PDFダウンロード - アクロメガリー広報センター

はじめに
日本医科大学 名誉教授 ・ 東京労災病院 院長
寺本 明
C O N T E N T S 〈 目 次 〉※本文中の患者さんの年齢は、インタビュー当時のものです。
アクロメガリー(先端巨大症)の患者さんの治療体験談
3 - 4 患者が主体的に動く、
これが患者会の方針。… はむろ おとやさん 47歳
5 - 6 納得のいく治療を自ら求め、良い結果に。… 三上 晴生さん 48歳
この度、
アクロメガリーの患者さんを中心とする治療の体験談が小冊子にまとまりました。
7 - 8 関西在住。東京の名医の元で手術を受け、完治。… 篠田 茂樹さん(仮名) 63歳
アクロメガリーとは、脳下垂体の腫瘍から成長ホルモンが出すぎて、顔貌や手足に独特な変化を
9 -10
起こす病気で、先端巨大症とも言われます。成長ホルモンは体のすみずみまで循環しています
11-12 日頃から体調の変化に気をつけていたことで、早期発見。… 大平 美代子さん 59歳
から、外見の変化だけでなく、あらゆる内臓や血管に徐々にではありますが悪い影響を与えて
13-14 病気を通じて、幸せを感じる意識が強くなりました。… 青野 由華さん 48歳
いきます。一方、その原因である下垂体腫瘍は全くの良性腫瘍であり、手術、薬物、放射線療法と、
15-16 アクロメガリーと乳がんと戦いながら。… 松本 美恵子さん 47歳
その治療法も数多く開発されています。そのため、
とにかく早く診断することが最も大切ですが、
17-18 医療費助成のおかげで、薬の用量を増やして治療中。… 津田 真さん(仮名) 34歳
どこが痛いといった病気ではありませんので、患者さん自身はなかなか自覚できません。実際、
この冊子にはいろいろな症状が記載してありますが、そのほとんどは後から振り返ってみての
それであり、当初の時点で診断が付いていたわけではないのです。
この数年、下垂体患者の会の皆様の精力的な活動やアクロメガリー広報センターによる支援
などにより、
このアクロメガリーという病気がかなり世の中に知られるようになりました。
この病気は 気づきの病気 と言われています。つまり誰かがアクロメガリーではないかと
疑えば、その後の確定診断は簡単です。そのため1人でも多くこの病気の実態を知って頂くことが
目立たないようにしていた私が、当事者として国に訴えるように。… 中原 すみれさん 44歳
19-20 同じ病気の患者さんを知り、勇気が湧きました。… 小比類巻 としこさん 54歳
21-22 生き方の範を示す職業だから、弱気になっていられなかった。… 六角 泰子さん 62歳
23-24 体調も良く、
「以前より前向きになった」
と家族から言われます。… 工藤 幸子さん(仮名) 66歳
なんぐも
25-26 米国留学中に手術。帰国後は日米患者会のかけ橋に。… 南雲 彩佳さん 27歳
27-28 病気から学びを得たとき、病気から解放される。… 山中 登志子さん 44歳
その他の間脳下垂体機能障害の患者さんの治療体験談
29-30 お母さんがいたから、
ここまで歩んで来られました。… 吉井 幸さん(仮名) 26歳
31-32 切に望むのは、専門医の育成と新しい治療法の研究。… 斉藤 千恵子さん(仮名) 57歳
重要であり、その成果は着実に現われてきていると思います。
アクロメガリーについて
少しでもアクロメガリーが疑われたら、担当の医師を通じて、あるいはご自身ででも、下垂体を
33 アクロメガリーの概要
専門とする医師を受診して下さい。下垂体の病気は、中には時間のかかる場合もありますが、
34 アクロメガリーの治療方法
適切な治療を受けられれば、ほぼ全ての患者さんは健常な生活に戻れます。医療の面では
私ども専門医が、また精神的や社会的な面では下垂体
ご協力いただいた団体・医療機関
下垂体患者の会
患者の会の皆様が全面的に支援しております。
日本医科大学
私達と一緒にアクロメガリーや下垂体疾患と前向き
国立病院機構 京都医療センター
に取り組んで参りましょう。そして、
この小冊子が下垂体
東京女子医科大学
虎の門病院
の患者さんに対する励ましとなり、患者さんの間での
東京都港区 山王クリニック
絆を築く一助となることを期待しております。
ご協力いただいた患者のみなさまとそのご家族、
ならびに先生方に心より感謝申し上げます。
アクロメガリー広報センター
1
2
高額治療費に対して医療費助成が受けられるよう、活動。
患者が主体的に動く、
勉強会を重ねるうちに、
共通の悩みが浮上してき
これが患者会の方針。
下垂体患者の会(下垂会)代表理事
はむろ おとやさん 47歳
情報は希望。仲間が必要。だから患者会を立ち上げた。
として実情を何度も訴えました。たとえばある人
ました。治療費の問題です。手術後も成長ホルモン
は、病気のため正社員の職につけず、時給1,000
(GH)
のコントロールの悪い患者は、
薬を使ってGH
円のパートでは治療費が払えない生活の実態を
をコントロールしないと、
糖尿病の悪化や心臓の肥
切々と語りました。
またある人は「薬は明日を生み
大など、
他の病気を引き起こしたり、
悪化させる結果
だす希望だ」
と訴えました。いろいろな患者仲間
になってしまいます。
アクロメガリーは慢性疾患です
の生の声が国会議員を動かし、与野党の隔てなく
から、
薬物治療を行う場合は継続的に使用しなけれ
超党派での応援を得ることができました。
私がアクロメガリー(先端巨大症)だと診断
感じ、仲 間 を 必 要として い たということも
ばなりません。
しかし、
継続使用するには治療費が高
活動が盛り上がるにつれ、他の難病の患者会と
されたのは2004年のことです。
「 脳に腫瘍が
あります。
額です。
そこで会では、
アクロメガリーを難病患者の
も連携するようになり、また下垂体の専門の先生
会は、アクロメガリーだけでなく下垂体の
ための医療費助成制度
(特定疾患治療研究事業 )
方からも熱心な協力を得られ、ついに2009年に
といえば悪性だとばかり思っていましたし、
病 気 全 般 の 患 者 さ ん とそ の 家 族 で 構 成
に指定してもらうための活動を行いました。
まず同
医療費助成制度
(特定疾患治療研究事業*)
に追加
視力障害も出ていたので、不安ばかりが募り
されていて、患者自身が良い治療を作っていく
じ下垂体の病気、
中枢性尿崩症の患者会と一緒に署
されました。
ました。でもインターネットで集めた情報を
情報交換の場、勉強の場を提供しています。
名活動を行い厚生労働省に要望を提出しました。
ここ2∼3年の間に、長期の治療を要する患者
ある」
と聞いて、茫然自失となりました。脳腫瘍
つなぎ合わせてみると、
「下垂体腫瘍は良性
で、手術も安全。視力も治る可能性がある」
と
わかり、気持ちを切り替えることができました。
患者にとって 情報は希望 です。そこで手術が
終わったら自分が情報発信する側に立とうと
考え、知り合った患者仲間と共に「下垂体患者
の会」を立ち上げました。闘病中、家族にさえ
理 解してもらえな いもどかしさと孤 独 感を
*
そのかたわらで患者会の仲間とともに国会議
に政治が目を向けはじめたことは大きな成果で
員や厚生労働省担当者の元に足を運び、当事者
あり、感慨深いものがあります。
助成を受けるため手続きは自分で簡単に。
医療費が公費負担になり金銭面での心配から
2種類の注射を併用して経過を観察しています。
解放されるということは、身も心も自由になると
医 療 費 助 成 の 手 続きは、まず お 近くの 保 健 所
いうこと。経済的理由から薬による治療をあきら
などで書類を入手し、主治医に必要事項を記入
めていた人も、純粋に医学的な見地から治療と向
してもらい、保健所に申請するだけ。難しいことは
き合えるので、患者の皆さんにはぜひ手続きする
何もありません。ただ、医療機関が行ってくれるの
ことをお勧めします。私自身も自己負担だったと
ではなく、自分で申請しなければいけない点だけ
きは 中 断してい た 薬 物 治 療を再 開し、現 在 は
注意してください。
研究面での成果にも期待。
【治療歴】
・39歳でアクロメガリーと診断され、手術を受ける。
・術後もGHのコントロールが良好にならず、翌年再手術。
・41歳のときに、放射線治療(サイバーナイフ)を受ける。
・現在は、
アクロメガリーが医療費助成制度の対象に追加されたこと
から、2種類の薬を併用して治療中。
医療費助成制度(特定疾患治療研究事業*)は、
副作用が出る人と出ない人など、非常に個人差が
医療費を助成することだけが目的ではなく、医療
大きいため、研究が進み、治療方法がさらに確立
費を助成して受診を促すことによってデータを
されることが待たれます。幸いにも研究班の先生
蓄積し、今の診断基準や治療指針を見直すという
方は患者を救う熱意にあふれる方々ばかりです
目的もあります。全ての人に合う治療というのは
から、その研究の推移を見守りたいと思います。
ありません。薬が効きやすい人と効きにくい人、
3
*2015年1月以降、先端巨大症を含む難病患者さんに対する医療費助成は、
「難病の患者に対する医療等に関する法律」に基づいて
行われています。
4
夫婦で相談し、本やインターネットの情報を参考に下垂体腫瘍専門の病院を選んだ。
納得のいく治療を自ら求め、
良い結果に。
三上 晴生さん 48歳
メディカルチェックのテレビ番組で、病気に気づく。
2005年の8月23日、夕飯を食べながら見ると
けないじゃない」
と軽くいなされました。確か
もなしに健康情報番組を見ていました。その
に僕はそれまで健康体そのものでしたから。
回の再現ドラマは、高血圧症の女性が倒れた
