整形外科疾患(orthopaedic disorder)

病態生理からアプローチした薬物療法
整形外科疾患(orthopaedic disorder)
百瀬 弥寿徳
東邦大学名誉教授
変形性関節症は、関節軟骨に退行性変性が起こり、関節軟骨
の摩耗と変性によって骨への衝撃を吸収できなくなり、疼痛
と可動域の制限を伴う不可逆的な関節の変形が起こる疾患で
ある。
関節炎と同様に関節に慢性炎症を起こして関節の変形を来
す疾患に関節リウマチ(RA)があるが、関節リウマチに比
整形外科疾患の治療は手術や理学療法が中心と思われが
ちだが、痛みを主訴とする疾患(腰痛、関節痛、変形性関
節症、関節リウマチなど)などでは薬物治療が主要な役割
を果たしている。本稿では整形外科の代表的な疾患である
変形性関節症について概説し、その薬物治療を解説する。
べて変形性関節症の炎症は軽微である。変形性関節症は整形
外科の外来では最も患者が多い疾患であり、その有病率も
年々増加傾向にある。変形性関節症には、変形性肩関節症、
変形性肘関節症、変形性股関節症、変形性膝関節症がある。
変形性関節症の中でも最も患者数が多いのは変形性膝関節症
でわが国における患者数は約 2,400 万人と推計されている。
●はじめに
変形性膝関節症では、ときに膝に水(関節液)が溜まり進行
整形外科は運動器の疾患を扱う診療科であり、その疾患は
すれば歩行痛のため日常生活動作が大きく障害される。
脊椎疾患(椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、小児椎間板
変形性関節症の中心となる症状は、「ずきずきした痛み」
石灰化など)
、代謝性疾患(骨粗鬆症、変形性関節症、関節
あるいは「うずく痛み」と表現されるような疼痛である。変
リウマチなど)
、上肢(腕、手)疾患(バネ指、腱鞘炎、突
形性関節症は、原因不明な一次性変形性関節症と外傷など明
き指、肘内障など)、下肢(脚、足)疾患(大腿骨頭辷り症、
らかな要因に続発して起こる二次性変形性関節症とに大別さ
外反母趾など)
、外傷(骨折、打撲、脱臼、捻挫など)に大
れる。一次性変形性関節症の病因として関節軟骨細胞の周り
別される。これらのうち特に患者が多く代表的な疾病として
に蓄積するアスポリン遺伝子が変形性関節症の患者では約
は、 変 形 性 関 節 症(osteoarthritis:OA)、 骨 粗 鬆 症
20 倍も多く活動していることが報告されている。また二次性
(osteoporosis:OP)、関節リウマチ(rheumatoid arthritis:
の病因として骨折、関節の使いすぎ、代謝性疾患(ヘモクロ
マトーシス、ウイルソン病)、内分泌疾患(先端巨大症、副
RA)がある。
整形外科を受診する患者の主訴は、痛み、しびれ、まひ、
腫れ、違和感などである。これらは多様な運動器の不調が症
状として起こる。整形外科の治療では、単に病気やケガを治
すだけでなく運動機能をできるだけ元の状態に回復させ生活
の質(QOL)の向上を目指すことを目的とする。
●変形性関節症(OA)の発症と病態
図1 関節の一般的構造
皮質骨
海綿骨
滑膜
変形性関節症は中高年齢者にみられる関節の変性障害であ
滑液を入れる関節腔
り、40 歳以降に好発し女性に多い(男:女=1:3)
。関節
関節包
の中には頭蓋関節のように動かない関節もあるが、ここでい
関節軟骨
う関節とは、骨と骨を連結し運動させる機能をもつ可動関節
骨
を指している(図1)
。関節内には骨端を覆う関節軟骨が向
骨膜
〔参考文献 1)による〕
かい合い、関節腔には滑液が満たされ摩耗を減らしている。
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病態からアプローチした薬物療法
甲状腺機能亢進症)などがある。診断は症状と X 線像による。
を持つ薬剤の総称である。NSAIDs は解熱鎮痛、抗炎症、抗
●変形性関節症と関節リウマチとの違い
血小板作用などの様々な薬理作用を持ち、臨床的にはがん疼
変形性関節症は、発症する部位が体重の負荷のかかりやす
痛、頭痛、歯痛、術後痛など幅広く痛みの治療薬として頻繁
い膝関節や股関節などの大関節に限られ、病気が進行しても
に用いられ、変形性関節症の薬物治療においても最も重要な
全身の関節に症状が波及することはない。一方、関節リウマ
