フランス日本語教師会便り - e-AEJF

フランス日本語教師会便
フランス日本語教師会便り
日本語教師会便り
Association des Enseignants de Japonais en France
第 16 号
会員の
会員の皆様
サッカーW 杯での日本チームの活躍にもしかしたら準々決勝、
とだと思います。今後のご発展を心よりお祈りいたします。そ
準決勝へとの期待に胸を弾ませながら、テレビを横目で試験の
こで、去る 6 月 17 日に「翻訳の諸問題-日仏学習辞典の作成に
採点をした方も多かったのではないでしょうか。こうして今学
向けて」をテーマに当研究会の第一回公開セミナーが開催され
年もようよう終わりました。夏休みのプランはもう立てられま
ました。このお知らせは、本誌にて記載する時間がありません
したか。過ごし方は様々でしょうが、日ごろのストレスから解
でしたので、電子メールを使って会員の皆様にご報告しました。
消されて、この自由な時間を大切に有意義に過ごされますよう。
本誌「特集 « 3 »」の欄に本セミナーの大変興味深い報告が載
来年度に向かって、大いに英気を養ってください。
っています。ご一読ください。
次に本会の今後の活動としては、来学年度 9 月の勉強会は前
さて、前号15号よりの 2 ヶ月間の会の活動をご報告いたし
号でお知らせしたように読書会です。お知らせ欄にあるように、
ましょう。
まず懸案となっていた本会主催のシンポジウム報告論文集
大島弘子先生の担当で、講読テキストは参加申込者(20 名)に
がついに完成し、「フランス日本語教育 No.1」という表題で発
同封にてお送りいたします。夏休みを利用して、各自ご意見を
行されました。この本は多くの会員の協力により編集されたも
まとめて読書会に備えてください。
尚、
来学年度のプログラムは次号 9 月号にてお知らせします。
のです。同封にてお送りいたしますので、夏休みの読書の一冊
に加えてください。
次に、今学年最後の第 13 回定例勉強会が予定通り、5 月 25
それでは、次回は、ハンガリーのブダペストで行われる第 7
日にパリ日本文化会館で開催されました。今回のテーマは「例
回ヨーロッパ日本語教育シンポジウムで、あるいは 9 月の勉強
文を作るときに考えたいこと」で、遠方グルノーブルよりおい
会でお目にかかりましょう。皆様、どうぞ楽しいバカンスをお
でいただいた東伴子先生のリードで参加者が共に考え、解決案
過ごしください。Bonnes vacances !
役員一同
を模索するという形の勉強会でした。この問題は教師誰もが直
面するもので、より適切な例文作りにどのような点に留意しな
ければならないかが明確に提示された有意義な会でした。今回
の参加者は何と 31 名。勉強会始まって以来の最高の人数でし
た。参加会員による勉強会報告が「特集 « 1 »」欄に載ってい
お 知 ら せ
ます。同封の東先生のハンドアウトと併せてお読みください。
フランス教育省が最近設置した « Maison des Langues »と
2002-2003 年度 第 14 回定例勉強会
定例勉強会
第 1 回 読書会
呼ばれるインフォメーション・センターより本会にコンタクト
があり、小学生に向けて外国語紹介を行いたいから、日本語の
模擬授業をしてくれないかとの依頼を受けました。そこで、
日時:2002 年 9 月28 日(土)
Jean de la Fontaine 高校で日本語を教えておられるネルヴィ
14 時 30 分~16 時 30 分
先生にお願いし、去る 5 月 31 日に当センターにて小学 5 年生
会場:パリ日本文化会館
の生徒に日本語の手ほどきをしていただきました。ネルヴィ先
101bis, quai Branly, 75740 Paris
生のご報告が「特集 « 2 »」に掲載されています。
(地下鉄 6 号線、Bir-Hakeim 下車)
本会の顧問でいらっしゃるリヨン第三大学の島守玲子先生
プログラム
と 本会の役員としてご活躍いただいているグルノーブル第三
テキスト :
大学の東伴子先生を中心にローヌ ・アルプ日本語学 ・日本語
「日本語の文法3 – モダリティー」(岩波書店)
教 育 研 究 会 Centre de Recherche Rhône-Alpin Sur la
第一章 « 基本叙法と選択関係としてのモダリティー »
Linguistique et l’Enseignement du Japonais(CERRA-LEJ)
筆者 森山卓郎
が昨年結成されたことは大変喜ばしいことです。ともすると軽
視されがちな日本語教育の重要性を再確認させ、また質的向上
を図る上でも、この研究会の設立はたいへん意味深く貴重なこ
本読書会のテキストは参加申し込みをされた方に同封にてお
1
送りいたします。
程多数集まった。一般の学習者にも使える独自の教材を作り上
げたグルノーブル第3大学の東先生にその方法論を御話し戴
担当者
:
大島弘子 (パリ第 7 大学)
連絡先
:
大島弘子
けるとあれば、万障繰り合わせて参加するのも当然である。
しかし当の東先生は至って謙虚な姿勢で、御自身も授業や教
Tel : 01 40 05 15 52
材作成時に例文で悩んだ経験から、そこで直面した諸問題につ
[email protected]
いて提起し共に考える場を目指しておられた。東先生のこの様
第 7 回ヨーロッパ日本語教育
ヨーロッパ日本語教育シンポジウム
日本語教育シンポジウム
な教育的配慮により、この勉強会は、参加者が主体的により良
い解決を模索する機会となった。
ヨーロッパ日本語教師会・ハンガリー日本語教師会 共催
以下に、そこでの主な論点と議論の成果を筆者なりの理解で
まとめてみたい。
期日:2002年 9 月 6 日(金)- 8 日(日)
東先生は例文の目的と役割から議論を展開なさったが、そこ
会場:ハンガリー ブダペスト商科大学貿易学部
テーマ:多元化する日本語教育 – 日本語教育とコミュニケー
で文法と文型との概念上の区別、また例文の中にも基本的文型
ション
として学習されるべきものと応用的用例として提示されるべ
講師:山中圭一教授、セーペ ・ジェルジュ教授、鎌田修教授
きものとの差異があることについて個々の参加者達の認識は
