科学技術振興調整費 成果報告書 科学技術振興に関する基盤的調査 事後評価 「経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発」 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の概要 p.1 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.1. 公的な研究開発評価の枠組み p.8 1.2. 公的な研究開発における経済性分析の枠組みと事例の位置付け p.19 1.3. 研究開発プロジェクトの経済性評価手法に関する調査検討 p.30 1.4. 米国商務省 NIST における経済効果分析法の検討事例 1.4.1. 経済効果の評価-評価研究の実施および解釈のための指針 p.56 1.4.2. ハイビジョン TV 共同技術開発事業の経済効果分析事例 p.68 1.4.3. 医療技術開発分野における費用便益分析の事例 p.77 1.5. 欧州における経済性分析法の検討事例 1.5.1. BETA の方法論と経済性分析事例 1.5.2. 欧州連合における RTD プログラム・ポートフォリオの評価 p.83 p.103 1.6. 我が国における経済効果分析法の検討事例 1.6.1. 宇宙開発プログラムに関する経済効果分析法の検討事例 p.113 1.6.2. 原子力研究開発分野における経済効果分析法の検討事例 p.132 1.6.3. 光関係研究開発プロジェクトの追跡調査-インタビュー調査法 p.162 2. 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 2.1. 研究開発の諸類型 p.176 2.2. 海外先進国における公会計の現状 p.179 2.3. 非営利組織の管理会計~大学を事例として~ p.201 2.4. 会計手法としての合理性-研究開発の 4 つのタイプについて p.207 2.5. NEDO 研究評価データベースに基づく研究成果の分析 p.221 2.6. 会計手法の視点からの事例の検討 p.230 2.7. まとめ p.256 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 調査研究の概要 第Ⅰ部:追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 ■ 調査研究の趣旨 我が国における政策評価制度は、施行後、ほぼ3年が経過したが、評価の枠組みや方法論としては未だ体系的に整備 される段階には至っていない。評価の対象、目的、時期及び方法など評価の全局面において、試行錯誤的な実践の積み 重ねを通じてノウハウを蓄積し、学習・進化しつつある段階にある。また、これまで施策・政策の形成・実施の枠組みと評価 の枠組みが一致していなかった我が国では、施策・政策のマネジメントサイクルの確立面での困難が少なくない。 それ故、当面の施策・政策評価にあたっては、これらの点に十分留意しつつ、施策・政策の評価の枠組みや方法論の体 系化上の課題及び研究開発施策のマネジメントサイクルの改善に向けた提言を、研究開発施策の形成と評価に係わる関 係者にフィードバックしていくことが期待されている。そのためには、施策・政策のプログラム化と図-1に示すような循環型 の施策評価のマネジメントサイクルを統合化する方向での様々な改善努力を積み重ねていくことが求められてきている。 図-1 研究開発評価のマネジメント・サイクル 評価 の時 期 事 前 基本・個別政 策 (政策体 系) 施策/プ ロ グラ ム 独立型プ ロ ジェ クト 従属型プ ロ ジェ クト (事 業 ) 途上(中 間・直後 ) 追 跡 政策 評価 法 用 > 大綱的指針(Ⅱ) <活 研究開発 の直後 ・ 施策・政 策の 追跡評価 質の 向上 大綱的指針(Ⅰ) <検証調 査> 機 関 独立行政法人通則法 24 出所:(財)政策科学研究所作成資料 本調査は、このような研究開発施策や評価のマネジメントサイクルの改善に資するため実施したものである。具体的には、 研究開発活動の一定のアウトカムが発現したタイミングで分析・評価する追跡評価にあたって、経済性分析の実施を支援 する実践的な指針として機能する事例集(プロトタイプ)の作成を目的として実施した。 多様な評価の対象とそこで運用・展開される分析・評価手法群のスコープの中で、個別の経済性分析事例の知見を意 味あるかたちで蓄積し体系化していくためには、公的な研究開発評価の概念枠組みの整理・構造化と並行して、これと照 合的に経済性分析の枠組みや評価手法を整備するといった、新たなアプローチが求められる。それ故、本調査において は、評価の対象とアプローチに関する諸知見をシステム的に統合し、事例集の取りまとめと並行して、対象適合的な経済性 分析の概念枠組みの構築や評価手法の再構築を行った。 また、新たな先行的評価研究の動向を反映しつつ、公的な研究開発評価の多様なニーズに応えていくため、評価対象 としての研究開発の分野・局面を大幅に充実させる方向で、様々な分野の経済性分析の具体的な事例を収集・分析し、前 年度の評価対象や分析手法の枠組みを、事例分析を通じて再編・拡充・進化させた。 1 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 これらの作業を通じて、追跡評価のみならず直後評価や事前評価にも役立てることが可能な、所期の経済性分析の模 範的な事例集のかたちに取りまとめた。今後、さらに分析事例を拡充し、質を高め、我が国の公的な研究開発評価におけ る模範的な経済性分析用知識ベースとして発展させていくことが望まれる。本事例集は、その試行事例を集積したプロトタ イプとして、様々な分野で活用されていくことを期待して取りまとめたものである。 ■ 調査研究の概要 ◇経済性分析・評価事例の収集・分析 公的な資金による研究開発の目的は、国民の安全や健康の保護、環境外部性の低減、エネルギー・資源セキュリティの 確保、科学技術リーダーシップの維持・確保、国際安全保障や国家の危機管理への対応など、主として社会的・公共的な 成果の達成と効果の発揮におかれ、経済性の確保は、目的とする社会的・公共的価値の実現にあたって、当該政策手段 が具備、あるいは達成すべき要件といった関係にあることが多い。このような公的資金による研究開発固有の経済性評価 の特徴は、利潤追求を目的とした民間の研究開発とは本質的に異なり、かなり多様かつ複雑な評価構造を有している。 それ故、プロジェクト・プログラム・施策及び政策の多様性に配慮しつつ、数多くの研究開発活動の分析・評価事例の中 から経済性分析や経済性評価に関連した適切な試行事例を収集し、分析を積み重ね、ノウハウを蓄積し、今後の研究開 発の質の向上に反映していくことが期待される。 本研究では、米国、欧州及び日本における研究開発評価に関する主要な文献・資料の中から、それぞれ2~3の分析事例を収 集・分析し、経済性分析の枠組みとの照合を行った。まず、経済性分析の先進国である米国(第4章)については、商務省NISTの 先端技術プログラム(ATP)に関する経済効果の評価研究実施指針、高解像度デジタルTV技術共同開発事業の典型的な費用便 益分析事例及び7つのプロジェクトを対象とした医療研究プログラムにおける費用便益分析事例を収集し分析を加えた。欧州(第 5章)については、財務的便益の追跡調査手法であるBETAの方法論と具体的な分析事例及び欧州連合におけるRTDプログラム ・ポートフォリオの評価事例としてフィンランドのエネルギー技術プログラムの事例を収集し分析した。ここで後者の事例は、多岐 にわたるエネルギー技術プログラムの総合的な費用効果分析を行ったもので、経済効果は未だ多くが潜在的でpre-economicな 段階の政策評価手法として位置付けられる。日本(第6章)については、長期・大型の計画的研究開発施策である、宇宙開発プロ グラムに関する経済効果分析法の検討事例、日本原子力研究所における過去数十年の原子力関連研究開発施策に関する経済 効果の総合的な試行研究の事例及び光関係研究開発プロジェクトの追跡調査事例を収集・分析し取りまとめた。 ◇知見の統合化と枠組みの再編・進化 ここでは、これら分析・評価事例の収集・分析と並行して、公的な研究開発評価の枠組みやその対象分野、性格及び実 現すべき価値について、系統的に再編し、内容を拡充・深化させた。続いて、追跡評価の目的面からみた種々の分析・評 価法の位置づけを明らかにした後、経済性分析面からみた便益・効果の類型化を行い、主要な経済性分析法との関係を 整理した(表-1 参照)。その上で、米・欧・日の数多くの経済性分析法の事例を、便益・効果の類型と適用された分析法面 から整理し、一覧表(表-2 参照)に取りまとめた。 2 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 表-1 経済性分析面からみた便益注 1・効果の類型と適用された分析法 便益・効果の 類型 類型E1 財務的便益 類型E2 注2 国民経済的便益 類型E3 社会的便益 類型E4 社会的効果 注1) 注2) 注3) 適用された 経済性分析法 類型の説明 -研究開発の効果(アウトカム)が、研究開発実施企業・機関の製品・サービス ・財務的費用便益分析(CBA-1) 等の売り上げの増加や特許実施権収入、あるいは、その製品・サービス 注3 ・ BETA法 を購入した利用者のコスト低減便益など、企業の財務的な便益として定 ・ Option 法 量化できるもの -研究開発の効果(アウトカム)が、国民経済的な便益として定量化できるも ・経済的費用便益分析(CBA-2) の(例:公共財の開発・供給による無償の便益提供等) -研究開発の効果(アウトカム)が、社会的な便益として金銭的価値に換算 できるもの(例:環境負荷の低減に伴う疾病・死亡リスクの低減便益等:適 ・社会的費用便益分析(CBA-3) 用限界に配慮が必要) -研究開発の成果(アウトプット)は定量化できるが、その社会的効果の金銭的 ・ポートフォリオ分析 価値への換算が困難なもの、あるいは、その社会的効果が金銭的価値 ・費用効果分析(CEA) への換算には馴染まないもの ここでの用語「便益」は、金銭的(市場)価値、または同価値に換算されたものに限定して使用 類型 E2 の国民経済的便益は、通常、社会的便益に含まれるが、ここでは、性格が異なるので類型として別掲した。 BETA:ルイ・パスツール大学内の一つの組織体 The Bureau d’Economie Theorique et Appliquee の略称 表-2 米・欧・日の評価事例における経済性分析のスコープ-便益・効果の類型別分析法の適用状況 便益・効果類型 評価事例 類型 E1: 財務的便益 類型 E2:国民 経済的便益 類型 E3: 社会的便益 類型 E4: 社会的効果 ◎ CBA-1 ・直接費用:NIST が費や した全ての資源 ・間接費用:民間の費用 先端技術プログラム(ATP)における 高解像度 TV 共同技術開発プロジェ クトの評価(9 つの企業による JV) ◎ CBA-1 ・JV 投下資金(ATP 資金 +民間資金)ベースの 評価 ・B/C 比:3.5~5.0 先端技術プログラム(ATP)における 医療研究プログラムの評価 ・4 つの PJ の詳細事例研究 ・3 つの PJ の簡易事例研究 ◎ CBA-1 注1 ・社会的便益評価により 公的資金投入の必要性 を裏づけ ◎ CBA-3 BETA 法によるプログラム評価事例 欧 州 考 US-DOC-NIST の経済的影響評価指 針(1996) 米 国 備 欧州宇宙開発プログラム 注 2 ◎:BETA 基盤技術・先端材料研究プログラ ム ◎:BETA 自動研磨ロボットプロジェクト ◎:BETA 日本の医療福祉機器技術研究開 発制度 EU のフィンランドのエネルギー技術 11 プログラムに関するポートフォリオ 注4 事例 評価 ・狙い:政策パッケージの形成支援 ・行動・認知の追加性 企業内技術波及重視 ・BETA 法は参加企業内 部での種々の間接効果 を包括的に調べ上げ、 財務的便益に計上 ・対象:光断層イメージング システムプロジェクト 注1 ○ BETA プラス 注3 注3 ○? CBA-3 ◎? CBA-1 3 ◎:Portfolio 上位の政策 マネジメント上 の評価要因 ・評価要因:妥当性、力 量、インパクト、便益、追加 性、将来性 ・行動・認知の追加性重 注2 視 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 日 本 宇宙開発プログラムに関する便益推 計法の検討事例 ・打ち上げロケット、宇宙輸送 ・通信・放送衛星 ・気象・地球観測・測位衛星 ・宇宙科学衛星、宇宙環境利用衛星 ○ CBA-1 ○ CBA-2 ○ CBA-3 ○ CEA ・経済性分析法の検討推 進中 ・研究開発施策レベルの 希少な検討事例 日本原子力研究所における研究開 注4 発施策の評価(試行)事例 ①軽水炉発電市場への原研寄与 ◎:CBA-1 ②放射線・RI 利用市場への寄与 ◎:CBA-1 ③軽水炉燃料高燃焼度化による ランニングコスト低減 ○:CBA-1 ・①と②は、過去数十年 の研究開発の累積効果 として試算、寄与率は各 界の有識者へのアンンケー ト・ヒアリングにより設定 ④事故リスク低減による機会損失 低減便益 METI 光関係研究開発プロジェクトの 波及効果追跡調査事例 注1) 記号-◎:実際に適用検討されたケース。 ○:CBA-3 ○ ○ ・対象:レーザ、イオンビ ームによる超先端加工シ ステム ・インタビュー調査 ○:分析法の検討過程か、分析途上等のケース。 注2) 行動・認知の追加性:公的な研究開発における投入の追加性、産出の追加性に加え、近年、重視されだした人や組織のマネジメ ント面から見た追加性。 注3) ?:参照した資料では、詳しい裏づけ内容が確認できない場合、該当項目欄に「?」印を付した。 注4) フィンランドのエネルギープログラムポートフォリオ評価は政策レベル、日本原子力研究所の事例は施策レベルの検討事例 これは、多様な評価の目的・対象・局面とそこで運用・展開される分析・評価手法群のスコープの中で、個別事例の知見 を意味ある形で反映するためには、評価対象の概念的な分析枠組みを、「よく定義された(well-defined)」状態に構造化し ておくことが不可欠だからである。 具体的には、まず、報告書第1章を、「公的な研究開発評価の枠組み」として、前年度の第 2 章、第 3 章を統合し、かつ 事例分析より得られた知見を活用して、成果・効果系やマネジメント系の評価の項を中心として説明を充実させた。特に、 質が高く信頼できる経済性分析を可能にするためには、評価対象としての研究開発課題やプログラム自身を、その概念設 計段階や事前評価段階において、明確化、限定化、良構造化し、経済性分析の枠組みで取り扱えるように設計しておくこ とが何より重要であることを指摘した。また、経済性分析が困難な pre-economic な要素(組織、ネットワーク、マネジメント、 能力等の改善等)に重要なものが含まれている場合には、その多角的な分析・考察に重点をおくべきことを指摘した。 続いて、第 2 章を「公的な研究開発における経済性分析の枠組みと事例の位置付け」として、まず、公的な研究開発の 経済性分析の前提として、研究開発施策・政策の対象分野の省庁横断的な類型化を行った上で、当該各研究開発施策・ 政策が実現すべき価値(便益)の体系化試案を取りまとめた。続いて、追跡評価の目的面からみた種々の分析・評価法の 位置づけを明らかにした後、経済性分析面からみた便益・効果を、企業の財務的便益、国民経済的便益、社会的便益、社 会的効果及び科学技術的効果の 5 つに類型化し、主要な経済性分析法(財務的・国民経済的・社会的費用便益分析、 BETA 法、オプション法、費用効果分析法)との関係を整理した。その上で、米・欧・日の数多くの経済性分析法の事例を、 便益・効果の類型と適用された調査・分析法面から整理し、一覧表に取りまとめた。(前掲表-2 参照) 最後に、前年度、体系的に整備した経済性分析の方法論や評価の枠組みに関する章を第3章に位置付け、第4章以降 の経済性分析・評価事例へのアクセスを容易なものとし、その理解を支援する方法論面からみた知識ベースとして整備し た。これにより、公的な研究開発の経済性分析へのアプローチを支援する事例集として馴染み易いものとした。 4 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 ■ 調査実施体制 研究項目 担当機関等 調査研究の概要 研究担当者 (財)政策科学研究所研究部 ○伊東慶四郎 (財)政策科学研究所 平澤 泠 2.公的な研究開発における経済性分析の枠組みと事例の位置付け (財)政策科学研究所研究部 伊東慶四郎 3.研究開発プロジェクトの経済性評価手法に関する調査検討 (財)政策科学研究所研究部 川島 啓、伊東慶四郎 4.米国商務省 NIST における経済効果分析法の検討事例 4.1経済効果の評価-評価研究の実施及び解釈の指針 4.2ハイビジョン TV 共同技術開発事業の経済効果分析の事例 4.3医療技術開発分野における費用便益分析の事例 (財)政策科学研究所 (財)政策科学研究所研究部 (財)政策科学研究所研究部 平澤 泠 川島啓、伊東慶四郎 川島啓、伊東慶四郎 5.欧州における経済効果分析法の検討事例 5.1BETA の方法論と経済効果分析事例 5.2欧州連合におけるRTDプログラム・ポートフォリオの評価事例 ―フィンランドのエネルギー技術プログラムの評価事例 日本原子力研究所企画室 (財)政策科学研究所研究部 栁澤 和章 大熊和彦、伊東慶四郎 6.我が国における経済効果分析法の検討事例 6.1宇宙開発分野における経済効果分析法の検討事例 6.2原子力研究開発分野における経済効果分析法の検討事例 6.3光関係研究開発プロジェクトの追跡評価 (財)政策科学研究所研究部 日本原子力研究所企画室 (財)政策科学研究所 伊東慶四郎 栁澤 和章 平澤泠、伊東慶四郎 1.公的な研究開発評価の枠組み ○:サブテーマ責任者 査読者:立正大学 経済学部 教授 關 哲雄 報告書校正担当:(財)政策科学研究所 主任研究員 勝木 知里 研究補助:(財)政策科学研究所 客員研究員 佐久間 尚基 5 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 第2部:途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 ■ 調査研究の主旨 主として公的資金により運営される大学や研究機関に期待されている研究開発活動は、経済合理性の追求を本旨とす る民間企業の研究開発活動とは異なり、基礎的、基盤的、長期的等の特徴があり、「知のフロンティアへの挑戦」や、社会 や産業を「知的に先導する」ための知的成果の産出等が主として求められている。この種の研究開発活動による成果は、 従って経済的価値として算定することが一般に困難であり、コストの側を正確に把握したとしても成果の側を少なくとも短期 的に経済的尺度で表現することはできない。しかしながら、一方でこの種の研究開発活動に対しても、現に公的資金を毎 年充当する以上その合理性を担保するための何らかの評価尺度を設定する必要がある。 本調査研究は、この困難な課題に対し、会計学的知見を基底として費用対効果の解明に取り組み、大学や研究機関で 実施されている多様な研究開発活動の種類と評価局面とを区分し、それぞれの特性に応じた合理的な管理会計的手法を 実用可能な形で提案することを目的とする。 ■ 調査研究の概要 第1章では研究開発の諸類型の検討を行った。 第2章では欧米における公会計の現状を調査し、具体的には以下のようなポイントを抽出した。 2.1 米国の公会計 ・1960 年代後半 PPBS では資源配分の合理的な意思決定を促進するために費用便益分析を用いた。 ・目標管理、ゼロベース予算の試み・GPRA による経営管理プロセスの見直し ・1990 年代 ABC(Activity-Based Costing)の利用・BSC(Balanced Score Card)の利用 2.2 オーストラリアの公会計 ・オーストラリア連邦政府の事例 ・ABC をさまざまな手法にリンクさせて活用している機関 ・ABC とバランスト・スコアカードとを活用しているとしている機関 2.3 ニュージーランドの公会計 ・全体の枠組みと財務省(The Treasury) ・ABC をコストの可視化に活用している機関 ・ABC をさまざまな手法とリンクさせて活用している機関 2.4 カナダの公会計 ・国家財政委員会、関税歳入庁、公共事業省 ・国防省(National Defense) 2.5 英国の公会計 ・業績評価システムとしての VFM 監査(Value for Money Audit) ・イギリス気象庁における VFM 監査 2.6 ドイツの公会計 ・「作用志向の行政運営」原価計算→給付計算→効果計算→便益計算・行政への経営経済的思考の導入 2.7 我が国へのインプリケーション 2002 年 6 月 25 日に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2002」をきっかけとして、活動基準原価計 算(Activity-Based Costing;以下 ABC という)の公的部門への適用について各省等で研究が開始された。日本でも従来の手法 では不十分で公的研究開発プロジェクトの予算決定や非営利組織の運営において会計的側面からの合理性が必要である。 6 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 第3章では大学を事例として非営利組織の管理会計を検討した。具体的には以下の点について検討を行った。 ・大学の生産性改善 ・資材購入プロセスにおける ABC の活用例 ・入学管理プロセスと学生募集活動における ABC の活用例 第4章では公的資金が支出された研究開発において、予算額を合理的に算定する手法の検討・分析を行った。 第5章では NEDO 研究評価データベースの分析を行った。ここでは、研究開発プロジェクトの年間支出額と特許数の 間に有意な正の相関関係が見いだされた。 第6章では会計手法の視点からの事例の検討を以下の研究開発プロジェクトの4類型について実施した。 ①自律的基礎研究 ②戦略的研究開発 ③計画的開発研究 ④実用化研究開発 第7章のまとめでは今後、算定根拠の合理性向上に努めるにあたっての課題を提示した。 7 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.1. 公的な研究開発評価の枠組み (財)政策科学研究所 理事 平澤 泠 ■ 1.1 評価の目的 公的な研究開発に関する評価の主な目的は、研究開発の企画・立案の改善により、そのより効果的、効率的な推進に資 すること(研究開発の「質の向上」)、及び研究開発の形成の手順や責任の明確化を図り、国民への「説明責任」を果たすこ とにある。その意味で研究開発の評価は、単に個々のプロジェクトの評価にとどまるものではない。 我が国では、公的な研究開発を取り巻く環境の歴史的変化や今後の動向を分析しながら、研究開発の効果(アウトカム) 及び波及効果(インパクト)の発生状況を事後・追跡調査し、透明性や中立性の確保に配慮しつつ、その調査成果を、施 策の必要性の再確認やマネジメント方策の改善への含意の抽出に活用するとともに、さらに、より上位の科学技術政策・戦 略を含む政策体系の改善や質の向上に反映していくことが要請されてきている。 そのためには、公的な研究開発の目的や目標自体の問い直し、非実施仮説との比較分析、研究開発施策・政策のポー トフォリオ面から見た代替案の想定とその事前・事後の比較分析、類似の研究開発との関係や他府省の関連研究開発との 連携可能性に関する事後的レビュー等を行いつつ、新たな施策・政策の企画・立案に生かしていくことが求められる。 この際、あるべき研究開発(プロジェクト、プログラム、制度、施策、戦略、政策)の論理的体系等を構想しつつ、他府省の 国内関連研究開発や規制・許認可権限等の政策手段及び海外の類似研究開や技術動向等も含めて、比較分析しつつ 検討することが有効である(図 1.1-1 参照)。また、研究開発の見直しに資するためには、当該研究開発を遂行する仕組み がよく機能していたかどうかについても、システムの評価を行う必要があり、マネジメント・体制・コストなどについて多面的に 検討を深めていくことが求められる。 なお、ここでのコストについては、直接の研究開発費のみならず、関連行政コストや社会的費用(負の副次的効果)にも 配慮することが必要である。 施策 追 跡評価の基本スキーム 上 位 施 策 予定 施 実 施 策 成 果 計画 ︵ 期間・ 費用︶ 体制・ マネジメント 目的・ 目標 期待される成果 主題的 アウトプット アウトカム・インパクト 体 制 期 間 マネジメント 費 用 国内関連施策 副次的 達成度 アウトプット 海外類似施策 アウトカム・インパクト 政策・施策の論理モデル 達成度 効率性/有効性 論理 理的 的施策 論 策体 体系 制 (上位施策自体の見直し) 上位施策の枠組み内の施策体系 (上位施策内部の見直し) 必要性 上位施策の枠組みの施策体系 比較 較 対 比 対象 照 (実体的/仮想的) (実態的・仮想的) (当該施策内部の見直し) 当該施策の枠組み内(対計画比) D 図 1.1-1 公的な研究開発の事前・追跡評価の基本スキーム(IPS,2004) 出所:(財)政策科学研究所作成資料 8 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 1.2 評価の対象系とその階層性 研究開発評価の一番基礎になる評価対象の単位は、「プロジェクト」と「研究者」である。プロジェクトは研究開発の単位と なる事業のことであり、「プログラム」と呼ばれる何らかの制度の下で通常展開されている。プログラムとは、プロジェクトを生 み出す仕組みのことであり、政策目的により特徴づけられた研究開発制度のことである。従ってプログラムはプロジェクトより 上位の階層に位置する。そしてまた、幾つかのプログラムや制度が組み合わさり、より上位にある「施策」や「政策」が展開さ れることになる。 一方、「機関」の側をみると、その機関において実施されるプロジェクトとそれを担う研究者のパフォーマンスを総合したも のが、機関としての実績になるので、やはりプロジェクトや研究者が機関の評価単位や評価基盤になっていると考えられる。 また、機関の内部構造としての業務担当組織(研究グループ等)はその中間にあって、評価のための研究業務等をまとめ る際に重要な単位となる(図1.2-1)。 図1.2-1 研究開発評価対象の階層構造(IPS, 2002) このような階層性は評価のコストを縮減する観点からも重要である。一度プロジェクトなり研究者なりを評価したとすれば、 その評価結果をより上位の階層の評価に利用していくことによって、研究者が評価の階層毎に何度もデータを出し直すこと が無いようにすることができる。そのためにも、この階層性を踏まえた評価データベースを作る必要がある。とはいえ、各階 層毎に階層固有の評価情報を付加する必要が通常生ずる。しかしその様な情報は当該階層の評価担当者が作成すべき もので、研究者レベルまで、その都度、遡及すべきではない。 プロジェクトに関しては、このような階層構造の中で、2種類の異なる性格を持ったカテゴリーが存在する。第1はプログラ ムのもとで策定されるプロジェクト(従属プロジェクト)であり(図1.2-2)、第2はプログラムを設定することなくプロジェクトを独 立に立てる場合(独立プロジェクト)である(図1.2-3)。従来日本の行政機関の中ではプログラム概念が薄弱であったため に、プログラムのもとで打ち出されるプロジェクトは多くない。多くのプロジェクトは、それぞれ独立に政策担当課のもとでそ の都度構想され、個別に打ち出されてきた。この「独立プロジェクト」と、プログラムに基づいて展開される「従属プロジェクト」 では、評価の所要コスト面で非常に大きな差が生ずる。 この内、独立プロジェクトの場合は、評価コストが特に多くかかるため、独立プロジェクトを可能な限り少なくして、研究開 発制度をすべてプログラム化する方向が世界の潮流になっている。例えばドイツでは4 年前に社民党連立政権に移行し た際、BMBF のすべての研究開発制度はプログラム化された。このプログラム化の意味について次に述べる。 9 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 プログラムの定義は、前述のように“政策目的によって特徴づけられた研究開発制度”であるといえる。ここで、政策目的 の他に、研究開発制度を特徴付ける属性としては、例えば科学技術領域や研究開発手法等を挙げることができる。もちろ んこれらの属性を定義の中に付加してもよいが、属性の中で「政策目的」だけを定義の必要条件とした理由は、後で述べる ように、「目的適合性」が評価の主要部を占めるからである。逆の言い方をすれば、“目的が明確でない場合評価のしようが ない”ことを意味している。 この観点から言えば、我が国には“プログラムもどき”は存在していたが、正統的な意味でのプログラムはほとんど存在し ていなかったと言える。ここでプログラムの例をあえて挙げていないのはこのためである。 図1.2-2 評価の階層性と評価の困難さ(その1:従属プロジェクトの例)(IPS, 2002) 図1.2-3 評価の階層性と評価の困難さ(その2:独立プロジェクトの例)(IPS, 2002) ■ 1.3 評価のフェーズ−追跡評価の位置づけ 評価のフェーズ(時期)とは、評価対象の時間的経過のどの時点で評価を行うかを区分する概念である。図1.3-1に示す ように、評価のフェーズは、通常、「事前評価」、「中間評価」(ないし「途上評価」)、「事後評価」の3つに区分される。しかし ながら、タイムラグをもって出現する効果(アウトカム)や波及効果(インパクト)との関係で、「事後評価」は、さらに、「直後評 価」と「追跡評価」に分けられ、実際の評価フェーズは4つに区分されることになる。 例えば、プロジェクト評価の場合では、研究開発が行われる前にそのプロジェクトの採択・実施の妥当性を評価するのが 事前評価であり、これに対して研究開発が行われている途中の段階でのモニタリングを主体とした評価を中間評価ないし 途上評価と言う。また、研究開発のプロジェクトが終了した後で行われる評価のことを事後評価というが、事後評価は研究 10 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 開発が終わった時点で評価を行う直後評価と、研究開発が終わって例えば、5年以上経過した時点で評価を行う追跡評価 に分かれる。 このような評価の時点と階層の異なる評価対象(前掲の表、図参照)との組み合わせの種類によって、評価として取り組 むべき内容がかなり異なったものとなる。 1.3.1 事前評価 まず、事前評価の場合を考える。独立したプロジェクトや新たに設定するプログラムや政策に関しては、それらのターゲッ トや目的、あるいは大目標や使命等の妥当性を評価することになるが、従属的なプロジェクトの場合では、設定されている 研 究 開 発 の フ ェ ー ズ 計画段階 実施段階 普及段階 追跡評価 直後評価 途上評価 中間評価 事前評価 事後評価 プログラムの目的に、その提案されたプロジェクトの目的が適合しているかどうかを評価すればよいので、この場合には プロジェクトの目的自体の妥当性を問う必要がない。この差は大変大きい。 目的や目標自体を評価するには、それによって実現されるであろう成果の「費用対効果」を予測し、他の代替的な目的に 比しそれが優れているであろうことを明らかにする必要がある。この作業を何らの制約的な枠組み無しに完遂することは論 理的に考えてもほとんど不可能であろう。従って通常上位の目的をまず定め、その枠内に下位の目的があるかどうか、或い は提案された下位の目的が上位の目的に適合しているかどうかを判断し、下位の目的自体の妥当性を改めて問うことはし ない。 では、上位の目的はどのようにして定めればよいのであろうか。「目的(上位の)」を評価するためには、その前提として 「計画」が立てられていなくては評価にならない。計画の妥当性は計画が依拠する「戦略」の適切さによる。プログラムの目 的については、その上位概念である施策や政策の目的に照らして判断したとしても、施策や政策の目的にはもはや照合す べき上位概念としての目的は存在しない。そこで戦略や計画が必要になる。ところで、このような最上位の政策目標は、社 会の多くのセクターに関わる事象なので、それを決定するプロセスの正当性(手続き上の適性)が問題になる。つまり国民 の意思が適切に反映されていなくてはならない。評価の問題を突き詰めていくと、このようなメカニズムで、評価の外部にあ る戦略や計画を立てるシステムと関わることになり、評価のみで閉じている思考では完結しない。 1.3.2 中間評価、直後評価 次に中間評価と直後評価、つまり途上評価と直後評価について考えてみよう。評価で取り扱う内容としてはこの両者はほ ぼ共通しているので、それらをまとめて考える。途上評価の場合や直後評価の場合、事前に設定された目標なり到達点に 対して、実績として結果が現実にどこまで到達しているか、つまり達成度とか到達度とかの実績を評価することになる。これ はモニタリングに相当し、その進み具合を観察することは、それほど困難ではない。事前に設定されている目標に対して結 果がどのような位置にあるかを照合すればよいので、この作業は基本的にそれほど難しくはない。 11 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 また、この場合の評価内容のカテゴリーには、まず実績の内容として、成果としての実績内容、コストの内部構造、費用 対成果の3 種類である。またもう一方で、研究開発の運営の仕方、つまりマネジメントの実績についても問う必要がある。プ ロジェクトやプログラムだけではなく機関評価についても上記のことは基本的にあてはまる。異なる点は、機関評価の場合、 評価の視点が、「対目的比」だけではなくそれをブレークダウンした「対計画比」に重点が移動する程度である。なお、目的 や計画が照合出来るほど明確に定められていない場合(本来そうあってはならないが)、評価の視点として、補助的に「対 類似他者比」(いわゆるベンチマーク等)や「対チャンピオンデータ比」、あるいは「対過去比」(対前年比等)等を援用するこ とになる。 一方、途上評価と直後評価では、多少異なる点もある。途上(中間)評価の目的は研究開発計画をそのまま進行させて よいかどうか(中止を含め)についての状況を明晰にすることであるのに対して、直後評価では達成状況を明確にし次期計 画への参考に資する点にある。ただし、評価時点が終了直後である場合、タイムラグをもって出現する効果(アウトカムやイ ンパクト)に関する情報はこの時点では十分には顕在化していないので、直後の評価情報は最終的な情報とはいえない。 従って設定した目的自体の適否について言及出来ることは限られている。この点に関しては次項の追跡評価の方がはるか に重要である。さらに、同種の問題であるが、途上評価の方が直後評価より利用できる情報が限られため、これら両者には 評価結果の信頼性に関し多少の違いがあるといえる。 1.3.3 追跡評価 一方、第4のカテゴリーである追跡評価では、波及的な効果等も踏まえて評価できるので、本来的な意味でのフォローア ップが可能となる。それは、直接的な成果や効果であるアウトプットやアウトカムの他に、間接的な効果としてのインパクトま で検証評価のスコープに含むからである。また、目的内のこれらの成果・効果の他に、目的外の副次的な成果や効果も分 析する必要がある。これは、新たな知識のスピルオーバーによる副次的な成果や効果など、直接研究開発に携わらなかっ た人や企業の活動も含めて調査することを意味している。この場合、調査対象が相当広がるだけでなく不確実性も高まるた め、中間(途上)及び直後評価よりも調査・分析がはるかに困難となる。 それ故、追跡評価は、次の3つの目的のもとで実施することが必要であると考えられる。その第1の目的は、当初設定し た目的・目標に即した成果や効果がいかに顕在化しているか、その状況を包括的に把握するため、事前評価や事後評価 段階における成果・効果系データの把握の枠組み、方法及び予測結果に関する包括的検証とその補完的な調査を実施 すること、また、これとは別に当初見通し得なかった副次的・間接的な成果・効果の発見的探索を行うことにおかれることに なる。 第2の目的は、これら成果・効果の包括的な把握結果を踏まえて、当初の目的・目標・指標設定が妥当であったか 否かを問い直すこと、また、研究開発の在り方の見直しや質の改善と向上に資するマネジメント上の知見を抽出すること、さ らに、より上位の施策・戦略・政策等の目的や実施枠組みの見直しの契機を提供することにある。 第3の目的は、これらの 検討結果を踏まえ、国民への説明責任を果たすことにある。 追跡評価のこれらの目的を考えた場合、研究開発マネジメントに関わる課題であるが、追跡評価の時点で、事前評価や 中間・直後評価が適切になされていたかどうかという、いわば「評価の評価」(メタ評価)を徹底して行うこと、また、このメタ評 価結果を踏まえて、成果・効果系の評価の枠組みや方法の明確化を事前評価段階(この段階では不確実性が高く困難な 場合は、直後評価段階)から徹底させ、研究開発の質の向上に役立てていく支援的な評価の取り組みの重要性が浮上し てくることとなる。 また、ここでの評価の重点は、各研究開発の性格に応じて、例えば、基礎・基盤的研究開発の場合は、科学的・技術的 効果の把握に重点をおくことに、また、社会ニーズ主導な研究開発の場合は、国民の社会的厚生や生命・健康リスクの低 減など社会的・公共的な効果の把握に重点をおくことに、さらに、経済ニーズ主導な研究開発の場合は、市場創出・コスト 低減・機会損失低減等の種々の便益や資源・エネルギー等の経済安全保障の確保などの経済効果の把握に重点をおく ことになる。 12 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 さらに、目的・目標の設定に関しては、当初設定された目的・目標の是非を問う考え方と、追跡評価時点でどのような方 向に見直すべきかを問う考え方とがあるが、この適否は、評価の目的に依存する。それ故、追跡評価の結果を政策やプロ グラムの見直しに繋げていくとか、事前評価のあり方を見直すとか、その追跡評価を行う時点での評価の目的に合わせて 評価することとなる。国民の側からみるならば、政策やプログラムの見直しのために追跡評価を行うことが重要となる。 ■ 1.4 評価の内容 ここでは、以下、公的な研究開発に関して、評価の内容面からみた概念枠組みに考察を加えてみたい。評価の内容を 区分すると基本的には 4 種類になる。第1は、目標、目的、使命(ミッション)、そしてビジョンや戦略さらには基本政策等の 「目的・目標系」の事象であり、第2はインプットの側の「コスト系」、そして第 3 は本調査の経済性効果分析の主題に直接関 連したアウトプットの側の「成果・効果系」、最後は内容そのものではなくやり方に関する「マネジメント系」である。 また、これらには全て将来に関する側と過去に関する側、そして現在の事象とがあり、将来の側(事前評価)の評価では シナリオ分析による将来見通しやリスクの大きさ等を推定することが中心であり、過去の側(事後評価)の評価では実績や 到達度が問われることになる。また、現状(途上評価)の評価では過去の実績のほかに現在の状態つまりパフォーマンスと ポテンシャルが問題となる。ここでは、以下、これらの点について、順次考察を加える。 1.4.1 目的・目標系の評価 研究開発施策の目的の評価は、基本的にはその目指すものの妥当性をもって行う。妥当性を判断する指標としては、主 として費用対効果を用いるが、その他に費用それ自身及び効果それ自身の質を問うこともある。だが、将来に関する目的 系の評価を信頼できる形で実施することは極めて困難であることは容易に理解できる。そこで、欧米では、通常目的系の階 層構造を活かした簡便な方式を採用できる枠組みの中で運用するように努めている。 使命や目的や目標(ターゲット)は、階層構造(図 1.4-1、図 1.4-2 参照)を成している。評価すべきターゲットの適否は、 上位の目的の中でそれが占める位置に照らして判断することになり、またその目的自身はさらにその上位の使命 mission に 照らしてその位置付けを評価することになる。このような枠組みの中で、採り上げたターゲットの妥当性が上位概念に照らし て適切であるか否かが第一の評価の視点である。この場合には、評価すべき目的と上位の目的との包摂関係をチェックし 下位目的の内容にまで深く立ち入る必要はない。さらには2番目として、そのようなターゲットの他に代替的なそれに代わる ターゲットと比較して採り上げるものが適切であるかどうかという代替性の視点からの評価がある。また、3番目にはそのター ゲットをもし採り上げないとすれば、つまり実行しないとすればどのようなことが起こるであろうか、ということを想定して評価を 行う非実施仮説の視点からの評価がある。 先にも述べたが、一般に事前評価の場合には、その使命、目的あるいはそのターゲットを明確に評価することは非常に 困難であり、つまり将来にわたった予測をした上で評価しなくてはならないわけで、何らかの不確実性を必ず含むことにな る。その意味でこの評価を厳密に実行することは非常に困難である。 従って、目的・目標系の階層構造が十分には整備されていない場合等では、評価可能な部分は最大限評価するとして も、不確実性uncertaintyを含んだまま目指す内容を実施することになる。その際、実施しながら目的・目標自身を随時見直 していくという、学習的な評価のあり方を採るのが一般的で、特に最上位レベルにある目標に対してはモニタリングを定期 的に行い、事前に評価したら最後まで見直さないという態度は避けるべきである。米国のGPRAではこの循環的な評価方式 を採用している。 