2.トピックス 急増する訪日外国人旅行者の現状と課題

2.トピックス
急増する訪日外国人旅行者の現状と課題
このところ中国を中心に日本を訪れる旅行者が急増している。そこで本項では、そう
した旅行者が日本のどこを訪れ、何を買い求め、どこに課題があるか、といった点につ
いて考えてみた。
(1)はじめに
最近、海外から日本を訪れる旅行者が顕著に増えており、図1に示したように、2013
年の訪日外国人旅行者数は前年比+24.0%の大幅増加となった。こうした動きをやや
長い目でみると、訪日外国人旅行者数は 2000 年以降 07 年までは年率 8.4%のペース
で増加していたが、
08 年のリーマンショックを機に落ち込み、09 年は前年比▲18.7%、
10 年~11 年は原発事故の影響などもあり平均▲0.5%と低調であった。ところが 2012
年は前年を+34.4%上回る伸びとなり、13 年には上述のように+24.0%の伸びとなり、
14 年は 1~7 月までの累計で+26.4%となっている。
この間、わが国から海外へ旅行する日本人の数は、2000 年を 100 とすると、13 年
は 98 とほとんど変わらない。このため、訪日外国人旅行者数から出国日本人数を引い
たネットの訪日外国人旅行者数は依然マイナスではあるが、2000 年の▲1,306 万人か
ら 13 年には▲711 万人、14 年 1~7 月には▲190 万人とプラスの方向にある。
こうした訪日外国人旅行者数の増加は旅行費用の一部をわが国にもたらす。ちなみ
に、2013 年の訪日外国人旅行消費額は 1 兆 4,167 億円と、同年の名目 GDP の 0.3%に
相当する規模であった。
(図2) GDP統計(輸出)と実質輸出
(図1) 訪日外客数と出国日本人数
(2000年=100)
(2000年1-3月期=100)
300
14年
(1-7月)
訪日外客数
250
180
GDP統計の
輸出
160
出国日本人数
差
13年
200
140
150
120
100
100
50
80
00
05
10
モノの輸出
(通関統計を輸出物
価で割ったもの)
00
(年)
05
10
(出所)内閣府「四半期別GDP統計」、日本銀行「実質輸出」
(出所)日本政府観光局(正式名称:日本観光振興機構)
9
(年)
ただし、外国人がわが国で消費するモノやサービスは、統計上は GDP の個人消費で
はなく、輸出として計算される。理由は、個人消費は国内の自国民の消費が対象とな
るが、外国人の消費は海外ではなく自国内でモノやサービスが消費されているので、
広い意味での輸出として位置づけられているからである。
そこで、図2では、GDP 統計にある輸出から、狭い意味でのモノの輸出(通関ベー
ス)を取り出し、その差がどのくらいあるかを図にしてみた。いずれも 2000 年 1-3
月期を 100 にすると、
14 年 4-6 月期の GDP 統計における輸出が 168.8 であるのに対し、
モノの輸出数量は 145.9 と 15.7%も差が拡大している。この中には近年増加傾向にあ
る輸送、通信、金融保険、特許等使用料などさまざまなサービスの輸出も含まれてい
て、全てが外国人旅行者の消費によるわけではなく、旅行収支のウェイトは約 10%に
過ぎない。しかし、今後も最近のような高い伸びが続けば、いずれはそれが輸出だけ
でなく GDP 全体を押し上げる有力なコンポーネントの一つになることも期待できる方
向にある。
そこで以下では、2010 年以降の訪日外国人旅行者が、この国から日本を訪れ、何を
購入し、また、何を日本に求めているのか、といった点について調べてみた。
(2)訪日旅行者の国別にみた特徴
独立行政法人国際観光振興機構によると、図3にあるように、訪日外国人旅行者数
は、2011 年は原発事故の影響で 621.8 万人、前年比▲27.8%と大幅な減少となった。
しかし、12 年は 835.8 万人(+34.4%)、13 年は 1,036.3 万人(24.0%)と回復し、
(図4) 韓国、台湾、中国、香港が増加
(図3) アジアからの割合が多い訪日旅行者数
(万人)
(万人)
1,400
1,200
アジア
1,200
1,000
アジア以外
その他
1,000
800
香港
600
台湾
400
中国
800
600
400
200
200
0
0
10
11
12
(注)2014年は1-7月累計の年換算
(出所)日本政府観光局
13
14
(年)
韓国
10
11
12
(注)2014年は1-7月累計の年換算
(出所)日本政府観光局
10
13
14
(年)
14 年 1~7 月は前述のように年換算で 1,310 万人(+26.4%)とその伸びをさらに高
めている。
