安全な中心静脈カテーテル挿入・管理のための手引き

安全な中心静脈カテーテル挿入・管理のための手引き
(社)日本麻酔科学会・安全委員会
麻酔手技における事故防止対策調査ワーキンググループ
作成
2006 年 11 月 24 日
Ⅰ. はじめに
中心静脈カテーテルは,麻酔領域における中心静脈圧モニタリングや心血管作動薬投与だけでなく,経口
摂取や経腸栄養が不能な病態における体液・栄養管理,抗悪性腫瘍薬の投与など,さまざまな臨床状況に
おいて必要とされる。しかし,中心静脈カテーテルの挿入・管理にともなう事故が報告されている現状で
ある。本手引きは,中心静脈カテーテルの挿入や管理に伴う患者の安全確保を第一の目的とし,リスクマ
ネジメントの立場からその概略を述べる。この手技については各施設の事情に応じた設備やマンパワー,
教育体制等があり,既にマニュアルやガイドラインを定めている施設も多い。この手引きはそれらを否定
するものではなく、まだマニュアルがない施設や既にあるマニュアルを再点検する際に参照していただく
など、各々の目的に応じて利用していただければ幸いである。
Ⅱ. インフォームド・コンセント
中心静脈カテーテル挿入を実施する前に,患者・家族のインフォームド・コンセントを得ておく必要があ
る。インフォームド・コンセントは所定の書式を定め,患者・家族の同意・署名を得て,その一部を診療
録に保存する。また,緊急時など,やむを得ず事前の手続きを省略する場合も事後の説明と同意を得る。
Ⅲ. 教育体制(教育プログラム,シミュレータ)
安全な中心静脈カテーテル挿入には,適切な指導・教育体制の確立が必要である。初心者は指導医の下で
実施させるべきで,指導医の資格等についても施設内で規定しておくことが望ましい。また,中心静脈穿
刺手技や管理に関する教育プログラムを策定し,主要静脈周囲の局所解剖学や生じうる合併症とその対策
について詳述したマニュアルを作成することを推奨する。可能ならば,実体シミュレータを利用したトレ
ーニングコースを設ける。
Ⅳ. 中心静脈穿刺
1. 一般的注意事項
a. モニタリング
経皮的動脈血酸素飽和度,心電図*,血圧など「安全な麻酔のためのモニター指針」に準じて行う。挿管患
者では,滅菌ドレープ下の呼吸回路外れや気管チューブの屈曲に注意する。意識下の挿入では患者とのコ
ミュニケーションを密にし,呼吸状態にも注意する。
*
挿入時のガイドワイヤーやカテーテルにより持続性心室細動が発生することがあるため,除細動付きモニ
ターがあれば優先的に使用する。
b. 準備
緊急時に備え,酸素マスクや救急蘇生に必要な薬品・器具(除細動器など)を準備しておく。また,超音
波装置や X 線透視装置の使用を推奨する。これらの使用はランドマーク法による盲目的穿刺より血管同定
が容易であることから,動脈誤穿刺などの合併症の発生率が低下する。感染予防のため,穿刺は処置室や
手術室などの専用施設で行い,空気塞栓予防や中心静脈の拡張を目的とした頭低位が可能な処置台である
ことが望ましい。
c. 患者評価
患者の体型,全身状態,特に脱水や循環血液量減少の有無,呼吸音,胸部 X 線写真,全血球算・血液生化
学・凝固能検査,既往歴(常用薬)について事前に評価しておく。穿刺部の感染巣や出血傾向には特に注
意する。
2. 感染予防
CDC (Centers for Disease Control)による高度無菌バリアプレコーション(マスク,キャップ,滅菌グロ
ーブ,滅菌ガウン,十分な広さの滅菌穴あき四角布)に準拠して行う。滅菌グローブ・ガウンの着用は,
流水と消毒薬による手指消毒の後に行い,穿刺部は十分な範囲をグルコン酸クロルヘキシジンまたはポビ
ドンヨードで消毒する。
3. 穿刺部位
内頚静脈,鎖骨下静脈,大腿静脈のそれぞれで合併症発生率は異なる(表 1)。適応や患者の病態に応じて
選択する。
表 1. 穿刺部位と合併症
感染
血・気胸
動脈穿刺時の止血
内頚静脈
中
+
容易
鎖骨下静脈
低
++
困難