13 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 図1.4-1 階層的な組織構造間での評価の在り方−戦略、計画と評価−(IPS, 2002) 図1.4-2 階層的な組織構造間での評価のあり方―最上位レベルでの戦略,計画と評価−(IPS, 2002) 1.4.2 コスト系の評価 我が国では、従来、「成果・効果系」の評価を中心にして行い、「コスト系」については評価においてほとんど触れることが なかった。しかし、費用対効果をみるうえでも、「コスト系」の評価は欠かせない。コスト系の構成要素は、研究開発に関わる リソース全てから成り、経費の他に人材、原材料、設備、施設、そして知的財産権のような無体財も含まれる。 これらの評価に際しては、数量的な観点と質的な観点とがある。数量の実態を示す絶対値を把握したとしても、それだけ では評価にならない。対目標や計画比、対前年比、対類似計画比等のベンチマーク等何らかの比較の視点を導入するこ とが必要である。また、質的には、通常これらの指標の内部構造の分析等が行われる。例えば、経費の中で管理部門が占 める割合であるとか、導入した設備のマシンタイムの利用率等である。 14 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 さらに、この「コスト系」には、従来の研究開発評価では、ともすると、看過されがちであった「社会コスト」も含まれる。これは、 研究開発が社会経済に及ぼすポジティブな便益(効果、波及効果)の対極において、社会経済にネガティブな影響を及ぼして いないか、探索し、定量化し、社会的なコストとして「コスト系」に計上して評価しようとするものである。研究開発テーマによって は、事前評価段階から追跡評価段階におけるインパクト評価の主要な課題の一つに位置付ける必要があるコストである。 1.4.3 成果・効果系の評価−本調査の主題 次に、本調査の主題である成果・効果系であるが、まず研究開発成果・効果の内容をどのように区分しているかについて 述べる。一般に、直後評価や追跡評価の場合、図 1.4-3 に示すように、まず目的として設定した範囲内で現れた成果・効果 (intended:「意図的」)と、目的外であり意図しなかった成果・効果(unintended:「非意図的」)とに分けて調査・分析を進める ことになる。非意図的な成果・効果は基礎的な研究等においてはしばしば重要な意義を有する場合がある。そのように目的 として意図した部分の成果・効果と意図しない「副次的成果・効果」に分けることができる。 さらにもう一つの軸として、「直接的な成果・効果」と、「間接的な成果・効果」に分類することができる。この区分は評価論 の研究者や専門分野によってかなり定義に違いがあるようであるが、標準的には次の定義を用いる。 直接的な成果・効果とは、研究開発に携わった人(共同研究者、研究開発の顧客等を含む)が直接関わって挙げた成 果・効果と捉え、それ以外の部分は間接的な成果・効果と考える。例えば研究開発成果を他の研究者が利用して挙げた成 果は間接的効果である。 しかし、テクノポリスの定義では意図したものの直接的な効果とは、目的に設定した範囲の中でインパクトまで含めて捉え る。この場合は、直接的な効果の範囲がかなり広がることになる。そして、目的として設定しなかった範囲の効果については 間接的な効果であると考える。この場合は、むしろインパクトの定義が一般と異なり、限定的に使われている。 これらの定義の妥当性は評価法における利便性ないし有用性によって判断されるべきである。ここで推奨する定義の有 用性は、効果に係わるデータ収集が研究者をベースにして行われる作業であるからである。また、予期しなかった副次的 な効果の部分についても同じように直接的な効果と間接的な効果とに分けることができる。 次に、さらにもう一つの分類基準を導入する。それは、「アウトプット」、「アウトカム」、「インパクト」であり、成果・効果の実質 に関わる分類基準である。アウトプットは成果を形態的に特定した状態のことであり、アウトカムはそれを価値ないし意味の 体系に置き換えて測定したときのことであると理解できる。例えば通常の研究開発の場合、典型的なアウトプットは学術論 文や特許、あるいはその研究に関する口頭発表の数等であるが、アウトカムは例えばその研究を活かして造られる製品や 改良されたプロセスである。 成果・効果 目 的 副次的 (非意図的) インプット アウトプット アウトカム インパクト パフォーマンス 評価される 主題的 (意図的) Impac s べき対象 副次的 (非意図的) ポテンシャル 直接的 図1.4-3 間接的 研究開発の成果・効果系のカテゴリーと関連概念(IPS, 2002) 15 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 別の例でいうならば、例えば政策研究の場合、今のように政策研究の報告書や論文はアウトプットであるが、アウトカムは、 その研究の結果がどのように政策形成に活かされたかに関わり、例えば新しく生まれた政策がアウトカムに相当する。これ らに対して次に波及的な効果として、その政策によって社会に何が生み出されてきたか、どのような影響が出てきたかとい った効果が生ずるが、これがインパクトである。 製品の場合でいうならば、その製造されることになった製品が、さらにどのような経済効果(例えば、生産者余剰や消費 者余剰)をもたらし、あるいは社会的にどのような影響を及ぼしたかがインパクトに相当する。 このように、研究開発の場合、アウトプットは直後評価においてほぼ捕捉できるが、アウトカムはまだ部分的にしか顕在化 していないであろうし、インパクトにいたってはほとんどその様子を把握できないであろう。本格的な事後評価は追跡評価で しか行えないことが理解できる。 また、このようなアウトプット、アウトカム、インパクトという分類の他に、「アディショナリティ」や「スピルオーバー」等の概念 があるが、これらについては評価法に関連したテキストを参照されたい。なお、将来もたらされるであろう成果についても、 同様の定義を適用するが、予測される成果の内容は、定義の性格上、ほぼ意図的かつ直接的な領域に限られる。 次に、成果や効果について、内容的側面から見てみたい。第1は科学技術としての価値、2 番目は経済的価値、3 番目 はそれ以外の価値で一般的には社会的・公共的価値と言われている。 言葉を換えて言えば、科学技術内在的価値と科学技術外在的価値にまず分類し、科学技術外在的価値の中で重要な のは経済的な価値であるからその部分を括り出し、それ以外のものをまとめて社会的・公共的価値と呼んでいる。このように 分類すると、全てがいずれかの価値に分類され尽くされることになる。なお、冷戦終焉後、内外の市場自由化のもとで、逆 に社会の不安定化や国際的緊張が高まり、また、開かれた熟慮型民主主義のもとで公衆の覚醒が進み、近年は、この社 会的・公共的価値の政策的重要性が急速に高まってきている。 ここで、科学技術の内在的価値、つまり、科学技術的価値とは、新たにどのような科学的知識が見いだされ、新技術が確 立されたかに相当し、知の質に関わる評価を行うことになる。また、経済的価値としては、技術革新や産業習熟に等による コスト低減や新市場の創出・拡大(付加価値の増加)、新たな知識の spillover による副次的なコスト低減や市場創出、種々 の機会損失(リスク)の低減などがあげられ、様々な分野でこれら経済的便益に関わる測定と評価を行うことになる。さらに、 社会的価値は、安心・安全な社会の構築、環境負荷(外部性)の低減対策の確立、国家安全保障の確保や危機管理対策 の確立など、―般にはどの程度問題解決 problem solving のための対策が確立され実施されたかによって測られる。 このような成果・効果の内容的側面としての価値の内訳は、以下のような分類により体系化(試案)することができる。ここ での経済的価値における「① 社会的・公共的価値実現上の手段(目的依存)」とは、研究開発の目的が社会的・公共的 価値の実現におかれ、経済性の確保は、技術革新や産業習熟の促進によるその実現手段として位置付けられる研究開発 プログラムに関するものである。 (1)科学技術的価値 ① 科学的価値 ② 技術的価値 ③ 科学技術政策、教育・研修活動関連の成果・効果 (2)経済的価値 ① 社会的価値実現上の手段(目的依存):意図的、非意図的成果・効果 ② 産業経済活動の活性化 ③ 国民経済のセキュリティの確保 16 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 (3)社会的・公共的価値 ① 安心・安全な社会の構築(国民生活の安全確保、生活の質改善) ② 環境負荷(外部性)低減対策の確立 ③ 社会的・経済的規制に伴うリスク(外部性)低減対策の確立 ⑤ 国際安全保障、国家の危機管理対策の確立 1.4.4 マネジメント系 マネジメントの評価は、まず第1に、費用対効果等の実績やパフォーマンスとそこで採用されたマネジメントのあり方との 関連においてその適否が議論されなくてはならない。また第 2 には、コストパフォーマンス等が通常は直接的ないし短期的 な成果の反映であるので、間接的ないし長期的な視点からマネジメントの適性を論ずるとすれば、その研究開発に関与し た研究者や関連組織の満足度やパフォーマンス等とマネジメントとの関連について評価されなくてはならない。一般にマネ ジメントの効果は徐々に顕在化してくるものなので、このような何らかの効果との関連において評価することが困難な場合が 多い。 そこで第 3 には、マネジメント上の工夫の有無やその妥当性について、論理整合的に評価する場合もある。この典型事例 の一つとして、表 1.4-2 に示す例として、欧州連合の第 6 次 FP におけるプロジェクト評価基準があげられる。第 4 には、マ ネジメントが多くの場合、特定の対象部分やマネジメント方式に局在的に関係しているわけではなく、評価体系全体に関わ る広がりがあるので、全体のパフォーマンスとの相関を評価する必要がある。 表1.4-1 欧州連合の第6次FPにおけるプロジェクト評価基準 政策装置IPとNoEの評価基準。これらの政策装置を含むプログラムの場合、それぞ れの評価基準が適用される。 IPの評価基準 NoE の評価基準 1.妥当性(Relevance) 1.妥当性(Relevance) 2.潜在的インパクト 2.潜在的インパクト (Potential impact) (Potential impact) 3.科学技術に関する優越性 Excellence) 3.参加者の優秀さ (S&T (Excellence of the participants) 4.統合の度合いと活動のジョイントプログ ラム (Degree of integration and the joint 4.コンソーシアムの質 (Quality of the consortium) 5.マネジメントの質 programme of activities) (Quality of the management) 5.体制とマネジメント 6.リソースの動員 (Organization and management) (Mobilization of resources) 47 いずれにしても、これらの評価においては、マネジメントと成果・効果との因果関係がそれほど単純ではなく、明確にし難 い面が多いので、実証的には多くの場合、ベンチ・マーキングや比較の手法をとる。つまり似た課題について、マネジメント の方式が異なる取り組みをしたときに、どのようなパフォーマンスをもたらしているかについて比較分析し、マネジメントの適 否に迫る方式である。このようなベンチ・マーキングや比較評価法は、単純な評価法ではないので、専門のエキスパートに その作業を依存せざるを得ない。 17 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 なお、経済性分析の質や信頼性を高めていくためには、評価対象としての研究開発課題やプログラム自身を、その概念 設計段階や事前評価段階において、明確化、限定化、良構造化し、経済性分析の枠組みで取り扱えるように設計しておく こと、また、経済性分析に必要なデータベースの整備に研究開発の実施段階から着手しておくことが重要である。この点は 実用化開発段階にある研究開発には不可欠な点であるため、その研究開発マネジメントの評価面では、特に留意する必 要がある。 また、経済性分析が困難であるが、pre-economic な要素(行動・認知の追加性:組織、ネットワーク、マネジメント、能力 等の改善等)については、近年、その重要性が指摘されてきているので、多角的な分析・評価に努める必要がある。 18 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.2. 公的な研究開発における経済性分析の枠組みと事例の位置付け (財)政策科学研究所 伊東 慶四郎 ■ 2.1 研究開発の対象分野、性格及び実現すべき価値 前述のように、研究開発(プロジェクト、プログラム、政策等)の追跡評価の主たる目的は、研究開発の効果・波及効果の包 括的把握、事前・事後評価段階における評価の枠組み・手法・予測結果等の検証、当初の目的・目標・指標設定の妥当性検 討、研究開発の質の改善・向上に向けたマネジメント上の種々の知見の抽出及び国民への説明責任の履行等にある。 また、ここでの研究開発の効果・波及効果の包括的把握にあたっては、対象とする研究開発に関する科学的・技術的価 値、社会的・公共的価値及び経済的価値といった様々な政策効果(アウトカム、インパクト)の達成状況や実現状況に関す る定性的、定量的な分析が求められる。しかし、公的な研究開発の場合、その効果分析のあり方は、以下に示す研究開発 の対象分野、研究開発の性格及び実現すべき価値如何によって非常に多様なものとなる。 ◆ 研究開発の対象分野:自律的な学術研究、ミッション型研究開発等 ◆ ミッション型研究開発の性格分類 戦略的・基盤的研究開発、長期・大型の計画的研究開発、種々のニーズ主導型研究開発(応用研究、実用化開発、 実証試験)、国際安全保障や国家の危機管理のための研究開発、基準・標準・知的基盤関連の研究開発等 ◆ 実現すべき価値:科学的・技術的価値、社会的・公共的価値、経済的価値 なかでも、本稿の主題である経済性分析は、大部分の学術研究や出口が定かではない基礎的・基盤的な研究開発等で は多くの場合、その実施が困難である。一方、近年の環境経済学・疫学・医学・環境科学等の飛躍的な発展に伴い、従来 困難であった多くの社会的・公共的便益(例えば、生命・健康リスクの低減便益等)の金銭的価値への換算がある程度可 能になりつつあり、具体的な経済性分析の目的如何によってその活用の是非を判断すべき段階に入ってきている。 具体的に、公的な研究開発施策の対象分野(表 2.1-1 参照)をみてみると、「類型Ⅰ:自律的な学術研究の振興」や「類 型Ⅱ:ミッション型研究開発」の「① 戦略的・基盤的研究開発」は、その内容が科学技術の枠内にとどまるもので、一般的 にいうと、経済性分析の前提ともいえる個別の製品・プロセス・サービス等に短期に結びつけうるようなニーズ直結型研究 開発ではない。それ故、これら学術研究や戦略的・基盤的研究開発に係わる分野は、経済性分析には馴染みにくい研 19 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 2.1-1 公的な研究開発の対象分野の区分(参考) 類型Ⅰ:自律的な学術研究 「知的フロンティアへの挑戦」により新たな学術的価値の創出を目的とした自律的な学術研究支援施策-支援 対象:学術研究分野一般 類型Ⅱ:ミッション型研究開発 ①戦略的・基盤的研究開発 国家戦略上、重要な分野・領域を対象とした基盤的科学技術の研究開発 ②長期・大型の計画的研究 エネルギー・宇宙・鉱物資源など国家戦略面から長期・大型のプロジェクトとして計画 開発(資源・宇宙開発) 的に展開される研究開発 国民生活の安全の確保面から、ガン・感染症・交通事故・犯罪・テロ・災害等による生 ③安心・安全な社会構築の ための研究開発 命・健康リスクの低減に資する研究開発 障害者・生活弱者等の利便性、快適性の改善支援技術開発 社会的・経済的規制の影響(外部性)評価研究、社会的ガバナンスの枠組みやシス ④環境負荷(外部性)低減の ための研究開発 ⑤産業・経済活動の活性化 のための研究開発 ⑥国際安全保障・国家の危 機管理のための研究開発 ⑦基準、標準、知的基盤等の 公共財関連研究開発 研究開発 環境負荷(外部性)の低減に資するエネルギー・環境関連技術の研究開発や実用 化導入支援 ニーズ主導・市場内部型研究開発や市場への導入支援施策、産学連携等による 新事業・産業創出支援、ノベーション人材育成、国民経済レベルの資源の選択と 集中 ・NBC(核・生物・化学物質)兵器等によるテロ対策 ・金融・情報セキュリティ対策、重大災害(天災、原発事故)対策 経済社会活動の展開に不可欠な基準、標準、安全基準等の制定・策定、及び種々 の知的基盤の構築等に必要な研究開発 資料)財団法人政策科学研究所作成 究開発であるといえる。だが、研究開発の様々なインプットの確保に必要な費用構造面の分析は必要であり、かつ多くの 場合、可能でもある。この視点に基づく分析は、後述する会計的手法の検討課題のスコープに含まれる。 一方、ミッション型研究開発である類型Ⅱ.の②~⑦項の場合は、科学技術の枠組みを超えて、様々な社会的・経済 的価値の実現を直接目的としている。ここでは、このような社会的・経済的価値の実現を直接目的とした研究開発一般を、 「イノベーション」とよぶことにする(後掲会計的手法参照)。この定義によると、これらの研究開発施策群は、そのミッション の実現を、研究開発によるイノベーションによって達成しようとする施策として位置付けることができる。 ここでは研究開発の類型をさらに二つに分け、シーズから出発するが当初から具体的なニーズを見据え、主要な要素技 術の獲得が見えてきた段階でニーズ型に転換し、具体的なイノベーションを達成しようとするケースを「計画的研究開発」、 当初からニーズ型で研究開発に取り組むケースを「実用化研究開発」と呼ぶことにする。前者の計画的研究開発は、社会 的価値を目指す場合は勿論のこと、経済的価値を目指す場合であっても、少なくとも当初は自立的に上市できるだけの価 格競争力を持たないので、何らかの助成措置によって普及を図ることになる。 また、後者の実用化研究開発の場合も、当初は価格競争力がなく自立的に上市できる課題ではない場合がある。計画的研 究開発と基本的に異なる点は、主要な要素技術の見通しがすでにあり、シーズから出発する必要がないこと、また、主要な要素 技術の見通しが立っていることから、短期で取組み、また多くの場合、代替的ないし類似の手段が実用化されていることが多い 点である。このような場合は、ほぼ同一の目標を達成しようとしていることから、開発経費や実用化した場合の利用コストの側の 20 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 成果目標を厳しく管理する(後掲の会計的手法参照)ことが求められ、経済性評価が重要な課題となる。 このような類型化概念に基づくと、表 2.1-1 の類型Ⅱ-③項の「安心・安全な社会構築のための研究開発」から、⑥項 「国際安全保障・国家の危機管理のための研究開発」までの施策群は、さらに、上記二つの類型の施策、事業に区分す ることができるものといえる。 なお、ここで、経済性分析上、留意しておくべき点は、公的資金による研究開発の場合、その目的は主として様々な社会的・ 公共的価値の実現におかれ、経済性の確保は目的とする社会的・公共的価値実現のための政策手段が具備、あるいは達成 すべき必須要件といった関係にあることが多い点である。この公的な研究開発固有の経済性評価の枠組みは、利潤追求を直 接目的とした民間の研究開発プロジェクトの評価とは本質的に異なったもので、かなり複雑な構造を有している。それ故、プロ グラムや政策の多様性に応じてハイレベルな事例分析を積み重ね、その枠組みを類型化していくことが、我が国における今後 の研究開発プログラムや政策等の評価の推進面から、最重要課題の一つとなってきているものといえる。 また、ここでの社会的・公共的価値のかなりの要素は、前述のように、近年の環境経済学・疫学・医学・環境科学等の飛躍的 な発展により、有用性に限界はあるが、便益への変換も一定限度可能になってきているので、評価項目や分析結果の用途如 何によっては、費用効果分析のみならず費用便益分析的に活用する可能性も生じてきている(変換手法:第3章参照)。 但し、社会の一般的な意思決定に汎用的に用いるには問題が多いと指摘されているので、当面は、評価環境が類似の 各要素部門内部での比較評価、たとえば、新エネルギー技術開発プロジェクト相互、あるいは、火力や原子力も含めたエ ネルギー供給技術開発プロジェクト相互といった要素部門レベル内部での比較評価に適用範囲を限定して活用すべきで あろう。そして、これらの適用過程を通じて、手法適用の可能性と限界を明らかにしつつ、評価システムレベルでの改良・補 完研究を積み重ね、その適用可能性を段階的に拡大していくことが望まれる。 このような観点から、社会科学関連の研究開発要素も含め、公的な研究開発投資において実現すべき様々な価値に考 察を加え、体系的に整理した結果を表 2.1-2 に示す。 ここでは、近年、急速に政策的ニーズが高まりつつある社会的・公共的課題の場合、安心・安全な社会の構築など国民 生活の安全の確保や生活の質の改善に係わった問題、都市・地域規模の大気・水質汚染問題などのように、効果・便益の 定量化が概ね可能なものから、安全保障問題のように、偶発性・希少性等の不確実性の故に、リスク低減便益の定量化が 表 2.1-2 大区分 科学技術的 公的な研究開発投資において実現すべき価値の体系化(試案) 中区分 成果・効果要因(例示) 科 学 的 価 値 価 値 技 術 的 価 値 意図的 非意図的 経済的価値 知のフロンティアの開拓、知識基盤の拡充(論文等)、科学的波及効果、研 究能力の向上、先端科学コミュニティの形成、等 特許、論文、新製品/サービスの創出、技術の国際標準化、技術的波及効 果、技術開発力の向上、先端技術コミュニティの形成、等 科学技術政策や教育・研 人材の育成、研究交流ネットワークの形成、科学技術リーダーシップの維 修活動関連の成果 持、等 社会的・公共 意図的成 技術革新や産業習熟によるコスト低減と市場への早期投入、市場の創出と 果・効果 拡大、リスク(機会損失)低減便益、等 的価値実現上 市場内部性 の手段 副次的成 (目的依存) 果・効果 スピルオーバー効果、派生的な市場拡大・創出、派生的な間接便益、特許 実施権収入、生産者・消費者余剰の増加、新規企業参入、雇用創出、経 済発展、等 21 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 国民の経済厚生の改善(市場創出:雇用創出、コスト低減、機会損失低 産業・経済活動の活性化 減)、起業化の進展、派生的な間接便益、特許実施権収入、生産者・消費 者余剰の増加、ナショナルイノベーションの進展、等 国民経済の ・エネルギー・食料・金属資源など経済セキュリティ政策による経済効果:安 セキュリティの確保 定運営、安定供給、コスト低減等 安心・安全な社会の構築 ・感染症・発ガン・交通事故・犯罪・テロ等による健康リスクの低減 社会的・ ・重大な自然・社会災害時等における人命・資産等の減災効果 公共的価値 環境負荷(外部性)の低減 ・環境汚染負荷の低減、健康被害の低減、環境破壊の抑制等 ・温室効果ガスの排出低減、気候変動の緩和・低減 リスク低減 社会・経済規制に伴うリスク (外部性)の低減 + ・ 規制 と科学的 不確実性による社会的 リスク の低減: 低線量 放射線・ O-157・ダイキシン汚染・BSE 問題等 外部性低減 国際安全保障・ ・生物・化学・核テロや核物質爆弾テロの防止、核不拡散 + 国家の危機管理対策 ・地域紛争リスク対策による安全の確保 出所:(財)政策科学研究所作成資料 困難で、主に種々の代替案の対策コストレベルでの評価が主体となるもの(現状の地球温暖化問題はこの範疇)など、かな りの多様性を示している。 また、近年、現代の高度化・複雑化した科学技術システム(電力系統、原子力発電所など)の社会経済的な規制に関連 して、国際的にも、重大な社会経済問題が生起してきている。さらに、一般公衆等の原子力リスク忌避意識を介して、我が 国の原子力政策に決定的な影響を及ぼしてきた要因の一つである低線量放射線の健康リスク評価問題も、放射線の安全 規制と科学的不確実性に関連したこの範疇の典型的な課題の一つである。総務省では、2004 年度から規制の新設、改廃 に係わる政策評価の試行的実施を義務付け始めたが、これは、従来、研究開発政策のスコープに含まれていなかった科 学技術システムに密接に関連した社会経済的規制の影響評価問題が、新たな研究開発評価の対象として登場しつつある ことを示唆している。 いずれにしても、この範疇の課題は、社会的、政治経済的に重大な問題が多く、かつ、以下に示す視点から捉えた場合、 独自の特徴を有していると考えられるため、研究開発政策面でも、従来とは異なった対応が求められる研究開発分野とな るであろう。 -主体内在的-外在的(ないし人・組織・社会-客体・環境) -非制御的-制御的(ないしリスク的-計画的) -不確実性(未知性)の高-低 -問題の重大性の大-小 ■ 2.2 追跡評価の目的と分析・評価法との関連 前述のように、追跡評価段階では、波及的な効果等も踏まえて評価できるので、本来的な意味でのフォローアップが可 能となる。それは、直接的な成果や効果であるアウトプットやアウトカムの他に、間接的な効果としてのインパクトまで検証評 価のスコープに含むからである。また、目的内のこれらの成果・効果の他に、目的外の副次的な成果や効果も探索し分析 する必要がある。これは、新たな知識のスピルオーバーによる副次的な成果や効果など、直接研究開発に携わらなかった 人や企業の活動も含めて調査することが必要なことを意味している。この場合、調査対象が相当広がるだけでなく不確実 性も高まるため、中間(途上)及び直後評価よりも調査・分析がはるかに困難となる。それ故、追跡評価の第1目的が、以下 のように設定される。 22 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆ 第1の目的 ① 当初設定した目的・目標に即した成果や効果がいかに顕在化しているか、その状況を包括的に把握するため、事 前評価や直後評価段階における成果・効果系データの予測の枠組み、方法及び予測結果に関する包括的な検証 を行うとともに、その補完的な調査を実施すること。 ② これとは別に、各界の関連専門家へのインタビューやアンケート調査を活用し、当初見通し得なかった副次的・間 接的な成果・効果を発見的に探索し確認すること。 この第1の目的を考えた場合、研究開発マネジメントに関わる課題であるが、追跡評価の段階では、事前評価や中間・ 直後評価が適切になされていたかどうかという、分析・評価の枠組み、方法及び予測結果に対する系統的見直し、すなわ ち、「評価の評価」(メタ評価)を徹底して行うことが求められる。これは、追跡評価段階においては、副次的効果の発見的 探索といった独自の手法(後述のBETA法参照)も重要ではあるが、それ以上に、当該研究開発の目的・目標に即した意図 的な成果・効果について、事前評価や直後評価段階で採用された分析・評価の枠組み、方法及び予測結果を徹底して検 証(メタ評価)し、その質的改善につなげていくことが重要であることを示唆している。 また、このメタ評価を行うことにより、成果・効果系の分析・評価の枠組みと方法論の明確化及び所要のデータベースの 並行整備を、研究開発施策の策定段階(この段階では不確実性が高く困難な場合は、直後評価段階)から徹底させ、研究 開発の質の向上に役立てていく支援的な評価の取り組みの重要性も浮上してくることとなる。 このような追跡評価における成果・効果系の分析・評価の重点は、各研究開発の性格に応じて、例えば、シーズ主導な 基礎的・基盤的研究開発の場合は、科学的・技術的価値の調査分析と評価やその波及に重点をおくことに、また、社会的 ニーズ主導な研究開発の場合は、国民の社会的厚生や生命・健康リスクの低減など社会的・公共的な価値の調査分析と 評価に重点をおくとともに、必要に応じ、その金銭的価値への換算を行うことが必要である。 さらに、経済的ニーズ主導な研究開発の場合は、産業・経済活動の活性化に向けて市場創出・コスト低減・機会損失低 減等の種々の経済的便益を調査分析・評価するとともに、国民経済のセキュリティの確保に向けて、エネルギー・金属資 源・食料等の安定供給の経済的便益についてもシナリオ分析を通じて明らかにしていくことが必要となる。 一方、研究開発の目的・目標については、当初設定された目的・目標の是非を問う考え方と、追跡評価時点でどのよう な方向に見直すべきかを問う考え方とがあるが、この適否は、評価の目的に依存する。それ故、追跡評価の結果を政策や プログラムの見直しに繋げていくとか、事前評価や直後評価のあり方を見直すとか、その追跡評価を行う時点での評価の 目的に合わせて評価することとなる。国民の側からみるならば、政策やプログラムの見直しのために追跡評価を行うことが 重要となる。それ故、追跡評価の第2の目的は、概ね、以下のように設定されることとなる。 ◆ 第2の目的 ③ これら成果・効果の包括的な把握結果を踏まえて、当初の目的・目標・指標設定が妥当であったか否かを問い直し、 研究開発の在り方の見直しやその質の改善に資するマネジメント上の知見を抽出すること。 ④ より上位の施策・戦略・政策等の目的や実施枠組みの見直しの契機を提供すること。 最後に、これらの目的の達成との係わりにおいて、次に示す第3の目的が設定されることとなる。 ◆ 第3の目的 ⑤ 以上の①~④の達成過程を通じて、公的な研究開発に係わる国民への説明責任を果たすこと。 以上の追跡評価の目的と分析・評価法との関係の考察結果によれば、追跡評価段階においては、副次的効果の発見 的探索といった独自の手法(後述のBETA法参照)も重要ではあるが、それとともに、事前評価や直後評価段階で採用され た様々な成果・効果の分析・評価の枠組みと手法及びその結果を検証(メタ評価)し、その質的改善に役立てていくことが 大切であるといえる。 23 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 すなわち、追跡評価段階においては、検証的観点から、研究開発の成果・効果に係わるあらゆる分析・評価手法が対象 となること、それ故、様々な研究開発の分野やフェーズに応じた分析・評価手法のベター&ベスト・プラクティスの事例をレ ビューし、系統的な知識ベース化していくことが必要である。それ故、本事例集の作成業務は、このような知識ベース化作 業の端緒をなすものとして位置付けることができる。 ■ 2.3 経済性分析面からみた便益・効果の類型化と米・欧・日の分析事例の位置付け 2.3.1 経済性分析面からみた便益・効果の類型化 ここでは、本稿第 3 章の経済性分析の方法論で明らかにした三段階の費用便益分析-財務的、経済的及び社会的- の枠組み(後継図 3-1 参照)を踏まえ、経済性分析の手法面からみた公的な研究開発の便益・効果の類型化を行う。 公的な研究開発による経済的便益は、研究開発実施企業・機関の売り上げの増加や特許実施権収入等の財務的便益のみ でなく、公的な研究開発によるイノベーションがもたらす国民経済的な便益(厚生)の向上、ガン・感染症・交通事故・犯罪・環境 汚染など国民の生命・健康リスクの低減による社会的・公共的便益の向上、さらには、NBC テロの防止や核不拡散、金融・情報 セキュリティ、重大災害時の国家的危機管理等のサービスによる安全保障上の便益など多岐にわたっている。 それ故、ここでは、近年の研究開発の社会経済的評価研究のレビュー等を通じて得られてきた知見も加味しつつ、公的 研究開発のアウトカムとしての便益・効果を、表 2.3-1 に示す5類型に取りまとめた。 表 2.3-1 便益・効果の類型 経済性分析面からみた便益・効果の類型化 類型の説明 ◆類型E1:財務的便益 -研究開発の効果(アウトカム)が、研究開発実施企業・機関の製品・サービス等の売り上 げの増加や特許実施権収入、あるいは、その製品・サービスを購入した利用企業の コスト低減便益など、企業の財務的な便益として定量化できるもの ◆類型E2:国民経済的便益 -研究開発の効果(アウトカム)が、国民経済的な便益として定量化できるもの(例:公共 財の開発・供給による無償の便益提供等) ◆類型E3:社会的便益 -研究開発の効果(アウトカム)が、社会的な便益として金銭的価値に換算できるもの(例: 環境負荷の低減に伴う疾病・死亡リスクの低減便益等、適用限界に配慮が必要) ◆類型E4:社会的効果 -研究開発の成果(アウトプット)は定量化できるが、その社会的効果の金銭的価値への換算 が困難なもの、あるいは、その社会的効果が金銭的価値への換算には馴染まないもの ◆類型E5:科学技術的効果 -研究開発の効果(アウトカム)が科学技術の枠内にとどまり、未だ社会経済的な効果 の定量化が困難なもの 注)ここでの用語「便益」は、金銭的価値、または同価値に換算できるものに限定して使用 ここでの類型 E1 の財務的便益は、研究開発実施企業や機関における研究開発投資の採算性判断に用いられる「財務 的費用便益分析(financial cost and benefit analysis)」上の便益である。財務費用便益分析では、費用、便益とも実際の市 場価格をもとに計算され、事業主体の収支を求め、プロジェクトの実施可否に関する判断指標に用いられる。後述する欧 州で開発された BETA 法は、研究開発関連企業のみを対象として、ここでの研究開発の効果(アウトカム)を、直接、間接の 財務的便益面から、インタビュー調査法により把握する手法といえる。 類型 E2 の国民経済的便益は、費用便益の範囲を社会全体の経済的便益・費用に拡大した「経済的費用便益分析 (economic cost and benefit analysis)」上の便益である。評価の尺度としては潜在価格(シャドウ・プライス)を想定し市場価 格を修正して行う手法で、公共投資プロジェクトの評価で近年注目されている。具体的には、例えば国道バイパスの建設 による時間短縮を便益と考え、時間当たり賃金等を基準に金銭化して積算し、建設費と比較するというものである。財務的 24 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 費用便益分析では道路料金のみが便益となるため一般国道には適用できないが、経済的費用便益分析では有料道路で なくても分析が可能である。公的な研究開発の多くは、その成果を公共財として社会に提供することにより、その効果(アウト カム)として無償の便益を生みだしているので、経済的費用便益分析の対象となる。 類型 E3 の社会的便益は、経済的費用便益分析をさらに押し進め、さまざまな社会環境影響のうち金銭換算できるものを対象と した「社会的費用便益分析(social cost and benefit analysis)」上の便益である。公的な研究開発の効果(アウトカム)としての、新薬 や環境負荷低減技術の開発・利用の促進による一般公衆の疾病・死亡リスク低減等に関連する多くのステークホルダー(アクタ ー)の効用関数を調査して、消費者余剰を測定することにより、便益や費用がウェイト付けされる。近年、環境経済学の分野で脚 光を浴びている環境評価の諸手法を援用して、市場で評価できない様々な社会的効果を種々のモデルやデータベースを開発・ 整備して定量化した上で、金銭的価値に換算する試みであり、評価の体系としては経済的費用便益分析の延長上に位置する。 なお、ここでの金銭的価値への換算に当たっては、数多くのステークホルダーの効用関数を推計することが必要なため、 公的研究機関による様々な分野での本格的な調査分析を積み重ねることが必要な他、集計する際の重み付けにあたって は利害関係者を含む開かれた参加型意思形成支援システム等の活用も求められたりするので、この点には十分配慮して おく必要がある。欧米では、20 年以上前から数多くの調査分析が積み重ねられてきているが、我が国ではその端緒に着き 始めた所で、大きく立ち遅れているのが実情である。 類型 E4 の社会的効果に該当するケースは、研究開発の成果(アウトプット)は定量化できるが、その社会的効果が不確 実で金銭的価値への換算が困難なもの、または、金銭的価値への換算が馴染まないものなどがあげられる。具体的には、 NBC テロ等への予防原理的な対応が求められる安全保障関連の研究開発から、公共財としての社会の安全・教育・文化 基盤等に関わる研究開発などがあげられる。 類型 E5 の科学技術的効果に該当するケースは、研究開発の効果(アウトカム)が科学技術の枠内にとどまり、未だ社会 経済的効果の定量化が困難なものがあげられる。このケースには、多くの基礎的な学術研究のようにその成果が半定量的、 定性的にしか評価できないものから、戦略的・基盤的な研究開発プログラムや長期・大型の計画的研究開発プログラムの 内、未だ具体的な社会経済的ニーズに結びついた効果の発現先の特定がむつかしいシーズ段階にある研究開発プロジ ェクトなどがあげられる。 なお、上記の類型E4や類型E5に該当する研究開発の場合は、研究開発のアウトカムではなく、研究開発のインプット (人材、原材料、設備、施設、情報、知的財産権等)の確保に必要な費用の資源配分面からみた妥当性評価や、種々の 経済的便益以外の社会的効果や科学技術的効果の質的な達成度評価、研究開発の体制やマネジメントのあり方の評 価に焦点があてられることになる。この点は、後述する会計的手法のスコープに関連した課題となる。 ここでは、本報告で取り上げた米国、欧州、日本の経済性分析の検討事例が、それぞれ、いかなるスコープの分析を行 っているか、位置付け整理する枠組みとして、以上のような類型 E1 から類型 E5 のそれぞれの便益や効果と種々の経済性 分析法との関係を表 2.3-2 に取りまとめた。なお、本表には、経済性分析法ではないが、類型 E5:科学技術的効果に関す る費用分析も併記した。 25 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 2.3-2 便益・効果類型 便益・効果の5類型と経済性等分析法との関係 類型E1: 類型E2:国 類型E3: 類型E4: 類型 E5:科 経済性等分析法 財務的便益 民経済的便 社会的便益 社会的効果 学 ①財務的費用便益分析: ○ ○ ○ ② ③ BETA 法 注1 ○ 注1 Option 法 ○ ④ 経 済 的 費 用 便 益 分 ○ ⑤社会的費用便益分析: 注3 ○ ⑥ポートフォリオ分析 ○ ⑦費用効果分析:CEA ○ ○ ○ ⑧費用分析:CA 注4 注 1) 注 2) 注 3) 注 4) 2.3.2 ○ ○ ○ 経済性分析法の内、費用便益分析法、BETA 法及び Option 法の概要については、本稿第 3 章参照。 Option 法:事前評価~途上評価用手法。 検証対象として、事後評価、追跡評価でも分析対象となる。 ポートフォリオ分析は、財務的便益レベル、政策評価レベル等、ニーズに応じた種々の手法が考えられる。 今回の調査スコープ外、委託か補助かと言った政策手段系の代替案の比較分析や研究開発設備・施設等の 効率的運用状況の分析等が主要な課題として想定される。 経済性分析面からみた米・欧・日の分析事例の位置付け-便益・効果の類型別整理 ここでは、前節で取りまとめた経済性分析の枠組みに基づき、本報告の第4章から第6章で取り上げた米国・欧州・日本 の公的な研究開発における経済性分析の検討事例を分析し、各事例がどのような便益を取り上げ、いかなる経済性分析 法を適用しているか整理し、表 2.4-1 に取りまとめた。 ■ 2.4 欧州連合における社会経済的影響の分析・評価手法の比較分析(参考) 欧州では、PREST 等の多くの研究開発評価チームが協力し、評価研究報告「欧州連合のフレームワークプログラムの社 会経済的影響の評価(ASIF)」(2002)を取りまとめ公表している。この報告の市場志向型ケーススタディの中では、前節の財 務的便益に照準をあて、企業レベルでの便益評価手法として、三つの異なった手法-BETA 法、費用便益分析法、及び オプション法-を取り上げ、その比較分析を行っている(詳しくは第3章、第5章参照)。 これら三つの手法のインパクト(波及効果)面からみた適用スコープは表 2.5-1 に示すとおりであり、ここではその概要を 以下に紹介する。 BETA 法では、費用効果分析では捕捉しがたい研究開発が企業の組織レベルの行動・認知に及ぼした効果(行動・認 知の追加性)を介した経済的便益の調査分析に適していること、一方、費用便益分析は、健康・安全・環境・インフラ開発・ 市場の発展など BETA 法では捕捉が困難な社会的便益や経済的便益(産出の追加性)の調査分析に適していること、また、 想定されるリスクを折り込んで研究開発投資の意思決定が可能なリアル・オプション法(主に事前評価のための手法)は、 便益の適用範囲面では BETA 法や費用便益分析法に比べ劣ることを示唆している。 その上で、これら三つの手法について、主な短所は、BETA 法の場合、考察対象となる関与者の範囲にあること、費用便 益分析法およびオプション法の場合、行動・認知の追加性の把握が困難なため、考察対象となる成果と影響の関係の種 類が企業レベルでは限定されたものとなる。しかし、いずれの手法も明確な理論的背景を持ち(費用便益分析法やオプシ ョン法は、ほぼ新古典派経済学、BETA 法は知識ベースの非正統的経済学)、それによって適用範囲や適切性を明らかに することができる。なお、企業(参加者)レベルでの社会経済的影響の評価の分野では、理論や方法論の進歩が必要であ るとして、以下の問題点を指摘している。 