投資ショックと日本の景気変動 R. Anton Braun 塩路悦朗 (東京大学) (横浜国立大学) 2006 年 3 月 14 日 この研究は科学研究費補助金課題番号 12124202 による研究支援を受けている. 科研費研 究グループメンバー諸氏から頂いた多くの貴重なコメントに感謝したい. 著者連絡先 Braun:〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 東京大学大学院経済学研究科, [email protected] 塩路:〒240-8501 [email protected] 横浜市保土ヶ谷区常盤台 79-4 横浜国立大学国際社会科学研究科, 要旨 本稿の目的は,日本の景気循環における技術的ショックの果たす役割を再検討 することである.特に,投資財生産部門に固有の技術的ショックの重要性に着 目する.Hayashi and Prescott (2002)に代表される,これまでの日本の景気循環 の理論的研究においては,1 生産部門モデルが仮定され,技術的ショックは総 生産関数における(中立的な)技術水準の確率的変動としてモデル化されるこ とが多かった.また,時系列分析を用いた実証研究(たとえばブラウン・塩路 (2004))においても同様なモデルの含意をもとにショックの識別を達成するア プローチが採られていた.これに対して,米国の景気循環に関する近年の研究 においては消費財生産部門と投資財生産部門を分離し,後者の部門に固有の技 術的ショックを導入することでその役割を再評価する試みが進んでいる(Fisher (2002)).本論文でも,技術的ショックを中立的なものと投資財部門固有のもの に分けて考えることで,これらの役割の大きさを再評価する.そのために 2 種 類のアプローチが採用される.第 1 は特定化されたモデルに依拠したカリブレ ーション分析である.ここでは Hayashi and Prescott の実物的景気循環モデルを 投資財部門を含んだ形に拡張したモデルで技術的ショックの役割を再評価する. 第 2 に,特定のモデルに依拠しない時系列分析を行う.そのためにまず,競合 する主要な景気循環モデルに共通する,2 種類の技術的ショックの特徴を明ら かにする.そしてこれらを識別条件として用いて,符号制約に基づく VAR ア プローチ(Uhlig (2005))によってこれらショックの果たした役割を推定する. カリブレーション結果は投資財生産部門固有の技術進歩は 1990 年代にも日本 の潜在的成長率を押し上げる上で重要な役割を果たしていたことを示すものと なっている.また,VAR の推定結果は,このタイプの技術的ショックが中立的 な技術的ショックよりも大きな影響を景気変動に対して与えることを示してい る. 1 投資ショックと日本の景気変動 R. Anton Braun, 1 塩路悦朗 イントロダクション 本稿の目的は,日本の景気循環における技術的ショックの果たす役割を再検討 することである.特に,投資財生産部門に固有の技術的ショックの潜在的な重 要性に着目する.すなわち,これまでの多くの研究が 1 生産部門モデルを前提 としてきたのに対して,消費財生産部門と投資財生産部門を分離して考え,両 部門に対して中立的な技術的ショック(以後は「中立ショック」と呼ぶことに する)だけでなく後者の部門に固有の技術的ショック(これは「投資ショック」 と呼ぶことにする)も考慮した分析を展開する.その結果は投資ショックの重 要性を支持するものとなっている. 投資ショックを考慮する理由は単にその方がより一般的だからというだけでは なく,そうしないことが技術変動の果たす役割の大幅な過小評価につながる可 能性があるからである.技術的ショックが景気変動に与える役割を分析する研 究には大きく分けて 3 種類あると考えられる.第 1 が,Hayashi and Prescott (2002) に代表されるようなカリブレーション分析である.こういった分析では動学的 モデルの構造とパラメーターの値が完全に特定化され,技術水準の変動が外生 的に与えられてその影響がシミュレーションで明らかにされる.Hayashi and Prescott の非確率論的カリブレーションにおいては,技術水準の項にはデータか ら計測された全要素生産性(Total Factor Productivity,TFP)の値が代入された. 第 2 のタイプの分析は多変量の時系列分析,主に VAR(多変量自己回帰過程) モデルの推定である.この系統の研究では,多くの場合,直接的な TFP の計測 値に頼るのではなく,経済理論から考えられる制約を用いて,VAR モデルの推 定の一環として間接的に技術的ショックを推定する.たとえば Galí (1999)の米 国における技術的ショックの分析においては,(中立的かつ恒久的な)技術的 ショックは長期的に労働生産性を上昇させるのに対して,非技術的ショックが 労働生産性に与える影響は長期的にはゼロである,という理論的含意を用いて 2 これら2種類のショックを識別している.第 3 のタイプの分析は,TFP の変動 をデータから計測した上で,計量経済学的分析によってそれが各変数に及ぼす 影響を計測する.このタイプの研究においては資本稼働率や規模の経済性の効 果などを取り除いて,いかに精確に TFP を計測するかが大きな問題となる.こ の分野については Basu, Fernald Kimball (2004)やこの手法を日本経済へ適用し た Kawamoto (2004)を参照されたい. はじめにも述べたように,これまでの第 1,第 2 のタイプの研究では消費財生 産部門と投資財生産部門を理論的に分けて考えるということはあまり行われな かった.単一の総生産関数の存在が仮定され,技術的ショックはこの関数にお ける(中立的な)技術水準の確率的変動としてモデル化されることが多かった. 第 1 のタイプの研究の代表格である Hayashi and Prescott のモデルはこのような 1 部門モデルである.第 2 のタイプの研究である Galí (1999)も1部門モデルを 前提にしているし,やや異なった手法で日本について技術的ショックと非技術 的ショックの識別を行ったブラウン・塩路(2004)も依拠していたモデルは同じ であった.第 3 のタイプの研究は特定の理論に依拠する面はより小さいが,中 立ショックと投資ショックの効果を分けて考えようとする傾向はあまりなかっ たと言える. これに対して,米国の景気循環に関する近年の研究においては消費財生産部門 と投資財生産部門を分離し,後者の部門に固有の技術的ショックを導入するこ とでその役割を再評価する試みが進んでいる.理論研究においては Greenwood, Hercowitz and Huffman (1998)が投資ショックの入った実物的景気循環(Real Business Cycles)モデルを開発し,このモデルが景気循環の特徴をよく再現でき ることを示している.近年投資ショックに特に注目が集まっている理由は,中 立ショックのみを前提とした研究が技術的ショックの景気循環における重要性 を否定する結論を相次いで提出したことにある.たとえば,先に見た Galí (1999) は VAR 分析の結果として米国の景気循環において技術的ショックがあまり重 要な役割を果たしてこなかった,と結論づけた.Basu, Fernald and Kimball (2004) は技術水準の変化を精確に計算した上でその影響を推定すると,短期的には技 術進歩は生産要素投入量や生産量を減少させるという結論を得ている.日本に 3 ついても,Miyagawa, Sakuragawa and Takizawa (2006)がマクロの技術水準の指 標を産業レベルからの積み上げで構築し、この指標の上昇が労働投入の増加で はなく減少をもたらすことを示している.また Kawamoto (2004)は,技術水準 の変化を精確に推定すると 1990 年代に入ってからの日本の技術進歩の停滞は 確認されない(したがって技術進歩の停滞が「失われた 10 年」の原因だったと は考えにくい)という結論を報告している.こういった流れに対し,技術的シ ョックの重要性を強調する立場から提出された反論が Fisher(2002)である.