表情表出と表情認知に関する日韓比較

表情表出と表情認知に関する日韓比較
キーワード:FACS,基本 6 感情,表情表出,表情認知,日韓比較
行動システム専攻
南 智然
問題と目的
人は普遍的に 6 つの基本感情 (驚き・恐怖・嫌悪・怒
り・幸福・悲しみ) を持っていると言われる (Ekman et
実験 1
方法
実験参加者
一般人の日本人 50 名 (男性 25 名(M
al., 1969)。それぞれの感情は, 顔面筋肉 (表情筋) の
=23.3 歳), 女性 25 名(M =22.4歳)) と韓国人 50 名 (男
動きにより, 表情として表出される。人の表情をより客
性 25 名(M =25.2 歳), 女性 25 名(M =24.4歳)) が参加
観的に計測するために, Ekman & Friesen (1978) は FACS
した。
(Facial Action Coding System) を考案した。FACS とは
手続き まず, 表情撮影の前に表出者の表情筋を柔ら
可視的な表情筋の最小単位 42 つをコード化した AU
かくし, 自然な表情が表出されるように表情筋トレーニ
(Action Unit) によって顔の動きを捉えるシステムであ
ングを約 5 分間実施した。口を大きく開きながら, 目を
り, 多数の表情研究に使われている。
大きく開けたり強く閉じたりすることを教示し, 顔全体
例えば, 西洋人と東洋人の表情表出を比較した結果,
の複数の表情筋を柔らかくさせた。その後, 練習撮影 2
同じ感情に対する表情表出が異なることが明らかになっ
セットを実施し, 本撮影 1 セットを行った。その 1 セッ
た(Matsumoto & Ekman, 1988)。一方, 同じ東洋文化圏に
トは, 基本 6 感情の各表情を 1 回ずつ表出することであ
属する日本人と中国人の表情表出を比較した結果, 日中
った 。実験者は感情教示法 (高橋,2003) によって表
の表情表出は同じものであったが, アメリカ人の表情表
出者に「怒り・恐怖・悲しみ・嫌悪・驚き・幸福」の基
出とは違いが見られた(Huang et al., 2001)。このこと
本 6 感情語を口頭で教示し, 参加者に各感情に該当する
から同じ文化圏における表情表出には違いがないと考え
表情を自由に表出することを求めた。表情表出の流れと
られる。また, 西洋人と東洋人の表情認知を比較した結
して, 無表情から始め当該の表情表出が終わったらまた
果, 人は自分と同人種の表情を他人種のより上手く認知
無表情に戻すよう表出者に教示した。口頭による基本 6
できた(Dailey et al., 2010)。一方, 同じ東洋文化圏に
感情語の教示順序はランダムであり, 表出者の目線はカ
属する日本人と中国人の表情認知を比較した結果, 人は
メラのレンズに固定した状態で表情表出を行った。
自分と同国籍の表情を他国籍のより上手く認知できるこ
FACS による表情分析 全ての表出者が表した表情筋
とが明らかになった(Luce,1974)。このことから同じ文
の動きについて, FACSに関するトレーニングを受けた 20
化圏における表情認知には国籍による違いがあると考え
代の日本人女性 1 名と韓国人男性 1 名が FACS のコーダー
られる。しかし, 西洋人の表情研究は沢山行われている
として参加した。FACS トレーニングに関しては,Ekman
が, 表情表出や表情認知に関する東洋人の研究報告が非
が考案した「FACS MANUAL」を 2 名のコーダが 3 週間 FACS
常に少ない。さらに, 東洋人間の比較研究はほとんど知
の分析方法を熟知することであった。
実験者がコーダー2
られていない。
名の一致度を確認した上で, コーダーは 100 名の表出者
そので, 実験 1 では, 同じ文化圏に属する日本人と韓
が表出した 6 種の表情写真, 計 600 枚の表情画像につい
国人を対象に, 基本 6 感情に対する表情表出を比較し,
て,観察された全ての AU を記録した。本実験は, 実験参
両国の表情表出にどのような特徴があるか調べることを
加者にカメラのレンズを見ながら表情表出することを教
目的とする。実験 2 では, 実験 1 で得られた日本人と韓
示したため, 全ての AU (42 つ) の中で AU41~46 は分析
国人の表情データを刺激として用い, 日本人と韓国人を
対象から外した。また, 本実験は表情筋の分析を目的に
対象に基本 6 感情に関する表情認知を比較し, 両国の表
したため顔の向きに該当する AU51~58 と 61~64 も分析
情認知にどのような特徴があるか調べることを目的とす
対象から外した。そして残った 24 つの AU において表情
る。
表出の分析を行った。なお,日本人表出者の 10%以下, 又
韓国人表出者 10%以下しか示さなかった AU は除外した。
