第2班ゼミ論文「水問題~現状とこれからのシナリオ~」

国際関係論演習
2005.1.13
大嶽譲二、武井哲郎
水問題~現状とこれからのシナリオ~
0. はじめに
1995 年 8 月、イスマエル・セラゲルディン世界銀行副総裁が今後の水問題の危険性を指
摘した。「二十世紀には、石油争奪が原因で戦争が勃発したが、来る二十一世紀には水獲
得問題が原因となって戦争が発生する可能性が高い」と1。
しかし、水をめぐる争いは歴史を遡れば数千年前の昔から存在していたのにも関わらず、
なぜ今後深刻な問題となりうるのだろうか。以下ではまずデータを分析することで問題の
現状とこれからの予測を把握し、具体的な紛争事例の分析や世界的にこの水問題に対して
どのような取り組みが行われているのかを明らかにしていく。そしてそれらを基にして、
今後の水問題が取りうるだろう数通りのシナリオを提示することにしたい。
1.データから見る現状と分析
1.1. 水資源の需要と供給
そもそも地球上に存在する水の量は約 14 億立方キロメートルである。そのうち 97.5%が
海水で、残りの 2.5%の淡水もその大部分は南・北極の氷として存在する。そのため利用
が比較的容易である河川や湖沼などの表取水は全体の 0.01%にしかすぎない2。その取水が
容易である水のうち、われわれはすでに毎年 54%を取水しており、過去 50 年間の急速な
人口増加のさらに二倍以上の増加率で取水量が増加している(図 1)。生活水準の向上に伴う
一人当たりの水利用量の増加や世界の総人口の増加は今後も加速していき、今後の世界人
口は発展途上国を中心に爆発的に増加し、2050 年には世界で 93 億人に達すると予想され
ている。その結果として、最悪の場合は 60 ヵ国で 70 億人、よくても 48 ヵ国で 20 億人が
渇水に直面すると推定されている3。
図1.世界人口と淡水利用量の推移
(出典)United Nations World Water Development Report
1
高橋裕(2003)、2-3 頁。
村上雅博(2003)、元の原文は United Nations World Water Development Report と思われる。
3
今村能之(2003)
2
1
1.2. 水資源の不均等
上記の絶対的な水不足に加えて重要な問題なのが、水資源へのアクセス不均等である。
当たり前のことだが水は地球上どこにでも同じように存在するのではなく、ある地域には
余るほど存在すると思えば、別の地域では干からびてカラカラになっている。「Water
Stress」は利用可能な水資源の全体に占める水利用の割合を示す指標であって、この割合が
高ければ高いほど水資源に逼迫していることを表す4。図 2 を見ると分かるように、特に中
東、西・南アジアでそれが顕著となっている。国連経済社会理事会のリポートによると、
世界人口の 26%がこの Water Stress の状況下にあって、そのうち 75%の人々は第三世界の
国々に位置している。2025 年にはそれがさらに増え、世界人口の 47%に達すると予測され
ている5。
図2.ウォーターストレス指標
(出典)世界水会議 http://www.worldwatercouncil.org/
また水資源の豊富な国や先進諸国ではなかなか意識しにくい水不足をより身近にさせる
概念として「Virtual Water」がある。これは実際に消費する水ではなく、多量の水を使っ
て作られる農産物や工業製品などの取引を通じた間接的に消費された水のことで、これに
よれば物資を大量消費する先進諸国は開発途上国に比べて、一人当たり何十倍もの水を消
費している計算となる。具体例を挙げてみると、牛丼並盛り一杯で 1887 リットル、ビッグ
マック一つでは 2056 リットルの水が必要という具合に6。水不足がある一定の地域だけの
問題ではなく、世界規模で取り組むべき問題であることが分かるだろう。
1.3. 水質汚染と衛生
せっかくの水資源が汚染されていて利用できず水不足に苦しむ人々もいる。人間一人当
たりの基本的給水量は日量約 100 リットル、最低でも 50 リットルは必要と推定されている
が、それすら満たされていない国は 62 ヵ国、その人口は 21.5 億人に達している。
世界で 24 億人が衛生的な環境に暮らすことができず、結果として毎年 220 万以上の人が、
汚染された飲料水や不十分な衛生設備にかかわる病気で死亡している。汚染が人口増加に
4
http://www.worldwatercouncil.org/を参照。