これを国・地域別にみると、全体の 78.3%はアジアからの訪日旅行者が占めている。
また、ボトムとなった 2011 年と 14 年 1~7 月との比較では、414 万人の増加のうち、
アジアからの旅行者数の増加が 339 万人と全体の 81.8%を占めている。
また、図4にあるように、2014 年 1~7 月の期間(年換算)で旅行者数が最も多か
ったのは台湾の 291 万人(前年比+31.7%)で、次いで中国 251 万人(同+90.9%)、
韓国 240 万人(同▲2.4%)、香港 91 万人(同+21.6%)の順となっている。
もっとも、2013 年後半以降の中国の伸びは著しく、図5にあるように 13 年前半ま
では前年を割り込んでいたが、13 年 9 月に前年比+28.4%とプラスに転じ、14 年 7
月には同+101.0%の高い伸びとなっている。
したがって、14 年 1 月から 7 月
までの前年比伸び率が 15 年末ま
で続くと仮定して 15 年の国別旅
行者数を試算してみると、最も多
いのは中国の 479 万人で、次いで
(前年比、%)
(図5) 主要4ヵ国・地域からの訪日旅行者数
14年に入り中国の増加が目立つ
300
香港
(注)香港の12年4月は+665.8%
200
台湾 383 万人、韓国 234 万人と、
中国が最も多い旅行者数となる。
尖閣諸島問題
中国
100
台湾
このように中国の増加が著しい
のは、かつては中国からの旅行者
は高い伸びを続けていたが(2000
年~08 年、前年比年率+13.9%)、
リーマンショックや大震災、尖閣
0
韓国
-100
-200
諸島の領有権問題などによって、
その都度、旅行者数が激減すると
韓国
台湾
11年3月
福島原発事故
11
12
13
中国
香港
14
(年)
(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」
いう状況が繰り返されてきたため
である。
一方、台湾と香港の場合には尖閣諸島問題の影響はあまりみられず、2013 年はそれ
ぞれ前年比+50.8%、+54.9%と高い伸びを続けたが、14 年に入ってからは前年の伸
びが非常に大きかったこともあり、伸び率は徐々に鈍化して今日に至っている。
韓国も 2012 年半ばから 13 年半ばまでは前年を 3~4 割上回るペースで増加が続い
たが、大型遊覧船セウォル号の沈没事件(14 年 4 月)をきっかけに自粛ムードが高ま
ったことなどから、前年を下回る月が目立つようになっている。
(3)中国からの旅行者と他のアジア諸国からの旅行者の違い
このように 2014 年に入ってからの旅行者に占める中国人のウェイトは急速に高ま
っているが、中国からの旅行者と他のアジア諸国からの旅行者では大きな違いがある。
11
それは 1 人当たりの旅行支出額が韓国や台湾、香港の1人当たり支出額を大幅に上
回っていることである。ちなみに、図6は訪日外国人1人当たりの旅行支出額の推移
を図示したものである。中国は 18.9 万円(2013 年)と韓国の 6.6 万円、台湾の 8.0
万円、香港の 11.3 万円に比べて 1.7 倍~2.9 倍も多く支出している。しかも、時間の
経過とともに中国の1人当たり支出額は増加している(過去 3 年間の変化率:中国+
30.0%、韓国▲3.3%、台湾+3.2%、香港+24.3%)。
また、図7は 2013 年における旅行支出に占める買物代を各国間で比較したもので
あるが、中国は他国を 6 万円~9 万円も上回っている。このことは、中国人の支出額
が他国に比べて多いのは飲食費や宿泊費ではなく、主に買物代であることを示してい
る。
(図6) 訪日外国人1人当たり旅行支出
(万円)
(図7) 旅行支出に占める買物代
(2013年)
(円)
25
120,000
全体平均を上回る中国人旅行者の消費
100,000
20
中国
80,000
60,000
15
全国籍
香港
10
台湾
40,000
20,000
5
11
12
13
(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」
14
(年)
ドイツ
米国
英国
フランス
カナダ
豪州
全 国籍・
地域
韓国
マレーシア
香港
台湾
タイ
中国
0
韓国
(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」平成25年 年次報告書
なぜ中国からの旅行者の買物代は他国からの旅行者の買物代に比べて金額が多いの
であろうか。
考えられる理由は 3 つある。
1 つ目は、中国は 1 人当たりの所得はまだ日本の 9 分の 1 程度に過ぎないが、所得
