K-POP のグローバルマーケティング ~韓国企業の海外戦略~ 指導教員

K-POP のグローバルマーケティング
~韓国企業の海外戦略~
指導教員名:水越康介准教授
学習番号:08159523
氏名:田中麻衣子
枚数:23
1
目次
1 はじめに .......................................................................................................................... 3
2 グローバルマーケティング ............................................................................................. 5
2-1 グローバルマーケティングとは ............................................................................. 5
2-2 グローバル拡張戦略 ............................................................................................... 6
2-3 標準化と現地適応化 ............................................................................................... 7
3 リサーチクエスチョン .................................................................................................... 8
4 分析 ................................................................................................................................. 9
4-1
SM エンターテイメント社 ..................................................................................... 9
4-2 日本市場の重要性 ................................................................................................ 11
4-3 日本進出のための戦略 ......................................................................................... 12
4-4 インターネットを利用したプロモーション ......................................................... 14
4-5 グローバルな楽曲制作 ......................................................................................... 16
4-6 海外とのコラボレーション .................................................................................. 17
4-7 ブランドの構築 .................................................................................................... 18
5 韓国政府の輸出産業政策 ............................................................................................... 19
6 結論 ............................................................................................................................... 21
7 参考文献 ........................................................................................................................ 22
2
1 はじめに
最近、K-POP という言葉をよく耳にする。歌番組を見ていると、韓国人の歌手が日本語
を喋り、日本語で歌っているのを頻繁に見かけるようになった。オリコンランキングの上
位にも韓国の歌手がランクインし、CD の売り上げも好調なようだ。K-POP という言葉を
聞くようになったのは、1 年ほど前だろうか。突然、テレビや街頭の広告で美脚が印象的な
「少女時代」という女の子のグループや、ヒップダンスが印象的な「KARA」というグルー
プが現れたのをきっかけに、K-POP が注目されるようになった。
K-POP は今、日本だけでなくアジア各地で人気を博している。2010 年度、博報堂 Global
HABIT 調査のアジア 10 都市における日・韓・欧米コンテンツの受容性比較によると、台
北、香港は依然、日本コンテンツ人気、バンコク、ホーチミン・シティなどの ASEAN 都
市では韓流が浸透中という調査結果がある。これは、アジア 10 都市(台北、香港、メトロ・
マニラ、バンコク、上海、ジャカルタ、シンガポール、ホーチミン・シティ、クアラルン
プール、ムンバイ)で、
「日本」
・
「韓国」
・
「欧米」の「マンガ、アニメ」
・
「ドラマ」
・
「音楽」・
「映画」・「メイク、ファッション」がどの程度受容されているかを調べたものである。
図1
あなたが好きなドラマのタイプは何ですか。
(縦軸の値は%)
70
60
50
40
30
20
10
ム ンバイ
ク ア ラ ル ンプ ー
ル
ホ ー チ ミ ンシ
ティ
3
シ ンガ ポ ー ル
欧米のドラマ
ジ ャカ ルタ
上海
バ ン コク
韓国のドラマ
メ ト ロ マ ニラ
日本のドラマ
香港
台 北 0
「 ア ジ ア 10 都 市 に お け る 日 ・ 韓 ・ 欧 米 コ ン テ ン ツ 受 容 性 比 較 」
http://www.hakuhodo.co.jp/pdf/2011/20110705.pdf
図1のように、ドラマの分野では韓国ドラマが ASEAN 都市を中心に浸透しており、欧
米ドラマが根強い人気を保つところもある。10 都市平均は、日本が 16.9%、韓国が 26.0%、
欧米が 26.5%である。台北、香港以外の都市では韓国ドラマのほうが日本ドラマよりも人
気がある。特に ASEAN 都市での日韓の差は 20%以上の開きがある。
図2
あなたがよく聞く音楽はどこの国のものが
多いですか。(縦軸の値は%)
70
60
50
40
30
20
10
ム ンバイ
ク ア ラ ル ンプ ー
ル
ホ ー チ ミ ンシ
ティ
シ ンガ ポ ー ル
欧米の音楽
ジ ャカ ルタ
上海
バ ン コク
韓国の音楽
メ ト ロ マ ニラ
日本の音楽
香港
台北
0
「 ア ジ ア 10 都 市 に お け る 日 ・ 韓 ・ 欧 米 コ ン テ ン ツ 受 容 性 比 較 」
http://www.hakuhodo.co.jp/pdf/2011/20110705.pdf
また、図 2 のように、音楽の分野では欧米コンテンツが圧倒的な強さを誇っている。日
本と韓国だけで比較してみると、日本音楽が韓国音楽よりも高いのは台北と香港である。
4
韓国音楽が日本音楽よりも高く差が大きいのはバンコクとホーチミン・シティ。日本、韓
国、欧米が拮抗しているのは上海である。10 都市平均は、日本が 10.3%、韓国が 9.8%、
欧米が 34.5%である。
「マンガ、アニメ」分野では日本コンテンツが圧倒的に人気であり、「映画」分野ではす
べての都市で欧米コンテンツが圧倒的な強さを誇る。そして「メイク、ファッション」分
野では台北と香港で日本の人気が強いという結果になっている。
一般的に、文化コンテンツの外国への浸透は、より経済が発展している国からそうでな
い国へと流れる場合がほとんどである。そのため、アジアの国々が日本社会に自国の文化
コンテンツを浸透させるのは非常に困難であった。そんな中、韓国コンテンツが日本へ少
しずつ浸透している。また、これまで、日本コンテンツがアジアの国々に受け入れられて
いたのが、次第にそれと同じぐらい韓国コンテンツが受け入れられてきている。
井上(2010)によると、そもそも日本で「韓流ブーム」と騒がれはじめたのは 2003 年で
ある。NHK 衛星放送で日本語吹替え版の「冬のソナタ」を放映したところ、予想以上の反
響があり、同年末には再放送までされることになった。また、翌年には NHK 地上波で放送
され、夜の 11 時台だったにもかかわらず、最終回の視聴率は東京、大阪ともに、20%を超
える大ヒットになった。主に 40 代から 80 代の主婦層に人気があり、
「冬のソナタ」をきか
っけに、より多くの韓流ドラマが日本で放送されるようになった。
K-POP という言葉が認識されるようになったのは 2010 年ほどからである。
「冬のソナタ」
以来、韓流ドラマブームは起こっていたが、K-POP は認識されていなかった。2010 年にな
るまでの間に、何か韓国企業のマーケティングがあったのだろうか。ドラマだけでなく音
楽も、韓国コンテンツの勢いは収まらない。今の K-POP ブームは、韓国企業の海外戦略に
よって起こったモノなのではないか。この論文では、グローバルマーケティングの視点か
ら、K-POP が海外で人気を得てきている背景を分析したい。
2 グローバルマーケティング
この章ではまず、グローバルマーケティングとは何か、それから企業が海外進出する際
に、どのような戦略を選択するのかについて説明する。そして、その選択の中にあるグロ
ーバルマーケティングの現地適応化と標準化について説明し、企業がどの戦略を選択する
べきなのかということを論じていく。
2-1 グローバルマーケティングとは
グローバルマーケティングについて、小田部は、レビットを紹介しながら次のように述
べている(小田部、2010、p.30)。
グローバルマーケティングとは、以下を重要視する企業によって行われるマーケティン
グ活動である。
5
1.
