シリーズ 未来を担う人づくり 産学官金連携による教育・研究・社会貢献の一体的推進 ─ 茨城大学塑性加工科学教育研究センター ─ ㈱ 常陽銀行 / 茨城大学フロンティア応用原子科学研究センター 藤 沼 良 夫 茨城大学工学部機械工学科 伊 藤 吾 朗 茨城大学イノベーション創成機構 赤 津 一 徳 地域金融機関の仲介力を活用した産学官金連携による教育・研究・社会貢献の一体的推進の事例とし て、これまで実践してきた「塑性加工フォーラム」、現在活動中の「塑性加工科学教育研究センター」、 今後の計画している「塑性加工ネクストテン・コンソーシアム」の取り組みついて紹介する。 1.はじめに 2.産学官金連携に活路を 2.1 地域企業の課題と対応 の下で、塑性加工を研究する教員群と、塑性加工を営 国内の需要停滞、アジア新興国の市場拡大、取引先 む地域企業群との長期的な連携関係を構築するための の海外移転が進む中、国内のものづくり企業の経営は 事業を継続的に実施している。 比較的順調に推移してきたものの、今後は差別化技術 本稿では、これまでの産学官の連携事業における本 の開発、新規顧客の開拓、人材の確保・育成など、乗 質的な課題と、その課題を乗り越えるために、地域金 り越えなければならない障壁や課題は多数ある。 融機関を加えることの実質的な意義について、茨城大 その対応策としては、図 1 に示すように、① 明確な 学における実際の事例に基づいて紹介する。さらに、 経営理念のもとに、② 財務基盤確保、③ 技術開発、④ 大学に求められる「教育・研究・社会貢献」を実効性 人材育成、⑤ 顧客開拓の基本戦略を構築していくこと ある形で一体的に推進していく事の必要性とものづく である。しかしアジア新興国の台頭や市場の拡大など り人材育成について報告する。 を考慮するならば、その基本戦略の上に ⑥ 科学に裏 図1 経営者が対応すべきこと 40 茨城大学工学部では、地域金融機関との緊密な連携 SOKEIZAI Vol.54(2013)No.8 シリーズ 未来を担う人づくり 付けられた新技術開発、⑦ 地域大学との連携による高 は限界があり、「科学に裏付けられたものづくり技術」 度な人材育成・確保などを加える必要があり、産学官 の確立や、大学との連携による高度な人材育成と確保 連携への期待は大きい。しかし、現在の産学官連携は が極めて重要となる。 共同研究が中心であり、大企業はともかく地域企業に とっては研究を遂行する人材不足や、研究成果を短期 3.2 塑性加工フォーラムの活動 的に求めることなどから、成功している事例は少ない 茨城大学工学部と茨城大学フロンティア応用原子科 のが現実である。 学研究センター(iFRC)には、中性子線応力解析装置 を用いた製品の残留応力解析や塑性流動解析など世界 2.2 金融機関の仲介力を活かす 最先端の評価解析技術と実践経験豊富な優秀な人材が 産学官連携を成功に導く本質は 、 関係者間の相互信 多数揃っている。また茨城・栃木・福島の各公設試験 頼をどう確保するかに尽きる。ここに地域金融機関の 研究機関は、伝統的に金属材料などの試験設備を整え 登場の必要性がある。企業と金融機関は資金供給とい ており、評価解析などの実績から、地域企業から高い うリスク共同体として緊密な信頼関係にあり、金融機 評価を得ている。 関の営業担当者は、極めて頻繁に経営者と情報交換し そこで、茨城大学工学部と iFRC 及び常陽銀行では、 ている。我々はこの信頼関係に着目して、図 2 に示す これら塑性加工に関する産学官金を結集し、研究交流 「産金のリスク共同体」を中心とした産学官金連携を の 場 を提供する「塑性加工を科学するフォーラム」 実現している。具体的には、金融機関の持つ 仲介力 、 を 2010 年 10 月 5 日に設立した。本フォーラムは、塑 言い換えればコーディネータ力や優良企業のスクリー 性加工に関する最新の情報を共有し、企業間のビジネ ニング力の活用である。金融機関が企業と大学の仲介 ス・マッチング、競争的資金獲得、受託・共同研究、 役となって 、 行政の施策などを活用し、地域内でヒト・ 研究成果の生産プロセスへの適用などを目指したもの モノ・カネ・技術・情報が循環していく手法が我々の であり、主に常陽銀行の取引先企業 36 社 50 人、大学 提案する 産学官金連携 である。 からはナノ領域からマクロレベルの解析までの教員 6 名、さらに茨城・栃木・福島の公設試験研究機関など 現状の産学官金連携 目指すべき産金中心の連携 けてきた。 