1 成果主義を支えるインフラ構築 〜個人と組織が対等な関係で契約するために労使で整備すべき環境は何か〜 宝酒造(株) 杢 野 雄 一 (株)大丸 永 井 宏 信 大阪ガス(株) 渡 辺 茂 Ⅰ.なぜ今成果主義なのか 長期化する景気低迷やデフレ、間断ないグローバリゼーションなどに伴い、日本企業の業績 は低迷している。また、高い失業率や改善の兆しが見えない求人ニーズも相まって、日本企業 の人事管理も大きな転換機にさしかかっている。加えて、近年は従来の日本的雇用の崩壊、若 年層の就労ニーズの変化も顕著である。これらを背景とした新たな人事制度として成果主義人 事制度(以下、成果主義とする)が多くの企業で採用され、普及しつつある。 企業の成果主義導入への動機付けは、「消極的意味合い」および「積極的意味合い」に大別 することが出来る。即ち、次の対極するものである。 ∇「消極的意味合い」→成果主義を人件費削減・低成果者の社外退出促進、等のコストカ ットツールとして位置づける。 ∇「積極的意味合い」→成果主義の導入が個人と企業の新しい関係を構築すると共に、社員の 業績向上に向けた強いモチベーションを喚起するツールとして活用。 本レポートでは「成果主義を支えるインフラ構築」をテーマとしている関係上、「積極的な 意味合い」に基づく成果主義導入に向けての考察を進めていくことにする。 Ⅱ.成果主義成功に向けた課題 それでは、企業が成果主義を導入し、成功裏に運用していくためにはどのような留意すべき 事項があるだろうか。以下、そのポイントを考えてみる。 (1) 成果主義は企業の全社員に有効な制度なのか? →「NO」。企業内で成果主義がフィットする職務を慎重に選定する必要がある。フィット する特定の職務には成果主義は極めて有効。 (2) 成果主義は人件費削減のツールなのか? →「NO」。本来の成果主義が目指す目的は「人件費削減」ではない。企業が人件費削減を せざるを得ない状況に陥った場合は、別スキームで人件費削減を行うべき。 (3) 成果主義は報酬差を大きくするための制度なのか? → 成果主義の本来の目的は「差をつける」ことではなく、 「業績向上に向けてのチャレン ジを喚起する」こと。差をつけるために、測定困難な成果に対して無理な評価を下すこ とは成果主義の趣旨にそぐわない行為である。 (4) 成果主義による対象者のモチベーション向上の前提は? → 成果主義の前提は「契約的概念」であり、その精神は「企業と対象者個人の信頼感をベ ースとした対等かつフェアな契約」である。その実現の諸条件として、「経営に対する求 心力が担保されていること」、「企業が社員に期待することが明確であること」、 「成果に 対してエキサイティングな結果が用意され、自発的なチャレンジが誘発されること」等 が挙げられる。さらに、これらを支えるバックアップ環境整備も重要である。 2 成果主義を広く学ぶためのフィールドワーク タクシー運転手 ① 運転手は会社から「商売道具」で車両を貸与される形で処遇され、給与は、売上高から諸 経費(売上高に対する一定のコミッション・車両リース費・燃料費・制服貸与費等)を差 引いたもの。 ② 採用後3ヶ月は収入保証があるが、以降は完全出来高制に移行する。したがって、休業し ても経費支払い義務は免除されない。 ③ 一日の標準的な勤務時間は12時間であり、1日について2名の運転手が車両を使用する。 クラブホステス ① ホステスの報酬は、基本給(日給)と歩合給から構成されており、実績に伴う店内序列に 応じて日給および歩合給が昇給する。 ② 店舗の売上高(単価)アップにつながる項目(同伴出勤等)には個人別目標が設定されて おり、実績が目標を下回ると基本給が減額される。 ③ ホステスの顧客管理は担当制になっており、代金未回収は担当ホステスの負担となる。 ④ 衣服等に要する経費は全て各自の基本給から捻出しなければならない。 ⑤ 処遇に関する契約は、一部を除き文書化されていない。 これらの事例に共通することは、 「個人の成果に対する処遇ルールが明確化されている」こ とと、「成果に対する較差が大きく設定されていること」である。つまり、これら2つの事例 は、『究極の成果主義処遇』モデルとして考えることができる。 このフィールドワークを踏まえて、以下に、今後企業が行う成果主義の方向性を考える。 Ⅲ.今後の成果主義の方向性とそのためのインフラ KPCマネジメントスクールで学んだ理論、グループメンバーでの議論、そしてフィールド ワークの結果を踏まえ、我々が理想と考える成果主義のフレームを設定した上で、それを踏ま えた「成果主義の方向性」についての議論を進めた。 (1) 成果主義のフレーム ① 対象者 成果主義は企業の全社員にとって万能でないが、それではどのような層にフィットす るのか?その答えは以下に述べる「特定要件を備えた層」に限定することである。 ・発揮した成果が自他共に明確である業務を担務している者。 ・アカウンタビリティを要求され、かつ高度な資質・スキルを持った者。 ・業務成果が「量」ではなく「質」で評価される者。 (例:業務遂行が時間等でなく、本人の裁量に委ねられていること) ・環境変化を好み、自己判断によるリスクテイクが可能な者。 ・早期起用に資する「旬の人材である」者。 ② 人事制度 ・人事制度は『一社複数制度』とし、成果主義対象者用の制度と成果主義がフィットしない 層((例:企業特殊技能とその継承が必要な層)用の制度が並行して運用されている事 ・処遇面における業務内容と目標および達成対価の関係が明確かつオープン化されている事 ・成果主義対象者の発揮成果に応じた早期抜擢や、機動的な人材の入れ替えが可能なポ スト運用スキームを準備し、且つその内容を対象者にオープン化し、向上意欲と緊張 3 感を併せ持たせる事。 ・成果主義をセレクトした対象者のリスクへの対応として、 「自助努力」を基本としたリ スク軽減や、キャリア選択等の、敗者も生き残れるスキームを具備する事。 ・また、企業での成果主義の広がりは、人材の流動化が促進されることも意味するが、 その対応策も重要である。具体的には、企業を退出した人材が保有する能力やスキル を他社で生かすことができるように、バックアップスキームを準備する事であるが、 これを企業が協働して行うことにより、より幅広いフィールドが確保され、強力な人 材流動支援を進めることがねらいである。 ③ 対象者の規模 これまでに述べた成果主義のフレームを基に、企業での成果主義導入ステップを考え ると、成果主義の導入は、まず要件を備えた特定層から限定的に導入し、以降要件を考 えながら慎重に適用範囲を拡大するべきである。その為には、企業内で「成果主義ポー トフォリオ型モデル」を作成し、成果主義が適した業務の分析を行った上で、導入ステ ップを定めることを提案する。(図①) 定量的 〜セールス販売職〜 〜マネジメント職〜 【アウトセールスエキスパート、セールス 【理事、部長、マネジャー、 エキスパート、接客販売担当】 成果主義 対象者 チームリーダー】 自由度 定型 限定的 裁量度 〜事務系スタッフ職〜 〜企画系スタッフ職〜 【事務管理、経理、etc. 】 【戦略、営業企画、 〜一部販売職〜 販促、人事企画、etc.】 【承り、顧客説明】 定性的 (図①:某企業におけるポートフォリオ型モデル) (2) 成果主義非適用者への成果主義志向への誘導 業務実績を成果主義スキームで測定することが適当でない層に対しても、成果主義志向 を高める取り組みが必要である。これについては、従来の職能等級制度の評価スキームを 業績にシフトさせるなどの方法があるが、経営との一体感やチーム業績向上への参画意欲 を高めるには、「業績連動型賞与」を導入することも今日的な事例である。 (3) 成果主義の推進に向けた企業・労働組合・個人の関係 成果主義が実効的に導入・浸透されるためには、実施主体である「企業」だけでなく、「労 働組合」「個人」という関係者がそれぞれの役割に応じたアクションを起こすことが大切である。 そのためには、関係者が成果主義に対する思想や価値観を共有するためのコミュニケー ションを密に行う仕組みを構築したい。(図②) 企業 (図②:企業・労組・個人の関係) 仕事に集中 できる環境 づくり 企業・労組・個人の三者の 成果主義に対する 足並みを揃える事が大前提 思想・価値観の共有 労組 (コミュニケーションの徹底) 個人 4 (4) 個人を生かす仕組みの構築 成果主義は制度の性格上、適用に当たっては当事者間での取り決めが明確であること、 即ち「対等な契約」的関係に基づいた運用がなされるべきである。そのためには、個人の 立場を引き上げ、対等化させるためのインフラ整備を提案する。(図③) (図③:個人を生かす仕組みの構築) 成果主義の浸透 理想 成果主義を支えるハード(制度)+ ソフト両面でのインフラ整備が必要 仕組みの構築 労使の取り組み 企業 インフラ 契約関係 個人 現状 (5) インフラ整備のための視点と対応策 成果主義に関する現状把握・課題形成・仮説づくりを経て、今後成果主義を進めるに当 たって、当事者間で取り組むべきテーマとして、「インフラ整備のための視点」をまとめ、 その対応策を考えた。(図④、⑤) (図④:インフラ整備のための視点) 取り組み主体 項目 会社 労組 個人 ①評価の客観性と納得性の向上 ◎ ②業務に関する契約的概念の導入 △ ○ ③人材の円滑な循環(ハイパフォーマーの起用と交代) ◎ ④チャレンジする者のリスクへの配慮 ○ ⑤自己選択の場・機会づくり ◎ ⑥雇用流動の場づくり・セーフティネットの整備 ○ △ ⑦仕事に集中できる環境づくり ◎ ○ 対応策(提案内容) 代理人制度の運用(図⑤) ◎ 企業内事業主制度の創出 仕事任期制度の導入 ○ 成果所得補償制度の創設(保険商品化) ○ キャリアアップ速度選択制度の導入 ○ 企業交流トライアウトの場づくり 仕事環境整備士の設置 (図⑤:インフラ策の一例) インフラ1 目的 代理人制度の運用 ①第3者関与による測定の客観性・公平さの確保 ②上司のマネジメント能力向上 ②上司のマネジメント能力向上 ①部下である個人に選任された代理人が面談 実施方法 実施方法 ②代理人は目標の内容、プロセス、成果を把握し評価結果の正当性をチェック 代理人の ①社内での目標管理に精通した人事担当者 要件 ②委託した外部の(所得補償)保険担当者 ※後述 ※後述 目標管理制度の世界 交渉 上司 代理人 客観性 公正 マネジメント力、目標 管理制度の向上 委任 左記は、従来の目標管理制度/面談で兼 ねていた「ネゴシエ−ション機能」と「コ ミニュケ−ション機能」を分離する発想で ある。 これらの対応策については、一企業だけ でなく、関係業界の協力や理解が必要であ る。現時点ではまだアイデアの域を脱する ものではないが、視点としては面白いので はないだろうか。 「成果主義を業績向上の起爆剤にした い」−我々共通の思いの実現に向けて、今 後更なる研究を続けていきたい。 部下 以 上
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