.com/ci_15112885?nclick_
はなく,図書館との話し合いを行っているところで
check=1)(accessed 2010-06-09).
あるとも語っている。
英国図書館が新聞4,000万ページのデジタル化
を発表
(http://www.bl.uk/news/2010/pressrelease20100519.
html)(http://www.guardian.co.uk/media/2010/
may/21/james-murdoch-attacks-british-library)
(accessed 2010-06-09).
英国図書館(British Library)は,オンライン出版
社のBrightsolidとの提携の下に,今後10年間に4,000
大学や図書館で進むiPad導入の試み
万ページの新聞をデジタル化する計画を発表した。
最初の2年間に最小限400万ページがデジタル化され
アップル社は5月28日,
「i P a d」の日本での発売を
る。対象となる新聞は過去3世紀の間に発行された地
開始した。これは従来のノートP Cとスマートフォン
方紙,地域紙,全国紙など52,000タイトルに上る。
の中間に位置する多機能携帯端末で,すでに国内の
デジタル化に際しては,特定の地理的地域,国勢調
大学,図書館などでの導入が検討されている。
査が行われた年などの特定期間,クリミア戦争やボー
1)大学の講義へのiPad導入の試み
ア戦争といった主要な出来事に焦点が当てられる。
目的は研究者のために資料の臨界質量(critical mass)
テムを開発したと発表した。情報教育推進センター
を構築することである。著作権の問題がない1900年
の田中克己教授らが開発したもので,同センター
以前の新聞のほか,著作権保護期間内の新聞につい
での情報教育科目の講義を収録・アーカイブ化し,
ても,著作権保有者の了解の下にデジタル化するこ
iPhoneやiPod touch,iPadで視聴できるようコンテン
とを模索している。デジタル化されたページは,英
ツの変換を行い,学生のモバイル機器上に表示する。
国図書館内では無料アクセスが提供されるが,それ
この科目を受講している学生に対して,このシステ
以外のアクセスは有料となる。このプロジェクトに
ムをインストールしたiPod touchの配布を開始したほ
必要なコストは今のところはっきりしていないが,1
か,学内への講義コンテンツの配信も行っている。
ページあたり1.4ドルに上るのではないか,との計算
また,i P a dでのシステム稼働も確認しており,より
もなされている。
適したシステムの開発も始めた。このシステムによっ
このデジタル化プロジェクトが発表された翌日の5
228
京都大学は6月4日,i P a dに対応した講義視聴シス
て,学生が空き時間に講義の復習ができるだけでな
月20日に,James Murdoch氏が,公共団体はより多
く,教員自身が講義を見直し改善を図ることができ,
くの利用者を獲得して資金を得ようとして,ますま
学生と教員間の対話が促されるとしている。
す営利団体のつま先を踏み潰している,と英国図書
一方,名古屋文理大学は5月14日,情報文化学部
館を激しく非難するスピーチを行った。出版社は商
情報メディア学科に来春入学する新入生全員にi P a d
業的理由のために資料を生産しているのに,公共部
を無償配布すると発表した。これまでに同学科では,
門はそれらのコンテンツをゼロに近いコストで提供
学生らがi P h o n e向けソフトの開発プロジェクトを行
情報界のトピックス ●Topics of the information community
い,開発したソフトを世界に向けて公開している。
ることを示している。
i P a dは学生と教職員のコミュニケーションツールと
また,米国の書籍産業研究グループ(Book Industry
して,さらには授業の資料配付や,授業中の情報共
Study Group)は5月27日,消費者の電子書籍利用動
有のために積極的に利用するとしている。i P a dを学
向調査の結果を発表した。これによると,全書籍の
生に無償配布する大学は国内初。
売上額に占める電子書籍のシェアは,2009年第1四半
2)図書館でのiPad活用の実証実験
期の1.5%から,2010年第1四半期には5%に増加して
全国の図書館の貸出状況が検索できるW e bサービ
いる。また,電子書籍を購入した人の33%は,過去
ス「カーリル」を提供するNota Inc. は5月19日,図書
6か月以内に初めて電子書籍を購入したとしており,
館におけるi P a dの活用方法に関する実証実験を行う
電子書籍市場の爆発的な増加を示している。
計画を発表した。これは岐阜県中津川市立図書館と
(http://www.idpf.org/doc_library/industrystats.htm)
共同で行うもので,カーリルの館内版となる新しい
(http://www.bisg.org/news-2-560-the-book-industry-
蔵書検索システムを開発し,これを搭載したi P a dを
study-group-sees-ebook-adoption-growing.php)
同市坂下公民館図書室に設置する。司書が常駐しな
(accessed 2010-06-09).
