外国人生徒の日本語会話能力と言語生活の変容に関する縦断的研究 -集住地域と分散地域の日本語学習者の事例を比較しながら- 国立国語研究所 野山 広 1.はじめに-ACTFL-OPI の特徴や先行研究を踏まえつつ 本発表では,地域に定住する日本語非母語話者の中でも,1990 年代以降,その増加が著しい中国人生 徒と日系ブラジル人生徒に焦点を当て,OPI(Oral Proficiency Interview)テストの方式を活用して縦断 的に収集し文字化したデータ(日本語学習者会話コーパス:縦断編)や判定結果(初級~超級 10 段階) , 言語生活に関するインタビュー等を事例として取り上げ,その分析結果について報告する。 ACTFL-OPI は,全米外国語教育協会が開発した会話能力テストである。堀井(1998)は,OPI テストの被 験者に,判定結果を伝えるだけでなく,できる限り学習の参考になるようなコメントをフィードバック することの重要性や課題について指摘している。また松尾(2000)は,言語運用能力の正確な把握のた めには,彼ら(学習者や日本語使用者)の言語生活や環境を広く考慮することが重要であることを指摘 している。そこで,本研究では,形成的評価の観点から,地域の状況に応じて関係者と対話・協力しな がら調査を行っていくことを基本的な方向性(姿勢)として,さまざまな協働活動を行って来た。 2.調査地域・対象者・分析資料・分析方法 外国人集住地域については,A 県 B 町周辺で OPI を活用して収集した会話データ(約 30 分×29=870 分:①2008 年 2 月:12 名,②2009 年 2 月:9 名,③2010 年 2 月:8 名)を基に,Aという生徒(初回時高 校 3 年生)の会話(約 90 分)を分析資料とする。一方,分散地域については,C 県 D 市周辺で OPI を活 用して収集した会話データ(約 30 分×34=1020 分:①2007 年 9 月:12 名,②2008 年 9 月:11 名,③2009 年 9 月:11 名)を基に,Bという生徒(初回時高校 1 年生)の会話(約 90 分)を分析資料とする。分析 の観点としては,社会言語学的な観点から音韻,統語,語彙,話題の特徴,地域での言語生活や学習環 境がもたらす方略,テスターと学習者の会話の傾向等に焦点を当てる。また,学習者 A と学習者 B の判 定結果を踏まえて,OPI の日本語レベルや OPI 終了後の言語生活の変容等についても触れたい。 3.結果 3.1 学習者Aの場合-自らの「課題」を見つけ,次のステップへと漸進したケース 学習者Aは 1 年目「上級‐下」 ,2 年目「上級-中」 ,3 年目「上級-上」という結果であった。この 間,高校 3 年生から大学入学という大きな言語生活環境の変化があったAは,徐々に日本語学習の動機 が上がっていったケースの一つである。 3.2 学習者Bの場合-自らの「課題」をなかなか見つけられなかったケース 学習者Bは初回時から 3 年目まで, 「中級-上」のままであった。この間,高校 1 年生から 3 年生ま で,同じ高校(工業高校)に通学しながら,大きな言語生活環境の変化がなかったBの場合,少しずつ 日本語学習の動機が上がっていき,高校 3 年時には日本語能力試験 1 級を自らの意志で受験した。その 結果 1 級には合格したものの,OPI の上級には到達できなかったケースの一つである。 3-3.学習者の「気付き」と「自律的学び」に関する分析 ここでは,テスターからのフォローアップインタビューの結果(野山他,2009)から見えてきた AとBの「気付き」と「自律的学び」に注目する。 例えば,Aの場合,1年目の OPI 終了後,敬語ができないことを自覚し,本屋で何回も立ち読み したり,自らシュミレーションしつつ練習を積み重ねたそうである。またAは,OPI との出会いを 通して,自分の日本語で不足している点を把握することができ,語り合うことの楽しさや,自分の 意見を述べることの重要性,面白さを知ったと言う。その他,AとBの「気付き」と「自律的学び」 に関する分析の詳細については,紙幅の都合上,発表当日紹介することとしたい。 4.考察-学習者AとBのケースの比較分析からの展望 学習者AもBも,3 年の間に,言語生活,学習環境,ネットワークなど個別の変化があり,その ことが学習動機や会話能力の向上に影響を与えたことがわかった。学習者AとBの会話能力の伸長 に違いが生じたのか,それらの要因・背景等について,これまでの会話データ,判定結果,言語生 活調査の結果を分析した結果,今後の縦断調査の充実に向けて次のことが見えてきた。 (1) OPI の実施に際しては,当該地域に関する知識,学習内容・項目,話題の管理,学習者の家族 背景,当該地域に適したロールプレイカードの選択,などに対して配慮・工夫が必要である。 (2) 形成的評価を意識しつつ,判定結果とその要因を学習者や関係者に適切にフィードバックして いくことが,その後のインタビュー結果にプラスに作用する。 (3) スピーチレベル(敬語等)やロールプレイ時の会話の適切性の評価の際には,OPI 終了後のフ ォローアップインタビューや言語生活調査等を十分に行ったほうが,使用の背景がよりわかる。 (4) テスターは,インタビュー以前に通常の OPI と違い,地域の言語生活・環境に由来する話題を 理解し,その話題を考慮した上で積極的対話やロールプレイを展開することが重要である。 (5) 将来の課題の一つとして,OPI の文字化に関わる人も,可能な限り当該地域の文化的背景・特 徴とコミュニケーション能力との関係等を理解して作業する姿勢を持つことが肝要である。 参考文献 日本語教育学会編 (1991)『日本語テストハンドブック』大修館書店 野山広・嶋田和子・籏野智紀・塚原佑紀・岡部真理子 (2009)「地域に定住する日本語学習者の言語生活に関する縦 断的研究-OPI テストを活用した会話データからみえてきたこと」『社会言語科学会第 24 回大会発表論文集』 pp.285-294. 堀井 恵子(1998). 「ACTFL-OPI の手法を使った会話力向上の練習の可能性」武蔵野女子大学紀要 33 号 pp.9-16. 松尾 慎(2000)「ブラジル日系人の会話能力とその規定要因―南マットグロッソ州ドウラードス市共栄移住地におけ るインタビュー調査より」 大阪大学留学生センター研究論集『 多文化社会と留学生交流』 第 4 号.pp.17-33. 用語リスト 形成的評価:教育活動の途上において,その活動を最も有効・適切なものとするための評価(日本語教育学会編 1991)
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