年報29(平成26年度版) - ライフサイエンス振興財団

ライフサイエンス振興財団
年 報 29
平成26年度版 公益財団法人 ライフサイエンス振興財団
LIFE SCIENCE FOUNDATION OF JAPAN
目 次
yyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy
●研究開発の助成
〈平成24年度採択課題〉
Ⅰ 脳神経疾患の診断と治療
1 フェノール化合物に焦点をあてたレビー小体病の予防・治療薬の開発
… …………………………………………………………………………… 小野賢二郎・3
2 レドックスポリマードラッグによる脳神経疾患治療法の開発……………………吉冨 徹・4
3 パーキンソン病原因遺伝子産物が神経変性を導く病理メカニズムの解明
… ……………………………………………………………………………… 今居 譲・9
Ⅱ 健康科学
(健康な高齢期を迎えるための)
1 オートファジー機構を応用したスマート・エイジング対策法の開発……………清水重臣・12
2 健康長寿を実現するために最適な高齢者の日常身体活動の概日リズムの解明
… ……………………………………………………………………………… 綾部誠也・15
Ⅲ 一般課題
〈平成23年度採択課題〉
1 膵管上皮細胞からβ細胞への分化メカニズムの解明………………………………稲田明理・17
〈平成24年度採択課題〉
1 磁気に対する学習行動と耐性の分子遺伝学的解析…………………………………久原 篤・18
2 僧帽弁逆流評価機能付きリングサイザー
(EVAluator of MITRAl valve: EVAMITRA)
の
研究・開発… …………………………………………………………………………津久井宏行・21
3 蛋白質工学的手法によるヒト・トリプトファニルtRNA合成酵素の血管新生抑制機構の
解明… ……………………………………………………………………………………若杉桂輔・24
4 新規エーラス・ダンロス症候群の発症機序の解明-亜鉛イオンが関わる病気の理解と
治療を目指して-… ……………………………………………………………………深田俊幸・27
5 多嚢胞性卵巣症候群患者に対するアクチン重合化剤を用いた卵胞発育誘導による
不妊治療法の開発… ……………………………………………………………………河村和弘・31
6 ヒト脳疾患のモデルとなりうるノックアウトメダカの作製と性状解析
… …………………………………………………………………………………殿山泰弘・33
7 脳内の中枢シナプス結合と可塑性をコントロールする決定因子の解明
… …………………………………………………………………………………鈴木崇之・36
8 ノックアウトマウス
(KO)
を用いた血管形成及び血管透過性制御(血管恒常性維持)に
おけるクラスII型PI3キナーゼC2αの病態生理機能の分子メカニズム解明
… …………………………………………………………………………………吉岡和晃・39
9 細胞老化に着目したがん微小環境構築原理の遺伝学的解析………………………井垣達吏・41
1
●国際会議開催への助成
〈平成26年度採択課題〉
1 第22回マクロファージ分子細胞生物学国際シンポジウム……………………………………・44
2 The 2nd International Conference of D-Amino Acid Research
(第 2 回D-アミノ酸国際学会)
… ………………………………………………………………・47
3 The 12th International Symposium on Cytochrome P450 Biodiversity
and Biotechnology………………………………………………………………………………・49
4 第11回プロテインホスファターゼ国際カンファレンス………………………………………・51
●国際交流(海外派遣)
の援助
〈平成25年度採択課題〉
1 Connecticut's Stem Cell Research Program… ……………………………………今泉直樹・54
〈平成26年度採択課題〉
1 Optimizing Childbirth Across Europe 2014… …………………………………竹形みずき・57
2 Cold Spring Harbor Retroviruses Meeting… ……………………………………助川明香・60
3 The Society for Clinical Trials 35th Annual Meeting……………………… 朝倉こう子・62
4 ゴードン国際会議
(Gordon Research Conference on Transgluta-minase in
Human Disease Processes)
… ………………………………………………………辰川英樹・64
5 Cell Symposia, Transcriptional Regulation in Development… ………………梶谷卓也・66
6 FASEB Science Research Conferences: Skeletal Muscle Satellite and Stem Cells
… …………………………………………………………………………………常陸圭介・69
7 European Society of Cardiology
(ESC)
Congress 2014… ………………………石渡 遼・71
8 EUROSPINE 2014 Annual Meeting…………………………………………………森本時光・73
●調査研究
ライフサイエンスに係る研究開発の将来動向調査…………………………………高垣洋太郎・76
●財団の概況
1 評議員・79 2 理事・監事・79 3 決算の状況・80
4 評議員会及び理事会・81 5 事業一覧(平成26年度)・82
編集後記
yyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy
2
●研究開発の助成
ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
当財団の主要事業として研究開発の助成を行っています。
以下は平成26年度中に提出された報告の概要を取りまとめたも
のです。
ララララララララ
平成24年度
ララララララララ
Ⅰ 脳神経疾患の診断と治療
▲
▲
脳神経疾患の診断と治療/平成24年度-Ⅰ
1 フェノール化合物に焦点をあてたレビー小体
病の予防・治療薬の開発
金沢大学附属病院 神経内科
小 野 賢二郎
【目的】
αシヌクレイン蛋白
(αS)の凝集・沈着が,パーキンソン病などのレビー小体病の病因に深く
関わっている。以前に我々はフェノール化合物のαSの線維化に対する抑制効果を報告した。今
回,フェノール化合物によるαSオリゴマー形成の抑制効果を検討した。
【方法】
Photo induced cross-linking of unmodified proteins(PICUP)は光触媒を用いて,蛋白を共
有結合させることでオリゴマー化させる方法である。5種のフェノール化合物(ミリセチン,ロス
マリン酸,クルクミン,ノルジヒドログアイアレチン酸,フェルラ酸)がαSのオリゴマー形成
に及ぼす影響を,PICUP,電気泳動を行い解析した。PICUP後,ゲルろ過により反応試薬を除
去し,電子顕微鏡・原子間力顕微鏡による形態学的評価,円二色性分光法による二次構造変換の
評価,チオフラビンS分光蛍光定量法によりシーディング効果の評価を行なった。シーディング
効果の評価は以下のように行なった。フェノール化合物を加えたαS,加えていないαSのそれ
ぞれにPICUPを行い,それらをシードとして加えてαSをインキュベーションし,分光蛍光定量
法により線維形成の速度を比較した。
【結果】
フェノール化合物は濃度依存的にオリゴマー形成を抑制し,検討した化合物の中ではミリセチ
ン,ロスマリン酸の抑制効果が強かった。形態学的評価では,フェノール化合物を加えPICUP
を行なった場合にαSの大きさが小さかった。ミリセチン,ロスマリン酸はαSのランダムコイ
3
ルからβシート構造への二次構造変換を抑制し,シーディング効果を抑制した。
【結論】
ミリセチンやロスマリン酸をはじめとするフェノール化合物は,αSオリゴマー形成を抑制す
る。
【今後の展望】
現在,ミリセチン,ロスマリン酸によるオリゴマー形成抑制によってシナプス毒性が軽減する
かどうかを検討するためマウスの海馬スライスを用いてCA1領域のfEPSPを記録し,Long term
▲
▲
potentiation
(LTP)
に及ぼす影響を解析中である。解析が終わり次第,論文執筆予定である。
脳神経疾患の診断と治療/平成24年度-Ⅰ
2 レドックスポリマードラッグによる脳神経疾
患治療法の開発
筑波大学大学院 数理物質系 物質工学域 研究員
吉 冨 徹
本研究の意義,特色
欧米諸国と同様に,わが国でもアルツハイマー型認知症などの神経変性疾患の患者数が増加す
る傾向にあり社会問題となりつつある。しかしながら,現在のところ,その発症メカニズムさえ
完全に明らかになっておらず,根本的治療薬も見つかっていない。近年,酸化ストレスが老化に
関与していることが一般的にも知られるようになり,また神経変性疾患にも脳内の酸化ストレス
が深く関与していることが明らかとなってきている。しかしながら,これまでに開発された様々
な抗酸化剤は,脳への送達が困難であることや代謝による不活性化などが問題となり,期待され
たほどの効果が得られていないのが現状である。また低分子抗酸化剤の高濃度投与が,正常細胞
内の電子伝達系を含むレドックス環境に悪影響を及ぼし,副作用を引き起こすことも大きな問題
となっている。そこで,この低分子抗酸化剤の問題を解決するために,我々は触媒的に活性酸素
を消去するレドックスナノ粒子
(Redox Nanoparticles: RNP)を開発した(図 1 )。このRNPは,
抗酸化剤ニトロキシドラジカルが共有結合したレドックスポリマーの自己組織化によって作製さ
れる。このRNPを経口投与すると,胃内の酸性環境に応答してナノ粒子が崩壊し,腸から血中
に吸収され,脳内に送達されることを見出した。このRNPを一ヶ月間,老化促進モデルマウス
(SAMP8)に投与すると,脳内の酸化ストレスを低減し,認知機能を正常老化モデルマウスと同
等程度までに回復させることに成功した。本研究により,認知機能障害の治療における脳内酸化
ストレス抑制の重要性が示されただけでなく,神経変性疾患に対してのRNPの有用性が明らか
となった。
4
回復させることに成功した。本研究により、認知機能障害の治療における脳内酸化ストレ
ス抑制の重要性が示されただけでなく、神経変性疾患に対してのRNPの有用性が明らかと
なった。
図 1 レドックスポリマーとレドックスナノ粒子の構造
図1 レドックスポリマーとレドックスナノ粒子の構造
3.実施した研究の具体的内容、結果(次の紙にわたって 2,000~3,000 字程度に取りまとめ
実施した研究の具体的内容,結果
て下さい)
我々は,活性酸素種
(Reactive oxygen species: ROS)がエネルギー産生とともに様々な疾病に
関与する
「諸刃の剣」
であることに着目し,正常な活性酸素種の産生を妨げず,過剰に産生する活
我々は、活性酸素種(Reactive oxygen species: ROS)がエネルギー産生とともに様々な疾病
性酸素種を効果的に消去する材料設計を目指し,レドックスナノ粒子
(RNP)を設計・開発した。
に関与する「諸刃の剣」であることに着目し、正常な活性酸素種の産生を妨げず、過剰
このRNPは,pHが低下している環境で,側鎖のアミノ基がプロトン化するため,粒子が崩壊し,
に産生する活性酸素種を効果的に消去する材料設計を目指し、レドックスナノ粒子
ニトロキシドラジカルが露出することでROS消去能が増強する。この性質により,脳虚血再灌
(RNP)を設計・開発した。この RNP は、pH が低下している環境で、側鎖のアミノ基が
流障害部位などの低pH環境に集積したのち,効率的に炎症部位のROSを消去することで,高い
プロトン化するため、粒子が崩壊し、ニトロキシドラジカルが露出することで ROS 消
去能が増強する。この性質により、脳虚血再灌流障害部位などの低 pH 環境に集積した
治療効果を示す[1]。また,脳出血に対してもRNPは高い保護効果を示す[2]。しかしながら,慢
のち、効率的に炎症部位の ROS を消去することで、高い治療効果を示す[1]。また、脳
性疾患治療を考慮した場合,患者が簡便に摂取することができ,また非侵襲的である経口投与薬
出血に対しても RNP は高い保護効果を示す[2]。しかしながら、慢性疾患治療を考慮し
剤であることが望ましい。そこで,
我々は,RNPの経口投与を行ったところ,レドックスポリマー
た場合、患者が簡便に摂取することができ、また非侵襲的である経口投与薬剤であるこ
が血液中に取り込まれることを見出した。そこで本研究では,まずはじめに,RNP経口投与後
とが望ましい。そこで、我々は、RNP の経口投与を行ったところ、レドックスポリマ
の血中への取り込み機構を明らかにするために,RNP経口投与後30分における胃,小腸,血液,
ーが血液中に取り込まれることを見出した。そこで本研究では、まずはじめに、RNP
脳内の電子スピン共鳴
(ESR)
スペクトルを測定した。レドックスポリマーに結合しているニトロ
経口投与後の血中への取り込み機構を明らかにするために、RNP 経口投与後 30 分にお
キシドラジカルは,
抗酸化剤として機能するだけでなく,ESRプローブとしても機能する。レドッ
クスポリマーに結合したニトロキシドラジカルがRNPの疎水性コア内に存在する場合,ESRス
2
ペクトルはブロードなシグナルを示す
(図2A)
。一方,酸性環境下では,レドックポリマーのア
ミノ基がプロトン化することによって,RNPは崩壊し,ESRスペクトルは三本線のシャープな
シグナルを示す。
図2Bに示すように,RNPの経口投与後,胃内でのESRスペクトルは,3本線のシャープなシ
グナルを示し,RNPが胃の中において崩壊したことがわかる。その後,腸と血液中においても,
三本線のシャープなESRシグナルが観測された(図2C-F)。これは,RNPが崩壊したまま,血液
中に取り込まれていることを示す。また放射線ヨウ素ラベル化をしたRNPを用いて血液中のレ
ドックスポリマー量を測定したところ,5-7%のレドックスポリマーが血液中に取り込まれるこ
5
ESR プローブとしても機能する。レドックスポリマーに結合したニトロキシドラジカルが
RNP の疎水性コア内に存在する場合、ESR スペクトルはブロードなシグナルを示す(図
2A)。一方、酸性環境下では、レドックポリマーのアミノ基がプロトン化することによって、
RNP は崩壊し、ESR スペクトルは三本線のシャープなシグナルを示す。
図2
RNP 経口投与後
30 分における各臓器の ESR シグナル (A)投与前 (B)胃内
図 2 RNP経口投与後30分における各臓器のESRシグナル
(A)
投与前(B)胃内
(C)
十二指腸内
(D)
空腸内
(E)
回腸内
(F)
血液中
十二指腸内 (D) 空腸内 (E)回腸内
(F)血液中
(C)
とが明らかとなった
(図3A)
。Cy5.5でラベル化されたRNPを経口投与し,十二指腸の切片を観
図 2B に示すように、RNP
の経口投与後、胃内での ESR スペクトルは、3本線のシャープ
察したところ,腸絨毛からレドックスポリマーの蛍光シグナルが検出された
(図3B)。この結果
なシグナルを示し、RNP が胃の中において崩壊したことがわかる。その後、腸と血液中に
から,分子量1万程度のレドックスポリマーは,腸から吸収されていることが確認された。
おいても、三本線のシャープな ESR シグナルが観測された (図 2C-F)。これは、RNP が崩
壊したまま、
血液中に取り込まれていることを示す。また放射線ヨウ素ラベル化をした RNP
を用いて血液中のレドックスポリマー量を測定したところ、5-7%のレドックスポリマーが
血液中に取り込まれることが明らかとなった (図 3A)。Cy5.5 でラベル化された RNP を経
口投与し、十二指腸の切片を観察したところ、腸絨毛からレドックスポリマーの蛍光シグ
ナルが検出された(図 3B)。この結果から、分子量 1 万程度のレドックスポリマーは、腸か
ら吸収されていることが確認された。
3
図 3 (A)血液中のレドックスポリマー量
(B)腸絨毛内の Cy5.5 ラベル化レドックスポリマ
図3 (A)
血液中のレドックスポリマー量 (B)
腸絨毛内のCy5.5ラベル化レドックスポリマーの蛍光シ
ーの蛍光シグナル
グナル
低分子のニトロキシドラジカル(TEMPOL)は、経口投与後1時間で血液中から消失する。
6
一方、レドックスポリマーは、カチオン性の性質を利用して、アルブミンなどのアニオン
性タンパク質と複合体を形成するため、約 1 日程度血液中を滞留できることが明らかにし
た。また脳内のレドックスポリマー量を ESR 法と放射線ヨウ素ラベル化された RNP を用
いて評価したところ、実際に脳からレドックスポリマーの3本線の ESR シグナルが確認さ
れ(図 4A)、約 0.5-1%が脳内にデリバリーされたことが明らかとなった(図 4B)。
4 (A)RNP投与後30分における脳内のESRスペクトル
(B)
ESR法とラジオアイソトープ法を用いた
図図
4 (A)RNP
投与後 30 分における脳内の ESR スペクトル
(B)ESR 法とラジオアイソトープ
脳内レドックスポリマー量
法を用いた脳内レドックスポリマー量
低分子のニトロキシドラジカル
(TEMPOL)
は,経口投与後1時間で血液中から消失する。一方,
レドックスポリマーは,カチオン性の性質を利用して,アルブミンなどのアニオン性タンパク質
と複合体を形成するため,約1日程度血液中を滞留できることが明らかにした。また脳内のレドッ
4
クスポリマー量をESR法と放射線ヨウ素ラベル化されたRNPを用いて評価したところ,実際に
脳からレドックスポリマーの3本線のESRシグナルが確認され(図4A),約0.5-1%が脳内にデリバ
リーされたことが明らかとなった
(図4B)
。
これら結果から,我々は,ナノ治療の慢性神経変性疾患への適用が可能であると考え,老化促
進モデルマウス
(17週齢,SAMP8)を用いたRNPの治療効果の検討を行った。このSAMP8マウ
スは,加齢依存性の学習記憶障害を示し,また脳内で酸化ストレスが向上していることが報告さ
れているモデル動物である。一ヶ月間,RNPを経口投与し,一週間に一度,モリス水迷路試験
を用いて記憶機能を測定したところ,正常老化モデルマウス(SAMR1)と同程度の記憶機能まで
回復していることが明らかとなった(図 5 )
。一方で,低分子TEMPOLの効果は,それほど高く
ないため,ニトロキシドラジカルをレドックスポリマーに結合させたことにより,治療効果を大
幅に向上させたことがわかる。またRNP投与群では,神経細胞数の減少が抑制されていること
も確認された。
さらに,脳へ送達されたレドックスポリマーが脳内の酸化ストレスを抑制したかどうかを確
認するため,カルボニル化たんぱくや8-OHdGなどの酸化ストレスマーカーを測定したところ,
RNP群では有意に脳内酸化ストレスを抑制することが明らかとなった。また一ヶ月間のRNP投
与にも関わらず,低分子ニトロキシドラジカルが引き起こす血圧低下を示すこともなく,また体
重減少や正常組織の障害なども見られなかったことから,レドックスポリマーの安全性が高い
ことがわかる。またSAMP8マウスでは,肝臓障害のマーカーであるアスパラギン酸アミノトラ
ンスフェラーゼ
(AST)やアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)の値の増加しているものの,
7
方で、低分子 TEMPOL の効果は、それほど高くないため、ニトロキシドラジカルをレド
ックスポリマーに結合させたことにより、治療効果を大幅に向上させたことがわかる。
また RNP 投与群では、神経細胞数の減少が抑制されていることも確認された。
図 5 モリス水迷路試験結果:(○�)正常老化モデルマウス(SAMR1)に生理食塩水を投与
図 5 モリス水迷路試験結果:(○)正常老化モデルマウス
(SAMR1)に生理食塩水を投与した群,
(□)
老化促進モデルマウス(SAMP8)に生理食塩水を投与した群,
(▲)
SAMP8にニトロキシドラジ
(▲)SAMP8
した群、
(� �)老化促進モデルマウス(SAMP8)に生理食塩水を投与した群、
カルを有していないナノ粒子を投与した群,
(●)
SAMP8に低分子ニトロキシドラジカル化合物
TEMPOLを投与した群,(■)SAMP8にRNPを投与した群
にニトロキシドラジカルを有していないナノ粒子を投与した群、(●)SAMP8 に低分子
一ヶ月間のRNP治療によって,これらの数値も低減していることが確認された。これは,レドッ
ニトロキシドラジカル化合物 TEMPOL を投与した群、(� �)SAMP8 に RNP を投与した群
クスポリマーが長期間血中を滞留している間に,肝臓などの全身の酸化ストレスも抑制していた
ことを示している。このように,レドックス触媒反応を利用した「抗酸化能」をナノ粒子に導入し
た治療法は,
「諸刃の剣」
を巧みに制御することにより神経変性疾病だけでなく様々な全身酸化ス
さらに、
脳へ送達されたレドックスポリマーが脳内の酸化ストレスを抑制したかどうか
トレス疾患の治療に効果を発揮することが明らかとなった。
を確認するため、
カルボニル化たんぱくや 8-OHdG などの酸化ストレスマーカーを測定
したところ、RNP 群では有意に脳内酸化ストレスを抑制することが明らかとなった。
(参考文献)
また一ヶ月間の
RNP 投与にも関わらず、低分子ニトロキシドラジカルが引き起こす血
1.Aiki Marushima, Hideo Tsurusima, Toru Yoshitomi, Kazuko Toh, Aki Hirayama, Yukio
圧低下を示すこともなく、
また体重減少や正常組織の障害なども見られなかったことか
Nagasaki, Akira Matumura: Newly Synthesized Radical-containing Nanoparticles(RNP)
ら、レドックスポリマーの安全性が高いことがわかる。また SAMP8 マウスでは、肝臓
Enhance Neuroprotection after Cerebral Ischemia-reperfusion Injury, Neurosurgery, 68,
障害のマーカーであるアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)やアラニンアミ
1418-1426(2011)
.
2.Pennapa Chonpathompikunlert, Ching-Hsiang Fan, Yuki Ozaki, Toru Yoshitomi,
5
Chih-Kuang Yeh, Yukio Nagasaki, Redox Nanoparticle Treatment Protects Against
Neurological Deficit in Focused Ultrasound-Induced Intracerebral Hemorrhage,
Nanomedicine, Vol. 7, No. 7, Pages 1029-1043
(2012)
(doi: 10.2217/nnm.12.2)
(謝辞)
本研究は,筑波大学数理物質科学研究科 長崎幸夫教授の御指導のもと,研究を行った成果で
8
ある。また実験に関しては,
筑波大学数理物質科学研究科 Pennapa Chonpathompikunlert
博士,今泉夏香氏,尾崎祐樹氏,Long Binh Vong博士らと共に行った結果であり,ここに深く
感謝致します。また本研究のご支援を下さったライフサイエンス振興財団に深く御礼申し上げま
す。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Pennapa Chonpathompikunlert, Toru Yoshitomi, Long Binh Vong, Natsuka Imaizumi, Yuki
Ozaki, Yukio Nagasaki, Recovery of Cognitive Dysfunction via Orally Administered Redox-
▲
▲
polymer Nanotherapeutics in SAMP8 mice, PLOS ONE, accepted.
