第5講

スライド
2.6.4 音の成長と減衰
n
音を発生すると,直ぐに平衡状態になる?
n
それまでに,どんな現象が起こる?
u室内の音響エネルギはゼロから増加.
u平衡状態に至るまで,室内の音エネルギは徐々
に増加していく.(
音の成長)
u成長ののち,エネルギが平衡した状態に至る.
(定常状態)
n
音源を停止後,音響エネルギはどうなるか?
u音源が停止して,エネルギの供給がなくなると,
エネルギの平衡が崩れ,室内の音響エネルギは
減衰していく.(減衰=残響)
2005/5/2
Acoust. Env. Planning, K. Sakagami
3
ポイントと補足
2.室内音響(その4)
2.6.4 音の成長と減衰:エネルギ収支から諸状態の関係式
室内で音源が音を発生する場合,室内の音響エネルギは直ちに定
常状態に達するわけではない.音源が定常音を出していても,まず
直接音が到達し,それから次々に各境界面からの反射波が遅れて到
来する.したがって,その分のエネルギが徐々に加えられて,やが
て定常状態に達する.これを,音の成長という.一方,定常状態に
達してから音源を停止すると,もはや室内には新たなエネルギが供
給されないので,室内のエネルギは減衰していく.これが残響であ
る.
音源が短音(パルスなど)を発
生するときと,連続音を発生す
るとき,それぞれの場合におけ
る,音源,屋外,室内での波形.
(屋外の場合については,地面
による反射音を含む.室内では
残響.))
屋外での伝搬
音の成長・定常状態・減衰
Energy
成長
定常状態
音源波形
減衰(残響)
受音点での
波形
t
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Acoust. Env. Planning, K. Sakagami
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2005/5/2
Acoust. Env. Planning, K. Sakagami
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短音の場合は,直接音がまず観測され,遅れてくる反射音がそれぞれ分離
して観測される.連続音では,遅れてくる反射音が次々に到来する間も音
源からの直接音があり,さらに反射音も連続音であるから,次々に重なっ
て連続波形として観測される.そのとき,初めの部分では時間とともに振
幅が増大し,やがて定常となるが,音源停止後は減衰する過程が見られる.
室内での伝搬
音源波形
受音点での
波形
残響
成長
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(a)室内のエネルギ収支
n
室内の音響エネルギについて,以下の関係を単位時
間(1秒間)について導く:
(エネルギの増加分) = (
音源から放射されたエネルギ)
−(全壁面でのエネルギ吸収)
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では,上記の各状態における室内の音響エネルギの関係式を,導
いてみよう.
次のような室内音場について考えてみよう:表面積 S,平均吸音
−
−
率α(全吸音力 A = Sα)
,容積 V の室内で音響出力(パワー)W の音
源が音を発生し,その時のエネルギ密度が E になっているとする.
7
(a) 室内のエネルギ収支
まず,単位時間に全境界面(面積 S)に入射する音響エネルギは
室内のエネルギ収支
−
単位時間に,全
壁面に入射する
音響エネルギ:
cE/4
n
単位時間に全壁面によって吸音され
るエネルギ:
cESα / 4
n
n
n
単位時間に音源から供給されるエネ
ルギ:W
室内の音響エネルギの変化率(単位
体積当たり):
dE/dt
したがって, VdE
dt
2005/5/2
=W −
cESα
4
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である.したがって,平均吸音率がαであるから,単位時間に全境
界面によって吸音されるエネルギは,
である.一方,この音場に供給されるエネルギは,
単位時間当たり W である.
いま,室内の音響エネルギの変化は,単位体積当たり(E がエネル
ギ密度であるから単位体積になる)dE/dt であり,室内全エネルギの
変化は VdE/dt と表わせる.これは,室内の全音響エネルギの増加分
(符号が負のときは減少分)である.したがって ,次の微分方程式
を得る.
−
VdE
cES α
=W −
dt
4
室内のエネルギ収支
n
1.
2.
3.
VdE
cESα
=W −
dt
4
以下の条件について解けば,成長
過程,定常状態 ,減衰過程(残響) が
求められる.
成長過程:t = 0において E = 0
定常状態:1の解において,t → ∞の
極限E0
減衰過程:音源停止時刻を t = 0と
してt = 0でW = 0,E = E0
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(b)成長過程
初期条件:
t = 0において E = 0
E=

