こんにちは。神戸大学の金井と申します。よろしくお願いします。 今日一番

こんにちは。神戸大学の金井と申します。よろしくお願いします。
今日一番お伝えしたいのは、「私たちの元気度とかやる気というのは、ずっと高いということも、ず
っと低いということもなく、波がある」という何でもないと言えば何でもないことです。この1週間を考え
てください。うれしかったこと、さえなかったことなど、必ずアップダウンがあるはずです。
二番目は、例えば 22∼23 歳で県庁に入って 45 歳ぐらいで管理職に就いている人ならば、その
間も山あり谷ありだと思いますが、どんなときに波が下がり、どんなときに上がったのか、「その気にな
れば、自分で語れるストーリーをお持ちでしょう」ということです。
私は今、ゼミの卒業生とモティベーションについて共同研究をしています。調査対象者約110人
に約 2 週間、仕事が終わる時間にeメールとパソコンで問い合わせをして、その日の仕事の満足度
や出来栄えとか、やる気の高さについて調査していますが、やはり、ずっと低い人もずっと高い人も
いません。もっと長期的に見たとき、22∼45 歳までずっと高かったら働き過ぎで病気になってしまい
ます。とはいえ、ずっと低かったら生きている値打ちはほとんどないですから、やはりほとんどの人に
波動があるのです。面白いことに我々が「モティベーション」とか「キャリア」というと、仕事の世界だけ
見てしまいますが、私生活も仕事への「生き生き度」に影響するのです。
三 番 目 に皆 さんに申 し上げたいことは、「その気 になれば自 分で自 分 のやる気を自 己 調 整 でき
る」ということです。
学者の理論だけがめでたいのではなく、キャリアについて自分の考えをしっかりと持った上で、学
者の説に近いと感じるものがあれば自信が持てますから、「自分に役立つ理論を探す」ということを
皆さんと一緒に考えたいと思っています。
さて、「「ここで大きく一皮むけた」という所に焦点を合わせて話してください。」と言うと、大きな節
目の「大きな」をどの程度意識するかにもよりますが、どんなにすごい人でも 4∼6 つくらいです。人
事関係が長 い人が、「採用もやった」、「組合関係 もやった」、「教育もやった」と全部を別々に考え
ていくと節目が多くなってしまいますが、ずっと現場中心だったのに本社勤務になったという大きな
異動を節目と考えると、社長にまでなった人でも 5∼7 つくらいです。だから、長いキャリアに関して
は、モティベーションのように「自己 調 整」なんて面 倒なことをしなくても、大 きな節目 だけは自 分で
選びとったという感覚を持っていただきたいです。「自己調整」という言葉を使いましたが、日々のや
る気の問題については、「自分で自分のやる気を何とか調整できる」という意味で、「やる気に関して
は自己調整、キャリアに関しては節目だけはデザインする」という標語がいいと思います。
22∼23 歳、あるいは 17∼18 歳ぐらいで働き始めて、60 歳で定年延長があるかもしれないし、なく
てもその後再契約や嘱託で働き続けて、健康ならば 70 歳、ひょっとしたら 80 歳まで働くとしたら、20
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歳前後の時に 30∼50 年という長い期間全体をデザインしたり計画したりするのは不可能です。
スタンフォード大学にジョン・クランボルツという先生がいます。私は、「キャリアは他人任せではな
く、ここぞという大事な場面では自分で選びとる、デザインする」という発想 が大事だと思っていまし
たが、5 年前に先生が来日講演をされたとき、私が横で「デザインしなければ駄目」と言おうと思って
いるのに、先生は「僕がスタンフォード大の心理学の教授をやっているのも全部偶然のお蔭だ。」と
大真面目に言われました。先生は大学に入る前からテニスを一生懸命やっていてテニスしかなかっ
たから、大学で何の勉強をしようかなど考えたことがなくて専門分野をなかなか決められずにいまし
たが、唯一相談できた先生がテニス部の顧問でした。その顧問が心理学者だから、「心理学をやっ
たらどうか。」と言われたそうです。キャリアの大事な場面は、全部「偶然」で説明できるわけです。し
かし、それはどう考えても「節目」ですね。我々が若いときにする決定の幾つかは、将来の職業選択
にかかわっていることがあります。そういう大きな節目だけは選び取るけれども、節目と節目の間は、
先生がおっしゃるとおり、「偶然に任せていてもその偶然が自分を助けてくれる」というニュアンスで
す。つまり、やる気に関しては「自己調節」、キャリアに関しては「節目」で、自分なりに選び取るとい
うことが大事ではないでしょうか。
静 岡 県ではキャリア開 発 の取 組をしているとお聞 きしたのですが、毎 日これをやっていたら大 変
です。キャリアのことを毎日考えている人は、キャリアをデザインしているのではなくて、悩んでいるわ
けです。できたらキャリアカウンセラーよりも、カウンセラーに会った方がよいですね。これはキャリア
上の問題ですが、望んでいた異動だったが、いざ異動してみたら大きな違和感があったとか、嫌だ
と思って現 場 に行ったら、現 場の方 がかえって面 白 いと気 付いたということもあります。前 の仕 事と
大きく変わったときに再び「一皮むける」というような経験をしますから、節目だけはデザインするとい
う考え方でよいと思います。幸い、そういう節目は、長いキャリアの間に 4 回か 5 回しかないので、そ
こから選び取るという感覚を持った方がよいと思います。
そういう意味では私は、長らく別々の研究テーマだった「モティベーションの問題」と「キャリアの問
題」をどこかでつなげた方がよいと思います。学生時代に理系の人がエンジニアや科学者になって
組織に入ったとします。そして、任されたことがきちんとできた人から順に、グループリーダーになり、
研究所長になり、いつか開発本部長になります。現役でプレイヤーとして研究するのが好きだという
人が、研究プロジェクトのリーダーや、果ては研究所長になれば、研究そのものよりも研究のマネジ
メントが仕事になります。だから、世間では研究所長といえば栄転ですが、自分はプレイヤーとして
研究をしている方が本当は生き生きしていたと思ったら、その節目をどう乗り切るかということをもう一
度悩む必要があります。
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ある人たちが作ったモティベーションの web 教材で、俳優を使わずに実際にインタビューをしなが
ら、「どういうときにやる気が落ち込んだか」という話をしていく中で、管理職になったときに、周りから
は良かったねと言われたけれども、部下に動いてもらうのにどんなに困ったかを思い出すなり泣き出
した女性、という場面があります。どうしたらよいか分からなくて落ち込むこともありますから、やる気だ
けの問題ではないですね。
キャリアをきちんと訳すとしたら、「仕事生活」、「職歴」などいろいろあると思いますが、「職歴」とい
うと履歴書のイメージがあります。そういう客観的に見てとれるものではなく、その異動でどんなことを
感じ、どういうふうに歩んできたのかという、その人なりの主観的な意味づけをキャリアと言いますから、
長い仕事生 活を自分なりに振り返って意味づけができて、それで将来を展望しやすくなったとした
ら、それがキャリアであると考えています。
追手前学院大学でキャリアに関する学部を設立したときのお披露目の会合で、学長が「キャリア」
の語 源 (ラテン語 )の話 をされました。キャリアは career と書 きますが、最 初 に car とあるように、
「車」とか「運ぶもの」が元の意です。学生に career と書かせようとすると、誤って carrer と書いて
