第2章 コンテンツ創造に関する調査・分析と ネットワークを利用した新しい

第2章
コンテンツ創造に関する調査・分析と
ネットワークを利用した新しいワークショップ・
プログラムの開発へのフィードバック
〜ポップカルチャー政策研究について〜
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第2章
コンテンツ創造に関する調査・分析とネットワークを利用した
新しいワークショップ・プログラムの開発へのフィードバック
〜ポップカルチャー政策研究について〜 目次
1.研究の概要と必要性..............................................................................72
2.研究の範囲と手法.................................................................................74
1)範囲..............................................................................................74
2)手法.............................................................................................74
3.情報化とポップカルチャーの関係性....................................................76
1)情報化の方向−P2P とユビキタス................................................76
2)コンテンツ産業の動向と特性......................................................78
3)コンテンツ/ポップカルチャー産業の課題..................................81
4.日本のポップカルチャーの特性と国際性..............................................83
1)日本のポップカルチャーの特徴...................................................83
2)日本のポップカルチャーの国際性................................................85
5.政策展開.................................................................................................87
1)コンテンツ政策.............................................................................87
2)こどもの創造力・表現力向上に関する対応..................................91
6.課題.......................................................................................................94
7.まとめ...................................................................................................96
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1. 研究の概要と必要性
本研究は、
「こどもの創造力・表現力向上を目指したワークショップ形態の調査検討とネ
ットワークを利用した新しいワークショップ・プログラム開発」の一環として、デジタル・
コンテンツを創造できる人材の育成を目指したプログラムと内容の方向付けをするための
調査・分析である。わが国の情報産業・文化・社会の特性をとらえ、コンテンツ制作・発
信力を高める活動針路を策定しようとするものである。
具体的には、日本の時代性・流行性を背景とした表現文化を学術的に体系付けるための
調査・分析を行う。日本的文化背景から発達した「ポップカルチャー(マンガ、アニメ、
ゲーム、映画、音楽、テレビ番組など、時代性・流行性の強い表現文化)」に焦点をあて、
その経済インパクトや社会文化的な意義、さらにはその展望について検討する。
ここでポップカルチャーに着目するのは、それがブロードバンド時代のコンテンツの基
幹をなし、そしてそれを生んでいく子どもたち世代の思考・表現の土台をなすからであり、
また、日本の今日的な状況を端的に示す分野として、今後の政策的な指標を得やすい検討
対象だからである。
現在、ブロードバンドのコンテンツが注目を集めているのは、第一に産業としての成長
が期待されているからだ。情報通信インフラの整備や機器の製造が長期的に頭打ちが見込
まれる中、知的活動の成果としてのコンテンツは付加価値産業としての期待が高い。もち
ろんその枢要を現代的なエンタテイメントが占めており、ポップカルチャーが産業として
注目されるゆえんである。
取り分け、ゲームやアニメのように、世界的な市場をリードするジャンルは、日本が国
際競争力を持つ成長分野として期待が高く、ブロードバンドや移動通信など今後のメディ
ア分野においても、それらを軸に、ポップカルチャー産業が競争力を発揮していくことが
期待を集めるところである。
しかし当然、エンタテイメントの成長には限界がある。ネットワーク社会において、エ
ンタテイメント以上に成長することが予測されているのが、電子商取引、遠隔教育、遠隔
医療、電子政府といったオンライン活動である。リアルな物理空間で実施されている活動
がバーチャルなインターネット空間でも実施可能となり、従来の多くの産業社会活動がコ
ンテンツ産業と化してくることになる。
これらのオンライン活動のコンテンツも、その表現様式やコミュニケーションの手法の
多くは、ポップカルチャーが土台をなす。インターフェースでのキャラクターの使われ方
にしろ、顧客と企業のトランザクションにしろ、マンガや音楽の手法は不可欠である。オ
ンラインだけでなく、商品やサービスのデザインにおいても、これら様式や手法や風味は
競争力やブランド力を左右する。
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すなわち、経済社会の隅々に息づくポップカルチャーは、産業分野というだけでなく、
情報社会の活動全般に作用するインフラとしての位置づけにある。
ポップカルチャーは、国家ブランドも左右する。例えば欧米の年輩者にとって日本のイ
メージは今なおハラキリ・カミカゼ(闘う国)であり、ビジネスマンにとってはトヨタ・
ホンダ・ソニー(闘う企業)であるが、子どもにとっての日本像は、ポケモンであり、セ
ーラームーンであり、スーパーマリオである。