大腿静脈
高
−
容易
4. カテーテル挿入法(挿入長は成人で表示)
a. 内頚静脈(右内頚静脈が優先される)
空気塞栓予防のため頭低位とするか,必要に応じてバルサルバ手技を加える。顔は対側を向かせ,穿刺は
原則としてセルジンガー法を用いる。超音波装置があれば,内頚静脈と総頚動脈の解剖学的関係を確認し
ておく。ランドマーク法では胸鎖乳突筋の胸骨枝と鎖骨枝の合流部,あるいは輪状甲状膜の高さで頚動脈
拍動の外側,胸鎖乳突筋の内側を刺入点とする。
必要に応じて穿刺部位の皮下浸潤麻酔施行後,試験穿刺を行う場合は 23G 針を刺入点から同側の乳頭に向
け,皮膚に対して約 30°の角度で行う。静脈血の逆流を確認後,試験穿刺針の角度や深さをよく記憶し,
直ちに本穿刺を行う。本穿刺では,静脈血の逆流を確認後,ガイドワイヤーを挿入する。この場合,挿入
抵抗の無いことを確認し,ガイドワイヤーを進める。深く挿入しすぎると,不整脈が発生することがある
ので,ガイドワイヤーを進める際には心電図に注意する。不整脈が出現した場合,直ちにガイドワイヤー
を少し引き抜き,心電図が改善するのを待つ。ガイドワイヤーの留置後,本穿刺針を抜去し,皮膚小切開
に続いてダイレータを愛護的に挿入する。ダイレータに続くカテーテル挿入では,ガイドワイヤーを確実
に保持し,通常 13〜15cm(右側)の深さに留置する*。ガイドワイヤー抜去後,静脈血の逆流を確認し,ヘ
パリン加生理食塩液による一時的なヘパリンロックを行う。
*
適切な先端位置の確認には,心電図モニタリングキットによる P 波の波形変化を挿入中に確認することも
参考になる。
b. 鎖骨下静脈
穿刺方法は内頚静脈の場合に準じるが,脊柱に沿ってロール枕をあてがい,両肩をやや外反させると,鎖
骨と第 1 肋骨間の間隙が開く。刺入点は,鎖骨中点〜外側 1/3,あるいは肩峰と鎖骨上切痕を結ぶ線上の
中点で鎖骨下縁から 1 横指下方とし,穿刺針を胸骨上切痕に向けて鎖骨後面を滑らせるように進める。胸
骨上切痕より上方に向かうと動脈穿刺,下方に向かうと胸腔内穿刺の危険が高まる。通常,5cm 程度で鎖
骨下静脈に達し,適切なカテーテルの挿入長は約 13〜15cm(右側)である。
c. 大腿静脈
血栓形成や感染の可能性が高いので,長期留置を目的とする場合は推奨しない。刺入点は鼡径靭帯の 2 横
指下方,大腿動脈拍動の内側とする。穿刺針は皮膚に対して約 30°の角度で,臍に向けるか大腿動脈拍動
と平行に進める。カテーテルの適切な挿入長は,中心静脈圧測定を目的とする場合,約 40cm であるが,圧
測定以外の目的であれば 20cm 程度とする。
静脈血であることの確認法:
①血液色*,②血液ガス分析,③血管内圧測定
*(貧血や一酸化炭素中毒では判断しがたい場合がある)
5. カテーテル挿入後の処置
縫合糸(ナイロン・モノフィラメント糸)でカテーテルを固定し,透明被覆材で覆う。胸部 X 線写真によ
り気胸・血胸・乳糜胸や気縦隔・縦隔血腫がないこと,およびカテーテル先端の位置確認を行う。カテー
テル先端は気管分岐部の約 1〜2cm 頭側または右主気管支分岐レベルより頭側の上大静脈内に位置させる。
カテーテル先端が血管壁に接触した状態が続くと血管壁穿孔を起こすことがあるので注意する。胸部 X 線
写真は正面と側面の 2 方向とすることが望ましい。遅発性合併症としての気胸・血胸・水胸に留意し,異
常な徴候があれば,直ちに胸部 X 線写真による再確認を行う。
Ⅴ. 機械的合併症
致死的合併症として以下の1〜5 が挙げられる。合併症を回避するには,多数回の穿刺を避けることが必
要である。
1. 動脈穿刺・血腫
血液色や拍動性逆流,血管内圧から判断する。動脈穿刺では,直ちに穿刺針を抜去して圧迫止血を 5 分以
上行う。ダイレータ挿入後の止血困難に対しては,血管外科的処置を考慮する。特にヘパリン投与が予定
されている場合,十分な止血を行い,事後の血腫形成に注意する。
2. 気胸