い公民館の図書室という環境でこの端末が蔵書検索
装置として有効かどうか,盗難防止対策や耐久性な
日本でも進む電子書籍への対応
どの実用面も含めて検証する。また「青空文庫」を
活用した電子読書システムの試用も行う。実証実験
日本国内でも,電子書籍の普及を見据えた制度や
の実施期間は5月28日から約3か月間。
環境整備,新しいサービスの提供などが進んでいる。
(http://www.apple.com/jp/news/2010/may/07ipad.
1)国会図書館への電子書籍の「納本」スタートへ
html)(http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/
国立国会図書館の納本制度審議会は6月7日,
「オ
news7/2010/100604_1.htm)(http://www.nagoya-
ンライン資料の収集に関する制度の在り方について」
bunri.ac.jp/cgi-bin/news/view.cgi?no=364)(http://
とする答申を発表した。これによると,従来の印刷
blog.calil.jp/2010/05/ipad28.html)(http://www.city.
体による納本と同様に,電子書籍・雑誌等(オンラ
nakatsugawa.gifu.jp/press/?p=2603)(accessed 2010-
イン資料)を収集する納本制度の整備を進め,2011
06-09).
年度中の制度開始を目指すとしている。オンライン
米国で電子書籍市場の成長が加速
資料は現行の納品制度では収集できず,アーカイブ
の必要な資料が収集できなくなる恐れがあるためで,
対象になるのは,図書,逐次刊行物相当のもので,
米国では,電子書籍リーダー機能を搭載するi P a d
ブログやツイッターなどは含まれない。有償・無償
が4月に発売されたことを受け,電子書籍の売上高が
は問わず,紙によるものがあっても収集する。オン
伸びている。
ライン資料を公開した者が国立国会図書館へ送信し,
電子書籍の標準化団体である米国の国際電子出版
蓄積されたデータは通常の図書館資料と同じように
フォーラム(International Digital Publishing Forum)
利用に供するとしている。
は6月3日,米国内での電子書籍売上統計(卸売ベース)
2)ソニーなど4社が電子書籍配信で新会社設立
を発表した。これによると,2010年第1四半期の売上
ソニー,凸版印刷,K D D I,朝日新聞社の4社は5月
は9,100万ドル(約83億円)で,前年同期の約3.5倍に
27日,電子書籍配信事業を行う新会社を共同で設立
増加しており,電子書籍の市場が急速に拡大してい
することを発表した。7月1日をめどに設立し,年内
229
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の配信サービス開始を目指す。4社が保有する技術や
ていないが,2010年秋にはi P a dにも対応予定として
ノウハウを結集して,書籍・コミック・雑誌・新聞
いる。6月4日からはi P h o n eでも読めるようになって
などを対象としたデジタルコンテンツ向けの共通配
いる。
信プラットフォームを構築し,他の企業にも参加を
(http://www.ndl.go.jp/jp/news/fy2010/1189274_
呼びかけて,オープンなプラットフォームとして運
1531.html)(http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/
営する。ソニーは5月27日,現在欧米で発売している
Press/201005/10-0527/)(http://news.sel.sony.com/
電子書籍端末「リーダー」を年内に日本国内でも発
en/press_room/consumer/computer_peripheral/
売開始することを発表しており,日本国内での電子
e_book/release/57610.html)(http://www.kodansha.
書籍配信環境の整備と,出版社などとの協力関係の
co.jp/denshiban/)(http://www.papy.co.jp/info/index.
構築により,競合メーカーに対抗しようとするもの
php?page=/release/100518.htm)(http://www.paburi.
と見られる。
com/paburi/iphone.asp)(accessed 2010-06-09).