軍事力や製造業が国際的な競争力の源だった時代が過ぎ、いま「失われた10年」と呼
ばれる 1990 年代は、将来の歴史書には、日本が初めて世界的にポップな国と認識された重
要な期間として刻まれているかもしれない。ポップカルチャーは、競争力の源であるとと
もに、日本の現在を示す顔である。
このため、ポップカルチャーがどのような経済的インパクトを持つのか、日本はどのよ
うな特徴を持つのか、それはどのような社会文化背景に立脚しているのか、などについて
研究することを通じ、今後、国として力を入れるべき表現ジャンルや方向を検討すること
が重要である。
その生産・消費の主体である子どもにとって、どのような意味を持つのか、彼らの能力
にこれをどう反映させ、情報社会における能力を育てていくのかといった観点から、研究
を進めるものである。
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2.研究の範囲と手法
1)範囲
ア)対象
時代性・流行性の強い表現分野であるマンガ、アニメ、ゲーム、映画、音楽、テレビ番
組などのコンテンツや、インターネットや移動体通信のウェブサイトなど新しいデジタ
ル・コンテンツを検討の柱とする。これらメディアを通じたコミュニケーション様式も対
象に含む。
また、現在の日本の特徴である文化や風俗も重要な対象となる。たとえば、ファッショ
ンや食文化、スポーツ、ロボットや自動販売機、工業デザインなど、さまざまな表現や社
会現象、社会環境も視野に含め、幅広い観点から検討を加える。
イ)切り口
表現ジャンル、産業構造、文化社会、技術・技法、制度など各種の切り口からアプロー
チする。
また、わが国が国際的な競争力を持つ分野(マンガ、アニメ、ゲームなど)、持たない分
野(映画、音楽、文学など)、デジタル系の新しい表現分野(携帯電話、ウェッブ、ロボッ
トなど)などの視点から、その特性や今後の方向性などを検討する。
同時に、ポップカルチャーは、時代性を色濃く反映するものであるため、水平的な時代
性による検討を加える。たとえば、90 年代、80 年代、70 年代といった区別や、戦後と戦
前、昭和と明治、近代と近世、といった視座を持つ。
合わせて、日本の特性を浮き彫りにするため、アメリカ、ヨーロッパ、アジアとの比較
分析を重視する。
2)手法
スタンフォード日本センター、経済産業研究所などの関係機関と連携して、学際的に調
査検討を行うための研究委員会を発足し、情報の収集、議論、分析を推進する。既に 2002
年 10 月から、メーリングリスト上に研究会を開催し、アーティスト、研究者などによる議
論を開始している。
データや文献の調査分析も平行して行い、上記研究会の議論の要旨とともに、ウェブサ
イトに公表していく。
(次章以降、その概要として、
「情報化とポップカルチャーの関係性」
「日本のポップカルチャーの特徴と国際性」「政策展開」について整理する。)
また、これらを踏まえ、順次、複数の論文やコラムを執筆・発表し、それに対する反響
を研究にフィードバックしていく。
実施結果は、新たに開発するプログラムの方向、目的、内容へフィードバックする。そ
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して、日本独自のコンテンツ創造が行えるようなワークショップ・プログラム(ワークシ
ョップとは、学外で行われている活動で、参加者自らが体験しながら何かを学ぶ形態のも
のを指す)の開発に役立てる。
*研究委員会メンバー(2003 年 3 月現在)
安藤英作 (総務省)
飯野賢治 (ゲームクリエイター)
飯嶋徹 (通信マニア)
石戸奈々子 (MIT 客員研究員/東京大学大学院生)
伊奈正人 (東京女子大 )
岩永泰造 (岩波書店編集部)
大口孝之 (映像クリエータ/ジャーナリスト)
岡田朋之 (関西大学助教授)
小崎哲哉 (REALTOKYO 発行人兼編集長 )
小野千枝 (主婦)
小野打恵 (ヒューマンメディア)
鹿毛正之 (週刊アスキー)
河口洋一郎 (CG アーティスト)
川崎はぐみ (株式会社システムメディア)
川原和彦 (博報堂)
菊池尚人 (FMP総研)
岸博幸 (内閣府)
喜多順子 (絵師)
久保雅一 (プロデューサー)
河野真太郎 (アットネットホーム )
境真良 (経済省文化情報関連産業課)
重延浩 (テレビマンユニオン会長 )
澁川修一 (Glocom/RIETI/東大)
仙頭武則 (映画プロデューサー)
高井崇志 (岡山県庁)
武田徹 (ジャーナリスト・評論家)
武邑光裕 (文化資産学研究者)
千葉麗子 (チェリーベイブ社長)
戸矢理衣奈 (経済産業研究所リサーチアソシエート)
中井秀範 (吉本興業)
中西大輔 (リトルモア編集長)
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中西寛 (ISAO)
中谷日出 (NHK)
西村博之 (2ちゃんねる)
畠山けんじ (アマ棋士五段 )
八谷和彦 (メディアアーティスト)
浜野保樹 (東京大学大学院新領域創成科学研究科助教授)
東浩紀 (哲学者)
平林久和 (ゲームアナリスト)
廣瀬禎彦 (インターネットサービス会社経営)
福岡俊弘 (週刊アスキー編集長)
福冨忠和 (メディアプロデューサー)
松浦季里 (CG アーティスト)
松永直哉 (大和証券 SMBC)
松本修 (総務省基盤通信局)
三浦文夫 (電通)
水口哲也 (ゲームプロデューサー)
宮岸尉子 (インストラクター)
森田貴英 (弁護士)
毛利嘉孝 (社会学者)
山口裕美 (現代アート・チアリーダー)
山野直子 (少年ナイフ)
吉川洋一郎 (作曲家・音楽家)
渡邊浩弐 (GTV代表)
中村伊知哉 (スタンフォード日本センター)
3.情報化とポップカルチャーの関係性
第一の論点として、情報化とポップカルチャーの関係性について検討する。
1)情報化の方向 ‐ P2P とユビキタス
日本はブロードバンド先進国になりつつある。ブロードバンド・インターネットの利用
者は年に4−5倍の速度で伸び、料金はアメリカの半額の水準にある。普及率もすぐアメ
リカに追いつくこととなろう。
ネット上のデータ量も過去 3 年で 7 倍に伸びており、今後 IP 電話の普及に伴い、通信網全
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体が IP デジタルに急速にシフトしていくことが予測される。
インターネットの普及当初は、その産業利用が注目を集め、コストダウン効果や業務の
迅速化といった産業効率面が強調された。また、ブロードバンド化の過程では、エンタテ
イメントのコンテンツをダウンロードする手段という側面が強調されてきた。
しかし、インターネットの実利用が高まるにつれ、その本質は、自立・分散・協働にあ
ることが認識されるようになった。誰かの作ったコンテンツをダウンロードする伝送路と
しての「道」から、自ら参加して表現したり自己実現したりするための「広場」へ、とい
う進化である。
誰もがコミュニティの一員として参加し、アイディアや考えを提供し、共有し、交換す