若い頃より多少の疲れやすさは感じても、営
が実は高血圧症の裏には別の病気が潜んで
業職で日本各地を飛び回っているためだろう
いたという内容。僕の血圧は正常値なのでそ
と思っていました。
「でも気になる」。
「そんなに
れほど真剣に見ていたわけではなかったので
心配なら調べてくれば」。
「よし、医者に行ってく
すが、何となく引っ掛かかることがあり後から
る」。売り言葉に買い言葉ではないですが、
番組のホームページを見直しました。そこで
そんな会話があって、9月にかかりつけ医に
「自分は絶対にアクロメガリーだ」
と確信した
アクロメガリーのことをインターネットでいろ
な 時 期 に なる前 の 2 月に 手 術 を 受 けました 。
いろ調 べると、血 液 検 査 の G H の 値 で 簡 単 に
腫瘍は取りやすい場所にあったため、ほとんど
わ かるとあった た め 、か かりつ け 医 に 事 情 を
全部取れたそうです。術後もコントロールは良好
話して血液検査を頼みました。すると案の定、GH
で、薬による治療も行っていません。ただ定期検
が基準範囲を大きく上回っていました。
診だけは通っています。最初の頃は半年に1回、
かかりつけ医は、良かれと思って一流大学病院
今は2年に1回のペースです。再発したとしても早
に紹介状を書いてくれました。でも念のため妻が
期発見できるよう、定期検診は今後も忘れず受け
病気別専門医ランキングの本やインターネットを
るつもりです。
調べたところ、下垂体腫瘍で推奨されているのは
別の病院です。腫瘍ができた場所が場所だけに、
実績のある先生に診てもらうのが一番良いと夫
婦で相談し、紹介状を書き直してもらいました。
そんなわけで希望する病院に12月にかかること
が で き、仕 事 の 段 取りを つ け、年 度 末 の 多 忙
相談に行きました。
患者力が必要な時代。
のです。引っ掛かったのは、
「顔が変わった」
「足が大きくなった」
という変化。
この2点は前
から自分で感じていました。いつの間にか受け
口 に なってい たり、靴 が 入らなくなったり。
でも禁煙で太ったこともあり、そのせいで
変わったのだろうと考えていました。
妻にアクロメガリーの話をすると
「そんなわ
【治療歴】
・4 3 歳 のとき、T V 番 組をきっか けにアクロメガリーを自ら疑 い、
かかりつけ医に相談。3ヵ月後にアクロメガリーと診断される。
・翌年、経鼻的内視鏡下手術を受ける。
・腫瘍がきれいに摘出でき、完治。
この病気は一般に知られていない病気だけ
2点目は自分で調べ、納得いく治療を選んだこ
に、自分で気づくか気づかないかが早期発見の
と。自分の体のことなので誰かに言われるがまま
分かれ目になるのでしょう。僕はたまたまテレビ
の受け身ではなく、自ら納得いく医療を求める姿
番組で気づいて、運が良かったと思います。僕の
勢が患者側にも必要なのだと思います。今の時代
ようなケースを増やすためにも、潜在患者さんの
はインターネットなどで情報にアクセスできる時
アンテナに引っかかるよう医療側は常に情報を
代。
これを活用しない手はありません。一旦紹介
発信し続けてほしいと思います。
された先の病院を断るのは失礼に当たるのでは
また僕の場合、早めに気づいたのに加えて、そ
と躊躇もしましたが、病院で同室だった患者さん
の後の展開がうまくいった理由が2点考えられま
の話などを聞くと、やはり実績ある病院を選んで
す。1点目は、かかりつけ医を持っていたこと。血液
正解だったと思っています。
検査を依頼しやすかったのも、何かあれば相談
できるホームドクターがいたからですし、紹介状
を書き直してもらえたのも旧知の間柄だったから
でしょう。
5
6
16年目に手術の決心をした理由。
関西在住。東京の名医の元で
薬の再開と前後して2007年に「下垂体患者の
手術を受け、完治。
篠田 茂樹さん(仮名) 63歳
第一選択で、手術ではなく薬物治療を選択。
会」のことを新聞で知り、関西地区で開かれる勉
もう一つ、実は手術する決心を後押しした経緯
強会に参加しました。
この会で内分泌内科の第一
がありました。2006∼2007年に立て続けに大腸
人者の先生と出会い、新しい主治医になってもら
ポリープと脊柱間狭窄症を患い、2年間に3回の
いました。また翌年の勉強会では、下垂体腫瘍の
手術を受けたのですが、2つの病気の進行にはア
手術でトップクラスの腕を持つ東京の脳神経外
クロメガリーが影響していると、主治医からも指
科医が講演で関西に来てくれたので、たまたま手
摘されていたのです。下垂体腫瘍の手術をしない
限り、
また別の場所で脊柱間狭窄症が起きる可能
1992年、45歳のとき十二指腸潰瘍になって
で医学の進歩を待とうと、GHの分泌を抑える
元にあったMRI画像を見てもらいました。すると
近所の診療所に通っていたとき、先生が私の
飲み薬での治療を選択しました。薬による治療
「手術をしましょう、
まったく心配はいりませんよ」
顔を見てアクロメガリーを見つけてくれまし
で経過観察するにあたっては、普段から血圧、
とおっしゃるのです。頭の片隅にはずっと、
「いつ
た。同じ病気の人が過去に2∼3人いたらしい
血糖値、視野の3点に気をつけ、年に1度はMRI
かは手術を受けないと。受けるなら一度で全部
んです。すぐに大学病院を紹介され、MRI検査
検査を受けることを主治医に約束しました。そ
取ってほしい。それには名医にお願いしないと
で8∼10mmの腫瘍が見つかりました。治療の
れから約10年を経過しても腫瘍の大きさはそ
…」という思いがありましたので、その一言は、
第一選択として手術を勧められましたが、その
のまま。ただ、薬を飲むと調子が悪くなるよう
ときは完全に取れる確率は25%と言われまし
になってしまったため一度休薬しました。する
てね。
自覚症状はほとんどなく、手足が大きい、
と、GHが上がり、その影響からか4∼5年経つと
身長が3cm伸びた、
という程度。痛みを伴う症
血圧が上がり出したので、薬を再開しました。
状はないので、手術による完治率が上がるま
「お願いします」
と言っていました。
性もある。それは避けたかった。
非 常 に 心 強 い もの でした 。そ の 場 で 即 決し、
これから治療を受ける患者さんには、手術を第一選択肢として考えてほしい。
手術は体への負荷が少なく、翌日には歩いて病
いい方向に転がりました。ただ、理想的には、腰や
室に帰れる程で、入院もたった3週間弱でした。幸
大腸ポリープの手術の前、2004年頃に手術をで
いにも腫瘍は血管から離れた場所にあったため、
きたら一番良かったのかなとは思います。だか
すべてきれいに取り除けたそうです。術後は唇や
ら、
これから治療を受ける患者さんには手術を第
顔も小さくなり、睡眠中に呼吸が止まることやい
一選択肢として考えてほしい。医療技術は進歩し
びきをかくこともなくなり、GHも正常値になりま
ているので、アクロメガリーと診断されたら勇気
【治療歴】
した。血圧だけはまだ高いのですが、
これは仕事
を持ってすぐに手術を受けるべきです。いや、勇
・45 歳 のとき、別 の 病 気で 病 院を受 診した 際 、アクロメガリーを
早期発見。その後、主治医と相談し、手術はせずに薬による治療で
経過観察を続ける。
上のストレスも関係しているのかもしれません。
気もいらないくらい安心な手術なのかもしれませ
・59∼60歳のとき、2年続けて大腸ポリープの手術を受ける。
また60歳のときに脊柱間狭窄症の手術を受ける。
これらの症状の
進行にはアクロメガリーの影響あり。
・61歳のとき下垂体腫瘍摘出のため経鼻的手術を受け、完治。
今はもうGHコントロールのための薬もまった
ん、経験豊富な脳神経外科の先生の執刀ならば。
く飲まず、年に1∼2回の定期検診だけで済んでい
私は関西在住だけど東京の先生を選びました。
ます。振り返ると、私の場合、いろいろな幸運が続
外科はやはり経験がものを言う世界だからです。
いたように思います。早期発見できたこと。医学
遠いと言っても新幹線に乗れば済むだけの話、
の進歩を待って手術を先送りしたこと。服薬期間
大切な体には換えられません。自分が信頼できる
中、腫瘍がおとなしくしてくれたこと。
「下垂体患者
先生の下で治療を受けてほしいと思います。
の会」で二人の信頼できる先生に出会えたこと。
腫瘍をすべて取り除くことができたこと。運よく
7
8
手術を2回受けるもコントロール不良で、現在も薬で治療中。
目立たないようにしていた私が、
当事者として国に訴えるように。
中原 すみれさん 44歳
「手足が大きくなる病気なんてない」医師のひと言で、早期発見のチャンスを逃す。
手術では、腫瘍が両側の血管に固く巻きついて
の手術の最中、MRIでは見えなかった陰の部分に
いたため、全て取り除くことはできず、術後は薬に
動脈瘤が見つかったのです。その処置に時間を
よる治療を始めました。当時適用となっていたGH
取られ、下垂体腫瘍自体は目標の3分の2しか取
の分泌を抑える注射薬や飲み薬などを試すもの
ることができませんでした。
でも、動脈瘤の発見が
の、私の病状に合わず、
コントロールは悪いまま。
早期だったことは幸いでした。
その間に顔つきも変わっていきました。
2回目の手術後からは、当時、新しく承認された
そんな状況が13年続き、少しでも情報を求め
GHの働きを阻害する自己注射薬をはじめ色々な
最初に体調の変化に気づいたのは24歳の
ませんでした。発見のチャンスをここで一度
て、
「下垂体患者の会」が主催する医療講演会に
薬を試しましたが、私の病状には合わず、最近の
とき。生理が遅れるようになったのです。その
