精神障害者の 雇用・就労支援

時 の 話 題~ 平成24年度 第28号(H24.11.30調査情報課)~
精神障害者の
雇用・就労支援
精神障害者には疲れやすい、コミュニケーションが取りにく
いなどの障害特性が多く見られ、就労に当たっては、勤務時間
の調整や、社内での理解促進など雇用管理上の配慮が必要とさ
れる。就職を希望する精神障害者は年々増加している中、今後、
ますます雇用・就労支援が求められてくる。こうした現状や、
国や都における精神障害者の雇用・就労支援についてまとめる。
1 現状
※このほか、神経症・ストレス関連障害、アルコールや薬物依存症、
認知症、パーソナリティ障害などがある。
(1)精神障害者とは
精神障害には、統合失調症、そううつ病(気分障害)、てんかんなど※がある。発症原
因が不明なものが多いが、脳の機能障害との関係が徐々に解明されている。
症状としては、例えば統合失調症では、被害妄想、幻聴、興奮、思考の脈絡の乱れ、
意欲や自発性が低下し閉じこもりがちになるなどが見られる。
しかし、新しい薬や治療法の開発が進んだことにより症状が抑えられるようになって
きており、症状の安定している精神障害者で就労を希望する者も多い。
(2)ハローワークにおける精神障害者の就 図1 ハローワークにおける精神障害者の就職
状況(件数:962 件)
職状況
不明 32 件 3.3%
実態調査によると、ハローワークにおける
その他の精神疾患
138 件 14.4%
精神障害者の就職者は、統合失調症が 47.1%
統合失調症
453 件
で最も多く、次いで、そううつ病(気分障害) てんかん
そううつ病 47.1%
79 件 8.2%
(気分障害)
27.0%、てんかん 8.2%であった(図1)
。
出典:独立行政法人高齢
260 件
就職先の職種では、
「生産・労務」が5割弱、
・障害者雇用支援
27.0%
機構障害者職業総
「事務」、「サービス」の順であった。
合センター「精神障害者の雇用促進のための就
業状況等に関する調査研究」より作成
精神障害者の従事作業の紹介
厚生労働省「精神障害者雇用好事例集」(2
国の取組(1)参照)より
・SMBCグリーンサービス株式会社(三井住友銀行の特例子会社※)
手形・小切手帳発行の電話受付・印刷・発送、預金出入表の調査事務、書類内容の点検・電子化など
事務集中業務、申込書類ほか取引明細の登録業務
・株式会社髙島屋
店 舗:のしかけ、紐かけ、梱包、包装済商品の台車積み込み、伝票スタンプ押し、用度品整理
本社等:庶務受付業務全般、各種帳票管理・配布、宅急便対応・伝票照合
※特例子会社とは、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には特例
としてその子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているものとみなして実雇用率を算定できる制度
図2 ハローワークにおける精神障害者の職業紹介
(3)精神障害者の就職の状況
状況
(単位:件)
ハローワークにおける精神障害者の新
48,777
新規求職申込件数
就職件数
規求職申込件数は年々増加している。平
成 23 年度が 48,777 件であり、平成 18 年 18,918
18,845
度の 18,918 件から 2.6 倍となった。
6,739
平成 23 年度の就職件数は 18,845 件で、
H18
19
20
21
22
23(年度)
平成 18 年度の 6,739 件から 2.8 倍になっ
出典:厚生労働省「平成 23 年度 障害者の職業紹介状況等」
ている(図2)。
より作成
また、障害者雇用状況報告書※によると従業員 56 人以上規模の企業における平成 18
年の精神障害者雇用数は 1,917.5 人であったが、平成 24 年は 16,607.0 人となり、5年
間で 8.6 倍となっている。 ※障害者雇用促進法により、障害者の雇用が義務付けられている事業主(56
人以上規模の事業主)が障害者雇用状況を報告するもの
(4)精神障害者の雇用率制度への適用
障害者雇用促進法における精神障害者とは、施行規則により、①精神障害者保健福祉
手帳の交付を受けている者、②統合失調症、そううつ病又はてんかんにかかっている者
であって、いずれも症状が安定し、就労が可能な状態にある者と規定されている。
このような精神障害者の就労支援を強化するため、平成 17 年に障害者雇用促進法を改
正し、実雇用率の算定対象とすることとした(精神障害者保健福祉手帳所持者に限る)。