問い合わせ:Dr. SZEKACS ANNA [email protected]
共通しておらず、議論の前提を確認するための質問と議論が沸
詳細はヨーロッパ教師会ホームページ (http://www.e-aje.org)
き上がった。ここで重要なのは、文型とは文法事項が実際に使
をご参照ください。
用された段階に過ぎず、そうした文型をも基底に含んだ広義の
例文が問題だということである。
続いて東先生は適切な例文作りのため、認知、対人場面、言
英国 OPI 研究会、
研究会、関西 OPI 研究会
語学習の三つの基準を提示なさった。
エディンバラ OPI シンポジウム
まず認知次元での目安として、例文が文法項目の持つ中核的
意味に対応しているか、また文法項目の代表的使い方に対応し
日時:2002 年 8 月 28 日(水)
、29 日(木)
ているかに注意を喚起なさった。
開催場所:エディンバラ大学(英国、スコットランド)
東先生は認知言語学のプロトタイプの概念を応用なさった
テーマ
が、ここでは意味論に於けるその概念の使い方ではなく、あく
1. 一般参加者のための OPI 紹介セッション
まで教えたい事柄を最も代表的(プロトタイプ的)に示してい
2. OPI トレーナーによるパネルディスカッション
る例文を目指すために引用した挿話として理解すべきであろ
3. 研究発表(OPI による研究開発や日本語指導への応用)
う。
4. テープやビデオを使った OPI の実践的な技術研修
次に対人場面次元での目安として、例文が文脈を踏まえて作
講師:鎌田修(京都外国語大学)
、
られたものか、学習者による再現が容易かを検討なさった。
牧野成一(プリンストン大学)、他
東先生のおっしゃる通り、「新宿へ行って、映画を見ます」
費用:参加登録費 £70.00
に発話状況を表わす「今日の午後は」を加えることで文脈設定
その他宿泊費と懇親会費別途支払い。
が出来る工夫には参加者の誰もが納得した。また「かばん売り
定員・申込締切:100名 7 月末日
場はどこですか」に「ちょっとすみません」等のポライトネス
問い合わせ先:エディンバラ OPI シンポジュウム事務局
マーカーを付ける可能性も考慮なさった。これも教材作成の中
松本・スタート洋子([email protected])
で培われた職人芸の一端と御見受けした。
また実際に発話する場面があるかどうかは本質的に重要な
論点で、ここで例文の中にも、「お風呂に入ってもいいですか」
「
のように学習者が覚えて自分で話す時に使えるものと、「今日
特 集 «1»
はお風呂に入らないでください」のように学習者が用いる状況
は通常考えられず、聞いて理解すればいいものとが認識された。
最後に言語学習次元の目安として、学習者との共有知識、学
第 13 回 定例勉強会 報告
習者の動機付け、例文の簡潔さ、多様さといった諸要素への配
慮を示唆なさった。
新項目への注意を促し、達成感を与えるために、既習の要素
東伴子先生「
東伴子先生「例文を
例文を作るときに考
るときに考えたいこと」
えたいこと」
と新項目との量的配分に注意する点は特に重要な指摘であっ
報 告
た。
また、文脈の設定と衝突しがちだが、例文が簡潔であり且つ
萩原 幸司
多様な応用が出来るというのは、少ない学習時間で最大限の効
果を上げるためには常に念頭に置くべき目標であろう。
5月 25 に開かれたこの勉強会には、筆者も含め、日頃から
東先生は、以上三つの基準を具体的に観察するための事例と
教材作成で試行錯誤を繰り返す教師達が会場に入り切らない
2
して「V− ないでください」と「たら・ば・なら・と・
(とき)
、
ces séances très courtes, était de présenter le système
d’écriture, et de faire articuler quelques phrases en
japonais.
Les deux activités ont également enthousiasmé les
écoliers. Ils se sont montés attentifs aux explications
simples sur les syllabaires Hiragana, Katakana et les
Kanji. Chacun a essayé d’écrire son nom en katakana
en respectant attentivement l’ordre des traits. Leurs
visages sérieux pendant cet exercice s’illuminaient
lorsqu’ils avaient réussi et que je les félicitait du
résultat. Nous avons ensuite écouté la chanson
Haruga kita. Ils ont tous et tout de suite aimé la
mélodie, puis ils ont mémorisé les paroles d’un couplet.
Les plus timides comme les plus turbulents
reprenaient en chœur et continuaient à chanter
encore dans la cour en buvant leur jus de fruit.
Les enseignants qui accompagnaient les enfants
ont suivi avec le même assiduité cette brève
introduction à la langue japonaise, assises aux côté de
leurs élèves elles ont écrit, chanté et pris beaucoup de
notes afin de répondre aux questions que les élèves ne
manqueraient pas de poser ultérieurement dans la
classe.
