《優秀賞》 奨学金制度改革と パーソナルファイナンス教育

第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
《優秀賞》
奨学金制度改革と
パーソナルファイナンス教育
宮本 歩美・鈴木 一聡・野田 郁哉
和田 聡一郎・丸衣李
はじめに
日本では大学の授業料の高騰や家庭の経済的
な事情、何らかの金銭的な支援がなくては大学
への進学が困難な人が増えている。そのため、
奨学金制度を利用する者が増加傾向にある。一
方、奨学金の返済が難しくなる者も増加し、今
後、大きな問題となる可能性が生じている。そ
の背景は、奨学金制度を利用する者が増えたの
と同じく、貧困である。社会全体として、日本
の将来を担う学生を支援するためにも貧困問題
は改善しなければならない。トートロジーのよ
うに聞こえるかもしれないが、貧困の連鎖を断
ち切るためにも、奨学金制度を維持・発展させ
ていく必要がある。
「返せないような制度は間違
っている」
「借りたものは返せ」などといった素
朴な議論ではなく、延滞問題を未然に防ぐ方策
を講じるべきであろう。
奨学金制度改革のためには、奨学金制度と類
似した、マイクロファイナンスのコンセプトや
制度設計を応用することが考えられる。
本稿では奨学金の基本的な仕組みとその役割
を紹介するとともに、奨学金の返済問題をどの
ように解決すべきか、
検討した方策を提示する。
金融教育・パーソナルファイナンス教育も、そ
うした方策を実施するための手段として非常に
重要な柱である。
なお、本稿でいう奨学金制度は、断わりのな
い限り独立行政法人日本学生支援機構のものを
指す。
が増加した。
貧困には大きく分けて「絶対的貧困(Absolute
Poverty)
」1と「相対的貧困(Relative Poverty)
」
2
の 2 つの概念がある。
日本には絶対的貧困はほとんど存在しない3
が、相対的貧困に該当する人たちは多く存在す
るといえる。
貧困は、国内の経済格差とも関連する。日本
国内でも今後、経済格差がさらに広がっていく
という見方は根強い。トマ・ピケティ『21 世紀
の資本』4が世界中で話題となっており、経済格
差への関心の高さが窺える。近年、経済格差は
世界各国で“解決すべき課題”として取り上げ
られるようになった。
(2)教育の重要性
厚生労働省の調査によると、2012 年の子ども
の貧困率は 16.3%5と過去最悪の数値となり、
約
6 人に 1 人の割合で貧困状態の子どもが存在す
ることを示している。
子どもを育てる環境は家庭の経済状況によっ
て大きく左右され、親の収入は子どもの成長に
影響する。大人になっても貧困から抜け出せな
い状況は「貧困の悪循環」と呼ばれ、現在、日
本で問題視されている。
「子どもの貧困」問題を
解決するにあたり、教育は非常に重要である。
1
1.貧困と格差
現在、格差の拡大、貧困層の急増が問題とな
っている。大学は出たが、就職できず奨学金返
済が困難な人も増えてきている。
2
絶対的貧困は、生命を維持するために最低限必要な衣食住が
満ち足りていない金銭的状態のこと。
相対的貧困は、生活水準が国家や他の地域と比べて低い層、
または個人を指す。その地域や社会において「平均」とされ
る生活を享受することができない状態のこと。
3
ここでは、詳細は論じないが、物価水準を考えると、絶対的
4
“r>g の法則”という法則を提唱している。この不等式の r
は資本収益率、g は経済成長率を指し、資本収益率が成長率
を上回るとき、資本を持つ者と持たない者とで格差が広がっ
ていくというものである。資本は多くの場合親から子へと相
続されていくため、戦争や大きな経済ショックなどによって
リセットされない限り、所得格差は世代を越えて少しずつ拡
大し続けることになる。
厚生労働省『平成 25 年 国民生活基礎調査の概況』
OECD 加盟国の子どもの貧困率平均は 12.1%である。
貧困でなくとも餓死するケースも存在する。
(1)貧困の定義
貧困は人類が直面する未解決の問題の 1 つで
ある。日本も、貧困問題は決して他人事ではな
くなっているのが現状であり、貧困に苦しむ人
5
1
第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
教育は、経済発展に必要な人材を供給し、個々
人の生計をたてる能力を向上させ、貧困削減に
貢献しているからだ。