逃してしまったことが悔やまれます。
参加しました。そのとき出会ったのが今の主治医
数 値 を 見 てもG H 、インスリン 様 成 長 因 子 - 1
頃から、朝手足がむくみ、新しい靴を買っても
しかし、その後も体調が悪く生理不順も治ら
です。
「残っている腫瘍をもう少し取り除くことが
(IGF-1)
ともに高く、コントロールが思わしくあり
すぐにサイズが合わなく
ないので、1年後に内分泌内科を受診。すると
できるかもしれない」
という主治医の言葉に望み
ません。現在は、主治医と相談しながら1日の用量
なり、壊れてしまう現象
その先生はピンと来たのかその場でMRI検査
を託して、2回目の手術を受けました。
ところがこ
を増やして治療を続けています。
が起こりました。夏のあ
に回され、下垂体腫瘍が見つかりました。
る 日 、帰 省し た 姉 か ら
「足、こん な に 大きかっ
患者会の存在、
そして患者会での活動が大きな支えに。
闘病する中で私の大きな支えとなっているの
その結果、2007年にはGHの働きを阻害する自
た?手足が大きくなる病気があると聞いたけど
は、患者会の存在です。初めて参加して会場を見
己注射薬が承認され、2009年にはアクロメガリー
…」
と言われ、産婦人科医にそのことを尋ねま
回したときに、
「私一人じゃないんだ」
と、救われ
を含む下垂体の病気が医療費助成制度の対象に
した。でも返ってきたのは、
「そんな病気はあり
たような気持ちになりました。それまで、他人から
これは快挙です。当事者の行動
追加されました*。
好奇の目で見られたり嫌な思いをしても、誰にも
が大事だと学びましたし、自分自身も患者会に
胸の内を明かすことができず…。それが、同じ立
飛び込んで本当によかったと思っています。
ません、太っただけですよ」
という返答。その言
葉を素直に信じてしまい、
この時は特に何もし
中原さん 23歳の時の写真
【治療歴】
・2 4 歳 の 頃 から生 理 不 順 に なり、手 足 もむくみ 、靴 の サイズ が
すぐに大きくなってしまうように。
・2 8 歳でアクロメガリーと診 断され 、経 蝶 形 骨 洞 的 下 垂 体 腫 瘍
摘出術を受ける。
・術後、腫瘍の一部が取りきれなかったため薬による治療を開始。
長年にわたって色々な薬を用いた治療を続けるものの、コントロー
ル良好な状態にならず。
場の人と話すことで、心の中で固まっていたもの
がスーッと溶けていったのがわかりました。
月に1回のペースで患者会に参加するうちに、
この病気のことをもっと広く一般に知ってほしい
と考えるようにもなりました。そして、意を決して
病気を啓発するテレビ番組にも出演しました。
また患者会の対外的な活動にも参加し、国会
議員や厚生労働省の担当者に会って何度も窮状
を訴えてきました。
・41歳のときに、新しい主治医のもとで2回目の手術。
・その後は、新薬を試してみるものの、やはりコントロール良好な状態
にはならず、現在は主治医と相談し、薬の用量を増やして治療中。
9
*2015年1月以降、先端巨大症を含む難病患者さんに対する医療費助成は、
「難病の患者に対する医療等に関する法律」に基づいて
行われています。
10
薬による治療でGHのコントロールは良好。
日頃から体調の変化に
気をつけていたことで、早期発見。
大平 美代子さん 59歳
いつもと違う体調に気づき、早めに医療機関へ。
それが幸いし、早期発見。
脳腫瘍の一種と言っても下垂体腫瘍は良性だ
様子を見たところ、4∼5ヶ月ほどで、GHが上がり
ということですし、
どこかに痛みがあるわけでもな
だしたため、治療を再開し、現在はコントロール
く、手術も内視鏡を使う体に負担の少ない方法だ
良 好 で 保って い ま す。高 かっ た 血 圧 とコ レ
と聞いて、手術には楽な気持ちで臨みました。
ステロールも、やはり薬によって正常値を保って
実際に術後の痛みもまったくありませんでした。
います。
もう少し薬の量を減らせそうなくらいコン
ただ腫瘍が血管に巻きついていたため、すべて
トロールは良好です。ただ血糖値だけは下がら
を取り切れてはいません。ですから術後は薬に
ず、3年前から食後高血糖が見られ注意していま
2005年の春先のことです。手足がむくみ、手
見て
「もしかしたら…」
とすぐに疑ってくれたの
よる治 療を始 めました 。当 初 は、G H の 分 泌を
す。
これがGHの影響を一旦受けたせいなのか、
が熱を帯びたような感じがあり、おかしいなと
です。ただそのときの血液検査ではGHの値が
抑える筋肉注射を病院で月1回打ってもらい、
それとも元々、生活習慣病の兆しがあったからな
思いました。
日頃、テレビや新聞で医療情報が
特段に高いというわけではなく、日内変動の
コントロールは良好でした。そこで、一度休薬して
のかは不明です。
増すなかで薬剤師という職業柄も手伝って健
範囲内という結果でした。紹介された病院の
康情報には注意していていつもと違うことが
内分泌内科を受診しても、GHの値は白黒つか
起きると早めに医療機関にかかるようにして
ない微妙なレベル。でもここであやふやな状
自分で体調不良の原因を決めつけるのは危険。
います。そのときはちょうど健康診断で血圧、
態のまま「経過観察」
とされるのもいやだった
振り返って考えてみると、足が汗ばむ、生理が
また女性の場合は、婦人科で更年期のホルモ
コレステロール、血糖値が高めだという結果も
ので、私の方から進んで検査入院をお願い
止まるといった体調の変化はありました。
でもこう
ン検査をするときにGHの項目もあったりすると、
出ていた矢先だったので、近所の循環器系の
しました。すると、その検査入院でまず行った
した変化は更年期のせいだと思い込み、まさか
病気の早期発見に効果的なのではないかと、
クリニックに行きました。なぜ内分泌内科では
レ ント ゲ ン 検 査 で 簡 単 に 下 垂 体 腫 瘍 が
病気を疑うまではいきませんでした。
個人的には思っています。
なく循環器科を受診したかというと、徐々に
見つかりました。
50代くらいになると体調不良の原因を自分で
進行する糖尿病よりも高血圧の方が優先順位
勝手に更年期や生活習慣病、あるいは両親の
が高いと考えたのです。
この選択が私にとって
介護などによる生活の疲れのせいにしてしまった
結果的にラッキーでした。
というのも、診てい
りしがちですが、そこにアクロメガリーを見逃す
ただいた先生が過去に2∼3人のアクロメガ
落とし穴がありそうです。早期に発見・治療すれば
リー患者さんを診たことがあり、私の顔つきを
私のようにそれほど病気を思い悩むことなく過ご
せるので、いつもと違う体調・体質の変化に気づ
【治療歴】
いたら早めに医療機関を受診してほしいですね。
・54歳の頃から手足がむくみはじめたほか、健康診断で血圧・コレ
ステロール・血糖値が高めと指摘され、自身でも体調がおかしいと
感じるように。
・55歳でアクロメガリーと診断され、経鼻的内視鏡下手術を受ける。
・腫 瘍 の 一 部 が 取りきれ な かった ため 、術 後 は 薬 による治 療 を
開始。
・現在は薬による治療でコントロール良好。
11
12
薬は命をつなぐ存在。
さらなる研究開発を願う。
病気を通じて、
幸せを感じる意識が強くなりました。
青野 由華さん 48歳
ホルモンと脳との関連性を知ってさえいれば…。
術前のホルモン検査では、IGF-1の値が基準範
ただ、体調は元に戻ったとは言い難く、いまだ
囲より相当高く、腫瘍は5cmとかなり大きかった
に疲れもたまりやすく昼寝をしないと午後の仕事
そうです。手術は成功し腫瘍の95%は取ることが
ができないような状況です。また、合併症である
できましたが、完治という状態ではありませんで
副腎不全、甲状腺機能低下の症状も残っているの
した。IGF-1値に関しては一度下がったものの、術
で、その治療として、ホルモン補充療法も継続して
後1ヵ月にはまた上がってしまいなかなか安定し
行っています。
ません。そこで、薬による治療をはじめました。
でも薬で何とか生活ができることに感謝して
さまざまな症状が出はじめたのは33歳の
あれだけ色々な検査を受けたのに、脳の検
当時はGHの分泌を抑えるタイプの薬を使用し
います。薬は私にとって命をつないでくれている
頃。微熱、喉の痛み、頭痛、発汗、むくみ、体の
査だけはなぜかそのときまで思い浮かびませ
ていましたが、病状に合わず、残念ながらコント
大 切 な 存 在。さらなる研 究 開 発 が 進 むことを
だるさ、不整脈、にきび…そのたびに内分泌内
んでした。たぶん、ホルモン分泌の指令を出し
ロールが良好な状態にはなりませんでした。
願っています。
科、婦人科、皮膚科、心療内科などを回りまし
ているのは脳だという知識がなかったからで
次の治療の選択肢として再手術か放射線治療
たが、原因がわかりません。年々頭痛はひどく
しょう。体調が悪いのは何かの信号です。
かで迷っていた頃、GHのはたらきを阻害するタイ
なり血圧も高くなって、飲み薬がついに4種類
中途半端な検査ではなく、徹底的に病名が
プの自己注射薬が承認されたので試してみること
にまで増えたときに、先生に半ば強引にお願
わかるまで検査をしておけばよかったと後悔
いして脳の検査をしてもらいました。
「ひどい
しています。
頭痛を苦にしていた20代の妹が急死したが、
に。すると、毎日の自己注射で、IGF-1値も基準範
囲内を保てるようになりました。
病気であきらめたこと、病気で得たこと。
原因は脳出血だった」
という同僚の話を思い
この半生を振り返ると、病気のためにあきらめ
出したのです。するとCT検査で、腫瘍が見つ
かりました。体調が悪くなって10年。やっと診断