Maude Barlow/ Tony Clark (2002)
6
沖大幹(2005)、原料の生産に必要な水の量を一人前の分量で割って計算されている。
5
2
伴って進行した場合、2050 年までに世界は 18,000 立方キロメートルの淡水を失うことにな
る。
水が汚染される大きな要因として開発途上国での人口増加が挙げられる。当該地域にお
いて局地的な人口増加が起こった場合、開発が不十分な地域ではその人口を支えることが
できず、多くの人々が都市部に集中するなどしてスラム化が進行する。スラムでは下水処
理施設は整えられず、汚水はそのまま河川に放流され河川を汚染し、利用可能な水が失わ
れてしまうのである。
1.4. これらが示唆すること
これまでに見てきたデータによる現状と予測をまとめると、水問題とは大きく分けて二
つの側面を有することが分かる。一つ目は世界的な人口増加とさらなる産業化によって起
こる水需要の増加が、世界規模で水を不足させる「絶対的水不足」という問題である。こ
れは人類史上直面したことのない問題であって、これこそが二十一世紀を水紛争の世紀と
変貌させうる大きな要因だと思われる。二つ目はその絶対的水不足に伴ってその危機性が
高まってくる「水へのアクセス不均等」の問題であって、そもそも水資源の乏しい地域や、
あってもそれを有効利用できない地域など、世界的レベルでの水の配分の偏りが要因であ
る。局地的に紛争が起こる理由がこれに当たる。
2. 国際紛争
次に実際に世界で起きている水を巡る争いについて概説する。その事例数はとても
多いのだが、ここではそれらを3つの類型に分けその代表的なケースを見てみること
にする。
2.1. 国際河川での上下流の利害対立~ナイル川を事例に~
水をめぐる国際的な争いにおいて、その大部分を占めるのが国際河川での上下流の利害
対立である。具体例を挙げてみると、ヨルダン川やメコン川、インダス川にラ・プラタ川
と世界中に見ることができるが、その数ある事例の中でナイル川の紛争を取り上げて検討
してみることにする。ナイル川の紛争の特徴として、水需要が下流域に集中しており水源
地帯の上流域では今のところ需要が極端に少ないことにある。最下流のエジプトでは水総
量の 97%をナイル川に依存しているほどである。そのため主だった紛争として挙げられる
のは、下流域のエジプトとスーダン間における水利権を巡る争いである。エジプトは最下
流に位置するため、利用できる水量は上流国から流れ込んでくる水量に完全に支配される。
エジプトは、下流地域の水利権は守られるべきで、上流国の水資源開発には下流国の同意
等が必要とするいわゆる「下流の論理」を自国の論拠とした7。
この紛争は 1959 年にスーダンとエジプト間で結ばれた「ナイル川水系の全面的活用に関
する協定」(エジプトは全体の三分の二、スーダンは五分の一の水利権を互いに認めた)
や 1971 年のアスワンハイダム完成により現在では均衡を保っていると考えられる。だが今
後エチオピアなど上流域で人口増加や産業化に伴って水の需要増が起これば、このバラン
スも崩れることとなりまた新たな紛争が予測される。そこで単に二国間で協議するのでは
なく、流域の 10 ヵ国が同じテーブルに着いて情報を交換しつつ協議する組織づくりが進め
られ、1999 年 2 月に「ナイル川流域イニシアチブ」が設立された。それぞれの国の水資源
開発計画はこの場に全て情報を提出し、他国に影響のある事業は協議することを義務付け
られている。話し合いは難航が予想されるが、流域内の国々の代表が定期的に会合を持つ
ようになったことは画期的とされている。今後の展開によっては、他の地域やこれから起
こりうるだろう紛争への一つの理想とすべき答えになると考えられる。
7
村上前掲書、35-36 頁。反対に「上流国は水資源の開発について下流国からの制約を全く受け
ることがない」とするのが「上流の論理」である。
3
2.2. 干上がる湖、川~アラル海を事例に~
灌漑や農業開発など極端に水を利用した結果、原状を維持することができなくなって干
上がる湖や川が急増している。その顕著な例がカザフスタンとウズベキスタンに囲まれた
国際湖、アラル海である。アラル海はかつて、カスピ海、スペリオル湖、ビクトリア湖に
次ぐ世界で 4 番目8に大きな湖だったのだが、1960 年にソ連が始めた自然改造計画のアラル
海プロジェクトによって流域で大規模な灌漑事業が行われ、その結果アラル海への流入量
が激減しその面積は縮小の一途をたどっており、現在では 1960 年の三分の一程度の大きさ
