第12号(2016年9月11日発行)

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目
次
まえがき
理 事
上
高子 …………… 3
1.Iメイト交流
〈 清華大学 〉
石井和徳 ⇔ 王日澤
島村美智 ⇔ 銭真
鈴木一美 ⇔ 張楊
田代 學 ⇔ 劉詩璿
〈 タマサート大学 〉
井下田深雪 ⇔ サタナン・パッタバプラユラウォン
石田義夫 ⇔ スリントラーショー・ティーラワット
佐藤賢三 ⇔ マンチュサー・ジラパカターム
松野芳夫 ⇔ ラックスダー・キャトマネーラット
〈 貿易大学 〉
坂本和子 ⇔ ホアン・ハー・フォン
杉本典子 ⇔ ハー・チュー・バオ・ニー
中村泰寿 ⇔ チャン・ティ・ビック・ゴック
〈第四グループ〉
冨平 茂 ⇔ 姜淼
……………4
……………6
……………8
……………10
……………12
……………14
……………16
……………18
……………20
……………22
……………24
……………26
2.元Iメイト学生は今!
王
耕偉(⇔ 藤原ひさ子)
……………28
(清華大学→コロンビア大学大学院→北京海淀微臣学校教員)
ドゥアンケーオ・スットプラータナー(⇔ 森
郁子)
……………30
(タマサート大学大学院→琉球大学大学院→株式会社TBK)
ヴイ・テイ・ドウイ・ハン(⇔ 五十嵐久仁香)
……………32
(貿易大学→一橋大学→SMK株式会社)
チャン・トゥ・チャン(⇔ 上
高子)
……………34
(貿易大学→京都大学→アステラス製薬株式会社)
3.元派遣教師の体験報告
清華大学での三年間(2013年度―2015年度)を振り返って
宮﨑いずみ ……………36
4.インドネシアとの交流にそなえて
理事長
加納啓良
……………38
5.第一号アジ風奨学生になって
クスマー・タイニコン(⇔ 城谷健一)
(タマサート大学→琉球大学大学院)
―1―
……………40
6.Iメイト交流規約
2016年度改訂版
……………42
7.交流状況のアンケート調査結果報告
……………43
8.三国交流会プログラム
パンフレット
……………44
関係者の挨拶
アジアの新しい風事務局長 奥山寿子
……………45
タマサート大学 タサニー・メーターピスイット先生
………46
貿易大学
チャン・ティー・トウ・トウーイ先生
国際交流基金バンコク日本文化センター次長 中島遥香
……47
スケジュール
……………48
『日本の国際結婚事情』プレゼンテーション資料
……………49
ディスカッションのまとめ
……………52
三国交流に参加して
〈タマサート大学Iメイト学生〉
……………56
ナットニシャー・サーマートギット、ナッティダー・イアサクール
カンヤニー・レクチャム、志水麻衣
キティパー・サンカワニット、ケッタカーン・パウトーン
アリナー・クルサワード、ピチャポーン・シリワニチャーロム
ペッパイリン・ジンダー、チャイワッチャラ・リムソムキャート
タサニー・メーターピスィット先生
〈貿易大学Iメイト学生〉
……………64
グエン・ゴック・カン、ファム・ティ・トゥイ・リン
グエン・トウー・ハン、ファム・ティ・ホアイ
ファム・ティ・トゥ、グエン・ティ・ゴック・アイン
ヴ・ゴック・フエン、ドー・ティ・ジゥ
バック・ティ・ホン・メン、トー・ミー・リン
レー・ゴック・トゥイ
〈日本人会員〉
……………72
奥村由巳、坂巻延子、林 孝男
〈福井大学生〉
…………74
大坂文哉、森川大河、吉田莉久、都築裕次郎、渡利道雄
山本匠悟、大西祐太、宇野紘一郎、本多宏旭、坂田知子
西尾知愛、大崎響子
三国交流会の写真
……………76
9.就職活動支援プロジェクト
……………78
10.写真で見る2015年度の活動
……………80
編集後記
……………86
中村泰寿
原谷洋美
*掲載名は敬称略とさせていただきました
―2―
まえがき(多文化共生考)
アジアの新しい風(アジ風)を立ち上げた13年前には、その理念である
「多文化共生」は、多くの会員にとってまだ耳新しいものだったと思う。最
近は「多文化共生」や「多様性」という言葉がマスメディアに溢れていて、
話題にこと欠かない。
多文化共生は、元来異文化間の衝突を和らげるための概念であるが、近年
急速に拡がるグローバリゼーション、それも先進国による経済優先の一様化
に対し抵抗するトレンド、と捉えることもできる。長い間に築き上げられた
それぞれの国や民族の文化が、ひとつの尺度、ひとつの価値に収れんされて
いく世界に対する反発。強いものが弱いものを飲み込んでいく過程ともい
え、それに対して、それでいいのか、という異議申し立てではないか。
最近世界中で起きている扇動的で偏狭なナショナリズは、一見グローバリ
ゼーションへの反作用に見えるが、これは自分だけ、今だけ、という利己主
義と近視眼であって、相互理解を基にしている多文化共生と似て非なるもの
であると思う。こうした反作用は、歴史上振り子のように繰り返されている
が、わが信奉する生物学者の福岡伸一氏によると、
「長い進化の末に、唯一、
遺伝子の束縛(争え、奪え、縄張りを作れ、そして自分だけが増えよ、とい
う利己的な命令)から脱することに成功したヒトは、必ずやバランスを取り
戻す」という主旨の発言をしているので希望を失わないでいたい。
アジ風が日本語学習者を支援する活動を通して学ぼうとするのは、異なる
ものを尊重する、「多文化共生」である。必要なのは「寛容の精神」であり、
自分の尺度だけで測らないこと、そして異なるものの文化的背景に想像力を
働かせ、
「気づき」を得ることであろう。辛抱強いコミュニケーションによっ
て、折り合い点を見つけていくことを学んでいきたい。
念願のインドネシアとの交流が実現することになった。多様性がまた増え
ると期待している。人口の9割がイスラム教徒であり、私たちにはまだなじ
みが薄いので、交流を通してさまざまな課題もでてくるだろうし、新しい視
点を得ることもあるだろう。
今年のIメイト交流に関するアンケートでは、5割以上の会員(多少も含
めると9割)が「自己啓発になった」と回答している(P43)。言語が英語
一色になりそうなグローバル世界で、日本語(母語話者の数が世界で10位)
と、失いたくない日本文化の良さを、多様性として残していく努力を続けた
い。交流する相手の学生の文化を尊重しつつ、Iメイト学生たちが、日本語
を学んでよかったと思ってくれるようなサポートをしていきたい。
最後に、相互理解の交流例を寄稿してくださった方々に、心からお礼を申
し上げます。みんなで、アジアに新しい風を爽やかに吹かせましょう!
Iメイト交流担当理事
―3―
上
高子
Iメイト交流
.
1
王さんの頑張りに刺激を受けて
石井
和徳
王さんとメール交流を始めてもう3年目になるのか
と思うと、実に感慨深いものがある。当初はまだ日本
語にそれほど慣れておらず、比較的短い文章で簡単な
内容から始まった。しかし、その内容とメールの発信
時間から推察すると、深夜まで学業に励んでいる様子がありありと浮かんで
きて、少しでも力になれば、との思いでこれまで続けてきた。
王さんの頑張りに私も刺激を受けて、時には国語の勉強をしたり、日本文
化について調べたりと、勉強する機会を得ることができたことは、有難いこ
とであった。王さんはやがて東京大学に留学する機会を得たが、この留学生
活は日本への理解、日本語の能力を大いに飛躍させたと思う。やはり、日本
の言葉を使い、日本で生活することが、あらゆる面で王さんにとっては勉強
になったのでは、と感じる。そんな熱心な王さんとのメール交流も今では、
メール実例にあるように、かなり長文の高度な内容の交流になってきた。お
互いの文化や慣習に対する考えや意見についてまで、交流の範囲が広がって
きたことは、大変素晴らしいことである。今後大学院に進学後も、お互いを
高め合えるような交流を継続していければと思うこの頃である。
メールの行間に見つけた自分の成長
王
日澤
アジアの新しい風に参加して石井さんと交流し、今
年3年目を迎えています。大学時代はこの組織の皆様
とともに過ごしてきて、メールを書くことは既に生活
の一部分になったと感じています。
日本文化を理解すること、日本に留学すること、インターンシップや未来
の道を選ぶことなどに、石井さん又はアジアの新しい風の皆様から支援され
てきました。どのような質問にも、詳しく回答してくださいました。日本に
いる一年間、おかげさまで、スピーチコンテストや仙台植樹などの活動に参
加し、日本への理解は更に深くなりました。
お仕事は忙しい石井さんから、いつも親切にメールを修正していただき、
生活の指導などもたくさん教えてくださいました。今までの何百通のメール
を見ていて、自分の成長を行間の中から見つけます。石井さんから支えてく
ださり、誠に心から感謝しております。
7月で、4年間の大学時代は終わるようになりますが、これからもずっと
アジアの新しい風に連絡をとり続けたいです。いつか自分を支援してくれた
方々に、恩返しをしたいからです。
―4―
王さん→石井さん
2016年2月1日
20日間以上かかった旅で、北から南に渡って、たくさんの新しいものを見
ました。孔子の故郷の山東省は、儒学の発源地として代々尊敬されています。
文化大革命のとき、中国の古典文化は大変壊され、それ以来中華民族の文化
はよく伝承していないと思います。でも、ここ数年中国古典文化はだんだん
重視されてきます。孔子学院も世界各地で建てられ、古い文化をもとに第三
産業は繁栄してきます。大衆も『論語』などに注目して、子供に『論語』、『三
字経』を勉強させます。このように、単に子供に本を覚えさせることは伝統
を伝承する完璧なやり方ではないと思いますが、無意識に自国の文化が好き
になってくるから、非常にいいことだと思います。(略)
雲南省で社会実践に参加することがきっかけで、通信三年目のメール友だ
ちと会いました。今は中学校三年生の女の子です。そう思うと、石井さんと
通信するのも三年間経ました。毎回親切なメールで私を支えてくれました。
いい思い出がいっぱいありますね。(略)
石井さん→王さん
2016年2月14日
中国の北から南までの旅行は、季節、生活習慣、料理、文化、その他いろ
いろな違いがあったでしょうね。四千年の歴史を持つ中国ですから、各地そ
れぞれの面白さがあると思います。私も退職したら、ゆっくり時間をかけて
旅行をしたいと思います。(略)
干支(えと)は日本と中国で少し違いがあったように記憶していますが、
どうだったですかね。「子(ネズミ)
・丑(ウシ)・寅(トラ)・卯(ウサギ)
・
辰(タツ)・巳(ヘビ)・午(ウマ)・未(ヒツジ)・申(サル)・酉(トリ)・
戌(イヌ)・亥(イノシシ)」が日本ですが、今年が申年は日本でも中国でも
同じなんですね。ちなみに私は巳(ヘビ)です。王さんは何年かな? (略)
王さん→石井さん
2016年2月21日
今度の長旅にかけて、自国のことを前よりわかるようになりました。北と
南は全く違う生活習慣、文化や考え方を持っています。それだけではなく、
言葉が全然わからない場合もありました。他国で旅行しているみたいです。
私は旅行が大好きです。退職後、できる限り世界を巡りたいです。日本人は
石井さんと同じく、退職したあとゆっくり旅行をする人はたくさんいらっ
しゃいますね。羨ましいです。(略)
来年は私の「本命年」、つまり酉(トリ)の年です。「本命年」はよくない
と言われ、たくさん風習に従わなければなりません。例えば、真っ赤の服を
着る、赤いベルトを結ぶ…。辺鄙であるほど、風習は良く保存されています。
三月に近づいて、日本はまた桜に溢れていますね。また上野、中目黒の綺麗
な桜を思い出しましたね…。
―5―
消えたメールが深めた友情
島村
美智
私と銭真さんの交流は2015年から始まりました。
「今朝の晴れ」と題した
写真を添えてメールをくれたのが印象的でした。少し硬いけれど、一生懸命
伝えようとするメールは楽しみで、直訳のような表現には、「こんな言い方
もできますよ」と修正を送ると、直ぐに感謝の返事が返ってきて、真面目な
人柄を感じました。
二人の関係に危機が生じたのは、今年の一月でした。学校に提出する宿題
を見てくれますかとのメールに、了解と返信。でも待てど暮らせど来ません。
もう必要がなくなったのかしらと心配しつつ、日を過ごす内、宮崎先生から、
銭さんが送ったメールに返事がないので、何か失礼なことをしてしまったか
もと反省しているとの連絡がありました。直ぐに、メールが不着のようで、
私は一日千秋の想いで待っていると通知、以後彼女は必ずメールを二度送信
してくれるようになりました。消えたメールは戻りませんでしたが、私たち
の友情は、強まりました。
四冊の本に感動
銭
真
先日、北京でアジ風の皆さんとお会いできて、一緒に観光ツアーや食事が
できて、とても楽しい三日間だった。
一番印象が深いのは、もちろんメール相手の島村美智さんである。初めて
会った時、遠くから眺めると、どう見ても若すぎて、綺麗な二十代女性にし
か見えず、話しかけることもできず、ずっと待ち合わせのホテルの前で待っ
ていた。後で、話したときも、とても親切で優しい人だなと心から感じた。
以前、メールで話題になった四冊の本を、美智さんは持ってきてくれた。
その時は、想像以上の彼女の情熱に感動した。そして、その日は、二人で自
転車に乗り、清華大学を回った。図書館、運動場、教育棟、寮、食堂、スー
パー、病院や公園を訪れ、食堂で、大学手作りのアイスクリームも楽しんで、
面白い一日だった。翌日の学生の発表も上手だった。夕食後、一緒に色々話
しながら、清華大学の正門まで歩いたが、いい運動であり、またいい思い出
になった。最後の日は、頤和園のツアーだった。自分の準備不足で人のあふ
れた頤和園の中、一番大事なことは道を捜すことになった。恥ずかしことだ
が、道が分かった時は本当にホッとした。
―6―
島村さん→銭さん
2016年4月18日
昨日は、アジアの新しい風の春の交流会があり、清華大学からの留学生も
来ていました。賑やかな楽しい会でした。五月の訪問が楽しみです。
熊本の地震はとても辛いです。大好きな町です。早く揺れが止まり、住民
の方々が、日常生活に戻れるよう、祈るのみです。エクアドルでも、大きな
地震があったようです。自然の力は恐ろしいですね。
銭さん→島村さん
2016年4月18日
その災害については中国でもマスコミに出されています。自然の力は確か
に恐ろしいですが、人間の力もバカにならないですね。
今日は一つ、発想ができました。それは真実の恐ろしさです。真相は時々
どうしようもないものですね。人を傷つける可能性がある鋭い物です。例え
ば、あの裸の王様の中で、子供が「王様は裸だ!」と叫んだ時、恥をかいた
のは王様だけでなく、他の群衆もそうであろうと思います。面白いと思いま
せんか?
島村さん→銭さん
2016年4月18日
面白い話になったので、芥川龍之介の『藪の中』という小説を紹介します。
一つの事件が起こり、当事者三人が話すのですが、皆、違う話を真実として
語るのです。今度、持っていきますね。
―7―
餃子好きな二人
鈴木
一美
約5年前から週に一回世田谷区に住む外国人にボランティアで日本語を
face to faceで教えている私ですが、2014年10月12日送信メールでの自己紹
介から始まった張楊さんとのIメイト交流は、面識の無い世代が大きく違う
者同士のメール交換でしたので、若干の不安と心配がありました。しかし、
これは杞憂におわり、始めてみますと色々な共通の話題(日本のドラマやア
ニメ、日本の企業文化、詩歌など)で順調に交流が続き、昨年の9月には慶
応大学に半年弱の短期留学のために張楊さんが初めて来日しました。
直後に渋谷のハチ公前で会う約束をしましたが、お互いに直ぐに分かりま
した。私が12月中旬から暫く日本を離れる予定になっておりました事もあ
り、それまでに出来るだけお付合いをと新宿の寄席、お台場の野外コンサー
ト、世田谷ボロ市なども案内しました。また彼の案内で初めて慶応「三田祭」
も見学しました。お互いに餃子好きと知り、
「新宿駆け込み餃子」や「東京
餃子館」でも食事を共にする機会も持ちました。先日の清華大学との交流会
で再会し、公式行事後の一夜には北京の老舗餃子店で今度は逆に内モンゴル
出身の彼の地元の一品の酢豚を含めてご馳走になっていまいました。
非常に真面目で礼儀正しい彼には日本の若者・学生にも大いに見習って欲
しいと思っているところです。
感動に満ちた2年間
張
楊
2014年の秋、鈴木さんとIメイト交流をし始めて約2年が経ちました。振
り返ってみると、本当に感動に満ちた2年間だったなあと実感しています。
なぜ感動の気持ちが出てくるのかというと、鈴木さんがいつも本当の家族の
ように世話してくれたからです。鈴木さんとはちょっと世代が離れています
が、「好きなスポーツ」とか、
「好きな俳優さん」とか、「お口に合う料理」
とか、
「旅行の思い出」とか、交流の内容は二人とも関心を持っていること
ですので、交流はいつも楽しく進められます。そして、私の悩みや大学生活
のこまごました事を聞いてもらった鈴木さんはいつも心から私の事を考えて
アドバイスをくれました。例えば、スピーチコンテストの時、感想文の原稿
を何度も書き直していただき、留学の準備をしていた時にも日本についての
事をたくさん教えていただきました。特に、日本で留学していた頃、居酒屋
から博物館まで、ジャズバンドの露天演奏から古い伝統をもつ落語まで、身
をもって日本の風土や人情を味わわせていただいて、一生忘れられない貴重
な体験をしました。鈴木さん、この感動に満ちた2年間、どうもありがとう
ございました!これからもよろしくお願いいたします!
―8―
鈴木さん→張さん
2014年11月11日
勉強やスポーツでお忙しいことと思います。北京で開催中のAPEC(アジア
太平洋経済協力会議)のおかげで空気や空がきれいになっているそうです
ね。これがそのまま続けばよいですね。
先日(11月2日)アジ風の交流会があって、清華大学から日本に留学してい
る学生さん達ともいろいろお話しました。主なテーマはなんと“ハラスメン
ト”についてでした。中国ではあまり話題にはならないそうですね。日本社
会や文化についてくわしく知りたいことがありましたらメールして下さい。
私は見ていませんが、日本のマンガ「NARUTO-ナルト」のことがいま話題
になっています。世界中で発行されているそうですが、興味や関心がありま
すか?
張さん→鈴木さん
2014年12月2日
最近お元気ですか?返事が遅くてどうもすみません。おとといの午後に
は、中間テストが終わりました。しかし、テストが終わったところ、すぐ今
週の週末に日本語能力試験N2を受けます。合格できるかどうか、ちょっと
心配になっております。
この間、テストのほかに来年の日本への留学に行くことにも忙しかった。
真剣に考えてから、慶応義塾大学にしました。鈴木さんはこの選択にどんな
お考えをもっていますか?アドバイスを教えてくださいませんか?
ハラスメントに関して、鈴木さんのお考え通り、中国では日常生活の話題
とは言えません。しかし、若い女性の安全問題から言うと確かにみんなの十
分な注意を払うべきです。また、NARUTOのことです。小学校の時からNARUTO
のファンになってきました。漫画やアニメなどを休みの時に見て、NARUTOの
人形もたくさん買い
ます。完結したと聞
いたら、子供の時の
美しい思い出との別
れが名残惜しいで
す。
最後に、鈴木さん
と交流の時には敬語
をちゃんと使うべき
だけれども、まだ日
本語が下手なので、
ご了承ください。
清華大学訪問で再会
―9―
詩璿さんとのⅠメイト交流は私の学びの場
田代
學
劉さんの自己紹介に「積極的・おちょこちょい」と
ありました。こういう人が語学を学ぶには一番向いて
いるとわくわくしながら交流を始めました。月に3~
4往復、劉さんからは30~50行(1行45字)程度、私か
らは添削も含めて70~100行程度のボリュームでメール交換をしています。
主な内容は、気象や草花、食べ物、行事、旅行の報告、テレビの感想など。
加えて、彼女の希望もあり『魏志倭人伝』と卑弥呼、来日した高僧・鑑真な
ど、その時代の様子や中国との関係にも触れて、代表的な歴史上の人物を紹
介してきました。私も楽しみながら勉強し、改めて日中の長くて深い関係に
ついて、そしてこのアジ風交流の大切さについて認識を新たにしています。
彼女の好奇心と学ぶ意欲に助けられながら、拙い知識を総動員し、助詞・
助動詞、敬語、ことわざ・慣用句、語彙など、自分があやふやなところは家
内に意見を求めるなどしながらメールを添削し、お互いに勉強しています。
自由詩暗誦コンテストでは見事2位に。そして、希望がかない、9月から
大阪大学への留学が決定しました。我がことのように嬉しいニュースです。
最近は「びっくりぽんや」などと大阪弁?を使って遊んだりしています。
田代さん、大好きです!
