書式７助成番号１２−０５２松下幸之助記念財団研究助成研究報告【氏名】井谷聡子【所属】トロント大学オンタリオ教育学研究所【研究題目】日本における女子選手のジェンダー・セクシュアリティの言説的構成とアイデンティティ形成【研究の目的】 1970 年代以降、欧米諸国を中心に近代スポーツの成立過程とその特徴をジェンダー視点から読み解く試みが行われ、近代スポーツがジェンダーの差異化、二元化と階層化を推し進めてきたことが明らかにされてきた。近年では、スポーツにおける異性愛主義と、性的マイノリティの選手の排除や不可視化について研究成果も蓄積されてきた。本研究では、近代スポーツについて、ジェンダーとセクシュアリティの視点から考察し、スポーツが日本社会における性規範にどのような影響を与えるのか、日本の性規範が女子選手およびジェンダー・セクシュアル・マイノリティ選手のスポーツ経験と主体性にどのような影響を与えるのかを考察することを目的とした。また、日本における本研究をケーススタディとして、他地域との類似性・相違性を検証することで、世界的な身体文化となったスポーツがもたらす多様なジェンダー・ポリティクスの一片を解明し、女性のスポーツ参加をより効果的に促進するための示唆を得る。【研究の内容・方法】本研究では、日本社会で男性的とされるスポーツ、特にサッカーとレスリングにおいて全国大会以上のレベルで活躍する女子選手に注目し、以下の３点について検証した。１）女子選手のジェンダー、セクシュアリティが社会でどのように語られるのか。２）その語りがそのスポーツに参加する女性のアイデンティティとスポーツ参加にどのような影響を与えるのか。３）女子選手のジェンダーとセクシュアリティに関する言説と、彼女らの国際的活躍についてのナショナルな言説との関係性。１）と３）のポイントについて、日本の主流メディアおよびオンラインメディア、特にソーシャル・メディアにおける彼女らのジェンダーとセクシュアリティについての言説分析を行った。主流メディアは、2001 年から 2012 年の間に朝日新聞と Sports Graphic Number に掲載された日本女子サッカーとレスリングに関する記事をデータベース（聞蔵、Magazine Plus)を用いて抽出した。またオンラインメディア（ニュース・マガジン、掲示板、ブログ）については、2011 年 1 月 1 日から 2012 年 12 月 31 日の間に掲載、書き込まれたものをグーグルサーチを用いて抽出し、質的データ解析ソフト (Nvivo9)を用い、予備的言説分析を行った。 2）については、メディア言説の分析結果と関連文献に基づき、日本国内の大学でサッカーとレスリング部に所属する女子選手のうち、全国大会以上の試合に出場経験がある選手 12 名に、スポーツ経験とジェンダー及び性的アイデンティティについてインタビュー調査を行った。インタビューは、調査協力者が指定した場所で行い、各インタビューは１人約 35 分から 2 時間行った。うち６名の協力者については、２度目のインタビューを行った。インタビューデータは、調査者本人が書き起こし、英語翻訳を行い、Nvivo 9 を用いて言説分析を行った。総合的分析では、メディアとインタビューデータに基づき、日本社会のジェンダー・性規範が男性的なスポーツにエリートレベルで参加する女性たちのジェンダーおよび性的アイデンティティとスポーツ経験にもたらす影響と、国際大会に出場する選手についてのナショナルな言説との関係性という視点から行った。書式７助成番号１２−０５２【結論・考察】主流メディアとソーシャルメディアにおいて、日本の性規範からはみ出しながら活躍する女子選手たちは、日本の誇りとしてシンボル化されると同時に、そのジェンダー、セクシュアリティをノーマライズされることで、ナショナル・プロジェクトに取り込まれる形で言説的に構築されることが明らかになった。同時に、男性的と見なされる女子選手たちは、その身体性、ジェンダー表象、スポーツ・パフォーマンスを通じて性規範を攪乱する、「クイアな言説」を生みだすことで、「女性」のあり方を多様化し、ジェンダー・性的マイノリティを可視化する可能性を示した。また、インタビューでは、選手たちはメディアにおける言説を認識し、時には社会の性規範と自身の身体性、スポーツの特性のギャップにアンビバレントな思いを持ちつつも、それを競技に不可欠な要素として、あるいはトレーニングの成果として肯定的受け止めていること、また選手が生活するローカルな空間においては、選手たちの筋肉質な身体と強さは、「エリート選手」の象徴として認識され、必ずしも「男性性」に結びつかないことが明らかになった。