標準化―各国のマーケティング・プログラム(なかでも製品、プロモーション・
ミックス、価格、そして販売網)を標準化する。これらの取り組みにより、製品
やブランドのアイデアなどの各国拠点間での移転が進む。また、グローバルな顧
客の生成が促される。
2.
市場間の調整―国や地域の拠点間での取り組みの重複を削減し効率化する。
3.
グローバル統合―世界の多数の主要市場に参入することで、競争力の拡張や効果
的な統合を果たし、これら各国市場での競争的キャンペーンを、他の国で生じた
資源を用いて展開したり、競争企業からある国で受けた攻撃に対する反撃を、別
の国で行ったりする。
ただし、小田部(2010)によると、上述したレビットの考えは少し極端であるようだ。
グローバルマーケティングには、製品、プロモーション、価格、そして流通を世界中で標
準化する道しか用意されていないわけではない。多くの研究者は、グローバルマーケティ
ングとは、企業がマーケティング戦略の開発にあたって、国ごと、あるいは地域ごとに対
処するのではなく、グローバルに考え、積極的に問題に取り組むことだと考えている。す
べての企業がグローバルマーケティングを採用するわけではないが、各国拠点間でマーケ
ティング戦略の共通性を見出そうとする企業は増えている。
そして、グローバルマーケティングとは、世界中どこでも通用する製品を開発すること
を意味するわけではない。地理、気候、文化などさまざまな要因が、企業が製品を開発す
る方法や、消費者がそれを欲しがるかどうかに影響する(小田部、2010、p.31)。
2-2 グローバル拡張戦略
企業が海外市場に進出する際に選択する戦略について、さらに小田部(2010)は次のよ
うに述べている(pp.366-369)。
戦略的選択 1:製品とコミュニケーションを拡張させる―2 重拡張
画一的なコミュニケーション戦略を用いて、1 つの標準製品を世界中で販売しようとす
る企業がある。早い段階でグローバル市場に参入する企業は、このアプローチを選択す
ることが多い。経営資源に乏しい小企業も、このアプローチを好む。なぜならこのよう
なケースでは、製品や広告キャンペーンをカスタマイズしても、費用に見合う販売増を
達成することは困難だと予想されることが多いからである。この 2 重拡張(標準化した
製品と標準化したコミュニケーションをグローバルに拡張していくアプローチ)は、企
業が、同じようなニーズをもつ「グローバルな」セグメントをターゲットとするときに
効果がある。
一般に、2 重拡張は、規模の経済によるコスト削減を可能にする。その欠点は、海外の
顧客が、自分たちのニーズにもっと合った、自国あるいは他国の競合ブランドに乗り換
えてしまうかもしれないことである。
6
戦略的選択 2:製品を拡張させ、コミュニケーションは現地適応させる
同一の製品であっても、文化的な背景や競争環境が異なる海外の顧客には、自国とは
異なる便益や機能が評価される場合がある。同一の製品であっても、国や地域によって
異なる広告キャンペーンが選択されることがあるのは、そのためである。このような選
択は、コミュニケーションにおける規模の経済を犠牲にするが、生産における規模の経
済は維持される。
戦略的選択 3:製品は現地適応させ、コミュニケーションを拡張させる
各国で適応化させた製品を、各国間で共通のコミュニケーション戦略で販売する企業
もある。現地市場の状況を考えると、製品の現地適応化させることが望ましい場合もあ
る。あるいは、企業買収も、現地適応化した製品が増える要因となる。地元企業の買収
は、新たなブランドを企業の製品ポートフォリオに加える。こうした買収ブランドの価
値を活かそうとすると、企業は、現地のブランドをそのまま利用することになる。
以上のような要因は、製品の現地適応化を後押しする。しかし、そのような場合でも、
製品の中核となる価値や、その消費者の購買行動の共通性をとらえることができれば、
統一的なコミュニケーション戦略に扉を開くことができる。製品は違っていたとしても、
他の国の優れたマーケティングのアイデアを移転して活用することは可能である。
戦略的選択 4:製品とコミュニケーション双方の現地適応―2 重適応
2 重適応戦略が必要となるのは、文化的環境と物理的環境が国によって異なるときであ
る。このような状況のもとでは、企業の製品戦略とコミュニケーション戦略双方を現地
適応化させることが、グローバルな事業拡大に最も適した選択となる。
戦略的選択 5:製品革新
真のグローバル・マーケターは、1 つの国を対象とするのではなく、グローバルな立場
で、どのような製品を生み出すべきかを考える。彼らは単に、既存の製品やサービスを
現地市場に適応させるのではなく、グローバル市場での機会を見極めることに心を砕く。
以上のような 5 つの戦略的選択があるが、経験に富んだ優良企業さえグローバル市場の戦
略的選択に失敗することもある。この失敗は貴重な教訓でもある。
そして、グローバルマーケティングにおいて繰り返されてきた論争に、企業はその製品
戦略を標準化させるべきか、適応化させるべきかという問題がある。次では標準化と現地
適応化について見ていきたい。
2-3 標準化と現地適応化
標準化と現地適応化について、小田部(2010)は次のように述べている。
7
標準化とは、同一の製品を地域全体あるいは世界全体に提供することである。もちろん
標準化とはいっても、地域によって異なる規制や市場状況に合わせて、細かな仕様変更は
行われる。一般に、このような変更はわずかなコスト増をまねくに過ぎない。標準製品政
策は、各国の顧客ニーズの共通性を活用しようとするもので、その目標はコストを最小化
することである。こうしたコスト削減の効果は、低価格によって顧客に還元される(p.371)。
一方、現地適応とは、ターゲットとする顧客のニーズやウォンツの国による違いに注目
することである。この戦略のもとでは、現地市場に合わせた特殊な変更が行われる。標準
化が製品起点の発想―大量生産を通じた低コスト化―であるのに対して、現地適応は市場
起点の発想で、製品を現地のニーズに適合させることによって顧客をより満足させようと
するものである(p.371)。
このようにグローバルな製品戦略の最適解は 1 つではない。標準化すべきか、あるいは
現地適応化すべきかという選択問題のように見えるが、企業は「製品戦略を、どの程度適
応化(あるいは標準化)したらよいか?」を問うべきなのである(小田部、2010、p.400)。
企業にとっての理想は、製品の標準化と適応化のバランスをうまくとることである。
3 リサーチクエスチョン
2 章では、グローバルマーケティングの概要について述べてきた。2-2 で述べたグロー
バル拡張戦略について、これを K-POP の海外進出に当てはめて考えてみたい。
今のような人気を得るまでには、戦略的選択 4 の 2 重適応が必要だったのではないだろ
うか。例えば日本市場で考えてみると、韓国のアーティストが日本のレコード会社から日
本人が作った曲を日本語で歌うといったように、日本の音楽、すなわち J-POP として売り
出している。また、日本のテレビ番組に出演する際も、韓国のアーティストは日本語を使
っている。音楽番組でもトークをする部分が長いといった日本特有の番組構成に合わせて
いるように思える。製品戦略とコミュニケーション戦略双方を現地適応化させ、日本での