ることを通じて、新たな価値を生んでいく点がネットの真価であり、そのための場やコミ
ュニティをいかにオンライン上に作っていくかが重要である。
特に、そのようなネットワーク化の進路として、P2P 社会とユビキタス社会の到来を見
据えておくことが大切である。
P2P(ピア・トゥ・ピア:端末どうしでデータ情報をやりとりする姿)の進化は日本にお
いて顕著である。携帯電話を介したインターネットの利用(ケータイ・ネット)が爆発的
に普及し、ネットユーザの 7 割がケータイ・ネットとなっている(アメリカは8%)。誰も
が歩きながらメールを打ち、写真を撮って発信する、モバイル先進ユーザ国である。
デジタル情報のやりとりが大衆化する動きは、コンテンツ生産主体がハリウッド型のプ
ロから膨大な裾野をもつアマチュアへと移行する先駆けかもしれない。そして、それが本
格化するとなると、大衆による表現能力に秀でる日本が強みを発揮することが予想される。
ケータイ・ネットは、コンピュータが人やモノ、環境に溶け込み、人どうし・人とモノ・
モノどうしが交信しあう「ユビキタス社会」の初期バージョンとも言える。人はデジタル
空間と常時つながることとなる。
コンピュータ端末も姿を変えつつある。小型化・軽量化だけでなく、姿かたちも変化す
る。たとえばロボット・ペットは高性能のチップを積んだコンピュータ端末であり、いわ
ば四角いディスプレイのないデジタル・コンテンツである。
機器の生産として見れば、パソコンから家電へ、開発から改良へという動きであり、品
質やデザインに厳しい消費者に支えられる領域であって、これも日本の強みが発揮される
分野である。
P2P にしろ、ユビキタスにしろ、その進化の速さと深さを左右するのは、コンテンツや
機器の提供力よりも、大衆の利用力である。日本がネットワーク時代に対応するためには、
利用者の総合力を発揮・向上させることが重要である。
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2)コンテンツ産業の動向と特性
コンテンツ産業は、成長分野として期待されている。経済産業省によれば、コンテンツ
産業(映画、音楽、ゲーム、アニメ、放送、出版、新聞)の規模は現在 12 兆円であるが、
これがネットワーク化の進展によって長期的に大きく伸びることが予測されている。
例えば、NTT ドコモの i モードは、登場以来わずか2年で 54000 サイトが誕生し、その
うち 3000 の公式サイトだけで 1000 億円市場という爆発的な市場形成をみせている。
国際的には、ゲーム、アニメなどの新しいポップカルチャー分野が競争力を持っている。
コンテンツ産業全体は出超(輸出は 0.3 兆円、輸入は 0.2 兆円)だが、ゲームソフトの輸
出に負うところが大きい。
ただ、エンタテイメント分野が長期的に伸びていくとみる向きは少ない。後述するとお
り、現にここ数年、音楽や映画、マンガなどの業種は市場が縮小してきている。
拡大が見込まれるのは、e コマースなどネット上のトランザクションである。経済活動、
教育、医療、行政など、現実空間で行われてきた活動がオンラインで行われるようになる
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が、それは e コマースのサイトや遠隔教育のパッケージのように、従来のリアル・ビジネ
スがコンテンツ産業化するということである。
総務省によると、B2C は 2001 年の1年間に2倍に成長し、1.2 兆円となった。狭義のコ
ンテンツ(エンタテイメント)がその 15%を、コマースが 85%を占めている。これが 2005
年には8兆円に成長すると見込まれている。
産業としてのポップカルチャーの特性として、ベンチャー性が挙げられる。ゲームもア
ニメも、ソフト分野は小規模な新興企業群が市場を開拓してきた。特にビデオゲームは日
本を代表するハイテクベンチャー主導の業種であった。
(ゲーム産業には 146 社が存在し、
うち 45%が資本金 1000 万円未満。産業構成人口は 18500
人といわれ、1社平均 100 人程度。‑‑ただし、2002 年 11 月 26 日のエニックス・スクウェ
ア合併のニュースにみられるように、ゲーム開発は大規模化しており、そろそろゲームの
ベンチャー性も終わりに近づいたとの指摘もある。)
ポップカルチャー産業でこれらベンチャー企業群が多数発生してきた大きな要因は、90
年代のデジタル化の進展にある。従来の表現産業は、映画もテレビも音楽も出版も、装置
産業であった。撮影機や編集機や印刷機など、コンテンツの生産装置を保有することがプ
ロとアマを分断する要件であった。
だが、デジタル化によって装置コストが劇的に低下し、デスクトップ・パブリッシング、
デスクトップ・ミュージック、デスクトップ・ビデオの順に、コンテンツ生産のダウンサ
イジングが進行した。コンテンツの生産と、その分配(伝送や興行)が分断されて、ワン
ソース・マルチユースのビジネスが可能となり、さらにウェブやモバイルなど新しいメデ
ィア領域も登場して、コンテンツビジネスへの参入が容易となった。
バイオやナノテク、IT デバイスといった分野が PhD.や MBA を取得した高学歴層が主導し
ているのと対称的に、ポップカルチャー産業は、直裁に言えば、アウトローが支えてきた
点も特徴的である。
さらに、この業界は、東京集中が甚だしい。東京都市白書によれば、ゲーム業界は 67%、
アニメは 69%の企業が東京に集中している。特にアニメは中央線沿線に制作会社が密集し
ている。
その理由として、たとえばアニメでは、分業による作業の仕上がりを均質にするため、
元請けや下請けが連絡を密にすることが効果的であることから、集積が進んだとする説も
あるが、コンテンツを生み出すアーティストたちにとっては、そうした経済効率性を超え
た都会の魅力が東京集中の最大の理由であろう。
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3)コンテンツ/ポップカルチャー産業の課題
○ソフトに資金が回らない構造
ポップカルチャー産業は、縮小傾向を見せている。マンガ市場は 98 年には 5680 億円で
あったが、2000 年には 5230 億円にまで縮小した。音楽 CD は、同じく 6080 億円から 5400
億円に減じた。
趣味や嗜好の多様化のせいで、商業エンタテイメント業界は消極的になり、メガヒット
が生まれづらくなっているという状況も指摘される。これは、ポップカルチャーのジャン
ルが成熟した証拠とも取れるが、その結果として新しさは創出しにくくなっている。表現
が成熟・閉塞した時には別のスタイルや技術が必要となるが、表現・発言側のプロセスと
需要・消費側のプロセスは単純に相関していない点に事態の困難さがある。
一方、インターネットや携帯電話など、通信インフラ産業は成長している。移動体通信
は 98 年の6兆円が 2000 年には 8.1 兆円に拡大している。99 年には、家庭当たりの情報支
出が平均 1.3 万円も増加して、家計支出に占める情報支出が初めて6%のかべを突破した
のだが、その増加額の8割が通信料とパソコン代に回ったという。
