江原 一雅 連載 第5回 Kazumasa_EHARA そのまま研修で使える! 記事内のスライドデータがダウンロードできます http://www.nissoken.com/ps/(使い方はP.2参照) 滋慶医療科学大学院大学 医療管理学研究科長・教授/医学博士 士 医師/脳神経外科学会専門医 1975年神戸大学医学部卒業,1985年神戸大学医学部脳神経外科学講座助 手,1996年同大学医学部脳神経外科学講座助教授,2000年同大学医学部附 属病院危機管理室副室長,2003年同大学医学部附属病院医療安全管理室 副室長,2005年同大学医学教育センター副センター長,2007年同大学大学院医学系研究科脳神 経外科学分野准教授,2010年同大学大学院医学研究科外科系講座教授。2010年神戸大学退職, 滋慶医療経営管理研究センター主席研究員,神戸大学大学院医学系研究科客員教授(兼任) , 2011年滋慶医療科学大学院大学教授。 2013年同大学研究科長。 安全の視点による医療の質の評価と向上 第5回のテーマ 今回が医療安全管理 1.安全の視点からみた 医療の質とは 2.医療安全の質指標 3.有害事象から学ぶ 4.エビデンスに基づく 安全対策 学入門の総論の最終回 となります。安全文化 の4本柱の中から「安 全の視点による医療の 質の評価と向上」につ いて講義を行います。 江原一雅:はじめての医療安全管理学入門,病院安全教育,Vol.1,No.1,P.115~120,2013. 安全の視点からみた医療の質とは 医療の質に関する6つの目標 1. 2. 3. 4. 5. 6. 安全性: 有効性: 患者中心志向: 適時性: 効率性: 公正性: 米国医療の質委員会:医療の質―谷間を越えて21世紀のシステムへ,P.6,7,2001. 医療の質指標 (クオリティインディケーター:QI)とは • Structure(構造、ストラクチャー) • ヒト、モノ、カネ • 病床数、職員数、設備、、、、 • Process(プロセス) • 入院患者数、外来患者数、手術数、高度先進医療 • マニュアル、規則、手順 • Outcome(結果、アウトカム) • 有効性 • 安全性 • 効率性 (治療成績、死亡率、平均在院日数) 医療の質には,どのようなものが含まれるの でしょうか。米国医療の質委員会は,医療の質 を向上させる目標として左のスライドに示すよ うに6項目を掲げました。安全性は6項目の1 番目の項目とされ,効率性より優先される項目 であると言えます1)。 また,医療の質を評価するための指標(クオ リティインディケーター:QI)として,Donabedian はストラクチャー(構造) ,プロセス(過程) , アウトカム(結果)の3つの要素があると述べ ています。 ストラクチャーとは,組織のヒト,モノ,カ ネなど測定可能なハードウエアに該当します。 プロセスとは,実際に行われた活動実績を指し ます。医療の場合,診療や看護の実績などがそ れに該当します。アウトカムとは,医療の場合, 受けた行為の結果としての状態の評価を意味し ます。治療の有効性,安全性,効率性や顧客満 足度などが該当し,治療成績や死亡率,平均在 院日数なども含まれます2)。 Donabedian A, The quality of medical care,sience 1978. 病院安全教育 Vol.1 No.5 119 医療安全の質指標 医療安全における質指標 (ストラクチャー、プロセス) 医療安全における質指標(アウトカム) 1. アウトカムとして有害事象のデータ収集 • ストラクチャー: • 医療の質・安全管理部専従、専任、兼任職員数、設備、 予算 • 部署安全マネージャーの数 • プロセス: • ヒヤリ・ハット報告数、有害事象報告数 • 医療安全に関連した職員講習会実績、外部研修参加 実績 • 患者相談事例数 • • • • • 転倒・転落による有害事象(骨折、頭部外傷) 3度以上の褥瘡の年間発生件数 手術後24時間以内の再手術数(診療科別) 遺残、手術部位間違いの件数 侵襲的処置の合併症、手術合併症 2. 電子カルテからのデータ収集 • 手術後1カ月以内の死亡率 • 平均在院日数がDPC基準の2倍以上の件数 3. 医療事故等 • 医療事故発生件数、訴訟発生件数、損保会社が対応した 紛争件数、総賠償金額 ©江原一雅 滋慶医療科学大学院大学 医療管理学研究科長・教授 ©江原一雅 滋慶医療科学大学院大学 医療管理学研究科長・教授 医療安全の質の指標にはどのようなものがあるのでしょうか。 「ストラクチャー」としては,医療安全 部門の人員や職員数が挙げられます。 「プロセス」としては,インシデントレポートの数や安全に関連し た研修会の開催状況などが挙げられます。 医療安全の「アウトカム」としては,上のスライドに示すような項目が挙げられます。例えば,有害事 象の件数がそれに該当します。