「待った」 撮るほうが悪いのか - a

395.キャサリン妃のトップレス報道に英国王室が「待った」 撮るほうが悪いのか、撮られるほう
が悪いのか
DIAMOND Online 2012.9.28. 【新聞・週刊誌「三面記事」を読み解く】
(傍線:吉田祐起引用)
英国王室では、チャールズ皇太子の次男ヘンリー王子の “全裸写真流出”報道に続き、ウィリアム
王子の妻キャサリン妃の“トップレス写真”が騒動を引き起こしている。
王室に嫁ぎロイヤルファミリーの仲間入りを果たした女性の半裸である。
ゴシップ大好きの大衆紙としては、本領発揮といったところか。の前に ――。
ヘンリー王子の全裸事件は、ラスベガスのホテルで、ビリヤードに負けたほうが一枚ずつ服を脱
ぐ、というゲームでのお戯れ写真が流出した。王子ご自身も全裸だったが、ゲームに負けた女の子
に、ぼくがきみの下着になってあげようと言い、女性の裸を隠そうとしたときのものだ。
やんちゃなのだ、この王子は。その後、出席した 慈善活動のスピーチでは、
「何ひとつ隠さず、全てを晒け出して心をオープンにすることも大事です」
というようなことを言って会場を沸かせたりもした。
王子はいま兵役に就いていることもあり、王子を支援する兵士たちが男女を問わず全裸で敬礼す
る“キャンペーン”が張られていたりもする。数万人が参加しているというから、国民に慕われた王
子だ。
この報道から二週間が過ぎた九月十四日、フランスの芸能誌『クローサー』が、休暇中のウィリア
ム王子とキャサリン妃の写真十四枚を掲載した。プロバンス地方の邸宅で過ごされた様子を写した
ものだが、キャサリン妃はトップレスだったものだからさぁたいへん。
キャサリン妃は、テラスで王子と日焼けクリームを塗りあっていたらしい。
だが、レンズは、サングラスとビキニ姿のキャサリン妃がトップをはずし、半裸になるまでをきっち
り捉えていた。紛うごとなきロイヤルファミリーのヌードだ。
そんな写真が掲載されたものだから、王子夫妻と英国王室は、写真掲載の違法性とプライバシー
侵害を理由に告訴に踏み切り、それを受けた裁判所は、クローサー誌に対し、撮影したデータの提
出と写真の再公開禁止を命じた。
一件落着……、のはずが、話はこれで収まらなかった。
イタリアにあるクローサーの姉妹紙『Chi』が同じ写真を掲載したからである。
さらに、アイルランドの『アイリッシュ・デーリー・スター』紙、スウェーデン、デンマークの芸能誌が
キャサリン妃の写真を掲載した。裁判所の命令は、 クローサー誌のみの公開禁止だったのである。
CNNの取材に対し、キャサリン妃のトップレス写真を掲載した雑誌の発行人はこんなコメントを寄
せている。
「これは超セレブの貴重な写真だ。デンマークの有力ゴシップ誌として、それを公表することは私
の仕事だ。英王室が提訴したいと思えばそうなるだろうし、我々も対処する」
スウェーデンの芸能誌はこうだ。
「王族とそれ以外のセレブとの別扱いはしない。ニュース価値を重視する」(いずれもCNNのウェ
ブサイトより引用)
ここに“報道の自由”が頭をもたげてくるのだが、他方、アイルランドでは写真を掲載した編集長が
停職処分を受けたとのことだ。
この芸能誌の親会社はイギリス企業で、トップレス写真の掲載に親会社の社長が激怒したのが理
由らしい。報道によれば、この社長は“ポルノテレビ”も運営しているのだが、王室の“ハダカ”はN
Gだったようだ。ちょっとヘンだね。
一連の騒動を受け、アイルランドでは、シャッター司法大臣がプライバシー保護法制の見直しを主
張した。事が写真だけにシャッター大臣というのが面白い取りあわせだが、不謹慎だからやめよ
う。絶対に怒られる。
ところで、本家イギリスの大衆紙『サン』は、ヘンリー王子の“やんちゃ”は掲載したものの、どうい
うわけかキャサリン妃の写真掲載を見送った。イギリスに暮らしたころ私も何度か買ったことがある
が、この大衆紙は女性のトップレス写真が“売り”なのである。
サン紙にすれば絶好のネタなのだが、圧力がかかったか ――?
