技術紹介 薄型統合冷却システム“SLIM cool” Thin Integrated cooling system“SLIM cool” 岩崎 充 * 原 潤一郎 * 羽田 智 ** 森 栄一 ** 回谷 雄一 * Mitsuru Iwasaki Junichiro Hara Satoshi Haneda Eiichi Mori Yuichi Meguriya 要 旨 ターボ車や HEV 車に用いられる CAC やサブラジエータは,通常,コンデンサ前部に設置されるが,ラジエー タを含めて 3 枚重ねになるため通気抵抗が悪化する等の課題があった.今回,従来のコンデンサと同じ 2 枚 分のコア厚さを保ち,低通気抵抗で,燃費改善にも効果がある新構造の熱交換器(システム)を開発した. Abstract CAC and Sub-Radiator are installed in front of the condenser. The number of layers of heat exchangers is increased two to three. Therefore the pressure drop of air flow is worse and the power of cooling fan is increased. The function of a heat exchanger of new integrated cooling system automatically varies with vehicle running condition. This system is called "SLIM cool" that has twolayer thickness only and improves fuel mileage. Key Word: heat exchanger, Charge Air Cooler, radiator, Air Conditioning, Fuel economy, optimum design 1. は じ め に 近年,クリーン・ディーゼルエンジン,ハイブリッド,過 給機付きガソリンエンジンなど新しい駆動源が出現してきて いる.これらは自然吸気エンジンに対し,追加の熱交換器を 必要とする.たとえばクリーン・ディーゼルエンジンや過給 機付きガソリンエンジンには,CAC(Charge Air Cooler)が 追加される.またハイブリッド車には,電気モータやその制 御インバータを冷却するためのサブラジエータが必要となる. これらの熱交換器が従来のコンデンサやラジエータが置 かれていた車両前方部に配置されると,これらを通過する 冷却風は,コンデンサ,ラジエータの 2 層を通過するだけ ではなく,CAC あるいはサブラジエータを通過する必要が ある.このため空気側通気抵抗が増加し,冷却風の風速を 現行と同じに保つためには,冷却ファン動力が増える.ま た追加される熱交換器のレイアウトスペースも必要になる. こうした冷却動力の増加やレイアウトスペースの確保は, 新しい駆動源の導入に際して大きな障害になっていた. “SLIM cool”( Single Layer Integrated cooling Module, 以下,SLIM と呼称)は,このような課題を解決するため の新規冷却システムである.車両前部に設置される熱交換 器の通気抵抗削減をはかり,レイアウトスペース節減,重 量低減および車両燃費を改善できることが確認されたため 以下に紹介する. *グローバルテクノロジー本部 先行技術開発グループ **製品事業本部 熱交システム開発グループ 18 Fig.1 Comparison of Cooling System 薄型統合冷却システム“SLIM cool” 2. システム概要 Fig.1 に過給機付きエンジンの場合の従来の冷却シス テムと SLIM の比較を示す.水冷 CAC を使用した従来 型では,CAC を冷却するためのサブラジエータが空調 コンデンサとラジエータに挟まれる位置にあった.一 方,SLIM では,従来型の空調コンデンサは高さを低く し,その上部にサブラジエータを配置し,コンデンサと サブラジエータの 2 層を 1 層にした(single layer).こ のサブ・ラジエータには冷却水タンクの片側にこの冷却 水で空調冷媒を冷却する水冷コンデンサが内蔵されてい サブ RAD が別々の場合 サブ RAD が 1 つの場合 Fig.3 Heat Dissipation in Various Driving Scenes る(Fig.2). Fig.4 Relation of temperature and performance 種々の走行条件があるが,ここでは,代表的な走行 条件について説明する(Fig.3).高速走行のような負荷 の高い走行条件では,CAC の交換熱量(図中■)は大 きいが,空調コンデンサの熱交換には余裕があり,水冷 コンデンサの熱負荷(図中■)は小さい.一方,アイド リングなどの低負荷時には,CAC の熱量は非常に低い が,走行風がないため,コンデンサの最大能力近辺で作 動し,水冷コンデンサの負荷は高い.この 2 つの冷却対 象の最大熱負荷条件が異なることに着目し,1 つのサブ Fig.2 Water cooled Condenser ラジエータで両方の熱負荷を処理できるかどうか検討し た.