⋯ 」を取り上げ、各教材や文法書の例文を引用するに留まらず、
日本語教育未経験の日本人、それに日本語学習者のフランス人
に例文を作成してもらうという大胆な実験をなさった。
更に勉強会の参加者も演習として例文を作ってみることに
より、そこから参加者達は、教材中の例文と、現実に話者が聞
き話す表現として想起する例文との隔たりに気付かされたの
だった。それと同時に、教師が現実に発話する感覚を失って規
範的に例文を作る傾向に陥らないよう自戒を与えられた思い
がした。
そこで、東先生が後件を補うよう出題なさった「この薬を飲
めば」、「この薬を飲むと」、「この薬を飲むなら」、「この薬を
飲んだら」の4例は深い内省を促す難問であった。筆者も含め
参加者達は文法事項の分析は得意としていても、規範的な例文
を意識するためか、案外例文を創作する能力に乏しいことも思
い知らされた感があった。
勉強会の後も東先生は、あらゆる立場であらゆる問題意識を
持つ参加者達の質問に丁寧に御答え下さった。そうした全ての
参加者達にとって、収穫の多い勉強会であった。
「
特 集 «2»
Pour conclure, je ne reviendrai pas sur la nécessité
ou l’intérêt de l’apprentissage des langues, c’est une
évidence lorsqu’on est enseignant. Je préfère revenir
sur ce que j’ai vécu.
Je suis arrivée dans la salle avec ,on cours préféré,
c’était le même pour les quatre séances, mais en
réalité, j’ai fait quatre différents avec le même
programme. Chaque groupe a manifesté ses exigences
au fur et à mesure que je présentais les éléments
nouveaux. Je devais donc répondre à leur demande
tout en respectant « mon programme ». Ils ont
soutenu leur attention pour autant que je « jouais le
jeu », c’est à dire que je les accompagnais sur le
chemin de l’apprentissage et que le savoir était aussi
un savoir-faire.
Ces exigences sont moins évidentes au fur et à
mesure que les enfants grandissent, elles perdurent
mais les apprenants ne les manifestent plus de la
même façon. Il nous incombe donc d’être plus attentifs
pour les percevoir.
Je souhaite à chacun d’entre nous de faire
l’expérience de l’enseignement à de jeunes apprenants,
ce contact est une bonne occasion de remettre en
question nos méthodes.
Compte rendu de la matinée du 31 mai 2002
2002
à la Maison des Langues
Nadine Nervi
Le 19 avril dernier Monsieur Jack Lang, Ministre
de l’Education Nationale, inaugurait la Maison des
Langues, 153 boulevard Saint Germain, Paris 6ème. Ce
lieu devrait fonctionner dans le futur comme un
centre d’information sur l’enseignement des langues
en France.
Pour commencer à donner vie à ce lieu, en cours
d’aménagement, le Directeur, Monsieur Choselot, a
organisé le 13 mai dernier une journée de
présentation de deux langues étrangères : le grec
moderne et le japonais. Ces deux langues sont certes
déjà enseignées en France en collèges, lycées et
universités, mais elles sont moins connues des élèves
des classes primaires dans lesquelles le Ministre a
souhaité développer l’apprentissage des langues.
C’est dans ce cadre qu’il a contacté notre
association.
Ce jour-là j’ai accueilli dans la matinée 4 groupes
d’élèves de CM1 venus de l’école primaire de la rue
Chomel (7ème arrondissement).Chaque groupe d’une
quinzaine d’enfants assistait successivement à
l’atelier de grec moderne et à celui de japonais,
pendant environ 30 minutes. Mon objectif, pendant
3
る『国際交流基金編基礎日本語学習辞典』 (凡人社・Oxford) の
「
特 集 «3»
仏語版作成をめぐって、会のメンバーが翻訳に伴う問題提起を
し、参加者の皆さんとの話し合いを通して よりよい学習辞典