労働者の最終学歴と生涯年収には密接な関係
がある。基本的に最終学歴が高いほど生涯年収
が高く、高校卒と大学卒では、生涯年収は男性
で約 5,000 万円、女性で約 7,000 万円の差があ
る6。
図表 1-1 学歴別生涯賃金
(万円)
最終学歴
男性
女性
(生涯賃金)
中学卒
17,710
11,140
高卒
19,520
12,620
高専・短大卒
20,410
16,010
大学卒
25,410
19,800
図表 1-2 大学授業料と消費者物価指数の推移
出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構
出典:文部科学省『平成 21 年度文部科学白書 第 1 章 家計負
担の現状と教育投資の水準』
<http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab200901/
detail/1296707.htm>
(2014 年 12 月 25 日アクセス)
※国立大学の授業料、私立大学の授業料平均額、消費者物価指
数を昭和 50 年時点で「100」とした場合
『ユースフル労働統計-労働統計加工指標集』2013 平成 22 年の
データ
<http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/index.html>
(2014 年 12 月 25 日アクセス)
図表 1-3 授業料の推移
この現状から、大学進学を目指す生徒は多い
と思われるが、大学進学には本人の学力以外に
高額な授業料というもう一つの壁が存在する。
学部により異なるが、1 年間の授業料は国立大
学文系学部で約 50 万円、私立大学文系学部で
約 80 万円7。理系学部になるとその何倍もの授
業料がかかる。家計への負担は大きく、貧困家
庭の子どもは学力が十分でも学費の問題から進
学を諦めてしまうことが少なくない。前述した
最終学歴と生涯賃金の関係からわかる通り、大
学卒に比べると賃金は低く、そのため、大人に
なってからも貧困状態が継続し、その子どもに
貧困状態が受け継がれる可能性がある。
出典:文部科学省『平成 21 年度文部科学白書 第 1 章 家計負
担の現状と教育投資の水準』
<http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hab200901/de
tail/1296707.htm>
(2014 年 12 月 25 日アクセス)
6
7
貧困状態にある子どもは学習意欲が旺盛でも、
経済的理由から進学を諦めざるを得ず、自分の
可能性を狭めてしまう。少子化問題を抱える日
本にとって、日本の将来を築き上げていく若者
の確保と育成は急務であり、この問題は最優先
で解決するべき課題である。
その問題に対して、所得の低い家庭で育った
子どもたちを支援するための制度の 1 つに、
「奨
学金制度」があげられる。
独立行政法人労働政策研究・研修機構『ユースフル労働統計労働統計加工指標集』2013 平成 22 年のデータ
<http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/index.ht
ml>
(2014 年 12 月 25 日アクセス)
文部科学省『平成 21 年度文部科学白書 第 1 章 家計負担の現
状と教育投資の水準』
<http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpab200901/
detail/1296707.htm>(2015 年 2 月 16 日アクセス)
2
第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
図表 2-1
2.奨学金
独立行政法人日本学生支援機構(以下、学生
支援機構という)によると奨学金の延滞者数は
2013 年度末で 33 万人、延滞総額は 957 億円に
まで増加した。この延滞問題は、日本の貧困問
題が一つの要因となっている。厚生労働省の調
べでは 2012 年度の日本の相対的貧困率は
16.1% であり、OECD 諸国のなかで 6 番目に
高い数値となる。
調査数
(単位:人・%)
発送 回答
参考母数
回答率
(平成 24 年度末)
件数 件数
延滞者 19,301 3,873
20.1
194,153
