社会的企業 -ソーシャルビジネスで社会を変える- 福田邦夫ゼミナール 19 期 小林菜穂 【目次】 Ⅰ.はじめに Ⅱ.社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)とは (1)社会的企業の定義 ①「社会性」社会的ミッション(social mission) ②「事業性」社会的事業体(social business) ③「革新性」ソーシャル・イノベーション(social innovation) (2)一般企業との違い ①政府・行政の対応を超える領域 ②市場の対応を超える領域 (3)社会的企業の形態 ①事業型 NPO ②社会志向型企業 ③中間形態の事業体 ④一般企業の社会的事業(CSR) Ⅲ.社会的企業の事例 (1)The Body Shop (2)The Big Issue (3)グラミン銀行 ①グラミン銀行のミッション―目指すのは、貧困の悪循環を断ち切ること― ②グラミン銀行の仕組み ③グラミン銀行の日本への影響 Ⅳ.終わりに 84 Ⅰ.はじめに この3年間、福田ゼミでは世界で起きている様々な問題、とりわけ資本主義への警鐘を 勉強してきたように思う。そのような中で私は、ムハマド・ユヌス氏の本を読み、社会的 企業を知り、資本主義への新しい見方へ興味を持った。 今、世界では資本主義が生み出した様々な問題があふれている。環境、格差、貧困、戦 争など大きいものから小さなものまで様々である。これらの社会的課題を解決することに ついては、NPO・NGO が注目され、実際に活動をしてきたが、寄付文化のない日本では活 動を展開していくことが困難である。一方で、企業の CSR にも注目が集まり、企業自身の 社会的責任に対する意識が向上している。そのような中、マネジメントに力点を置く事業 型 NPO や社会のために働く会社が生まれてくるなど、非営利の NPO と営利の企業の境界 はあいまいになってきている。その中で企業と NPO のパートナーシップの動きもあるが、 1つの組織として社会的課題をビジネス手法で解決する、新しい形の組織が出てきている。 それが、社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)である。社会的企業の活動の中に、 新しい社会の可能性を探っていきたいと思う。 Ⅱ.社会的企業( 社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ) ソーシャル・エンタープライズ)とは (1)社会的企業の定義 まず、そもそも社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)とは何か。このテーマに おいては様々な定説があるが、谷本寛治氏によれば、次の3つの要件の特徴を挙げること ができる1。 ① 「社会性」社会的ミッション(social mission) ローカル/グローバルコミュニティにおいて、今解決が求められる社会的課題に取り 組むことを事業活動のミッションとすること。そのベースにはそれぞれの領域にお いてどのような社会を求めていくのかという価値やビジョンがある。社会的なミッ ションに地域社会、ステイクホルダーからの支持が集まることで、ソーシャル・エ ンタープライズの存在意義が認められ、事業は成立する。 ② 「事業性」社会的事業体(social business) 社会的ミッションをわかりやすいビジネスの形に表し、継続的に事業活動を進めて いくこと。この社会的事業を形にする組織形態は様々にありうる。事業においては マネジメント能力、とくにステイクホルダーとのコミュニケーション能力、商品・ サービスの開発力、マーケティング力が求められる。さらに市場社会において活動 1 谷本寛治編『ソーシャル・エンタープライズ-社会的企業の台頭-』 、中央経済社、2006 年、4、5 ペー ジ参照。 85 する事業体であるから、ステイクホルダーにアカウンタビリティをもって経営活動 を行っていく必要がある。 ③ 「革新性」ソーシャル・イノベーション(social innovation) 新しい社会的商品・サービスやその提供する仕組みの開発、あるいは一般的な事業 を活用して(提供する商品自体は従来のものと変わらないが)社会的課題に取り組 む仕組みの開発。こういった社会的事業を通して、新しい社会的価値を実現し、こ れまでの社会経済システムを変革していく可能性を示していくこと。 ところで、ヨーロッパにおける社会的企業の多くの議論では、組織の「社会的所有・管 理」(従業員や地域社会によって所有され民主的に管理されていること、一人一票)を社会 的企業の基本的要件とすることが多く、一方アメリカによる議論では、ソーシャル・エン タープライズという場合事業型 NPO をさすことが多い。 また、内閣府は次のように定義している2。 • 社会的目的をもった企業。株主、オーナーのために利益の最大化を追求するのでは なく、コミュニティや活動に利益を再投資する。 • 深く根ざした社会的・環境的課題に革新的な方法で取り組む。 • 規模や形態は様々であるが、経済的成功と社会・環境課題に対して責任を持つ。 • 革新的な考えを持ち、公共サービスや政府の手法の改善を支援する。また政府のサ ービスが行き届かない場所でも活動する。 • 企業倫理、企業の社会的責任の水準をあげる。 (2)一般企業との違い 社会的企業の行う社会的事業といったときに、一般企業の事業との違いは何か。社会的 事業という場合、谷本寛治の定義付けによれば、基本的には次の2つの領域にかかわる活 動を行う3。 ①政府・行政の対応を超える領域 1)福祉、教育、環境、健康、貧困、途上国支援など、従来政府・行政がそのサ ービス提供を“独占的”に行ってきた領域。しかし従来のやり方では対応しきれ ない状況に対して、社会的企業が求められるようになってきた。 2)政府・行政のタテ割り的対応によってこぼれ落ちてきた領域。タテ割りの隙 間領域というだけでなく、複数の領域がクロスするような活動への対応は、 これまで政府・行政が苦手とするところであったが、そこに社会的企業の柔 軟性が支持されるようになっている。 ②市場の対応を超える領域 ①で見たようにこれまで政府が独占的に供給してきたサービスについて、法的規 2 3 内閣府ホームページ(http://www.cao.go.jp/)より引用。2009 年 12 月 11 日閲覧。 前掲書、谷本寛治、2006 年、5、6 ページ参照。 86 制などで他の可能性が制約されてきた、また規制がなくとも他の可能性を求めて こなかった領域は多い。あるいはビジネスが扱うにはこれまで市場が小さく利潤 機会が少なかったような領域に対して、社会的企業が様々な事業スタイルと新し い事業戦略をもって対応している。 