26 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 2.4-1 米・欧・日の評価事例における経済性分析のスコープ-便益・効果の類型別分析法の適用状況 便益・効果類型 評価事例 類型 E1: 類型 E2:国民 類型 E3: 類型 E4: 財務的便益 経済的便益 社会的便益 社会的効果 US-DOC-NIST の経済的影響評価指 ◎注 1 針(1996) CBA-1 先端技術プログラム(ATP)における 高解像度 TV 共同技術開発プロジェ クトの評価(9 つの企業による JV) 考 ・直接費用:NIST が費やし た全ての資源 ・間接費用:民間の費用 米 国 備 ・JV 投下資金(ATP 資金+ ◎ 民間資金)ベースの評価 CBA-1 ・B/C 比:3.5~5.0 先端技術プログラム(ATP)における 医療研究プログラムの評価 ◎ ◎ ・4 つの PJ の詳細事例研究 CBA-1 CBA-3 ・社会的便益評価により公 的資金投入の必 要性を 裏づけ ・3 つの PJ の簡易事例研究 BETA 法によるプログラム評価事例 ・行動・認知の追加性注 2 企 欧州宇宙開発プログラム ◎:BETA 基盤技術・先端材料研究プログラム ◎:BETA 自動研磨ロボット・プロジェクト ◎:BETA 業内技術波及重視 ・BETA 法は参加企業内部 欧 での種々の間接効果を 包括的に調べ上げ、財務 州 日本の医療福祉機器技術研究開 ○注 1 発制度 BETA プラス 的便益に計上 ・対象:光断層イメージングシ ステムプロジェクト ◎:Portfolio EU のフィンランドのエネルギー技術 11 プログラムに関するポートフォリオ ◎?注 3 ○?注 3 上位の政策 評価注 4 事例 CBA-1 CBA-3 マネジメント上 ・狙い:政策パッケージの形成支援 の評価要因 ・評価要因:妥当性、力量、 インパクト、便益、追加性、将 来性 ・行動・認知の追加性重視 注2 宇宙開発プログラムに関する便益推 計法の検討事例 日 ・打ち上げロケット、宇宙輸送 ○ ○ ○ ○ ・通信・放送衛星 CBA-1 CBA-2 CBA-3 CEA ・経済性分析法の検討推 進中 ・気象・地球観測・測位衛星 ・宇宙科学衛星、宇宙環境利用衛星 本 ・研究開発施策レベルの 日本原子力研究所における研究開 希少な検討事例 発施策の評価(試行)事例注 4 ・①と②は、過去数十年の ①軽水炉発電市場への原研寄与 ◎:CBA-1 研究開発の累積効果とし ②放射線・RI 利用市場への寄与 ◎:CBA-1 有識者へのアンンケート・ヒアリ て試算、寄与率は各界の ③軽水炉燃料高燃焼度化による ランニングコスト低減 ングにより設定 ○:CBA-1 ④事故リスク低減による機会損失 ○:CBA-3 低減便益 ・対象:レーザ、イオンビー METI 光関係研究開発プロジェクトの ○ ○ 波及効果追跡調査事例 ムによる超先端加工システ ム ・インタビュー調査 注1) 記号-◎:実際に適用検討されたケース。 ○:分析法の検討過程か、分析途上等のケース。 注2) 行動・認知の追加性:公的な研究開発における投入の追加性、産出の追加性に加え、近年、重視されだした人や組織のマネジメ ント面から見た追加性。 注3) ?:参照した資料では、詳しい裏づけ内容が確認できない場合、該当項目欄に「?」印を付した。 注4) フィンランドのエネルギープログラムポートフォリオ評価は政策レベル、日本原子力研究所の事例は施策レベルの検討事例 27 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 非実施仮説や評価ツール・手法の設計に影響するので、追加性の各種側面に関する理解をより深めることが必要であ る。これに関わる困難については多数の文献があるが、一つの主要な点は、おそらく、評価対象となる研究・技術開発 プログラム内の行為の想定が、個々の参加者、プロジェクト、プログラム、政策の各レベルで異なることであろう。したが って、ここで考察した企業レベルでの追加性の評価はパズルの一片にすぎない。 ・ 研究開発プログラムが参加者の能力に及ぼす影響(科学的、技術的、相関的、戦略的、組織的、経営的等のすべて の側面における)を評価するツールを改善すること。参加者は成果としてあらゆるタイプの知識を産出し、研究・技術開 発プログラムへの参加の結果として、構造的・行動的・認知的などの全体的な変化が彼らに影響を及ぼす。ここで取り 上げた方法のうち、BETA 法は明らかにこの方向に最も進んだものであるが、この方法によって、研究開発プログラム が参加者の能力に及ぼす影響を真に把握できると言えるまでには、なお強化・改善が必要である。 ・ 「プロジェクトの誤謬」の問題を避けるため、各評価方法で帰属の問題を解決するために用いられる手段をよりよく説明 すること、または、ある特定のプログラムが一群の参加者に及ぼす影響の評価(プログラム指向評価)と、一群のプログ ラムがある特定の参加者に及ぼす影響の評価(参加者指向評価)とのバランスを改善すること。 ・ 少数の参加者との面談によって詳細な定量的・定性的データを収集する評価法と、大まかな定性的データを大規模に収 集する評価法の補完性を改善すること。これによって、例えば、結果の有効性と信頼性の相互チェック、正確に定義された 参加者プロファイルに基づく外挿、大規模調査で明らかにされた特定主題の更に詳細な研究などが可能になる。 ・ 当然ながら、(理論的背景と経験的な評価戦略の両面で)参加者レベルでの評価結果と、より上位レベルの評価結果 との違いを明確化すること。 そして、最後の結びで、以下のように指摘している。 「新しい RTD Framework プログラムによって開かれた評価の条件に関する視野には、これらの諸問題に関連したものが 含まれていることを強調しなければならない。たとえば、欧州および各国の政策の調整や Network of Excellence に関連す るマルチプロジェクトの側面、同じく政策調整に関連する追加性、あるいはプロジェクトの規模の増大(統合プロジェクト)に よるミクロ・メソ・マクロの各評価レベルの間の追加性と補完性への注意の必要の増大などがある。さらに、研究企画提案の 選定(これについてはオプション法によって興味ある知見が得られよう)やモニタリング、プログラムの実施とマネジメントの 評価に関して、評価ツールの必要性がより重要になるであろう。」 28 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 2.4-2 欧州連合の研究開発プログラムにおける社会経済的な効果の三つの手法による評価状況 インパクトの種類 BETA法 CBA法と Option法 BETA法によって CBA法によって Option法によっ との相性 の相性 との相性 評価された 評価された て評価された (*) (*) (*) 販売 市場占有率 市場の拡大 競争力 yes 新市場の創造 コスト低減 市場へのより早い時間 特許実施権収入 生み出された仕事 高い失業率の地域の仕事 雇 用 no 担保された仕事 失われた仕事 新会社の設立 no 成果を生かす共同企業体 新しい技術的ネットワーク/交流 yes 新しい市場ネットワーク/関係 yes 部分的(作業 知識を吸収するため能力改善 要素効果におい 組 織 中核的能力の改善 て) さらなるRTD yes 成果を生かすための会社の再編成 戦略の変化 no 増加したプロフィール 健康管理 安全 no 生活の質 社会開発&サービス 国境保護と警備の改善 文化遺産への支援 汚染の減少 no 汚染と危険に関する情報の改善 環境管理 地球の気候への正の影響 と配慮 原料使用の減少 yes RTD PJに関 結 束 インフラの 開発 エネル ギーの生 産と合理 的利用 産業発展 規制と政 策 エネルギー消費の減少 汚染物質の減少 LFRsにおける雇用 LFRsのインフラ LFRsの参加 LFRsの中でのさらなるRTD LFRsでの規制と政策 輸送 通信 都市の開発 地方の開発 再生可能な資源 省エネルギー 原子力の安全 将来の供給保証 エネルギーの配分 中小企業部門の発展 大きな組織の発展 貿易の支援 EUの規制または政策 国家の規制または政策 世界的な規制または政策 国とEUのRTDプログラム間の連携 Ⅰ yes Ⅰ yes Ⅰ ⅡorⅢ no ⅡorⅢ no ⅡorⅢ no ⅡorⅢ yes Ⅰ no Ⅴ no Ⅴ yes RTD PJに関 係がある場合 Ⅰ no Ⅴ no Ⅴ ⅡorⅢ ⅡorⅢ Ⅰ Ⅰ no Ⅴ Ⅰ Ⅲ Ⅳ Ⅴ Ⅳ Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 Ⅳ no Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 Ⅳ Ⅰ 係がある場合 Ⅳ no no Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 Ⅳ no Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 Ⅳ no Ⅴ no Ⅴ no Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 Ⅳ yes RTD PJに関 係がある場合 Ⅰ no Ⅴ no Ⅴ no Ⅴ no Ⅴ Ⅳ no Ⅴ no Ⅴ Ⅴ Ⅳ Ⅳ yes RTD PJに関 係がある場合 no Ⅴ Ⅳ Ⅳ no Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 域内市場の発展 Ⅳ (*)Ⅰ:すでに評価された、もしくはその評価から容易に導かれる. Ⅱ:評価された効果を特徴付けるために利用できる Ⅲ:非常に僅かな追加的努力で収集できる. Ⅳ:インタビューされた集団に影響を及ぼす程度まで評価されうる. Ⅴ:関連 性がない 資料)「PREST et.al., “Assessing the Socio-Economic Impacts of the Framework Programme”, Manchester UNIV. Press, 2003.」に基づき作成 29 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.3. 研究開発プロジェクトの経済性評価手法に関する調査検討 (財)政策科学研究所 川島 啓 ■ 3.1 概 要 公的資金が投入される科学技術関連の研究開発プロジェクトにおいては、技術が及ぼすさまざまな影響や便益を考慮 し、国民への理解を得ながら投資決定が行われなければならない。研究開発プロジェクトは、その直接的な目的以外に多 岐にわたる広範な影響を社会に及ぼす。前章まで解説した研究開発プロジェクトにおけるインプット、それに対応するアウト プット、アウトカム、インパクトに関する経済的価値を測定し、プロジェクト全体の経済性を算出することは、さまざまな研究開 発プロジェクトの事前評価の枠組みとして有効なだけではなく、すでに着手されているプロジェクトが予想通りのパフォーマ ンスをあげているかどうかの検証の材料にもなることが予想される。 従来、研究開発の効果測定にはミクロ経済学的アプローチが採用され、他の経営資源との関係性を表す生産関数を用 いてプロダクツにどれだけ寄与したか、スピルオーバー効果がどれだけ計測されるかなどについて評価されてきた(IPTS, 2002)。これらの評価事例は個々のプロジェクトを包括するプログラムレベルでの評価を中心にエコノメトリックス的手法を用 いて行われている。しかしながら、エコノメトリックスの問題点としては適用する評価関数の関数型や測定誤差項に関する分 布の仮定によって、同じデータを用いた場合でも評価結果にかなりの幅があり、得られたパラメータに関して信頼性の問題 が常につきまとうばかりでなく、評価手法としては高度に専門的になる場合があるため、結果的に情報開示の際に「分かり づらい」評価結果を提供することにつながる点が指摘されている(ITPS, 2002)。エコノメトリックス手法の第二の問題点として は、サンプルに依存した評価結果であるために、異なるプログラム間の比較や、進行中のプログラムに対する適用が難しい という点が挙げられる。また、安定的な統計量を得るためには膨大なサンプルを必要とする点も指摘できる。 そこで、本章ではインプットとアウトプットに関する柔軟な評価構造を持つ費用便益分析を拡張した方法論について焦点をあ て、研究開発プロジェクトの経済性評価に関する基本的な枠組みを示すことにする。費用便益分析は元来、投資の意志決定を 行うための代替案比較法の一種であるが、近年、社会環境影響を定量化するための理論的枠組みとして発展してきている。特 に公共事業を中心とした公益事業の評価に利用されているため、効果計測のツールが充実している点が特徴である。 以下の構成では、費用便益分析の考え方を中心に解説し、次に研究開発プロジェクトの評価項目が費用便益分析の枠 組みの中でどのように位置づけられるかについて考察を行う。次に、費用便益分析の拡大解釈である BETA 法やリアル・オ プション法などの既存の評価枠組みが本章で示す枠組みとどのように接続しているかについても言及を行う。 ■ 3.2 費用便益分析法 費用便益手法は、当初はアメリカ合衆国の水資源プロジェクトの選択に関連して開発された手法であり、現在もっとも多 く使用されている経済性評価手法の一つである。この手法では、開発プロジェクトの実施に要する費用と、それから得られ る便益を貨幣換算して対比・評価し、そのプロジェクトを実施することの望ましさを検討するものである。 30 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 3-1 費用便益分析による開発プロジェクト評価の範囲 種類 費用便益の範囲 評価尺度 必要な理論・データ 財務費用便益分析 (Financial C/B Analysis) 事業主体の費用と便益 市場価格 評価年限の収支データ 市場金利 経済費用便益分析 (Economic C/B Analysis) 経済費用と経済便益 潜在価格 WTP 潜在価格の策定 適切な割引率 利用者の効用関数、貨幣価値化 社会費用便益分析 (Social C/B Analysis) 全てのステークホルダーの 費用と便益 各ステークホルダーの効用関数及び WTP 貨幣価値化 影響・損害データ等 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 プロジェクトの費用と便益の範囲をどこまで考えるかによって幾つかの段階が考えられる(表 3-1 参照)。一般的なプロジ ェクト分析として、事業の採算性判断のために「財務費用便益分析(financial cost and benefit analysis)」が行なわれる。財 務費用便益分析では費用、便益とも実際の市場価格をもとに計算し、事業主体の収支を求めるもので、プロジェクトの実施 可否に関する判断指標に利用されている。公共事業についても有料道路など事業性の高いものについては、財務費用便 益分析が実施されている。 次に、費用便益の範囲を社会全体の経済的便益・費用に拡大したのが「経済費用便益分析(economic cost and benefit analysis)」である。 評価の尺度としては潜在価格1(シャドウ・プライス)を想定し、市場価格を修正して行う手法で、公共投 資プロジェクトの評価で近年注目されている。具体的には、例えば国道バイパスの建設による時間短縮を便益と考え、時間 当たり賃金等を基準に金銭化して積算し、建設費と比較するというものである。財務費用便益分析では道路料金のみが便 益となるため一般国道には適用できないが、経済費用便益分析では有料道路でなくても分析が可能である。公共事業の 多くが、無償の便益を発生させており、経済費用便益分析の対象となり得るものである。 経済費用便益分析をさらに進め、さまざまな社会環境影響のうち金銭換算できるものを社会的費用もしくは社会的便益として 計上する「社会費用便益分析(social cost and benefit analysis)」が評価方法として理論的には考えられる。開発プロジェクトに関 与する各ステークホルダーの効用関数を推定して、消費者余剰を測定することにより、便益や費用をウェイトづけし、純社会的 便益の最大化を図ることが目的となる。近年、環境経済学の分野で脚光を浴びている環境評価の諸手法を利用して、市場で評 価できない環境外部性を貨幣価値額に換算する試みは、評価の体系としては費用便益分析の延長上に位置するものである。 しかしながら、すべてのステークホルダーの効用関数を推計するのは事実上不可能であり、また、特定できたとしても集計する 際のウェイトづけの係数を特定することが難しいなど、現実への適応には困難が多いものと考えられる。 図 3.2-1 は費用便益分析による開発プロジェクト評価の範囲と位置付けを示している。企業が行う開発プロジェクトでは、 事業の採算性を評価する財務費用便益分析が評価の基本となる(図上段の囲みに相当)。ここでは、事業の売上や資本 費、操業費から財務便益と財務費用を確定し、財務的内部収益率(IRR)などの投資基準を用いて採算性を評価する。 次に、インフラ整備のように事業単体の採算性よりも国民の経済厚生の向上を図るような公共事業や、企業が事業主で も補助金や交付金が経常的に支給されるような事業の場合は、国民経済全体の経済効率を重視する経済費用便益分析 が利用される(図中段の囲み)。財務便益に加え、その事業が行われたことによって新たに獲得される経済的便益が検討さ れる(With-Without の原則)。経済的便益の推計には、地域もしくは国全体における消費者余剰(あるいは近似余剰)の増 加分が測度として用いられる。一方、経済的費用では私企業の財務費用とは異なり、社会全体の費用を計上するため、税 支払や補助金(マイナスの支払)などを移転項目として排除する必要がある。また、費用項目の中で規制等によって適切な 市場価格が得られない場合、潜在価格(シャドウ・プライス)という概念を用いて費用を修正する必要がある。経済便益と経 済費用が確定したら、純現在価値(NPV)や費用便益比(CBR)、経済的内部収益率(EIRR)などを用いて地域もしくは国全 体の投資効率を評価する。 1 「現実には通用しないが、ある特定の目標から見た場合の財やサービスの実質的な価値を示す価格」と定義されている。簡単な例とし て、ガソリン価格を 100 円とすれば、その大半は税金である。(例えば 60 円以上)税金は国内での所得移転に過ぎないため、国全体で見 れば所得の増減は変わらない。「国民経済」的観点からみたガソリンの実質的価格は、国内市場価格(100 円)から税金(60 円)を差し引 いたもの(40 円)になり、これがシャドウプライスと呼ばれるものである。 31 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ある事業がもたらす社会環境影響を費用便益分析の枠組みに取り込む場合には、財務的便益・費用もしくは経済的便 益・費用に加えてさまざまな社会便益・社会費用を推計しなければならない。一般に社会環境影響の多くは市場で取引さ れることのない外部性のかたちで現れるため、非市場財の経済的価値付けに関する手法が適用される。ここでは消費者や 他のステークホルダーの効用関数から得られる支払意思額(WTP)を推計し、合計することで社会費用もしくはそれを低減 するような社会便益を計算する。WTP の推計には仮想評価法(CVM)、トラベルコスト法、ヘドニック価格法などがある。現 実には社会費用や社会便益の大きさを厳密に計算することは難しいため、多くの場合では社会環境影響を特定し、一定 の便益に対する費用対効果を見ている。 次節では費用便益分析を用いた開発プロジェクトの評価で重要な投資基準について概説する。 32 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 財務費用便益分析 (Financial C/B Analysis) 売上 資本費 操業費 財務便益 (Financial Benefits) 財務費用 (Financial Costs) 財務的投資基準 FIRR>1 FIRR:Finacial Internal Rate of Return 経済費用便益分析 (Economic C/B Analysis) "With and Without" の原則 移転項目の排除 市場価格の修正 シャドウ・プライス化 (現地通貨基準) 代替案との比較により 算出される増加便益 消費者余剰 or 近似余剰 社会費用便益分析 (Social C/B Analysis) 経済的便益 (Economic Benefits) 経済的費用 (Economic Costs) 経済的投資基準 EIRR>1 NPV>0 CBR>1 EIRR:Economic Internal Rate of Return 社会・環境影響評価 消費者余剰 or WTP 外部不経済の 内部化 社会的便益 (Social Benefits) 社会的費用 (Social Costs) 補償及び 対策費用 社会的投資決定基準 CBR>1 出所:財団法人政策科学研究所作成 図 3.2-1 各費用便益の範囲と位置付け 33 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 3.2.1 費用便益分析における投資基準 あるプロジェクトを実施した場合に年次 t において生じる「便益」と「費用」をそれぞれ bt 、 ct と表し、そのプロジェクトの供 用年限を n 年とすると、便益と費用の流列は次のように記述できる。 便益:b0 、b1 、・・・bt 、・・・, bn 費用:c0 、c1 、・・・ct 、・・・, cn このとき、費用と便益の両方について現在価値に直し、経済学的な観点からプロジェクトの実施の妥当性あるいは優先順 位に関し、次のような観点から投資基準指標により確認することとなる。 ・ 費用以上の便益が得られること ・ 収益率が代替プロジェクトよりも高いこと 開発プロジェクトは開発のための投資であることから、投資から得られる収益は少なくとも投下される費用を超えなければ ならないため、採算性と収益性が投資の可否を左右する。費用便益分析における投資基準としては下記の3つの基準を用 いることができる。 ・ 純現在価値(Net Present Value: NPV)=便益の現在価値-費用の現在価値 ・ 費用便益比(Cost Benefit Ratio: CBR)=便益の現在価値/費用の現在価値 ・ 内部収益率(Internal Rate of Return: IRR)={便益の現在価値=費用の現在価値}とする割引率 a)純現在価値(Net Present Value: NPV) 純現在価値はプロジェクト分析で最も広く用いられている指標である。初年時を基準として毎年の便益、及び 費用を割り引くことによって現在価値を算出するものである。 t = 0 の時点に換算した便益の現在価値は次のように表せる。 B = b0 + n b1 b2 bn bt + + ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ + = ∑ 2 n 1 + r (1 + r ) (1 + r ) t = 0 (1 + r )t t = 0 での費用の総現在価値は次のとおりとなる。 C = c0 + n c1 c2 cn ct + + ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ ⋅ + = ∑ n 2 1 + r (1 + r ) (1 + r ) t = 0 (1 + r )t ただし、r は財務費用便益分析であれば資本の限界費用、経済費用便益分析であれば社会的割引率となる。この基準は プロジェクトに起因する便益の総現在価値と費用の総現在価値の差、すなわち次の式で表される純現在価値によって経 済的採算性を示すものである。この投資基準では、NPV が大きいプロジェクトほど好ましいと判断される。 n NPV = B − C = ∑ t =0 bt ct t t =0 (1 + r ) n (1 + r ) t −∑ b)費用便益比(Cost Benefit Ratio: CBR) この基準では、次式のようにプロジェクトに起因する便益の総現在価値と費用の総現在価値の比を用い、単位現在価値 費用当たりの現在価値便益の大きさによって経済的採算性を示すものである。社会環境影響評価の場合では、例えば公 害などの健康影響などの外部効果を損害(社会費用)としてみなすか、損害を軽減するような対策費用(社会便益)として みなすかによって CBR の値が異なってくる2。 2 例えば自動車などの場合、排出物の絶対量でみれば損害(社会費用)を発生していることになるが、従来よりも低排出型の技術を採用 しているのであれば、環境対策費用(社会便益)として考えることができる。 34 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 n bt t B t = 0 (1 + r ) CBR = = n ct C ∑ t t = 0 (1 + r ) ∑ c)内部収益率(Internal Rate of Return: IRR) 内部収益率とは、投下した資本をプロジェクトで生じる便益を用いて返済していくときに、一定の年限で返済可能な最大 の利率のことであり、この利率が大きいほど投下資本の回収は早期に行われ、一般に好ましいプロジェクトと判断される。通 常は、次式のようにプロジェクトの現在価値をゼロにする割引率として定義される。すなわち、次式の i をもって内部収益率 としており、言い換えれば損益分岐点を示す収益率とも言える。 n ∑ t =1 (bt − ct ) (1 + i )t =0 3.2.2 投資基準間の関係 上で整理した費用便益分析における投資基準間には下記の関係がある。 もし、NPV>0 ならば、B/C>1 および IRR>r もし、NPV<0 ならば、B/C<1 および IRR<r もし、NPV=0 ならば、B/C=1 および IRR=r 内部収益率 IRR は、純現在価値 NPV=0 とする割引率として定められ、これより小さい社会的割引率で算定した NPV は 正となり、純現在価値の正と社会的割引率より小であることは一致する。しかしながら、複数のプロジェクトの中から採択す べきプロジェクトを選択する場合、これらの3通りの投資基準によるプロジェクト間の順序づけは、必ずしも一致しない。3通 りの投資基準の使い分けについては、通常次のように考えられているようである。 単一プロジェクトの採択 どの基準でもよい. 資金制約を考慮しない 純現在価値を用いる 資金制約を考慮する 費用便益比の大きい順に資 金制約まで選択する 社会的利益の増大を目的 複数のプロジェクトからの選択 資金返済能力を問題とする 内部収益率を用いるの が望ましい 出所:松野・矢口 (1999)。 図 3.2-2 費用便益分析における投資基準の使い分け 3.2.3 割引率の考え方 費用便益分析では割引率をどのように設定するかによって投資基準が決定される。例えば、ある施設の使用期間が 30 年間で、維持管理費を控除した年間便益額が1億円の場合、この施設の建設費用はいくらだったら総便益が総費用を上 回る(純便益が発生する)だろうか。国内の公共事業の評価では 4%の割引率が多く用いられているが、この割引率を設定 した場合、建設費用が約 18 億円以下であれば純便益(の割引現在価値)がプラスになる。欧米では一般に日本よりも高い 割引率が用いられているが、割引率が 6%の場合では純便益が発生する建設費は約 15 億円以下となる(表 3-2 参照)。 割引率は時間選好率を基本としている。時間選好率とは、経済活動を行う主体が現在の消費をあきらめて、将来の消費 35 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 を行うために貯蓄しようとするときの、最低限要求する収益率である。ある経済主体(ステークホルダー)の時間選好率が高 いということは、現在の消費をより重視している、ということである。したがって、費用便益分析では事業に関与するステーク ホルダーの時間選好率を考慮した割引を行う必要がある。 表 3.2-2 割引率の計算 年数 t 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 年数 t 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 合計 便益の現在価値(億円) r=4% r=6% 1.000 1.000 0.962 0.943 0.925 0.890 0.889 0.840 0.855 0.792 0.822 0.747 0.790 0.705 0.760 0.665 0.731 0.627 0.703 0.592 0.676 0.558 0.650 0.527 0.625 0.497 0.601 0.469 0.577 0.442 0.555 0.417 便益の現在価値(億円) r=4% r=6% 0.534 0.394 0.513 0.371 0.494 0.350 0.475 0.331 0.456 0.312 0.439 0.294 0.422 0.278 0.406 0.262 0.390 0.247 0.375 0.233 0.361 0.220 0.347 0.207 0.333 0.196 0.321 0.185 0.308 0.174 18.292 14.765 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 結局のところ、すべてのステークホルダーの時間選好率を調べることは不可能であるため、割引率を正確に推計すること は極めて難しい。一つの解決策としては、シナリオ別に割引率を設定した費用便益分析を行うことで、情報の透明性を高 めることが通例となっている。一般には事業の便益がどの主体に帰属するかによって、割引率の扱いが異なる。財務費用 便益分析の場合は費用と便益(収入)の帰属が事業主体である企業のため、企業が借入した際の市場利子率が用いられ る3。経済費用便益分析もしくは社会費用便益分析の場合には、便益の帰属はさまざまなステークホルダーを含む地域住 民もしくは国民となるので、政府は国民の時間選好率を考慮し、さらには現存世代と将来世代との世代間公平性をも政策 的に判断した上で、割引率を設定しなければならない。 3.2.4 便益の測定方法 経済費用便益分析における便益もしくは社会費用便益分析における便益、費用の測定方法としては、表 3-3 に示す消 費者余剰法、代替法、トラベルコスト法、CVM(仮想評価法)、ヘドニック法などの方法が考えられる。何れの手法も、財・サ ービスに対する消費者の WTP を推計するための方法である。 表 3.2-3 費用便益分析における便益の測定方法の例 測定手法名 測定方法の概要 適用例 評価者(事前評価の場合) 消費者余剰計測法 ある財を消費するのに必要な費用を価格とみなして需 要曲線を推定し、事業を実施したことによって発生する 消費者余剰を便益とする方法。 道路・橋梁等 の利用便益 実際に行われるであろう取引価 格・数量を推計して算定 代替法 受益者の便益に対する支払意志額を近似すると考えら れる市場財の価格を便益とする方法。 治水工事等 による便益 適当な代替財を調査者が想定 して算定 トラベルコスト法 便益を受けるために必要な訪問回数を費用と見なした 一種の消費者余剰計測法。 公園の利用等 に関する便益 実際に行われるであろう取引価 格・数量を推計して算定 3 企業が株式や社債などの直接金融手段で資金を一部都合した場合には、株主や社債の引き受け先の時間選好率を本来であれば用 いる必要がある。その場合、割引率は時間選好率と市場金利の加重平均で計算できる。 36 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 CVM (仮想市場法) 住民に対して事業内容を説明した上で、事業による便 益と引き替えに支払意志額を尋ね、その積み上げによ り社会的な便益とする方法。 環境保護の 便益 消費者に直接 WTP を尋ねるこ とにより調査者が算定 ヘドニック価格法 事業の便益が地価に帰着するという仮説に基づき、地 価関数を推定して事業実施前後の地価の変化分を便 益とする方法 市街地再開発 事業の便益 実際に行われるであろう取引価 格・数量を推計して算定 VOSL (統計的生命価値法) 疾病・障害等による死亡リスク削減の価値を WTP によっ て計測し、健康影響対策の便益とする方法。 COI (医療費用法) 疾病・障害のリスク削減価値を医療費によって計測し、 健康影響や事故リスク対策の便益とする方法。 健康影響損害 の削減便益 消費者に直接 WTP を尋ねるこ とにより調査者が算定 疾病・障害別医療費用データ を積算して算定 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 3.2.5 費用便益分析の適用にあたっての問題 費用便益分析により、事業の優先順位付けを行う場合、次の様な問題が指摘されている。 a)測定できる便益・費用には限りがある 経済費用便益分析や社会費用便益分析では、全ての便益・費用を測定することは難しく、分析の結果だけを用いて事 業の優先順位付けを行うためには、測定範囲や測定方法等を基準化する必要がある。例えば道路事業の場合、走行時間 の短縮便益、走行経費減少便益、交通事故減少便益といった直接効果のみで比較すると定めたとする。しかしながら、そ の道路の開通により他地域からの交通流入が増加する効果や、鉄道やバスなどから自家用自動車への交通手段の切り替 えるによる交通量の増加が見込めるといった派生需要を道路事業には見込むことができる。こうした効果をある統一の基準 を用いて評価することはできないので、経済便益の重要な部分を評価から落とす可能性がある。 また、社会環境影響についても同様であり、地域的要因や金銭的価値換算が難しい環境に対する負荷(大気汚染の度 合いや生態系破壊など)の程度は考慮されず、無視されてしまうことが指摘されており、この点において費用便益分析の限 界がある。 研究開発プロジェクトでは、直接的なアウトプットの利用だけではなく、アウトカム、もしくは社会へのインパクトまでを評価 の枠組みに組み込むことが要請されるが、経済性の評価基準を判断するために利用できる効果計測に関するデータは限 定されており、必ずしも期待される評価結果をもたらすとはいえない。 b)異なる分野の事業間の比較が困難である 事業の性格が異なる場合では、発生する便益の性格が異なることに加え、測定可能な便益のカバー率が異なる可能性 がある。例えば河川事業の直接効果としては氾濫被害の軽減、安定的な水供給といった便益が期待できるが、道路事業 に期待される便益と比較する場合には、金銭的価値換算で比較するとしても、相互に測定されていない便益が存在する可 能性があるため、便益の測定結果の大小だけでは優先順位が決められない。このことは、費用便益分析が個別プロジェク トの投資の効率性を評価しているためであり、総合的な開発戦略の中で異なる分野の代替案を順序付けすることを目的と していないからである。 また、プロジェクトを実施する経済主体が異なる場合も評価結果の比較可能性は限定される。民間の研究開発プロジェ クトと公的資金による研究開発プロジェクトではその目的も投資収益率に対する考え方も異なる。そのため、それぞれの B/C を単純に比較することは意味をなさない。 c)貨幣価値に対する効用の問題 費用便益分析では、便益や費用を貨幣価値の集計で表現するため、高額所得者にとっての一万円も、低額所得者にと っての一万円も社会的には等しく評価される。したがって、費用便益分析による事業の優先順位付けが結果的に社会的な 不公平をもたらす可能性がある。また、同一事業であれば、需要の大きい地域ほど便益が大きく評価される傾向にあり、社 37 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 会資本整備面における地域格差を拡大させる懸念がある。この問題は社会環境影響において顕著である。途上国では先 進国と比べて所得に対する限界効用が高いために、非市場的価値を有する環境資産や歴史的文化資産が低く評価され、 結果として、社会環境影響が軽視されることになる可能性がある。 多くの場合、貨幣価値に換算される影響が存在するということは、その影響が便益であれ費用であれ、影響を受ける主 体の効用水準にとって有意に働くということであり、効用水準そのものは所得や代替財の価額に依存している。したがって、 ある事業評価において非市場財の経済価値換算を行う時点で、影響が有意に及ぶ主体を絞り込んでいることを認識しな ければならない。 d)公平性の問題 多様なステークホルダーが関与する事業では、ある主体にとって便益をもたらすとしても、別の主体には不利益を被るという、 複雑な利害関係が存在する。例えば、ダム開発の場合、地元住民は開発に伴い負担を強いられるが、都市部生活者は便益を 享受することになる。しかしながら、トータルの費用と便益を集計する段階でこれらの個別の費用と便益は相殺されてしまう。 この問題は費用便益分析では「仮想的補償原理の問題」として長らく認識されてきた。すなわち、ある事業によって社会 全体の便益が費用を上回るのであれば、便益を享受している主体が不利益を被る主体に補償を行うことが潜在的に可能 であると考えられるため、事業の遂行は社会に改善をもたらすと判断するのである。しかしながら、現実問題として補償が十 分に行われることはなく、一部のステークホルダーにとっては不可逆の社会環境影響を被る可能性がある。 e)人々の意向(潜在的需要)が必ずしも反映されない 公共事業では、需要が顕在化していない場合や経済情勢の変化により需要に大きな変化が生じる場合があり、需要曲 線による消費者余剰の算定には多くの仮定を設けなければならない。また、需要が顕在化していない場合では、バイアス がかかり、正確な需要の把握が難しい。 健康影響などでは、人々のリスク認知の度合いによっても影響削減便益の大きさが左右される。例えば、死亡リスクのよう な損害に対しては、どのような状況で死亡するか(事故死、ガン、慢性疾患による死亡等)によって、死亡に対する精神的 評価が異なるため、本来であれば評価に共通の削減便益を推計することには無理がある。 f)評価に伴うコストの問題 事後的、事前的を問わず、評価行為自体は組織にとっては管理費用(administration cost)もしくは埋没費用(sanc costs)に分 類される。一般に費用便益分析を行うにあたっては、便益を測定するための推計作業を必要とすることから、多大な労力と時間 を必要とする。従って、そのコストも膨大なものとなることから、費用便益分析の普及に当たっての問題となる。この問題に対す る効果的な解決策は、評価プログラムにおける対象事業の選別と各事業に共通した評価項目の設定を行うことである。 3.2.6 費用便益分析法のまとめ 費用便益分析における適用対象は「Project for profit」と「Project for Non-profit」に分別する必要がある。民間の研究開 発プロジェクトの場合は必ず「Project for profit」型のプロジェクトなので財務費用便益分析と社会影響を考慮した社会費用 便益分析のツーステップを経ることが条件であり、公的資金が投入された研究開発プロジェクト評価のときには「Project for Non-profit」に分別し、最初から経済費用便益分析もしくは社会的費用便益分析を行わなければならない。 費用便益分析は厳正科学(Exact Science)ではなく、近似値分析である。これは投入要素の価格決定に関して完全競争 が前提の虚構であり、消費者余剰の推計といっても、完璧な推計が不十分であることを認識する必要がある。また経済費 用便益分析や社会費用便益では便益の求め方が難しいため、何が計量可能な便益なのかをケースバイケースで考えてい く必要がある。 38 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 3.3 費用便益分析法に基づく研究開発プロジェクトの評価枠組み 3.3.1 研究開発プロジェクトの評価範囲 公的資金が投入される研究開発プロジェクトは、上位構造である「プログラム(ある政策目的に特徴付けられる研究開発制 度の総称)」、さらに上位目的となる「施策」や「政策」に連なる評価構造の基本単位として位置付けられる。したがって、個別 の研究開発プロジェクトの評価結果は独自の価値体系として存在するのではなく、政策目的の差異によってウェイト付けられ る参照値としての役割を評価構造に内包していることに注意しなければならない。一方、費用便益分析法を研究開発プロジ ェクトの評価に用いることは、前節でみたように、経済性という指標を用いて代替案比較をも含む厳密な評価構造の手続きを 規定するものであり、その枠組みの範囲においては共通の評価項目、評価手法が適用されることが望ましい。ここで、上位プ ログラムにおけるウェイト付けはより高次の価値判断を伴う意思決定に属する評価の枠組みであり、そのようなウェイトを誰が、 どのように設定するかという問題については費用便益分析法の問題領域に属さないことを最初に断っておく。 研究開発プロジェクトの経済性評価の範囲はコストと効果の両面から経済価値換算が可能なものについて行われる。基 礎的な科学技術などの研究開発の評価においては、成果物の適用範囲が直接的・間接的影響も含め広範囲にわたること が予想されるため、プロジェクトの厳密な収益率を決定する割引率の存在を規定することが難しいなどの問題点がある。そ のため、評価の前提条件となる空間的・時間的要因や効果発現のタイミングなどを明示的なシナリオに基づいて設定する ことが要請される。また、研究開発プロジェクトにおける費用分担の問題も考慮されなければならない。共同研究開発のよう にジョイント・コストで遂行されるプロジェクトにおいて、成果物の帰属の問題や資金別のパフォーマンスをどのように解釈す るかについての枠組みが必要とされている。本節ではこれらの要件を満たすための枠組みや留意点を示し、費用便益分 析の研究開発プロジェクトへの適用方法を検討する。 3.3.1.1 評価のスコーピング 研究開発プロジェクトの経済性を評価するためには、経済的費用および効果(便益)の及ぶ境界条件を定めなければな らない。