彼は Galí の VAR モデルに投資財の消費財に対する相対価格を加えたモデルを推定 し,技術的ショックを中立ショックと投資ショックに分けた分析を行い,後者 のみで労働時間の変動の約 50%を説明できることを示した. 本論文ではこの研究にならい,中立ショックと投資ショックの影響を分けて測 定することで,日本の景気循環における技術的ショックの役割の大きさを再評 価する.上記の第1のタイプの研究と第2のタイプの研究のそれぞれに対応す る 2 種類のアプローチが採用される.論文の前半では Hayashi and Prescott の実 物的景気循環モデルを拡張して投資ショックを導入したものを日本経済のデー タを用いてカリブレーション分析する.第 2 に,特定のモデルに依拠しない VAR 分析を行う.中立ショック,投資ショックの識別には,このテーマを扱った既 存の文献とは異なる新しい手法が用いられる.我々はまず,競合する主要な現 代の動学的マクロモデルを投資ショックを含んだ形に拡張した上で,それぞれ のモデルにおいて中立ショック,投資ショックのそれぞれが各マクロ変数に与 える影響を検証する.その結果,これらの影響には,モデル間で共通するいく つかの特徴があることが明らかにされる.我々の手法はこれらをそのまま識別 条件として用いようとするものである.そのために符号制約に基づく VAR ア プローチ(Uhlig (2005))を採用する.これによって,特定の理論的立場に依拠す ることなく,しかしこれまでの理論研究の成果を生かした形での実証分析を行 うことが可能になる. カリブレーション結果は投資財生産部門固有の技術進歩は 1990 年代にも日本 の潜在的成長率を押し上げる上で重要な役割を果たしていたことを示すものと なっている.また,VAR の結果は,このタイプの技術的ショックが中立的な技 4 術的ショックよりも大きな影響を景気変動に対して与えることを示している. 本稿の構成は以下の通りである.第 2 節では拡張版 Hayashi-Prescott モデルが紹 介され,そのカリブレーション分析の結果が報告される.第 3 節では VAR 分 析の詳細と結果が説明される.第 4 節で結論を述べる. 2 カリブレーション分析 2.1 モデル 本節で展開するモデルは Hayashi and Prescott (2002)モデルの簡単な拡張である. そのためその基本的な性質は新古典派成長モデルの伝統を受け継ぐ同モデルと 同じである.時間は離散的である.市場は完全競争的であり,価格は完全に伸 縮的である.外部性や情報の非対称性の存在は一切捨象される.また貨幣も捨 象される.確率的ショックも存在せず,家計は将来の技術水準がたどる経路を 完全に予見しているものとする.もとのモデルとの違いは,消費財と投資財が 区別され,消費財生産企業と投資財生産企業の 2 種類の企業が存在することで ある.前者の企業は家計から労働供給を受けるとともに家計が所有する資本ス トックのレンタルを受け,消費財を生産し,これを家計,投資財生産企業,政 府に販売する.投資財生産企業は消費財生産企業から購入した消費財を自らの 技術をもって投資財に変換し,市場で家計に販売する.これは次期以降に家計 が所有する資本ストックの一部になる.以下,具体的に説明する. 代表的家計は毎期の消費と余暇から正の効用を得る.その生涯効用は次のよう に書くことができる. ∞ ∑β t=0 t ⎛ C ⎞ Nt ⎜ ln t + α ln(1 − ht ) ⎟ ⎝ Nt ⎠ (1) ここで t は期を表す記号である.β はこの家計の割引ファクター,Nt は家計内の 人口,Ct はこの家計の消費する消費財の総量,ht はこの家計の一人あたり労働 時間,α は正の定数である.この家計は毎期,次のような予算制約式に直面し ている. 5 Ct + K t +1 / Vt = (1 − δ ) K t / Vt + (1 − τ ) Rt K t + wt ht N t − Tt (2) ここで Kt は t 期初における資本ストックの保有量を表す.Vt は投資財の価格(消 費財をニュメレールとしたときの)の逆数である.Hayashi-Prescott モデルでは消 費財と投資財が区別されていなかったため,この値は常に 1 に等しかったわけ であるが,本稿では両者の相対価格が 1 と異なる可能性を考慮していく.δ は 資本減耗率,τ は資本所得税率であり,ともに 0 と 1 の間の定数である.Rt は資 本の実質レンタル料,wt は時間あたり実質賃金を表している.最後の Tt は一括 固定税である. 消費財生産企業の生産関数は次のように与えられる. Yt = At K tθ ( ht N t )1−θ (3) ここで Yt は消費財の総生産量である.At は消費財生産の技術水準であり,θ は 0 と 1 の間の定数である.消費財市場の需給均衡条件は次のように書ける. Ct + X t + Gt = Yt (4) ここで Xt は投資財企業によって購入される消費財の量である.Gt は政府が購入 する消費財の量である. 投資財企業は購入した消費財 Xt から投資財を生産するが,その生産技術は線形 である. I t = X tVt (5) ここで It は投資財生産量であり,Vt はこの企業の生産技術である.市場が完全 競争的であるために,均衡において投資財の消費財に対する相対価格はこの逆 数 1 /Vt に一致する.これが先に見た家計の予算制約式に表れた 1/ Vt である. 資本ストックは次のような式にしたがって時間とともに変化していく. K t +1 = (1 − δ ) K t + I t (6) 以上がモデルである.次節で,カリブレーションの詳細を説明する. 2.2 カリブレーションの設定 基本的な発想は Hayashi-Prescott と同じである.1 期間を 1 年として考える.パ ラメーターの値は次のように設定される.δ= 0.089,β= 0.976,θ = 0.362, 6 α= 2.85,τ= 0.24.初期条件は 1961 年当時における日本の GDP と資本・GDP 比率によって与えられる.そして,このあと消費財生産技術水準 At と投資財生 産技術水準 Vt がたどる経路については,実際のデータから推定したものを与え る.消費財生産技術水準 At については基本的には Hayashi-Prescott と同じよう に TFP の計測値を用いる.ただし,この計測に際しては理論モデルにおける Yt はいわゆる実質 GDP とは少し違うことに注意が必要である.つまり Yt は消費 財価格で測った総生産量であるから,TFP の計算に当たっても名目 GDP を GDP デフレーターで実質化するのではなく,消費デフレーターで実質化している. 図1は日本における投資財相対価格の推移をプロットしたものである.これに より,1990 年代においてもこの変数は下方トレンドを描き続けていたことがわ かる.本節のモデルにおいては,これはすなわち投資財生産部門固有の技術進 歩が続いていたことを意味する.図2は消費デフレーターによって実質化した GDP をもとに計算された TFP の推移をグラフ化したものである.上方トレンド が 1990 年代に入って明確に下方屈折を起こしている様子が見て取れる.これは 本節のモデルにおいては中立的技術進歩が停滞したことを意味する.このよう な中立的技術進歩のみに着目するモデルにおいては,1990 年代は技術の大停滞 が起きた年代と見なされることになる.しかし,図1は,この間も投資財生産 部門の技術進歩は続いていたことを示唆しており,このことを見落とすとこの 間に技術進歩が果たした役割を見誤る可能性がある. 2.3 カリブレーションの結果 図 3,4 はカリブレーション分析の結果を示している.図 3 は,比較のために, 投資財生産部門の技術進歩がゼロだと仮定してシミュレーションを行った結果 を表している.図 4 は,投資財生産部門における技術進歩も考慮した場合の結 果を表している.両者を比較することで,投資財生産部門固有の技術進歩の果 たした役割を評価することができる.各図における 4 つのパネルは左上が GDP, 右上が資本・生産比率,左下が投資の対 GDP 比率,右下が消費財生産部門にお ける TFP と投資財相対価格の推移を表している.