成功する農業経営 - 「農業経営支援センター」.

成功する農業経営
~考え続ける仕組み作りの構造~
Good management for successful farming
~Keep thinking about farming~
松 崎 一 海
Kazumi Matuzaki
【要約】
:農業の経営環境は大きく変化してきている。その農業は、安全保障、人間の生命、食糧、自
然、環境保全、加工・生産、販売と多様性に富む産業であると同時に、環境変化に対応したマネジメン
トが求められるリスクの高い産業でもある。このような多様性のなかで、持続的発展を図るためには、
「考え続ける農業」が必要である。しかし、著者が、企業診断や農業支援で感じているのは、日本人を
はじめ農業者も同じく「考える事」が不得手な人が多いと云う事である。
そこで、本文では、使い古されているとは言え、著者が実践セミナー等を通して好評を得ている、S
WOT分析を中心とした「考え続ける」手法について述べ、日本の「成功する農業に」役立てればと考
えている。以下、その内容である。
【キーワード】
:SWOT分析、強み、機会、補完、事業フィールド、事業ドメイン、事業モデル、仮
説検証、戦略、戦術
1.はじめに
日本人は、
「もの作り」
(戦術)は得意であるが、
「考える事」は不得手な人が多い。そのことは、農業
者においても同じである。これは、日本人社会の高い同質性や異質性を認めない文化的風土によるもの
と考えられる。いわんや、農業者にあっては、手厚い過保護の下で、
「考えることなく」ただ「生産に没
頭」
(
「もの作り」
)していれば良かった時代が長く続いたからでもあるように思われる。
しかし、消費者の安心・安全志向と、社会のネットワーク化が加速するなかで、オープンな社会が求
められている。また、一方では市場のグローバル化が進みつつある。否応なしに「変化対応型」の農業
経営が求められてきている。その時に必要な事が、日本人に欠けていた「考え続ける」と云う「変化対
応型」の農業である。
「戦略」を「考える事」
、
「戦術」は「もの作り」と定義すると、今までの日本の姿
は、
「戦略(考える事)なき戦術(もの作り)
」であったと云わざるを得ない。この現象は、歴史、政治、
社会のなかで多くみられる現象でもある。
そこで、この論文では、変化対応で必要な「考え続けるための仕組み」として、一般的に多く使われ
ているSWOT分析から実践的なフォーマットに落し込んで活用する事を述べてみたい。そこから事業
ドメインと戦略を考え、具体的な戦術に落し込んで行く過程を考えてみたい。このことが、
「成功する農
業」につながる近道であると考えている。
1
2.
「考え続ける農業」の必要性
農業は多面的であり多様である。それ故に変化対応型の農業運営求められる。ここでは、その「多様
性」と「変化対応のために考え続けること」の必要性に触れてみたい。
2-1.農業の多様性(承)
農業の多様性は次の多くの局面を持っている。①災害から国土を守る自然保全の側面、②国民の食糧
を確保する安全保障の側面、③国民の健康を守る安心・安全な食べ物の確保、④自然との係りが深い産
業としての側面、⑤生き物と係る生命産業としての側面、⑥農産品生産、二次加工、販売へと繋がる連
鎖型産業(6 次産業化)として側面等がある。これらは、産業としての根源的特性として特徴づけられ
る。
また一方では、これらの側面は、時間軸に沿って変化し続ける特性があり、その局面を効率的に運用
することが求められている。
すなわち、
各事象に沿った変化対応型の経営とマネジメントが求められる。
この二つが農業の多様性を特徴づけている。このような農業が持つ本来の多様性への対応は、次のよ
うな局面で現れる。すなわち、①自然要因への対応(風水害、気象等)
、②成長要因への対応(植付、育
苗、施肥、投薬、移植、育成、成長、収穫等)
、③管理面での対応(栽培方法、投入量、収量、コスト、