脳神経疾患の診断と治療/平成24年度-Ⅰ
3 パーキンソン病原因遺伝子産物が神経変性
を導く病理メカニズムの解明
順天堂大学大学院医学研究科 先任准教授
今 居 譲
本研究の意義,特色
本研究の意義は,パーキンソン病原因遺伝子が担うミトコンドリアの品質管理機構の全貌を分
子レベルで明らかにすること,その理解を踏まえてパーキンソン病の分子標的の策定,予防的介
入方法の開発に貢献することである。
本研究の特色は,パーキンソン病原因遺伝子欠損培養細胞を用いたプロテオミクスとミトコン
ドリアの表現型が顕著に表れるショウジョウバエモデルを用いた遺伝学的解析とを組み合わせた
多面的な解析という点である。
実施した研究の具体的内容,結果
若年性パーキンソン病原因遺伝子PINK1とparkinは,それぞれユビキチンリガーゼParkinと(申
請者ら, J Biol. Chem. 2000)
,ミトコンドリア局在キナーゼPINK1をコードする。PINK1,parkin
を欠失したショウジョウバエを用いた解析から,両遺伝子がミトコンドリアの機能維持に関与す
ることが明らかとなった
(Clark, Nature 2006; Park, Nature 2006; 申請者ら, PNAS 2006)。すなわ
ちPINK1-Parkin経路がミトコンドリアの機能を維持することにより,神経細胞の生存性が支え
られると推察される。その後の研究の進展により,PINK1とParkinがミトコンドリアの品質管
理に関わることが示唆されている
(申請者ら, ISRN Cell Biol. 2012)。すなわち,PINK1,Parkinは,
9
ミトコンドリアの機能維持に関与することが明らかとなった(Clark, Nature
Nature 2006; 申請者ら, PNAS 2006)。すなわち PINK1-Parkin 経路がミト
アの機能を維持することによ
細胞の生存性が支えられると推
。その後の研究の進展により、
Parkin がミトコンドリアの品
関わることが示唆されている
ら, ISRN Cell Biol. 2012)
。すな
NK1、Parkin は、自らが産生
酸素種などで損傷を受けたミ
リアをオートファジーで除去
をもつと考えられている。今ま
かになったマイトファジー(ミ
リア特異的なオートファジー)
カニズムは以下のようである
参照)
。
図1 PINK1-Parkinによるマイトファジー
図1.PINK1-Parkin
によるマイトファジー
Ub: ユビキチン。 Ub: ユビキチン。
①膜電位(ΔΨm)が低下したミトコンドリア外膜に②PINK1が蓄積し,③
PINK1のキナーゼ活性依存的にParkinが細胞質からミトコンドリアに移行
∆Ψm)が低下したミトコンドリ
する。移行したParkinのユビキチンリガーゼ活性が活性化され,ミトコン
PINK1 が蓄積し、③PINK1 ドリア外膜タンパク質群がユビキチン化される。④ユビキチン化修飾され
のキナーゼ活性依存的に Parkin が細胞質からミトコ
たミトコンドリアはオートファジー反応で分解される。
移行する。移行した Parkin のユビキチンリガーゼ活性が活性化され、ミトコ
自らが産生する活性酸素種などで損傷を受けたミトコンドリアをオートファジーで除去する役割
膜タンパク質群がユビキチン化される。
④ユビキチン化修飾されたミトコンド
をもつと考えられている。
今までに明らかになったマイトファジー(ミトコンドリア特異的なオー
トファジー反応で分解される。
トファジー)
の分子メカニズムは以下のようである(図 1 も参照)。
定常状態において,Parkinは細胞質で不活性型のユビキチンリガーゼとして存在しているが,
において、Parkin
は細胞質で不活性型のユビキチンリガーゼとして存在し
PINK1の活性化と共に速やかにミトコンドリアへ移行し活性化する。このステップ
(図1,③)
が,オートファジー反応開始の律速段階であり,未解明の点であった。そこで,PINK1のリン
PINK1 の活性化と共に速やかにミトコンドリアへ移行し活性化する。この
酸化基質の探索を足がかりにこの分子メカニズムの解明に臨んだ。その結果,PINK1がParkin
のユビキチン様ドメインをリン酸化すること,このリン酸化がParkin活性化を引き起こすこと
2
を発見した
(Sci Rep 2012;本論文は2012年12月に報告したが,この2年あまりの間に被引用件数
が53に 達している)
。 続いて,Parkinリ ン 酸 化の 個 体 レ ベ ルでの 意 義を 報 告した(PLoS Genet
2014a)
。さらに,Parkinによってミトコンドリア上に形成されたユビキチン鎖をPINK1がリン
酸化すること,そのリン酸化がParkinのミトコンドリア移行と活性化に必要であることを示し
た
(図2,PLoS Genet 2014b)
。
重要なことに,ミトコンドリア局在性リン酸化ユビキチン鎖を模倣したTom70-4x Ub SEを
10
クアウトショウジョウバエにおいて、内在性 Parkin を活性化できたからだと示唆され
た(図3)
。
図 2 ミトコンドリア上でのリン酸化ポリユビキチン鎖形成によるParkinの移行モデル
(左)Parkinは不活性型のユビキチンリガーゼとして細胞質に局在する。
図 2.ミトコンドリア上でのリン酸化ポリユビキチン鎖形成による Parkin の移行モデル
ミトコンドリアが損傷し膜電位が低下するとPINK1が蓄積・活性化し,Parkinのユビキチン様ドメイ
(左)ンをリン酸化する。ミトコンドリア上にポリユビキチン鎖が形成され,さらにPINK1がこれをリン酸
Parkin は不活性型のユビキチンリガーゼとして細胞質に局在する。
ミトコンドリアが損傷し膜電位が低下すると
PINK1 が蓄積・活性化し、Parkin のユビキチン様ドメ
化する。
(中央)
Parkinはリン酸化ポリユビキチン鎖に親和性があり,ミトコンドリアへ局在化する。
インをリン酸化する。ミトコンドリア上にポリユビキチン鎖が形成され、さらに
PINK1 がこれをリン
今後、本研究成果を踏まえてパーキンソン病の分子標的の策定、予防的介入方法の開
(右)
リン酸化ポリユビキチン鎖に結合したParkinはユビキチンリガーゼ活性が活性化し,ミトコンドリ
酸化する。(中央)
Parkin はリン酸化ポリユビキチン鎖に親和性があり、ミトコンドリアへ局在化
発に貢献することを目指していく予定である。
ア外膜タンパク質にポリユビキチン鎖を繋ぐ。さらに,このポリユビキチン鎖をPINK1がリン酸化
する。
することにより,ミトコンドリア外膜上でリン酸化ポリユビキチン鎖の増幅反応が起こり,Parkin
(右) リン酸化ポリユビキチン鎖に結合した Parkin はユビキチンリガーゼ活性が活性化し、ミト
の迅速なミトコンドリア移行と活性化が達成される。RIR; RING1-IBR-RING2, P;リン酸化, S; ミト
コンドリア外膜タンパク質にポリユビキチン鎖を繋ぐ。さらに、このポリユビキチン鎖を
PINK1 が
コンドリア外膜上のユビキチン化基質タンパク質。
リン酸化することにより、ミトコンドリア外膜上でリン酸化ポリユビキチン鎖の増幅反応が起こ
り、Parkin の迅速なミトコンドリア移行と活性化が達成される。RIR; RING1-IBR-RING2, P;リン酸
化, S; ミトコンドリア外膜上のユビキチン化基質タンパク質。
3
図 3 PINK1 ミトコンドリア変性の治療的試み
PINK1, Parkin図遺伝子変異により飛翔筋ミトコンドリア
3. PINK1 ミトコンドリア変性の治療的試み(黄色で着色)が変性するため,羽が下垂する。
ミトコンドリア上にリン酸化ユビキチン鎖を模倣したコンストラクト(Tom70-4xUb S65E)を発現させる
PINK1, Parkin 遺伝子変異により飛翔筋ミトコンドリア(黄色で着色)が変性するため、
と,内在性のParkinが活性化しミトコンドリア変性が抑制された。この成果を応用して,パーキンソン
羽が下垂する。ミトコンドリア上にリン酸化ユビキチン鎖を模倣したコンストラクト
病におけるドーパミン神経変性の抑制法の開発を目指す。
(Tom70-4xUb S65E)を発現させると、内在性の Parkin が活性化しミトコンドリア変性が
抑制された。この成果を応用して、パーキンソン病におけるドーパミン神経変性の抑
PINK1ノックアウトショウジョウバエに発現させると,そのミトコンドリア変性が抑制できるこ
制法の開発を目指す。
とが明らかとなった。すなわち,PINK1活性がないPINK1ノックアウトショウジョウバエにおい
て,内在性Parkinを活性化できたからだと示唆された(図3)。
11
今後,本研究成果を踏まえてパーキンソン病の分子標的の策定,予防的介入方法の開発に貢献
することを目指していく予定である。
本研究に関連して発表したおもな論文等
1.Shiba-Fukushima K, Arano, T, Matsumoto G, Inoshita T, Yoshida S, Ishihama Y, Ryu
K-K, Nukina N, Hattori N, Imai Y: Phosphorylation of Mitochondrial Polyubiquitin by
PINK1 Promotes Parkin Mitochondrial Tethering. PLoS Genet . 10: e1004861(2014b)
This article is featured in a mini review: A Polyubiquitin Chain Reaction: Parkin
Recruitment to Damaged Mitochondria. PLoS Genet . 11: e1004952(2015)
2.Shiba-Fukushima K, Inoshita T, Hattori N, Imai Y: Lysine 63-linked polyubiquitination is
dispensable for Parkin-mediated mitophagy. J Biol Chem . 289: 33131-33136(2014)
3.Shiba-Fukushima K, Inoshita T, Hattori N, Imai Y: PINK1-mediated phosphorylation of
Parkin boosts Parkin activity in Drosophila. PLoS Genet . 10: e1004391(2014a)
4.Wu Z, Sawada T, Shiba K, Liu S, Kanao T, Takahashi R, Hattori N, Imai Y, Lu B:
Tricornered/NDR kinase signaling mediates PINK1-directed mitochondrial quality control
and tissue maintenance. Genes Dev . 27:157-162(2013)
5.Shiba-Fukushima K, Imai Y, Yoshida S, Ishihama Y, Kanao T, Sato S, Hattori N†:
PINK1-mediated phosphorylation of the Parkin ubiquitin-like domain primes
mitochondrial translocation of Parkin and regulates mitophagy. Sci Rep . 2: Article
number: 1002(2012)
Ⅱ 健康科学
(健康な高齢期を迎えるための)
▲
▲
健康科学
(健康な高齢期を迎えるための)
/平成24年度-Ⅱ
1 オートファジー機構を応用したスマート・エ
イジング対策法の開発
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 教授
清 水 重 臣
本研究の意義,特色
加齢が進むと,オートファジーと呼ばれる細胞内の老廃物を分解する機能が低下する。その結
果,老廃物の蓄積によって細胞機能の異常が招来し,様々な疾患発症に至る。そこで,本研究で
12
は,①加齢によってオートファジー活性が低下する原因の解明,②オートファジー活性を利用し
て老化を緩和する為の薬剤,食品の開発を行なった。
これまでのオートファジー研究は,Atg5に依存したオートファジーのみを対象として為され
てきた。一方,私たちは,これらの論文では見過ごされてきたAtg5非依存的オートファジー機
構を発見した。本研究では,このAtg5非依存的オートファジーを主な対象として解析を行なっ
た点に特色が有る。
実施した研究の具体的内容,結果
①加齢によってオートファジー活性が低下する原因の探索
 老化細胞において,発現が変化する分子を特定した。
若年マウスから老年マウスまで,週令の異なるマウスから各臓器を採取し,種々のオートファ
ジー関連分子の蛋白質発現をwestern blot法にて測定した。その結果,老年マウスの各臓器(腸,
筋肉,脳)において,ミトコンドリアの新陳代謝の不具合を示す分子の増加,Atg5非依存的
オートファジー関連分子の増加,Atg5依存的オートファジーの基質分子の蓄積が観察された。
これらの現象は,老化モデルマウスとして知られるαKlothoマウスにおいても同様に観察され
た。即ち,これらの分子は,老化に伴って増加する分子であると考えられ,老化の分子マーカー
として有用である可能性が示された。
 老化細胞におけるオートファジー変調のメカニズムを解析した。
上記の如く,
老化に伴ってAtg5非依存的オートファジー関連分子の増加が認められた。そこで,
この分子を欠損したマウスを作製,解析したところ,背骨の彎曲,筋力の低下などの,老化症状
の早期進行が認められた。即ち,このAtg5非依存的オートファジー関連分子は,老化の進行を
抑制する機能を有していることが明らかとなった。また,当該分子は,加齢により低下していく
オートファジーを下支えするために,加齢に伴って増加していくものと推察された。
 老化関連蛋白質sirt1とオートファジー分子との相互作用を解析した。
Sirt1は,ヒストン脱アセチル化酵素であり,老化制御に関わっていることが知られている。
また,この分子は,①Atg5依存的オートファジーを調節しうることや,②Atg5分子と直接結合
することが知られている。そこで,私たちは,当該分子がAtg5非依存的オートファジーの調節
にも 関わ っているのではないかと 考えた。 実 際に,Sirt1を ノ ッ ク ダ ウ ンした 細 胞においては,
Atg5非依存的オートファジーが起りにくいことが見いだされた。
②Atg5非依存的オートファジーの変調を,老化臓器の診断に応用した。
老化の程度を細胞・組織レベルで評価できるスタンダードな基準は,現在のところ無い。一方,
Atg5非依存的オートファジーは,加齢に伴ってその機能が低下していく。そこで,Atg5非依存
的オートファジーの活性を指標とした老化マーカーの開発ができるのではないかと考えた。
13
オートファジー関連分子抗体を用いた方法
上記の如く,加齢に伴ってAtg5非依存的オートファジー関連分子の増加が認められた。そこ
で,これらの分子の多寡を生体組織で検出できる複数の抗体を購入あるいは作製し,若年マウス
の組織と老化マウスの組織で抗体染色像を比較した。その結果,Atg5非依存的オートファジー
関連分子の1種類において,老若の差異が検出された。即ち,このAtg5非依存的オートファジー
関連分子の抗体を用いて免疫染色を行なうことにより,加齢の程度をある程度評価できるものと
考えた。
蛍光プローブを用いた方法
既存のオートファジーマーカーとなる蛍光試薬を用いて,若年マウスの組織と老化マウスの組
織の染色像を比較した。しかしながら,老若の差異を明確に検出できる蛍光プローブは見いだせ
なかった。即ち,加齢の評価には,上記の免疫抗体法が適切であると思われた。
③オートファジー活性化を利用して老化を緩和する為の薬剤,天然物の開発
私たちは,5万種類の低分子化合物の中から,Atg5非依存的オートファジーを活性化できる
化合物を222種類同定した。さらに,上述した老化マーカーならびに細胞の健全性(細胞増殖能,
ストレス耐性)を指標に,抗加齢効果を発揮する化合物の探索を行ったところ,1種類の低分子
化合物に抗加齢効果があることが判明した。 老化細胞にこの低分子化合物を加えて 2 週間培養すると,Atg5非依存的オートファジーの
活性化が認められ,老化時に見られる諸現象
(DNA安定化蛋白質53BP1の減少,DNA傷害の
指標γH2AXの増加,転写活性を示すヒストンメチル化の低下)が,いずれも改善した。これら
の結果は,この化合物がAtg5非依存的オートファジーを活性化することによって,抗老化作用
を発揮している可能性を示していた。
低分子化合物と同様の方法で,約5000種類の食品由来物質の中から,Atg5非依存的オートファ
ジーを誘導し,なおかつ抗加齢効果を発揮する食品成分を探索した。その結果,これまでの研究
において,約60種類の食品成分にAtg5非依存的オートファジーの誘導活性を認めた。また,こ
のうち少なくとも 3 種類の食品成分に抗加齢効果を確認した。
本研究に関連して発表したおもな論文等
1.Autophagic Cell Death and Cancer.
S. Shimizu, T. Yoshida, M. Tsujioka, S. Arakawa. Int J Mol Sci. 2014 15(2):3145-53.
2.Alternative Macroautophagy and Mitophagy
S. Shimizu, S. Honda, S. Arakawa, H. Yamaguchi Int. J. Biochem. Cell Biol. 2014 50:64-6.
14
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健康科学
(健康な高齢期を迎えるための)
/平成24年度-Ⅱ
2 健康長寿を実現するために最適な高齢者の日
常身体活動の概日リズムの解明
岡山県立大学情報工学部スポーツシステム工学科 准教授
綾 部 誠 也
本研究の意義,特色
これまでの研究成果や現行の身体活動に関するガイドラインは, 1 日当たりの身体活動の強度
と量に限定されており,身体活動のタイミングに関する明確な記載は無い。すなわち,身体活動,
身体不活動,睡眠を含めた24時間の行動パターンの解明が進めば,高齢者が“いつ(タイミング)”
“どのような
(強度)
“どのくらい
”
(量)
”身体活動を行うべきか?が明らかになり,より,実践的な
健康支援が可能になる。
実施した研究の具体的内容,結果
【研究対象者】
本研究の対象は,65歳以上の高齢女性であった。すべての対象者は,自立した生活を過ごし,
重篤な疾患に罹患していなかった。
【測定項目】
身 体 活 動は, 多 メ モ リ 加 速 度 計 付 歩 数 計(Lifecorder, Kenz, Nagoya)により 評 価した。
Lifecorder は,32Hzにて探知した加速度信号の大きさと頻度から,エネルギー消費量,歩数,
ならびに身体活動強度を評価した。Lifecorderは,これまでに,メタボリックチャンバーや二重
標識水法との比較により,
妥当性が確認されている。対象者は,それぞれ,連続した1年間にわたっ
て,
連続してLifecorderを腰部へ装着した。測定期間終了後,Lifecorderを回収した。Lifecorderは,
機器マニュアルに従ってPCへダウンロードされた。なお,個人毎のデータの採用に際しては,
慎重を期して,採用基準を充足したケースのみを分析対象とした。すなわち,高齢者の様々な
生活状況を勘案し,体動計を単位時間あたり75%以上装着した場合にのみデータを採用し,下記
の通り25%以上の欠損
(主因は非装着)を含むデータは不採用した。『1日あたり7時~19時(12時
間)のうち 3 時間以上の連続非装着』
『1ヵ月あたり約1週間以上の連続・断続非装着』
『1年あた
り約 3 ヵ月間以上の連続・断続非装着』なお,原則として「体動レベル0」を非装着とみなす。ただ
し,熟睡時や静止時などほとんどもしくはまったく動かない場合も「体動レベル0」となるが,そ
の状態は比較的短く断続的であるため,
「1日あたり」の基準のみ「連続非装着」とした。本研究で
は,Lifecorder-EXにより 4 秒毎に分類された10段階の活動強度区分のうち, 1 から 3 を低強度活
15
動, 4 から 9 を中強度活動とした。なお,これらは,先行研究により,それぞれ,3METs 未満,
3METs以上に相当することが確認されている。さらに,得られた 2 分毎の活動強度を分析し,
24時間の身体活動パターンを解析した。Lifecorderは,先述の通り4秒毎に身体活動(不活動)の
水準を 0 から 9 の10段階に分類し,その平均値を 2 分毎に記憶し,測定終了後にダウンロードす
ることで評価が可能になる。なお,本研究で使用する機器は,一般に市販されるLifecorderに改
良を加えたモデルである
(一般モデルは, 2 分内の 4 秒毎の体動指標(全15セル)から,不活動の
量に関わらず身体活動を優先し,さらに,その分布に関わらず再頻値を採用するため,“睡眠と
覚醒”また
“活動と不活動”を判断するためには適当であるが,身体の生理負担の程度を連続変数
として評価するために改良した。
)
。本研究では,得られた 2 分毎の活動強度を 1 時間毎(30セル
毎)に積算し,1時間毎の活動強度とした。同様に, 2 分毎の活動強度を30セルのうち,3METs
以上の強度に相当する時間を1時間毎に算出した。さらに,1日全体の中強度活動時間の全体に
対する,
1時間毎の中強度活動時間が占める割合を算出した。免疫機能測定。早朝安静状態にて,
血液と唾液を採取した。好中球貪食能ならびに分泌型免疫グロブリン A(sIGA)を測定した。
【研究結果】
高齢者は,早朝の 5 時から 6 時の時間帯に身体活動の強度の増大また中強度活動の集積が見ら
れる。その後,活動強度や中強度活動は,正午あたりに日中の最低値となる。その後,17時から
19時の間に再び活動量が増大する傾向にあった。いずれの分析においても,一次回帰には,有意
な相関性が得られなかった。好中球貪食能は,
歩数との間に有意な相関関係が認められた。また,
分泌型免疫グロブリン Aは,歩数,中強度活動時間の両者との間に有意な相関関係が認められた。
時間帯別の身体活動指標については,時間帯,活動指標に関わらず,好中球貪食能と分泌型免疫
グロブリン Aとの間に有意な関係が認められなかった。
【考察】
本研究は,日常身体活動の全体の活動量に対する午後の身体活動の占める割合が多いことは,
身体的精神的な健康問題の回避に関係するとの仮説について,高齢者の免疫機能から検証した。
本研究においては,身体活動の全体量を示す歩数と中強度時間については,免疫機能との間に関
連を得たが,時間帯別の身体活動については,明確な関係を認める事が出来なかった。これらの
事から,日常身体活動は,免疫機能の維持に貢献すると思われたが,免疫機能を維持するため
の最適な身体活動のタイミングは今後の検討が必要であると考えられた。本研究において,身体
活動のタイミングと免疫機能の間に明確な関係が得られなかった背景にはいくつかの可能性があ
る。そのうち最も大きな要因は,本研究で対象とした高齢者の行動パターンにあると考えている。
我々は,
夕刻の身体活動と免疫機能との間に関係が得られることを想定していた。しかしながら,
24時間のうち,最も活動水準が高かった時間帯は,早朝の時間帯であった。この傾向は,中強度
活動時間の分析結果において最も顕著であり,時間毎の割合においても,早朝の時間帯が最も高
い値を示した。これらの事から,中強度活動は早朝の時間帯と夕方の時間帯(5-7時と16-19時)に
分散しているものの,身体活動水準の高い高齢者(中強度活動が長い高齢者)が早朝の時間帯の中
強度活動に散歩や農作業などを行うため,全体の平均値(絶対量)としては,早朝の時間帯が高く
16
なったと思われた。しかしながら,本研究の結果は,これまでの実験的研究の成果を否定するも
のではない。早朝に散歩や農作業を行うことは,1日の身体活動の総量の増大を介して免疫機能
の維持に貢献すると思われる。また,そのような作業や身体活動を夕刻に移すように指導する事
は現実に即していない。
“身体活動の1日の総量”と“身体活動のタイミング”の相互役割について
は,今後の検討課題であり,高齢者の生活スタイルに準じた研究成果を創出することが重要であ
ると思われる。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Objectively measured hourly physical activity in older men and women(投稿予定)
Age-associated changes in objectively measured hourly physical activity in Japanese men
and women
(投稿予定)
Ⅲ 一般課題
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ララララララララ
平成23年度
ララララララララ
一般課題/平成23年度-Ⅲ
1 膵管上皮細胞からβ細胞への分化メカニズム
の解明
九州大学大学院 医学研究院 先端医療医学部門 糖尿病遺伝子分野
稲 田 明 理
周知の通り,日本では生活習慣病の一つである 2 型糖尿病が深刻な問題となっており,急速な
患者の人口増加に加え,合併症の進行に伴う医療費高騰や生活の質の低下を招いている1-3)。一
旦糖尿病を発症するとインスリン産生細胞の数は減少し,罹病期間が長くなればなる程減少する。
そのため,細胞数を増やす研究が必要である。
生後の成長期や成体で臓器に障害を受けた場合,インスリン産生細胞は幹細胞から膵島に供給
されることが明らかにされている4)。そこで供給に必要な遺伝子として細胞に一時的に発現する
ある転写因子Aに着目し,転写因子Aの細胞特異的欠損マウスを作製し,機能を検討した。欠損
マウスの随時血糖値は生後直後は正常であったが,後に耐糖能異常を示した。組織再生を行った
ところ,膵臓外分泌液の増加と再生エリア内の外分泌組織変化が見られ,新細胞の形成が促され
ていた。膵島内細胞は新しい細胞塊とは形態上区別することが可能であった。以上より,転写因
17
子Aの機能を明らかにすることができた。
(論文作成中のため,詳細な結果を除いています)
参考文献
1)稲田扇,西村周三,清野裕,他:2型糖尿病における外来医療費の研究~医療改革が糖尿病科
に与える影響 糖尿病 48
(9)
: 677-684, 2005. 2)稲田扇, 西村周三, 清野裕, 他:2型糖尿病における直接非医療費の研究 糖尿病49(8): 679-684,
2006.
3)稲田扇,西村周三,松島宗弘,他:人工透析の直接医療費とQOLに関する研究~透析非糖尿病,
透析糖尿病および非透析糖尿病患者間の比較 糖尿病50(1):1-8, 2007.
4)Inada A, Nienaber C, Katsuta H, et al. Carbonic anhydrase II-positive pancreatic cells are
progenitors for both endocrine and exocrine pancreas after birth. Proc Natl Acad Sci USA
105: 19915-19919, 2008.
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ララララララララ
平成24年度
ララララララララ
一般課題/平成24年度-Ⅲ
1 磁気に対する学習行動と耐性の分子遺伝学
的解析
甲南大学 理工学部 生物学科 准教授
久 原 篤
本研究の意義,特色
渡り鳥や磁性細菌は磁場を感知し,適切な方角に移動できる。また,地震の前兆現象として,
大陸プレートを構成する花崗岩が圧縮破壊される過程で電磁パルスが発生し,その地磁気の変
動を動物が感知するという仮説が考えられている。実際に,磁気変化により脳内のSCN領域の
c-fos遺伝子の発現が変動することが報告されている。しかし,磁気応答行動を引き起こす分子
機構と神経機能には未知の点が多い。本申請者は,これまで培ってきた線虫C. エレガンス にお
ける感覚応答行動の実験系をつかい,C. エレガンス の磁気に対する応答行動の神経回路と未知
の分子機構が見つかることが期待される。
18
実施した研究の具体的内容,結果
1 研究の方法・研究内容
地球上に生存する動物の一部は外界の地磁気の変動を感知し,行動を変化させることができ
ると考えられている。実際に,磁気変化により脳内のSCN領域のc-fos遺伝子の発現が変動する
ことが報告されている。しかし,磁気応答行動を引き起こす分子機構と神経機能には未知の点が
多い
(Wiltschko et al., Nature, 2002)
。本申請者は,これまで培ってきた線虫C. エレガンス にお
ける感覚応答行動の実験系をつかい
(Kuhara et al., Science, 2008; Kuhara et al., Nature commun,
2011)
,C. エレガンス の磁気に対する応答行動の神経回路と分子機構の解析をおこなっている。
本研究では,線虫を動物の磁気応答のモデル系と位置づけ,磁気受容ニューロンと磁気情報伝達
に関わる遺伝子の同定と,地震の前兆による動物の行動の変化の分子神経機構を明らかにする。
その上で,
地磁気の変化によるニューロンの活動変動や発現変動する遺伝子をレポーターとして,
大地震の予測につなげることを将来的に目指すことを期待して解析を行った。
行動レベルでの解析
線虫C. エレガンス が,
「餌の存在」する条件で
「磁気刺激」を与えて飼育されたのちに,餌のな
い磁気勾配プレートに置かれると,磁気のピークに向かって移動するかを詳細に検討する。「餌
の無い」条件で
「磁気刺激」を与えて飼育された個体は,餌のない磁気勾配プレート上で,磁気の
ピークから逃げるように行動するかを検討する。つまり,線虫は「餌」と「磁界」を関連づけて記憶
学習し行動しているかを解析する。磁気の強さや暴露の時間を変化させて,より行動が顕著に観
察される条件を検討する。
磁気走性テストの方法
飼育プレートで飼育したC. elegansを洗浄し,ネオジウム磁石のN極をAssayプレートの片側
に設置したもの, S極をAssayプレートの片側に設置したもの,Control(磁石を設置しない)
の合計 3 パターンを作成した。それぞれのAssayプレートの中央にC. elegansをプロットし,行動
パターンを暗条件下で10min , 30min , 60min観察した。シャーレにクロロホルムを滴下してすべ
ての個体を固定し磁石のある側,無い側
(N極側,S極側)で分布と個体数を記録した。
磁気の連合学習テストの方法
ネオジウム磁石の  N極を餌のある側に設置したNGMプレート, N極を餌のない側に設置
したNGMプレート, S極を餌のある側に設置したNGMプレート, S極を餌のない側に設置
したNGMプレート, Control,合計 5 パターンのC. elegansの飼育環境を学習させた。学習時
間はAssay前4days , 60minの 2 つの条件で行った。それぞれのC. elegansがAdultへと成長した後
に洗浄しAssayプレートにも飼育環境と同じ条件でネオジウム磁石を設置した 5 パターンを作成
した。シャーレの中央にC. elegansをプロットした後に,行動パターンを30minで観察し,連合学
19
習をしていたのかシャーレにクロロホルムを滴下してすべての個体を固定し磁石のある側・ない
側
(N極側・S極側)
で分布・個体数を記録した。
2 研究成果
はじめに,線虫おける磁気走性の有無を調べるため,磁束密度570mTの磁石を壁面に密接さ
せた寒天プレートをつかい,行動テストをおこなった。その結果,野生株は磁気勾配上で磁石方
向に誘引される現象が観察された。また,S極に誘引される個体の割合が高かったため,S極へ
の走性が優位と考えられた。
つづいて,飼育段階から磁気刺激を与え,線虫が「餌条件と磁気」を関連づけて学習・記憶する
かを検証した。その結果,
「餌の存在する条件」
で
「磁気刺激」を与えられた個体は,餌の無いプレー
ト上で磁石側に誘引されたが,
「餌の無い条件」
で「磁気刺激」を与えられた個体は,磁気を避ける
行動が示された。
この結果は,
「餌条件」
と
「磁気情報」を関連づけて学習・記憶することを示唆する。
磁気走性に関わる分子と細胞を同定するために,変異体をもちいた解析を行ったところ,感覚
ニューロンで機能するTRPチャネル
(OSM-9)と,cGMP依存性チャネル(TAX-4)と,3量体Gタ
ンパク質
(ODR-3)の変異体において,磁気走性の異常が観察された。odr-3遺伝子は,化学受容
ニューロンAWC, AWA, ASH, ADFで機能することから,これらの感覚ニューロンのいずれか
が磁気走性に関与していると考えられる。現在,これらのニューロンを含む感覚ニューロンの神
経活動をカルシウムイメージング法で測定している。さらに,磁気の暴露により発現変動する遺
伝子の環境刺激に対する応答を測定している。現在までに,細胞接着に関与するラミニンの遺伝
子で異常が観察された。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Magnet-sensation and associative learning between magnet stimuli and feeding state
in Caenorhabdites elegans.