この手続きをスコーピング(scoping)と呼び、そこでは評価の空間に関する境界条件、時間軸に対する境界条件、さ らには評価対象となる研究開発プロジェクトに携わる、直接的および間接的な活動主体(ステークホルダー)を同定すること を目的とする。 研究開発プロジェクトの空間的境界条件はプロジェクトの種別によって異なってくる。通常の費用便益分析では空間的 境界条件は地域内通貨単位(local currency unit)が適用される範囲に限定される。これは、将来価値を割り引く際に利用さ れる社会的時間選好率が最大限適用される範囲が同一通貨を使用する地理的限界を相当とするためである。また、将来 時点における為替変動を見込むことができないため、何らかの方法で算出された地域(国家)間で異なる経済的効果を現在 の為替レートを下に合計することが適当でない、という理由にもよる。しかしながら、海外研究機関との共同開発や国際共 同研究開発プロジェクトでは資金配分の問題や成果の帰属に関して評価の関心が集まることになる。そのような場合、ドル などの統一的な通貨単位を用いて費用や便益を評価する必要があり、現実的問題として地理的境界条件を設定すること が妥当でない場合も考えられる。問題は、こうした枠組みで評価される経済性指標が何を意味しているか、ということである。 我が国の公的資金が海外との共同開発に投入される場合、国際的な公共財ともいえる研究成果に対して評価結果がいか なる経済性(もしくは効率性)を達成しているかについて、明確な判断基準が用意されているかどうかが問われている。 研究開発プロジェクトの時間的境界条件については評価の時期(タイミング)と密接な関係がある。研究開発の場合、便 益や効果はプロジェクトが終了してから発生することが想定される。また、期待される直接的な成果(アウトプット)を得るため に投入される費用が確定するのも、プロジェクトが終了するまで不確実である場合が多い。また、プロジェクト終了以降の追 加的支払が多くないために、研究開発プロジェクトの経済性評価では効果測定に重点が置かれることになる。そのため、費 用便益分析による効果評価の位置づけは投資決定のための事前的評価としてではなく、総支出金額が確定しているプロ ジェクト終了後の事後的もしくは追跡的評価として行われることになる(IPTS, 2002)。 図 3.3-1 は通常の事業の費用便益分析と評価時期の関係を示したものである。一般的な事業において費用便益分析は 投資効率を指標として示し、投資の意志決定に利用される。投資費用および運営費、さらにはバックエンド費用(実線で囲 まれた領域)を積算し、それを上回る収益(点線で囲まれた領域)がある場合に投資が行われる。評価の時期は投資が行わ 39 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 れる前であり、事前的評価の役割を果たす。ここでは、借入金があることを前提として金利支払を運用費に折り込んでいる ケースを示している。 金額 収益 売上 運営費 投資費用 バックエンド費用 収益 金利支払 投 ( 2資 年 目費 )用 投 ( 3資 年 目費 )用 減価償却費 ( 最廃 終棄 年 固定費用 (人件費・設備費等) ) 投 ( 1資 年 目費 )用 t=0 t=n 投資期間 運用期間 評価時期 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 図 3.3-1 一般的事業の費用便益分析と評価時期 一方、研究開発プロジェクトでは、研究開発の成果を下に効果が発現する時期以降に、人件費や運営費などの目立っ た固定費用は計上されないことが多い(図 3.3-2 参照)。研究開発の成果利用に対して企業が研究員に対して一定の報奨 金や、技術利用に関する共同ライセンスを契約している場合には、成果に帰属する収入の度合いに応じて一定の固定費 用がかかる場合が考えられる。また、投資期間中にハードウェアを購入した場合には減価償却費が費用として計上される。 収益面からは、開発した技術を内部的利用することで収益が得られる段階と、技術そのものを商品として供与して収益を得 る段階とに分けて考えることができる。図 3.3-2 のケースは技術の内部利用の後に技術供与の収益を計上した場合の評価 を示しているが、当初から技術供与を目的としている場合にはこの限りではない。技術の価値は他の企業の技術水準、技 術が利用される社会的・経済的環境に依存しているため、どの時期に外部へ供与されるかは研究開発主体の投資回収計 画だけでは正確には判断ができない。しかしながら、投資費用がある程度確定している段階でなければ、技術利用に関す る意志決定を行うことができないという点で、研究開発プロジェクトは他のプロジェクトと経済性評価の性質が異なるというこ とが理解できる。 40 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 技術利用による収益 投資費用 運営費 金額 技術供与による収益 収益Ⅰ 投 ( 1資 年 目費 )用 t=0 投 ( 2資 年 目費 )用 投 ( 3資 年 目費 )用 減価償却費 収益Ⅱ 固定費用 投資期間 t=3 t=n 効果発現期間 評価時期 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 図 3.3-2 研究開発プロジェクトの費用便益分析と評価時期 3.3.1.2 コストの把握 我が国ではこれまで、研究開発プロジェクトの評価に関しては「成果」を中心にして行われており、「コスト」についてはほと んど触れられることがなかった。しかし、費用対効果をみるためにはコストに関する正確な評価は不可欠である。 コストの構成要素は、研究開発に関わるリソース全てから成り、直接的な経費の他に人材、原材料、設備、施設、そして 知的財産権のような無形財などが含まれる。このようなコストの構成要素を経済性評価のための費用として算出するためには、 費用便益分析の原則である「With - Without の原則」が適用される。追跡的な評価の場合、コスト算出の基準となるのは、評価 の対象となる研究開発プロジェクトが「なかりせば拠出されなかったであろう支出」を算定することである。具体的には実際に支 出された費用のうち、研究開発プロジェクトに寄与した部分を何らかの基準でシェア配分することで総費用を算出することであ る。例えば、研究員の労務費の場合、評価対象である研究開発プロジェクトに研究員がどれだけの勤務時間を割いたかによっ て判断することが可能である。ここでは単位時間を基準に研究員の人件費を算出する例を示したが、同様に、設備の利用率、 知的財産の利用率などを推定し、費用の評価原単位とすることができる。研究開発プロジェクトの総費用は、このように推定され た単位コストを用いて積算されることになる。このような単位コストの把握には現在までのところ一律的な評価手法は存在しない。 今後、管理会計手法の一つである活動基準費用(ABC; Active Based Costs)会計などを用いることで、当該研究開発プロジェク トの費用積算を行うことが期待されている。ABC 会計ではプロジェクトに配分することが難しい共通費用について、活動基準 (コスト・ドライバー)や代理的な配賦基準を用いて費用を案分することが求められている。 単位コスト以外の付帯費用(fringe costs)については評価者の中でも意見が分かれている。付帯費用とは研究開発プロジ ェクトがあってもなくても発生する固定費用のことであり、具体的には研究員の諸手当、福利厚生費、社会保険料支払や施 設の管理費、賃料、各種保険金支払額などが含まれる。これらの付帯費用を人件費や経費の単位コストとして含めて費用 を算出した場合、積算される費用や便益が過大に評価されることになる。コスト算定の基準はあくまでも「With-Without の 原則」に従うべきであり、「Before-After」に着目すべきではない、という主張が意味を持つのはこの点にあり、費用便益分析 の評価結果の比較可能性に重点を置いているためである。しかしながら、資金配分に公的な関与がある場合、通常は直接 経費だけではなく、付帯費用を含んだ間接経費が認められるかたちでプロジェクト費用の委託費が決定されているため、 経済的費用便益分析や社会的費用便益分析ではこのような付帯費用を評価の項目に付け加えるべきであるという意見も ある。この問題は研究開発プロジェクトの経済性をどのような観点から評価するかという上部構造における評価目的に依存 している。民間企業が自身で行う研究開発の投資効率を評価するのであれば付帯費用を取り込むことは評価結果をミスリ ードすることになるし、逆に税金が投入される事業の妥当性を評価するのであれば、委託費用として実際発生している金額 41 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 (付帯費用も含んだもの)が意味を持つことになる。同様の議論は便益の評価にも適用される。例えば、我が国の道路事業 評価では、移動する人間の時間削減便益や車両の機会費用の評価方法に付帯便益(fringe benefits)を取り込んでいるが、 議論が分かれている4。 付帯費用の問題と同様に、組織における管理費用(administration costs)をどのように考えるかという問題が存在する。通 常、管理費用の一部は明らかに研究開発プロジェクトの存在によって増大しうるものと認識できるため、管理部門の費用も 研究開発のコストとして取り込むことが必要となる。例えば、Kantor, P. B.(1997)では図書館サービスの費用便益分析を実 施しているが、そこでは管理費用に関して管理部門の職員の人件費を ABC 会計的手法を用いて配分し、評価対象となる サービスの費用に帰属させている。 3.3.1.3 効果の分類 研究開発プロジェクトの成果は経済活動や社会に広く影響を及ぼし、その効果が広範囲にわたることが予想される一方 で、費用便益分析の枠組みに基づく経済性の評価項目は、プロジェクトの投資コストが経済的観点から適切であったかを 評価するために、限定的に扱われなくてはならないため、評価項目に関する明示的な選別の基準が必要となる。ここでの 経済的観点とは、研究開発ではない他のプロジェクトと比較して資金投入が適切であったかどうかを収益との関係で一定 の範囲で保証する評価基準のことである。以下では研究開発プロジェクトが及ぼす効果のうち、評価項目として設定すべき 基準について述べることにする。 表 3.3-1 は研究開発プロジェクトの成果が及ぼす効果の範囲について示したものである。研究開発プロジェクトの成果が 及ぼす効果の範囲は中間・事後的評価の場合、まず目的として設定した範囲内で現れた成果(intended:「意図的成果」)と、 目的外であり意図しなかった成果(unintended:「非意図的成果」)とに分けることができる。非意図的成果は基礎的な研究等 においてはしばしば重要な成果になる場合がある。このように目的として意図した部分の成果と意図しない副次的成果に 分けることができる。注意しなければならないのは、この二つの区分は目的に応じて対象が変化することである。学術的成 果の達成を意図するのであれば、必ずしも成果は市場で評価されるような収益性を持つアウトプットである必要はない。そ のような場合においては、意図的効果の収益性を考慮する必要はなく、むしろ収益性が 0 であることを明示しなければなら ない。さらにもう一つの軸として、「直接的な成果」と、「間接的な成果」に分類する。この区分は評価論の研究者によりかなり 定義に乱れがあるが、標準的には以下の定義を用いる。すなわち、直接的な成果とは、研究開発に携わった人(共同研究 者等も含む)が直接関わって挙げた成果と捉え、それ以外の部分は間接的な成果と考える。例えば、対象となる研究開発 プロジェクトの成果を他の研究者が応用して挙げた成果は間接的成果である。例えば学術的研究では直接的な成果は論 文ないし学会発表であり、間接的成果は当該論文の引用数と考えることができる。 成果の実質的側面からは、「アウトプット」、「アウトカム」、「インパクト」に分類することが可能である。アウトプットは成果を 形態的に特定した状態のことであり、アウトカムはそれを価値ないし意味の体系に置き換えて測定したときのことであると理 解できる。例えば通常の研究開発の場合、典型的なアウトプットは学術論文や特許、あるいはその研究に関する口頭発表 の数等であるが、アウトカムは例えばその研究を活かして造られる製品や、改良されたプロセスである。 表 3.3-1 研究開発プロジェクトの効果分類の例 成果区分 効果区分 直接的 意図的成果 間接的 直接的 非意図的成果 間接的 影響の深化 アウトプット アウトカム インパクト アウトプット アウトカム インパクト 経済的効果の分類 成果による収入 波及効果、雇用創出効果、 外部効果 成果による収入 派生需要の創出、波及効果、 雇用創出効果、外部効果 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 4 道路事業評価手法検討委員会議事録(http://www.mlit.go.jp/road/ir/iinkai/1.html) 42 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 これらに対して、波及的な効果として、その政策によって社会に何が生み出されてきたか、どのような影響が出てきたか 等に関する成果も有り、これがインパクトである。製品の場合でいうならば、その製造されることになった製品が、さらにどの ような経済効果を引き起こし、あるいは社会的にどのような効果をもたらしたかがインパクトに相当する。 以下では、これらの多様な効果のうち、どの効果が費用便益分析の枠組みで評価が可能かどうかを述べることにする。 a)成果による収入 成果による収入はプロジェクトの経済性を評価するためのもっとも基本的な評価項目である。しかしながら、本評価項目 の適用は市場財を提供するための成果利用に限られる。知的所有権に保護された領域の研究開発プロジェクトでなけれ ば、成果利用に伴う金銭的収入を望めないため、プロジェクトによっては本評価項目の適用は見送る必要がある。 また、民間の研究開発においては、成果の利用による収益を直接的には観測することができない場合もある。製品に投 入されるデバイスの開発が最終的にどの程度の収益をもたらしたかについては、製品が市場でどのように評価されるかに 依存する。このような場合、売上実績が確定した製品については評価対象となる技術の寄与率をどのように推計するかとい う問題に帰着するであろう。 b)波及効果(spin-off effects) 経済性評価の効果計測には大別して「発生ベース」と「帰着ベース」の二つのアプローチがある。発生ベースのアプロー チではプロジェクトの直接的な影響に着目して、それが発生する段階で計測する。費用便益分析では消費者余剰アプロー チを用いて便益を計測しているが、これは評価対象となるプロジェクトの成果がなんらかの形態で市場(財市場でも仮想的 市場でもかまわない)に投入され、評価財の価格(費用)を下げることで、所得や他の財の価格が一定という条件の下で消費 者の効用を増大させているという考えによる。帰着ベースのアプローチでは、プロジェクトの影響が行き着いた後にどれだ けの便益が国民経済に発生していたかを計測する手法である。帰着ベース・アプローチの欠点は事後的評価においてす ら計測の誤差が一般的に大きく、評価者の恣意的な操作の危険性が大きいことである。また、波及経路に対する明確な因 果関係が規定されていない限り、当該プロジェクトの寄与によるものかどうかの判断が難しいという問題もある。このような理 由から費用便益分析では評価結果の信頼性を確保するために発生ベースで便益が計測されている。 しかしながら、研究開発の成果利用に伴う波及効果があきらかに存在することが分かっており、市場規模の拡大等を通じ た効果が事後的に計測可能な場合には、発生ベースの費用便益分析の枠組みに波及効果便益を組み込むことが可能で ある。波及効果は間接的な効果として、他の市場における価格や需要を変化させるので、需要を拡大させる。これは図 3.3-3 では、製品市場や間接市場における一般化された費用を tA から tB に下落させ、間接市場での価格や供給量が変 化することで、需要曲線が d から d’にシフトするプロセスとして描かれている。したがって波及効果を考慮に入れると、評価 時点における需要曲線は図の太線のような一般均衡需要曲線として表されることになる。この場合の研究開発プロジェクト の便益は部分均衡需要曲線 d の左側(tBtACA)ではなくて、一般均衡需要曲線の左側(tBtABA)であり、波及効果による便益 の大きさは三角形 ABC として計測される。具体的な計算のプロセスは評価する財によって異なるが、市場財であれば、研 究開発の成果が関連する製品市場の拡大を付加価値ベースで指数化することで、近似値として用いることが可能である。 43 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 一般化 費用 d' 直接的効果の需要曲線 d 波及影響による需要曲線 のシフト A tA 一般均衡需要曲線 B B t C 波及効果に よる便益 qA qB 財の供給量 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 図 3.3-3 波及効果便益の計測 ここで、注意しなければならないのは、波及効果の概念を、研究開発プロジェクト予算がもたらす経済効果の計測値とし て用いているのではないということである。いわゆる産業連関表を利用した意味での波及効果の計測は、費用と便益の両 方を含む経済取引の規模の変化を見ているだけであるので、費用便益分析の枠組みでは扱われることはない。ここでの波 及効果とは評価者が評価時点に想定している需要曲線が他の間接市場を通じて市場規模を拡大させたり、派生的な需要 を生み出す場合の効果を計測するための概念である。 c)雇用創出効果 国民経済的観点からは雇用創出の問題は重要な課題である。研究開発によって技術のブレークスルーが達成され、新 技術が産業を喚起したことが認められる場合には、雇用創出効果も社会的な便益として計上することもありうる。しかしなが ら、ここで注意すべき点は、雇用創出効果を社会的便益として計上する際の手続きについてである。一般に、経済費用便 益分析では費用と便益の構成要素について潜在価格(シャドー・プライス)で評価を行う。雇用創出効果を便益として計上 することは、評価の前提として労働市場が不均衡であり、失業もしくは余剰労働力が発生していることを仮定していることに なる。その場合、費用または便益における人件費を経済計算の原則にしたがって潜在価格化(シャドー・プライシング)しな ければならない。なぜならば、労働市場では、失業とは現状の賃金体系で雇用できる労働力と潜在的な総労働力とのギャ ップとして定義されるからである。もし賃金に下方硬直性がなければ、労働力の限界生産力に応じて柔軟な雇用が確保さ れ、(自発的失業を除いた)失業は存在しないことになる。つまり、現行の賃金体系は完全雇用を保障しない「歪んだ」価格 ということになる。したがって、「歪んだ」賃金体系を完全雇用が達成されるであろう「適正な」賃金体系にシャドー・プライシ ングする手続きが必要となる。 単純な試算では、失業率が 5%の経済では現行賃金体系は完全雇用賃金体系に対して 5%割高となるので(雇用の付帯 費用を考慮するともっと割高になる)、シャドー・プライシングを行った評価結果は人件費が安価に評価されるため、費用便 益比がそうでない場合と比べて大きくなる。費用便益分析ではこの大きくなった部分が直接的な雇用創出効果をすでに表 しているので、雇用創出効果を推計する必要がないことになる。なお、シャドー・プライシングを行った上で雇用創出効果を 便益に計上するのは二重の意味で誤りである。 44 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 間接的な雇用創出効果を考慮するためには、前述の波及効果による便益を計上しているかどうかによる。関連する市場 の規模が拡大し、付加価値の増加を波及効果による便益として計上しているのであれば、その評価値に雇用創出効果は すでに含まれている。そうでない場合に限って、雇用創出効果を独自に見積もる必要がある。 d)外部効果 市場に直接的な関わりの低い研究開発プロジェクトにとって、便益を評価する上でもっとも重要な評価項目は外部効果 に属するものである。ここで、用語の理解として「外部効果」には二通りの意味があることを断らなくてはならない。一つは、 アウトプット自身がもたらす追加的意味での外部効果である。例えば、環境負荷物質を軽減したり、所要時間を減少させた り、あるいは歩留まりを改善して投入されるエネルギーや資源を減少させるなどの便益が、市場を介さずにもたらされるよう な効果である。これは専門的には「技術的外部性」と呼ばれ、経済学的には市場の失敗をもたらすものとされる。もう一方は、 アウトプットが市場や社会環境に供与されることで、評価時点よりも環境が変化することで結果的にもたらされる効果である。 例としては、技術のスピルオーバーによる製品コストの低下や市場規模の拡大、派生的製品の開発、さらには地域インフラ の開発などが挙げられる。この効果は専門的には「金銭的外部性」と呼ばれ、市場取引や資産形成を通じて産業や地域の 発展に寄与する効果を測定するものである。前者は市場の失敗の原因として分析される要因であり、環境損害などの外部 不経済を分析する枠組みとなっている。後者は市場の動学的変化を説明する要因であり、事後的にしか検証が不可能な ものである。 費用便益分析では外部効果は前者のものが計測される。これは市場の失敗要因である外部費用を社会的費用として評 価に組み入れることで、評価対象となるプロジェクトが社会的に望ましい効率を達成しているかどうかを判断するためである。 図 3.3-4 は外部費用を評価に組み入れた場合の評価結果の変化を示している。通常は私的費用(PMC)しか考慮されてい ないために評価財のサービスは私的供給曲線 PMC と需要曲線 D の交点 E0 で価格と供給量が決定される。社会的供給曲 線 SMC と需要曲線 D の交点 E1 で価格と供給量が決定されれば、死加重損失(FE0E1)である外部費用を考慮した評価値が 算出できることが理解できる。 価格 費用 SMC D F PMC E1 P1 P0 E0 D Y1 Y0 生産量 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 図 3.3-4 外部費用を考慮した場合の費用便益分析 図 3.3-4 が示すところの意味は、費用便益分析に取り込める外部費用とは、費用項目であれ便益項目であれ、単位コス トとして把握できる限界的な支払意志額(WTP)として定義されるということである。ある研究開発の成果によって、有害化学 物質の使用量が削減できた場合を例に挙げると、その化学物質が限界的にもたらす健康損害を削減するための WTP(円 45 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 /ng など)を便益として計上することができる。逆に単位コストとして定義できない影響は費用便益分析の枠組みでは評価が できない。費用便益分析は部分均衡分析であり、静学的分析であるため、限界的な影響を特定できない場合には部分均 衡市場への影響を推計することができないからである。 影響がいかなる損害をもたらすかについてはさまざまな評価手法によって推計される(表 3.2-3 参照)。これらの評価手法 も評価の前提条件によって不確実性を内包しているため、評価結果に信頼性を確保することが妥当でない場合には、影響 量そのものを効果として計上し、貨幣価値換算しないことが推奨される。このアプローチは費用効果分析と呼ばれ、評価結 果の信頼性を確保するための次善的なアプローチとして近年採用されつつある。岡(1999)は費用便益分析と費用効果分 析の評価結果を分かつものは単位コストの推計に係わる不確実性であって、限界的な影響量についてではないことを理由 に、効果計測の信頼性を確保するためには費用効果分析の適用が望ましいことを主張している。 3.3.1.4 費用便益分析における評価領域の整理 以上にみてきたように、費用便益分析が社会的影響を評価に取り込むことができるといっても、評価の目的である経済性 (効率性)を確保するためには、評価領域が条件付きで限定されていることが分かる。表 3.3-2 は各評価領域の望ましい適 用についてまとめたものである。 表 3.3-2 費用便益分析における評価項目と適用可能性 評価領域 費用項目 項目 直接的 便益項目 適用可能性 直接経費 ○ 賃金 ○ 付帯費用 ▲ 管理コスト ○ 税・補助金 ▲ 間接的 ○:適用可能 △:条件付きで適用可能 ▲:評価目的に依存して適用可能 ×:適用不可能 項目 適用可能性 成果収入 ○ 波及効果 △ 派生需要 △ 雇用創出効果 △ 外部効果 △ 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 3.3.2 研究開発プロジェクトへの費用便益分析適用可能性 社会的効率性の改善を評価目的として行われる費用便益分析は、各評価項目の適用に厳密な基準が適用される。この 基準の適用を無視した評価結果は、効率性を評価したものではなく、評価者の評価目的に依存した「妥当性」を評価して いるだけに過ぎない。翻って、研究開発プロジェクトへの費用便益分析の適用は、特に公的資金によるプロジェクトの場合、 プロジェクト自体が Non-profit であるために便益の評価対象が直接的な便益ではなく、間接的な波及効果や外部効果に 依存する可能性が大きい。このような場合、研究者もしくは研究開発プロジェクトの監督者には予算の適正利用を社会に対 して訴える必要から、本来であれば取り込むべきでない便益や効果を費用便益分析の枠組みに取り入れようとする誘因が 働く可能性がある。しかしながら、費用便益分析はプロジェクトの「効率性」を評価しているだけに過ぎず、社会影響の一面 的な要因を抽出しているだけである。むしろ、費用便益分析の評価結果を他の重要な評価結果と併せて総合的な評価の 枠組みが必要とされている。そのような評価の全体の枠組みの中で、経済性の評価基準として信頼性を高めるために費用 便益分析の枠組みは適用されるべきである。 46 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 3.4 既往の研究開発プロジェクト評価手法の位置づけ 費用便益分析は総費用と総便益の比を見るという評価結果の明瞭性から、その評価手法に関して多くの類型を生み出 した。本編ではその中でも、近年、研究開発プロジェクトの評価に適用されてきた BETA 法とオプション法を紹介する。これ らの手法には評価項目に関する厳密な手法適用可能性の問題には触れられず、貨幣価値を持つものを集計化するという 拡大解釈の傾向がある。特に研究開発分野のプロジェクト評価においては、評価の視点が将来時点における技術環境・ 社会環境への寄与という点に重点が置かれているために、市場の動学的影響を評価する必要に迫られ、費用便益分析の 枠組みから離れて効果計測を行う場合が多い。このような評価手法が結果する指標とは、貨幣価値に置き換えられたプロ ジェクトの「有効性」であり、経済分析における「効率性」を評価しているものではないことに注意しなければならい。このこと は各評価手法が欠陥を擁しているということではなく、一定の評価フレームワークにおいてそのような評価手法による評価 が必要とされているという解釈の問題である。むしろ、これまで費用便益分析は、その評価結果をどのように評価の全体の 枠組みの中で位置づけるかという議論がないままに評価手法として発展してきたため、きわめて一面的な評価が行われて きたといえる。以下に挙げる評価手法は、このような問題意識の下で発展を続けている特定領域の評価に特化した費用便 益分析の変化形であると位置づけることができる。 3.4.1 BETA法 BETA 法は費用便益分析の一種であり、フランスの Bureau d’Économie Théorique et Appliquée of the University of Strasbourg が開発した方法である。BETA 法では、収益が得られた研究開発プロジェクトの評価において、そのプロジェクト における有形・無形のリソースがアウトプットに対してどの程度寄与したかについて評価することを目的としている。無形のリ ソースにはソフトウェアや特許などの知的財産の他にマネジメントシステムなどの組織的経営資源も含まれる。そのため、 BETA 法ではある研究開発プロジェクトの有効性を評価するというよりも、投入された様々な経営資源の有効性を評価する リソース管理の側面が強い。リソースの単位は、人材や設備のような最小限の単位から、参加企業や委託企業のような組織 体まで多様である。したがって、プロジェクトレベルからプログラムレベルまで幅広く評価を行うことが可能である。ここでは ESA (European Space Agency;欧州宇宙機関)プログラムの経済性分析に適用した事例に従ってその方法について紹介す る。 図 3.4-1 のように ESA プログラムに直接関連する行為(及びその他の行為)により企業が受ける影響・効果を、技術、商業、 組織、労働の 4 つの要素に分類する。次にこれら要素が売上増加、コスト削減、企業内外の科学者・技術者の人的ネットワ ーク(臨界質量)に影響し、それらが付加価値の上昇や臨界質量の推計値などに影響するというモデルを用いる。各影響 関係において、どの程度の割合で影響があったか(寄与率)を参加企業(委託企業)のマネージャーを含む関係者に直接イ ンタビューして調査し、各効果が金額として求められる。例えば、技術による経済的効果は次の式で得られる。なお、聴き 取り調査で得られる評価項目の寄与率の回答にはある一定の幅があるが、BETA 法ではその中の最小の寄与率を採用す ることにしている。 技術の経済的効果 = 売上 × 付加価値率 ×(売上増加に技術要素が貢献した割合) ×(ESA プログラムが技術要素に影響した割合) この方法では、参加企業の多様な側面への影響を最終的には金銭的に算出できるという長所を持つ。その反面、単純 にこの方法を用いるだけでは、参加していない企業へのスピルオーバー効果について考慮していないし、また同様に経済 社会全体に関するアディショナリティも算出したわけではない。一方、BETA 法による分析が適する対象は、開発側に近い 内容のプロジェクトである場合が多く、中小企業支援のプログラムのように参加企業数も少数で独立性が高く、またそれら 企業の研究開発のほとんどが当該公的資金により行われている場合などである。 47 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 し な い 行 為 宇 宙 に 関 連 技術的要素 売上増加 商業的要素 企 業 の 行 為 付加価値上昇 最小見積もり プ ロ グ ラ ム 組織的・方法 論的要素 コスト削減 労働関連 要素 臨界質量 そ の 他 の 宇 宙 ESA による 4 つの 要素への影響(Q2) 臨界質量の 推計値 4 つの要素による経済 変数への影響(Q1) 出所:Cohendet 1998 図 3.4-1 BETA 法による間接効果の定量化 3.4.2 リアル・オプション法(Real Option Valuation) リアル・オプション法とは財務的費用便益分析の評価値に条件分岐と確率変数を組み込んだ評価手法であり、事前的な投 資決定だけでなく、事業の中途評価にも利用可能な費用便益分析である。ここで、リアル・オプションとは不確実性に支配さ れる実物資産(Real Asset)投資において、あらかじめ決定されている行使価格・行使期間内で、投資の延期、拡張、中止等 の行動をとることができる権利のことである。一般に、投資を伴うプロジェクトには大きな不確実性とリスクが伴う。しかしこれま での財務的費用便益分析を中心としたプロジェクト評価法では、このようなリスクに注目することなく、投資回収期間(以下では T(年)で示す)中に発生する将来のキャシュフローを合理的な仮定のもとに平均的に算出し、それを現在価値に割り引いてプ ロジェクトの割引現在価値(NPV)を評価してきた。その価値(便益)V(0)と投資コスト(費用)の現在価値 C(0)との差 NPV(0) = V(0) - C(0) ※0 は現在を表す。 が正であれば純プロジェクト価値(純現在価値)があるとして投資が決定される。このような意思決定法は、プロジェクトを今ス タートするのかあきらめるか(Now or Never)の意思決定法であり、不確実性に関して意思決定者の与えられている選択肢 (オプション)を評価の対象に入れていない。それを明示的に考慮して純プロジェクト価値を評価するのがリアル・オプション 法である。したがって、キャッシュフローを明確に生み出すことができないプロジェクトについてはリアル・オプションの考え 方を適用することは妥当ではない。 通常、プロジェクトには大きな投資費用がかかり、いったんスタートするとその費用は回収不能な埋没費用として事業者 に重くのしかかり、投資コストの回収には時間がかかり、さらにはプロジェクトが失敗した場合には大きな損失をもたらす。す なわち、金融商品などへの投資の場合と違って、実物投資は「意思決定の不可逆性」によるコストの固定化、ヘッジが難し いリスクへの不可逆的関わりの側面をともなう。それゆえ、事業の開発時期も含めて与えられている不確実性に関するオプ ションを事前的もしくは途上的な評価の枠組みに組み込み、意思決定の弾力性を確保していくことが重要となる。リアル・オ プションを適用した評価事例は、石油などのエネルギー資源関連、不動産などの資産管理・運営、ベンチャーキャピタルへ の投資などの分野で蓄積されつつある。 研究開発プロジェクトの分析はもっとも難しい投資問題の一つである。研究開発プロジェクトは基礎的な技術開発から製 48 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 品開発まで長期にわたって取り組まれる。この間、投資からいかなる利益も受けず、技術的理由、経済的理由によって研 究開発努力が無駄に終わる(いわゆる、「死の谷」問題)可能性がきわめて高い環境の下で投資を続けなければならない。 加えて、製品開発に成功した場合においても、実際の開発コストや売上についても不確実性が残されており、キャッシュフ ローに関する本質的な不確実性が存在する。これらのキャッシュフローをそれが実現するよりもはるか以前に算定しなけれ ばならない。特に、研究開発プロジェクトでは技術的リスクが経済的リスクよりも重要な問題となるため、リスクの定量化に際 し、他の実物資産評価と異なり、リスク中立的アプローチを使用することが適当かどうかという問題も一方で存在する。 Schwartz and Moon(2000)は医療用認可薬の研究開発プロジェクトに対してリアル・オプションによる評価を試みている。 続く Schwartz(2001)では認可薬からのキャッシュフローを研究開発投資期間に依存するタイミングで可能なだけ受け取るモ デルを構築し、認可薬のオプション価値を評価している。これらの分析は研究開発プロジェクトの技術的リスクを研究開発 の廃棄オプションとして組み込んだ上で、キャッシュフロー上の経済的リスクを評価している。 3.4.2.1 リスクの種類 リアル・オプション法では次のようなリスクを評価の枠組みに組み込むことができる。 a) 経済的リスク いかなるプロジェクトでもキャシュフローを生み出す製品価格にその価値が依存しているという意味では、常に製品の価格 変動リスクにさらされている。加えて、石油などのように商品がドル建ての場合には為替リスクにもさらされる。また新しく土地 を購入して不動産開発を考える場合、土地価格の変動も投資コストに影響を与える。さらにファイナンスのための金利リスクも 無関係ではない。したがって、プロジェクトのスタート時期における「参入オプション」の価値評価では、このような市場リスクに 関するモデル化とその下での NPV(t)値の導出、ならびに参入方式(オプションの定式化)を十分に検討する必要がある。同様 に、不動産ファンドのプロジェクトでは、不動産価格によるキャピタルゲインを狙って売却する「退出(終了)オプション」もプロジ ェクトの中で考慮されることも多い。価格変動としてのこのような市場リスクは、費用便益分析の枠組みにとって外生的な不確 実性である。このような市場リスクを考慮した費用便益分析法をオプション・プライシング法と呼ぶこともある。 b) 技術的リスク 新薬などの開発では、成果である製品の価格はあまり競争関係がないことから安定的であるのに対して、製品そのも のの開発の成功とその効果(効能)に関する技術的不確実性が大きい。しかし開発に着手してある程度の可能性を探ら ないと、不確実性を小さくすることができないし、製品化できない。この場合の対策は投資を継続的に行うことでしか不確 実性を減少するすべはない。Pindyc(1993)はこれを技術的不確実性もしくは技術的リスクと呼び、投資を進めることでプ ロジェクト完了までの推定残存コストが減少する要因として定義している。 そこで、開発の着手から臨床実験を終了する期間をいくつかの段階に分け、各段階で得られる技術的あるいは学術 的知識により開発の継続か中止かの「逐次的意思決定オプション」の構造を作り、埋没費用をできる限り小さくしながら、 技術的不確実性を小さくしていくことが必要となる。このような場合、オプションの構造をツリー上に構築し、状況変化(ス イッチング・パラメータ)に依存した確率変数を導入して費用や便益を見積もることになる。 c) ゲーム論的リスク IT などのようにドッグ・イヤーと称される研究開発分野では時間の価値が極めて重要であり、かつ研究開発環境が過 度に競争的である。そのような環境では、同業他社の動向などを意思決定の選択肢の中に入れていく必要がある。研究 開発を最初に先駆けた方が多くの収益を享受できる“Winner takes all”のゲーム論的状況では、価格よりシェアが一定の 時間の中で収益性を生む可能性がある。このような不確実性に関する選択肢を「ゲーム的オプション」と呼ぶ。その中に は、競争相手との「提携オプション」なども議論されている。ゲーム論的不確実性は経済学の複占や寡占の議論を用い て扱われ、リアル・オプションの中に組み込まれることもある(Dixit, A. and R. Pindyck, 1994)。一般に「成長オプション問 題」として知られているが、その問題の定式化は最初の段階でのゲーム論的な仮定の置き方に依存するので、必ずしも 現実の不確実性を表現するものとなっていないことも多い。 49 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 3.4.2.2 リアル・オプション法の手続き 実際にリアル・オプション法を用いてプロジェクトを評価する場合、以下のようなプロセスが取られる。 1) プロジェクトの問題設定の中で不確実性の認識・識別する。不確実性のあり方に関して必要な変数にたいして モデル化したり、あるいはシナリオを作成する。モデルは金融工学的にしばしば確率微分方程式などで表現す ることもあるが、投資期間が長いことや実際の世界では時間依存性(時系列相関)が存在するために、その便益 のフローにおける時系列構造を考慮したモデル化が必要となる。 2) プロジェクトに内包するオプション構造を識別し、分析の中に取り入れるオプションを定式化する。このオプショ ン構造を導入した価値評価は、既に述べたようにその定式化自体に経営者の意思決定問題を含むので、意思 決定者の参加が求められる。 3) 定式化されたオプションを含めた価値に対して、将来のキャシュフローを導出する。このキャシュフローは、不確 実性を持つ確率変数の関数となっているのが一般的であり、キャシュフローに関する動学的構造については、 ダイナミック・プログラミングなどの諸手法が利用される。 4) 各時点の投資回収期間にたいしてのオプション付きプロジェクトの NPV(純現在価値)を計算する。ここではモ ンテカルロ・シミュレーションなどの数値計算法利用されている。 以上にみてきたように、リアル・オプション法を研究開発プロジェクトの評価に厳密に適用するには、評価のシナリオに基 づく条件分岐や、リスクに対する先験的もしくは確率論的な発生確率を設定しなければならない。また、シナリオの想定に は意志決定者のオプション行使に対する基準が明確に用意されていなければならないため、個別プロジェクトの新規投資 もしくは投資継続のための意志決定支援ツールとして利用することはできるが、異なる投資主体のプロジェクト間比較には 用いることは難しいし、また、それを行うことの意味はあまりないといってよい。なぜならば、各投資主体は個別のプロジェク トに固有のリスクに直面しており、その対価としてオプションの権利行使が付与されているからである。 しかしながら、研究開発プロジェクトというリスクの高い事業に対して、想定されるリスクを折り込んだ上で評価を行うことが できるという点で、リアル・オプション法による評価は研究開発プロジェクトの投資決定に伴う事前評価もしくは途上評価の 主流となることが予想される。 3.4.3 費用便益分析との比較 PREST(Policy Research in Engineering Science and Technology, UNIV. of Manchester, England)では費用便益分析法、 BETA 法、リアル・オプション法の三つの評価手法について、研究開発プロジェクトがカバーする範囲を一律に定義して比 較検討を行っている。以下では PREST(2003)の枠組みを引用し、BETA 法とリアル・オプション法を費用便益分析と対比し て説明する。 表 3.4-1 は研究開発プロジェクトの影響が及ぶ領域と費用便益分析で評価可能な項目を列挙したものである。評価項目 は直接的効果であるアウトプットと間接的効果であるインパクトに大別されている。評価手法の適用可能性はすべての評価 の細項目に対応しているわけではないが、評価項目の種類と対応するかたちでまとめられている。 