その結果,走行負荷の高い条件では,サブラジエー 空調冷媒はコンプレッサを出て,まず水冷コンデンサ タは CAC 冷却用として機能し,走行負荷の低い条件で で冷却され,さらに従来の空冷コンデンサで冷却・凝縮 は,サブラジエータは空冷コンデンサの補助として水冷 する.コンプレッサを出た冷媒はガス状態であり,従来 コンデンサを冷却できることが確認された. は,気体-気体の熱交換だったが,SLIM の水冷コンデ 通常,機能が異なる冷却対象は,切り換えバルブなど ンサでは,気体-液体熱交換が可能になる.この熱交換 の制御手段を用いるのが一般的である.SLIM では,ア 形態では,熱伝達率が高いので,非常にコンパクトであ イドリング時には,空調冷媒とサブラジエータの間の温 りながら,冷媒のガス域からほぼ二相域に入るところま 度差が大きく,エンジン高負荷時は空調冷媒とサブラジ でを冷却できる. エータの温度差が小さいため,水冷コンデンサでの熱交 SLIM を過給機付きエンジン車に適用した場合,サブ 換が無くなり,バルブやアクチュエータを使うことなく, ラジエータの冷却水は約 60℃以下に管理される.水冷 冷却対象を,切り換えることが可能である(Fig.4). CAC では,この冷却水により,過給された高温の吸入 なお走行中は冷却風が十分得られるため,空冷コンデ 空気を冷却する.サブラジエータは,水冷コンデンサと ンサのみで十分冷却が可能である. 水冷 CAC の 2 つの冷却をおこなう熱交換器といえる. SLIM では,空調コンデンサの高さを従来の 70% 程度 通常,2 つの冷却対象があると,熱交換器はそれぞれの にし,その上方にサブラジエータを配置することが可能 冷却対象の最大熱量の合計に対応する熱量を処理できる である.従来は,空調コンデンサ,サブラジエータ,そ ように設計するのが一般的である.しかし本開発では, してラジエータと 3 層にするか,空調コンデンサとラジ 複数ある冷却対象の発生熱量が車両走行条件により異な エータの前面面積を小さくし,あいた空間にサブラジ ることに着目した. エータを収納するようなレイアウトであった.前者では, 19 CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.8 2011 冷却風が 3 層の熱交換器を通過することになり,通気抵 抗が高まる.同じ風速を得るには,冷却ファンの大容量 化が必要になる.一方,コンデンサとラジエータの前面 面積を小さくすると,その分,交換熱量が低下するため, 熱交換器の厚さを増すことが必要であった.そして厚さ を増すことで,やはり通気抵抗が増えるという課題が ※ 1 ; The simple expression that omitted the heat radiation area ratio ※ 2 ; The value is different according to the difference of the cooling velocity of the wind 【Temperature of fluid used to calculate】 Outside temperature 35℃ Refrigerant temperature inlet 69.5℃ Sub RAD water temp. inlet 1 59℃ Refrigerant saturation temperature 60℃ Sub RAD water temp. inlet 2 50℃ (gas area use inlet1,refrigerant two phase area use inlet2) あった. SLIM の場合,熱交換器を通過する冷却風から見て,2 層の熱交換器を通過することになり,従来の 3 層より通 気抵抗が約 30% 減るため,冷却ファン動力を低減できる. さらにサブラジエータの前面にコンデンサがないため, 前面空気温度上昇による熱交換性能の低下もない. 3. 完全水冷コンデンサ方式との比較 SLIM では,空調冷媒のコンデンサに,水冷部分と空 冷部分がある.一方,コンデンサをすべて水冷だけでお こなう方式も考えられる(これを「完全水冷方式」と呼 称).そこで完全水冷方式との比較をおこなった. 熱交換量は,冷却媒体 - 冷却対象間の温度差とその対流 熱伝達率の積に比例する.Fig.5 には冷却媒体-冷却対 象間の熱伝達率を,Table 1 には,温度差,熱伝達率と その積を示した.比較対象は,従来の熱交換器配置,完 全水冷方式,そして SLIM である.なお表中のイタリッ ク体は個々の熱交換形態で,最適な熱伝達率を示してい る(*). 通常,コンデンサ内の冷媒に於いて,ガス域の割合は, 全体の 20%程度である.本表が示すように,冷媒のガ ス域では,SLIM は水冷であるため空冷よりも熱伝達率 が良く,冷媒の二相域では,SLIM は空冷であり,水冷 よりも熱伝達率が良い.SLIM は,ガス域,二相域とも, 他のいずれの方式より優れた熱伝達率を実現しているこ とがわかる. 冷却水と外気との熱交換量 Q については,簡略式(1) に示すように,媒体間の温度差と対流熱伝達率により計 算ができる.