知名度を上げることに成功したところで、戦略的選択 5 を採用しているのではないだろう
か。
戦略的選択 5 は、グローバルに生産し、ローカルに販売するという流れである。BOA や
東方神起といったアーティストが現地適応によって日本である程度の人気をおさめ、日本
の音楽市場に韓国のアーティストが受け入れられるようになったところで、次々と K-POP
アーティストを売り出している。例えば、少女時代や KARA は、日本で長期的に活動して
きたわけでもなく、日本でデビューしたと同時に大ブレイクした。
韓国企業は、1 つの楽曲を作る際、あらかじめグローバルに受け入れられるように曲を制
作する。アメリカやヨーロッパ、日本や韓国だけでなく世界中から様々な優秀なプロデュ
ーサーやコンポーザー、振付師などを集めて、1 曲をプロデュースしている。1 つの国を対
象とするのではなく、グローバルな立場でどのような製品を生み出すかを考え、そこから
8
各国に合わせて販売する方式へと移行してきているように思える。これらのことは次の章
から述べていきたい。
韓国のアーティストは、日本では日本語の曲を出し、日本語で歌い、日本語を使って活
動している。日本のテレビ番組で韓国語の曲を歌っているわけではない。中国では中国語
を使って活動している韓国アーティストもいれば、アメリカで英語を使って活動している
韓国アーティストもいる。韓国のアーティストが、日本や中国、アメリカといった市場の
大きな国では現地の言葉を使い、現地の言葉で歌うといった様子から、韓国だけでなく海
外でも人気を得た要因は、現地適応化にあるのだろうか。次からは韓国企業の戦略を分析
しながら、実際はどうだったのか見ていきたい。
4 分析
ここからは、実際に人気アーティストを輩出している韓国最大手プロダクションの SM エ
ンターテイメント社の戦略を中心に見ながら分析していく。この章は主に、『日経エンター
テイメント』2011 年 10 月号の記事、GQ JAPAN の「韓流エンターテイメントは世界を制
するのか」の記事での SM エンターテイメント社現代表キム・ヨンミン氏や SM エンター
テイメントに関わる人のインタビューから分析していく。
4-1 SM エンターテイメント社
BOA や東方神起、少女時代といったアーティストを生み出した韓国最大手の「SM エン
ターテイメント」は、1995 年に元歌手のイ・スマンが設立したトータルメディア&エンタ
ーテインメント会社である。既存の CD 販売支援型のマネージメント企業とは異なり、ア
ーティストを直接発掘し、企画、音盤制作、販売にまで関わる、戦略的、組織的なスター
マーケティングを韓国で初めて導入した。さらに、トータルメディア&エンターテインメ
ント会社として初めて 2000 年 4 月に KOSDAQ(韓国の証券市場)に登録し、現在まで、
国内音盤市場シェア 1 位を独走する、
韓国ナンバー1 のエンターテインメント会社である(酒
井、2011、p.110)。
従業員の業務は細分化され、例えばアーティスト部門だけでも、新人発掘をするキャス
ティング(スカウト)チーム、教育担当のトレーニングチーム、イメージ戦略を練るプロ
ダクションディレクターチーム、音楽制作をする A&R チーム、営業担当のマーケティング
チーム、プロモーションを担当する広報チームの 6 つのセクションがあり、その道のプロ
たちが一丸となってアーティストをバックアップする(酒井、2011、p.110)。
SM エンターテイメント社の創業者であるイ・スマンは、70 年代に活躍した元アーティ
ストである。芸能界引退後に留学先のアメリカで音楽プロデューサーの職に目覚め、1989
年、現在の SM エンターテイメントの前身である SM 企画を設立した。1995 年には、10
代の若者が熱狂できるアイドルグループを作るべく、SM エンターテイメントを法人化させ、
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翌年に HOT というグループをデビューさせると、実験的グループであったにもかかわらず、
ブームを巻き起こして社会現象にもなった。
この成功を受け、韓国におけるティーンエイジャー向けの音楽市場の渇望を実感した
イ・スマンは、日本のジャニーズ事務所の育成システムを基にした SM 教育システムを確
立し、アイドルグループを次々と輩出した(酒井、2011、p.111)。
イ・スマン氏は創設者であり、筆頭株主、統括プロデューサーであるが、2005 年 5 月か
ら代表理事はキム・ヨンミン氏が務めている。
GQ JAPAN の「NEWS+BUSINESS 韓流エンターテイメントは世界を制するのか」の
記事に、SM エンターテイメントの現代表、キム・ヨンミン氏のインタビューがある。そこ
では、マネージメントから制作までの一切合財をすべて自分たちで行う理由は何なのかと
いう質問に対して、次のように答えている。
「ふたつ理由があります。ひとつは韓国の音楽マーケットの小ささです。市場規模とし
ては日本の 30 分の1といわれていますから、ここではマネージメントと制作とを別々の会
社で行うような分業体制を敷くことが大変難しいのです。もうひとつは、これは外部的な
要因ですが、権利関係をひとつに集約することで、「1ソース/マルチユース」という形で
ビジネス展開を行うという創業者のイ・スマン氏の方針に基づきます(2011 年 5 月 10 日、
p.2)。」
アーティストとの専属契約に付加する肖像権、命名権、制作を行うことでの原盤権と著
作権、加えて音楽出版権。これらを集約することで効率よくビジネスを展開しようという
発想であり、これは、この数年間、音楽業界で全世界的に広まっている「360 度ビジネス」
というモデルと同じであるようだ。
日本の音楽業界は、市場が大きいため分業化している。これに利点はあるが、そのこと
によって販売力だけが強くなり、プロダクトの開発力が弱まってくるというようなことが
起こってくるのである。これは、業界が下り坂に向かっていく大きな原因のひとつである
と、キム・ヨンミン氏は述べている。
SM エンターテイメントは今やアーティストの楽曲制作からコンサート制作、グッズ販売
までを自社で手掛ける「360 度ビジネス」で日本でも成功している。CD 市場が縮小する中、
SM エンターテイメントはこの 360 度ビジネスを推し進め、日本だけでなく中国を中心とす
るアジアや、欧米にまで打って出ている。K-POP アーティストがライブやイベントに力を
入れるのは、韓国の CD 市場が小さいため、イベント、マーチャンダイジングで儲けざる
を得ないという背景があるが、これが日本などの海外でも成功するのは、世界的にも CD の
市場が縮小し、もはや CD ありきだけではなくなっているからであろう。
さらに、SM エンターテイメント社は、「自社で一から十まで作り上げた完成品」として
アーティストを売り出している。そこが、日本との大きな違いだ。日本でいうところの「ア
イドル」は、それ自体が独立したジャンルのようなものであり、日本のメディア環境に大
きく影響を受けている。日本の市場は、メディアの環境が非常に強く、それに大きく左右
10
されるのだ。日本のアイドルは早い段階で企画され、バラエティやドラマ等さまざまな番