劉
詩璿
田代さんとIメイトとなったこの8か月、本当に楽
しくて幸せな時間でした。今日はまた私達が初めて交
流したメールを見ましたが、一番印象に残ったのは彼
が書いた「もう老人ですが、気持ちは若者のつもりで
す」。この若くて積極的な田代さんはこの半年、いろいろなことを助けてく
れました。丁寧に私のメールを直してくれたり、私の作文や発音を直してく
れたり、ずっと日本の歴史知識を教えてくれたりした田代さんに、私は何度
も何度も「ありがとうございます」と言いたいです。
田代さんのメールは不思議なことにエネルギーがあります。毎回田代さん
のメールを読むと、笑いだして、学習と活動のために疲れている心が和みま
した。毎回「詩璿さん、こんにちは」を見ると、ずいぶん感動してしまいま
した。とても遠いところに、ある人がいる。その人は私のことに関心を持っ
てくれる。それこそ、私の疲れた日常生活でのかけがえのない幸せだと思い
ます。好きな人のために、私はよりよい人、より優秀な人になりたいです。
そのため、今はしっかり日本語を勉強して、いつの日にか田代さんに会って、
自分の感謝や好きな気持ちをちゃんと伝えられるように頑張ります。
― 10 ―
劉さん→田代さん
2015年12月16日
睦月、如月、弥生という呼び方は、すごくおもしろいですね。中国語にもこ
んな名前も*①ありますが、たぶん詩文とか文学とか使います*②。日本語
ではそうですか。もっと教えてくださるとありがたいです*③。(教科書に
はそんな表現がありますので、ちょっと礼儀正しすきるでしょうか?)
田代さん→劉さん(メールを添削)
2015年12月16日
①言い方が、とした方が自然な文になります。
②文学とかで使います。使う場面を言いますので、~で、と場所を表す格助
詞(かくじょし)を入れます。格助詞は10個あり、(を、に、が、と、より、
で、から、の、へ、や)
「鬼が戸より出、空の部屋」と覚えると良いでしょ
う。私たちも、格助詞の使い方は、間違えることがあるので、文章を書いた
後、おかしなところはないか、チェックすることにしています。
③もっと教えてくださるとありがたいです。この表現は完璧です。日本語ら
しい表現ですよ。あまり礼儀正しすぎる表現はよそよそしくてよくないと言
いますが、これは決してよそよそしくありません。どんどん使いましょう。
劉さん→田代さん
2016年3月10日
食べ物の話です!日本の食べ物は全部超美味しかったです。(今書いたとき
あの食べ物を思っておなかがすいた)
。広島大学の食堂も、外食したときの
ラーメン屋さんも、日本の中華料理店も中国より何倍もおいしいと思いま
す。そして、回転すしも、弁当も、カップ麺も、お菓子も、ジュースも、ア
イスクリームも…ああ、田代さんは幸せですよ、毎日こんなにおいしい食べ
物が食べられるからです。(でもおかしいことに、みんなは広島に行ったな
のに*④、広島のお好み焼きがあまり好きではありません(笑い)。
私は、食べ物、特に美味しい食べ物には目がありません。(笑い)
田代さん→劉さん(メールを添削)
2016年3月10日
④行ったのに、と直します。
とても上手な文章です。この文からは、食べ物も、それをおいしそうに食べ
ている詩璿さんの顔も目に浮かんできます。ところで、旅先のおいしいもの
ですが、旅に出て食べるものは、たいていおいしいですね。それがどんな小
さな、少し汚いようなお店でも、たいていおいしいから不思議です。僕も北
京に行ったときに食べた北京ダックのおいしさ、忘れられません。
― 11 ―
カナダ留学中にマッチング
井下田
深雪
私がアジ風に入会したのは会員である元上司からの紹介でした。当時はカ
ナダに留学中であり、日本での交流会には参加できないけど、Iメイトさん
とメールでの交流はできるのではと思いました。
私のIメイト、タマサート大学生のサタナンさん(サーイと呼んでいまし
た)の日本語は私の想像より流暢で驚きました。日本語を直してあげたのは
最初の頃だけで、日本人の友達に書く感覚でメールを送っていました。サー
イは京都に留学していたので、京都の風習や食べ物、お祭りのことからバイ
ト、友達のことなど写真付きで詳しくメールしてくれました。私はカナダで
の日本の話題や私の学校のことなどを送りました。私が試験で長い間メール
ができなかった時も、黙って待っていてくれました。
そして、私が帰国した後はサーイがタイに帰国してしまい、日本で会うこ
とができなかったのですが、なんと、私がタイ旅行に行った時に会うことが
できました。一緒にショッピングをしたり、タイ料理を食べたり、トゥクトゥ
クに乗って街を観光しました。実際に会ったサーイは可愛くて、聡明で、礼
儀正しく、日本人以上に気の利く本当に素敵なお嬢さんでした。これからも、
サーイを応援してきたいと思っています。
タイで初対面
サタナン・パッタバプラユラウォン
Iメイト交流はずっと参加したかったプログラムです。しかし、やっと参
加できたのは、4年生で留学する直前でした。Iメイトは、カナダにいるみ
ゆきさんです。その情報が分かると、
「へぇ、カッコイイな」と思いました。
私も英語が好きですから、英語を勉強していらっしゃるIメイトさんとメー
ルのやり取りができて良かったと思いました。メールで色々日本について教
えていただきました。みゆきさんからは、カナダの写真なども見せていただ
き、カナダに行ったことのない私はいつも楽しみにしておりました。また、
私もいつも留学であったことについて話しました。いつも聞いてくださっ
て、いいアドバイスをしてくださいました。本当に嬉しくてⅠメイト交流に
参加したのは非常に良かったと思っています。
日本にいるときは会える機会がなく残念でしたが、みゆきさんがタイにい
らっしゃった時に会えて楽しかったです。みゆきさんとIメイト交流で知り
合えて、また、タイにで一緒に遊べて、短い時間でしたが、私にとってそれ
が本当に貴重な思い出の一つです。私は今年、大学を卒業したのですが、み
ゆきさんとメールをやり取り続けたいと思います。
― 12 ―
みゆきさん→サーイさん
2015年6月14日
サーイ、元気?
日本ではFIFAワールドカップサッカーの話題は盛り上がってますか?カナ
ダで女子ワールドカップが開催されているので、観に行ってきました。今の
ところ二戦二勝。試合の後、友達とタイ料理を食べに行きました。おいしかっ
た~。
サーイさん→みゆきさん
2015年6月15日
みゆきさん、こんばんは。はい、元気です。
サッカーの話題ですか?へえ、私は全然知
りませんでした。多分日本のニュースをあま
り見なかったので、最近のこともあまりわか
りませんでした。
下鴨神社に蛍火の茶会が行われました。台
湾人の友達から誘われて、蛍火が見たことが
ない私はそういうイベントに参加したいの
で、一緒に行きました。蛍火を見に行く前に、
いろいろなパフォーマンスがあって、無料で
見られました。琴の演奏を見て、すごかった
です。本当に感動しました。
さて、それから、列で40分くらい並んでい
て、やっと本物の蛍火を見ました。本当にき
トゥクトゥクに乗って
れいでした。まるで、小さい光を神社の後ろ
にある森に飾っているようです。今年は天気がよくて風がないので、去年よ
り蛍火が見られるそうです。行ってよかったですね。
ところで、みゆきさんは、蛍火が見たことがありますか。どうでしたか。
みゆきさん→サーイさん
2015年8月1日
サーイ、ご無沙汰してしまってごめんなさい。7月は1か月間TOEICの学
校に通い、早朝から夜中までたくさん勉強していたので、メールができませ
んでした。金曜日にテストを受けました。寝る間を惜しんで本当によく勉強
しました。
サーイは蛍を見に行ったそうですね。きれいですよね。私も西東京に見に
行った事があります。蛍は水のきれいな所にしか住まないので都会で見るの
は難しいです。私も初めて蛍をみた時は感動しました。
バンクーバーは夏のイベントがたくさんあります。サーイの夏の様子を教
えてください。
― 13 ―
Iメイト交流の愉しみ
石田
義夫
私が初めてタイを訪問したのは1981年の春でした。
以来、業務の都合で何回も何回も往復し、1988年1月
には現地法人設立ができバンコクに長期滞在し、ス
タッフとしてタマサート大卒の女子社員を採用したの
がタマ大との交流のきっかけでもあります。現在私は、3人のタマ大生とI
メイト交流をしています。3年生のチャノーン君は、最初に送られてきた顔
写真が長髪だったので女学生だとばかり早とちりしていました。今年の2月
の三国交流会で面会して間違いが分かり平謝りの有様でした。いつも「石田
おじいさん」の書き出しでメールをくれますが、日常宿題に追われて忙しい
様子がうかがわれます。2年生のキティーパさんとも2月の三国交流会で面
会できましたが、チョッピリお茶目でキュートな女学生です。当初は、まだ
慣れない日本語で一生懸命に作文してくれていましたが、最近になり日本語
に大分馴染んできたのがうかがえるメールが届きます。今回上載の4年生の
ティーラワット君とは、15年2月タマ大訪問時に初めて面会しました。
その
後彼は念願の日本留学(南山大学)を果たし、
6月末にタイへ帰国しました。
将来は通訳者として日本との懸け橋になってくれるようです。三人との夫々
に特徴のあるメールのやり取りが愉しみでもあります。
人生の貴重な機会
スリントラーショー・ティーラワット
私は、タマサート大学教養学部日本語学科の4年生
です。2014年からIメイト交流に加入しました。現在、
Iメイト会員の石田義夫さんとメールのやり取りをし
ています。高校時代から今まで7年間ほど日本語を勉
強しています。日本語を通して日本社会、日本文化も学べたり、日本人の友
人ができたりしました。特に日本語のおかげで、石田義夫さんと知り合って
様々な経験のことなどを話し合う機会ができました。これは人生の貴重な機
会の一つだと思います。タイでの大学の宿題や奨学金のレポートなど、日本
語に関することを助けてくださっただけでなく、2015年10月からの留学中に
も生活に役立つものを送ってくださったりして、来日したばかりの頃の私に
は嬉しかったです。留学生活を頑張ろうと思うきっかけでもあり、今まで感
謝しています。Iメイト交流のおかげで、国境を越えた絆の暖かさが感じら
れ、大変嬉しく思います。今後ともIメイトや一年間の留学経験から学んだ
ことを生かして、日タイの架け橋になれるよう、この交流を強め、より良い
一員になるように頑張りたいと思います。
― 14 ―
石田さん→ティーラワットさん
2016年5月5日
元気で過ごされていると推測しています。ゴールデンウイークもいよいよ
終わりとなりました。どのように過ごされましたか。
私は7月末ごろに日本で2番・3番目の高い山へ登る計画をしているの
で、その体力作りに時間をかけました。2日に陣馬山から高尾山への縦走
(16.8㌔)をしました。朝8時30分にスタートし、下山したのが夕方3時30
分という長時間です。すっかり疲れ、翌日は足や腰の筋肉がパンパンに腫れ
て思うように歩けない状態でした。今月の後半にもまた山行きをします。
すっかり夏の様子になりかけてきました。これから食中毒の発生が多いの
でナマモノには注意してください。
ティーラワットさん→石田さん
2016年5月19日
石田さん。こんにちは。返信がいつも遅くなって申し訳ありません。相変
わらずアレコレとお気遣いくださり、ありがとうございました。おかげで元
気です。ゴールデンウィークはどちらへも特に行きませんでした。
登山のことを読んでとても凄く思い、若者の私にはお手上げのような気が
します。お好きなことを熱心になさって遣り甲斐がありますね。私も今後石
田さんのことをバネとして自分に遣り甲斐のあることをやり始めようとも思
うようになりました。
新緑の候で暑い天気になりつつありますね。最近雨も降って一時寒くなっ
た日もありました。急に変わった天気のため病気にならないようにお気をつ
けてください。食中毒のことはしっかり注意します。
ところで、私の学校のことなのですが、すべての期末試験が終わり21日の
終了式を待っています。そして、今月31日に帰国することになりました。
時間の経つのが早いのを実感しています。日本に在住しているうちに、荷
物や手紙を送ったり便りを聞いたりしてくださって、心から感謝いたしま
す。
母国ではない土地で生活を送っている私のことを、これほどまで支援して
くださった石田さん、どうもありがとうございました。
タイに戻っても日本語の勉強を進めようと思います。卒業後、通訳を目指
していきます。
チャンスがあったら、また日本へ旅行に来たいとも思います。石田さんが
タイにいらっしゃるのをお待ちします。
いろいろと書いて、ごちゃごちゃした日本語になってどうもすみません。
とりあえず近況をご通知まで。それではまた。
― 15 ―
訴えたい気持ちを文章に
佐藤
賢三
マンチュサーさんとの交流は昨年10月21日からでし
たが、彼女のメールを通して日本語のレベルが著しく
向上してことが伺えます。私にとっても色々な発見が
あり勉強になっています。彼女への日本語支援につい
て紹介しますと、最初は、漢字の読み方や平仮名、文章の添削でした。次に、
文法や敬語のアドバイスなどをしました。学校の勉強の成果もあり、彼女の
日本語がレベルアップしていくのがわかりました。また、目上の人や仲間、
後輩などに対する挨拶文の指導をしました。彼女が相手に何を訴えたいのか
を文章に反映するよう助言もしました。最近は、日本語の不明な点などにつ
いてアドバイスしており、タイや日本の気候、熊本地震など「時事問題」に
ついて情報交換しています。この夏、彼女は日本でホームステイする予定で
す。日本文化や日本食、日本の夏の体験などを通して人間としてのさらなる
向上を期待しています。マンチュサーさんの創作童話を一部省略して掲載。
独創的でユニークな内容で彼女の才能の高さに驚いています。
創作童話を書きました
マンチュサー・ジラパカターム
昔、あるところにおじいさんとおばあさんが住んで
いました。仲の良い面倒見の良い人たちでした。ある
大雨の日、夕飯を食べていた時、どこからともなく、
赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。おじいさんと
おばあさんは、急いで泣き声の方に行きました。そこには籠があり、その中
を見た瞬間、おじいさんとおばあさんは大変驚きました。男の赤ちゃんが泣
いているではありませんか。籠の回りには人の気配もなく、どこから来たの
かさっぱり判りませんでしたが、おじいさんとおばあさんは赤ちゃんを引き
取り、名前を太郎と名づけ大切に育てる事にしました。月日と共に太郎は気
立ての優しい青年に育ちました。(中略)
太郎が二十歳になったある日、森へ狩りに行く途中、罠にかかって苦しん
でいる「鶴」に遭遇しました。太郎は、直ぐに罠を外し「鶴」を助けてあげ
ました。突然「鶴」は天使に変わり、そのお礼として太郎に真実を教えまし
た。なんと太郎も天使だったのです。太郎は、今まで大切に育ててくれたお
じいさんとおばあさんに恩返しをしたかったので、天使に、自分を人間に変
えてくれるようお願いしました。天使は、孝行ものの太郎の願いをかなえ、
太郎を人間にしました。そして、太郎は、天上に戻ることなく、いつまでも
「おじいさんとおばさん」のそばで、孝行し、幸せに暮らしました。
― 16 ―
ホップさん(マンチュサーさんの愛称)⇔佐藤さん
2015年11月15日&16日
(●はホップさんの問い、○は佐藤さんの添削)
1)「は」と「が」の違い
●「○○は」と「○○が」はどうちがうのですか?
○ホップさんは、私にMailをしました。→通常表現です←象の鼻は長い。
ホップさんが、私にMailをしました。→強調しています←象の鼻が長い。
2)過去形・過去分詞等文法の添削と表現方法について
●Phuketはきれいな海がたくさんありますね。私は南部の海に何度も行っ
たことがありません。行ってみたいです。
○①私は、その海に行ったことがありません。行ってみたいと思います。
②私は、その海に、1回(数回)しか行ったことがありません。
③私は、その海に、1回(数回)行きましたが、もう一度行ってみたい
と思います。
④私は、その海に、行ったことがあります。
●私は山が好きです。北部の山に行ったことがあります。khaoyaiが一番
よく行きました。天気がいいです。行ってみます。
○①その時は、天気が良くて、素晴らしい景色でした。
②天気が良い時に、もう一度行ってみます。
ホップさん⇔佐藤さん
2016年5月8日&9日
3)表現方法として
●いろいろなところへ
(旅しに)
連れて行ってくださって、
うれしかったです。
○大変勉強になりました。
●旅に関係ではないのに、
どうして「大変勉強になります。」を使いますか。
○ホップさんの表現は日本語的には間違いではありません。知らない場所
に連れていっていただき自分としては勉強になりました、と言います。
●ところで、その時撮った写真のファイルを添付します。
○ホームステイした時撮った写真のファイルを添付しましたので、ご参照
ください。
(日本語的には間違いではありません、感謝の度合いを示し
ています)
●先生は「添付します。
」を教えてくれました。今、私は迷っていますか
ら、「ます。」か「ました。」を使えば、いいと思いますか。
一例として、上記のような、mailの交換をしました。
わたしは、どちらかと言うと、相手に自分気持が伝わる事を重視しますの
で、ホップさんが、当初戸惑う事がありましたが、現在は、
「文法的な観点
から」と「自分は何を相手に訴えたいかと言う表現方法」の2通りの方法で
mail交換しています。
― 17 ―
タイと日本を観光で結び更なる友好を
松野
芳夫
ラックスダー(シー)さんは、観光学留学を希望し
ていました。日本で、本格的な観光学を学べる大学は
少なく立教大で学ぶことになりました。立教大を、一
緒に訪ね観光学が実地体験出来るアルバイト応募資料
の作成、大学当局との相談から日本での交流が始まりました。幸いに西武鉄
道の、池袋インフォメーションセンターで働く幸運に恵まれました。大学で
は、他国からの留学生と積極的に交流し、幼稚園への英語指導や被災地支援
ボランティアを活発に行っており、頼もしく感じます。春から、従前の日本
語分野に加え観光学を学び始めました。卒業し夢であるタイと日本を観光ビ
ジネスで結ぶことが実現し、両国間の信頼し合える友好が深まることを期待し
ています。シーさん頑張れ!!