最後のパネルの2変数は本節 7 の分析においては外生的に与えられるものとされている.各パネルにおいて, 「●」印で表されているのが実際に観測されたデータであり,「+」印で表さ れている線がカリブレーションの結果を表している(右下のパネルにおいては この両者は仮定により一致する).まず,投資財相対価格の影響を捨象した図 3 を見ると,確かにこのカリブレーション結果は 1990 年代の日本の GDP,資本・ 生産比率,投資の対 GDP 比率の推移にうまくフィットしている.その一方で, 1990 年以前のこれらの変数の推移とは必ずしもうまく合致していない点には 注意が必要である.これに対して,投資財生産部門を取り入れた図 4 のカリブ レーションにおいては,資本・生産比率の推移全体に対するフィットが劇的に 改善されており,この部門の技術進歩をモデルに導入することの重要性が示さ れている.これに対して,GDP についてはこの拡張された新古典派成長モデル は 1990 年以降の値を過大に予測している.これは図 3 とは大きく異なる点であ る.このことは投資財生産部門の技術進歩を考慮に入れると,何の Friction も ない経済においては経済成長率は実際に観察されたものよりも高かったはずで ある,ということを示唆している.また,投資・GDP 比率に目を移すと,やは りモデルが 1990 年代の値を実績よりも過大に予測していることがわかる.言い 換えれば,投資・GDP 比率が実際には低く抑えられたのは,このモデルがとら え切れていない実際の経済の何らかの Friction が原因であると考えられる. 以上をまとめると,投資財生産部門を加えて拡張した新古典派成長モデルは, 1990 年代の日本経済の低迷をうまく説明できない.投資財生産部門の技術進歩 がこの間も継続して発生していたと考えられるために,これを考慮に入れると このような古典派的なモデルはそれらを考慮しない場合よりもより高い経済成 長やより活発な投資を予測してしまう傾向がある.しかし,これらは実際には 起こらなかった.これは,現実の経済には,この節のモデルには反映されてい ないが重要な Friction が存在し,これが経済成長と投資を抑制していたことを 示唆する.このような Friction の候補としては,名目価格の硬直性が元となっ て発生する需要不足や,クレジット・クランチの発生による投資の抑圧などを 挙げることができる. このように,本節のモデルは Hayshi-Prescott モデルを拡張して技術進歩の源泉 8 を二つに分けて考えることで技術進歩の貢献をこれまで考えられてきたよりも 重要なものとしてとらえることに成功した.が,そのことの裏返しとして,我々 の分析結果は Hayashi-Prescott の結論ではあまり重要なものとはされなかった 技術進歩以外の景気抑制要因(何らかの Market Friction)の果たす役割に再び 注目する必要がある可能性を示唆しているのである. 3 VAR による分析 前節の分析はある特定の理論モデルに基づき, 「もしこのモデル通りであれば, こうなったはずである」という含意を引き出してこれをデータと比較するもの であった.本節では,中立ショックと投資ショックの2種類の技術的ショック が日本経済に与える影響をより直接的に推定することを試みる.そのために VAR(ベクトル自己回帰過程)の推定というアプローチをとる.ただし,本節 で採用する VAR アプローチにおける技術的ショックの識別(identification)の方 法は比較的新しいものであり,まだその応用のあり方は充分に検討され尽くし ているとは言えない.そのため,本節の分析はまだ実験段階にとどまっている と言うべきである.それでも,いくつかの興味深い結果を報告することができ る. 3.1 符号制約つきの VAR VAR アプローチが Sims(1980)によって開発されて以来,多くの応用例が研究さ れてきた.そのうち,構造的ショックの識別を行ってこれらショックが経済変 数に与える影響を推定しようとする研究は大きく分けて2つの識別アプローチ のいずれかを採用してきた.一つは短期的な(同時点内の)経済変数同士の関 係に制約をおく方法である.もう一つは Blanchard and Quah (1989)や Galí (1999), Fisher(2002)に見られるように,長期的な経済変数同士の関係に制約をおく方法 である.これに対して本節では,Uhlig (2005)が開発した,ショックが各経済変 数に影響を与える方向(インパルス応答関数の符号)に制約をおくことで識別 9 を達成しようとする方法を採用する.この方法に関する技術的な議論は専門論 文(Uhlig (2005)や Braun and Shioji (2005))に譲るが,ここではその原理を簡単に 説明する. 一般に VAR モデルでは,t 期における経済変数のベクトルを xt(これは N×1 のベクトルとする)と書くことにすると,次のような関係が仮定される. xt +1 = C0 + C ( L ) xt + ut +1 , ut ~ IID( 0, Σ ) (1) ここで L はラグ・オペレーターであり C(L)はそれに関する多項式である,また ut は (N×1) のイノベーション・ベクトルである.一方, (N×1)の構造的ショッ クのベクトルを ε t で表すことにしよう.先のイノベーション・ベクトルとこの 構造ショック・ベクトルの間には ε t = Put という線形の関係が存在すると仮定す る.ただし,P は(N×N)行列である.識別の問題とは次の式を満たす行列 P を いかに選ぶか,という問題である. Pxt +1 = PC0 + PC ( L) xt + Put +1 , E ( Put ut ' P ' ) = I (2) この P の選び方をめぐって,先に述べたように複数のアプローチが存在する. 短期制約によって識別を達成しようとする方法は,多くの場合,行列 P に識別 達成に必要な数だけのゼロ制約(行列のある要素が0であるという制約)をお くことによって,行列 P のうち制約のおかれていない要素の識別を達成する. 一方,長期制約を用いる方法においては,変数間の長期的な関係を表す行列 P-PC(1)に必要な数だけの制約をおくことで識別を達成する. これに対して,Uhlig (2005)が提唱する符号制約つきVARはモンテ・カルロ法を 活用し,モデルのパラメーター値をランダムに発生させることから出発する. シミュレーションの過程は 2 段階からなっている.まず誘導形のVARモデルが 推定されると,そこからこの誘導形モデルの係数と分散・共分散行列 Σ の事後 分布を求めることができる 1 .「第 1 段階」においては,この事後分布から誘導 形モデルのパラメーターの値がランダムに抽出される.その各回について,「第 1 Uhlig (2005)は,事前分布に diffuse prior を用いた場合には,前者の事後分布は 正規分布に,後者の逆行列の事後分布は Wishart 分布になることを示している. 10 2 段階」のランダム抽出が行われる.これは行列 P −1 の要素についてのランダム 抽出である 2 .このランダムに発生させられたパラメーター群をもとに,インパ ルス応答関数を計算することができる.もしそのインパルス応答関数が研究者 の定めた符号条件を満たすときには,このパラメーター群は後の分析のために 保存される.もしそうでなければ,このパラメーター群は捨てられる.これに よって符号条件と整合的なパラメーター群の範囲と,インパルス応答の範囲を 求めることができる.本節では後で,保存されたインパルス応答関数の中央値 およびその周辺のバンドが報告される.我々はこれまでに Braun and Shioji (2003,2004,2006a,2006b)においてこの手法を活かした日・米・韓国経済の実証 研究を行ってきた. この手法をそのまま技術的ショックの識別の問題に応用した論文にFrancis, Owyang and Thedorou (2003)がある.彼らは技術的ショックは「長期的に」(例 えば 10 年後に) 労働生産性に対して正の影響を与える,という符号条件を制 約にしてVARの分析を行った.