アウトプット系の各評価項目について見ていくと、まず、「中間アウトプット」は評価の対象とされていない。これは同評価 項目が最終的なアウトプットに対するインプットとして評価され、その構成要素がコストとして評価されるためである。「プロダ クツ」や「サービス」は最終アウトプットとして便益を構成する要素として評価される。「プロセス」については、それを利用した 場合のコスト削減便益分を計上することができる。 インパクト系では、プロダクツを利用した製品供給の影響や外部効果を主に考慮している。「競争力」では製品市場の便 益を評価することができる。また、「雇用」では、雇用創出効果について費用便益分析を適用していないことから分かるように、 適用にあたっては経済計算の原則に則して評価が行われている。「生活の質」、「環境の保護と抑制」ではプロダクツが果た す外部効果のうち、市場価値で測定が可能なものについて便益として計上される。なお、「結合」では欧州プログラム評価の 評価項目(LFFs)において関連のある評価項目が計上されている。また、PREST では「インフラの開発」や「エネルギーの生産 50 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 と合理的利用」の項目で機会費用便益を計上している。これらも市場価値で評価が可能なものを計測の対象としている。「原 則と政策」の項の「域内市場の開発」ではプロダクツによる派生需要を対象に評価が可能であると分類している。 表 3.4-2 は研究開発プロジェクトの影響が及ぶ領域と BETA 法で評価可能な項目を列挙したものである。BETA 法では 研究開発プロジェクトにおけるリソースが成果対してどのように寄与したかについて評価の重点が置かれているため、費用 便益分析で扱われる社会費用部分(環境便益、QOL 便益)に対しては評価が行われていない。逆に、リソース(中間アウトプ ット)の評価については費用便益分析よりも幅広く扱っている。 表 3.4-3 は研究開発プロジェクトの影響が及ぶ領域とリアル・オプション法で評価可能な項目を列挙したものである。リア ル・オプション法は研究開発投資に係わる不確実性要因を評価構造に反映させた手法であるため、外部費用を内部化し ていない。その代わり、「普及」の項目にみられるように、予測に基づくオプションを考慮している。 51 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 3.4-1 研究開発プロジェクトの評価項目と費用便益分析の適用 アウトプット アウトプットの種類 プロトタイプ 技術的サブシステム 実証 モデル/シミュレータ 中間アウトプット 技術の統合 ツール/技術/方法 知的財産 さらなるRTDに関する決定 新製品 製 品 改良された製品 新規プロセス プロセス 改良されたプロセス 新サービス 改善されたサービス サービス 新サービスへ移行するための プロセス 事実上の標準 法律上の基準 基準 適合性 基 準 理解の覚書 共通の機能的仕様 実行コード 確認された規制変更ニーズ マネジメントと組織 知識とスキル 技術 訓練活動 技術移転活動 知識とスキルの移転 普 及 出版物/説明書 ワークショップ/セミナー/会議 インパクト CBA法によっ CBA法との て評価された 相性(*) no Ⅲ yes Ⅰ yes Ⅰ yes インパクトの種類 競争力 雇 用 Ⅰ 販売 市場占有率 市場の拡大 新市場の創造 コスト低減 市場へのより早い時間 特許実施権収入 生み出された仕事 高い失業率の地域の仕事 担保された仕事 失われた仕事 新会社の設立 成果を生かす共同企業体 新しい技術的ネットワーク/交流 CBA法によって CBA法との 相性(*) 評価された yes Ⅰ no ⅡorⅢ ⅡorⅢ 新しい市場ネットワーク/関係 組 織 no Ⅲ no Ⅴ yes 販売に 至る場合 Ⅰ no Ⅲ (*)Ⅰ:すでに評価された、もしくはその評価から容易に導かれる Ⅱ:評価された効果を特徴付けるために利用できる Ⅲ:非常に僅かな追加的努力で収集できる Ⅳ:インタビューされた集団に影響を及ぼす程度まで評価されうる Ⅴ:関連性がない 知識を吸収するため能力改善 中核的能力の改善 さらなるRTD 成果を生かすための会社の再編成 戦略の変化 増加したプロフィール 健康管理 安全 生活の質 社会開発&サービス 国境保護と警備の改善 文化遺産への支援 汚染の減少 汚染と危険に関する情報の改善 環境管理と介護 地球の気候への正の影響 原料使用の減少 エネルギー消費の減少 汚染物質の減少 LFRsにおける雇用 LFRsのインフラ 結 束 LFRsの参加 LFRsの中でのさらなるRTD LFRsでの規制と政策 輸送 インフラの開発 通信 都市の開発 地方の開発 エネルギーの生産 再生可能な資源 と合理的利用 省エネルギー 産業発展 規制と政策 原子力の安全 将来の供給保証 エネルギーの配分 中小企業部門の発展 大きな組織の発展 貿易の支援 EUの規制または政策 国家の規制または政策 世界的な規制または政策 国とEUのRTDプログラム間の連携 域内市場の発展 no Ⅴ yes 市場価値が測定 できる場合 Ⅳ no Ⅴ yes 市場価値が測定 できる場合 Ⅳ no yes 市場価値が測定 できる場合 Ⅴ no Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 Ⅳ no Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 Ⅳ no Ⅴ no Ⅴ yes 市場価値が 測定できる場合 Ⅳ Ⅳ 出所:PREST(2003), “CBA approach and output/impact list”, p.239.より作成 52 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 3.4-2 研究開発プロジェクトの評価項目と BETA 法の適用 アウトプット アウトプットの種類 中間アウトプット プロトタイプ 技術的サブシステム 実証 モデル/シミュレータ 技術の統合 ツール/技術/方法 知的財産 さらなるRTDに関する決定 製 品 プロセス サービス 基 準 知識とスキル 普 及 新製品 改良された製品 新規プロセス 改良されたプロセス 新サービス 改善されたサービス 新サービスへ移行するための プロセス 事実上の標準 法律上の基準 基準 適合性 理解の覚書 共通の機能的仕様 実行コード 確認された規制変更ニーズ マネジメントと組織 技術 訓練活動 技術移転活動 知識とスキルの移転 出版物/説明書 ワークショップ/セミナー/会議 インパクト BETA法によって BETA法と 評価された の相性(*) yes 部分的 (作業要素効果に おいて) インパクトの種類 Ⅰ 競争力 no 技術特許が 使用中の場合 yes 使用中でない 場合 yes 新たな研究 契約を導く場合 Ⅱ I Ⅰ yes Ⅰ yes BETA法と の相性(*) yes Ⅰ no ⅡorⅢ no ⅡorⅢ yes Ⅰ 特許実施権収入 Ⅰ yes 販売 市場占有率 市場の拡大 新市場の創造 コスト低減 市場へのより早い時間 BETA法によって 評価された 生み出された仕事 雇 用 Ⅰ 高い失業率の地域の仕事 担保された仕事 失われた仕事 新会社の設立 成果を生かす共同企業体 新しい技術的ネットワーク/交流 新しい市場ネットワーク/関係 組 織 no yes Ⅲ Ⅰ yes 販売に至る 場合 Ⅰ no Ⅲ (*)Ⅰ:すでに評価された、もしくはその評価から容易に導かれる Ⅱ:評価された効果を特徴付けるために利用できる Ⅲ:非常に僅かな追加的努力で収集できる Ⅳ:インタビューされた集団に影響を及ぼす程度まで評価されうる Ⅴ:関連性がない yes 部分的(作業 知識を吸収するため能力改善 要素効果において) 中核的能力の改善 さらなるRTD yes 成果を生かすための会社の再編 戦略の変化 no 増加したプロフィール 健康管理 安全 no 生活の質 社会開発&サービス 国境保護と警備の改善 文化遺産への支援 汚染の減少 no 汚染と危険に関する情報の改善 環境管理と介護 地球の気候への正の影響 yes RTDプロジェクト 原料使用の減少 に関係がある場合 エネルギー消費の減少 汚染物質の減少 LFRsにおける雇用 LFRsのインフラ no 結 束 LFRsの参加 LFRsの中でのさらなるRTD LFRsでの規制と政策 輸送 no インフラの開発 通信 都市の開発 no エネルギーの生 地方の開発 産 再生可能な資源 と合理的利用 yes RTDプロジェクト 省エネルギー に関係がある場合 原子力の安全 no 産業発展 将来の供給保証 エネルギーの配分 中小企業部門の発展 大きな組織の発展 貿易の支援 EUの規制または政策 no 規制と政策 国家の規制または政策 世界的な規制または政策 国とEUのRTDプログラム間の連携 域内市場の発展 出所:PREST(2003), “BETA approach and output/impact list”, p.238.より作成 53 Ⅰ Ⅰ Ⅲ Ⅳ Ⅴ Ⅳ Ⅴ Ⅰ Ⅳ Ⅳ Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅳ Ⅳ Ⅴ Ⅳ Ⅳ Ⅴ 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 3.4-3 研究開発プロジェクトの評価項目とリアル・オプション法の適用 アウトプット アウトプットの種類 インパクト Option法によって Option法と の相性(*) 評価された プロトタイプ 技術的サブシステム 実証 モデル/シミュレータ 中間アウトプット no 技術の統合 ツール/技術/方法 知的財産 さらなるRTDに関する決定 新製品 製 品 yes 改良された製品 新規プロセス プロセス yes 改良されたプロセス 新サービス 改善されたサービス サービス yes 新サービスへ移行するため のプロセス 事実上の標準 法律上の基準 基準 適合性 基 準 no 理解の覚書 共通の機能的仕様 実行コード 確認された規制変更ニーズ yes マネジメントと組織 知識とスキル オプション創造を 技術 導く場合 訓練活動 技術移転活動 yes 予測された販 売になる場合 知識とスキルの移転 普 及 出版物/説明書 no ワークショップ/セミナー/会 議 Ⅲ Ⅰ インパクトの種類 競争力 雇 用 Ⅰ Ⅰ 販売 市場占有率 市場の拡大 新市場の創造 コスト低減 市場へのより早い時間 特許実施権収入 生み出された仕事 高い失業率の地域の仕事 担保された仕事 失われた仕事 新会社の設立 成果を生かす共同企業体 新しい技術的ネットワーク/交流 Ⅰ Ⅰ Ⅴ (*)Ⅰ:すでに評価された、もしくはその評価から容易に導かれる Ⅱ:評価された効果を特徴付けるために利用できる Ⅲ:非常に僅かな追加的努力で収集できる Ⅳ:インタビューされた集団に影響を及ぼす程度まで評価されうる Ⅴ:関連性がない Option法と の相性(*) yes Ⅰ no ⅡorⅢ 新しい市場ネットワーク/関係 no 知識を吸収するため能力改善 中核的能力の改善 さらなるRTD 成果を生かすための会社の再編成 戦略の変化 増加したプロフィール yes 健康管理 安全 生活の質 no 社会開発&サービス 国境保護と警備の改善 文化遺産への支援 汚染の減少 no 汚染と危険に関する情報の改善 地球の気候への正の影響 環境管理と介護 yes RTDプロジェク 原料使用の減少 トに関係がある場合 エネルギー消費の減少 no 汚染物質の減少 LFRsにおける雇用 LFRsのインフラ 結 束 no LFRsの参加 LFRsの中でのさらなるRTD LFRsでの規制と政策 輸送 インフラの開発 no 通信 都市の開発 no 地方の開発 エネルギーの生産 再生可能な資源 と合理的利用 yes RTDプロジェク 省エネルギー トに関係がある場合 原子力の安全 産業発展 no 将来の供給保証 エネルギーの配分 中小企業部門の発展 大きな組織の発展 貿易の支援 EUの規制または政策 規制と政策 no 国家の規制または政策 世界的な規制または政策 国とEUのRTDプログラム間の連携 組 織 Ⅴ Option法によって 評価された ⅡorⅢ 域内市場の発展 出所:PREST(2003), “Optiron pricing approach and output/impact list”, p.240.より作成 54 Ⅰ Ⅴ Ⅴ Ⅰ Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅴ Ⅰ Ⅴ Ⅴ 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 3.5 まとめ 本章では、研究開発プロジェクトの経済性を評価するための手法について、中間的・事後的評価の観点から費用便益分 析の適用とその条件、また、費用便益分析の変形である BETA 法とリアル・オプション法の適用について解説した。 評価手法の適用の妥当性は、評価の目的に依存する。研究開発プロジェクトは基礎的・学術的な色彩が強ければ Non-profit 型のプロジェクトになるため、経済価値換算できない成果をもたらす。また、基盤技術の開発であれば、さまざま な効果を直接的・間接的に社会にもたらすことが予想されるため、費用便益分析の枠組みだけでは評価できない影響が多 岐にわたるであろう。費用便益分析そのものは厳密な適用基準が課せられるべきであるが、定量化しえない社会的に重要 な評価項目や評価基準に関しては、適切な評価の方法が検討され、かつ、それらの評価値を総合的に考慮できる評価の 上部構造を構築することが望まれる。 評価そのものが問題設定型であり、さらに評価手法が問題に対して検証的であるかぎり、評価はどこかで恣意的な側面を持 つことは避けられない。しかしながら、プロジェクトに上位するプログラムの適用範囲が合目的的かつ具体的であり、優先的な評 価項目に対する価値ウェイトを検証することができれば、そのような問題は最小限にとどめられることが予想される。 一方で、研究開発プロジェクトの評価手法が多義的、多面的にわたることは、評価結果の信頼性を低下させるとともに、 評価費用の増大を招き、評価そのものが目的化するという状況を生み出す可能性がある。各評価手法にはそれぞれの利 点・欠点があるが、ある一つの総括的な評価手法の適用を目指すのではなく、各評価手法の厳密な適用と、評価結果の位 置づけを行えるようなプログラムレベルの評価構造の構築が管理コストの面からも必要とされている。 評価構 造の構築には多 基準 分析(Multi Criteria Analysis)や AHP(Analytic Hierarchy Process)法、ANP(Analytic Network Process)法5などの適用が考えられる。しかしながら、公的資金を投入する研究開発プロジェクトの場合などでは、 価値ウェイトの決定に際して、どのようなステークホルダーの価値観をいかに反映させるべきかという問題は常につきまとう。 この問題の解決を避けて評価の本質は語ることができず、説明責任を果たすというミッションに応えることができない。誰の、 誰に向かっての「excuse」であるかという観点と、責任の主体を明確にすることが評価の質を高め、より実効的な評価につな がるのである。 ■ 参考文献 ・ Cohendet P. (1997) "Evaluating the Industrial Indirect Effects of Technology Programmes: the Case of the European Space Agency (ESA) Programmes" in Policy Evaluation in Innovation and Technology - Toward Best Practices, OECD ・ Dixit, A. and R. Pindyck, “Investments under Uncertainty”, Princeton University Press, 1994. ・ IPTS, “RTD Evaluaation Toolbox – Assessing the Socio-Economic Impact of RTD-Policies-”,Strata Project HPV1 CT1999-0005, 2002. ・ Kantor, P. B. et.al., “Studying the Value of Library and Information Services”, JOURNAL OF THE AMERICAN SOCIETY FOR INFORMATION SCIENCE. 48(6):527–542, 1997. ・ PREST et.al., “Assessing the Socio-Economic Impacts of the Framework Programme”, Manchester UNIV. Press, 2003. ・ Schwartz E.S. and M. Moon, Eevaluating Reserch and Development Investments, in Innovation, Infrastracture and Strategic Options”, M.J. Brennan and L. Trigeorgis (eds), Oxford Univ. Press, 2000. ・ Scwarts E.S., “Patents and R&D as Real Options”, UCLA working Paper, 2001. ・ 岡敏弘、「環境政策論」、岩波書店、1999。 ・ 松野正・矢口哲雄共著、「開発プロジェクトの評価」、築地書館、1999. 5 MCA:評価項目ごとに異なる尺度の基準を用いて代替案を序列化し、評価項目の重視度合いをウェイトを用いて総合的な評価指標を 作成し、代替案の選択を行う手法。尺度は定量的(連続)データでも定性的(非連続)データでも構わない。 AHP:評価項目間の一対比較に基づいて価値ウェイトを算出して評価構造を階層的に構築する手法。 ANP:評価の階層構造を相互に評価可能なネットワーク構造に拡張して構築する手法。 55 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.4. 米国商務省 NIST における経済効果分析法の検討事例 1.4.1. 経済効果の評価-評価研究の実施および解釈のための指針 (財)政策科学研究所 平澤 泠 この指針は、米国商務省の NIST(National Institute of Standards and Technology)におけるプログラムおよびプロジェクト の管理者に向けて、経済効果の評価の必要性と実際について説明するため、1996 年、Albert N. Link 教授(Professor of Economics, University of North Carolina at Greensboro)によって作成されたものである。ここに提示する概観は、以下のよう な点で管理者を裨益するものと期待されている。 ◆経済効果の評価の重要性を理解すること ◆研究プロジェクトの全実施期間を通じて、発生する経済的影響を認識し、然るべき情報をリアルタイムで記録できるよう にすること ◆正式の評価の実施に際して独立コンサルタントと協力すること ◆正式の評価で得られた知見を解釈し、内部の計画および産業界の顧客や協力者、政策当局とのコミュニケーションに 役立てること <本指針の構成> Ⅰ.経済効果の評価序説 A. この指針の目的、 B. 経済効果の評価とは何か、 C. 経済効果を評価する理由:C.1. 公共的説明責任と価値の立証、 C.2. 研究マネジメントの強化 D. 指針の概要 Ⅱ.経済効果の評価の実施方法 A. 評価研究の利害関係者を理解する B. 対象となる研究プロジェクト集団を確定する B.1. 歴史的プロジェクト、 B.2. 進行中のプロジェクト、 B.3. 計画中のプロジェクト C. プロジェクトの選定基準の作成: C.1. 実施可能性、 C.2. 代表性、 C.3. 記述可能性 D. 候補プロジェクトの選定 E. プロジェクトの歴史的展望の記述 E.1. プロジェクトの時間的経過、E.2. プロジェクトの技術的成果、E.3. 現在および将来の利用者 F. 経済効果評価の戦略の決定 F.1. 費用要因の確定、 F.1.a. 直接費用、 F.1.b. 間接費用、 F.2. 利益の範囲の確定 G. 経済効果評価の方法の選定 G.1.評価方法選定の指針、 G.2.代替的な評価方法、G.2.a.便益費用分析、G.2.b.内部収益率分析 H. 経済評価の実施: H.1. 費用の考察、 H.2. 便益の考察、 H.3. データ収集の手順 I. 評価の知見の表現と解釈 56 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 4.1.1 経済効果の評価序説 4.1.1.1 経済効果の評価とは何か NIST の研究プロジェクトの経済効果を評価する目的は、プロジェクトに伴う産業界にとっての便益を定性的・定量的に評 価し、その便益を系統的な方法で研究プロジェクト実施のための費用と比較することにある [1]。 経済効果の評価は、NIST で行なわれている他の評価とは異なる。たとえば研究室長は定期的にプログラム評価を実施 し、あるいはその一部を担当しているが、この評価の目的は、産業なり技術なりから見たプログラム領域の内部で、研究プロ ジェクトのポートフォリオがプログラムないし研究室の目的にどの程度整合的であるかを知ること、プログラムがいかに有効 にマネジメントされているかを明らかにすること、プログラムの目的ないしは更に広い NIST の目的に向かっての進歩の度 合いを測ることである。したがって技術的作業の量と質、関係者との相互影響の程度、関係者の満足の程度、技術的成果 の量と多様性、およびその他の一般的な産業上の影響の尺度などの様々な指標が考慮される。 これに対して経済効果の評価では、NIST の研究および関連サービスによって直接に影響される企業体内の財務的お よび戦略的諸変数の変化のみを取り上げる [2]。したがって対象範囲はより狭く、むしろ全体的なプログラム評価の一部と なるものである。経済効果の評価は一般に終了後または進行中のプロジェクトを対象に行われる。これらは何らかのプロジ ェクト選定の過程を経て助成が決まったものであるから、この評価によって新しい研究分野が見出されたり、標準的なプロ ジェクト選定方法が変更されたりすることはないが、プログラムの計画に役立つことは少なくない。 4.1.1.2. 経済効果を評価する理由 NIST の研究室が経済効果の評価を行なうことには少なくとも2つの理由がある。すなわち、 ●説明責任を確実にし、価値を立証すること ●全体的なマネジメントの有効性を向上させること 4.1.1.2.1 公的な説明責任と価値の証拠書類提出 NIST の研究には公的資金が投入されているから、NIST にも他の省庁と同じく公的資源利用の効率に関して説明責任 がある [3]。政策的な発議の最近の傾向として、公的資源の効率的な利用に対する関心がますます高まっており、契約に おける競争法(Competition in Contracting Act, 1984 年、一般法 98-369 号)、首席財務官法(Chief Financial Officers Act, 1990 年、一般法 101-576 号)、政府業績成果法(Government Performance and Results Act, 1993 年、一般法 103-62 号) などはこの説明責任問題を契機として成立したものである [4]。 またプロジェクト管理者は当然ながら自らの研究を擁護したがるものである。管理者もその下で働く研究者も、結果や技 術的進歩を毎日見ていれば、このプロジェクトには価値があると直感的に思うようになっても不思議ではない。しかしそのよ うな考えの当否はともかく、それを他人へ伝達したり他人を説得したりすることは容易でない。さらに内部での有効性評価基 準が、プロジェクトの有効性についていわば最終決定権を持っている政策担当者の基準と食い違うことも珍しくない。 たとえば政策や予算を検討する者から、プロジェクトが有効と考える理由を尋ねられたプロジェクト管理者は多くの場合、 技術的成果を列挙したり、あるいは単に散発的な成功例を示したりするなど、何らかの活動に関する指標を挙げるが [5]、 そうした情報は、無用ではないにせよ、経済効果の広がりや大きさを正確に示すものではあり得ない。しかし政策担当者に とってはこれこそが最低限必要な数値指標なのである。 体系的な経済効果の評価を通じて価値を立証し、それによって説明責任の問題により的確に対処することができる。将 来の NIST の予算は、経済効果の実証に、ますます依存することになろう。 4.1.1.2.2 研究マネジメントの強化 経済効果の評価の結果から、全体的なマネジメントの効率や戦略的な企画立案を改善するのに有用な情報が得られる。そのよ うな評価の所見から、プログラムの利害関係者(産業界など)にとって最も有用な研究の効果(outcomes)を判定することや、これら の研究結果のより十全な利用を妨げる要因を知ることができる。あるいは経営管理者がその予測効果の信頼性を高めるのに利用 することもできる。これは戦略的企画立案にとって重要であるばかりでなく、予算編成のためにも基本的な事柄である。 57 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 評価から得られた情報は、また、NIST の研究が最も有効に働くような企業のタイプ、技術ライフサイクルの段階(例えば、 商品化、急成長、成熟)、若しくは経済活動の状態(例えば、研究開発、生産、マーケティング)を知るにも有用である。この ような知見は戦略的な企画立案に対する重要な寄与となる。 4.1.1.3 指針の概要 以下では経済効果の評価を実施するために必要な認知・調査の手順を段階的に説明する。コンサルタントの視点から 書かれており、書式や内容は大部分コンサルタントの関心で決められている。これは NIST の技術管理者に評価に参加 する際の条件をよりよく理解させ、また有能なコンサルタントを選任する一助とするためである。 ただしこのような記述方法は、経済効果の評価をマニュアル的に行うことを勧めるためのものではない。あらゆるプロジェ クト評価に適用できるテンプレートのようなものは存在しない。むしろ経済効果の評価は芸術と科学の混合物である。芸術 的な部分とは、利用できる技術や方法を、特定のプロジェクトやそのデータに適合するように創造的に使用することである。 評価の標準的な方法はいろいろあるが、定形的に行えるケースは少なく、実際には評価法の適用に関する判断や、全体と しては標準化できないような調査計画の考案が絶えず要求されるものである。また有効な回答率を得るためにデータ収集 法に工夫を要することも多い。これに対して、評価の科学的部分は2つの重要な部分に関わっている。すなわち調査票の 設計と、データの解析・結果の表示のための種々の手法である。 ■ 4.1.2 経済効果の評価の実施方法 4.1.2.1 評価研究の利害関係者を理解する コンサルタントの最初の質問は「何のために評価調査を行うか」である。この質問の目的は、評価結果に偏りを持たせたり、 プログラム管理者、プロジェクト管理者あるいは研究者に特別の光を当てたりすることではない。重要なことは、プロジェクト 設定時に意図されていた効果、最終報告書の読者にとって重要な情報が何かを明示するために、評価の目的ないし必要 性を明確に理解しておくことである。 利害関係者集団の一つはプロジェクトの管理者である。この場合の目的の一つは、検討しようとするプロジェクトがプログ ラム全体の目的にどのように関係しているか、あるいはそれから生ずる経済効果の種類や程度が他のプロジェクトに比べて どうかの理解を深めることである。管理者にとってこのような情報は、当該プロジェクトおよびそれが関わるプロジェクト群の マネジメント一般のために有益であろう。また上位レベルでの評価の一部として検討を求められる場合もあるが、その場合 もより広いプログラムの目的に対する当該プロジェクトの寄与が問題となろう。別の利害関係者として、技術インフラストラク チャー政策を監督している執行部門の政策担当者がある。その中には商務省内の NIST より上位のレベルや大統領府 (行政管理予算局 (OMB)、科学技術政策局 (OSTP)、経済諮問委員会 (CEA)、国民経済委員会 (NEC) に所属する者、 あるいは議会において予算案審議に関わり、種々の役割やその後の支出承認にも影響力を持つ政策担当者も含まれる。 コンサルタントにとって、関係者を具体的に知ることは最終報告書を誰が読むのかを理解する助けになることが多い。プ ロジェクトの研究者が評価報告書を読めば、多くの場合まず技術的な細部に注目し、それに基づいて妥当性や有用性の 判断を下すものである。これに対してプロジェクト管理者は資源配分を効率化するために役立つ情報をまず探すであろうし、 研究室長は研究の消費者(産業界など)に対してプロジェクトの価値を総括して示すのに利用できる情報を求めるであろう。 NIST 所長は概観的な統計数字とそれを支持する事例によって、商務省や議会の関係者に対して一般化した説明を与え ることを望むであろうし、NIST 以外の政策担当者は資源配分の方法や実現された経済的利益についての、十分な裏づけ があり読みやすい説明を期待するであろう。このように見れば、最終的な評価報告書において技術的細部をどの程度強調 するかは、主眼とする対象読者によって異なることは明らかである。 以上述べたことは、評価報告書の読者が多様であり、それぞれに異なった情報を求めていることを強調するための一般 的な記述である。これから知られるように、コンサルタントは評価の利害関係者が誰であり、どのように結果を利用しようとし ているかを知ることが必要である。 58 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 評価の目的と必要性についてだけでなく、評価のために必要な資源や時間についてもコンサルタントと利害関係者の見 解は大筋で一致していなければならない。コンサルタントへの報酬がコストの一部であることはいうまでもないが、内部の資 源(主としてスタッフの作業時間)も評価作業を助けるために消費されざるを得ない。コンサルタントは作業を進めるなかで、 時に応じて当該プロジェクト内部の各レベルの人物の助力を必要とする。この指針では部内の人間を「プロジェクトリエゾ ン」と呼ぶ。プロジェクトリエゾンに対しては次のことが要求される。 ◆プロジェクト実施に関連する費用を記録に基づいて時系列的に整理すること ◆プロジェクトの沿革と範囲、技術的成果、成果の利用者(特定の産業あるいは企業群など)、成果の利用状況につい ての問い合わせや調査に応じられる主要な人物やグループに関して、具体的な背景情報を提供すること 研究プロジェクトの技術的成果については E.2 項で詳述する。成果は明確に定義され、範囲が明確であり、かつ NIST の研究に直接関係するものでなければならない。成果の定義が曖昧で(たとえば基礎知識などについてのみ記述されてい る)、経済的効果との結びつきが不明瞭であれば、評価の有効性が著しく減殺されてしまう。NIST の研究で得られた基礎 知識は通常は具体的に規定できる技術的成果を伴い、それはデータベース、試験方法、較正サービス、生産工程モデル、 規格などの形で具体化される。このような成果は NIST の枠を超えて経済効果を持つ。 また F.2 項で述べるように、プロジェクトの技術的成果の利用者や経済効果に関する情報のゲートキーパーとなり得る 人物を知ることも、評価の成功にとって不可欠である。これらの人物とコンサルタントが有意義な接触を持てるようにするた めには、ほとんどの場合まずプロジェクトリエゾンが紹介の労を取らなければならないであろう。これはおそらくプロジェクトリ エゾンの参画の最も重要な活動であって、時間がかかることもある。 一例を挙げると、電気電子工学研究室の電力較正サービスに関連する経済効果の評価に際して、プロジェクトリエゾン が関連業界各社の関係者の氏名を提供した [6]。これがなければ、各電力計メーカーから参画を要請すべき人物を探し 出すために相当の努力が必要であったろうし、そのような人物が見つからない場合もあったと思われる。 評価研究の時間枠に関しては、プログラム管理者が自身およびプログラムリエゾンに要求される作業量を過小評価して しまうことが珍しくない。多くの場合、最終評価の完了日は初期段階が終わってから設定するのが現実的である。NIST プ ロジェクトの評価に関する過去の経験によれば、初期段階にはプロジェクトリエゾンの作業時間として約1週間が必要である。 プロジェクトリエゾンは他の研究プロジェクトでも重要な存在であるから、この1週間の作業は実際には数ヶ月にわたって散 発的に行われることになるのが普通である。このような場合、コンサルタントは必要なデータを直接に取得しなければならな い場合もあり、そのことは更にコストを高め終了を遅らせる結果となる。プロジェクトリエゾンの作業時間を確保するためには、 プロジェクトの目的とその完了期日について上級管理者が関与を明確にしなければならない。 4.1.2.2 対象となる研究プロジェクト集団を確定する これまでの議論では、対象となる研究プロジェクトは確定していることを前提としていたが、その確定に至る過程も重要な 問題を提起する。すなわち、プロジェクト管理者およびプロジェクトリエゾンが評価に費やさなければならない労力をどの程 度に見るかが、候補プロジェクトの選定に影響するのである。「評価可能なプロジェクト群」は、概ね、歴史的(終了した)プロ ジェクト、進行中のプロジェクト及び計画中のプロジェクトの三つに分類できる。 歴史的プロジェクトは既に完了したプロジェクトであり、したがってその経済的成果やコストも、少なくとも理論上は知るこ とができる。進行中のプロジェクトは文字通り進行中であるから、成果やコストが判明するのは将来のことであるが、外挿そ の他の予測手法によって推定できる可能性がある。計画中のプロジェクトは、予算が推定できる場合もできない場合もある が、いずれにしても記録を参照できるような結果は存在しない。経済効果の評価はこれらのいずれに対しても行なうことが できるが、それぞれについて得失を考慮しなければならない。 ◆歴史的プロジェクト 評価対象に歴史的プロジェクトを選ぶ利点は、すべての成果とコストが理論上は既知であることである。プロジェクトが終 了しているから、そのプロジェクトの成果の利用者がその重要性を論ずることは可能である。一方、歴史的プロジェクトを選 ぶことによる問題点としては、組織内部の記憶や記録の一部が失われている可能性があることが挙げられる。またそのプロ 59 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ジェクトが同じプログラム内で現在行われているプロジェクトのタイプをもはや代表しなくなっている場合もあり得る(このこと は、プロジェクト評価の結果を他のプロジェクトに外挿しようとするときに問題となる)。 ◆進行中のプロジェクト 進行中のプロジェクトには長期間継続しているものも、最近始まったばかりのものもある。進行中のプロジェクトを評価対 象とすれば、歴史的プロジェクトの場合の一つの問題点、すなわち効果に関するデータの消失の危険は避けられるが、一 方では成果やコストが現時点では未知であるという不利がある。しかし、プロジェクトの性質にもよるが、将来の成果やコスト をある程度の信頼性をもって推定できる場合も少なくない。また進行中のプロジェクトが長期にわたるプロジェクトの継続で ある場合には、データの収集に関して歴史的プロジェクトと同様な問題が生ずることもある。そのような場合にはプロジェクト を特定の期間にわたるサブプロジェクトに分割して考えるのがよい。 経済効果の評価を研究プロジェクト自体と同時に計画・実施し、プロジェクトの全期間を通じて経済効果のデータを収集 できれば理想的である。データはリアルタイムで収集するのが最も効率的であるから、この戦略は望ましいものであるが、資 金配分や優先順位が歴史的プロジェクトに偏るため、実現できないことが多い。また NIST の研究プロジェクトは数が多く、 かつ数年以上にわたって継続するのが普通であるため、評価対象プロジェクトを予め選定しておくのは困難である。すなわ ち、あるプログラムの範囲に属するプロジェクトがかなり多数あり、その多くが5~7年程度継続することを考えると、リアルタ イムでのデータ収集を事前に計画することは控えめに言っても問題がある。この問題に対する部分的な対策として、この指 針では研究プロジェクトの進行中に発生する経済効果のデータを認識し、その発生源に注目する必要性について NIST の管理者の意識を高めることを目的の一つとしている。この点で管理者が積極的な姿勢をとれば、経済効果研究の質の向 上や評価件数の増加に大いに有効である。 ◆計画中のプロジェクト 計画中のプロジェクトは戦略的な企画立案のカテゴリーに属し、歴史的または進行中のプロジェクトとはやや異なった視 点から見る必要がある。たとえば計画中のプロジェクトの影響の予測に先立って、そのための変数値の選択に経験的な基 礎を提供するものとして、いくつかの完了したプロジェクトの評価を行なうべき場合がある [7]。 4.1.2.3 プロジェクトの選定基準の作成 候補プロジェクトの選定の際にコンサルタントが重視する基準は、評価の目的によって多少異なる。主な基準として、少 なくとも次の3つ、実施可能性、代表性及び記述可能性がある。 ◆実施可能性 この基準はおそらく最も重要なものである。第一に、上の B で述べたように、プロジェクトに関する必要な情報が入手可 能でなければならず、そのためにはプロジェクトの成果の利用者が同定可能であるばかりでなく、適切な時点で接触できな ければならない。 第二に、利用者集団の範囲も考慮する必要がある。NIST のプロジェクトには多数の業種に影響するものがあり、そのような場 合には評価に必要な資源が豊富に得られることがある。さらにデータベースの開発や基本規格の制定を通じて複数の業種に及 ぼされる影響が間接的に更に多くの業種ないし二次的規格に波及することもある。このようなインフラストラクチャー的な研究は多 岐にわたる経済効果を生み出すが、それらの評価は極めて困難である。というのは、複数の利用者集団を特定し調査しなければ ならず、また二次的・三次的利用者による付加価値を分離しなければ NIST の影響は推定できないからである。 評価対象の NIST プロジェクトが、研究と同時に発生する業界の投資に関して明確に定義されるような影響を持つ場合 には評価は容易である。インフラストラクチャーの寄与が単一の業種(例えば光ファイバー)の単一の段階(たとえば生産) のみを目指している場合には、このような状態が比較的容易に達成される。これに対して複数の業種が関与し、その中に 公共部門が含まれるような場合(たとえば電力・エネルギー較正サービス)には、「行政上の効率」といった投資以外の影響 が発生するため、評価は難しくなる。 60 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆代表性 経済効果の評価の結果を、同一プログラム内の他のプロジェクトへ一般化することを予定しているならば、候補プロジェク トが他の進行中のプロジェクトないし実施予定のプロジェクトを代表していることが必要である [8]。この代表性の尺度として 次のようなものがある。 ○プロジェクトの目標とする技術インフラストラクチャーの種類と範囲(たとえば測定データ、試験方法、較正サービス、基 本規格の制定など)[9] ○プロジェクトの状態(歴史的か進行中か) ○プロジェクトの規模、予算 ○プロジェクトの成果を利用する(と予想される)業種 ◆記述可能性 実行可能かつ代表的なプロジェクトが選ばれたとしても、さらに評価報告書の読者を考慮しなければならない。NIST 長 官の関与、あるいは議会ないし他省庁の政治的雰囲気などの理由で報告書が注目を集める可能性があるならば、プロジェ クトの記述可能性、すなわち専門家でない広範な読者に分かりやすく説明して重要性を認識させることが可能なプロジェク トであるかどうかを考慮することが必須である。 たとえば光ファイバーのインフラストラクチャーに関するプロジェクトは、電気泳動に関するプロジェクトよりも、様々な分野 の広範な読者に理解されやすいであろう [10]。半導体チップ上の導体から周囲の絶縁体への金属原子の移動速度を測 定する、といった概念を理解させることに比べれば、ファイバー自体を図示し、コアの直径、真円度、信号損失率などの測 定の問題も可視的に表現して理解を得ることは比較的容易である。 4.1.2.4 候補プロジェクトの選定 上記の基準は様々の要因、たとえば既に終了している評価研究の数と種類、組織単位内のプロジェクトの多様性などによ って、各々異なった重みを持つのが普通である。また経済効果評価の利用方法によって、種々の行政レベルの種々の人 物が評価対象プロジェクトの選定に関わってくるであろう。プロジェクトが最終的に選定されたら、それに至る過程の概要を 文書化し、その文書またはその要約を評価報告書に含めるべきである。この文書を作成するときは一般にコンサルタントも 参加することが望ましい。 4.1.2.5 プロジェクトの歴史的展望の記述 この段階で、コンサルタントはプロジェクトリエゾンとの密接な協力のもとにプロジェクトの歴史的展望をまとめる。この概観 はプロジェクト選定過程の記録と並んで、最終報告書の重要な一部となる。 ◆プロジェクトの時間的経過 歴史的展望にはプロジェクトの歴史についての背景情報として、次のような事項を含めなければならない。 ○プロジェクトを創始した動機 ○対象となる業種、予想される効果 ○プロジェクトの支援に利用される歴史的資源 ◆プロジェクトの技術的成果 研究プロジェクトの技術的成果を記述することは、プロジェクトに密接に関与し、技術的知識自体を最初の有意義な成果とし て見る訓練を受けている科学者・技術者にとっては当然容易なことである。