「働きやすい病院」の評価事業を推進

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女性医師が伸び伸びと働き続け
業、大学などと連携し、シンポジウム
年後に潜在化してしまう可能性も見
るためには、何らかの準備や支援が
やセミナーを開催する社会啓発活動
過ごせません。いずれにせよ、女性
必要だ。もちろん、女性医師サイドか
をはじめ各種調査研究、政策提言な
医師の労働環境を早急に改善しな
らの自発的な動きも起きており、支
ど。特に重視しているのが広報活動
ければならないのは確か。高い志を
援活動を進めるNPOも生まれてい
で、こうしてメディアの取材を受ける
もって医師になった人が現実に絶望
る。略称ejnet(イージェイネット)、正
ことも多い。
して仕事を辞めてしまうなんて、もっ
式名称を「女性医師のキャリア形成・
「私が勤務していた病院は救急も
たいないですから」
維持・向上をめざす会」
(2005年設立)
外来も多くて忙しく、働く女性医師
という。
の苦労や悩みを数多く目にしました。
民の理解と協力が不可欠。昨年12
大半は、仕事と家庭との両立です。
月に都内で行われた「第4回イージェ
は、結婚・出産を経験したのち急性
私自身は、子育てのほとんどを両親
イネットシンポジウム」には一般市民
期病院に復職して消化器内科医長
に代行してもらったようなもので、実
もパネリストに招き、専門家と意見を
を務め、2003年に退職して独立。現
は娘の沐浴というものをした記憶す
交わした。
在は、医師とNPO代表理事の二足
らありません。しかも医師ですから、
「小児科のムダな受診をやめようと
のわらじを履き、月に何度も東京・大
子どもが病気でも安心でした(笑)。
呼びかけたお母さんの会の方のほ
阪を行き来する生活を送る。
でも、子育てをしながら急性期病院
か、日本有数の救急病院院長や医
の常勤として働く女性医師は、親な
療研究者、厚労省の医政局医事技
どの支援を受けずにキャリアを続け
官、日本医師会の男女共同参画担
るのは難しいはずです」
当理事にも来てもらいました。いず
代表理事を務める瀧野敏子医師
このことは、医師に限らず働く女
れは、私たちが行政に直接提案もす
「私の両親は二人とも医師でした
性のすべてに当てはまる。
「保育所
る、メインストリームの立場になりた
が、母は子育てのために医師を辞め
不足」は、医師不足が叫ばれるずい
いと思っています」
てしまったんです。その姿を見ていて、
ぶん前から指摘され続けていたこと
出産や子育てを経ても女性医師が
でもある。
仕事を続けてキャリアを積み、医師
「医師不足や偏在の対策として、潜
の仕事を一生まっとうできるような環
在化した女性医師に期待するのは
境整備や支援体制が必要だと思っ
当然の流れでしょう。しかし、彼女た
瀧野さんは現在、消化器内科医と
ていました。
ちは今の医療界の状況では働くこと
して働くが、医師になりたての頃は
母のように仕事を辞めざるを得な
ができず、やむなく辞めてしまった人
小児科医だった。救急医を志望し、
いのはあまりにも不本意ですし、医
たちですから、現状のまま戻ってこ
何でも診られる医 師 になりた いと
師不足が叫ばれる現代にとっては大
いというのは身勝手な話です。それ
思った。そのため最初は小児科で腕
きな社会的損失ですから」
に、医師国家試験合格者の35%以
を磨き、特に未熟児を担当すること
上が女性である今、その人たちが数
が多かったという。
活動内容は、医療機関、行政、企
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変革には、医療界だけではなく市
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「けれど、あるとき高齢化社会のこ
うのは、オンとオフを明確に使い分
訪問を行うことを始めています。追
とが頭をよぎったわけです。小児科
ける点だという。
跡調査を行った3病院すべての院長
の 対 象 は 0 歳 から 1 5 歳までですか
「若い人たちが個人の生活を大事
