関 総 説 東 学 院 大 学 25 日本における感電保護の現状と課題 Present status and some views on the protection against electric shock 高橋 健彦* Takehiko Takahashi 1 .まえがき 電気安全のキーワードとして感電保護,過電流保護, 年名古屋帝国大学初代総長。昭和50年(1975年)100 歳にて逝去された。昭和30年(1955年)文化功労賞を 過電圧保護という 3 つの要素がある。これらの要素の 受賞され,その記念として渋沢賞を創設した。我が国 うち,感電保護は内外を問わず古くから研究されてき の保安,電気事業の確立に大きな役割を果たした人物 ている。特に,これは直接的に人間の安全に係わるも である。 のであるため,非常に重要な保護体系である。また, 同氏はスイス工科大学で,恩師であるウェーバー博 感電保護は接地と関係が深く,接地を専門とする筆者 士から感電について学んだ。その当時,日本では電路 にとっても大きな関心事である。 の絶縁が悪く,感電死亡事故が多発していた。 本稿では,日本における感電保護の歴史および基準・ そこで,大正 3 年(1914年),電気試験所において 規格の現状を述べ,感電の研究では世界的権威者であ 自ら感電の実験を試みた。水を入れたバケツに両足を るビーゲルマイヤー博士の研究成果および IEC 規格, 入れ,濡れた両手で裸電線を握った。電線とバケツの IEEE規格等を参考にして日本における感電保護の課題 間に30 V を印加し 4 mAを流したら苦痛を感じた。まだ について述べる。 耐えることができたが実験を中止した。その後,裸電 線を片手(左手)で握って実験したが,50V以上でも 2 .日本における歴史的変還 何も感じなかった。この実験結果から許容接触電圧を ( 1 )感電事故と接地の原点 50Vとした。 明治33年(1900年)10月に東京市神田錦町の牛肉店 (江知勝)で女中(15歳の少女)が電灯コードに触れ ( 3 )接地工事と接地抵抗 て感電死した。この原因は柱上変圧器の高圧側(当時 明治44年に「電気工事規程」が公布され,第28条に は2000V)と低圧側が風雨のため混触していたためで おいて接地工事の種類として,第一種接地工事及び第 ある。このような事故が関西方面でもあったらしい。 二種接地工事の 2 種類が規定された。これらの接地抵 そこで混触による電位の発生を防止するために明治44 抗は,第二種地線工事における接地抵抗は地線と大地 年(1911年)に低圧側を接地することにした。これが との間の電圧を150 V 以下に保持することとした。当時 接地工事(第 2 種地線工事)の原点である。 は接地工事を地線工事と称していた。 最初に規程された明治44年以降,大正,昭和時代を ( 2 )渋沢元冶の感電実験 同氏は明治 9 年(1876年)10月25日に生まれ,明治 33年(1900年)に東京帝国大学を卒業,スイス・チュ 経て規程の改正が度々行われた。それらをまとめて接 地工事の種類および接地抵抗の規程の変遷を表 1 ,名 称等の変遷を表 2 に示す。 ーリッヒのスイス工科大学で学び,GE 社(米国)に 入社。帰国後,大正 3 年(1914年)電気試験所に入所 した。大正 8 年(1919年)東京帝国大学教授,昭和14 ( 4 )漏電遮断器の導入 日本の配電電圧は欧米に比べて低いものの,系統接 地と機器接地の接地系電路において,人体に流れる電 * 流あるいは人体にかかる電圧に対する危険性が顕在化 Department of Architecture, Kanto gakuin University していた。このような状況において,接地に加えて感 所員,建築学科 26 建築設備工学研究所報 No.30 2 0 0 7 . 3 昭和43年(1968年):(社)日本電設工業協会の接地 工事専門委員会(池田栄一委員長,田辺隆冶主査)が 日本 ME 学会安全対策調査委員会と共同審議を行い, 「病院設備の接地方式指針」を公表した。この指針はわ が国で初めて病院電気設備の安全基準を示したもので, 医用接地方式の考え方を検討した。 表1 規程及び接地工事の名称の変更 昭和57年(1982年):上記の指針を基に「病院電気 設備の安全基準」 (JIS T 1022)が制定された。また, これに関連したものに昭和54年に「医用接地センター ボディーおよび医用接地端子」(JIS C 2808)が,昭 和57年に「医用差込接続機器」(JIS T 1021)が制定 されている。 表2 規程及び接地工事の名称の変更 その後,この分野は(社)電気設備学会で審議して いる。 電を防止する対策が検討されてきた。 