学 産 限定された プロジェクトフィールド 学 総勢 60 余名の参加の下に 2012 年 3 月末まで活動を続 官 この間の活動は、「ものづくりの現場から学ぶ」を 主眼に大学教員とコーディネータ及び銀行員による企 産 長期取引に基づく 信頼基盤のフィールド 業訪問を主軸としてきた。その理由は、「大学の使命 金 は教育、研究、地域貢献の三本柱であり、この三本は 有機的につながってあるべき」との視点からである。 地域金融 の参加 例えば 、 教員と学生がものづくり現場を見学し 、 学生 官/支援機関 はそこで金属がどのように塑性加工され製品に成形さ れるかを学び 、 教員は現場での不具合や課題について、 図 2 官学主導から産金のリスク共同体主導へ 自分の持っている知識や経験からその解決策を提案 し、共同開発することで企業に貢献する。教育、研究、 3.塑性加工フォーラムの活動 地域貢献を一体で展開することを狙いとしたフォーラ ムである。約 1 年半の活動の結果、企業訪問 27 社、 3.1 塑性加工業界の現状と課題 技術相談 45 件、出張講義 4 件、国の競争的資金獲得 3 件、 茨城大学工学部からから半径 100km 圏内には、茨 共同研究 4 件、日産自動車テクニカルセンター技術提 城県を中心に千葉・栃木・福島にまたがり鍛造・押出 案商談会参加 8 社と大きな成果を納めたところである。 し・圧延・引抜き・転造・プレスなど日本を代表する 塑性加工技術を持つ企業が多数活躍している。 4.塑性加工科学教育研究センターの設立 塑性加工は、ものづくり基盤技術の重要分野である が、従来は主として経験と勘に頼ってきた。近年、中 4.1 設立主旨 国・韓国など中進国が追従する中、これらを凌駕する 塑性加工を科学するフォーラムの一定の成果を基 高品質化・高機能化・生産性向上が求められている。 に、茨城大学工学部は 2013 年 1 月に「塑性加工科学 その対応としては、これまでのものづくりの延長線 教育研究センター」(図 3)を、他の 3 つの教育研究 や地道な QCD(品質・コスト・納期)の積み上げに センターとともに設立した。その設立趣旨は「環境に Vol.54(2013)No.8 SOKEIZAI 41 素材および塑性加工技術に関する基礎 的知見をもち、環境に優しいものづくり に応用できる生産技術者 ①厚板鍛造の高度シミュレーション 技術の確立 ②プレス加工製品の微視組織解析と 強度評価 ③圧延プロセスによるAl-Zn超塑性 合金の微視組織制御 教育 研究 社会貢献 ①塑性加工(鍛造、プレス)の可視化 ②塑性加工を利用した高機能材料の 創成 ③金属材料の組織解析(中性子回析を 大いに利用) ・組織制御による高機 能化 ④塑性加工性劣化(破断)の原因解明 ⑤破断箇所の金属組織学的特定 図 3 塑性加工研究センターの活動とロードマップ やさしく、高い付加価値を生む加工である 塑性加工 いう具体的なロードマップを共に創り上げていく地域 を科学的にとらえた教育研究活動を進める」というも 協働プロジェクトである。 ので、「茨城大学工学部は塑性加工に関する製造プロ 2000 社を超える地域の製造業へのアンケートを実 セス・金属組織・素材の特性など総合的知見において 施するとともに、経営者から直接に大学に向けての生 世界トップレベルであり、センター発足を機に教育に の声を聞き、また 4 つの教育研究センター全教員(46 も重点を置き、共同研究を通じての大学院生に対する 名)へのヒアリングを実施して教員側の実態把握と対 教育、企業技術者に対する出張講義、社会人 Dr の受 応の実現性を確認し、個々の教員とセンターの研究 入れなど、塑性加工を科学的にとらえた教育研究活動 ロードマップの聞き取りを行った。 をさらに活発化していく」ことを狙いとして、機械工 以上の調査に基づいて教育研究センターの企業向け 学専攻、物質工学専攻、応用粒子線科学専攻など複数 パンフレットを制作すると共に、2012 年 11 月以降、 の専攻から集まった 10 名の教員が中心となって事業 大学から地域企業に向けて 9 つのコラボレーション・ を進めている。 プログラムを提案してきている。特に「人材育成」で は、① 企業技術者向けオーダーメード勉強会、② 技 42 4.2 地域協創プロジェクト 『next X(ネクストテン) 』 術現場での解析・講座(オンサイト・リサーチ&スタ 2012 年 4 月からは、常陽銀行から常勤の教員が特 ディ)、③ 卒論トライアル(学生の卒業研究による企 命教授として大学に派遣されており、これを基盤に経 業課題への挑戦)、④ ひざづめインターン・シップの 済産業省の助成を受けて『next X(ネクストテン)』 4 つを提案している。