治療薬の一つである。NSAIDs は内服の他、注射剤、坐剤、
チの場合は、多くは、手の指や手首など上半身の比較的小さ
外用剤などとしても用いられる3)。
な関節から症状が起こり始め、左右対称の関節に症状が起き
NSAIDs の作用点:アラキドン酸からプロスタグランジン
たり、全身のいくつかの関節に同時に症状が起こりやすい特
(prostaglandin;PG) を 合 成 す る シ ク ロ オ キ シ ゲ ナ ー ゼ
徴を示す。関節リウマチは関節症状の他に、全身のだるさ、
(cyclooxygenase;COX)と呼ばれる酵素が NSAIDs の作用
微熱、貧血などを伴う。
点である。アラキドン酸から PG を産生する代謝経路はアラ
●変形性関節症の薬物治療
キドン酸カスケード(カスケードとは滝を意味する)と呼ば
変形性関節症の薬物治療は、疼痛などの軽減に限られた対
れ、最終的にはさまざまな生理活性を持つ PG が合成される
症療法であり、変形性関節症そのものの根治治療には残念な
(図2)。NSAIDs は COX を阻害することにより PGG2 の合
がら至っていない。疼痛緩和の目的で解熱鎮痛薬のアセトア
成を阻害し解熱鎮痛作用などを発現する。
ミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が用いら
COX に は COX-1 と COX-2 の 2 種 類 の ア イ ソ ザ イ ム
れる。疼痛が激しい場合は、その軽減を目的として数週間か
(isoenzyme:同位酵素)があり、NSAIDs がいずれの COX
ら数カ月にわたりステロイド性抗炎症薬が関節内へ注射投与
に対して選択的に阻害するかは、治療目的や副作用の軽減か
される。ヒアルロン酸は関節機能改善薬として現在唯一のも
らも重要な分類である(表1)。COX-1 は全身の組織(胃粘
のであり、関節内へ注射投与する。ヒアルロン酸は、関節の
膜、、血管内皮、血小板、腎など)に常時発現し生体の恒常
軟骨組織や滑膜細胞より産生・分泌され、細胞外マトリック
性維持に関与している。そのため、COX-1 を阻害するタイ
スの構造維持、軟骨の潤滑作用および衝撃吸収に関与する。
プの NSAIDs は、その PG 合成抑制作用が胃粘膜において
軟骨変性の抑制あるいはプロテオグリカン合成低下の阻止作
用、軟骨破壊の防止作用などにより関節軟骨の保護および修
図2 アラキドン酸の代謝経路
復作用をもたらし関節の可働域を改善する。さらに炎症性サ
イトカイや炎症性プロテアーゼの産生抑制、滑膜細胞におけ
リポキシゲナーゼ
る PGE2 産生を抑制し抗炎症作用あるいは疼痛を抑制する。
ホスホリパーゼA2
アラキドン酸
シクロオキシゲナーゼ
(COX)
私見であるが、臨床医の薬物治療のコンセプトは有効性と
安全性に重きをおいて薬剤が処方される傾向にあるが、作用
機序を考慮することは少ないように思われる。しかし、どの
ようなメカニズムで薬が作用するかという作用機序の知識
LT類
PGG2
・アナフィラキシー
・気管支収縮
・炎症反応
PGH2
は、薬物治療の効果と質を高め、薬に対する患者の理解と信
TXA2
頼を得るうえで重要である。そのような観点から、変形性関
・血管収縮
・血小板凝集
節症に繁用される NSAIDs について、改めて理解を深めたい。
NSAIDs は nonsteroidal anti-inflammatory drugs(非ステ
ロイド性抗炎症薬)の略でありステロイド以外の抗炎症作用
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PG:プロスタグランジン
TX:
トロンボキサン
LT:ロイコトリエン
細胞膜リン脂質
PGF2
・血管拡張
・発熱
・胃粘液分泌増加
・子宮収縮
・気管支拡張
・利尿
・痛覚伝達
NSAIDs
ヒドロペルオキシダーゼ
PGF2α
・子宮収縮
・利尿
PGD2
PGI2
・血小板凝集抑制 ・血管拡張
・睡眠誘発
・血小板凝集抑制
・胃粘液分泌増加
・利尿
・痛覚過敏
〔参考文献 2)より一部改変〕
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病態からアプローチした薬物療法
も強く働くために高頻度で胃十二指腸潰瘍を起こす。一方、
サプリメント:変形性関節症による痛みの原因として、グル