Satoru Sonoda, Kyohei Yoshida, Atsushi Kuhara(投稿予定)
20
▲
▲
一般課題/平成24年度-Ⅲ
2 僧 帽 弁 逆 流 評 価 機 能 付きリン グ サ イ ザ ー
(EVAluator of MITRAl valve: EVAMITRA)の
研究・開発
東京女子医科大学 心臓血管外科 准講師
津久井 宏 行
本研究の意義,特色
うな逆流評価機能付きリングサイザーは現存せず、全くの新しいアイディアである。
僧帽弁逆流評価機能付きリングサイザーを使用することにより,僧帽弁形成術施行時の最適な
リングサイズの選択を可能とし,より完成度の高い僧帽弁形成術の達成を目的として,研究に着
3.実施した研究の具体的内容、結果(次の紙にわたって 2,000~3,000 字程度に取りまとめ
手した。
て下さい)
これまで,各メーカーより供給されてきた僧帽弁形成術用サイザーは弁輪サイズの計測のみで
本研究にあたっては、以下の具体的結果が得られた。
あったが,EVAMITRAは,弁輪サイズの計測のみならず,リング縫着後の 3 次元的構造を構築
した上で,
逆流評価を即時に行うことが可能であり,このような逆流評価機能付きリングサイザー
(1)技術的改善
は現存せず,全くの新しいアイディアである。
構造体の材料・成形方法
実施した研究の具体的内容,結果
試作モデルの構造体には、SUS304 製の線材を図 1 が示す自作のワイヤーベンダー
本研究にあたっては,以下の具体的結果が得られた。
を用いて製作したが、形状のばらつきがあり、また量産面でも不利であることが課題と
(1)
技術的改善
構造体の材料・成形方法
なっている。そのため、構造体の材料をポリプロピレン等汎用樹脂に変更し、射出成型
試作モデルの構造体には,SUS304製の線材を図 1 が示す自作のワイヤーベンダーを用いて製
作したが,形状のばらつきがあり,また量産面でも不利であることが課題となっている。そのた
によって安定した形状の構造体を製作する方法を確立した。
図1 ワイヤーベンド
図1・ワイヤーベンド
21
補強材の切り出し
め,構造体の材料をポリプロピレン等汎用樹脂に変更し,射出成型によって安定した形状の構造
体を製作する方法を確立した。
補強材の切り出し
補強材である繊維材は図2に示す試作用レーザー加工機を用いて 1 つずつ切り出していたが,
実用化にあたっては簡易かつ精度を満たす方法が必要である。繊維材切り出しのため,専用のプ
レスカッターと打抜刃の製作を行った。
図2 左:レーザー加工機による、補強材の切り出し
右:補強材の樹脂型へのマウント
縫着部の成形
図2 左:レーザー加工機による、補強材の切り出し 右:補強材の樹脂型へのマウント
試作モデルは図3左が示すように、樹脂型からまずリング状に成形し、成形後の曲
図 2 左:レーザー加工機による,補強材の切り出し 右:補強材の樹脂型へのマウント
縫着部の成形
げ加工によりサドルシェイプを実現していた(図3右)
。3 次元構造をした成形型と、
縫着部の成形
試作モデルは図3左が示すように、樹脂型からまずリング状に成形し、成形後の曲
試作モデルは図
3 左が示すように,樹脂型からまずリング状に成形し,成形後の曲げ加工に
シリコーン用の成形機を製作し、サドルシェイプを有したサイザーの生産を可能とした
よりサドルシェイプを実現していた
(図 3 右)
。 3 次元構造をした成形型と,シリコーン用の成
げ加工によりサドルシェイプを実現していた(図3右)。3 次元構造をした成形型と、
た。
形機を製作し,サドルシェイプを有したサイザーの生産を可能とした。
シリコーン用の成形機を製作し、サドルシェイプを有したサイザーの生産を可能とした
た。
図 3 試作モデル外観 左:成形直後 右:後加工後の形状
図3 試作モデル外観
左:成形直後
右:後加工後の形状
本実験結果は,International Society of Minimally Invasive cardiac Surgery(ISMICS)年次
本実験結果は、International Society of Minimally Invasive cardiac Surgery
図3
左:成形直後
右:後加工後の形状
総会
(2014年・ 米 国・ ボ
ス ト試作モデル外観
ン,A Three-Dimensional
Evaluator
for Mitral Valve Ring Size
(ISMICS)年次総会(2014
年・米国・ボストン、A
Three-Dimensional Evaluator
for Mitral
Selection)
,日本心臓血管外科学会年次総会
(2014年・熊本,僧帽弁逆流評価機能付き
3 次元
本実験結果は、International
Society of Minimally Invasive cardiac Surgery
Ring Sizer
(EVAMITRA)
の開発)にて発表し,高い評価を得た。
Valve Ring Size Selection)、日本心臓血管外科学会年次総会(2014 年・熊本、僧帽弁逆
また,これらの開発を
「人工弁輪用サイズ測定器具」として,意匠登録(登録第1505720号,登録
(ISMICS)年次総会(2014 年・米国・ボストン、A Three-Dimensional Evaluator for Mitral
日:平成26年
7 月25日)
を行った
)
。 (EVAMITRA)の開発) にて発表し、高い評価を得た。
流評価機能付き
3 次元 (図
Ring 4Sizer
現在,特許を申請中である
(発明の名称:人工弁輪用サイズ測定器具,特願2013-054023,平成
Valve Ring Size Selection)、日本心臓血管外科学会年次総会(2014
年・熊本、僧帽弁逆
また、これらの開発を「人工弁輪用サイズ測定器具」として、意匠登録(登録第 1505720
25年 3 月15日)
。
流評価機能付き 3 次元 Ring Sizer (EVAMITRA)の開発) にて発表し、高い評価を得た。
号、登録日:平成 26 年 7 月 25 日)を行った(図4)。
22
また、これらの開発を「人工弁輪用サイズ測定器具」として、意匠登録(登録第
1505720
号、登録日:平成 26 年 7 月 25 日)を行った(図4)。
現在、特許を申請中である(発明の名称:人工弁輪用サイズ測定器具、特願2013-054023、
図 4 意匠登録証
平成 25 年 3 月 15 日)。
(2)
臨床導入
(2)臨床導入
EVAMITRAの有用性を実際の手術時に確認するために,東京女子医科大学倫理委員会への申
EVAMITRA の有用性を実際の手術時に確認するために、東京女子医科大学倫理委員会への
請を行った後,臨床治験を行う準備を進めている。実際の僧帽弁形成術施行時にEVAMITRAを
申請を行った後、臨床治験を行う準備を進めている。実際の僧帽弁形成術施行時に EVAMITRA
使用し,その有用性を手術中に評価する。
を使用し、その有用性を手術中に評価する。
本研究に関連して発表したおもな論文等
津久井宏行,朴 栄光,金光直彦,高瀬 守,梅津光生,山崎健二 僧帽弁逆流評価機能付き3
次元Ring Sizer(EVAMITRA)の開発 第44回日本心臓血管外科学会学術集会 熊本, 02/1902/21, 2014
Tsukui H, Park YK, Umezu M, Yamazaki K A Three-Dimensional Evaluator for Mitral
Valve Ring Size Selection 14th Annual Meeting of International
Society for Minimally
4
Invasive Cardiothoracic Surgery Boston, USA, 05/28-05/31, 2014
23
▲
▲
一般課題/平成24年度-Ⅲ
3 蛋白質工学的手法によるヒト・トリプトファ
ニルtRNA合成酵素の血管新生抑制機構の解
明
東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻生命環境科学系 准教授
若 杉 桂 輔
本研究の意義,特色
トリプトファニルtRNA合成酵素
(TrpRS)
は,tRNAにトリプトファンを結合させる反応(アミ
ノアシル化反応)を触媒する。私は,alternative splicingにより産生する「ヒトmini TrpRS」が血
管新生抑制因子として働くことを発見した。さらに,マウス胚性幹(ES)細胞内ではヒトとは異
なるalternative splicing により 6 アミノ酸をC末端に付加されたTrpRSが産生されることが明ら
かにされた。しかしながら,alternative splicingにより産生するこれら蛋白質の制御機構は全く
不明である。本プロジェクトでは,生物進化に伴うTrpRSの機能進化過程に着目した蛋白質工
学的機能解析を突破口にして,ヒトmini TrpRSの血管新生抑制の制御機構の解明,及びマウス
6 アミノ酸付加型の発現量の解析に挑んだ。
実施した研究の具体的内容,結果
<研究の背景>
アミノアシルtRNA合成酵素は,蛋白質の翻訳系に関わる蛋白質であり,tRNAにアミノ酸
を結合させる反応を触媒する。私は,ヒトのチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)の触媒活性ドメ
イン
(mini TyrRS)が サ イ ト カ イ ンとして 働くことを 発 見した(Wakasugi, K., and Schimmel,
P. Science 284, 147-151(1999)
; Wakasugi, K., and Schimmel, P. J. Biol. Chem. 274, 23155-23159
(1999)
)。また,ヒトmini TyrRSが血管新生促進因子として働くこと,他方,ヒトTrpRSの触媒
活性ドメイン
(mini TrpRS)は逆に血管新生抑制因子として働くことを明らかにした(Wakasugi,
K. et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 173-177(2002); Wakasugi, K. et al. J. Biol. Chem. 277,
20124-20126(2002)
)
。また,マウスES細胞内でalternative splicingにより通常型と比較しC末端
に6アミノ酸が余分に付加されたTrpRSが産生されることが報告された(Pajot, B. et al. J. Mol.
Biol. 242, 599-603(1994)
)
。しかしながら,ヒトmini TrpRSの血管新生抑制の制御機構,マウス
6アミノ酸付加型の生理機能・制御機構は,いずれも全く不明である。そこで,本プロジェクト
では,生物進化に伴うTrpRSの機能進化過程に着目した蛋白質工学的機能解析を突破口にして,
ヒトmini TrpRSの血管新生抑制の制御機構の解明,及びマウス 6 アミノ酸付加型の発現量の解
24
析に挑んだ。
ルで明らかにすることに挑んだ。まず、ウシ、マウス、ゼブラフィッシュ、シロイヌナ
<本プロジェクトの具体的研究内容>
ナなどの各種生物由来 TrpRS の触媒活性ドメインを用いて、血管新生抑制能を解析した
1. ヒトmini TrpRSの血管新生抑制の制御機構の解明
具体的には、ヒト臍帯血由来の血管内皮細胞(HUVEC)を用いて、血管内皮細胞増殖因
私は,ヒトTrpRSの余分な付加ドメインがalternative
splicingまたはプロテアーゼで切断さ
れた後,触媒活性ドメインが血管新生抑制因子として働くことを発見した。本プロジェクトで
vascular endothelial growth factor (VEGF)によるケモタキシス(chemotaxis)活性を抑
は,全く解明されていないヒトmini TrpRSの血管新生抑制機構を分子・原子レベルで明らかに
ることができるかどうか調べた。次に、各種生物 TrpRS のアミノ酸配列のアライメント
することに挑んだ。まず,ウシ,マウス,ゼブラフィッシュ,シロイヌナズナなどの各種生物
由来TrpRSの触媒活性ドメインを用いて,血管新生抑制能を解析した。具体的には,ヒト臍帯
結果をもとに、血管新生抑制能に重要なアミノ酸の候補を絞り込んだ。そして候補とな
血由来の血管内皮細胞
(HUVEC)を用いて,血管内皮細胞増殖因子vascular endothelial growth
factor(VEGF)
による ケ モ タ キ シ ス
(chemotaxis)活 性を 抑えることができるかどうか 調べた。
たアミノ酸の部位特異的アミノ酸置換体あるいはキメラ蛋白質を作製し、ヒト
TrpRS の
次に,各種生物TrpRSのアミノ酸配列のアライメントの結果をもとに,血管新生抑制能に重要
管新生抑制能に重要であるアミノ酸残基を特定し、ヒト TrpRS の血管新生制御機構を分
なアミノ酸の候補を絞り込んだ。そして候補となったアミノ酸の部位特異的アミノ酸置換体ある
いはキメラ蛋白質を作製し,ヒトTrpRSの血管新生抑制能に重要であるアミノ酸残基を特定し,
原子レベルで解明することを目指した。詳細な結果については投稿論文として発表予定
ヒトTrpRSの血管新生制御機構を分子・原子レベルで解明することを目指した。詳細な結果に
ある。
ついては投稿論文として発表予定である。
2. マウス 6 アミノ酸付加型TrpRSの発現量解析
2. マウス6アミノ酸付加型 TrpRS の発現量解析
マウスにおいては通常のfull-length TrpRS
(FL-TrpRS)の他に,ヒトとは異なるalternative
splicingが 起こり,C末
端に 6 つの ア ミ ノ 酸
(Cys-Phe-Cys-Phe-Asp-Thr-COOH)
が 付 加した
マウスにおいては通常の
full-length
TrpRS(FL-TrpRS)の他に、ヒトとは異なる
TrpRS
(SV-TrpRS)が産生されると報告された
(図1)。SV-TrpRSは脳組織と比較してES細胞
alternative splicing が起こり、C 末端に 6 つのアミノ酸(Cys-Phe-Cys-Phe-Asp-Thr-CO
において発現量が高いと報告されている。しかしながらSV-TrpRSについては最初の一報以降,
何も報告がされておらず,その発現制御や機能については不明である。そこで本研究では,マウ
が付加した TrpRS(SV-TrpRS)が産生されると報告された(図1)。SV-TrpRS は脳組織と
スSV-TrpRSの発現量を解析することを目的とした。
今回,マウスのES細胞,各組織,培養細胞におけるSV-TrpRSの発現をReal-Time
PCRによ
較して ES 細胞において発現量が高いと報告されている。しかしながら
SV-TrpRS につい
り解析した。
は最初の一報以降、何も報告がされておらず、その発現制御や機能については不明であ
まず,過去の報告の通り,マウスES細胞においてSV-TrpRSの発現量が高いことを確認した(図
2)
。また,SV-TrpRSの発現はES細胞の分化前後において変化しないことを明らかとした。さ
そこで本研究では、マウス SV-TrpRS の発現量を解析することを目的とした。
らに,SV-TrpRSはマウスのさまざまな組織で発現しており,特に肺,肝臓,子宮,及び,胚に
図1 マウスTrpRSの一次構造模式図
SV-TrpRSに特有なC末端アミノ酸配列を赤色で示した。
図1 マウス TrpRS の一次構造模式図
SV-TrpRS に特有な C 末端アミノ酸配
25
列を赤色で示した。
の発現誘導はヒトの場合のみ起こると考えられていたが、今回初めて、マウス肝癌
Hepa1-6 においても IFN-γ 添加により TrpRS の発現が上昇することも発見した。
図 2 RT-PCRによって検出したマウスの各組織におけるSV-TrpRSの発現量
図2 RT-PCR によって検出したマウスの各組織における SV-TrpRS の発現量
ハウスキーピング遺伝子の発現量で補正し,脳組織における発現量を 1
とした相対値で示した。すべて
3 回以上の独立した実験の平均値を示し
ハウスキーピング遺伝子の発現量で補正し、脳組織における発現量を
1 とした
ている。
対値で示した。すべて 3 回以上の独立した実験の平均値を示している。
おいてその発現が高いこと,その一方で脳組織ではSV-TrpRSの発現が非常に低いことを明らか
にした
(図 2 )
。また,従来インターフェロンγ
(IFN-γ)によるTrpRSの発現誘導はヒトの場合
のみ起こると考えられていたが,今回初めて,マウス肝癌細胞Hepa1-6においてもIFN-γ添加に
<発表論文>
よりTrpRSの発現が上昇することも発見した。
Miyanokoshi, M., Tanaka, T., Tamai, M., Tagawa, Y. and Wakasugi, K. (2013) Ex
<発表論文>
of the rodent-specific alternative splice variant of tryptophanyl-tRNA sy
Miyanokoshi, M., Tanaka, T., Tamai, M., Tagawa, Y. and Wakasugi, K.(2013)Expression
in murine
tissues
cells.
Scientific Reports
(Nature
Publishing
of the rodent-specific
alternative
splice and
variant
of tryptophanyl-tRNA
synthetase
in murine
tissues and cells. Scientific Reports(Nature Publishing Group)3, 3477.
本研究に関連して発表したおもな論文等
4
1)Miyanokoshi, M., Tanaka, T., Tamai, M., Tagawa,Y., and Wakasugi,
K.* Expression
of the rodent-specific alternative splice variant of tryptophanyl-tRNA synthetase in
murine tissues and cells. Scientific Reports 3, 3477(2013).(7ペ ー ジ)
(Wakasugi, K. is a
corresponding author)
2)Nakamoto, T., Miyanokoshi, M., and Wakasugi, K.* Crucial residues for angiostatic
activity of human tryptophanyl-tRNA synthetase. Manuscript in preparation.
26
Group)
▲
▲
一般課題/平成24年度-Ⅲ
4 新規エーラス・ダンロス症候群の発症機序の
解明-亜鉛イオンが関わる病気の理解と治療を目指
して-
昭和大学 歯学部口腔病態診断学講座 口腔病理学部門 兼任講師
深 田 俊 幸
本研究の意義,特色
報告者は,亜鉛トランスポーターZIP13の点変異に起因する新しい疾患「新規エーラス・ダン
ロス症候群」を発見しました。本研究では,病原性変異型ZIP13の分子基盤を明らかにして,「新
規エーラス・ダンロス症候群」
の発症機序の解明と治療法の開発を行うことを目標とし,生化学・
分子生物学・細胞生物学の手法を用いて研究を実施しました。その結果,病原性変異ZIP13タン
パク質はプロテアソーム系で分解されることが判明し,プロテアソーム系阻害剤でタンパク質量
と細胞内の亜鉛恒常性を回復させることに成功しました。すなわち,本研究によって新規エーラ
ス・ダンロス症候群の発症の分子基盤とその治療方法の開発方法を提示することができたと考え
ております。亜鉛の恒常性異常はアルツハイマー等の神経疾患,糖尿病,リウマチ,癌など,様々
な現代病や生活習慣病で認められます。本研究の成果は,これらの病気における亜鉛の役割の解
明と治療法開発に新たな示唆を与えるものと思われます。
実施した研究の具体的内容,結果
緒言
必須微量元素の一つである亜鉛恒常性の破綻は,成長の遅延・骨量の低下・皮膚の薄弱化や炎
症・神経疾患・味覚異常・生殖機能の低下等に関わることが知られている。最近になって,加齢
や適正な指導下にない食事ダイエットは体内亜鉛量が減少をもたらし,亜鉛恒常性の変化が様々
な病気に関わっていることが報告されている[1]。亜鉛恒常性の制御には亜鉛トランスポーターが
関与しており[2],それらが制御する亜鉛はシグナル因子(亜鉛シグナル)として機能することが示
されている[3,4]。報告者は亜鉛トランスポーターがマウスやヒトの全身成長に必要であり,それ
らの亜鉛シグナルが骨軟骨代謝/皮膚形成/歯牙形成/全身成長に関わることを示した[5,6]。
報告者等は,一連の研究の中で発見した新規エーラス・ダンロス症候群(脊椎手掌異形成型エー
ラス・ダンロス症候群 SDC-EDS:spondylocheiro dysplastic Ehlers-Danlos syndrome)を発
見し,当該患者にSlc39a13/Zip13遺伝子の点変異を同定した。Slc39a13/Zip13遺伝子は亜鉛トラン
スポーターZIP13タンパク質をコードし[2],骨芽細胞・軟骨細胞・繊維芽細胞などの間葉系細胞
27
に発現してゴルジ体から細胞質側への亜鉛輸送を担っている[5,7]。本申請研究では,病原性変異
ZIP13タンパク質の特徴について詳細に解析し,どのようにしてSDC-EDSが発症するのか,そ
の分子メカニズムを追究した。
現在までに, 2 種類の病原性変異ZIP13がSCD-EDS症例で報告されている:報告者等が発見
した
「第一膜ドメイン内の64番目のグリシンがアスパラギン酸に置換されたZIP13変異体(G64D
[5]
変異体)
」
と,
「第三膜ドメインの 3 つのアミノ酸(フェニルアラニン-ロイシン-アラニン)が欠損
[8]
した変異体
(ΔFLA変異体)
」
である。しかしながら,なぜこれらの病原性変異ZIP13が機能を失
うのか,当該疾患の発症メカニズムについては全く解明されていない。そこで,G64D変異体と
ΔFLA変異体について生化学・分子生物学・細胞生物学を主とする手法を用いて解析を実施した。
結果
1:病原性ZIP13タンパク質は細胞内で減少する
V5タグを付した野生型ZIP13
(WT-V5)と変異型ZIP13(G64D-V5,ΔFLA-V5)の発現プラスミ
ドを細胞に安定的に導入して細胞株を樹立し,それぞれのmRNA転写産物とタンパク質につ
いてRT-PCRとV5タグ特異抗体を用いて検出した。その結果,変異型ZIP13のmRNA発現量は
WT-V5のそれと差は認められなかったが,G64D-V5とΔFLA-V5タンパク質の発現量に著明な
減少が認められた
(図1A)
。
図1)病原性変異 ZIP13 はプロテアソーム
系で分解される。
A.病原性変異
ZIP13 の顕著な減少
図
1 病原性変異ZIP13はプロテアソー
野 生ム系で分解される。
型 ZIP13(WT-V5) と 変 異 型
ZIP13(G64D-V5,FLA-V5)を
HeLa 細胞に安
A.
病原性変異ZIP13の顕著な減少
定的に導入して、
それぞれのタンパク質に
野 生 型ZIP13
(WT-V5)と 変 異 型ZIP13
ついて V5 タグ特異抗体を用いた
(G64D-V5,ΔFLA-V5)
をHeLa細 Western
胞に
blotting
で検出した。
安
定 的に 導
入して, それぞれの タ ン パ
ク 質についてV5タ グ 特 異 抗 体を 用いた
B.病原性変異
ZIP13 を発現する細胞にお
Western
blottingで検出した。
ける亜鉛量の減少
B.
病原性変異ZIP13を発現する細胞にお
野 生 型 ZIP13(WT-V5) と 変 異 型
ける亜鉛量の減少
野
生 型ZIP13
(WT-V5)と 変 HeLa
異 型ZIP13
ZIP13(G64D-V5,FLA-V5)を
細胞に安
(G64D-V5,ΔFLA-V5)
をHeLa細 胞に 安
定的に導入して、それぞれの細胞内亜鉛量
定的に導入して,それぞれの細胞内亜鉛
を ICP-AES で検出した。
量をICP-AESで検出した。
C.
プロテアソーム阻害剤による病原性変
C.プロテアソーム阻害剤による病原性変
異ZIP13の回復
異 ZIP13 の回復
野
型ZIP13
WT-V5)と 変 と
異 型ZIP13
野生生
型 (ZIP13(WT-V5)
変 異 型
(G64D-V5,ΔFLA-V5)
を293T細
安
ZIP13(G64D-V5,FLA-V5)を 293T胞に
細胞に安
定的に導入して,プロテアソーム阻害剤
定的に導入して、プロテアソーム阻害剤
MG132で処理した後に,それぞれのタン
MG132 で処理した後に、それぞれのタンパ
パク質レベルについてV5タグ特異抗体
ク質レベルについて V5 タグ特異抗体を用
を用いたWestern
blottingで検出した。
いた Western blotting
で検出した。
28
図2)病原性変異 ZIP13(G64D-V5,および
A.病原性変異 ZIP13 の顕著な減少
野 生 型 ZIP13(WT-V5) と 変 異 型
ZIP13(G64D-V5,FLA-V5)を HeLa 細胞に安
定的に導入して、それぞれのタンパク質に
ついて V5 タグ特異抗体を用いた Western
2:病原性ZIP13を導入された細胞は亜鉛恒常性機能を喪失する
blotting で検出した。
V5タグを付した野生型ZIP13
(WT-V5)と変異型ZIP13(G64D-V5,ΔFLA-V5)の発現プラスミ
ドを導入して作製した細胞株を用いて,変異型ZIP13に起因する細胞内亜鉛量の変化をIPC-AEC
B.病原性変異 ZIP13 を発現する細胞にお
ける亜鉛量の減少
(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)とFACSによって測定した。そ
野 生 型 ZIP13(WT-V5) と 変 異 型
の結果,野生型ZIP13
(WT-V5)を発現する細胞株に見られた細胞内亜鉛量の上昇は,変異型
ZIP13(G64D-V5,FLA-V5)を HeLa 細胞に安
定的に導入して、
それぞれの細胞内亜鉛量
ZIP13
(G64D-V5,ΔFLA-V5)
を発現する細胞では顕著に抑制されていた
(図1B)
。
を ICP-AES で検出した。
3:病原性変異ZIP13タンパク質はプロテオソーム系によって分解される
C.プロテアソーム阻害剤による病原性変
病原性変異ZIP13タンパク質の減少がタンパク質分解システムの亢進に起因するものか検討す
異 ZIP13 の回復
るために,プロテオソーム系やリソソーム系等を標的とする阻害剤を用いてタンパク質量の変化
野 生 型 ZIP13(WT-V5) と 変 異 型
ZIP13(G64D-V5,FLA-V5)を
293T
細胞に安
を精査した。具体的には,野生型ZIP13
(WT-V5)や変異型ZIP13
(G64D-V5,ΔFLA-V5)
の発現プ
定的に導入して、プロテアソーム阻害剤
ラスミドを安定的に導入して作製した細胞株を阻害剤で処理し,それぞれのタンパク質や亜鉛の
MG132 で処理した後に、それぞれのタンパ
ク質レベルについて V5 タグ特異抗体を用
量的変化をWestern blottingで検討した。その結果,プロテオソーム阻害剤MG132の処理によっ
いた Western blotting で検出した。
て変異型ZIP13タンパク質
(G64D-V5,ΔFLA-V5)は顕著に増加し(図1C),細胞内亜鉛量の回復
も認められた(図 2 )
。
図2)病原性変異 ZIP13(G64D-V5,および
FLA-V5)を発現した HeLa 細胞における細
胞内亜鉛に対するプロテアソーム阻害剤
の効果
A.亜鉛蛍光指示 FluoZin3 を用いた FACS
で細胞内亜鉛量を検出した。
(赤線:MG132 添加,青線:MG132 無添加)
図B.メタロチオネインプロモーターの亜鉛
2 病 原 性 変 異ZIP13
(G64D-V5,およ
び ΔFLA-V5)を 発 現したHeLa細
応答性レポータープラスミドを用いて、
胞における細胞内亜鉛に対するプ
細胞内亜鉛量の変化についてレポーター
ロテアソーム阻害剤の効果
アッセイを行った。
A. 亜鉛蛍光指示FluoZin3を用いたFACS
で細胞内亜鉛量を検出した。
(赤線:MG132添加,青線:MG132無添加)
B. メタロチオネインプロモーターの亜
鉛応答性レポータープラスミドを用い
て,細胞内亜鉛量の変化についてレポー
ターアッセイを行った。
考察
今回の検討結果から,膜ドメインに亜鉛トランスポーターファミリー間で保存されているアミ
ノ酸に対して生じた変異はZIP13タンパク質の安定性には致命的であり,このような変異はプロ
3
テオソーム系のタンパク質分解を介して発現量を減少させ,結果的に細胞内亜鉛量の制御機構が
破綻したと示唆された。プロテオソーム阻害剤MG132処理によって得られた結果は,医薬品と
29
して用いられているBortezomibでも同様に得られた。「病原性変異ZIP13は亜鉛透過能力を保持
しているのか」
「どのプロテオソーム関連薬剤が本疾患の実質的な候補治療薬になりうるのか」に
ついてはまだ明確な結論を導くに至らず,今後の重要な検討課題である。
謝辞
本研究によって亜鉛イオンの恒常性異常がもたらす難治性疾患の新しい発症メカニズムと重要
な研究指針を得ることができました。本研究内容は現在論文投稿中であり,研究助成を頂きまし
た公益財団法人ライフサイエンス振興財団に深く感謝申し上げます。
参考文献
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8.Giunta C, Elcioglu NH, Albrecht B, Eich G, Chambaz C, et al.(2008)Spondylocheiro
dysplastic form of the Ehlers-Danlos syndrome-an autosomal-recessive entity caused by
mutations in the zinc transporter gene SLC39A13. Am J Hum Genet 82: 1290-1305.
本研究に関連して発表したおもな論文等
Molecular pathogenesis of Spondylocheirodysplastic Ehlers-Danlos syndrome caused by
mutant ZIP13 proteins EMBO Molecular Medicineに投稿済み(現在リバイス中)
30
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一般課題/平成24年度-Ⅲ
5 多嚢胞性卵巣症候群患者に対するアクチン
重合化剤を用いた卵胞発育誘導による不妊
治療法の開発
聖マリアンナ医科大学 医学部 産婦人科 准教授
河 村 和 弘
本研究の意義,特色
多嚢胞性卵巣症候群
(PCOS)は5-10%の女性に発症する頻度の高い疾患で,排卵障害のため不
妊を呈する。卵巣内の卵胞は発育を停止し,発育途中の小卵胞が多数認められる。
我々はこれまで,Hippoシグナル経路が卵胞発育を負に制御していることを見出した。そこで
本研究では,PCOS患者の新たな排卵誘発方法の開発を目標に,ヒト卵胞発育誘導にHippoシグ
ナル抑制が有用かを検討した。
実施した研究の具体的内容,結果
Hippoシグナルは細胞増殖や生存を制御する重要なシグナルであり,細胞同士の接着が障害さ
れると不活性化する。通常は転写因子であるYAPはHippoシグナルにより核移行が抑制されて
いるが,組織・細胞が破壊され細胞接着がなくなるとHippoシグナルが抑制され,YAPは核内
転写因子としてCCN成長因子などの産生を促進し,細胞増殖がおこり組織が修復される。我々は,
マウスの卵巣を小片に分割することで,Hippoシグナル経路が抑制され卵胞発育が促進されるこ
とを明らかにしていた。
これまでPCOSの治療法として,卵巣を楔状に切除する方法や,レーザーで多数の小孔をあけ
る外科的治療により,卵胞発育が回復して排卵がおこることが知られていた。しかし,なぜこの
治療法により排卵が回復するのかは不明であった。この卵巣を傷つける行為はHippoシグナルの
抑制につながり,
CCN成長因子による卵胞発育がおこると推測される。そこで,以下の研究を行っ
た。
1)ヒト卵巣におけるHippoシグナル関連分子の発現
IRBの承認と同意を得た卵巣摘出患者より一部の卵巣組織を採取し,RNA抽出を行った。一
部の組織はブアン固定後に免疫染色に用いた。real-time RT-qPCRの結果,Hippoシグナル関連
分子
(MST1/2, SAV1, LATS1/2, YAP, TAZ)は全て卵巣に発現を認めた。また,これらのHippo
シグナル関連分子は卵巣内の卵胞組織中の顆粒膜細胞および卵子に発現が局在していた。
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2)組織に割を入れることによるHippoシグナル抑制とCCN成長因子の発現増加
ヒト卵巣組織を1-2mm四方に小断片化し,cell culture insertに静置し,組織培養を行った。培
養後に組織を回収し,ブアン固定後に免疫染色を行い,YAPの細胞内局在を検討した。その結果,
YAPの核内移行を認め,Hippoシグナルの抑制が確認された。さらに経時的に回収した培養卵
巣 組 織からRNAを 抽 出してreal-time RT-qPCRを 行い,CCN成 長 因 子(CCN2, CCN3, CCN5,
CCN6)
の発現を確認したところ,全てのCCN成長因子の発現増加を認めた。
3)組織に割を入れることによる卵胞発育の誘導
ヒト卵巣組織を小断片化して体外培養を行い,培養前後の検体で各発育段階の卵胞を組織学的
に計測し,卵胞発育の誘導効果の有無を調べた。種々の方法を試みたが,体外培養でヒト卵巣を
長期間培養することは困難であったため,生体内では卵胞発育がみられない,早発閉経患者の卵
巣をIRBの承認と患者の同意を得て試験に用いた。残存卵胞の有無を確認するために生検した卵
巣組織の一部を小断片化し,重症免疫不全マウスの腎皮膜下に移植した。経時的に移植した卵巣
を採取し,組織検査にて各発育段階の卵胞の分布を調べたところ,小断片化して移植した卵巣で
は,初期卵胞の発育が誘導され,発育卵胞を認めた。さらに,重症免疫不全マウスに卵子成熟と
排卵を誘起するhCGを投与して組織学的に検討したところ,移植した卵巣小断片内で発育した
卵胞内の卵子の75%は成熟卵子となった。また,卵子を取り巻く卵丘細胞は,全ての成熟卵子を
含む胞状卵胞で排卵性変化である膨化反応を呈していた。
Hippoシグナルの抑制には細胞間接着に関わるアクチンの重合(G-アクチンのF-アクチンへの
変化)が関与することが明らかにされつつある。そこで,マウスを用いた実験により以下の点を
明らかにし,アクチン重合化剤を用いたHippoシグナル抑制による卵胞発育誘導剤の開発の可能
性を検討した。
4)卵巣組織の小断片化によるアクチン重合促進効果
マウス卵巣組織を小断片化して組織培養を行い,経時的に組織のG-アクチンおよびF-アクチ
ン含量をF-actin/G-actin in vivo assay kit
(Cytoskelton)を用いて定量した。アクチンは温度変
化によっても重合化がおこるので,蛋白抽出の際には37℃での操作を行った。培養後,F-actin
は一過性の増加を示し,F-actin/G-actin ratioは培養後1時間で最大となった。また,細胞質内に
局在するリン酸化型YAPが減少し,YAPの核内移行を認め,さらにその下流であるCCN2成長
因子の増加を認めた。
5)アクチン重合化剤による卵胞発育誘導
アクチン重合化剤の1つである海綿動物由来のJasplakinolide(JASP)を用いて,マウス卵巣組
織培養においてCCN成長因子の発現増加の有無,および卵胞発育誘導の有無を検討した。マウ
ス卵巣組織培養系において,JASPの添加培養により,F-actinが増加し,F-actin/G-actin ratio
が増大した。さらに,JASPにより,YAPの核内移行とCCN2成長因子の増加を認めた。JASPの
添加培養後に卵巣を回収し,卵巣重量を測定したところ,JASP処理群では卵巣重量が卵胞発育
のため増加し,その効果は卵巣の断片化と同等であった。卵巣組織をブアン固定し,組織学的に
各発育段階の卵胞数を測定し,卵胞の組織プロファイルを調べたところ,初期卵胞の発育が促進
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されていることが明らかとなった。さらに,腹腔内および卵巣窩にJSAPを注入してin vivoにお
ける卵胞発育誘導の有無を調べた。
全てのJASP投与量においてマウスに重篤な副作用を認めなかったが,腹腔内投与では有効な
卵胞発育誘導効果は得られなかった。卵巣窩への注入ではより高濃度のJASPを投与可能であり,
卵胞発育誘導効果が得られた。
以上の研究成果から,ヒト卵巣においても卵巣断片化によるHippoシグナル抑制により初期卵
胞の発育が誘導されることが明らかとなった。また,JASPのようなHippoシグナルを抑制する
物質を投与が,PCOS患者の新たな排卵誘発方法となる可能性が示唆された。
本研究に関連して発表したおもな論文等
1)Kawamura K, Kawamura N, Okamoto N, Manabe M. Suppression of choriocarcinoma
invasion and metastasis following blockade of BDNF/TrkB signaling. Cancer Med, 2, 849861, 2013.