には、人材募集の面で非常に効果
ら、
『ゆりかごから墓場まで』のよう
にするようになり、ワークライフバラン
的だったとの意見をいただきました
な全人的な医療はできないと思っ
スという考え方も浸透しました。そ
が、それが統計的に有意かどうかは、
て、ご縁があった淀川キリスト教病院
ういう世代が働くわけですから、病
認定施設が50とか100に増えてから
(大阪府)
の内科に行きました。その
院もそれに合わせた変革をしなけれ
わかると思っています」
3年後に消化器内科チームができた
ばなりません。そこで、何か指針と
ホスピレートの受審を機に、働き
ので 移った ので すが 、これが 性 に
なるものが必要ではないかと考えた
やすい病院が増えてくれればいいと
合ったんです。救急も終末期医療も
のです」
いう。しかしそれは、女性医師を楽
でき、検査も健診も多くて多様な診
にして甘やかすことではなく、あくま
療ができましたから」
でプロフェッショナリズムの維持が目
的であり、その先にあるのは患者さ
ちょっとだけ残念なのは、そんな母
んの存在だ。
親の多忙ぶりを見て育ったお嬢さん
が「絶対にイヤ」
と医師を志さず、獣
それは、ejnetが2006年から開始
しかし、ホスピレートの実施で意
医の道に進んでしまったことだった。
した、
「ホスピレート
(働きやすい病院
外なことがあった。認定された病院
評価事業)
」だ。
に、ある一つの傾向が見えてきたと
のは、この国の医療をどうするべき
「女性医師を含むすべての医療従
いうのである。
かというグランドデザインを誰も考え
事者が安心して働くことができる病
「認定され女性医師が増えた病院
てこなかった結果です。昨今よくいわ
院を、ejnetが第三者機関として確認
に、多くの看護師が集まってきたとい
れる、産科医や小児科医が足りない
したうえで評価・認定するものです。
うのです。当然のことですが、医師
という話にしても、そこに多くの人手
育児や介護への支援、そして復職や
も看護師も、誰だっていい病院で働
が必要だと知りながら、誰も正そう
キャリア形成などの数十項目からな
きたいと思うものですからね。看護
としませんでした。
りますが、それらを書面、現地訪問、
師が増えれば医師も楽になり、新た
「今、日本の医療が危機的状況な
医療にとって救急は不可欠なもの
ヒアリングなどから評価していき、基
な医師もやってきます。いいことが一
ですが、担当医はたいへんです。な
準をクリアした病院には認定証を発
つあると、全部が好転していく例か
のに、当直の翌日は必ず休めるとか、
行するとともに、認定病院としてウェ
もしれません」
ほかの科より給料が高いとかいうイ
ブサイトに掲載・公開します。医療機
ンセンティブが何もありません。それ
関における日本発の従業員満足度
を改善するには、個々の病院がいく
評価で、2008年11月までに12の施
ら努力しても無理なので、国がやる
設が認定病院になっています」
べき。ところが、政治は医療費削減
12という数字にとどまっているの
に向かいました。医療崩壊は根が深
は、ホスピレートの知名度の問題も
く、さまざまな原因がリンクした問題
ある。しかし、受審の申し込みは増
ですから解決は困難ですが、私たち
えてきており、今後は毎年20施設程
も当事者として立ち上がらないとい
度の認定が目標だそうだ。
けません」
「その審査を受けたら、病院にとっ
とはいいつつ、医師を目指す女性
て何かいいことがあるのかとよく聞
が増えたことは歓迎すべきだという。
かれます。経営がよくなったり、いい
男 性も含 め、若い人は 強 い 意 思を
人材が集まったりするのかと。それ
もって医師を志すから、少々忙しい
については追跡調査が必要ですの
現場でも必死に働く。ただし昔と違
で、認定後1年ほど経って再び現地
(たきの・としこ)
1981年大阪市立大学医学部卒。東京女子医科大学小
児科教室、国立小児病院などを経て、1987年淀川キリ
スト教病院消化器内科に入職。2004年3月にラ・クォー
ル本町クリニックを開業。
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