の作成の為の指針としたいという趣旨で開催されました。
ローヌ ・アルプ日本学
アルプ日本学 ・日本語教育研究会
Centre de Recherche RpôneRpône-Alpin
Sur la Linguistique et l’Enseignement du Japonais
(CERRA(CERRA-LEJ)
このセミナーに際して大阪大学大学院教授の工藤真由美
先生が基調講演をお引き受けくださり、『多義性と文法化のネ
ットワーク -動詞 「見る」を例として』という題でお話をして
くださいましたので、以下にご講演内容の要旨をお伝えいたし
ます。
第一回公開セミナー
第一回公開セミナー
Première Journée d’Etudes
講演要旨:
日本語には知覚活動を表すさまざまな動詞がある。 視覚
を表す「みる、みつめる、ながめる、にらむ」、聴覚を表す「き
語学学習には良い辞書が必要不可欠である。そこで『基礎日
く」、嗅覚を表す「かぐ」、味覚を表す「あじわう」、触覚などを
本語学習辞典』(国際交流基金、初版:1986年凡人社刊)
表す「かんじる」などがその例としてあげられるが、中でも 視
の仏語版の実現に向けて、「ローヌ・アルプ日本語学・日本語
覚活動を表す“見る”は « 認知活動における「視覚」の優位を
教 育 研 究 会 」 (Centre de Recherche Rhône-Alpin sur la
反映して、様々な派生的な意味や文法化や品詞の転成が見られ
Linguistique et l’Enseignement du Japonais – CERRA-LEJ)
る » 動詞で、その中核的な意味を起点として意味・表現のネ
ットワークを形成している。そして、このネットワークは下記
は共同翻訳作業を開始した。その第一段階として、現時点で浮
の表にあるように、“見る”の
かび上がってきた翻訳上の諸問題について日本語および日本
« 本動詞としての用法 » と
« 脱動詞化 (品詞の転成) による用法 » の2つから形作られ
語教育に関心のある参加者と話し合う場を設け、これからの活
ている。
動の指針を定める目的で、下記の要領で第一回公開セミナーを
本動詞としての「 見る」
開催した。
日時
:
2002年6月17日
場所
:
リヨン第三大学(マニュ校舎)
主催
:
ローヌ ・アルプ日本学 ・日本語教育研究会
テーマ:
①基本的意味 :
目でものごとを捉える
②派生的意味 :
2-1 発見する
2-2 調べる/知る
2-3 判断する
2-4 ある/あらわれる
2-5 世話をする
③慣用句:
(a)慣用的なくみあわせ
例 : 費用をみる/
事務をみる
(b)慣用的ないいまわし
例 : 馬鹿をみる
『翻訳の諸問題―日仏学習辞典の作成に向けて』
プログラム
◇ 基調講演
工藤真由美 (大阪大学大学院教授)
◇ 会メンバーよる学習辞典の翻訳における問題提起
◇ 討論
脱動詞化= 品詞の転成
→
補助動詞化
「見てみる」
→ * 後置詞化
「~からみて/みれば
みると」
→ 副詞化
「みるみる、みるからに」
→ 名詞化 「みてくれ」
* 後置詞とは « 英語などの前置詞に対応するもので、
工藤真由美先生 ( 大阪大学大学院教授)
大阪大学大学院教授)
基調講演 要旨
名詞に対する位置が逆なので、後置詞という。単独で
は文の部分にならず、名詞の格の形と組み合わさって
使用される。 論述文などで多用される »
(上記の表は工藤先生のハンドアウトに、先生のご講演
牛山 和子
(グルノーブル第三大学
グルノーブル第三大学/
第三大学/CERRA-
CERRA-LEJ)
内容を紙面で説明させていただく便宜上、番号などを
加筆させていただいたものである。)
ローヌ・アルプ日本語学・日本語教育研究会 ( 会長 : 島
守 玲 子 ) [ フ ラ ン ス 語 名 称 : Centre Rhône Alpin sur la
上記の表からもわかるように、本動詞から派生した5つの意味
linguistique et l’enseignement du japonais ](以下 CERRA
や慣用句の意味は基本的な意味とは別のものになっている。
-LEJ) は去る6月 17 日、リヨン第三大学において 第一回公
さらに、「見る」が脱動詞化してさまざまな品詞に転成していく
開セミナーを行ないました。
中でも、 « 動詞の語彙的意味の漂白化 » ( 英 : bleaching =
セミナーのテーマは «
翻訳の諸問題 -日仏学習辞典の
語彙の持つ基本的な意味が失われる現象) が起こる。「見る」 が
作成にむけて » というもので、CERR-LEJ が現在手がけてい
補助動詞化した場合の 「(し)てみる」を例にとると、「(し)てみ
4
る」 は以下のように本動詞 「見る」の基本的意味から離れた、
2-2 :
次の三つの“漂白された”意味を担う。(1) 試しに行なう (例:
名詞のタイプ=
フランス映画を見てみたい) 、(2) 発見のきっかけ ( 例 :
例 : 子供の変化を見て、彼女は離婚の決心をした。(= 理解す
一夜明けてみると、水浸しだった)、 (3) 条件 ( 命令形の場
合
抽象名詞
る) <抽象名詞>
例:そんなことを一言でも言ってみろ、みんな怒りだす
ぞ)。また、動詞 「 見る」
観察する、理解する
例 : 精神を見て、なぐさめてくれる医者はいない。 (= 調べ
が 後置詞化 (複合助詞化) した例
る) <抽象名詞>
としては 「~ からみて/みると/みたら」があり、これらは<
2-3 :
観点>や<立場> を表す表現となっている。
文法的条件 = 「(~を) ~と見る」
判断する
(新聞などで多用される表現)
例 : 私はあなたを医者じゃないかと見たのですが。(= 判断す
【立場】を表す例
<本動詞の場合>
る)
2-4 : ある、あらわれる
こうして空から見ると、東京もなかなか奇麗だ。
文法的条件 = 「主語がない文の述語」 (硬い表現、文章語的)
<後置詞の場合>
例 : 昨日、北海道に初雪を見た。 (= 主語のない文)
実用の点からみると、非常に不便な器械だ。
2-5 : 世話をする
« 後置詞の場合は「いえば、すると」に言い換えることができ
文法的条件 = 「 みてくれる/やる/もらう」
例 : 隣の人が子供を見てくれている。 ( = 世話をする)
る »
Note : 本動詞から補助動詞化する典型的な例として
は、補助動詞化によってさまざまなアスペクトを担う
また、 本動詞 としての「見る」の用法の ③ 慣用句 (cf.