2)Nishijima C, Kawamura K, Okamoto N, Sato Y, Kawamura N, Ishizuka B, Tanaka M,
Suzuki N. Regulation of preimplantation embryo development in mice by FMS-like
tyrosine kinase ligand. Journal of Mammalian Ova Research, 31, 45-51, 2014.
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一般課題/平成24年度-Ⅲ
6 ヒト脳疾患のモデルとなりうるノックアウト
メダカの作製と性状解析
慶應義塾大学 先導研・ゲノムスーパーパワー
(GSP)
センター 特任助教
殿 山 泰 弘
本研究の意義,特色
報告者らは,脊椎動物モデルであるメダカ胚へのモルフォリノアンチセンスオリゴヌクレオチ
ド処理によって脳出血や水頭症といったヒト脳疾患に類似した表現型を示す機能未知遺伝子を既
に見出している。そして,これらの遺伝子の機能を明らかにすることは,脳形成機構および脳疾
患の発症機構を理解する上で極めて重要である。本研究の主な特色は,上記の遺伝子に対する変
異体作製を目的として,最新のゲノム編集技術であるTALENおよびCRISPR/Cas9システムを
用いる点にある。
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実施した研究の具体的内容,結果
報告者の所属する研究室では, これまで既知のドメインを持たない機能未知遺伝子をコード
するORFをヒトゲノムデータベースより抽出し, これをカオナシ遺伝子と名付けて機能解析を
目指してきた。カオナシ遺伝子の機能解析の一環として実施されたモルフォリノアンチセンス
オリゴヌクレオチドを用いたノックダウンスクリーニングによって, ヒト脳疾患と同様の表現
型を示す遺伝子
(KAOnashi-0185
(水頭症)
・KAOnashi-0108(脳内出血))を始めとして器官形
成に 関わる 可 能 性のある6種の 遺 伝 子
(KAOnashi-0012・KAOnashi-0041・KAOnashi-0074・
KAOnashi-0131)が見出された。これらの遺伝子の機能をより詳細に調べるため, 報告者は, まず
TILLING法によってこれらの遺伝子に対する変異体をいくつか得た。しかし, 詳細な解析の結果,
モルフォリノオリゴ処理胚と同様の表現型を示すものの, 意外にも遺伝型と表現型との間に相関
が見られなかった。そこで本研究において, 報告者らは, ヒト脳疾患に関わる可能性のあるものを
含む6種のカオナシ遺伝子に対するノックアウト変異体を作製するために, 後述のTALENおよび
CRISPR/Cas9システム導入の準備を新たに開始し, 若干の成果を得た。
この数年間で, 2 種類の新しいゲノム編集技術が立て続けに発明されたことにより, 医学・生
物学分野は, 転換期を迎えている。一つは2010年に報告されたTALEN(Transcription ActivatorLike Effector Nuclease)であり, もう一つは2013年に報告されたCRISPR/Cas9( Clustered
Regularly Intersparced Short Palindromic Repeats/Cas9)システムである。TALENは, 植物の
病原微生物Xanthomonasに由来するタンパクが有する塩基配列特異的な認識ドメインと制限酵
素FokIの塩基配列非依存的DNA切断ドメインを融合させた人工タンパク分子である。この認識
ドメインを改変したTALEN発現コンストラクトを作製し, 細胞/組織に導入すれば, 配列特異的
にDNAの切断が高頻度で生じる。一方, CRISPR/Cas9システムは, 真正細菌および古細菌の獲得
免疫のシステムを利用した技術であり, 標的配列と同配列のガイドRNAおよびCas9ヌクレアー
ゼを細胞内で同時に発現させることにより, 標的配列の切断が生じる。この切断されたDNAが非
相同末端再結合による修復を受けた際に, エラーが起こると塩基の欠失や置換が誘発され, 遺伝
子のノックアウトが引き起こされる。これらの新技術によって, これまでジーンターゲッティン
グ法が適応できなかったメダカを含む多くのモデル動物を使った遺伝子のノックアウトやノック
インが可能となった。
本研究において得られた主な成果として,(1)KAOnashi-0185およびKAOnashi-0108を含む 6
種のカオナシ遺伝子に対して各2対のTALENを作製し, 特にKAOnashi-0185に対するTALENに
ついては酵母を用いた 1 本鎖アニーリングアッセイにより, 標的遺伝子の切断活性を確認したこ
と。
(2)同遺伝子に対するCRISPR/Cas9の切断の際に必須であるガイドRNA用コンストラクト
を作製したこと。
(3)免疫組織化学的手法により, KAOnashi-0185が細胞内においてシスゴルジ
網の一部, およびその近傍の細胞内小器官に局在することを明らかにしたことの 3 つが挙げられ
る。その中でも, 最新のゲノム編集技術として注目されている技術の導入ができたことの意義は
特に大きいと報告者は考える。さらに, KAOnashi-0185と同様に, 機能欠損により水頭症様の表
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現型を示し, かつ, 細胞内においてシスゴルジ網近傍に局在する分子に該当するものは, これまで
に1種類しか報告されていないことから, この遺伝子の機能を明らかにすることによって, 新しい
脳形成に関する知見が得られる可能性が示唆された。以下に, 本研究の経過をゲノム編集技術の
導入と細胞内局在の 2 つに分けて記述する。
ヒト脳疾患に関わる可能性が示唆されたKAOnashi-0185およびKAOnashi-0108を含む 6 種の
遺伝子に対するTALEN
(17 repeats)を作製した後, RNAを合成し, 1細胞期のメダカへ注入した
後, ゲノムDNAを抽出し, 標的遺伝子座の配列を調べたがいずれも変異が見られなかった。そこ
で, 新たにTALリピートがより長い2対のTALEN(20 repeats)を作製して, 酵母を用いたSSAアッ
セイを行った結果, 合計4対のTALENの内, 2対のTALEN(17 repeatsおよび20 repeatsのTALEN
の各1対ずつ)で標的配列の切断活性が確認された。さらに, TALEN作製と平行して, 上記の遺伝
子を標的としたガイドRNA用コンストラクトも作製した。
ヒトKAOnashi-0185抗体による免疫染色の結果, KAOnashi-0185が強く発現しているヒト結
腸がん由来Caco-2細胞において, 細胞質に拡散する顆粒状の蛍光像が観察された。この蛍光像の
一部は, シスゴルジ網マーカーGM130の蛍光像の一部と共局在した。一方, 同シグナルは, ERマー
カーであるカルネキシン・初期エンドソームのマーカーEEA1・トランスゴルジネットワークの
マーカーTGN38のいずれの局在とも重ならなかった。これらのことから, KAOnashi-0185はER
とシスゴルジ網の間に存在する細胞内小器官に局在することが示唆された。
しかしながら, 本研究では最終的に変異体を作製し, その表現型を観察するところまで至らな
かった。その原因として, TALENの標的として将来的により多くの遺伝子を扱うことを想定し
ていたため, 複数のサブクローニングを一括で行えるGatewayテクノロジーを利用したTALEN
ベクターを採用したことが挙げられる。このベクターに含まれるヌクレアーゼFokIはヒトにお
いて効率的に発現するものに改良されていたため, メダカとのコドン使用頻度の違いにより, メ
ダカでは機能を発揮するのに十分な発現量が得られなかったことが考えられた。現在, メダカで
使用実績のあるベクターへのサブクローニングを急いで行っている。先述のとおり, 本研究を通
して, 脳におけるKAOnashi-0185の機能解析を行うことの重要性が高まったことから, この遺伝
子に対する変異体の表現型を観察することを直近の最優先課題として継続していきたい。
本研究に関連して発表したおもな論文等
第63回 ア メ リ カ 人 類 遺 伝 学 会 年 会
(2013.10.22-26 Boston Convention & Exhibition Center,
Boston,USA)
"Comprehensive analyses of the functional roles of KAO-NASHI genes in the
vertebrate organogenesis using medaka model"(2013.10.23 ポスター)
第44回日本発生生物学会年会
(2014.5.28-5.30 愛知県産業労働センター ウインクあいち)
"Functional Analyses of functionally unknown gene, KAO-NASHI during Organogenesis
using Medaka"
(2014.5.29 ポスター)
第67回日本細胞生物学会
(2014.6.11-2014.6.13 奈良県新公会堂)"メダカを用いた器官形成に関わ
る 2 種の機能未知
「カオナシ」
遺伝子の同定とその細胞内局在"(2014.6.13 ポスター)
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一般課題/平成24年度-Ⅲ
7 脳内の中枢シナプス結合と可塑性をコント
ロールする決定因子の解明
東京工業大学大学院 生命理工学研究科 准教授
鈴 木 崇 之
本研究の意義,特色
我々はショウジョウバエの視神経をモデルシステムとして,中枢シナプスを光学顕微鏡で簡便
に観察できることを発見した。これを糸口として,外界からの刺激に対するシナプスの可塑的変
化を検知できることも発見した。このことは,生体内で,自然な刺激に対してシナプスが短期間
に構造的な変化を起こす系を遺伝学的なツールが豊富なショウジョウバエにおいて発見できたこ
とを意味している。この系を用いて,外界からの刺激に対してシナプスに変化が起こるとき,後
シナプス側の神経の活性も必要であることが分かり,さらにそこからWNTと呼ばれるタンパク
質が分泌されることにより,前シナプス側のシナプス構造に指令を伝達していることが分かった。
記憶や学習に必須であるとされるシナプスの可塑的な変化の分子メカニズムを明らかにし,その
分子実体を明らかにした大変有意義な研究であると自負している。
実施した研究の具体的内容,結果
1)シナプス可塑性のメカニズムの同定
中枢シナプスは非常に小さく可視化が容易でないために,筋シナプスで分かっている事に比
べてその形成の分子メカニズムがほんのわずかしか解明出来ていない。我々は分子マーカー
Brp::GFPが視神経の中枢シナプスをコンフォーカル顕微鏡レベルで標識でき,非常に優れてい
ることを見出した。このシステムは生体内で簡便に中枢シナプス形成をモニターできる利点があ
り,特に筋シナプスでは分からなかった後シナプス側で働くシナプスオーガナイザーを探索する
事が出来る画期的なシステムである。さらに,申請者は,光を長時間ハエに当てることにより,
このシナプスの
(コンフォーカル顕微鏡でも見えるレベルで)構造的変化が起こることを明らかに
した。
まず我々は,シナプスの変化が具体的にどのようなものかを明らかにしようとした。決定的に
理解が進んだのは,結局BacBrpというシステムをアメリカの研究室から譲り受けたおかげだっ
た。それによると,普通の強さの光を 3 日間当て続けると,シナプスの数が減るということだっ
た。R8と呼ばれる視神経 1 本に通常35個のシナプスが形成されるが,光を当てると,これが25
個前後に減少する。シナプスの構成タンパク質を一つ一つ追跡すると, 4 種類中 2 種類は細胞質
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中に霧散して消失するのに対して,別の 2 種類はシナプスがあった部位に残存することが分かっ
た。外界の刺激に対して,シナプス構成タンパク質が各々対応し,その結果,シナプスが部分解
散する形で数が減ることが分かった。我々はこれをシナプス構成タンパク質の分子的リモデリン
グであると解釈した。ちなみに,この変化は可逆的であり,再び暗条件に戻すと半日で数が増え
35個に戻る。これは部分解散した残存タンパクを足掛かりにして再びシナプスを同じ場所に再構
築するものと思われる。
次に我々は,神経活性がどのようにしてシナプスの可塑性に必要であるのかを調べた。その結
果,視神経の後シナプス側である神経細胞が活性を持つことが前シナプス側に影響を与えること
に必須であることが分かり,後シナプス側から前シナプス側に何らかのシグナルが伝達されてい
ることが分かった。我々はそれが何なのか探索を行い,WNTと呼ばれる分泌タンパク質が後シ
ナプス側から分泌され,前シナプス側に伝わることを明らかにした。
この成果は論文にまとめられ,近日中に発表される予定である。
我々はこの研究成果によって,神経活動依存的な中枢シナプスの構造的可塑性を制御する分子
メカニズムに迫ったと考えている。シナプス可塑性の制御とその分子実体を同定したことは,こ
れをコントロールすることによって,シナプス可塑性を制御したり,神経変性疾患の症状を緩和
したり,応用することによって人に役立つ実用的な道筋がつけられたと言える。
2)シナプス特異性を決める分子
我々はシナプスの形成をモニターするツールも開発しており,それを使って,シナプスの形成
が異常となる遺伝子の探索を上のプロジェクトと同時並行で行った。ショウジョウバエには遺伝
子を一つ一つ不活性化することのできるRNAi系統という一連のコレクションがある。分泌また
は膜タンパク質の候補900遺伝子から頭部及び神経系でサナギ期に発現の強い200遺伝子を選ん
だ。それをアメリカ,オーストリア,日本のストックセンターから取り寄せ,視神経のシナプス
の形成数や位置が異常となるようなRNAi系統を探索した。その結果, 2 つの有力な遺伝子候補
を得ることが出来た。 2 つとも, 1 回膜貫通型タンパク質であり,細胞接着因子としてホモ接合
(それ同士で接着する)因子と予想される。候補のうち膜タンパクAはカドヘリン・ファミリーに
属するタンパク質であり,視神経軸索の投射が異常となり,それに加えてシナプスの分布が異常
となった。従来視神経の末端に集中するような分布を示すが,この変異体では軸索上均等に分布
するようになった。これはこの膜タンパク質Aが末端に集中分布させるようにシナプス形成を誘
導している可能性がある。ただ,この表現型は軸索の投射の異常を伴っているので,軸当社の二
次的な影響かもしれない。そこで,我々は膜タンパク質Aのコンディショナル・ノックアウトを
作成し,軸索投射が正常に起こった後,シナプスが形成されるまでの間に膜タンパク質Aをノッ
クアウトできるような染色体を作成することを試みた。これによって膜タンパク質の軸索に対す
る機能と,シナプス形成に対する機能を分離することが出来ると考えた。遺伝学的な技術を使っ
て膜タンパク質Aの遺伝子座にDNA二本鎖組換え配列を挿入し,コンディショナル・ノックア
ウト体を作成した。サナギ後期に膜たんぱく質Aをノックアウトすると,軸索は正常に投射する
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のに,シナプスは均等に分布し異常を示す個体を得ることが出来た。これによって膜タンパク質
がシナプス一の分布を制御するという新たな機能を有していることが明らかになった。今後は,
膜タンパク質Aの細胞内ドメインの役割,後シナプス細胞での役割,シナプス特異性がAによっ
てどのように制御されているのか詳細に解析しようと考えている。
2 つ目の候補遺伝子,膜タンパク質Bをノックダウンすると,羽化直後はあまり異常ではない
が,羽化後 7 日目でシナプスの分布が異常となり,軸索の広範な部分に分布する異常な表現型を
示す。このことから膜タンパク質Bはシナプスの維持に関係していることが疑われている。他の
文献からこのたんぱく質はグリア細胞にも発現があることから,もしかしたら,視神経とグリア
の相互作用に関与しており,シナプスの維持に役割を持っているのではないかと考えている。こ
れも詳細に解析を進めていきたい。もしそれが正しい仮説であったならば,視神経とグリアの相
互作用がシナプスの維持に関与しているという初めての知見であり,特にグリアの重要な役割に
注目を集める結果になるのではないかと期待している。
このように,シナプスの形成・可塑性を簡便に測定するシステムを開発したお蔭で,新たなタ
ンパク質の機能,ひいては新しい分子システムの発見につながっている。滞りなく研究を進めて
いくことによって,他の生物種でも発見されていないような新たな共通原理を解き明かしていき
たい。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Sugie A. Hakeda-Suzuki S. Suzuki E., Sillies M., Shimozono M., Moehl. C., Takashi Suzuki*
and Gaia Tavosanis* (2015) Molecular remodeling of the presynaptic active zone of
Drosophila photoreceptors via activity-dependent feedback. Neuron. In press.
* Co-corresponding authors
Organisti C, Hein I, Grunwald Kadow IC*, Suzuki T*. (2014). Flamingo, a seven-pass
transmembrane cadherin, cooperates with Netrin/Frazzled in Drosophila midline guidance.
Genes Cells. 2015 Jan;20(1):50-67. doi: 10.1111/gtc.12202. Epub 2014 Nov 30.
*Co-corresponding authors
Hein I, Suzuki T*, Grunwald Kadow IC*. (2013). Gogo receptor contributes to retinotopic
map formation and prevents R1-6 photoreceptor axon bundling. PLoS One. 8(6):e66868. doi:
10.1371/journal.pone.0066868. Print 2013.
*co-corresponding authors
Hakeda S, Suzuki T. (2013) Golden goal controls dendrite elongation and branching of
multidendritic arborization neurons in Drosophila. Genes Cells. 18(11):960-73. doi: 10.1111/
gtc.12089. Epub 2013 Aug 6.
Berger-Müller S, Sugie A, Takahashi F, Tavosanis G, Hakeda-Suzuki S, Suzuki T. (2013).
Assessing the role of cell-surface molecules in central synaptogenesis in the Drosophila
visual system. PLoS One. 8(12): e83732.doi: 10.1371/ journal.pone. 0083732. eCollection 2013.
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一般課題/平成24年度-Ⅲ
8 ノックアウトマウス
(KO)
を用いた血管形成
及び血管透過性制御
(血管恒常性維持)
にお
けるクラスII型PI3キナーゼC2αの病態生理
機能の分子メカニズム解明
金沢大学 医薬保健研究域医学系・血管分子生理学分野 助教
吉 岡 和 晃
本研究の意義,特色
PI3Kの研究は,これまでクラスI型酵素を中心に精力的に行われてきた。クラスI型PI3Kは増
殖因子によって活性化を受け,癌や糖尿病における関与が注目されている。一方,クラスII型
PI3KC2αに関しては,哺乳類動物個体レベルでの機能が全く不明であったが,申請者の属する
研究室では血管平滑筋収縮におけるPI3KC2αの役割を明らかにした。その後,PI3KC2α遺伝
子ノックアウトマウスを作成し,動物個体レベルでのPI3KC2α機能の解明に取り組む過程で,
PI3KC2αが血管新生過程の特に内皮細胞間接着に必須であることを発見した。PI3KC2αの血
管内皮機能の研究に取り組んでいる研究室は世界的に他になく,先行研究もない。本研究は極め
て独創的である。
実施した研究の具体的内容,結果
1.有効な解離性大動脈瘤発症プロトコールの確立と評価法の開発
様々な週齢
( 8 ~20週齢)
のPI3KC2αヘテロKOマウスに,異なる用量(0.5, 1.0, 1.5 mg/kg/day)
の血管障害性ぺプチドホルモン・アンギオテンシンIIを皮下に植え込んだAlzet 社製・浸透圧ミ
ニポンプ
(Osmotic Minipump #1002)を用いて投与し,マウスの生存を追跡した。 2 週間後,残
存マウスを解剖し,大動脈瘤の発症を形態学的により評価し,解離性大動脈瘤を高率に発症する
最適なマウス週齢とアンギオテンシンII投与量を以下に示す至適条件を決定した。
・ マウス週齢:8~12週齢
(老齢マウスを必要としない)
・ アンジオテンシンII投与量:1.0 mg/kg/day, 2週間投与 (合計14mg)
・ 浸透圧ミニポンプ:Alzet Osmotic Minipump #1002 (皮下留置)
上記条件でAngIIを投与したPI3KC2αヘテロKOマウスの47.9 %(23/48)が大動脈瘤を形成し(野
生型10.5%(5/44))
,30%のKOマウスが解離性大動脈の破裂による出血死を呈した。
現在用いられている代表的な解離性大動脈瘤モデルは,「ApoE-KOマウス動脈硬化モデル」で
あるが,このマウスに高濃度(1.5mg/kg/day)AngIIを浸透圧ミニポンプにより 4 週間慢性投与す
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ると,低頻度
(約20%前後)であるが腹部に解離性大動脈瘤を形成する。ApoE-KOマウスと比較
すると,PI3KC2αヘテロKOマウスの病態発症特性として以下の特徴が挙げられる。1)若年マ
ウスを使用,2)正常血中コレステロール値,3)低容量(33%減)AngII,4)短時間(50%減)投与,
5)約2倍の発症頻度,6)腹部のみならず胸部においても発症。従来法と比べ,PI3KC2αヘテ
ロKOマウスは安定的かつ高頻度で解離性大動脈瘤を形成する優れた動物モデルであると結論づ
けた。
2.解離性大動脈瘤形成の発症機序 PI3KC2αヘテロKOマウスの解離性大動脈瘤形成の発症機序を詳細に解析した。
a)
大動脈内腔側の内皮接着構造を抗VEカドヘリン抗体によるホールマウント免疫染色により
観察した結果,PI3KC2αヘテロKOマウスにおいて,内皮間接着構造が野生型と比べて著し
く異常を呈していた。
b)
上記内皮構造の異常を反映するように,エバンスブルー色素を用いたマイルズ法血管透過
性評価の結果,AngII投与によりPI3KC2αヘテロKOマウスの大動脈は野生型と比べて,血管
透過性が約 2 倍亢進していた。
c)
抗Mac3抗体
(マクロファージ・マーカー)を用いた大動脈標本の免疫染色の結果,PI3KC2
αヘテロKOマウス大動脈壁では,野生型と比べてMac3陽性マクロファージが有意に浸潤し
ていた。
d)
炎症性マクロファージは血管炎部位でコラーゲン分解酵素マトリックス-メタロプロテアー
ゼ
(MMP)を産生することが知られている。実際にPI3KC2αヘテロKOマウス大動脈壁では,
MMP-2及び-9の酵素活性が顕著に亢進し,それに伴う動脈壁構造の破壊(弾性繊維の断裂等)
が観察された。
以上の結果から,PI3KC2αヘテロKOマウスで発症する解離性大動脈瘤形成は,血管内皮細
胞の障壁機能異常を起因とする血管炎を呈している点で,非常にヒト疾患と類似している。実験
モデルマウスとしても従来法より約2倍の頻度で発症することからも有用と考えられ,当該実
験目標を十分達成できたと言える。本研究において得られた成果は,血管健全性維持における
PI3KC2αの生理的役割をマウス個体レベルで明らかにしたことである。PI3KC2α酵素は,解
離性大動脈瘤に留まらず,粥状動脈硬化をはじめとした腫瘍血管新生,虚血後血管新生,血管透
過性異常などの血管病態に深く関わる可能性が高く,新たな治療,創薬のターゲットとして注目
に値する。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Sho Aki, Kazuaki Yoshioka, Yasuo Okamoto, Noriko Takuwa and Yoh Takuwa,
Phosphatidylinositol 3-Kinase Class II α-Isoform PI3K-C2α Is Required for Transforming
Growth Factor β-induced Smad Signaling in Endothelial Cells. The Journal of Biological
Chemistry, 290, 6086-6105 (2015).