昭和41年(1966年):建設業労働災害防止協会が労 ( 6 )保安用接地の体系化 働省の指導のもとに「感電災害防止の指針」を作成し, 保安用接地は電技で定められている接地工事の接地 建設用ベルトコンベアに漏電感電防止器の施設を推奨 抵抗を満足するために設計・施工が実施されていたが, した。さらに,イギリス規格を準拠した電圧動作形漏 これを総合的に検討するための委員会が組織され,保 電遮断器を規格化した。 安用接地の集大成を完成させた。 昭和42年(1967年) :(社)日本電設工業協会の接地 昭和45年(1970年):(社)日本電設工業協会技術委 工事専門委員会(池田栄一委員長)で電流動作形も取 員会(池田栄一委員長,田辺隆治主任研究者)が「建 り入れた「漏電遮断器要綱」を発表した。 築電気設備の保安用接地に関する研究報告書」を公表 昭和44年(1969年) :労働安全衛生規則第124条で漏 電遮断器を施設することが規程された。 漏電遮断器が導入されてから図 1 に示すように感電 死亡事故が減少傾向になった。 した。この報告書の内容は三つの分科会の検討結果を まとめている。第 1 分科会は,各種接地極の有効かつ 適切な使用方法およびそれらの得失の比較を行い,ま た接地抵抗低減のための並列接地,深打工法,土壌の 化学処理の効果について検討を行っている。第 2 分科 会は,建築構造体を接地極に代用することの可能性お よびそれに伴って生ずる二次的諸現象を検討している。 第 3 分科会は,金属管配管を接地導体として使用する 場合のインピーダンスの調査を行い,その効果につい て検討している。 ( 7 )地絡保護の強化 図1 感電死亡件数と漏電遮断器生産台数の推移(産 業安全年鑑,経済産業省生産動態統計による) ( 5 )病院設備の安全強化 わが国の感電防止は接地工事を主体に対策が講じら れてきていたが,漏電遮断器の導入(前述( 4 ) )に伴 い,漏電遮断器を用いた地絡保護の方策の検討を開始 した。 医用電気機器が普及し,マクロショック(皮膚を介 昭和46年(1971年):(社)日本電気協会技術基準調 して体内に電流が流れることにより起きる感電)やミ 査委員会の使用設備専門委員会の地絡保護方式分科会 クロショック(皮膚を介さずに漏れ電流が心臓に直接 (池田栄一分科委員長)が審議し, 「低圧電路地絡保護 流れて起きる感電)の危険が懸念された。そこで,病 指針」を公表した。この指針は感電事故を防ぐための 院電気設備の接地方式の検討を開始した。 保護方式について理論的検討を加え,地絡保護の考え 関 東 学 院 大 学 27 方を保護接地方式,過電流遮断方式,漏電遮断方式, 災害を招くおそれがある。そこで,人体の許容電流を 漏電警報方式,絶縁変圧器の五つに区分して記述して 離脱限界電流の最低値と考えられる 5 mA とする。ま いる。さらに,人体の接触状態を第一種から第四種ま た,この状態では,人体抵抗は皮膚が著しくぬれてい で分類し,各々の接触状態に対応した許容接触電圧を るため500Ωとする。許容接触電圧をUとすれば,オー 決めている。 ムの法則から,U=0.005×500=2.5〔V〕となる。 この指針の成果により,昭和47年(1972年)の電技 改正では漏電遮断器の取付け義務が大幅に拡大された。 第 2 種接触状態とは浴槽,プールの周辺,又は人が 立ち入るおそれがある水槽,池の周辺,あるいはトン ネル工事現場などに湿気や水気が著しく存在する場所 3 .日本における感電保護の基準・規格 である。金属製の電気機械装置や構造物に人体の一部 感電保護の基準の根拠の多くは古くからダルジール が常時触れている場合では皮膚表面が発汗している状 やケッペンらの研究成果を参考に検討されてきたが, 態を考慮している。この状態では,第1種接触状態と同 近年になってIEC規格,特にビーゲルマイヤーの研究 じく人体抵抗を500Ωとする。又,人体の許容通過電 成果が反映されている。 流はケッペンの下限値である50mA をとる。このとき, 許容接触状態 U はU=0.05×500=25Vとなる。 ( 1 )低圧地絡保護指針(JEAG8101)における許容 接触電圧 第 3 種接触状態とは住宅,工場,事務所などの一般 的な場所である。このような状態では手足の皮膚がぬ 感電事故を想定した場合,その危険度は,最終的に れたり,発汗したりするおそれはなく,人体抵抗はフ は人体に流れる電流と継続時間の積で評価されるが, ライベルガーの曲線に従うと考えられる。接触電圧を 一応の目安として許容接触電圧が定められている。 50 V とすると,同曲線によって人体抵抗の下限値は約 感電事故の様相は事故の起きる環境によって異なっ 1700Ωである。このとき人体通過電流は,50÷1700≒ てくる。感電防止の視点から,環境の状態をクラス分 0.03=30mA となる。この30mA という値はケッペンの けしたものを接触状態という。 (社)日本電気協会から 曲線に1.67の安全率を見込んだ曲線の下限値に等しい。 発刊されている「定圧電路地絡保護指針」では,接触 したがって,この状態は50 V までの接触電圧を許容し 状態を表 3 に示すように第 1 種から第 4 種まで 4 種類 ているのである。一般の場所において,50∼60 V 程度 に区分し,それぞれの状態において許容される接触電 の接触電圧を許可するのは,ヨーロッパ諸国において 圧を規定している。同表に示した接触電圧の算定根拠 永年の実績がある。 を以下に示す。 第 4 種接触状態とは人の触れるおそれのない場所, あるいは隠蔽場所に施設された場所である。この状態 においては接触電圧に格別の制限がない。 ( 2 )電気設備技術基準の省令および解釈 電気設備技術基準(以下,電技)は平成9年(1997 年)に全面的に改正された。その背景として次の3つが ある。 )技術進歩,環境変化などにより,簡素化しても保 安上支障がない条項を整理する。 *設置者などの理解が向上し,かつ技術基準の客観 表3 接触状態による接触電圧の基準(低圧電路地絡 保護指針) 性が確保可能な場合には,機能性基準の視点を導 入する。 +公正,中立と認められるような外国の規格,民間 第 1 種接触状態とは浴槽,プール又は,人が立ち入 規格などを導入する。 るおそれのある水槽,池,沼などに施設する電路であ 上記の),*に伴い,自己責任原則を重視するとい る。このような環境で感電した状態を想定すると,心 う観点から電技は省令(285ヶ条)・告示(48ヶ条)を 室細動電流を対象としていたのでは,溺死などに二次 省令(78ヶ条) ・解釈(272ヶ条)に変更した。 28 建築設備工学研究所報 No.30 接地や感電に関しては電技省令第 4 条,第10条,第 11条,第15条,第20条,第21条,第56条,第59条,第 2 0 0 7 . 3 同様である。ただし,コンクリート床の場合は接地工 事が必要である。 64条等あり,これらの省令に対応して解釈が定められ ( 3 )内線規程 ている。 本稿では電技解釈の接地の条文における根拠を示す (社)日本電気協会は,昭和43年(1968年)に電気 設備技術基準(以下,電技)に基づいた需要場所にお ことにする。 ける電気設備の保安の確保を実行するために,電気工 電技解釈第19条(接地工事の種類) 接地工事の種類を表 4 に示す。接地工事において, 100Ωを漏電遮断器が施設している場合は500Ωまで緩 和している。これは,漏電遮断器の定格感電電流が 100mA 以下とし,その場合の接触電圧を50 V 以下に抑 えることができる接地抵抗の最大値を500Ωとした。 作物の設計・施工・維持・検査の規範として「内線規 程」が民間自主規程として制定された。 それ以来,電技などの改正,電気技術の進歩や社会 ニーズの変化に対応するために,改訂されてきた。 内線規程は,電技の省令および解釈に定められてい る抽象的な表現事項について具体的に解説し,さらに 電気保安に基づく電気使用の利便性を考慮した項目に ついても規程している。そのため,非常にわかりやす い内容であり,電気設備の分野に従事している技術者 の「座右の書」的な規程である。 今回の内線規程(第11版)の改訂は,平成12年(2000 年)に実施された改訂以降に発生した電技解釈の改正, 各団体からの提案及び要望に応えるため,規定内容の 見直しや明確化を行ったものである。電技解釈は第 1 表4 接地関連規定 条から第272条で構成されているが,内線規程におい て,第272条(IEC60364規格の適用)は適用除外とさ 第20条(各種接地工事の細目) 具体的な工事方法を示している。その中で接地極を 地表下75cm以上に埋設することにしているが,この理 由は埋設深さが深いほど電位傾度が小さくなり,歩幅 電圧の低減による感電保護に寄与するためである。 れている。 本稿ではトピックとして接地付コンセント施設に関 する改訂について紹介する。 感電災害を防ぐため,電路には漏電遮断器を施設し, 漏電遮断器の確実な動作を確保するために接地を必要 とする。そのためには,接地極コンセントが有効であ 第28条(電気設備の接地) 電路の中性点の接地に関する条文である。接触電圧, る。さらに,電気用品の国際整合化に伴い,クラスI機 器の移行の動きもある。 歩幅電圧では IEEE のダルジール博士の研究成果を基 このような状況において,わが国でも接地極付コン にしている。発変電所構内の中性点直接接地系統にお セントの普及を進める必要がある。改訂前はでは勧告 いて,作業者はゴム靴を履いていて,事故時間も短い 的,推進的事項であったが,今回の改訂では表 5 に示 ために150 V を目安としている。 すような見直しを図った。 第29条(機械器具の鉄台及び外箱の接地) 4 .