ともにあらかじめ階差をとった労働生産性と総 労働時間のデータを用いて,彼らは技術的ショックに対する総労働時間の反応 2 詳細を2変数のケースについて説明すると次のようになる.行列 Σ の事後分 布から抽出されたものを Σ̂ で表し,その固有値を μ1 と μ2 で,それぞれに対応す る固有ベクトルをν 1 とν 2 で表すことにしよう.Uhlig (2005)は行列 P −1 の第 1 列 (これを a で表すことにしよう)は次のような条件を満たすことを示してい 2 る: a = ∑ α m ⋅ μm ⋅ν m ,ただし α は二つの固有ベクトルのそれぞれに与えられ m =1 るウェイトである.このウェイトについては次のような基準化の条件を課すこ 2 とにする: ∑ α m = 1 .これにより,我々には自由度 1 が残されることになる. 2 m =1 我々は α を一様分布からランダムに発生させた上で,上の基準化の条件を満た すように変形を施す,という手続きを踏んでいる. 11 は有意にゼロと異ならないことを報告している 3 . 3.2 符号制約の選択について 本節ではこの符号制約を用いて VAR モデルから技術的ショックを識別するこ とを目指す.その理由は次の通りである.我々は技術的ショックに関連する説 得力のある短期制約を考案することは困難であると考える.これは全ての経済 変数は技術的ショックに対して短期的にも内生的に反応すると考えられるから である.一方の長期制約は技術的ショックの識別にしばしば用いられているも のである.たとえば Galí (1999)は,技術的ショックは労働生産性に恒久的に影 響を持つが,非技術的ショックはそのような影響を持たない,という制約を設 けることで両者を区別して識別している.しかし,このような制約が成り立つ のは技術的ショック自体が恒久的な性質を持っている場合(長期的にゼロに収 束しない場合,つまり単位根を持っている場合)に限られる.技術的ショック が Persistent であっても Transitory な性質を持っている場合には(たとえば係数 0.99 の AR(1)過程に従っているような場合には),上記の識別制約では両者を 区別できなくなってしまう.符号制約による識別はこれらの問題点を回避でき るメリットがある. モデ特定の理論モデルに完全にコミットせずにあるショックの分析をおこなう という VAR 分析の特質を活かすためには,多くの理論モデルに共通するイン プリケーションを制約として置くことが望ましい.我々のこれまでの研究(た とえば Braun and Shioji (2003))においては,現在主要なものとみなされている 動学的マクロ経済モデルを提案した文献をサーベイし,共通したインプリケー ションを見つけ出すという作業を行った.しかし,本稿の主要テーマである投 3 これよりさらに強い結果を得るために,彼らは「総労働時間の技術的ショッ クに対する反応は長期的にきわめて小さくなる」という制約を追加した分析も 行っている.しかし,この制約は新古典派成長モデルから導出されるものでは ない. 12 資ショックについて取り上げた文献は比較的少ないため,ここではこのような アプローチは取りにくい. そこで本節では,Gambetti, Pappa and Canova (2005)にならい,理論モデルをも とにさまざまなパラメーター値の設定のもとにおけるインパルス応答関数を発 生させ,そこから諸設定に共通する符号条件を見つけ出す,という作業を行う. より具体的には実物的景気循環理論(RBC),ニューケインジアンモデル(NKM) という現代のマクロ経済学で競合する二つのモデルを取り上げる.これらのモ デルに投資財生産部門を導入し,それぞれのタイプのモデルについてさまざま なパラメーター値のもとで中立ショック,投資ショック,その他のショックに 対するインパルス応答関数を発生させる.そして各ショックに対する反応にど のような共通の傾向がモデル間で見られるかを明らかにする.Gambetti, Pappa and Canova の分析においては RBC モデルを特殊ケースとして包含する NKM タ イプのモデルが用いられた.各パラメーターの値について事前分布が一様分布 の形で与えられ,この分布からパラメーター値を発生させてそのもとでのイン パルス応答関数を計算する,という手法がとられていた.ただ,この方法だと, たとえばモデルの特殊ケースである RBC モデル(具体的には価格調整頻度が無 限大のケースに対応する)そのものがランダム抽出によって選ばれる確率はゼ ロとなってしまう.そこでここでは RBC 対 NKM など,重要な側面において異 なるモデルを別個のものとして取り上げて,それぞれについてインパルス応答 関数を計算する.その結果,12 通りのインパルス応答関数分析を行うことにな った.計算時間を現実的な水準まで圧縮するため,パラメーターをある区間か らランダムに抽出する代わりに,スタンダードと考えられるパラメーター値と 比較的極端と考えられるパラメーター値をいくつか試してみることとした. 3.3 背景となる理論モデル 理論モデルの詳細については紙幅の関係もあり補論に譲ることとする.モデル の基本は Christiano, Eichenbaum and Evans (2005)のものである.それに投資ショ ックを加えるなどいくつかの拡張がなされている.ここで考慮されているモデ 13 ルは大きく分けて「RBC」モデルと「NKM」モデルに分類される.RBC モデ ルは実物的景気循環モデルに対応し,価格は完全に伸縮的である.NKM モデ ルはニュー・ケインジアン・モデルであり,名目価格に硬直性が存在する.硬 直性が発生する理由は Rotemberg(1982)型の Convex な価格調整費用関数の存在 が仮定されているためである.NKM モデルは金融政策当局の政策ルールにつ いてどのような仮定を置くかによってさらに「NKM-MG」と「NKM-TR」に分 類される.MG は Money Growth Rule を意味しており,金融政策当局は貨幣供 給量の成長率を一定に保つ政策をとっている.TR はテイラー・ルールに対応し ており,金融政策当局は名目利子率をコントロールしておりインフレ率と GDP の定常値からの乖離に反応して利子率を変化させている.なお,RBC モデルに おいては単純に貨幣供給量は一定と仮定されている. 前節のモデルと同じように,投資財は消費財をインプットとして生産されるも のと仮定される.ただ,先ほどのモデルではこの生産関数が線形と仮定されて いたのに対し,ここでは Convex な調整費用の存在を許容する.したがって投 資財の相対価格は生産技術だけではなく需要面からの影響も受けることになる. この調整費用に関しても 2 種類の定式化を取り上げる.一つは従来からの定式 化であり,調整費用は資本ストックの増加率の増加関数であると仮定される. もう一つは,最近の文献に見られるように,調整費用を(フローの)投資の増加 関数とする定式化である.Christiano, Eichenbaum and Evans(2005)などはこのよ うな定式化を行っている. さらに,資本の稼働率についても 2 種類の定式化を取り上げる.一つは稼働率 を一定とするスタンダードな定式化である.もう一つは,Greenwood, Hercowitz and Huffman (1998)にみられるように,これを内生化する定式化である.彼らの モデルに従い,稼働率を高くすると資本減耗率が高まる,という形で資本稼動 のコストを取り入れている. 以上,3×2×2=12 通りのモデルのそれぞれについて,効用関数のパラメータ ー,資本(投資)調整費用関数のパラメーター,価格調整費用関数のパラメータ ー(NKM モデルの場合のみ)などの諸パラメーターの何通りもの組み合わせ のもとで中立ショック,投資ショックに対するインパルス応答関数を発生させ 14 る.ほとんどのモデル,パラメーターセットが同一の符号条件を満たしている と判断されるときのみ,そのような条件を VAR の符号制約として採用した. 詳細は表1にまとめられている. 