しまうことがあります。これでは「運 ぶ物 」、「運 輸 業 者 」、あるいは、「保 菌 者 」とされます。語 源 は
元々一緒でスペルも似ているから間違えやすいのですが、本来の「キャリア」も語源的には「一回限
りの自分の人生を運んでいくこと」とか「馬車の轍」の意味があります。
三菱東京UFJ銀行では、新入社員 2,000 人全員が、「キャリアの出発点で思うこと」と題して作文
を書いています。私は全部を読ませてもらいましたが、これから何十年もここで働くという将来を見越
して書いた作文の中で一番引用の多かった銀行の先輩の発言が 2 つあります。1 つは、人事部次
長の話です。「これからキャリアを歩むときにどう行こうかと悩みすぎても、10 年先のことなど分からな
い。キャリアが自分の目の前に果てしなくあると思ったらめまいしてしまうが、きちんとやっていれば後
ろに足跡が残るはずであり、それがキャリアである。」というものです。就職活動のときに読んだ雑誌
に「10 年後をイメージすると」とか「10 年後どうなりたいか」というようなことを採用時面接で質問される
のに備えて、どうしようかと先ばかりを見ていた中で、大勢の新入社員がそれに共感したのだと思い
ます。
もう1つ引用が多かったのは、部長クラスの女性の話でした。それは、「銀行には華やかで大きな
仕事もあれば、何でこんなことやらなければならないのかという小さい仕事もある。小さい仕事をして
いるときには腐ることもあるかもしれないが、実は仕事に大きいも小さいもない。」という話です。つま
り、どんなことにも学ぶことがあるということです。10 年先、20 年先のことを考えるのは非常に難しい
ですが、逆に 20 年のキャリアを歩んできた人が残りの時間をどう生きたいかを考えるとき、その 20 年
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を振り返ると、昨日今日を振り返るよりも、もう少し将来を展望しやすくなります。振り返るために振り
返るのではなく、こう来たのであれば今後どう生きたいかという節目だけを考えるというのがキャリアで
あるというとらえ方があります。
私が仕事上の経験についてきちんと聞くのが大事だと思ったのは、米国の研究結果が基になっ
ています。既に管理職をされている人はピンと来ると思いますし、若い方は 10 数年経ったときに思
い起こしてほしいのですが、既にリーダーシップをとる立場にいる人に、リーダーシップを発揮する上
で有益だった出来事を尋ねたところ、7 割方は、「○○の経験をしたので、人に動いてもらうことがで
きた。」と答えたそうです。また、2 割の人が、「この人の下でやっていたので、いろいろ教わることが
できた。」と答え、残りの 1 割は「研修」と答えたそうです。特に教育関係の人で、研修でリーダーシッ
プが身についたと答えるのは、たった 1 割です。しかし、1 割と言えばすごいものです。300 日間働い
ている人の 1 割は 30 日ですが、皆さん年間 30 日も研修を受けませんね。だから、研修でも良いも
のに出会ったら、1 割は成果が上がっているということです。
私自身は、リーダーシップとかモティベーションについて本当に意味のある学び方をしようと思っ
たら、その人が、自分がくぐってきた経験や、この人の下で何か学んだということと結びつけない限り
無力だと思います。だから、皆さんがやる気とかリーダーシップを考えるとき、「あの人はいつもテンシ
ョンが高かった」とか、「何でいつもあんなに明るいのか」というようなことを感じることや、自分自身が
頑張れたときや落ち込んでいたときを振り返ったり、「あのときは、ささやかだけど自分がリーダーシッ
プをとれていた」という経験を振り返ったりすることが大事なのです。それで、私は 7 割方が「経験」で
学んだのだとしたら、リーダーシップは、研修の場だけではなく、経験からどんなことを学んだかとい
うことを聴く必要があると考えました。
米国ノースカロライナに「センター・フォー・クリエイティブ・リーダーシップ」(CCL)というリーダーシ
ップの創 造 的な研 修・研 究を行っている機 関 があります。経 営 幹 部としてうまくリーダーシップを発
揮する上で有益な経験について調査をしていたので、私もそれと同種のインタビューをやりたいと思
い、始めました。最初は、たった 20 人、関西経済連合会の人材開発委員会に参加していた 20 社
の役員 1 人ずつに「一皮むけた経験」を聞かせてもらいました。その後、リクルートの方と共同で、課
長クラスで将来が期待される経営幹部候補に 10 社から 3 人ずつ 30 人をリストアップして、そのうち
27 人のミドルマネージャーにインタビューしました。さらに、リクルートの方が単独で 20 人のベンチャ
ー系経営者等にインタビューし、並行して私も、社長会長クラスの人に会ったときに「一皮むけた経
験」を収集するようにしました。それに先立って、管理職の人々との会合で、今に至るまで周りの人
が何と言おうが「自分ではこの仕事がベスト」と思えるもの、「自分がくぐってきた中で一番インパクト
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のあった仕事経験」を聞くと、相当すごいストーリーが含まれているのが分かりました。すると当然で
すが、順調にいっている人は、後々の仕事の方が、よりスケールがでかいし、社会性を帯びていたり、
巻き込んでいる人数も多かったり、一人では成し遂げられないほどでかいものを挙げていると思いま
した。
半年ぐらい前、資生堂の前田新造社長に「一皮むけた経験」をお聞きしたとき、「入社直後の経
験が、大きく一皮むけたと思わざるを得ないぐらい厳しいものだった。」と挙げられました。勤務先が
大阪で営業 に配属され、そごう担当になったそうですが、ノルマは新人だからといって簡単に達 成
できるような低い数字ではありません。だから一生懸命やっても達成できないわけです。そのときの
上司が、前田さんが職場に戻るたび彼の表情を見て、その日はさえなかったと分かると鍵を閉めて
中に入れてくれないこともあったそうです。入れてくれた日でも、もう一度営業に行ってこいと送り出
されたそうです。これも指 導のうちですが、厳しいといえば厳しいですね。ある日、上司 から、「お前
のために手 紙 を書 いてあげたから読 め。」と言 われたので手 にとってみたら、嘆 願 の文 章 でした。
「私こと前田新造は、御縁があって資生堂の販売営業部でそごうさんを担当させていただいていま
す。つきましては、入社後いまだにどの月も予算の数字は達成できておりませんので、石けん 1 個で
も化粧水 1 個でも資生堂と御指名の上、前田と言ってください。」などと丁寧に書いてあったそうで
す。それを、そごう外商の 80 人分をコピーして配ったそうです。だから外商は全員知っているわけで
す。その結果、外商だけでこれだけの数字になるのかという記録的なところまでいったわけです。
自分が管理職になったとき、数字を達成できない部下がいたら、いろいろなアプローチがあると気
付きますね。人によっては同行してあげたり希望を与えたり、コーチングしてあげた方がよい人もいる
し、中にはちょっと厳しい目にあっても折れない人 や、反 発 力 があるから大 丈 夫という人 もいます。
今思うと、部下が帰社したときわざわざ鍵を閉めたり、もう一度行けと言ったりするのは、それはそれ
で疲れますね。「振り返ると、あのときああやって厳しく鍛えてくれたお蔭で、決して諦めないというこ
とを学んだ。」と前田さんは言われました。
「決して諦めない」というのは、大勢の経営者がリーダーシップの条件に挙げる一つですが、それ
が「社長としてリーダーシップをとる上でどのように役立っていますか。」と聞きました。元の調査研究