ようになる存在動詞 「 いる、ある」( 「電気が消えてい
上記の表) に関しては、 (a)<慣用的なくみあわせ> と (b)
る/消してある」) 、移動動詞 「 行 く、来る」 (「暮ら
<慣用的ないいまわし>があり、前者は « 2 単語のうちの1つ
していく/暮らしてきた」) や、認知動詞の「見る、見
が自由な意味を保存し、もう一つが慣用句にしばられた意味に
せる」などが補助動詞化によって意図性を表すように
なっている »もの (例 : 「費用を/滞在費をみる 」みる= 出
す)、後者はいわゆる 典型的な慣用句で、全体で 1 つの意味を
なった「食べてみる/みせる」などがあげられる。
なすものである ( 例 : 馬鹿をみる = ばからしいおもいをす
また、「 みるみる」の例にあるように、同じ言葉 (動詞の
る)。この二つのタイプのうち、外国人にとってより難しいのは
基本形 / 中止形、形容詞の語幹、名詞、漢語要素) の繰り返
(a) の<慣用的なくみあわせ>のほうである。 というのは、
しが副詞をつくるのは日本語の特徴であるが、ここでも 品詞
こうした <くみあわせ>には“制限”があるからである。
「み
転成 (副詞化) による“語彙的意味の漂白化”が観察される
る= 出す」の意味で 「費用を/滞在費をみる 」 とは言えて
( みるみる = 「みるみるうちに」、「あっというまに」の意)。
も、
「補助金を/資金をみる」 とは通常言えず、 「補助金を/
資金を出す 」としなければならない、などがその例である。
このように 動詞 「見る」は“意味の守備範囲”の広い動詞
であるので、こうした意味の広がりを学習者にわかるように教
今回の セミナーのテーマである «
える必要がある。「見る= 目でものごとを捉える」と教えただ
翻訳の諸問題 -日
けでは、「見る」の 派生的な意味や慣用的な用法は理解できな
仏学習辞典の作成にむけて »との関連で言えば、このような
いし、まして、慣用的な組み合わせや言い回し、品詞転成した
動詞、特に「見る」のような基本動詞 の <派生的な意味>や
場合の意味の理解はたいへん難しい。
<慣用的なくみあわせ> 、<慣用的ないいまわし> 、さらに
日本語の学習者 (特に 上級学習者) が こうした基本的意
<品詞の転成から生じたさまざまな表現>などをわかりやす
味から派生した語彙や、本来の意味が漂白化されてしまった表
く整理・解説した 辞書が日本語の上級学習者をも視野にいれ
現を新聞などを読んで理解したり、レポートを書く際などに使
た学習辞典を目指す場合には特に望まれるといえるだろう。
用できるようになるには、文法的、語彙的な“法則性”
(文法的
条件や名詞( 句)のタイプなど) を学習者に提示することが必
第1回公開セミナー
回公開セミナー 午後の
午後の部
「学習辞典の
学習辞典の翻訳の
翻訳の諸問題」
諸問題」の報告
要になってくる。
上記の表の本動詞としての用法の « ② 派生的意味 » に戻
って具体的に見てみると、次のようになる。
本城孝子
« 本動詞「 見る」の五つの派生的意味 »
2-1 :
発見する
文法的条件 = 「~に
~を見る」 / 名詞のタイプ =
午前中の工藤先生による講義の後を受け、午後はローヌ・
具体名
詞 ・抽象名詞
アルプ日本語学・日本語教育研究会のメンバーによる、問題提
例 : 彼女は夫のほおのこけた顔を鏡の中に見た。 (= 視覚でみ
起、および参加者との討論が行われた。
いだす)
まず、リヨン第三大学の島守玲子先生より、「翻訳は(ど
<具体名詞> <に格>
こまで)可能か」というタイトルで、辞書の翻訳に限らず翻訳
例 : シェークスピアに英国中世の信仰を見ることができる。
(= みいだす)
< に格> <抽象名詞>
一般についての問題点が提起された。柳父章著「比較日本語論」
5
の中の定義によれば、翻訳という作業の中では、起点言語のニ
翻訳をする場合に、言語の含む文化的背景のすべてを訳出する
ュアンスなども含めたすべてが目標言語で表現されなければ
のは不可能であるが、二言語のギャップを埋める方法としては
ならないのだが、言語が違えば表すものも異なってしまうのが
以下の二つが考えられる。
現実である。たとえば夏目漱石著「我輩は猫である」の仏語訳
・一対一対応でなくても、目標言語にある他の表現をさがす。
"Je suis un chat"には日本語で表されているニュアンスが残
・情意的な日本語から客観的な西洋語に翻訳するには、日本語
念ながら少しも表現されていない。
を分析する必要がある。たとえば、「ちゃらんぽらん」という
しかし、グローバル化の進む今日、翻訳はますますその重
言葉は「いいかげん」「だらしがない」などに置換することが
要性を増してきている。そこで、翻訳は不完全なものであって
できる。こうした分析から得られる意味を、二言語の橋渡しを
も必要であるという観点に立ち、問題点を整理すると以下のよ
する中間言語として用いれば、翻訳がしやすくなるであろう。
うになる。
以上が島守先生からの問題提起である。
続いて、グルノーブル第三大学の牛山和子先生から、既存
1.語彙レベルでの問題点
(1)言葉の多義性
辞書の翻訳例の観察を踏まえた上での問題提起が行われた。要
たとえば日本語の「見る」を仏語に訳す場合、「映画を見る」
旨は以下の通りである。
なら voir を使うが テレビなら regarder を使う。
逆に voir des
和仏辞典 Dictionnaire japonais-francais CONCORDE(1990
amis の中の voir を「見る」と訳すことはできない。このよう
白水社)と仏和辞典 Dictionnaire francais-japonais ROYAL
に、言語L1と言語L2では言葉は一対一対応になっていない
(1985 旺文社)から「原因-結果」表現を抜粋して、日仏文を
ので、起点言語から目標言語に移し変えられるのはある単語の
比較してみると、節レベルでの順序は起点言語の順序を守って
意味の一部に限られる。
いるものが多い。また、翻訳文における一語一語の対応度を観
(2)目標言語に相当する語彙がない場合
察してみても、それぞれ起点言語への忠実度が比較的高いこと
この場合の対応としては以下の3つが考えられる。
がわかる。しかし中には、La pluie a entraîné un brusque
a)概念と共に起点言語の言葉を外来語として取り入れる。日本