表1:VAR モデルの推定に用いられる符号制約 中立ショック 最初の 10 年間の平均が正 GDP 消費 投資 投資財相対価格 労働時間 物価水準 名目利子率 労働生産性 実質利子率 投資ショック 最初の 1 年間常に正, 最初の 5 年間及び 10 年間の平 均が正 最初の 17 年間すべて正 16~18 年目が常に正 1 年目が正,あるいは最初の 最初の 1 年間が常に正,ある 20 年間の平均が正 いは最初の 5 年間の平均が正 1 年目は正,最初の 10 年間の 最初の 10 年間すべて負 平均が正 なし 最初の 1 年間すべて正 1 年目は負,最初の 5 年間, 6~20年目すべて負 次の 5 年間,さらに次の 5 年 間の平均がそれぞれ負 最初の 5 年間の平均が負 最初の 2 年間の平均が正,そ 最初の 1 年間正,あるいは最 れ以降常に正 初の 10 年間の平均が正 なし なし 中立ショックと投資ショックの最大の相違点は,投資財相対価格の反応に関す る仮定が逆転していることである.中立ショックは投資財に対する需要を高め てその相対価格を上昇させる傾向があるのに対して,投資ショックは生産技術 の向上により相対価格を低下させる.また,中立ショックが主にサプライ・サ イドに対するショックとして働くため物価や利子率を短期的に低下させる傾向 があるのに対して,投資ショックについては短期的にはディマンド・サイドを 刺激するショックとしての側面も強く持っているため,理論的には価格変数を 押し上げるか押し下げるか断定することができない. 3.4 VAR モデルの推定結果 15 以上のような制約を用いて,日本経済のマクロデータを用いたVARモデルの推 定を行う.モデルは次の 7 変数からなる:実質GDP,実質消費,実質投資,投 資財・消費財相対価格,労働時間,物価水準(消費デフレーター),名目利子率(コ ールレート) 4 .利子率以外の変数は季節調整済みのものを用いた.推定期間は 1960 年第 1 四半期から 2005 年第 2 四半期までである.ラグの長さは4とした. 利子率以外の変数は対数表示とし,利子率は%表示のものを 100 で割った.推 定は各変数の階差を取らずにレベルのまま行った 5 . すでに 3.1 節で説明したように,符号制約の識別に際しては,VAR の誘導形モ デルの係数,撹乱項の分散共分散行列の推定値を事後確率分布にしたがってラ ンダムに発生させる.さらに,その一回ごとについて,分散共分散行列の直交 化をランダムに行う.本節の分析においては,前者の「外側」ランダム抽出を 300 回,その 1 回ごとについて後者の「内側」ランダム抽出を 300 回行い,表 4 GDP,消費,投資,消費デフレーター,投資デフレーターのデータは国民経 済計算よりとった.68SNA のデータしか利用可能でなかった 1960 年から 1979 年までは 68SNA(1990 年基準)のデータを用い,1980 年以降は 93SNA(1995 年基準)のデータを用いた.両者は 1980 年第 1 四半期の時点で成長率を用いて 連結した.投資デフレーターを消費デフレーターで割って相対価格のデータと した.労働時間のデータは,『労働力調査』の非農林就業者数のデータに『毎 月勤労統計』の労働時間指数(総実労働時間,30 人以上の事業所,製造業)を掛 け合わせた.コールレートは有担保翌日物の月平均値(出典=日本銀行)の四半 期平均を取った. 5 Sims, Stock, and Watson (1990) や Doan (2000)が強調しているように,階差をと ることによってデータに含まれている重要な情報が廃棄されてしまうかもしれ ない.例えば,もし原系列が定常である場合,または原系列間に共和分関係が 存在する場合には階差をとるとバイアスが生じてしまう.一方,階差をとらず にレベルのままで VAR を推定する場合にはそのような問題は発生しない上, 仮に系列に単位根があり共和分関係が存在しなくてもインパルス応答関数など の一致性は確保される(Sims, Stock and Watson).したがって階差をとらずに レベルのままで VAR を推定したほうがよい.事実,VAR を用いた最近の研究 ではレベルを用いることが通常となってきている. 16 1の第1列と第2列の制約を満たすショックがそれぞれ1つずつ検出されるか どうかを調べた.その結果,そのような条件を満たす,有効なランダム抽出の 数は全部で 634 であった. 図 5 は中立ショックに対する各変数のインパルス応答関数を,図 6 は投資ショ ックに対するそれを図示している.実線は有効なランダム抽出に対応するイン パルス応答関数の中位数を表している.破線はその 68%区間を表している.横 軸はショックが起きた後に経過した時間を四半期で表している. 図 5 より,中立ショックは GDP,消費,投資に対して Persistent な効果をもつ が,投資に対する影響は短期的には有意ではないことを示している.投資財相 対価格に対する影響は短期的には制約により正であるが,その後マイナスに転 じる.労働生産性に対しては正の効果を持つが,労働時間に対する効果は有意 にゼロと異ならない.物価水準,名目利子率,実質利子率は短期的に低下し, 前2者は長期的にも低下する.このことはこのタイプのショックが主に供給サ イドに対するショックとして機能していることの表れであると解釈できる.こ れに対して図6の投資ショックは GDP,消費,投資のすべてに対して有意な影 響をもつ.しかもその効果の大きさは,消費に対する短期効果を除いては,中 立ショックのそれを上回っている.このことは日本の景気変動を理解する上で の投資ショックの重要性を再び示すものである.投資財相対価格は低下する. 注目すべきは,労働生産性が高まるのと同時に労働時間も3年間にわたり有意 に増加する点である.これは中立ショックのケースとは大きく異なる点である. これは投資ショックが短期的には需要ショックとしての側面を色濃く持ち,投 資需要の高まりに対応して企業が可変要素の需要を増加させることによって起 きると考えられる.したがって,近年の技術的ショックが労働時間に与える影 響に関する論争(Galí (1999),Francis and Ramey (2002)など)に関して言えば, 通常の議論で想定されているような中立ショックは確かに労働時間を有意に引 き上げる効果を持つとは言えないが,投資ショックはそのような役割を果たす こと,したがって両者を併せて考えると技術的ショックは労働時間の変動を考 17 える上で重要でありつづけることがわかる.さらに,物価水準が供給能力の高 まりを反映して比較的速やかに低下するのに対して,実質利子率は短期的に上 昇する.後者の結果はやはり投資ショックが短期的には需要ショックとしての 側面を強く持っていることの反映であると考えられる. 以上の分析は,この符号制約に基づくアプローチが技術的ショックが日本の景 気変動において果たしてきた役割を数量的に評価する上で有用であることを示 唆するものである.また,分散分解を行った結果,識別された投資ショックは 中立ショックに比べて GDP,消費,投資,労働時間といった数量変数の変動に 対する貢献がはるかに大きいこともわかった.ただ,この推定結果を用いて 1990 年代の日本の GDP の予測誤差に関する歴史分解を行った結果,中立ショ ック,投資ショックはいずれもそれほど重要な要因ではなく,それ以外の要因 によってこの時期における GDP の予想以上の落ちこみはほとんど説明される こともわかった.これが現実を反映している可能性もあるが,一方で本節の手 法の限界を表している可能性もある.すなわち,本節の分析は中立ショック, 投資ショックのみに符号制約を課し,「それ以外」については何の制約も置かな かったわけであるが,そのことがこれらのショックによる説明力を高めてしま っている可能性もある.本節で用いたアプローチは非常に新しい分析手法であ り,どのような符号制約を課すことが望ましいのか,今後も検討を進める必要 があるであろう. 4 結論 本稿では技術的ショックの中でも投資ショックが果たす役割に着目した.第 2 節のカリブレーション分析では,投資財生産部門の技術水準の推移を投資財相 対価格の逆数によって求めた.その結果,1990 年代の経済成長低迷期にあって も,消費財生産部門の技術進歩が停滞する一方で投資財生産部門の技術進歩は 続いていたこと,それがこの時期の成長を促進する役割をポテンシャルには果 たしていたことを明らかにした.