では、 experience と表記されています。大きなジャンプをした「経験」という意味ですが、日本語で
は「大ジャンプ経験」とは言わずに「一皮むけた経験」に当たるのではないかと思います。
少し意識してもらうとよいと思うのは、リーダーシップを発揮する上で一番効いているのは、どんな
経験をくぐったかということです。その代表格は、無理だと思う仕事をキャリア初期に経験することや、
海外勤務経験をすることで、これらはほとんどの人が挙げます。海外勤務経験でいえば、例えば松
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下電器さんで課長クラスの人がロンドン郊外の製造子会社に行くと、大きなオペレーションなのに日
本人が 4∼5 人しかいなくて総務も 1 人ですから自分の仕事のカバー範囲が広くなります。現地法
人の社長にエース格の人が派遣されていれば、経営的発想に近い立場にいることになります。それ
から、大勢の海外勤務経験者が「がっかりだった。」と語ることの一つに、日本からVIPが来ると観光
案内をやらされるということがあります。だけど来客によっては、日本だったら一対一で会えないよう
なスケールの大きな人もいます。観光という場とはいえ、日本を離れて 4∼5 年たったときに日本の
事情について議論して少し大きなこと考える機会になれば、ただの観光案内ではないですね。それ
から、県庁でもあると思いますが、今まで行ってこなかった仕事の立ち上げ業務をやれと命じられた
り、自分で提案したので成り行きで結局中身まで自分が作りだすことになったりなど、そういうゼロか
らの立ち上げというのもよく挙がります。
皆さんにしてほしいことは、今日寝る前に、「自分はどういうふうに来たのか」、「どういう経験で大
きく一皮むけたのか」とか、まだそのような経験をしていないとしたら、「今後買ってでもすべき経験は
何か」ということを展望してもらうことです。大人になってからの経験を通じての発達・学習というのは、
「これをくぐった時に一気に違う物の見方ができた」と考えると、少し階段状になっているのではない
かということです。その人が一皮むけた経験というのは 1 個ではないはずです。上司のお蔭でアップ
することもあるし、ひょっとしたらごく希ですが、研修であるかもしれません。
エプソンの花 岡 社 長は、若い時 にプリンタのプロジェクトで納 期が遅 れていたとき、「花 岡さえ出
せば何とかなる」というぐらい辣腕のプロジェクトマネージャーで、強力なリーダーシップをとっていた
そうです。短納期で厳しい仕事だから、もう胸ぐらをつかんででも皆を引っ張っていくというスタイル
だったそうで、昔は「瞬間湯沸器」といわれるぐらい恐れられていたのに、今お会いすると、そうは見
えないので、「いつか意識的にリーダーシップのスタイルを変えられたのですか。」と質問したら、花
岡さんは、「それには訳 があって変 えた。」と答 えましたが、そのきっかけが研修だったそうです。研
修で、「花岡さんにはすごい実績があるかもしれないが、今のスタイルのままでいったら、やがて後ろ
を振り向いたら部下が 1 人減り 2 人減り、だれもついて来ないという状態になりますよ。」と言われた
そうですが、「2 日間、おれを見ただけで何が分かるか!」、「論より証拠。おれがやれば必ず納期ど
おりにきちんとやる。いつも切り札だったんだ。」と全く聞く耳を持たなかったそうです。ところがあると
き、「そういえば、脱落者が前より増えたな」、とか「このやり方では厳しすぎるのかな」と考えたそうで
す。短納期でこんなに慌ててやらなければならないプロジェクトには必ず理由があります。「今これを
フルスピードでやるという理詰めでミッションとか熱い思いを語り、相手の胸ぐらをつかむなんてことを
しなくても、メンバーの方が一生懸命動き始めたら、もし遅れることがあっても後ろから支える方式に
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変えた。」と言われ、それを「リヤカーを後ろから支えるかのごとく」と言われました。
学者の理論も参考にされるとよいと思いますが、自分の経験で、これならば間違いないという「自
論」を考える中で、優れた経営者とか行政の世界でも優れたリーダー格の人の理論と自分なりの考
えの中に一致するものがあったら、その理論にも自分の考えの裏付けになるようなものがあると思い
ます。裏付けがある「自論」を持つということです。
もう一つ、私が研究室仲間と、モティベーションの問題とキャリアの問題を結び付けようとするとき
に一番大事 だと考えているのは、「時間軸」です。何かを始めようとする時点のもう少し先に、「これ
ができるようになったら将来自分はこうしたい」という、より遠い目標や、あるいは、それが余りに遠す
ぎるとしたら、「そうなるために今すぐすべきことは何か」ということを時間軸で考えるということです。
この「希望の心理学」は、残念ながら働いている人たちを対象とした調査研究は少なく、学生を対
象とした研究が多いです。「大学にいる間に何をしたいか。」と学生に聞いたら、「高校までずっと続
けてきたサッカーを体育会系で続けたい。Jリーガーになるのは難しいが、スポーツの世界で指導者
になるか、サッカーの世界で何か貢献するような仕事がしたい。」と言う人には、今一生懸命打ち込
んでいるものの先に、キャリアと重なる部分があります。時間軸でより遠くを見過ぎている人には、そ
のためには今何をやればよいのかということを考えてもらいますし、逆に今すぐやるということしか考
えてない人 には、もう少し先を見てもらうというインタビュー調査を始めたばかりです。まず学 生さん
から始めたのですが、社会人になって 5 年ぐらい経った人に「今、改めてどんなことやりたいか」とい
うことを調べて、時間軸で近すぎる例ばかりを挙げる人には、「もう少し長期的にはどんなことやりた
いか」を聞くというインタビューをしています。
研究目的で意味があるというだけではなく、ベテランが若い人のキャリア相談にのるときにもよいと
思います。遠くを見すぎている人には「まず何をやるべきか」を語り合った方がよいし、すぐ着手する
ことばかり考えている人には、「もうちょっと先になりたい自分とはどういう姿か」を聞くということです。
これは今日皆さんにお伝えしたいことの一つです。「モティベーションにはアップダウンがあって、そ
の変局点は全部その方自身が説明できるということは、経験に基づいた自分なりの考えを持ってい
るということです。それを「自論」と呼びましょう。自論があったら、やる気について自己調整ができる
第一歩を歩んでいることになります」ということです。
私は、神戸大学でNTTの社員 20 人強を集めてこぢんまりとした会合を開いていますが、3 人ぐら
いの人に「1 週間のテンションの高い・低いを、ホワイトボードに書いてください。」とお願いすると、も
う克明に書 いてくれます。「この日はちょっと大型 クレームがあって徹夜で、だけどテンション高かっ
た。」などとストーリーが語れるわけですが、その中で私自身は、もしも学者の理論に意味があるとし
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たら、実践に基づく経験を語ったときに自分の経験を整理するのに、その理論が少しでも役立つこ
とがあるという点でしょうか。世の中にものすごくたくさんあるモティベーションの理論に、もしも何通り
かの系 列があるとしたら、①「緊 張」を鍵にモティベーションを考える系 列、②「希 望」とか「期待」で
やる気を説明しようとする系列、(今日皆さんに強調したいことの一つですが、)③自分のことは自分
で何とかできると「自論」を持つこと自体がモティベーションにつながっているという系列、④人は周
囲の影響を受けるものだ、周りが熱い思いで希望を持っていたら、自分も希望を持つようになるとい