がついたことがうれしかったです。
青野さん 45歳の時の写真(右側)
見てもらいたいと思っています。一生懸命働き、
ざるを得ないことが幾つもあったのは確かです。
世の中に貢献することで自分が生きている証に
34歳のとき運よく出産はできたものの、その後
したい、そんな気持ちで、毎日を過ごしています。
の体調不良で子育てにあまり関わってあげられま
せんでした。最近の出来事では、仕事で魅力のあ
【治療歴】
・3 3 歳ごろから微 熱 、頭 痛 、発 汗 、むくみ 、だるさなどさまざまな
不調・変化に悩まされ続ける。
の で 医 療 保 険 の 関 係 上 断らざるを 得 ませ ん
でした。ただこうしたことを差し引いても、病気に
・45歳のときCT検査で下垂体腫瘍が見つかり、アクロガリーと診断。
手術を受ける。
よって得たものは大きいです。毎日を大切にする
・術後、腫瘍の一部が残ってしまったため、GHコントロールのための
薬物治療を開始。また合併症治療のためのホルモン補充療法も
あわせて開始。
出会いなど幸せを感じる意識が強くなりました。
・現在も薬による治療を継続し、GHはコントロール良好。合併症の
症状は残っているため、ホルモン補充療法を継続している。
13
るオファーが来たのですが、勤務地が海外だった
ようになり、人との出会いや美味しいものとの
周囲に対する感謝の気持ちも深まりました。子
育てを祖父母に任せてしまった日々を取り返すた
めにも、今、私が一生懸命生きている姿を子供に
14
治療面からも、経済面からも支えてくれる主治医に感謝。
アクロメガリーと
乳がんと戦いながら。
松本 美恵子さん 47歳
子供たちのことを考えると、怖くて病院へ行けなかった。
アクロメガリーとわかったのは39歳のとき。
ていました。1年半前には生理が止まりました。
突然起きた喘息のような発作がきっかけです。
そのほか、高血圧、多汗、いびき、顔つきの変化
呼吸器内科でレントゲン検査をすると心肥
…、すべてが該当していました。
大が見つかり、その場で入院となりました。カ
実は、頭痛がひどくなった頃、周囲には受診
テーテル検査などで調べるうちに心臓自体に
を勧められましたが、怖くて病院には行けませ
原因がないことがわかり、他の原因を探るため
んでした。
「中学1年生を筆頭に、小5、小4と3
に行った血液検査でGHが高いことが判明。
人の子供がいるのに、今病気が見つかっては
すぐに下垂体を専門とする医師がいる病院
まずい」
と思ったからです。
また、頭痛薬を飲ん
を紹介されました。先生に「こんな症状はな
で少し休むと頭痛が治まるので、それほど悪く
かった?」
と聞かれた項目は、思い当たる節の
はないのだろうと勝手に判断していました。
あることばかり。その4年ほど前から頭痛が頻
その他の諸々の症状も、太ったせい、更年期
繁に起こるようになり、2年ほど前には手に震
のせいと、都合の良い方に解釈していました。
えが来て甲状腺亢進症と診断され、薬をもらっ
【治療歴】
のですが・・・。ただ、2ヵ月に1回、血液検査でGH
の値だけは経過観察していました。2年ほどたち、
です。術後は頭痛がすっかり治まり、心肥大も
GHが徐々に上がり心配になってきた頃、先生が
元に戻りました。ただ、静脈に触れている部分の
「松本さん、いい知らせですよ、アクロメガリーが
腫瘍が取り切れず、術後は薬による治療を開始。
医療費助成の対象になるんです」
と教えてくださ
GHの分泌を抑える注射薬で、GHをコントロール
り、GHの分泌を抑える注射薬による治療を再開す
していました。当時の治療費は高く、高額療養費
ることができました。私が通っている病院では、
の支給を受けても負担は大きく…。子供たちの教
執 刀 医 がそのまま主 治 医となってずっと診て
育費の足しにとパートの仕事をしていましたが、
くださるため、安心感があります。乳がんになった
そんな余裕はなくなってしまいました。そんなと
ときも相談に乗ってくださり、経済面でもいろいろ
き、先生から
「治験を受けてみない?」
と勧められ、
助け舟を出してくださり、本当に感謝しています。
現在は発売されているGHの分泌を抑える薬剤の
専門の医師にたどりつくだけでも大変な病気と
治験に参加し、治療費の面でとても楽になりまし
言われているのに、私はすぐに良い先生に巡り
た 。しかし、1 年 後 に 乳 が ん が 見 つ かり、治 験
合えて幸運でした。
を続けることができなくなりました。そして、乳が
んの手術代と抗がん剤で出費がかさんだ結果、
自費でアクロメガリーの薬物治療を続けることが
難しくなってしまい、休薬することにしました。
GHが上がるとがんの進行に悪影響を及ぼすの
で本来なら続けるべきだと先生からも言われた
平静を保てているのは、家族のおかげ。
・35歳頃から頭痛が頻繁に起こり、ひどくなる。
アクロメガリーと乳がんを比べると、乳がんの
みて家族はお互いに支え合っているのだという
・37歳のとき甲状腺亢進症と診断され治療を受ける。
また生理も止まる。
方のショックが大きく、なかなか立ち直れません
ことに気づかされました。
・39歳のとき心肥大をきっかけにアクロメガリーと診断され経鼻的
内視鏡下手術を受ける。
・術後は、腫瘍の一部が残ってしまったため薬による治療を開始。
・45歳のときに乳がんにかかり
(アクロメガリーとの関連性は認めら
れない)、乳房切除術および抗がん剤治療を受ける。がん治療との
兼ね合いで医療費が負担となり、
アクロメガリーの薬物治療を一時
中断。
・アクロメガリー が 医 療 費 助 成 制 度 の 対 象 に 追 加され た ため 、
2010年、薬による治療を再開。現在コントロール良好。
15
手術は体に負担がないものでした。怖がらずに
もっと早い段階で病院に行っていれば良かった
でした。
でもどちらの病気のときも救われたのは、
家族が心配を表に出さず普通に生活してくれた
ことです。夫は慌てずどっしり構えてくれ、同居し
て いる 夫 の 母 は 私 の 入 院・療 養 中 の 家 事 を
すべて受け持ってくれ、子供たちもいつも通りで
いてくれました。だから私も平静を保つことが
できたのです。健康だったときは自分一人が家族
を支えているような気でいましたが、病気をして
16
身長がぐんぐん伸び、体力が落ちた。
医療費助成のおかげで、
薬の用量を増やして治療中。
津田 真さん(仮名) 34歳
姉 田村 千穂さん(仮名) 38歳
(本人談)思い返せば身長は中学生の頃から毎
長なのに身長が異常に伸びる子に対しては、家庭
年10cm伸びて、今は205cmです。高校から大学
や学校など周囲の人も注意を払うようにすれば、
時代にかけては継続的な頭痛に悩まされ、21歳
この病気の早期発見が可能になるのではないか
頃からは体力が急激に落ち、坂道は途中で休ま
と思っています。
ないと登れなくなりました。その状態がさらに
ひどくなり、2 3 歳で の 意 識 混 濁 に つ な がった
23歳で認知症? それは下垂体腫瘍からくる水頭症だった。
(姉談)
「真の様子がおかしいの。
『今日は何
せ いで 起こる水 頭 症 だと診 断されました 。
曜日?』
とか同じことを何度も聞いて、もしかし
(本人談)病院に運ばれた記憶も、それ以前
て認知症かしら」。母から私に連絡があったの
の数週間分の記憶も自分にはないのです。水
は、弟が23歳のときのことです。急いで実家へ
頭症は貯まった水を抜く治療で治り、その後少
行くと、弟は意識こそありますが、目はうつろで
しずつ意識が戻ってきました。
顔面蒼白。すぐに病院に連れて行きましたが、
下垂体腫瘍の方はあまりに大きいので術前
診断はうつ病。
でもそんなはずはない。
に薬で小さくしようと1ヵ月ほど試みましたが
インターネットで調べ、素人ながら脳腫瘍で
ようです。
(姉談)まさか病気で身長が伸びていたとは考
えもしませんでした。子供のころに、両親は標準身
経済面での不安が解消され、精神的にも楽に。
(本人談)腫瘍が残っていたので、手術後は薬
相談して、薬の用量を増やすかどうか検討してい
による治療をはじめました。GHの分泌を抑える注
ます。病気のために仕事に就いていない僕に代
効果はなく、いっぺんに取るのはリスクがある
射薬を月に1回病院で打ってもらい、GHのはたら
わって、
これまで少なくない額の治療費を両親が
きを阻害する薬も自分で注射しています。今は以
工面してくれていました。そうした経済面での
はと見当をつけて、別の病院へ連れて行きまし
ということで2回に分けて開頭手術を行いまし
前より体力も回復し頭痛も改善していますが、GH
不安が解消されたことも大きいです。精神的な
た。CT検査をしてもらうと7cmもの巨大な下垂
た。それだけでは腫瘍が取り切れず、同じ年に
のコントロールはまだ良くありません。そんな中、
ストレスが少なくなりました。
体腫瘍が見つかり、血液検査ではGHの値も高
経鼻的内視鏡下手術も受けましたが、やはり
この疾患が医療費助成制度の対象となったのは
く、
アクロメガリーと診断されました。認知症の
腫瘍は残っています。
これまでお金のためにあきらめて
朗報でした *。
ような症状は下垂体腫瘍が「脳幹」を圧迫した
いた治療が受けられるからです。さっそく先生と
【治療歴】
・23歳のとき水頭症の症状が出たことから下垂体腫瘍が見つかり、
アクロメガリーと診断される。それ以前にも、継続的な頭痛や疲れ
やすさ、身長が伸び続けるといった不調、変化はあった。
・翌年1月・3月と2回に分けて開頭手術を、続く8月には経鼻的内
視鏡下手術を受ける。
(姉談)可哀想だと思うのは、身長が高すぎて周
患者さん自身がインターネットで情報を発信して