こうしたことから、近年、精神障害者の就労は進んできているが、ハローワークにお
ける就職率は障害者全体より低い状況にある。
(5)精神障害者の雇用管理上の配慮
精神障害者には、疲れやすい、物事への集中力が持続できない、コミュニケーション
が取りにくいなどの障害特性が多く見られる。また、こうした障害特性は周囲から理解
されにくい。
このため、当初は休憩を多く、労働時間を短くし、時間をかけて仕事に慣れさせるこ
とや、精神障害者を理解する社内の環境整備など、雇用管理上の配慮が必要とされる。
さらには、仕事や職場の人間関係によるストレス等により精神症状が不安定になる場
合も多く、本人の状態を見守ることや職場における日常的なサポートも重要である。
(6)企業の意識
事業所アンケート※(回答数 432)によれば、身体障害者の雇用経験のある事業所は
224(51.8%)であったが、知的障害者や精神障害者の雇用経験がある事業所は、それぞ
※厚生労働省の障害者雇用促進制度における障害者の範囲
れ 82(19.0%)、93(21.6%)であった。 等の在り方に関する研究会が実施した調査
今後の雇用方針を聞いたところ、
「積極的に取り組みたいと思わないが、ある程度仕事
のできそうな人が応募してくれれば雇うかもしれない」と回答した事業所が最も多く
(29.6%)、「積極的に精神障害者の雇用に取り組みたい」
(3.2%)を合わせると約3分
の1の事業所で精神障害者の雇用に前向きであった。
精神障害者の雇用を促進するた
めにどのような支援が必要かにつ
いては、
「雇入れから雇用継続まで
一貫した外部の支援機関の助言・
援助などの支援」
(47.6%)が最も
多く、続いて「社内での精神障害
者の雇用に関する周知や理解促
進」(44.5%)となった(表1)。
2
国の取組
国は、平成 19 年策定の「重点
表1
精神障害者の雇用促進のため期待する支援(複数回
答):事業所アンケート【上位3位】
項
目
事業所数
割合
雇入れから雇用継続までの一貫した外部
の支援機関の助言・援助などの支援
199
47.6
%
社内での精神障害者の雇用に関する周知
や理解促進
186
44.5
%
雇入れ予定の障害者個々の障害特性や雇
用管理上の留意点に関する情報提供
165
39.5
%
出典:厚生労働省「障害者雇用促進制度における障害者の範囲等の
在り方に関する研究会報告書」より作成
施策実施5か年計画」において、56 人以上の規模の企業で雇用される精神障害者を平成
25 年までに 1.5 万人にすることを目指している。
(1)精神障害者の雇用・就労支援
【ハローワークにおける取組】
ハローワークでは、きめ細かな職業相談を実施するとともに、福祉、教育等関係機関
と連携した「チーム支援」による就職の準備段階から職場定着までの一貫した支援を実
施している。
平成 20 年度からは、精神障害者のカウンセリング機能を充実させるため、精神障害の
専門的知識を有する「精神障害者就職サポーター」をハローワークに配置している(平
成 23 年度からは、従来のカウンセリング業務に加え、事業主の意識啓発等の業務を追加
するとともに、「精神障害者雇用トータルサポーター」に改称されている)
。
また、ハローワークの職員が医療機関等を訪問し、医療機関等を利用している精神障
害者を対象に就職活動に関する知識等についてのガイダンスを行う「ジョブガイダンス
事業」を平成8年度から実施しているが、平成 24 年度からは、医療機関等の職員等を対
象に障害者の雇用支援策に関する理解を促進するためのガイダンスを行い、医療機関と
ハローワークとの連携による精神障害者の就労支援を行っている。
【就労支援機関による取組】
障害者就業・生活支援センターにおいて、就業面と生活面の一体的な相談・支援を行
っているほか、地域障害者職業センターでは、主治医との連携の下、精神障害者の支援
ニーズへの総合的な支援を実施している。特に、職場復帰支援(リワーク支援)では、
うつ病等休職者に対し、生活リズムの立て直し、ストレス対処適応力の向上を図り、職
場の受入体制の整備、雇用管理の助言等を行っている。
【奨励金等の支給による支援】
精神障害者ステップアップ雇用奨励金【平成 20 年度創設】
精神障害者ステップアップ雇用奨 精神障害者等を短時間から仕事への適応状況をみながら、
励金や精神障害者雇用安定奨励金な 就業時間を伸ばしていく「ステップアップ雇用」を実施し
た事業主に対し、助成する。
どを支給することにより、精神障害
精神障害者雇用安定奨励金【平成 22 年度創設】
者雇用を促進している(右表参照)。 カウンセリング等を行う専門家を雇うなど、新規雇用した