う「関係」から説明するという系列、などではないかと思います。今日は理論の紹介が主眼ではなく、
経験と、自分なりにしっくりする自分なりの考えを持ってほしいということをお伝えしたいと思っていま
す。
まず、「緊張が人を動かす」という学説は、研究の流れの中でも一番古く、人間が動機付けられた
行動をとるときに、より深く本能に根付いているものが原因になっていると説くものです。ライオンやク
マに出会ったときに、このままだとえらいことなると緊張感を持って逃げる、あるいは必死に仮死状態
のふりをしなかったら、私たちは祖先の段階でなくなっています。だから根深いのです。緊張とか欠
乏とか危機感とかハングリー精神とか、このままだったら駄目だとか未達成だということが気になって
動くというのが「緊張系」の学説です。一見ネガティブですが、人が動くということは、しゃんとしてい
るということですから、テンションとか緊張は一概に悪いこととは言えません。緊張しすぎるとビビって
しまいますが、それに耐えられる人とそうでない人がいますから、十人十色というのを見る必要があり
ますが、立派な経営者レベルの方でも危機感に訴えることがあります。
最も初期の有名な研究 は、クルト・レビンという学 者の下にツァガルニークという女性が見つけた
「サイガルニック効果」と呼ばれているものです。これは、「人間は成し遂げられたことと、まだ未達成
のこととでは、どちらをより多く思い浮 かべるか」を体系的に調べたところ、「未達成のことの方が、う
まくいっていることよりも思い出す頻度が高い」ということです。だから皆さんが、「うまくいった」、「最
高だった」ということばかり思い浮かべられるとしたら、どちらかと言えばノーマルサンプルではないと
思います。普通の人は、「あれが気 になる」、「あれはまだできていない」と考えるからしゃきっとする
のです。
未達成の課題が人を動かすということでよく例に出されるのは、通勤途上にはがきを出すつもりで
ポケットに入れて出てきたけど、天気もいいし、なんて考えているうちに一度忘れますね。だけど、郵
便ポストを見た途端に思い出します。ポストの存在が、はがきがポケットに入っているのにまだ出して
さが
ないことに気付かせて緊張が走るから投函するわけです。人は、その性 としてうまくいったことを思い
出す方が気持ちよいが、未達成のことが気がかりで、それを思い出すことでテンションが上がるから
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それを下げるために「達成」しようとするわけです。「ギャップを埋めたいという気持ちが人を動かす」
ということが、モティベーションの学説の中で一番根深いです。だけど、もしこのままだったら、えらい
目に会う、未達成だ、怒られる、感じ悪い、危機感・・・ということだけで一生を過ごしたいですか。人
生いつも「えらいことだ」、「未達成だ」、だけでいくのではなくて、「やりだしたらちゃんと順調に進ん
でいる」とか、「この調子だったらきちんと終わりそうだ」という将来の展望も持つことができます。人間
だけが将 来 のことを計 画 したり希 望 を持ったりすることができるから、キャリアデザインをするわけで
す。
「希望」にまつわる研 究 で代 表 的なものは、やっていること自 体が楽しみになるという「内発 的 動
機付け」です。子どものころ、「模型を作っているとき熱中した」とか、「ケーキ作りのときは我を忘れて
作っていた」というときには緊張していたわけではないですね。やっていること自体が楽しくて我を忘
れるほど没頭するとか、嫌なことでもやりだすと少しずつ終わっていくので達成感を持てるとか、将来
を見 通 すことができます。それで人 が動 くというのが「希 望 系 」で、「楽 しみ」、「自 己 実 現 」、「成 長
感」、「将来の見通し」などがキーワードになる研究です。ひょっとしたらだれもがくぐっているような経
験です。
実は、3 番目の「自論」にかかわる研究は数が少ないですが、働いている人に「どんなときに頑張
れてどんな時にさえなかったか。」と聞いたら、「自論を持ち出したら、さえるようになりました。」と言っ
た人がいました。モティベーションを自分で操ることができるという自覚をもつこと自体が、モティベー
ションの源泉になるということです。代表的な学説にリチャード・ドシャームの学説があります。それは、
「原因が自分にある」という感覚がそもそもモティベーションの源泉(「パーソナル・クォーゼーション」
=「自己原因性」と心理学者は訳しています。)になるというもので、うまくいくかどうかは道具が良い
とか、仲間に恵まれたとか、運が良いとかではなく、自分の頑張り次第で決まるということです。
また、「自分なりのセオリーを持つ」ということに一番近いことを言っている人は、コロンビア大学の
キャロルド・エッグという女性の学者で、この人は、「小学生でさえ、勉強を頑張るかどうかは、自分な
りにモティベーションについての考えを持っているかどうかによる」として、「セルフセオリー」=「自分
なりの理論」という言い方をしました。「成績なんかどうせ生まれつき決まっていて、母さんも先生もど
うせ点数しか見ていない」と考えている人は頑張らないのに対して、「先生もお母さんも点数ではなく
て、どう伸びているかを見てくれている。知能は、生まれつき決まっているのではなく鍛えれば伸び
る」と思っている子は頑張るわけです。自分がどう思っているか次第で、モティベーションが決まって
いくというのが、3番目の系列(自論)です。私は、「働くみんなのモティベーション論」という本を出し
たときには、「「緊張」と「希望」と「自論」という 3 つの系列がある」と書きましたが、考えてみると、子ど
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もも 8 月 25 日ごろになると、あいつもとうとう宿題をやり始めたかと思うと影響を受けますよね。そうい
う周りの影響を受けるというのが「関係」です。だから、このままだったら未達成でやばいので、徹夜
してでもやろうという緊張を周りが持っていたら、自分にもそれが移ってきます。こんなの無理だろうと
思っているのに、リーダー格は「絶対できる。」と言い、周りの人もできるという気持ちを共有して希望
を持てたら、希望も伝染します。一人でやっているのではないと思えば、この関係が生きてくる。
東 京 大 学 の市 川 伸 一 先 生に「モティベーション論 の最 先 端は何だと思いますか。」と聞いたら、
「セルフレギュレーション・自 己 調 整 ・やる気 」を挙 げ、「自 分 で自 己 調 整 できる子 供 になってほし
い。」と言われました。私は、学生でもやる気や自己調整が大事なのだから、もう 10 年、20 年働いて
いるビジネスパーソンは、仕事の場面で仕事意欲を自己調整できる人間になってもらうということが
大事だと思いました。アップダウンがあって、変局点を自分で語れるのであれば、やる気に関しては、
日々自己調整するという方向に持っていくこと、キャリアに関しては、大きな節目だけは自分で選び
取ることです。モティベーションはダイナミックなプロセスなので、「緊張」と「希望」を軸に「自論」でこ
れを調整する。たるんでいると思えば、このままでは駄目だと「緊張」に訴えた方がよいし、緊張でび
びっていれば、助けを求めたり、元気になれる人に会ったりして、希望を持つようにする。ダイナミッ
クなアップダウンには、こういうプロセスで見た方がよいという考えです。
この「緊張」・「希望」・「持論」・「関係」に関して、それぞれ「時間軸」の要素を入れていくと、自分
はこれが未達成なので、今緊張しているという、この 4、5 日のレベルで考えることもあるし、「本当に