rafraîchissement de la température.を「雨で急に涼しくな
語では、かつては漢語で、現在は主に英語でこれを行っている。
った。
」
と訳している中で température が省かれているように、
b)意味を再現すべく新語を作る。たとえば、個人、社会といっ
一部の言葉を省いてしまっているものもある。また、Beaucoup
た言葉は外国語をもとに、明治初期に作られた言葉である。
de vies ont été perdues lors de la guerre. を「戦争で多
c)目標言語の中から、似たところのある言葉を取り入れる。
くの命が失われた。」と訳す中では、原因と結果の順序が入れ
翻訳ではこの c)が非常に大きな問題となる。たとえば、かつて
替わっている。これらはより自然な日本語訳を目指した結果で
nature と言う言葉の日本語訳として「自然」をあてたが、二語
あるものの、起点言語との対応度が低い分、日本語学習者にと
とも人為に対立すると言う点では共通しているものの、背景に
って、わかりにくい翻訳であることは否めない。すると、自然
ある考え方は大きく異なるため、二語の間で意味にずれが生じ
な翻訳と学習者にとってわかりやすく役に立つ翻訳のどちら
ている。
を取るべきなのかということが問題になってくる。つまり、二
言語間の対応の透明度をどこに設定するべきかということを
決定しなければならないであろう。
2.文法レベルの問題点
(1)西洋語にあって日本語にないもの
(2)日本語にあって西洋語にないもの
また、学習辞書を作る上で一番大切なのは、どれだけ学習
例)敬語、「は」と
者の役に立つ辞書作りができるかということである。グルノー
「が」の違いなど
(3)両方にあるが使い方が異なるもの
ブル第三大学の東伴子・竹内泰子・牛山和子の3名の研究グル
例)態、ボイスなど
ープは、そうした観点から学習者の辞書の使い方に関する実験
を行い、その結果が発表された。
3.表現レベルでの問題点
たとえば「いただきます」と Bon Appetit では使うタイミング
は同じだが、実際には意味が異なる。また、Bonjour は家族の
実験その 1
中でも言えるが、家族に「こんにちは」とは言わない。日本語
1.実験内容
で「検討しておきます」と言われたら断りの返事であること、
基礎日本語学習辞典から10項目選択して仏訳し、和仏辞典の
など。
体裁とする。その際、見出し語と括弧内の説明書き部分の仏語
訳を空白にしたものを学習者に手渡し、以下の作業をしてもら
4.言語外事実レベルの問題点
う。
(1)外界知識
1)見出し語の推定。
例)「土手」と出てきたら吉原通いを意味す
2)見出し語を使った例文作り。
ること。
(2)文化に関する知識
3)見出し語を使った日本語の例文を仏語に訳す。
例)「お風呂にふたをしてください」
を訳すときに、お風呂のふたというものが存在しない西欧の言
この実験の目的は、学習辞書として最適な仏語訳の提示形態を
葉でどう表現するのか。「つまらないものですが・・・」とい
知ることである。つまり、正しいフランス語に訳しただけでは
う謙遜をどう表現するか、など。
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伝わらない使用法や意味をどう記述していくべきかを調べる
ことにある。
の混同を防ぐため)、再考の必要がある。
2.実験の結果
・翻訳のレベルについて:二つの考え方があり、一つは起点言
1)では、殆ど問題なく解答できていたものの、フランス語に
語の文章から与えられる全体の印象を、言葉にこだわらず目標
適当な訳の見つからない「案外」「わざわざ」などといった言
言語で表現する方法、もうひとつは起点言語の言葉一つ一つに
葉では、例文ができていないケースがあった。また、2)の作
目標言語でそれに対応する言葉を見つけていく方法である。ど
業で、「あびる」を使った例文の中には「海で水をあびる」な
ちらが良いとは一概にはいえず、用途により異なる。
ど、明らかにフランス語訳(この場合は se baigner)からの推
・「してくれる」という表現の持つニュアンスについて:フラ
論により適切でない例文を作っている例もあった。「 ごと」
ンス語では表しにくい表現だが、形容詞などを補うことにより
(Ex,日曜ごと)を使って例文を作る例では、既習の類義語(Ex,
訳出も可能だという、フランス人参加者の意見があった。こう
毎週)と混同し、使用法を間違えた例もある。こうしたケース
した訳しにくい表現をフランス人にも理解してもらえるよう
では、類義語との使用法・意味の違いを提示する必要もあるだ
な辞書作りが、会のメンバーの望むところである。
ろう。3)では、単語の中核的な意味まで理解をしていないた
・複合語における辞書の引き方について:実験観察の結果、あ
めに派生的な意味を理解できていないケースがあった。
る単語が複合語だと言うことの説明はそれほど必要がないと
これらの結果を踏まえ、辞書の翻訳にあたっては、単に単語の
わかった。むしろ、コンテクストの欠如や、与えられた課題に
仏語訳だけでなく、細かなニュアンスや適切な説明を[ ]の中
意義が見出せないことの方が理解を妨げるようである。
に提示し使用法を制限する必要があると思われる。
・辞書を引くことの意義について:適切な辞書のない現在、訳
実験その2
を見るだけで課題となる文章の内容がわかってしまうという
1.実験内容
欠点がある。これでは学習者に意味を選択する能力がつかない。
読の授業では、語彙リストを作って授業の最初に渡すが、それ
日本で実際に使われているごみの分別収集法のパンフレット
最初から辞書を引く習慣がつけば力もつくであろう。
を学習者に渡し、日本語がまったくわからないフランス人の友
・仏和辞典の必要性について:フランス人の学習者にとっては
人のために仏訳したメモを作ってもらう。
仏和辞典の方が必要性が高いとい考え方もあるが、日本語の文
この実験では、辞書で解決できない以下のような問題が出てき
章を読んで理解するのが先と考えたため、まず和仏辞典に着手
たときの対処のしかたを観察することが目的である。
した。但し、辞書を一から作ると十年かかるので、三年くらい
・同音異義語ほか紛らわしい語(否定の「ず」と「図」など)
でできる既成辞書の翻訳に取りかかった。将来自分たちの辞書
・複合語や複合により濁音化などの変化を含むもの(使い捨て、
を作る際には仏和辞典の作成も考えている。