この「社会的」という領域は固定的・確定的なものではなく、境界領域では一 般企業の事業との間に必ずしも明確な線引きができるわけではない。そもそも「今 求められる社会的課題」の内容は、時代とともに変化しているし、国(地域)に よってもその対象は様々である。またもともと小さな市場だったものでも、社会 のニーズが広がり市場が成長していくと、多くの資本がビジネス・チャンスを求 めて入り込んでくるケースも多い。そういった企業は社会的ミッションを必ずし も持たず、商品やサービスをより効率的に安価に提供し、積極的なマーケティン グ活動を展開することによって拡大し、創始的な企業が駆逐されていくような事 態も見られる。例えば、ボディショップが経営危機に至るケースなどが挙げられ る。 (3)社会的企業の形態 社会的企業の基本形態には、大きく見ると非営利組織、営利組織の2つにわけることが できる。まず非営利組織形態によるものとして「事業型 NPO」が挙げられる。ここで NPO とは日本では主に特定非営利活動法人を指すが、社会福祉法人などの形態による社会事業 も含まれる。営利、非営利の中間領域に、中間法人、共同法人、共同組合などがあるが、 こういった形態による事業も含まれる。コミュニティ・ビジネスなどもここに含まれる。 営利形態としては、会社形態によって運営されるものを「社会志向型企業」 (socially-oriented company, mission-based company, socially responsible business など) と呼ぶことが多い。それは株式会社、有限会社によるいわゆるソーシャル・ベンチャーを 指す。さらに既存の一般企業による社会的課題への取り組み(社会的事業)も含めて考え られる。 (表1) 非営利組織 形態 営利組織 形態 NPO 法人、社会福祉法人など 中間法人、協同組合(ヨーロッパでは多様な形態) 株式会社/ 社会志向型企業 有限会社 企業の社会的事業(CSR) (出所)谷本寛治編著『ソーシャル・エンタープライズ-社会的企業の台頭-』中央経済社 2006 年 7 ペ ージから作成。 そこで以下では①事業型 NPO、②社会志向型企業、③中間形態の事業体、④一般企業の 87 社会的事業(CSR)、の4つの特徴を具体的な例を挙げて示していく。 ① 事業型 NPO 例) ・Pioneer Human Service(ワシントン、1965 年~)工作機械・部品の製造・配送 を行いマイノリティや社会的にハンディを負った人々に就労の場を与える ・Goodwill Industries(メリーランド、1902 年~)地域住民から不用品を寄付と して受け入れ、障害者やホームレスを雇ってクリーニングを施しリサイクルショ ップで販売する ・ (特活)イー・エルダー(東京、2000 年~)高齢者の起業支援や事業の情報化支 援を行う ・ (特活)北海道グリーンファンド(札幌、1999 年~)株式会社を併設しながら市 民風力発電事業を推進している環境 NPO 社会的課題に取り組む主体として、近年 NPO が注目されてきている。NPO は社会的要 請や支持を受け広がる中、多様な役割を担うようになっている。そこでまず NPO の基本要 件を確認する4。 1) ボランタリー・アソシエーション:人々の自発的な意志によって形成され、政府 から独立した組織であること(non-governmental organization) 。 2) 社会的ミッション:社会的課題の解決に取り組むことをミッションとすること。 3) 非配分原則:寄付や事業活動で得た収益をメンバー間で再配分してはいけないと いうこと。 NPO は様々な社会的な課題にかかわっており、その活動の機能から次の3つのパターン に分けることができる5。 1) 慈善型 NPO:これは寄付やボランティアをベースに、チャリティとして社会的な 課題に取り組むものである。例えば、貧困、難民、福祉などの課題に、寄付を受けボ ランタリーな支援活動を展開する団体であり、伝統的な NPO のスタイルである。 2) 監視・批判型(アドボカシー型)NPO:これは企業や政府・国際機関などの活動 を監視・批判したり、アドボカシー活動6を行うというスタイルで社会的活動にかか わるものである。例えば、地球環境問題や人権問題などについて、企業の活動を独立 した立場から調査したり、企業や市民に情報提供、政策提言を行ったりしている。 3) 事業型 NPO:これは有料・有償による社会的サービスの提供、情報の分析・提供、 4 前掲書、谷本寛治、2006 年、8 ページ参照。 同上書、8 ページ参照。 6 アドボカシーとは、本来「擁護」や「支持」 「唱道」などの意味を持つ言葉で、日本では「政策提言」や 「権利擁護」の意味で用いられるようになっている。また、 「社会問題に対処するために政府や自治体及び それに準ずる機関に影響をもたらし、公共政策の形成及び変容を促すことを目的とした活動」という専門 家もいる。国際協力の場合は、貧困やそれに関係する問題を解決するために、開発政策などの変更を促す 働きをアドボカシー活動と呼んでいる。 (ワールドビジョンジャパン公式ホームページ: http://www.worldvision.jp/を参照。2009 年 12 月 11 日閲覧。) 5 88 コンサルティングといった活動を事業として行うものである。事業型 NPO とはまさ に社会的な事業を担う1つの“ビジネス”として理解される。 (表2) 活動 (伝統的) 監視・批判型 NPO 慈善型 NPO (アドボカシー型) チャリティ(無償) 政府や企業の監視 事業型 NPO 社会的事業(有償) と政策提言(無償) スタッフ 組織運営 ボランティア・スタ ボランティア/プ ッフ ロ併用 アマチュアリズム アマチュアリズム プロのスタッフ ソーシャル・アント レプレナーシップ 行動原理 博愛主義 問題意識と批判性 効率性(市場競争、 コア・コンピタンス への意識) マーケティング 活動 受動的、マーケティ マーケティング意 顧客志向、マーケテ ング意識はない 識の萌芽(資源獲得 ィング(資源獲得、 において) サービス提供にお いて) 主な資金源 企業・政府との関係 寄付・会費中心 寄付・会費中心 事業収益中心 独立的 独立的 コラボレーション (出所)前掲書、谷本寛治、2006 年、9 ページから作成。 また、それぞれの境界に位置するような NPO が存在するし、慈善型 NPO が収益事業を 行うケースも少なくない。 時代の変化とともに、社会が NPO に求める期待、NPO が担う役割も変化をしてきた。 監視・批判型(アドボカシー型)NPO の登場の背景には、7、80 年代以降、産業社会がも たらす負の側面=社会的・環境的問題に関心が集まるようになったことがある。インターネ ットの拡大とともに、そのネットワーク化は大きく広がっている。