ハードに回っていた支出が減り、知識成果物たるソフト(コンテンツ)に流れるように
なることが本来想定された情報経済像なのだが、現実にはコンテンツに資金は回らず、逆
行している。垂直統合が進んで、インフラで吸収した資金をコンテンツ制作に流す態勢と
なれば光明もあるが、デジタル化は企業構造の水平分離によるモデュール化を推し進める
ので、歯止めが見あたらない。
しかし、エンタテイメントよりもケータイに支出するという行動は、プロの作ったコン
テンツよりも、友達や家族など身近な人とのコミュニケーションに経済的な魅力を感じて
いるということでもある。
これは、ポップカルチャー・ビジネス側の努力を促すべき事柄というよりも、ともすれ
ば、誰もが情報を生産し発信する P2P 社会への移行が実態として始まっているのであって、
コンテンツやポップカルチャーの発達にとって長期的には好ましい事態という見方もでき
るかもしれない。
○開発費の高騰とビジネスモデルの不確定
ゲーム開発の世界では、国内市場の縮小と競争の激化とともに、開発費の高騰や採算性
の悪化が危機としてとらえられている。従来のポップカルチャーコンテンツの大作化、大
規模化により、ベンチャー的な参入も難しくなっているとの状況から、ウェブサイトやケ
ータイネットのような軽いコンテンツ分野の可能性に新しい創造性の注目が集まっている。
いずれにしろ、こうした分野は日本が国際的な競争力を発揮しうる領域と考えられる。
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他方、今後最も成長が期待されるウェブ上のコンテンツは、まだビジネスモデルを模索
する途上にある。インターネットの先行地区たるアメリカでも、ウェブでのエンタテイメ
ント・ビジネスでは収益モデルが確立されていない。オンラインでのコンテンツ・ビジネ
スで、課金のモデルがうまく働いて、市場として立ち上がったのは、フランスのミニテル
や日本のダイヤル Q2 とケータイ・ネットなど、世界的にもごくわずかな事例しかない。
コンテンツ、インフラの水平分離と垂直統合を巡っても、AOL‑タイムワーナーの合併と
その後の迷走にみられるように、方向性が定まらない状態である。
○プロデューサーの不足
日本のコンテンツは、プロデューサーの不足を指摘されることが多い。コンテンツ・ビ
ジネスにとって、その商品たるコンテンツの質が最重要であることは当然だが、それをプ
ロモートし、市場化する人材とメカニズムに欠け、産業として立ち上がっていかないとい
う点がハリウッドとの差異とされる。
特に、海外で通用するプロデューサーの不在が原因であり、その育成が課題である。ま
た、人材育成、課税方法の変更など後方支援としてのシステムが官民ともにできていない。
映画のファンド化や完成保険のシステムの金融スキームが輸入されていない等の問題点も
指摘されている。
○著作権問題
著作権処理も重要な問題である。取り分け音楽業界では、デジタル技術で不正コピーが
横行することによって、オリジナルの CD の売り上げが落ち、それが業界不信の元凶である
と指摘する向きも多い。映像分野では、著作権処理ルールが定まらず、過去の作品がブロ
ードバンドで円滑に流通しないという点がかねてから指摘されている。
関連して、アメリカの動きの後追いで、日本の文化庁が著作権保護期間を 20 年延長する
ことを考えているが、保護延長策を推進することの是非も問題となっている。保護強化は
クリエイターにとっては良いことでも、過剰保護が産業競争力を弱めたり、模倣を通じた
創造の芽をつんだりする恐れも否定できないからである。
著作権による囲い込み型のビジネスモデルがこれからも主流であり続けるのか、あるい
は、オープンな共有型の新しいモデルが登場してくるのか、デジタル時代における情報の
生産と対価の関係について、根本的な整理が必要な時期に来ている。
これらの課題は、デジタル化がもたらす構造問題である。ポップカルチャーを産業面か
らとらえる場合、デジタル化による長期的な方向性を見据えて検討することが必要である。
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4.日本のポップカルチャーの特徴と国際性
第二の論点として、日本のポップカルチャーの特徴と、その国際性について整理する。
1)日本のポップカルチャーの特徴
○オーディエンス層の厚さと庶民文化性
全出版物の売上の 22%、物数の 37%がマンガであり、289 種類のマンガ雑誌を持つ国。
千と千尋の神隠しなどという難解なアニメが映画興行収入の記録を塗り替え、政治マンガ
やエロマンガや大人向けアニメが人気を博する国。恋愛ゲームや育成ゲームが生まれる国。
明らかに日本はマンガやアニメやゲームが好きである。
消費量、提供量は言うに及ばず、
そのジャンルの多様化、細分化、専門化や、大人の鑑賞に堪える品質の面で世界の先頭を
行く。
このようなポップカルチャーの発達は、優れた作家を輩出するメカニズム以上に、その
オーディエンス層の厚さに依存するものである。製造力は、審美眼に立脚する。電車の中
でも、学校でも、職場でも、年齢や性別を問わずポップな文化に入り浸る国民訓練のたま
ものであろう。
マンガ、アニメ、ゲームともに、近代以降、欧米から技術が導入され、それが日本とい
う土壌で独自の開花をみせたものである。輸入と改良という点では、戦後の製造業でみせ
た日本のパターンと見ることもできる。
しかしながら、その物語づくりや表現技法は、12 世紀の絵巻物や近世の浮世絵などに見
られるとおり、文化として連綿と育まれてきたものである。しかもこれらは、貴族や武士
や宗教のものではなく、庶民文化であった点が欧州に対比される特徴である。誰もが絵を
描き、表現する土壌は厚く長い社会背景にある。
○大人と子どもの未分化と規制の緩さ
欧米では子ども文化であるマンガ、アニメ、ゲームが、日本では大人向けの領域が確立
されているのも特徴的だ。大人と子どもの社会が分化しておらず、主従関係にない点に遠
因があろう。
また、欧米では基本的に子どもの娯楽は大人が与えるもので、親に隠れて子どもだけで
遊びに行くことも比較的すくない。これに対し日本では子どもは可処分所得を多く持ち、
自分で欲しいものを買うため、子どもの需要がストレートに商品となって現れる。
エロや暴力が偏在している点も特徴的である。ヘアの露出などに対しては欧米に比べ警
察の取り締まりは厳しいが、マイルドなエロは、新聞にもビジネス週刊誌にも、街角にも
コンビニにも氾濫している。テレビでの暴力表現も多い。エロ・暴力の許容度が大きいこ
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とが日本アニメに競争力をつけているとの指摘も多い。
なお、テレビでの暴力表現が目立つのは、放送番組に対する規制が弱いことの証しであ
る。放送番組に対する公的規制がほぼ皆無であることは、日本のメディア政策の最大の特
徴である。日本のコンテンツ界がテレビ局を中心に形成されているのに対して、アメリカ
がハリウッド中心体制となっているのは、規制政策に負うところが大きい。
