香港におけるオフショア人民元市場の現状

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香港におけるオフショア人民元市場の現状
July 2011
2007 年に中国人民銀行が「国内金融機関の香港特別行政区での人民元建て債
券の発行に関する管理暫定弁法」を公布し、中国の発行体がオフショア債を
発行できるようになってから 4 年が経つ。その間、中国の金融制度改革の実
験地域である香港市場を通じて、人民元を決済通貨とする新たな起債方法で
ある「点心債(ディムサム・ボンド)」が登場した。点心債は、特に 2010 年
2 月の人民元建てクロスボーダー決済にかかわる規制緩和を受け、海外企業
が主に香港市場を介してオフショア投資家向けに人民元建て債券を発行でき
るようになったことから、注目を集めている。点心債の起債の利点について
述べると、中国国内の発行体にとっては、資金調達を比較的低コストで行う
ことができ、また、調達した人民元の中国本土還流に際した為替リスクを回
避できるという点にあり、海外の発行体(企業または金融機関)にとっては、
専門的投資家(professional investors)に対し、中華人民共和国または香港の
当局から承認を得ることなく、人民元建て債券を発行することができる点に
ある。他方、投資家は、中華人民共和国の承認を得ることなく、人民元建て
債券または人民元建て合成債券を引き受けることができる。さらに、債券発
行による人民元建ての手取金については、中国の国外で、または中国への
「経常取引」移転のために、中華人民共和国の承認を得ることなく自由に利
用できる。但し、中国内外への(人民元またはその他通貨建ての)「資本取
引」(海外投資)移転については、中華人民共和国の承認が必要とされてい
る。
人民元建て債券は、近時、目覚しい発展を見せている。香港金融管理局によ
ると、今年の初めから 5 ヶ月の間に、香港において 28 の発行体が総額 280 億
元(約 3500 億円)相当の人民元建て債券を発行している。この金額は、昨年
1 年間における総額の 50%を超えるものであった。昨年は、香港において 16
の発行体が 360 億元の人民元建て債券を発行した。2007 年に遡ると、その金
額はわずか 100 億元であった。
近年、複数の国際的な発行体が、香港においてオフショア人民元建て債券を
起債しているが、その一つが世界銀行である。同銀行は、過去最低の利回り
0.95%の 2 年債、5 億元(63 億円)相当を販売した。また、マクドナルド社は、
海外発行体の中で最も早く起債した企業であり、額面利率 3%の 3 年債、2 億
元を発行した。加えて、キャタピラー社も、額面利率 2%の債券、10 億元を
発行、ヨーロッパの家庭用品メーカー・グループであるユニリーバ社、なら
びにウォーレン・バフェットの支援を受ける中国の自動車メーカーである
BYD 社は、いずれも、2011 年 1 月以来、点心債の販売により総額 191 億元
(2400 億円)の資金を調達している。日本の発行体による発行例は、オリッ
クス、三菱 UFJ リース、東京センチュリーリースなどで、中国で事業を行っ
ているノンバンク系による発行需要が顕著となっている。発行コストとして
は、中国での人民元建てローンよりも有利で、円建てでの債券発行と遜色な
い水準とされている。
中国が自国通貨の国際化を始めて以来、蓄積したオフショアの人民元建て預
金を還流させることを望む銀行が、投資家の多くを占めている。今までのと
ころ、債券取引が、銀行、機関投資家を対象としていることは明らかである。
例えば、世界銀行債は小口投資家の大部分を対象とせずに一口 50 万元に分割
して発行しており、国際投資家は人民元の為替投機のチャンスほどには債券
の利回りには関心を寄せていない。多くのアナリストはこの人民元の為替投
機について、今年は米国ドルに対し 4%から 5%の間で上昇すると見込んでい
るようである。
起債における法的留意点
香港において、香港証券先物条例で定められている「専門的投資家」に対し
てのみ募集が行われる場合は、香港会社条例に定めるいかなる「目論見書」
も不要としている。しかしながら、当該発行は、複雑なリスクの分析が必要
になる可能性があり、適切な保護条項、免責条項等を導入する必要性が生じ
ることもある。例えば、世界銀行による発行例では、人民元での支払ができ
なくなった場合に米国ドルでも払えるような条項を設けることにより、流動
性リスクを緩和したという特色がある。
送金手続に関しては、ケースバイケースで承認が必要となり、中国政府およ
び地方レベルの承認手続きを共に遵守する必要がある。例えば、資金を受け
取る現地企業が、上海に拠点を置く企業である場合、上海の中国人民銀行と