木箱など)
・文法解説の扱いについて:あくまでも既成の辞書の翻訳であ
・多義語(取る、出す)
るので、辞書巻末の日本語文法解説については、たとえ会のメ
・辞書に載っていても適切な例のないもの(水を切るの「切る」
ンバーと考えの異なる点があろうとも日本文をフランス語に
など)
訳すことに徹する。なお、英語訳については参考とする程度に
2.実験結果
とどめる。
まず辞書の使い方にはかなり個人差のあることがわかった。当
・ふりがなについて:辞書では日本語部分にルビとローマ字表
たり前のことではあるが、辞書をすみからすみまですべて読む
記がされている。ローマ字から導入すると学習者がそれに頼る
人はいないので、複数の意味がある言葉は意味数の予告が最初
傾向があるので、これについては省きたいが、著作権の関連で
に必要かもしれない。同音異義語・複合語・多義語については
残さざるを得ない。
それほど問題なく皆対処していた。これはコンテクストがはっ
・翻訳を体系的に教える方法について:1・2年生については、
きりしているので類推がしやすかったためと思われる。ただ、
作ったフランス語の文章を訳させ、覚えた表現を再確認する手
「水を切る」については「切る」で辞書を引くと適切な例がな
段として用いている。3年生では実際にある文献を使っている。
く、むしろ couper や eteindre といった仏語訳が学習者の理解
また、時や態といった項目ごとの翻訳をさせる方法もある。今
を妨げていた。「切る」の基本的な意味を、いろいろな場面で
のところ、体系的なメソッドの構築にまでは至っていない。
通用するように提出していくのが、日本人メンバーに与えられ
た役割といえよう。そんな観点からも、学習者にとって運用の
最後に工藤先生から、今回の辞書仏訳についてコメントが
効く辞書とはどんなものなのかをいっしょに考えたい。
あった。辞典を一から作るのは本当に大変な作業なので、既成
の辞書を仏語に訳すというのは賢い選択であるし、それにより、
辞書翻訳に携わるメンバーからの問題提起の後、メンバー
学習者の自立を助けられることはすばらしいことである、ただ、
への質問をきっかけとした形で討論会が行われた。
完璧なものを目指して時間ばかりかけても成果が出ないこと
・
「中間言語」について:遠い言語同士の翻訳の際に二言語間
もあるので、その点だけは注意をしてがんばってほしい、とい
に置く言葉のことである。たとえば日本語のような感覚的な言
うことであった。
語には西洋の言葉で表せないものが多いので、分析をすること
により目標言語に訳出したり、言語情報にはない情報を言語化
したりするものである。辞書の中では[
辞書というと、ただ翻訳がされていれば良いものと思いが
]内に現れる。但し、
中間言語という用語については(学習者の言語 interlangue と
ちだが、学習者にとって使いやすく、引くことにより力のつく
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学習辞書を作るには、翻訳をはるかに超え、一つ一つの単語の
意味を掘り下げて考えることが必要であるということを実感
生)
,2 年次が11名,3 年次10名,4年次,5 年次ともに 5
した。フランス人の学習者にとっては待望の辞書であるだけに、
名でした。大体,ここ数年,学生数は一定しています。
ローヌ・アルプ日本語学・日本語教育研究会が今回取りかかっ
私は,
この大学で授業を持つようになって 4 年になりますが,
たこの辞書の仏訳作業は大変意義のあるものであるし、これま
ここでの授業が楽しいのは,まず,ひとクラスの学生数が理想
での辞書にはない、学習者の立場に立ったものができるのでは
的な数で,学生とのコミュニケーションがとてもしやすく,学
ないかという期待を抱いた。
生からも教師に話がしやすいということです。私としては,こ
ういう学生を大切にできる雰囲気がとても気に入っています。
それから,完全初級者から 5 年次まで,自分の専門とする分野
の授業を続けて,自分で授業方針を立てて自由にできるので,
学 校 紹 介
いろいろな事を試してみることができる,ということです。教
材を変えてみたり,スピードや,方法をどんどん実験すること
ができます。私の漢字の授業では,2 年前から,Basic Kanji Book
Université
Université du Havre
を学生に買わせて使っています。教材としては特に不満がない
のですが,漢字の字源については,主として,白川静の「字統」
斎藤 多香子
などを参考にして私自身が資料を加えて説明しています。字源
説明は,やはりした方が学生の学習効果は上がるようです。た
パリから西方に電車で 2 時間,セーヌ川が海にそそぐところ
だし,ひとつの漢字を学習する時間が長くなってしまうので,
にあるのがルアーヴルという工業港湾都市で,ルアーヴル大学
いくつまで,一年間で教えられるか,というより,いくつ教え
は 1967 年に Institut Universitaire Technologie,1970 年に
Faculté des Sciences et Techniques
ると学習能率がいいのか,というのが私の現在の授業課題で,
科学技術学部,72年
多くなくても,忘れにくいように教えたい,と思うのですが,
に Faculté des Affaires Internationales 国際経済商業学部
まだ,はっきり,もっとも理想的なスピードがつかめません。
が出来て,1984 年にそれらを合わせてルアーヴル大学として創
立された,まだ比較的新しい国立大学です。98 年には
もちろん,学生にもよりますし。一応,3 年次の終わりまでに,
UFR
500 の漢字を書ける漢字の数として目標にしていますが,現実
Lettres et Sciences Humaines 人文学系も新たに加わり,文
にはなかなかそうはいきません。500 というのは,これで 80%
学系の学生も受け入れるようになりました。日本語は,その他
の言葉が読めるという統計を踏まえての数字です。(ちなみに
の東洋語(アラビア語,ロシア語,中国語,インドネシア語,
100 漢字で 40%,200 漢字で 56%が分かるそうです)。しかし,
韓国語)とともに,どの学部の学生にも開かれており,現実に
3 年 4 年では,読解のテクストとして,中学生の教科書などを
は国際経済商業学部と文学系の学生が主に勉強しています。選