囲から好奇の目で見られることです。中には携帯
いるので、自分から積極的に情報収集すること
・術後もGHのコントロールが悪く、薬による治療を開始。
電話で写真を撮る人までいて、本人がどれだけ傷
で、
より上手に病気と付き合っていけます。
また自
・現 在 は 、2 種 類 の 薬 を 併 用しな がら治 療 中 。その ほ か 、アクロ
メガリーの影響で合併した副腎皮質機能低下症、尿崩症治療の
ための薬も服用中。
ついていることか。病気が原因だとわかっていれ
分だけで判断せず、家族や周囲に相談することも
ばそんなことはしないはずですから、
この病気が
大切だと思います。病気の自分を支えてくれて
広く一般に知られることを願っています。
いる両親、姉には本当に感謝しています。
・34歳のときに頭の骨を固定していた金具の不具合が出たため、
手術によって修復。
17
希少な病気になって、思うこと。
(本人談)病気になって感じたのは、病気を知る
ことの大切さです。今は病院や製薬会社、それに
*2015年1月以降、先端巨大症を含む難病患者さんに対する医療費助成は、
「難病の患者に対する医療等に関する法律」に基づいて
行われています。
18
4回の手術で募る医師への不信。経済的な理由で治療を断念。
同じ病気の患者さんを知り、
勇気が湧きました。
小比類巻 としこさん 54歳
診断のきっかけは視力検査から。
アクロメガリーだと診断されたのは1983年、
たりと、アクロメガリーの症状はいろいろな形
28歳のとき。メガネを作るための視力検査で
で出ていたようですが、
まさか脳に腫瘍がある
視野狭窄が認められ、検査技師の方から、下垂
とは思いもしませんでした。
体の腫瘍を疑われたのが発見のきっかけで
す。病院で血液検査と画像診断を受けたとこ
ろ、GHは基準範囲より高く、下垂体に腫瘍も見
つかりました。その頃、確かに目が悪くなって
近隣の公立総合病院ですぐに手術を受け、
「腫
薬によってGHのコントロールは良好になりま
瘍は全部摘出できた」
と言われました。
ところが1
したが、その頃はアクロメガリーがまだ医療費助
年後にはまた視野が狭くなり、腫瘍が再発したと
成制度の対象ではなかったため、月々の治療費
いうことで再手術。今度も「腫瘍は全部摘出でき
は高く、アルバイトで何とか母子家庭の生計を立
た」
と言われましたが、また再発。そんなことの繰
てていた私に払える額ではありませんでした。
り返しで6年間に計4回の手術を受けました。
当時の主治医は親身になってくれる先生で、そ
4度目の手術の後も結局腫瘍は残ってしまい、
のアドバイスに従い、生活保護を受けて治療をす
さらには開頭手術の傷が原因でてんかんも起こ
ることにしました。でも結局、いろいろな持病の医
るようになり、群発頭痛の激痛にも悩まされ続け
療費がかかり、生活保護を受けていても金銭的に
ました。最後の手術の2年後に、GHの分泌を抑え
厳しく…。アクロメガリーの薬物治療は2年間で
る注射薬が日本でも認可されたので試しました。
中断してしまいました。
オカリナとの出会い、山中さんの本との出会いで自分自身が変わった。
たびたび起こるてんかんや群発頭痛の苦しさ
素直に自分を受け入れることができるようになっ
と生活の苦しさで生きていく自信をなくしていた
たからなのか、理由はわかりません。でも、いろい
40歳のある日、車の前に飛び出してしまったこと
ろな病状がおさまってかれこれ10年になります。
がありました。そのとき倒れたのがたまたま楽器
これまで、同情されたくなくて病気のことはほと
屋の前で、ショーウィンドウに飾ってあったオカリ
んど人には話しませんでした。でも山中登志子さ
ナが目に飛び込んできました。
これがオカリナと
んが自分はアクロメガリーだと告白した『外見オ
出会い、オカリナ奏者になる夢ができた瞬間でし
ンチ闘病記』を読んで、
自分も病気のことを語りた
た。44歳のとき、生活保護を受ける都会の暮らし
いと思うようになりました。今は、何かできること
・28歳のころ、視野狭窄がきっかけでアクロメガリーと診断され 、
経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術を受ける。
に見切りをつけ、故郷の青森に帰り、オカリナ奏
があれば、アクロメガリーで苦しんでいる人の
者としての活動をはじめました。すると、いつしか
力になりたいと考えています。
・しかし再発を繰り返し、29歳、30歳、34歳の3回にわたり再手術。
群発頭痛も治まり、視野狭窄もよくなっていきま
・計4回の手術(経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術と開頭手術を交互
に2回)を経験したものの腫瘍は残る。最後の手術の2年後、薬物
治療を開始。GHはコントロール良好だったが、経済的理由などから
治療を中断。
した。今では、
てんかんの発作の回数も減り、顔つ
・故郷に戻り、夢であったオカリナ奏者としての活動を開始。この頃
から、症状が良くなりはじめる。
か、オカリナを吹くときの腹式呼吸が免疫力を高
いて段差に気づかず転ぶことがよくありまし
た。また、出産から8年も経っているのに急に
乳汁が出たり、実家に帰るたびに母からは「顔
が変わった、鼻を美容整形したの?」
と聞かれ
【治療歴】
きも少しずつ元に戻ってきているように感じてい
ます。環境の良い故郷で暮らしているからなの
めているからなのか、音色に癒されストレスが軽
減するからなのか、あるいは自己否定ばかりせず
19
20
入院中も、個室で続けた仕事。
生き方の範を示す職業だから、
弱気になっていられなかった。
六角 泰子さん 62歳
「人相が変わった」の一言に先生がハッとした。
私の場合、5年くらいひどい頭痛に悩まさ
情をしたのを覚えています。その言葉で見当が
れ、その頃から顔もむくむようになりました。数
ついたのでしょう。その場でアクロメガリーを
年ぶりに街でばったり会った知人に声をかけ
想定した血液検査を受けると、GHの値がとて
たら、
「 別人みたい」
と言われたくらい顔は変
も高いことが分かりました。
わっていたようです。頭痛もひどく、寝ようとし
ても枕が石のように硬く感じられ、睡眠薬を飲
まないと眠れないくらいでした。でも病院で診
てもらっても「自律神経失調症」
と言われるだ
け。いよいよ辛さに耐えられなくなった頃、母
の勧めで別の病院を訪ねました。50歳のとき
ですから入院中も、お店から顧客に関する電話
紹介され、手術を受けることになりました。珍しい
はしょっちゅう入り、個室で仕事をこなしていま
病気で脳の手術をしなければならない――でも
した。中にはお洋服の相談に病室までいらっしゃ
普段からくよくよ悩まない性格の私は、特に怖さ
る方もありました。お客様と我々との間の信頼関
は感じませんでした。放置しておくと寿命が10年
係は、お互いの生き方に刺激をもらい良い影響
短くなると知ったときも、
「それくらいならどうって
を与え合うことで成り立っているような部分が
ことないかな」
と思ったほどです。
あるので、弱気になっている場合ではありません
それよりも入院で仕事に穴を空けることの方が
でしたね。
気になっていました。私は当時も今もイタリアン
ファッションブランドのファッションアドバイザー
の仕事をしています。単に商品を勧めるだけでは
なく、一人の人間として向き合いながら、さまざま
な要望に応えるのが我々の仕事。他のスタッフに
簡単に引き継げない内容のものもあります。
下垂体を専門とする執刀医と、麻酔医、形成外科医のチーム医療で手術は順調。術後は薬物治療で、ほぼ回復。
です。
手術のときはまな板の上の鯉の心境で、すべ
言いますが、いい先生方に巡り合うことができ、最
診察時に「顔つきが変わったと言われるん
てを先生方にお任せしました。執刀医はこの分野
高の先生方にケアしていただけて本当に良かっ
です」
と何気なく話したら、先生がハッという表
の第一人者で、信頼できる先生。手術前に「視神
たと思っています。残った腫瘍を小さくするため、
経に触れると失明するリスクがあるので4割は残
数ヵ月後には放射線治療(ガンマナイフ)も受け
します」
と説明してくださったのも、率直でかえっ
ました。その後はGHの分泌を抑えるタイプの自己
・4 5 歳 頃 から、ひどい 頭 痛 に 悩 まされると同 時 に 顔 もむくみ 、
久しぶりに会った知人に「顔が別人みたい」
と言われる。
て信頼感が増しました。麻酔医は前日の打ち合わ
注射を始めましたが、1日3回の注射が続かずに
せどおり、手術が終わり病室に戻ったとたん目が
断念。その後、56歳のとき、同タイプの薬で、
月1回
・5 0 歳のときアクロメガリーと診 断され 、経 鼻 的 内 視 鏡 下 手 術を
受ける。
覚める完璧なタイミングで麻酔をかけてくれまし
病院で注射を打ってもらう種類のものが登場した
た。術後の痛みもありませんでした。
また、腫瘍を
ため、治療を再開しました。それ以降は通院での
とった部分を埋めるために事前に太ももから脂
注射を続け、3∼4年でGHやIGF-1の数値はすべ
肪片を採取するのですが、形成外科医は「水着に
て基準範囲内になりました。顔のむくみも徐々に
・56歳から、月1回病院で注射をしてもらうタイプの薬が承認された
ため、薬による治療を再開。
なってもいいように、きれいに縫いますね」
とてい
とれ、今はほとんど元に戻った感じです。でもここ
ねいに処置してくれました。もう水着になること
で気を緩めずこれからもきちんと通院するのが、
・現在も薬による治療を続けながら、
コントロール良好。
なんて、ないんですけれどね。人生は出会い と
今の私の最優先事項です。