いつも、ありがとうございます。
ラックスダー・キャトマネーラット
私は、大学でIメイト交流について先輩の説明を受
けました。日本について、とても興味があり、日本語
ももっと勉強したいと思っていました。この活動は、
良い機会と考えすぐに参加すると決めました。Iメイ
トは、松野さんになりました。松野さんは、日本語だけでなく歴史・文化・
食事や生活のことも教えてくれました。素晴らしい交流が、始まりました。
留学準備の、アドバイスも助かり心配ごとが減りました。来日後も、病気
の時やアルバイトそれに勉強、食事会や観光など誘ってもらっています。お
蔭で色々な所を覚えました。本当にIメイト交流をやって良かったです。8
月に留学を終え帰国する予定ですが、充実した留学生活を送ることができる
のは松野さんの親切と優しい助言と家族のようなお世話を受けられたからだ
と思います。ありがとうございます。
― 18 ―
ラックスダー(シー)さん→松野さん
2015年1月29日
色々なアドバイスをしていただき、本当にありがとうございます。
立教の他の大学は応募しませんが、今観光について興味を持っています。
今日は日本語能力試験結果が掲示されました。N2合格しました。本当に嬉
しかったです。(^^)松野さんから、考え方や書き方教えてくださって、本当
にいい勉強になりました。これからももっと頑張りたいと思います。
松野さん→シーさん
2015年2月8日
先週の日曜日に、ナッティダーさんと久し振りに会いました。かきフライ
ととんかつを、シェアーして食べました。ナッティダーさんも、留学終了テ
ストが終わり安堵していました。
タイ語を、教えるアルバイトは、楽しそうですね。タイ語を学ぶ人は、日
本人が多いと聞きます。タイ語を、教えながら日本語を、教わる勉強法もあ
りますよね。頑張って下さい。
シーさん→松野さん
2015年3月7日
こんばんは、中間試験が終わりました。今、タイは夏になりました。いつ
も毎日が暑いですが、夏になったらもっと暑いです。日本はどうですかまだ
寒いですか?テレビで日本の桜のニュースを見ました。もうすぐ桜ですね、
本当に見たいです。私は、日本へ行ったことがありますが、桜を見たことは
ありません。タイにも、桜と似てる花があります。
松野さん→シーさん
2015年7月4日
東京には、路面電車と地下鉄が走っています。イギリス、アメリカ、フラ
ンスのどの都市に比べても最も多くの線が、走っているのが、東京です。
経験しないと分からないと思います。しかし、どんなに複雑に走っていて
も迷子になる事は、ありません。大丈夫ですよ……と言っても信じられない
ですね。シーさんもきっと上手に利用出来る様になりますよ。
私は、今日本に留学中のアジア各国の学生と一緒に日本企業への就職活動
をしています。ベトナムの学生二人が、3社から内定をもらいましたよ。シー
さんも、日本企業に就職できるといいね。
シーさん→松野さん
2016年1月28日
今テスト結果発表レポートが終わって、やっと春休みが始まりました。2
か月くらい休みです。私は何するかなと思いました。結局友達のボランティ
アサークルを入りました。このサークルは立教だけではなく、いろんな大学
もありそうです。
春休みの間には、宮城県へ家作りに行くことになります。私も参加します。
2月いろいろの計画があると思います。頑張ってみたいと思います。これ
も日本語がもっと上手になれる方法と思います。
― 19 ―
嬉しいサプライズ
坂本
和子
私にとっては2人目のIメイトで、初めてのベトナムのお嬢さんです。2015
年3月末、桜が満開の時期に横浜国立大学に留学のため来日されました。
ホアンさんはとても明るく、勉強など何か始めるととても集中力があり没
頭してしまう研究者タイプですが、韓流スターやJソウルブラザーズに夢中
な女の子でもあり、また、原宿などで弟や妹の為に時間をかけてお土産を選
んでいる優しいお姉さんでもあります。ファッション関係に興味があり、将
来は会社を経営したいという夢を持っています。
我が家に泊まった時には料理を作ってくれました。一度目は朝ごはんに
フォーを、そして別の時には揚げ春巻きでした。私が一番嬉しかったのは、
クリスマスプレゼントが届いたことです。お茶とお菓子がお手製の手の込ん
だ箱に入っていました。ホアンさんの気持ちがたくさん詰まっていて、思い
がけない嬉しいサプライズに思わずウルっときてしまい、アジ風に入ってほ
んとに良かった!と思いました。
帰国前には苺狩りと富士山を見に、清水に行きました。真っ赤な甘い苺と
真っ青な海と美しい富士山がホアンさんの日本最後の思い出となり、私に
とってはこの時のホアンさんの笑顔が忘れられません。
お母さんみたいな人
ホアン・ハー・フォン
メール交流が始まった時、私の日本語が下手なので、正しい日本語を使っ
たかどうか分からなかった。坂本さんは訂正してくれるだけじゃなくて、詳
しく説明してくれた。私はその訂正を見て、だんだん日本語を正しく使える
ようになった。交流の一年後に日本に交換留学が決まり、坂本さんに会える
と思うと嬉しかった。
初対面の時、坂本さんは美人で、年齢より若くて、センスがいいし、気配
りのできる優しい人という印象を持った。千鳥ヶ淵公園に桜を見に連れて
行ってくれた。他にも日本のいろんな所へ連れて行ってくれた。私が好きな
ポテトサラダやおでんなど美味しい日本の食べ物を作ってくれた。家族に私
のことを紹介してくれた。日本に家族がいるような感じがしてとても感謝し
ている。お母さんみたいに面倒みてくれて、友達みたいに私の性格をよく理
解してくれた。ファッション、ドラマ、韓国の芸能人が好きなことなど同じ趣
味を持っていて、よくそんな話しをした。恋愛や勉強やアルバイトのことも、
将来の進捗でも相談にのって、色んなアドバイスをいただいた。自分の家族に
話せなくても坂本さんに話したこともある。
一緒にいた時、
本当に楽しかっ
た。今は留学が終わり帰国したが、
近い将来坂本さんにまた会えると思っている。
― 20 ―
ホアンさん→坂本さん
2015年4月23日
坂本さん、私のことをいつも心配し
てくれて、色んな美味しい食べ物を
作ってくれて,色んな東京の名勝地を
案内してくれて、本当にありがとうご
ざいます。今週は遊んでばかりだか
ら、明日から、またせせっと勉強しま
す。ゴールデンウィークの計画につい
て、私は先輩と友達と芝桜を見に行こ
うと思っています。宿題はまだいっぱ
いので、休みでも、勉強を優先しなければなりません。
坂本さん→ホアンさん
2015年4月26日
ホアンさん勉強優先はとても偉いです。つい怠けたくなるのが普通なのに
尊敬します。お出かけも先輩やお友達が一緒で安心しました。楽しんできて
ください。チューターさんもいるでしょうけど、何か困ったことがあったら
連絡して下さいね
ホアンさん→坂本さん
2015年5月4日
ありがとうございます。でも私はそんなに真面目な学生ではありません。
時々授業をサボってしまった。私は型にはまらない人で、いつも計画を作成
しないで、勘に頼って行動しています。これから他の人に迷惑と心配を掛け
ないように準備や対応を気づきます。勉強は大変ですが難しければ、難しい
ほど日本語は早く上手になることができると思います。勉強するほど、自分
の能力が足りないと感じました。他の人みたいにうまくいかないという気持
ちが時々あります。
坂本さん→ホアンさん
2015年5月5日
そういう面はあるにはあるけど、それがホアンさんの個性だから。もし、
心配をかけたくないようにしたいと思っているなら、今のことだけでなく、
少し先の展開を想像してその準備や対応ができるように心がけたらいかがで
しょう?今から心がければ、社会人になってからとても役に立つと思います
よ。ホアンさんの専門は経済ですから、日本語の勉強は焦らずにコツコツ積
み重ねてください。
ホアンさん→坂本さん
2015年5月6日
自分についての期待が高すぎるかもしれないと思います。時間がかかるに
すぎないです。私は立派とは言えないです。もっともっと頑張る必要があり
ます。いつも応援してもらってありがとう。
― 21 ―
ニーさんとメールを交わし始め
成長が楽しみ!
たのは2013年11月のことでした。
杉本
典子
彼女は1年生でした。すでに来日
の経験があり、一番好きな所は九州の久留米だというのには驚きました。ふた
りとも田舎が好きと意気投合しました。それから2年8ヵ月の付き合いです。
2015年3月のハノイでの三国交流会では、アオザイを着て司会をしてくれ
ました。一緒に食事をしたときは、友達と日本語で議論をはじめるなど、と
ても日本語が上手です。
今年の新春交流会では、プレゼンテーションコンテストで優勝しました。
とてもうれしく誇りに思いました。わが家に泊まってくれたこと、ふたりで
川越を散策したことが昨日のことのようです。
また神戸の交流会に2度も参加することができました。ハイキングをした
り、人と防災未来センターなどの見学をしたり、貴重な体験となりました。
ニーさんの一番の魅力は、絵が上手なこと
です。書くたびにメールで見せてくれるので
すが、人物画などは人の内面が出ていて、引
きつけられます。
ニーさんは8月初旬に帰国しますが、これ
からも見守っていこうと思います。
ニーさん、ありがとう!身体を大切にね!
これからもよろしく!
典子さんとメール交換し始めた
嬉しかった手料理
のは3年前でした。2015年3月の
ハー・チユー・バオ・ニー
ハノイ貿易大学での三国交流会で
初めて典子さんに会えて、本当に嬉しかったです。そして、日本に来るチャ
ンスを手に入れて典子さんに会うことが多くなりました。2回目は神戸の交
流会のときでした。その時Iメイトの皆さんと登山に行って、若者の私たち
にとってその山が結構高くて疲れていましたが、典子さんは手軽に登ったよ
うに見えて本当にびっくりしました。3回目は東京でした。その時典子さん
の家に泊めてもらい、東京と埼玉のあっちこっちを見に行きました。一番嬉
しかったことは典子さんの料理を頂いたことです。4回目はまた神戸で、典
子さんが埼玉から来ていただいたのに私は遅刻して典子さんを待たせてしま
いました。それでも典子さんはぜんぜん怒らなかったので自分を反省するし
かなかったです。疲れているとき典子さんが優しく介抱してくれて、本当に
自分のお母さんみたいです。典子さんに対する感謝の気持ちは一杯で「有難
うございます」という言葉を叫びたくなりました。典子さん、ありがとうご
ざいます!
― 22 ―
ニーさん→杉本さん
2016年3月2日
今日四国から帰りました。寮の皆9人と旅行しました。四国の愛媛県に行
き、温泉にも入りましたが、水アレルギーですごくかゆくなりました。
愛媛県の松山市ではすごく面白い電車があります。1945年以前ハノイも同
じタイプの電車がありました。今はもうなかなか見えないです。それでも、
松山市にはまだバスとしてその電車が利用されています。
最近、油絵も書いています。まだまだ下手なんですけど、ご覧ください。
杉本さん→ニーさん
2016年3月4日
こんにちは。大勢で旅行できて、良かったですね。水アレルギーとは、初
めて聞きました。めずらしい症状ですね。
道後温泉はとても有名な温泉です。昔のままの状態が残っており、夏目漱
石の『坊っちゃん』にも出てきます。『坊っちゃん』は読みましたか?
先月末、豊橋へ藤田嗣治の美術講座を聴きに行ってきました。藤田嗣治は
1888年生まれの画家ですが、おもにパリで活躍しました。
貴女の絵、今回も良いですね。最初のは、暖かく描かれたベトナム女性、
3番目はきりりとした色白の女性、どちらも魅せられます。
ニーさん→杉本さん
2016年3月15日
『坊っちゃん』はまだ読んでいませんけど、旅行の後Amazonでその本を買
いました。
藤田嗣治の絵を検索してみました。たしかにヨーロッパの影響を受けまし
たね。それでも、日本画の技法などを上手に利用していたと感じました。
私は最近京都美術館に行われているモネの展覧会を見に行きました。自分
の目で本物のモネの絵を観賞できるのは嬉しかったです。
「印象、日の出」
という絵もありました。19日からはルノワールの展覧会もあります。今年、
日本にはゴッホ、ダリ、ピカソなどの展覧会が開かれます。私は本当に運が
いいです。モネなど知らないベトナム人は少なくないです。ベトナム女性の
絵は私の友人です。彼女はフェ教育大学で勉強しています。
新しい油絵も描きました。ごらんください。
杉本さん→ニーさん
2016年3月18日
丁度10年前になりますが、絵画や彫刻など美術を見て歩くツアーに参加し
ました。イタリアの美術館巡りとでも言いましょうか、とても楽しいもので
した。参加者の中でとても気が合った8名が、今も年2回上野の美術館に集
まり、昼食を取りながら情報交換をしています。その中のひとりが豊橋で、
藤田嗣治について語るというので先月行ってみたのです。ちなみに、集まっ
ているレストランは、モネの睡蓮が飾ってある「すいれん」というレストラ
ンで国立西洋美術館の中にあります。写真や絵を送ってくれてありがとう。
― 23 ―
ハチ公との出会いが走馬灯のように
中村
泰寿
チャンティ・ビック・ゴックさん(愛称:はちさん)は貿易大学から関西
大学に留学中。はちさんという愛称はお兄さんが忠犬ハチ公から可愛い子犬
をイメージして名付けたそうです。
初めての出会いは昨年のハノイ三国交流会、あまり聞き取れなかったので
話が弾まず困っていた由。昨年9月に留学してきたが余裕の無さから音信不
通、11月の西日本交流会での再会も、遅れて昼食前に合流し心配させてくれ
ましたね。当日会ったアジ風の谷村さんに着物が来てみたいと相談しお願い
しましたね。谷村さんと家族ぐるみで日本のお正月が体験できたと写真を
送ってくれました。置き引きにあった時、被害は貴重な経験として記憶に留
め、嫌な思い出は忘れて欲しいと言いましたね。突然、青春切符を買って横
浜に来ると言ってきた時は、こっちの都合も聞いてよと話しましたね。電車
が遅れて12時間近くかかり新横浜に到着。初めて外国のお嬢さんが我が家に
ホームスティ、家内と緊張しながらはちさんと
の時間を楽しみました。
はちさんとの出会いが走馬灯のように思い出
されます。日本とベトナムの懸け橋になりたい
とのはちさんの心境変化に感激しています。
谷村さんのご協力、ありがとうございました。
実家みたいな親しみが感じられた
チャン・ティ・ビック・ゴック
昨年9月から貿易大学か
らの交換留学生として関西
大学に留学しています。日
本に来た当初は、道を迷い電車も間違って大変でした。11月の西日本交流会
でも間違った電車に乗り、心配をかけてしまいました。その後、きちんと計
画を策定するようにしています。その経験から、春休みに青春18切符で大阪
から横浜まで行った時、濃霧で電車が遅れましたが、中村さんと無事出会え
ました。中村さんと奥さんの温かい歓迎のお陰で一日の疲れを取りました。
そして沢山の印象が残っているのは、アジ風会員の谷村さんのご家族と一
緒に過ごしたお正月です。娘さんの振り袖を着せてくれ、湊川神社に初詣に
連れて行ったりしてくれました。谷村さんのお陰で、久しぶりの家族集合の
雰囲気に囲まれて、思う存分日本風のお正月を楽しむことができて、心から
感謝しています。
帰国する日は近づいていますが、ちょっと帰りたくない気がしています。
帰国しても、積極的に頑張って、身についた知識でベトナムと日本の友好関
係に貢献したいと思います。
― 24 ―
はちさん→中村さん
2016年6月11日
ヤスさん、お元気ですか。よくジムに行っ
ていますか。
日本語能力試験は近づいていますので、
授業が終わった後、また図書館で自習して
います。やはり、N1を持っていたら、進
学だけではなく、就職するのにも役に立ち
ますけど、証明書は最後の目的ではないと
思います。合格した後、難しい専門の本を
読んで、ビジネスのメールの書き方、会社
で使う敬語もきちんと勉強したいです。
日本に来るまえに、日本で就職するのは
無理だと思いました。だが、いつの間にか
着付けをしてくれた谷村さんと
私の考えが変わっていました。日本とベト
ナムの繋ぐ橋になりたい、ベトナムにも、日本にも貢献したい、こういう気
がしています。まだ若いですので、自分自身を磨いて、毎日チャレンジした
ほうがいいじゃないかなと思っています。
日本に来てから、ヤスさんのようなたくさんの親切な日本人に出会えて、
本当にラッキーだと思います。皆さんの優しさで感動してついに帰りたくな
い気がしてしまいました。一年間はあっという間ですね。春休みの時、ヤス
さんの家に泊まったことは昨日のことみたいな感じがあります。
今回一層ヤスさんと親しくなって楽しく交流できました。ヤスさん、ヤス
さんの奥さん、二人ともは私にとって、家族のメンバーですよ。私の結婚式、
ぜひヤスさんに声をかけたいです。帰国する前に、もう一度横浜に行って、
ヤスさんに挨拶したいと思います。それでは、またね。はち
中村さん→はちさん
2016年6月11日
はちさん、メールをありがとうございました。はちさんの日本語能力はか
なり上級なので、N1は合格すると思いますよ。はちさんは、いつも前向きな
ので、感心しています。
6月18日のアジ風の西日本交流会には参加されますか。私は月末に大阪へ
行く予定があるので、今回は行けません。
ベトナムと日本の懸け橋になりたいとのはちさんの心境変化に、とても嬉
しく思いました。日本での留学経験がはちさんの貴重な人生の転機になるの
かもわかりませんが、はちさんは、まだまだ若いので、柔軟にゆっくり考え
たら良いと思います。親日のベトナムの友達が増えて嬉しい限りです。
それでは、また。ヤス
― 25 ―
今後の活躍を期待しています
冨平
茂
ミャオさんは私にとって3人目のIメイトですが、
今までのIメイトと異なり日本語を勉強しているので
はなく、東京工業大学の大学院で電子物理を専攻し磁
性体材料の研究をしています。大学院では専ら英語を
使用しているとのことであり、日本語は日本に来てから独学で学び始めたと
のことです。日常的な文章などは日本語でほぼ大丈夫ですが、込み入った話
題になると少し厳しそうです。私も学生時代は物性物理を専攻していたこ
と、またミャオさんの趣味が旅行、山登り、バドミントン、スキーなどで共
通の趣味もあることより非常に楽しく交流をしています。ミャオさんはとて
も活動的で、今年になってからも野沢にスキー、京都・奈良、台湾、沖縄に
出かけ、毎回楽しい写真を送ってきてくれるので旅行後のメールを楽しみに
しています。9月に帰国するとのことですが、帰国後の中国からの写真にも
おおいに期待しています。今後ミャオさんは就職活動をするとのことです
が、日本での多くの思い出を胸に、何かと緊張感のある日中間の懸け橋とな
り、留学中に得た知識を活用し世界で活躍することを祈っています。
いろんな意見をありがとうございます
姜
淼(ジャン
ミャオ)
私は去年の九月に、清華大学の先生に紹介されてア
ジ風の学生会員になりました。その時、Iメイトとし
て冨平さんを紹介されました。私は日本へ来るまえ
は、日本語がほとんどできませんでした。だから、I
メイトとどうやって交流すればいいのかとても心配していましたが、冨平さ
んはすごくやさしくて英語も上手ですので、ずっと楽しく交流しています。
私は留学前に日本に来たことがなかったので、日本の社会や文化や日本人
の考え方などをよく分かりませんでした。日本人の家に初めてホームステー
することになった時には、聞きたいことが一杯ありますよね。そういう時に、
私はよく冨平さんにメールをして、いろいろな良いアドバイスをもらいまし
た。非常に助かりました。本当にありがとうございました!
また、冨平さんとはいろんな共通の趣味がありますので、共通の話題につ
いて話しました。山登りとか旅行とかスキーとか、二人で楽しく話せる話題
が多かったです。今年の八月末頃に、私は中国に帰ります。でも、日本で冨
平さんといい思い出をたくさん作りましたから、冨平さんとの交流はあきら
めたくありません。中国帰った後でも、メールで冨平さんと連絡し続けるこ
とができるじゃないと思います。それも楽しいですよね。
― 26 ―
ミャオさん→冨平さん
2015年12月7日
こんばんは。一月にスキーに行きますけど、場所はまだ決めてない。
昨日、homestayいきました。とても楽しかった。みんな優しいです。
In addition,they invited me to join their new year party at 名古屋.I don't
know whether it is appropriate or not if I join them because I am afraid to
give their trouble.Could you give me some advice?
冨平さん→ミャオさん
2015年12月8日
おはよう。スキーの場所が決まったら教えてください。
It is not so easy to answer your query.It depends on the person.Some of
them might welcome you and enjoy your visit but others might feel load.
In addition,usually Japanese do not express their mind frankly.
In this case,maybe your host family is familiar with foreigners and might
enjoy making relationship.Also they want to introduce Japanese way of New
Year party.But how is the family in Nagoya? Is the family in Nagoya parents of the host family? If so,it is dependent on them to feel your visit
load or not.
I have no confidence that this way is the best but it might be good once you
would decline their proposal by using following phrase.
「お正月は家族水入らずでお過ごしでしょうから、遠慮させてもらいます」
If they really want to invite you,they will re-invite you.If not,they
will accept your refusal.