冷媒と外気間,冷媒と冷却水間についても 同様に計算をおこなうことができ,これらにおいても, Fig.5 Comparison of Heat Transfer Coefficient Table.1 Comparison of Heat Transfers 同一放熱面積(A)の場合,SLIM は優れていることが わかった(K ×Δ T). これから,SLIM は完全水冷方式や従来の 3 列配置よ りも優れた熱交換性能をもつことが判明した. 4. 最適サブラジエータ比率 空調コンデンサを水冷方式と空冷方式に 2 分割してい るため,その分割の最適点を探索した.たとえば CAC が冷却対象のひとつである場合,サブラジエータの熱交 換性能は,CAC の目標熱量を満足することが必要であ る.しかしサブラジエータがこの熱量を処理できるなら, より大きなサブラジエータの方が良いのか,それとも 最小限の方が,最適なのか判定基準が必要になる.この ため空調コンデンサの熱交換性能を基準にすることにし た.冷凍サイクルは,サイクルバランス点に収束する傾 向があるため,コンデンサの熱量ではなく,同一熱負荷 *Italic style shows optimum choice. 20 での作動圧力で比較した.Fig.6 にその結果を示す. 薄型統合冷却システム“SLIM cool” 21% 低減できることが判明した.これは車両前部の熱交 換器の配置が 3 層から 2 層になることで,通気抵抗が低 減し,前面風速が向上したことだけではなく,水冷コン デンサを冷却する冷却水の熱容量により,冷却水温度が 上昇しにくい蓄冷効果による. モード走行でモーターファン入力が同等の場合,蓄冷 効果により加速時の圧力上昇は抑えられ,全体的に低い 圧力になる(Fig.8). Fig.6 Optimum Ratio of Sub-radiator Height 横軸はサブラジエータの高さ方向の比率である.すな わちグラフ左端では,従来の空冷コンデンサとフルサイ ズのサブラジエータ,ラジエータの 3 層になる.一方, 右端では,空冷コンデンサはなく,3 項の完全水冷方式 になる.このグラフが示すようにサブラジエータの高さ 比率は,15 ~ 50% のところに最適値があることが判明 した.これは熱伝達率の悪いガス領域が 20%ほどあり, この部分を水冷化するのはあまり影響がないが,もとも と空冷で熱伝達率が高い二相域部分を熱伝達率が低い水 冷にすると効率が低下するためと思われる. CAC の要求熱量を考慮すると,CAC 要求熱量を満足 Fig.8 Pd comparison at constant fan power できる最小の高さ比率近辺(50%以内の範囲)が最適と (10-15mode AC ON) いえる. なおこのような解析は,評価条件が多いため,一次元 シミュレーションを用いて解析し,最終的に実験で確認 した. 5. 蓄冷効果 6. 燃費効果 SLIM の効果としては,上記の 3 層を 2 層にした通気 抵抗低減効果と水冷コンデンサを使用したことのよる水 の蓄冷効果の 2 つの効果がある(Fig.9). ファン駆動力を同等にして,車両加速時の冷凍サイク ルの高圧側圧力を台上試験で確認した(Fig.7). Fig.9 Effect of slim Fig.7 Moderation of pressure rise at vehicle acceleration 7. 適用結果 SLIM を下記の車両に適用し,その効果を確認した. 通常,車両加速時には,エンジン回転数の上昇により, 1) 過給機付きガソリンエンジン車 コンプレッサの冷媒質量流量が増え,冷凍サイクルの高 2) 過給機付きディーゼルエンジン車 圧側圧力が上昇するが,SLIM では,この圧力上昇を約 21 CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.8 2011 7.1 過給機付きガソリンエンジン車 市販の過給機付きガソリンエンジン車にサブラジエー タ比率 43% の SLIM を搭載し,効果を計測およびシミュ レーション計算した. 評価車両の仕様は下記のとおりである. ・車両 Volkswagen Golf (Mk5) TSI Trendline Fig.12 Comparison of layout of heat exchangers Fig.10 Comparison of layout of heat exchangers Fig.13 BMW 530d installed SLIM Fig.11 VW Golf installed SLIM Table.2 Effect of SLIM for turbo-charged petrol engine vehicle Fig.14 ECM comparison 測定条件は下記のとおりである. ・JC08,外気温 35℃,空調コンプレッサ作動 Table.3 Effect of SLIM for turbo-charged diesel engine vehicle ・空調吹き出し口(胸元吹き出し口)空気温度を同等で 比較 なお登坂や高速走行などの耐熱条件での冷却性能は同 等以上としてある. 