第 6 号(2007 年 9 月)

腎薬ニュース第 6 号(2007 年 9 月)
熊本大学薬学部臨床薬理学分野
平田純生
わが国のアセトアミノフェンの添付文書のでたらめ
1. 米国医療機関での鎮痛療法の主役は NSAIDs ではなくアセトアミノフェン
NSAIDs は腎のプロスタグランディン(PG)合成阻害によって腎虚血による腎機能障害を起
こしますが、そのような末梢における PG 合成阻害作用のない消炎鎮痛薬であるアセトアミノフ
ェンまでもが本邦の添付文書では「重篤な腎障害のある患者に禁忌」になっています。米国で
は NSAIDs による消化管出血による死者は年間 16,500 人にのぼっています 1)。私は半年間
の米国研修でがん病棟、外傷 ICU などの強い痛みを伴う病棟に加え、抗凝固クリニック、腎病
棟などさまざまな部署で研修を受けましたが、全くと言ってよいほど NSAIDs は投与されていま
せんでした(COX-2 選択阻害薬はロフェコキシブが心筋梗塞発症リスクを高めたことが明らか
になったため、これらも全く使われていませんでした)。医療用鎮痛薬は NSAIDs ではなくアセ
トアミノフェンが 1 日 4g という日本では考えられないくらいの高用量で汎用されていたのです。
アセトアミノフェンには NSAIDs の 4 大副作用である腎障害の悪化、消化性潰瘍、抗血小板作
用による易出血性、アスピリン喘息がないにもかかわらず、本邦の添付文書はこれらの症状の
ある患者に対して NSAIDs とアセトアミノフェンの記載内容はほぼ同一であり、消化性潰瘍のあ
る患者、重篤な血液の異常がある患者、重篤な腎障害のある患者、重篤な心機能不全のある
患者、アスピリン喘息のある患者にはいずれも禁忌となっています。
1. 日米の NSAIDs とアセトアミノフェンの添付文書を比較してみよう
表 1 のわが国の医療用医薬品のカロナールⓇ錠(アセトアミノフェン)の添付文書の禁忌事
項に記載されている太字の項目はわが国のジクロフェナクに記載されている内容と全く同じで
すが、米国のアセトアミノフェンの添付文書の禁忌事項、警告・慎重投与にはこの太字で表し
た部分は全く記載されていません 2)。わが国ではアセトアミノフェンは明らかに間違って
NSAIDs と同様の扱いを受けているのです。OTC 薬のタイレノール AⓇ(アセトアミノフェン)の
添付文書には「空腹時にのめる優しさで、効く」と記載されており、米国では未熟児の発熱に
アセトアミノフェンの懸濁剤を鼻腔投与している現状から考えて、医療用アセトアミノフェンの添
付文書の「消化性潰瘍のある患者に禁忌」という記載は明らかに矛盾があり、NSAIDs と混同し
ていると思われます。
また NSAIDs は腎血流を低下させ腎機能を悪化させるため「重篤な腎障害には禁忌」となっ
ていますが、これは腎機能の廃絶した透析患者ではこれ以上腎機能が悪くなるわけがないで
すから、使えるはずです。そのため、今後「重篤な CKD 患者(ステージ 4,5)には腎機能を悪化
させる可能性があるため禁忌にすべきであるが、腎機能が廃絶した透析患者はこの限りでは
ない」と記すべきであろうと考えます。ちなみに米国のジクロフェナクの添付文書では「特に
CLCr30mL/min 未満の腎機能で NSAIDs の使用によって腎機能が悪化することがある」と記
載されておりますが、禁忌とはなっておりません(この記載内容にも問題がないわけではない
ですが・・・)。ましてやアセトアミノフェンの腎障害は「極めてまれ~まれ」と少ないのですから 3)、
「重篤な腎障害のある患者に禁忌」という表現を削除していただき、Stage4, 5 の保存期腎不全患者
やワルファリン併用者などには NSAIDs に代わって積極的に投与していただきたいと思っています。
ということで、わが国では NSAIDs もアセトアミノフェンも重篤な腎障害には禁忌なのです。厚生労
働省は「透析患者の痛み止めにはいきなりレペタンⓇやソセゴンⓇ、ペンタジンⓇを使え」とでも言い
たいのでしょうか?私にはどうしても納得できかねます。
(文責:平田純生)
(
表1.NSAIDsとアセトアミノフェンのわが国と米国の添付文書上の禁忌、警告・慎重投与の違い
?