そのことは同時に,この時期の成長低迷には 18 技術以外の要因が重要な貢献をしていた可能性を示唆する.第 3 節では,特定 の理論モデルにコミットすることなく時系列分析によって投資ショックの識別 を行った.その結果,GDP・消費・投資・労働時間等の変動に対して中立ショ ックよりも投資ショックのほうが大きな影響を及ぼすことを明らかにした.ま た,正の中立ショックは労働時間に対して有意な影響を持たないものの,正の 投資ショックは3年間にわたり労働時間を有意に増加させることもわかった. 今後の研究課題の中で最も重要なものは,符号制約つき VAR アプローチの再 検討,特にパラメーター変化に対するロバストネスのさらなる検証であろう. 本稿では多彩なモデルを用いて中立ショック,投資ショックの影響を理論的に 検証したが,もちろんこれ以外にも投資を含んだマクロ経済モデルは数多く存 在しうる.たとえば資本市場の不完全性を持ったモデルが第 3 節で検討したモ デルとどの程度似通ったインプリケーションを持っているのか,といった問題 を広く検証していく必要がある. 19 図1 投資財相対価格の推移 (投資デフレーター/消費デフレーター) 2.5 2 1.5 1 0.5 0 1956 1960 1964 1968 1972 1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 図2 消費財価格で評価したGDPから算出したTFP 0.10 0.08 0.06 0.04 1956 1960 1964 1968 1972 1976 1980 1984 1988 1992 1996 2000 20 図3 カリブレーション結果 投資財生産部門の生産性を一定としたケース GDP 110 資本・生産比率 2.6 2.4 100 2.2 90 2 1.8 80 1.6 70 1.4 1.2 60 1 50 40 1960 0.8 1970 1980 1990 2000 2010 1960 1970 1980 year 300 0.36 280 0.34 260 220 0.3 200 0.28 180 0.26 160 0.24 140 0.22 120 1970 1980 1990 2000 2010 year 注: 2010 240 0.32 0.2 1960 2000 消費財生産のTFP 及び投資財生産技術水準 投資・GDP比率 0.38 1990 year 100 1960 1965 1970 1975 1980 year “+”はカリブレーションの結果を, “・”は実際に観測されたデータをあらわしている. ただしパネル 4 の TFP は実際に計測されたものである. 21 1985 1990 1995 2000 図4 カリブレーション結果 投資財生産部門の生産性が可変のケース GDP 110 資本・生産比率 3 100 2.5 90 80 2 70 1.5 60 50 1 40 30 1960 1970 1980 1990 2000 0.5 1960 2010 投資・GDP比率 0.38 300 1970 1980 1990 2000 2010 消費財生産のTFP 及び投資財生産技術水準 0.36 250 0.34 0.32 200 0.3 150 0.28 0.26 100 0.24 0.22 1960 注: 1970 1980 1990 2000 50 1960 2010 1970 1980 1990 2000 “+”はカリブレーションの結果を, “・”は実際に観測されたデータをあらわしている. ただしパネル 4 の TFP は実際に計測されたものであり, 投資財生産技術水準は投資財相対価格の逆数として求められている. 22 図 5:VAR 推定結果 中立ショックに対する各変数のインパルス応答関数 6 x 10 -3 GDP 6 x 10 -3 消費 4 4 0.01 2 2 0 0 0 10 20 0 -3 5 x 10 相対価格 5 20 x 10 労働時間 0 10 -0.01 0 10 20 -5 -0.005 0 10 20 -0.01 -3 x 10 名目利子率 6 0 4 -2 2 20 物価水準 0 0 -3 2 10 -3 0 -5 0 投資 0.02 0 10 20 -3 x 10 労働生産性 5 x 10 実質利子率 0 -4 0 注: 10 20 0 0 10 20 -5 0 10 20 1 標準偏差ショックに対する反応,横軸は期間(四半期)に対応 実線は有効なランダム抽出結果の中位数,破線はその 68%区間を表す 有効なランダム抽出結果数=634 推定期間:1960 年第 1 四半期~2005 年第 2 四半期 ラグの数=4 23 図 6:VAR 推定結果 投資ショックに対する各変数のインパルス応答関数 GDP 0.015 10 0.01 5 0.005 0 x 10 -3 消費 投資 0.04 0.02 0 0 0 x 10 10 -3 20 相対価格 -5 10 0 x 10 10 -3 20 労働時間 0 5 0 -4 0 -0.01 0 10 20 -5 0 -3 5 x 10 名目利子率 10 20 -0.02 20 物価水準 0 10 20 -3 労働生産性 0.01 10 0.01 -2 -6 0 10 x 10 実質利子率 5 0 0.005 0 -5 0 注: 10 20 0 0 10 20 -5 0 10 20 1 標準偏差ショックに対する反応,横軸は期間(四半期)に対応 実線は有効なランダム抽出結果の中位数,破線はその 68%区間を表す 有効なランダム抽出結果数=634 推定期間:1960 年第 1 四半期~2005 年第 2 四半期 ラグの数=4 24 参考文献 Basu, Susanto, John Fernald and Miles Kimball (2004) “Are technology improvements contractionary?” NBER Working Paper Series 10592. Blanchard, Oliver Jean, and Quah, Danny (1989) “The dynamic effects of aggregate demand and supply disturbances”, American Economic Review, Volume 79, iss.4, September, Pages 655-73. Braun, R. Anton and Etsuro Shioji (2003) “Aggregate risk in Japanese equity markets”, CIRJE Discussion Paper CF-250, available at http://www.e.u-tokyo.ac.jp/cirje/research/dp/2003/2003cf252.pdf. ブラウン,R.アントン,塩路悦朗(2004)「日本における技術的ショックと総労 働時間:新しい VAR アプローチによる分析」,『経済研究』Vol.55,No.4, 289-298 ページ. Braun, R. Anton and Etsuro Shioji (2006a) “Monetary policy and the term structure of interest rates in Japan”, Journal of Money, Credit, and Banking, February, 38, 141-162. Braun, R. Anton and Etsuro Shioji (2006b) “Monetary policy and economic activity in Korea, Japan and the United States”, forthcoming in Seoul Journal of Economics. Christiano, Lawrence, Martin Eichenbaum and Robert Vigfusson (2003) “What happens after a technology shock?”, NBER Working Paper 9819. Christiano, Lawrence J., Martin Eichenbaum and Charles L. Evans (2005) “Nominal rigidities and the dynamic effects of a shock to monetary policy”, Journal of Political Economy, February, v. 113, iss. 1, pp. 1-45 Doan, Thomas (2000) RATS version 5 User’s Guide, Estima, Evanston. Fisher, Jonas D.M. (2002) “Technology shocks matter”, Federal Reserve Bank of Chicago Working Paper Series 2002-14. Francis, Neville R., and Valerie Ramey (2002) “Is the technology-driven real business cycles hypothesis dead? Shocks and aggregate fluctuations revisited”, NBER working paper 8726. 