労働、資金、設備等)
、④産業関連要因での対応(6 次産業化)等あげられる
2-2.環境変化と得意分野を活かした対応
このように環境変化に対応するためには、それぞれの変化に応じた仮説検証型の「考え続ける戦略」
が必要となる。このことが、環境の変化に対応する唯一、生き残るための体系的な知恵となる。その時
の対応の仕方として必要なことは、自分の得意分野を活かした対応が基本となる。多くの農業の成功事
例を見ても、自分の得意とする分野の「極」
(
「強み」
)を絶えず極めてブラッシュアップして、対極の「機
会」
(チャンス)に対応している姿が多い。
3.考え続ける仕組み作りの構造(転 2)
このような農業の多様性のなかで、自分の得意分野を活かした仮説検証型の「考え続ける仕組み」が
必要不可欠である。この仕組みに、著者は一般的に活用されているSWOT分析を活用している。以下、
その仕組みを考えて見たい。
3-1.今までのSWOT要素の活用
SWOT分析は、昨今、現状認識のツールとしてあらゆるところで重宝がられている。しかし、現状
のSWOT活用で問題は、分析結果が「現状認識」だけの羅列に終わり、項目要素の絞込みが出来てい
ないために、次のフレームの「考え方」
(戦略)の仕組みにまで落とせないケースが多くみられる点であ
る。その結果、SWOTクロスのところで、内部要因と外部要因が一体的にひとまとめにして戦略を考
えるために、戦略の透明性を欠くケースが非常に多くなっているように思われる。また、そのために、
企画参加者の「考え方」の組み立てと共有を難しくしている点もみられる。
3-2.三つのフレームで「考える仕組み」
そこで、著者が、実践して、ここで提言するSWOT分析を活用した「考える仕組み」についてのフ
レームを述べてみたい。
第一フレーム:先ず、その組織の内部要因である「得意な分野」
(
「強み」
)の「極」を極めて、外部環
境としての「チャンス」
(機会)にそれを活かすことを考えることである。
2
第二フレーム:その戦略のドメイン(戦う場所)を明確に言葉で定義し、この考え方を共有すること
である。
第三フレーム:第二フレームで定義したドメインを強化し補完するために、その組織の「弱み」
(内部
要因)を、どう補完するか。
「脅威」(外部要因)となるリスクに、どう対処するかの考えることになる。
特徴的なことは、この三つのフレームを、第一、第二、第三にフレーム順に分けて段階的に考えるこ
とである。実践的活用の体験から言えることは、このことが最も重要な「考える仕組み作り」となる。
参加者に「考える事」を浸透させるベターな方法であると考えている。この方法は、
「考える事」が不得
手な日本人にとっては極めて有意義な事であると考えている。これらの過程は、アナログの形で、ミー
ティングやグループ討議で行われる。
この進め方は、SWOT分析の4つの要素(S・W・O・T)を一色単にしてきた従来のクロス分析
よりも、明確な意思の確認と戦略の組み立てを可能にすることによって、戦略の透明性を高めることが
できる。また、企画に参加する人たちの、
「考え方の仕組み」を理解してもらうためにも最も近道となる
方法である。
4.SWOTの活用と留意点
4-1.SWOT分析の特徴
SWOT分析の現状の使われ方については、先に述べた通りである。このような現状は、SWOT分
析の特徴があまり理解されないまま、使われているのではないかと思われる。そこで、SWOT分析の
特徴と、そこから導かれた要素の「選択の集中」の重要性と活用のポイントをもう一度整理して見よう。
特徴としては以下の通りであると思われる。
①自分の目線からの現状認識が可能:自分の現状を自分の目線から認識して、課題を見つけることがで
きる。そのレベルを知ることによって、コーチングに入ることができる。
②内部と外部の現状認識が可能:自分自身の得意分野と弱み、外部の環境(機会とリスク)を正面から
認識することができる。