ビーゲルマイヤーの研究 環境に応じて接地工事を省略できる場合もあるとい う条文である。 同氏は1924年 7 月19日オーストリア,ウィーンに生 まれる。1950年にウィーン大学で物理学を学び学位を 取得し,1950∼1957年オーストリア電気用品試験所に 乾燥している場所では人間と対地の間の電気抵抗が 勤務,1957年から電気安全問題のコンサルタントとし 大きいため,対地電圧が150 V 以下であれば致命的な感 てESF研究所(ウィーン)を設立し,現在に至ってい 電が生じないため,接地工事は不要である。150 V を超 る。 える低圧の場合でも木製の床,畳,石などの床上でも ビーゲルマイヤー博士は,オーストリア電気用品試 関 東 学 院 大 29 学 いる。1978年にオーストリア大統領からプロフェッサ ーの称号を与えられた。また,1985年にはIEEE(電気 電子学会)から Power Life Award を受賞している。 感電の研究は羊,豚,山羊,犬などの動物実験で電 流特性のデータを採っているが,ビーゲルマイヤー博 士は自ら被験者となり人体インピーダンス,人体通過 電流と心臓の心室細動に関する実験データを収集して いる。写真 1 に実験の様子と実験装置,図 2 実験回路 を示す。 表5 接地極付コンセントの施設概要 験所に入所以来,一貫として電気安全技術に関する研 究に携わり,その成果は国際規格に採用されると共に 感電防止方式の確立に大きく貢献した。特に,彼は1970 ∼1980年代において危険な感電レベルにおける人体イ ンピーダンスの測定を行い,電気病理学上の基礎を導 いた。また,従来,感電死と電流の関係はエネルギー 写 真 1 ビーゲルマイヤー博士の実験の様子と実験装置 に依存するとしていた定説についてその誤解を指摘し, 人体通過電流とその心臓の心室細動に関する各種デー タを収集し,その統計分析を行い,心室細動電流は心 拍を境にZカーブとなることを提案した。これによっ て,電流による感電死のメカニズムが解明され,各種 保護方式が可能になった。 1930年代のケッペン博士(独)やダルジ−ル博士 (米)らの考え方を基として1974年にIECレポート479 “人体を通過する電流の影響”が発行されたが,彼はこ 図2 実験回路 れを不十分とし,TC64のWG 4(人体通過電流の影響) の議長として,その改正に精力的に取り組み,彼自身 5.感電電流の安全限界曲線 のデータを基に原案を作成した。この原案は IEC 加盟 感電防止対策には,大別すると保護接地方式と漏電 各国の検討を経て国際的に認められ,1984年に第 1 編 遮断方式とがある。住宅,ビル,工場等の低圧電路に (人体インピーダンス,15∼100 Hz の交流による影響, おいては,漏電遮断方式が最も有効であり,一般的に 直流による影響) ,1987年に第 2 編(100Hzを超える交 採用されている。漏電遮断器の設置が義務づけられた 流による影響,特殊波形電流による影響,短時間単方 ことで,感電死亡事故が大幅に減少し,漏電遮断器の 向性インパルス電流による影響)が発行された。以来 有効性が認識されてきた。 このレポートは,IEC の各 TC において安全基準を作成 する際の基礎として重要な役割を果たしている。 また,彼は1978年に感電防止に関する三重保護(基 漏電遮断器の特性,歩幅,接触電圧の評価において は人体の電流特性を明らかにすることが必要不可欠な 課題である。この電流特性とは人体のインピーダンス, 本保護,故障保護,追加保護)の概念を構築させるな 周波数を考慮した感電電流の実効値と通電作用時間の ど,その豊富な経験と知識に基づき低圧電気設備の安 関係を示すもので,安全限界曲線と称している。この 全について理論と実務の両面にわたり基準を提供し, 電流特性を明らかにするための研究は古くから行われ 感電防止技術を啓蒙した。彼は漏電遮断器の開発にお ており,貴重なデータが公表されている。 ける先駆者であり,この分野で36以上の特許を持って 30 建築設備工学研究所報 No.30 ( 1 )ケッペンの実験 2 0 0 7 . 3 人間に適用するための式を提案している。 I=157/√T〔mA〕 人体通過電流の危険性を判定するのに,大きな電流 ならば短時間でも危険であるし,小さな電流であれば この式をもとにグラフ化すると図 3 の C 線になる。 長時間接続しても危険にならない。この考えに基づき, 感電電流の安全限界を,次のように電流と時間の積が ( 3 )IEC60479規格 一定値になることを見い出した。 前述したように,1974年当時はケッペンやダルジー I・T = constant(一定) ルのデータをもとに図 4(a)のような曲線があった。 ( I:人体通過電流〔mA〕,T:通過時間〔s〕) この図は感電電流(心室細動電流)と作用時間の関係 ケッペンは種々検討した結果,人体通過電流の安全 を感電の危険度に応じ,四つの曲線と五つの領域に分 限界として電流時間積を50〔mA・S〕とすることを提 けている。対象とする周波数は50∼60Hzとなってい 唱した。すなわち, る。 I・T=50〔mA〕 TC64は約1.5年ごとに会議を開催しているが,1984 この式をグラフ化すると図 3 の A 線である。A 線を 年のベルン会議で図 4(a)の改正案が提出され審議し 境として右上が危険範囲であり,左下が安全範囲であ た。その結果,1985年に改正された。改正の特徴は図 る。例えば,100mA の電流が人体に 1 秒流れると危険 4(b)に示すとおり,領域を四つにして特に曲線 c の であるが,0.1秒で遮断されれば安全である。なお,ケ 形状が変更になった。つまり,心室細動現象を引き起 ッペンの A 線では,人体通過電流が50mA 以下では安 こす電流特性が変わったものである。同図は15∼100Hz 全限界は無関係と指定としている。図 3 のB線は,I・ に対応するものであるが,周波数の違いはあるものの, T=30とした場合である。すなわち,B 線は A 線に1.67 感電の危険度の目安として,電流と時間の関係を曲線 の安全率を見込んだ形になっている。ヨーロッパ諸国 c に改正されたことは大きな意義のあることであった。 ではこの B 線をベースにしてきている。 この改正の原動力となったのがビーゲルマイヤーであ る。 図4 図3 感電電流(交流)の安全限界曲線(IEC60479) 感電電流と通電作用時間の関係 (4)IEEE 規格にみるダルジールの研究成果 ( 2 )ダルジール(アメリカ)の実験 米国においてはANSI(米国規格協会,American ケッペンの実験に対してはダルジールは,感電の危 National Standard Institute)NFPA(米国防火協会, 険度は電流のエネルギーに関係することを見い出し, National Fire Protection Association),IEEE(米国電 安全限界を次のように示した。 気電子学会,Institute of Electrical and Electronics 2 I ・T=constant(一定) この式により人体の感電電流を次式のように評価した。 I=116/√T〔mA〕 これは50kgの羊が確率0.5%で死ぬ限界値である。ダ ルジールは,この式をもとに平均体重70kgに換算して Engineers)等の合同規格において,感電保護に関す る内容が盛り込まれており,その主なる文献はダルジ ール博士の研究成果である。感電保護については,特 記すべき内容について紹介する。 ダルジールは感電の危険度を人体の体重に影響する 関 東 学 と考え,いろいろな動物実験を行い,データを収集し, 院 大 31 学 いる。 その例を図 5 に示す。これらのデータをもとに前述し TC64では当初から,以下に示すような感電保護など たような安全限界の感電電流の実験式を見い出した。 に関する規格を作成してきたが,近年は TC64の根幹規 ダルジールとビーゲルマイヤーの研究成果の評価を 行い,感電電流の安全限界曲線を図 6 のように示して 格と位置づけられている。IEC 規格(建築電気設備) をまとめている。 )人体を通過する電流の影響(IEC60479,1987年, いる。 1984年発刊) *感電保護に関する電気・電子機器の分類(IEC, 感電電流(mA) 1976年発刊) +感電保護のための設備と機器に関する共通事項 (IEC61140,1992発刊) ,電源システム及びスイッチ・コントロールギアの 選定と施工(IEC61200,1993∼1996年発刊) -建築電気設備(IEC60364,1980∼1996年発刊) IEC60364規格は「建築電気設備」であったが,2005 年の韓国済州島会議で「低圧電気設備」と変更した。 体重(kg) 図5 感電の危険度 この理由は後述するTC99の高圧電気設備との区別化を はかるためである。 IEC60364規格の構成は2006年に変更され図 7 に示す ようになった。今までの規格は長い間にドイツの代表 委員であったW. Rudolph氏(故人)らが原型を構築し 人体経過電流(mA) たものであり,約20年間,マイナーチェンジはしたも のの規格体系として活用されてきた。 電流継続時間 t(ms) 図6 感電電流の安全限界曲線 6 .IEC における感電保護の規格の概要 ( 1 )TC64(電気設備と感電保護) TC64は1967年に設立され,第 1 回目の国際会議がフ ランス・パリで開催され,それ以降,国際会議の審議 を経て,数多くの国際規格を作成してきた。TC64の検 討範囲は低圧需要家設備(IECでは交流 1 kV,直流 1.5kV以下)を対象として,建物内及びその周辺並び に類似の構造物の電気設備の配線における安全性及び その関連事項の規格を審議している。