無延滞者 9,669 2,477
25.6
2,894,871
図表 2-2 返済率の現状
(単位:人・%)
延滞者
無延滞者
区分
人数
割合
人数
割合
奨学生本人
2,462
64.1
1,893
76.5
父母
1,273
33.2
565
22.8
兄弟
13
0.3
4
0.2
祖父母
4
0.1
1
0.0
おじ・おば
2
0.1
0
0.0
配偶者
81
2.1
13
0.5
その他
3
0.1
0
0.0
計
3,838
100
2,476
100
(1)概要
奨学金制度とは、十分な学力や能力を備えて
いるにもかかわらず、経済的な理由により進学
が困難な学生に対し、学費や生活費の支援をす
る制度である。学生支援機構など、さまざまな
機関が大学、短期大学、高等専門学校へ進学す
る人を対象に支援している。
学生支援機構の奨学金制度は第一種奨学金と
第二種奨学金の 2 つに分かれる。第一種奨学金
は無利息で一定額を貸付けるもので、本人の成
績や経済状況で選考される。特徴は高校時代の
成績が高く、家庭の経済状況が厳しい人ほど採
用される確率が高い。また、第二種奨学金より
も採用人数が少ない。第二種奨学金は、利息付
で一定額を貸し付ける制度の奨学金であり、選
考基準が比較的低いことが特徴である。どちら
も学年や通学形態で貸与金額は異なる。
学生支援機構以外にも、日本には地方公共団
体の奨学金や、民間育英団体の奨学金など、さ
まざまな種類の奨学金が存在し、独自の奨学金
制度を設けている大学も多く存在する。
① 返還義務をいつ知ったか
延滞者および無延滞者8ともに「貸与手続きを
行う前」と回答した割合が 1 番高いものの、延
滞者は無延滞者に比べ低い数値になっている。
この調査結果から、全体の約 3 割の奨学生が、
返済義務があることを知らずに借りていたとい
うことがわかる。
図表 2-3
返還義務をいつ知ったか
(単位:人・%)
延滞者
無延滞者
区分
人数 割合 人数 割合
貸与手続きを行う前
2,073
54.7 2,240 90.6
貸与手続中
477
12.6
123
5.0
貸与中
219
5.8
48
1.9
貸与終了時
150
4.0
13
0.5
貸与終了後~
174
4.6
20
0.8
返還開始前
返還開始~督促前
132
3.5
6
0.2
延滞督促を受けてから
308
8.1
4
0.2
わからない
224
5.9
17
0.7
その他
35
0.9
2
0.1
計
3,792
100 2,473 100
(2)返済の現状
図表 2-1 は、学生支援機構が行った奨学金延
滞者に対する調査結果である。なお、以下の調
査目的、対象、方法、数値、グラフ等はすべて
学生支援機構のホームページより引用したもの
である。調査目的は奨学金の延滞者の属性を把
握し、今後の奨学金回収方策に役立てることで
ある。
平成 24 年 10 月末の調査結果からわかること
を以下に 3 点あげておきたい。
8
延滞者は奨学金返還を 3 ヶ月以上延滞している者を指し、無
延滞者は奨学金返還を延滞していない者を指す。
3
第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
る(図表 2-6)9。措置は(1)~(4)の流れで
行われる。
② 本人の年収
無延滞者の年収 1 円~100 万円未満(左から 2
番目の項目)の割合は 9.3%である。しかし、
延滞者の 60%以上は年収 100~400 万円以上で
ある。これには奨学金を借りている者の返済者
への
「返済に対する意識の低さ」
に問題がある。
図表 2-6
(1) 支払督促予告
図表 2-4 本人の年収
(単位:%)
人的保証で借りた場合
(2) 支払督促申立
(3) 仮執行宣言付支払督促申立
(4) 強制執行
(1)
一括返還請求
(2)
代位弁済請求
(3)
保証機関からの請求・督促
(4)
強制執行
機関保証で借りた場合
③ 延滞が始まったきっかけ
延滞が継続している理由として「本人の低所
得」が最も多い。
延滞し、督促しても返還しない場合は、返還
期限が到来していない分を含め、返還未済
額の全部、利息および延滞金の一括返還を
請求すると共に、支払督促を申し立てること
の予告
支払いを求めた返還期限を過ぎてもなお返
還しない場合は、裁判所に支払督促の申立
裁判所に仮執行宣言付支払督促の申立
この段階まできてもなお、返還しない場合は