40
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一般課題/平成24年度-Ⅲ
9 細胞老化に着目したがん微小環境構築原理
の遺伝学的解析
京都大学大学院 生命科学研究科 教授
井 垣 達 吏
本研究の意義,特色
がんの発生やその進展過程において,がん微小環境は重要な役割を果たす。しかし,このよう
ながん制御の時空間的な
「場」を規定する因子やその分子基盤はいまだ不明である。本研究では,
がん制御の場を構築・制御する因子として細胞老化に着目する。細胞老化を介して“非自律的”に
周辺組織の腫瘍悪性化が起こる機構をショウジョウバエ遺伝学により明らかにし,その人為的制
御法の確立を目指す。
実施した研究の具体的内容,結果
我々はこれまでに,ショウジョウバエ上皮において,がん遺伝子Rasの活性化とミトコンドリ
アの機能障害
(※いずれもヒトのがん組織において高頻度に認められる)を同時に起こした細胞
(RasV12/mito -/- 細胞)が,がん抑制経路Hippo経路の抑制を介して炎症性サイトカインUnpaired
(Upd;ショウジョウバエIL-6ホモログ)を産生・放出し,その周辺の良性腫瘍に増殖能および浸
潤・転移能を付与することを見いだしてきた
(Ohsawa et al., Nature, 2012)。
本研究ではまず,RasV12/mito -/- 細胞がUpdを発現・受容するにもかかわらず自身は増殖しな
いことに着目し,そのメカニズムを遺伝学的に解析した。その結果,RasV12/mito -/- 細胞が細胞老
化に特徴的な各種マーカー
(Senescence-associated β-galactosidase(SA-β-gal)活性の上昇,
Cdk阻害因子p21/p27のホモログ分子Dacapoの発現上昇,核DNAのヘテロクロマチン化)を発
現していることが分かった。これは,無脊椎動物において細胞老化現象を見いだした初めての例
となった。さらに解析を進めた結果,これらの細胞老化マーカーの発現は,哺乳類細胞で見られ
るのと同様に,Rasシグナルの活性化のみで引き起こされることが分かった。
一般的に細胞老化を起こした細胞は,細胞周期を不可逆的にGl期で停止している。ところが,
ショウジョウバエ成虫原基に誘導したRas活性化細胞集団は,上記の各種細胞老化マーカーが陽
性になるにもかかわらず,細胞周期を停止していなかった。興味深いことに,Ras活性化に加え
てミトコンドリア機能障害を同時に起こした細胞集団を成虫原基に誘導した場合には,細胞周
期をGl期で停止していることが分かった。さらに,RasV12/mito -/- 細胞はDNA damage response
(DDR)
,細胞の肥大化,およびSASP
(Senescence- associated secretory phenotype;細胞老化
41
を起こした細胞が炎症性サイトカイン等の分泌因子を産生する現象)という,細胞老化の一連の
表現型を呈するが,Rasシグナルのみを活性化した細胞集団はこれらのマーカーは陰性であるこ
とが分かった。これらのデータから,Rasシグナルの活性化は一部の細胞老化マーカーの発現を
誘導するのみであるが,Ras活性化に加えてミトコンドリア機能障害が起こると初めて完全な細
胞老化現象が引き起こされると考えられた。
このRasV12/mito -/- 細胞集団の細胞老化モデルを利用して,各細胞老化マーカーの遺伝学的上下
関係を解析した。その結果,RasV12/mito -/- 細胞の肥大化はヘテロクロマチン化やROS産生に依存
しているが,
JNKシグナルには依存しないことが分かった。JNKの活性化はSASP(Upd発現誘導)
に必須であることから,細胞の肥大化はSASP誘導に必要でないと考えられた。
次に,RasV12/mito -/- 細胞においてSASP誘導に必要な細胞老化マーカーを解析した結果,細胞
周期の停止という現象が重要な役割を果たしていることが分かった。RasV12/mito -/- 細胞におい
て,p21/p27/Dacapoの機能に括抗するCyclin E
(CycE)を過剰発現させると,RasV12/mito -/- 細胞
内でUpd発現誘導およびJNK活性化が抑制され,周辺細胞の増殖促進が強く抑制された。一方で,
ROS産生に伴う酸化ストレスは影響を受けないことが分かった。すなわち,RasV12/mito -/- 細胞の
SASP誘導において,細胞周期停止がROSの下流かつJNK活性化の上流で機能していると考えら
れた。
そこで,Ras活性化と細胞周期停止を同時に人為的に引き起こすことでSASP誘導および周辺
細胞の増殖促進が引き起こされるかどうかを解析した。その結果,Rasの活性化とcycE変異をも
つ細胞
(RasV12/cycE -/- 細胞)において,JNKシグナルの活性化とUpd発現誘導が起こり,その周辺
細胞の過剰増殖が引き起こされることが分かった。さらに,この周辺細胞の過剰増殖は,RasV12/
cycE -/- 細胞内でJNKシグナルを阻害したりHippo経路を活性化したりすることで強く抑制される
ことが分かった。これらの結果から,RasV12/cycE -/- 細胞クローンはRasV12/mito -/- 細胞クローンと
同様にJNK-Hippo経路を介してSASPを誘導すると考えられた。さらに興味深いことに,JNK
活性化と細胞周期停止は互いを増幅し合うポジティブフィードバックループを形成していること
も分かった。
さらに,RasV12/mito -/- 細胞が細胞周期を停止させるメカニズムの解析を行った結果,RasV12/
mito -/- 細 胞ではp53の 標 的 遺 伝 子であるreaperの 発 現が 強く 誘 導されていることが 分か った。
reaperの発現誘導はRasV12細胞あるいはmito -/- 細胞では起こらなかったこと,また,RasV12/mito -/細胞内でp53の発現レベルが上昇していたことから,RasV12/mito -/- 細胞ではp53活性が上昇してい
ると考えられた。そこで,RasV12/mito -/- 細胞においてp53遺伝子を抑制したところ,JNK活性化
および周辺組織の過剰成長がいずれも抑制された。一方で,p53遺伝子の欠損はRasV12/mito -/- 細
胞の酸化ストレス誘導には影響を及ぼさなかった。さらに,RasV12およびp53を同時に過剰発現
する細胞
(RasV12+p53細胞)のクローンを複眼成虫原基に誘導すると,SASP誘導に伴う周辺細
胞の過剰増殖が引き起こされた。またこの周辺細胞の過剰増殖は,RasV12+p53細胞内でJNKシ
グナルを抑制,酸化ストレスを抑制,CycEを過剰発現,あるいはupd-RNAiを発現することで強
く抑制された。
42
以上の結果から,RasV12/mito -/- 細胞はp53の活性上昇およびDacapo-CycE経路を介してJNKシ
グナルを強く活性化し,これがRasシグナルと協調することでHippo経路抑制を介したSASPが
誘導されることが分かった
(Nakamura et al., Nat.Commun., 2014)。このことは,Rasシグナルを
活性化したがん原性細胞がさらなる突然変異によりミトコンドリア機能障害を引き起こすことで
細胞老化が起こり,SASPを介して周辺組織の腫瘍化・がん化が促進するという現象の存在を示
唆している。細胞老化はがん遺伝子の活性化やDNA損傷など様々なストレスにより引き起こさ
れる普遍的な現象であり,最近では細胞老化を起こした細胞により誘導される SASPのがん進展
における役割が注目されている。本研究は,
無脊椎動物においても細胞老化現象が存在すること,
また,SASPを介した腫瘍悪性化現象が進化的に保存されていることを見いだすとともに,その
分子メカニズムを生体レベルで明らかにしたものであり,今後のがん研究・細胞老化研究に大き
く貢献するものと期待される。
本研究に関連して発表したおもな論文等
Nakamura M, Ohsawa S, Igaki T“Mitochondrial defects trigger proliferation of neighbouring
cells via senescence-associated secretory phenotype in Drosophila”Nature Communications,
5:5264(2014)
43
●国際会議開催への助成
ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
当財団は事業の1つとしてわが国で開催される国際会議開催
への助成を行っています。
以下は平成26年度中に提出された国際会議開催への助成に係
る報告の概要です。
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ララララララララ
平成26年度
ララララララララ
国際会議/平成26年度
1 第22回マクロファージ分子細胞生物学国際
シンポジウム
開催時期:2014年6月2日
(月)
~3日
(火)
開 催 地:神戸商工会議所
(兵庫県神戸市)
兵庫医療大学 薬学部 生体防御学 教授 田中稔之からの報告
本会議の意義,特色
本会議はマクロファージと関連する細胞に焦点をしぼり,年ごとのテーマを定めて討論を進め
る小規模で密度の濃い国際シンポジウムである。近年のマクロファージに関する研究は,感染防
御にとどまらないマクロファージの機能を次々に明らかにしている。
本シンポジウムはこのような学術的背景を踏まえ,国内外からマクロファージ研究の世界的な
トップランナーを招聘し,若手研究者を含む参加者との活発な意見交換と人的な国際交流を支え
る絶好の機会となっている。
会議の具体的内容,結果
本シンポジウムでは,メインテーマを
「Macrophages in tissue homeostasis and disease(マ
クロファージによる組織の恒常性維持と疾患)
」と定め,海外から 6 名・国内から15名の気鋭の研
究者を講演者として招聘し,以下に示す4つのセッションを通じて,2 日間にわたり議論を深めた。
また,あわせてランチタイムスペシャルレクチャーおよび参加者によるポスターセッションを
実施した
(プログラムの詳細は,シンポジウムホームページ http://www.huhs.ac.jp/studygroup/
mmcb2014/index.html を参照ください)
。
44
セッション 1:
「Development and Function(マクロファージの分化と機能)」:
最近の研究から,組織常在型のマクロファージが胎生期に分化を遂げ,成体においても組織
の恒常性維持に重要な役割をはたすことが明らかにされている。本セッションでは, 3 名の海外
研究者と 2 名の国内研究者による講演が行われた。このうち,Florent Ginhoux 博士(Singaple
Immunology Network, Singapole)は,遺伝子改変マウスを用いた個体レベルの解析を通じて,
組織常在型マクロファージの胎生期の発生機構やその機能的な特性について報告した。この他
に,橋本大吾博士
(北海道大学)は組織常在型マクロファージと血液中の単球の関連について,
Alexander Mildner 博士
(Weizmann Institute of Science, Israel)は,代表的な組織常在型マク
ロファージである神経系に局在するミクログリア細胞と腸管マクロファージの機能的な対比な
どについて報告した。また,Michael Sieweke 博士(Centre d'Immunologic Marseille-Luminy,
France)
は,組織マクロファージの自己複製機構について,小内伸幸博士(東京医科歯科大学)は,
形質細胞様樹状細胞の分化経路について報告した。
セッション 2:
「Innate Recognition and Metabolism(自然認識と代謝)」:
自然免疫系による内因性リガンドの認識が代謝調整に重要な役割をはたすことが明らかにさ
れつつあり,特に肥満などの代謝異常や組織の老化などにおけるマクロファージの役割が注目
されている。本セッションでは, 2 名の海外研究者と 3 名の国内研究者による講演が行われた。
このうち,Vishwa Deep Dixit 博士
(Yale School of Medicine, USA)は,内因性リガンドによ
るNalp3 inflammasome の活性化を介するシグナルが,個体レベルの老化現象と密接に関連す
ることを報告した。この他に,熊ノ郷淳博士
(大阪大学)はNalp3 inflammasome によるミトコ
ンドリアDNAの認識と疾患の関連について,斎藤達哉博士(大阪大学)は微小管を介するNalp3
inflammasome の機能制御などについて報告した。またAnthony W. Ferrante Jr. 博士(Columbia
University, USA)は,脂肪組織における免疫細胞の意義について,宮崎徹博士(東京大学)は生
体内の異物・不要物の新しい排除機構について報告した。
Session 3:
「Inflammation, Immunity and Diseases(炎症・免疫応答と疾患)」:
生理学的手法から生体イメージングに至る多彩な技術を用いた解析から,組織常在型のマクロ
ファージが組織に固有の特性をもち,組織の恒常性維持に深く関与することが明らかにされつつ
ある。また,組織常在型マクロファージは炎症・免疫応答を通じて,様々な疾患に深く関与して
いる。本セッションでは,Paul Kubes 博士
(University of Calgary, Canada)が急用により不参
加となったため, 4 名の国内研究者による講演が行われた。井上和秀博士(九州大学)は神経障害
性疼痛制御に深く関与する脊髄の活性化型ミクログリアの特性について,竹中克斗博士(九州大
学)は,CD47-SIRPA系を介する貪食作用の抑制の生理的役割と疾患の成立における意義につい
て報告した。また,椛島健治博士
(京都大学)
は皮膚免疫応答における細胞動態の制御と細胞間相
互作用の動的な解析結果について,石井優博士
(大阪大学)は骨環境における破骨細胞の機能的な
特性や肥満マウスの脂肪組織に現れるマクロファージについてライブイメージングを用いた解析
45
結果を報告した。
Session 4:
「Tumor Microenvironment(癌微小環境とマクロファージ)」:
発がんと慢性炎症は深く関連し,発がんにおける炎症性マクロファージが重要な役割を担う。
一方,増大した癌組織には特徴的な癌微小環境が形成され,免疫応答を抑制する腫瘍関連マクロ
ファージ
(Tumor-associated macrophage: TAM)の意義が注目されている。本セッションでは,
1 名の海外研究者と 4 名の国内研究者による講演が行われた。
Van Ginderachter 博士
(VIB-Vrije
Universiteit Brussel, Belgium)は,表現型の異なる 2 種のTAMサブセットが低酸素状態の腫
瘍組織に見られることを報告した。また,Phd2(+/-)マウスにおいても野生型マウスと同様に
TAMが誘導されることから,低酸素状態がTAMを直接誘導する可能性については否定的な見解
を示した。この他に,大島正伸博士
(金沢大学)
は遺伝子改変マウスを用いた消化器発がんモデル
において,発がんの早期およびがんの悪性化の各段階におけるマクロファージの役割について,
竹屋元裕博士
(熊本大学)はヒト癌組織に見られるマクロファージの特性と予後の関連やTAM形
質の獲得におけるシグナル伝達系について報告した。また,飯田宗穂博士(金沢大学)は,腸管の
正常細菌叢が自然免疫細胞を制御して抗腫瘍免疫および抗癌剤に対する感受性に影響を及ぼすこ
とを,藤井眞一郎博士
(理研)
は人工アジュバントベクター細胞を用い,自然免疫と獲得免疫を連
携させる抗腫瘍ワクチンの開発と臨床応用への展開について報告した。
ランチタイムスペシャルレクチャー:
マクロファージ研究に深く関連する研究分野からホットなトピックスを取り上げ, 2 名の国
内研究者による講演を行った。本田賢也博士
(理研)は腸内細菌による免疫制御について講演し,
炎症性疾患と特に関連の深い TregおよびTh17の誘導における腸内細菌叢の役割について言及し
た。山崎晶博士
(九州大学)はCタイプレクチン受容体による微生物由来成分の認識について講演
し,Cタイプレクチン受容体のアジュバント認識における意義について討論した。
ポスターセッション:
ポスドク・大学院生らの若手研究者を中心に31題のポスター発表が行われた。 招聘講演者
および研究会役員による投票により,若手研究者による 3 題の優秀なポスター発表を選出し,
Young Investigaotr Award として表彰した。
2 日間のシンポジウム全体を通じて,和やかな雰囲気の中,最新の研究成果に関する講演と活
発な討論が行われた。シンポジウムはマクロファージ分子細胞生物学研究会会長・松島綱治博士
(東京大学)
による閉会宣言により締めくくられた。
最後に,本シンポジウムの開催にあたり,ご支援を賜りました公益財団法人ライフサイエンス
振興財団に改めて感謝申しあげます。
46
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国際会議/平成26年度
2 The 2nd International Conference of D-Amino
Acid Research
(第 2 回D-アミノ酸国際学会)
開催時期:2014年 9 月 2 日
(火)
~5日
(金)
開 催 地:栃木県宇都宮市 栃木県総合文化センター
国際医療福祉大学 薬学部 教授 金野柳一からの報告
本会議の意義,特色
D-アミノ酸は非天然型のアミノ酸とみなされた時代もありましたが,分析機器・方法の進歩
により,高等生物にも存在し,重要な生理機能を担っていることがわかってきました。D-アミ
ノ酸の研究は,主としてわが国の研究者により開拓され,現在も日本が国際的に研究をリードす
る立場にあります。第 1 回D-アミノ酸国際学会は, 5 年前に兵庫県淡路市の夢舞台国際会議場
で開催されました。この国際学会開催にあたりましてはライフサイエンス振興財団の援助を受
けました。第 1 回D-アミノ酸国際学会以降,D-アミノ酸の研究には飛躍的進展があり,新しい
事実も次々と明らかになり,研究手法や技術も著しく進歩しました。それに伴い,D-アミノ酸
の研究者数も著しく増加し,研究内容も多彩になってきました。このような背景に基づき,再び
世界中のD-アミノ酸研究者を集めて,第 2 回D-アミノ酸国際学会を開催することとなりました。
この国際学会を通して国境を越えた研究者間の連携を図り,この分野の更なる進展を期すること
ができると考えられます。また日本で開催することにより日本の若手の研究者も参加が可能にな
り,若手研究者の育成にも役立つと考えられます。
会議の具体的内容,結果
第 2 回D-アミノ酸国際学会
(The 2nd International Conference of D-Amino Acid Research,
略称:IDAR 2014)は平成26年 9 月 2 日から 9 月 5 日の 4 日間にわたり,栃木県宇都宮市の栃木
県総合文化センターで開催されました。
第 2 回D-アミノ酸国際学会では,著名な研究者を海外から19名と国内から11名を招待講演者
として迎えました。代表的な研究者として,Dr. Sweedler(University of Illinois,アメリカ),
Dr. Pollegioni(Universita degli Studi dell’
Insburia,イタリア),Dr. Truscott(University of
Wollongong, オ ー ス ト ラ リ ア)
,Dr. Kim(BioLeaders Corp, 韓 国),Dr. Wang(Shanghai
Jiao Tong University,中国)
,Dr. Reischl(University of Salzburg,オーストリア,),Dr. Lee
47
(Taipei Medical University, 台 湾)
,Dr. Ollivaux(Sorbonne Universites, フ ラ ン ス),Dr.
Wolosker(Technion-Israel Institute of Technology, イ ス ラ エ ル),Dr. Tsai(University of
California Los Angels,アメリカ)
,Dr. Balu(Harvard Medical University,アメリカ),Dr.
Usiello(Ceinge Biotechnolgie Avanzate,イタリア),Dr. Mothet(Aix-Marseille Universite,
フランス)
,Dr. de Belleroche(Imperial College London,イギリス),Dr. Billard(University
Paris Decartes,フランス)などがおります。この学会には海外11カ国(アメリカ,イギリス,フ
ランス,イタリア,オーストリア,ウクライナ,イスラエル,オーストラリア,中国,台湾,韓
国)
からの研究者32人と国内から150人を超える参加者がありました。
学会では招待講演30演題の他に,一般講演12演題,ポスター発表54演題があり,最新の研究成
果が発表され,活発な討議が行なわれました。その他に,奨励賞受賞講演2演題の発表があり,
スポンサード・シンポジウム 1 件
( 5 演題)と企業展示( 4 件)も行われました。そして優れた 6 演
題のポスター発表にはポスター賞が授与されました。
学会ではD-アミノ酸に関する多彩な研究成果が発表されました。研究対象は微生物からヒト
まで,研究分野も小さな分子から広大な宇宙まで,また基礎的研究から応用研究まで,そして生
命の起源からヒトの老化現象まで,さらにはヒトの疾患(統合失調症,筋委縮性側索硬化症,白
内障など)との関連などと多岐にわたり,食品中のD-アミノ酸や美容に関係する発表もありまし
た。中にはユニークな研究発表もあり,将来のイノベ―ションにつながるような研究発表もあ
りました。詳しくは添付しましたプログラム・抄録集をご覧ください。学会の成果は,Journal
of Pharmaceutical and Biomedical Analysis誌の特集号Recent Advances on D-Amino Acid
Researchに発表される予定です。
本学会については,参加者から有意義で満足度の高い学会であったとの高い評価を得ました。
また海外の研究者からは日本のD-アミノ酸研究の質の高さと研究の幅の広さに称賛の声ととも
に,学会運営のすばらしさにも賛辞が寄せられました。
学会では懇親会場だけでなく,学会会場全体が和気あいあいとした友好的な雰囲気に満ちてい
ました。会場のあちこちで国境や世代を超えた研究者間の交流がみられました。また若手研究者
も活発に発表・討議に参加し,積極的に海外の研究者と交流しておりました。若手研究者にとっ
て,海外の著名な研究者の研究成果を直接本人から聞くことができたこと,いままでは論文でし
か知らなかった海外の研究者とじかに話をする時間がもてたことは特に有意義だったと思われま
す。この経験が若手研究者の今後に役立つものと思われます。これらのことから若手研究者の育
成という学会のもうひとつの目的も十分に達成することができたものと考えています。
学会最後に,次回はイタリアとフランスの研究者が中心となり,イタリアで国際学会を開催す
ることが決定され,再会を約し,学会は成功裡に終了しました。
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第 2 回D-アミノ酸国際学会開催にあたり,多大なご援助を賜りました「公益財団法人ライフサ
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イエンス振興財団」
に深く感謝申し上げます。
国際会議/平成26年度
3 The 12th International Symposium on Cytochrome
P450 Biodiversity and Biotechnology
開催時期:2014年 9 月24日~ 9 月28日
開 催 地:京都市国際交流会館
大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 教授 太田大策
からの報告
本会議の意義,特色
本シンポジウムは第1回ベルリン大会以降,日,英,米,丁,伊,仏などで隔年開催され,今
回の京都大会が第12回となった。本シンポジウムでは,同時進行する複数セッションを設けず,
参加者全員が単一会場ですべての講演に参加し,多彩な研究分野への発展可能な学際的議論を
行ってきた。その結果,これまで多くの国際共同研究の実施と,様々なP450研究に関わる若手
研究者の育成に結びついた。2014年京都大会では,P450研究に重要貢献を果たしてきた国内外
の著名研究者や新進気鋭の若手研究者とともにゲノム新時代のP450研究の方向性を議論すると
ともに,人材育成の基礎と研究ネットワークの構築を目的とし,国内外から200名以上の参加者
による成功を収めることができた。
会議の具体的内容,結果
第12回 シ ト ク ロ ムP450生 物 多 様 性と バ イ オ テ ク ノ ロ ジ ー 国 際 シ ン ポ ジ ウ ム(The 12th
International Symposium on Cytochrome P450 Biodiversity and Biotechnology)を京都国際交
流会館に於いて,平成26年 9 月24日から28日までの 5 日間の日程で開催した。大会には17か国か
ら212名
(日本115名,アメリカ26名,イギリス16名,デンマーク17名,ドイツ 9 名,フランス 7
名,チェコスロバキア 7 名,イタリア 3 名,スイス 2 名,韓国 2 名,中国 2 名,カナダ,ニユー
ジーランド,エジプト,チュニジア,ブラジル,ベラルーシから各 1 名)が参加した。今回の京
都大会では,前回 2012年に開催されたトリノ大会(参加総数157名)から参加者数が大幅に増加し
た。さらに2004年に日本で開催された神戸大会
(参加総数150名,海外51名)と比較すると,海外
からの参加者が 2 倍となり,国際シンポジウムとして極めて活発なプログラムを成功させること
が出来た。
49
本シンポジウムの目的は,P450スーパーファミリー遺伝子の多様化と生物進化,タンパク質
構造と反応機構,産業応用などの最先端研究の動向を共有し,今後の研究展開に向けて多面的・
集中的に議論し,未来のP450研究の方向性を参加者全員で議論・共有することとし,合計11の
口頭発表セッション
(1. Biodiversity and Evolution by Gotoh and Nelson, 2. Insect P450 by
Feyereisen and Kataoka, 3. Plant P450 by Bohlmann, Mizutani, and Werck-Reichardt, 4, New
Biological Insight by Bak and Ohta, 5. Microbial and Fungal P450 I by Munro, Poulos and
Sugimoto, 6. Microbial and Fungal P450 II by Ichinose, Kelly and Urlacher, 7. Dynamics and
New Structural Insights by Montellano and Nagano, 8. New Functional Insights by Dawson,
Sliger and Shoji, 9. UGT-SULT by Negishi and Sakakibara, 10. Ecology and Bioremediation
by Bruce and Ishizuka, 11. Bioengineering by Bernhardt, Gilardi and Sakaki)とポスターセッ
ションから構成した。 これらのセッションにはそれぞれの研究領域で活躍する国内外の研究者
を座長として配した。各セッション口頭発表総数は63演題(招待講演が57題,ポスター発表から
の選抜演題が15題)とポスター発表103題となった。このうち学生のポスター発表は42題(国外か
ら21題)とポスドクのポスター発表は20題
(国外14題)であった。各セッション座長は,ポスター
発表から口頭発表への選抜の役割も担い,特に若手研究者,学生・大学院生の発表要旨を精査・
選抜を主眼として審査し,15題選抜した
(学生の口頭発表が 3 題,ポスドクの口頭発表が 3 題)。
また,ポスター賞選考委員会
(国際組織委員メンバーからOhta, Sakaki, Feyereisen, Bernhardt,
Nelson, Munro, Montellano, Werck-Reichardで構成)が学生・ポスドクのポスター発表から優
秀ポスターを選抜・表彰した
(学生表彰10件,ポスドク表彰 3 件。それぞれに対して表彰状と賞
金を授与した)
。
口 頭 発 表では, 日 本の 若 手 研 究 者であるJuri Hikiba, Ryusuke Niwa, Hirofumi Ichinose,
Osami Shoji,海外からの Thomas Laursen, Krutika Bavish, Alexander Schifrin, Sara
Thodberg, Bjorn Hamberger, Thomas Larusen, Megan Thielgesらの意欲的な研究成果発表は,
今後の本シンポジウムの基盤と将来の発展性を強く印象づけた。さらに,遺伝学的な研究を基に
した新規P450機能の探索に関わる研究報告など,新たなP450の研究方向性を示すものであった。
これらの研究に共通する特徴は,それぞれのP450の酵素化学的な性質が,生物間相互作用や進
化生物学的な考察の中に位置づけられるものであり,今後のP450研究がさらに発展することを
予感させる内容であった。生命科学はゲノム解析技術の進歩が原動力となって劇的な進展を遂げ
た。 P450研究もその例外ではなく,次世代シーケンサーの実用化と一般化によって,今後発見
される新規P450遺伝子数は膨大な数になることには疑問の余地はない。これらの新規P450遺伝
子は未知の生物学的役割を担うと同時に,未開拓の生体触媒としての利用が期待される。これま
で我国の研究者は,基礎と応用の両方でP450研究の中心的役割を果たしてきた。今後,メタボ
ロミクス研究に代表される代謝研究や抗生物質などの様々な生物由来の生理活性物質研究と情報
科学研究の融合によって,P450研究が若手研究者を中心としてさらに発展することを確信させ
るシンポジウムとなった。
50
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国際会議/平成26年度
4 第11回プロテインホスファターゼ国際カン
ファレンス
開催時期:2014年11月12日~14日
開 催 地:東北大学医学部艮陵会館
宮城県立がんセンター研究所 所長 島 礼からの報告
本会議の意義と特色
タンパク質のリン酸化は,キナーゼ
(リン酸化酵素)とホスファターゼ(脱リン酸化酵素)のバラ
ンスで制御されます。これまで,リン酸化の研究はキナーゼを優位に進められてきており,創薬
開発においても先行し,キナーゼを標的とした多くの優れた薬剤が開発されてきました。一方,
最近,ホスファターゼ研究が劇的に進み,それらの制御機構,疾患との関わりが次々と明らかに
され,次世代の分子標的薬として,ホスファターゼをターゲットとする創薬開発が大きく期待さ
れています。
日本は,ホスファターゼ研究の発祥の地の一つであり,現在も,トップレベルのグループが多
く活動し世界をリードしています。また,最近は,アジアのホスファターゼ研究者との連携も密
接となってきました。一方で,世界的に他の研究領域からのホスファターゼ研究への参画が盛ん
となっており,今後は,地域的にも,研究領域的にも,本研究分野のコミュニティーが拡大する
と考えられます。
我々,日本のプロテインホスファターゼ研究者は,これまでの強みを生かして,国際学会を継
続的に開催し,情報発信の中心地としてあり続ける必要があると考えます。特に,今回は,「プ
ロテインホスファターゼ “機能解析から臨床応用へ”」をテーマに開催し,この分野の世界の権
威が一同に会することで,新規薬剤開発へ繋げたいと考えました。
今回,以上の事を踏まえて,国際カンファレンスを開催することとしました。また,開催の地
の仙台は,4 年前震災で深い傷を負いました。研究環境もその例外ではありません。しかし,我々
は復興の中で営々と研究を継続させ,大きな成果をあげています。この学会を通じて,我々の現
在の姿を外国の方にも見ていただきたいと思いました。
会議の具体的な内容
発表形式:特別講演 2 題,口演42題,ポスター 19題
参加人数:170名
(うち海外からの参加者数30名,国内140名)
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各種セッションについて
1.特別講演:
(1)基調口演:過去20年にわたって,ホスファターゼ研究を,細胞周期の方面からリードされ
てきた柳田充弘先生から,ホスファターゼ研究の新たな展開,特に代謝に関する革新的か
つ刺激的なご講演を頂きました。
(2)震災関連の特別講演:今回の学会は,被災地での国際学会開催という意義があります。東
北大学災害科学国際研究所の江川新一先生から,研究者として日頃から災害について考え
ておかねばならないことについてレクチャーを受けました。特に震災に対しては世界中の
連帯が必要であるとのメッセージは,非常に明解でした。多くの外国からの研究者に大き
な感銘を与えたと思います。
2.各口演セッション
口演は,全部で 9 つのセッションから構成しました。外国からの招待口演を15題とし,それ以
外は抄録より27題を採用しました。それぞれのセッションの内容について,以下のように概説し
ます。
(1)ホスファターゼの制御: 5 題の発表があった。酵素活性が活性酸素で制御されること。酵
素がタンパクのメチル化で制御されること。酵素が制御タンパクにより制御されること。
に加え,癌悪性化
(治療抵抗性,転移)のメカニズムにホスファターゼ遺伝子のエピゲノム
制御があるという画期的な報告がなされました。
(2)ホスファターゼの構造と機能: 2 題の発表がありました。タンパクの翻訳を制御する新し
いホスファターゼが報告されました。チロシンホスファターゼの構造についての圧倒的な
口演が,新進気鋭の構造学者であるPeti博士からありました。
(3)
細胞内シグナルと,細胞外ストレスへの反応性:DNA傷害とホスファターゼの関係,キナー
ゼとホスファターゼの関係,リン酸化とタンパク分解との関係,核内ストレスとタンパク
分解等について,興味深い発表がありました。
(4)治療:現在,ホスファターゼを標的とする治療開発を行っている世界の権威3名による発表