しかしコンサルタントは必ずしも理工系の人間では なく、むしろ経済評価の受け手にわかりやすい説明を書くことを重視するであろうし、場合によっては評価の遂行のためにもそ のような説明を必要とするであろう。技術的成果のそのような具体的カテゴリーとしては次のようなものが考えられる。 61 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ○測定データ、 ○較正サービス、 ○試験方法、 ○基本規格の制定 このような広いカテゴリーを用いれば、専門家でない読者も大部分は研究成果を有意義に把握できる。しかしながら実際 の評価においては上記のカテゴリーより少なくとも1レベル下のサブカテゴリーに焦点を合わせる必要があるのが普通であ る。政府の研究者も、研究プロジェクトの成果の産業界の利用者も、このレベルの詳細さと複雑さには抵抗を感じないはず であり、両者はコンサルタントと協力して技術的成果と経済的効果や便益(F.2 で後述する)を照合しなければならない。こ の照合が完成すれば、コンサルタントはその結果をより一般的なレベルにまとめて最終報告書を作成することができる。 一例を挙げると、NIST の電気電子工学研究室における光ファイバー工業規格の経済効果を評価する際には、規格の 制定のみを技術的成果とするのは不十分であり、1981~1992 年(この研究が実施された期間)に NIST の影響下で定め られた EIA の光ファイバー試験方法 22 種の各々を光ファイバーの特性と照合する必要があった (11)。更に産業界の専 門家に依頼して、実現した経済的利益全体をこれらの規格に割り振った。同研究室による電気泳動の研究の米国半導体 産業への経済的影響を評価する際にも、国内半導体メーカーのコスト削減による直接的な効果に加えて、試験システムメ ーカーへの間接的な利益も検討されている (12)。 ◆現在および将来の利用者 プロジェクトの歴史的展望には、プロジェクトの成果の利用者の分類、およびそのカテゴリーの各々について接触可能な 人物の氏名を含めなければならない。そのような現在および将来の利用者のカテゴリーとしては次のものがある。 ○産業界の利用者のカテゴリー(国内、国際) ○NIST 内部の利用者グループ(あるプロジェクトの成果が NIST 内の他のプロジェクトの出発点となる場合) ○公共部門の利用者(国内、国際) またプロジェクトリエゾンはコンサルタントがプロジェクトの成果の共同提供者を見出す作業を支援する必要がある。たと えば NIST 以外の組織(他の国立研究所など)が類似の研究を行っている場合などがこれに当たる。NIST の研究に関係 する便益を数量化しようとするとき、この種の情報が重要になる。 以上3つのグループは第1レベルの利用者であり、産業界の利用者は特に重要である。これらの利用者の提供する物財 およびサービスの消費者もプロジェクトの成果の受益者であることは F.2 で後述するとおりである。 この歴史的展望は NIST 内の適当な人物に配布してコメントを求めるのがよい。この段階で内部の見解を聞くことは、情 報を文書記録で裏づけるという点で正確さが保証されるだけでなく、NIST 内外の成果利用者のカテゴリーの適切さについ て意見や建設的コメントが得られる点でも有益である。プロジェクトが進行中で、コンサルタントが将来予想される成果の利 用について記述しなければならない場合には、これらが特に重要である。 4.1.2.6 経済効果評価の戦略の決定 この段階ではコンサルタントは、経済効果の評価の戦略の一部として、経済的便益および関連するコスト要因の範囲を確 定する作業に着手する。この段階でのコンサルタントの決定は、プロジェクトリエゾンから提供された情報に大きく影響され るが、以後の評価の方法論と収集すべき定性的・定量的情報の範囲とを決定するので、これは極めて重要な段階である。 4.1.2.6.1 費用要因の確定 経済効果の評価で考慮される可視的(測定可能)なコストには、直接費用と間接費用がある。一般に直接費用とは NIST において発生したもの、間接費用とは研究成果の実施に際して産業界で発生したものを言う。換言すれば、直接費用は公 共部門の、間接費用は民間部門のコストである。コストはすべて現金ベースで計算することが望ましい。すなわち経済効果 の評価に関係するコストは実際に発生したコストであって、現在生じてはいても将来まで実際に支払われないコストは含ま れない。 62 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆直接費用 コンサルタントが関心を持つコスト(歴史的展望の一部としてプロジェクトリエゾンによって収集されているものと期待され る)は、評価対象プロジェクトのために費やされた NIST の資源すべてを年度別に集計したもので、研究開発費、設備費、 保守費、完全に計算した人件費を含む [13]。研究プロジェクトによっては他機関の資源をも利用しており、これも関連ある コストとして計上すべきであるが、その場合も NIST と他機関のコストを分離しておくのが便利である。 研究プロジェクトの成果の一つの形として有料のサービスがある。このようなサービスを提供するために NIST が支出し た金額をプロジェクトの直接費用に含めるかどうかは、サービスの性質如何による。これを含めないならば、利用者の支払う 対価が便益を完全に表現しているものと暗黙裡に仮定することになる(この仮定が正しいかどうかは別問題である)。これを 考慮するとすれば、産業界の便益に含めることになる。いずれにせよ有料サービスを立ち上げるために NIST が支出した 設備費は考慮しなければならない。徴収した料金の一部をプロジェクトないし他のプログラムに割り戻すこともしばしばある が、その場合は次世代の研究費に繰り込まれることになるので、その分を NIST の経費から差し引く必要がある。 これらの直接費用要素はプロジェクトリエゾンによって収集されていると仮定してよいであろう。電気電子工学研究室によ る電力・エネルギー較正サービスや、コンピュータシステム研究室による SQL (Structured Query Language) データベース 言語の適合性試験プログラムの場合には実際そうであった。電力・エネルギー較正プロジェクトでは 1994 年度の経費予算 は約 23 万ドルであったが、そのうち 15 万ドルは電力・エネルギー計器の較正の対価として産業界から徴収されたもので、 NIST の純支出として計上されたのは8万ドルのみであった(年間収益と比較すべきはこの数字である)[14]。同様に SQL 試験プログラムの評価の場合も、収集された費用データの一部は同プログラムの販売収入で相殺された [15]。 ◆ 間接費用 間接費用には、いわゆる「プッシュ型コスト」と「プル型コスト」の2つの重要なカテゴリーがある。ある種のプロジェクトにお いては、成果を産業界に移転(プッシュ)するときに費用が発生する。たとえば技術的知見を文書にまとめて会議などで配 布するための費用、あるいはコンソーシアム、規格委員会その他の手段による正規の技術移転プログラムの運営の費用な どである。これらのコストが存在するならば、コンサルタントはその推定額を必要とする。 一方、利用者がプロジェクトの成果を探索・取得・実施(プル)する過程でコストを発生させる場合もある。この場合は利用 者が得た利益の推定額からコストを差し引く必要がある。たとえば製造工学研究室のリアルタイム制御システム・アーキテク チャの研究の場合は、この技術の利用者がそれぞれの具体的目的への適合のために6年間にわたって相当の資源を費や したことが判明した [16]。その支出があった後にはじめて利益が実現できたのである。 4.1.2.6.2 便益の範囲の確定 研究プロジェクトの歴史的展望によって、現在の、または将来に期待される技術的成果が知られたならば、それらが産業 界に及ぼす経済的影響の推定を開始する。最初に広範囲に影響を及ぼす一般的な利益を取り上げる。このような利益の 範囲をデータ収集以前に知って十分な情報を得ておくことは重要である。コンサルタントが考慮しなければならない、一般 的でなおかつ定量化可能な経済効果のカテゴリーとしては、生産性、品質、上市までの時間、市場シェア及び取引コストが 挙げられる。[17]。NIST の研究の技術的成果が経済的利益を生み出す経路としては次のようなものが考えられる。 ◆製造収率の向上、または研究費・製造費の低減で測られる、生産性の向上 たとえば ISDN 回線の適合性試験方法の開発およびその規格に基づく実施契約におけるコンピュータ工学研究室の役割 の評価において、ISDN 回線の利用者は通信費の削減を通じて年間生産性を 20%向上させたことが明らかにされた [18]。 ◆製品の性能と信頼性の向上または属性の変動の減少による、製品品質の向上 たとえば物理学研究室による自動スペクトル較正設備(FASCAL 研究室)の運転と維持の評価において、測定装置・照明 設備・写真装置メーカーから得た定性的情報により、NIST のスペクトル放射照度規格が存在しなければ製品の安定性が 低下したであろうことが照明された [19]。 63 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆研究開発の短縮による製品の上市までの期間の短縮 たとえば電気電子工学研究室による電気泳動のキャラクタリゼーションの研究プログラムの評価では、国内半導体メーカー が NIST の研究結果を利用することで研究開発の期間短縮と効率化を実現し、それによる利益は 1991 年度で約 410 万ド ルに上ると報告されている [20]。 ◆生産性向上、品質向上または上市期間短縮による市場(特に世界市場)シェアの拡大 たとえば製造工学研究室によるソフトウェアエラー補償技術の実施可能性の実証の評価では、座標測定機 (CMM) メーカ ーは製品の上市期間が2~5年短縮されたと報告している。これによる生産性向上を金額に換算すると、1985~1995 年の 期間におよそ 7900 万ドルとなる [21]。 ◆受け入れ試験方法を通じての企業と顧客との取引コストの低減 たとえば SQL データベース言語の適合性試験プログラムの開発におけるコンピュータシステム研究室の役割評価では、 納入に関する顧客とのトラブルに費やす時間が年平均 2.5 日減少したと SQL メーカーは報告している [22]。 プロジェクトリエゾンは研究成果の利用者とコンサルタントの仲介役であるから、コンサルタントが定量化しようとしている 経済効果の幅の広さを理解していることが必要であり、研究成果を伝達するのに役立つような経済的な視点を持つことを 習得しなければならない。 利益のカテゴリーはレベルで表すことができる。たとえば上に挙げた例での利益のカテゴリーは、プロジェクトの成果を直 接に工業利用したことで得られる利益という意味で「第1レベル」の利益と呼ぶ。第2第3のレベルも理解および可能ならば 定量化のために等しく重要である。第2レベルの利益とは、技術インフラストラクチャーの第1レベルの利用者が提供する物 財・サービスの利用者が受ける利益であり、第3レベルも同様に定義される。評価においてはできるだけ多くのレベルの特 徴を捉えようとするのが普通であるが、定量化の対象には一定の限界が定められる。すなわち実際問題としては第1レベル 以外が考慮されることはほとんどない。その理由の一つは調査範囲を拡大するのに費用がかかることであるが、一層重要 なのは、第1レベルを超えるとプロジェクトの寄与分を分離するのが多くの場合困難なことである [21]。 4.1.2.7 経済効果評価の方法の選定 コンサルタントはデータ収集の方法を確定する前に、使用する評価方法を選定する。プロジェクトリエゾンは将来、評価につ いて第三者から質問を受ける可能性があるので、種々の評価方法に対するコンサルタントの考え方を知っておく必要がある。 ◆評価方法選定の指針 評価方法の選択には種々の既存の評価指針が考慮される。具体的には下記のような諸基準が考慮の対象となる。 ○適切性、 ○反復可能性、 ○結果への着目、○較可能性 適切性とは、評価者の間で認められている方法であるばかりでなく、プロジェクトの目的・期間・性質や資源上の制約にも 適合する方法であることを意味する。反復可能性とは、将来別のコンサルタントが評価を改訂することができ、その際に新 旧の評価結果が比較できるようでなければならないという意味である。結果への着目とは、研究プロジェクトの成果が利用 者に及ぼす影響と、その成果を得るために NIST が使用した手段とを明確に区別できるような評価方法を意味する。最後 に、評価方法は複数の研究プロジェクト(他機関のプロジェクトを含めて)との比較が可能であるような計量的方法に基づか なければならない。 ◆ 代替的な評価方法 経済効果の評価に最も普通に使用されている方法は、便益費用分析と内部収益率分析である。以下に述べるように、両 64 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 方法は互いに関係があり、場合によっては両方の分析を行うこともある。付録 A.1 に数値を用いてそれぞれの例を示した。 ここでは両者の経済学的解釈を略述する。 ○便益費用分析 これは名称から分かるように、プロジェクトで得られた便益と、そのプロジェクトを実施するための費用(すなわち便益を 得るために要した費用)とを比較する方法である。経済効果の評価では、便益はプロジェクトの成果の利用者が得た利 益を金額で表して計算する。費用は前述したように直接費用と間接費用の合計である [24]。便益と費用は発生時点が 異なり、通常は便益の実現以前に費用が発生するので、比較は現在の貨幣価値を用いて行う [25]。 便益費用分析の最終結果は、便益と費用との比、したがって無次元数である。比が 1 より大きければ、現在価値で 比較して便益が費用を上回っていることになる。しかしコンサルタントは、単に 1 より大きい比が得られただけで満足し ないことをプロジェクトリエゾンに求めるであろう。外部の利害関係者に対してはこの数字だけで十分な場合も多いが、総 合的な研究マネジメントの改善のためには、便益がどのような分野に生ずるかを理解していなければならない。 ○内部収益率分析 内部収益率 (Internal Rate of Return, IRR) は一般的に認められている評価指標であって、便益対費用の比 1 に対 する割引率と定義される [26}。この割引率は「社会的収益率」「流出収益率」などと呼ばれることもあり [27]、公的資金の 投下によって社会が受ける便益の指標としてしばしば用いられている。内部収益率の値が高いほど、社会が受ける純便 益は大きい。 4.1.2.8 経済評価の実施 費用と便益の計測に関わる諸要因を見定めた上で、必要な経済的データの収集・分析を行い、結果を最終報告書にま とめる。 ◆ 費用の考察 費用の側では、プロジェクトリエゾンから提供された直接費用のデータを検討する。これはプロジェクトリエゾンが相当の 注意を払ったことを疑うためではなく、NIST で発生したコストがすべて含められており、かつ他の影響評価と同じ基準で定 義・収集されていることを確認するためである。プロジェクトリエゾンの情報源が経理部門である場合には、対象プロジェクト への直接のインプットとなった基本原理の確立に関わるコストが考慮されていなかったり、経費に人件費を完全に割り振っ ていなかったり、あるいは成果を産業界に移転するためのプッシュ型コストを見落としていたりすることがある。コンサルタン トが費用データの確認のために業界と接触することもある。コンサルタントは NIST の経理の専門家ではないが、評価に含 めるべき直接費用のカテゴリーに関しては専門的見識を持たなければならない。 ◆ 便益の考察 便益の側では、プロジェクトを概観する際に経済的便益を生ずる可能性のある分野がすべて見出されていることを確認する 必要がある。この段階ではプロジェクトリエゾンの協力や、さらにはその他の関係集団の関与が必要なこともある。これらの分野 が十分理解されていることを確認するために、プロジェクト関係者との多数の会談を必要とすることもある。これに続いて、関係 業界の何人かの代表的な人物の氏名を確認し電話インタビューを行う。インタビューの目的は次の4つである。 ○NIST が見出した受益分野を確認すること ○評価において考慮すべき他の第1レベルの受益分野があるかどうかを判定すること ○第2レベルの利用者が実現する第2レベルの便益として可能性のあるものを見出すこと ○調査の試行に参加できる人物を探すこと これらの情報に基づいて、プロジェクトの成果の経済的利益を定性的・定量的に明らかにするための調査票を作成する。 このような調査の目的はどのプロジェクトでも余り変わらないが、質問の形式や質問方法はプロジェクトによって異なる[28]。 65 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆ データ収集の手順 プロジェクトの成果の産業界での利用者の氏名とアドレスを見出すのはプロジェクトリエゾンの仕事となるであろう。そのた めの手段としては NIST の連絡先ファイル、会議やワークショップの参加者名簿、学協会の会員名簿などがある。 この段階は評価の中でも極めて重要であり、プロジェクトリエゾンは多くの時間を費やさなければならない。リストが完成し たらコンサルタントはプロジェクトリエゾンの協力を得て接触すべき代表的人物を選定する。評価の目的を説明し、調査へ の協力を求めるのはコンサルタントの仕事であるが、回答の督促などにプロジェクトリエゾンの助力も必要である。このような 調査による産業界との接触は、NIST の管理者層にとって経済効果が難であるかを知り、他の調査においてリアルタイムで データを収集するための参考となる点で有用である。 調査票はプロジェクトによって異なる。技術的成果がどのようなものかに従って、調査の重点は次のいずれかになるであろう。 ○取引コストの低減(規格の情報などにより、市場で売主と買主が交渉するコストを低減する) たとえばスペクトル照度規格の評価では装置メーカーに対して次のような質問がなされた [29]。 ・ 貴社製品の精度に関して顧客と対立することは年におよそ何回ありますか。 ・ その回数は NIST のスペクトル照度規格がなかった場合より少ないと思いますか。 ・ 少ないと考えられる場合、国家規格に準拠しない製品の販売の経験からみて、FASCAL 研究室がなかった場 合の対立は何回くらいになると思いますか。 ・ 貴社の年間人件費はすべてを合算しておよそどの程度の額ですか。 ○研究開発の効率(材料のキャラクタリゼーション、測定方法、科学的・工学的データなど) たとえば電気泳動プロジェクトに関しては、半導体メーカーに対して次のような質問がなされた [30]。 NIST の電気泳動研究プログラムの成果によって達成された貴社のコスト削減(時間の節約、研究開発の効率化、生 産費の削減など)はおよそどの程度の額になりますか。上記のコスト削減とは別に、NIST の研究プログラムが全体として、 新製品への刺激、新プロセスのアイディアなどを通じて貴社の研究開発目標に影響し、それによって競争力が向上した 事例がありますか。あれば説明してください。 ○生産コストの削減(試験方法、基本技術の公開などによる) たとえば電力・エネルギー較正サービスの評価では、国内の標準電力計メーカーに対して次のような自由回答式の質 問がなされた [31]。 NIST によれば、積算電力計の正確度は 1960~1986 年には 0.05% であったのに対して 1986 年以降は 0.005% へと 向上しています。この正確度向上によって貴社および貴社の顧客が受けた利益を説明し数値化してください。 調査は調査票の郵送でも電話でも行うことができ、両者を併用することもある。たとえば ISDN への NIST の支援の経 済評価の場合には、まず学会会場で面接を行って一般的な背景情報を得るとともに評価への参加者を募り、応募者に対 して郵送で調査を実施した後、さらに電話によるフォローアップを行った [32]。 4.1.2.9 評価の知見の表現と解釈 コンサルタントは報告書の草案を作成して NIST 内の関係部署に回覧する。この文書は非専門家にもプロジェクトにつ いて「一般的」な理解ができ、かつ考えられる経済効果すべてにわたるカテゴリーが考慮されていることがわかるように、明 快に記述することが重要である。 すべての便益分野を定量化することはしばしば不可能であるが、定性的に評価することは通常可能である。専門家でな い読者は便益のすべての面を定量化したと称する報告には不信感を持つものであり、定性的評価を含むプレゼンテーショ ンの方が却って分析全体の信用を高めることが少なくない。定量的情報を用いた場合には、定量的結論を得るために用い られなかった便益分野も存在するため、利益の推定値は最小限の値であることを述べる。たとえば Advanced Technology 66 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 Program の支援を受けたいくつかのプログラムで進行中のプロジェクトを評価したときは、収集・報告に最も適した便益は 定性的な性質のものであった [33]。 コンサルタントの報告書には評価方法およびこれに関連した所見が強調されるであろうが、そのような定量的所見の解釈 には注意が必要である。便益費用比を強調したとすると、その数値は類似のプロジェクト評価と切り離した場合、測定され た利益が関連する費用より大きいか小さいか、大きければどの程度大きいかを意味するだけである。 内部収益率を強調した場合は、これが投資利益率とは異なることを理解することが重要である。内部収益率は許される 最小の収益率と比較すべきものである。もし内部収益率の推定値がこの最小値より大きければ、事後的に見て価値ある投 資であったと結論される。このような解釈の問題は付録 A で論ずる。 67 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.4. 米国商務省 NIST における経済効果分析法の検討事例 1.4.2. ハイビジョン TV 共同技術開発事業の経済効果分析事例 (財)政策科学研究所 川島 啓、伊東 慶四郎 ■概 要 1995 年、米国 ATP(Advanced Technology Program)は高解像度テレビジョン(HDTV)のジョイントベンチャープロジェクト に資金援助を行った。テレビジョン技術に秀でた研究開発企業である Sarnoff 社は9つの企業によるジョイントベンチャーを 立ち上げ、ATP の評価を受けるためにデジタルスタジオに関する新技術の経済性分析を行った。プロジェクトがもたらす技 術革新は、ほとんどの放送局におけるデジタルテレビジョン放送の信号変換費用を大幅に削減し、さらにデジタルスタジオ 技術の導入を促進させるものであった。 ジョイントベンチャーの大きな成果は二つあった。ひとつは、デジタル放送の信号圧縮システムとそれがもたらすより効率 的な送信機器の運用である。これらの技術は順次商用化され、テレビ局のサービスに導入された。もう一つは、デジタルス タジオを新設し、組織化するための新しいアプローチを開発したことである。これらの二つの成果は、統合化されたビデオ サーバーと圧縮信号切替機からなる Agile Vision システムと、隣接通信帯にデジタル放送信号が滲出しないようにするため の DAP(Digital Adaptive Precorrection)技術によってもたらされたものである。 分析事例では、公的資金が投入されたハイビジョン TV 共同技術開発事業のパフォーマンスは次のように評価された。 ・ プロジェクトの純利益(NPV):126~205 百万ドル ・ 社会的利益率(IRR):24.9~28.6% ・ 費用便益比率(B/C):3.5~5.0 評価の対象年限はプロジェクトが開始された 1995 年から 2013 年までとなっている。計測の対象となった費用と便益は、 ATP によって開発された技術の産業ユーザーの便益と、ジョイントベンチャーのメンバー企業の ATP に係わる利益、及び、 研究開発費用が含まれている。 ■ 4.2.1 プロジェクトを評価するための分析枠組み 4.2.1.1 費用便益の帰属 プロジェクト評価では、「誰がコストを負担したのか?」と「技術開発から誰が利益を得たのか?」というステークホルダー の同定が必要となる。費用便益分析とはプロジェクトに係わるすべてのステークホルダーの費用・便益を計上し、経済性の 判断を行うためのものである。 HDTV 共同開発プロジェクトでは ATP による資金を公的費用として捉えている。一方、ジョイントベンチャーの参加企業 がプロジェクトのために支出した費用は私的費用として扱われる。参加企業はジョイントベンチャーの開発予算の 52%を提 供しており、これが私的費用の総額である。便益の区別に関しては、公的な便益は、一般に知られるように消費者余剰の 増加をもって計測される。ただし、後述するように、放送事業におけるユーザーの消費者余剰は通常の財市場とは異なるた め、ユーザーのコスト削減便益を公的な便益として計上している。一方、私的便益については、ジョイントベンチャーの参加 企業の増加収益をもって計上している。 68 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 4.2.1.1 非実施仮説 新技術の導入・普及を評価するような費用便益分析の枠組みでは、現状の技術の導入実績に対して、「技術が導入され なかった場合」を想定した上で差額便益を計上することが多い。HDTV 共同開発プロジェクトの評価では、Agile Vision シス テムと DAP 技術が「仮に存在しない場合の」費用を既存の普及技術を基に推計し、両技術がもたらすコスト削減便益を便 益として計上している。この考え方自体は、費用便益分析の基本的な枠組みである、「With と Without の原則」に従ってい るものである。 Agile Vision では、サウスダコタ州公共放送局の設備情報から Agile Vision を導入した場合と代替システムを導入した場 合とでのそれぞれの場合のオペレーションコストや設備費用を推計し、その削減便益の根拠としている(表 4.2-1)。 表 4.2-1 Agile Vision の非実施仮説の費用 単位:ドル Equipment Category Agile Vision 代替システム 1 代替システム 2 Encoding System w/Logo Insertion 345,573 480,045 523,840 Studio Test & Monitoring 74,989 121,184 142,579 Satellite Downlink Equipment 15,000 36,683 36,683 Additional Studio Equipment 36,000 195,990 511,175 Video Server 0 500,000 950,000 Automation 44,400 266,650 358,450 Router 50,000 50,000 50,000 Master Control Switcher 0 69,028 189,084 Total 565,962 1,719,580 2,761,811 出所:NIST(2004), Table 3-1 より作成 DAP 技術は放送局における従来のアナログトランスミッターをデジタルトランスミッターに置き換えた上に機能するもので あり、直接比較できるような代替システムがない。したがって、デジタルトランスミッターの普及度合いを想定した上で、従来 のアナログトランスミッター使用時におけるオペレーションコスト、設備コストをどれだけ削減できるかという想定便益を推計 することになる。 69 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 4.2.1.3 経済的費用便益分析の方法論 表 4.2-2 に HDTV 共同開発プロジェクトの技術的効果、経済的効果の測定基準を示す。プロジェクトの便益は Agile Vision と DAP の非実施仮設からの差額便益を計上し、プロジェクトの費用は JV プロジェクトの総費用を計上している。 表 4. 2-2 HDTV 共同開発プロジェクトの技術的効果・経済的効果測定基準 分類 技術的測定基準 経済的測定基準 スタジオ機器の種類を削減 代替システムを導入する場合よりも設備 プロジェクトの便益 Agile Vision の便益 設備費用削減便益 費用が低減 導入費用削減便益 代替システムよりも導入が簡単 代替システムを導入する場合よりも導入 費用が低減 オペレーション及びメンテナンス 代替システムよりもオペレーション及 代替システムを導入する場合よりも労働 費用削減便益 びメンテナンスの労働時間が短縮 コストが低減 ジョイントベンチャー参加企業の増加 将来にわたる Agile Vision 製品の販売収 収益 入 フィルタリング設備が不要 追加的なフィルタリング設備への投資が 私的便益 DAP の便益 設備費用削減便益 不要になることからの費用削減便益 導入費用削減便益 自動設定のため、導入作業の労働 DAP が組み込まれたデジタルトランスミッ 時間がわずか ターの導入による労働コストの削減便益 オペレーション及びメンテナンス アナログトランスミッター使用時と同 アナログトランスミッターの熟練労働コスト 費用削減便益 等のパフォーマンスを達成するため の削減便益 に必要な労働時間が短縮 プロジェクトの費用 JV プロジェクトの総費用 プロジェクト実施時の研究開発費 ATP の出資と民間出資の合計額 用、支出(人件費・経費を含む) 出所:NIST(2004), Table 3-2 より作成 4.2.1.3.1 HDTV 共同開発プロジェクトの便益の測定手法 技術に関する便益の測定は、技術そのものの需要曲線ではなく、技術が組み込まれた財の需要曲線から間接的に観 測される。新型技術の投入された財が従来財と比較して価格性能比を高めるものであれば、財の性能を基準とした場合、 財の価格を引き下げる効果があると見なすことが可能である。需要曲線が既知の場合、価格の変化は数量の変化を導くた め、その財市場における消費者余剰を計測することが可能となる。通常の財の場合、ユーザーの需要曲線は右下がりなの で、価格の下落は数量の増加を伴う。財の限界供給曲線の傾きが 0 の場合、技術の導入による便益は消費者余剰で計測 される(図 4.2-1 の上図)。 70 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 P0 MC 0 P1 MC 1 Q0 Q1 MC 0 P0 MC 1 P1 Q0 図 4. 2-1 HDTV 共同開発プロジェクトの便益の測定 HDTV 共同開発プロジェクトでは、Agile Vision と DAP(が組み込まれたデジタルトランスミッター)の導入を行う放送事業 者(放送局のスタジオ)が直面しているのは、放送サービスに対する需要である。放送サービスは電波法の規制を受け、参 入が自由でないために、これに対する需要は一定であり、需要曲線は垂直で示される(図 4.2-1 の下図)。したがって、両 技術の導入に伴う社会的な効果はサービスの供給者である放送事業者のコスト削減から生み出される生産者余剰で計測 される。もちろん、すべての放送事業者の供給曲線が一定であるという仮定は極端に単純ではあるが、各放送事業者のコ スト削減便益を生産者余剰の増加分の一次近似として利用する限りにおいては、この仮定は妥当である。 71 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 4.2.1.3.2 パフォーマンスの測定基準 HDTV 共同開発プロジェクトの経済性のパフォーマンスは次の3つの測定基準で計測されている。 n B(t +i ) 1)B/C(Benefit-to-cost ratio):費用便益比率 i (B / C ) = ∑ (1 + r ) i =0 n (4.2.1) C( t + i ) ∑ (1 + r ) ただし、t は費用や便益が最初に発生する年であり、n は費用と便益のフローが確認できる対象年限の数、r は i i =0 社会的割引率(7%と仮定)である。B/C はプロジェクトに起因する便益の総現在価値と費用の総現在価値の比 を用い、単位費用あたりの便益の大きさで経済性を評価するものである。この指標では収益の大きさ(規模)は 考慮されない。 2)NPV(Net present value):純現在価値 n C(t + i ) B(t +i ) (4.2.2) NPV = ∑ − i i ( 1 + r) i = 0 (1 + r ) NPV はプロジェクト評価でもっとも利用されている指標である。プロジェクトに起因する便益の総現在価値と費用 の総現在価値の差、収益の純現在価値の大きさによって経済性を評価する。 ( ) (4.2.3) ∑ (1 + x ) IRR は(4.2.3)式を満たす利率 x として定義される。IRR は投下資本をプロジェクトからの収益で返済していく時に、 3)IRR(Internaln rate of return):内部収益率 B(t +i ) − C(t +i ) IRR: = 0 を満たす x i i =0 一定の年限で返済可能な最大利率を表しており、この利率が大きいほど投下資本の回収は早期に行われ、一 般的に望ましいプロジェクトであると判断される。HDTV 共同開発プロジェクトの経済性分析では、公的資金が 投下資本に含まれていることから、IRR を社会的利益率(Social rate of return)と称している。 4.2.1.3.3 一次データと二次データの収集 HDTV 共同開発プロジェクトの経済性分析では、放送局をひとつの単位としてデータの収集を行っている。一次データと しては、ジョイントベンチャーに参加しているメンバー企業やデジタルテレビ放送局のデータが用いられている。これらのデ ータは分析における放送局あたりの費用や比較情報を提供するための事例として利用される。二次データは、放送局の母 集団を形成する放送ネットワークのデータである。デジタル公共放送の局数、AAPTS(全米公共テレビ放送局連合)や FCC(連邦通信協会)のデジタル放送局数などの確定である。 ■ 4.2.2 経済分析の結果とパフォーマンスの測度 4.2.2.1 Agile Vision の経済的便益分析 Agile Vision の経済的便益は 1 公共放送ライセンス(利用周波数)あたりで計測される。単位ライセンスあたりの Agile Vision 導入便益のベンチマークは事例から推計された(表 4.2-3)。 表 4.2-3 公共放送 1 ライセンスあたりの Agile Vision の導入便益 単位:ドル Agile Vision 導入便益 便益額(2002 年価格) 便益の発生時点 設備費用削減便益 1,290,000 導入時 導入費用削減便益 47,000 導入時 オペレーション及びメンテナンス費用削減便益 58,000 4半期ごと 出所:NIST(2003),Table 4-1 次に、Agile Vision がどれだけの公共放送に導入されるかについてのインタビュー調査を行い、導入局数に関するロード マップを作成する。Agile Vision の導入を実際に表明しているのは 10 ライセンスであるが、潜在的な導入数としては、2004 年までに最低でも 29 ライセンス、中間推計で 52 ライセンス、最大で 75 ライセンスの放送局が導入を予定していることが明 72 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 らかになった。これらの導入スケジュールと表 4.2-3 の単位便益から、1999 年から 2013 年までの Agile Vision の導入便益 が推計される(表 4.2-4)。 割り引かれる前の便益(実質額)の総額は、Agile Vision の市場浸透を低位で推計した場合、1 億 1,100 万ドルであり、中 位推計では約 2 億万ドル、高位推計では 2 億 8,800 万ドルとなっている。 表 4.2-4 Agile Vision の導入便益 単位:千ドル(2002 年価格) Agile Vision Agile Vision Agile Vision 市場浸透-低 市場浸透-中 市場浸透-高 導入ライセンス数 29 52 75 1999 1,400 1,400 1,400 2000 200 200 200 2001 2,000 2,000 2,000 2002 700 700 700 2003 38,800 74,100 107,900 2004 8,000 13,300 20,000 2005 6,700 12,000 17,300 2006 6,700 12,000 17,300 2007 6,700 12,000 17,300 2008 6,700 12,000 17,300 2009 6,700 12,000 17,300 2010 6,700 12,000 17,300 2011 6,700 12,000 17,300 2012 6,700 12,000 17,300 2013 6,700 12,000 17,300 合計 111,400 199,800 287,900 出所:NIST(2003), Table 4-2. 4.2.2.2 DAP の経済的便益分析 DAP の経済的便益は現状および将来におけるデジタルトランスミッターの普及度に関わっている。各放送局が1台のデ ジタルトランスミッターを導入すると仮定し、デジタルトランスミッターが生み出す機会便益を1放送局ごとに推計したものが 表 4.2-5 である。 表 4.2-5 DAP のデジタルトランスミッターあたりの導入便益 DAP 組込型デジタルトランスミッター導入便益 便益額(2002 年価格) 便益の発生時点 設備費用削減便益 30,000 導入時 導入費用削減便益 700 導入時 オペレーション及びメンテナンス費用削減便益 3,700 4半期ごと 全米における 1,719 の放送局のうち、すでにデジタル信号による放送を行っているのはおよそ 1,000 局ある。この他に 100000watts.com や CEA(電気製品消費者協会)のデータから放送局のデジタルトランスミッター導入スケジュールを予想 し、現状及び将来の DAP 組込型デジタルトランスミッターが生み出す便益のフローを推計している。便益の総額は、1998 年から 2013 年までの間に、3 億 300 万ドルと推計されている(表 4.2-6)。 73 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 4.2-6 DAP 導入の便益 単位:千ドル 年 DAP 導入便益(実質) 1998 300 1999 700 2000 1,500 2001 3,300 2002 16,700 2003 29,900 2004 38,300 2005 23,500 2006 23,500 2007 23,500 2008 23,500 2009 23,500 2010 23,500 2011 23,500 2012 23,500 2013 23,500 合計 302,500 出所:NIST(2003), Table 4-7. 4.2.2.2 プロジェクト費用 表 4.2-7 は HDTV 共同開発プロジェクトの費用を計上したものである。費用は投下資金の合計として把握される。このう ち、ATP による資金は全体の 48%を占めており、残りは民間の資金となっている。 表 4.2-7 HDTV 共同開発プロジェクトの費用 単位:千ドル 年 ATP 資金 民間資金 資金合計(名目) 資金合計(実質) 1995 1,090 1,140 2,230 2,600 1996 7,390 7,810 15,200 17,500 1997 5,600 7,070 12,670 14,200 1998 6,640 6,030 12,670 13,900 1999 2,650 2,880 5,530 6,000 2000 5,000 5,210 10,210 10,600 合計 28,370 30,140 58,510 64,800 出所:NIST(2003), Table 4-8. 4.2.2.3 パフォーマンスの測定 以上のように得られた費用および便益の推計値を用いて、HDTV 共同開発プロジェクトの経済性(パフォーマンス)を評 価する。表 2.4-8 は HDTV 共同開発プロジェクトの費用便益比率(B/C)及び NPV を導いている。 