【治療歴】
・数ヵ月後に放射線治療(ガンマナイフ)を受ける。
・その後薬による治療を開始したものの、毎日の自己注射が続かず、
断念。
21
すぐに下垂体を専門とする先生がいる病院を
22
手術、
ガンマナイフ、薬物治療を経て、
コントロール良好。
体調も良く、
「以前より前向きになった」
と
家族から言われます。
工藤 幸子さん(仮名) 66歳
病気のサインだった早期閉経からアクロメガリー発見まで、14年。
能性もあるらしいのですが、アクロメガリーで
医師を紹介され、手術を受けました。術前は
入院中に見つかり運が良かったです。
自分では顔つきの変化を自覚していなかった
手術後しばらくはプロラクチンの分泌を抑え
のですが、驚いたことに、手術後数日で風船が
る薬のみを服用していましたが、61歳のとき
しぼ むように 顔 が 小さくなった 感 覚 があり
GHの数値も上がってきたので、GHの分泌を抑
ました。実際に、目や鼻の腫れぼったさがと
える筋肉注射も開始しました。
この注射を始め
れ、唇も薄くなったのです。GH、IGF-1ともに
てから、
さらに顔が徐々にすっきりし、元に戻っ
コントロール良好にはなりましたが、視神経に
た感じがします。GHのコントロールも良好で、
体の不調を感じ始めたのは、病気が発見さ
があり、友人の勧めで総合病院の内分泌内科
れる14年前のこと。41歳で生理が止まったの
を受診しました。すると先生が私の顔を見るな
です。さらに噛み合わせが悪い、腕や指の関節
り、
「血液検査とMRI検査を受けてください」
と
が痛い、視野が狭くなったなど気になる変化が
言うので す。そ の 結 果 、血 液 検 査で は G H 、
起こりその都度いろいろな診療科を受診しま
IGF-1が基準範囲より高いことがわかり、MRI検
したが、
「早めの閉経」
とか「リウマチ」などと診
査では下垂体に3cmの腫瘍が見つかり、アク
て続けに鼻腔乳頭腫、肺炎、不整脈などで6回
近いところに腫瘍が残ってしまったため、手術
今は当初よりも用量を半分に減らしてコント
の3年後に放射線治療(ガンマナイフ)で残り
ロールができています。
の腫瘍を数ミリ程度にまで小さくしました。
本当はもっと早く受けても良かったのです
が、アクロメガリーの手術をした同じ年に、立
断され、本当の原因にはたどり着けませんで
ロメガリーと診断されました。いろいろな症状
も入退院を繰り返したため、
しばらく間を置き
した。
また、指輪が入らなくなり、靴のサイズが
が体のあちこちにあったものの、
まさか脳の病
たかったのです。鼻腔乳頭腫はがん化する可
2cmも大きくなるなど、今考えればおかしいな
気だとは想像もせず…。治らない風邪の相談
と思うことも…。体重も10kg近く増えましたが、
のはずが突然こんな診断を受けショックで、
更年期だからしかたないとあきらめていまし
その日はどうやって家まで帰ったのかも覚えて
た。55歳になって風邪が5ヶ月も治らないこと
いません。
残された人生を一生懸命生きよう。
娘からは「病気をしてから、お母さん前向きに
勤めから帰って夕飯を作り、翌日のお弁当まで
なったね」
と言われます。厄介な病気を乗り越えて
作り、洗濯などの家事を深夜までこなしてくれた
今はせっかく元気になったのだから、残りの人生
娘、それをサポートしてくれた夫や息子。家族が
【治療歴】
を一生懸命生きていこうと思っているからかも
まとまってくれたから私も安心して治療を受ける
・41歳で生理が止まり、噛み合わせの悪化や関節の痛み、視野の
狭まりなどを自覚するように。
しれません。
ことがで きました 。家 族 に は 感 謝 の 気 持ちで
55歳から始めた近所の保育園での夕方3時間
いっぱいです。
・55歳でアクロメガリーと診断、経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術を
受ける。術後、GH・IGF-1ともにコントロールが良好になったものの、
プロラクチンの数値があがり、
プロラクチンの分泌を抑える薬を服用
しながら経過観察。
の仕事も、園長先生(この方が最初に内分泌内科
・術後もGHのコントロールが悪く、薬による治療を開始。
・58歳のとき放射線治療(ガンマナイフ)を受ける。
・61歳のとき再度、GHが上がってきたので、GHの分泌を抑える薬も
開始。
・現在は、コントロール良好なため、主治医と相談し、薬の用量を
減らし治療中。
23
すぐに下垂体を専門とする脳神経外科の
への受診を勧めてくれた恩人です)から望まれる
限り、続けるつもりです。また、通院の日には娘も
一緒に付いて来てくれて、帰りに二人でショッピン
グや観劇を楽しむことにしています。今の生活を
このように前向きに楽しめるのも、母娘の時間を
大切にするのも、病気という経験のおかげです。
私が6回も入退院を繰り返したあの1年で、本当
に家族のきずなが強くなったように感じます。
24
米国留学中に手術。
帰国後は日米患者会のかけ橋に。
たのですが、1回の薬代が、当時私が加入して
グラム)を利用することで治療を行いました
いた保険でカバーできる1年間の薬代を超え
が、闘病しながら留学生活を続ける体力・気力
てしまっていました。
とても月々払える額では
がなくなり、翌年帰国することになりました。
なく、何とか製薬会社のPAP(財政支援を受け
る資格のある患者を援助する、患者支援プロ
なんぐも
南雲 彩佳さん 27歳
術後のショックが大きかった。
アメリカにいた頃、設立間もなくメンバーに
行っています。昨年からはじまった闘病記出版
な っ た の が 縁 で 、私 は「 A c r o m e g a l y
プロジェクトも、2010年11月にはアメリカで形に
Community」という、アクロメガリー患者のサ
なる予定です。この闘病記はいろいろな患者さん
ポートグループの日本代表として、現在活動して
の体験談を集めた十数章からなる記録。多くの患
います。
このコミュニティは、
アメリカのみならず、
者さんに協力いただき、
「病気を知ってほしい」
と
ヨーロッパ、
メキシコ、中東、オーストラリアなどか
いう強い熱意を感じました。和訳版の出版にも取
ら約330人のメンバーが参加している世界規模の
り組む予定です。今後は、米国内分泌学会(The
患者会。メンバーの中には家族、医療関係者、
Endocrine Society)などが発表する最新の研究
ソーシャルワーカーなども加わっていて、文献・治
論文の概略を日本語に訳し、
日本の患者会である
験の紹介など治療情報の提供、患者同士の情報
「下垂体患者の会」などを通じて、新しい治療情報
交換、感情面のサポート、さらには政府へ薬価と
を迅速に日本へ紹介したいとも考えています。
私は心理カウンセラーをめざしてアメリカ
が、そのシステムを知らず、病名を聞いていな
に留学していたときに下垂体腫瘍が見つかり、
くて…。術後、IGF-1の数値の悪さを指摘され、
手術を受けました。きっかけは、高速道路で右
継続的な治療が必要だと知り愕然としました。
車線への合流時に限って「あわや接触」
という
しかも医 師 に 聞 い た 診 断 名 は、アクロメガ
ケースが続いたこと。右
リー。実は生理学の授業で病気について習っ
目の耳側半盲でした。脳
ていたのですが、そのときは「私の顔も変化し
内で視神経が圧迫され
ているかも…」
と疑念がよぎったものの、
「こん
ると視野狭窄が起こるこ
なに低い確率の病気になるはずはない」
と、そ
とは人体解剖学の授業
れ以上考えないようにしてしまっていました。
で習っていたので、下垂体腫瘍だろうと見当が
10代の頃から外見コンプレックスで摂食障
つきました。
害になり、それをようやく克服できた矢先に、
手術前は、腫瘍を取れば完治するものと単
また外見に関わる病気になったことは、大きな
純に思っていて、アクロメガリーだとは知りま
ショックでした。また医療制度が日本と大きく
せんでした。アメリカでは、詳しい自分の病状
異なる米国では、薬物治療の経済的負担も大
アクロメガリーは希少疾病で慢性疾患という
の心得を学びました。日本の病院は3分診療など
を知るためには、ラボ(検査室)に自分でレ
変なものでした。アクロメガリーの場合、継続
2つの側面を持っています。希少疾患ということで
と揶揄されますが、
この3分は患者に与えられた
ポートを取りに行かなくてはならないのです
的に薬を使用することが必要だと分かってい
患者は孤独感に陥りがちですが、
「Acromegaly
プレゼンテーションの時間だと考え、前もって準
C o m m u n i t y」や「下 垂 体 患 者 の 会」など同じ
備することが、診療の質を高めることにつながり
保険の問題を提起するロビーイング活動なども
※
※この取材は2010年6月に行われたものです。
診療の質を高めるために。
患者仲間のコミュニティが存在することを、知って
ます。慢性疾患の場合、自分の状況を医師に的確
【治療歴】
ほしいと思います。病気を一人で抱え込むのは
に伝えることは患者の責任でもあると思います。
・24歳のとき、視野狭窄がきっかけで下垂体腫瘍が見つかる。
この時は病名を知らず。
辛いもの。不安や弱音を吐ける場があると癒され
・診断の翌月に手術を受ける。髄液漏のトラブルあり。
術後、
アクロメガリーと診断される。
・術後も腫瘍の一部が残ってしまったため、薬による治療を開始。
現在はコントロール良好。
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米国患者会での活動、
そして日米患者会のかけ橋に。
ますし、病気を乗り越える原動力にもなります。