朝日新聞によると、サン紙は「今回は私的な休暇中で、掲載に公益性がない」と説明しているとの
ことだが、掲載したスウェーデン、デンマークの発行人とはずいぶんと趣が違う。サン紙は、これを
スクープとみなさなかった。
トップレスをもっとも好むはずの大衆紙が掲載を見送る ……、王室への配慮があったとしても、私
はサン紙の姿勢を少し怖く感じるのだ。配慮というのは、不掲載を選択することではなく、最大限の
注意を払って掲載することだからだ。
また、ロイヤルファミリーの動向に際して、たとえそれがゴシップに分類されるものであっても、何
ひとつ公益性のないものはない、と私は思っている。
たとえば、故ダイアナ妃の洋服代は年間で五〇〇〇万円をくだらなかったと言われている。全て
税金だ。
が、ファッショナブルな装いで公務をこなすダイアナ妃の姿が報じられる。すると、それを見た女
性読者は、こぞってダイアナ妃と同じブランド、同じデザインの洋服を買い求め、結果的に市場が潤
う、という経済効果をもたらした。
ロイヤルファミリーの装いは、たとえ私服であっても国民に影響を及ぼすのだ。
公益性があるではないか。髪型や貴金属においても然り。
あるいは、チャールズ皇太子の弟アンドルー王子は、空軍のパイロットとしてフォークランド紛争
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に従軍した。これも、誤解を怖れずに言えば、ロイヤルファミリーが戦地に赴くのだからという理由
で他の兵士を鼓舞し、英国国民を発揚させた。戦争には大反対なんですけどね、私。
私が気になったのは、サン紙のコメントにあった “私的な休暇”という文言だ。
王室にももちろんプライバシーは必要だが、医者が二十四時間医者であるように、警察官が二十
四時間警察官であるように……、非番に痴漢をする警官もいるが、非番だからといって痴漢の現行
犯を見逃す警官がいないように、王室も二十四時間、王室だ。
が、私の考えだ。
もっとわかりやすく言えば、“護衛”をつけているかぎり、その行動の全ては公務に該当すると私
は思う。プロバンスの休暇には、当然のように護衛が身辺警護に当たっていたはずだから、私がパ
パラッチだったら躊躇うことなくシャッターを押したと思う。
これは、目の前で濁流に呑まれ溺れている人がいたら、飛び込んで助けるかシャッターを押すか
の議論と同じだ。戦渦を伝える報道が正しくて、あけすけにゴシップを写し出す報道が邪道だなど
というアンフェアな理屈は、マスコミにはない。
自分が為すべきことをやる。ただそれだけだ。
ターゲットが海沿いの街で休暇をとる際、パパラッチはあえて海に出て、船上からカメラを構える
ことが多い。今回の写真もおそらくそのやり方だと思うが、これでパパラッチが得た報酬は一億をく
だらない。ともすれば数億になる。
男というのは女のハダカが好きな生き物であり、ましてやロイヤルファミリー。どの角度から見て
も別嬪さんなキャサリン妃のトップレスなら、写真の反響は計り知れない。
パパラッチは、本懐を遂げたのだ。
とは思うのだが、しかし――、キャサリン妃の立場からしたら堪ったもんじゃないね。その言動の
いちいちが報じられるだろうことは覚悟のうえでも、ビキニをはずし夫と日焼けクリームを塗ってい
る写真まで報じられたとあっては堪ったものではない。
キャサリン妃は、この写真を撮ったカメラマンに“可能な限りの厳罰”を求めているとのことだ。法廷
への出廷も辞さない、とまで言っているらしい。裁判のために、ロイヤルファミリーがフランスに渡る
と言っているのだ。
それだけで激怒の程が窺えるが、撮られたのは事実。夫妻が油断していたのも事実。非があると
は言わないが、王室のハダカにはこれほどの反響と価値があるとの寛大なご理解を示し、
「あら、撮られちゃったわ」
と笑い飛ばすことは……、できなかったんだね。
故ダイアナ妃のときから英国王室のゴシップは世界の注目だが、今回のキャサリン妃の反応は
“過敏”に感じられて、将来の英国王室がいまより閉ざされた王室になることを暗示しているように
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思えなくもない。
マスコミ不信と敵視も充分に考えられる。それがちょっと心配なのだ。
日本では、写真誌であれ総合誌のグラビアページであれ、事前に本人には確認の連絡を入れ
る。政治家でも芸能人でも、それは必ずやる。どこそこでこういう写真を撮ったのですが、これは×