また事業型 NPO の登場 の背景には、80 年代の「小さな政府」への動きによって社会サービスの提供が削減されオ ルタナティブなサービス提供者が求められたことや、政府による画一的なサービスには収ま りきらない多様な声がたかまってきたことなどがある。 ② 社会志向型企業 例)・Ben & Jerry’s Homemade Inc.(バーモント、1978 年~)環境・地域社会への貢 献をミッションとするアイスクリーム会社 ・Body Shop(ブライトン、1976 年~、後述)環境・社会問題を事業を通して問 89 いかけ実践している化粧品会社 ・Big Issue(ロンドン、1991 年~、後述)ホームレスが街頭で雑誌を売るシステ ムを作る ・ 安全センター(株) (東京、1987 年~)独居老人向け緊急通報システムを作り 事業化する 次に、営利形態として、会社形態によって運営されるものを社会志向型企業と呼ぶ。ア メリカでは、60 年代後半~70 年代に広がった公民権運動、ベトナム反戦運動、消費者運動、 環境運動などの動きが、産業社会や大企業のあり方を問い直し、個々の企業では社会的責 任を問うという形で広がった。こういった動きに併行して、その問われた社会的課題(環 境、消費者、マイノリティ、福祉などの問題)の解決を、80 年代あたりからビジネスに取 り組んでいこうとする社会志向型企業が台頭している。 またこのような社会的企業や社会的に責任あるビジネスを考える企業家が集まって、 Social Venture Network(SVN)というネットワークが 1987 年サンフランシスコにつくら れている。そこでは、“ビジネスを通して人間的で持続可能な社会を築いていくこと”をミッ ションに、社会起業家が集まり、啓蒙・支援活動を展開している。SVN から CSR に取り組 む企業のネットワーク Business for Social Responsibility(BSR)が結成されたり、地域に 根ざしたローカルな事業体のネットワークである Business Alliance for Local Living Economies(BALLE)が展開している。また 1993 年には SVN europe も設立されており、 その活動は広がっている。 ③ 中間形態の事業体 もちろん、営利、非営利の中間の領域にも様ざまな中間形態がみられる。特に、イギリ スで著しい。イギリスでは、80 年代以降の小さな政府への動きや不況によって、格差が拡 大し、さらに 90 年代のグローバリゼーション進展の中で移民・難民の流入が増大するなど 荒廃したコミュニティをいかに再生していくか、社会的排除7の問題をいかに解決していく か、という社会的課題に直面していた。大きな政府が行き詰る中、社会的企業が、地域に 社会サービスを提供し、地域再開発をすることが注目された。イギリスでは、多様な事業 形態が見られるが、ここでは代表的な5つの形態を紹介する。 1)「コミュニティ・ビジネス」 (Community Business) :地域の人々により所有・管理 され、利益は地域に還元される事業体。 例)Eldonian Community Based Housing Association(リバプール、1986 年~) 荒廃した地域の住宅地の再開発 7 社会的排除とは、市場における弱者、就業困難者、失業者が次第に社会の周縁部へ押しやられ、社会的 関係からも排除を受けることで自力では逃れることができない貧困状態へと落ち込んでいく動的な過程を 意味する。 (前掲書、谷本寛治、2006 年、12 ページより抜粋。 ) 90 2) 「ソーシャル・ファーム」 (Social Firm) :障害者に雇用機会を与えることを目的とす る事業体。協同組合やチャリティの形式によって、障害者が従業員の1/4以上、 収入の半分が事業によること、となっている。 例)Café Nova Interchange(ロンドン、1997 年~)駅やバス停でコーヒーのケ ータリング・サービスやショップを運営 3) 「従業員所有会社」 (Employee Owned Business) :従業員によって所有・管理され る事業体で、ワーカーズコレクティブ8のスタイルや従業員が会社を買い取って設 立したものなどがある。 例)Tower Colliery(サウスウェールズ、1995 年~)民営化政策によって閉鎖さ れた鉱山を鉱夫らが買い取ったもの 4) 「媒介的労働市場会社」 (Intermediate Labor Market Company) :労働市場で不利 な立場に置かれ排除されている人々に職業訓練となる雇用の場を提供し、一般の 労 働市場に戻れるように支援する媒介的な役割をもつ。 例)TeleWorks(グラスゴー、2001 年~)失業者にコールセンターの仕事を提供 する 5) 「ソーシャル・ビジネス」 (Social Business) :チャリティ団体が新たな事業体を立 ち上げ、収益を得て、本業をサポートするものを指す。 例)Café Direct(ロンドン、1991 年~)NGO である Oxfam, Tradecraft, Equal Exchange や Twin Trading などの資金を得てコーヒー価格安定、生産者保護 のためフェアトレードを行う ④ 一般企業の社会的事業(CSR) 以上のように社会的企業とは、非営利形態であれ、営利形態であれ、社会的事業に取り 組み、社会的課題の解決に向けて新しい商品、サービスやその提供の仕組みなど、ソーシ ャル・イノベーションを生み出す事業体である。そうだとすれば、ベンチャー・ビジネス のみならず、既存の一般企業が新しい社会的事業に取り組んでいくことも社会起業家精神 (ソーシャル・アントレプレナーシップ)をもった活動として理解することができる。社 会的に責任ある企業とは、まさに社会から解決を求められている課題に対して、企業のも つ資源を活用し、事業活動として新しい取り組みを示すことのできる企業であるというこ とができる。つまり CSR は、コンプライアンス、リスク管理にとどまらず、社会的課題の 解決に向けて企業が積極的に取り組んでいくことが求められる。 谷本氏は、CSR を3つの次元にわけて説明している9。 1)経営活動のあり方:経営活動のプロセスに社会的公正性・倫理性、環境などへの配 ワーカーズ・コレクティブとは、雇う-雇われるという関係ではなく、働く者同士が共同で出資して、 それぞれが事業主として対等に働く労働者協同組合のことである。 (浅倉むつ子、島田陽一、盛誠吾『労働 法』 、第3版,有斐閣アルマ、2008 年参照。 ) 9前掲書、谷本寛治、2006 年、14 ページ参照。 8 91 慮を組み込むこと。CSR として求められている中心課題である。 例)オムロン、本田技研、デンソー、などは(社福)太陽の家と協力して部品組み 立て工場をつくり、事業に組み入れている 2)社会的事業への取り組み:社会的商品・サービス、社会的事業の開発。