③優先順位事項の順位付けが可能:選定した項目に対して、ウェイト付して優先順位付けができる。
④「選択と集中」による意思決定が可能:最終的に出された項目は、
「選択と集中」によって、戦略的に
意思決定することができる。このことは、経営の本質が「選択と集中」であることから考えると、S
WOT分析から戦略的発想として「選択と集中」ができると言うことであり、極めて重要な機能と考
えられる。但し、その前に類似項目の一元化が必要である。
⑤集団での意識レベルとベクトルの確認が可能:集団によりSWOT分析することにより、その集団の
意識レベルとベクトルを知る事ができる。その後のコーチングにより深堀や情報の共有をすることが
できる。
⑥戦略の組み立てに便利:SWOT要素から、一つか二つの項目に更に絞り込むことによって、戦略の
組み立てに利用することができる。
このような内容は、今更申し述べるまでのない特徴ではあるが、実践的にはあまり認識されていない
ようである。
4-2.SWOT分析の仕方の流れ
3
①SWOT要素の書き込みと留意点
今更言うまでのない事であるが、SWOT分析の仕方を述べてみたい。SWOT分析は、ポストイ
ットカード等に各自によって書込まれる。また、書込む時の留意点として、時間を各項目について5
分程度に制限すること、書いた人のイニシャルを各項目に入れること、書いた内容には5段階法によ
るウェイト付けすること、各人が書いた類似項目はキーワード化して集約することが必要である。
②経営に於けるSWOT要素の選択と集中
経営では、絶えず経営環境の変化する要因に対して「選択と集中」が求められている。この「選択
と集中」は、経営の本質的な要素であり、人間が決定する行為である。この過程を得ないと実行には
移せない。まさに、経営とは、
「選んで特定の行為に集中する行為」であると言える。そのためのツー
ルがSWOT分析であると思われる。
このような過程では、SWOT要素のなかから「どの要素を選択し」
、
「どの要素に集中して」事業活
動を行うかを決める、意思決定の過程が重要となる。ビジネスゲームとしても意思決定の実践的な練
習にもつながる。
③SWOTクロスでは戦略基軸を考える。
このように、SWOT要素から選択された要素のなかから、さらに最も強い要素を1~2要素を選
択して絞込む。同様に「機会」
(チャンス)についても絞り込んで行く。
このことによって、最も強固な「強み」と絶好のチャンスが選択されたことになる。この要素をベー
スに戦略ストーリーを考えて行く。この戦略ストーリーのナレーション(物語)の中で、実現に向け
て「何が必要か」
、
「何が足りないか」を気付く事が多い。このことによって、戦略としての「強み」
と「機会」の相乗効果を高めることになる。そして最も重要な点は、この二極に思考を集中すること
によって、戦略の透明性と集中性高めることができる。従来、この②と③の項目が多いまま、戦略の
検討を行っているために、戦略の有効性が十分検証されないケースが多いように思われる。
4-3.SWOT分析の「強み」×「機会」
「選択と集中」によって絞り込まれた各項目1~2項目に絞り込んで、SWOTクロスすることによっ
て、
「強み」と「機会」にクロス戦略が検討が容易となる。この段階でのSWOTクロスは、参加者の討
議、ミーティング等によって討議される。またはケーススタディとして、ある仮のテーマを流し込んで、
その戦略の正当性を検証することも行う。これによって、参加者の意識が思考モードに変わって行くの
である。
4-4.事業フィールドの設定
上記のように4-2~4-3の過程を経て、事業フィールド(戦う場所)が設定される。ここでは、
言い回しとしてのストーリーが何回もナレーションしてみて。言い回しで何かがおかしいと、再吟味さ
してみる必要がある。
4-5.リスクを補完
先の3-2で述べた三つのフレームでSWOT要素を考える事を述べた。そのなかの一つで述べたフ