25 Francis, Neville R., Michael T. Owyang, and Athena T. Theodorou (2003) “The use of long run restrictions for the identification of technology shocks.” Federal Reserve Bank of St. Louis Review, November/December 2003, 85(6) pp. 53-66. Galí, Jordi (1999) “Technology, employment, and the business cycle: do technology shocks explain aggregate fluctuations?” American Economic Review Vol. 89, No. 1, 249-271. Gambetti, Luca, Evi Pappa and Fabio Canova (2005) “The structural dynamics of US output and inflation: what explains the changes?” Universitat Pompeu Fabra Economics Working Paper Series 921. Greenwood, Jeremy, Zvi Hercowitz, and Gregory W. Huffman (1998) “Investment, capacity utilization, and the real business cycle”, American Economic Review, June, v. 78, iss. 3, pp. 402-17 Hayashi, Fumio and Edward C. Prescott (2002) “The 1990s in Japan: a lost decade”, Review of Economic Dynamics, January, v. 5, iss. 1, pp. 206-35. Kawamoto, Takuji (2004) “What do the purified Solow residuals tell us about Japan’s lost decade?”, IMES Discussion Paper Series 2004-E-5. Miyagawa, Tsutomu, Yukie Sakuragawa, and Miho Takizawa (2006) “The impact of technology shocks on the Japanese business cycle: an empirical analysis based on Japanese industry data”, mimeo. Rotemberg, Julio J. (1982) “Sticky prices in the United States”, Journal of Political Economy, December, Vol. 90, iss. 6, pp.1187-1211. Sims, Christopher A. (1980) “Macroeconomics and reality”, Econometrica, Jan. 1980, v. 48, iss. 1, pp. 1-48 Sims, Christopher A., James Stock and Mark Watson (1990) “Inference in linear time series models with some unit roots.” Econometrica 58(1), pp. 113-144. Smets, Frank and Wouters (2003) “An estimated dynamic stochastic general equilibrium model of the euro area”, Journal of the European Economic Association, September, v. 1, iss. 5, pp. 1123-75. Uhlig, Harald (2005), “What are the effects of monetary policy on output? Results 26 from an agnostic identification procedure.” Journal of Monetary Economics, March, v. 52, iss. 2, pp. 381-419 27 補論 動学的マクロ経済モデルと中立ショック,投資ショック 本文中では,符号制約つきの VAR によって中立ショックと投資ショックを識 別するにあたり,競合する主要な動学的マクロ経済モデルから制約条件を求め た旨述べた.この補論では実際に用いたモデルを解説する.このモデルの構造 は基本的には Christiano, Eichenbaum and Evans (2005)や Smets and Wouters (2003) のモデルによっている.モデルは大きく RBC モデル(実物的景気循環モデル, 価格は完全に伸縮的)と NKM モデル(ニュー・ケインジアン・モデル,価格調 整費用が存在)に分けられる.NKM モデルはさらに,金融政策当局の政策ル ールによって NKM-MG(Money Growth Rule)と NKM-TR(Taylor Rule)に分け ることができる. 企業 企業は消費財を生産する.このような企業は無数に存在している.RBC ケース では財市場は完全競争的であり,NKM ケースでは独占的競争が成立している. 企業 i の生産関数は次のように書ける. yit = ε tA ⋅ ( zt ⋅ kit −1 ) lit α 1−α (A1) ただし zt は資本稼働率(家計が決定) であり,それ以外の記号の定義は通常 のとおりである.ただし生産量 yit はあくまで消費財の生産量であることに注意 する必要がある.企業の目的関数は利潤の割引現在価値 ⎛ j λt + k ⎞ ⎟⎟vit + j Vit = Et ∑ β ⎜⎜ ∏ λ j =0 = k 0 t + k −1 ⎠ ⎝ ∞ j (A2) で与えられる.ここで vit はこの企業の第 t 期の実質利潤であり, λ は家計の最 適化において予算制約式にかかる係数である ( λt −1 ≡ 1 ).実質利潤は次のように 書ける. vit = [ ] 1 pit yit − rt k ⋅ zt kit −1 − wt lit − ADJPit Pt (A3) ただし ADJP は価格調整費用を表す.この項の扱いが RBC と NKM の二つのモ 28 デルを分けるポイントである. (RBC) ADJPit = 0 (NKM) ADJPit = (A4) γ θ +1 (π it − π *)θ +1 ただし π it ≡ pit − pit −1 pit −1 (A5) また,このケースでは独占的競争が成立するので,各企業は −ξ ⎛p ⎞ yit = ⎜⎜ it ⎟⎟ Yt という右下がりの需要曲線に直面している. ⎝ Pt ⎠ (ここで θ,γ は正の定数であり ζ は1より大きい.) 