 cS α−  
4W 


E=
1 − exp 
t (注)exp(x)は指数関数 ex のこと.
−


 4V  
cS α 


−  


 cS α  
4W 
1 − exp −
 t
− 
4
V


cS α 


グラフを書いてみよう!
E
e は自然対数の底(=2.718...)
が得られ,室内のエネルギ密度がゼロから時間とともに増加する様
子を示す.
4W/cSα
t
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(c) 定常状態
この場合,条件は t=∞において,E = E0 .E0 は定常状態のエネル
ギ密度であり,
(c)定常状態
成長過程の解において,t → ∞の極限E0
E=
− 


4W 
 cS α  
1 − exp −
 t
− 
4
V


cS α 


4W
t →∞
→
−
cS α
E=
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4W
−
cS α
となる.これは,前に求めた室内音場分布そのものである.
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(d) 減衰過程
減衰過程の考察では,音源を停止した時間を t=0 とし,条件とし
て t=0 において W=0,E=E0 とすれば良い.その解は,
(d)減衰過程
音源停止時刻を t = 0として
t = 0でW = 0,E = E0
−
−




cSα 
4W
cS α 


E = E0 exp  −
t
=
exp
−
 4V t
 4V  cS α−




 cS α− 
 cS α− 
4W




E = E0 exp −
t=
exp −
t
 4V  cSα−
 4V 




グラフを書いてみよう!
E
4W/cSα
t
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(b) 成長過程
この場合は,初期条件として t=0 のとき E=0 とすれば良い.
微分方程式を解くと,
「一般解」が得られるが,これはその微分方
程式を満たす関数のグループ.その中から,題意を満たす「特殊
解」を一つ選び出す.その場合,時間については初期条件 と呼ば
れる条件を与えることで,ある時刻における関数の値を規定し,
多数の一般解から一つの解を特定する.同様に,問題が場所(座
標)の関数であれば境界条件と呼ばれ,空間のある場所での値を
規定して特殊解を抽出する条件である.
すなわち,t=0 において音源が音の放射を始めるまで,室内の音響
エネルギ密度は 0 であったということである.このとき,上の微分
方程式を解けば,
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である.エネルギ密度が定常状態の値 E0 から,時間とともに指数関
数にしたがって減衰していく様子(指数減衰)が分かる.この式は,
残響を考える基礎式となる
2.6.5 残響時間 (a) Sabine の残響式
エネルギ減衰過程の式[2]から,定義にそって残響時間を求める.
2.6.5 (a)Sabineの残響式
−
n
n
残響時間の定義は E/E0 =10-6 である.したがって,exp(-cS αt/4V)=10-6
をみたす時間 t が残響時間 T である.これを解けば,
残響時間:
E/E0=10 -6となる時間
減衰過程の式から:
 cSα 
−6
exp −
t  = 10
 4V 
−
 24V
cS α
−
t = log e 10 − 6 ∴ T =  −

4V
 cS α
これを満たす時間が,残響時間:
T=
2005/5/2
KV
Sα
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
 log 10 = KV
−
 e
Sα