?
アセトアミノフェン(カロナール 錠)添付文書上の記載
ジクロフェナク(ボルタレン 錠)の添付文書上の記載
消化性潰瘍のある患者〔消化性潰瘍を悪化させる。〕
消化性潰瘍のある患者[症状が悪化するおそれがある。]
重篤な血液の異常のある患者〔副作用として血液障害が報告されて
重篤な血液の異常のある患者[重篤な転帰をとるおそれがある。]
いるため血液の異常を悪化させるおそれがある。〕
本
重篤な肝障害のある患者〔副作用として肝障害が報告されているた
重篤な肝障害のある患者[重篤な転帰をとるおそれがある。]
邦
め肝障害を悪化させることがある。〕
重篤な腎障害のある患者〔腎血流量低下作用があるため腎障害を悪
の
重篤な腎障害のある患者[重篤な転帰をとるおそれがある。]
化させることがある。〕
添
重篤な心機能不全のある患者〔プロスタグランジン合成阻害作用に 重篤な心機能不全のある患者[循環系のバランスが損なわれ、心
付
基づくNa・水分貯留傾向があるため心機能を悪化させるおそれがあ 不全が増悪するおそれがある。]
文
本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
書
アスピリン喘息 (非ステロイド性消炎鎮痛剤による喘息発作の誘
上
アスピリン喘息(非ステロイド性消炎鎮痛剤等により誘発される喘息
発) 又はその既往歴のある患者[アスピリン喘息の発症にプロスタ
の
発作)又はその既往歴のある患者〔重症喘息発作を誘発する。〕
グランジン合成阻害作用が関与していると考えられる。]
禁
重篤な高血圧症のある患者〔プロスタグランジン合成阻害作用に基
忌
づくNa・水分貯留傾向があるため血圧をさらに上昇させるおそれが
インフルエンザの臨床経過中の脳炎・脳症の患者
妊婦又は妊娠している可能性のある婦人(「妊婦、産婦、授乳婦等
への投与」の項参照)
米国 本剤、あるいはアスピリンや他のNSAIDsの成分に対し気管支攣縮、
での 喘息、鼻炎、皮膚炎を含む過敏症の既往歴のある患者、ポルフィリ 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
禁忌 ン症、妊娠第3期。
アスピリン喘息患者にはアスピリンや他のNSAIDsによって致死性の
4g/日が最大投与量
喘息やアナフィラキシー症状が起こることがある。
米
うっ血性心不全、高血圧、脱水患者、腎機能・肝機能悪化患者、消 急激な大量投与によって重篤な肝毒性の原因となる。慢性投与に
国 軽 化管出血、潰瘍、かつてNSAIDsによって胃腸症状があったなどの よって肝障害が起こることがある。アルコール性肝障害患者には慎
で 微 胃腸疾患の既往患者、あるいは抗凝固剤やステロイドを投与されて 重投与。3杯以上/日のアルコール飲料により肝障害リスクは上昇す
の な 出血リスクは投与量と投与期間に相関するため、できるだけ最小投
G6PD欠乏患者には慎重投与
警 も 与量で、最小投与期間にとどめる。
告 の 胃腸出血は胃腸症状の前駆症状なしに発症することがある。高齢
・ は 者はNSAIDsの副作用を発症しやすい。高齢者の60%が無症状の
慎 略 まま胃潰瘍や消化管出血を発症する。
重
特にCLCr30mL/min未満の腎機能でNSAIDsの使用によって腎機
投
能が悪化することがある
与
過量投与、高投与量により昏迷、興奮、幻覚などの中枢神経症状が
現れることがある。高齢者では若年者に比しより低用量でも発現す
外科・歯科処置前の半減期の4~6倍の時間、中止すること。
)
引用文献
1) Singh G, Alto P: Recent considerations in nonsteroidal anti-inflammatory drug gastropathy. Am J
Med, 105: 31S-38S, 1998
2)Drug Information handbook 16th ed., Lacy CF, et al , ed., Lexi-comp, Ohio, 2005-2006
3)Bailie GR: 急性腎不全. アプライドセラピューティクス 4, 緒方宏康, 他, 日本語版編集, テクノ
ミック, 東京, pp78-1-78-32, 2001