2 名のコーダーが記録したAU の一致度は91.8%であった。
結果
日本人と韓国人の表情における AU 比較 日韓表出者
の基本 6 感情の表情で観測された全ての AU に対して, 2
実験 2
方法
実験参加者
一般人の日本人 20 名 (男性 10 名(M
×2 の Fisher’s exact test によって AU ごとの観測頻
=24.2 歳), 女性 10 名(M =22 歳)) と韓国人 20 名 (男性
度を比較した。その結果, 基本 6 感情の中, 驚きを除く
10 名(M =24.6 歳), 女性 10 名(M =29.4 歳)) が参加した。
恐怖・嫌悪・怒り・幸福・悲しみの表情表出の際, 特定
刺激 実験 2 の練習試行には, 韓国人女性 1 名の基本
の AU において日本人と韓国人の有意差が見られた。
具体
6 表情と無表情の顔画像 (計 7 枚) が使用された。本試
的に, 恐怖について日本人は瞼を緊張させ(AU7), 上唇を
行には, 実験 1 で撮影した顔画像を表出者の国籍 (2) ×
上げるが (AU10), 韓国人は下顎を落とす (AU26) 表情が
表出者の性別 (2) ×表情 (7) の条件で合成した平均顔
有意に多かった (全て p<.05)。日本人は嫌悪について眉
画像 (計 28 枚) が使用された。顔画像の合成作業は,
毛を下げる (AU4), 怒りについて瞼を緊張させる (AU7),
iPad mini からアプリケーション「平均顔合成ツール
幸福について頬を引き上げる (AU6), 悲しみについて瞼
Average Face DUO 」(Seyama, 2014 年版) によって行わ
を緊張させる (AU7) 表情が韓国人より有意に多かった
れた。全刺激のサイズは視距離 52cm で縦 15°×横 10°
(全て p<.05)。
であり, Adobe Photoshop CS6 で明るさ, 輝度, コント
男性と女性の表情における AU 比較 上記と同じ方法
ラスト, サイズ統制 (縦 15 × 横 10cm) を行った。ま
で男女表出者の表情を比較した。その結果, 嫌悪を除く
た表情認知の際に不必要な顔以外の部分, 耳と髪の毛は
驚き・恐怖・怒り・幸福・悲しみの表情表出の際, 特定
削除した。白黒効果を適用し, 背景色は RGB (125, 125,
の AU において男性と女性の有意差が見られた。
具体的に,
125) に統制した。
男性は驚きについて口を上下に強く開く (AU27) 表情が
手続き 実験は実験参加者 1 名ずつ個別に行われた。
女性より有意に多かった (p<.05)。女性は恐怖について
まず実験前に, 実験者は全ての参加者に実験内容と手続
鼻深溝を深める (AU11), 怒りについて鼻に皺を寄せる
きが書かれた印刷物を実験参加者の母国語に合わせて呈
(AU9), 幸福については下顎を下げる (AU26), 悲しみに
示すると同時に,口頭で説明した。
また実験 2 に登場する
ついては下顎を上げる (AU17) 表情が男性より有意に多
基本 6 感情語を理解させた。その後, 実験は暗室の部屋
かった (全て p<.05)。
で行われた。
実験参加者はモニターから 52cm 離れたとこ
ろで顔の位置を固定し, モニターに呈示される刺激に対
考察
してカテゴリー判断課題と強度判断課題を行った。
実験 1 の結果, 日本人と韓国人の驚きの表情表出は同
各試行ではまずモニターの中央に凝視点が 500ms 間呈示
じであるが, 恐怖・嫌悪・怒り・幸福・悲しみの表情に
され, その後, 無表情刺激が 1000ms 間呈示された。ブラ
対しては一部の表情筋の動きに差があることが示唆され
ンク画面が 500ms 間あった後, さきの無表情の人物が表
る。特に, 日韓は目元の表情筋の動きに主なる違いがあ
す表情画像(驚き・恐怖・嫌悪・怒り・幸福・悲しみのう
るのではないかと考えられる。そして驚きを除く全ての
ち) 1 枚がランダムに呈示された。そのとき, 実験参加
表情で, 日本人は韓国人より観察されたAU の頻度が有意
者は無表情画像と表情画像を比較し, その表情画像に該
に多かった。このことから,表情表出の際, 日本人が韓
当する感情語を 6 つの選択肢 (驚き・恐怖・嫌悪・怒り・
国人より比較的に多数の表情筋を使っていると考えられ
幸福・悲しみ) から 1 つを選ぶカテゴリー判断課題を行
る。
った。カテゴリー判断課題が終わり次第, その表情画像
一方, 男性と女性の嫌悪の表情表出は同じであるが,
について 9 段階評定の強度判断課題を行った。
「0」
は
‘無
驚き・恐怖・怒り・幸福・悲しみの表情に対しては一部
表情’,「1」は‘とても弱い’,「4」は‘普通’,「8」
の表情筋の動きに差があることが示唆される。特に, 男
は‘とても強い’を意味した。強度判断課題が終わり次