有害事象とは,本連載第4回(本誌Vol.1,No.4)で述べたように,予防 可能性や過失の有無にかかわらず,医療の結果として,あるいは医療が関与して生じる,意図しない身体 的損傷のことです。有害事象を測定し,減らす活動を行うことが,医療安全の質の向上につながります3)。 医学の質の視点による検証,有害事象から学ぶ 有害事象の頻度(入院患者カルテ調査による) 有害事象の予防可能性の検証 日本 米国 オースト ニュージー カナダ ランド (2001) (2005) (1992) ラリア 調査カル テ数 有害事象 (%) 予防可能 性(%) 4389 14500 (1992) (1998) 14600 6500 3700 5.4% 16.6% 12.9% 10.7% 51% 42% (18病院) 6.8% 23% 35% 堺秀人(主任研究者):医療事故の発生頻度に関する研究報告書,厚生労働省科学研究費 補助金医療安全技術総合評価研究事業平成17年度総括報告書,P.1~14,2006. ↑ ↑ 過失(法的医 より高度な医療水準 療水準) 予防可能性のある (予防可能性) 有害事象 堺秀人(主任研究者):医療事故の発生頻度に関する研究報告書,厚生労働省科学研究費 補助金医療安全技術総合評価研究事業平成17年度総括報告書,P.1~14,2006. 有害事象は,年間どれぐらい発生するのでしょうか。厚生労働省堺班のカルテ調査によると,入院患者 数の約6.8%に発生していたとの報告があります4)。諸外国のデータでも入院患者の5~15%程度発生し ており,決して珍しい事象とは言えません。 ところで,有害事象が発生し,その事例を検証したり,調査を行ったりする場合に留意することとして, 前回の連載でも紹介した「有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン」5)に述 べられているように,個人の責任追及ではなく,再発防止を果たすことを主な目的とすることが挙げられ ます。RCAやSHELなどのエラー分析も有用で 医療の質の視点による検証が必要な事例 す。さらに,より医療の質を向上させ,再発防止 □急変事例:肺塞栓、気管チューブトラブル、不整脈 に取り組むためには法的な医療水準より高い水準 ・結果予見と結果回避 □管理:転倒・転落、チューブ抜去 ・結果予測と結果回避 □診断の見落とし ・技術水準の評価 □合併症:手術、内視鏡、血管内治療、CVカテ ・技術水準(技術・判断・コミュニケーション) ©江原一雅 滋慶医療科学大学院大学 医療管理学研究科長・教授 120 病院安全教育 Vol.1 No.5 を基準にする必要があります。 左のスライドに示した医療やケアの質に関連し たインシデントは「エラー」の視点ではなく, 「質 の問題」として検証した方がよいと思われます。 例えば,転倒・転落発生件数やそれに起因する骨折や頭部外傷の件数は,ケアの質の問題として検証で きます。その際の視点として,転倒のリスク評価を適切に行っていたかどうか,また,転倒のリスクが高 いと評価したにもかかわらず,適切な回避処置(対策)をとっていたかどうかについて評価します。チュー ブ自己抜去,入院患者の肺動脈血栓塞栓症,入院患者の自殺(企図を含む)などは同様のアプローチで分 析を行います。これは,ある意味で法的な注意義務違反として結果予見義務や結果回避義務の適切性を基 準に判断がなされていることと似ています3)。 また,診断の見落としや合併症などについては,技術水準に照らして検証する必要があります。 医療の質向上のための取り組み 医療安全の質を向上させるためには,各医療 PDCAサイクルを回す • P:是正計画書 • D:当該部署で実施 Act 水平展開 Plan 是正計画 Check 検証 DO 実施 機関はどのようにしたらよいのでしょうか。個 別の医療事故,有害事象,ヒヤリ・ハット事例 • C:検証(院内巡回) から改善計画を策定し,それを実施し,検証し, • A:全般化(全職員集会) 全般化するPDCA(PDSAとも言う)サイクル を回すことが必要です6)。左のスライドは,あ る病院の医療安全部門がPDCAサイクルをどの ように回しているかの例です。 ①重大なインシデントや有害事象は発生した場合 は,医療安全部門が中心になって検証を行う。 ②検証結果を踏まえて,当該部署は是正計画書 ©江原一雅 滋慶医療科学大学院大学 医療管理学研究科長・教授 を提出して改善策を実施する。 ③医療安全部門の月例の院内ラウンドにおいて,改善策が実施されているかを検証する。 ④医療安全の職員講習会においてその結果を報告し,必要であればマニュアルの改訂も行う。 