TC64は非常に範 囲が広く,他の TC にも密接に関係する内容を含んで 図7 IEC60364(低圧電気設備)の新規格 32 建築設備工学研究所報 No.30 2 0 0 7 . 3 ところが,TC64の前委員長であるD. M. Latimer 氏 (英国)は委員長の時代に再構築を積極的に推進し, 1997年頃から WG を組織して規格体系を検討してきた。 今まで構成は面的な関係で規格を構成しているため, 規格内容が入り組んでいた。それを整理統合し図12に 示すように,5 つの幹を設定し,関連する規格を枝と して分類している。感電保護については,4 ―47(感電 保護手段),4 ―481(外的影響保護手段)をまとめて4 ―481(感電保護)に再構築している。なお,特殊設 備・場所の感電保護は60364-7シリーズの規格の中で規 定している。 ( 2 )TC99(高圧電力設備のシステムエンジニアリ ング及び施工) TC99は,TC64の低圧に対して高圧電力設備の要件 に関する国際規格の必要性が高まっていること, CENELEC(欧州電気標準化委員会)が高圧電力設備 図8 許容接触電圧の計算方法(IEC61936―1) 図9 接触電圧の安全限界曲線(IEC61936―1) 分野の規格作成に着手しているという理由から1995年 に設立された。第 1 回目の国際会議がドイツ・フラン クフルト市で開催された。TC99の適用範囲は,交流 1 kV超過の発変電所,送配電及び需要家設備である。 これらの電気安全の要件として,電力設備の設計・施 工の規格を作成しようするものである。この中には, 高圧設備の接地システムを対象とした項目がある。 高圧電力設備においては,例えば変電所の構内にお ける感電保護の指標として,人間の歩幅電圧や接触電 圧が用いられる。そのため,感電保護を評価するため には感電電流よりも電圧で評価したほうが便利である。 そこで,感電電流の安全限界を電圧の限界,つまり心 室細動を引き起こさない許容接触電圧の値に変換する 必要がある。 許容接触電圧は図 8 に示したフローで決定する。許 容接触電圧は高圧電力設備の遮断時間に密接に関係す る。そこで,人体に印加される許容接触電圧と継続時 間との関係を表すと図 9 のようになる。同図のZ 1 ∼Z 4 曲線において,確率及び統計的観点から,現在使用さ 住宅でも,今回の内線規程の改訂に伴い,普及が促進 れているZ 2 曲線が,接地設計要素として最低条件とさ されようとしている。 れている。 ( 1 )3 P コンセントの形状 7 .日本における接地極コンセントの普及のための課題 接地極付コンセント(以下,3 Pコンセント)は電源 3 P コンセントは図10に示すように,接地極の付い たコンセントに,対応するプラグを 3 P プラグという。 と接地(アース)を同時に得ることができるコンセン コンセントとプラグの組み合わせを 3 P コンセントシ トである。欧米では電気設備の常識になっている。わ ステムという。わが国では,従前から同図(ハ)に示 が国でもオフィスビルや病院などで普及しつつあるが, すように,接地端子付のコンセントが普及していた。 関 図10 東 学 院 大 図11 接地極付コンセントの形状 33 学 接地の必要な主要耐久消費財の普及 どちらも役割は同じであるが,後述する家電機器のク ラス分類に関係している。 3 P コンセントシステムの特徴は,手でプラグの抜 き差しを行うとき,プラグのアースピンが電源用の平 刃よりも長いため,つねにプラグが接地されている状 態になる。つまり,家電機器の接地が完全な形で実現 されているという利点がある。 ( 2 )接地を必要とする家電機器 近年は住宅においても,多種多様な家電機器が普及 図12 接地の必要な主要耐久消費財の保有台数 されている。その中で,感電防止を目的とした接地を 必要とする機器も多く含まれている。それらは商用電 造物責任)法が平成 7 年 7 月 1 日に施行されて以来, 源の電気エネルギーを利用する機器である。さらに, 接地設備のあり方が大きな課題になってきている。こ IT 機器関連の情報・制御信号として利用する機器も接 の PL 法は,日本では画期的な法律であり,企業及び国 地を必要とする。住宅における機器をまとめて表 6 に 民にとっては大きな関心事になっている。PL 法に対す 示す。これらの機器の普及率と保有機台数の推移図11, るメーカーのアクションの一つに,製品の危険に関す 図12に示す。 る告示がある。電気的危険に関するシンボルマークを 図13に示す。いずれも感電・接地(アース)に関する ( 3 )3 P コンセントシステムの必要性 )PL(製造物責任)法 もので,タイトルおよび意味は図中に示すとおりであ る。 