○ジャンルによる国際性の違い
さて、いずれにしろポケモンは世界を制覇した。欧米の子はみなドラゴンボールZやセ
ーラームーンを知っており、スーパーマリオはミッキーマウスの人気を超えた。日本のポ
ップカルチャーは海外に進出している。ゲームソフトやアニメ、マンガは輸出超過である。
しかし、映画は小津・溝口・黒澤の時代以降(1958 年を頂点に)国内でも長期低落にあ
えぐ。最近になって、北野武はじめ数名の作家が欧州で高い評価を受けているが、興行的
にブレイクしているわけではない。欧米への進出がモノになったポップミュージシャンは
坂本龍一と少年ナイフぐらいのものだ。映画、放送、音楽など従来型のコンテンツは輸入
超過である。
輸出
ゲームソフト 2848 億円
輸入
30 億円
1220
(2000 年
関係者推測)
映画
108
(2001 年)
放送
53
248
(1996 年
通信白書)
音楽
34
231
(2000 年
通関統計)
出版
179
467
(2000 年
通関統計)
日本のテレビは、欧米に比べても面白いという意見が強い。特に、バラエティとアニメ
のレベルは高い。現に、日本は映像生産量(時間)の 97%をテレビが占め(通信白書)、
アメリカと比べてもコンテンツ生産に占めるテレビの位置づけも高い。これは、映画産業
育成のためにテレビ局を規制したアメリカの政策と、テレビへの規制が緩かった日本の政
策との違いにも起因する。
一方、スポーツ、ニュース、音楽、映画は比較優位にない。国際的には、テレビ番組の
企画販売が進められ、アジア市場への進出も活発化しているが、欧米への進出はまだ弱い。
このような勝ち組と負け組の差はどこに原因があるのか。言葉の問題、顔や姿の見た目
の問題などが横たわるのは当然だが、それだけではアニメやゲームとの違いを説明できな
い。おそらく産業構造の違いも原因である。
単純に言えば、映画や音楽は、作家やアーティストが流通・興業のお抱えサラリーマン
であるのに対し、マンガやゲームは、コンテンツの制作と流通の機構が分離している。よ
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り正確には、マンガ、アニメ、ゲーム分野は、アントレプレナーとしての作家と、リスク
を負担して資金を提供する流通メディア企業からなる日本型のプロジェクト方式を採って
いる。ヒットすれば多くを得、失敗すれば多くを失う厳しい構造で国際競争を続ける分野
が勝ち組となり得ている。
ロボットペットがあふれ、どこにでもある自動販売機では花やたまごも買えて、子ども
たちが歩きながら親指でメールを打ち、商品やサービスに対する厳しい眼力を持ち、アベ
ックはお城のようなホテルに向かったりマンガ喫茶で始発を待ったりする。
こうした経済社会文化背景を持つ日本は、デジタルの時代においても、その特性を発揮
することとなろう。それがどのような方向に進むのか、進むべきか、を検討する必要があ
る。
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2)日本のポップカルチャーの国際性
国際性に関し深堀りする。
○弱い伝播力
アメリカの外交誌「フォーリンポリシー」に掲載されたダグラス・マクグレイ氏の論文
「日本のグロス・ナショナル・クール」が話題になっている。世界の質的な変化を見る時
に、もはやGNP(国民総生産)では尺度になりえず、GNC(国民総カッコよさ)で測
るべきである、とするものだ。食文化、アニメ、音楽、ファッション、建築、そして現代
アートなどを含めて、新しい日本の魅力を世界が発見しつつあることを指摘している。
しかし、一般に、日本のメディアの国際的な文化伝搬力や存在価値は高くはない。日本
のコンテンツ関連の輸出量は伸び続けているにも関わらず日本の文化的な影響力は弱い。
それは、欧米のメディアコングマリッドに比較すると日本のメディア(コンテンツ産業)
は、規模も小さく、国際影響力も少ないことと関連しているのではないか。
アジア、中近東ふくめて、世界中で影響力が高いと思える日本のメディアは NHK である
が、アメリカシステムの国際性・中心性とは対称的な日本のジャーナリズムの閉鎖性の問
題を指摘する声もある。
アメリカにおいて「千と千尋の神隠し」は、芸術点は高かったが、ビジネスの側面では
失敗したとの評価がある。日本では興行記録を塗り替えた名作も、海外で大衆の心をつか
むまでには至らなかった。限定公開しかしなかった配給会社を批判する声が高い。拡大公
開できなかったのは、前作の「もののけ姫」の不評と、日本サイドが英語版作成時に内容
変更をほとんど認めなかったことが理由と言われる。
ゲーム、アニメ、マンガの国際ヒット作に共通するのは、生身の日本人が出ておらず、
主人公は白人に見える点である。ハリウッドのつくったイメージというのは予想以上に強
いという意見もある。特に、国際展開をイメージする映像作品を作ろうとした場合、登場
人物の人種的バランスや宗教、文化を特定しないようにするのは当然の作業であるとも言
われる。
他方、アジアでは、自覚的エリート階層はアメリカへの尊敬が強いが、中産階級はなぜ
か日本大好きという構造となっているとの指摘もある。日本は 19 世紀的欧米文化(文明)
の東アジアへの翻訳者ではないかとの解釈もある。
○汎用性を発揮するポップ
これに対し、前述の論文にもあるように、アメリカ人にとっての日本人観は確実に変化
しており、新しいゲームやアニメは日本から来るということが常識であるとの指摘もある。
「文化的無臭」「無国籍」な日本のアニメやゲームソフトは、高尚な文化ではなく、「柔軟
文化」つまりポップカルチャーとして世界に浸透したとするものだ。
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これは、日本人の得意分野の(「写実」の対立概念としての)
「意匠化」に負う面が強い。
理解不能な日本のサブカルチャー的文脈は排斥した上で、消費しやすいキャラクターの部
分だけ受容しているとする意見だ。最終的に特殊な形にしかならないコアな心性や宗教的
な部分は理解不能なものとして残る。アメリカのポップカルチャーに汎用性があるのは、
そういう核のところの理念の理解抜きに、表層的な形式とかモノとして伝達できるからと
いう面もあろう。
いずれにしろ、
「カルチャーの本質のところは海外に伝わらない」と考えるか、逆に「伝
わっている部分こそポップカルチャーの強度だ」と考えるかで、対応の在り方も異なる。
メディア文化の実質的な中心である米国文化が、安全保障としてどの程度機能しているか
を含め、ポップカルチャーに関する安全保障の効果など、より深い検討が必要である。
○世界発信の必要性
ここで重要なのは、従来のメディアと、今後世界的に広がるデジタル・ネットワークで
は、表現の広がりも流通メカニズムも大きく異なってくるであろうという点である。ここ
ではその方向性は詳述しないが、日本では掲示板システム「2ちゃんねる」が既に参加型
の巨大メディアとして強力な影響力を持つに至っている。日本のポップの増殖炉として、
アジアを中心に伝搬力を発揮する源となるとの声もある。ケータイ・ネットにおけるコン