がありました。まず,主たるがん抑制遺伝子の 1 つであるPP2Aホスファターゼを標的と
した新しいがん治療の可能性が報告されました。また,主たる細胞内の情報伝達機構の 1
つであるMAPKを標的とした新しい治療薬の同定について報告がありました。最後に,チ
ロシンホスファターゼ群が将来の治療の標的となることが示されました。
(5)
免疫:炎症に深く関わるホスファターゼ,Bリンパ球の細胞死や機能・成熟に関わるホスファ
ターゼ,消化管の恒常性に働くホスファターゼについて,合計4題が報告されました。
(6)
代謝:糖尿病に関する報告が2題ありました。その中でインシュリン抵抗性の糖尿病にホス
ファターゼ異常が深く関わっていること,また膵臓のT細胞がβ細胞の機能に深く関わっ
ていることが報告されました。栄養のシグナルの指揮者であるmTORの新しい機能につい
て報告がありました。 2 種類のホスファターゼに関して,増殖因子との関係,イオンチャ
ンネルとの関係が報告されました。
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(7)癌:今回,組織委員長の私の専門が癌研究であるということもあり,最も多い演題(11題)
の発表がありました。基本的な癌の発症メカニズムに関するもの,また臓器特異的(胃癌,
乳癌,肺癌,白血病,皮膚癌)
メカニズムに関するもの,またそれらへの治療法の開発の現
状が次々と報告されました。この中には多くの,新たな診断法・治療法の開発に結びつく重
要なシーズがあると考えます。
(8)
神経: 4 つの演題が報告されました。 2 題は神経発生に関与するホスファターゼに関して,
1 題は記憶に関与するホスファターゼ,また脳腫瘍の原因となるホスファターゼに関して
でした。
(9)循環器: 4 つの演題が報告されました。内皮細胞からどうやって血管ができるのか,増殖
因子と血管新生に関して,炎症や組織の繊維化と血管との関係に関する新しい知見が報告
されました。
3.ポスターセッション
総計19題の発表がありました。発生との関係 1 題,ホスファターゼの制御 4 題,細胞内シグナ
ル伝達の調節 6 題,免疫 2 題,癌 6 題となっています。特に,国内の有力な研究室での比較的若
い研究者に発表をしていただき,世界のトップレベルの研究者への発表の機会としました。2時
間弱の時間を使い,熱心な討論が続きました。
最後に
今回のカンファレンスでは,海外から15名
(うち日本国籍の方 2 名)のホスファターゼ研究の第
一人者を招いて開催することができました。学会の開催にお力を貸してくださったことを深く感
謝いたします。本カンファレンスでは,ホスファターゼの構造や制御機構等の基礎研究も充実し
ていましたが,それに加えて特に大きな収穫としてあげられるのは,多くの病気とホスファター
ゼとの関係を明らかにできたことです。ここで発表されたデータは,創薬開発のために使われる
ことは間違いありません。
外国の方が多かった中でも,親しい雰囲気の中で建設的な議論の場とすることができました。
参加費を無料にできたことで,異なる分野の研究者の方も広く参加してくださいました。今回初
めて出席された方々の間で,新しい共同研究が生まれ始めているということを聞いています。こ
れは学会をオーガナイズした人間としてとても嬉しいことです。また,多くの学生の参加があり
ました。彼らがこの分野に新しい息吹を吹き込んでくれることと期待します。
このように素晴らしい学会を開催することができたのも,公益財団法人ライフサイエンス振興
財団様の開催援助のおかげです。厚く御礼申し上げます。
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●国際交流
(海外派遣)
の援助
ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
当財団は国際交流の推進のために国際会議,シンポジウムへの
参加等に必要な渡航費の援助を行っています。
以下は平成26年度中に提出された国際交流(海外派遣)の援助に
係る報告の概要です。
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ララララララララ
平成25年度
ララララララララ
海外派遣/平成25年度
1 Connecticut's Stem Cell Research Program
琉球大学 医学部 保健学科 助教
今
泉 直 樹
開 催 地:University of Connecticut
開催時期:2013年11月~2014年 9 月
本会議の意義,特色
Connecticut’
s Stem Cell Research Programは薬の副作用について従来の各種動物実験,細胞
を用いた評価系に加え,iPS細胞やES細胞等の幹細胞系を用いることで毒性メカニズムを解明す
ることを目的としたプロジェクトである。私はこのプロジェクトに参加し,ミトコンドリア障害
により毒性が引き起こされる薬剤に焦点を当てた研究を行った。
会議の具体的内容,結果
Connecticut’
s Stem Cell Research Programはコネチカット大学薬学部Urs A. Boelsterli教授
のもと,複数のグループによって行われた薬剤性肝障害のメカニズムを研究するプロジェクトで,
欧米諸国で問題になっている薬剤を主なターゲットに進められた。まず,ターゲットとされた薬
物は抗結核薬として知られるイソニアジド
(INH)であった。結核の治療においてINHを使用する
患者の1%が肝障害を引き起こすため大きな問題となっている。加えて,結核はHIV感染者に合
併する感染症の中で最も多くの患者を有している。そのためINHとHIV治療薬との併用により肝
障害が高率に発症され,投薬中止になることも少なくない。そこでこのプロジェクトでは,INH
による肝障害のメカニズムについて,iPS細胞を用いるグループ,初代培養肝細胞を用いるグルー
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プ,そして動物実験を行うグループに分担され,私は初代培養肝細胞と動物実験を用いた実験を
行った。私のグループではINHとHIV治療薬との併用による毒性メカニズムの研究をテーマと
していた(Lee KK, Boelsterli UA. Redox Biol. 2014)。その中で,私はINHのメカニズムとは別
にHIV治療薬であるエファヴィレンツ
(EFV)単独投与による肝障害メカニズムの解明をテーマ
として研究を行った。
EFVは 非 ヌ ク レ オ シ ド 系 逆 転 写 酵 素 阻 害 薬(NNRTI; Non-nucleoside Analogue Reverse
Transcriptase Inhibitor)として 分 類されるHIV薬である。 冒 頭でも 述べたようにINHとの 併
用は肝障害を高頻度に誘発し,EFV単独でも肝障害が誘発されることが報告されている。そこ
で,まず始めにマウスより分離した初代培養肝細胞を用いてEFVの影響を確認した。EFVは ≧
30μM で24時間肝細胞へ曝露することによりLDHの放出及びATP量の減少,すなわち細胞障害
を引き起こした。その原因として,EFVがミトコンドリアComplex Iの活性を阻害するというこ
とが判明された。呼吸鎖電子伝達系であるComplex Iの阻害は活性酸素種を発生させ,ミトコン
ドリアに障害を与えると考えられており,実際ここでミトコンドリア特異的であるスーパーオ
キサイドアニオン
(O2.-)蛍光プローブによりO2.-増加を確認した。さらに,EFVが強力な酸化物
質であるペルオキシナイトライト
(ONOO-)を産生することも検出し,結果からO2.-はミトコン
ドリア内でNOと反応し,ONOO-が生成されたと考えられた。反応性の高いONOO-はミトコン
ドリア内タンパク,特にアポトーシス/ネクローシスに関係するタンパクに作用することが示唆
されたため,ウェスタンブロッティング解析を行った。するとミトコンドリアタンパクである
CypDが可逆的な凝集
(高分子タンパクの形成)を示した。この凝集はCypDを含むミトコンドリ
アタンパクのSH基が酸化されることを示唆しており,それがミトコンドリア透過性の亢進をも
たらし,結果としてミトコンドリア毒性が誘発されることが判明した。そしてスーパーオキシ
ドディスムターゼ
(SOD)と類似の作用を持つFe-TCPや ONOO-分解触媒作用を持つFe-TMPyP
によってEFVによるO2.-やONOO-の生成を抑制し,CypDの酸化を減少させ,細胞毒性が軽減
することを確認した。一方,我々はEFV の作用によりCypD がアセチル化されることを確認し
た。NADH 酸化酵素であるComplex Iの阻害はミトコンドリア内のNADH/NAD+バランスの崩
壊をきたし,NAD+の減少を引き起こす。そのためNAD+を必要とするミトコンドリア脱アセチ
ル化酵素であるSirt3の活性が抑制される。脱アセチル化反応が抑制される結果としてミトコン
ドリアタンパクのアセチル化が進むことになる
(Hyperacetylation)。Hyperacetylationは活性酸
素種による障害を増悪させることが知られている。そこで,Hyperacetylation が既に起こって
いるSirt3 KOマウスを用いることで,EFVによる障害の程度がさらに増悪すると予想し検討し
た。その結果,驚くべきことにEFV 30 - 40μMによる障害が予想に反し,Sirt3 WTマウスに比
べ,Sirt3 KOマウスでは軽減された。以上のことからEFVによる肝障害はComplex Iの阻害によ
るHyperacetylationよりもO2.-の産生,それに伴う ONOO-の形成が重要であることが示唆され
た
(現在投稿中)
。
ミトコンドリア障害による毒性メカニズムの解明を行うにあたり,もう一つの私のテーマとし
て,アセトアミノフェン
(APAP)を用いた肝障害の研究を行った。欧米での薬剤性肝障害の多く
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はAPAPの過剰摂取によるものであり社会的に大きな問題となっている。現在明らかとなってい
るメカニズムとして,生体内に摂取されたAPAPは肝小胞体に存在するシトクロムP450(CYP)
によって反応代謝物であるNAPQIに代謝される。このNAPQIは非常に反応性が高く生体内のタ
ンパクと反応,特にミトコンドリア内膜の電子伝達系に作用して毒性を発揮する。そこで,ミ
トコンドリア電子伝達系の電子をバイパスすることが知られているメチレンブルーを用いて,
APAPによる肝障害軽減作用について検討した。はじめにマウス初代培養肝細胞を用いてAPAP
を作用させた所,ATP量の減少,ミトコンドリア膜電位の低下,細胞死の誘導を引き起こし,
メチレンブルーはこれらを改善させる作用が確認された。また,マウス肝や酵母より分離された
ミトコンドリアにAPAPを作用させると,Complex IだけでなくComplex IIも阻害することで障
害を引き起こすことが判明した。NAPQIによるComplex IIの阻害,ONOO-の産生増加,ATP
合成能の減少についてもメチレンブルーはそれらを回復することができた。次にAPAPをマウス
へ直接投与し,メチレンブルーによる影響を確認した。APAP投与により肝障害マーカーである
血清ALT値は上昇し,組織学的評価においてもネクローシスが確認された。それに対し,メチ
レンブルーを投与した群ではAPAP投与による障害が改善された。また,Complex IIのタンパク
に関してウェスタンブロッティング解析を行った所,それぞれの群の間ではComplex II関連タン
パクの量には優位な差は見られ無かった。これらのことからメチレンブルーはComplex II関連タ
ンパクを増減させるのではなく,障害された電子伝達系の電子をバイパスすることによりAPAP
による肝障害に対し改善作用を持つことが示唆された(Lee KK, Imaizumi N, Chamberland SR,
Alder NN, Boelsterli UA. Hepatology. 2014)
。
56
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平成26年度
ララララララララ
海外派遣/平成26年度
1 Optimizing Childbirth Across Europe 2014
東京大学大学院 医学系研究科 健康科学看護学専攻
母性看護学・助産学分野 博士課程3年
竹
形 みずき
開 催 地:Brussels(Belgian)
開催時期:2014年4月9日~10日
本会議の意義,特色
The Cooperation in Science and Technology(COST)は,EU諸国の科学技術の発展を目指し
て設立された団体である。COSTの取り組みの内,2010年から2014年の期間,ヨーロッパ諸国で
の周産期の母子保健の発展をめざしたプロジェクト(COST ACTION IS0907)がある。本学会は
このプロジェクトの一環として行われた周産期の母子保健に関する国際的かつ学際的な学術集会
であり,2014年 4 月 9 日から10日の 2 日間にわたりベルギーのブリュッセル(自由大学)で開催さ
れた。
会議の具体的内容,結果
1.会議の具体的内容
本学術集会は,1)ヨーロッパ国内の社会・文化的差異を考慮した周産期の母子保健ケア及び保
健医療システムの開発と評価,2)女性の潜在的能力であるストレス抵抗性や首尾一貫感覚(Sense
of coherence)に関するエビデンスの構築,3)Wellbeing 及び健康アウトカム指標に関するエビ
デンスの構築,4)移民女性の支援,5)保健・医療システムの包括的評価と改善(費用対効果に関
する検討)
の 5 つのテーマで構成された。
1)母子保健ケアおよびシステムの開発と評価のテーマでは,助産師教育の在り方の検討に関す
る報告,助産師主導の継続的ケア及び他の援助ケアモデルの効果を比較したコクランレビュー
の報告,ヨーロッパ諸国の助産師主導ケアの取り組みに関する研究が報告された。
2)ストレス抵抗性や首尾一貫感覚(Sense of coherence)に関するエビデンスの構築についての
テーマでは,Key speakerとして,Lindstrom教授(Norwegian University of Science
and Technology, Norway)が 健 康 生 成 理 論
(Salutogenesis)の 概 要と 健 康 増 進への 応 用に
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ついて 講 演された。Lindstrom教 授は, 従 来から 医 学 的に 主 流である 疾 病をひきおこす
リスクを特定し予防する疾病理論とは対照的に,アントノフスキーが提唱した健康生成
理論
(Salutogenesis)は, 疾 病と 健 康は 連 続した 直 線 上にあるものであり, 個 人の 健 康や
Wellbeingを達成する上で必要不可欠な理論であると説いた。その中でも成人までに育まれ
る首尾一貫感覚
(Sense of coherence)は,個人がストレスイベントに対処していくためにも
重要な感覚である。Lindstrom教授は,近年,ヨーロッパ諸国において帝王切開など出産時
の産科的医療介入が増加しており,深刻な周産期の問題と受けとめられている現状を踏まえ,
疾病予防,健康増進活動の必要性が非常に重要であると述べた。さらに,健康増進の為には,
健康生成理論に基づくアプローチ法
(Salutogenetic approach)についてさらなる研究と臨床
への応用を提言した。一般発表では,質的及び量的研究の報告が聞かれた。健康生成理論に
基づくアプローチ
(Salutogenic approach)に対する助産師や医療者のケアの視点についての
インタビュー報告や,我々の研究結果である出産前後のSOC及び産後トラウマとの関連性に
ついての報告,周産期の健康生成理論に基づくアプローチ(Salutogenic approach)に関する
システマティックレビューの報告があった。
3)Wellbeing 及び健康アウトカム指標に関するエビデンスの構築に関するテーマでは正常経腟
分娩と帝王切開の母乳率への影響を比較検討した研究の報告,妊娠中のグループカウンセリ
ングと出産時のアウトカム指標に関するコクランレビューの報告,ホームバースに関する地
域助産師の取り組みや認識についてのインタビューなどの研究が報告された。
4)移民女性の支援に関するテーマでは,様々なトピックが話し合われた。移民女性の周産期に
おける健康アウトカムへの影響や支援に関する報告,オランダでの移民の出生前診断の増加
に関する報告,移民女性の母子保健ケアにおける体験についての報告,UKにおける移民の健
康問題及び難民支援ボランティアの運営に対する報告などが挙げられた。しかしながら,財
政的な支援活動の困難さ,家庭医
(General practitioner)や他の医療機関から第 3 の民間団体
が参加することに理解が得られないことなど数えて,問題を抱えているという報告があった。
5)保健ケアや医療システムの包括的評価と改善
(費用対効果に関する検討),科学的エビデンス
の普及に関するテーマでは,EU内での社会文化的な差異についての報告が数多くみられた。
周産期の安全性・産後のQOLに関する社会文化的な差異についての報告があった。また,研
究エビデンスをどのようにして現場の医療につなげていくかという戦略についてのシステマ
ティックレビューも報告された。その他に,周産期の現場として,特別に必要とされる重要
な問題についての報告もあった。骨盤周囲の痛み,帝王切開後の経腟分娩に関する医療者の
見解,Intimate Partner Violence
(IPV)
,精神的な問題を抱えた妊婦へのケアなど,ヨーロッ
パでも重要なトピックとして位置付けられていた。
学会の終わりとして,今後周産期の問題をEU諸国内で解決していくためには,お互いの文化
的背景の違いを認識することへの必要性,相互の研究者間での交流を促進していく重要性を参
加者全員で再確認した。また,主催者であるBegley 教授(Trinity College Dublin, Ireland)は,
COSTはEU加盟国内の研究者や医療者に 1 週間の国際研究協力助成金を支給する制度を設けて
58
おり,博士などの学位をもたない研究者であっても自由に国を移動し,研究活動や臨床のケアを
検討していく必要があることを述べた。このような活動を通してさらに大学どうし,研究者同士
の交流を促進させていきたいと述べた。
2.発表及び質疑応答に関する報告
我々は,1)ストレス抵抗性や首尾一貫感覚
(Sense of coherence)に関するエビデンスの構築に
ついてのテーマの内,一般演題
「周産期の首尾一貫感覚の変動及び産後のトラウマ症状に及ぼす
影響」について口頭発表を行った
(発表10分質疑応答5分)。首尾一貫感覚(Sense of coherence)は
人生のストレスイベントを乗り越えるために重要不可欠なストレス耐性感覚であるが周産期の女
性を対象とした知見は国内外において非常に少ないことから,日本人女性を対象に調査を行い,
結果,産前・産後で首尾一貫感覚
(Sense of coherence)は有意に変動しないこと,出産後のトラ
ウマ症状の発現を抑制する効果があることを報告した。フロアからのコメントからは,首尾一貫
感覚は成人で一定の値に達しその後安定化することが報告されており,本研究でも指示する結
果となったが,妊娠期から首尾一貫感覚
(Sense of coherence)を高められるのかについて指摘が
あった。本研究は観察研究であることから,介入によって首尾一貫感覚(Sense of coherence)が
高められるかについては今後さらなる検討が必要であろう。しかしながら,首尾一貫感覚は,妊
婦にとって挑戦的な体験でもいえる出産を前向きに乗り切る上で重要な役割を果たしており,周
産期のメンタルヘルスにおいて重要な感覚であることを共有することができた。
3.まとめ
まとめとして,本学会に参加し学んだことを述べたい。
第1に,COSTの存在である。COSTは医療分野に関わらず,多くの科学技術の分野にわたり,
EU加盟国で国際的な研究や技術の開発を進めるため設立された機関である。
このような機関が様々なプロジェクトを支援することによって,EU内での様々な国々の研究
機関の交流を促進し,各国で共通した健康問題を相互で解決していこうとする取り組みを実現す
ることができる。このような取り組みが包括的にEU内を発展することにつながることから,ア
ジア諸国においても同様の取り組みが必要かもしれない。
第 2 に,EU内で抱えている周産期の問題について理解を深めることができた。学会内では,
各国の研究者と親密に意見交換をすることができ,医療システムの違い,特に助産師教育やライ
センス取得方法の違いについても意見を共有することができた。特に希望による帝王切開の増加,
移民に関する問題についてはEUで大きな問題である。
現在の日本において顕在化していない問題であっても欧米化が進む社会背景を考慮すると今後
本邦においても重要な問題となる可能性があるかもしれない。また,周産期うつや,出産恐怖感,
産後の子育てに関する問題は,日本とEU諸国が共通して抱える問題である。
これらの問題について,社会的背景の違いを考慮しながらも,各国で交流を進め,共に解決策
を模索することが非常に重要である。
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海外派遣/平成26年度
2 Cold Spring Harbor Retroviruses Meeting
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 ウイルス制御学分野
博士課程4年
助
川 明 香
開 催 地:ニューヨーク州 Cold Spring Harbor Laboratory
開催時期:2014年 5 月19日~ 5 月24日
本会議の意義,特色
Cold Spring Harbor Retroviruses Meetingは,今年で39回目を迎える歴史ある学会でありレ
トロウイルス学の進歩を促進する目的で世界中の最新の研究情報について活発な議論が行われ
る。レトロウイルスのライフサイクルに基づき約10のセッションに分類されており, 1 週間にわ
たり熱い議論が繰り広げられる。参加者数は数百人を超えるにも関わらず,講演を含め口頭発
表が行われる会場は 1 つのみで,世界中の気鋭のレトロウイルス研究者が一同に会する。毎年約
300演題が登録され,うち1/3が口頭発表となる。
会議の具体的内容,結果
今年のCold Spring Harbor Retroviruses Meetingは,口頭発表にて123演題,基調講演が 2 つ,
ポスター発表にて183演題の発表が行われた。月曜日の夜から土曜日の午後まで 1 週間にわたる
学会のセッションはレトロウイルスのライフサイクルに基づいて分類されている。ウイルスの
種は,主にHIV-1
(Human Immunodeficiency virus)であり,その他HTLV-1やガンマレトロウ
イルスであるMLVであった。今年は,
「進化と内在性レトロウイルス」というセッションから始
まった。このセッションはここ 2 , 3 年で追加されたトピックであり近年注目されている分野で
ある。ヒト内在性レトロウイルスはレトロトランスポゾンとして機能し,胎盤で発現しているこ
とが知られている。哺乳類の進化に伴い内在性レトロウイルスがどのように宿主と共存し機能を
発揮するようになったのか,宿主のウイルス増殖抑制遺伝子とウイルスの攻防などの研究内容の
発表があった。 2 日目は,レトロウイルスが宿主に感染する最初のステップである「侵入」から始
まり,宿主染色体に組み込まれるまでの
「感染後の過程」をウイルス側,宿主側のそれぞれに焦点
を当てた発表が行われた。ウイルスは宿主細胞内に侵入する際にgp41,gp120というEnvelopタ
ンパク質を用いて宿主T細胞上のCD4レセプター,ケモカインレセプターであるCXCR4あるい
はCCR5と結合することが知られているが,これらタンパク質の詳細な結合様式,ウイルスの侵
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入経路は未だに不明な点が多い。このセッションでは,侵入によるEnvelopタンパク質の構造変
化,ウイルス侵入により変化する宿主側の細胞内因子(ITK : IL2 inducible kinase)についての発
表が行われていた。ウイルスは細胞内に侵入後,脱殻,逆転写,核内移行,宿主染色体への組み
込みという経路を経る。 2 つ目のセッションでは,ウイルスタンパク質を蛍光色素でラベル化す
ることで,これらの過程を視覚的に観察する系を樹立したという報告やInnate sensingと呼ばれ
るウイルス感染に伴う刺激により誘導される細胞内因子(cGAS-STING)とその機序についての
発表が行われた。また,これまでHIV-1 が脱殻する際にはこのcapsidタンパク質のリン酸化が
重要であるとの報告がありそのアミノ酸まで同定されていたにも関わらず,これまでこのリン酸
化がウイルス側,細胞内因子のいずれが引き起こすものなのかは未知であった。今回の学会で,
このcapsidのリン酸化は細胞内因子のキナーゼ(AMPK-RPK)により引き起こされており,リ
ン酸化されることでHIV-1は適切な場で適切なスピードで脱殻過程を経て逆転写することが明ら
かとなった。また旧世界ザルTRIM5αは,HIV-1の脱殻促進により逆転写以降の過程を阻害し,
その感染を抑制する宿主因子として有名であるが,HIV-1 coreの分解機序については不明な点
が多い。今回の発表では,TRIM5αはHIV-1 coreをプロテアソーム系で分解するためにユビキ
チン化複合体を形成し,内在性免疫の誘導をするという報告があった。 3 日目の発表の大きなト
ピックとしてはHIV-1感染抑制因子であるMx2の演題があった。Mx2タンパク質は当初インフル
エンザウイルスを抑制する因子として発見され,2013年にインターフェロンを誘導することによ
りHIV-1の感染をも抑制するとしてNature誌に報告され注目を浴びた因子である。発表から1年
もたたない今回の学会で,Mx2によるHIV-1感染抑制機序,抑制に重要なドメインの決定,レン
チウイルスの特異性,結晶構造までが明らかとなった。どの発表もHIV-1研究界において有名な
研究室からであり,世界の研究スピードの速さを目の当たりにするとても良い機会となった。4
日目は,細胞内ATPの枯渇によりミエロイド系細胞においてHIV-1感染を抑制するSAMHD1と
その機能を抑制するウイルスタンパク質Vpxの発表があった。この因子は2011年にNature誌に
て報告された樹状細胞,骨髄性細胞において特異的にHIV-1の増殖を抑制する宿主因子である。
今回の発表では,SAMHD1がHIV-1感染抑制をする際のSAMHD1,Vpx, DCAF複合体の結晶構
造,SAMHD1と結合する宿主因子
(CDK2, SKP2)を共免疫沈降法により同定したという報告が
あった。 5 日目は,HIV-1ゲノムが宿主染色体に組み込まれた後,セントラルドグマにのっとり
ウイルスタンパク質が合成,子ウイルスが放出される過程に焦点を当てたセッションであった。
なかでもCross link法を応用したCLIP-seq(Cross-linking IP)という新しい手法により,HIV1 RNAがGagタンパク質にpackagingされることを直接的に示した発表はとても興味深かった。
最終日は近年注目されている内在性免疫のセッションである。RNA干渉法(siRNA)を用い内在
性免疫に関与する新規因子の同定や,HIV-1感染に伴うインターフェロン刺激(IFN-α)により
樹状細胞において発現誘導される因子CD169の解析について報告された。RNA干渉法を用いた
HIV-1感染伝播に関与する新規宿主因子の探索に関しては,私自身現在shRNAを用いたスクリー
ニング法により宿主因子の同定を行っているため実験手法は非常に興味深く勉強になった。ま
た,これまでHIV-1が感染することで誘導されるCD4陽性T細胞の細胞死の詳細機序は不明であ
61
るが,apotosisによる 細 胞 死の 誘 導が 理 由の1つとして 考えられていた。2014年にNature誌お
よびScience誌にてCD4陽性T細胞の細胞死誘導はcaspase-1を介したpyroptosisであるという報
告がされたのだが,本学会において直接話を聞くことができとても刺激的であった。
ポスター発表は, 3 日間に亘り行われたが口頭発表とは完全に別の時間帯に行われるため,レ
トロウイルスの大家の先生方を始め海外の研究者と共にサイエンスという同じ土俵に立ち,長時
間に渡り白熱した自由な議論をすることが可能であった。今回私はポスターでの発表を行ったが,
論文投稿に向けpositiveなsuggestionも多く頂くことができ,自分の研究を客観的に捉えるよい
機会となった。このように,最新の研究発表を直接聞き議論することが可能なだけでなく,分野
の著名な先生方を始め,海外の研究者との繋がりもできる非常に貴重な研究集会に参加すること
ができ有意義な時間を過ごすことができた。今回の学会を通して得た知識を活かし,今後も積極
的に研究に取り組み発展させていきたいと思う。
最後になりましたが,本学術集会への参加において多大なご援助を頂きましたことをここに厚
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く御礼申し上げます。
海外派遣/平成26年度
3 The Society for Clinical Trials 35th Annual
Meeting
国立循環器病研究センター 先進医療・治験推進部 DM/統計室
朝
倉 こう子
開 催 地:フィラデルフィア (アメリカ合衆国)
開催期間:2014年5月18日~5月21日
本会議の意義,特色
The Society for Clinical Trials(SCT)は,政府または企業が実施する臨床試験やヘルスケア
に関する研究のデザイン,実施および解析についての知識の発展と普及を目的とし,1978年に設
立された専門団体であり,本学会はその年会として毎年開催されている。臨床試験に携わるさま
ざまな専門分野の研究者や担当者らが一堂に会する高い専門性をもつ学会である。
本会議の具体的内容,結果
SCTは
(1)臨床試験のデザイン,組織,実施,解析および報告において生じる様々な問題を議
論する集会を提供する,
(2)臨床試験に関する理論的な研究や科学的な方法を発展させる,(3)
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臨床試験の実施に関わるさまざまな分野間のコミュニケーションを促進させる,(4)臨床試験の
デザイン,実施および解析について研究者を教育し,情報提供する,(5)疾患の予防,診断およ
び治療のための介入の効果を評価する臨床試験の重要性について,一般の人々の理解を助ける,
等を目標とする。年会の内容には,
(i)広い分野からの参加者と,さまざまな領域のプログラム
の提供,
(ii)総会,同時開催のワークショップ,および口頭またはポスター形式による発表,
(iii)
各分野の先導者による事前ワークショップ,
(iv)学生コンペティション,(v)展示,(vi)研究者
たちによる,最近の注目される議題や経験等に関する議論,等が含まれる。本学会は,臨床試験
の実施と解析という共通の目的をもつ,臨床試験に携わるさまざまな専門分野の研究者や担当者
ら約1000人が一堂に会する学会である。第35回年会は,2014年 5 月18日から21日まで 4 日間にわ
たり,アメリカ合衆国,フィラデルフィアのSheraton Philadelphia Downtown Hotelにて開催
された。臨床試験やヘルスケアに関する研究の実施や解析に携わる専門職が参加し,臨床試験の
計画,実施,解析および報告について,多くの招待講演と一般講演が開催され,最近の注目すべ
き話題について議論が交わされた。各セッションはその専門分野により「統計」
「データマネジメ
ント」
「医学」
「情報システム」
「研究コーディネート」等に分類され,多くの招待講演と一般講演に
ついて,異なる五つの専門分野に関するセッションが同時に開催されており,参加者は自分の専
門分野や関心に合ったセッションに出席できるようになっていた。
報告者は 5 月21日に開催された中間解析を伴う臨床試験についての統計関連のセッションで発
表を行った。発表では主要な評価項目を複数設定する臨床試験において,中間解析を実施し有効
性を評価することで試験の早期中止を検討するという,革新的な試験デザインにおいていかに合
理的に意思決定を行うかを提案し,その際の試験の成功確率や被験者数について議論した。この
発表について,臨床試験における統計を専門とする著名な統計家より,研究結果への質問とコメ
ントを受け,この分野の研究の意義を再確認した。このセッションでは他にも,最近の中間解析
を伴う実際の試験を例示し,中間解析を実施する時期について注意を喚起する発表や,中間解析
を伴う試験において実際に参加した被験者数が計画時の被験者数を超えた場合に過誤確率(誤っ
た結論を導く確率)を調整する方法に関する発表など,実際の臨床試験において中間解析を実施
する際に問題となる内容がとりあげられ,活発な議論が交わされた。日本では中間解析を伴う臨
床試験の経験はまだ多くはないが,北米や欧州では多くの試験において中間解析が実施されてお
り,報告者の予想以上に出席者も多かったことから,臨床試験に携わる統計担当者の関心の高さ
を改めて認識した。
招待講演のセッションや学会前日に開催されたワークショップでは,試験途中でデザインを変
更する適応的デザイン,分子標的治療の臨床試験,バイオマーカーを利用した臨床試験など,近
年 注 目されている 話 題について,Food and Drug Administration(FDA), National Institutes
of Health(NIH)
, 北米を代表する大学および製薬企業に在籍する著名な研究者が発表や講義を
行い,最新の成果や研究について大いに学べる内容となっていた。
このようにSCTは臨床試験に携わる研究者が参加する会合のうち北米最大の学会であるが,
日本における臨床試験や臨床研究に関する学会はまだこれほどの規模ではなく,日本からの本学
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会への参加者もほとんどなかった。今後,日本でも臨床試験の計画,実施,解析および報告とい
う共通の目的をもつ多様な専門職がそれぞれの知識や最新の成果を共有し,議論できる会合を発
展させることが必要だと感じた。
また 本 学 会において 報 告 者は 共 同 研 究 者であり, 共 同 発 表 者でもあるHarvard大 学のDr.
