NSFのローテーション人事によるPOについて

NSF のローテーション人事による PO について1
遠藤 悟
国立科学財団(National Science Foundation: NSF)のプログラムオフィサーは、NSF 内でキャリア
を形成する者と、大学や他の政府機関との間の交流により一定の期間着任するローテーション人事によ
る者により構成されている。NSF のプログラムオフィサーは、担当するプログラム全体の運営や審査評
価手順において、他の基礎研究を支援するファンディングエージェンシーにおける同種の業務担当者に
比べ、比較的大きな裁量をもって業務に取り組んでいると言うことができる(このことは必ずしもプロ
グラムオフィサーに自由な裁量権が付与されていることを意味するものではなく、あくまでも上司の指
揮監督の下で採択課題の提案を行うことができること等を意味するものである)
。
NSF のプログラムオフィサーの多くは担当する研究分野において高い専門性を持っており、特にロー
テーション人事の者は研究者としてのキャリア形成の中で NSF に着任するため、自身の研究とも深い関
係を保ちつつ、NSF の業務にあたることになる。
本稿においては、この NSF のユニークなプログラムオフィサー制度について、1.この制度の概略、
2.2015 年 6 月 25 日の下院科学宇宙技術委員会監視小委員会・研究技術小委員会公聴会で提示された問
題、そして、3.NSF のプログラムオフィサーのキャリアについて 10 年前に在職していた者の現在まで
のキャリア展開の事例の紹介、の 3 つの点から取りまとめた。
1.NSF のローテーション人事によるプログラムオフィサー制度の概略
NSF のプログラムオフィサーについては、NSF のウェブサイト等でも様々な情報が掲載されている
が、ここでは 2015 年 6 月 25 日に開催された下院科学宇宙技術委員会監視小委員会・研究技術小委員会
公聴会「NSF はローテーション職員を適切に管理しているか(Is NSF Properly Managing its Rotating
Staff?)
」の公聴会趣旨(Hearing charter)の記載および監査総監の証言に基づきその概略を記す2 3。
NSF は、政府間人事法(Intergovernmental Personal Act: IPA)の制度により、大学や企業の科学者、
工学者、教育者を任期付で任用している。また、NSF は訪問科学者、工学者および教育者(Visiting
Scientists, Engineers, and Educators: VSEE’s)という制度も有しており、これら 2 つの制度によりロ
ーテーション職員の人事が行われている。IPA は 4 年を上限とする期間、大学等の所属機関における雇
用が継続しており、給与は NSF のプログラム資金により NSF のグラントの形態により個々の IPA の所
属機関に配分される(このため、IPA は連邦政府職員の給与・給付の上限が適用されない)。NSF は給与
に加え、IPA 逸失コンサルティング費(lost IPA consulting fee)、臨時生活費(temporary living expenses)、
個人研究開発旅費(individual research and development travel)、そして付加給付(fringe benefits)
を支出している。
「米国の科学政策」ホームページ 2016 年 3 月 27 日掲載
https://science.house.gov/sites/republicans.science.house.gov/files/documents/HHRG-114-SY2120150625-SD001.pdf
3 https://science.house.gov/sites/republicans.science.house.gov/files/documents/HHRG-114-SY21WState-ALerner-20150625.pdf
1
2
1
2.下院科学宇宙技術委員会監視小委員会・研究技術小委員会公聴会で提示された問題
2-1. 資金面の問題
2015 年 6 月 25 日の下院科学宇宙技術委員会監視小委員会・研究技術小委員会公聴会においては、ロ
ーテーション人事にかかる経費と、ローテーション人事職員の利益相反の 2 つの問題が取り上げられて
いる。経費の問題については公聴会趣旨に、2013 年の監査総監の報告書では、NSF は IPA 職員 1 人あ
たり平均で、連邦政府常勤職員の平均よりも 36,448 ドル高額の経費を負担しており、また、IPA 関連の
経費は、2013 年に合計 670 万ドル以上となっていると記載されている4。
この経費の問題につて公聴会では、NSF 監査総監が証言を行い、具体的な経費支出について説明を行
っている。2012 年 8 月時点で、NSF の全職員の約 12%、プログラムディレクター職の 31%、役員職の
17%が IPA で、その総数は 190 人で、2004 年の 126 人に比べ 64 人増加している。IPA の者を雇用する
ことによる、連邦政府常勤職員を雇用した場合に比べた追加的経費の 670 万ドルの内訳については、IPA