局所解剖を理解し,危険域に穿刺針を進めない。挿入時の咳,胸痛・呼吸困難の有無,聴診所見,胸部 X 線
写真から診断する。気胸率 15%以上の場合は胸腔ドレーン挿入の適応となる。遅発性気胸にも注意する。
3. 血胸・縦隔血腫・水胸・心タンポナーデ
複数回の穿刺を要した症例では特に注意する。胸腔や縦隔,心嚢ドレナージが必要となる。
4. 空気塞栓
大気開放となった穿刺針やカテーテルからの空気迷入が原因となる。頭低位とすることやバルサルバ手技
で予防する。
5. 不整脈
ガイドワイヤーやカテーテルによる機械的刺激で,上室性不整脈や心室細動を含む不整脈が起こる。まれ
ではあるがガイドワイヤーを引き抜いても,持続性の心室細動に移行することがある。その際は直ちに除
細動を行う。
6. まれな合併症
腕神経損傷,大腿神経損傷,左内頸静脈や左鎖骨下静脈の穿刺による胸管損傷・乳糜胸,大腿静脈穿刺に
伴う腹腔穿刺・後腹膜血腫,血腫形成による気道閉塞,カテーテルの結節形成,ガイドワイヤー残置,事
故抜去などがある。
Ⅵ. 中心静脈カテーテルの管理と感染対策
中心静脈カテーテルの管理は感染予防が重要である。他に原因の特定できない発熱や白血球増多,CRP 値
上昇はカテーテル感染を疑い,直ちに抜去し,原因菌の特定と抗生物質の投与を考慮する。以下,一般的
な管理事項を列挙する。
1.
穿刺部位:穿刺部位の常在菌叢密度が感染リスクを決定する。このリスクは,一般に鎖骨下静脈<内
頚静脈≒大腿静脈である。
2.
カテーテル材質:ポリウレタンまたはテフロンが塩化ビニールやポリエチレンより優れている。
3.
高度無菌バリアプレコーション:単なる滅菌グローブ装着と滅菌ドレープの組み合わせでなく,高度
無菌バリアプレコーションが必要である。
4.
消毒薬:グルコン酸クロルヘキシジンとポビドンヨードでは前者が優れている。
5.
穿刺部位被覆材:穿刺部位の観察を容易にする透明被覆材を推奨する。
6.
抗菌剤・抗菌カフ:長期留置が予想される場合,抗菌剤含有あるいは抗菌カフ付きカテーテルの使用
を推奨する(抗菌剤含有カテーテルによるアナフィラキシーに注意)。
7.
抗生物質投与:予防的抗生物質投与の有効性は示されていない。
8.
抗生物質軟膏:局所の抗生物質軟膏塗布は推奨しない。
9.
カテーテル交換:定期的なカテーテル交換の必要性はなく,必要に応じて行う。
10. 輸液セット交換:72 時間以内に交換する必要はない。プロポフォールを含む脂肪製剤や血液製剤は
可能な限り末梢静脈ルートを利用すべきで,やむを得ず中心静脈カテーテルから投与する場合は頻回
に交換する。
11. 三方活栓:三方活栓の使用は可能な限り避け,閉鎖回路とする。
12. フィルター使用:回路内フィルターの必要性は低いが,輸液製剤の調製は薬局内で無菌的に行うのが
望ましい。
ⅥI. 参考文献
1.
O
Grady NP, Alexander M, Dellinger EP, et al. Guidelines for the prevention of intravascular
catheter‑related infections. Clinical Infectious Diseases, 2002;35:1281‑307.
2.
Guidance on the use of ultrasound locating devices for placing central venous catheters.
National Institute for Clinical Exellence Technology Appraisal Guidance‑No. 49, 2002.
3.
Domino KB, Bowdle TE, Posner KL, et al. Injuries and liabilities related to central venous
catheters. A closed claims study. Anesthesiology 2004;100:1411‑8.