の多い人達は日本や他の先進国をはるかに上回っていることである(なぜ中国の所得
格差が大きいかというと、最大の理由は個人には所得税や資産税などが課されていな
いためである)。
2 つ目は、初めて日本に来る人の比率が高い、ということである。「今回初めて日
本に来た」とアンケート調査で答えた人の割合は、中国が 49.1%と、韓国の 29.2%、
台湾の 23.7%、香港の 19.0%に比べて 20%ポイント以上も上回っている。初めて日
本を訪れた外国人が日本の商品を御土産として大量に買っていくということは十分に
考えられることである。
12
ちなみに、図8は中国、台湾、香港、韓国からの旅行者が何を購入したかを図にし
たものである。
圧倒的に中国人が購入しているのは、カメラ、ビデオカメラ、時計やその他の電気
製品である。最近は同種の製品が中国市場にもかなり出回っていると思われるが、電
気店や百貨店を実際に訪れて、目と手で確かめて安くて良い商品を買い求めているも
のと思われる。
3 つ目は、日本製品に対する
(図8) 買物代の内訳(2013年)
(円)
信頼という点ではないかと思わ
150,000
中国
れる。というのは、確かにカメ
台湾
香港
韓国
ラ、ビデオカメラ、時計やその
100,000
他の電気製品等の購入額が多額
に上っているが、化粧品、医薬
品、トイレタリーや洋服、かば
50,000
ん、靴などの商品も他国より 2
~3 万円多く買っているからで
0
ある。偽物が多いといわれる中
菓子類
国と比べ、品質の面で日本製品
が評価されていることはよく知
化粧品・
医薬品・
トイレタリー
カメラ・
和服・
ビデオカメラ・ 民芸品
時計・
その他の電気製品
洋服・
かばん・
靴
(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」平成25年 年次報告書
られた話である。
(4)訪日旅行者の訪問地域
海外からの訪日旅行者が訪れている主な地域は、表1にあるように、国により若干
の違いがある。
中国、台湾、香港では 1 位が東京(各 59.5%、37.4%、40.9%、いずれも複数回答)
で、2 番目が大阪(各 40.0%、24.0%、23.5%)と両者で過半を占め、3 番目が京都
(各 25.8%、18.7%、13.7%)である。一方、韓国は、1 位が東京(30.5%)、2 位が
福岡(26.7%)、3 位が大阪(22.7%)となっている。これは地理的に福岡が近いこと
が影響しているものと思われる。
中国からの訪問者が東京や
大阪に訪問する比率が高いと
いうことは、先述の買物の購
(表1) 都道府県別訪問率(複数回答)
1位
2位
3位
中国
入金額が多いこととも平仄の
とれる結果であり、今後、旅
行者を呼び寄せるためには東
京や大阪に匹敵する商品提供
ができるかどうかが重要とい
うことになる。
台湾
香港
韓国
4位
東京
大阪
京都
神奈川
愛知
59.5
40.0
25.8
19.2
16.0
東京
大阪
京都
千葉
北海道
37.4
24.0
18.7
13.9
11.4
東京
大阪
京都
沖縄
北海道
40.9
23.5
13.7
12.4
11.5
東京
福岡
大阪
大分
京都
30.5
26.7
22.7
12.8
9.8
(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」平成25年 年次報告書
13
(%)
5位
(5)訪日旅行者の旅行情報の入手先
また、今後の訪日旅行者数を増加させる観点からは、そもそも外国人旅行者が旅行
の出発前にどのような情報源から旅行情報を入手しているかを知ることも重要である。
表2にあるように、旅行情報の入手先は、①インターネットから得た情報が 31.8%、
②個人のブログが 24.1%、③日本在住の親族・知人からが 20.3%、④自国の親族・友
人が 18.6%、⑤旅行ガイドブックが 12.2%となっており、①~②で全体の 55.9%を
占めている。
他方、日本に滞在しているときに得た旅行情報で役に立ったとしているのは、①イ
ンターネット(スマートフォン)が 37.7%、②インターネット(パソコン)が 36.8%、
③日本在住の親族・知人からが 20.2%、④観光案内所(空港を除く)が 15.8%、⑤宿
泊施設が 14.1%となっており、やはり①と②で全体の 74.5%を占めている。
これらのことは、海外から旅行者を集めるためには、海外の人達が訪れてみたいと
感じるような情報を彼らの目線に立ってスマートフォンやパソコン上に載せることが
重要であることを示している。
(表2) 訪日旅行者の旅行情報の入手先(複数回答)
出発前に得た旅行情報で役に立ったもの
①インターネット