強制執行の手続きをとる。この段階まで至る
と、今後ローンを組めない、クレジットカードの
審査に通らないなどのリスクを抱えることにな
る。
返還期限が到来していない分を含め、返還
未済額の全額、利息および延滞金を返還の
要求
日本学生支援機構から保証機関((公財)日
本国際教育支援協会)に対し、返還未済額
の全額、利息および延滞金について請求を
行う
代位弁済がなされた場合、(公財)日本国際
教育支援協会から、代位弁済額の一括請求
を行う
返済に応じない場合は、(公財)日本国際教
育支援協会が強制執行にいたるまでの法的
措置を執り、給与や財産を差し押さえ
このようなリスクを抱える人を減少させるた
めにも奨学金についての知識をつけさせ、返済
率を高める必要がある。
次に、マイクロファイナンスの制度を応用す
ることによって、この問題を解決できるかどう
かを検討する。
図表 2-5 延滞が始まったきっかけ
(単位:人・%)
延滞者
区分
人数
割合
忙しかった(金融機関に行くこと
366
9.6
ができなかった等)
返還を忘れていた、口座残高をま
370
9.7
ちがえていたなどのミス
家計の収入が減った
2,945
77.0
家計の支出が増えた
1,503
39.3
入院、事故、災害等にあったため
765
20.0
返還するものだとは思っていなか
138
3.6
った
その他
264
6.9
回答者数
3,823
※複数回答可のため割合合計は 100%にならな
い
統計から、奨学生には奨学金を返そうという
意識はあるものの、返済が生活の負担になって
しまっていることがわかる。このため、返還期
限の猶予制度や減額返還制度のことをもっと広
く知らせる必要がある。猶予制度とは、返還困
難な事情が生じた場合は、返還期限の猶予を願
い出ることができるという制度である。
なお、奨学金を長期期間で延滞をした場合、
学生支援機構から返済を催促する連絡が来る。
この連絡に応じない場合、措置をとることにな
3.マイクロファイナンス
奨学金の滞納問題への事前の対策として、
「借
り手の将来の人生の成功のために、
現在は担保、
定収がなくても貸す」という制度の根幹が共通
する、マイクロファイナンスのコンセプトとそ
の詳細の設計が参考となろう。
(1)マイクロファイナンスの定義・特徴
マイクロファイナンス10は貧困削減・撲滅を最
終目標に据えながら、その事業の持続可能性を
維持するために利益を追求する。
マイクロファイナンス機関の例としてグラミ
ン銀行11の特徴をあげる。
通常の銀行は貧困に苦しむ人々に対して融資
をしない場合がほとんどである12。しかし、マイ
9
日本学生支援機構ホームページ
<http://www.jasso.go.jp/shougakukin/index.html>
(2014 年 12 月 20 日アクセス)
10
マイクロファイナンスは担保となるような資産を持たず、金
融サービスから排除された貧困に苦しむ人々のために提供す
る、小額の無担保融資や貯蓄・保険・送金などの金融サービ
スである。
11
バングラデシュのグラミン銀行は、2006 年に「銀行」がノー
ベル平和賞を受賞したことで有名になった。
12
「貸倒れリスクが高い」
、
「融資する額が小額で、コストのほ
うが高くついてしまう」などの理由があげられる。
4
第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
クロファイナンス機関では通常の銀行の発想を
転換し、貧困に苦しむ人々に無担保で小額の融
資を可能にしている。これにより、貧困に苦し
む人々は借りた資金で事業を起こす、雇用され
る、などの方法で収入を得ることができる。
融資形態は、5 人 1 組のグループローンとい
った特殊な形態になっている。グループ内で順
番に 1 人ずつ融資を受けられるという仕組みで、
返済義務は借りた本人のみにあり、グループの
ほかのメンバーが他人の借金を負うことはない
13
。しかし、前の人が返済を終えなければ、次
の人は資金を借りられない14ことになる。目に
見えないピア・プレッシャー(仲間間の相互圧
力)が担保となり、返済を促している。
マイクロファイナンスによって小額の融資が
されることにより金融サービスへのアクセスが
広がること、マイクロファイナンスから融資を
受けた資金で生産活動をすることで新しい雇用
や所得が生み出される。これらの雇用創出や資
本蓄積は経済成長や地域の再生・活発化に繋が