わが国において,従前から住宅においては感電防止 のための保安用の接地設備,例えば,電気洗濯機の接 地が主体であった。しかし,PL(Product Liability,構 表6 接地を必要とする家電機器 図13 電気的危険に関するシンボルマーク 34 建築設備工学研究所報 No.30 さて,PL 法が施行されたわが国で,警告表示のつい た製品を我々国民が手にしたとき,とまどうことがあ るのではないだろうか。それは接地の取付けに関して 2 0 0 7 . 3 応した機器である。 (ニ) クラスÀ機器:機能絶縁のほかに保護絶縁を施 し,二重の絶縁を施した機器である。 (ホ) クラスÁ機器:安全特別低電圧(SELV(Safety である。 Extra Low Voltage):交流50V) (社)日本電機工業会(JEMA)でとりまとめた家電 製品の「警告表示実施要領」によると,表示する製品 を用いる機器である。 わが国ではWTO(世界貿易機関)加盟国であり, には「アースを確実に取り付けて下さい。故障や漏電 TBT(Agreement on Technical Barriers to Trade,貿 のときに感電する恐れがあります。アースの取り付け 易の技術的障害に関する協定)協定を締結している。 は販売店にご相談ください。 」という旨の要注意書きを 国際整合化に伴い,IEC 規格を取り入れることになっ 記したカタログを添付することになっている。 ているが,特にクラス0¿機器は例外としている。欧米 わが国の普通の住宅においては,接地端子付コンセ ントが洗面所に設置されている程度であり,台所に設 諸国では常識となっているクラス¿機器を普及する必 要がある。 置されていることはめずらしい状況ではなかろうか。 それなのに, 「アースを確実に取り付けて下さい」 , 「販 売店に相談してください」という表示はとまどうばか ( 4 )3 P コンセントシステムの普及のための課題 3 P コンセントシステムの普及に際して,よく言わ りである。 「販売店に相談して下さい」と言われても戸 れることが「にわとり」と「たまご」のたとえである。 建住宅でも,特に集合住宅では簡単にアース工事を行 「 3 P プラグが先なのか」 , 「 3 P コンセントが先なのか」 の問題がある。次にいろいろな視点で普及のための課 うのは困難であろう。 題について述べる。 *家電機器のクラス分類 IEC(国際電気標準会議)規格の「家庭用電気機器 )ユーザーの視点 の安全に関する総則」(IEC60335)において,家電機 前述で述べてきたように,接地は住宅においても重 器を感電防止の観点から IEC では家電機器を安全に使 要であり必要不可欠である。ユーザーの多くは,接地 用するために,次の五つのクラスに分類している. の必要性を十分に認識しており, 「いつでも」 , 「どこで (イ)クラス 0(ゼロ)機器:機能絶縁だけで接地のな も」,「かんたん」に接地を得ることができれば,安心 できる環境で生活できる。ただし,工事費用の負担の い機器。 (ロ)クラス 0¿(ゼロワン)機器:クラス 0 機器と同 問題はある。 様に機能絶縁だけであるが,図14(イ)に示す ように接地線がある。したがって,機能絶縁が劣 化しても接地されているので,感電防止には寄与 *配線器具メーカーの視点 ユーザーニーズを満足するためには,3 Pコンセント を生産する必要がある。メーカーは図 2 に示したよう している。 (ハ)クラス¿機器:クラス 0¿機器と同様に,接地が なコンセントを普及し,クラス 0¿,クラス¿機器に ある。ただし,図14(ロ)に示すように,この 対応させている。理想的にはクラス¿機器対応の 3 P 機器は電源コードと一体( 3 Pプラグ)になって コンセントの普及である。価格の問題も大量生産にな いるので,電源供給と同時に,自動的に接地され れば解消されるはずである。ユーザーニーズを満足す る。つまり,これは 3 Pコンセントシステムに対 るためには,3 P コンセントを生産する必要がある。 +家電機器メーカーの視点 PL 法の施行で,メーカーは前述したように家電機器 に接地を要求している。日本の住宅電気設備の現状を 踏まえたうえで,このような要求をユーザーに課して (イ)クラス0¿機器 図14 (ロ)クラス¿機器 家電機器のクラス分け いることは,少々無理なことではないだろうか。IEC 規格の整合化が必須課題になっている現在,クラス¿ 関 東 学 院 大 学 35 機器の使用を理想とするならば,3 P プラグ付の家電機 が,これも 3 芯ケーブルの色別を明確にすることで安 器にすべきである。 心して施工できるはずであろう。 ,電線メーカーの視点 8 .あとがき 3 P コンセントシステムに対応した専用のケーブル の開発は容易なことであろう。