日本大学英文学会 11 月例会 発表梗概 【研究発表 1】 【研究発表 2】 「繰り返された罪と変化するアイクの意識― 「言語進化論・文化記号学から見た人間の言語」 『行け、モーセ』に描かれた「愛」をめぐって」 和泉 周子(博士後期課程 2 年) 松崎 祐介(日本大学豊山女子高等学校 教諭) 1942 年に出版された、ウィリアム・フォークナ 本研究の目的は,人間存在の根底を成す言語の ー作、『行け、モーセ』の主要登場人物、アイザ 本質論に迫ることである。議論の材料となる言語 ック・マッキャスリン(アイク)は、16 歳の時、 現象として,名詞の<数>の問題に焦点を当てる。 農園台帳から、祖父のルーシャス・クインタス・ 理論的枠組みとして,ソシュール (Ferdinand de キャロザーズ・マッキャスリンが、黒人奴隷ユー Saussure, 1857-1913)の言述・理論と,ラネカー流 ニスと関係し、彼女にトマシーナという娘を生ま (Ronald W. Langacker, 1942-)の認知言語学の視座を せたこと、さらに、彼がそのトマシーナとも関係 援用し,文法範疇として数が形式上明示的である し、彼女にトミーズ・タールと呼ばれる息子を生 英語と,数を形式に組み込んでいない日本語とを ませたことを知り、21 歳の時、農園の相続権を放 比較することで,数のシステムを持つこと,持た 棄することで、祖父の人種混淆と近親相姦の罪か ないことの意味するところを明らかにする。結論 ら逃れようとするが、80 歳も近くなり、祖父の 5 から述べると,範疇域内の数の有無は,両言語の 代目の子孫、キャロザーズ・エドモンズ(ロス) 話者(主体)が対象(客体)をどのように捉えるか と彼の名無しの愛人との間で、人種混淆と近親相 という事態把握の仕方に依拠していると言える。 姦が繰り返されたことを、まさにロスの愛人から 以上の議論に加え,人間の言語を進化論の観点 知らされた時、農園の相続権を放棄することと、 から改めて捉え直すことで,共時的にも通時的に 祖父の罪から逃れること、両者の間の無関係性に も,そしてあらゆる国語体において,すべての名 愕然とする。この事実に当惑し、ロスの愛人を侮 詞が本来的には不可算的であり,名詞の可算化は 辱する発言を繰り返すアイクだが、その彼に、彼 二次的段階にあることが見えてくる。言語・文化 女は、彼の「愛」に対する意識への疑問を投げか の根底的な流れは概ね,<連続体の非連続化>と ける。16 歳のアイクは、祖父の二重の罪に困惑し それに続く<主体の疎外化>の過程にある。本発 ながらも、そこに愛の可能性を読み取っていた。 表では,英語における<不可算名詞の可算化>と しかしその 60 年後、祖父と同様の罪を犯したロ いう創発順序がその過程の一部に位置付けられ スとその愛人との間には、愛の可能性をまったく ること,すべての名詞が不可算的である日本語の 読み取れなくなっており、これに関係しているの 中に連続的で原始的な要素が依然として残るこ が、アイク自身の破綻した結婚生活であると考え と,さらにはそれらが言語の枠を越えてあらゆる られる。本発表は、 『行け、モーセ』の「熊」第 4 文化記号的な表象の営みの中に横断的に顕現す 章と「デルタの秋」を中心に、そこに描かれた罪、 ることを実証する。 そして愛をめぐる問題を通じ、主としてアイクの 愛に対する意識の変化について考察する。 これらの議論を土台として最終的には,分節言 語としての人間の言語と,それを根底にもつ人間 文化が呈する様相の考究へと議論が発展する可 能性を示す。
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