まで縮小している。面積の縮小と共に塩化が進み、現在ではその生態系は破壊されてしま
った。関係国であるウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギス、カザ
フスタンの5ヵ国で 1991 年から対策会議は繰り返し開かれているが、合意には至っていな
い。
2.3. 水による従属関係~シンガポールとマレーシアを事例に~
三つ目の類型として、水資源を他国に依存・供給する従属関係がある。水資源の乏しい
国が水資源の豊富な国と契約を結び、水を供給してもらうのである。その最たるものがシ
ンガポールとマレーシア間の契約関係だと思われる。シンガポールは生活・工業用水に必
要な量の約半分を、海峡を挟むマレーシアからのパイプライン供給に頼っている。その価
格が 1960 年代に決められて以来改定されていないことから、マレーシアが 2011 年以降は
現在の 100 倍の値段に引き上げることを求めた。その理由としては契約締結時との物価差
や香港と中国との水取引の値段が挙げられており、価格面では折り合いがつかず未だ結論
は出ていない。シンガポールはこれを機に大型の海水淡水化プラントを建設することで、
自立の道を探っている9。
3. 世界の取り組み
これまで見てきた水を巡る問題について、世界レベルではどのような取り組みがな
されてきたのだろうか。国際的な取り組みの系譜を見ていくことにする。
3-1.国際会議の流れ
国家内や国家間において、水が紛争の火種となることは遥か昔からあったが、水問題が
世界的な関心を集めるようになったのはごく最近のことである。その中でも、水問題に関
する国際会議のさきがけとなったのが、1977 年にアルゼンチンのマル・デル・プラタで行
われた「国連水会議」であり、成果として地球規模の水危機に備えるための国際的な行動
計画を採択した10。しかし、この時点では国際世論を巻き込むほどの話題性があるもので
はなく、対策の緊急性も世界全体には浸透しなかったため、問題は更に進行していくこと
となる。
1992 年、ダブリンで開催された「水と開発に関する国際会議」において『ダブリン宣
言』11が採択され、リオで行われた「環境と開発に関する国連会議」(地球サミット)で『ア
ジェンダ 21』12が採択された。前者は現在でも意義を保っているダブリン原則を定めてお
8
http://www.mofa.go.jp/mofaj/world/ranking/lake.html を参照。但し、縮小しているアラル海の面積
が表には反映されていないことに注意が必要。
9
2002 年 7 月 13 日付、朝日新聞
10
「マル・デル・プラタ宣言(行動計画)」発展途上国の将来の水不足に対処する水資源開発や
水の有効利用政策等
11
「ダブリン原則」①水資源の「有限性」 ②「参加型」での水資源開発・管理 ③水供給・
管理・保全における「女性の役割」 ④「経済財」としての水
12
履行は大幅に遅れることになる。
4
り、後者は統合的水資源管理13の概念を取り入れた画期的なものであった。この二つの会
議は持続可能な開発の議論に、水問題を加えた点で今後に大きな影響を与えた会議であっ
たが、地球サミットで提議された地球温暖化・生物多様性といった話題性のある問題に世
界の関心はさらわれてしまった。
水問題はその危機的状況に関わらず、国連で中心的な議論として取り上げられなかった
のだが、国際的な関心は徐々に高まり、解決のために国際社会の連携が求められることと
なる。そのような中で国連の枠組みとは違った動きが活発になった。1997 年から 3 年おき
に行われている「世界水フォーラム」(下表に詳細)がその最たるもので、主催は世界水会
議(WWC: World Water Council)という非国連機関ながら、フォーラムの参加者は第一回で
63 カ国 500 人、第二回は 156 カ国 5700 人、そして 2003 年に京都で開催された第三回では
200 を超える国と国際機関が参加する大規模なものとなっている。これらの成果としては、
第二回での『世界水ビジョン』 や第三回の『閣僚宣言』と『水行動集』で、問題解決のた
めの行動をより具体的にそして細分化してみせた。
国連はこうした動きに押されるように、2000 年「ミレニアムサミット」で『ミレニアム
開発目標(MDGs)』14が掲げられ、水問題分野について「2015 年までに安全な飲料水を入手
できない人を半分にする」という目標が挙げられ、2002 年「持続可能な開発に関する世界