ミャオさん、これはアドバイス難しいよ。相手によって全く違います。
ミャオさん→冨平さん
2015年12月8日
スキーの場所を決めました。野沢です。1月10日に夜行バスで行きます。
1月11日泊、1月12日に帰ります。一人25000円ぐらい。高いですか
The reason why the family is in Nagoya is that the parents of the hostess
are there.They will go there on Dec.26,but if I go there,that might be on
Dec.28.They told me that they will pick me up at Nagoya Station the day before yesterday.As for the invitation about the new year,I have edited an
email to Mr.Y as follows,is it okay?(以下省略)
ミャオさん→冨平さん
2015年12月9日
昨晩ホームステイのホストYさんに返事をしました。私と一緒に新年を祝
いたいそうです。アドバイスをありがとうございました。
冨平さん→ミャオさん
2015年12月10日
では新年はYさんと一緒に楽しんでください。このようなケースでは本音
と建前がありますので注意が必要です。良い経験になったかな?
― 27 ―
元Iメイト学生は今!
.
2
未来の地図を藤原さんと
王
耕偉
正直に言いますと、パソコンの入力方法を日本語に変更するのは久しぶり
でした。日本語で書く事を躊躇う程、腕が鈍っていました。コロンビア大学
での宿題を書いた時を最後に日本語から離れてしまったからです。
コロンビア大学から帰国後、僕はGRE(アメリカの大学院生になる為に取
る共通試験)の英語を教える仕事を得て、毎日英語に追われる日々を過ごし
ています。仕事に伴う責任や厳しさ、忙しい毎日に不安が募ることもありま
す。
そんな時、僕を支えてくれている大切な宝物があります。この宝物の中で
最も貴重なものは藤原家族です。僕が過去に築いた宝物は、さようならでは
なく、これからも自分の糧になると信じています。
Iメイトの藤原ひさ子さん(いつも花心様と冗談半分に呼んでいます)と
娘の環さん(いつも姉ちゃんと呼んでいます)とは、そろそろ5年の付き合
いになります。最初は清華大学在学中の僕とIメイトの関係でした。
2012年の秋、大きな緊張感と共に北海道大学での生活が始まりました。新
生活に奮闘していた僕も、札幌の大雪にはさすがに苦戦する事になりまし
た。一番寒い時期、僕は南に逃避する事にしました。藤原さんの家に1週間
泊めて頂ける事になり、持て成してくれた料理で緊張感も和み、意志疎通も
楽になりました。楽しかった1週間はあっという間で、また来たいと北海道
に帰る時には願っていました。
我儘なお願いは、2013年の夏に叶う事になりました、8月、1年間の留学
生活を終えた僕は、今度は1か月のホームステイをさせて貰いました。Iメ
イトと1か月も一緒に暮らして家族の様な関係になった方は、まず多くない
だろうと僕は密かに思う。この1か月は日本での留学生活の中で、学校以外
での学びを多く得る事が出来た僕の自慢であり、最高の時間でした。
2014の夏、清華大学を卒業した僕はアメリカでの新生活を控えていまし
た。渡航前、二人を僕の故郷の成都に招待しました。私たちは、成都の観光
地や、美食、沢山の思い出を再び三人で満喫しました。Iメイトになってか
らの3年間の絆は、国境を越え互いの世界を繋げていました。この1週間の
思い出も、アメリカでの生活で貴重な支えになりました。
アメリカに渡ると、新しい世界も広がりました。夢みたアメリカでの生活
に伴い、未来への複雑な気持ちや新しい構想が溢れる様になりました。海外
留学が興味深いのは、その経験から身につけた能力が今まで想像もつかな
かった未来の構想へと広がっていく事です。僕の未来図を日本にいる家族と
話し合いました。
「耕偉君が好きな事をするのが一番いい」
、「応援している
よ」。と優しく励ましてくれた言葉は帰国後も、僕の慰めになりました。
― 28 ―
春夏秋冬を問わず人々の抱えている事物は交差し、時間は流れ続けます。
2016の夏、僕は1年で修士を終えてアメリカから北京に帰国し、働き初め
て1年が経とうとしていました。そんな折、藤原家族との再会は北京で叶う
事になりました。互いに多忙を極め、3時間程の短い時間でしか言葉を交え
る事が出来ませんでしたが、未来の地図を一緒に描くことは達成しました。
今振り返ってみると、5年前の僕と藤原さんは、さしさわりのない好きな本
や映画のような話題について話すことから始まりました。今は共に人生を歩
む家族の様な関係へと変化したことを、僕は感嘆せずには居られません。
藤原さんが新しいIメ
イトと交流を重ねて行く
度に、僕みたいな古いI
メイトは名目だけになっ
ているかもしれません。
ですが、アジ風のご縁で
出来た思い出は僕の心に
残 り、体 の 一 部 に な っ
て、既に僕と未来への旅
に出発しています。
【元Iメイトの藤原ひさ子さんから】
Ⅰメイト冥利に尽きるとはこんなことを言うのではと、一人悦に入っ
ている。元Ⅰメイト、王耕偉君は私には大いに過ぎたる息子同然の間柄
と自負している。今夏の北京での2年ぶりの再会でその感を一層強くし
た。自分のこれからの抱負、企画など次々と出てくるアイデアの豊かさ
に、この2年間の彼の内なる濃密な時間の流れを想う。社会人1年生の
彼は他人への配慮や貫禄も増し、頼もしく輝いて見えた。
私は書道を教えており、耕偉君の書道に対する芸術的なセンスに共感
するものがあった。初めて我が家に来たお正月、彼も私の生徒たちと一
緒に日本武道館での書初め大会に参加したことを思い出す。広い会場
で、見守る私の方に何度も不安気な視線を投げかけてきた嘗ての耕偉君
ではもうない。因みに、この大会で彼は日本武道館賞を受賞したことを
付け加えておく。
そして、夏の1か月間我が家で
「かなの散らし書き」
に関するレポート
を書き上げ、それを引っ提げてのコロンビア大学留学を果たしたことも。
将来彼の企画の手助けができるのが私の切なる密かな望みだが、彼は
先手を打って、年々覚束なくなる私を守る企画を既に立てているのか
も。私の妄想は尽きない。
― 29 ―
グローバルな出会いと私の今
ドゥアンケーオ・スットプラ―タナー
まず簡単に自己紹介させていただきます。
2009年にタマサート大学大学院生としてアジ風
のメール活動に参加し、タマサート大学生とア
ジ風の間のお手伝いをさせていただきました。
コーディネーター担当をきっかけに森郁子さん
と連絡し始めました。今年で5~6年目続けて
付き合います。大学院を卒業してから、スズキ
自動車(タイランド)の通訳を経て、国費留学
生として琉球大学博士課程に進学、本年4月か
ら株式会社TBK(トラックの部品メーカー)本
社の正社員として総務部に勤めています。
その間、森さんから日本語や日本のマナーや
人生の見方をいろいろ教わりました。最初のうちは日本の文化・タイの文化
についてメールをやり取りしながら日本語の使い方を訂正してもらいまし
た。また、途中でコーディネーターになった私は、乱暴なメールの返事の仕
方に関してよく先生から注意を受けました。メールのマナーなどいろいろ失
礼なことばかりしていても、森さんはずっと私と連絡を取り続けてくれまし
た。それらの失敗から早めに勉強しなおそうと思って、だんだんメールの仕
方がよくなりました。その時まで理解し待っていてくれた森さんに感謝致し
ます。
2011年にバンコクでやっと直接森夫婦に会えました。日本人とタイ人学生
のIメイトメンバーが互いに会って楽しい時間を過ごしたカンチャナプリ県
への旅行にも同行できました。その後2012年に琉球大学大学院に進学し、タ
イ・チェンマイにおける定年退職した日本人の長期滞在について国際社会の
分野で研究しました。その研究目的で年2~3回関東圏に来る機会がありま
した。そのたびに、森さんと連絡して、森夫婦はいつも笑顔でウエルカムし
てくれました。東京タワー、イチゴ狩り、すき焼き、豆腐専門レストランな
ど楽しい思い出がいっぱいです。森さんに会うたびに他の日本人、タイ人、
中国人にも紹介してもらいました。また、論文のアドバイスなど参考になり
ました。今年計画通りに琉球大学で博士論文を提出して卒業できました。
4月に日本で社会人となり、上記の株式会社TBK総務部に勤務して、日
本の労働に関する法律、日本人の働き方、ビジネスマナー、敬語の使い方な
どいろいろ学んでいます。さらに自分の目線を拡大して、グローバルな人事
を目指して成長していきたいと決意を新たにしています。
日本での生活の日々はいつ大変なことに遭うか分らないですが、神奈川県
― 30 ―
に引っ越してきた時に、森夫婦は「日本での生活や職場などの悩みがあれば
いつでも相談に乗れるよ」と言われて、本当に安心で嬉しかったです。
Iメイトのきっかけで出会うということがここまで私の学生と社会人の人
生の大切な部分の1つになっている事に気づき、本当にすばらしい活動だと
実感しました。以前はまだ学生で皆さんの好意に甘えるばかりでしたが、こ
れから、ちょっと力になれそうな私は次の後輩にも少しでもアドバイスなど
力になりたいと思います。今後日本とタイの両側のかけ渡し
橋を構築したいと思います。
最後に、日々日本人と接触している私は、タイの事が大好
き日本人と一緒に「今日からタイ語」
(白水社)というタイ
語の本を2016年6月に出版しました。タイに行く機会があれ
ば、是非その本を持って実際に使ってみてください。
【元Iメイトの森郁子さんから】
タマサート大学院生だったりぼんさんと私はコーディネーターとして
頻繁にメールで連絡を取り合いましたが、お互いに慣れない仕事で、
始めは意思の疎通に苦労しました。しかし理解力がすばらしいりぼんさ
んは驚くほどぐんぐん力をつけていきました。
何にでも果敢に挑戦する(しかも苦労を楽しみながら)
。タブー無し
に何でも話し合える。おいしいものが大好き。他人が困っていると放っ
ておけない。美人!
若いタイ人学生からタイや日本についての率直な意見を聞くことはと
ても貴重な経験でした。これはりぼんさんの資質はもちろんのこと、I
メイト交流の醍醐味の1つでしょう。
琉球大学に留学後は、研究・調査のために上京するたびに我が家に
寄ってくれたりどこかに出かけたりしながら、私の家族や友人、他のI
メイトにも会ってもらいました。いつしかりぼんさんは私たち夫婦の気
持ちの中で当たり前のように大切な存在になっていました。
沖縄に台風が来ると心配し、車を運転するとまた心配し、サトウキビの
収穫に行くと聞けば虫刺されを心配し、
論文を書いている間は心身とも
に大丈夫かと心配し、すべて余計なお世話の老婆心。本人は明るくまっす
ぐな気持ちで頑張って立派な博士論文を
書き上げました。その論文を手にした時
は本当に嬉しく誇りに思いました。
日本企業で働く機会を得ましたが、こ
れからもよいチャンスをキャッチして努
力を惜しまずますます成長し、幸せに
私達夫婦と
なってくれますように!
― 31 ―
30年後の自分への手紙
ヴイ・テイ・ドウイ・ハン
2016年6月25日
大田区、東京
今日の天気はとても良かった。東京の梅雨
だと思えないほど空が青く、晴れていた。こ
の数日、アジ風の「元Iメイト学生は今!」
に原稿を寄せるつもりで、過去の事よく考え
ている。考えた末、将来の君へ手紙を書くこ
とにした。なぜならば、いつまでも忘れてほ
しくない事がいっぱいあるからだ。
30年後の自分へ、今君はどこに住んでいる
のか。日本に来た初日の気持ち、まだ覚えて
いるのか。初めて見た桜の並木、すごく感動的だった。そして、私の5年間
「日本の旅」が始まった。この5年間の旅路は平ではなかったが、沢山の宝
物を見つけた。東京外国語大学と一橋大学で出会った友達と先生方々、皆さ
んに感謝している。私たちの大学生生活は異常に長かったよね。日本語を励
む日々、訳が分からないマクロ経済学の公式…本当に大変だったけど、皆さ
んがいるからこそ、とても楽しく過ごす事が出来た。そして、アジア新しい
風の皆さまに知り合いになって、ボランティア活動に参加させて頂き、自分
の価値観が大きく変わった。五十嵐さん、上さん、西川さん、本当にお世話
になりました。中でもIメイトの五十嵐さんは日本語だけではなく、私の日
常生活をいつも心配してくれた。母より甘やかしたかもしれない。そういっ
た恵まれた環境の中、私は5年間を歩んできた。その有り難い気持ちは絶対
忘れないでください。出会った一人ひとりから貰った宝石は大切に心の中に
保管してほしいのだ。
30年後の自分へ、今君はどんな仕事をしているのか。今の私がやりたい事
をやり遂げたのか、それとも別の目標を見つけたのか。大学を卒業して、日
本で就職すると決めて、そしてどちらの会社に入るかずっと悩んだ時期まだ
覚えているか。24歳の私にとって、それは大きな一歩だった。君は今の私の
決断に対して、どんな気持ちになったのだろう。正しい判断で、成功に繋げ
たとは一番嬉しいけど、例え失敗しても後悔してほしくないのだ。なぜなら、
今の仕事は勇気を持って、ちゃんと自分と向き合って将来の道を選んだ結果
のだから。今の仕事は確かに給料もそんなに高くなければ、会社の知名度も
自慢出来ないが、内容的にはとても意味を感じている。自分が毎日やってい
る仕事が誰かのためになる、それは一番大切なものではないか。理想論で君
が笑ってしまうかもしれないが、色々な事を体験してからもう一度出発点を
見てもらいたい。
「そのままで良い」や「変える事は面倒くさいからやめよ
― 32 ―
う」という安定思考を持つ人間はなってほしくない。最近チャンちゃんがこ
う言った:「私はベトナム人なのか日本人なのか分からない!」
。確かに今
まだ迷う事は多いが、私はそれで良いと思うのだ。結果が予測される本は逆
に面白くないでしょう。
生きたい方で生きていればいいさ!
24歳の自分より、Hang
【元Iメイトの五十嵐久仁香さんから】
あなたに初めて会ってから丸5年が経ちました。2011年の春、東北の
震災の年に、あなたはチャンさんと二人、被災地のためにクラスメート
と折った千羽鶴を携えて来日しました。初めて会った時、あなたは年齢
より若く見える女の子でした。未だ日本語の会話に自信がないのか、大
人しく控え目で、シャイな印象でした。Iメイトとして交流する内に、
視野が広く、好奇心が旺盛で勉強家、新しいことを吸収する能力の高さ
に驚く場面が多々ありました。アジ風の行事にも積極的に参加したあな
た。一緒に行った、新宿御苑、西武皇居東御苑、西武バラ園や夢の島、
お花が大好きなあなたのお蔭で私も季節の花々を楽しみました。夏休み
にドイツやアメリカのホームステイを経験し語学力を磨いたあなた。日
本語もメキメキ上達したあなた。特に日本語を書く力の上達には目を見
張ります。今年大学を卒業し、社会人になり、日本の会社に就職したあ
なた。30年後の自分への手紙の文章を読んで、来日以来5年間のあなた
の努力が見て取れました。様々な人との出会いが人生をより豊かにしま
す。私もあなたに出会えてアジ風に感謝しています。あなたがこれから
歩んでいく未来が、夢を持てる平和な世の中であることを願っていま
す。長い人生、辛いこと、悲し
いことも経験するでしょうが、
乗り越えたときは、今までのあ
なたよりきっと成長しているで
しょう。乗り越えられない試練
は無いと言い ま す。日 本 で 学
び、日本の会社で 社 会 人 を ス
タートしたことが良かったと、
30年後のあなたが確信すること
を心から願っております。
― 33 ―
アジアの新しい風6年の振り返り
チャン・トゥ・チャン
思い起こせば、日本での生活が5年経ちました。
アジアの新しい風(以下アジ風)との交流が6年以上になり、当初と今多く
のことが変わりました。最も変わったのは私です。
今年の1月、私の誕生日に上さんが誕生日プレゼントと共にIメイト交流
始めた当初のメールのコピーを送ってくださいました。当時、日本語を勉強
し始めたばかりで、短いメールを書くのに辞書を引きながらもかなり時間が
かかっていましたが、その頃と比べ「今の日本語レベルはすごい」と上さん
に褒められ、そのメールを見て懐かしく、思わず涙が出てしまいました。
私は2010年、貿易大学(ハノイ校)でアジ風のIメイト交流を始めました。
Iメイトは上高子さんです。6年以上のお付き合いで本当に家族のようで
す。2011年4月から日本へ留学し、さまざまなアジ風の活動に参加させて頂
きました。私のベトナムの実家にお越し頂き、私も上さんのお宅を何回もお
邪魔させて頂きました。
人々はそれぞれの道がありますが、私が歩んできた道は他の人よりも恵ま
れていると感じています。アジ風がその一つの恵みです。一般留学生よりも
貴重な経験ができたと思います。
初来日した時、貿易大学の代表として千羽鶴をもってきました。その千羽
鶴を東日本大震災の被害者に届けました。それ以後何回も被災地へのボラン
ティアに参加し、震災の現実や被害者の気持ちを理解しただけでなく、自分
の生活がどんなに幸せかを気づくこともできました。そして、今を強く生き
ていくことを決意しました。大学4年間には西日本支部の交流会に参加した
り、東京の交流会でプレゼンテーションもしました。日本人の考えや日本社
会を理解するだけでなく、自分の考えと意
見を発言する機会もたくさんありました。
2016年4月、日本の企業に 就 職 し ま し
た。就活をしていた際、Iメイトの上さん
はもとより正会員の松野さんに大変お世話
になりました。エントリシートの添削から
様々なアドバイスを頂き、おかげ様で希望
松野さんと上さんに感謝
通りの日本企業に就職できました。今でも二人には、仕事や生活について相
談に乗って頂いています。ずっとお世話になっているアジ風に是非貢献した
いと思い、学生会員から正会員に変更しました。そして、正会員として初め
ての活動、東日本大震災の被害地で防潮堤をつくるための植樹祭に参加しま
した。大震災から5年、復興への課題はまだいっぱいありますが、このよう
に被災地の人々も私も少しずつ努力している、と実感できました。
― 34 ―
アジ風、日本人と日本語を勉強する学生の交流場。定年退職した日本人の
会員が多いため、時に少し世代のギャップを感じることもありましたが、そ
れより、自分にない知恵をたくさん学べ、一般の学生、留学生が経験できな
いことも経験できました。今後、正会員としてアジ風の活動がより広がるよ
うに、学生の皆さんをサポートできるように、努力していきます。
【元Iメイトの上高子さんから】
この5年間に目覚ましい成長をした
チャンさん。私にとってはついこの間
のようなチャンさんの来日。二人で銀
座を歩き、デパートの化粧品コーナー
で初めてのお化粧をしたね。京都から
は、写真添付のメールで、舞妓さんの
着物を着て正座、料理教室で習った和食、大学のクラブ活動の合気道、
など日本の伝統文化を吸収しようと努力した様子が知らされました。
昨年3月、三国交流イベントに参加したとき、ハイフォンにあるチャ
ンさんのご実家へ一泊旅行をしました。一族郎党で懇親会をしてくだ
さった席上、チャンさんの将来の話になりましたが、
「ベトナムの日系
企業に就職する道もありますが、日本の本社でしばらく働いてからの方
が将来が開けますよ」と私の考えを伝えました。母子家庭で苦労され、
チャンさんには早く帰国して欲しかっただろうお母さんの気持ちには沿
わなかったかもしれません。
彼女を通して、私もたくさん学ぶことができました。その一つですが、
「ベトナムでは欧米への留学生も大勢います。でも私が日本を選んだの
は、合気道の漫画から学んだ、団体で何事かを成し遂げた時の達成感が
好きだったから」
。この言葉が、私にとっては最も強いインパクトがあ
りました。なぜなら、日本が欧米のグローバルスタンダードに対抗して
いけるのはこの一点であろうかと近頃つくづく思うからです。
チャンさんは去年、就職活動で何度も上京し、多数の内定獲得の中で
一番自分がやりたいことができそう、と今の会社を選びました。これで
また東京でチャンさんと触れ合う機会が増えることを心から喜んでいま
す。「これからアジ風の活動に役立ちたい」といううれしい言葉もくれ
ました。
「時々自分は何人(ナニジン)か、と思うことがある」と、最近ふと
漏らしたチャンさんの言葉が印象に残っています。それでいいのよ。ベ
トナムも日本も乗越えてよりよきアジア人、ひいては世界人になってく
ださい。素直で努力家で賢いチャンさん。これからもずっと、私のこと
を日本のお母さんと思って、頼りにしてくださいね。あなたの成長を心
から祈っています。
― 35 ―
元派遣教師の体験報告
.