なりたい自分」という 10 年、20 年のスパンで見て、まだなっていないという物指しで見るのであれば、
キャリアの問題になってきます。「希望」というのも、この1週間あるいは 1 か月で達成したいと思って
いるプロジェクトを思い浮かべるのではなく、10 年の間にこんなに人間になりたいという時間軸でみ
るとキャリアの問 題になるので、私はモティベーションの問 題とキャリアの問 題については共にオー
バーラップして考えるのがよいと思っています。
「緊張」・「希望」・「持論」・「関係」のうち、「緊張」と「希望」のペアには非常に深い意味があると思
っていたら、ハーバード大学のダニエル・ギルバートという心理学者が、「幸せはいつもちょっと先に
ある」という面白い本を書いていて、この中にこんなことが書いてあります。「この両者に共通している
ことは、後々のことを考えることができるのが人間であるということである」という一節です。今の自分
ではなく、後々のことを考えるから、例えば、80 人の部下を持つセクションで部長になるとしたら、大
きなことができるという希望も持つし、80 人もの部下を持ったことがなければ、うまくいくかなと不安に
もなるという両面が必ずあるということです。モティベーションの文脈の中で「緊張」を持つと不快なの
で、できたら緊張感は除去したいと思うから、残っている仕事は今日中に片づけようと思って頑張り、
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片付きそうだという希望を持って実際に片付くとちょっとくらいゆっくりしたいと思います。しかし、より
高い目標を持ったら、まだ未達成だという緊張感が生まれて頑張るという、緊張と希望の組み合わ
せには、すごい意 味があります。同 時 に、皆さん少 し意 外に思 われるかもしれませんが、キャリアを
研究してきた人たち、特に中年に注目して研究したイェール大学の人たちが、「キャリアの節目や、
その人の生 涯にわたる発達の中での節目を彩 るキーワードは「夢」である。」と言っています。中 年
のときにどうして「夢」が問題になるのか、若すぎる人には分からないと思います。だれも自分の寿命
は分かりませんが、平均寿命ぐらいは生きたいとか、できたらもうちょっと生きたいと思えば、中年へ
の過渡期とよくいわれる 40∼45 の時期が、真ん中辺りです。後から自分は何をやりたかったのかと
か、どこまで達成したのかとか、元のままの夢では無理だとか、残りの半分の人生をどうするかという
ようなことを考えるので、キャリアの節目を彩るキーワードは「夢」なんです。残りの半分が、「心配」で
す。
皆さんが社会人になったとき、県庁でどんなことをやりたいという希望や夢を持たなかった人はい
ないと思います。他方、定年に近い人に「「夢」がキャリアの節目のキーワードです。」と言うと、「まさ
か定年という節目に「夢」があるとは言わないでしょう?」と聞かれることがありますが、退職時を彩る
キーワードの半分は、「夢」です。大規模組織で課長とか部長とか、大事な役職まで経験するように
なると、忙しくてフルタイムで働いている中で犠牲にしていることがたくさんあります。退職したらやり
たいということがあって、例えば伊能 忠敬みたいに退職後、自分よりはるかに年下の先生について
暦学の勉強をして、自分の足で歩いて日本沿海大地図を作るわけです。その人のライフワークは、
退職後に行われるというケースもあるし、引退後が本当のその人だということがあるので、何歳になっ
ても節目を彩るキーワードは「夢」と、「この後、違うステージに入るが大丈夫か」という「不安」です。
キャリアは、「節目をデザインする」という発想です。一方、モティベーションは、「これを何とか自己調
整するときの鍵となるもの」という概念で、両者は非常に似通っています。「不安」と「夢」、「緊張」と
「希望」という具合に、この辺が面白いところだと思います。
ラグビーの平 尾さんが書 かれたPHP新 書 の中 に、次のような一 節 があります。「私のラグビー人
生は、正しく不安と葛藤を乗り越えてはまた壁にぶつかり、またそれを乗り越える、そんなことの繰り
返しだったのである。セルフコントロールとは、身体的なコンディショニングだけでなく、自分の精神も
コントロールすることである。不安や怖さを感じるのは、決して恥ずかしいことではない。むしろ当然
だろう。そもそもこうなりたいという願望や目指すべき理想を持たない人間が、不安を抱えたり絶望に
陥ったりするのだろうか。自分の願いが現実のものにならないとき、あるいは危機的な状況の時に、
人は不安や絶望を感じるのでなく、逆に言えば、こうなりたいという気持ちがなければ不安も絶望も
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感じるわけがない。」
人間が「時間軸」を意識することはできるので、まだこれはできてないと思うと焦りとか緊張があるし、
こういうことができそうだという方向に向かっていくと、それが「希望」とか「夢」になるので、これが表裏
一体になっているというか、面白い所ではないかと思います。皆さんも、本当にずっと(波が)高目で
いっちゃったという人がいたら、私に連絡してください。インタビューに行きます。ずっと高いというの
は少し心配があります。だれでも少し落ち込むことがあるから、まだ頑張れるというものです。私は、
バイオリズムには余り詳しくないし、自分のサイクルも知らないのですが、やる気についてデータを集
めてからは、「今日はさえないな」と思っても、大分平気になりました。ずっとさえているなんて、本来
難しいというか、さえない理由が分かるだけでも相当なものです。
「働くみんなのモティベーション論」という本を書いていたとき、書くことが面白くなくて少 しやる気
をなくしていたら、中 3 で受験勉強中の子どもが「何の本を書いているの?」と言うから、「やる気の
本。」と答えたら、「やる気の本を書いているヤツが、やる気なくなったら終わりだ。」と言われました。
そこで真剣に考えました。私は本を書く人間として、「この本を読んだら、ずっとやる気が高まります」
なんて書いてあったら、嘘っぽいと思います。「やる気にはアップダウンがあるから、それを自己調整
できる人間に近づいた方がよいのではないか」というのが私の提案です。子どもから言われたときに
気付いたのですが、本の仕上げ段階になっているのにやる気が低くなっている理由は、今まで何度
も本を書いてきたので分かります。本というのは、こんなものを書きたいとか、どこの出版社にしようか
とか、どういうのを入れようかとか、そういうことを考えている間や、どんどん書き進んでいるときには、
少々スランプになっても次の章を書いたり、飛んだりできるわけです。だけど、9 割方でき上がった後
の作業は大体面倒な作業ばかりです。自信のない所が残っていたり、文章のつながりが悪かったり、
更に仕上げ段階になると、同じことを別の箇所でも述べていたら、こっちは残した方がよいのか残さ
ない方がよいのか、一方を取るのかとか、あるいは、最後の最後、校正もそうです。皆さんの仕事で
もありませんか?9 割方済んだといって喜んでいたら、残りの 1 割にそれまでの 9 割と同じぐらいの時
間がかかったりします。特に間違いがあってはいけない仕事で、仕上げ段階に落ち込むということは
分かりますが、私は絶対書き終えるという信念を持っていたし、仕上げ段階はいつもつらいということ
を承知の上でやっていくこと、自己調整ができるということを知るだけでもかなり意味があるのではな
いかと考えて、もう少し長い時間幅でみることを人々に勧めています。
モティベーションの本を書き始める前に神戸大学で、将棋の谷川浩司さん、ラグビー日本代表の
林 敏之さん、勉学意欲の研究者で東京大学の市川伸一先生、元リクルート勤務で、「モティベー