組に露出する中で、その商品性が構築されていくというやり方をとっているようだ。それ
とはまた違い、SM エンターテイメント社は、自身が誇るプロ集団が総力を挙げて作った曲
を聴いてもらいたいといった形で、自社が作った完成品としてアーティストを売り出して
いる。
4-2 日本市場の重要性
SM エンターテイメント社を中心に、韓国のアーティストが日本へ進出するのは、韓国の
市場の小ささが1つの要因であるといえる。韓国の音楽市場は約 150 億円であり、日本の
約 5000 億円の規模と比べると、海外へ出ていかなければならない状況がよく分かる。では、
韓国企業にとって、日本市場はどれくらい重要なのだろうか。
GQ JAPAN の「NEWS+BUSINESS 韓流エンターテイメントは世界を制するのか」の
記事の、SM エンターテイメントの現代表、キム・ヨンミン氏のインタビューによると、次
のように述べている。
「まず市場が大きい。そこはやはり魅力です。かつ、日本はやっぱり先進国なのですよ。
数字上はもはやそうでなくとも、感覚的には、アジアのトップはやはり日本なのです
(2011 年 6 月 1 日、p.2)。」
以上のように、日本市場が大きいというだけではなく、日本市場で受け入れられれば、
他のアジア諸国にも派生していくという点も踏まえて、韓国側は日本市場を重要視してい
るようだ。
また、キム・ヨンミン氏によると、日本のマーケットは、アジアの他の市場と比べて参
入が難しいようだ。日本のマーケットでの最大の難しさは「日本語」であり、日本では、
日本語が話せなければ一切のコミュニケーションが閉ざされてしまう。そして、日本では
音楽に接するツールが、いまだにテレビに偏っていることも困難の1つであるようだ。ド
ラマや CM のタイアップやスポットを打つことがとても重要になってくるが、そこに参入
していくには、大変な労力と時間がかかる。
しかし、昨年の少女時代の進出で、日本もインターネットがようやくテレビの影響力に
拮抗しうるものになってきたとキム・ヨンミン氏は感じたようだ。YouTube というワール
ドワイドなプラットフォームが一般化したことで、日本でも海外のコンテンツが一般的に
受け入れられるようになってきたともいえる。
さらに、著作権問題から見ても、日本の市場は重要であり、魅力的だ。中国市場にも進
出しているが、中国では、商慣行の違いや、著作権意識の欠如、違法ダウンロードなど、
様々な問題がある。人口が多いので市場も大きいが、そういった問題から、韓国国内でコ
ンサートを行った際の収支と、中国のそれとでは、それほど差はない。だからと言って、
問題が全て解決して、システムが整ってから出向くのでは遅すぎる。中国マーケットとは、
違法ダウンロードや著作権の問題と向き合いながら、いい方向へ向かっていくように手助
11
けをしつつ参入しているようだ。その点、日本は著作権が守られているというところでも
非常に重要な市場なのである。
以上のように、日本で売れるということは、ひとつのブランディングとして重要である
ということが言えるが、キム・ヨンミン氏によると、やはり重要なのはアジア全体のマー
ケットであるようだ。日本でナンバーワンになることが最重要なのではなく、アジアのマ
ーケットでナンバーワンになることが重要なのだ。別の言い方をすると、アジアが世界最
大のマーケットになることが大事なことである。
GQ JAPAN の「NEWS+BUSINESS 韓流エンターテイメントは世界を制するのか」の
記事で、キム・ヨンミン氏は次のように述べている。
「私の夢は、日本のランキングに常に韓国人の歌手が入っていて、韓国のランキングに
も日本の歌手が入っていて、中国のランキングに韓国や日本の歌手が常に入っているよ
うな状況になることなのです。こうした状況をもってアジアマーケットがひとつになっ
たとみなすならば、その瞬間、アジア市場は世界最大なのですよ。アメリカの5倍の規
模です。そうなったら、こっちからわざわざ欧米のマーケットへ進出していく必要すら
なくなります。ブリトニー・スピアーズは、中国で BOA と一緒にジョイントコンサート
を行ったほうが、はるかに大きな聴衆を集めることができるわけですから(2011 年 6 月
1 日、p.3)。
」
このように、アジアマーケットが1つになるには、日本のマーケットが非常に重要で、日
本の力が必要になってくる。
以上のように、SM エンターテイメントがいかに日本市場を重要視しているかが分かる。
重要視しているからこそ、長い期間をかけて、BOA や東方神起といったアーティストを一
から現地化して日本で集中的に活動させ、J-POP アーティストとして育ててきた。その土
台があるからこそ今の K-POP ブームといわれる流れを作り出せたのではないだろうか。
4-3 日本進出のための戦略
重要な日本のマーケットに打って出るために、韓国企業はどのような戦略を立て、進出
してきたのだろうか。ここからは、SM エンターテイメント社の日本進出戦略を見ていきた
い。
そもそも韓流という言葉が生まれたのは、中国で韓国ドラマがヒットしたことからであ
る。日本に韓流ブームがもたらされるより前に、中国からアジア各地に徐々に韓国コンテ
ンツの流入が始まっていた。そして、日本で「冬のソナタ」が大ヒットし韓流ブームが起
こるよりも前の 2002 年に、BOA という歌手は日本に進出しブレイクしていた。
BOA の日本進出以前に、SM エンターテイメントは、当時韓国で人気を博していたガー
ルズグループを日本進出させていたが、日本のメディア環境への対応の難しさや、当時ま
だ日本の音楽関係者も韓国のアーティスト自体に注目していなかったこともあり、失敗に
終わった。その失敗から学んで、徹底的に現地適応化戦略をとってマーケティングし、
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J-POP 市場に売り出したのが BOA である。
BOA は小学 5 年生で SM エンターテイメント所属となったが、所属後にまず始めたのが、
ダンスでもなく歌でもなく日本語のレッスンであった。また、中国を基点とし、台湾や香
港などアジア全域に進出する計画に向けて、中国語の勉強、さらにはアメリカ進出のため
に英語も習得した(酒井、2011、p.132)。
『日経エンターテイメント』2011 年 10 月号の記事によると、事務所に入るとまず何を
するのかという質問に対して、実際に BOA 自身が、日本語のカリキュラムがあったことを
話している。ダンスや歌の練習だけではなく、日本語の勉強も最初から組み込まれていた
ようだ。そして、キム・ヨンミン氏は次のように述べている。
「BOA からスタートしたことが多いですからね。流れでいうと、HOT というグループ
が最初に中国で大ブレイクして韓流という言葉が生まれるのですが、男性の場合は、兵役
があるということと、当時パスポートがマルチで出なくて、一回国外に出たらもう一回再
発行しなければいけない時期だったので、男性グループで海外に出るのは難しかった。だ
から、BOA は最初から日本語がカリキュラムにあった(p.19)。」
このように、最初から海外進出を意識してアーティストを育成するシステムを、BOA か
ら導入し始めたようだ。
BOA の日本での成功はやはり徹底した現地化戦略にあると考えられる。BOA は、デビュ