Evansと研究の打ち合わせを行い,現時点での研究の進捗の確認と今後の研究の道筋について議
論した。Dr. EvansはHarvard大学やFDAにおいて多くの臨床試験に携わっており,報告者はそ
の経験に基づき今後の研究において想定すべき場面や合理的意思決定の方法についての貴重な助
言や提案を受けることができた。
最後に,今回のSCTでの発表を貴財団の国際交流援助にて支援いただき,大変有意義かつ貴
重な経験をさせていただいたことに心より感謝申し上げます。
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海外派遣/平成26年度
4 ゴードン国際会議
(Gordon Research Conference on Transglutaminase in Human Disease Processes)
名古屋大学大学院 創薬科学研究科 細胞生化学研究室 助教
辰
川 英 樹
開 催 地:Renaissance Tuscany I1 Ciocco Resort Lucca(Barga)
開催時期:2014年 6 月29日~ 7 月 4 日
本会議の意義,特色
本会議はサイエンスの分野で歴史と権威のある研究集会の一つである。発表はオーガナイザー
による招待,参加の承認を原則とし,入念な選定が行われる。多岐にわたるテーマの中で,申請
者はヒト疾患におけるタンパク質接着
(架橋)結合酵素の役割について焦点をあてた会議に参加し
た。同テーマの研究集会は2010年から継続的に隔年で開催されており,世界的に注目が集まって
いる。著名な研究者が一堂に会する貴重な機会であり,発表のレベルの高さは特筆すべきである。
会議の具体的内容,結果
米国ゴードン会議
(Gordon Research Conference : GRC)はサイエンスの分野で歴史と権威の
あり,広く知られている研究集会の一つである。米国内で開催される場合は大学等の学生寮など
の施設で行われることが多いが
(これまで米国ノースカロライナのDavidson大学内で隔年開催),
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今回はイタリアのピサから車で一時間半の山の中にあるCioccoという地域で行われた。
ゴードン会議の特徴として,
privileged(confidential)communication と呼ばれるものがある。
参加者全員に未発表の重要な成果を外部へ一切漏らさないという制約を課すことにより,安心し
て議論を深めようとする狙いがある。そのため,会議中の発表内容については一切の撮影,録音
などが禁じられている。参加発表はオーガナイザーによる招待,参加の承認を原則としており,
今回も入念な選定が行われたことが伺い知れた。もう一つの大きな特徴として,次回の会議開催
の取りまとめ役としてのオーガナイザーを会議期間中に選挙により決定することである。今回の
会議では 4 日目の晩に選挙が行われ,今回Vice ChairであったイギリスSheffield大学のTimothy
Johnson博士が次会議のオーガナイザーとして選出され,開催候補地としてはスペインが上げら
れた。また,運営に関しては米国の事務方が執り行い,各種の連絡事項,エクスカーションや各
種催しも適切に行われ,手慣れたプロの仕事を感じさせられた。
今回,私が参加した会議は“Transglutaminase in Human Disease Processes”というテーマ
で,ヒト疾患におけるタンパク質接着
(架橋)
結合酵素トランスグルタミナーゼの役割について焦
点をあてたものである。同酵素は細胞内外で特定のタンパク質間に架橋形成を生じ,機能・性状
変換を行う働きがあり,血液凝固,皮膚形成,細胞死を始め多彩な生命現象のみならず,同酵素
の異常な働きにより,種々の疾患
(肝腎疾患,神経変性疾患,糖尿病,癌,血栓形成,自己免疫
疾患など)の原因となる。このテーマの研究集会は2010年に採択されて以来,継続的に隔年で開
催されており,世界的に注目が集まっている。今回の会議では地理的な問題からか,例年に比べ
若干参加者の減少が見られたが, 6 月29日日曜の午後から世界各地より 120人もの研究者が参集
し, 7 月 4 日の朝食後の解散まで 5 泊 6 日の会期中に30件の口頭発表と66件のポスター発表が活
発な議論のもとに行われた。言うまでもなく,分野で著名な研究者が一堂に会する貴重な機会で
あり,口頭発表のレベルの高さは特筆すべきであった。
今回の会議の口頭発表では,
「炎症と細胞死の調節」
「腫瘍の形成と転移」
「細胞の生存・死の制
御」
「炎症性疾患の制御」
「セリアック病
(自己免疫疾患)」
「心臓血管障害と神経変性疾患」
「皮膚形
成」
「細胞外基質のリモデリングと臓器の線維症」
「バイオテクノロジーを適応したヒト疾患におけ
る架橋酵素阻害のアプローチ」というそれぞれのテーマにおいて, 3 ~ 4 人の演者による発表が
行われた。ポスター発表では,
「癌」
「胃腸学」
「炎症」
「シグナルと輸送」
「心臓血管」
「血液凝固13因子」
「神経学」
「線維症」
「阻害薬」
のテーマでそれぞれ行われた。
私は
「肝線維症の発症過程におけるタンパク質架橋化酵素の役割」という発表内容でポスター発
表での参加が承認され,共同研究者の人見清隆 博士(名古屋大学)は口頭発表 ,高橋和男 博士(藤
田保健衛生大学)はポスター発表をそれぞれ行った。具体的には,肝硬変(肝線維化)を起こした
マウスモデルを用いて,病態が進行するに伴い,どのように(何を基質として)タンパク質の架橋
(イソペプチド結合の形成)
に関与するのか,詳細な病態分子メカニズムを明らかにし,肝疾患の
新規予防・治療法に繋げることを目的とする研究成果である。さらにこれに加えて,腎臓での線
維化のデータも付け加えて発表を行ったところ,特徴的な優れたポスターとして評価され,口頭
発表のステージ上でのショートスピーチに選出された。
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今回の会議では,組織の線維症に関する研究発表が多かったためか,多くの関連研究者と深
い議論を交わすことにより,未発表な有益な情報を得る事ができた。さらに,研究交流はこの
会議で終わらず,今年の10月25日に次会議の主催者であるTimothy Johnson博士,イギリスの
Nottingham大学のElisabetta Verderio博士,韓国のSoo-Youl Kim博士を日本に招いて腎疾患
の国際研究会を名古屋で開催することとなった。同会議では私自身も口頭発表を行う予定である。
このような研究交流の発展は,今回のゴードン会議に参加することなしでは成しえなかった事
であり,国際交流助成を頂いた貴財団には大変感謝をすると共に,ぜひ次回の2016年に開催され
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る同会議にも参加する機会が得られることを切に願う。
海外派遣/平成26年度
5 Cell Symposia, Transcriptional Regulation in
Development
北海道大学大学院 理学研究院化学部門 生物有機化学研究室 研究生
梶
谷 卓 也
開 催 地:米国イリノイ州シカゴノースウエスタン大学Robert H Lurie Medical Research Center
開催時期:2014年 7 月13日~7月16日
本会議の意義,特色
特 筆すべき 特 徴は,Cell, Molecular Cell, Developmentan Cell誌のEditorとEditorial Board
Memberがすべての セ ッ シ ョ ンに 参 加し, さらにEditorが 3 誌への 投 稿の ア ド バ イ スを 行う
Author Workshopが行われる点である。Cellへの投稿を控えた申請者の研究内容をアピールす
る絶好の機会であり,論文の査読に有利になると期待される。
会議の具体的内容,結果
私は, ラ イ フ サ イ エ ン ス 振 興 財 団の 国 際 交 流 援 助の 支 援を 受けて,Cell Symposia 2014
Transcription in Developmental Regulationに参加しました。
このミーティングはCell, Molecular Cell, Developmental Cellのeditorが発生,再生現象を制
御する分子基盤として,遺伝子発現調節に着目し,関連分野の研究者を集めて企画した会でした。
事前に 6 つの研究トピックが指定され,このうち私の研究は,RNA and Chromatin Structure
に該当する研究です。私は,当初ポスター発表に応募しましたが,学会まで残り2か月を切った頃,
オーガナイザーから私の発表をShort Talkに採択したとのメールが届きました。私の学会参加へ
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のモチベーションが高まったのは言うまでもありませんが,同時に,海外での学会で英語の口頭
発表というとてつもなくハードルの高い課題が生まれ,心の中の観光気分が一気に吹き飛びまし
た。
学 会での 発 表には 4 つの ト レ ン ドがありました。 発 生に 関 与する 転 写 因 子のenhancer制 御
メカニズム,polycombによる遺伝子抑制機構,RNAPIIの活性化と分化能の直接的関与,及び
4C,Hi-Cassayと次世代シーケンサーを駆使した3Dのクロマチンダイナミクスの解析,でした。
初めにenhancerについての研究を紹介します。Enhancerはpromoterのさらに上流に存在する
転写活性化に必要なDNA elementです。中にはpromoterから数Mb以上も離れているものもある
ようです。一見周囲に遺伝子の存在しないgene poorな領域のDNA配列を調べると,転写因子の
結合サイトが多数存在し,この領域をenhancer forestと命名し,遺伝子発現制御に重要な調節
領域であると証明した発表,enhancerから遠いpromoterの活性化にはCTCFが必要で,CTCFが
転写因子と複合体を形成してenhancerによる遺伝子発現制御を担っているという発表がありま
した。Enhancerのマッピングの研究は,Richard Young, Danney Reinbergラボからも発表があ
り,基本転写のメカニズムで一時代を築いた大御所たちが,彼らの得意技である詳細な生化学と
最新のChIP-seqを組み合わせて,再び新たなパラダイムを創出すべく活躍していることが分か
りました。enhancer elementの同定には高感度のChIP-seq解析が必須で,このボトルネックを
解消すべく,Julia ZeitingerがChIP-nexusという新技術の開発とその利用によるenhancer同定
について発表しました。JuliaはIP後のDNAを3’-5’exonucleaseで処理し,転写因子と結合した
ごく短いDNA配列だけを精製して解析する手法を開発しました。この方法の長所はexonuclease
処理によりDNAをFW,RVのstrandに分けて解析でき,FWとRVのstrandのpeakに挟まれた狭
い領域に結合サイトを容易に絞り込める点です。
今後の大きな発展を予感させる発表として,受精直後のクロマチン再構成とヒストンバリア
ン トに 関するものがいくつかありました。 そのうちの 一つChin-Jen Linの 研 究を 紹 介します。
Chin-Jenは受精直後のクロマチンでのプロタミンからヒストンへの置換は,休止していた遺伝
子発現を活性化するために必要であること,HIRAがシャペロンとしてヒストンへの置換に関与
していることを発見しました。MaternalなHIRAによるH3.3への置換はrDNAの転写のために必
要で,
RNAPIによるrDNAの転写がRNAPIIに先駆けて始まることを示していました。このステッ
プに必要なRNAPIは卵細胞内に受精前からタンパク質として蓄積されていたものが利用される
そうです。Chin-Jenとはポスターが隣同士,会場での席も隣同士という偶然に,お互いの興味
も近いことから親しくなり,未発表の内容まで話を聞かせてもらうことができました。これらの
研究はクロマチン研究の新時代の到来を予感させるものでした。
私の口頭発表は 3 日目の午後のセッション,RNA and Chromatin Interactionでした。
同じセッションは,自分の前にRob Martienssen,後にJeannie Lee,ほかにもDanesh Moazed
にXiang-Dong Fuという メ ン バ ーで,RNAによる ク ロ マ チ ン 制 御 研 究の オ ー ル ス タ ー メ ン
バーの陣容でした。この中で私が発表すると思うと非常に緊張し,昼食はまったく手を付ける
ことができませんでした。 私はSer7 phosphorylation of RNAPII-CTD ensures on-chromatin
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retention of nascent ncRNAs, triggering RNAi-dependent heterochromatin formationという
タイトルで発表しました。質疑応答では,私が利用した非リン酸化型RNAPII変異体の生育や遺
伝子発現と,リン酸化酵素に関する質問を受けました。いずれも質問対策用に準備していたス
ライドの 1 枚目, 2 枚目だったため,あまりの偶然に,会場から笑いが起こりました。昼食も抜
きにして直前までスライドの準備を繰り返しておいてよかったと,胸をなでおろしました。発
表前の不安とは反対に,発表後のコーヒーブレイクでは,初対面のInvited Speakerたちが次々
やってきて,研究を評価するコメントを貰ったことは本当に感慨深かったです。その後,同じ
分野で研究しているRob,Daneshと議論しました。RobからはRNAの核外輸送に関する情報,
Daneshからは,最近彼らが報告した実験系での知見の提供がありました。いくつかのコメント
で共通していたのが,RNAPIIのリン酸化がヘテロクロマチン形成因子に認識される仕組みにつ
いてでした。この点は私も詳細な解析が必要だと感じており,複合体精製を行って解析中である
ことを伝えました。そして,今回の最大の目的は,Cell, Molecular Cellのeditorにコンタクトを
とることでした。自分の口頭発表後にeditor に声をかけて投稿の可能性を尋ねたところ,ともに
presubmissionの許可を得ることができました。特に,Molecular Cellのeditorとのコンタクト
の際には途中からDaneshが同席し,好意的コメントでサポートをしていただきました。投稿前
にeditorと直接意見交換できたのは大変貴重な機会となりました。
また,本学会への参加前には留学予定先のミズーリ州カンザスシティにあるStowers Institute
for Medical Researchを訪問し,Ali Shilatifardラボでのセミナーおよび議論と,留学後のプロ
ジェクトの打合せを行いました。Aliからは論文投稿に向けての具体的なアドバイスがありまし
た。その後,研究所に在籍する日本人研究者の方々にお会いして,生活のセットアップのための
情報を教えていただきました。カンザスシティは大都市とは異なり,国内から生活に関する情報
を調べることは困難であったため,大変有意義な情報を得ることができました。
最後になりましたが,このような貴重な機会を与えていただいたライフサイエンス振興財団と
関係者の皆様に深く感謝申し上げます。今後はこの機会で得られた経験を生かすべく,論文投稿
及び今後の研究活動に益々精進する所存です。
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海外派遣/平成26年度
6 FASEB Science Research Conferences:
Skeletal Muscle Satellite and Stem Cells
藤田保健衛生大学 総合医科学研究所 難病治療学研究部門 助教
常
陸 圭 介
開 催 地:Steamboatホテル,Steamboat Springs市,コロラド州,アメリカ合衆国
開催時期:2014年 7 月20日~ 7 月25日
本会議の意義,特色
Federation of American Societies for Experimental Biology団 体が 主 催し, 骨 格 筋 幹 細 胞,
筋疾患,老化等,骨格筋全般の最先端の医学・生物学的研究成果を発表し合い情報交換をするた
めの国際会議である。本会議は骨格筋を研究するトップレベルの研究者が集う場でもあるため,
これまでの研究成果を海外の研究者にアピールするための絶好の機会である。今回は,参加者約
200名,口頭発表33演題,ポスター発表78演題の規模で行われた。
会議の具体的内容,結果
7 月20日から25日にかけてコロラド州スチームボートスプリングス市で開催されたFASEB
SRC: Skeletal Muscle Satellite and Stem Cellsに参加し,研究成果の発表と最新の知見につい
ての情報収集を行った。
スチームボートスプリングス市はデンバーから飛行機で約1時間の距離に位置し,標高は約
2000メートルと富士山の中腹ほどの高さにある町である。スチームボートとは蒸気船の事である
が,元々は200年ほど前に,地下から吹き出した水蒸気と温水(つまり温泉)を蒸気船と見間違え
た事が町の名の由来である。冬には雪が積もり多くのスキー客でにぎわうようであるが,今回は
夏場のため特にエクスカーションもなく,会議の開催期間中は終日ホテルに缶詰状態であった。
会議は午前と午後の部に別れ,午前中の部は朝食後の朝 9 時から開始され,途中ティーブレ
イクをはさみ昼食の時間まで行われた。この間,主に招待講演者等による研究発表が 7 ~ 8 演題
行われた。午後も招待講演者による発表が 6 演題ほど続き,夕食後に参加者によるポスター形
式での研究発表が行われた。私は,本年の1月にThe International Journal of Biochemistry &
Cell Biology誌に発表した研究成果について
「miR-486 is the intermediary molecule connecting
myostatin signaling and the IGF-1/Akt/mTOR pathway in skeletal muscle」というタイトルで
23日の夜にポスター形式で発表を行った。幸いにも盛況のため,規定時間の2時間を大きく超過
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し, 3 時間ほどの間討議を続ける事ができた。今回の発表内容の概略を以下に示す。
骨格筋は人体で最大の器官であり,運動をする事で骨格筋が大きくなる事(肥大)は周知の事実
である。
一方で,
骨格筋の量は,
種々の疾患や老化によって減少(萎縮)し,骨格筋の萎縮はロコモー
ティブシンドロームやQOL低下の原因になる。よって,骨格筋の大きさがどのように調節され
ているか,そのメカニズムを理解する事は筋疾患の治療法開発だけでなく,来る高齢化社会への
対応という点においても重要な意味を持つ。我々は骨格筋量を調節するメカニズムの解明を目指
し,これまでマイオスタチン遺伝子に注目して研究を行ってきた。マイオスタチンは,骨格筋の
量を減少させる作用を有する分泌因子サイトカインである。このため,マイオスタチン遺伝子に
変異や欠損が生じた場合,ヒトを始めとする多くの脊椎動物では骨格筋が著しく肥大する。これ
までの研究から,マイオスタチンはIGF-1/Akt/mTORという骨格筋量を増加させるシグナルを
抑制し,それにより骨格筋を萎縮させる事が明らかとなっている。しかしながら,マイオスタチ
ンがIGF-1/Akt/mTORシグナルをどのような分子機構で抑制しているのか,その詳細は不明で
あった。我々は,マイオスタチンがSmad3タンパク質を介してmiR-486(マイクロRNA-486)の
転写を抑制する事を見いだした。また,miR-486が骨格筋においてIGF-1/Akt/mTORシグナルの
活性化に必要な事と,miR-486の機能阻害により骨格筋繊維の萎縮が起こる事を明らかにした。
本研究から,マイオスタチンはmiR-486の発現を転写レベルで抑制する事で,IGF-1/Akt/mTOR
シグナルに対して負に作用する事が世界で初めて明らかとなった。
今回,骨格筋量制御に関する研究の第一人者であるノバルティス社のDavid Grass博士らにも
直接我々の研究成果を説明する事ができ,関連する分野の研究者らにこれまでの研究成果をア
ピールする非常に良い機会となった。また,本会議に先立って,我々の研究をサポートする研究
報告がハーバード大学のLouis M. Kunkel博士らのグループからなされたが,今回の発表を通じ
てその論文の著者の一人と直接議論をかわす事ができた。残念ながら彼女との共同研究を提携す
るにはいたらなかったが,今後骨格筋量を調節するメカニズムの解明を目指す上で,非常に価値
ある議論を行う事ができた。
次に,今回の会議への参加を通じて得る事ができた,骨格筋の研究に関する最新の知見につい
て代表的なものを紹介する。
①前述したノバルティス社のDavid Grass博士からは,マイオスタチン阻害の臨床研究に関する
最新の情報を聞く事ができた。彼らはマイオスタチンの受容体ActRⅡの活性を阻害する抗体
Bimagrumabを作成し,マウスに投与する事で骨格筋量を増強する事に成功している。今回,
このBimagrumabを封入体筋炎
(sIBM)の患者に対して治験を開始しており,将来的にはサル
コペニアやCOPD,悪液質の患者への応用も視野に入れているようだ。
②Pax7-Cre/ERT2マウスを用いる事で,骨格筋の幹細胞である筋衛星細胞特異的に胚発生に関
係する細胞内シグナル
(Notch,Wnt,RA,Hippo)をノックアウトした研究が多数発表され
ており,骨格筋の再生におけるこれらのシグナルの重要性がより詳細に解明された。
③骨格筋は,筋芽細胞同士が融合し合い,多核の筋線維を作り上げる事で形成されている。
本学会では,UT Southwestern Medical CenterのEric N. Olson博士のグループから,細胞融
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合を担う因子としてMyoMakerと呼ばれる膜タンパク質についての発表が行われた。
MyoMakerのノックアウトマウスでは,筋芽細胞同士の細胞融合が阻害されて筋線維が全く
形成されないことがわかった。また,MyoMakerには複数のファミリータンパク質が存在し
ているため,今後このファミリーの機能を解析する事で,筋芽細胞同士の融合に関わるメカニ
ズムが明らかになると期待される。
④ミネソタ大学の朝倉淳博士らは,骨格筋細胞の分化に関わる新規長鎖非コードRNA(CERNA-1)
を 同 定し,CERNA-1とiPS作 成についての 研 究を 発 表された。 また, バ ー ジ ニ ア 大 学の
Anindya Dutta博士らも同様の長鎖非コードRNAを単離し,骨格筋細胞の分化における役割
を解析中との事であった。私は現在,長鎖非コードRNAと骨格筋細胞の分化についての研究
も行っているため,今後自分の研究を進めていく上で大変参考になった。
今回の会議に参加する事で得られた知見と経験は,今後の研究を進める上でとても有用である
と考えられる。最後に,本会議に参加するための貴重な機会を与えていただきましたライフサイ
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エンス振興財団に深く感謝申し上げます。
海外派遣/平成26年度
7 European Society of Cardiology( ESC)
Congress 2014
横浜市立大学大学院 医学研究科 循環制御医学 博士課程2年
石
渡 遼
開 催 地:スペイン,
バルセロナ
開催時期:2014年 8 月30日~ 9 月 3 日
本会議の意義,特色
ESC Congress は欧州心臓病学会
(ESC)が年に一度開催する学術集会である。臨床医を中心に,
基礎研究者,コメディカル等30,300人以上が参加した本会議では,臨床や治験における最新の話題
に触れられるのみならず,自身の研究に還元できうる基礎研究における研究報告や,方法論を見聞
きすることができた。
会議の具体的内容,結果
自身の発表,結果とともに,本会議の参加によって得られた知見に関して,報告する。本会議にお
いて,私は
「プロスタグランディンE2-EP4シグナルによる心線維化の抑制作用」というタイトルで
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発表を行った。心線維化は,心臓組織における過剰なコラーゲン線維の蓄積のことを指す。心線維
化は,心不全や心筋梗塞など心臓の病的状態に共通して見られる病態であり,心臓の拡張能の低
下を引き起こし,心拍出量の減少を招く。高齢化社会の進行に伴い,心不全患者数が増加の一途を
たどる中,
収縮能の低下に基づく心不全に対して,拡張能の低下に起因する心不全の患者数が増加
している。こういった心不全はHFpEF(Heart Failure with preserved Ejection Fraction)と称さ
れ,
病態の理解が不十分であり,
その診断の定義,治療法の選択の曖昧さが問題となっている。こう
いった背景から,本会議においても,
HFpEFに関する演題や,その背景にある心線維化に関する報
告が多数見受けられた。
HFpEFの患者数は増加しており,現在では全心不全患者の内,過半数を占めるということが報
告されている。拡張能の低下は直接的に死亡率と相関があるわけではないが,HFpEFは運動機能
の低下などQuality of Life の低下を引き起こすことが知られており,潜在的なHFpEF患者数は
報告されているよりも更に多いということが予想される。HFpEFは,収縮能の低下をきたし,死
因となりうるHFrEF(Heart Failure with reduced Ejection Fraction)への 遷 移 状 態なのではな
いかとの説もある。
Lam博士は本会議において,HFpEFに関する最近の研究を総括し,HFpEFが
HFrEFとは異なる病的所見を呈すことを挙げ,
HFpEFがHFrEFとは異なるメカニズムで進行す
る病態であること,その理解の重要性を強調した。具体的には,HFpEFでは求心性の心肥大が見ら
れるのに対して,
HFrEFでは遠心性の肥大が主であること,HFpEFでは間質の線維化が亢進して
いることが挙げられた。また,
HFpEFにおける拡張能の低下のメカニズムとして,心筋拡張を促進
する,
NO→cGMP→PKGのシグナル系がHFpEFでは減弱していること,心筋線維同士を繋ぎ止
める働きを持つタンパク質であるタイチンのアイソフォームの変化によって心筋細胞自体が伸展
しにくくなっているなどの研究結果が紹介された。
こういった背景から,
HFpEFの病態を理解し,その治療法を模索する上で,心線維化のメカニズ
ムを明らかにし,その抑制法を知ることは非常に臨床的意義の大きな課題である。本会議におけ
る,心線維化に関する研究報告について述べる。Savvatis博士らは,HFpEF患者の新組織中では,
コラーゲン線維の架橋を担う酵素であるLOXL2の発現が増加していることを見出した。LOXL2
が線維化に直接的に寄与していることを示唆する重要な報告であり,LOXL2の機能の抑制によ
る 治 療 法の 可 能 性や,
LOXL2をHFpEFマ ー カ ーとして 用いることができる 可 能 性を 示してい
る。
Nguyen博士らは,
relaxinというタンパク質の組み換えペプチド製剤である, serelaxinの投与
が,マウスの実験モデルにおいて心線維化を抑制することができることを報告した。serelaxinの
効果は顕著であるが,
2週間以上は効果が持続しないといった問題点や,serelaxin自体のコスト
の高さの問題などが指摘された。
relaxinは,黄体や乳腺,精巣などに含まれるホルモンであるが,
serelaxinが心臓において線維化を抑制するメカニズムは明らかではなく非常に興味深い現象で
ある。私個人としては,β2-Adrenagenic receptor過大発現マウスを用いた心線維化モデルの有
用性や,ある種のmicroRNA群
(miR-21,miR-30等)が線維化に関与する分子群の調節に関与して
いることが新たに知識として得られ勉強になった。Velde博士らは,Galectin-3の阻害剤を新規に
同定し,心線維化の治療薬として有用なのではないかという旨の発表を行った。Galectin-3は,線
72
維化に寄与することが知られている細胞種である筋線維芽細胞の活性化を仲介することで,心
線維化を促進することが報告されている。本発表では,Galectin-3の抑制作用を持つ物質として,
pectinという分子の代わりに
(pectinは生体吸収性が良くない),EMPPという分子を同定したこ
と,
EMPPはマウス実験モデルにおいて心線維化を抑制する作用を持つことが報告された。実用
化に近いところでの製薬の方法論を示した研究として,大変参考になるものであった。
私自身は,プロスタグランディンE2の受容体の一つであるEP4のシグナルが,筋線維芽細胞の
活性化を抑制し,心線維化を抑える働きを持つという旨の発表を行った。本発表では,EP4の機能
がマウス実験モデルにおいて心線維化を抑制することを示した。また,EP4の発現が心筋細胞より
もむしろ心線維芽細胞に局在していること,線維芽細胞に発現するEP4は筋線維芽細胞の活性化
に関与することが広く知られている分子であるCTGFの発現を減少させることで,心線維化を抑
制する可能性を示した。プロスタグランディンE2は,虚血性心疾患等の病的な状態で高分泌され
ることが知られており,このシグナルは線維化を抑制する内在性の機構として働いていることが
考えられる。発表を聞いてくださった先生方からは,主に次の質問が出た。
(1)本研究の臨床的意義
は何か?