り、
「自分の能力が活用できる層」が育成されて
貧困が削減されれば社会福祉などの公的負担が
抑制され、社会全体のコストが削減される。
所有する営利事業」である。
「チャリティ」とい
った、それを供与する側の特定の善意や良心に
依存するものではない。貧困の削減・撲滅とい
う社会的課題に取り込むことを念頭に置きつつ、
事業の持続可能性を維持するために利益を追求
するビジネスである。
ユヌスはグラミン銀行の哲学について、いくつ
か興味深い点をあげている。
「グラミンは社会問
題に専念している――貧困の撲滅、教育の推進、
(略)
。強い社会意識によって動く(略)
。
」16
マイクロファイナンスは税金を財源とする補
助金・助成金などによって運営される公的サー
ビスでもない。これがマイクロファイナンスの
重要な特徴であり、本質である。マイクロファ
イナンスが成功した理由は、主に「意識」にあ
ると思われる。
マイクロファイナンスは Character を重視し
た金融形態をとっているが、融資した相手に事
業の展開などのアドバイスを行うことも特徴と
してあげられる。融資先に専門家を派遣し、新
しい事業を助けることで、より返済率を高めて
いるのである。そしてコミットメントを重視し
ている。借りたお金はきちんと返すという誓
約・約束を徹底し、返済意識を高めさせている。
借り手は自らの生活信条をグラミン銀行の「16
の決意」にまとめて、これを暗唱し、守ること
を誓う。5 人組のグループローンもピア・プレッ
シャーによる返済率意識向上のために行われて
いる。
以上がマイクロファイナンスを成功させた理
由と考えられる。
(2)マイクロファイナンス成功の理由
営利の金融機関は、与信業務を行って金を貸す。
その審査基準はしばしば「3C」といわれ、借り
手は Character(性格)
、Capacity(資力・返済
能力)
、Collateral(担保)15、この 3 つを軸に総
合的に審査される。グラミン銀行ではこの「3C」
のCharacterを重視した経営方法をとっている。
奨学金問題は、学生支援機構が与信業務を行っ
ていないことにも起因している。多くの誤解が
あるようだが、マイクロファイナンスは審査を
行っていないのではない。
「性格」に関しては、
厳しい審査を行っているともいえる。
私たちはグラミン銀行のように「性格」を重視
した、制度・やり方を導入することで奨学金問
題を解決できると思われる。
マイクロファイナンスは「非営利目的の組織が
13
14
(3)奨学金とマイクロファイナンスの比較
ここまでを見ると、奨学金とマイクロファイナ
ンスに多くの類似点が存在することがわかる。
そもそも、根本の理念が双方ともに「将来のた
めの借金」という点で共通しているが、ここで
は紙幅の関係もあり、簡単に 5 つの項目に分け
て説明する。
連帯保証だと誤解している人が多いが、間違いである。
「グループの 5 人それぞれが 1 人ずつ、グラミンについて学
んできたことについてテストされる。もし間違うと、その人
だけでなく、グループの他の人も落とされる」
(
『ムハマド・
ユヌス自伝』p.150 参照)
、
「自らの手でローン計画をたてる」
(
『ムハマド・ユヌス自伝』p.151 参照)といった特徴がある。
15
3C のうちの Collateral(担保)を Capital(資産)とするも
のもある。
16
5
ユヌス[1998]pp.280-281
第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
図表 3-1
奨学金とマイクロファイナンスの比較
審査
奨学金
マイクロファイナンス
(グラミン銀行)
審査なし
ほぼ審査なし
図表 4-1 奨学金を貸す側ができる改善策
概要
ライフプランニン
金融教育
(FP
グの作成、お金に関
教育)
する基本的な知識
金利 低金利、複利 高金利(低金利)、単利
担保
利益
融資
形態
無担保
無担保
私的利益×
私的利益○(×)
社会的利益○
社会的利益○
人的保証
機関保証
グループローン
期待される効果
4.奨学金延滞問題の解決に向けて
私たちは、奨学金問題の解決に向けて日本 FP
協会が奨学金制度の講義およびパーソナルファ
イナンス教育を実施することを提案する。ここ
で教育者を日本 FP 協会とした理由は、この団
体が日本を代表とする金融教育の担い手であり、