ー前の長期間にわたり、日本で生活をしていたようだ。日本語を習い、日本文化を体で覚
えた。デビュー時には流ちょうな日本語を操るようになっていた。そのため、日本でのデ
ビュー当時、BOA を日本人と思っていたファンも多かったという。韓国人であることを隠
していたわけではないが、だからと言って日本人ではないとも言わなかった。デビューす
ると、ファッションや話し方、仕草など、すべての面において日本人が好むスタイルを追
求した。少しずつ人気が安定する頃になって、やっと彼女が韓国人であることを公開し始
めた。J-POP 市場は海外アーティストに閉鎖的な面があるが、その点 BOA に対しては、リ
スナーたちが勝手に日本人だと決めつけていたため、初めから気構える人も少なく、BOA
はスムーズに J-POP 界に溶け込めた。そしてその後、韓国人であることを告白しても拒否
感を与えることはなかった(酒井、2011、pp.133-134)。
日本語で歌い、日本語でテレビ番組に出演するという現地適応化した戦略をもって長期
的に活動した結果、2002 年に BOA はオリコンチャート 1 位を記録し、ミリオンセラーを
成し遂げた。
日本進出を推し進める SM エンターテイメントは、次に、東方神起という 5 人組の男性
グループを日本デビューさせる。2004 年に韓国でデビューしてミリオンセラーを記録し、
韓国歌謡界のトップに上り詰めていた彼らを、BOA 同様、日本で長期的に活動させた。プ
ロジェクトを立ち上げた当初から、アジア圏掌握に狙いを定めて結成したグループである
ようだ。そのため、香港映画のタイトルを連想させるような独特のグループ名をつけ、国
内だけでなく海外、特にアジア市場を念頭においてプロデュースしていた。
13
韓国ではトップアーティストであったが、日本では地道に活動を続けた。地方のステー
ジやショッピングモールでのライブを行いながら、地方のテレビ局やラジオ局の番組に出
演し、日本人アーティストと同様にプロモーション活動を行った(『K-POP 前線異状アリ!』、
2011、p.5)。
当時は韓流ドラマブームの効果で、ファン層が主婦を中心としたものであったが、地上
波の音楽番組に出演することによって、若い層からの人気を獲得していったようだ。日本
で認知されるためには、地上波の音楽番組に出演することが重要になってくる。
酒井(2011)によると、SM エンターテイメントの戦略は実に巧妙であるという。まずは
地道に営業活動をしながら、日本語を学び現地適応を進め、メンバーたちが日本に慣れた
ところで地上波のテレビ番組への露出を目論んだ。特に、ジャニーズ事務所以外の男性ダ
ンスグループが地上波の音楽番組に出ることが難しい中で、東方神起は「LAST ANGEL」
という楽曲で、倖田來未のフィーチャリングとして存在をアピールするという戦略で一般
に広く彼らの存在を印象付けた。そしてその 4 か月後に、SM エンターテイメントが作った
楽曲でオリコンチャート 1 位を記録した。それまで日本人作家の楽曲で活動していたが、
勝負の時に SM エンターテイメントの楽曲を持ってきたようだ。これは、現地適応を進め、
J-POP として日本市場に溶け込んでから、SM エンターテイメントが制作した K-POP を世
に出したと言えるのではないか。
BOA も東方神起も、K-POP アーティストとしてではなく、あくまで J-POP アーティス
トであるということにこだわり、「韓流」という色がつかないよう、韓流雑誌への露出はし
ないという戦略を徹底していた(酒井、2011、p.137)。このように徹底した現地適応化戦
略で日本市場に進出していったようだ。
4-4 インターネットを利用したプロモーション
4-3 で述べたように、SM エンターテイメントは徹底した現地適応化戦略で日本市場に
溶け込んできたが、それを土台に 2010 年から新たな戦略でアーティストを日本に進出させ
た。それが少女時代というガールズグループである。今の K-POP ブームの先頭を走ってい
るグループであり、これまでに行ってきた戦略とは少し違った形で成功している。SM エン
ターテイメント社がこれまでのやり方とは違った形で挑戦し、今現在、SM エンターテイメ
ント以外の韓国プロダクションも同じようなやり方でさまざまなアーティストを進出させ
ている。どのようにして日本市場に売り出していったのだろうか。
少女時代は日本に進出する前から、中国やシンガポール、タイなどのアジア各地を回り、
ライブやイベント、CM に出演してきた、すでにアジアのトップアイドルであった(酒井、
2011、p.137)。
韓国では、早くから高速 LAN が広まり、インターネットですべての情報が確保できるイ
ンターネット情報社会となった。しかし、それがあだとなって、soribada などの著作権を
無視した違法ダウンロードサイトが横行したり、Bugs Music など楽曲をまるまる 1 曲無料
14
で聴けるサイトや PV が見られるサイトが次々と誕生したりと、CD 販売量が激減してしま
った(酒井、2011、p.187)。そこで音楽業界では、事務所が YouTube や Ustream を海外
へ発信するためのツールとして活用し、所属アーティストの情報を積極的に海外へ発信す
ることにしたという。それにより、K-POP が世界中に発信され、コンテンツが話題となる
という好循環を生んだ。日本では、海賊版の制作や違法ダウンロードができないようにイ
ンターネットの規制を強めているが、韓国では、海賊版などのリスクを理解しながらも、
「世
界に広める」という目的のために有効利用しているようだ。そのため海賊版の横行をなか
なか止めることができていない状況ではある。
『日経エンターテイメント』2011 年 10 月号によると、少女時代からはじまった K-POP
ブームは、インターネットが大きく影響しているようだ。もちろん、インターネットのグ
ローバル化は 2010 年以前から目覚ましいものではあったが、動画を配信するチャンネルは、
個々の国の固有のサービスに閉じていた。例えば、日本には「ニコニコ動画」があり、韓
国には「GOM(ゴム)」、中国には「PP ライブ」という動画配信サイトがある。日本ロー
カルのニコニコ動画では、やはり日本のコンテンツが人気の上位にあがる。それは、視聴
者の大半が日本人であるため、ある意味当然だ。GOM では韓国人が韓国のコンテンツを楽
しむのが圧倒的に多い。動画配信チャンネルのワールドワイドバージョンというのは、2010
年以前にはまだ普及していなかったようだ。このため、コンテンツはなかなか海外に出づ
らい。
しかし、2010 年、状況が変わったようだ。『日経エンターテイメント』2011 年 10 月号
で、SM エンターテイメント現代表のキム・ヨンミン氏は次のように述べている。
「iPhone などスマートフォンの爆発的な普及で、動画で言うと YouTube、SNS だとフ
ェイスブックの利用者数が急激に増え、世界が共通のチャンネルを持つことになったわ
けです。その結果、視聴者は必ずしも自国のコンテンツだけを見るのではなく、積極的
に海外の情報にもアクセスできるようになりました(p.34)。」
このインタビュー記事によると、SM エンターテイメントは、近い将来そのような時代が