×さん本人ですよね。どう見ても不倫だと思うのですが、事実確認をお願いします ――、といった具
合だ。
そのときにコメントも求めるのだが、たいがいは否定とだんまりだ。それで写真が掲載されてから
やいのやいの言う。掲載誌が発売される前に出版差し止め請求を裁判所に届け出た政治家もい
た。
ずいぶんとむかし、ある大物の自宅を張り込んでいたことがあった。
と、早朝、本人がゴミ出しに出てきた。一応、写真に収める。収穫のない張り込みだったが、ゴミ出
しの写真も面白いから掲載するかという話になった。それを本人に知らせる。もちろん写真も本人
に見せる。
「載るのか」
「載せます」
「載るのか……、だったら、ひとつ頼みがある」
「載せるなと言っても載せますよ」
「こんなひどい恰好じゃ困る、髪も寝ぐせがついてぼさぼさじゃないか。頼む、ちゃんとした服に着
替えるから、もう一度撮り直してくれ」
嘘のような本当の話だが、写真を撮り直したこともある。
そして、この御仁はゴミ出しのときすら紳士的だという“ヤラセ”に乗る代わりに、私たちの要求も
呑んでもらうのだ。たとえば、公人であれば執務の様子を独占で取材させてほしいとか、芸能人や
スポーツ選手であれば婚約、結婚をいのいちばんに報道させてほしいといったこと等々だ(注:スク
ープ性のない、報じなくてもさほど問題のないネタのときだけです)。
キャサリン妃の場合は、こうした事前のやり取りがなかったのだろう。
王子夫妻がプロバンスで夏の休暇を楽しんでいる。ロイヤルファミーがどんな休暇を過ごすの
か、パパラッチはカメラを構えている。もしかしたら、面白い写真が撮れるかもしれない。
と思っていたところに夫妻が水着姿で現れ、キャサリン妃はビキニをはずした。
パパラッチにかぎらず、カメラマンなら誰でもシャッターを押す。でなければ、そいつはカメラマン
を名乗る資格もない。その先にビリオンという報酬が待っていればなおのこと。
そして、よし、ロイヤルファミリーのハダカを撮ったぞ、と拳を握りしめる。
そこで考えるのだ。いや、待てよ。ロイヤルファミリーと言えども、キャサリン妃は女性ではない
か。ひとりの女性がトップレスの写真を撮られたら ――?
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そのとき、報じる側にいる人間は、良心と格闘する。これは報じるべきだろうか、報じてもよいもの
だろうか、それとも……、という葛藤だ。
良心ってやつはとても厄介で、倫理とか正義とか、誠実さや清廉な志といった仲間を引き連れて
やってくる。そして耳元で囁くのだ。そうまでしてお前は報酬を得たいのか、キャサリンの気持ちを
考えてみろ、そんなに名声が欲しいのかと。
どんなゴシップであれ、疑惑や不正を追及する取材であれ、私たちには常に葛藤がつきまとう。
そのうえで、これは報じるに値すると判断されたものが誌面に印刷され、載せるのはやめようとい
う思いに至った者は、データを消去する。
それだけのお話。
私だったら、写真を撮って、画像を確認してむふふと笑い、それからぜ~んぶデータを消すよ。た
ぶん。
一枚くらいこっそり保存しておくかもしれないけど。
(朝日新聞九月二四日付国際面を参照/文中一部敬称略)
吉田祐起のコメント:
始終ニヤニヤしながら本稿を読みました。その分、アンダーラインをたくさん引きました(笑い)。日
本の皇族や国民では到底考えられない出来事でしょうが、国民性の差異は明確です。本稿の末尾
の当該記者の弁「私だったら、写真を撮って、画像を確認してむふふと笑い、それからぜ~んぶデ
ータを消すよ。たぶん。一枚くらいこっそり保存しておくかもしれないけど。 」がそれを想像させます。
あっけらかんの本場英国(人)の表情。でも、人間的で、ちょっと、羨ましい感じがしないでもありま
せん・・・。と、こんなことを書く、書けるのは海外移住している者の特権?
それにしても、「・・・チャールズ皇太子の弟アンドルー王子は、空軍のパイロットとしてフォークラン
ド紛争に従軍した。これも、誤解を怖れずに言えば、ロイヤルファミリーが戦地に赴くのだからとい
う理由で他の兵士を鼓舞し、英国国民を発揚させた。戦争には大反対なんですけどね・・・」あたり
のことになると、日本では想像するでき得ない出来事ではあるでしょう。「権利と義務」の主張は民
主主義の本山ですから・・・。
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