医療安全の質の向上のための取り組み 1. Total Quality Management(総合品質管理) • • 米国で1980年頃QC(Quality Control)として、提唱され、 業務プロセスの改善を目指す活動で、産業界で広まり のちに TQM(Total Quality Management)となった。 日本型QC: 医療においてもQCサークルでカイゼンに向 けたQCサークルを中心にボトムアップでカイゼン策を実 行しその成果を発表する活動。 2. 5S活動 • 整理、整頓、清掃、清潔、しつけの5Sの向上をめざして 活動する 医療安全の質の向上への取り組みには,左の スライドに示す3つの代表的な活動があります。 Total Quality Management(総合品質管理)と は,米国で1980年頃,提唱(トップダウン型)の Total Quality Controlとして始まり,後にTotal Quality Managementとして発展しました。我が 国の医療界でも,TQCとしてQCサークルを中 心にボトムアップで改善していく活動が広まり 3. 医療安全全国共同行動 http://kyodokodo.jp/ ました7)。 ©江原一雅 滋慶医療科学大学院大学 医療管理学研究科長・教授 また,医療における職場の5S(整理,整頓, 清掃,清潔,しつけ)活動も,環境整備と共に安全性につながると考えられます8)。 医療の質向上の取り組みとして,米国にでは2004年から「10万人のいのちを救え」の活動9)が始まり, いくつかの重点項目を掲げ成果を上げました。我が国でも多数の病院の参加による「医療安全全国共同行動, いのちをまもるPARTNER」が始まり,①危険薬の誤投与防止,②周術期肺塞栓症の防止,③危険手技の安 全な実施,④医療関連感染症の防止,⑤医療機器の安全な操作と管理,⑥急変時の迅速対応,⑦事例要因分 析から改善へ,⑧患者・市民の医療参加の8つの目標を掲げ,各病院の医療の質の向上を図り,その評価が報告 されました。このように,医療安全の質の向上のためには,エビデンスに基づく予防対策を行うことも大事です。 病院安全教育 Vol.1 No.5 121 まとめ~医療の質の向上で安全を確保する ■医療の質の評価(クオリティインディケーター) □アウトカムの把握 ・各診療科・部門データを病院として把握 ・QIの定量的データ分析 □品質管理(TQM)、5S活動 ■有害事象を減らす=医療の質の向上 □自発的報告システム→エラー分析→PDCAサイクル ■エビデンスに基づく予防対策とその評価 今回で医療安全管理学入門の総論は終了し,次回からは各論として手術,薬剤,医療機器,転倒・転落, 急変対応などのトピックをシリーズで解説していきます。 引用・参考文献 1)米国医療の質委員会:医療の質―谷間を越えて21世紀システムへ,P.6~7,日本評論社,2002. 2)聖路加病院QI委員会編:Quality Indicator ―「医療の質」を測る,P.16,インターメディカ,2007. 3)江原一雅,武田裕: 「医療の質」の評価における医療安全の位置づけと質の向上のための取り組み,医療事故・紛争対応研究会 誌,5,P.1~10,2011. 4)堺秀人(主任研究者):医療事故の発生頻度に関する研究報告書,厚生労働省科学研究費補助金医療安全技術総合評価研究事業 平成17年度総括報告書,P.1~14,2006. 5)日本救急医学会,中島和江訳:有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン,P.45,へるす出版,2011. 6)東京医科大学医学教育講座訳:WHO患者安全カリキュラムガイド(多職種版2011) http://www.tokyo-med.ac.jp/mededu/news/detail2.html(2014年2月閲覧) 7)矢野真,棟近雅彦,河野龍太郎編著:医療安全への終わりなき挑戦―武蔵野赤十字病院の取り組み,P.16 ~19,医学書院, 2005. 8)福丸典芳:院内研修にすぐ使えるKYT&5S,P.46 ~50,日総研出版,2012. 9)Wachter RM, Pronovosit PJ, The 100,000 lives campaign;a scientific and policy review Joint Commission J of Quality and Patient Safety, 32(11),621-627, 2006. http://www.healthcaredisclosure.org/docs/files/100KLivesCampaign062408.pdf(2014年2月閲覧) 10)医療安全全国共同行動「いのちをまもるPARTNERS」 http://kyodokodo.jp/(2014年2月閲覧) 122 病院安全教育 Vol.1 No.5
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