精神障害者や在職中の精神障害者が働きやすい職場づく
【就労ノウハウの普及・啓発】
りを行った事業主に対し、その費用の一部を助成する。
企業における精神障害者の雇用・
職場支援従事者配置助成金【平成 23 年度創設】
定着のノウハウを構築するため、平
精神障害者をハローワーク等の紹介により継続して雇用
成 21~22 年度にモデル事業を実施 する労働者として雇い入れ、職場支援従事者の配置を行う
している。平成 23 年度には事業の成 事業者に対して助成金を支給する。
果として好事例集を作成するとともに、事業主等を対象にしたセミナーを開催し、精神
障害者の雇用管理に関するノウハウの普及を図った。
(2)精神障害者の雇用義務化に向けた動き
厚生労働省の有識者会議では、
「精神障害者に対する企業の理解の進展や雇用促進のた
めの支援策の充実など、精神障害者の雇用環境は改善され、義務化に向けた条件整備は
着実に進展してきたと考えられることから、精神障害者を雇用義務の対象とすることが
適当である」とした内容の報告書を平成 24 年8月に公表した。精神障害者の雇用が義務
化されれば、身体障害者に加え、知的障害者の雇用を義務化した平成9年以来の対象拡
大となる。
また、国は、平成 25 年4月1日から、障害者の法定雇用率が民間企業の場合 1.8%か
ら 2.0%に引き上げることとしており(その結果、従業員 50 人以上規模の企業に障害者
雇用義務が生じることになる)、障害者雇用の促進を図ることとしている。
3
都の取組
都は「2020 年の東京」において、平成 23 年からの 10 年間で障害者雇用約3万人増を
掲げている。
(1)精神障害者の雇用・就労支援の取組
都は、障害者の一般就労の機会を広げるとともに安心して働き続けられるよう、区市
町村を主体として就労面と生活面の支援を一体的に提供する「区市町村障害者就労支援
事業」を実施している。区市町村障害者就労支援センターにおける精神障害者の登録者
数は平成 18 年度の 899 人から平成 23 年度の 3,756 人に、就職者数も 162 人から 477 人
に増加している。
都においては、障害者の職場定着を支援するため、独自の東京ジョブコーチによる支
援を行っている。平成 23 年度に支援を行った 584 人のうち精神障害者は 55 人であった。
また、通院しながら就労を希望する精神障害者を支援するため、医師等専門職員のサ
ポートによる総合就労支援プログラム「トライワークプロジェクト」を実施している。
精神障害者の就労支援における医療機関の役割が重要であるとして、平成 23 年度には精
神科医療機関従事者に対し、就労支援に関する研修を実施した。
さらには、精神障害者等の一般企業での就職に向けて業務経験を積む機会を提供する
ため、都における「チャレンジ雇用」を平成 20 年度から実施している。
(2)精神障害者雇用のための普及・啓発
平成 21 年度に都内企業の障害者雇用状況調査を行い、更に、精神障害者を雇用する企
業に対して平成 22 年度にヒアリング調査を行い、その結果を取りまとめた企業における
取組事例集を作成し、企業や関連機関等に配布し、普及啓発を行った。
希望の扉・鳥取 障害者就労の現場から
県内の農業関係の会社で働く統合失調症の男性(41)は、以前勤務した会社では病気を隠していた。
薬を飲むと副作用で体力が落ちるなどして苦しみ、ある事業所では「だから病気になるんだ」と心ない
言葉をかけられた。
「仕事で症状が悪化したり、再発したりする人を数多く見てきた。もっと理解が広が
れば」と訴える。
同じ会社で働く別の男性(45)は 25 歳の時に対人恐怖症と診断された。会社には表向きの理由として、
自律神経失調症の診断書を提出したが、周囲から「大した病気ではない」と言われ、休みが取れずに症
状が悪化し、辞職。以後転職を繰り返したが、病気を明かすことはなかった。
2人は「病気を隠して働き、病院に通うために休むと、
『休んでばかり』と言われ、病気を明かすと差
別される。こんなおかしなことはない」と声をそろえる。 (平成 24 年7月 17 日付 読売新聞 抜粋)
4
今後の課題
精神障害者には、疲れやすい、コミュニケーションが取りにくいなどの周囲に理解さ
れにくい障害特性に配慮した雇用・就労支援を行っていく必要がある。また、就労を希
望する精神障害者を支援するため、都は、関係機関と連携しながら、企業が精神障害者
を雇用しやすい環境づくり行っていくとともに、精神障害者の就労面と生活面の支援を
一体的に行っていくことが求められる。