COX-2 は感染や外傷などによる炎症により発現されること
コサミンやコンドロイチン、コラーゲンなどの関節成分の減
から誘導型酵素と呼ばれる。COX-2 を阻害するタイプの
少が関係していることが知られている。このことからグルコ
NSAIDs は胃腸障害は比較的起こしにくいとされている。
サミン、コンドロイチン、コラーゲンを含むサプリメント
プロスタグランジン(特に PGE2、PGI2)は発痛増強物質
が、医薬品とともに服用されているが、変形性関節症に対す
であり、単独では発痛作用を有しないが組織の損傷・炎症部
る効能・効果は科学的に認められたものではない。変形性関
位での侵害受容器のブラジキニン(発痛物質)に対する反応
節症と診断されたときは、適切な医薬品を用いた薬物治療を
性を高める。NSAIDs は末梢の炎症局所でプロスタグランジ
優先すべきである。サプリメントの服用にあたっては、変形
ン 産 生 を 抑 制 し、 炎 症 性 疼 痛 に 対 し て 鎮 痛 効 果 を 示 す。
性関節症の治療効果が認められたものではない点を説明し、
COX-2 は PGE2 を大量に産生し炎症や痛みに関与する。
希望する患者には一方的に否定することなくその役割と患者
外用剤:NSAIDs は様々な剤形で使われている。変形性関節
の使用感想などを考慮して、個々のケースに対応した指導を
症のように関節に限局した病変の治療には、貼付剤などの経
行うべきである。日々の業務の中でサプリメントに関する情
皮用剤が有用であり、繁用される。経皮用剤は局所で吸収さ
報の収集も大切である。
れるので胃腸障害等の副作用は起こしにくい。しかし、一部
●おわりに
の NSAIDs 外用剤では、紫外線に暴露すると重症の光線過
変形性関節症は加齢に伴い増加する疾患の一つである。特
敏症(光接触皮膚炎)を起こすことが知られている。皮膚に
に要介護状態への大きなリスクと目されている変形性膝関節
異常が認められた場合は直ちに使用を中止し、患部を遮光す
症は慢性化しやすく、単に痛みを軽減させる対症療法には不
る。光線過敏症の副作用は使用後、数日から数カ月を経過し
満を抱く患者も多い。そのためマンネリ化した治療を受けて
てから発現することもあり使用後の経過観察が大切である。
いると感じる患者も多い。薬物治療効果を高めるためにも処
光線過敏症が発症するのは、主にベンゾイル基やオキシベン
方された薬剤の作用機序をていねいに説明することがときに
ゾンという添加物が原因物質と考えられている。NSAIDs 外
有用である。
用剤でも、体内でケト基が還元されて活性型になるプロド
ところで、薬のみならず様々な病気に関する悩みに相談で
ラックなど光線過敏症を起こしにくい特徴をもつ薬を選べば
きる「かかりつけ薬剤師」を持つことができれば、患者に
露光部へも外用剤として使用できる。
とっては心強い存在となるであろう。医療機関にスムーズに
患者を紹介するには、日頃から医師との連携を深めておくこ
表1 NSAIDs の COX 阻害の選択性
COX阻害の選択性
COX-2 阻害
COX-1/2 阻害
COX-1 阻害
とも大切である。薬だけでなく病気や健康の相談にも幅広く
対応できる知識と情報を備え、「健康に心配なことがあれば
NSAIDs
セレコキシブ, ロフェコキシブ, エトドラク
メロキシカム, ニメスリド
メフェナム酸, ジクロフェナック
ザルトプロフェン, ロキソプロフェン
スリンダク, ナブメトン, ジフルニサル
ピロキシカム, フェノプロフェン
イブプロフェン, ナプロキセン
フェノプロフェン, アスピリン, トルメチン
インドメタシン, フルルビプロフェン
オキサプロジン, ケトプロフェン, モフェゾラク
〔参考文献1)による〕
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先ずは薬局に相談にいらっしゃい」と言えるような薬剤師を
目指してほしい。
〔参考文献〕
1)百瀬弥寿徳:ファーマシューティカルノート , 医学評論社 , 2003.
2)日本緩和医療学会:がん疼痛の薬物療法に関するガイドライ
ン 2010 年版 , 金原出版 , 2010.
3)佐野統:NSAIDs の選び方・使い方ハンドブック , 羊土社 , 2010.
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