74 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 4.2-8 HDTV 共同開発プロジェクトの NPV 単位:千ドル(実質) 年 費用 (A) Agile Vision の便益(B) DAP 市場浸透 市場浸透 市場浸透 -低 -中 -高 の 便益(C) 純便益(A+B+C) 市場浸透 市場浸透 市場浸透 -低 -中 -高 1995 -2,600 -2,600 -2,600 -2,600 1996 -17,500 -17,500 -17,500 -17,500 1997 -14,200 -14,200 -14,200 -14,200 1998 -13,900 300 -13,600 -13,600 -13,600 1999 -6,000 1,400 1,400 1,400 700 -3,900 -3,900 -3,900 2000 -10,600 200 200 200 1,500 -8,900 -8,900 -8,900 2001 2,000 2,000 2,000 3,300 5,300 5,300 5,300 2002 700 700 700 16,700 17,400 17,400 17,400 2003 38,800 74,100 107,900 29,900 68,700 104,000 137,800 2004 8,000 13,300 20,000 38,300 46,300 51,600 58,300 2005 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 2006 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 2007 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 2008 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 2009 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 2010 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 2011 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 2012 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 2013 6,700 12,000 17,300 23,500 30,200 35,500 40,800 111,400 199,700 287,900 302,200 349,700 438,000 526,200 合計 PV -64,800 費用(A) -51,300 (B/C) 便益(B+C) NPV(A+B+C) 下段:IRR 低 中 高 低 中 高 177,700 217,100 256,400 126,400 165,900 205,200 (3.47) (4.24) (5.00) (24.9%) (28.6%) (31.7%) ※合計額は数値を丸めている関係で表の集計結果と一致しない. ※PV(割引現在価値)の割引率は 7%. 出所:NIST(2003),Table 4-9 より作成. HDTV 共同開発プロジェクトの費用便益比率(B/C)は Agile Vision の市場浸透シナリオに依存して、3.47 から 5.00 と推 計されている。NPV は 1 億 2 千 6 百万ドルから 2 億 5 百万ドルと推計された。また、NPV から導かれる社会的利益率(IRR) は、低位推計で 24.9%、中位推計で 28.6%、高位推計で 31.7%となっている。 75 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ※内部収益率(IRR)の計算方法 IRRはMicrosoft Excel を使用して簡単に計算することができる。表 4.2-8 の純便益のフローをシートにコピーして、IRR 関数を使用する(次図参照)。 内部収益率(IRR) =IRR(A1:A19) IRR とは、将来のキャッシュフローの総額と投資金額の総額が等しくなるような利率であるため、投資金額の回収を目的と していないならば、本来は計算する必要のない指標である。それゆえ、HDTV 共同開発プロジェクトの経済性評価では、社 会的収益率と呼称しているが、その含意は、公的資金を研究開発プロジェクトに投入したことによって、社会全体(企業の 利益も含む)に一定割合の還元が行われたと考え、その効率性を表していると解釈すべきであろう。 ■ 4.2.3 HDTV 共同開発プロジェクトの経済分析のまとめ HDTV 共同開発プロジェクトの経済分析は以下のような特徴がある。 ・ ジョイントベンチャープロジェクトの投下資金(ATP 資金+民間資金)を費用としていること ・ 技術開発がもたらす効果について、非実施仮説に基づくユーザーのコスト削減便益(生産者余剰)を便益として いること ・ 便益の推計に、技術導入のロードマップを作成し、導入シナリオを設定していること ・ 関連企業、業界にインタビュー調査を行って技術導入の可能性を検討していること 公的資金の投入を部分的に伴う研究開発の評価には、本事例における経済性分析手法はより実践的な枠組みを備え ていると思われる。最大の特徴は非実施仮説に基づく差額便益(純便益)をプロジェクト便益として計上することにより、費 用は投下資本の年額だけで評価する、という手続きの簡素化がなされていることである。 こうした手続きが可能なのは、プロジェクト資金が生み出した成果が、Agile Vision と DAP 技術に集約されているためで ある。仮に、ジョイントベンチャープロジェクトがこの二つの技術以外にも派生的な成果を生み出している場合などには、本 事例の分析手法はふさわしくない。その場合、従来的な方法によって、便益と費用とを別個に推計する必要があるだろう。 ATP 資金を含むプロジェクトの効率性を評価の目的の第一義としているからこそ、このような分析手法が有効性を持つもの と考えられる。 76 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.4. 米国商務省 NIST における経済効果分析法の検討事例 1.4.3. 医療技術開発分野における費用便益分析の事例 (財)政策科学研究所 川島 啓、伊東 慶四郎 ■概 要 ATP の経済評価室(EAO)は RTI(Research Triangle Institute)に対し、ATP の支援を受けているある医療研究プログラム の社会的成功度の評価を依頼した。ATP プロジェクトのポートフォリオ全体における潜在的便益の評価に加え、以下の評 価についても依頼している。 1) 7つの研究開発プロジェクトに対して首尾一貫した方法論による評価。 2) 相互に異なる幅広い技術プログラムに適用可能な評価の枠組みの確立。 3) ATP の生体組織工学向けプログラムにおける潜在的な社会的便益の明確化。 評価では 7 つのプロジェクトのうち、データが十分な4つについて詳細なケーススタディを実施し、残る3つについては簡 易的なケーススタディを実施している(表 4.3-1)。詳細研究に必要な情報は、ATP 提案やプロジェクトの定期報告書及び 医療データベースや学術誌を活用し、企業代表者、医者からのインタビューによって収集されるとともに、公的に利用可能 な企業・産業情報を活用して収集された。 表 4.3-1 医療研究プログラム -選択されたケーススタディ事例 ATP プロジェクト名 期間 支援額 (詳細ケーススタディ) 茎細胞成長 2 年間 122.0 万ドル 生体組織修復用生体高分子 3 年間 199.9 万ドル 生体移植用マイクロリアクター 3 年間 426.3 万ドル 人間細胞(Islet)増殖 3 年間 200.0 万ドル 臨床人工骨・臓器用バイオマテリアル 3 年間 199.9 万ドル 遺伝子治療応用 3 年間 199.6 万ドル 万能移植用臓器 3 年間 199.9 万ドル (簡易ケーススタディ) (出所)Martin, Sheila A. et al.(1998) pg.1-13 評価では、研究開発を実施した企業の私的な費用便益と、社会的影響を考慮した社会的費用便益について分析を行っ ている。結果からは、私的収益及び民間投資に伴う IRR が社会的便益に比して相当小さいため、市場原理に依存している だけでは、研究開発プロジェクト投資は、社会的観点から見た最適投資額よりも過少投資に陥ることを明らかにしている。 ■ 4.3.1 医療技術開発分野に係わる費用便益分析の方針と手法 RTI による医療技術開発分野の研究開発プロジェクトの評価の主要目的は、医療応用のための研究プロジェクトへの ATP 投資による社会的収益を推計するための方法論を確立することであった。具体的方針としては次の3点が挙げられる。 1)社会的収益の範囲を限定 77 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2)研究成果の範囲を限定 3)ATP による資金援助の社会的便益の計算方法 4)受益者の数の特定 以下では、それぞれの方針の詳細について解説する。 1)社会的収益の範囲 ここでの社会的収益とは、私企業の収益と医療技術の恩恵を受ける消費者の利益の総和を指している。ただし、私企業 の収益は、ATP 資金プログラムを受けた企業に限定し、それらの企業に間接的な関わりを持つ他の企業の収益について は評価の範囲外としている。 2)研究成果の範囲 便益評価の対象となる研究開発の成果については、以下のような前提を置いている。 ① 1プロジェクトにつき1つの応用例しか検討しない。 ② 時間軸への制約(当該技術は製造開始後 10 年後に新しい技術に代替されると仮定。全てのキャッシュフローは 20 年の時間軸の中に発生することとなる) 3)ATP による資金援助の社会的便益 ATP による資金援助が研究開発にもたらす影響と、その結果として享受される社会的便益については、以下の3つのパ スが考えられる。これらはそれぞれ独立しているわけではなく、相互に影響し合っている。 ① 研究開発が加速されることによる便益 ATP の資金が投入されることで、研究開発が加速化されることが期待できる。その結果、新技術の市場導入を促 進し、社会的便益が享受される期間を長期化することで便益が増大することになる。 ② 研究開発の成功可能性を向上させることによる便益 ATP の資金が投入されることで、企業が支出すべき当該研究開発費用の減少をもたらす。その結果、企業は他 の追加的研究開発努力を促進することが可能となり、研究開発活動全体の拡充をもたらす。このことは、研究開 発が成功する可能性を増加することに結びつく。 ③ 技術の適用可能性が拡大されることによる便益 ATP の資金が投入されることで、企業は製品開発への投入資金を増大させることが可能になる。その結果、当初 の予想以上の範囲に研究開発結果を適用する可能性が増大し、直接的な便益を測定する市場が拡大すること になる。 これらの影響経路を得て一定の社会的便益がもたらされることが予想される。分析事例では、公共投資の社会的収益を 推計するために以下のような方針を定めている。 1)ATP 資金援助があった場合と無かった場合(非実施仮説)の二つのシナリオを比較し、差額便益を推計する。 2)様々な病気に係る費用の特定(3 つの種類の異なる費用が認識されている) ① 治療費といった直接的な医療費用(COI) ② 患者の労働者としての生産性の低下や、患者の家族に対する介護のような潜在的・間接的費用 ③ 患者が味わう苦痛のような無形の費用 3)患者にとっての医療便益の計算 健康に係る便益=治療患者数×患者一人あたりの便益 ここで、患者一人あたりの便益を推計するために段階的なアプローチをとっている。 第1段階としては、患者の健康面への新技術による影響を評価するためのモデルを設定することである。まず、現在適用 されている治療法(守備側技術)、すなわち新技術の代替技術を確認する。その後、それぞれの治療法の結果を推計する ための2つのモデル(慢性病モデルと急性病・障害モデル)を導入する。 78 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 a)慢性病モデル 患者が慢性疾患の状態にある場合の便益を測定するためのモデル。平均的な患者のある健康状態からもう一つの健康 状態に推移する可能性を表現した遷移確率行列とそれぞれの状態の便益から構成される。ここで、遍移確率の値として、 「健康状態調整済み生存年数(quality-adjusted life years; QALY)」が利用される。QALYは、疾病による生活の質の低下 を反映させて生存年数を調整するためのパラメータであり、0 と 1 との間の値をとる。0 に近ければ、ほぼ死亡に等しい状態 での生存状態であり、1 は健康な状態である。便益の原単位は以下のように推計される。 新技術の慢性病リスク低減便益=疾病別ケース数×疾病別 QALY の変化行列×平均余命×疾病別医療費用 新技術は患者の健康状態の分布をより良好な状態に変化させることにより、患者の QALY を変化させ、治療コストを減少させ ることになる。慢性病モデルにおいては、平均余命(死ぬまでの年数)を設定する必要がある。分析では、文献調査から、米国 における40歳時の早世を回避した場合の価値が500万ドルと推計されている。米国の平均寿命を76年と仮定して、毎年の QALY 値は、この500万ドルを36年間(40歳時点に於ける平均余命)分の年金として受けとった金額で導きだされる。 36 V=5,000,000/Σ(1/(1+d))t t=1 仮に割引率を3%とすれば QALY 値は22万9019ドルとなる。 b)急病病・障害モデル 急性病・障害モデルは、慢性病モデルの単一時間におけるモデルである。それぞれの新技術が影響する疾病リスク削 減の期待便益と期待費用は、各健康状態にそれぞれ QALY 及び治療費をかけることで得られる。 新技術の急性病・障害リスク低減便益=疾病別ケース数×疾病別 QALY の変化行列×疾病別医療費用 4)受益者の数の特定 分析では、特定の拡散モデル(Bass Model)を利用し、新技術の評価年限(ライフタイム)において適用される受益者の数 (患者の数)を推計している。Bass Model は拡散プロセスを特徴づける二つのパラメータを持つ。pは技術革新係数であり、 「外部影響」、すなわち外部活動(刊行物など)からの影響に伴う新技術の採用を反映している。qは模倣係数であり、新技術 の適用経験による「内部影響」を反映している。 a(t+1)=[p+q*A(t)/M(t)][M(t)-A(t)] 新規適用患者数 =[p+q*市場浸透率]*[まだ残っている潜在的適用可能者の数] ただし、A(t)=t年における累積適用患者数、M(t)=t年における市場潜在力 モデルでは新規適用患者数は市場潜在力M(t)とこれまでの適用患者数A(t)との差に比例すると想定される。したがって、 分析では、M(t)とA(t)に関するデータを収集し、パラメータを推計することで、新規技術の適用患者数を予測している。こ れが、前述の便益を享受する母数となっている。 ■ 4.3.2 民間企業の収益の推計 民間企業の期待収益値は、技術的成功確率、期待投資額、そして研究開発、市場化及び製造に係る費用、さらには期 待収入額に影響されるため、ATP シナリオの場合、ATP 無しシナリオの場合の双方について、これらの情報が必要となる。 以下では、それぞれの推計方法について解説する。 1)技術的成功確率 プロジェクトの期待完了日時点に時間修正された企業自身による成功確率の推計値から求めている。 Pr=TP/PF ここでTPは企業の技術的進展度(パーセンテージ)であり、報告された進展度に幅がある場合、その中間値として計算され る。PFは推計時点において既に経過した時間の割合(パーセンテージ)を示す。 79 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2)民間の研究開発投資額 ATP の資金援助分を全プロジェクト予算額から控除することにより推計している。 3)市場化費用 バイオテクノロジー産業の合成貸借対照表を調査することにより推計している。これによると、販売一般及び行政費用は おおよそ全収入の 37%に当たることがわかった。これらの費用は固定費用と変動費用に分割できる。前者(γ)は市場化 段階で発生し、後者は製造段階で発生する。固定費用(CCF)に関しては、次の式が導かれた。 n CCF=γ*[0.37ΣTRt] t=1 ただし、TRt=t年の全収入、γ=市場化段階にかかる費用の全体に占める割合、n=製造年数である。 4)製造費用 上記式から、(1-γ)の割合が製造段階に掛かることとなる。製造費用の推計も貸借対照表から同様に行われる。バイ オテクノロジー産業に係る合成貸借対照表は、産業界が製造費用に全収入の約 42%をかけていることを示す。これはその まま用いられる。 5)期待収入 企業に対するインタビュー調査から推計している。 ■ 4.3.3 経済的便益の測定手段の検討 ATP の資金援助を受けた投資の経済便益の計算に当たっては、次の3つの視点が考慮されている。 ① 公的投資の社会的便益 ② 公的・民間投資の社会的便益 ③ 民間投資の私的便益。 社会的収益及び私的収益の測定法については、まず、それぞれのシナリオに係る便益と費用のタイム・プロファイルを作 成した後、経済的便益の適切な測定手段として NPV と IRR を作成する。異なる割引率のもとで結果がどう変化するかをチェ ックするために感度分析も実施している。 公的投資の社会的便益を得るため、ATP 支援を受けた場合における各年の社会に対する期待純便益(ENBtw)と ATP 支 援が無かった場合における各年の社会に対する期待純便益(ENBtwo)を計算。これにより ATP 資金援助に基づく便益の純 増分(IENB)を計算している。。 IENBt=ENBtw-ENBtwo IENBt=t 年における純便益 その後、IENB の毎年の値を集計して、公的投資の社会的便益が計算されている。 ■ 4.3.4 分析結果 表 4.3-2 にATPプロジェクトの経済性分析の結果を示す。異なるプロジェクトによって結果(NPV 及び IRR)の値は幅広く 分散していることがわかる。NPV は47百万ドル~177億ドルであり、IRRは21%~148%にも達している。 ATP 全体としては、NPV が343億ドル、IRR が116%となっている。これらのプロジェクトに対する ATP の資金援助は34 0億ドル強の社会的な純便益を生み出したといえる。ATP 投資が全収益に対して占める大きさについてみると、プロジェクト 80 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 別の ATP 投資による社会的便益も幅広く分散している。ATP 支援全体では、(全体の社会的収益に比して)31%分の社会 的便益が引き起こされている。 表 4.3-2 期待社会収益 ATP プロジェクト名 プロジェクト期間 投資の期待社会便益 ATP 投資の期待社会便益 NPV(‘96$mil) IRR(%) NPV(‘96$mil) IRR(%) 便益比 茎細胞成長 1992-2009 $134 20% $47 21% 35% 生体組織修復用生体高分子 1994-2009 $98 51% $98 51% 100% 生体移植用マイクロリアクター 1994-2009 $74,518 149% $17,750 148% 24% 人間細胞(Islet)増殖 1995-2008 $2,252 36% $1,297 34% 58% 臨床人工骨・臓器用バイオマテリアル 1993-2010 $32,855 118% $15,058 128% 46% 遺伝子治療応用 1995-2011 $2,411 106% $945 111% 39% 万能移植用臓器 1992-2011 $2,838 91% $783 92% 28% 合計 1992-2011 $109,229 115% $34,258 116% 31% 合計値は個々のプロジェクトの各年の便益と費用を全プロジェクトで合計して計算したもの。 (出所)Martin, Sheila A. et al.(1998) pg.1-22 これらのプロジェクトにかかる社会的収益の値が異なる理由に関連して、ATP がこれらプロジェクトに与えた影響経路を 表 4.3-3 に示す。 表 4.3-3 技術開発における ATP の影響 ATP プロジェクト名 プロジェクトの加速(年) 成功確率の増加(%) 技術適用範囲の拡大 茎細胞成長 1-2 年間 9% 報告なし 生体組織修復用生体高分子 最低 10 年間 171% 重大だが未定量 生体移植用マイクロリアクター 2年間 11% 報告なし 人間細胞(Islet)増殖 3-5年間 2% 報告なし 臨床人工骨・臓器用バイオマテリアル 2年間 1% 報告なし 遺伝子治療応用 2年間 20% 若干だが未定量 万能移植用臓器 1-2年間 16% 報告なし (出所)Martin, Sheila A. et al.(1998) pg.1-23 例えば、「生体組織修復用生体高分子」プロジェクトでは、ATP の支援により、この分野での研究活動が加速され、少なく とも 10 年間は製品化が早まった。技術的成功確率も 171%向上した。企業の代表は、公的資金援助が無ければプロジェクト は遂行されず、市場機会の充分な利用にいたる程度に発展することすらなかったと述べている。この表は、当該研究プロジ ェクトの社会的便益が少なくとも 2 つは達成された事を示している。 表 4.3-4 は ATP 資金援助の重要性を明確に示している。私的収益及び民間投資に伴う IRR が社会的便益に比して相当小さい ため、市場原理に依存しているだけでは、研究開発プロジェクト投資は、社会的観点から見た最適投資額よりも過少投資に陥る。 表 4.3-4 私的便益、ATP の付加性 ATP プロジェクト全体の私的便益 NPV(1996$mil) IRR(%) プロジェクト便益(全体) $1,564 12% ATP に帰せられる増分 $914 13% (出所)Martin, Sheila A. et al.(1998) pg.1-23 81 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 4.3.5 医療技術開発プロジェクトの経済性分析事例のまとめ 本事例の特徴としては、ATP 資金の寄与分を研究開発プロジェクトのアウトプットに対する影響経路という観点から、独 自に推計している点にある。通常、費用便益分析においては資金における官民の区別は行われない。なぜならば、経済学 的には費用や便益の基になる金額に「色」はないからである。仮に、プロジェクトが公的資金ではなく、民間資金によってま かなわれたとしたら、借入金の利子支払いが費用として発生するはずであり、NPV や IRR のパフォーマンスを一定の割合で 下げる方向に修正されるだけである。 しかしながら、重要なことは、民間資金がそのようなプロジェクトに投入される可能性があったかどうかを検証することであ る。社会的な便益をもたらすことが明らかであっても、私的(財務的)便益をまかなうことが難しい場合、そうしたプロジェクト に融資する主体が存在しないということも、公的資金を投入するひとつの理由である。このような観点に立てば、本節で見ら れたような費用便益分析の方法論的拡大も、公的資金の投入に対する「excuse」としての役割を果たしているといえよう。 82 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.5. 欧州における経済性分析法の検討事例 1.5.1. BETA の方法論と経済性分析事例 日本原子力研究所 栁澤 和章 (財)政策科学研究所 伊東 慶四郎、川島 啓 ■ 5.1.1 はじめに 本節は、まず BETA method(ベータ法)の概要に付いて触れ、評価に当たっての前提条件、評価方法すなわち直接効 果 と 間 接 効 果 に つ い て 説 明 を 行 う 。 続 い て 、 具 体 的 に は ど の 様 に プ ロ ジ ェ ク ト の 研 究 技 術 開 発 ( Research and Technological Development、以下 RTD)に関する評価を行うのかをケーススタディから学ぶ事とする。ケーススタディでは 幾つかの例を挙げるが、その最後に BETA method plus(ベータプラス)と称される最近の手法も概略紹介する。これは従来 の BETA 法に、英国マンチェスター大学のプレスト(PREST)が米国の経済学者ヤッフェ(Jaffe)考案のスピルオーバーの枠 組みを適用し、幅広い社会的効果まで把握するよう拡張したものである。 BETA 法は、ある事業の投資財(貨幣表示)を分母、製品売上等から得られる直接効果(貨幣表示)または間接効果(貨 幣表示、売上×付加価値率×売上への技術的・商業的等色々な寄与率、という考え方で算出)の合計を分子という形態で 最終表現し、評価の最終段階でどの程度の投資対効果があったかを分子/分母で定量的に示す点に特徴がある。 ■ 5.1.2 BETA の方法論 5.1.2.1 概要 フランス・ストラスブールにあるルイ・パスツール大学(Universite Louis Pasteur)内のひとつの組織体 The Bureau d’Economie Theorique et Appliquee (BETA)は 1980 年代から RTD に関する評価を、一部はヨーロッパ連合体(the European Union)からの資金提供を受けて実施してきた。BETA 所属の研究者(チーム)が経験したプログラム評価事例は 以下の表 5.1-1 のとおりである(5)。 表 5.1-1 BETA チームが実施したプログラム評価 プログラム 年 欧州宇宙開発機関(European Space Agency、 ESA) 1980 欧州宇宙開発機関 1988 欧州宇宙開発機関-技術移転 1991、1996、2000 欧州連合体/BRITE EURAM 1993-1995 欧州連合体/ESPRIT-HPCN 1997 <その他> 欧州宇宙開発機関-デンマーク 1987 欧州宇宙開発機関(HEC モントリオールと一緒)-カナダ 1990 & 1994 83 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 フランス-企業 1992 フランス-ANVAR 1995 アイルランド-マテリアルス アイルランド 1995 ブラジル(DPCT UNICAMP と一緒)-ペトロブラス 1999 ブラジル宇宙開発計画(DPCT UNICAMP と一緒) 進行中 (注意)BRITE/EURAM:欧州共同体における大きな RTD プログラムの一つ。なお、本表は 2003 年の論文ベースである。 上表から分かるように、初期の頃の BETA 法による評価は欧州宇宙開発機関(ESA)の研究技術開発に集中している。そ こではプログラムに参加した関係者と評価者である BETA チームとの直接インタビューを主たる手段として、ミクロレベルに おける投資対効果を評価している。 5.1.2.2 評価にあたって用いられる前提条件 BETA 法によるアプローチは、基本的には公が行う RTD の評価を目指したものであり、以下のような前提条件が設けられ ている。 ・ 幾つかの異なるプロジェクトの参画がある事 ・ 各プロジェクトの目的に関しては、技術的な、又可能であれば経済的な語句で表現する明確な合意(agreement)が存 在する事 ・ プロジェクトの資金は、部分的であれ全体的であれ、公的資金が投入される事 ・ 契約期間は限定される事 ・ 大学や他の機関からの研究室と共同作業の形で、企業体の参加がある事(以後、パートナー(partners)または参加者 達(participants)と称す) ・ 研究開発活動は、(少なくとも 1 つの)パートナーで実施される事 評価の対象はプログラムにおけるこれらパートナーに限定され、パートナーによって発生したプログラムの経済的インパ クト(経済効果)やパートナー自身に及んだ経済効果はどのようなものであったかを評価する。BETA アプローチは、ミクロ経 済学的アプローチであり、経済効果はパートナーレベルにおける貨幣価値で評価し、最後に設定した直接効果や間接効 果の各項目について集計する。 インタビュー等では、代表的事例を積み上げた上で解釈し、秘密条項は遵守する。評価には2つの最終目標を設定して いる。1 番目は、効果に関する最小の見積もりを積み上げる事である。2番目は、効果の発生のメカニズム、大きな RTD プロ ジェクトからうまれた革新的プロセスの発生メカニズム、最終的な経済的価値にたどり着くまでのメカニズム等について理解 を深める事である。 5.1.2.3 評価方法 BETA では直接及び間接効果という 2 つの効果を調査の過程で明らかにする。 5.1.2.3.1 直接効果(Direct effects) プロジェクト発生当初から目的とした事柄そのものである。もし、プロジェクトが新製品(または新プロセス)の開発を目的 に結成されたならば、その製品の売上(または新プロセスの利用によって発生した経済効果)を直接効果とする。BETA 法 はどちらかというと応用研究の評価向きだが、基礎研究に対してもこのやり方は変わらない。プロジェクト開始に当たって将 来の展開が見込まれた新しい科学的知識や新しい技術といった事について直接効果と対比する。一般に新製品の適用範 囲は考え方次第では相当広くなるので、妥当と思われる範囲まで拡大してその効果を評価する事になる。 84 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 5.1.2.3.2 間接効果(Indirect effects) BETA 法では、プロジェクト設立当初の設定目的を超えて発生した効果を総称して間接効果という。一般的には、間接効 果は、プロジェクト実施中に学んだ事の派生的応用やプロジェクトの直接目的ではなかったがその活動から派生的に生じ た事柄を指す。学習した事から生まれた技術的・組織的なネットワーキング、管理運営及び工業的な全ての型の知識がこ れに含まれる。これらが恐らくこのアプローチの特徴ある形態であって、これによりパートナーの学習過程に影響した公的 プログラムの枠組みにおいて、RTD がどの様に実施されて来たかという相当詳細な展望を理解する事ができる。BETA 法 における間接効果は以下 4 つに区分する。 ◆ 技術的効果(technological effects) プロジェクトからパートナーの別の活動に転用された技術移転を指す。‘革新的経済’や‘知識経済’で定義された‘技術 (technology)’という言葉は、ここではヒトによって作り出されたもの(製品、システム、材料、プロセス)のみならず成文化され た暗黙知的な、科学的・工学的・知識的な事柄等を包含する。なお、“方法”に関する技術的効果は、後出の“組織及び方 法的効果”に含まれるので、技術的効果には含めない。科学的な専門的知識から作業者の持つノウハウといった移転に係 わる事業には、モノに成るか成らぬか分からない技術、新しい理論または‘取引上の知見(tricks of the trade)’等非常に多 様な意味合いが自然に含まれている事がある。このような事柄を考慮しつつ大きくアプローチするのが BETA 法の 1 つのオ リジナリティである。移転は、既存市場のシェアを守るためや新たな研究契約を得るためだけでなく、新規または改良製品 の設計、パートナーが新しい販売に成功する事を可能にするプロセスやサービスも内容として含んでいる。 ◆ 商業的効果(commercial effects) 技術的な学習過程とは直接または必然的に結びつかない 2 つの区分が考えられる。1 つ目はプロジェクトのインパクトが経済 間の協力(プロジェクト終了後でも商業的または技術的な協力を継続している同一共同体のパートナー間を結びつけるビジネ スの設立、パートナーとプロジェクトに参画しなかった別のパートナーの業務提携者の確保、評価プログラムの運営過程におい て公共組織が開催した会議やワークショップから恩恵を受けた組織体や会社間の協力)にどの程度影響を及ぼすか、を見極め るネットワーク効果(network effects)である。2 つ目は、与えられた公的プログラムの目的達成のために実施した作業から発生し、 その後市場で売り出し材料として使えるような、パートナーの世評または良い企業イメージである。 ◆ 組織及び方法的効果(organization and method effects) プロジェクトの経験から得たものを、パートナーの内部組織改造に使ったり、プロジェクト運営、品質管理、工業的会計等 に採用したりした場合に適用する。以下本稿では、O&M 効果、または OM 効果とも略記する。 ◆ 能力及び訓練的効果(competence & training effects)または労働因子的効果(work factor effect) 上述の 3 つとは本質的に異なり、パートナーの‘人的資本(human capital)’にプロジェクトがどの程度インパクトを及ぼしたかを 測るものである。参加組織体のそれぞれは、その組織体の‘臨界集団規模(critical mass)’や‘知識基盤(knowledge base)’と呼ば れるものを作り出し、多かれ少なかれ多様で科学的・技術的分野に関連したある種の能力を習得する。この‘臨界集団規模’に 及ぼすプロジェクトのインパクトを測るのが労働因子的効果である。つまり、事実上パートナーの技術レベルを向上させる専門 的業務とそれとは無関係な日常的業務とを区別して、それらの効果を別々に評価するのが目的である。 5.1.2.4 経済効果の定量化 直接効果と殆どの間接効果は、評価対象プログラムでパートナーが取得した知識から生じた売上(sales)やコスト低減 (cost reductions)の付加価値で表す事とし、大まかなコストしか定量化しない。移転、工業化、市場化によって生じる価値の 追加について BETA 法ではその効果が測定しづらいので、対象外となっている。キャッシュフローやインカムに関する研究 は、利益率又は収益性の古典的財政分析には直接使われないので計算の対象外となる。新規対象のプログラム期間およ びプログラム終了後 2 年以内を評価対象としている。 実際の売上のみが定量評価の対象で、製品/サービスが最終的に売られる市場自体の大きさは対象としない。技術移 転またはその方法、または商業的効果が、部分的に売上またはコスト低減に影響している時に限定して、相当する効果の 価値をそれら売上やコスト低減から部分的に算定(シェア)する。このシェアは、評価プロジェクトの枠内で実施された業務 85 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 の売上 や コ スト低 減に関 連す る 幾 つ か の因 子( 影響 )に比例している(このた め 評価では‘ 父権係数 ’ (fatherhood coefficient)を使う)。評価作業が複雑な場合、2 段階方式で作業を実施する。まず 1 つの因子に関する影響を評価し(間接 効果の区分に従って、技術的観点の影響、商業的観点の影響、というように順番に評価し)、続いてこの因子に対する評価 プロジェクトの具体的影響を数値化する。 この定量化方法には 2 つ程例外が含まれるので、これについては代理値(proxy values)を採用する。第 1 番目の例外は、 既存の製品やプロセスを防御する役割を担っていない特許の場合で、その間接効果はその特許を有効にしておくために パートナーが使う申請費や維持費の推定合計値で表す。第 2 番目の例外は、労働的因子の定量化に相当するもので、そ の方法は以下の様に取り扱う;1)その能力の増加程度に従ってパートナーの技術的収容能力にどの程度貢献したかを個 人個人分別する。これはパートナーの‘臨界集団規模’を拡大したり、活動分野を広げたりすると思える。2)個人個人が実 際に革新的な業務に従事した時間を評価する。3)均質化の観点からその前段階で推定された勤務時間全般にわたるこれ らエンジニアと技術者の間接費を含む平均コストを考慮し、金銭的効果を定量化する。最終的に BETA 法による評価値は 直接または間接効果額を公的補助金投入額で割った値で表示する。 上記による諸々の効果の型と定量化項目をまとめると表 5.1-2 となる。 86 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 5.1-2 BETA 法で用いる効果と定量化する項目 効果の型 定量化項目 直接効果 売上/コスト低減 間接効果 技術的 製品技術の移転 売上/新しい研究の契約 プロセス技術の移転 コスト低減/新しい研究の契約 サービス技術の移転 売上/新しい研究の契約 特許 特許維持費(代理値) 商業的 ネットワーク効果 売上/コスト低減/新しい研究の契約 世評効果 売上/コスト低減/新しい研究の契約 組織及び方法的(O&M) プロジェクト運営 コスト低減 その他の方法 コスト低減 組織 コスト低減/売上/新しい研究の契約 能力及び訓練的(労働因子的) 人・時に相当する金額(代理値) ■ 5.1.3 BETA 法の事例研究 5.1.3.1 BETA 法による欧州宇宙開発計画(ESA)の経済効果分析事例 BETA チームが ESA に関する評価に係わってきた経緯は表 5.1-1 にまとめたが、ここでは、表中上から数えて 2 番目に 記載されている 1988 年計画に関して、BETA チームが実施した間接効果の評価結果を概略する(1)。 ◆直接効果 ESA 計画により、宇宙における科学的知識の進捗、欧州の宇宙関連企業の技術的能力の開発と電気通信や気象予測 といったサービスの設立に寄与について言及はあったが、数値を含んだ直接評価は実施されず。 ◆間接効果 1977-1986 年の期間にわたって宇宙産業に従事した企業と ESA とが結んだ契約全数の 74.6%に相当する 67 企業体か ら、最終的にサンプルを採取。調査時期は 1987 年 3 月から 1988 年 9 月までで、調査から 500 以上の間接効果例が見出 され、389 例が統計調査の俎上に載った。間接効果の評価結果は以下のとおり。 間接効果全体値(1986 年値) =12,700 百万 AU(ESA 会計単位は ECU と同じ値) 全体的な経済スピンオフ係数値 =ESA から発生した間接効果値/ESA 支払い額合計 =3.2 参考に示すと、これ以前に行われた 1980 年代初頭の同種調査では 2.9 であった。 ・ 技術的効果に相当する分はこの内 43%で、宇宙用製品の設計段階で予測した以上の売上が 2/3 含まれている。部分的 に工業的多様化が実際に起こったりして、新製品の創生に係わるものが 1/3 ある。詳しく言うと、ESA 製品の更なる売上 63.7%、新製品売上 26%、多様化 5.8%そして既存製品の改良が 4.6%となっている。 87 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 商業的効果に相当する分はこの内約 8.5%で、前回の調査値より相当低かった。これは、ESA に関連したコネクション効 果が曖昧だったり、1986-1987 年まで宇宙産業間ネットワーキングが変化しなかったりしたためと考えられる。市場効果 61.1%、国際協力 26.6%そして新商業ネットワーキング 12.3%という内訳になっている。 ・ 組織及び方法的(O&M)効果相当分はこの内約 7%で、今回このカテゴリーは 1964 年~1980 年の其れより重要度が低く なった。低下の傾向は欧州宇宙開発計画の影響が明確な形で現れたためと考えている。プロジェクト運営 40.3%、生産 技術 31.5%そして品質制御 27.9%という内訳になっている。 ・ 労働因子的効果はこの内 41%で、前回調査値よりも遥かに増大した。欧州宇宙産業の発展と設計生産に係わったチー ムの技術的能力の向上を反映し、臨界集団規模の維持が 98.8%、そして技術移転が 1.2%となっている。 これまで記述した 1987 年~1988 年調査に加え、その前の調査(1980 年)及びその後の調査 1989 年(表 5.1-1 の ESA -カナダ)の結果をとりまとめたものを表 5.1-3(2)として示す。いずれも直接効果ではなく間接効果のみを取り扱っている。 表 5.1-3 BETA 法による欧州宇宙開発計画(ESA)及び ESA-カナダの評価結果 ESA ESA ESA-カナダ 1980 1988 1989 実施期間 64-82 77-91 79-93 パネルの参加企業体数 128 67 10 間接効果合計 7,551 12,680 256 (MUC86) (MUC86) (MUC89) 果 6,023 9,214 189 合計 (MUC86) (MUC86) (MUC89) 間接効果/契約額 ≧2.9 ≧3.2 ≧3.5 技術的効果 25 43 40 商業的効果 27 8 18 組織及び方法的効果 19 7 18 労働因子的効果 29 41 24 評価対象機関 ESA 契約者間での間接効 契約者間接効果の内訳(%) 注:ESA=欧州宇宙開発機関(European Space Agency) 全体的な経済波及係数(economic spin-off coefficient)は平均で 3 を越えており、ESA 支払い 100 単位に対して ESA 契 約者に約 300 単位の支払いが間接効果として実施されている。調査結果は、 ・ 社会全体に対する長期的効果を含まない ・ インタビューできなかったり、定量化できなかったりしたものがある。定量化できたのは対象の 60-70%となっている。 ・ インタビューしたマネジャーが提示した額に対して常により低い境界値を採用している という条件を採用しているため、得られた数値は保守的である。 以上、ESA に関係した BETA 法を紹介したが、残念ながら直接効果については言及がない。そこで続いて直接効果と間 接効果を両方とも評価した事例である BRITE-EURAM プロジェクトを示す(5,7)。 (注意:BRITE=for Basic Research in Industrial Technologies for Europe、EURAM=European Research on Advanced Materials) 88 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 5.1.3.2 BETA 法による基盤技術・先端材料研究(BRITE-EURAM)プログラムの効果分析事例(5) 調査対象プロジェクトは約 700 の中から 50 を選定して実施したが、結果は表 5.1-4 のとおりである。 得られた結果についての解釈 直接効果については 1995 年末で(2 年予測を含めて)522.5MECU が発生した。得られた費用対効果比率は 13.3 である。 直接効果を生み出したのは 54 ケースで、113 中 37 の会社であった。この内 2 社は非営利法人だったので直接効果に貢献し ないと判断した。39 の契約者が 50 中 22 プロジェクトに関係した。直接効果の大きさであるが出方では最小で 12~190ECU、 最大で 250MECU である。これらプロジェクトは直接製品やプロセスの商業化を発生させた事から、BRITE/EURAM 参加プロ ジェクトについて競争前段階で適用した“適否審査判断基準”が妥当であったのか否か少し問題である。 