ただし,K =24loge10/c=24log10 10/clog10 e=24/clog10 e=55.26/c である.
これが Sabine の残響公式である.K は,音速 c(=331.5+0.61θ,θ
は気温)を含むので気温によって変化するが,通常は約 0.161.
この式は,拡散音場理論に基づく「指数減衰」から,その値が 10-6
になる時間として直接導かれた.したがって,拡散音場で指数減衰
に従う場合には正確であり,拡散の良い室(一般に残響時間が長い)
では実測値と良く一致するが,拡散の悪い室(一般に残響時間が短
い)では誤差が大きくなる傾向がある.
Sabine式の限界
n
平均吸音率が1のとき,Sabine式の
結果はどうなるだろうか?
−
2005/5/2
Acoust. Env. Planning, K. Sakagami
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(b) Eyringの残響式
n
n
室内音場を,音源からの直接音と境
界面からの反射音(鏡像からの寄与)
の和として扱う
平均自由行路 (p)の概念を導入
u 音源から出た音が,ある境界面で一
度反射した後,次に反射されるまでに
進行する距離の平均値
n
個々の反射音の集合として考え,階
段状に減衰するとして出発
2005/5/2
Acoust. Env. Planning, K. Sakagami
例えば,α=1 の場合(完全吸音,すなわち残響時間はゼロのはず)
考えてみよう.このとき,Sabine の式では残響時間が
と
なり,ゼロにならない矛盾が生じる
このように,物理的に解が明快な極限状態での整合性を検討す
るのは,理論的検討において重要である.
なお,この問題は,晩年の Sabine を大変悩ませたと言われてい
る.
この矛盾を解決するのが,次に述べる Eyring の式である.
(b) Eyring の残響式
Eyring は室内音場を音源からの直接音と境界面からの反射音の和
として取り扱った.さらに,反射音を,音源の境界面に対する鏡像
から放射された波と解釈する.
(→鏡像法)
以上に加えて Eyring が導入した重要な概念は,
である.
音源から出た音波が,室内のある境界面で 1 回反射した後,次に境
界面で反射されるまでに伝搬する距離は一定ではないが,それらの
平均値を平均自由行路 p として議論を進めるということである.
15
平均自由行路を p とすると,1 回の反射から次の反射までの平
均的な時間は,
である.
(ii) この間,音響出力(パワー)W の音源から発せられるエネルギ
は,
である.
(注意:p の具体的な値はまだ分からな
いが,とにかく概念的に p を導入する.具体的な値は後で求ま
る.
)
(i)
Eyringの式:成長過程
n
n
1回の反射から,次の反射までの時
間間隔は p/c.その間に音源が放射
するエネルギは,W(p/c)
第1回反射音が,次の反射までの時
間 p/c の間に放射するエネルギは
W (1 − α )( p / c )
n
−
(iii) 境界面の平均吸音率をαとすると,1 回反射した音の出力,すな
わち各境界面での第 1 回反射音に対応する鏡像の音響出力の合
第n回反射音の出力は
W (1 − α ) ( p / c)
n
−
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計は,W のうち 1-αが壁で吸音されてしまっているのだから,
−
W(1-α)となる.したがって,次の反射までに放射されるエネル
−
ギは,W(1-α)(p/c)である.
−
以下同様に考えていくと,第 n 回反射音の出力は W(1-α)n であるか
ら,その次,すなわち第(n +1)回の反射までに放射されるエネルギは,
となる.
(iv) ここで,第 n 回反射音までを含む室内の音響エネルギ密度(す
なわち,直接音と第 n 回までの反射音までのエネルギ密度合計)
En は,
Eyringの式:成長過程
n回反射後のエネルギは,n回反射
までの総和であり,次の成長式を
得る
n
pW
En =
1 − 1 −α
cV α
n
[
エネルギ
(
)]
m
n
−
p
p
W + ∑ W 1 − α 
c

 = pW
m=1 c
En =
−
V
cV α
反射回数n
0
1
2
3
4
5
6
7
…
時間t
p/c
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  − n
1 − 1 − α  
 