会議」(ヨハネスブルク・サミット)の『持続可能な開発に関するヨハネスブルク宣言』で
は「2015 年までに適切な衛生施設を持たない人々の割合を半減させる」という目標が挙げ
られた。この2つの目標は達成すべき明確な目標として、水問題において重要な意味合い
を持っている。
また、G8 も 2003 年のエビアンサミットで『水に関する G8 行動計画』15を採択し、水問
題の解決に積極的に取り組む姿勢を見せている。
[表:世界水フォーラム]
1997 年 第一回世界水フォーラム
【背景】
水問題への国際的関心が高まり、国際社会が連携してその深刻化を改善する場として、前
年に発足した世界水会議(World Water Council:WWC)が主催(非国連機関)
【目的】
・水問題解決へ議論を深める
・具体的提案から水問題の重要性、深刻性をアピールする
【成果】
次回フォーラムまでに『世界水ビジョン』を作成することを合意
「マラケシュ宣言」
・Basic Human Needs である安全な水と衛生設備を満たすための行動
・水利権を確保するための効率的な機構の設立
・エコシステムの保護
・水の有効利用の推進
・水利用におけるジェンダーの公平性の確保
・住民組織と政府の協調体制の推進
13
Integrated Water Resources Management:IWRM の訳は「水や土地、その他関連資源の調整を
はかりながら開発・管理していくプロセスのことで、その目的は欠かすことのできない生態系
の持続発展性を損なうことなく、結果として生じる経済的・社会的福利を公平な方法で最大限
にまで増大させることにある」(世界水パートナーシップ http://www.gwpforum.org/servlet/PSP)
14
簡単にまとめたものとして http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs.html
15
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2003/06/02water.html を参照
5
2000 年 3 月 第二回世界水フォーラム
【成果】
「ハーグ閣僚宣言」
7 つの課題とそれに対する具体策の提示、21 世紀における水セキュリティの確保
『世界水ビジョン』
目標:①水利用の決定権を女性、男性、地域社会に委ねる ②水一滴当たりの穀物収量及び生
産量を増やす ③水を管理して淡水と陸上生態系の保全を実施する
達成のための行動:①すべての利害関係者が総合管理に関与する ②すべての給水にフルコス
ト価格設定を導入する ③研究と革新に向けて公的資金を拡大する ④国際河川流域を共同で管理
する ⑤水への投資を大幅に増加させる
非国連組織が水に関する世界規模の会議を主催したことで、水危機がグローバルな問題であること
を国際世論に認識づけた
2003 年 第三回世界水フォーラム
【目的】
世界水ビジョンの実現、MDGs の水に関わる目標の実現
【成果】
「閣僚宣言」
①全般的政策-貧困者及びジェンダーへの十分な配慮、地方自治体及びコミュニティの権限強化。
グッドガバナンス、キャパシティビルディング、統合的水資源管理の促進、汚染者負担原則、民間
部門を含む資金調達手段の探求など ②水資源管理と便益の共有-統合的水資源管理及び水効率化
の計画を策定、水需要管理措置、水のリサイクルなど ③安全な飲料水と衛生 ④食料と農村開発
のための水-コミュニティベースの開発促進、参加型灌漑水管理、既存水利施設のリハビリと近代
化など ⑤水質汚濁防止と生態系保全 ⑥災害軽減と危機管理
「水行動集」
36 カ国、16 国際機関等から、合計 422 件の行動が提出
「水資源の管理と便益の共有」、「安全な飲料水と衛生」に関するものが多い
e.g.フランス…水と持続可能な開発 中国…農村住民のための飲料水問題の解決
日本…水資源開発管理計画の策定、実施機関の能力向上
2006 年はメキシコにおいて3月に開催される。
3-2.国際機関の取り組み
国際機関は水問題に対してどのような方針を持っているのだろうか。以下に列挙してい
く。
まず、国連の機関として、UNDP(国連開発計画)は「水問題をガバナンスの問題として捉
える」ことを基本としていて、それは 2003 年に出されたペーパー「UNDP の水戦略 効果
的水ガバナンスに向けて」に現れている。ここでは、水問題の解決には技術の発展や水の
供給量の増大によることよりも、水管理の能力を向上させ、管理の方法を変えることや利
害関係者がそれに関わるようなガバナンス体制を整えることが重要だとしている。そのた