新しいビジ ネスとして社会的商品やサービスを開発・提供していくこと。その開発にあたって、 それぞれの領域における専門的な NPO/NGO と協働することも重要な戦略である。 例) ・近畿日本ツーリスト社のバリアフリーツアー ・トステム株式会社が 2004 年(特活)ユニバーサルデザイン生活者ネットワー クと協働してユニバーサルデザイン玄関ドアを開発した事例 3)社会貢献活動:企業の経営資源を活用したコミュニティへの支援活動。世間からの CSR への期待の高まりから、これまで企業が関わってこなかったような領域への支 援などにも社旗貢献活動としてかかわるようになっている。 例)マイクロソフト株式会社は 2004 年デジタルデバイドの解消のため、障害者や DV 被害者らが PC を学ぶ講座を提供(UP プログラム) 谷本氏は、以上見てきた事業型 NPO と社会志向型企業、さらに一般企業、慈善型 NPO、 中間組織を図にして表している。縦軸に市場性、横軸に社会的課題との関係性をとってい る。一般企業のうち社会的に責任ある企業は最も右寄りの部分に位置づけられるといえる。 網がけした部分が社会的企業を指す10。 (図1) 市場性(高 一般企業 事業が社会 社会志向型企 中間組織 業 事業型 NPO 的課題に関 的課題に関 わる程度(低 慈善型 NPO 市場性(低 (出所)谷本寛治、2006 年、15 ページから作成。 10 事業が社会 前掲書、谷本寛治、2006 年、15 ページ参照。 92 わる程度(高 Ⅲ.社会的企業の 社会的企業の事例 ここでは、社会的企業の具体的事例をみていく。世界で最も有名な社会的企業のうちの 3つの企業を紹介する。 (1) The Body Shop11 創始者:アニータ・ロディック 設立:1976 年 事業内容:化粧品販売 ボディショップは、1976 年デイム・アニータ・ロディックが動物実験を行わずに、天然 原料をベースとしたオリジナル化粧品を製造、販売する企業として設立した。ロディック は、「企業には世界をよくする力がある」というシンプルな発想と情熱を、世の中に先駆け て実践した。こうして誕生したボディショップは、他に例のない倫理的な化粧品会社とし て 30 年以上あり続けている。2009 年現在、世界 64 カ国以上に 2500 店以上を展開してい る。日本では株式会社イオンフォレストが運営しており、1990 年に表参道に1号店がオー プンした。ボディショップの経営方針は「ビジネスを通して社会と環境を変えること」で あり、社会変革を目指す企業として社会活動にも積極的に取り組んでいる社会的企業の先 駆けともいえる存在である。ロディックは公式ホームページ上で次のようなメッセージを 載せている。「企業活動は、貧困、環境といった世界の問題に、大きな影響を与えます。企 業には、世界に対する責任があります。弱い立場の人々の生活を高めるために、すべての ビジネスが『愛と思いやり』を基本にして、その力を最大限に発揮すべきです。 」 ボディショップは創業以来、企業理念を明確に打ち出し、以下の 5 点を重視した経営を 行っている。 1.Against Animal Testing (化粧品の動物実験に反対しています。 ) 2.Support Community Trade (公正な取引により、地域社会を支えています。 ) 3.Activate Self Esteem (自分らしい生き方を大切にしています。) 4.Defend Human Rights (ひとりひとりの人権を大切にしています。 ) 5.Protect Our Planet (私たちを取り巻く環境の保護に努めています。 ) 11 ボディーショップホームページ(http://www.the-body-shop.co.jp/、2009 年 12 月 11 日閲覧。 )参照。 93 1.Against Animal Testing (化粧品の動物実験に反対しています。 ) 化粧品の製造・販売過程で行われている動物実験は、動物への虐待行為であり、実験デ ータを裏付けにした製品の安全性そのものが不明だとして、動物実験の廃止を求めている。 1998 年に英国内での化粧品およびトイレタリー製品の動物実験が禁止された。日本でも 1999 年に、化粧品の動物実験を止め、代替実験研究の推進・代替実験による安全性テスト を認める体制作りを求める署名運動を行い、375,129 通もの署名を厚生省に届け、店頭募金 と売り上げの一部をあわせた 3,715,239 円を JAVA(動物実験の廃止を求める会)に寄付し ている。また、英国 RSPCA(王立動物虐待防止協会)から 2008 年に化粧品部門 Good Business Award を、2009 年には「特別功労賞」を受賞している。 2.Support Community Trade (公正な取引により、地域社会を支えています。 ) 「援助ではなく取引を」「第三世界の人々を援助するため、彼ら自身のニーズを満たし、 そのために彼らが持つ資源を利用し援助する創造的な取引を」をコンセプトとした独自の フェアトレードプログラムである。 「コミュニティトレード」は支援を必要としている小さ なコミュニティと、持続性のある取引関係を築き、長期的なサポートを続けるための取り 組みから生まれた。社会的、経済的に恵まれない生産者から、直接原料やアクセサリーを 公正な価格で購入することで、そこに住む人たちは、雇用、医療、教育を充実させ、彼ら の持つ文化や伝統を守りながら生活が可能となる。コミュニティトレードのスタートは、 1988 年にザ・ボディショップの創業者、アニータ・ロディックが、アマゾン流域の森林破 壊のために、生活の場を追われている先住民カヤポ族に出会い、なんとか彼らを支援しよ うと彼らのコミュニティを対等なビジネスパートナーとして原材料を取引したことだった。 現在では、20 カ国以上、25000 人以上の人々から良質な原料や雑貨を仕入れている。これ は全原料の約 10 分の 1 にあたり、店頭に並ぶ製品の 7 割近くにはなんらかのコミュニティ トレードによって調達された原料が配合されている。トレードの対象となっている原料に はババスオイル(ブラジル)、ココアバター・シアバター(ガーナ)、マルーラナッツオイ ル(ナミビア) 、蜂蜜(ザンビア)、オリーブ(イタリア) 、ティーツリーオイル(オースト ラリア)、アロエベラ(グアテマラ) 、ブラダーラックシーウィード(アイルランド)など がある。 94 3.Activate Self Esteem (自分らしい生き方を大切にしています。) "There are 3 billion women who don't look like supermodels and only 8 who do. " (世界 には 30 億人の女性がいるが、スーパーモデルと呼ばれる女性は 8 人しかいない。) 