テンツの増殖も新しい方向を示唆している。
ブロードバンドの普及では世界のトップを走る韓国においては、その成功の秘訣がイン
フラ整備コストの低さや金融危機によるヒエラルキー崩壊、さらには政府の施策などの供
給面に求められることが多いが、教育熱と同類意識の高さ、日本文化が禁止されているな
ど娯楽の乏しさといった文化環境や需要面に起因する面も大きい。こうした個々の国の事
情を勘案しつつ、新しいメディアによる日本のポップカルチャーの国際展開を考えること
が重要であろう。
いずれにしろ、世界にクールと評価される現代の文化があるのだから、それを押し上げ
る「思想」と国際語で世界へ発信することの2つが重要課題となっていると言えよう。
5.政策展開
第三の論点として、ポップカルチャーを含むコンテンツに関する政策の在り方と、こ
どもの創造力・表現力の向上に関連する対応について整理する。
1) コンテンツ政策
○ コンテンツ政策の不在
第一に、日本にはコンテンツ政策が不在であるという認識に立つ必要がある。各省にお
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いて、個別の施策はある。通信・放送政策、エンタテイメント産業政策、文化・著作権政
策。産業の情報化、教育の情報化、医療の情報化、行政の情報化。しかし、政府トータル
としてのコンテンツ政策という視座が欠けている。 E‑Japan 策定のような場において、コ
ンテンツ政策を正当に位置づけることが重要である。
コンテンツとは、表現や認識に関わる分野であり、それはとりもなおさず国家の姿をど
うとらえるかという問題でもある。すなわち、日本という国を文化・文明論的に、そして
歴史的にどう位置づけるのかという腹積もりに左右される。施策レベルではなく、10 年
‑100 年単位の国家対応が求められる政治課題である。
例えば、文化芸術審議会答申を筆頭に、政府が行うポップカルチャーに関わる育成策が
いくつかあるが、それは是か非かという議論がある。この点、審議会が、マンガ・アニメ
等ポップカルチャー分野の振興を促すと同時に、伝統芸能の継承や文化財保護の必要性を
訴えていることは、日本的な文化・芸術理解の構図とも言えよう。文化をポップカルチャ
ー、伝統芸能、文化財というような単純な図式を超えない限り、文化振興の下手さも、根
深い文化後進国意識も解消できないとの指摘もある。
また、補助金を流すような支援政策に長期的な効果はあるか、逆に競争力を削ぐのでは
ないか。直接的な支援以外の他の方法の方が場合によっては、ローコストでメリットが多
いのではないかという手法論もみられる。
これらに共通するのは、
「現在進行形の文化と多様性を評価しよう」的な反省である。誰
でも理解できるようなポップ系の文化プロダクツ(根付、春画など)を文化とは認めてこ
なかった風土が産業風土と政策にも影響を与え続け、強い社会的文化的な拘束性を持って
いるとの批判もある。
日本のもつ最強の制作能力をメディアの交代や多様化の中でより伸ばしていくことが望
ましいと言えよう。そのためには、 産業(エンタテイメント)と文化(ポップ)への視点
を分離することにはじまるという意見もあれば、日本という国が文化的なイニシアチブを
得ようというのであれば、いっそ、経済効果のあるエンターテーメントを学問にしてしま
うようなラジカルな試みをすべきとの考えもある。
いずれにしろ、ここで総括すべきことは、こうした日本の状況を是認したうえで、ポッ
プカルチャーを一つの軸にすえた政策を発動していく必要があるということである。
○ キャッチアップか独自政策か
日本は遣隋使以降、中国、ポルトガル、オランダ、そして英独仏、戦後はアメリカを手
本にキャッチアップ政策を採ってきた。現在のコンテンツ産業に関する施策は、アメリカ
型の「ハリウッド ‐ パソコン・インターネット」産業を後追いするものが主流である。
一方、現在の日本の強みは、これまで見てきたとおり、アニメやゲームに代表されるポ
ップカルチャー、取り分け大衆の受容力や表現力、そしてテレビやケータイという分野に
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ある。従来どおり、アメリカ追いつき型の政策を重視するのか、日本の強みを活かした国
際戦略を採るのか、という大きな判断が必要であろう。
国際情勢を踏まえると、アメリカ一極集中に対し、中国文明の台頭が予測されている。
日本はアメリカ追従の文明同化をたどるのか、アメリカと中国の間に立つ独自文明を構築
しようとするのか、そうした腹積もりの問題かもしれない。
○ マーケティング、オタク、アジア
さて、こうした基本認識のもとで、現在取り組むべき施策を論ずる。まず、産業政策と
して指摘されるのが、コンテンツ生産と流通、公開の関係を転換するエージェント、マー
ケットの仕組みの構築と、戦略的なマーケティングである。日本コンテンツの出口をつく
り、参加する人材を国際対応で育成し、日本コンテンツを混血、雑種化する事で国際競争
力を向上、さらにこれに国際投資・融資やコンテンツくじを絡めて資金調達、金融市場形
成を図る総合プロジェクトが提案されている。
日本のポップカルチャーを根底で支える「オタク」の持つ力にも注目し、コミケ(コミ
ックマーケット)のようなコンテンツ流通機構を強化するとともに、そのアジア展開を支
援するようなインターネット環境の整備も効果的であろう。
また、日本の特徴であるテレビへの集中を活かし、そのコンテンツをブロードバンドで
国際展開できるよう後押しする通信・放送融合策もますます重要となる。
国際展開に関しては、この分野の国際共同研究が重要である。また、英語、中国語、韓
国語、ポルトガル語などにより、日本のポップカルチャーに関するコラムを発信したり情
報を交換したりするようなウェブサイトやメールマガジンを発行することも一案である。
○ アーカイブと人材育成
さらに、政府の役割として、産業政策ではフォローできない領域、たとえば「ためる」
ことや「育てる」ことに関する施策を強化する必要性も指摘されている。
競争力のあるコンテンツであるアニメやゲームを資産としてアーカイブ化し、ショーケ
ースの拠点とすることや、国際的に活用できるようにするとの案が提案されている。これ
については、文化資産としての公的保存と、二次利用のための集積・ライブラリービジネ
スとのバランスが重要との指摘がある。
人材育成は従来から大きな課題であり、その必要性は言をまたない。ビジネス面では特
にプロデューサーの育成が急務である。高等教育機関での取り組みが求められている。た
だし、国際的スーパープロデューサーを育成するには、ハリウッドシステムを見習うより
も、ハリウッドのスタジオやプロダクション等と直接仕事をする方法を確立していく方が
より現実的との意見もある。
また、アニメ・ゲーム・マンガの注目を浴びているコンテンツ産業は自宅勤務が可能で
ある点に着目し、工房レベルのスタジオを光のデジタル回線で結びネットワークを構築し
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パソコンを導入しやすいような税制と教育システムを構築すべしとの提案もある。