これまで、30 社を超える地域企 という協働事業を実施している。 業へ複数教員(及び学生)が常陽銀行コーディネータ next X プロジェクトは、「復興の先の明日を地域全 と共に訪問し、これをベースに事業が進められてきて 体で創って行こう」 という趣旨で企画されたもので、 いる。そしてその中から複数の共同研究も立ち上がっ 地域企業と共に 10 年後の具体的な夢(ビジョン)を ている。 描き、そこへと至る「明日からの 10 年 = next X」と SOKEIZAI Vol.54(2013)No.8 シリーズ 未来を担う人づくり 5.今後の取り組み 5.2 コンソーシアムの活動内容 コンソーシアムの具体的活動内容としては、以下の 5.1 「塑性加工ネクストテン・コンソーシアム」の 「ものづくり人材力育成」 「ものづくり技術力育成」 「も 設立へ のづくり企業力育成」の 3 つのプログラムの実施を掲 今後は、「塑性加工ネクストテン・コンソーシアム げており、共同研究開発案件に関しては、別途、企業 設立準備会」を立ち上げ、限定会員制の「開発共同体 グループと教員グループによる複数年の共同研究契約 (コンソーシアム)」 (図 4)という新たな段階に向けて 歩を進めていく予定である。 を締結して進める予定である。 長期的な研究開発力育成と地域企業からの要望の強 さの点で「人材力育成」が特に重要な課題となってい パートナー企業 (5∼10社程度) ものづくり企業 コンソーシアム 「研究室」 レベルのフルサポート 継続的な学生インターンシップである「ひざづめイン 年会費(30万円程度) ターンシップ」を中心としたプログラムの推進を目指 サポート会員企業(10∼20社程度) る」ことを志向する地域企業グループとして活動して 「修士研究」 レベルのフルサポート 塑性加工 ものづくり企業 フォーラム るため、コンソーシアム事業の中核としては、長期的・ しており、共に「世界で戦えるものづくり人材を育て いくことを目指している。 年会費(3万円程度) 一般会員企業 「塑性加工を科学するフォーラム」 無料/情報提供・講座・セミナーの案内 図 4 塑性加工(ものづくり)企業フォーラム / 企業コンソーシアム展開イメージ 6.おわりに 近年、これまでの産学官連携に金融機関を付加した 産学官+金融 連携の試みが全国的に注目を集めて いる。こうした連携の主体は地方を地盤とする金融機 関であり、本件も茨城大学と茨城県を地盤とする常陽 銀行との連携事例である。 常陽銀行では、これまでの大学との連携事業が地域 現状において大学教員が本格的に支援できる業務量 企業から高く支持されているとの判断から、2013 年 4 には限界があることから、まずは限られた企業に対し 月から産学官金連携人員を 3 倍とするなどの大幅な増 て組織的・集中的な支援を実施することによって、長 強を図っており、塑性加工や工学分野に限らず、食や 期的・継続的な信頼関係を構築することを目指す。こ 環境の分野における学との連携と、大学を通した地域 のためには、地域金融機関との連携によって、経営者 人材の育成に意欲を高めている。 の資質・経営組織・財務体制・人材育成方針・研究開 新たな段階へと至った塑性加工ネクストテン・コン 発への長期的な取り組み姿勢などの観点から、地域の ソーシアムに対する期待も高い。これまでに見られた 塑性加工企業を選抜し、1 企業対 1 研究室の共同研究 ような参加費無料の組織やお付き合いレベルの年会費 ではなく、複数企業と複数教員とによるコンソーシア 制度ではなく、相応の会費を徴収してのプログラムの ムとして組織することが必要となる。 提供となれば、その実質的な効果に対しては企業ベー また、相応の会費支出を伴うコンソーシアムとする スの厳しい要求と評価がなされるであろう。形式的な ことによって、事業成果に対する参加者責任と組織的 事業や実効性のない事業は駆逐され、参加者全員から な取り組みの真剣さを担保し、さらには地域企業が最 の真剣な評価が事業継続の鍵となろう。そのような関 も求める人材の育成(学生の獲得および従業員の教育) 係の中でこそ、次の 10 年を見据える長期的・継続的 においても、学生インターンシップの派遣や卒論・修 な信頼関係に基づくコンソーシアムが築き上げられる 論でのテーマ共有、学生と技術者の相互派遣・交流な のである。 ど長期・継続的な関係の構築を目指していく。 Vol.54(2013)No.8 SOKEIZAI 43
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