3
宮﨑いずみ
まずは、この3年間の清華大学での派遣教師勤務期間、多くの方々に多大
なるご協力とご支援をいただきましたことを心より感謝申し上げます。
私が中国の大学で外国人教師として日本
語教育に携わり始めたのは2000年のことで
した。この間、西北大学、北京林業大学、
人民大学といった大学での勤務を経て、清
華大学で勤務させていただいたわけです
が、この15年あまりで、中国自体が大きく
変化しただけでなく、中国の日本語教育の
環境も大きく様変わりいたしました。
まずは環境の面からいうと、当時は、イ
ンターネットも普及しておらず、日本語、
特に日本語の音声、日本に関連した画像・
映像にふれる機会は非常に少なかったので
送別会で
すが、いまやネット上には日本のドラマや
アニメが溢れ、ネット検索で日本の情報をなんでもと言っても過言ではない
ほど調べることができるようになりました。それにより、学生のリスニング
力・発音や会話力はこちらの指導なくとも格段によくなり、私が知らない日
本の情報まで(特にアイドルやアニメ関係)学生のほうが詳しいという状況
も多々見られるようになりました。
また、日本語科に入学した経緯も、15年前は英語科希望だったが、日本語
科で受入合格通知が来たというケースが多かったのが(中国の大学入試は、
一回かぎりの統一試験を受けた後、大学に願書を提出し、統一試験の点数に
よって大学側が受入を決めるのが一般的だが、その際、希望と違う学部から
入学許可通知が届くこともある。
)、今は日本のポップカルチャーに魅せら
れ、日本語科にわざわざ転向する学生もいるほどです。
そのほか、第二外国語での日本語学習者も多く、独学で相当なレベルまで
学習している学生も少なからずいます。それらの学生のほとんども、ポップカ
ルチャーがきっかけで日本語を学んでおり、以前は日本語と就職を結びつけ
ることが多かったのですが今はその割合が減ってきているように感じます。
また、留学生班があることが清華大学外文学部のひとつの特色でもありま
すが、3年前から留学生もIメイト交流に加わることとなり、交流の範囲が
広がったことは、アジ風にとっても清華大学にとっても喜ばしいことである
と存じます。
同時に、近年ではビザの緩和や中国が経済的に豊かになったこともあり、
日本への渡航も便利になり、距離感が縮まり、日本が手に届く存在になった
― 36 ―
分、Iメイトさんに対する存在感も、以前の学生とは違ってきているように
思います。
しかし、そのような中でも、アジアの新しい風にはそれなりの存在価値が
あります。アジアの新しい風の会員の方は、人生経験・社会人経験豊富な方
が多く、学生にとっては目上の人との交流となっています。
言語そのものを学ぶ自体たいへんな努力が必要なことですが、それ以上に
コミュニケーション、その国の礼儀というものを学ぶことも非常に重要で
す。その言語を上手に学べば学ぶほどマナーを知らないということは、本人
への評価に大きな影響を与えます。その意味で、学生たちがアジ風に参加さ
せていただき、目上の方々と接する中で、教室では学び得ないマナーを身に
付けていけることは、非常に貴重なことであると思います。日頃のメール交
流においても、
「忙しくてすぐに返答できないときは一報しておく」といっ
た心遣いは、おそらく日頃の中国の生活ではあまり学ぶ機会もないでしょう
し、教師という立場からも、アジ風がこういうことを教える機会を与えてく
ださったことに感謝しております。
また、Iメイト交流だけでなく、毎年の訪問団活動によって、学生たちも
多忙な中にも、ひとつの体験の機会を与えられ、これらの学びの過程が学生
たちの成長のステップと思い出になっていると思います。
ちょうどこの年齢は多感で、悩み多き年代。清華大学という名を背負って
いるがゆえに学生たちは逆にプレッシャーや悩みを抱えることもあるようで
す。この3年間、私自身も学生たちの悩みと喜びをともにできたことは何者
にも代えがたい貴重な経験でした。
中国では、「90後(1990年代生まれ)
」、「00後(2000年代生まれ)
」という
言葉があり、世代ごとに育った環境も考え方もやり方も変わってきており、
学生たちの生活や学習状況も以前と変化しています。毎年少しずつ変わりゆ
く学生たちに接していくことも、アジアの新しい風の活動の楽しみのひとつ
ではないかと思います。
日中関係、中国における日本の存在価値が今後どのように変わっていくか
も未知数ではありますが、そ
の中でも、アジ風が中国の学
生たちとの直接のパイプ役と
して、たいせつな役割を担っ
ていることは確かです。私も
この活動に参与させていただ
けたことに感謝して、この3
年の勤務を終わらせていただ
きたいと思います。本当にあ
りがとうございました。
― 37 ―
インドネシアとの交流にそなえて
.
4
加納
啓良
インドネシアのパジャジャラン大学とアジ風との間近に迫る交流にそな
え、相手国の事情につき飲み込んでおいた方がよいことを思いつくままに記
しておこう。
パジャジャラン大学(Universitas Padjadjaran、略称UNPAD)は、
西 ジ ャ ワ 州 の 州 都 で 海 抜 約700
メートルの高原盆地に位置するバ
ンドン市とその郊外にキャンパス
を構えている。日本語では「バン
ドン」と書くが、ローマ字の綴り
はBandungで実際の発音は「バン
ドゥン」、アクセントは前のBanではなく後の-dungの方に来る。
正しく発音しないとインドネシア
人に通じないこともあるので要注
赤道記念碑(西スマトラ州)と筆者
意だ。バンドン市の人口(2014年)
は247万人で、首都ジャカルタ(1,007万人)
、東ジャワ州都スラバヤ(285万
人)に次ぐインドネシア第3の大都市である。ジャカルタへの距離(道路)
は約150㎞、もっかの交通手段は、鉄道(所要3時間)
、プロペラ機(80~90
分)、自動車(道路渋滞状況により不定)の3通りがある。昨年9月末に中
国の受注が決まった高速鉄道建設計画が実現すれば45分で到達可能と言われ
ているが、いろいろ問題がありいまだに着工できていない。
パジャジャラン大学は1957年創立の国立大学で、当初は西ジャワの地方大
学の色彩が濃かったが、バンドン市の発展とともに全国有数の高等教育機関
としての名声を高めてきた。日本語教育の歴史は、インドネシアの大学のな
かで最も古い。
さて、会員諸氏がその学生と接するときの注意事項を考えてみよう。まず
初めに知るべきは、相手のフルネームだ。姓と名の2語から成る日本の人名
と違い、インドネシア人の名は1語だけのこともあれば、2語、3語から成
ることもあり一定しない。2語、3語から成る場合でも、欧米人と違ってラ
ストネームが家名(姓)を示すことは少ない。インドネシア人は全部で300
を越す種族に分かれるが、人口最多のジャワ族(中・東部ジャワが故地)
、
2番目に多いスンダ族(西部ジャワが故地)をはじめ多くの種族の社会は、
はっきりした父系、母系の血縁組織をもたない双系社会のために家名が存在
しない。ラストネームはたんに当人の個人名の一部、または父親の個人名に
すぎないのだ。ただし、北スマトラが故地のバタック族のように父系社会を
― 38 ―
作り、家名をもつ種族もあるのでややこしい。そこで、フルネームの次に相
手の種族を尋ね、ラストネームが家名かどうかを確認した方がよい。そのう
えで、ふだん相手を呼ぶときの通称も尋ねることだ。日常の呼び名が正式の
名とずれていることも珍しくないからだ。
その次に尋ねるべきは、相手の宗教である。建国5原則(パンチャシラ)
の第1原則「唯一神の信仰」により、インドネシア国民は各自の宗教・信仰
の種類を登録する義務がある。国民の9割近くはイスラム教徒(ムスリム)
だが、イスラムは国教ではない。現在、イスラムの他にカトリックとプロテ
スタント両派のキリスト教、ヒンドゥー教、仏教、儒教(孔教)の計6つの
宗教が公認されている。
(ヒンドゥー、仏教、儒教も「唯一神」信仰の教義
をもつとされている。
)西部ジャワのスンダ族は敬虔なイスラム教徒が多い
が、大学には他の種族の学生も多い。キリスト教徒もいるし、華人系の場合
は仏教徒、儒教徒もいる。
イスラム教徒にとって酒と豚肉はタブーだから、食事に誘うときは注意が
要る。また断食月(ラマダン)には、夜明けから日没までいっさいの飲食は
禁じられる。
(太陰暦によるので、断食月の時期は毎年少しずつずれていく。)
ただしどこまで戒律に忠実かは、かなり個人差があるので必要に応じ確かめ
た方が良い。
大多数のインドネシア人の主食は米飯で国民一人当たり年平均米消費量は
150kgに達し、今の日本人のほぼ3倍だ。またパンの消費量は少ないが、イ
ンスタント麺の消費量合計は中国に次ぎ世界第2位、一人当たり消費量でも
日本より多い。(ただし、チャーシューや豚骨スープは御法度だ。)刺身など
生魚が苦手なインドネシア人は多いが、これも個人差があるので、寿司をご
馳走できるかどうかは確認が必要だ。揚げ物や練り物はみな好物で、鶏の唐
揚げや天ぷらうどんが好まれる。牛丼やすき焼き、おでんも人気の高い日本
食だ。大多数は唐辛子を好むので、うどんや牛丼にはたっぷり七味唐辛子を
振ることだろう。なお食器に唇をつけて飲み食いする習慣はない。最近は華
人以外でも箸を使える人が多くなった。
食べ物の次に注意すべきは、立ち居振る舞いの違いだ。握手するときに相
手の掌を固く握るのは止めた方がよい。そっとやわらかく触れるのがインド
ネシア流だ。相手の肩や背中を叩くのも御法度だ。両手の掌を腰に当てるの
は、日本ではくつろいだ姿勢だが、インドネシアでは相手を威圧したり喧嘩
を売るときの仕草だ。また、左手で相手の身体や食べ物に触れるのも良くな
い。左の掌は不浄だからだ。伝統的にインドネシアのトイレでは紙を使わな
い。右手に持った容器で水をかけ左手で洗う慣わしだから、その手で相手や
食べ物に触れてはいけない。もっとも都会では最近、冷水による簡易ウォシュ
レットが急速に普及し、左手の出番が減っているのも事実だ。
以上、Iメイト会員の皆さんのご参考になれば幸いです。
― 39 ―
第一号アジ風奨学生になって
.
5
私はもう困難から逃げません
琉球大学大学院 人文社会科学人間社会科学専攻
クスマー・タイニコン
2015年10月に来日し、異文化により様々なことが起こりました。そのとき
は1人で頭を抱えていろいろ悩んでおり、アジ風の方々と相談する前に進学
する夢を諦めるかと考えたが、アジ風の奨学生第1号ということがあって最
後まで頑張らないとと思って相談しました。そうしたら周りのアジ風の方々
にもⅠメイトの方やご家族にも非常に協力いただいているし、自分自身は簡
単に諦めたら自分のことを許せないと思いました。それで自分も一生懸命努
力して進学のことを進めることができました。
その時勉強になったのは、困る時に逃げず、努力して解決しようとしたら
どのような問題でも解決できることです。私に伝わってきたのは、日本人の
努力です。日本人の真面目なところ、きちんとしているところが昔から好き
なのですが、この努力を見るともっと日本人の魅力を感じました。そして私
は自分の弱点が分かり、これからうまくいくためになるべく少しずつ改善し
ていくように決定できました。
沖縄に来てからまた色々ありました。しかし私はもう逃げません。東京で
勉強になりましたので、今回も勉強と生活少しずつ冷静に考えて解けて行き
ます。この夏休みを使って、生活面の整理をし、落ち着く勉強できる環境を
作ります。現在は調査のために沖縄のエイサー団に入り、そして地域の学校
で子どもたちを対象にして調査しております。これから1年半は調査と卒業
中央が筆者
― 40 ―
論文を書くこと、人々との交流、日本と沖縄のことをさらに理解して色々な
ことを経験し、アジ風の奨学生生活を全面的に充実に成長していきます。
【元Iメイトの城谷健一さんから】
クスマーさんは、タイのタマサート大学出身のおとなしい素敵な女性
で頑張り屋さんです。ところが、少しあわてん坊で失敗することもある
ようで、昨年ある国立大学大学院の募集要項に受験用書類は締め切り当
日郵送にて必着とあるのに、本人が当日持参しても大丈夫だろうと勝手
に判断して持参して、うまくいかなかった事があったようです。その国
立大学は、「募集要項に書いてある」との対応で受付を拒んだようです。
まことに国立大学として感心するほどの官僚的対応でした。それでも彼
女は、アジ風の奨学生第一号として前を向いてがんばり、現在は琉球大
学大学院の人間社会科学専攻の学生として活動しているようです。
彼女とのIメイト交流は、小生の家族も時々食事を共にするような関
係です。しかし、彼女がイスラム教徒であることを知らず、豚肉料理を
すすめて困惑させたことがあります。
昨年、彼女が琉球大学大学院を受験した時は、息子の嫁(大学院生)
が受験のアドバイスをしたこともありました。その時は、アジ風の事務
局の方々にもお世話になったようです。
彼女の日本語は、知り合った当初に比べると格段に上手になっていま
す。沖縄では、彼女のことを誰もがタイ人と思わず日本人と思っている
そうです。そういえば、顔つきも日本人に似ていますね。メールの日本
語も少し丁寧すぎるきらいはありますが、これも彼女の性格を示すもの
としてほほえまし
く感じています。
彼女から大学院
終了後のことにつ
いては具体的に聞
いていませんが、
その日本文化や歴
史の知識と日本語
の能力を発揮して
日-タイの架け橋
として活躍される
ことを期待してい
ます。
息子夫婦とクスマーさんを囲んで
― 41 ―
Iメイト交流規約
.
6
アジアの新しい風
Iメイト交流規約
(2016年5月改訂)
1.定義
正会員と家族会員のうち、アジ風事務局のマッチングを経てアジ風の交流校の学生と
メール交換(Iメイト交流)を行っている者を「Iメイト会員」
、そのパートナーであ
る学生を「Iメイト学生」と呼ぶ。
2.Iメイト交流の目的
Iメイト交流の第一の目的は相互理解(草の根の文化交流)であり、メールの交換を
通して相互の友情を育むことにある。さらに、Iメイト学生の希望に応じて日本語の
学習支援を行う。
3.Iメイト交流の方法
Iメイト交流はEメールによる一対一のメール交換を基本とする。
4.希望者の募集
1)アジ風事務局は正会員と家族会員の中からIメイト会員希望者を募る。希望者は、
既Iメイト会員あるいは、役員の推薦を必要とする。新規にIメイト会員になっ
た者は、コーディネーターからオリエンテーションを受ける。
2)学生の希望者募集は大学側事務局が行う。対象となる学生は、学部の学生のうち
教員の推薦を得、かつ募集要項に掲載された「アジアの新しい風」の趣旨を十分
理解している者とする。
5.マッチングとⅠメイト交流の実施
1)大学側事務局は上記の対象となる学生から希望者を募り、アジ風事務局に提出す
る。アジ風事務局はIメイト会員の希望を訊ねてマッチング作業を行う。マッチ
ングの機会は、年1回、学年の初めに実施するが必要に応じて随時見直すものと
する。
2)マッチングの結果はIメイト会員に通知し、Iメイト会員が自分のIメイト学生
にメールを送って交流が始まる。
3)Iメイト学生は1週間以内に自分のIメイト会員にメールを返信する。Iメイト交
流開始後の1か月間は毎週メール交換を行うことを原則とする。メール交換が順
調に行われるようになった場合は会員、学生相互の自主管理に委ねられるが、そ
の場合でも最低1カ月に1回はEメールまたは他の方法で継続の意思を確かめ合
うことが望ましい。
4)学生、会員双方の希望をうまく調整できなかったり、両者の需給関係に偏りが出
たりした場合は大学側事務局とアジ風事務局がそれぞれウエイティングリストを
作成・管理して、随時マッチングを試みる。
6.日本語の学習支援
Iメイト会員は、Iメイト学生が日本語の添削を希望する場合は積極的に支援する。
Iメイト会員が日本語指導に関して質問や相談があるときは、事務局が指名する日本
語サポーターから助言を得ることができる。
7.アンケート調査の実施
Iメイト交流が滞りなく行われていることを確認し、その質の向上を図るため、年1
回会員と学生双方にアンケート調査を行う。
8.トラブルの防止と解決
1)Iメイト会員および学生は、Iメイト交流において各種ハラスメント(セクシャ
ル・ハラスメント、パワーハラスメントなど)を行わないよう十分注意しなけれ
ばならない。万一そのような事態が生じたときは、アジ風事務局または大学側事
務局のいずれかに報告する。理事会は調査の結果、定款に基づき対処するものと
する。
2)その他のコミュニケーション摩擦に対してはアジ風事務局がサポートし、今後の
より深い相互理解に役立てる。
9.Iメイト交流の終了
Iメイト学生が交流校の大学院、大学の日本語学部・学科の学生でなくなったとき、
あるいは、Iメイト会員がアジ風の正会員でなくなったときにIメイト交流は終了す
る。ただし、卒業後も交流の継続を希望する者は、Iメイト学生OB/OGの名簿に登
録しIメイト活動に役立てる。なお、Iメイト会員またはIメイト学生の一方がIメ
イト交流を解消したいときはアジ風事務局(コーディネーター)に申し出る。
以上
― 42 ―
―2016年3月実施―
まとめ 伊藤春雄
メール交換の頻度
清華大学
43%
38%
66%
ハノイ貿易大学
28%
60%
月1―2回
9%
22%%
タマサート大学
10%
月2―3回
月4―5回
4%
24%
7%
9%
毎週
ほぼ毎日
メール交換は順調か
清華大学
67%
22%%
タマサート大学
0 11%
72%
ハノイ貿易大学
78%
順調である
送信・返信が途絶えがち
22%
%
14%
5%
12%
%
12%
5%
%
しっくりいっていない
メール交換が途絶えている
Iメイト交流は自己啓発になっているか(会員対象)
清華大学
64%
タマサート大学
31%
55%
ハノイ貿易大学
32%
50%
5%
14%
45%
自己啓発になっている
多少なっている
5%
なっていると思えない
Iメイト交流で日本語・日本文化を学べるか(学生対象)
66%
清華大学
34%
53%
タマサート大学
47%
89%
ハノイ貿易大学
できている
少しは出来ている
0
0
11% 0
できていない
【回答者のコメントの一部】
<清華大学>
■今年日本への留学を控え、積極的に交流している。話題も多岐にわたり何も問題ない。
■メール交換は順調。宿題や原稿段階で添削の依頼が多い。頼んだら感謝することを教えた
い。
■留学中は、可能なことはすべて支援するとのコンセプトで随分Iメイトの成長を支えたと
思う。
<タマサート大学>
■日本で2回、三国交流会でも会って、性格などよくわかるようになって来ました。基本的
にコミュニケーション能力が高く、交流を楽しんでいる。
■現在日本へ留学中で、バイトや寮での交流が忙しいようだ。報告を欠かさないので嬉しい。
■初めてタマサート大学訪問ツアーに参加し、本交流会の素晴らしさを実感でき有意義であ
った。
<ハノイ貿易大学>
■メール頻度は少ないが、ハノイや日本で会えて身内のような感情を抱いている。
■2年連続で3カ国交流会に参加し、実際に会えて、より親しみを持って交流できている。
■学生は日本の歌をベトナム語に翻訳し楽しんでいるようで、メール交流は楽しい。
― 43 ―
. 交流状況のアンケート調査結果報告
7
Iメイト交流に関する3大学共通アンケート集計結果
三国交流会プログラム
.