日本の強みは、一部のプロフェッショナルの制作力よりも、大衆の受容力・表現力にあ
るとの考え方から、表現者のすそ野を広げ、ウェブやケータイネットなどによるピア・ツ
ー・ピア時代に国際市場をリードしていけるよう、国全体のレベルを底上げすることが重
要である。
これは次項にいうこどもの活動に負う部分が大きく、アーカイブやプロデューシングな
どの環境整備とあいまって、国としての力を発揮することになるものと期待される。
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2) こどもの創造力・表現力向上に関する対応
○創造・表現型ワークショップの強化
ポップカルチャーに関する大衆の受容力と表現力を活かし、世界的なピア・ツー・ピア
やユビキタスの時代に対応できるようにするためには、こどもの創造・表現活動を推進す
ることが最も重要な課題である。デジタル時代のコンテンツは、次の世代の一人ひとりが
生んでいく。その能力を高めていくことが必須である。
それは、受動的な教育や啓蒙活動だけでは限界があり、また、現状では学校教育現場の
みに委ねることも現実的ではない。本物のアートやアーティストに触れ、作り出すという
癖を若いときから習慣づけていくことが大切である。そのためのワークショップなどの活
動を強化していくことが求められる。
事例を挙げてみよう。京阪奈学研文化都市にあるこどもワークショップセンター「CAMP」
において実施されたねんどアニメ作りでは、こどもたちがテーマを設定し、シナリオを作
り、絵コンテを描き、キャラクターを作り、ねんどをこねてアニメを撮影し、編集し、音
を入れ、上映し、ブロードバンドで配信する、という一連の工程を経験する。3 日かけて
わずか 1 分の作品しかできない。しかしこどもたちは没頭し、高レベルの作品を生みだす。
ここで気がつくのは、日本のこどもたちの驚くべき能力の高さとポップさである(ここ
で「ポップ」とは、現代の大衆文化的な、軽い遊び心のある感覚を言う。いわばポップカ
ルチャーを形作る感覚であり、明るさ、楽しさ、カッコよさ、先進性といった意味合いを
含む)。シナリオの設定のポップさ(2002 年に実施した際の彼らのストーリーは、女装し
た泥棒がプールに落ちて化粧がはげて逮捕される話)、キャラクターのポップさ、そして絵
コンテづくりのうまさである。このワークショップは、米国ワシントンDCのこども博物
館で実施している手法を輸入したものだが、構想力と制作力にかけては日本のこどもたち
には目をみはるものがある。日々の暮らしや遊びの中に根づいた日本的ポップカルチャー
の力が反映されていると言えよう。
○日本型ワークショップの開発普及
こうした点に着目し、日本型のワークショップを開発し、実践普及させていくことが有
効と考えられる。
例えば、
・マンガ/アニメ作りワークショップ
(ウェブマンガの連画、フラッシュを用いたネット上のアニメなど)
・ゲーム作りワークショップ
(容量の軽いネットワークゲームなど)
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・ケータイコンテンツ作りワークショップ
(着メロ作りなど)
・ロボットコンピューティングワークショップ
(ロボットダンスコンテストなど)
・絵文字キャラクターワークショップ
(創作した絵文字・キャラクターのみによる通信)
・プロダクトデザインワークショップ
(キャラクター商品作り、ケータイ端末創作など)
などが想定される。これに対応できるアーティストや技術者が豊富であることも日本の
強みである。
他にも、日本独自の表現様式をポップにワークショップ化することも考えられる。
・現代ならではの華道ワークショップ
(ウェブ上でのバーチャル華道−アニメ手法の活用等)
・デジタル書道ワークショップ
(動く文字のデザインーアニメ手法の活用等)
・マンザイ作りワークショップ
(ロボットによるスタンダップ・コメディ等)
・チンドンワークショップ
(変装して音楽を奏でながら練り歩く広告宣伝を映像で表現)
また、海外に馴染みのある日本をポップに表現するワークショップも想定される。いわ
ば日本のステレオタイプの姿を逆手にとって、
海外向けに、
古いスタイルをまといながら、
日本の新しい表現を映像で見せていくもの。
・チャンバラ、殺陣ワークショップ
・空手ダンスワークショップ(空手の型づくり)
・きものファッションワークショップ
これらワークショップの開発・実施に当たっては、日本が育んできたポップカルチャー
のノウハウや知見を国民資産として活かすことはもちろん、その分野で国際的に知られた
キャラクターを活用可能としたり、作家(アニメ作家やゲーム作家)に登場してもらった
りする努力が求められる。
また、これまで指摘されたようなインターネットの広場性やピア・ツー・ピアの動向を
踏まえ、ストーリーや作画をオンラインのグループ共同作業で行ったり、それぞれの作っ
たキャラクターやシーンをデータベースで共有化して編集・改変したりするような環境の
設定やアプリケーションの開発も有益である。
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さらにこれも指摘されているとおり、大人とこどもが未分化にポップカルチャーが広く
国民に受容されているという特徴を活かして、この分野で広く家族レベルで楽しめるワー
クショップを開発することも考えられる。親の世代が楽しんだアニメやゲームのキャラク
ターを用いてこどもと共に創作する手法などは、ビジネス展開も可能かもしれない。
同時に、日本メディアの文化・産業伝播力の弱さと、その汎用性の芽生えとをとらえ、
デジタル・ネットワークを活用した取組を強化することも必要である。上記いずれの案に
ついても、作品をブロードバンドで世界発信し、海外のこどもたちに提供するルートが重
要となる。また、できれば海外にノウハウを提供し、同時開催又は同テーマ開催すること
により、互いの差異や同質性を認識・議論しあう場が設定できれば望ましい。
これに対し、ゲームやマンガなどはむしろ禁止されてもこどもたちは吸収していくもの
であり、映像制作やデザインなどの表現レベルは非常に高いので心配する必要はない。む
しろ生き残るために必要なより本質的な力こそ身に付けさせるべきとの見方もある。
古典の連歌の手法を頂戴してリレー物語教室を開くなど、きちんとした「ものがたり」を
語れるようになれば国際的な競争力は相当高くなるという意見である。表現手法の土台を
なす「創造力」
「構想力」を磨くという指摘は、非常に重い説得力を持つ。ポップな表現力
を開拓することと、その土台となる基礎的な認識や必要な教養を備えさせることの双方の
活動が必要なのであろう。
同時に、アーティストや専門家が教える中で創造性を発揮するのも有益である。NHK「よ
うこそ先輩」の評価が高いが、これは「子ども向けのテーマ」という視点をとらず、本物
のクリエイターが等身大で接している点が重要である。日本の持つ「本物の人材」にでき
るだけ触れさせる機会を用意することが求められていると言えよう。