(2)
CTGFを減少させるメカニズムは何か?(3)他の線維化モデルでの検討を行っている
か?
(1)に対しては,
EP4の選択的な刺激によって,内在性の抗線維化メカニズムを増強し,線維化
の治療として用いる可能性を説明した。
(2)に関しては,EP4の主要なセカンドメッセンジャーで
あるcAMPが関与する可能性を説明した。
(3)はまだ行っていないので,本会議で知った他のマウ
ス実験モデルを用いた実験を行うことも検討したい。本発表は,臨床的意義の大きな基礎研究で
あることを認めて頂き,
“Top ScorePposter Award”を受賞した。本会義の参加を通じて,今後の
研究の方向性を改めて考え直すことができた。また,国際的な場での研究発表,専門家とのディス
カッションを経験したことは大きな自信となった。これを励みにさらに研究に邁進していきたい
と思うに加え,
本大会に参加するにあたり,
大きな資金援助をして頂いたライフサイエンス振興財
団に改めて感謝申し上げます。
ありがとうございました。
▲
▲
海外派遣/平成26年度
8 EUROSPINE 2014 Annual Meeting
大阪大学大学院 医学系研究科 器官制御外科学 整形外科
森
開 催 地:リヨン,
フランス
開催時期:2014年10月 1 日~ 3 日
73
本 時 光
本会議の意義,特色
Euro-spineは脊椎・脳神経外科の分野においてヨーロッパ最大規模,かつ,世界でも有数の
国際学会であります。2011年には約80か国,4000人の参加が報告されております。本学会は基礎
科学研究の推進と臨床医,研究者間での知見の交流を目的としており,世界をリードする脊椎・
脳神経外科医や多数の医療・業界専門家が参集し,多岐にわたる演題が発表されます。全演題の
採択率は40%以下と非常に低く,とりわけ口頭発表の採択率は20%程度であり関連学会の中でも
特に厳しい水準とされております。基礎研究においてはバイオマーカー,プロテオミックス,ゲ
ノミックスの研究や新しい画像解析などが,臨床医学においては新規バイオマテリアルやバイオ
エンジニアリングを含む新しい治療法の報告,および,新規治療法の最新の臨床成績などが演題
の中心であり,参加者による専門的意見の交換と枠組みを超えた議論が活発に行われることが本
学会の特徴であります。
会議の具体的内容,結果
この度,貴財団からの助成を頂戴して,2014年 9 月にフランスのリヨンで開催されたEUROSPINE
2014 Annual Meetingに参加させていただき,
「Long-term administration of intermittent
teriparatide(PTH1-34)accelerates remodeling of BMP-induced new bone in a rat spinal
fusion model」というタイトルで口頭発表させていただく機会をいただきましたのでご報告させ
ていただきます。
今回発表させていただきました研究内容について簡単に説明させていただきます。Bone
morphogenetic protein
(BMP)は異所性の骨形成誘導因子であり,欧米では特に脊椎固定術にお
いてサイトカイン治療として臨床応用
(多くはoff-label use)されその有用性が報告されておりま
す。しかし,強力な骨形成能による長所が報告される一方で,BMPによって誘導された新生骨
は骨質が不良であるという問題に加え,ヒトでは生理的濃度を大幅に上回る高用量のBMPが必
要であり,それに伴う炎症反応惹起や異所性骨化など移植したBMPの空間的制御困難のために
生じる合併症も明るみになってきました。そのため,現在,効率的なdrug delivery systemの開
発や他のサイトカインとの併用などBMPの必要量や関連する合併症を低減するための方法が模
索されています。
ここで我々は,近年骨形成を促進する唯一の骨粗鬆症治療薬として承認され,かつ,BMPシ
グナルとの相互作用を有するテリパラチド
(PTH1-34)に着目し,BMP2併用ラット脊椎固定モ
デルに対する 6 週間のPTH1-34の間歇投与の効果を検討いたしました。その結果,BMP2併用
ラット脊椎固定モデルに対する 6 週間のPTH1-34の間歇投与は新生骨の骨質と骨癒合率を改善
させることを明らかにし,論文報告いたしました(J Bone Joint Surg Am, 2013)。また,この際,
BMP2によって誘導された新生骨がPTH1-34の間歇投与によって減少傾向を示していたため,新
生骨がリモデリングされている可能性があることを見出しましたが,新生骨の減少傾向がリモデ
リングの結果生じたものかどうかの証明が課題として残存しました。そのため,次に,同モデル
74
に対するPTH1-34の間歇投与を12週間の長期にわたって行い,加えて継時的にμCTで新生骨の
サイズを評価することで,BMP2によって誘導された新生骨がPTH1-34の間歇投与によってリモ
デリングされているかどうかをPTH1-34非投与群と比較して評価することを主目的として実験
を行いました。その結果,PTH1-34の12週間の間歇投与がBMP2誘導新生骨の骨質改善のみなら
ず,BMP2によって誘導された過剰仮骨を低減させ,新生骨のリモデリングを促進させたという
研究結果を得ることができました。この結果は,BMP移植治療にともなうBMPの空間的制御困
難のため生じる諸問題を解決する有用な治療法となりえ,また,BMPを用いた骨再生治療にお
ける新たな治療法確立のエビデンスともなりえる結果でもあると考え本学会に投稿したところ,
basic science部門で口頭発表の機会をいただくことができました。
実際の発表では,練習通り比較的円滑に発表できたと同行の先生方に評価していただき今後の
励みとなりました。Audienceからの質問としては,BMP2移植に伴う移植部周囲への炎症の波
及がPTH1-34の投与で増悪してしまう懸念に関して意見をいただきました。これに関しては現
在,BMP移植による炎症の広がりをMRIで評価する研究を施行中であったこともあったためそ
れについて説明し,比較的円滑な質疑応答を行うことができました。しかし,自分の意見を伝え
るための最適な言葉が出てこず,完全に意見を伝えられなかった点が課題として残ったと同時に
自由に英語を話せる能力が必須であると認識でき,自分の英語が不十分であることも痛感いたし
ました。また,同じセッションの演題の中には自分の研究中のテーマと同様の内容の発表が多数
あり,競合する研究者が世界中にいることを改めて認識させられました。
本学会は私が発表した基礎研究部門のみならず,臨床部門においてもシンポジウムが非常に充
実しており,第一線で活躍しておられる先生方のお話を多数聞くことができました。多くの先生
方が,新しい系の確立へのチャレンジ・新しい概念の提唱をされており,大きな感銘を受け,自
分も新たなチャレンジをしたいという意欲をかき立てられました。さらに,本学会は,研究のた
めの情報収集の場としてのみならず,
研究者として自分に足りないものを認識する機会としても,
非常に貴重な体験となりました。今後も,この貴重な経験を十分に生かして,本研究をさらに発
展させていくよう努力する所存であります。
最後になりましたが,本学会への参加に際して助成いただきました貴財団に対して心より感謝
申し上げます。
75
●調査研究 ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
平成26年度は,本財団の主要業務である
「研究開発の助成」に関して,急速に進展しているラ
イフサイエンスの最近の研究開発状況を踏まえた将来見通しを得るために,ライフサイエンスに
おける研究開発の特徴,現在までの研究開発の進展状況,今後の中長期を見通した研究開発の発
展方向などについて,調査研究を依頼し,そのレポートを得ました。調査研究レポートの要旨は
▲
▲
以下の通りです。
調査研究/平成26年度
ライフサイエンスに係る研究開発の将来動向調査
日本薬科大学客員教授 高垣 洋太郎 要 旨
ライフサイエンスにおける研究開発の特徴,現在までの研究開発の進展状況,今後の中長期を
見通した研究開発の発展方向,推進すべき研究開発テーマなどについて,調査の依嘱を受けた。
ライフサイエンスは,現在,非常に大きい転換期にある。今世紀初頭に完成したヒトゲノム計画
が新視界を開示し,新しい研究の地平が急激に展開しつつある。限られたスペースで,この新展
開を中心に,今後の研究方向へと繋げられればと思う。
1953年ワトソンとクリックが提出したDNA二重らせんモデルは,遺伝情報がA,C,G,Tの四塩
基の一次配列に担われているとの信条と化した。その後の研究も,染色体DNA上の遺伝子の塩
基配列に生命の設計情報がある事を示唆し,20世紀後半は,遺伝子DNA配列が生命の全てを決
めるとする,遺伝子決定論が喧伝された。しかし,2001年ヒトゲノム約31億塩基の粗稿が公開さ
れ,2003年にほぼ完読されると,予想外の結果が示された。ヒトゲノムには遺伝子が約 2 万個と
予想の1/5しかなく,タンパク質をコードする領域はゲノムの約1.5%しかない。又,ゲノムDNA
の半分以上が繰り返し配列で,その大部分が,ゲノム上を転移できるトランスポゾン由来の配列
であった。
トランスポゾン由来の繰り返し配列は,基本形約6,000塩基の長分散型核因子
(Long Interspearsed
Nuclear Element:LINE)が約85万コピーでゲノムの21%を占め,基本形約290塩基の短分散型
核因子
(Short Interspearsed Nuclear Element:SINE)が約150万コピーで13%を占め,他にレ
トロウイルス様因子やDNAトランスポゾンを加え,ゲノムの半分以上を占めていた。これらは,
活動を押さえ込まれ,突然変異等で瓦解し,化石化されている。が,転移活性が有るものが僅か
76
に残っており,体細胞でゲノム上の転移が観察される。また染色体上に,約50塩基から数百万塩
基までブロックでコピー数が変わる,コピー数多型(Copy Number Variation,CNV)が観察さ
れた。受精時同一ゲノムを持つ一卵性双生児も,高齢時に複数の異なるCNVを持つ。即ち,ゲ
ノムは,受精後変動するのである。
ゲノムDNA上の塩基配列が解読されると,その転写産物RNAや翻訳産物タンパク質の全て
のデータベースが作製でき,生体の実際の産物と突き合わせて解析出来る。そのような作業を
ゲノムGenomeの 3 文字を産物の語尾に付けて,トランスクリプトームtranscriptome
(全転写
物解析)
,プロテオームproteome(全タンパク質解析)等と呼び,一般的にomics解析と呼ぶ。ト
ランスクリプトーム解析では,ゲノムDNA全体の約80%が,RNAに転写され,過半数が機能
を担うタンパク質非コード
(non-coding,nc)
RNAであり,短鎖マイクロRNA(miRNA),短
鎖干渉RNA
(siRNA)と短鎖piwi結合RNA
(piRNA),及び長鎖非コードRNA(long non-coding
RNA, lncRNA)等新規の機能RNAが発見された。lncRNAは,長鎖遺伝子間RNA(long/large
intergenic ncRNA:lincRNA)と呼ぶ独自の転写単位と,lincRNA以外のlncRNAで,遺伝子転
写開始領域やエンハンサー領域の順方向か逆方向の転写物や,遺伝子本体かその近傍の逆転写物
がある。lncRNAは,mRNAより寿命が短く,ヌクレオチド配列は,遺伝子よりは動物種間での
保存性が低い。
DNA塩基配列の変化を伴わずに次世代に表現型が異なって継承される遺伝形式をエピジェ
ネティクスと呼ぶ。この現象を説明する分子機構として,DNAシトシンの5-メチル化(或いは
DNAメチル化)と,ゲノムDNAが巻き付くヒストンタンパク質の化学修飾がある。ゲノムDNA
の凝集不活化
(ヘテロクロマチン)には,DNAメチル化とヒストンのアセチル基化学修飾の除去
が関わり,DNA脱メチル化とヒストンのアセチル化は,ゲノムの立体構造を活性化状態(ユーク
ロマチン)にする。DNAメチル化及びヒストンの脱修飾は,環境要因や食餌などで変化して情報
発現を変えるが,元来はトランスポゾンの活動を抑え込む装置であり,これが進化過程で,環境
などに対応する制御装置として発達したと考えられる。
細胞内の小器官であるミトコンドリアは,16,569塩基の環状DNAを持ち,これに13個のタン
パク質と二本のリボゾームrRNAと22種の転写tRNAがコードされて,独自のタンパク質生合成
系を有する。ミトコンドリアは,細胞の最大のエネルギー捻出装置であり,その13タンパク質は,
エネルギー生産に関わる呼吸鎖複合体の中核タンパク質である。呼吸鎖は,活性酸素を発生し,
これがDNAを傷つけるので,ミトコンドリアDNAの塩基置換速度(進化速度)は,核DNAと比
較して10~20倍と速く,多くの多型
(ハプロタイプ)が知られている。ミトコンドリアの多型解析
から,人類が,約10万年前にアフリカを脱出した後に地球上を拡散した経路が判明した。又,世
界各地域の特有の多型は,その地域の気候風土や食餌に適応淘汰した結果と考えられ,特定多型
と,肥満・やせ,II型糖尿病,長寿,がん,パーキンソン病等との関連が広範に研究されつつある。
人体には1000種以上の千兆個近くの細菌が常在しており,単純計算では,ヒトのゲノム遺伝子
総数よりも細菌遺伝子の総数が上まわる。腸内細菌叢を解析すると,疾患状況では,特徴的なパ
ターンが見られる。例えば,炎症性腸疾患の患者では,腸管上皮細胞のエネルギー源となる短鎖
77
脂肪酸を生成する細菌が少なく,腸内細菌叢の多様性が低下している。精神神経系疾患を含む他
の疾患や体質でも,特徴的な腸内細菌叢が見られている。疾患患者に,健常人の糞便を移植する
と,これらの疾患の治療ができる。
ゲノム計画は,生命に対する理解に,大きなパラダイムシフトをもたらした。ヒトは,染色体
の遺伝子だけでなく,ミトコンドリアと,進化の過程で飛び込んで来たトランスポゾンと,共
生常在細菌叢との,混合共生体であり,この共生が,激変する地球環境に対応する事を可能と
し,人類の現存を可能としたとの理解である。しかし,現研究状況は,遺伝子もその産物の解析
の半分が未着手で,更に,種々のncRNAの機能解析,種々のエピジェネティクス現象,種々の
omics解析等,新しく登場した研究対象は,開始点にいる。ライフサイエンスとして,ポストゲ
ノムの発見で,急激に研究の地平は拡大したが,研究資源と人員は限られている。
ビッグプロジェクトは,データ集積作業に埋没しているが,それらとは一線を画して,「代謝
→遺伝→進化」の生命現象の全体を概観し,進化途上にある人類が生活環境(食や気候など)や精
神環境
(ストレスなど)
を,どの様に検知し処理してきたかの視点から,ライフの基本的な洞察を
得る事に集中するのが賢明である。発生分化の分野で,山中 4 因子で脱分化をiPSとして誘導出
来た例に,隙間を賢く突く知恵として学ばねばならない。
78
●財団の概況 ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ
1 評議員 平成27年 3 月31日現在
板橋 明 埼玉県骨疾患研究センター所長
岩坪 威 東京大学大学院医学系研究科教授
上原誉志夫 共立女子大学家政学部教授
大井田 隆 日本大学医学部公衆衛生学教授
太田 隆久 東京大学名誉教授
興 直孝 元静岡大学学長
菅野 純 国立医薬品食品衛生研究所毒性部長
桑野 信彦 九州大学名誉教授
柴田 武彦 理化学研究所環境資源科学研究センター先進機能触
媒研究グループ名誉研究員
清水 信義 慶應義塾大学名誉教授
関口 光晴 元東京工業大学副学長
髙倉 公朋 元東京女子医科大学学長
髙橋 雅江 日本女子大学名誉教授
永野 博 科学技術振興機構研究開発戦略センター特任フェロー
別所 正美 埼玉医科大学学長
山口ひろみ ジャパンライフ株式会社代表取締役社長
吉川 邦彦 大阪大学名誉教授
2 理事・監事
理 事 長
石井 敏弘 元科学技術庁長官官房長
常務理事
佐藤 征夫 公益財団法人ライフサイエンス振興財団常務理事
理 事
井原 康夫 同志社大学生命医科学部教授
〃
漆原 秀子 筑波大学大学院生命環境科学研究科教授
〃
小川 智也 理化学研究所研究顧問
〃
小澤 俊彦 昭和薬科大学特任教授
〃
干場 静夫 独立行政法人海洋研究開発機構
地球情報基盤センター センター長代理
〃
松尾 篤 ジャパンライフ株式会社顧問
国際経済研究院日本代表
〃
山口 隆祥 ジャパンライフ株式会社代表取締役会長
監 事
尾尻 哲洋 辻・本郷税理士法人特別顧問
〃
堀越 董 堀越法律事務所 所長
79
3 決算の状況
平成25年度
(平成25年4月1日~平成26年3月31日)
(1)
貸借対照表(平成26年 3 月31日現在)
科 目
Ⅰ資産の部
1流動資産
2固定資産
基本財産
特定資産
その他の固定資産
固定資産合計
資産合計
Ⅱ負債の部
1流動負債
2固定負債
負債合計
Ⅲ正味財産の部
負債及び正味財産合計
(単位:円)
当年度
前年度
9,146,474
3,884,578
5,261,896
245,415,000
197,728,000
259,629,007
702,772,007
711,918,481
234,105,000
169,471,000
289,204,344
692,780,344
696,664,922
11,310,000
28,257,000
△29,575,337
9,991,663
15,253,559
5,063,877
19,241,000
24,304,877
253,535
18,241,000
18,494,535
4,810,342
1,000,000
5,810,342
711,918,481
696,664,922
15,253,559
(2)
正味財産増減計算書(平成25年 4 月1日より平成26年 3 月31日まで)
科 目
Ⅰ一般正味財産増減の部
経常収益計 経常費用計
評価損益等計
経常外収益計 経常外費用計
当期一般正味財産増減額 一般正味財産期首残高 一般正味財産期末残高 Ⅱ指定正味財産増減の部
当期指定正味財産増減額 指定正味財産期末残高 Ⅲ正味財産期末残高 (3)
財産目録(平成26年 3 月31日現在)
科 目
Ⅰ資産の部
1流動資産
2固定資産
基本財産
特定資産
その他の固定資産
固定資産合計
資産合計
Ⅱ負債の部
1流動負債
2固定負債
負債合計
Ⅲ正味財産合計
増 減
(単位:円)
当年度
前年度
45,737,669
57,300,920
9,696,468
0
0
△1,866,783
444,065,387
442,198,604
45,411,493
44,621,681
39,344,630
1,260,000
0
41,394,442
402,670,945
444,065,387
326,176
12,679,239
△29,648,162
△1,260,000
0
△43,261,225
41,394,442
△1,866,783
11,310,000
245,415,000
687,613,604
92,535,000
234,105,000
678,170,387
△81,225,000
11,310,000
9,443,217
(単位:円)
金 額
9,146,474
245,415,000
197,728,000
259,629,007
702,772,007
711,918,481
5,063,877
19,241,000
24,304,877
687,613,604
80
増 減
4 評議員会及び理事会
(1)評議員会
平成26年 6 月25日、平成27年 3 月13日に評議員会を開催した。
議案は次の通りである。
1)
平成26年度第 1 回評議員会
(平成26年 6 月25日)
第1号議案 議長及び議事録署名人の選任
第2号議案 平成25年度事業報告に関する件
第3号議案 平成25年度決算に関する件
第4号議案 その他
2)
平成26年度第 2 回評議員会
(平成27年 3 月13日)
第1号議案 議長及び議事録署名人の選任
第2号議案 平成26年度事業実施状況に関する件(報告)
第3号議案 平成26年度変更事業計画及び変更収支予算に関する件(報告)
第4号議案 平成27年度事業計画及び収支予算に関する件(報告)
第5号議案 平成27年度資金調達及び設備投資の見込みに関する件(報告)
第6号議案 評議員、理事及び監事の報酬等の支給基準に関する規程の改定に関する件
第7号議案 評議員並びに理事・監事に任期満了に伴う選任方法に関する件
(2)
理事会
平成26年 6 月 3 日、平成26年 6 月25日、平成27年 2 月12日、平成27年 2 月20日、平成27年 3
月13日に理事会を開催した。
議案は次の通りである。
1)
平成26年度第 1 回理事会
(書面)
(平成26年 6 月3日)
第1号議案 平成25年度事業報告に関する件
第2号議案 平成25年度決算に関する件
第3号議案 評議員会の招集に関する決議
2)
平成26年度第 2 回理事会
(平成26年 6 月25日)
第1号議案 評議員会議決案件の説明
(①平成25年度事業報告に関する件、②平成25年度
決算に関する件)
第2号議案 理事長及び常務理事の職務遂行状況報告
第3号議案 その他
3)
平成26年度第 3 回理事会
(書面)
(平成27年 2 月12日)
議案 評議員会の招集に関する決議 4)
平成26年度第 4 回理事会
(書面)
(平成27年 2 月20日)
議案 評議員会開催の目的事項の追加に関する決議
5)
平成26年度第 5 回理事会
(平成27年 3 月13日)
第1号議案 平成26年度事業実施状況について(報告)
第2号議案 平成26年度変更事業計画及び変更収支予算に関する件
第3号議案 平成27年度事業計画及び収支予算に関する件
第4号議案 平成27年度資金調達及び設備投資の見込みに関する件
第5号議案 選考委員の選出に関する件
第6号議案 理事長及び常務理事の職務遂行状況報告
81
5 事業一覧
 平成26年度研究開発の助成
研究代表者
氏 名
研 究 課 題 名
所 属
①脳神経疾患の診断と治療
東北大学加齢医学研究所脳
Neuro-vascular unitに着目したくも膜下出血の遅
武藤 達士 科学研究部門機能画像医学
発性脳虚血の病態解明と新規治療法の開発
研究分野
上阪 直史
東京大学大学院医学系研究 シナプス発達・行動を指標とした自閉症原因遺伝子
科神経生理学教室
の同定
伊東 大介
慶應義塾大学医学部神経内 C9orf72 6塩基反復配列異常伸長を伴う筋萎縮性側
科
索硬化症の分子病態の解明と治療ターゲットの同定
②健康科学
(健康な高齢期を迎えるための)
田中 芳彦
福岡歯科大学機能生物化学 健康な高齢期を迎えることを目指した歯周病の病態
講座感染生物学分野
の解明と新しい治療法の開発
村田 幸久
東京大学大学院農学生命科
骨粗鬆症の病態マーカーと治療方法の開発
学研究科応用動物科学専攻
大阪大学免疫学フロンティ 破骨細胞のエピジェネティク制御の解明と創薬応
西川 恵三 ア研究センター免疫細胞生 用-高齢化社会を背景に急増する骨代謝疾患の画
物学
期的な予防・治療を目指して-
③一般課題
谷内江 望
東京大学先端科学技術研究
タンパク質ネットワーク動態の高速同定技術の開発
センター先進生命科学分野
崎谷 康佑
朝日生命成人病研究所附属 オートファジーと小胞体ストレス応答による大腸
医院消化器内科
癌の制御機構
安永晋一郎
広島大学原爆放射線医科学
研究所放射線災害医療研究
組織幹細胞の老化制御の分子機構の解明
センター幹細胞機能学研究
分野
原 雄二
京都大学大学院工学研究科
筋ジストロフィー治療法確立を目指した糖鎖認識
合成・生物化学専攻生体認
ペプチドマテリアルの開発
識化学分野
丸山 達生
神戸大学大学院工学研究科 細胞内pHの違いを利用したガン細胞選択的新規抗
応用化学専攻
ガンシステムの開発
明石 英雄
東北大学大学院医学系研究 新規ヒト多能性維持機構の解明と,それを利用した
科細胞組織学分野
神経誘導方法の開発
仲嶋 一範
慶應義塾大学医学部解剖学
脳の認知機能を破綻から守るメカニズムの解明
教室
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 国際交流の援助
平成26年度は, 4 件の国際会議の助成を行うとともに,外国での国際会議,シンポジウムへ
の参加,また,調査・研究に必要な旅費等の援助を 9 件実施した。
それぞれ,年度内に報告書が提出された。
(44頁~75頁参照)
 調査研究の実施
研究開発の助成に係る分野の研究開発の動向等を把握するため,平成26年度においては,ラ
イフサイエンスに係る研究開発の将来動向について調査研究を依頼し,そのレポートを得た。
(要旨は76頁~78頁)
 研究開発助成金の贈呈式の実施
平成26年度に助成する研究開発助成13課題について,受賞研究者を招いて,役員及び評議員
の出席のもと助成金の贈呈式を行った。
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編集後記
平成26年度は,前年度に創立30周年記念事業を終え,定常業務を新たな気持ちで行うことがで
きましたが,幾つか特筆すべきこともありました。
まず,公益財団法人に移行後 3 年が経過したことから,平成26年秋に内閣府から連絡があり,
日程調整の結果,平成27年 2 月に移行後初の立入検査が行われました。内閣府では,新公益法人
の事業の運営実態を把握するという観点から,公益法人移行後概ね1年から 3 年以内を目途に第
1 回の立入検査を行うこととなっています。
検査当日は,法人概要及び事業内容を30周年事業でまとめた資料等により説明をした後, 2 人
の調査官が会計処理状況,組織状況,理事会等開催状況,理事等の就任状況などに関する書類を
基に検査が行われました。事前の監事監査でのご指摘に基づき準備した資料も役立ち,立入検査
の講評では,今後に対する幾つかの指摘はあったものの,すぐに対応すべき宿題事項もなく立入
検査を終えることができました。
また,平成26年度の調査研究においては,急速に進展しているライフサイエンスの最近の研究
開発状況を踏まえた将来の見通しを得ておくことの重要性に鑑み,ライフサイエンスにおける研
究開発の特徴,現在までの研究開発の進展状況,今後の中長期を見通した研究開発の発展方向な
どについて,幅広い研究に造詣の深い日本薬科大学客員教授の高垣洋太郎教授に依頼しレポート
を得ることができました。
さらに,平成26年度は,円安の結果,仕組債の利金が増えるとともに, 1 銘柄については,期
限前償還がありました。平成22年 4 月に常務理事兼事務局長になってからの丸 5 年間で国内外の
経済状況も財団の財務状況も大きく変化したことに驚くとともに感慨深いものがありました。
本年報により,新たな環境での展開を図る当財団の業務へのご理解を賜り,今後の諸活動への
ご支援をいただければ幸いです。
(佐藤征夫)
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ライフサイエンス振興財団年報
編集発行人 佐 藤 征 夫
平成26年度版
発 行 所 公益財団法人 ライフサイエンス振興財団
平成27年 3 月31日発行
 2015 公益財団法人 ライフサイエンス振興財団
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