来ると予想して、2008 年~2009 年ごろから積極的にウォッチしていたようだ。SM エンタ
ーテイメントは世界各国の動画再生回数のモニタリングをする組織をもち、再生回数の多
い地域を割り出し、どの国に参入できるか、また、どういったマーケティング方法をとる
か、インターネットを利用したマーケティングが有効かどうかを検討してきた(所&さん
まの世の中を動かしているのは誰だ会議Ⅱ、2011 年 11 月 5 日放送日本テレビ)。3~5 年前
は、現地の国へ行って、テレビやラジオを介してプロモーションし、長期的に活動しなけ
ればならないのが当然であったが、現在、このインターネットの活用によって、今の K-POP
アーティストを海外に広めている。
また、キム・ヨンミン氏は次のように述べている。
「この環境をうまく使って海外展開をしていこうと準備し、戦略を立てた結果、照準を
絞ったのが 2010 年だったのです。そして少女時代が日本デビュー前の同年 8 月に有明コロ
15
シアムで実施した初めての来日公演では、日本の既存メディアへの露出もほとんど無かっ
たにもかかわらず、ネット上での盛り上がりによって、2 万 2000 人超のファンを集めるこ
とができたわけです(p.34)。」
以上のように、インターネットがどれほどの影響を与えたのかが分かる。5 年ほど前は、
アーティストを海外で売り出すとき、必ず現地のローカルメディアの手を借りる必要があ
った。これを日本で一から行ってきたのが BOA や東方神起だ。しかし、アーティストをプ
ロモーションできるグローバルなプラットフォームがインターネット上にできたことで、
少女時代はいきなり会場を満員に埋めつくし、それを NHK ほか現地メディアが大きく取り
上げた。情報の伝達において、順序が変わったようだ。
楽曲においても、少し変化が見られる。少女時代の日本でのシングル曲は韓国で制作さ
れたものを日本語に訳して歌っている。そして歌詞の一部に韓国語の歌詞が入っている。
これは、現地化して J-POP として売り出すのとは違い、最初から K-POP として売り出し
ているのだ。
次の節では、その楽曲の制作について、現在どのような戦略を持って制作しているのか
を見ていきたい。
4-5 グローバルな楽曲制作
日本で現地化して一から J-POP アーティストとして売り出してきた BOA や東方神起と
は違って、少女時代は拠点を韓国に置いたままプロモーションやライブのたびに来日した。
海外のスターとして日本でのブレイクを果たしたのだ。楽曲の制作やアーティストのブラ
ンディングも日本のレコード会社ではなく、SM エンターテイメントが主導権を持っている。
しかし、日本での戦略を考え楽曲制作を担当したのは日本のチームのようだ。その日本で
の制作面を指揮するのが、かつて東芝 EMI(現 EMI ミュージック)に在籍し、現在は SM
エンターテイメントの日本でのクリエイティブを主幹し、少女時代の国内プロデュースを
務めている土屋望氏である。
『日経エンターテイメント』2011 年 10 月号の土屋氏のインタビューによると、楽曲制
作はさまざまな国のクリエーターチームで 1 曲を制作しているようだ。例えば、少女時代
の初の日本オリジナルシングルになった『MR.TAXI』は、米国のクリエーターチームの作
品である。アメリカ人が作った曲を、日本人が選曲して、韓国人のアーティストが歌う。
このように、世界に向けて発信するために、こうしたスタイルをとっている。これは現在、
SM エンターテイメントだけではなく、ほかの韓国企業も行っている。
特に SM エンターテイメントは、会社の方針として、CT(=カルチャーテクノロジー)
という考えに基づいて楽曲制作をしている。創業者であり総プロデューサーのイ・スマン
氏が生み出した CT という理論は、情報技術 IT(=インフォメーションテクノロジー)と
いう考え方があるならば、文化を創り出す方法論もあるだろうという考えである(『日経エ
16
ンターテイメント』2011 年 10 月号、p.35)。
『日経エンターテイメント』2011 年 10 月号では、CT の流れが簡単に説明されている。
まず、公開オーディションなどで人材をキャスティングし、SM エンターテイメントが望む
チームをトレーニングする。次に、具体的なデビュー案件が決まったら、グループ名やメ
ンバー数を決める。ここでメンバー数は奇数にする。リーダーやボーカリストといったメ
インを際立たせるため、その人物を必ずセンターに持ってくる必要があるからだ。それか
ら MV(=ミュージックビデオ)を映像やパフォーマンスにこだわって制作する。また、
SM では、MV 用の音源と CD 用の音源が違い、MV には力強い振り付けや音を加えて、言
葉が通じなくても伝わる迫力を大切にして制作するようだ。
SM エンターテイメントは、ダンスグループばかりで、バラード中心の歌手がいない。そ
れは、歌詞の意味がわからないと伝わらないバラードは、海外の人にはメロディーだけに
なってしまい、インパクトが弱いと考えるからのようだ。歌詞がわからなくても、メロデ
ィーだけでなく、パフォーマンスや迫力で注目を集めることを大事にしている。これを前
提に、CT という方針にそって、アーティストごとに曲を制作している。海外に向けて発信
することを初めから考えた上での楽曲制作をしているようだ。
4-6 海外とのコラボレーション
これまで、2010 年以前の海外進出における現地化戦略や、現在行っているインターネッ
トを利用したプロモーション、グローバルな楽曲制作の様子を見てきた。プロモーション
や曲作りにおいてだけでなく、アーティストにおいても海外を意識した戦略を行っている。
SM エンターテイメントでは、90 年代後半は韓国内の活動を中心とするグループがメイ
ンであった。しかし、今現在は、中華圏のメンバーが加入するグループが出てきている。
つまり、海外とのローカルコラボレーションの戦略だ。少女時代には日本語ができるメン
バー、中国語ができるメンバー、英語ができるメンバーがいて、さまざまな国に対応して
いるが、それとはまた違って、中国人のメンバーを加入させて、中華圏での活動をスムー
ズにしている。そういったグループは、中華圏で成功している。例えば SUPERJUNIOR
というグループは、中国人メンバーを 2 人入れて、SUPERJUNIOR-M という名前で中華
圏を中心に活動している。中国語でテレビに出演し、中国語で楽曲を出している。中国人
メンバーは SM エンターテイメントがグローバルオーディションを実施して発掘されてい
る。そして中国や台湾で発売された楽曲は、機会を見て韓国語で歌ったものを韓国で売り
出し、日本語で歌ったものを日本で売り出している。
現在、SM エンターテイメントは、次の段階として SM 自身が海外でオーディションをし
て、現地で活動させるアーティストを SM から生み出す「現地化」を行っている(『日経エ
ンターテイメント』2011 年 10 月号、p.29)。
韓国人アーティストは日本語や中国語、英語などさまざまな言語を勉強しなければなら
17
ない。しかし、発音の問題は絶対に避けて通れないものだ。そういった問題をなくしてい
くためにも、現地のメンバーを加入させておくことで少しでもスムーズに現地での販売促
進が行えるのではないだろうか。
4-7 ブランドの構築
