月刊人事マネジメントの2011年9月号に記事が掲載されました!

磨け!
を
ス
ン
ルセ
グローバ
ケースとクイズ
で理解する
世界のマネジメント事情
㈱イマジナ 代表取締役
奥山由実子
第 9 回 【ブラジル編】日系人に甘えるのは禁物
A1
ケース
ブラジルは訴訟社会なので,このような労働
神谷さん(36歳・男性)は国内の中堅メーカーA
訴訟は珍しくない。訴訟についてはすべて弁護士
社に勤めるビジネスマンである。神谷さんには海
に任せ,裁判で徹底的に争ってもらう。また,ス
外留学・就労の経験がなかったが,昨年からA社の
タッフには日常業務をいつも通りこなすように指
ブラジル事務所でマネジャーとして駐在すること
示を行う。
になった。いきなりの内示で事前教育なども特に
A2
ないまま赴任した。ブラジル事務所は設立 3 年目
うになった発端は神谷さんにあるので,会社とし
であり,現地スタッフをたくさん雇用している。
て彼に懲戒処分を下し,帰国させる。
マルヤマさん(30歳・女性)は事務所で唯一の日
A3
系人であり,神谷さんの赴任に伴い,神谷さんの
う。ただし,今後,二の舞を踏まないよう,本社
アシスタントとして働くことになった。神谷さん
から駐在員を送る際には必ず駐在前のトレーニン
は初めての海外赴任で,現地スタッフの扱いには
グや駐在後のフォローを行い,現地社員とのコミ
非常に苦労していた。残業や困難な仕事が生じた
ュニケーションをきちんと取れるようにする。
際は,外見が日本人と変わらないマルヤマさんに
つい頼みごとをしてしまっていた。マルヤマさん
としても自分の処遇向上に繋がると思い,頑張っ
て取り組んでいた。そうしているうちに神谷さん
マルヤマさんが今回のような行動を起こすよ
会社が弁護士を通じて示談(金銭)交渉を行
解答・解説
※以下の解答・解説は絶対的なものではなく,弊社のコン
サルティング経験により導き出された見解であり,時代,
人,組織のバランス次第で逆転しうることもご承知くだ
さい。
はどんどんマルヤマさんに仕事を振るようになり,
要求レベルもエスカレートしていった。ある日,
マルヤマさんの仕事が溜まり手いっぱいなときに,
A1を選んだ方
残念ながら不正解だ。確かにブラジルは訴訟社
神谷さんは「まだ前回お願いした件,終わらない
会である。ブラジルの労働法は労働者保護色が強
の?」と,大勢の前で彼女を叱責してしまった。
く,労働者は少しでも自分の権利が尊重されてい
それからしばらくして,マルヤマさんは会社に退
ないと感じると,労働裁判所に訴えることが多い。
職願を提出し,同時に,“日系人だからといって他
実際,労働裁判所は2010年時点で150万件の未解決
のスタッフのようにフェアに扱われなかった”と
案件を抱えている(「雇用労働事情・ブラジル」財
して人種差別を理由に会社を訴えてきた。
団法人海外職業訓練協会より)。ブラジルの労働裁
Question
あなたが現地の責任者なら,このような事態
に対し,どのように対応しますか? 以下のA1
∼A3の中から 1 つを選択してみてください。
判所は,裁判資料の置き場がなくトイレの通路に
まで置かれているような始末なのだ。また,ブラ
ジルのある銀行では45名の専属弁護士が会社を守
っているくらい,会社も訴訟対策には必死だ(「海
外労働情報・ブラジル」独立行政法人労働政策研
究・研修機構より)。そんな社会環境下で,安易な
118
人事マネジメント 2011.9
www.busi-pub.com
奥山由実子: 株式会社イマジナ 代表取締役,(社)日本ヒューマンリソース協会 理事
大手企業研修専門会社で企画,営業職などをこなし,1993年に駐在員としてニューヨークに赴任。
その後起業。在米日系企業1,000社に及ぶコンサルティングを行う。2006年東京に人事コンサルテ
ィング会社,イマジナを設立。著書に『伸びる会社は月曜の朝がいちばん楽しい』などがある。