8
― 44 ―
関係者の挨拶
アジアの新しい風事務局長
奥山寿子
タマサート大学と貿易大学、アジアの新しい風
会員の三国交流会も昨年に引き続き2回目となり
ました。昨年の成果を評価していただき、今年も
国際交流基金の助成金を受けることができまし
た。貿易大学の学生さんと共に、タマサート大学
訪問が実現して、これほどうれしいことはありま
せん。
いま世界は混沌として、どこでなにが起きるかわからない状況にな
り、国を超えた憎しみが増幅してきています。地球上のすべての人が穏
やかで幸せな生活を願っているはずなのに、どうしてこんなことになる
のでしょう。各国政府や国連、NGOは平和解決への努力をしています
が、なかなか光明は見えません。
「アジアの新しい風」は、メールでの交流とこのような交流会を重ね
ることによって、国、民族、宗教の違いがあっても、心をひとつにでき
るということを実証してきました。
「日本に興味がある、日本語を学び
たい」という若者たちとの草の根交流が、少しずつではありますが膨ら
んでおり、社会的にも認知されてきています。個人に目を向けますと、
熟年のアジ風会員にとって、アジアの優秀な学生との交流は、相手国へ
の興味を刺激され、自国文化の再発見になっています。また、若い学生
の将来を一緒に夢に描いています。
普段はメールやSNSでの交流ですが、今回のように交流相手国を訪
問し、大勢の学生と顔が見える交流は、双方の距離を一気に縮めます。
このような貴重な場を提供してくださったタマサート大学教養学部日本
語科と、お忙しい中、周到な準備をしてくださったタサニー先生に心よ
りお礼を申し上げます。
今後もタマサート大学、貿易大学との交流を発展させ、三国間の風通し
を良くするように、アジ風事務局も力を尽くします。本日の交流会が、
更なる相互理解につながりますよう、願ってやみません。
― 45 ―
タサニー・メーターピスイット
タマサート大学
昨年はタマサート大学日本語学科の学生10名と
ともに、ベトナムの貿易大学を訪問させていただ
き、とても和やかな雰囲気の中でアジアの新しい
風の会員の方々、貿易大学の皆様と様々なお話を
することができました。大変ありがとうございま
した。
アジアの新しい風とタマサート大学との交流は
10年目を迎えようとし、Iメイトの学生数も年々増加し、これまでにな
んと200名を超えております。メールによる交流をはじめ、読後感想文
コンテスト、作文コンクール、文化交流、就職活動の応援、そして、日
本でのホームステイや文化体験、社会貢献活動など、学生たちはそれぞ
れ大変貴重な体験をさせていただいております。そしてこれらの活動を
通しまして、数多くのかけがえのない絆が生まれたことと思います。
今年は、タマサート大学で皆様をお迎えする機会を与えられましたこ
とを大変光栄に思います。2回目の交流会につきましては、Iメイトの
学生たちが主体となって企画しておりますが、何かお気づきのことがあ
りましたらぜひお知らせいただく等、ご協力のほどよろしくお願いいた
します。そしてこれを機に、お集まりいただきました皆様とのこれまで
の絆をさらに強くし、また新たなご縁を繋いでいただけたらと思いま
す。みんなで三国交流会の花を咲かせましょう!
最後にこの場をお借りしまして、ご後援いただきました国際交流基金
アジアセンターをはじめ、交流パートナーズのベトナム貿易大学、NP
Oアジアの新しい風に、深く感謝の意を表したいと思います。
貿易大学
チャン・ティー・トウ・トウーイ
この度は、タイのタマサート大学においてタマ
サート大学の先生方、学生の皆さん並びにアジア
の新しい風の会員の方々と再会することができ、
大変嬉しく存じております。
貿易大学とアジアの新しい風との交流は2008年
からはじまり、これまでは、Iメイト交流をはじ
め、日本語コンテストや日本語詩歌コンテストな
ど数多くの事業がアジアの新しい風と当学部の共同によって開催されて
― 46 ―
きました。こうした交流活動を通じ、本学学生の日本への関心や理解が
深まっていると感じております。
現在、ベトナムでは日本企業の進出や、日本のポップカルチャーの憧
れから、日本語を学習する学生が年々増えている傾向にあります。また、
日本との連携強化により目覚しい経済発展を遂げてきたとされるタイに
対しても、その経験について学習したいと考えるベトナムの若者も少な
くありません。
こうした状況の中、昨年、国際交流基金の助成を受け、日本のアジア
の新しい風を中心に、タイのタマサート大学とベトナムの貿易大学の3
者による三国交流会がはじめて私共貿易大学で開催されました。今回の
三国交流会は、場所がタマサート大学に変わり、前回に続き第2回の開
催となります。このような交流活動は、両大学の学生にとって、相互理
解の深化、フレンドシップやネットワーク作り、日本語学習の意欲向上
に繋がる貴重な体験になることと信じております。
アジアの若い人たちを援助してくださるNPOアジアの新しい風には
心より感謝すると共に、連続2回助成金を供与してくださった国際交流
基金、本交流会の開催に当たり会場や宿泊提供などにご尽力頂くタマ
サート大学におかれましては改めて御礼申し上げます。
今回の交流会も素晴らしい成果を上げ、参加者にとって忘れられない
思い出の場になることを心より祈念致します。
国際交流基金バンコク日本文化センター次長
中島遥香
このたびは、タイ・ベトナム・日本の絆を深め
る素晴らしい機会である三国交流会の開催を、心
からお慶び申し上げます。また、本日こうしてお
招きいただき、誠にありがとうございます。
私ども国際交流基金は、日本と世界の人々が、
文化の交流を通じて、あらゆる違いを超えて友人
の輪(和)を広げられるような活動を作り、また
支援しています。そのために私たちが大切にしていることが6つありま
す。それは、「ワクワクする出会いをつくりだすこと」「一人ひとりの声
に耳を傾け、新しい価値を提供すること」「新しい挑戦を応援すること」
「互いの尊敬の気持ちを育むこと」
「知識・経験をシェアし合うこと」
そして「長期的に考え、いま行動すること」です。
今回のタイ・ベトナム・日本の三国交流会は、まさに国や年齢といっ
― 47 ―
た違いを超えた新しい出会いの場であり、本日行われたグループディス
カッションも活発な意見交換が行われたとおり、お互いの知識や経験、
考えをシェアし合う場であり、さらにこれから長く将来にわたっての、
国を超えた絆を深める場でもあると思います。国際交流基金といたしま
しても、こうした素晴らしい取組みを微力ながらお手伝いさせていただ
けることを、大変嬉しく思います。
本日の交流会そして明日のバンコクを飛び出した活動が、タイ、ベト
ナム、そして日本から参加されている皆さんにとって記憶に残るものと
なりますように、またお互いをより深く理解し合い、将来にわたっての
良き友人となるきっかけとなりますことを、心からお祈りしておりま
す。どうもありがとうございました。
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― 48 ―
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― 49 ―
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― 50 ―
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― 51 ―
ディスカッションのまとめ
日 時/2016年2月19日(金曜日)13 : 15~14 : 00
場 所/タマサート大学(東アジア研究所セミナールーム)
テーマ/「国際結婚について」
日本人会員17名、タマサート大学73名、貿易大学13名、福井大学
12名、総勢115名の参加であった。福井大学、タマサート大学の学
生は事前に国際結婚のテーマについてグループ毎にアンケートを実
施していた模様。グループ・ディスカッションは約1時間弱でかな
り消化不良であった。そのためファシリテーターも纏めきれず回収
も不十分であったが、回収できたものを順次記載する。
1
グループ
参加者
ファシリテーター
伊 藤 春 雄
石田義夫、タマサート大学3名、貿易大学2名、福井大学1名
ディスカッションの内容
国際結婚した場合、食事を作る分担について話し合った。
A:自分(妻)が作る。
貿易大学生:家族みんなの食事を作って喜んでもらいたいので自分が作る。
タマサート大学生:①外食やデリバリーより、自宅で料理を作った方が
安価なので、自分が作る。②母が食事を作るのが基本である。母が作っ
た料理は子供に感謝されるだろう。したがって母となる自分が作る。
B:夫婦で分担し作る。
貿易大学生:夫婦で働くことを希望するので、夫婦交代で食事を作る。
子供の食事は大変大事で、健康に良い食事を作るようにしたい。
福井大学生:妻が外国人なので、妻が外国の料理を作り、自分は日本の
料理を作るようにしたい。
日本人会員:家族構成の前提がわからないが、健康に安心な材料を購入
できることと、食費を抑えられるので夫婦分担して作る。休日に長男夫
婦と外食し、家事労働を減らすバランスを取りたい。
C:夫が作る。
タマサート大学生:夫婦で働いているので、夫に作ってもらった方が、
家事全般をスピーディーに短時間で終わらせることができる。
― 52 ―
2
グループ
参加者
ファシリテーター
佐 藤 賢 三
坂巻延子、タマサ―ト大学5名、貿易大学2名、福井大学1名
ディスカッションの内容
国際結婚に賛成・反対
A:国際結婚に賛成/タマサ―ト大学生1名、貿易大学生1名
①お互いの文化を吸収し、人間的に成長が出来る、②子供が優秀
B:結婚しない/貿易大学生1名
①キャリアを積んで、国に貢献したい
C:国際結婚をしたくないor判らない/タマサ―ト大学生4名
①文化が違うので、コミュニケーションが難しいのでは…②言語が違う
ので、安心感がない。不安が先立つ。
結婚相手としてタイ人が良いのは、①友達はタイ人が多い、②タイ人が
好き、③同じ文化。自国以外の人は良く判らない為、国際結婚に対して
尻込みしてしまう。
考察:当初はお互いに相手が判らず、手探り状態であったが、徐々に交流が
進むにつれ、コミュニケーションが取れるようになった。異文化交流会は、
自国の文化を見つめ直す機会、他国の文化を理解しようとする機会が構築さ
れる。そう言う事から、学生のグローバル人材育成の一環として有意義なカ
リキュラムと考える。
3
グループ
参加者
ファシリテーター
中 村 泰 寿
金井優佳、タマサ―ト大学5名、貿易大学2名、福井大学2名
アンケート結果
外 国 人 と 結 婚 す る 場 合A:B: タマサー
C:と結婚するほうがいい
ト 大 学
貿易大学
福井大学
合
計
A:同じ文化、考え方を持ってい
る、自分が住んでいるところと同
じところに住んでいる人
24名
3名
2名
29名
約30%
B:違う文化、考え方を持ってい
る、自分が住んでいるところから
遠いところに住んでいる人
6名
1名
2名
9名
約10%
C:気持ちが分かり合えれば、住
んでいる場所も文化も気にしない
43名
6名
8名
57名
約60%
合計
73名
10名
12名
95名
― 53 ―
外国人と結婚する場合、同じ文化・考え方、同じ場所という保守的な意見
は約30%であるが、気持ちが分かり合えれば、場所も文化も気にしないとい
う柔軟な意見が3大学とも約60%と共通しているのが興味深い。
各参加者の意見は次のとおり
①同国人の結婚、国際結婚にかかわらず、結婚が難しくなってきている。
②一般論として、経済的な問題もあるが、結婚が晩婚化している。
③日本人男性、自分の時間は大切、時間がとられるのが耐えられない。結
婚以外の楽しみがある、いろいろ制約されるので結婚したいと思わない。
④ベトナムでは、女性の結婚年齢は23歳位から、男性は25歳位から。ベト
ナム人(女性)はお金も大事である(愛よりも)
。貧困からか離婚が増
えている。人口比では女性が多い。ベトナム人男性、愛があればお金が
なくても結婚する。性格や気持ちが分かり合えば結婚したい。
⑤タイでは、結婚年齢は25歳から30歳位、女性は外で働く人が多い。タイ
でも人口比で女性が多い。タイ人は外国人と結婚したい(外国人でも問
題ない)、結婚相手の国で住みたい(タイを出てもよい)と思う。タイ
人(女性)は、愛が大事である(お金よりも)。
⑥国際結婚の離婚率を減らすためには、経済的な余裕が必要。愛・文化よ
りも経済的な余裕が重要だという意見がやや優勢だったように思う。
グループ
参加者
4
ファシリテーター
坂 東 敏 弘
奥山正昭、タマサ―ト大学6名、貿易大学1名、福井大学1名
今どきの学生が思う国際結婚感について、どんな意見が聞けるか楽しみに
討議に参加した。だが、話が始まらない。そこで、結婚したいと思う人はど
のような人か尋ねてみると、少し意見が出てきた。
優しい人、性格が良い人、趣味が合う人、自分の夢を持っている人など、
妥当で分かり易い意見出てきた。さて、討議のテーマは国際結婚。そこで、
「マッサン」を例に、好きになった人が外国人で国際結婚となったとき、例
えば、その人を信じて海外であろうと何処へでも付いていくというようなこ
とが、自分なら出来るか問いかけてみた。
少し意見が出始めたところで残念ながら時間切れになり、不完全燃焼で終
了。時間があればもっと意見も出て、テーマについてメンバーの総意が得ら
れたかもしれない。結果論になるが、最初の問いかけを、結婚したい人では
なく、国際結婚は自分としてYesかNoかを直接的に尋ねた方が、テーマ
に沿った意見を聞くことが出来たと思う。
― 54 ―
福井大学生の三国交流会グループディスカッションに参加して
(抜粋)
私たちは「グローバル産業人材育成プログラム」の一環でタマサート大学
を訪問していました。タイミングよく日本とタイとベトナムの3か国の大学
生とNPO法人の「アジアの新しい風」の方々とのグループディスカッショ
ンに参加させていただき貴重な経験をしました。
テーマは国際結婚についてであり、ディスカッションの前にいくつかの質
問に答えましたが、タイやベトナムの学生の中には日本と同じ意見もありま
した。また異なる答えは私たちの文化背景と異なることに気づき、とても勉
強になりました。当初は国によって考え方が大きく異なるものだと思ってい
ましたが、結論がどの国の学生も似ていて驚きました。結婚する目的や、結
婚そのものについてどう考えているのかを話しあい、3か国さまざまな意見
があったと思います。さまざまな人の意見を聞くことができ同じ意見や違う
意見の人と話し合うことができ、すごく貴重な経験をすることができまし
た。日本とは違った文化の国の下で育った人と直接意見交換が出来るという
点が中々できない体験であり、とても刺激的でした。
社会経験が豊富なアジアの新しい風の方々がファシリテーターを務めてく
ださり、進行もスムーズになり、多くの意見を聞くことが出来ました。また、
議論が進めやすく、盛り上がりました。自分ひとりの力では経験することが
できなかったであろう三国間の交流ができ、見聞が広まりました。ありがと
うございました。
タイの学生やベトナムの学生、自分たちよりはるかに大人の日本の人たち
と話すこともできました。国も文化、世代が違う人たちとこのように話す機
会は、これまであまり体験したことがなかったです。また年配の方の意見も
交えることで異文化間とともに異世代間でも意見交換が出来、とても内容の
濃いディスカッションになったと思います。
また、タイやベトナムの人たちも流暢に日本語を話すことができ、すごい
なと驚きました。同時に、私も英語の勉強をもっとしよう、英語を話せるよ
うになりたいと思いました。
― 55 ―
三国交流会に参加して
※写真は本人のお気に入りです
タマサート大学
ナットニシャー・サーマートギット
ようこそ、タマサート大学へ
この度、アジア新しい風の三国交流会をタイのタマサート大学で行わせて
頂きました。
沢山の方々に出会えて、人との関係がとても大事だなと改めて気づきまし
た。他の国々の人、他の文化を知り、分かり合い、仲良くなることにより、
異文化の摩擦問題も減り、社会もよい方向に進んでいくのではないかと思い
ます。
今回、交流会の様々なことを準備するために、たくさんの後輩たちとコミュ
ニケーションを取るようになりました。私はもう5年生で、週2~3回しか
大学に来ていないので、後輩たちと話す機会も少なかったです。しかし、交
流会のおかげで後輩と仲良くなれました。それに、交流会でのタイダンスを
実演することで、たくさん調べたため、改めてタイ文化にも詳しくなりまし
た。これも今回の交流会のお陰だと思いました。
そして、久しぶりに私のIメイトの林さんや、たくさんのアジ風の方々と
また会えて、とても嬉しかったです。日本にいた時、大変お世話になりまし
たので、今回タイに来て頂くということで、一生懸命におもてなしの心で案
内したいと思っていました。まだまだ準備不足であったこともあり、うまく
できませんでしたが、懲りずにまたタイにいらしていただきたいです。私は
そろそろ卒業になりますので、アジ風の学生会員でいられなくなりますが、
いつかまた「タイへようこそ」と言いたいです。
― 56 ―
ナッティダー・イアサクール
私は去年(2015年)、東京に留学
していた頃、何回もアジアの新しい
風の交流会に参加しましたが、タイ
での参加は今回が初めてでした。私
は空港へアジアの新しい風の皆さん
を迎えに行きました。久しぶりにア
ジ風会員の皆さんにお会いできて、
とても嬉しかったです。
翌日、自分が勉強しているタマ
サート大学を案内いたしました。少しでもタイの大学の雰囲気が分かってい
ただけたでしょうか。日本の大学やベトナムの大学と似ているところ、違う
ところがありましたでしょうか。
実は、19日別の用事が入っていて、午前中だけ参加するつもりでしたが、
日本人とベトナム人ともっと長くいて、交流をしたいという思いで、結局夜
まで参加して、思う存分楽しませていただきました。違う国の人と意見交換
したり、自分の国の伝統的文化を紹介したり、面白いことを話したりするこ
とはとても大事であり、知見を広げることができました。
ベトナム人でも、タイ人でも、日本人でも、お互いのことを理解し合えば、
遠くにいても近くにいるという気持ちになれます。このような交流会の意味
はそこにあるのではないかと思っています。自分のIメイトは来られなくて
残念でしたが、古海さんをはじめ、Iメイト会員のみなさんとても優しくて
気さくに話しかけてくださったので、心が温まりました。
いつも大変お世話になっており、本当にありがとうございます。
カンヤニー・レクチャム
タイまでお越しくださいまして、どうもありがとうございました。
アジアの新しい風のプログラムに初めて参加したのは、2年前でした。言
語学専攻ですが、日本語、日本文化に興味がありますので、日本人と触れ合
う機会を持ちたいと思っていました。Iメイト交流プログラムに参加できて
本当にうれしかったです。私のIメイトは塩尻出穂さんです。メール交流を
してもう2年経ちました。メールでいつも優しいアドバイスを書いてくれて
いる塩尻さんに、本当に感謝しています。でも、私の返事は遅く、いつも塩
尻さんを待たせてしまいまして、ごめんなさい。もっと早くお返事を出すよ
うに頑張ります。
― 57 ―
今回の三国交流会に参加して、大変勉強にな
りました。ベトナムの踊りやベトナムコーヒー
のおいしさなどを体験できて、ベトナムの習慣
を知ることができました。
また、日本人のU
さん(金井優佳さん)
の歌声にも感動しま
した。タイの歌も、
ベトナムの歌もきれ
いに歌うことがで
き、本当に驚きました。タイ人の発音と変わらな
い、大変美しい声でした。そして、なんといって
も「楽しい仲間」が増えました。2016年2月19日
の三国交流会は今年の私の最高の思い出の一つと
なりました。
志水麻衣
アジアの新しい風のIメイト交流プログラムに参
加した時、日本人のIメイトとの交流を通して、日
本語の練習ができ、日本語の表現が実際にどのよう
に使われるかだんだんわかってきました。このよう
な三国交流会もあるとは知りませんでした。
今年、タマサート大学で三国交流会が行われると
聞いた時、本当に嬉しくて、楽しみにしていました。
私はタイと日本のハーフで、タイのことも、日本
のこともまだまだ分かりませんが、三国交流会に参
加して、ベトナムという国にも興味を持つようにな
りました。ベトナムにはまだ行ったことがないので
すが、ベトナムの踊りやベトナムの民族衣装を初め
て見て感動しました。いろいろな衣装があることは
知りませんでした。私もタイの本格的な民族衣装を着るのは今回が初めてで
した。私が着たのはタイの花嫁が結婚式に着る衣装でした。それぞれ誇らし