多くの専門家が所属していること、さらに現在
も高校生にむけての金融教育を実践しており、
ノウハウの蓄積があるためである。他にも金融
教育を実施している団体はあるが、そのなかで
営利団体から独立した非営利団体である日本
FP 協会が最も公平性を有していることから、
学生向けの金融教育の担い手として適切である。
日本 FP 協会のプランナーが、ライフプラン
ニングの作成や基本的な金融の知識を教育する
ことで、高校生が奨学金を借りる前に具体的か
つ現実的なライフプランをたてることができる。
具体的な『教育』のイメージとしては、日本
FP 協会が生徒と教員に講義を行う。教員に対
しても教育を行う理由は、現在の教員も金融教
育を受けている者が少なく、金融の知識に乏し
い傾向があるためである。
貸与型奨学金の返済延滞は、奨学金への学生
の理解不足から起きているケースもある。この
問題を解決するためには、講義の理解度を確認
するためのテストも合わせて実施すると、より
効果的であろう。
奨学金の延滞問題の解決策として、奨学金を
貸す側ができることを表にまとめて提示してお
く。
面接の
実施
キャラクターの確
認ができる(3C)
在学中の金
利返済
単利での返済開始
返済の習慣づけ
事後の
条件変更
入学後一定期間後
に無利子か有利子
かの審査しなおし
学業へのやる気
づけ
卒業後の返
済支援
成績優秀で卒業し
た生徒への大学か
らの褒章としての
返済の支援
同上
返済率の公
表
大学ごとに返済率
を公表する
大学が返済率の
上昇を目指し
て、学生の支援
を行う
無利子期間
の導入
利子のかからない
期間を設ける
利子がつく前に
返そうとする
元利均等か
元本均等か
選べる
返済方式を元利均
等か元本均等か選
べるようにする
自ら選ぶことで
返済意識を強化
おわりに
今、多くの学生が利用している貸与型の奨学
金は、返済の義務があり、無利子のものも制限
があり、多くは有利子で、実質、ローンとも呼
べるものである。制度そのものも問題もある。
一方、自己責任論や厳しい取り立てをすればよ
いという単純な議論も、制度の維持・発展には
無意味である。
この制度を利用する学生(制度利用しない者
も教育を受けることで)に、奨学金制度ばかり
でなく、客観的かつ広範囲な金融教育・パーソ
ナルファイナンス教育を準備することは、二重
の意味がある。意識を向けること、コミットメ
ントすることで、目先の返済延滞率を下げるこ
とはもちろん、いわば、生きていくのに必要な
お金に関する知性を身につけさせることで、将
来的に、かつ長期的に、貧困から遠ざかる(経
済的に豊かになる)ことにもなる。それは、つ
まり、返済延滞率を下げることに繋がる。その
教育の担い手には、日本 FP 協会が最も適切で
ある。
6
第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
参考文献
・ヒュー・シンクレア
2013 『世界は貧困を食いものにしている』
(大田直子訳)朝日新聞出版
・藤井良広
2007 『金融 NPO―新しいお金の流れをつ
くる』岩波新書
・ムハマド・ユヌス
2010 『ソーシャル・ビジネス革命―世界の
課題を解決する新たな経済システム』
(岡田昌治
監修/千葉敏生訳)早川書房
・ムハマド・ユヌス/アラン・ジョリ著
1998 『ムハマド・ユヌス自伝―貧困泣き世
界をめざす銀行家』
(猪熊弘子訳)早川書房
・山岡道男・淺野忠克
2008 『アメリカの高校生が読んでいる経済
の教科書』アスペクト
・菅正広
2008 『マイクロファイナンスのすすめ―貧
困・格差を変えるビジネスモデル』東洋経済新
報社
2009 『マイクロファイナンス―貧困と闘う
―驚異の金融』中央公論新書
・小林雅之
2008 『進学格差―深刻化する教育費負担』
筑摩書房
2013 「大学授業料と奨学金の現状と戦略」
『大学時報』第 353 号(2013 年 11 月号)
pp.30-35,一般社団法人 日本私立大学連盟
・慎泰俊
2012 『ソーシャルファイナンス革命――世
界を変えるお金の集め方』技術評論社
・周燕飛
2011『母子世帯の母親はなぜ正社員就業を希
望しないのか』ディスカッションペーパー
10-07(2011 年1月号)pp.8-15,独立行政法人
労働政策研究・研修機構
・橘木俊詔
2006 『格差社会―何が問題なのか』岩波新
書
2010 『日本の教育格差』岩波新書
・坪井ひろみ
