救急症例のPitfall No.8 前日に腰痛、翌日ショック?

救急症例 のPitfall
No.8
湘南鎌倉総合病院救急総合診療科 堂本佳典/監修 同院 山上浩
前日に腰痛、翌日ショック?
症例
前日に腰痛、翌日ショック?
主訴
腰痛、失神
現病歴
心臓超音波(自身施行)
:壁運動の低下認めず、心嚢液
搬送 1 時間前、布団から起き上がってトイレに行き、排
貯留認めず
便後、意識消失の患者さんを家人が発見し救急要請。救
腹部超音波(自身施行)
:膨瘤部に腹部大動脈瘤と大動
急隊現着時には意識 JCS:I−2、血圧触診 90 であったが、
脈周囲に Low echoic な病変あり。モリソン窩、脾周囲、
車内搬入時 BP146/112、HR111、SpO 97%、冷汗著明
ダグラス窩に Fluid(-)
2
であった。
前日、建築現場で作業中、重い物を持った瞬間に腰痛
採血結果
を自覚。体動時に腰痛が増強するため発症当日は一日中
WBC 8500/ μ l、RBC 444 万 / μ l、Hb 14.4g/dl、Ht
床に臥せていたとのこと。また、臍左側が前日から徐々に
41.7%、Plt 17.2 万 /μl
膨瘤していたが、問題視していなかった。
CPK 108 IU/l、AST 11 IU/l、ALT 10 IU/l、LDH
173 IU/l、ALP 131 IU/l
既往・内服歴
BUN 14.4mg/dl、Cre 1.13mg/dl、Na 139mEq/l、K
特記なし(医療機関受診歴がない)
3.4mEq/l、Cl 105mEq/l
喫煙:20 本 /日×40 年、アルコール:機会飲酒
BS 203mg/dl、HbA1c 5.4%、CRP 0.1mg/dl 未満
トロポニンT 陰性
身体所見
意識 JCS:0
BP:74/59mmHg HR:103/min BT:36.7℃、
SpO2:96%(room air)
頭頸部:結膜に貧血黄染なし、他特記なし
胸部:呼吸音清、心雑音なし
腹部:臍左側に膨瘤あり、膨瘤部にtapping tenderness
(+)、手術痕なし
四肢/皮膚:麻痺なし、末梢冷感・冷汗著明
直腸診:腫瘤触知せず、鮮血/黒色便認めず
胸部 X 線検査:CTR55%、上縦隔の拡大なし
心電図:脈拍 100、洞調律、ST-T 変化認めず
胸腹部造影 CT
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診断
症である。破裂の臨床的三徴は急性発症の腹痛または
1
腹部大動脈瘤破裂(閉鎖性破裂)
腰痛、ショック、拍動性腫瘤であるが、三徴を認めるものは
1/3 のみである。破裂例の 50%は病院前に死亡し、25%
初期対応
は病院に到着するが緊急手術まで至らず死亡する。25%
搬入時、意識清明であったが冷汗著明でバイタル不安
は緊急手術を受けるが救命率は約半数といわれている。
定なため、代償性ショックの可能性を考え2ルート確保し、
近年では破裂症例に対してステント内挿術施行例も増加
生食 1000ml 急速静注。問診、身体診察、ベッドサイド超
している。
音波検査施行より大動脈瘤破裂を疑い、すみやかに外科
一般的に未破裂動脈瘤の治療では人工血管置換術
コンサルトをした。収縮期血圧は 90 程度で安定したため、
やステント内挿術が行われる。ステント内挿術は解剖学的
胸腹部造影 CT 検査を施行。腎動脈下 30mm から総腸
適応基準もあり適応困難症例もあるが、低侵襲であり手
1、
2
骨動脈分岐部まで最大径 50mm の病変を認めた。ダグラ
術困難例へ施行できるという利点がある。近年、確立され
ス窩に液貯留認めず、後腹膜腔内の CT 値が 42 である
つつある治療法だが施行例は増加傾向にあり、人工血管
ことから上記と診断。血管内ステント治療となった。
置換術より長期予後に関して劣るという報告もなく 、今後
3
の発展が期待される分野である。
考察
当院外科では血管病変に対して血管内治療を行って
排便後の失神、持続するショックで来院。腹部大動脈
おり、対象疾患は胸部大動脈瘤、外傷性大動脈解離、腹
瘤破裂と診断し、血管内ステント内挿術を行った症例を経
部大動脈瘤などである。2010 年度以降、腹部大動脈瘤
験した。この症例では、前日に、あたかも急性腰痛症のよ
破裂症例は 14 例に上り、ほぼ全例に血管内ステント治療
うな腰痛を生じていたが、おそらくこの時点で腹部大動脈
を行っている。また未破裂動脈瘤に対する治療も積極的
瘤が切迫破裂していた、
もしくは後腹膜腔へ破裂していた
に行っており、当院での未破裂動脈瘤治療例の約 70%は
と思われる。通常、腹腔内への破裂では突然死など救命
血管内ステント治療である。
困難な症例が多いが、後腹膜腔へ破裂した場合は、この
腰痛で受診する中年以降の患者では、積極的に腹部
症例のようにタンポナーデ効果により生存来院する症例も
エコーを施行し、腹部大動脈緊急の否定を忘れないよう
少なくない。
にしたい。
腹 部 大 動 脈 瘤は解 剖 学 的に 95%が 腎 動 脈より1 〜
3cm 末梢に生じ、総腸骨動脈に及ぶ頻度は 91%と非常
に高い。50~70 歳男性に好発するとされている。動脈硬
化性病変が多く、高血圧、喫煙、糖尿病などが危険因子
である。他の血管病変(冠動脈病変、胸部大動脈瘤など)
を合併するため注意が必要である。大多数が無症状であ
り、偶発的に発見される例も少なくない。合併症として①
破裂②瘤内に生じた血栓の末梢動脈への塞栓③動脈瘤
の感染④動脈瘤腸管瘻などがあり、破裂は重大な合併
●参考文献
1. Tintinalli's EMERGENCY MEDICINE 7th edition
2. 急性腹症の CT:著者 堀川義文ら
3. Endovascular versus Open Repair of Abdominal Aortic
Aneurysm:The New England Journal of Medicine May
20,2010
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