ションそのものもエンジニアリングが可能である」という考えからリンクアンドモティベーションという会
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社を興した小笹さんの 4 人で議論しました。谷川さんは、「負けてもくさらない。」と言いました。永世
名人になっているような人でも年間 20 回、30 回負けるわけです。ボクシングのようにずっと勝ち進め
るわけではないのです。しかも自分が小学生のときに 40 歳のおじさんに勝ったら、相手が自分より
若い人に「負けました」と頭を下げるわけですから、それでもくさらないというのは、モティベーション
の自己調整とは、スポーツの世界のコンディショニングと少し似ています。
先ほどの平尾さんの発言のように、スポーツの世界の人たちは、大事な試合のときに絶好調に持
ってくという意味でのフィジカルなコンディショニングだけではなく、試合でテンションを高めるというこ
とをします。林さんも、「いろいろなスポーツの中で、グラウンドに出る前に感極まって泣いて出ていく
のはラグビーだけではないか。」と言っています。林さんは 20 分ぐらい話していても気持ちが入りこ
むと泣き出すのです。彼は、「やる気というのは内側からあふれるもので、付けるものではない」と思
っているので、ロッカールームで一人一人にジャージを渡して、今日の試合の意味は何かというのを
語っているとき、だれかの目にキラッと光るものがあったら、皆がつながって泣いてしまうそうです。日
本人から見れば林さんは、どでかいですけれども、その世界にはもっとでかい人がいるから、頭で考
えているだけでは動けないわけです。タックルするにしても、「先に感じること=動き」というのが彼の
標語で、チームのスポーツですから、自分だけがそれを調整するのではなく、グラウンドに出るときに
やる気を互いにつなげることをしているそうです。先ほど私は、「「持論」ということを述べている学者
は少ない。」と言いましたが、例えば、ドゥシャンは「パーソナル・クォーゼーション」(原因自分論)を
説 いています。「もう人 のせいにしない」というのが、やる気 の自 己 調 整 の大 元 です。佐 藤 満 さん
(元アウディ・ジャパンの社長、ホンダのタイ現地法人の社長、GMジャパンの社長などの経験者)の
本を読んでいたら、「どんな場面でも人のせいにせず、全部自分で引き受けるということをしてきた」
と書いてありました。
今日ずっと強調してきたことですが、モティベーションの話とキャリアの話とをバラバラにしないとい
うことです。時間軸は違い、「今頑張る」というのがモティベーションです。「プロジェクトX」で、この場
面でこの人がへこたれたらもう終わりだという決定的場面があります。それをやり通すというのが意志
力とかモティベーションですが、その人がプロジェクトXのような経験をくぐったお蔭で今日があるの
だとしたら、そのキャリアの中に、この数か月∼数年越しの一皮むけるような経験があるというか、陸
上競技でいえば、100 メートル競走に当たるのか、マラソンに当たるのかです。皆さん、一生全体が
受 験 勉 強 みたいな生 活 って嫌じゃないですか?模 型を作るのがいくら好 きな人でも、一 生 全 体 が
模型を熱中して作る密度であり続けることはできません。もう少し長い時間で見たとき、こんなに模型
が好きならば「タミヤ」に入って自分の名前を残すようなプラモデルを作りたいと思えば、キャリアにつ
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ながりますが。今そこに集中しているというモティベーションの世界とキャリアの世界とは相互に関連
しているが、2 つの別個のものの見方であるということを知ることです。だけど「夢」と「希望」というキー
ワードの背後には、人間は将来のことは分からないので、緊張を持ったり不安になったりするというこ
とがあります。
皆さんちょっと考えてみてください。人間は大して強くもないし、走るのも速くないのに大胆にも二
足歩行を始めたお蔭で脳が発達して手先が器用になり、道具を使うようになり、言語を使うようにな
ったわけです。だけど依然として逃げるのは速くないし、木登りもうまくないし、強くはないということは、
心配とか不安がない限り、生き残ることができないということなのです。ポジティブシンキングとか、プ
ラス思考の訓練をするのがビジネスになるのは、人間は放っておくと心配症になってしまうからです。
コンピュータのデフォルト値というのがあるとしたら、スイッチに触れなかったら未達成のことが気にな
るのが人間 です。それにプラスアルファの希望や、こうしたらうまくいくという計画を持つ必要があっ
て、そこに焦点を合わせていくと、自分のやる気を調整するだけではなく周りにも元気を与えられる。
ときには緊張感を持ってない人に緊張感を持たせることができるようになると、今後はリーダーシップ
をとれることになり、モティベーションとリーダーシップも大いに関係があります。「だれかが絵を描き、
最初は反対する人がいても、それに向かって皆で実現しようと動いてもらう」のがモティベーションで、
「目的に向 かって部下の自発的に動機づけられた行動を引き出す」のがリーダーシップですから、
自分のやる気を自己調 整するだけではなく、周りの人のやる気を高めることができるようになれば、
そういう人がリーダー格になっていくということです。
どの教科書にも載っている有名な研究があります。ピッツバーグ大学のフレデリック・ハーズバー
グたちの研究における調査協力者、たった200 人ですが、その後繰り返し同種の調査が行われまし
た。今までの仕事経験で最高の経験と、最悪の経験について具体的に語ってもらうのです。どうい
う肩書で、何歳で、どういう人が上司で、どんな仕事をだれとやっていたのかと詳しく聞くと、最高の
経験と最悪の経験の中で繰り返し出てくるテーマが分析できるので、200 人から二個ずつ経験を聞
きますので、合計 400 個のエピソードの中で、どういうテーマが出てくるかを繰り返し読んでカテゴリ
ーを決め、カウントしていくわけです。何事か成し遂げたというようなストーリーで出てくると思ってカウ
ントしていくと、「達成した」というのは、最高の経験の方に圧倒的に多く出てきて、最悪の経験の方
に出てくることは稀です。大半の人が無理だと思ったことが皆で成し遂げられたのが良かったという
のが「達成」です。同じように、それまでは厳しかったお客さんが、「ここまで君がやってくれたから嬉
しいよ。」と言ってくれたという達成の「承認」があります。達成するだけでも相当モチベーターがある
はずです。「認めてやらなかったら人は動かない」と言うと、「情けない」と言う人がいますが、私は相
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当レベルの高い人でも、「よくやった。」と言われなかったら、どこか寂しいと思います。例えば、「オリ
ンピックは出ること自体がすごいことだから、来年からメダルはやめます。」と言ったらがっかりしませ
んか。社内で研究開発担当の役員が、「この研究はすごい。」と言ったり、お客さんが、「この製品が
出て嬉しい。」と言ったり、社長表彰をもらったりとか、「承認」というのはそういう意味では「達成」とは
別ですが、良かった経験でよく挙げられるのが、「仕事そのもの」ですね。
ハウスの小 瀬社長は、「「責任」は、言葉を見ると憂うつだが、イメージとしてはお前に大きく任せ
た。お前が絵を描くということだ。」と言われたとき、「責任もとらなきゃいけないけど、大きく任された
のでこの時には燃えた」そうです。昇進を伴っても伴っていなくても、この仕事を通じて以前とは違う
自信が出たとか、成長したとか、前進したとか、こういうのが「良かった経験」です。最悪の方に挙が