3)iPadでの電子書籍コンテンツ配信が進む
講談社は5月20日,京極夏彦氏の新刊小説『死ねば
省庁サイトの使いやすさ1位は宮内庁
いいのに』をi P a d向けに電子書籍としても発売する
と発表した。単行本としては5月15日に発売されてお
W e bサービス企業のトライベック・ストラテジー
り,書籍を刊行とほぼ同時にデジタル化して発売す
による「W e bユーザビリティランキング2010<省庁
るのは同社としては初めての試み。単行本の価格は
サイト編>」が5月31日に発表された。同社のユーザ
1,785円だが,電子書籍としては900円(発売から2週
ビリティ診断プログラムを用いて,
「アクセス性」
「サ
間はキャンペーン価格の700円)で販売する。同社で
イト全体の明快性」
「ナビゲーションの使いやすさ」
は,実験的な意味合いを込めながら,電子書籍を読
者に体感してもらうチャンスにしたいとしている。
また,パピレスは5月18日,i P a dで6,500冊超の電
評価した。その結果,1位:宮内庁,2位:文部科学
省,3位:観光庁,4位:国税庁,5位:防衛省という
子書籍コンテンツが読めるサービスの開始を発表し
結果になった。この結果は,
同社が2009年に発表した,
た。このサービスは閲覧期間付きで電子書籍を配信
企業サイトに対する評価での100社平均に比べて12ポ
するサービス「電子貸本Renta !」。利用料は1冊105
イントのマイナスになっており,特に「トップペー
円からで,48時間閲覧できる。今後1年でコンテンツ
ジの明快性」
「ナビゲーションの使いやすさ」
「ヘルプ・
を10,000冊以上に拡充する予定。
安全性」の項目での差が顕著だとしている。
また,日本電子書籍出版社協会が運営する電子書
籍サイト「電子文庫パブリ」は現在i P a dには対応し
230
「コンテンツの適切性」
「ヘルプ・安全性」について
(http://www.tribeck.jp/release/100531_1.html)
(accessed 2010-06-09).
海外文献紹介 ●Literature guide
J S Tが収集している海外の雑 誌から, 情 報 科 学 技 術に関する興 味 深い文 献を掲 載
いたします。ここに紹 介した文 献のコピーをご希 望の場 合は、J S Tの複 写サービス
(http://pr.jst.go.jp/copy_s/copy2.html)をご利用ください。末尾に記載した
整理番号(例;06A0092400)を利用すると簡単にお申し込みいただけます。
また , 国 内 の 雑 誌 を 含 む 網 羅 的 な 文 献 の 検 索 には , J S T の 文 献 検 索 システム
JDreamⅡ
(http://pr.jst.go.jp/jdream2/)をご利用ください。無料トライアルも
お申し込みいただけます。
リポジトリと定期刊行物:両者は相容れないか?
文献レビュー
Repositories and journals: are they in conflict?
A literature review of relevant literature
査読済み論文及びブログ等でのインフォーマル
なコメントを分析した結果,出版ビジネスと機関
リポジトリとの間にビジネス上の対立があるとの
確証は得られなかった。公表された見解の多くは
主観的で,裏付けが不足していた。機関リポジト
リを取り巻く,技術的・社会的変化と管理上の変
化が状況を難しくしている。
BROWN David J. (Univ. Coll. London, London,
GBR), Aslib Proc (GBR) 2010 62 (2) 112-143,
10A0428670
科学分野での重複出版の発生と科学的影響につ
いて(1980-2007)
On the prevalence and scientific impact of
duplicate publications in different scientific fields
(1980-2007)
1980年から2007年に発行された全ての研究分野
についての論文を対象として,計量書誌学的に解
析した。異なる雑誌で標題・第1著者・引用文献数
の3項目が同一の場合に重複論文と判定した。全分
野での重複率は2,000論文に1論文であったが,自然
科学・医学では高く,人文・社会科学では低かった。
重複論文の85%以上が同年あるいは1年違いの出版
であり,二重投稿の結果と推測される。また,多
くはインパクトファクターの低い雑誌に掲載され
ていた。従って,科学的影響は小さい。
LARIVIERE Vincent; GINGRAS Yves (Univ. Quebec
a Montreal, Montreal, CAN), J Doc (GBR) 2010 66 (2)
179-190, 10A0358740
オープンアクセス学術雑誌出版に対する研究者
の態度と行動の長期的研究
A longitudinal study of scholars attitudes and
behaviors toward Open-Access journal publishing
1990年 代 初 め か ら の オ ー プ ン ア ク セ ス(O A)