2008 『グラミン銀行を知っていますか―貧
困女性の開発と自立支援』東洋経済新報社
・長尾公二
2015 「奨学金に戦略的活用法 ~教育資金
の準備不足に FP として相談者にどう対応する
か~」『FP ジャーナル』(2015 年1月号)
pp.38-39 日本 FP 協会
・林康史
2015「
(私の視点)奨学金制度 教育受ける
権利の維持図れ」朝日新聞 2015 年 1 月 15 日
・林康史/刘振楠
2015「グラミン銀行とマイクロファイナンス
のコンセプト―奨学金制度のビジョン再検討の
ために―」
『経済学季報』第 64 巻第 4 号, 立
正大学経済学会
・林ゼミナール(西澤彩・運天涼太・小野篤史・
國北高章・鈴木一聡・柴田健太郎・佐藤海斗・
園原翔希・高瀬寛弥・野田郁哉・宮本歩美)
2014「奨学金の在り方~マイクロファイナン
スのコンセプト導入の可能性~」立正大学経済
学部ゼミナール大会報告
・あしなが育英会
『あしなが育英会とは』
<http://www.ashinaga.org/>(2014 年 10 月
23 日アクセス)
・OECD 対日審査報告書(2013 年)
<http://www.oecd.org/eco/surveys/Overvie
w%20Japan%20in%20Japanese.pdf>
(2014 年 10 月 23 日アクセス)
・厚生労働省
『各種世帯の所得等の状況』
(2013 年)
<http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/
k-tyosa/k-tyosa10/2-7.html>
(2014 年 10 月 6 日アクセス)
・独立行政法人 日本学生支援機構
『日本学生支援機構(JASSO)について』
<http://www.jasso.go.jp/about_jasso/info
.html>(2014 年 10 月 23 日アクセス)
『返還期限の猶予』
<http://www.jasso.go.jp/henkan/yuuyo/ind
ex.html>(2014 年 10 月 23 日アクセス)
・独立行政法人労働政策研究・研修機構
『ユースフル労働統計-労働統計加工指標集
-2013』平成 22 年のデータ
<http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics
/kako/index.html>
(2014 年 12 月 25 日アクセス)
・日経ビジネス ONLINE
『貸し付けに経済効果なく、岐路に立つマイ
クロファイナンス』
<http://business.nikkeibp.co.jp/article/
report/20140411/262730/?rt=nocnt>
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第 6 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2015 年、日本FP協会)
(2015 年 1 月 12 日アクセス)
・文部科学省
『新学習指導要領』
<http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new
-cs/index.htm>
(2014 年 12 月 20 日アクセス)
『第 1 章 家計負担の現状と教育投資の水準』
<http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/ht
ml/hpab200901/detail/1296707.htm>
(2014 年 12 月 20 日アクセス)
・
「リクナビ進学」
『奨学金はじめてナビ』
<http://shingakunet.com/rnet/s/column/sy
ougakukin_column/d_system.html>
(2014 年 10 月 23 日アクセス)
・立正大学
『立正大学橘花奨学生』
<http://www.ris.ac.jp/campus_life/schola
rship/original_university/tachibana.html>
(2014 年 10 月 23 日アクセス)
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