SM エンターテイメントは上述してきた戦略以外にも、今、「SMTOWN」というブラン
ドを構築しようとしている。今後、世界市場に打ち出していく戦略だ。これは、SM エンタ
ーテイメント所属のアーティストを「SMTOWN」という 1 つのブランドとして売り出し、
世界さまざまな地域でライブイベントを行っているといったものだ。なぜこのようなブラ
ンドを作ったのか。
『日経エンターテイメント』2011 年 10 月号でキム・ヨンミン氏は次の
ように述べている。
「これから SM が海外戦略を展開するにあたり、所属アーティストの個別活動だけでな
く、全員をまとめてブランディングできないかと考えたからでした。もともと当社は韓国
で CD の制作・販売もしていますので、多様なアーティストを擁するレコード会社として
SM エンターテイメントというレーベル名で海外ブランディングすることが可能です。しか
し、世界的に CD の売り上げが減少している状況で、あえてレコード会社として大きくな
ることを目指すのはどうかなと・・・。それよりも、当社のアーティストたちが集合した
新しいブランディングモデルを考え、無限の可能性がある分野を開拓して、そこでナンバ
ー1 を目指すべきだと考えたのです。
」
世界的にも CD の売り上げは減少している中で、このように新しいビジネスモデルを考
え、海外に売り出していっている。
そのブランドを、最も効率的に良質な形で見せる方法として、コンサート及びライブと
いう形でコンテンツの提供をしている。SM エンターテイメントには、ダンス系の音楽が多
い。そこで、実際にパフォーマンスを見られるライブ形式にしたほうが、アピール力が強
いだろうと考えたようだ。実際に、
「SMTOWN LIVE」というイベントを 2008 年に立ち上
げ、2010 年以降は「SMTOWN LIVE WORLD TOUR」として、ソウル以外の上海やロサ
ンゼルス、東京、パリといった海外で公演を実施してきた。
この公演の特徴は、普段見ることのできないアーティスト同士の共演である。BOA や東
方神起、SUPER JUNIOR や少女時代などのそれぞれの音楽性が異なりビジュアルコンセ
プトも違うアーティストが、同じステージに立って、コラボレーションするところである。
単にアーティストが次々と出てきて歌うオムニバス公演ではないというところのようだ。
『日経エンターテイメント』2011 年 10 月号のメディアプランニング部統括部長のジョ
ン・チャンファン氏のインタビュー記事によると、世界の誰が見ても分かるような形で提
供することが重要なようだ。
「SMTOWN LIVE」は地域によって違うが 5 時間基準で 50~
60 曲を上演する。その中に観客がどこで感動して、どこで盛り上がるかというメリハリを
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大事にして、公演の全体像を考え、ストーリーをつける。これがブランディングする上で
重要なことのようだ。
このようなブランディングにも、SM エンターテイメントは積極的にインターネットを利
用してプロモーションをしている。イベントの注目が集まっているタイミングに合わせて、
ネットプロモーションをするようだ。例えば、2011 年 6 月のパリ公演では公演のタイミン
グでフェイスブックに公式サイトをオープンし、アーティストの情報やライブの一部配信
を行った。それは、3 日間で 8000 万プレーヤービューを超えた(『日経エンターテイメン
ト』2011 年 10 月号、p.35)。
このように、SM エンターテイメントのアーティストを実際に見られる機会を作ることで、
世界的なブランドを構築していくといった戦略も行っているようだ。
以上までは SM エンターテイメントという企業が行っている戦略を見てきた。韓国企業
の戦略が、現在の K-POP のブームを後押ししているように見えるが、後押ししているもの
は企業の戦略だけではないようだ。K-POP は現在、韓国ドラマと同じように、政府が輸出
産業として力を入れているのだ。次からは、そのような韓国政府の後押しを見ていきたい。
5 韓国政府の輸出産業政策
昨今のアジアでの K-POP の成功は、イ・ミョンバク政権による「利益のためにはなりふ
り構わない精神」、流行をキャッチし行動に移すのが早い韓国人ならではの「瞬発力」、強
い海外同胞とのネットワークを駆使した「組織力」、この 3 つが鍵を握っていると言っても
言い過ぎではない(酒井・2011・p173)。
酒井(2011)は、韓国政府の文化コンテンツ産業への力の入れようについて、以下のよ
うに述べている。
韓国政府は K-POP を「商品」と位置付け、文化コンテンツ産業をいち早く国家経済の重
要な輸出産業として認め、国家発展のカギとして様々な政策を打ち出してきた。その歴史
は 1998 年のキム・デジュン政権下に遡る。
キム・デジュンは、「支援はするが干渉はしない」を原則とするコンテンツ産業支援をマ
ニフェストに掲げた。大統領になると、映像産業やゲームなどのコンテンツ産業を支援す
る「文化大統領宣言」をし、2000 年には国家予算の 1%を、2001 年には年間 1 兆ウォン(約
750 億円)の予算を投じて、コンテンツ産業を振興した。その成果もあり、映画や TV など
の映像産業の相対的な文化的レベルを上げることに成功した。
一方、現在の大統領であるイ・ミョンバクの政策は、少しカラーが違う。キム・デジュ
ン大統領は、マンガ・映像・音楽・伝統芸術などの文化全般に対し、平等に支援したのに
対し、イ・ミョンバク大統領は経済的利益を得ることのできる分野へ重点を置くことで、
より確実に国家経済の重要な輸出産業とすることを目指した。
19
イ・ミョンバク大統領の指揮のもと、2009 年 1 月に発足したのが、大統領直属機関の「国
家ブランド委員会」だ。国際社会における韓国の国家イメージを向上させるのが目的で、
国主催のオーディションを行ったり、海外で無料イベントを行ったりして K-POP を広めよ
うとしている。
そこまでして政府が関わるのはなぜなのか。それは、K-POP やドラマ、アーティストや
俳優は、
「Made in KOREA」の商品を売り込む力=ソフトパワーとなるからだ(酒井・2011・
p174)。ソフトパワーを持つものが誕生すれば、彼らを企業の広告塔として使用し、関連商
品が自然と宣伝されれば、「Made in KOREA」の輸出力アップにつながる。最終的には、
商品のファンを増やすことで、国家ブランドのイメージ向上につながるのだ。
例えば、NHK「クローズアップ現代」2010 年 11 月 16 日放送分によると、サムスン電
子は SM エンターテイメント(東方神起や少女時代などのアーティストを輩出しているプ
ロダクション)と、映画「アバタ―」制作会社と提携し、
「アバタ―」制作スタッフが SM
アーティストの PV を 3D 制作したものを、サムスン製 3DTV とセットで販売するというプ
ロジェクトを発足したという(酒井・2011・p174)。
また、韓国観光研究院が行った「韓流を活用した中国観光客誘致増進のための中国観光
客へのアンケート調査」によると、韓流ファンの中心層である 10 代の場合、韓流スターや
K-POP に対する好感度が韓国文化と韓国ブランド、国家イメージの変化に大きな影響を与