めに、地域社会の活用や取り組みの連携が促されるような活動の支援を行っている。
UNEP(国連環境計画)はアセスメント、管理、調整を重視している。活動の例としては、
世界の水質のデータを集めることで監視的役割を担い、2003 年第三回水フォーラムで公表
された「国際淡水協定アトラス(Atlas of International Freshwater Agreement)」は将来水資源
を巡る紛争が生じるおそれのある流域を地図で示し、警告を発した。
UNESCO は 2000 年に WWAP(World Water Assessment Programme)を設立。「世界水発展
報告書」の作成を行っている。また、水に関する活動やワークショップなど研究プログラ
6
ムの出版、刊行も IHP(International Hydrological Programme)という別のプログラムで行って
いる。
国連の機関以外の国際機関としては、世界銀行が水管理を重視して法規制や制度整備な
どを水基盤施設と併行させる政策をとっていたり(2002 年 Water Resources Sector Strategy)、
アフリカ開発銀行は統合的水資源管理政策を基本とするレポートを発表していたりしてい
る(2000 年「統合的水資源管理レポート」)
またEUは、農業用水の管理や基本的飲料水供給及び下水処理などを重視した理念を持
っており(1998 年水資源開発協力のためのガイドライン)、これら国際機関の方向性は国際
的なコンセンサスに沿ったものとなっている。
3-3.水問題に関する対立点
水問題とその解決方法を巡っては意見の対立が存在する。
第一に、水は権利であるか商品であるのかという議論がある。水資源が豊富な国が、自
国の水を商品として利用するために、水は経済財であるという認識を主張する一方で、水
資源が十分に存在しない国は、水へのアクセスは人権であるので、公平に配分されるべき
であるとした主張を行っている。以前は水は人権であるとする認識が国際的な流れとなっ
ていたが、1992 年のダブリン宣言で「水は経済財」と定義されて以降、この議論は収束に
向かっている。ただし、2002 年の国連経済的・社会的・文化的権利委員会では水アクセス
は基本的人権であるとする認識が出ている。
第二に、水道事業の民営化に関する問題がある。水問題の解決のためには、インフラ環
境の整備が不可欠であり、それには莫大な資金が必要とされる。OECD 諸国は、援助額の
負担を軽減させるためにも開発途上国に民間部門を誘致することに積極的である。つまり、
民営化を行うことで、上下水道の整備や管理にかかる費用を民間事業に任せようとするの
だ。これに対して被援助国側は早急な民営化を拒む動きが強い。これは民営化が国際的に
推進されることになると、安定して期待できる開発援助が減少される懸念があるに加えて、
事業の独占性や、公平な水アクセスの提供に関する不安、またそもそも民間企業が採算の
取れない投資を行うとは考えにくく、誘致のための競争は必然的に起こると思われ、その
結果として民間事業の誘致に成功するのは新興市場に限られるおそれもある。
第三に、開発援助に関する対立がある。援助国としては、自国の国内経済を圧迫しない
ような段階的且つ柔軟な援助目標と、援助の有効性を高めるためにグッドガバナンス概念
の重要性を主張している。対して被援助国は開発プランを円滑に進行させるためにも援助
の意図をより明確にすることと、MDGs に挙げられている ODA の目標額を達成するため
にタイムスケジュールを作成することを求めている。グッドガバナンス概念に関しては、
開発援助を供出する対象国が援助国の恣意によって選定されることを防ぐためにも、その
明確化、基準化を要求している。また、ガバナンスという先進国押しつけ型の国家基盤に
反発している国もあり、一例として ヨハネスブルク・サミットでは、「ガバナンス」とい
う言葉を嫌う途上国が準備会合機関中に文言を変えた例がある1617。
16
持続可能な開発に関するヨハネスブルク・サミットでは、準備会合期間中にペーパーの表題
が、「持続可能な開発ガバナンス」から「持続可能な開発の制度的枠組み」へと変えられたこ
とがある。
17
なお、3章全体にあたっては以下を主に参照にした。今村能之(2003)と外務省HPより
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hyouka/kunibetu/gai/morocco/sect03_01_0203.html