私自身がそうでした。慢性疾患ということでは、
患者自身が病気のことを学習し、治療に積極的に
関わることが大切です。私は病院での病名告知に
同席してくれたアメリカ人の友人から、
「質問事項
をあらかじめ書いて用意する」
という米国流患者
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あきらめなかった結果、4回の手術で体調良好に。
病気から学びを得たとき、
病気から解放される。
山中 登志子さん 44歳
病気から逃げたかった20代。
今度は腫瘍が血管に巻きついていたため、腫
気づき、インターネットで情報を集めてみました。
瘍を全部取りきることはできませんでした。術後
すると脳神経外科医の中にも下垂体を専門
はGHコントロールのためにGHの分泌を抑える注
とする医師がいることがわかったのです。病院を
射を、血糖コントロールのためにインスリン注射
替え、改めて専門の医師に手術をお願いし、2度
を毎日打つようになり、1日計7回の自己注射を
の手術で残りの腫瘍の8∼9割を取ることができ
打っていました。
しかし治療の効果はあまり出ず、
ました。それからは体調も良くなり、今は薬もまっ
体がバラバラとしか言いようのない辛い状態に
たく使っていません。納得のいく治療が受けられ、
本当に良かったと思います。
大学時代、
アクアビクス・ダイエットを始める
かで、
「無月経はアクロメガリーのサイン」だと
なりました。主治医からはこれ以上の手術は無理
ために健康診断を受けました。そこで尿検査
わかっていたにもかかわらず…。その2∼3年
だと言われていたこともあり、先が見えずに気鬱
に引っかかり近くの病院で再検査を受けると、
後には糖尿病も出てきましたが、
「再発したか
状態になり、
もうどうにでもなってほしいと
「死」を
医師がたまたま内分泌内科の専門で、私の顔
も」
という不安を受け入れられず病院には行き
意識したときもありました。でもそんなとき自分
を見てすぐにアクロメガリーだと気づいてくれ
ませんでした。その頃は「病気を忘れたい、病
で主体的に主治医を選んでいなかったことに
ました。最初の手術では、執刀医から
「腫瘍は
気から逃げたい」
という気持ちが強かったと思
きれいに取れた」
と説明を受け、術後はGHの
います。本当は病気から逃げてはいけないん
値も血糖値も下がっていきました。顔もスッと
ですけれどね。そうこうするうちにホルモン注
した の で す。完 治したと思 い 込 み 、通 院 を
射で刺激しても生理が起こらなくなりました。
やめてしまいました。
婦人科医に病歴を問われたことがきっかけ
20代後半で生理が止まったときは、ホルモ
でようやく以前の病院を再受診し、再発だと
ン注射で生理を戻してもらいました。心のどこ
告げられました。
【治療歴】
・22歳のとき、健康診断での医師からの指摘により、
アクロメガリーと
診断され、手術を受ける。
このときは完治したかに見えた。
編集家として、病気を啓発するため闘病記を出版。
体調が良くなると、顔が変わったことも含めて
気になれるのです。人は誰かに必要とされている
病 気を語ってみてもい い か なと考えるように
と感じると、エネルギーが湧いてくるのでしょう
なり、2008年に闘病記『外見オンチ闘病記∼顔が
か。最近いろいろな病気の患者さんを見て感じる
変わる病気「アクロメガリー」∼』
(かもがわ出版)
ことがあります。あくまで私の仮説ですが、必死に
を 出 版しまし た 。これ に は 2 つ の 意 味 が あり
病気に抗っているとき、病気を否定しているとき
ました。一つ目は書くことで、自分がたどってきた
は決して病気に勝てず、逆に病気によって学びを
道を振り返ることができたこと。
もしも病気になら
得たとき―たとえば家族のきずなの大切さに気
ず、順風満帆だった10代の延長でその後の人生
づいたとき―、病気がその人から立ち去るような
を過ごしていたら、さぞや高慢な嫌な人間になっ
気がしています。だから病気になったときは、家
・アクロメガリーが再発し、32歳のときに再手術。術後も腫瘍の一部
が 残ってしまったため、薬による治 療を開 始するものの、G H は
コントロール良好にならず。
ていただろう、
ということにも気づきました。書く
族、仕事、人生などについて見つめ直す時間を
という行為は、心の整理をする上で私には必要な
もらえたのだ、
ととらえてほしいですね。
・37歳のときに、さらに2回の手術を受け、残っていた腫瘍の8∼9割
を摘出。
コントロール良好に。
ですから、
メッセージが伝わった人からの反応が
ことでした。二つ目は、出版は世に送り出す行為
あること。同じ病気の患者さんからお手紙をいた
だいたり、実際にお会いしたりして、
「孤独から救
われた」などといった感想をうかがうと、自分も元
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頭蓋咽頭腫の後遺症で、下垂体機能低下症と知的障害に。
お母さんがいたから、
その後、
頭蓋咽頭腫の再発はなくなりました
きました。検査ではGHの分泌も少なかったの
ここまで歩んで来られました。
が、娘には下垂体機能低下症と知的障害の
ですが、低身長ながらも身長は伸びていたの
後遺症が残りました。また、下垂体から指令の
で、GHの補充はしませんでした。
しかし、第二
出るほとんどのホルモンが分泌されていない
次性徴がなかったため、高校生の頃から、女性
ため、ホルモン補充療法が必要でした。
ホルモンの投与を始めました。
頭蓋咽頭腫下垂体機能低下症 吉井 幸さん(仮名) 26歳
母 吉井 伸子さん(仮名) 54歳
4歳で頭蓋咽頭腫が発症。手術するも左目が失明。
(母親談)1988年、娘が4歳になる頃、頭痛を
すぐに手術を受けましたがその手術で視神
繰り返し訴えるようになり、食欲はあるのに食
経を傷つけてしまい、腫瘍による圧迫で元々視
べられない状態が続いたので、小児医療専門
野が狭くなっていたところに左目は失明して
病院へ連れて行きました。2回目の診察時に、
しまいました。
CT検査で頭蓋咽頭腫が見つかりました。頭蓋
2年後にはまた腫瘍ができたので、再手術。
咽頭腫は小児に多い脳腫瘍の一種で、良性で
これ 以 上 の 再 発 を 防ぐ た め に 、1ヶ月間 の
すが下垂体や視神経のすぐ近くにできるので
放射線治療も受けました。
そちらへの影響も心配される病気です。
幼少の頃から補充を開始したのは、体調を
整えるのに欠かせない甲状腺ホルモンと副腎
皮質ホルモンです。それでも体温調節がうまく
できず、冬は指先が紫に変色する、夏は汗をか
けないので体温が38℃に上がる、倦怠感・疲
労感がひどいなどの症状にずっと悩まされて
大人でもGHが必要と知り、23歳から補充療法を開始。
GHの補充をはじめたのは、娘が23歳の頃で
(本人談)補充したその日に突然、体が生き返っ
す。成人のGH投与が保険適用になり、担当医から
た感じでした。背負っていた重いリュックを下ろし
勧められたのがきっかけです。
このときGHにはい
たように体が軽くなり、
スキップしたくなりました。
ろいろな役割があり、成長期だけでなく大人にも
必要なホルモンであることを初めて知りました。
そして実際にGHを補充すると、目に見えていろ
いろなことが変化したのです。体に巻きついてい
た脂肪がとれ、筋肉がつき、発汗もできるように
【治療歴】
・4歳になる頃、頭蓋咽頭腫と診断され手術を受ける。
このときの手術
で視神経を傷つけ、左目が失明。
・2 年 後 に 頭 蓋 咽 頭 腫 が 再 発し、再 手 術 。放 射 線 治 療 も 行う。
これ以降、頭蓋咽頭腫は再発していない。
・しかし頭蓋咽頭腫の後遺症で、下垂体機能低下症と知的障害に。
甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモンの補充療法と尿崩症の薬を
続け、16歳くらいから女性ホルモンの補充療法も始める。
・20歳頃から5∼6年間、
うつ病を患うが現在はほぼ完治。
・23歳からGHの補充療法もはじめ、以前より体調が良好になる。
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なりました。
わかりにくい病気の辛さを乗り越えて。
この病気は他人にはわかってもらえない病気
アクロメガリーの患者さんですが、ホルモンの過
です。特に小・中学校時代は担任の先生に体調の
不足で体調をコントロールできないという意味で
悪さを理解してもらえず、単になまけていると誤
は下垂体機能低下症も同じです。辛さを共有でき
解されて親子共々辛い思いをしました。
る方々がいて、いっぺんに救われたような気持ち
(本人談)
クラスメートにいじめられ、泣いて帰
になりました。
ることもありました。そんなときお母さんはいつも
(本人談)下垂体患者の会に参加した時は、
もう
そばにいて、私の本当の気持ちをわかるまで話を
一人の自分に会えたようなうれしさでした。一人
聞いてくれました。このお母さん だったから、私
じゃない、ということが何より心強かったです。
もここまで歩いて来られたのです。今、
自分は幸せ
みんなと一緒なら頑張れます。今、私と同じよう
だなと思えます。
な病気で苦しんでいる人がいたら、その人にも
(母親談)長年、人に話しても理解されない孤独
言ってあげ た いで す。
「これ から一 緒 に頑 張り
感があったので、
「下垂体患者の会」の存在を知っ
ましょう」
と。
たときは、迷わず参加しました。
メンバーの多くは
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術後はずっと体調が悪く、