い文化を持っていることと、国や文化が違うけれど理解し合う気持ちがあれ
ば、友達になれることなどを、身をもって体験することができました。
この三国交流会が今年の嬉しい思い出の一つとなりました。三国交流会の
皆さんとまたお会いしたいです。
― 58 ―
キティパー・サンカワニット
アジアの新しい風の三国交流会に参加するのは今回が初めてでした。自分
の国で行われるので、日本とベトナムの方々にタイの魅力を伝えられたらう
れしいと思いました。最初の日は「国際結婚」というテーマでディスカッショ
ンをしました。別々な国と世代の人たちと考え方を交換しました。色々な考
え方が出ました。同じ考え方がありました。多様な考え方もありました。そ
して、夕方に皆さんと一緒に食事をしました。食べたり、しゃべったりしま
した。皆さんと色々な話ができたのは楽しかったです。
次の日、マングローブ林とアムパワー水上マーケットに行きました。マン
グローブ林で皆さんと一緒に植林活動をしました。思っていたより楽しかっ
たです。社会にとっていいことをすると、気分がよくなります。アムパワー
水上マーケットでは、タイでしか食べられない食べ物や果物などを皆さんに
紹介することができました。とても
楽しい2日間でした。
日本語の勉強をし始めてまだ2年
の初心者です。最初は日本語だけで
話すことができるか、不安でした。
でも、言葉を間違った時にやさしく
教えてくれましたので、本当に勉強
になりました。どうもありがとうご
マングローブ林で自分のカメラ
でとったお猿さんの写真
ざいました。
ケッタカーン・パウトーン
今回のアジアの新しい風の交流会に参加させていただいてありがとうござ
いました。
最初はどうしてこの三国交流会が行われるのか、そして自分はどのように
関わっていけばいいのか、分かりませんでした。参加してみて、これは日本
人とベトナム人から色々なことを学ぶ大変貴重な機会だと気づきました。互
いの文化、習慣を紹介したり、話し合ったり、一緒に食事したり、一緒に活
動をしたりすることは大切なことだとわかりました。これで、日本人のこと、
ベトナム人のことをもっと分かるようになりました。
この交流会で、北部地方の衣装を着てファッションショーを行いました。
初めての経験です。緊張しましたが、とても楽しかったです。みんなとタイ
の歌を歌ったり、踊ったりしたのもとても素晴らしい思い出だと思います。
この交流会を通して、タイと日本とベトナムとの関係がより深くなると思い
― 59 ―
ました。もし機会があったら、またこの交流会に参加しようと思います。今
度はもっと上手に話せたらいいなと思っています。
本当に楽しかったです。どうもありがとうございました。
アリナー・クルサワード
私は日本語学科の2年生ですが、日本語を習
いはじめて、まだ一年半しか経っていません。
タマサート大学で三国交流会があるから、参加
しませんかと、先生にさそわれました。
「この交流会で日本語を使ってコミュニケー
ションするので、日本語の勉強にもなるし、多
くの友達を作るよいチャンスだ」という先生の
言葉を聞いて、交流会に参加することにしまし
た。
タイの民族衣装を着てファッションショーを
行ったり、「サーン」というタイ東北地方の踊り
をしたり、ココナッツの葉っぱでタイの昔のお
もちゃを作ったりするという、いろいろなイベントがありました。私は民族
衣装のファッションショーに参加することになりました。一生懸命歩く練習
をしました。交流会の後、参加者のみなさんと一緒に晩御飯を食べました。
そこで、私は、初めて先生以外の本当の日本人と話す機会を持ちました。日
本語があまりうまく話せませんでしたが、日本の方は私の言葉を頑張って聞
いてくれましたし、やさしく話してくれました。日本人のやさしさで、日本
人や日本のことをもっと知りたくなりました。これからも、日本語を頑張っ
て勉強を続けたいと思います。
― 60 ―
ピチャポーン・シリワニチャーロム
三国交流会を企画してくださいまして、あ
りがとうございました。アジアの新しい風の
交流会に参加して本当によかったです。交流
会では、日本文化だけでなく、ベトナム文化
にも触れることができて、うれしかったで
す。この交流会を通して、ベトナムの貿易大
学の学生たちと日本語で話すことができ、ベ
トナムのことについて色々知ることができま
した。それに、貿易大学の学生たち、福井大
学の学生、Iメイト会員の方、多くの方々と
「国際結婚」というテーマについて、いろい
ろな意見を出し合い、それぞれの国の文化や考え方が異なっているところが
あるとも気づかされました。以前授業で学んだ「異文化」という言葉の本当
の意味を理解できるようになってきました。短い間だったけれども、日本語
で話す環境におかれ、自分の話す日本語が通じて、自分の日本語に少し自信
がついてきたような気がします。
この写真は私が書道を体験した時の写真です。日本人の皆さんが積極的に
筆の持ち方や書き方を教えてくださる姿を見て、胸が熱くなりました。大変
有意義な時間を過ごさせていただきまして、ありがとうございました。今度
もまた参加できればと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
ペッパイリン・ジンダー
去年、アジアの新しい風とベトナム
の貿易大学の学生との交流会がタマ
サートで行われると伺い、どのような
交流会になるだろうと興味津々でし
た。なぜなら、これまで一度も交流会
に参加したことがなかったし、ベトナ
ム人と話したこともなかったからで
す。本当に楽しみにしながら、ベトナ
ム語も少し勉強しはじめました。
含本さんと初日の懇親会で、筆者は右
交流会の前、主催者側としての準備で非常に忙しい日々が続き、ちょっと
疲れました。でも、せっかくタイにいらっしゃる皆さんには、よく思っても
らいたかったので、みんなで一生懸命交流会の準備をしていました。そして、
― 61 ―
当日は想像以上に楽しかったです。お昼の司会を務めさせていただいたの
で、ディスカッションなどの活動には参加できませんでしたが、参加者の皆
さんの笑顔を見て、私まで楽しい気持ちになりました。そして、日本人の皆
さんに会えていろいろな話ができて本当によかったと思います。
日本語が流暢にしゃべれるベトナムの学生とも仲良くなりました。一緒に
活動に参加し、いろいろなことを話して、とても幸せな時間でした。私のI
メイトである含本一雄さんも今回の交流会に参加してくださいましたので、
メールでのやりとりよりもっと様々なことを話したり、相談したりすること
ができて、これはとてもいい機会だと思いました。
Iメイトに参加して本当によかったと思っています。日本語のことだけで
はなく、相手の国の社会や文化のことまで交流して学んで、自分の視野が少
しずつ広がっていく気がします。もし機会があったらまたこのような素晴ら
しくて様々な国の人と交流できる交流会に参加したいと思います。
チャイワッチャラ・リムソムキャート
大勢の方々が集まる三国交流会の
ような集会に参加するのは、今回が
初めてで、とても貴重な体験でし
た。異文化交流で学ぶことがたくさ
んありました。それに、タサニー先
生から指示を受けて、開会式での通
訳と懇親会の司会進行を務めさせて
いただきました。エアコンの効いて
いる会場ですが、皆さんの視線を浴
び、汗をかきながら、片言の日本語で与えられた任務を遂行しました。恥ず
かしいですが、「もうやるしかない」ので、上手にできなくてもめげずに「最
後までやり遂げる」ことだと自分に言い聞かせていました。おかげさまで、
心が落ち着き、終わってみれば、心が一段と強くなったような気がしました。
今度はどんなことが起こっても頑張るぞと、どんどん新しいことに挑戦し、
できることを少しずつ増やしていこう、頼れる社会人になろうと思いまし
た。
今回の交流会でたくさんの仲間ができて、本当に嬉しかったです。色々な
ことを話してくれたり、一緒に写真を撮ったりして、とても楽しい時間を過
ごしました。国籍が違っても、言葉や文化が違っても、日本語というコミュ
ニケーションツールで友情の絆を培うことができることに気付かされまし
た。しかし、残念なことに、みんなと一緒にいられる時間はとても短い!あっ
― 62 ―
という間に別れの時が来てしまいました。
この貴重な体験、そして小さな思い出を、大切にしていきたいと思います!
可能ならば、卒業する前に、もう一度このような交流会に参加でたらいいな
と願っております。どうもありがとうございました!
タサニー・メーターピスィット
この度2日間に渡り行われました三国交流会は「タイの高校生と交流会」
「タマサート学内見学」「国際結婚についてのディスカッション」「三国の文
化紹介」「マングローブ植林活動」
「懇親会」など盛りだくさんの内容でし
た。参加者一人一人が主役になっていただきたいという想いが強かったで
す。
国際交流基金アジアセンター、NPOアジアの新しい風、ベトナムの貿易
大学のご支援、ご協力なしでは、成功できない交流会でした。奥山さん、古
海さん、藤原さんそしてIメイト会員の皆様、貿易大学のトゥーイ先生、黒
坂先生、どうもありがとうございました!
タイミングよく合流してくださった福井大学の皆様のおかげで、今回の交
流会がさらに盛り上がったように思います。
フォーチューンクッキーで元気よく踊って、迎えてくれたタマサートクロ
ンルアン高校生、指導教員のパッチャニー先生のご尽力には頭が下がりま
す。そして今回の企画に賛同し応援してくれた学内および東アジア研究所の
有志の皆様にも心から感謝しております。
最後に元Iメイト学生、現在のIメイト学生達、皆さんがいてくれてとても
心強いです。
皆様、第3回目の交流会でまたお会いしましょう!
― 63 ―
貿易大学
グエン・ゴック・カン
Ⅰメイトのタイに旅行はとても
おもしろいでした。タマサート大
学とアンパワー水上マーケットと
サイアムセンターに来った機会が
あります。タマサート大学はとて
もひろくて、美しいんです。学部
がたくさんあります。タマサート
大学の学生は大いに懇意で賢いん
筆者は前列右端
です。私たちはいろいろな話を一
緒に雑談しました。アンパワー水上マーケットも美しいマーケットです。面
白い記念がありました。アンパワー水上マーケットの旅行、形見ショップに
個人の写真があることを見て,大いにびっくりした。実はバスを降りたとき,
僕に写真を撮られた。形見になって,
とても面白い。タイ人はいつも僕を
案外楽しくしていた。大好きです。バンコクのサイアムセンターはとても近
代な都市です。入口からデパート内に入ってみると…、それは驚きです!
“ニューヨークのソーホー”から閃きを感じ造られたということからも想像
はしていましたが、店内を見渡すと一瞬のうちにその世界へと吸い込まれて
しまいました。フロアごとに異なるフローリング素材を使用しており、木床
フロアはハイセンスな印象とアートを雰囲気共々感じることが出来ます。さ
らに壁や天井等はシルバーと黒で統一されており、シンプルな上でデザイン
性の高さが伺えます。バンコクにいながら、異国の空気を味わっている、そ
んな雰囲気です。ちなみに建物は4階建てであり、フロアによってそれぞれ
の味が出てて素敵です。
私Iメイトは古畑仁一さんです。彼は非常にウモアーがあって、面白い友
達です。古畑仁一さんにいろいろなプレゼントをいただきました。ありがた
いんです。
ファム・ティ・トゥイ・リン
二十歳の私は初めてタイへ行きました。アジ風のおかげで、先生と友達と
アジ風のメンバーといい思い出ができました。
飛行機から降りて、タマサート大学の皆さんは迎えに来てくれました。最
初の印象はタマサート大学の皆さんは日本語が上手で、親切です。タマサー
― 64 ―
ト大学の皆さんと空港で買い物をしまし
た。その後、日本人アジ風のメンバーも着
きました。私のIメイトは今度交流会に参
加しませんでした。寂しかったです。
タマサート大学を見学したり、説明を聞
いたりしました。私はびっくりしました。
タマサート大学は広くて、きれいです。そ
れから、交流会が行われました。交流会で
私達は皆にベトナムのコーヒーと伝統的な
踊りを紹介できて、嬉しいです。それに、
筆者は中央
タイの伝統的な服のファッションショーを
見て、タイの美味しい食べ物をたべて、ベトナムのコーヒーを飲んで、良かっ
たです。その後、書道をしました。去年の交流会で私のIメイト武田高さん
も書道を教えてくれました。今年は、タイ人の新しい友達と一緒に書道をし
ました。難しいですが、面白いです。
一番いい思い出はマングローブを植えることです。皆さんは一緒に、船に
乗って、林に行きました。猿がたくさんいますから、私達は「猿の島」と呼
びました。
「猿の島」で一緒にマングローブを植えました。顔、靴、服、髪
の毛が泥だらけになりましたが、皆、誰でも嬉しかったです。皆で「一生忘
れられません」と言いました。
タイで、交流した後、
「来年、交流会はベトナムに行われるなら、ちゃん
と準備しなければなりません」と思っています。皆さんはベトナムでいい思
い出ができて欲しいです。
二十歳の私は美しい思い出ができました。誠にありがとうございました。
グエン・トウー・ハン
あっという間、タイから帰国し
たときから今まで一か月ぐらいで
すね。私は3回目タイへ行きまし
たが、今度は素晴らしい経験があ
りました。初めて、そんなに立派
なタマサート大学へ見学できて楽
しかったです。タマサート大学の
バンコクキャンパスは3万人超の
学生が学んでいて、豊かなひとつ
の町といった印象でした。タイの
― 65 ―
方々は非常に親切に対応してくれたので楽しく4日を過ごすことができまし
た。短い時間でしたが、熱心なタマサート大学の学生と友達になって、良かっ
たです。今度アジアの新しい風の会員に会えて、日本もタイもベトナムにつ
いてよく話して、本当に嬉しかったです。交流プログラムを通じて、三国の
文化に深く分かりました。初めて日本書道を書いてみて、難しかったですが、
自分で「豊かな文化」という言葉を書きました。皆一緒にマングローブ植林
活動とアンパワー水上マーケットへ移動し見学に参加されて、とても楽し
かったです。今度の旅は私ような四年生にとって必ず忘れられないで、素晴
らしい思い出になりました。
ファム・ティ・ホアイ
タイでの国際交流会の時は本当に決して忘れな
いメモリーになります。音楽、言語、舞踊や飲食
が年齢や国籍の異なう人々の心を繋ぎました.そ
の旅のおかげで、いろいろの有意義な体験を受け
たり、各国文化の美しさを味わい楽しむことがで
きたりしました。有り難いことがたくさんありま
した。特に、みんなさんに出会えたのはよっかた
と思います。アジ風会員の全員が終始暖かくて念
入りでした。世話がよく届いていました。私は現
に深い感謝の気持ちを持っていました。日本から
タイまで長いフライトを過ごしても、みんなが疲
れずに、さわやかな笑顔で歓迎してくれました。本当に感動しました。わざ
わざ準備された書道の演習やミニコンサートや余興などの面白かったプログ
ラムは胸中を占め続けました。その中で、一番印象に残った瞬間は三国の学
生たちが音楽に乗って大盛り上がった時でした。この光景はずっと私のここ
ろに銘記しました。タイ人の友達もとっても素晴らしいでした。彼女らは明
るくて熱心でユーモアがありました。それで、すぐに友人になっていて、仲
がよくなっていました。タイ人の友達のそばにいた時はいつも笑い声が絶え
くありませんでした。特に今度の交流会のかげで、視界がどんどん伸びられ
ていました。あの時期の体験は、私にとってたいへん貴重だったとおもいま
す。
― 66 ―
ファム・ティ・トゥ
まずタイの方と日本の方が面白
かった交流会を開いてありがとう
ございました。この感想文を通じ
て感謝の気持ちを表したいです。
交流会を通じて、色々な人と接す
ることができました。従って、タ
イや日本の文化が多少わかってき
ました。タマサート大学の方が熱
筆者は右端
心で、懇ろでした。タマサート大
学の学生は本当に日本語が上手ですという印象を持ちます。そして皆が面白
い性格をしています。日本の方も親切で、色々なことを教えていただきまし
た。私は日本語がまだ下手で、話すとき間違うことがたくさんありますが、
日本の方はいつも丁寧に直してくれました。タイにいた時間が長くなかった
が、色々な体験をしました。一番面白かった活動はマングローブ植林活動だ
と思います。タイ料理を味わえたり、日本の書道を体験したりできて本当に
よかったと思います。私は今度このような交流会に参加したいと思います。
グエン・ティ・ゴック・アイン
Iメイトの皆様、おはようございます。Nguyen Thi Ngoc Anhです。
先月、タイでの交流会が行われましたね、もうすぐ一か月です。時間が経
つのは本当に早いですね。その交流会に参加させていただき、どうもありが
とうございました。それは初めてIメイトの交流会に出るのです。それに、
初めて外国に行くのです。それで、すべての
ことが新しくて、面白かった。初めてIメイ
トの友達に会いました。以前、メールで連絡
しましたけど、皆がそんなに優しくて、親切
な人と思いませんでした。実は、日本人が
ちょっと冷たいなあとよく聞きました。それ
で、行く前に、少し心配しておりました。し
かし、一度会うと、そんなことはありません。
Iメイトのおじさんとおばさんがフレンド
リーで、いろいろ助けてくれました。そして、
よく話をして、日本とタイの文化を紹介くれ
ました。そればかりではなく、タイの学生た
― 67 ―
筆者は左端
ちも親切で、明るいです。4日間だけのに、すぐ親しくなりました。今でも、
Facebookで連絡しています。
交流会で、日本とタイの文化の知識を得るのができます。さらに、ベトナ
ムの文化を紹介機会でした。いろいろ活動に参加して、疲れた時があるけど、
心がいつもうれしいです。
もう一度、交流会に参加させていただき、ありがとうございました。機会
があれば、ぜひ、将来の交流会に参加したいと思います。
ヴ・ゴック・フエン
テトの休みにはいい記念がありま
した、それはタイに行くとき作りま
した。それは私が初めて海外旅行し
ました。いろいろの活動があって本
当に楽しいでした。
Iメイトの会員たちはとっても親
切です。日本から長い時間がかかっ
ても笑顔で空港に迎えました。パト
ナーだけではなく、誰でも親切に話
しかけられて、友達にもなれます。
筆者は前列右端
そして、私の日本語はまだ苦手ですが、忍耐に私の話を聞きました、本当に
うれしいでした。
それから、タイの学生も親切で、いろいろ話しかけてきてくれて、大学の
学生も高校生も日本語が上手です。たくさんの場所に連れて行ってくれまし
た、そして、大学が広くて広くてびっくりしました。一日でも大学の全部を
見ることができないと思います。準備も本当に良かったです。部屋もきれい
だし、食べ物もおいしいし、また食べたいです。
様々活動があった、最も印象的なのは木を植えることです。サルがたくさ
んありました、かわいいサルです。最後の日は町を散歩して、買い物しまし
た。タイの家はたくさんの色ので、面白いです。博物館にも寄りました。
“Grandma’
s bedroom”という作品が大好きです。
でも、残念なことがあります。それ日本語がまずいですから、あまり話せ
ませんでした。絶対に日本語を一所懸命勉強して会話力を上手になると思い
ます。もし、来年、貿易大学に行われたら、また交流します。今から楽しみ
にしています。
― 68 ―
ドー・ティ・ジゥ
私はタイへ行く機会を渡して
くれて、本当にどうもありがと
うございました。
タイへ行ったことは今回が初
めてです。また、それも私の初
めての海外旅行です。それで、
私にとって、このたびほど面白
くて有意義なのはありません。
とても感動し ま し た。う れ し
かったと感じながら、さびしくて残念な気持ちもあります。
まず最初に、うれしかったのはじぶんのIイメトに会えて、直接に話せる
ことです。そして、たくさんのアジア新しい風の会員と交流できました。タ
イ人と日本人の学生とコミュニケーションもできました。とても楽しかった
です。タイ人の学生は日本語が上手です。私は彼らの日本語能力に衝撃を持っ
ています。二年生、三年生なのに、日本語がぺらぺらに話せました。また、
サマタト大学は大きいて立派な大学です。このように大きい学校はベトナム
にありません。キャンパズも大変広くて、きれいです。そして、交流会の活
動は面白かったと思います。いろいろな活動が行われました。例えば:タイ、
ベトナム、日本の三国の文化の交流すること、日本の歌手の歌を鑑賞するこ
と、サルを見ること、一緒に食事をすることなど。。。です。でも、その中
にも、一番好きな活動はマングローブを植えることです。海へいけて、環境
を大切にするために、木を植えることができて、とてもよかったです。学生