7
4. 今後のシナリオ
これまで見てきたデータ、国際紛争の事例、国際的な取り組みを基にして、今後水
問題が取りうるだろうシナリオの極端なものを自分たちなりに考えてみた。根拠に乏
しい稚拙なシナリオであることは否めないが、水問題をより身近に感じてもらうため
の一助になれば幸いである。
Scenario A: 「水資源は世界的管理下へ」
水問題解決に向けての具体的な二大目標(安全な飲料水の供給と衛生環境の充実)が順
調に達成されていくと、近いうちに「水アクセスは全ての人間に保障されなければならな
い」という認識が世界的に主流となっていくことが考えられる。その理念を現実にするた
めには水資源の偏在化やそれに関わる紛争を改善することが不可欠となり、水資源を統一
的に管理することが求められてくる。これは非常に難しいことのように思われるが、例え
ば 1997 年に採択された「国際水路の非航行利用に関する国連条約」は、未発効ながらも関
係諸国間の利害対立を衡平原則にのっとって解決するとしており、一つの可能性を示して
いる。もちろんこの条約は水資源管理を規律する意味をもつものではないが、水資源の利
用や取引に関しての取り決めは二国間、多国間で合意がなされ、実施されている地域が少
なくない。こうした取り決めを段階的に拡大していくことで、地域的な統一管理につなが
り、ゆくゆくは世界的に、ある統一した国または機関によって水アクセスの公平性が保た
れていくのではないだろうか。
Scenario B-α: 「水民営化時代」
水の効率利用や水への衛生的なアクセスを確保するためには莫大な資金が必要となる。
仮に OECD 諸国が自国経済保護等の理由で開発援助を出し渋る傾向が強まっていくと、こ
うした資金を援助に頼ることは確実ではなくなってくる。NGO やボランティア活動もメイ
ンバンクとはなりえないと考えるのが現実的である。そこで、開発途上国は民間部門の誘
致に踏み切ることとなるが、3-3 で述べたように民間企業は NIEs など、市場として魅力の
ある、採算のとれる地域にしか投資をしないため、LLDC(後発開発途上国)などの極めて深
刻な水危機に直面している国家が誘致を成功させる可能性は極めて低いと考えられる。結
果として、新興発展途上国は国内の水問題を自力で解決したことで国際的評価を高め、先
進国と変わらぬ地位にまで昇りつめることが起こりうるかもしれないが、反面、誘致に失
敗した国は手立てがなくなり、水問題はさらに偏在化、深刻化していくこととなるのでは
ないだろうか。
Scenario B-β:「援助によって救われる」
前述のように水の効率利用、衛生的アクセスの確保には多くの資金が必要である。開発
途上国側の主張が大きく認められ、この資金を民間部門に頼ることなく、二国間、多国間
の開発援助のみで賄うことになる。効果的な援助を実施することができれば、途上国にお
ける人材、技術育成が進展し、根本的な解決に向けて前進すると思われる。しかしながら
莫大な額の援助に加え、援助の質も高く維持するとなると、あまりの負担から先進諸国は
いわゆる「援助疲れ」に陥り、国内の経済成長は停滞することだろう。こうした国内の経
済状況をいとわずに、量、質ともに高い開発援助が継続していくことができれば、水問題
は大きく改善され、発展途上国のガバナンス能力は著しく向上することになり、南北格差
の縮小にまでつながっていくのではないだろうか。
Scenario C: 「一触即発~水持つ国が覇権国~」
想定したレジームは、地域的管理や世界政府といった水問題を統治する枠組み作りに失
敗してアナーキーとなったものである。この場合、世界的に水不足が深刻化しても、それ
に対し統一的に対処しようとする動きは見られず、各国が水資源を求めて深く対立を深め
8
ていくことになる。必然的に水資源の豊富な国や高度の治水・貯水技術を持つ国がそれを
武器にパワーを強めていくことになり、覇権国が出現する可能性も十分に考えられる。図
3を見ていただくと分かるように、水資源の特に豊富な南アメリカ地域でそれがめざまし
く、ペルー・ブラジル・ベネズエラ・コロンビアなどはその最たる候補である。強大な軍
事力を持つ国や石油供給国などと手を結び、世界をリードしていくだろう。水をめぐる国
家間の争いが最も激しく、最も悲惨な結果をもたらすシナリオである。
図3.人口と淡水の地域別分布図
(出典)United Nations World Water Development Report
Scenario D: 「水問題って何のこと?~技術の進歩は世界を救う~」