ときどき倒れては病院へ。
切に望むのは、専門医の育成と
新しい治療法の研究。
プロラクチノーマ 汎性下垂体機能低下症 斉藤 千恵子さん(仮名) 57歳
母乳の相談のはずが、
プロラクチノーマと診断。
術後は、戻るはずの生理も戻らず、喉が渇
婦人科では、生理を起こすため、卵胞ホルモ
き、多尿になるなどの症状が起こりました。先
ンと黄体ホルモンを補充する薬と、手術の影響
生の態度も何かよそよそしくなりましたが、先
で発症した尿崩症の治療薬の計3種類の薬を
生に嫌われてしまったら…と私も聞きたいこと
処方され、50歳になるまで21年間薬を飲み続
が聞けません。結局、先生にきちんと相談がで
けました。その間ずっと倦怠感や疲労感に悩ま
きず、手術結果にも不安が残るまま、紹介元の
され、
しばしば倒れて病院へ運ばれることもあ
病院の婦人科へ戻されました。
りましたが、いつも原因は不明のままでした。
20歳の頃から生理不順で、結婚した24歳に
う説明を受けました。頭をよぎったのは2歳の
は1年以上生理が止まってしまっていました。
し
子供のこと。
「この子が大きくなるまでは何とか
かし、その頃は生理が止まることの重大さを知
生き延びなくては!」。母乳が止まらない以外に
らず、あまり気にしていませんでした。ただ子供
何も自覚症状はなく元気なので、
どこか釈然と
内分泌内科の先生が近くの大学病院にいらっ
全のせいでした。それからは、血液検査でホル
はほしかったので26歳になって婦人科へ行
しないものを感じながらも手術に踏み切り
しゃることを知り、訪ねました。そこで受けたMRI
モン値を毎回測定し、ホルモンを補充する治療を
き、排卵誘発剤で妊娠・出産しました。
ところが
ました。
検査で、下垂体がほとんど残っていないことが初
はじめました。すると、みるみるうち、家族も知り合
めてわかりました。そして、ホルモン検査では全て
いも驚くほどに元気になりました。ただそれまで
のホルモンが標準最低ラインか、それを下回って
の期間があまりにも長かったためか、高血圧症、
い た ので す。病 名 は 汎 性 下 垂 体 機 能 低 下 症。
脂 質 異 常 症(高 脂 血 症)の 治 療 は 今も続 けて
それまでたびたび倒れていたのは、副腎皮質
います。
出産から2年たっても母乳が止まりません。
婦人科で相談すると
「プロラクチノーマが疑
われる」との診断、CT検査を受けると確かに
50歳のとき、
ようやく下垂体機能低下症とわかる。
50歳のある日、新聞記事で下垂体を専門とする
ホルモンが不足していることで起こる急性副腎不
小さな下垂体腫瘍が写っていました。
患者さんへのアドバイス、
そして今後望むこと。
1982年当時、プロラクチノーマ治療の第一
選択は手術でした。手術をしないと腫瘍が大
手術で下垂体を取り過ぎたことを当時の先生
育成と新しい治療法の研究です。専門家がいなけ
が隠さずに話してくれていれば、またそのとき自
ればこの分野の研究の発展は望めません。
分できちんと手術結果を聞くことができれば、そ
下垂体を専門とする先生方が増え、新しい治療
【治療歴】
の後のQOL(生活の質)はまったく違っていたは
方法の研究が進むような制度が整えばいいな、
と
・20歳から生理が不順になり、24歳で無月経に。20歳頃に下垂体
腫瘍が発生したものと思われる。
ずです。また、近年プロラクチノーマは手術では
思っています。そしていつの日かiPS細胞の研究が
なく薬で治すのが主流になっていて、タイミング
進み、下垂体の再生が可能となる日が来ることを
が悪かったという悔しさもあります。
願っています。
きくなり、視力が失われ、生命にも関わるとい
・29歳のとき、母乳が止まらなくなったことからプロラクチノーマと
診断され、経鼻的顕微鏡下手術を受ける。
・術後も生理が戻らなかったため、卵胞ホルモンと黄体ホルモンの
補充療法を開始。
また手術の影響で併発した尿崩症の治療も開始。
・慢性的に倦怠感、疲労感があり、たびたび倒れる
(原因は不明)。
・50歳で汎性下垂体機能低下症と診断され、原因不明の症状が急性
副腎不全によるものと発覚。GHなどのホルモン補充療法を開始し、
体調が回復。
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私がこれから下垂体腫瘍の手術を受ける方々
に言えることは、先生を慎重に選んでほしいとい
うこと。今は症例数の実績をインターネットで
調べられます。また先生に実際に会ってみて、
信頼できる病院で主治医を選ぶことも大切だと
思います。
また切に願うのは、下垂体を専門とする医師の
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アクロメガリー(先端巨大症)の概要
アクロメガリーの治療方法
アクロメガリーは、脳下垂体にできた腫瘍からGHが
過剰分泌されることによって起こります。
アクロメガリーは、主に脳下垂体にできた良性腫瘍(GH産生下垂体腺腫)から、
成長ホルモン(GH)が過剰に分泌されることによって起こる慢性の進行性疾患です。
GHは、成長期の発育のみに必須のホルモンではなく、成人においても、体組成の調節、筋肉の発達、脂肪代
謝、骨塩量の維持、生活の質(QOL)の向上に重要な役割を果たしています。
これらの 作 用 は、G H がそれぞ れ の 臓 器 には たらく直 接 作 用と、その 臓 器で 産 生されるインスリン
様成長因子 -1(IGF- 1)を介する間接作用によって発揮されます。
アクロメガリーのようにGHが過剰に分泌される場合、IGF - 1も過剰に産生され、成長異常(顔つきの変化、
手足の肥大など)や糖尿病、高血圧など、
さまざまな症状が引き起こされます。
アクロメガリーの治療の基本は腫瘍の切除。
必要に応じて、薬や放射線の治療が行われます。
手術療法
基 本 的 に は 、手 術 が 治 療 の 第 1 選 択 肢となります。脳 の 手 術といっても、頭を切らず に、口 から
アプローチをする「経蝶形骨洞的下垂体腫瘍摘出術」や鼻からアプローチを行う「経鼻的内視鏡下
手 術 」が 確 立されており、熟 練した 脳 神 経 外 科 医 が 行えば 、安 全 性 の 高 い 手 術で す。脳 や 全 身 に
対する負担も少なく、高齢者の方でも手術が可能です。傷あとも残りません。また腫瘍の状態や広がりに
よっては、開頭手術が選択されます。
薬物療法
手術で腫瘍が取りきれなかった場合は、薬物療法が行われます。手術が困難な場合や、外科手術が止め
大脳
脳下垂体ってなに?
小脳
脳 下 垂 体 は 、脳 の 奥 に あ る
られている場合、
また患者さんの希望によっても、薬物療法が治療の中心になることもあります。薬物には、
小指ほどの小さな器官で、略して
「 G H の 分 泌 を 抑える薬 」と「 G H の 働 きを 阻 害 する薬 」の 2 つ のタイプ の 薬 が あり、剤 形としては 、
下垂体とよばれることもあります。
注射薬と内服薬の2種類があります。
脳 下 垂 体 は 大きく前 葉と後 葉 に
わけられ、体内の器官に作用する
さまざまなホルモンを分泌してい
ることから、
「ホルモンの司令塔」
と
視神経
脳幹
呼ばれています。
脳下垂体
手術後に薬物療法と併行して行うことがあります。放射線療法は、ガンマナイフとサイバーナイフの
2種類です。一般的に、効果があらわれるのに2∼3年以上の経過を見る必要があります。
補充療法
GH
アクロメガリーの患者さんは、尿崩症や下垂体前葉機能低下症を伴うことがあります。その場合は、
プロラクチン:PRL(→乳腺)
甲状腺刺激ホルモン : TSH(→甲状腺)
放射線治療
前葉 後葉
それぞれに応じた薬剤による補充を行います。
抗利尿ホルモン : ADH
(→腎臓)
副腎皮質刺激ホルモン : ACTH(→副腎)
性腺刺激ホルモン : LH/FSH(→卵巣/睾丸)
■ 治療後の経過観察も大切です。
アクロメガリーの原因である脳下垂体腫瘍は良性ですが、
まれに再発することもあります。再発を見逃さ
ないためにも、術後1年以内は3∼4ヶ月に1回の血液検査と年に1回の画像診断を受けることが大切です。
アクロメガリーの診断のきっかけは、
簡単な血液検査です。
アクロメガリーの診断でまず行うのは、問診と血液検査です。問診では、手足や舌の大きさ、顔つきなど
全身を診ていきます。血液検査では、血液中のGH、IGF-1の量などを調べます。GHの検査は一般の健康
診断メニューには含まれていませんが、依頼すれば、お近くの内分泌内科(内科)でも受けることができ
ます。疑わしい場合には、画像診断(MRI、CTなどの検査)
も行い、腫瘍の大きさや拡がりなどを確認します。
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ホルモンの値が安定してくれば、血液検査も年に1回程度で済むようになります。
アクロメガリーの治療では、医療費の助成が受けられます。
アクロメガリー は 医 療 費 助 成 制 度 の 対 象 疾 患であり、治 療 費 の自己負担 の 一 部 が 国と
都道府県から助成されるため、窓口での支払いが自己負担上限額を超えることはありません。
助成を受けるには、難病指定医の診断を受け、保健所などに申請する必要があります。詳しくは、
住民票地管轄の保健所・保健センター・役所などにお問い合わせください。
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SAS00419GG0004
2015年5月作成