世界に 数人しかいないスーパーモデルのような「誰かさん」のイメージを追わず、自分自身を認 め、良いところをたくさん発見する、そんなポジティブな生き方こそが本当の美しさだと 訴え「ありのままの自分を好きになろう」をコンセプトにしている。 4.Defend Human Rights (ひとりひとりの人権を大切にしています。 ) あらゆる人々の人権を尊重することは、道徳的な責任であり、人権の尊重は、すなわち 健全なビジネスの実践でもあるとして、文化の違いを尊重し、性別や肌の色、年齢など、 あらゆる差別をも許さず、常に公正である事を求め、特に弱い立場の人々に配慮する。子 供の人身売買に反対するキャンペーンや HIV/エイズキャンペーンなどを行う。 さらには「人権を守る」 「自分らしい生き方を尊重する」という企業理念から、深刻化す る DV(ドメスティック・バイオレンス=配偶者などからの暴力)問題をグローバルなテー マとして取り上げ、世界中で取り組んでいる。 5.Protect Our Planet (私たちを取り巻く環境の保護に努めています。 ) 限りある資源を大切にしながら、将来の世代のニーズを損なうことなく、現代の人々のニ ーズに応えていくことを目標とする。自分たちが出すゴミに対して責任を持つために、再 生プラスチックを原料にした容器やリサイクルしやすい容器を使用している。また店舗も、 環境に配慮した木材やリサイクルガラスを使用するなど、環境に配慮して作られている。 日本では、周辺地域のボランティア活動にも、積極的に参加している。スタッフは、月に 半日有給でボランティア活動ができる「コミュニティ活動制度」を活用して、店舗周辺の クリーンアップイベントに参加している。 しかし、2006 年 3 月、ボディショップは、ロレアル社の買収案に、6 億 5230 万ポンド で合意した。創立者のアニータと夫ゴードン・ロディックは、これにより 1 億 3,000 万ポ ンドを手にしたであろうと報じられた。ロレアルが、ボディショップが中心的な価値とし て否定している動物実験を、依然続けている事実などから、多くの議論を呼んでいる。 95 (2)The Big Issue 創始者:ゴードン・ロディック、ジョン・バード 設立:1991 年 事業内容:路上販売雑誌の刊行によるホームレス自立支援 ビッグイシューは 1991 年にロンドンで生まれ、日本では 2003 年 9 月に創刊された。ホ ームレスの人の救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を応援する事業である。 例えば大阪では野宿生活者の約8割が働いており、過半数の人は仕事をして自立したいと 思っている。 ビッグイシューの始まりは、(1)のボディショップの創設者の一人であるゴードン・ロデ ィック氏が、ニューヨークでホームレスの売るストリート新聞を見かけたことだった。彼 は、古い友人で後に『ビッグイシュー』の創始者となるジョン・バード氏に市場調査を依頼 し、バード氏はビジネスとしてならロンドンで十分成立するという結論を出した。ホーム レスの人の表現活動に重きをおく雑誌ではなく、誰もが買い続けたくなる魅力的な雑誌を つくり、ホームレスの人たちにはその雑誌の販売に従事してもらうというポリシーで、1991 年にバード氏はロンドンで『ビッグイシュー』を創刊した。その結果、大成功を収めた。 ロンドンから始まった雑誌『ビッグイシュー』は現在、英国に 4 誌、世界に 7 誌(ナミ ビア、南アフリカ、ザンビア、ケニア、エチオピア、オーストラリア、日本)あり、それ ぞれ独立した雑誌だが、記事や情報交換などで協力しあっている。 ビッグイシュー販売の仕組みは以下である。最初の 10 冊は無料で提供され、定価 300 円 で売り、その売り上げ(3,000 円)を元手に、以降は 1 冊 140 円で仕入れ、160 円が彼らの 収入になる。ビッグイシュー日本では自立への3つのステップを考えている12。 ・簡易宿泊所(1 泊千円前後)などに泊まり路上生活から脱出 (1日 25~30 冊売れば可能に) ・自力でアパートを借り、住所を持つ (1 日 35~40 冊売り、毎日 1,000 円程度を貯金、7~8 ヶ月で敷金をつくる) ・住所をベースに新たな就職活動をする 今、販売者の多くは第2ステップに挑戦中である13。 販売者は、現在ホームレスか、あるいは自分の住まいを持たない人々だ。住まいを得る ことは単にホームレス状態から抜け出す第 1 歩に過ぎない。そのため、販売により住まい を得た後も、必要な場合にはビッグイシューの販売を認めているという。 12 ビッグイシュー日本ホームページ(http://www.bigissue.jp/)より抜粋。2009 年 12 月 11 日閲覧。 実際、神保町で販売していた方に尋ねたところ、発売日は約 30 冊、それ以降は1日約 15 冊売れるとい うことだった。 (2009 年 12 月 10 日取材。 ) 13 96 (3)グラミン銀行 創始者:ムハマド・ユヌス 設立:1983 年 事業内容:マイクロクレジットによる貧困層への無担保融資 グラミン14銀行は、バングラデシュの最南東部にあるチッタゴン大学経済学部長だった ムハマド・ユヌス氏が 1976 年に貧しい人へ個人的にお金を貸すことからはじめ、1983 年 に政府から承認された。この銀行の貸付制度はマイクロクレジットとよばれ、貧困層にお 金を貸し、生活の向上を促す活動を行っている。始めは 10 人だったメンバー数は 205 万人 を越え、土地なし貧困層全体の 20%がメンバーになったことになる。グラミン銀行が貸し 出した額は合わせて 900 億タカにのぼるが、返済率は 98%という驚異的な数字を維持して いる15。今までで女性を中心に 500 万人以上に貸し付けを実施した。創設者のユヌス氏は 2006 年のノーベル平和賞を受賞した。更には、バラク・オバマ米大統領は 2009 年 8 月 12 日、「世界中の何百万もの人たちに自分の可能性を思い起こさせた」と、ユヌスに大統領自 由勲章を授与した。アメリカで文民に与えられる最高の栄誉であるという。日本では、銀 行は大企業にしかお金を貸さないのが通説であるが、マイクロクレジットは最も持続的で 効果的な貧困削減の手段とされ、今世界中から注目が集まっている。 1.グラミン銀行のミッション ―目指すのは、貧困の悪循環を断ち切ること― 既存の銀行は、預貯金という形で募ったお金を必要としている人へ、担保という信 用を保証に融資をするのが主たる業務である。担保を持たない人は、信用力がないと 見なされ、お金は貸してもらえない。かつてのバングラデシュは、銀行からお金を借 りることができない貧困層は、高利貸しからお金を借りるのが唯一の方法だった。