に退出追加的な給与(salary)として 300 万ドル、付加給付(fringe benefits)として 80 万ドル等であ
るとしたうえで、付加給付については、大学等の所属機関の付加給付が機関毎に異なることから NSF が
把握できていない点を指摘している。また、IPA 逸失コンサルティング費(lost IPA consulting fee)は、
NSF 在職中に中断するコンサルティング活動に関連した収入の逸失分として年間 1 万ドルを上限として
支給することや、臨時生活費(temporary living expenses)として移転に関連する経費を支給している
ことを報告している。
なお、証言においては、NSF による IPA に関連する経費削減の取り組みについても報告されている。
また、独立研究開発旅費プログラム(Independent Research/Development Travel Program)につい
ても報告されている。このプログラムは任期付の者と任期のない常勤職双方を対象としたプログラムで、
NSF に勤務しつつ、専門的な競争性を維持し、研究活動を継続させるために設けられており、NSF の職
務として認知されている。
このプログラムの利用者は監査時点において 250 日の勤務日のうち 50 日
(20%)
を上限としてこの関連の活動を行えるものであるが、証言においては、この活動について NSF が十分に
モニターを行っていない点を指摘している。
2-2. 利益相反の問題
2015 年 6 月 25 日の下院科学宇宙技術委員会監視小委員会・研究技術小委員会公聴会において監査総
監は利益相反の問題についても証言している。この証言は 2015 年 6 月に監査総監から NSF 長官に提出
された「ローテーターの利益相反に関する管理の強化の機会(Opportunities to Strengthen Controls over
Rotator Conflict of Interest)
」と題された報告書に基づき行われたものである5。
同報告書は、1 人のローテーション職員が所属する大学の研究者が受領するグラントに関し利益相反の
観点から不適切な行為を行ったことに関するものであるが、本稿においてはその具体的な内容は省略し、
報告書の結語の部分に記された監査総監から NSF に向け示されたローテーション職員の利益相反に関
し取るべき対応について記す。
1). ローテーターの NSF 着任に際しての利益相反の取り扱いの計画について、速やかで確実な開発、文
https://science.house.gov/sites/republicans.science.house.gov/files/documents/HHRG-114-SY2120150625-SD001.pdf
5 http://www.nsf.gov/oig/_pdf/Controls%20over%20Rotator%20COI.pdf
4
2
書化、周知を実施すること
2). ローテーターを含む全ての新任の職員が対面的な倫理トレーニングに参加すること(新任職員は着任
後 3 か月以内であるが、利益相反関係のあるローテーターについては着任後 30 日以内に実施)
、また
必要な場合、着任後速やかに金銭面の個人情報開示を確実に実施すること
3). 倫理および金銭面の個人情報開示に関連した時間的枠組みにおける執行手順(規定への遵守が明らか
になるまでのプログラムオフィサーやローテーターの申請書受理や資金配分の審査の業務の差し止め
など)の開発
4). ローテーターを含むプログラムオフィサーを監督する者が、被雇用者の倫理および金銭面の開示の要
請に関する情報に適時にアクセスできるようになるとともに、当該職員の要請に対するコンプライア
ンスに関するアカウンタビリティーが保持されるようにすること
5). NSF の指名機関倫理官(Designated Agency Ethics Official: DAEO)により明らかにされた 3 件の
資金配分(注:本案件にかかる資金配分)を中止し、それが正当なものであるか、客観的なプログラム
オフィサーにより新たに審査を行うこと
6). 全ての職員が、利益相反を明らかにしないことはメリットレビュー手順の公正性に関しネガティブな
影響を及ぼすこと、また、関連した資金配分決定においてそのような利益相反に関連した疑念が持たれ
ば場合は適切に、そして効果的に対応が取られなければならないという点でネガティブな影響を及ぼ
すことを理解するようにすべきこと
7). ローテーターを含む全てのプログラムのスタッフが、資金配分を行う正当性に関する記述や資金配分
の提案や決定の記述について記載した者の氏名が eJacket(注:NSF の業務文書管理システム)に明
白に記録されなければならないということを理解すること
8). 離任するローテーターの、まだ文書化されていない資金配分に関し後任者が実施しなければならない
範囲、また、プログラムオフィサーやローテーターが署名を終えていない資金配分の提案の取り扱いに
関し決定すること
9). 離任するローテーターの後任者が引き継いで関与する場合の仕方等について、eJacket において文書
化することにより明白にすること