世界政府や地域的管理といった政治的レジームとは異なり、技術者たちの集まりが水問
題を解決する脱政治的レジームが想定される。具体的な技術の進歩を予想するのは難しい
が、今現在で今後に期待を持てる技術として、①汽水や海水を淡水化することで利用可能
な水の絶対量を増やす技術、②下水処理水の循環再利用など消費される水の量を減らす技
術、③水資源の豊富な地域から乏しい地域へ水を大量かつ長距離の輸送を可能にするバッ
グ方式淡水海上輸送、などが挙げられる(注 21)。進歩した技術を世界的に普及させること
で水問題は全くの杞憂となり、水は未来永劫あって当然のものとして利用される。
5. 終わりに
これまで述べてきたように、水問題は深刻な状況にあり、今後も世界的な規模の取り組
みを行っていくことが不可欠となっている。大きく4つに分類したシナリオではどれも極
端な例を挙げてそれぞれの可能性を模索した。それらを鑑みた上で、包括的な視点から水
問題の展望を考えると、今後解決に向かって以下のような取り組みが展開されると思われ
る。
まず、国際法的な視野からは、より統一的な水資源管理に向けて、国際河川の利用を一
般的に定める国際条約の締結、発行がなされるだろう(scenario A 型)。
次に、開発援助や資金面の問題に関して、早い段階に活発になるものとしては、OECD
諸国の負担軽減の為に、民間部門の誘致を見込める国家に民営化を奨励する動きが挙げら
れる(scenario B-α型)。その上で誘致が見込めない国家に対しては、事業が軌道に乗るまで
の間、民間部門に対して国際的に補助金を出資することで誘致を奨励するかたち(scenario
B-α、β型) が、援助資金の将来的な減少と水危機に直面している国家の根本的な解決の
両面から望ましい体制となる。
9
そして最後に技術革新の観点から、水供給の増大や水衛生の保障のために、効率化技術
の発展が国家、国際両レベルで促されていくことになる。その結果として開発された技術
が独占的に、もしくは商品として限られた国、地域に提供されることは、もはや世界的問
題となっている水問題の現状からは考え難く、半ば世界共通の技術として協力的に用いら
れることであろう(scenario A, D)。
以上のように、水危機への早急な対応が認識されつつある今、水問題は解決に向かって
確実に前進していくと思われる。しかしそうは言っても、国際的な流れに反して国家が協
調する姿勢を失っていけば、冒頭で取り上げた「二十一世紀は水を巡って争う世紀」とい
う台詞が現実となる可能性も未だ十分に考えられることである。「水」は自身の特質と同
じく、国際関係を流動的にさせる存在であることを忘れてはならない。
〔文責〕
大嶽・・・はじめに、第1~2章、scenario C, D
武井・・・第3章、scenario A, B、終りに
〔参照文献〕
Maude Barlow/ Tony Clark (2002), Blue Gold: The Fight to Stop the Corporate Theft of the World’s
Water, New York: The New Press
今村能之(2003)「世界の水危機と国連の取り組み」『国際問題』2003 年 8 月号
沖大幹(2005)「バーチャルウォーター,牛丼一杯水二トン」『歴史地理教育』2005 年 6 月号
側嶋秀展(2003)「第三回世界水フォーラムの意義と課題」『国際問題』2003 年 8 月号
高橋裕(2003)『地球の水が危ない』岩波書店
西原正(2002)「世界の水問題は安全保障問題」『世界週報』2002 年 10 月 8 日号
浜田和幸(2003)『ウォーター・マネー』光文社
松野裕(2003)「水の危機と食料生産」『農業と経済』2003 年 4 月号
村上雅博(2003)『水の世紀―貧困と紛争の平和的解決にむけて―』日本経済評論社
〔参考ホームページ〕
外務省 http://www.mofa.go.jp/mofaj/
国連環境計画 http://www.unep.org/
世界水会議 http://www.worldwatercouncil.org
Global Water Partnership http://www.gwpforum.org/
World Water Assessment Programme http://www.unesco.org/water/wwap/
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