稼 いだお金も返済と高い利子にあてると底をつき、またお金を借りるという悪循環に陥 り、貧困から抜け出せない構図が出来上がっていた。貧しい人は、わずか1ドルの現 金すら持てなかった。 富める者ほど大きな担保で多額のお金を借り、それを元にますます富む。融資を受 けられない貧しい者は永遠に貧しいままという悪循環は、不平等であり、それを裁ち 切りたい。ユヌス氏は、その思いから、担保がない貧困層でも、借り手は同性が5人 一組となってグループを編成し、連帯責任を負うことを条件にお金を借り、それを元 に自立を目指すシステムを生み出した。それがグラミン銀行のマイクロクレジット事 業である16。 14 ベンガル語で「農民」の意味。 渡辺龍也『 「南」からの国際協力 バングラディシュ グラミン銀行の挑戦』岩波書店、1997 年、35 ページ参照。 16 All About「ノーベル平和賞のムハマド・ユヌス氏とは?」 15 97 2.グラミン銀行の仕組み 1)融資の仕組み グラミン銀行の融資の仕組みは既存の銀行とはだいぶ違っている。まず、グラ ミン銀行がお金を貸すのは、土地を全く持っていないか、0.5エーカー(約二反: 600坪)未満の耕作地しか持っていないことが条件とされている。バングラデシュ では2~4エーカーの豊かな土地を持っていれば、地主として生活できるといわれ ることがその理由である。 つまり、お金を貸してくれるのは貧しい人だけ。資産を持っている人にしかお 金を貸さない既存の銀行と全く逆の発想である。グラミン銀行が“貧者のための銀 行”と呼ばれるゆえんがここにある。 利率については実はそんなに低いものではない。しかし、その低くはない金利 が逆に返済率向上に繋がっている。金利が高い方が一生懸命働き、返すためのモ チベーションが上がる。またユヌス氏はこう話す。 「バングラデシュで利益を上げ ている商業銀行の金利は年率で16.25%ぐらいです。グラミン銀行の20%というの は単利で、複利ではありません。商業銀行の16.25%というのは四半期ごとの複利 ですから、最終的な金利は高くなるわけです。私どもの融資は、預金を資金源と しているので自給していかなければなりませんが、預金の最高金利は12%、最低 金利が8.5%で、平均すると10%ぐらいです。グラミン銀行には4つの金利があり ます。住宅ローンの金利は8%、教育ローンは学んでいる間は金利ゼロで、教育が 終わったら単利で5%になります。4番目の金利は、10万人以上の物乞いがプログ ラムに参加していて、彼らへの金利はゼロです。つまり4つの融資のうち3つの金 利は、預金金利より低いので損をしていて、20%の金利で埋め合わせをしている、 という構造なのです17」。 2)連帯責任制度 そして、「借り手の返済能力」を土地ではなく「仲間からの信頼」で測る。借り 手は、5 人で 1 組のグループを作る。それぞれが、竹細工や家畜の飼育、木細工な ど自分の仕事を持っている。それぞれが自分の仕事に必要なお金や収益性につい て計画を立て、それをグループ内でチェックする。 グループのメンバーは同じ村 に住んでいるので、お互いの性格や仕事ぶりをよく知っている。 「この人の計画に は無理がある」と気づくのも容易だ。お互いが励ましあい、アドバイスしあう構 造が生まれるため、返済率は高くなる。五人グループのうち、融資を受けただれ かが、返済できなくなると、同じグループのほかのメンバーが融資を受けられな (http://allabout.co.jp/family/volunteer/closeup/CU20061016A/、2009 年 12 月 14 日閲覧。 )参照。 17 ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス氏来日記念セミナー(2009 年 2 月 25 日)より引用。 98 くなるため、連帯して返済について責任をもたなければならない。このしくみが 担保のかわりとなっている。さらに、メンバーの出欠に多大な注意を払っている。 というのも、欠席し始めると次の週は二倍、その次の週は三倍を返済せねばなら ず。それができずに脱落していくことが多いからである。それはグループやセン ター全体の規律にも影響してくる。つまり、誰かが解さなくてもいいならば、自 分も返さなくていいだろうというドミノ式の連鎖反応が起きかねないからである。 欠席したメンバーに対しては、銀行が週末の木・金曜日に家を訪ねて事情を聞き、 問題があれば他のメンバーとともに解決のための助言をしたり、協力をしたりす る18。 3)共同貯蓄 メンバーになると共同貯蓄が義務づけられる。まず、メンバーは毎週、センタ ー集会のたびに1タカ(95 年からは 2 タカ)ずつを「グループ基金」に積み立て る。これは「グループ税1」と呼ばれている。また、貸付を受けたときには、貸 付額の5%をグループ基金に払い込まねばならない。これは「グループ税2」と 呼ばれている。この基金はなんにでも使うことができる。じっさいには、冠婚葬 祭や薬代などの出資をまかなったり、家で道具の修理をしたり、毎週の返済資金 が足りないときに当てたり、といったことに使われている。基金を利用するには グループ全員の同意が必要で、金利や返済期間などもみんなで話し合って決める (金利はふつうゼロである。なお、メンバーからの強い求めに応じて、96 年から は 10 年たったグループの基金は個々のメンバーに払い戻されるようになった)19。 4)借り手は銀行に行かない 加えて、グラミン銀行の特徴の1つに、 「借り手は銀行に行かずに、銀行員が訪 問する」ことが上げられる。銀行の各支店は定期的に借り手グループの住む地域 を訪ねて集会を開き、事務手続きをし、返済計画の説明もするという仕組みであ る。 日本のような豊かな国では想像できないが、農村で暮らす貧しい人や、学校に 行く機会がなく文字の読み書きを習得できなかった人にとって、銀行のオフィス に出向くのはとても勇気のいる行動だそうだ。 「貧しい自分に本当にお金を貸して くれるだろうか」 「人として対等に扱ってもらえるのだろうか」等々の不安を持ち、 「来てください」と言われても簡単に足を向けることはできない。その不安を取 り払うために銀行が出向くことを原則としている。銀行員が村を訪れ、融資によ って家族の生活がどう改善するかなどのメリットの説明を受けることで、「じゃ、 借りてみよう」という気持ちが生まれる。銀行員が自ら出向くということが、グ ラミン銀行を成功させた重要な要素の1つである。 18 19 前掲書、渡辺龍也、16 ページを参照。 同上書、33 ページを参照。 99 5)女性への融資 さらに、グラミン銀行は、貧困層の中でも特に女性に融資することを重視して いる。イスラームやヒンドゥーの古い慣習の根強いバングラデシュは男性優位の 社会で、お金の管理や買い物は男性の役目だ。お金を触ったことのない女性もい るほどである。