女は口元の表情筋の動きに主なる違いがあるのではない
第, 500ms 間ブランク画面が呈示され, 次の試行に移っ
かと考えられる。そして嫌悪を除く全ての表情で, 女性
た。特に参加者には, 実験中に急がずに, 正確にキーボ
は男性より観察された AU の頻度が有意に多かった。
この
ードのキー押しで回答することを求めた。
ことから, 表情表出の際, 女性が男性より比較的に多数
練習試行 6 試行 (韓国人女性表出者 1 名×6 表情) の後,
の表情筋を使っていると考えられる。
本試行は 72 試行 (2 表出者国籍 (日韓) ×2 表出者性別
(男女) ×6 表情×3 セット) であった。1 セットの修了
ごとに, 約 5 分間の休憩を挟み, 実験参加者 1 名の所要
時間は約 30 分であった。
また本実験は実験参加者の母国
図 2. 男性参加者と女性参加者ごとに計算したカテゴリ
語に合わせ感情語が呈示された。
感情語は Ekman の著書,
ー判断課題の平均正答率。エラーバーは標準誤差を示す。
日 本 語 版 (Ekman, 1975 工 藤 訳 1987) と 韓 国 語 版
(Ekman, 2003 이민아訳 2006) の言葉が使用された。
参加者国籍・性別と刺激国籍・性別の関連性 実験
参加者の国籍 (2) ×参加者の性別 (2) ×刺激の国籍
(2) ×刺激の性別 (2) の 4 要因混合計画分散分析を行
結果
カテゴリー判断課題
った結果, 実験参加者の国籍 (F (1,36) =7.584, p< .01)
実験参加者の国籍条件と性別条件によって, 正答率に
と刺激の性別 (F (1,36) =19.017, p< .001) の主効果が
どのような関連性があるか調べるため, 2 要因混合・4
有意であった。
日本人より韓国人の正答率が有意に高く,
要因混合分散分析を行った。
また全ての実験参加者は男性より女性刺激に対して正答
日本人参加者と韓国人参加者の比較
実験参加者
の国籍 (2) ×表情画像 (6) の 2 要因混合計画分散分析
率が有意に高かった。しかし, 実験参加者の性別と刺激
の国籍においては有意差がみられなかった。
を行った結果, 実験参加者の国籍の主効果 (F (1,38)
=7.965, p< .01), 実験参加者の国籍×表情画像の交互
強度評定課題
作用が有意であった (F (5,190) =2.345, p< .05)。日韓
実験参加者の国籍条件と性別条件によって, 強度評定
は驚き・嫌悪・幸福の表情に対してほぼ同じ程度の正答
にどのような関連性があるか調べるため, 2 要因混合・4
率を示したが, 恐怖・怒り・悲しみの表情に対しては韓
要因混合分散分析を行った。
国人の正答率が日本人より有意に高かった (図 1)。
日本人参加者と韓国人参加者の比較
実験参加者
の国籍 (2) ×表情画像 (6) の 2 要因混合計画分散分析
を行った。その結果, 実験参加者の国籍 ×表情画像の
交互作用が有意であった (F (5,160) =4.829, p< .001)。
日韓は驚き・嫌悪・幸福の表情に対してほぼ同じ程度の
正答率を示したが, 特に恐怖・怒りの表情に対しては韓
国人の強度評定が有意に強かった (図 3)
図 1. 日本人参加者と韓国人参加者ごとに計算したカテ
ゴリー判断課題の平均正答率。* p<.05, ** p<.005。
エラーバーは標準誤差を示す。
男性参加者と女性参加者の比較
実験参加者の性
別 (2) ×表情画像 (6) の 2 要因混合計画分散分析を行
った結果,基本6 感情の表情に対しては, 男女の正答率に
有意な違いはみられなかった(図 2)。
図 3. 日本人参加者と韓国人参加者ごとに計算した強度
評定課題の平均評定値。* p<.01, **p<.005。エラーバー
は標準誤差を示す。
男性参加者と女性参加者の比較
実験参加者の性
別 (2) ×表情画像 (6) の 2 要因混合計画分散分析を行
った結果,基本6 感情の表情に対しては, 男女の評定値に
違いはみられなかった (図 4)。
これらの結果から, 日韓は基本 6 感情の表情表出にお
いて一部の表情筋の動きが異なったが, その表情を認知
する際, 韓国人は日本人よりネガティブ表情を上手く読
み取ることができることが示唆される。その理由として
韓国人が日本人より口元の情報処理に優れている報告と
関連性があるのではないか。また男性より女性の表情認
知が優れたことから, 女性は男性より表情を媒介にし明
確に自分の感情を伝えられるのではないかと思われる。
引用文献
図 4. 男性参加者と女性参加者ごとに計算した強度評定
課題の平均評定値。エラーバーは標準誤差を示す。
Dailey, M. N., Joyce, C., Lyons, M. J., Kamachi,
M.,Ishi, H., Gyoba, J., & Cottrell, G. W. (2010).