時代、このようにいい機会は多くないので皆さんとともに過ごす一瞬一瞬を
いつくしみます。一生決して忘れられません。
次、残念なこともあります。それはじぶんの日本語能力がまだ下手で、語
彙もつくないので、じぶんのIイメトによく話せないでした。心の中から、
いろいろなことが話したいのに、どうすれば表現できるのかわかりませんで
した。それに対し、とてもさびしくてがっかりでした。でも、ぜひがばりま
す。
最後、このような活動にもう一度参加したいです。来年のいろいろな活動
を期待します。特に、できれば、来年の交流会が東京でおこなわれていただ
きたいとおもいます。
もう一度ありがとうございます。これからもどうぞよろしくおねがいいた
します。
― 69 ―
バック・ティ・ホン・メン
私にとって、タイでの交流会に参加で
きることはとても幸いことです。初めて
海外旅行をして、初めて飛行機でいくの
で、ベトナムからタイまでの短距離なん
ですが、私は疲れ切ると感じました。で
もタマサート大学の学生と日本人のIメ
イトの笑顔を見た瞬間、全部疲れた感じ
がどこかへ飛びました。みんなさんはど
んなに疲れても、笑って、私たちに尋ね
筆者は後列右から2人目
て、心から、感謝します。みんなさん、
お世話になって、どうもありがとうございます。
今度、自分のIメイトに会えなくて、最初のときにほかの貿易大学のⅠメ
イトにうらやましいですが、タイでの交流会が終わった後、自分のⅠメイト
にあえなくても、今度はほかの日本人のIメイトと知り合うチャンスだと気
づいた。タイにいる時間は短いですが、忘れない思い出がいっぱいだ。三国
交流会で違い国籍のみんなと笑ったり、歌ったり、ダンスしたりした思い出
とか、マグロ植林の思い出とか、日本人のIメイトと食事したり、話したり
した思い出とか。いい思い出を作ってくれて、みんなさん、ありがとう。
最後の日はちょっと風邪気味なので、悲しそうな顔をして、佐藤さん、ご
めんなさい。今度、東京でぜび笑顔で会いましょう。
池浦さん、私は池浦さんのⅠメイトじゃないですが、お世話になって、お
土産をお送ってくれて、どうもありがとうございます。
中村さん、お土産をお送ってくれて、ありがとうございます。今度、谷村
さんに会えなくて、最初にちょっとさびしいです。それで、タイの空港から
タマサート大学までのバスで中村さんは私と話しかけるときに、私はとても
うれしくて、感動しました。これからも、よろしくお願いします。
伊藤さん、写真を撮ってくれて、送ってくれて、ありがとうございます。
今井さん、谷村さん、遠いところからもいつも応援してくれて、お世話に
なっていて、どうもありがとう。
みんなさん、何の言葉よりどうもありがとうと言いたいです。これからも
よろしくお願いいたします。
追伸:時々、Ⅰメイトと交流が順調にできなくてやめる人がいると聞きま
した。でも、こんな活動に参加すれば、Iメイトをしっかり知っていて、い
い思い出がたくさんあって、やめる人はいなくなると信じています。
― 70 ―
トー・ミー・リン
Iメイトの相手の奥山さんにもう一回会うのがそんなに早いのは意外でし
た。一度目は去年のハノイでの三国交流会でした。あの時も今回も日本語の
レベルで会話はまだうまく行けなかったですが、去年より今回はもっと話せ
るし、もっと奥山さんのことが理解できるし、うれしかったです。
しかし、私と話すときに奥山さんの日本語は不自然になってしまったと奥
山さんの奥さんが言いました。それで奥山さんは自然に話せるようになるた
め、もっと頑張ります。
一番印象に残ったのはタマサートの皆さんでした。いつも元気で、ベトナ
ムから来た私たちをいろいろ手伝ってくれました。タマサート大学の大きさ
で驚きました。
交流会の前タイに行ったことはありませんでした。アジ風のおかげでさま
ざまな経験ができましてありがたいです。Iメイトのことだけじゃなくて、
ほかのことでも自分が運がいいと思います。私は何もいいことできないの
に、どうしてこんなに運がいいかわかりません。そういうわけで、もっとが
んばらないといけません。ギブ
アンドテークのルールで、そう
しないといつの間にかうんがよ
くなくなります。
来年の交流会はどこかまだ決
めていませんが、もしハノイに
なったらうれしいです。そのと
き私はもう卒業しましたがぜひ
筆者は左端
参加させてください。
レー・ゴック・トゥイ
タイでの交流会は楽しかったと思
います。みんなと一緒に踊ったり、
コーヒーの準備をしたり、食べたり
しました。タマサート大学の先生と
学生はとても親切でした。特に、学
生は熱心に大学の案内してくれ、遊
びにつれてくれ、ありがたいと思い
ます。さらに、本当にタマサート大
学はタイの一流大学だと言われてい
― 71 ―
筆者は左端
るんだから、学生は日本語が上手だし、頭がいいし、積極的な人です。今度
は私のIメイトの岩切さんが来られなかったが、私に対してはアジアの新し
い風の人はとても親切でした。いつも関心してくれました。心から感謝して
います。短い時間だから、たくさんいけなかった所があったから、もし機会
があったら、ぜひタイに戻りたいと思っています。改めてタマサート大学の
先生と学生とアジアの新しい風の人と貿易大学の日本学部にありがたいと言
いたいです。いつもお世話になっております。誠にありがとうございました。
日本人会員
奥村
由巳
今回の交流会は盛り沢山の企画でした。ディスカッションの「国際結婚」
については、10~12名が司会者のリードで自由に意見を言う形で、私もある
サークルの司会者として出席者に発言を求めましたが、20歳前後の女子学生
からはなかなか意見が出にくく苦労しました。
続いてベトナムの女子学生による民族舞踊、タイの女子学生によるタイの
地方の伝統的衣装のファッションショーと踊り、さらにベトナムコーヒーの
美味しい入れ方、タイの草木による魚の擬態製造など。
圧巻だったのはアジ風の会員の一人、歌手の金井Uさんの独唱でした。
アジ風のテーマソングに始まって、SMAPの世界に一つだけの花、アニ
メソングのドラエモンの歌のタイ語版、タイで最もポピュラーな歌、ベトナ
ムの歌など、会場はやんやの喝采とホールを埋め尽くす踊りの輪で、アンコー
ルが絶えない盛り上がりでした。音楽には国境がなく、誰でもが参加できる
情感があり、唄の言葉と旋律の中で気持ちが高揚し、理屈なくわかりやすく
楽しめます。音楽の持つ無限の力を知らされました。
最後は日本文化の一つ、書道の練習です、アジ風会員の書道家の藤原先生
の指導で、タイ、ベトナムの学生たち
には初めての挑戦、お手本の教材の漢
字を理解しながら、墨痕鮮やかに半紙
に筆を運ぶという訳にはいかず、初め
ての人には難しく、学生は戸惑いなが
らも懸命でした。私も昔ならった書道
のイロハを思い浮かべ、学生たちに筆
の使い方注意しながらも、しどろもど
ろの書道実習でした。初めてにしては
それなりの成果がでたと学生は喜び、
― 72 ―
新しい日本文化にチャレンジした興奮を覚えながら、時のたつのも忘れたよ
うです。
このような交流の数々が、本当の生きた交流だと思います。草の根的な交
流の中で、民族間の垣根を越え、また年齢の差も感じさせないコミュニケー
ションが増築されることに意義があります。
南国タイに夕闇が迫り、三国交流のイベントも終わりました。このイベン
トを通じて、三国の友好がますます発展し、日本語と日本文化が一段と理解
を深めたことを信じて、この稿を締めます。
坂巻
延子
今回の三国交流会ではたびたび「もし
も…」が頭に浮かんだ。例えば「もしも
アジ風の活動に参加していなければ、タ
マサート大の皆さんの温かいおもてなし
に心和むことはなかったろう。タイの高
校やご家庭を訪問して忘れられないひと
時を過ごすこともできなかったろう」
等々。
二人のIメイト(タマサート大の佐山
奈々さん、貿易大のグエン・トゥ・ハン
さん)とは、いずれも初対面ではない。当然のことながら、今回二人は今ま
でとは全く異なった顔を見せてくれた。交流会会場での佐山さんはしっかり
とした上級生だった。アルバイト先での大活躍の様子も新鮮だった。そして
ご家族内では(異論があるかもしれないが?)
、頼りがいのある長女らしさ
を見せてくれた。一方ハンさんとは約三年半にわたるメール交流で著しい成
長ぶりを感じていたが、実際に今回はあらゆる場面で私をエスコートして感
動的な心遣いをしてくれた。もしもタイでの二人との再会がなかったら、久
しぶりの「感慨無量」という言葉は脳裏に浮かばなかったろう。アジ風に感
謝である。
二人とは今年東京での再会を約束している。もしもまた東京で会えたら、
今度はどのような新しい顔を見せてくれるのだろう。
― 73 ―
林
孝男
1年で3,000万人の観光客が来るとい
うタイの国際空港に着きそのままバスで
1時間ほど走り、タマサート大学ラン
シットキャンバスに着きました。
この構内の広さには驚きました。キャ
ンバス内を3系統に別れてオープンバス
が朝6時から夜9時まで走っています。
この大学は自由と独立を目指して創られ
たそうですが、この広さがあれば本当に
バンコク最後の晩餐会
学生はのびのびと学ぶことができ、素晴
らしい社会人が生まれると確信しました。
交流会で日本から一緒にきた会員でシンガーのUさんのミニ・コンサート
は大変盛り上がって学生達は会場内で踊り出して楽しんでいました、日本の
会員も若い学生の中に混じって一緒にリズムをとっていました。やはり音楽
は国境を越えて万国共通ですね。また、日本の歌がこれらの国の若者たちに
も浸透していることを再認識させられました。
今回の交流会で私のIメイトはタマサート大学3名、ハノイ貿易大学1名
の4名もいました。既にお茶の水女子大学で留学経験を終えている4年生の
ニシャーさん、今年の9月に大阪大学に留学するメイさん、日本語勉強中の
2年生のサーリサーさん、そしてハノイから初めて飛行機に乗ってきた2年
生のジウさんです。特にニシャーさんとメイさんは、我々の訪問に合せて大
変な準備をしてくれていて、合同交流会の当日も民族衣装をまとっての大活
躍ぶりでした。有難うございました。
クロンコーンでのマングロープ植林活動もとても有意義な経験でした。バ
ンコクでの最後の晩餐会はIメイト達に囲まれての食事会で楽しい想い出を
残して日本に帰ってきました。
福井大学
1班:大坂文哉、森川大河、吉田莉久
「グローバル産業人材育成プログラム」の一環でタマサート大学を訪問し
ていましたが、タイミングよくアジ風の方々と、日本とタイとベトナムの大
学生との三国交流会に合流させていただき貴重な経験ができました。
この交流会ではタイとベトナムの文化を体験する内容も含まれていまし
た。ちょっとしたクイズも交えることで楽しく異文化を体験することが可能
― 74 ―
でした。また、私たち日本人が書道などの日本の文化をタイとベトナムの大
学生に伝えることが出来、加えて自分たちが日本の文化について再び見つめ
なおすことが出来たと思います。
この交流会は私たちの将来に大きく役立つと感じます。なぜなら、今まで
は日本人同士でしかディスカッションしていなかったのが、日本以外の国の
異なる文化圏の方々と意見交換をすることで、違った視点で物事を捉える力
を養えたからです。また、違った世代の方の意見も交えることで、大きな視
野を持つことも出来ました。今後、グローバル化で世界に進出する企業が増
える中、このような体験をするということは社会人になる上で大きなアドバ
ンテージなると思います。ありがとうございました。
2班:都築裕次郎、渡利道雄、山本匠悟
ディスカッションの後は、書道を通した交流と参加者が一丸となったコン
サートなど、時間が非常に短く感じてしまうような楽しい時間でした。
アジ風の方のコンサートで、タイ、ベトナム、日本と国や人種の壁を超え
て楽しそうに歌って踊り充実した時間を過ごすことができたと、福井大学の
学生同士、後に話し合っていました。
この会を主催してくださったアジ風の皆さんは壮年の方々であり、そうい
う人生の先輩方がリードをしてくださったおかげで私たちは良い経験を積む
ことができました。私は、私たちにそのような経験を積ませてくださったア
ジ風の方々に感謝しつつも、私たちも自分たちがそのような年齢になった
時、若い世代に対して経験や自分の国以外のことについて知る場を設けられ
る存在になりたいと思いました。
3班:大西祐太、宇野紘一郎、本多宏旭
ディスカッションの後、ベトナムのコーヒーを実際に飲むこと、また習字
をするなどそれぞれの文化にふれあえることができたのは楽しかったです
し、とても盛り上がりました。国境をこえてそれぞれの国の有名な歌をみん
なで踊りながら歌ったりしたことも本当にいい思い出になりました。
交流会のあとの食事会でも、みなさんの活動についてさまざまなことを教
えていただきました。みなさんのおかげで僕たちも安心して楽しく海外へ行
くことができんるんだなぁと実感しました。本当に貴重な経験をさせていた
だきありがとうございました。
4班:坂田知子、西尾知愛、大崎響子
三国交流会では伝統的なお菓子や踊り、ファッションショーなどさまざま
な企画がたくさんありすごく楽しかったです。また、習字をベトナムとタイ
の学生に体験してもらうことができてうれしかったです。
― 75 ―
三国交流の写真
初顔合わせ
質問攻めの会員
日本語でグループディスカッション
国際結婚ってどう思う?
タサニー先生
演目「国際交流」
ベトナムの民族舞踊
― 76 ―
総勢90名勢揃い
アジ風テーマソングを歌うUさん
タイ衣装のファッションショー
踊り狂う参加者
どっちがお手本?
クロンコーンへいざ出発!!
マングローブの沼地で脚を取られて
― 77 ―
就職活動支援プロジェクト
.
9
はじめに
アジ風は、2015年9月より日本企業への就職を考えている学生に対し就職
活動支援をはじめ、2年目に入りました。
背景として、ここ数年、現地の日系法人だけではなく、日本での就職を希
望する学生が増えてきていること、また日本企業側もグローバル化を進める
ため、積極的に海外の優秀な学生を採用しようとしているからです。このよ
うな学生が増えてきたのは喜ばしいことですが、海外の学生たちが日本で就
職活動をする場合、日本独特の採用
方法や、企業文化の違い、情報格差、
言葉の障壁など、多くのハードルが
あります。
彼らが日本企業に就職を希望す
る、しないに関わらず、日本の企業
文化や、企業が学生に要求している
ことを知ることは、日本文化の一端
を知るという意味でも意義があると
考えます。
就活支援セミナーの中村理事
1.アンケートの実施
Iメイト学生へのアンケートには日本企業への就職の可能性や希望の有
無、希望する職種などを、Iメイト会員には、Iメイト学生からの相談の有
無と困った事例とその対処、この事業に期待したい事、事業への協力の可否
を問いました。
学生のアンケートの結果を見る限り、まだ就職のことを真剣に考えていな
い学生が多かったように思います。これはアンケートが2年生や3年生も含
めて実施したこともありますが、もともと海外では日本と違って、卒業して
からゆっくり将来のことを考えるのが一般的であること、転職が当たり前に
なっている事、そして企業というより職種で決めるのが一般的であるからだ
と考えられます。日本のように3年生から就職活動を始め、卒業と同時に就
職する国とでは大きな意識の違いがあることを認識しました。
2.就職活動支援通信(メールマガジン)の発信
2015年はIメイト学生とそのパートナーのIメイト会員に5回発信、2016
年は7月までに8回のメールマガジンを発信しています。
メルマガの内容は、タイムリーな就職情報と、学生の将来に向けての目的
や目標についてのアドバイスなどです。エントリーシート作成の過程で自分
の希望は何か、どんなことが自分に向いているのか、など自己発見につなが
ることを期待しています。
― 78 ―
3.就活セミナーの実施
2016年4月の東京での交流会
では、日本企業に就職している
元Iメ イ ト の ヴ ー テ ィ・ビ ッ
ク・ホンさんにモデルとなって
もらい、模擬面接 を 行 い ま し
た。その後、学生同士がペアに
なって面接のロールプレイを経
験しました。
講師はキャリアコンサルタントの上篤さん
また6月の西日本交流会では、中村理事が講師となり、就活の決め手はス
タートの時期と情報収集にある事、そして志望企業から内定を得るための2
つのポイント(仕事理解と自己理解)
、自分についての振り返りのワークも
含めながらセミナーを行いました。
4.日経ヒューマンリソーシーズ(日経HR)との協働
日経HR社はアジアの学生をリクルートし、企業に橋渡しをしている人材
紹介会社です。毎年8月にはエントリーした学生のなかから書類選考で選ば
れた100名余りの学生を日本に招待し、協賛企業との面接をアレンジしてい
ますが、その際アジ風の会員の有志が学生の面接指導のお手伝い(メンター)
をしているなど、アジ風は日経HRと協力関係にあります。
5.学生の感想
メールマガジンには学生からの感想が寄せられています。いろいろな質問
をしてくる学生もいて、中村理事がメールできめ細かな対応をしています。
チュオン・ティ・ティエンさん(貿易大学)からのメール
(原文ママ)
通信7号ちゃんと読みました。今回は新たで詳しい情報は参考になり
ました。採用面接って難しいですよね。またグループで面接する時どう
やって自分が目立てるようになれますか?後はセミナーの件だけど、面
接は難しくて、複雑なものの、セミナーは時間限定があるけど、セミナー
で業界とか業種などにも説明する予定がありませんか?
通信の中には自分アピールするための撮影とかするのことですけど、
アピールはどうしたらいいですか?
アピールというのは何のためでしょう?そして短い1分ほどで、言う
のは何がいいですか?私の場合は特に資格などありませんので、どう
やって目立てるようにしますか?
― 79 ―
写真で見る
.
10
年度の活動
2015
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― 85 ―
編
集
後
記
昨年、ハノイ貿易大学を訪問した流れで編集に携わった。編集を通じて、
それまでお顔しか存じ上げなかった会員の皆さんのお人柄の一端を、メール
や文字を介して触れられた喜びを感じ、誘われたことに感謝し、アジ風への
親近感が芽生えた。本年2月のタマサート大学の三国交流会にも参加した。
一大学園都市のようなタマサート大学のランシット・キャンパスを見学し、
タイ王国の豊かさに驚かされた。Iメイトの大学を認識できたことは貴重な
経験となった。
アジ風会員になり3年が経過したが、国際交流基金の助成事業の三国交流
会がタイミングよく2年連続実施され、それに参加できたことは素晴らしい
経験であった。関係者の企画・準備に心から感謝している。勿論、Iメイト
との初めての出会い、また再会の喜びと、充実した交流も体験できた。タイ、
ベトナムの一部の学生にとり、三国交流会が初めての海外旅行だったという
声が心に残っている。
7月からタマサート大学のコーディネーターのお手伝いをすることになり
ました。入会当時相談に乗っていただいた井村さん、古畑さんのようなコー
ディネーターになれるよう努めます。ご協力をよろしくお願いいたします。
中村泰寿
昨年秋からIメイト交流を始めた。ある時は優しくある時は厳しく、身内
のようだったり先生だったりの、素晴らしい交流事例を目の当たりにするこ
と多く、「さあ、私も!」と意気込んだが、言うは易く行うは難しである。
Iメイトは日本語の上手な女子学生で家族や友人との旅の写真が届くと、
聡明な姿に思いを馳せる。私からは彼女の顔見知りの留学生と一緒に行った
植樹祭の様子や日本の季節行事を伝えたりしながら、月1回のペースを保っ
ている。けれども私自身なぜか物足りないのだ。
何が足りないのだろうとしばしば考える。Iメイト交流初心者の相手のす
べてを受け止め添ってゆく、優しさや楽しさ嬉しさのワクワク感が私のメー
ル文には溢れていないのだろう。上滑りの文ではIメイトの心に届かないの
も明白。焦らずゆっくり進んでゆこうと、今年も編集に携わらせて頂きなが
ら自問自答したのだった。
今はまだ、私のIメイト交流は、パソコンの内に流れる小川を石ころや草
の根にぶつかりながらクルクル回って流されている笹舟のようだ。いつの日
か、お互いに信頼し合って大海へ漕ぎ出す豊かな船にしたいと願っている。
ご寄稿くださいました皆様、一緒に大きなIメイト交流船に乗り込み読ん
でくださいます方々、諸々の相談を舵取りしてくださいました丹波新聞社の
黒井良太さまに、心からお礼申し上げます。
原谷洋美
― 86 ―
ԠӔ᷉˷ʺ˞Уʩ¡ዿ²³‫׳‬
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