②個人のブログ
③日本在住の親族・知人
④自国の親族・知人
⑤旅行ガイドブック
日本滞在中に得た旅行情報で役に立ったもの
①インターネット(スマートフォン)
②インターネット(パソコン)
③日本在住の親族・知人
④観光案内所(空港除く)
⑤宿泊施設
(%)
全体
中国
31.8
24.1
20.3
18.6
12.2
①
④
②
③
⑤
23.9
11.2
20.0
14.7
5.2
台湾
②
①
④
③
⑤
22.4
36.2
11.5
17.3
9.6
香港
②
①
⑤
④
③
29.2
30.8
6.9
13.5
15.6
韓国
②
①
④
⑤
③
34.6
41.0
12.6
10.2
17.2
全体
中国
37.7
36.8
20.2
15.8
14.1
①
②
③
④
⑤
34.8
30.5
18.6
10.0
9.4
台湾
①
②
⑤
④
③
46.1
36.2
9.6
18.1
21.6
香港
①
②
⑤
④
③
51.0
41.4
6.6
21.2
22.0
韓国
①
②
③
④
⑤
39.1
23.8
13.1
13.0
7.9
(注)国名の枠内の番号は回答率の順位
(出所)観光庁「訪日外国人消費動向調査」平成25年 年次報告書
(6)訪日旅行者の再訪問の意向
次に、訪日旅行者に再度日本を訪れたいかを聞いたアンケート調査によると、「必
ず来たい」が 56.5%、「来たい」が 36.1%と、両者合計で 9 割を超えている。また、
中国からの旅行者の場合も、「必ず来たい」が 49.1%、「来たい」が 43.0%と、「必
ず来たい」とする人の割合は平均よりやや低いが、「来たい」はそれを上回っており、
両者合計では平均値とほとんど同じである。
また、「今回した活動」と「次回したい活動」の設問では、「今回した活動」には
買物や名所旧跡の見学が多かったが、「次回したい活動」を「今回した活動」と比較
14
すると、「四季の体感」が「今回」の 11.5%から「次回」は 34.6%と+23.1%ポイン
トも増えているほか、「歴史・伝統文化体験」も 23.5%から 31.4%と+7.9%ポイン
ト、「舞台観賞」も 5.5%から 21.9%と+16.4%ポイント増えている。
しかし、そのようなニーズに現在の日本の観光地が十分に応えることができるか、
というと疑問がないわけではない。とりわけ、歴史的、伝統的な文化施設や舞台鑑賞
となると、海外から訪れる人達の言葉で表現されていなくてはならない。また、彼ら
の感性に触れるものがはたしてどの程度あるか、という点でも疑問がある。名所旧跡
という点でも、日本人の歴史的な出来事をほとんど知らない人達に感動を与えること
ができるのかという点でも胸を張って「問題ない」と言える人は少ないのではないか
思われる(たとえば、徳川家康、織田信長を知っている外国人は少ない)。そうであ
るとすると、ビギナーはともかく、リピーターにどのような「観光」を提供できるか
はなかなか難しいテーマである。
(7)おわりに
以上、最近増加が著しい海外からの旅行者がどのような情報を基に、どこの国から
来て、どこに行き、そこで何を求め、どこに課題があるか、といった点についてみて
きた。そこから明らかになったことは、訪問回数が 2 回目、3 回目の人達に十分満足
感を味わってもらうのはなかなか難しいかも知れないが、日本の電気製品や化粧品等
を大量に買っていく中国などからの旅行者を増やすためには、まだいくつかの点で対
応の余地があるのではないか、ということである。
以下では、考えられるいくつかのポイントについて整理してみた。
第 1 は、インターネットで海外の人達が訪れてみたいと思うような情報を提供する
ことである。それは、たとえば、「京都の○○に行けば東京並みの価格と品質の電気
製品が購入できる」といった体制を整え、その情報をインターネット上に準備してお
くことも一考に値するように思われる。もちろん、その際には英語だけでなく、中国
語や韓国語などの言葉で伝えることも考えるべきである。
第 2 は、パッケージ企画旅行のスケジュールにも、名所旧跡の見学だけでなく、海
外の人達が強い購入意欲を持っている商品を提供できる場所(スポット)や機会を組
み入れることである。そうした商品が購入しやすい免税店の数を増やすことも一考に
値するのではないかと思われる。東京や大阪で購入できるような商品を京都において
もたくさん提供できるようになれば、それだけ京都での滞在期間も長くなるのではな
いかと思われる。
第 3 は、旅行者が容易に情報収集できる無線 LAN(無料の Wi-Fi)をホテルや主要観
光地域に設置することも重要ではないか、ということである。
(2014 年 11 月 7 日
15
京都総合経済研究所 小堀
潔)