そういった社会で女性に融資するなんて通常はあり得ない。当初、 男性たちからは、強い反発もあったという。でもあえて女性へ融資したのは、女 性の自立を促すことはもちろん、それが、子どもの利益に直結するからである。 女性は子どもの栄養状態を向上させ、教育のためにお金を使う。さらに、長期の 将来の見通しを持ち、貧困から抜け出したい、今よりよくなろうという気持ちが 男性より強い傾向があるといわれる。ユヌス氏は、女性の持つ力を信じ、支援す ることで、貧困の悪循環からの脱却を目指した。今では融資を受けている人の95% が女性、そしてその返済率も99%に達している。融資を受け、借りたお金を返済 することには、単にお金をやりとりした以上の意味がある。自信と自尊心が芽生 え、やればできるという意欲と、貧しい生活から抜け出せるかもしれないという 希望が生まれてくる。それがグラミン銀行の目指すところでもある。 6)組織体制 グラミン銀行の最高意思決定機関は、13 人からなる理事会である。うち 3 人は 政府が任命し、1 人は最高経営者のユヌス教授だが、残る 9 人はメンバーの代表で ある。つまり、銀行の基本方針を決める理事の 3 分の 2 以上はメンバー自身が占 めているのだ20。 1983 年の設立時は、政府が株式の 60%を保有していた。その後、たびたび発行 株式を増やしたが、政府の持ち株数は変えずに、新規発行分はすべてメンバーに 割り当てた。その結果、政府のシェアは全体の5%にまで低下し、残る 95%はメ ンバーの所有となっている21。 7)社会への影響 ある調査では、避妊を実践している割合が、グラミン銀行のメンバーは全国平 均の二倍にのぼっていることが分かった。一般に貧しい家庭は、働き手の確保、 老後の保障、リスクの分散、幼少時の死亡率の高さなど、さまざまな理由から子 供を多く持とうとするが、グラミン銀行のメンバーは、安定した収入、貯蓄、衛 生状態の改善、それに女性の地位向上によって、子供の数を減らすことが可能に なったのである22。 アーカンソー州の「グッド・フェイス基金」の担当者は、活動を広げるうえで の最大の障害は生活保護だと語っている。生活保護を受けている人たちはそこに 20 21 22 前掲書、渡辺龍也、37 ページ参照。 同上書、38 ページ参照。 同上書、41 ページ参照。 100 安住してしまい、自力で何とかしようという気持ちに欠けてしまうというのであ る。が、彼らは必ずしも初めから「怠け者」や「無能力者」だったわけではない。 問題は、一度生活保護の対象になるとそこから抜け出せなくなり「怠け者」にな ってしまう、そういう環境を社会が作っていることにある23。 いまや、グラミン銀行は巨大な組織へと成長し、融資の相談を受け入れるセン ターは、9万6000カ所以上に上っている。一方では、その方法に批判的な人もいる。 「本来なら自ら立ち上がるべき貧困層をお金で支援してその力を奪ってしまった」 という非難、「高い返済率は、でっち上げだ」という中傷、そして「物乞いをする 人など、本当に救うべき人たちを救っていない」といった批判などである。そう いった批判にユヌス氏は、あるドキュメンタリーでこう答えていた。 「私はマイクロクレジットを万能薬として売り込んではいません。重要な役割 を果たしていますが、すべての問題を解決できるわけではないのです。ただ言え ることは、何でもあきらめずに頑張ってみるべきことではないでしょうか。貧困 だから、女性だからとあきらめずにやりたいことをやってみること。そのために この制度を利用してもらえるといいと思います24」。 システムは万能ではなく、それを生かすも殺すも使う人次第。貧困を救うとい う情緒的になりがちな活動を、現実的な方法で解決してきた経済学者らしい言葉 である。貧しい人が貧困を解消し、自立的に生きる意欲を生むシステムを編み出 し、しかもビジネスとして銀行を成功させたムハマド・ユヌス氏。その功績は、 ノーベル平和賞のみならず、経済学賞にも匹敵するのではといわれている25。 3.グラミン銀行の日本への影響 日本人から見れば、グラミン銀行は小さな銀行だ。預金総額は 71 億タカ(約 146 億 円)しかない。数十兆円の預金総額を誇るメガバンクの 1000 分の 1 の規模である。け れど「お金を貸して人の役に立つ」ことで利益を上げるという、本来銀行がやるべき 仕事をきちんとやっている。このことは、私たち日本人にも 2 つの大事なことを教え てくれる。 1つめは、金融システムの多様化だ。ユヌス教授は言う。「既存のシステムは大企業 など巨額のカネだけのために動いている。でも、貧しい人にお金を貸してきちんと返 済してもらい、彼らを経済的に強化することで、社会全体を強くできる」 。1997 年にイ ンドネシアやタイが金融危機に陥ったのは、ヘッジファンドが一度に資金を引き上げ たことが原因だった。普通の人の生活をよくするためには、グローバルな資金の流れ とは切り離された、小規模で地域に密着した金融機関が必要なのだ。 23 前掲書、渡辺龍也、61 ページ参照。 24 「レッドフォードが語る世界のニューヒーロー」NHK 25 前掲サイト、All About(2009 年 12 月 14 日閲覧。 )参照。 101 BS1 2006年1月4日(水)放送分より引用。 2 つめは、貧困を減らすには「援助」でなく「融資」が有効ということだ。これまで 主流だったのは、援助金や物資を送って貧困層を助けるという発想だ。でも、他国か らモノやカネをもらえると期待していては、いつまでたっても自立できない。貧しい 人々の生活を根本的に改善するには、自分の力で生活を支えられるように、起業の手 助けや融資をするほうがいいのだ。 またユヌス氏は、「日本の企業や日本の人たちが、どういう形でグラミンに協力でき るとお考えですか?」という質問について以下のように答えている。 「いろいろなことにかかわっていただけると思います。例えば 1 つの分野を取り上 げるとするなら、特に IT の技術です。ウェブサイトの利用におけるいろいろなファシ リティをつくってもらって、例えば貧しい人々が籠をつくり、それを自分たちの家に 居ながらインターネットを通じて世界中に売り、インターネット上で支払ってもらえ るようなことをしてもいいと思うのです。ぜひ、日本の企業、日本の若い人々ととも にソーシャル・ビジネスをやりたいと思います。日本の若い人々に何かデザインして ほしい。ソーシャル・ビジネスを設計することも、重要な貢献です。まず種を設計し、 それを植えつければ、問題は解決の方向に進んでいくはずです。私が強調したいのは、 世界中の企業はパワフルな技術を持っているはずですが、今は「利益を上げる」ため だけに使われている。それを貧困や環境の劣化、公衆衛生、住宅など、世界中のさま ざまな問題の解決のために使えば、そういう問題はなくなるはずだということです。 