Evidence and a computational explanation of
考察
cultural
実験 2 の結果, 日本人より韓国人が表情認知に優れて
differences
in
facial
expression
recognition. Emotion, 10(6), 874.
いることが示唆される。特に韓国人は日本人より恐怖・
Ekman, P., Sorenson, E. R., & Friesen, W. V. (1969).
怒り・悲しみの表情認知に優れている同時に, 恐怖・怒
Pan-cultural elements in facial displays of
りの表情を強く評定した。南ら (2014) によれば, 韓国
emotion. Science, 164(3875), 86-88.
人が日本人より読唇 (lip-reading) 能力が高く, 視覚情
Ekman, P., & Friesen, W. V. (1975). Unmasking the
報処理に優れていることが示唆されている。この研究か
face: A guide to recognizing emotions from facial
ら, 日韓の表情認知において差があることが予想される。
cues. (エクマン P., & フリーセン W. V. 工藤力
一方, 表情認知と強度評定において男女の違いはみら
れなかった。しかし, 全実験参加者は国籍に問わず, 男
(訳) (1987) 第 18 版 誠信書房)
Ekman, P., & Friesen, W. V. (1978). Facial Action
性より女性刺激に対して正答率が優位に高かった。この
Coding
System.
ことから, 男性より女性の表情表出に優れていると考え
Psychologists Press.
Palo
Alto:
Consulting
Ekman, P. (2003). Emotions revealed. (에크만 P.
られる。
이민아 (역) (2006). 얼굴의 심리학 제 4 쇄
総合考察
바다출판사)
今までの表情に関する研究は, 主に西洋文化圏内の
Huang, Y., Tang, S., Helmeste, D., Shioiri, T., &
国々, 又は西洋と東洋文化圏間の比較が沢山行われてい
Someya, T. (2001). Differential judgement of
る。また, 東洋文化圏においては日本人と中国人に限り,
static facial expressions of emotions in three
数少ない研究が報告されている。しかし本研究は, 同じ
cultures. Psychiatry and clinical neurosciences,
く東洋文化圏である日本人と韓国人において表情表出と
55(5), 479-483.
表情認知の比較実験を行った。
Matsumoto, D., & Ekman, P. (1988). Japanese and
その結果, 基本 6 感情の表情表出と表情認知に関して
Caucasian Facial Expressions of Emotion (JACFEE)
日本人と韓国人の違いがあることが示唆される。まず実
and Neutral Faces (JACNeuF). (Slides): Dr. Paul
験 1 では, 日本人と韓国人の表情表出を調べた。その結
Ekman, Department of Psychiatry, University of
果, 日本人と韓国人は驚きを除く恐怖・嫌悪・怒り・幸
California, San Francisco, 401 Parnassus, San
福・悲しみの表情表出において特定の AU に違いが観測さ
Francisco, CA 94143-0984.
れた。そして実験 2 では, 実験 1 で撮られた日韓の表出
南智然・久永聡子・積山薫 (2014). 視聴覚音声知覚の言
画像を国籍条件(2)・性別条件(2)・表情条件(7)で合成し
語差について日本人と韓国人の比較研究 日本心理
た平均顔画像を用いて, 日本人と韓国人の表情認知を調
学会第 78 回大会発表論文集, 116.
べた。その結果, 韓国人は日本人より, 恐怖・怒り・悲
しみの表情認知が優れていた。さらに, 全ての実験参加
者は男性刺激より女性刺激の表情認知に優れていた。