レーム3の「リスクの補完」の考え方について述べて見たい。ここでは、SWOT要素の内部要因とし
て指摘された「弱み」
、外部要因としての「脅威」に対して、何らなの仕掛けをしておくことが重要であ
ることだ。
この場合、あくまでも「事業ドメイン」を補完するための「弱み対策」であり、
「リスク対策」である
4
ことだ。そのことを忘れてはならない。このように、三つのフレームを押さえる事によって、
「考え続け
る仕組み」を整えることができる。
4-6全体の流れ
以上、見て来たように、従来、多くの方々が使ってきておられると思われるSWOT分析の活用に
ついて、著者なりに、今まで活用してきた実践的な活用法を述べてきた。すなわち、①SWOT分析
の書き込み⇒②要素の集約⇒③項目の選択と集中⇒④事業フィールの確認(ドメインの設定)⇒⑤リ
スクの補完⇒⑥実行計画への落し込みであった。
なお、実行計画への落し込みは、別のプログラムでの活用となるので、本稿では省略している。
5.事例(K 農園)
このようなプログラムに沿って、実践的に活用した事例が、次ぎの図表である。実際に「考える仕
組み」を作る時には、図表のように、
「経営理念」や「行動規範」まで含めて表現し、全体の流れの整
合性を試行錯誤しながら議論して見直して行く。その場合、SWOT要素の表現を変えてみたり、ド
メインの定義を広げてみたり、追加してみたり、削ってみたり、行ったり来たりして作り上げる。
「考
える」と云う事は意外とアナログな作業であるが、ここで述べたツール類を使う事によって、思い付
かないような、体系的な気付を得る事が出来る。K農園の事例の図表を見て「考え続ける仕組みを」
参考にして頂きたい。この表から、農業者も多くの発想と気付きを頂いて、事業計画を作成し、その
過程における「考えること」の重要性を感じ取って頂いたところである。
図表:K農園のSWOT分析を活用したドメインと補完関係
《企業理念・企業理念》
・農業を通して地域貢献する
《行動理念》
・適正規規模で効率生産
(事例)
「強み」
◎土作り(10ha)
◎経営者が若い(41歳)
◎米が美味しいと言われている
「強み」×「機会」
《事 業 ドメイン》
(事例)
〔機会」(チャンス〕
〇消費者の強い安全・安心指向
〇ソーシャルメディア時代
○6次産業化の取組み
土作りから取組
む安心・安全な
農産品作り
「弱み」の補強
△情報化
(事例)
◆土作りからの米作り(「強み」)に取組み、
消費者に「安心・安全」米を直販する。情
報発信により直販リストを収集する。
「脅威」の対策
×TPPによる安い米の輸入
1.事業内容
2・設備計画
3.資金計画
4.人員計画
5.資金計画(調達・使途)
6.終わりに
以上の様に、農業者が、農業の多様性と変化の時間軸に対応して行くためには、それなりに、しっか
りとした「考え続ける仕組み」を持って対処しなければならないだろう。ここで述べた「考え続ける仕
5
組み」を実践することによって、日本の農業は強いものになって行くと確信している。頭で「考えて」
、
「足腰が動く」関係が、ここで述べた「考える仕組み」の結果につながると考えている。
【参考文献】
特になし
【著者経歴】
著者略歴
出生・都道府県(国)
:鹿児島県いちき串木野市。誕生年:1940 年 2 月 3 日。最終学歴,学位(取得
大学)
:1964 年 3 月、立命館大学経済学部経済学科。1964 年 4 月、明治乳業(株)入社後定年退職。現職:
松崎経営コンサル・Ac。主要所属学会:一般社団法福岡県診断士協会,一般社団法人農業経営支援セン
ター。主要著書/共著(調査・研究事業)
:◇(平成 13 年度)
「中小企業の ASP サービス導入に関する調
査・研究」
、◇(平成 16 年度)「中小企業でのICタグの可能性を探る~ICタグの潜在力とコンサル事
業~」
、◇(平成 23 年度)
「農業に於けるソーシャルメディアの活用」他。
6