択 の 仕 方 と し て は, 選 択 外 国 語
LV1, LV2
読みますから,読める(が書けない)漢字の数はもっと多く入
と し て 取 る,
っていると思います。5 年生になると,新聞記事を読みます。
Diplôme d'Université de Langues (DU)をめざして取る,さ
らに一番大変な
他の先生たちの教材については,会話については,みんなの
Diplôme Universitaire de Langues et
日本語(教師会の石川先生のご担当),文法は,言語学がご専
Civilisations Orientales (DULCO) として取る,という 3 種
門の寺田明先生がご自分で作られたマニュエルを使っていま
類の取り方ができます。それによって,時間数も変わり,一番,
す。
大変な DULCO として選ぶと,1 年次に 100 時間の言語,50 時間
文明の授業については,授業毎に文献一覧を配り,教師がフ
の文明,2 年次には 150 時間の言語,50 時間の文明,3 年次に
ランス語で説明していく形式が多いのですが,私の授業に関し
は 175 時間の言語と 50 時間の文明,が課せられます。大学の
ては,学生にも発表をさせ,日本人の価値観や思想に関して,
方針としては,学生に日本語だけを勉強するのではなく,他に
将来,なんらかの疑問が生じた場合,どんな資料に当たればよ
何らかのコース(法律や,経済など)の DEUG を平行して取る
いのか,その最初の一歩となれることを私自身は目標にしてい
学生のための外国語として日本語を奨励しており,そういう学
ます。文明の授業で勉強することは,現実に日本へ行っていろ
生にとっては,DULCO はなかなか負担が大きいようです。日本
語は, 経済系の Maîtrise,
いろな体験をしてから,授業で学んだことが何だったのか,改
DESS にも開かれているので,全部
めて気づくことが多いようです。
で 5 年次まであります。
最後になりましたが,ルアーヴル大学のインターネットサイ
さて,日本語の授業は,言語系と文明系からなり,言語系は,
トにさらにいろいろな情報がありますので,ご関心のある方は
文法,口頭表現(つまり会話),表記(かなと漢字)
,読解/作
御覧 下さ い。東 洋語 関係に ついての ご質問 は,
文,に分かれています。文明系は,アジアの歴史と地理,日本
電話は,
02.32.74.41.27, メイルは ilco@univ-lehavre にお問い合わ
の歴史,日本の社会と文化,日本の哲学,宗教,文学からなっ
せ下さい。
ています。
日本語を教えている教員は現在 3 名で,
それぞれが,
ある程度,専門別に授業を分担しているので,全員が全学年の
授業をもっています。私の場合は,1 年から 5 年まで,言語の
授業として,表記,読解/作文,さらに文明の「哲学,宗教,
文学」 という授業を担当しています。学生数は,1 年次が,今
年の数字で,20 名(この中で 3 人がリセで日本語を勉強した学
8
たり出来るものでしたが、言葉はまったく実態がなく、感覚に
よる認識が出来ず、今も苦労している所です。
コ ラ ム
大学の教養課程の第二、第三外国語としての日本語と、もの
めずらしさから一年生の初めに、なんとこれまで最高は90人、
最近はコンスタントに40人から50人の学生が、授業に登録
日本語教師、
日本語教師、私の場合
して来ます。秋から授業があって、12月のクリスマス、新年
の休み前には、40人ないし50人から30人ぐらいまでに学
山口 剛一
生数が少なくなります。どの様にすれば、学生数が少なくなら
ないだろうと、色々と考え,授業をくふうしましたが、まだ良
私が日本語教師をはじめたのは、1989年の秋からです。
い結果がありません。
リヨン第三大学のショーレ先生から、大学の外国人講師として
日本語の演習をしないかとのお話がありました。日本にいた時、
フランス人の友人等に日本語を教えたりしていたので、同じ様
1989年に教え始めて、リヨン第三大学、エコールサント
ラル、商業専門学校、セペウ、インリ、日本語補習校と色々な
所で日本語を教えて来ました。
なものだろうと思い、二つ返事ではじめてしまいました。はじ
フランス人の日本語を学ぶ動機も、私が教えはじめた頃は、
めてから、私の今も続いている(少しは逃げ方をおぼえたので
日本文化へのあこがれ等でしたが、最近はマンガやゲームの解
軽くなりましたが...)苦しみで、まったく甘い考えをしてい
説を読みたいからと言う学生が90%ぐらいという状況です。
た事を知らされたのです。幸いなことにすでに大学には、ショ
私のフランス語もまだまだ幼稚で、日本語の文章を、ぴった
レー先生や文法の専門家の島守先生のおつくりになった立派
りとしたフランス語になかなか表現出来ずに苦労しています。
な教科書があり、日本語教育の一貫した指針の元で,なんとか
日本語、フランス語という言葉の違いを感じさせないようなス
かんとかその日その日をすごすことが出来ました。それでも、
ムーズな言葉使いが出来る学生をたくさん育てたいというの
学生の日本語に関する質問、日本人の私にとって、まったく自
が私の望みです。
明の事で、考えても見なかった様な、例えば、なぜ『です』の
(了)
否定形が「ではありません」と言う長い形になってしまうのか、
とか、「は」と「が」の違いとか...それはそれは毎日、毎日
が針山の上にいるようなものでした。生まれ育つうちに自然に
無意識のうちに身について使っている言葉、国語の試験の時ぐ
らいにしか、「おや」と思わない、その言葉を今度は、毎日、
毎日、自分の中から取り出して、検討しなおしたり、再確認を
したり、又その途中で、取り出したものがあやふやになったり、
大変苦労しました。理系出身の私にとって、考える対象は常に
実態があり、感覚によって認識したり、納得したり、させられ
フランス日本語教師会便り第 16 号
発行:2002 年 7 月発行
発行人:フランス日本語教師会
Association des Enseignants
de Japonais en France (AJF)
2,impasseArchin,
92240Malakoff
Tél:0146550422/Fax:0146573944
Email :[email protected]
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