☆E-Mail : [email protected] ☆URL : http://www.imajina.com/
【ブラジル編】
訴訟対策をとると,かえって企業イメージが悪化
から 6 番目であり(“BRIBE PAYERS INDEX 2008”
し,生産性低下,離職率の増加等,負の連鎖を招
TRANSPARENCY INTERNATIONALより),政府高
きかねない。会社は常に脇を固めておくように注
官が汚職・賄賂で辞任するといったニュースは昔
意しよう。
からある。それくらいブラジルでは金銭的解決は
A2を選んだ方
一般的なのだ。ただ,大切なことは今回のような
不正解だ。確かに神谷さんはマルヤマさんの直
トラブルの再発防止である。A社では海外リスク管
属の上司として監督責任がある。しかし,会社が
理の甘さが今回の問題を引き起こしている。グロ
訴訟を起こされた責任を神谷さんだけに負わせ,
ーバル化の時代においてビジネスを行う際には,
懲戒処分,帰国を命じるのは厳罰に過ぎる。むし
現地の文化や法律,生活習慣等の知識は必要不可
ろ,会社としてリスク管理が甘かったことが問題
欠であり,逆に無知が企業の命取りになりかねな
である。海外では労務トラブルが非常に多く,特
い。海外に人材を派遣する企業は駐在前のトレー
にブラジルは労働訴訟が頻発している。だからこ
ニングをはじめ,駐在後のホットラインの設置や,
そ企業(特に人事部)は,海外駐在員のリスクを
現地スタッフへのフォローを行うことに注力しよう。
事前に想定し,現地で活躍できる人材の育成に注
この国のマネジメントのツボ
力する必要がある。多くの企業ではグローバル人
ブラジルには約150万人の日系人がいる(「各
材育成の重要性を認識しつつも,課題にとどまっ
国・地域情勢 ブラジル連邦共和国」外務省より)。
ている現状がある。経済産業省のアンケート調査
ブラジル移住の歴史は1908年の笠戸丸による移住
によると,海外拠点の設置・運営に当たって直面
をもって開始された。彼らはコーヒー農園などで
している課題について,「グローバル化を推進する
働き,排日運動などの過酷な環境を耐え忍んで生
国内人材の確保・育成」を挙げる割合は,回答企
き,今日のブラジル社会では日系人は好意的に受
業の約 7 割となっている(グローバル人材育成委
け入れられるまでになった。現在オフィスで活躍
員会の報告書/2010年 4 月より)。会社は今後のビ
している日系人は 3 ∼ 4 世が中心だが,忘れては
ジネス上のリスク,トラブルの低減のためにも,
ならないのは,彼らは外見こそ日本人そっくりで
駐在員の事前教育等を徹底するなどの施策を取る
も,れっきとしたブラジル人であることだ。 3 世
ようにしよう。
∼ 4 世になると,ポルトガル語しか話せない人の
A3を選んだ方
割合が圧倒的に多い。ただ,外見が日本人に似て
Bem feito! 正解である。一般にブラジルでは訴訟
いるため,駐在員はつい日本人の感覚が通じるも
を起こされた際は弁護士を立て,“金銭的に解決す
のと錯覚してしまう。しかし,彼らはブラジルで
る”ことが多い。その背景には,ブラジル政府が
生まれ育っているので,
“気配り”とか“以心伝心”
推進してきた政策の過程で行政と社会の諸セクタ
といった日本人特有の機微は伝わらない。まずは
ーが癒着してしまったことや,大土地所有制が残
彼らとの違いを受け入れ,そしてブラジル流の良
り,一部の名士が政治や経済を支配しているとい
さを受け入れ,長所を引き出すように心がけよう。
う現実が関係しているといわれている。そのため,
そのためにも何が彼らをモチベートさせ,何がや
人々は社会で生き残るためにも金銭で解決するこ
る気を削ぐのかといった事前情報は不可欠だ。丸
とが合理的と考えるようになったのかもしれない。
裸ではなく,しっかりと鎧を装着した武将を戦場
実際,ブラジルは“世界の賄賂指数”において下
に送り込むよう心がけよう。
2011.9 人事マネジメント
www.busi-pub.com
119