代表的家計 代表的家計の目的関数は次のように与えられる. ∞ U t = Et ∑ β j ut + j , (A6) j =0 ただし,毎期の効用は次のように与えられる. [ ut = ε tB ⋅ utcm − utl cm t ただし u = ] 1 1 − σ cm (A7-1) ⋅ [u c t かつ u = (ct − h ⋅ ct −1 ) c t 1−σ c ] 1−σ cm m 1−σ c t +u , u =ε m t M t , (A7-2) ⎛m ⋅ ⎜⎜ t ⎝ Pt 1− σ m ⎞ ⎟⎟ ⎠ , utl = χε tL 1+σ ⋅ lt 1+ σl l (A7-3) 予算制約式は次のとおりである. mt b m b + (1 + rt ) t = t −1 + t −1 + yt − ct − xt Pt Pt Pt Pt (A8) ここで r は名目利子率である.x は家計による投資財に対する支出(を消費財 単位で評価したもの)を表している.実質所得 y は次のように与えられる. yt = 1 ⎡⎣ wt lt + rt k ⋅ zt kt −1 + divt − Tt ⎤⎦ Pt (A9) div は企業から家計への配当の支払いであり,Tは一括固定税である. 家計は唯一の資本ストックの所有者として資本蓄積を行う.投資財支出 x は投 資財生産技術に基づいて投資財生産量 i に変換され,次期の資本ストックの一 29 部となる.ただしその際に調整費用がかかる可能性がある.資本蓄積の式は次 のように与えられる. kt = (1 − δ )kt −1 + it − ADJ t − DEPt (A10) it = ε tI ⋅ xt (A11) ここで ε tI が投資財部門固有の技術的ショック,「投資ショック」である.ADJ は 資本蓄積に関わる調整費用を表す項目である.一方,DEP は資本稼働率を上昇 させたときに内生的に変化する資本減耗の項である.これらについては次項以 降で説明する. 資本(投資)の調整費用 2 種類のケースを考える. (K-1) 調整費用は資本ストックの増加率について発生する. ν b ⎡ K − K t −1 ⎤ ADJ t = ADJK t = ⎢ t K ν ⎣ K t −1 ⎥⎦ t −1 (A12) (K-2) 調整費用は投資の増加率について発生する. ν b ⎡I − I ⎤ ADJ t = ADJI t = ⎢ t t −1 ⎥ I t −1 ν ⎣ I t −1 ⎦ (A13) 資本の稼働率 やはり 2 種類のケースを考える. (U-1) 稼働率一定のケース: zt=1, DEP=0. (U-2) 稼働率可変のケース: DEPt = φ ⋅ zt η (A14) 金融政策当局 RBC モデルにおいては貨幣供給量が固定されている.NKM モデルは次の 2 ケ ースに分かれる. (M-1) 貨幣供給成長率ルール: Δ ln( M t ) = ε tM (M-2) テイラー・ルール: it = ωπ ⋅ π t + ωGDP ⋅ GDPt + i * −ε tM ただし ωπ は1より大きく,ωGDP は0以上の定数である. 30 (A15) (A16) 財政政策当局 政府支出は外生的な確率過程に従う.これらは一括固定税で賄われる. ln(Gt ) = ε tG (A17) 均衡条件 Yt = Ct + X t + Gt , M t = mt (A18) なお,すべての攪乱項は AR(1)過程に従うと仮定される.インパルス応答関数 を求めるために使用されたパラメーター値は以下の表にまとめられている.次 ページ以降で計算されたインパルス応答関数の例をいくつか掲載する. 表 A-1 パラメーター値の設定 資本分配率 割引ファクター 名目価格硬直性の程度(NKM のみ) 価格調整費用関数の曲率(NKM のみ) 需要の価格弾力性(NKM のみ) 異時点間の代替の弾力性の逆数 (消費と貨幣 保有) 異時点間の代替の弾力性の逆数(労働) 消費から得る効用の曲率 貨幣から得る効用の曲率 習慣形成の強さ 貨幣から得る効用の係数 資本減耗率 資本(投資)調整費用の重要性 資本(投資)調整費用の曲率 内生的資本減耗の重要性(U-2 ケース) 内生的資本減耗関数の曲率(U-2 ケース) テイラー・ルール係数,インフレ率 (NKM-TR のみ) テイラー・ルール係数,GDP(NKM-TR のみ) 攪乱項の AR(1)係数 31 α β γ θ ξ σ cm 0.362 0.976 0.1, 1, 10 1 2 1, 10 σl σc σm 1, 0.1 h χ 0, 0.5 2.85 0.089 0, 0.5 2 0.1, 0.5 2 1.5, 2 δ b ν φ η ωπ 1.01, 10 σ c と同じ ωGDP 0.5 ρ 0.5, 0.95 例1:RBC モデル,資本の調整費用(K-1),稼働率内生(U-2) 投資ショックに対する反応 GDP 2 0 -2 0 10 20 Capacity Utilization 0 0 10 20 Nominal Interest Rate 0 0 1 10 Price Level 20 -1 0 10 Work Hours 20 0 10 20 Real Interest Rate 0 10 20 Labor Productivity 0 0 10 20 -1 10 Inflation 20 -1 0 10 Capital Stock 20 2 0 1 0 0 0 1 -1 -10 1 0 2 -2 0 0 0.2 -0.2 -1 Investment 10 0 2 -2 Consumption 1 -2 0 10 20 Relative Price of I Goods 0 -1 0 10 32 20 -2 0 10 20 例2:NKM-MG モデル,資本の調整費用(K-1),稼働率内生(U-2) 投資ショックに対する反応 GDP 10 0 -10 0 10 20 Capacity Utilization 0 0 10 20 Nominal Interest Rate 0 0 1 10 Money Growth 20 -1 0 10 Work Hours 20 0 10 20 Real Interest Rate 0 10 20 Labor Productivity 0 0 10 20 -5 10 Inflation 20 -1 0 10 Capital Stock 20 5 0 5 0 0 0 1 -1 -20 1 0 5 -5 0 0 0.2 -0.2 -1 Investment 20 0 5 -5 Consumption 1 -5 0 10 20 Relative Price of I Goods 0 -1 0 10 33 20 -2 0 10 20 例3:NKM-TR モデル,資本の調整費用(K-1),稼働率内生(U-2) 投資ショックに対する反応 GDP 4 Consumption 1 2 0.5 10 0 0 0 -2 0 5 10 15 20 Capacity Utilization 4 -0.5 0 5 10 15 20 Money Growth 200 -10 0 0 0 -200 -0.5 0 5 10 15 20 Nominal Interest Rate 2 -400 0 10 15 20 Real Interest Rate 1 1 5 -1 0 0 0 -0.5 -1 10 15 20 Work Hours 4 0 5 10 15 20 Labor Productivity 2 1 -0.5 0 0 -1 0 5 10 15 20 -1 0 15 20 5 10 15 20 15 20 Capital Stock 0 5 10 34 15 0 20 -1.5 5 10 Relative Price of I Goods 0 2 -2 10 Inflation 1 -1 5 5 2 0.5 0 0 0.5 2 -2 Investment 20 0 5 10 15 20
© Copyright 2026 Paperzz