ジャーナルについての研究者の態度の変化を統計
的時系列分析により調べた。O Aジャーナルの出版
率と認知度は向上したが,依然として,その雑誌
としての格は低く評価され,ピア・レビューがな
いと誤解する研究者が多かった。
XIA Jingfeng (Indiana Univ.-Indianapolis, IN, USA),
J Am Soc Inf Sci Technol (USA) 2010 61 (3) 615-624,
10A0272063
書誌データ凡例:著者名 (著者の所属機関名), 誌名 (発行国) 発行年 巻 (号) 開始ページ-終了ページ, 整理番号
*Copyright 2010 Elsevier B.V., Amsterdam. All rights reserved. Translated from English into Japanese by JST
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■W e b上では利用者の履歴を活用したレコメンド
サービスが広く浸透していますが,このようなサー
ビスを不快に感じる人も少なからずいるようです。
プライバシーに関して不安を感じる人も多いでしょ
う。
■翻って,ミニブログとも言われるツイッターの利
用者数の増加に代表されるように,ライフログを公
開する動きが盛んです。メールや一部のSNSと違い,
ツイッターには返信を強制するような文化がないた
め,ユーザー同士はゆるくつながっています。好き
につぶやき,また気が向いたつぶやきにだけ返信す
る,その手軽さが受けているのかもしれません。
■ただ,気軽に投稿した写真に記録されていたジオ
タグ(位置情報)から自宅の場所が判明してしまう
など,思わぬトラブルが発生することもあります。
また,Googleの地図サービス「ストリートビュー」
がプライバシー問題を引き起こしたことは,記憶に
新しいところです。情報技術の発展は,否が応でも
プライバシーに自覚的である必要をわれわれに促し
ているように思われます。インターネットの双方向
性がもたらす利便性とプライバシー保護とがせめぎ
あいつつ,Web上では今後も新たなサービスが生ま
れ続けることでしょう。プライバシーを担保しつつ,
快適さや利便性を享受できるサービスを適切に選択
する――個々人の情報リテラシーがますます重要に
なってくるのではないでしょうか。
■今号の巻頭には,図書館の貸出履歴を活用した新
たな試みについて紹介いただいた記事を掲載してい
ます。著者らの提案する,Web時代に図書館が担う
べき新たなサービスについてぜひご一読ください。
(T)
『情報管理』誌では,国の内外から広く投稿原稿を受け付けています。日ごろのご研鑽の成果を執筆
されて,本誌に発表されることをお待ちしております。
□次号予定
●データ圧縮による大規模情報検索の実現と関連情報マイニングへの応用
●欧州特許分類の理論と活用:国際調和に向って世界をリードする検索ツール
●シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在(4):大学図書館は学術雑誌出版に何ができるのか
情報
管理
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科学技術振興機構
vol.53 no.4 July 2010
●編集委員会
<委員長>大倉克美(科学技術振興機構)
<編集委員>
小河邦雄(大正製薬㈱)・小林良子(㈱日本能率協会総合
研究所)・清水美都子(㈶日本特許情報機構)・野坂美恵
子(東京医科大学図書館)・青山幸太・安部耕造・飯田創
治・國岡崇生・栗本達児・黒田明子・佐藤恵子・土屋江里・
深澤信之・矢口学・余頃祐介(以上科学技術振興機構)
2010年7月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥13,650(税込)
1部定価
本体 ¥1,260(税込)
編集・発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8470
E-mail: [email protected]
http://johokanri.jp/
Published monthly by Japan Science and Technology Agency, Department of Advanced Databases
P.O.Box 2, Kojimachi Tokyo 102-8666 JAPAN
・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,最寄りの情報提供部または各支所宛に現品をご返送下
さい。送料は当機構の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
・未着事故などのご連絡は発行後2か月以内にお願いします。以後は原則としてお受けできません。
© Japan Science and Technology Agency 2010 無断転載を禁ず
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