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6.課題
○議論の継続
本調査研究も誘因となり、政府において、ポップカルチャーを含むコンテンツ政策を一層充
実させる必要性が議論されている。本調査研究において議論が十分に達成されなかった以下の
ような論点についても、なお深堀り・検証していくことが必要である。
・ハードか、ソフトか。
ネットワーク・インフラに資金が流れ、コンテンツに回らないのは是か非か。この構造をど
う変革していく必要があるか。
・プロか、アマか。
誰もが情報を作り発信する状況が進展すると、コンテンツの生産・消費構造は変わるか。そ
の場合の産業面、政策面での課題はなにか。
・輸入・改良型か、独自ポップ表現か。
マンガ、アニメ、ゲームは、輸入したテクノロジーを土台に日本的な表現を生んでいった。
今後もそのような方向か。あるいは、独自の表現分野を生んでいくべきか。
・モバイル、ユビキタスは福音か。
モバイル、ユビキタスといった新しいデジタルメディアのコンテンツ分野で、日本は強みを
発揮できるのか。ウェブでの表現はどうか。そのための政策課題は何か。
・オーディエンスか、クリエイターか。
日本ではなぜマンガやアニメが受け、多様なジャンルのゲームやマンガが生まれるのか。特
に、こどもの経済社会的な位置づけに起因する面はあるか。
そして、
・次世代のコンテンツ分野の領域や産業可能性を探ること
・日本の強みを強化し、弱みを克服するための総合政策を検討すること
・推進すべき創造・表現活動や、技術開発などの具体策を検討すること
が重要である。
○ワークショップ開発実施と情報発信
本年度の検討を含め、こうした視点に立脚し、ワークショップを開発・実施することが求め
られる。
5の 2)で挙げたようなアイディアを着実に実施することが望まれる。この場合、国内調査で
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得られた知見も踏まえ、デジタル技術、ポップカルチャー、そしてこどもの学習に深い理解の
ある主体と連携して実施していくことがまず必要であろう。また、これも国内調査結果が指摘
するとおり、このような活動を学校レベルにまで展開し、国全体の活動の活発化を図ることも
重要となろう。
このような研究や活動に関する情報を発信していくことも重要である。本調査研究に関する
情報は、ウェブサイトや論文、投稿記事などによって広く提供されているが、政府や自治体、
企業や学校に向けて一層の啓発を図ることが求められる。
さらに、海外に向けた情報発信や、国際的な情報交換が重要である。フォーリン・ポリシー
に掲載された論文「日本のグロス・ナショナル・クール」は、冒頭、以下のように記す。
「日本は再びスーパーパワーを創造している。政治経済が逆境にあるのに対し、日本の国際
的な文化の影響力が静かに高まってきているのだ。ポップ音楽から電子製品、建築からファッ
ション、アニメーションから料理。1980 年代、日本は経済的なスーパーパワーを誇ったが、
いまや日本はそれ以上の文化的なスーパーパワーを見せている。」
識者の間では随分評判になった本論文のような認識は、国内でも未だ浸透しているとは言い
難いが、現在台頭しているこのような文化状況を対外的な力として発揮していくことは、国と
しての急務であろう。
このため、海外の関係者とも連携し、関連情報をアジアや欧米に提供していくこと、国際的
な比較分析などの共同研究を進めていくこと等の対応が求められる。無論、日本発のワークシ
ョップをアジアや欧米でも実施できるよう努めたり、国際間での共同ワークショップを設計し
たりすることも有益であろう。
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7.まとめ
以上をまとめてみる。
1)研究の概要と必要性
ポップカルチャーの経済的インパクト、日本の特徴と社会文化背景などについて研究するこ
とを通じ、今後、国として力を入れるべき表現ジャンルや方向を検討する。そして、その生産・
消費の主体である子どもにとっての意味と、彼らの能力にこれをどう反映させ、情報社会にお
ける能力を育てていくのかといった点について検討する。
2)研究の範囲と手法
マンガ・アニメ・ゲームやウェブサイトのコンテンツに加え、さまざまな表現や社会現象を
視野に入れ、研究委員会による検討のほか、ウェブやメディアを通じた議論を展開し、ワーク
ショップの開発にフィードバックする。
3)情報化とポップカルチャーの関係性
●インターネットは「広場」としての機能を高め、P2P、ユビキタスの方向に進化してい
く。これに伴い、コンテンツ生産主体は、プロからアマチュアへ移行することとなり、ネ
ットワークの利用者の力を発揮・向上させることが重要となる。
●ベンチャー性と東京集中という特徴を持つポップカルチャー産業は国際競争力を示して
いるが、ネット上のビジネスは拡大することが期待される一方、従来のエンターテイメン
ト産業は伸び悩むものと予測される。
●ポップカルチャー産業は、ハードに資金が回るがソフトに回らない構造、開発費の高騰や
ビジネスモデルの不確定、プロデューサーの不足、著作権問題といった構造問題を抱えて
いる。
4)日本のポップカルチャーの特徴と国際性
●日本のポップカルチャーは、オーディエンス層の厚さと庶民文化性、大人と子どもの未分
化と規制の緩さ、ジャンルによる国際性の違いなどの特徴を持つ。
●日本メディアの文化・産業伝播力は弱いとする見方と、汎用性を発揮しはじめているとの
見方が存在するが、デジタルネットワークの広がりに対応した世界発信が重要である。
5)政策展開
●アメリカへのキャッチアップ政策か日本独自路線か等の政策論を深めつつ、マーケティン
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グ、オタク、アジアなどに関する施策を講ずるとともに、アーカイブ作りや人材育成を強
化すべきである。表現者のすそ野を広げ、ウェブやケータイネットなどによるP2P時代
に国際市場をリードしていけるよう、国全体のレベルを底上げすることが重要である。
●ポップカルチャーに関する大衆の受容力と表現力を活かし、世界的なP2P時代に対応で
きるようにするため、子どもの創造・表現活動を推進することが最重要課題である。日本
型のワークショップを開発・普及させていくとともに、海外の子どもたちとも活動できる
場作りが必要である。また、きちんとした「ものがたり」を語れるような構想力の鍛錬や、
本物のクリエイターとの交流機会の増大などが重要である。
6)課題
●本調査の検討を深堀りし、次世代のコンテンツ分野の領域・産業可能性を探ること、日本
の強みを強化して弱みを克服するための総合政策を検討すること、推進すべき創造・表現
活動や技術開発などの具体策を講ずることが必要である。
●上記視点に立脚したワークショップの開発・実施と情報発信・交流が必要である。
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