中国国家外為管理局に承認を求める必要がある。通常は、現地企業と、現地
企業の中国における取引銀行が、申請手続を行う。
一般的に、債券発行から得られた資金を資本取引の形態で中国へ送金するに
は、資本注入と株主からのローン形態での貸出(株主ローン)の 2 つの方法
がある。また、資本注入と株主ローンによる送金の代わりに、債券発行から
得られた資金を、中国内外の事業の取引決済に用いることも可能である。中
国国内への手取金送付の承認を得ている限りにおいては、オンショアからオ
フショアに対する債券の償還金の支払・送金は、外貨建て資金の送金の場合
と同様の手続きになる。例えば、人民元建ての借入金の返済について、送金
者は、原取引(すなわち借入)が真正であり、支払/返済が真正かつ期日内
に行われていることを確認するため、現地の中国国家外為管理局の検証手続
を経る必要がある。人民元建ての発行手取金は、中国の国外で、または更に
緩和されたパイロットスキームに基づく中国の事業の取引決済のために(ま
たはその他「経常取引」のために)、自由に利用することができる。
日本の発行体による人民元建て債券発行における最も大きな法的障害として、
香港証券保管決済機関(CMU)が日本の租税特別措置法上の源泉税の免除に
関する証明書を発行しないことが挙げられる。例えば、本邦の発行体による
発行案件で、日本の源泉税の免除に関する証明書を CMU から入手すること
が困難であったため、最終投資家から非居住証明を入手するという方法が取
られたが、ユーロクリア等を利用することで、源泉税に関する問題点は解消
可能である。
人民元建て国際取引の問題解明に関する中国
人民銀行の通知
中国人民銀行は、2011 年 6 月 3 日に、「クロスボーダー人民元業務関連問題
の明確化についての通知」(「本件通知」)を発表した。本件通知は、特に
海外企業が中国本土へ直接投資を行う際の人民元決済に関して新たな規制を
導入している。
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すなわち、旧制度では、地方レベルの承認のみが必要とされていたのに対し、
本件通知の第 14 節には以下のような規定が置かれており、旧制度への重要な
変更が行われている。
(1).
海外投資家のオンショア人民元決済銀行、またはオンショア外資系企
業は、事前審査のために、所轄の中国人民銀行現地支店に対し、人民
元決済の申請書を提出できる。その後、中国人民銀行現地支店は、最
終承認のため、中国人民銀行本店へ当該申請書を提出しなければなら
ない。
(2).
中国人民銀行本店による承認が得られた場合、それ以降、オンショア
決済銀行は、中国本土における資金の使途を監督し、かつ当該資金が
承認された範囲内に限り使用されるようにしなければならない。
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オフショア人民元建て債券の起債の観点からは、上記の中国人民銀行本店に
よる追加的な承認手続が、起債により調達した手取金を中国本土へ送金する
ことを望む発行体にとって、困難な障壁となるかどうか検討する必要がある。
最後に、中国国家外為管理局と中国人民銀行の共同の取組みにおいて、中国
国家外為管理局は、中国人民銀行の所轄下に置かれている。また、人民元建
ての資本取引による中国本土への送金ついては、各地方の中国国家外為管理
局と中国人民銀行による共同事務所が、申請に対する承認の権限を委任され
ている。しかし、中国人民銀行による 2011 年 6 月 3 日付け回状によると、共
同事務所が受け付け、審査した申請は、最終承認のために北京の中国人民銀
行本店へ提出する必要があり、共同事務所による承認は十分な承認とは言え
ないとされている。
まとめ
中国は、今後も引続き、自国の金融制度の規制を緩和し、香港を実験地域と
して人民元建て金融商品の導入を進めていくものとみられる。人民元の十分
な兌換性を確保し、その国際化を図ることは、企業の資金調達および投資家
の人民元取引を活発化し、最終的には、中国経済の将来に大きな影響を及ぼ
すと考えられる。そのため、人民元の自由化ならびに香港における人民元の
クロスボーダー決済の規制緩和は更に進展し、人民元またはその他通貨によ
り決済される人民元建て債券は、今後、より信頼できる資本金融商品となる
可能性があると予測されている。
以上
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す。同じく、「オフィス」とは、かかるいずれかの法律事務所のオフィスを指します。
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