るのは、せっかく良いアイディアだと思っていたのに会社の方針でやらないと言われたとか、せっかく
いい提案をしたのに、上司が自分よりも知識不足だったので駄目だったとか、職場の人間関係がぎ
すぎすしていたとか、作業条件がこれほど劣悪なことはなかったとか、福利厚生とか給料とか、いろ
いろあります。
良かった方の経験に高い頻度で出てくるものは「満足促進要因」・「動機付け要因」です。悪かっ
た方で挙がっていく要因 は「不満足促進要因」で、ハーズバーグらは面白いことに後者を「衛生要
因」と名付けました。それは、人間関係が悪いとやる気がなくなるけれども、だからといって人間関係
だけではワークモティベーションに訴 えるのは難しくて、やはり仕事そのものに意味が感じられなけ
れば駄目だという、仕事を取り囲む「衛生要因」という意味です。これには私は少し反対意見があっ
て、「作業条件などは衛生要因に過ぎない。やはり作業条件が並外れて良かったら、働く気になる
職場もある。」という声もあるので、余り間に受けすぎない方がよいとは思います。ただ、モテたい、目
立ちたいという理由でサッカーを始めた人でも、サッカーが好きだという気持ちがなかったら、とこと
んやり切らないですね。「ワークモティベーション」と言っているのだから、その仕事そのものを見まし
ょうということです。リーダーシップを発揮するようになると、私たちがどんな仕事をやるかという所にま
で影響を与えるので、随分自分のできる範囲が広がってくるということです。
グレッツェン・スプライツァーは、南カルフォルニア大学の立派な研究をやっている女性の教授で
す。彼女が 40 代ぐらいの中間管理職の人たちを対象とした調査で、「ミドルのころに充実感を持っ
て仕事ができたときを思い浮かべ、どういうときにエンパワー(部下にただ任せっぱなしではなく、き
ちんと支援する。)して充実してできたか。」と聞くと、出てきたキーワードが 4 個ありました。
「どういうときに一番充実していたか。」と聞くと、個々のストーリーは千差万別でユニークですが、
繰り返し聞かれたストーリーの中身にラベルを付けると、「こんなことは自分にはできるわけがないと
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思ったのに、いつかできている自分に気がついた」という「有能感」があります。
宮仕えでいつも上から言われたことをやっていたが、「このときの仕事は、「お前のいうとおりやる」
ということだったので、何をやるかまで、自分ですべて決められて良かった」、「こんな大組 織が、中
間 管 理 職である課 長である自 分だけで変わるわけがないと思っていたら、自 分が興 したことで、県
庁の中でそこかしこ大きな変化の動きが出てきた」など、ミドルの人たちが、「あのときは、エンパワー
されていた」と言うときに出てくるキーワードが、「有能感」と「意味」と「自己決定」と「インパクト」だと
私は 40 歳のころ聞きました。もう一度充実した仕事生活をしようと思っていたら、良いキーワードが 4
個並んでいると思いました。
私 は、「一 皮 むけた経 験 」のインタビューをずっと続 けていますが、最 も初 期 の研 究 で出 てきた
「教訓が多 い経験」は、でかい絵を描くというのと最 初の一 歩をどうするかということです。県 庁 でこ
れまでやってこなかった更地に、事業を興すことを考えてください。絵を描かざるを得ない最初の一
歩をどうするか考えなければ駄目ですよね。管理職になると、ゼロからの立ち上げを実現しようとす
ると、部下だけでは足らず、庁外の人に会ったり専門家の意見を聴きに行ったり、部下でない人に
動いてもらったり、上司を巻き込んだりと、うまくいくかどうかもそういう利害関係者に依存していると
いうことを経験します。いろいろな人に一皮むけた経験を聞いていますが、行政関係の人は今の神
戸市長ぐらいです。行政組織でリーダーシップを発揮する人は、どういう経験が有益だったかという
調査を行政学者がもっと行って、生のデータが出てくれば皆さんにはすごく参考になると思います。
私が学生 時 代に受けた経営 管理 論 と行政学の授業の基 礎 理論はほとんど一緒です。テイラー
の科学的管理法から始まり、人間関係が大事だとして意思決定論が出てきて、有効な組織は環境
次第だと経営学で学びますが、行政学の授業で科学的管理法に始まるウェーバーの話はほとんど
一 緒 です。コーネル大 学 だけが、経 営 学 と行 政 学 が分 かれていません。「スクール・オブ・パブリッ
ク・アンド・ビジネス・アドミニストレーション」といって同じ大学院で行政学と経営学を教えていますが、
「ビジネス・アドミニストレーション」は経営学なので、アドミニストレーションとしての基礎は一緒です。
私も、企業以外に病院、学校、地方自治体、NPO などをもっと研究すべきですが、何かボタンの掛
け違いが続 いているというか、経営学 =産業社 会 ・企業という思い込みがあり、私も上の世代の人
から、(経営学とは、)「起業するものでしょ?」と言われていたので手薄になっていますが、もっとそ
の辺の共有関係があっていいと思います。
【質疑応答】
(研修生)
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私は少年野球でコーチをやっています。今日のお話を、部下を子どもになぞられて聞いているの
かも知れませんが、子どもは失敗するとすごく落 ち込みます。そのとき、いかにやる気 やモティベー
ションを復活させるか。例えば野球の試合でエラーをすれば当然落ち込むし、打てればモティベー
ションが上がります。どんな接し方や考え方がよろしいか、もしアドバイスがあればお願いします。
(講師)
一つは、失敗があったときに、失敗そのものを議論するよりも、その失敗から学べる点として何が
あるかということについて、試合後に話し合う機会があった方がよいということです。本当は自分のエ
ラーのせいで負けたかもしれない試合について、指導者から全く言及がない方が、次に持ち越して
くたばっちゃうので、そういうことがあったということを前提に、そこから個人、あるいはチームとして学
ぶことは何かを話し合うということです。叱るべきときに叱ることができない指導者が増えていて、叱る
方が、エネルギーが必要ですが、やはりどうやって再発を防ぐかということの関連で、ほめるだけでな
く、叱ることできるかどうかが試金石です。
コーチングの世 界 でいつも大 議 論 があるのは、次 のようなことです。野 球 の野 村 監 督 のように、
「長所は放っていても、もっと伸ばそうと自分で練習をするから、欠点を直してあげた方が圧倒的に
よい。ましてやチームスポーツだから、苦手な所を直してあげて、ここさえ良くなればもっと良くなると
いう方向に持っていった方がよい。」と言う人と、ラグビーの平井さんのように、「ほめる方が圧倒的に
大事に決まっている。だから、エラーがあったらエラーが発生するポジションよりも、良い所が伸びる
方向(ポジション)に持っていく、ましてやチームスポーツだったらなおさらだ。」と言う人がいます。
平尾さんに、「コーチングとは何ですか。」と聞いたら、「できることは余りたくさんありません。だけ
ど、できないことができるようになったときに、ほめてあげるのが一番良い。」と答えました。親が子ども
に対して、先生が生徒に対して、監督がメンバーに対して、できなかったけどできるようなったとほめ
るのはだれでもできますが、平尾さんがよく言われるのは、「できないことができるようになったときに、
我が事のように喜ぶことに尽きる」ということです。彼に、「僕はそんなに人間ができてないので、何で
も我が事のようにというのは、我が子にだったら思えるけれども、チームでそこまで思うのは難しい。」
と言ったら、平尾さんは平然と、「僕がやってきたラグビーはチームスポーツだから、自分がうまくでき