10). 申請・審査システム(FastLane や PARS)において、研究代表者の ID について NSF の情報サー
ビス課(DIS)の明白な上書きの手続きなしに新たに付与されることがなく、また、上書きは正当性が
ある場合のみ行われることとし、文書化されなければならにこと
3.NSF プログラムオフィサーのキャリア:10 年前の PO の現在
NSF のローテーション人事によるプログラムオフィサーについては、NSF の審査や資金配分の業務に
おける専門性の向上に貢献し、また、プログラムオフィサー自身についてもファンディング機関におけ
る経験はキャリア形成の中で有効であるといった説明が行われる例が見られる。
ローテーターの NSF への貢献については、本稿の上述のような問題はあるにせよ、活発な研究活動を
行っている現職の大学教員等がプログラムオフィサーとして業務を遂行することにより、NSF の業務に
おいて高い専門性が保持されているという事実は疑いのないものと言うことができる。
一方、ローテーション人事により任期が付され NSF に着任した研究者自身にどのような効果があった
かという点については、本稿筆者の知る限り、取りまとめられたものはない。その背景には個々の研究者
3
のプログラムオフィサーとしての経験について包括的な評価を行うことは困難であるという事情もある
と考えられる。NSF のプログラムオフィサーの経験が個々の研究者のキャリア展開にどのような影響を
及ぼしたかを分析することは難しい作業と考えられるが、本稿においては、その最初の手がかりとして、
限られた数ではあるが、過去の NSF のプログラムオフィサーの現在の職を調べることにより、NSF の
プログラムオフィサーの任用がその研究者のキャリアにおいてどのような位置づけにあったかを明らか
にすることを試みた。
対象としては、本稿執筆時点から 10 年遡った 2006 年にプログラムオフィサーであった者が現在どの
ような職にあるか、また、可能な場合、学位取得年、NSF 着任前の職、NSF 離任直後の職についても調
べた。具体的には、NSF の Search Award の機能で、2006 年 1 月から 12 月の間に開始したプロジェク
ト全件(10,888 件)を検索し、これを無作為に並べ替えたうえで、50 件のプロジェクトのプログラムオ
フィサーについて、google、LinkedIn 等の検索機能を使い、インターネット上で公表されている現職等
に関する情報を手作業で入手したものである。
対象とした 50 人のうち、現職が確認できた者は 36 人で、内訳は以下のとおりである。
現在の所属が NSF 以外の者
12 人
現在の所属が NSF の者
24 人
NSF の在職者には含まれていないが所属を確認できなかった者
14 人
また、現在の所属が NSF 以外の 12 人についての所属機関は以下のとおりであった。
Missouri University of Science and Technology, Rolla
The City College of New York
Rensselaer Polytechnic Institute
Rice University
大学(9 人)
Oak Ridge Associated Universities (ORAU)
West Virginia University
University of Michigan
University of Southern Indiana
Sorbonne University (フランス)
University of Missouri
企業(2 人)
BrioBiotech LLC
Growcentia, Inc.
大学に所属する者の現職は多数が教授等上級の職にあり、兼ねる形で部門等の長・次長の職にある者
も含まれていた(名誉教授 1 人を含む)
。
上記の調査は、対象が 50 人と少数であり、また、NSF 在職中の職がローテーション人事であったか否
かの情報もない。従ってこれだけで NSF のプログラムオフィサーの離任後のキャリア展開の傾向を明ら
かにできたとは言えないが、NSF のプログラムオフィサーであった者のうち一定数の者は大学等におい
て研究者として活動していることは明らかとなっている。
また、以下においてはこのこと以外に情報を収集した 50 人に関し知ることのできた内容を 3 点挙げ
る。
・NSF が現職である者についても、学協会の団体や研究プロジェクトのウェブページにおいて研究活動
4
が掲載されている者も多く、ローテーション人事以外のプログラムオフィサーも高い専門性を持って
いることが推測される。
・学位取得年、年齢に関する情報の入手を試みたが入手できた情報は限られていた。また、NSF 着任前
の職についても多くの者は特定できなかった。このため、研究者としてのキャリアパスにおける NSF
プログラムオフィサーの位置づけについて推定することはできなかった(米国においては一般に人材
の流動性が高いことも典型的なキャリアパスを導き出すことを困難にしている背景にあると考えられ
る)
。
・企業に所属のある 2 人はいずれも自身が創設に関与したベンチャー企業に所属しているが、NSF のプ
ログラムオフィサーとしては SBIR を担当しており、連続性のあるキャリア展開となっている。
5