7.2 過給機付きディーゼルエンジン車 市販の過給機付きディーゼルエンジン車にサブラジ エータ比率 36% の SLIM を搭載し,効果を計測した. ・車両 BMW 530d (E60) 計測条件は下記のとおりである. ・クールダウン 外気 40℃ 空調稼働後 10 分後 ・車速 40km/h 一定 ・空調吹き出し口(胸元吹き出し口)空気温度を同等で 比較 なお登坂や高速走行などの耐熱条件での冷却性能は同等 としてある. いずれの適用でも,熱交換器の搭載レイアウトスペース の拡大および燃費の改善に大きく寄与していることが判 明した. 22 薄型統合冷却システム“SLIM cool” 8. 効果の分析 SLIM を車両に適用した場合の燃費改善について,そ の要因を解析した.前述の過給機付きガソリンエンジン 車において,アイドリング状態から全開加速をした場合 の各部の温度などを Fig.15 に示す.アイドリング時,サ ブラジエータは主として水冷コンデンサの冷却をおこな う.その後,車両急加速により CAC の熱量が増加すると, Fig.17 Discharge pressure of AC cycle サブラジエータは CAC 冷却用に使用される.また空調 以上の解析から,SLIM における燃費改善の要因は, 冷凍サイクルの高圧側圧力はやや上昇するが,すぐに下 冷却ファンの駆動力低減と空調コンプレッサ動力の低減 降し,何も問題は発生しない. によることがわかった.これらの要因は熱交換器の通気 この結果により,サブラジエータの冷却対象はバルブ 抵抗を低減したこととコンデンサの一部水冷化による蓄 を使用せずとも切り替えられることが確認された. 冷効果で冷凍サイクル高圧側圧力を低下したことによる ものである. 9. システムの特徴 SLIM の特徴は下記 3 点である. (1) 熱交換器に複数の機能をもたせ,切り替えバルブな しに冷却対象を自動切り替えさせる. (2) 空調冷媒の相状態に応じて最適な冷却方法を選択し, 通気抵抗を下げ,ファン動力などを低減する. (3) 水の蓄冷効果により加速時のファンまたは空調コン プレッサ駆動力増加を抑制する. 10. ま と め Fig.15 Example for driving test - status of acceleration after idling 次に JC08(空調コンプレッサは稼働,吹き出し口空調 風温度が同等)条件で,冷却ファンの駆動力を比較した (Fig.16). 冷却ファンは,冷凍サイクルの高圧側圧力とエンジ ン冷却水の温度のそれぞれの制御値の論理和で制御さ れる.その結果,従来の空冷 CAC と比較し,電力で約 150W 低減していることが判明した. (1) 燃費を改善するための新しい駆動源では,追加され た熱交換器による搭載レイアウトスペースの増加や 冷却ファン動力増大の課題がある.これを解決でき る新しい熱交換器モジュールを開発した. (2) 過給機付きエンジンに適用した場合,従来のレイア ウトより 30% 以上 レイアウトスペースを低減できる ことで,たとえば過給機なしエンジンの熱交換器レ イアウトをほぼ流用できることが分かった. (3) 冷却ファンや空調用コンプレッサの動力低減により, 数 % の燃費改善がはかれることを実験確認した. 参 考 文 献 (1) Iwasaki, M. : Development of new energysaving cooling system SLIM Automotive Summit (Nov., 2010) (2) O.Peuvrier, O. : Development of compact cooling system“SLIM”, VTMS 10 (May, 2011) (3) Yagisawa, K. : From AC to complete Vehicle Thermal Fig.16 Reduction of cooling fan power Management Using LMS Imagine Lab. AMESim, この時の空調の冷凍サイクルを比較すると,Fig.16 で示 International LMS Engineering Simulation Conference したようにファン動力を大幅に低減したにもかかわら (Oct., 2008) ず,冷凍サイクルの高圧側圧力は同等であった(Fig.17). (4) Rozier, T. : From the modeling of AC system to the また従来は,車両加速に応じてファン駆動力が増加した. complete Vehicle Thermal Management using one これからファン動力の低減分と車両加速時のエンジン負 single platform, Haus der Technik (2008) 荷軽減が燃費改善に寄与していることが分かった. (5) Iwasaki, M. : 自動車技術会春季学術講演会(May, 2011) 23 CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.8 2011 岩崎 充 原 潤一郎 森 栄一 24 羽田 智 回谷 雄一
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