えていることが分かった(酒井・2011・p175)。中国では、少女時代がサムスンのイメージ
キャラクターを務めていたり、現代自動車の CM に中華圏で活躍する人気アーティストと
ともに韓国の人気アーティストが出演していたりする例がある。一方、日本でも、二東(イ
ードン)マッコリのイメージキャラクターにチャン・グンソク、ロッテ免税店のモデルに
BIGBANG や JYJ などが出演、LG のスマートフォンの CM に KARA が起用されている。
韓国は国自体が小さく、どんな産業であっても海外に進出しなければならないというデ
メリットがある。車や電化製品だけでなく、コンテンツ産業もグローバル展開し、各プロ
ダクションが海外戦略をもってアーティストを活動させている。そして、日本は音楽市場
が世界第 2 位であり、日本に進出することは最重要となってくるのだ。
このように、韓国政府は韓国の文化コンテンツを積極的に海外に売り込むことで、ほか
の産業での韓国製品の売上にも影響してくると考え、K-POP の海外進出を後押ししている
ようだ。1 章でも述べたように、現在、韓国コンテンツは ASEAN 都市を中心とする地域で
は日本のコンテンツよりも人気を博している。ASEAN 都市は今、人口も伸び、経済の発展
も著しい。生活水準が今よりも上がり、電化製品を買う消費者も増えるだろう。そのよう
な時に、例えば東芝やパナソニックといった日本製品を選ぶか、あるいはサムスンといっ
た韓国製品を選ぶかという選択肢に遭遇するかもしれない。韓国政府はそんな時代を考え
て、韓国の文化コンテンツを積極的に輸出し、広告として使用することで、韓国製品を選
んでもらおうとしているのである。
「少女時代が CM をしているから、サムスンの製品を買
おう」とその地域の人が思うかもしれないのだ。このように文化コンテンツを有効に積極
20
的に活用して、韓国の国家イメージを高めようとしている。
6 結論
3 章では、
「K-POP が海外でも人気を得ているのは、日本語や中国語、英語といった言語
を使用し、現地適応化しているからであろうか。」というリサーチクエスチョンを述べた。
実際に、SM エンターテイメントは現地適応を通して海外進出に成功しているようにみえる。
2010 年以前は、楽曲を現地適応化していて、これは「製品」自体の現地適応化と言えるで
あろう。そして、アーティストが現地の言葉を話しながら現地のメディアによって広告す
る。これは「コミュニケーション」の現地適応化と言えるだろう。2 章で述べた、戦略的選
択4の 2 重適応を選択し、成功している。
その土台があって、次の段階に進んでいる。それは少女時代の戦略から分かるように、
単に現地市場に製品もコミュニケーションも適応させるのではなく、グローバル市場での
機会をとらえて海外進出している。これは、戦略的選択 5 のグローバルに生産しローカル
に販売するという選択をしているように見える。4 章で述べたように、2010 年以降、イン
ターネットを使ったプロモーションやグローバル市場で受け入れられるための楽曲作りと
いったように、海外市場を意識した生産をしていると言える。それまでの BOA や東方神起
のように日本が作った楽曲を日本市場に向けて売り出すのとは違って、SM エンターテイメ
ントが制作した楽曲を、ローカルに日本、中華圏、アメリカといった個々の国で売り出し
ているのだ。戦略的選択 4 から戦略的選択 5 に移行しているのが分かる。
韓国での楽曲を日本語や中国語、英語にして現地で売り出すことは果たして現地化なの
であろうか。2 章でも述べたように、「標準化とは、同一の製品を地域全体あるいは世界全
体に提供することである。もちろん標準化とはいっても地域によって異なる規制や市場状
況に合わせて、細かな仕様変更は行われる(小田部、2010、p.371)。
」となっている。地域
に合わせて歌う言語は変わるが、曲自体は韓国企業が制作したものだ。これは現地化して
いるのではなく仕様変更しているだけで、2010 年以前とは違い、標準化戦略も行っている
のではないだろうかと考える。
小田部(2010)によると、インターネット上においても、世界中の顧客を効果的にター
ゲットとするためには、顧客の言語で、その国の文化的な価値システムに合わせたアプロ
ーチを行う必要があるようだ(小田部、2010、p.241)。インターネットでのプロモーショ
ンという新たな戦略を作りだし、時間差がなく世界に発信できるようにはなったが、言語
という部分での仕様変更は必要だったのではないだろうか。
これまでの分析を表にまとめた。
2002 年~2009 年頃
標準化
2010 年以降
楽曲、プロモーション(イン
ターネット)
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現地適応化
楽曲、歌詞、コミュニケーシ
歌詞、メディア露出
ョン(メディア露出やプロモ
ーション)
2002 年~2009 年頃
2010 年以降
調整(国別で行われる活動が
低め:現地に合わせているこ
高め:韓国とそれぞれの現地
どれくらいお互いに関連し
とが多いので各国の会社間
での調整が頻繁で主に韓国
ているか)
での調整は低め。
企業側に主導権がある。
配置(世界のどの場所で行わ
集中的:韓国以外では主に日
分散的:韓国、日本、中国が
れて、どのくらいの規模か) 本、中国での活動が多い。
多いが、シンガポールやタイ
などのアジア全般、ヨーロッ
パやアメリカでの活動も。
(著者が作成)
4 章での企業分析をふまえ、K-POP の海外人気は決して現地適応化戦略だけではないと
いう結論に至った。韓国企業におけるグローバルな楽曲作りが、韓国以外の国でも受け入
れられた要因としてあるだろう。人気を得るまでの過程として、現地適応化戦略は必要で
あったが、それだけが全てではなく、これまで述べてきた企業のさまざまな戦略や、アー
ティスト自身の実力も、海外で受け入れられた要因となっているはずだ。
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「SM エンターテイメント強さの秘密」
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22
「GQ JAPAN NEWS+BUSINESS
韓流エンターテイメントは世界を制するのか」
http://gqjapan.jp/2011/05/10/%e9%9f%93%e6%b5%81%e3%82%a8%e3%83%b3%e3%82
%bf%e3%83%bc%e3%83%86%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%a1%e3%83%b3%e3%83
%88%e3%81%af%e4%b8%96%e7%95%8c%e3%82%92%e5%88%b6%e3%81%99%e3%82
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「博報堂 Global HABIT 調査
比較」
アジア 10 都市における日・韓・欧米のコンテンツ受容性
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