ることがどうしてかをきちんと説明したり、あるいは、実演したりしている間にメンバーができなかったこ
とができるようになったらチームが強くなるから、やはり我が事のように嬉しいので本気だ。」と言いま
した。
私自身は、ゼミ生が基本行動において本当に間違ったことをしていると思ったら、きちんと叱るべ
きだと思うのですが、どちらかというと、元気づける方が好きなので、「しばらくは落ち込んでいても、
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あのときしっかり怒られてよかった」という言い方ができていません。日本中を見たとき、電車内で子
どもがギャーギャー騒いでいたら、「うるさい!」と叱る人とか、あるいは、教室内で少しザワザワして
いるときに「静かにして」と頼むのではなく、しっかり叱ることができる人とか、組織で部下を叱ることが
できる管理職とか、皆さんにも思い当たる節があると思います。叱るという場面にきちんと対応できる
ということが本当は非常に大事なのに、そこを遠慮しすぎているという状態があるとしたら、良い所を
伸ばすことだけではなく、不都合があったらそこを直すということが危機管理上も必要で、命にかか
わっている場面だったら叱る行動が必ずできています。それぐらいしか分からないのですが、逆に良
い知恵があったら、また教えてください。ありがとうございます。
(研修生)
モティベーションとかリーダーシップのお話はよく分かりましたが、よく「知恵を出せ」と言われます。
どういう状態のときに良い知恵が出るのかという何か統計的なものがあれば、教えていただけたらと
思います。
(講師)
なぜ知恵が大事かと言うと、世の中には、ただ頑張るだけでは済まない、あるいは、頑張り方その
ものが間 違 っているということもあるからです。上 位 者 が若 手 に「知 恵 が足 らん。」とか「知 恵 を出
せ。」と言うとき、その上位者が立派な方だったら、「自分は年長でより経験があるが、それだけでは
分からないこともあるので、現場にいるあなた自身がきちんと考えなければ駄目だ」という意味で、た
だ頑張るだけではなく、どうやったらうまくいくかという方法について考えることを指している場合があ
ります。それから、キャリアに関して、一生懸命働くというのがモティベーションの問題だとしたら、言
葉として響きは少し冷たいかもしれないが、「賢く働く」というか、長期的に戦略を持って働くというこ
とを考えると、自分のキャリアについても、ただ頑張りという軸だけではなく、生き方、働き方において、
何か知恵があると感じることがあると思います。
上司の方とのコミュニケーションが良いのに、知恵を出すことで皆がそのお蔭で大いに活気づい
た実例をその上司から幾つか聞かせてもらえないとしたら、上司の方が問題だと思います。皆が本
当に困ったときはやる気の問題だけではなく、深く考えるとか、実践的に役立つ知恵というものがあ
るとか、「知恵を出せ」と言うだけのことはあって、この人には何か知恵というものを体現していると思
わせるものがないとしたら、言葉が少し空虚になると思います。「知恵」に当たる実例がないと、考え
るのは少し難しいですね。
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(研修生)
小さい組織ですと、20 代、30 代、40 代と、いろいろな職員がいてモティベーションも様々です。リ
ーダーシップという面から、組織で最大限の力を発揮するためにモティベーションを束ねていく、あ
るいはコントロールしていくということがリーダーに求められるという気がするのですが、いかがでしょう
か。
(講師)
今日余り触れなかったことの一つにかかわるので、御質問していただいて大変喜んでいるのです
が、アップダウンがあるということと、変 局 というのは自 分 で説 明 できるということです。それは、「自
論」を持っているということになるでしょう。自分が管理職になって大勢の部下を持つようになったとき、
殊更モティベーションに関しては、十人十色であるということを自覚できるようにならないと、大きな問
題が出てきます。仮に実際に部下を持つようになったとき、自分に成り立つ「自論」だけでやってい
ると、部下の中にはそれでは動かない人もいます。あるいは、「緊張」と「希望」を見ても、反発力が
あると分かっていれば、「お前なんかまだまだだ。」と言って、若い日の前田新造さんみたいに発奮
する人もいるけれども、ふさぎ込んでしまう人もいます。
平尾さんの話ですが、ラグビーは厳しいスポーツだし、けがもしょっちゅうある。昔は、へこたれそう
な人に、「お前なんかやめてしまえ!」と言うと逆に盛り上がったそうです。(もし、バレーボールをや
っている人がいたら済みませんが、)「お前なんかバレーボールに変われ!」と言うと絶対に「いや、
楕円球でやらせてほしいんです。僕はラグビーをやりたいんです!」と言うそうです。やめたくないか
ら。そうしたらもう決まりきったように、体の一番大きいやつにボールを持たせて、「お前、本当にやる
気あるのかどうか、こいつにタックルしろ!」と言うと、そのでかいやつが、ちょっとこけてやらなければ
いけないと思うのか、やめたくないので本当に馬鹿力が出るのか分かりませんが、タックルが成功す
るわけです。そうしたら皆が寄っていって、「お前もやるじゃん!」と言うと、ガーと泣いて、もう一遍チ
ームが固 まったという話 です。しかし、今 は「お前 なんかやめてしまえ。」と言 うと、「そうですか。」、
「お前なんかもうバレーに変わってしまえ。」と言うと、「いいアドバイスですね。」と言うそうです。平尾
さんはそれを「反発力」と言っているのですが、反発力に個人差があるとしたら、世の中には「希望」
で訴えた方がよい人、「緊張系」で訴えた方がよい人とバラエティーがあります。
自分だけに成り立つ「自論」を持っただけで自分を元気づけられることができるようになって 10 年
∼20 年たった後で 30 代後半、40 代になって部下を持つようになったときに、自論だけじゃなく、自
分のモティベーションのレパートリーを広げるために、「あの部下はこれで動く」とか、「この部下はち
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ょっと違う動き方をする」と思ったときにモティベーションの本をひも解いたり、優れた経営者が十人
十色ということに関してどのようなことを言っているかを、いかに考えるかということです。
私はモティベーションを学ぶこととリーダーシップを学ぶことの一番の違 いは、「自分 だけの問題
ではなく、ほかの人と共に成し遂げる」ということなので、例えばレベルの相当高い上 司が、別に自
分はほめてもらわなくても、達成感と自己実現だけで行けると思っていたとします。しかし、世の中に
は本当はほめてほしいと思う人がいることに気づかず、「よくやったなお前。」とも言わなかったとした
ら、「承認してあげることが非常に大事だ」ということを知るだけでも意味があります。自己実現とか、
成長力とか、達成感というのは、すごく大事なことだと思いますが、どんなに人間主義的な理論でも、
「上が信じるからすべてこうだ」というふうにしたら、人間 主義という名の下 のファシズムになってしま
います。大勢の部下を持つようになったら、十人十色とまで行かなくても、モティベーション論にも、
人にハッパをかけるにも 5∼6 通りあって、緊張感を与える方がよいこともあるし、希望を与える方が
よいこともあることを知って、できれば自分で自己調節できる人間を育てていくとか、もう少し豊かな
「自論」を練りあげる必要があると思っています。ありがとうございます。
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