 
−
ここで,定常状態のエネルギ密度 E0 は,n→∞すなわち(1-α)n →0 で
Eyring:定常状態
n
−
あるから,E0 =pW/cVαとなる.ところで,これは前述 Sabine 理論と
同様に,先に求めた拡散音場での定常状態におけるエネルギ密度の
定常状態のエネルギ密度 E0は,
n → ∞に相当.すると,
−
値 E0 =4W/cS αと等しくなければならない.
pW / cV α
これは ,Sabine理論のE0と同じで
なければならない .
これによって ,具体的に平均自由行
路 p=4V/S と求まる
n
n
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n
(vi) 次に,t 秒間に境界面で反射する回数を求める.t 秒間には音は
ct [m] 伝搬する.一方,反射 1 回当たり音が伝搬する距離が平均
自由行路である.したがって,ct を平均自由行路 p で割れば良
い.すなわち,
.
(vii) 定常状態で音源を停止してから t 秒後,すなわち n =cSt/4V 回反
射した後のエネルギ密度 E は,
定常状態のエネルギ密度 E0 から,
先に求めた En (n 回分の反射音の合計エネルギ密度+直接音の
エネルギ密度)を引いた値である.つまり,E = E0 −En .いま,
t 秒間に境界面で反射する回数は,
ct/p = (cS /4V)t.これによって,反射
回数nを時間 tに換算
定常状態で音源を停止してから,n
回反射後のエネルギは
この減衰式を
n
時間 tの式に変換
E = E0 1 − α
して,E/E 0=10 -6
となる時間を求める
→Eyring の残響式 n これは,反射回数 nで表した減衰式
(
)
であるが,n = cSt/4Vを代入すれば ,
時間tで表した減衰式になる .
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−
18
Eyring:減衰過程
n
−
(v) したがって,p W/cVα=4W/cSαを解いて,p=
のよう
に平均自由行路が具体的に求まる.
(注意:拡散音場では,平均
自由行路は
だけで決まり,室形に依存しない.
)
−
19
前述のとおり En = E0 [1-(1-α)n ]であるから,
−
−

n
n
E = E0 − E0 1 − (1 − α )  = E0 (1 − α )


これは,いわば反射回数 n で表した減衰の式である.
(viii) ここで,上式に n = cSt/4V を代入し,E/E0 =10-6 となる t = T を求
めれば,この T が残響時間である.
(つまり,反射回数 n で表さ
れた減衰式を,時間 t の式に戻してやる.
)T は次式となる.
T=
これが,Eyring の残響式である.定数 K は,Sabine の場合と同
じ.
Eyringによる減衰過程
エネルギ
1
2
… n
反射回数 n
…
時間 t
Eyringの残響公式
p/c
t = (4V/c S)n
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Acoust. Env. Planning, K. Sakagami
T=
20
n
− log e (1− α )
≈α+
2005/5/2
n
n
n
n
2005/5/2
KV
− S loge (1 − α ) + 4m V
空気吸収を考慮したもの
V(
容積)
が大きいほど,影響が大きい.
したがって,大空間の計算に用いる.
あるいは,温度・湿度の条件により,
mが大きい状況下で用いる.
Eyring -Knudsenの残響公式ともいう.
Acoust. Env. Planning, K. Sakagami
完全吸音(平均吸音率=1)のとき,こ
の式がどうなるか考えてみよう!
自然対数を,常用対数に直してみよう.
-log e(1-α)は,α が小さいときは α と近
似できる.ということは...?
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(c) Knudsen の補正
これまでは,室内の吸音要素として境界面における吸音だけを考
えていた.しかし,空気中を伝搬する音のエネルギは,空気中の分
子,特に水分子によって吸収される(分子吸収)
.これを考慮するた
めに,Knudsen は Eyring の残響式に補正を施した.
(c)Knudsenの補正
T=
n
n
α2 α3
+
+Λ
2
3
KV
− S loge (1 − α )
22
T=
KV
− S log e (1 − α ) + 4mV
これを Knudsen−Eyring の残響公式という.
同じ補正を Sabine の式に施すこともでき,Sabine−Knudsen の
残響公式と呼ばれ,T = KV/(A+4mV).
m は空気吸収をあらわすパラメタで,周波数,温度,湿度によって
異なる.4mV の形で入っているので,室容積 V が
ほど,そ
の影響は大きい.ホールなどの大空間では,この式が良く使われる.