必要なのは、技術と問題を結びつけることです。それがソーシャル・ビジネスです。 今の経済危機は、食糧危機、エネルギーの危機、環境の危機、いろいろなものが合わ さっています。すべてのことに対処して、ここから抜け出していかなければなりませ ん。今の時期はじっくり考えて、そして次の段階に入ることが必要です26」。 また朝日新聞で、ユヌス氏とグラミン銀行のことを取り上げている。 そのインター ビューのなかでユヌス氏は「自分は市場経済が一番よい制度だと思っているが、問題 はこの制度を動かしている原動力が個人的な利益しかないことで、自分としては社会 的利益こそが原動力になるよう、社会のしくみを変えて行きたい27」と語っている。 26 ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス氏来日記念セミナー(2009 年2月 25 日)より引用。 年 10 月 31 日より抜粋。 27朝日新聞、1998 102 Ⅳ.終わりに これまで、地域や社会における課題は、行政など公的セクターによって対応が図られて きたが、社会的課題が増加し、質的にも多様化・困難化していることを踏まえると、それ ら課題の全てを行政が解決することは、難しい状況にある。 社会的企業は、こうした社会的課題を解決する行政以外の担い手として、社会的課題を、 事業性を確保しつつ解決しようとする主体として期待されている28。また、社会的課題への 解決をボランティアとして取り組むのではなく、ビジネスの形で行うという新たな社会的 活動の形や「働き方」を提供している。そして、新しい社会的価値を産み出し、社会に貢 献する事業として位置づけられ、活動に取り組む人自身や活動の成果を受け取る人、更に は、地域及び社会・経済全体に「元気」を与える活動、といえる。このような社会的企業 は、近い将来には、行政や企業の協働パートナーとして、あるいは新たな公の担い手とし て、また社会的課題の解決に取り組むことを通して新たな産業・雇用を創出し、地域及び 社会・経済全体の活性化を担う主体として、その役割が大きく期待されている29。 ムハマド・ユヌス氏はこう語る30。 「特に、私が焦点を当てたいのはビジネスという概念です。人間は利己的でもあります が、無私でもあります。その両方を持つからこそ人間なのであり、それをベースにすべき です。無私、無欲からビジネスを立ち上げてもいいじゃありませんか。それを私は“ソーシ ャル・ビジネス”と呼んでいます。社会目標志向で、社会問題を解決するためのビジネスのこ とです」。 また、ユヌス氏は資本主義を否定してはいない。 「問題はありますし、今非常に惨憺たる状態にはありますが、私も資本主義を信じてお ります。その理由は 1 つで、私は個人の能力を信じているからです。すべての人間は無限 の潜在的な力を持っていて、その力を発揮できるような環境づくりをすればいいと思うの です。少なくとも理論上、資本主義というのはそれができますし、それを実現しようとし てきたはずです。我々が目にしている資本主義というのは、まだ道半ばです。これは大き なチャンスです。今は、人間についてあまりにも狭すぎる見方をしています。人間は金を 生み出す機械ではありません。人間は世界を変えることができるのです。一人ひとりが内 在的に希求する力を発揮できれば、資本主義は制度としてずっとよくなり、バランスのと 28 ソーシャルビジネスの事業規模は約 74.6 兆円、10 年後には 120 兆円を超える市場になると推計してい る例もある。(経済産業省「ソーシャル・マーケットの将来性に関する調査研究報告書」2006 年 7 月。) 29 政府の緊急雇用対策の中にも社会的企業が取り上げられた。(緊急雇用対策本部「緊急雇用対策」2009 年 10 月)また、慶応大学 SFC(湘南藤沢キャンパス)では他大学に先駆けて 2005 年度より、学部のカリ キュラムの中に「ソーシャル・イノベーション」という専攻を正式に採用している。 30 ムハマド・ユヌス著、猪熊弘子訳『貧困のない世界を創る:ソーシャルビジネスと新しい資本主義』早 川書房、2008 年参照。 103 れたシステムになるはずです。未完成の部分をソーシャル・ビジネスによって埋めること ができる。その仕組みをつくり上げることによって、いろいろな問題を是正することがで きると思います。「お金を稼ぐ」のには目的がなければいけません。その目的は「世界を変 える、よりよくしていく」ということです。チャレンジをして、我々は我々がつくった世 界を自慢できる世界にしなければなりません」。 私も彼の意見に賛同した。そして、世界同時不況の今、持続可能な経済をここに見出し、 社会的企業のこれからの活動が新しい社会を築いていくことを期待する。 【参考文献・ 参考文献・URL 一覧】 一覧】 〈日本語文献〉 日本語文献〉 浅倉むつ子・島田陽一・盛誠吾『労働法』有斐閣アルマ、2008 年。 奥村宏『株式会社に社会的責任はあるか』岩波書店、2006 年。 谷本寛治『ソーシャル・エンタープライズ:社会的企業の台頭』中央経済社、2006 年。 谷本寛治・唐木宏一・SIJ 編著『ソーシャル・アントレプレナーシップ:想いが社会を変え る』NTT 出版、2007 年。 坪井ひろみ『グラミン銀行を知っていますか 貧困女性の開発と自立支援』東洋経済新報 社、2006 年。 ムハマド・ユヌス著、猪熊弘子訳『貧困のない世界を創る:ソーシャルビジネスと新しい 資本主義』早川書房、2008 年。 ムハマド・ユヌス、アラン・ジョリ著、猪熊弘子訳『ムハマド・ユヌス自伝:貧困なき世 界をめざす銀行家』早川書房、1998 年。 渡辺龍也『 「南」からの国際協力:バングラディシュグラミン銀行の挑戦』岩波書店 1997 年。 〈URL〉 URL〉 アカデミーヒルズ(http://www.academyhills.com/note/opinion/09100701yunus.html)。 経済産業省(http://www.meti.go.jp/) 。 首相官邸(http://www.kantei.go.jp/) 。 ソーシャルビジネスネット(http://www.socialbusiness.jp/)。 ビッグイシュー日本(http://www.bigissue.jp/)。 ボディショップ(http://www.the-body-shop.co.jp/) 。 ワールドビジョンジャパン(http://www.worldvision.jp/) 。 All About「ノーベル平和賞のムハマド・ユヌス氏とは?」 (http://allabout.co.jp/family/volunteer/closeup/CU20061016A/) 。 104
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