その際,電圧側,接地 日本における感電保護の現状とビーゲルマイヤー博 士の研究による IEC 規格の現状を紹介した。 側電線の色別を規格化しておく必要がある。接地極の 日本においては,対地電圧が低いことと漏電遮断器 接地線は IEC 規格に色のケーブルを使うことは当然で の普及率が高いため,感電死亡事故は欧米と比較して ある。 非常に少ない。しかし,地方の農家などでは今だに漏 日本では従前から,例えば,関東と関西では,これ らの電線の色別が異なっている。ま さに国内整合化を図ることが先決である。 電遮断器を設置していない住宅もあり,決して磐石な 状態ではない。 現状において,課題になるのは接地極付コンセント の普及についてである。これは,感電保護も含まれる -設計者の視点 が,IEC 整合化におけるクラスの¿機器の扱いにも密 住宅の接地設備として望ましい形態は, 「感電や雷サ 接に関係する。さらに,TC108(情報技術・通信技術 ージによる過電圧を防止するための保安用接地」 ,「エ 分野における電子機器の安全性)に関係する情報技術 レクトロニクス機器の安定な動作を確保するための機 機器( 3 P プラグ)との問題も関係する。 能用接地」という異なる 2 種類の接地を一つにまとめ 3 P コンセントシステムの普及するための課題とし る,つまり,共用して施工することである。もちろん, て“にわとり”と“たまご”の論を例えとして引き出 それには大地に施す接地極だけでは不十分であり,例 した。考えてみれば,3 P コンセントであれば,クラス えば,SPD,等電位ボンディングが必要である。 0¿機器は可能であるが,2 P コンセントであれば対応 近年の住宅は大型化し,家電機器も大容量化し,全 電化住宅が多く建設されている。住宅の接地線の配線 できない。便宣上,アダプターの使用も考えられるが 信頼性に課題が残る。やはり,電気設備の視点から, 方式は, 「送り配線(ループ状)方式」と「放射状(ス 3 P コンセントシステムを普及しその後でクラス¿機器 ター状)配線方式」とに大別される。 を生産するのが“筋”なのかもしれない。いずれにし 送り配線方式とは,コンセントからコンセントへわ たって配線される方式で,材料及び施工費が安価に抑 えられる利点がある。一方,放射状配線とは,住宅用 ても,関連業界が一丸となって 3 P コンセントシステ ムを推進する気持ちが必要であろう。 国民が安全に安心して生活を営むためには電気安全 分電盤から系統ごとに放射状に配線される方法である。 環境を整備することが必要である。さらに利便性を追 これは,接地を必要とする家電機器をすべて,一点に 求するならば建築電気設備の高度化が必要である。建 集中させ,その点を電位の基準点とする考えである。 築電気設備のインフラ整備に終りはない。 従前から,日本ではこの形態を, 「一点接地」と呼んで いたが,IEC 規格の思想では「スター型ボンディング」 参考文献 であり,同義である。 1 )渋沢元治:電界百話,オーム社,1934年 一点に集中させる箇所は,分電盤の等電位ボンディ ングバー(あるいは集中接地端子)であり,そこには 2 )低圧電路地絡保護指針,(JEAG8101―1971),(社) 日本電気協会 SPDが装備されることもある。3 P コンセントの普及の 3 )内線規程(JEAC8001―2005),(社)日本電気協会 具現化するためには,設計者が十分にシステムニーズ 4 )消費動向調査年表:内閣府経済社会研究所,2006 を認識する必要がある。 年 5 )高橋:これからの住宅電気設備,オーム, 3月号, .施工者の視点 古い話ではあるが,病院において 3 P コンセントの 2006年 6 )G. Biegelmeier:Wirlungen des elektrischen Stroms 誤結線でトラブルが生じたことがある。最近は全く耳 auf Menschen und Nutztiere,VDE VERLAG, にしない。施工する際に留意することは誤結線である 1986年 36 建築設備工学研究所報 No.30 7 )G. Biegelmeier,W. Skuggevig,T. Takahashi: The Influence of Low-voltage Net-work System on the Safety of Electrical Energy Distribution UL. Inc.1997年 8 )IEEE: Guide for Safety in AC Substation Grounding, ANSI/IEEE std.80,2000年 9 )IEC 規格 (2007年 2 月17日受理) 2 0 0 7 . 3
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