表 5.1-4 BRITE/EURAM プロジェクトに対する BETA 法評価結果 (金額は 1991 年 ECU にて表示) 調査対象プロジェクト数 50 パートナーの数 176 測定された経済効果の数 611 直接効果額/EEC 投資額 13.3 MECU1991 年における直接効果総額 522.5 間接効果額/EEC 投資額 4.1 MECU1991 年における間接効果総額 160.8 技術的効果(47.5%) 76.5 商業的効果(10.2%) 16.5 組織及び方法的効果(11.6%) 18.6 能力及び訓練的(労働因子的)効果(30.6%) 49.2 注意: EEC=ex-European Economic Community ヨーロッパ経済共同体の枠外 BRITE=for Basic Research in Industrial Technologies for Europe EURAM=European Research on Advanced Materials MECU=million European Currency Units ECU=European Currency Units 間接効果に付いては 1995 年の末、160.8MECU が得られた。間接的な費用対効果比率は 4.1 である。555 の間接効果 を見出した。88%の契約者が間接効果を得た。直接効果の場合、分布は最小で 1,000ECU、最大で 20MECU と広かった が、間接効果の場合はその分布はより狭く小さかった。 技術的間接効果(47.6%)の殆どはプロセス移転である。これは生産よりプロセスに重点が偏りがちな RTD プログラムで良く 見られる一般的な傾向と一致している。2、3 の特許がこれら研究プロジェクトから発生して市場に出たが、10 特許は契約者 が保持したままとなっていた。商業的間接効果(10.3%)はネットワークと世評効果にほぼ等しい割合で広がった。ネットワーク 効果はヨーロッパの工業をつなぐものとして期待は 1 番大きかったが、結果は期待した程ではなかった。詳細に調べると、 ネットワーク効果の主たる受益者は小中企業(SMEs: small and medium-sized enterprises)及びギリシャ、アイルランド、ポ ルトガルといった小国であって、商業的効果の 33%が前者に、62%が後者によって占められた。組織及び方法的間接効 果はプロジェクトを推進した組織に依存して変化した。殆どの場合。最終製品に改良が加わったのは方法伝達のお陰であ り、1.5MECU の間接効果が製品の質の向上に寄与した。これらは研究プロジェクトの目的には含まれていなかった。間接 効果全体の 1/3 は、プログラムに参加したパートナーの労働因子的間接効果であり控えめに見積もった数値となっている。 技術的または科学的な成功と失敗について契約者ではなくて BETA チームで評価した。50 プロジェクトからなるサンプ ル中 38 が成功、12 が失敗(1 プロジェクトは発足後半年で廃止)となった。経済的効果を生じれば経済的に成功というよう 89 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 に考えた。直接経済効果のみとか経済的効果なしというような技術的/科学的成功はない。1 ケースが全滅、11 ケースが少 なくとも間接効果部門で技術的/科学的失敗を呈し、そして 2 ケースが表5.1-5 に示す様に直接及び間接経済効果で共に 対等になっている。技術的/科学的成功プロジェクトに参入した契約者は、失敗プロジェクト参入の契約者よりも多くの経済 効果を得ているが、後者の方がより重要な間接効果生み出しているのは特記に値する。これが意味するのは、直接商業製 品やプロセスを導かなかった R&D が短期的であっても会社にとって利益を生んだという事である。方法論的観点から直接 効果のみならず所謂間接効果の追跡も興味深い事がある。 上流側(より基礎研究的)パートナーと下流側(より応用研究かつ開発研究的)パートナーに着目すると、間接効果につ いては上流側が 2 倍大きいのに、直接効果については 3 倍少ない。技術的間接効果の関係者数は下流側研究でひどく 少ない(30%)。基礎研究は大学のみでなく多くのパートナーで実施しているし、それが他のステージにある研究と共存すると 成功する例が多い(研究開発の‘相互作用モデル’をサポートする事実)。統合型企業と共同体に着目すると、研究開発と 生産を併せ持つ統合型企業は、非統合型よりも投資効果比率が 3-4 倍高い。異なる役割を持つ企業を含んだ共同体は、 ある程度統合企業に比肩するが、プロジェクト以前から関係を有していた共同体が特に有利となる(‘継続的相補関係’の 優越性をサポートする事実)。 表 5.1-5 BRITE/EURAM 直接及び間接経済効果、失敗成功に対する BETA 評価 技術的/科学的 技術的/科学的 成功 失敗 契約者数 136 40 EEC 投入財総額(MECU1991) 30.1 9.2 直接効果総額(MECU1991) 516.6 5.9 直接効果額/EEC 投資額 17.1 0.6 間接効果総額(MECU1991) 145.3 15.5 間接効果額/EEC 投資額 4.8 1.7 技術的効果 50.3% 22.5% 商業的効果 10.1% 12.2% 組織及び方法的効果 11.3% 能力及び訓練的(労働因子的)効果 28.3% 14.4% 50.9% 注意: EEC=ex-European Economic Community ヨーロッパ経済共同体の枠外 MECU=million European Currency Units プログラムの成功失敗の評価は難しく、直接効果や短期的成果、主たるパートナーのみに限定した評価は誤解を招きや すい。革新的政策を成功に導くには、投入される公的資金量よりも、制度設計、運用、既存革新体系との親和性、産業内 ネットワークの活用等に着目する事が重要である。 90 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 5.1.3.3 自動研磨ロボットプロジェクトの仮想的な効果分析事例(7) 《仮想的事例》 企業XXは精密機器・科学機器の分野の企業であり、ACPPプロジェクトという3年間のBRITE-EURAMプロジ ェクトの主委託先である。プロジェクトの目的は研磨作業の自動化の可能性の研究であり、最終的には自動研 磨ロボットの仕様の作成であった。プロジェクトには他に自動制御の研究所、エレクトロニクスの研究所、光学 分野の大学研究室、レンズ企業が参加した。これは新たなパートナーシップであった。XXはEUから300,000ユ ーロを受け取ったが、プロジェクトにかかった全コストは 100万ユーロであった。 プロジェクトはほぼ100%成功し、翌年にロボットの試作が行われた。終了2年後には4台のロボットの販売、10 台の追加注文を受けた。 プロジェクト中に、パートナーとともに新たなプロジェクトを計画し、ESPRITおよび国 の資金が得られる事が決まった。 プロジェクトによりXXは研磨加工技術についての知識基盤を向上させた。これにより、様々な材料向けの研 磨加工の工具を最適化・品質向上でき、新たなデザインの研磨加工工具を装着した工作機器が販売されて競 争優位性を得た。また、粉塵制御の技術は日曜大工工具を扱うXXの別部署に技術移転され、新たな装置の 開発に活かされた。さらに、XXはプロジェクトに参加し大学研究室と共同研究を行っている別の研究室に科学 機器を販売した。 XXではプロジェクト管理者、光学研究者、メカトロニクス研究者の3人でプロジェクトを行い、管理者は自己 の全業務の半分の時間、残りの2人は全時間を消費した。1人の研究者はプロジェクト終了後に退社している。 プロジェクト管理者はEUプロジェクトの主委託先になったのは初めてであり、企業・個人レベル双方で管理能 力(作業計画、資金配分、モニタリング、報告など)が向上した。また、企業XXは2年後に他のBRITE-EURAM プロジェクトを受託し、さらに1年後には新たなEurekaプロジェクトも受託している。 この仮想問題に対する BETA 法を用いた分析評価の流れを図 5.1-1 に示す。 資金投入 アクター 要素・リソース アウトプット ロボット販売 直 接 効 果 XX社 新製品販売 技術優位性 XX社 の資 関連製品販売 ACCPプロジェクト資金 その 他の マーケティング能力 金 XX社 研究開発 チーム 資金 科学機器の販売 ネットワーク形成 間 接 効 プロジェクトマネジメント 能力 ESPRIT・国からの 研究開発資金 獲得 果 コスト削減 (労務費) パートナー 大学 研究室 (光学分野) 研究所A (自動制御) 研究所B (エレクトロニクス) 研究所C (レンズ企業) 出所:財団法人政策科学研究所作成資料 図5.1-1 BETA法による分析の見取り図 91 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 (Ⅰ)直接効果:研磨ロボットの販売 アウトプットは新製品であり、インパクトは他者に打ち勝つ競争力と XX で作り出された付加価値である。直接効果は研磨 ロボットである POL ロボットの売上である。単価€ 300,000 のロボットが 4+10=14 基売れる。ACPP パートナーに 10%のロヤリ ティを支払った分も含めた付加価値率を 25%と設定している。 販売台数:14 単価:€ 300, 000 付加価値率:25 %(パートナーに支払われた10%のロイヤリティを含む) 直接効果 = 14 × € 300,000 × 0.25 = € 1,050,000 (Ⅱ)間接効果 プロジェクト参加機関内での技術移転やノウハウ移転といった技術的効果(Technological effects)、 ネットワーク効果や イメージ効果といった商業的効果(Commercial effects)、 内部組織の変更や経営管理手法変更を伴う組織/方法的効果 (Organization and method effects)、 パートナーの個人能力を向上させる労働因子効果(Competence & training effects (Work factor effects) 、ACPP 契約物品の供給者に対する効果(Effect for suppliers)を調べる目的で、現場インタビュー、 電話・手紙によるアンケート等を実施している。これにより係数(coefficients)を作成する。 a) Q1T+Q1C+Q1OM は売上に影響した量、その合計値は100% b) ACPP 契約から派生した数量、0≦Q2T+Q2C+Q3OM≦100% 売上増加に伴う付加価値率(Rate of added value)を RAD と略記すれば 技術的効果=売上xRADxQ1TxQ2T 商業的効果=売上xRADxQ1CxQ2C 組織/方法的効果=売上xRADxQ1OMxQ2OM 実働因子的効果 物品供給による効果=Σ{売上xQ1xQ2x(1-RAD)} (売上に対する付加価値の補完値は無視し、OM には無関係と考える) 間接効果1:(技術的効果・製品)研磨装置の新設計 アウトプットは研磨機の形状に関する知識であり、インパクトはその新規性に基づく競争力と XX から発生した付加価値。 販売台数(新たな研磨工具が装着された工作機器): 45 単価:平均 € 160,000 付加価値率:35 % Q1:この装置は他の機器との競合性に卓越しており少なくとも 3/4(75%)は、この点に根拠がある→機器卓越性の 効果 75%。 Q2:新規設計装置は売れた機器の僅か一部分であって 5%位の価値に相当。その開発コストは全開発コストの 10%位である。別のインプットは、部分的には N2MT プロジェクトから得たものであるが、工具に使った材料に関 する知識で、この工具は特に形状について特色があり同業他者のものを卓越し、プロジェクト XX の基準に適合 していた。XX の特別機械工具ラインに関する技術的水準に重要なインパクトを与えた形状卓越性からの貢献 率を 20-30%と判定(注意:ACPP プロジェクト開始後 2 年に、XX は異なる切断と切削に関する材料特性分野に おける別の BRITE-EURAM プロジェクト(加工工具と新材料を開発するである N2MT プロジェクト)に参画して成 功している)。 従って 間接効果1=45 台(新研磨工具を積んだ機械工具売上台数)x€160,00(1 台当たり販売価格)x0.35(付加価値率)x0.75 (Q1:機器卓越性効果)x0.2(Q2:工具材料卓越性効果) =€378,000 92 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 間接効果 2(技術的効果・製品):日曜大工工具 アウトプットはごみ廃棄物制御と貯蔵であり、インパクトはその新規性に基づく競争力と XX から発生した付加価値。 売れた機器の販売台数 8,000 台 単価 € 380 付加価値率 40% Q1: この工具が売れている理由は技術的優位性とマーケティングが 50%ずつである。 Q2:研磨により出てくる環境汚染物質(繊維ガラス、セラミックス、コンクリート、金属等)を処理する方法を、XX は 既に参加していた“ろ過、クリーン貯蔵、残留物処理を解決促進するための国家プロジェクト”より知見を得てい たので、それを ACPP に展開して、対応策を提供。全てを含めて手工具に関する ACPP プロジェクトへの特別貢 献度合いは 10%。 間接効果2=8,000 台(売れた機器の台数)x € 380(1 台当たり販売価格)x0.4(付加価値率)x 0.5(Q1:卓越性とネット、 戦略効果)x 0.1(Q2:ごみ廃棄物処理と貯蔵効果) =€ 60,800 間接効果 3:(商業的効果・ネットワーク):科学機器の新たな販売 アウトプットは、商売がらみの環境と競合する知識であり、インパクトはその新規性に基づく競争力と XX から発生した付 加価値である。 売れた機器の販売台数 4台 単価 € 85,000 付加価値率 40% 係数Q1とQ2:この顧客はプロジェクト開始以前には知られておらず、プロジェクトがなければ販売はなかった。 よって寄与率は100%である。 間接効果3=4 台(売れた機器の台数)x €85,000(1 台当たり販売価格)x 0.4(付加価値率)x 1.0(Q1+Q2 新規性) =€136,000 間接効果 4 及び 5:商業的効果(ネット)と結びついた技術的効果(生産) アウトプットは、技術的知識とノウハウ的知識、インパクトはその新規性に基づく競争力と XX から発生した付加価値。 XX が国家プロジェクトとして受け取った研究費 €200,000 XX が ESPRIT プロジェクトとして受け取った研究費 €200,000 付加価値率(研究費) 100% (1993~1997 年にわたって実施された BRITE-EURAM 及び ESPRIT プログラムに 350 の参加があり XX 会社は前者の プログラムに 3 年契約で主契約者となった。ACPP プロジェクトは、この XX の他に自動制御機器に優れた研究所、エレクト ロニクスと人工知能(AI)に特化した研究所、光学に秀でた大学及び科学的応用に必要なレンズ製作に優れた技能を持つ 工場と一緒に業務を実施した)。 Q1:XX が新規の 2 つの研究契約を得たという事を背景に、XX は技術的知識として 50%、またパートナーとして 良いグループに所属した点で 50%の 2 つの因子が存在。 Q2:2 つの新規研究プロジェクトにおいて、会社 XX の所有する知見の 50%は ACPP プロジェクトから派生したも の。また ACPP プロジェクト無しでは、XX はこのプロジェクトに参加できなかったのでその貢献度は 100%。 間接効果4(商業的・ネットワーク)=€200,000(エスプリ研究費)x 1.0(付加価値率)x 0.5(Q1:パートナー効果) x 1.0(参加機会効果) =€100,000 間接効果 5(技術的・製品)=€200,000x 1.0(付加価値率)x 0.5(Q1:技術的知見)x 0.5(Q2:ACPP 派生知見) =€50,000 93 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 間接効果 6:プロジェクト運営能力の獲得(組織的・方法的効果・プロジェクト運営) アウトプットは、知識及び技術―管理と組織、インパクトはその新規性に基づく競争力と XX から発生した付加価値である。 プロジェクト運営は、当初プロジェクトマネジャーの A 氏により開始され、徐々に拡散した。少なくとも N2MA と Eureka プロジ ェクトにおいて、ACPP プロジェクトに参加した XX が節約した準備等の期間は 2~4 ケ月である。XX 単独ではないとしても、 2 人・月はプロジェクトマネジャーが最低でも稼いだものと認識する(Q1、Q2 とは無関係)。 プロジェクトマネジャー/エンジニアの間接費込みの給与: €10,000/月 間接効果6=€10,000(給与)x 2(節約準備期間、2 ケ月)x 2(プロジェクトマネジャーによる 2 人・月) =€40,000 間接効果 7:労働的因子 アウトプットは知識基盤の拡大であり、インパクトは XX から発生した付加価値の代理権表示と競合力である。ACPP プロ ジェクトを通して、XX は研磨技術、光学技術、体系統合、機器境界問題、エレクトロニクス、人工知能(AI)において知識基 盤を拡大した。このような最先端研究開発活動に従事できたのはほんの一部分であり、残りは実験準備、テーマ評価、既 存知識の技術的応用という日常業務に消費された。A 氏は、業務の内 10%を革新的なものに消費したが、25%~50%は光学 専門家として技術的な時間を消費した。契約期間は 3 年即ち 36 ケ月である。 プロジェクト・マネージャー/エンジニアとして間接費を含めた給料: €10,000/月 技術者として間接費を含めた給料: €7,200/月 間接効果7 プロジェクトマネジャー/エンジニア分は €10,000(月給)x 36(契約期間、月)x 0.5(光学専門家)x 0.1(革新的業務従事率)=€18,000 技術者分は €7,200(月給)x 36(契約期間、月)x 0.25(光学専門家)=€64,800 労働因子的効果の合計 18,000+64,800=€82,800 定量化の結果 EU が XX に渡した資金額:EC 研究投資財 ・直接効果分は(Ⅰ)から €300,000 €1,050,000 直接効果/EC 投資 =€1,050,000/€300,000 =3.5 ・間接効果分は(Ⅱ)から 技術的効果―研磨装置 €378,000 技術的効果―日曜大工工具 €60,800 商業的効果/ネット €136,000 商業的効果(ネットワーク) €100,000 技術的効果(生産) €50,000 組織/方法的効果 €40,000 労働的因子効果 €82,800 間接効果合計 €847,600 間接効果/EC 投資 =€847,600/€300,000 =2.8(経済的波及効果) この様に、BETA 法では直接効果のみならず間接効果についても、全て金銭価値で評価する点に特徴がある。 94 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 5.1.3.4 BETA プラス法によるわが国の医療福祉機器技術研究開発制度の分析事例 評価対象制度に含まれるプロジェクトをみると、20 年以上も前に実施されたものから現在運用中のものまで幅広く分布し、 それらを抱き合わせて評価するというような状況では、追跡評価と中間評価の 2 面性を持った評価を実施しなければならな い。また医学医療に関する評価では、医療機器や福祉機器の売上といった経済的な効果の他に臨床的効果や社会的な 効果も求められる。このような状況では、経済的効果を評価する従来の BETA 法では対応出来ないので、社会的効果も把 握できるような包括的な手法が必要である。英国 PREST では、米国の経済学者 Jaffe が考案したスピルオーバーの枠組み (9) を BETA 法に組み入れて BETA プラス法と称し、これまでの経済的効果に加え社会的効果も評価できるようにした。 以下では、(株)三菱総合研究所が経済産業省の委託を受けて実施した評価記載のケーススタディ(オリジナルケースス タディ 4a の一部分)を紹介する (8) 。著者私見では、この調査は我が国の医療福祉機器技術研究開発制度に関して、 PREST や BETA を中心とした海外の評価研究機関が我が国の評価研究機関と一緒になって実施したものである。結果的 には、BETA プラス法を適用したものの、これまで BETA 法で見てきたような明確な直接効果と間接効果を示す事例になっ ているとは言い難い。BETA プラス法の適用例として少し不満を抱かれるむきがあるかもしれないが、考え方等は良く整理さ れており、我が国への初適用事例でもあるので紹介する事とした。 5.1.3.4.1 医療福祉機器技術研究開発制度の概要 (注1)オリジナルでは、類似の技術または製品分野において、商業化がなされたプロジェクト(ケーススタディ4a、光断層イ メージングシステム)と商業化達成プロジェクト(ケーススタディ4b無侵襲的脳代謝計測用 C-MRS 装置)を比較するマッ チドペア手法(matched pair technique)が用いられているが、本報は後者についての記述は省略する。 (注2)BETA プラス法を我が国の医療福祉機器技術研究開発制度の追跡及び中間評価に適用した事例の単純な紹介で あり、ケーススタディの結果が全体に及ぼした効果等には言及しない。詳細はオリジナル(8)を参照されたい。 ◆当該研究開発プロジェクトの背景と経緯 光断層イメージングシステムのプロジェクトは 1992 年に開始された。当時、脳疾患、心臓血管疾患、癌が日本における多 くの成人の死因となっていたため、これら特定の疾患のための医療福祉機器(特に測定器)の研究開発を促進する事が一 つの目的であった。パートナーは、J 社、B 社、AIST の機械技術研究所(MEL)、及び、これらの主要なパートナーに対して 情報を提供したり、プロジェクトの後半に臨床試験を実施した、H 大学(生体の生理学的特性の収集、安全性試験、臨床 試験)、S 総合病院(基礎的光学特性の収集)、O 研究所、K リハビリテーションセンターである。 ◆全体的目標 本プロジェクトの全体的な目標は、光ベースの技術を用いて人体、特に脳の活動を測定する事である。このような用途に 使われる光ベースのシステムは、身体に取り付けた発光体からの発光と、人体による反射を利用したものである。反射の検 出は発光体によって行われるので、発光体は受容体としての役割も果たす。これらの発光体/受容体の数は、光を伝達す るチャンネルの数によって決まる。技術には2種類ある。光トポグラフィーシステム及び光トモグラフィーシステムである。身 体に取り付けた検出器まで光が脳内を伝わるのにかかる時間を測定して、血流と(脱)酸素化の立体的イメージを作成し、モ デリングを用いてそれらの活動量を計算する。 ◆光断層イメージングシステムプロジェクトの技術的課題 技術的観点から見て、もっとも重要な改善は、J 社が実現した時間分割システムの小型化である。B 社に関しては、システ ム全体の統合をする事以外で、もっとも大きな課題は、測定システムをどのように人体に取り付けるか、という点である。 ◆プロジェクトの概要 選定段階と参加企業決定の後、AIST は、・全体的目標、・詳細な内容と研究計画、・契約条項、・研究開発活動の予算、 などを含む基本計画を作成した。 ◆プロジェクト開発委員会の役割 プロジェクト開発委員会の主な役割は助言である。 ◆他の公的機関の役割 95 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 開発委員会と当該技術研究組合による評価(本プロジェクトの概容報告は、AIST に対して毎年行われた)及びプロジェ クト終了時の総合評価(AIST 審議会の小委員会(学識経験者をメンバーとする)がこの総合評価を実施)の 2 種類がある。 ◆光断層イメージングシステムプロジェクトの組織と機能 パートナー間の関係は、以下のようなものである。 *パーツやサブシステムの製造は、それぞれ、独立に行われた。 *年に 3、4 回の会合があり情報交換が行われた。これらの定期的会合は、パートナーによる自主的なものであったが、 政府はこれらの会合の記録を取るよう指示していた。 *問題が発生した場合には、臨時の会合も持たれた。 *プロジェクト開発委員会との定期的会合(年3回)も、持たれた。各年度末には、上記の自主的会合の議事録を含む報 告書がプロジェクト開発委員会に提出された。 計画では予算は合計約 7 億円であったが、当該技術研究組合によると、AIST の資金を別にしても実際の予算は 7 億 7 千 8 百万円であった。企業から得た情報によると、B 社は本プロジェクトのために NEDO から 3 億 6 千 4 百万円の資金の 提供を受け、J 社から 8 百万円相当の製品を購入している。J 社は、約 3 億 5 千万円の提供を受けた。通常の方式どおり、 契約、および承認された予算の範囲内の研究は全て公的資金でまかなわれる事になっていたが、費用がこの水準を上回 ってしまうと、企業がその分を負担する事になる。人件費は一般的にコストの中に組み入れられる(作業時間がプロジェクト 開始時点での予測を上回ると、企業がその人件費を支払わざるを得ない)。予算が限られていた一方、開発コストも重要で あったため、人件費は公的資金では充分にまかなわれなかったものと思われ、企業が主にこれを負担していたようである。 ◆本プロジェクトの達成内容 当初の目的は脳の光トモグラフィーを作成する事であったが、比較的初期の段階で、実用的利用が可能なのは光トポグ ラフィーのみである事が判明した。 5.1.3.4.2 BETA プラス法による評価結果 ◆直接効果 ○ B 社 本プロジェクトにおいて、広範に TR システムを利用する上での限界に直面して、B 社はトポグラフィーのシステムの開 発に乗り出した。これは、元来光断層イメージングシステムプロジェクトの意図していた装置ではない。光断層イメージング 装置の低グレードバージョンなのではなく、異なる技術を利用したものだ。この点は本プロジェクトの結果を理解するために 重要な点であるが、これは必ずしも理解されてはいない。 2001 年に(薬事法に基づき)認可プロセスを経た後、2001 年 12 月に“製品 AA”という商品名で市場に初投入された。 2001 年 12 月から 2003 年 3 月(年度末)までの間に、13 台の製品 AA が販売された。1 年間の保証がついており、チャン ネル数にもよるが(チャンネル数の一番多いもので 3 千 4 百万円)、平均単価は 3 千万円程度である。1 年間の保証期間終 了後は、1 年あたり 1 台 40 万円で保守サービス契約を結ぶ事ができる。付加価値の平均は 3 分の 2 である。J 社はサプラ イヤーの一つとなっている。顧客はこれらの装置を主に研究目的に使用している(この分野の、脳機能分析や MRI 技術も 研究目的のみに利用されている)。 ・効果:13 台×(3 千万円+40 万円×3)×(2/3)=2,740 万円 世界市場の中で、競合相手は C 社のみである。B 社の日本市場におけるシェアは、30 から 40%である。製品 AA の輸 出は、(リース 1 件を除き)今のところ、考えていない。これは、海外での保守やサービスは困難であるからだ。現在は様子を 見ている段階である。この市場に最初に参入したのは C 社であったが、B 社の参入によって、C 社の市場シェアが低下する 結果とはならず、逆に、市場が拡大した。 ○ J社 J社は、B 社の製品 AA 用のコンポーネント(光電子倍増管など)を販売している。1 台あたり 60 万円である。 ・効果=30×60 万円=1800 万円 96 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ○ MEL なし ◆参加企業(パートナーを含む)に対する間接的効果 ○ B社 ・技術的効果 定量化できなかった。 ・商業的効果(ネットワーク効果) 定量化できなかった。本プロジェクトを通じてできた、企業内外の人々との“人間関係“は、貴重な財産である。あまり接す る事のなかった分野の教授や医師との交流が多くなり、今でも親交のある人々もいる。 ・組織・方法的効果 定量化できなかった。本プロジェクト実施以降は、管理の経験を他のプロジェクトにも役立てるための正式なシステムが できた。光断層イメージングシステムプロジェクトに参加する事で得た経験が、このような正式なシステムを設立する上で役 立った。本プロジェクトによって、B 社の、政府プロジェクトに対する意欲が増した。単に、マーケティングの中で言及するた めという事ではなく、より積極的な姿勢を持つようになった。但し、将来は、より長期のプロジェクトのための予算を獲得した いと考えている。 ・労働因子的効果 光断層イメージングシステムプロジェクトには、6 名がフルタイムで携わっていた。合計人数は 10 名であった。現在、末梢 血管(特に手のひら)の血流の測定に関する研究を担当しているチームは、4 名で、そのうち、プロジェクト・マネージャーと、 残り3名の研究者のうち1名は、かつて光断層イメージングシステムプロジェクトに参加していた。光断層イメージングシステ ムプロジェクトで蓄積された技術的知識で、このフローアッププロジェクトに活用されているものを見てみると、ハードウエア に関する知識はほとんど移転されていないが、ソフトウエアに関しては、より多くの知識が前者のプロジェクトから移転された。 例えば、体内の光の分析については、光断層イメージングシステムプロジェクトで開発した手法が“大きな影響”を与えた。 前述の2名の研究者のうち1名は電気回路の設計を専門としており、ソフトウエアに関しては 10%程度しか時間を割いてい なかった。もう 1 名の研究者の専門は光学であり、光断層イメージングシステムプロジェクトではソフトウエアのみに携わって いた。臨床試験のデータ分析に関するかなりの経験を得た事が、フォローアッププロジェクトに役立った。 ・効果=(1人年×7年+1人年×10%×7 年)×間接費を含む年収 ○ J社 ・技術的効果 効果1 J 社は、3 つのパルスーレーザーソースを使った単一チャンネルの試作品を作成した。この試作品は画像を作成する事 はできなかったが、測定値の平均を用いて脳内の血流をモニターする事ができた。これには、単一チャンネルに適合したソ フトウエアパーツが J 社によって組み込まれている。J 社は、この新装置の市場向けの製品を作成するという目標を持ってお り、現在、製品化の段階にある。既に単一チャンネルの製品を製造販売しているが、それは連続発振レーザーを使ったも のだ。J 社は、市場についての理解は既に持っていると考えている。本プロジェクトに関してのもう一つの効果は、J 社がプロ ジェクト開発委員会のメンバーから、臨床環境で試験を実施する際の、数多くの様々な制限について多くの情報を得る事 ができた点である。これによって、単一チャンネルの装置の臨床評価のための時間を短縮する事ができた。 定量化: J 社は、販売予測、付加価値などに関する情報は企業秘密であるとして開示しなかった。技術に関しては、40-50%程度 が本プロジェクト(Q2)に由来するものであり、残りはユーザー向けに開発した部分であると J 社は考えている。このようなハ イテク主導、高性能指向の分野においては、技術的性能が主な成功要因である(Q1)。 ・効果1=0.4×1×販売予測×付加価値(最後の2項目については、データを入手できなかった) 効果2 97 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 16 チャンネルの装置の用途として考えられるのは、癌のイメージングであり、診断目的に使用できる可能性がある。J 社は この装置を用いて研究を行い、新たな装置を開発したいとしているが、そのプロジェクトは前回のプロジェクトほどは進展し ておらず、依然研究開発段階にある。この装置の場合も、販売予測を含めたビジネスプランがあるが、この情報も開示され なかった。この新たな装置には、主にほかの技術やJ社の過去の経験が使われているので、光断層イメージングプロジェクト の技術面での影響は、比較的小さいものと考えられる(Q2:40%未満)。 定量化: ・効果=0.4(0.4 未満であるが、ほかのデータも欠落しているので、正確に捉える必要がない)×1(効果1と同じ仮定 に基づく)×販売予測×付加価値(最後の二つの項目のデータは、入手できなかった) 効果3 CFD/TAC ハイブリッド IC は、非常に特殊なものであったが、本プロジェクトにおける開発の後、実用化された製品や技 術はない。この IC は現在、蛍光減衰時間測定などの研究活動に使用されている。この装置を用いる事によって、ほかの装 置では不可能な研究を行う事ができた。最も重要な効果は、J社が時間分割分光測定に関するノウハウを得る事ができた 事である。 定量化: 効果(つまりハイブリッド装置の使用によって得た知識の価値)は、少なくとも、同等の機能及び性能を備えた別の装置の、 入手あるいは開発のコスト、3,000 万円に相当すると考える事ができる。(本プロジェクトで作成されたパーツで、現在製品 化されているものはない。しかし、プロジェクトを通じて得た経験が、ほかの製品にも活かされている(例えば、製造方法な ど)。但し、J社は、そのような情報も企業秘密であるとして開示しなかった。本プロジェクトで得た特許で現在使用されている ものはない)。 ・商業的効果(ネットワーク効果) なし ・商業的効果(マーケティング効果) 例えば、文部省のような政府機関からの研究開発補助金を得るときもそうであるが、J社は、PET を用いた癌研究の提案を 申請した。その中には、オプティカル CT に関したサブテーマが含まれており、その研究に前述の16チャネルの装置を使う つもりである。この提案に関する政府の決定は、近い将来下される事になるが、支援を得られる確率は非常に高い(90%以 上)。しかし、光断層イメージングプロジェクトに参加した事や、その成果物である 16 チャネルの試作品を持っている事は、 ほとんど利点とはならないものと思われる。癌研究プロジェクトでは、光イメージングは、一部に過ぎないからである。そのプ ロジェクトに対して提供される金額はまだ決定されていない。 定量化 ・効果=政府から提供される金額×0.9×光断層イメージングプロジェクトの影響 ・組織および方法的効果 なし。 ・労働因子的効果 J社では、13名が本プロジェクトに携わっていた(フルタイムではない)。本プロジェクト以降、この研究分野での活動が増 加した。中央研究所には、いわゆる“第 7 グループ”及び光学担当の研究室があり、合計約 10 名の研究者が現在この分野 で研究を行っている。そのうち 4 名は、光断層イメージングシステムプロジェクトに携わった研究者である。中央研究所は 1994 年に設立され、当初第 7 研究グループは、光診断の研究に専念していたわけではなかったが、今ではこの分野を専 門としている。光断層イメージングシステムプロジェクトを通じて、この分野で興味深い優れた結果を出す事ができるという 事が分かったからである。その意味で、光断層イメージングシステムプロジェクトは、第 7 研究グループの、この分野への特 化と能力の再編成に影響を及ぼしたと言える。特に、生体組織の特性(特に散乱吸収係数など)に関連したエンジニアリン グ光学に関する多くの知識を得る事ができた。これと並行して、J社の費用で海外の研究所との協力も行われていた。従っ て、そのプロセスは、本プロジェクトによって促進されたものと言える。この場合、オプティカル CT に対してJ社が投入した全 資源の 3 分の 1 は、政府資金であった(3 分の 2 は、J社の資源を用いた)。 98 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 定量化 ・効果:4×当該分野において 4 名が技術革新活動に費やした時間×人件費(間接費を含む)×1/3 ○ MEL ・技術的効果 本プロジェクトは、かつての MEL のチーム、H 大学の T 教授及び数社(B 社、J社ではない)によって実施された光伝播 の理論的及び実験的側面に関するほかの研究にある程度の効果をもたらした。Y 教授が研究している分野のひとつは、血 中ブドウ糖の測定に関するものである。“伝統的な”アプローチは、採血をして分析するものであるが、一般的に無侵襲的 分析にシフトする傾向があるため、光学的アプローチに関心が持たれている。そのため、血中にブドウ糖が蓄積する根本 的原因や、組織の伝播特性へのブドウ糖蓄積の影響といった点を考慮する必要が発生した。このテーマについて 2 年前に 当該技術研究組合のプロジェクトが発足した。MEL も関与しているもので、ブドウ糖の光学的測定のための部分・マイクロ ポンプの二つの部分からなる人工膵臓に関するものである。主要なコントラクターであるK社を含め、2企業が参加し、5 年 間のプロジェクトとして始まった。しかし、残念ながら、マイクロポンプの成果が思わしくなかったため、2 年後に政府によって 中断された。ただし、ブドウ糖の光学的測定に関しては、非常に優れた結果が得られたので、来年度、更なる政府資金の 提供を求めて、申請がなされる事が期待されている。 このプロジェクトの MEL に対する資金提供は小額に過ぎなかった。3 年目(このプロジェクトの停止直前)には、主要なコン トラクターに対して、1 千万円しか分配されなかった。光断層イメージングシステムプロジェクトが存在していなかった場合、 MEL がこのプロジェクトに関与したかどうかは判断が難しい。光断層イメージングシステムプロジェクト(および、それ以前の プロジェクト)で得られた知識は不可欠ではあるが、この種のプロジェクトでは、MEL はパートナーとして関与するのが普通 だからだ。一ついえる事は、光断層イメージングシステムプロジェクトが人体の光の伝播の測定が可能である事を実証した 事で、この研究分野の今後の進展の道を切り開いたという事である。 定量化 ・効果=MEL と Y 教授が当該技術研究組合プロジェクトのために受領した金額 ・商業的効果(ネットワーク効果) 本プロジェクトのパートナー同士の関係は現在でも継続しているが、関係が始まったのは、それ以前の、科学技術庁によ る支援プロジェクトの時点である。パートナーは全て同じであった。光断層イメージングシステムプロジェクトでは、Y 教授や、 かつての MEL のチームは、海外の研究者との良好な関係を構築する事ができた。 ・組織および方法的効果 本プロジェクトを通じて、Y 教授は、技術的にまったく新しい、既存でないものを創造するには、まず、ハイレベルの目標 を設定し、詳細な研究開発計画を作成し、高度な能力を持ち、互いに補完し合えるようなチームを組織する事が必要であ ると感じた。これは Y 教授の個人的見解である。Y 教授は 2 年前に MEL を離れ、大学に移ったため、教授の経験に基づく この見解は、MEL 内の他の部署には伝えられていない。 ・労働因子的効果 MEL は、PhD 未取得の若い学生を 1 名、本プロジェクトのために Y 教授のもとへ配置したが、Y 教授は、MEL に来てい た外国人学生に主に作業を依頼していた。当該技術研究組合の資金から外国人学生への支払いをする事は禁じられて いたため、Y 教授は、科学技術庁のフェローシップの資金を申請し、欧米からの 4~5 名の若い研究者(加えて 2 名の中国 人がアルゴリズムの改善に携わっていた)への支払い資金を確保した。ただし、彼らは Y 教授が招いたのではなく、彼らが MEL と Y 教授に彼らの受け入れを依頼していた。しかし、当該技術研究組合のプロジェクトが無かったとしても、Y 教授は 彼らを受け入れていたであろう。教授と彼らとの間には、それ程緊密ではないにせよ、現在でもコンタクトがある。 ◆他社に対する効果 二つの主な効果が挙げられる。一つ目の効果は、製品 AA システムの生産のために B 社に対して製品を供給しているサ プライヤーに対する効果である。もう一つの効果は、光システムに関心を持ち始めた医療機器サプライヤーに対する効果 である。これは特に、本プロジェクトの期間中にトポグラフィーベースのシステムの開発と製品化を開始し、自社の、市場に おける強さも手伝って B 社に先駆けて製品を発売し、大きな市場シェアを獲得した C 社に当てはまる。光トモグラフィーに 99 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 関するプレゼンテーション、報告、学術文献への記事の掲載の数を比較してみると、本プロジェクト以来、研究活動が増加 している事が分かる。これは本プロジェクトの影響によるものと考える事ができる。 ◆ユーザーに対する効果 本プロジェクトの特異性のため、①研究目的の使用と、診断や治療のための広範な実用的利用、②もとの TR ベースの 装置の使用と、B 社のトポグラフィーベースの製品 AA 装置の使用、は、それぞれ区別して考えるべきである。 ◆その他 政策及び規制に関する効果は無い。 ◆アディショナリティ(additionality) 政府の支援なしには、光断層イメージングシステムプロジェクトは実施されなかったであろう事は明らかである。光学分野 全体をみてみると、本プロジェクトによって、特に J 社のようなパートナーの光 CT 分野への取り組みが促進されたといえる。 もう一方の企業パートナーである B 社については、本プロジェクトなしには、製品 AA を開発する事はほとんど不可能であ ったと思われる。本プロジェクトを通して、J 社は技術のみならず、このような用途の技術的、事業的環境についての一般的 知識を得る事ができた。出版物からも明らかなように、本プロジェクトが、J 社にとってのトリガーとなった。光断層イメージン グシステムプロジェクトは、光トモグラフィー、光トポグラフィーの使用、そして、それらの市場形成の引き金となった。 ■ 5.1.4 まとめ(5)-全ての評価法が出会う典型的な問題と BETA 法による対処法 (文献(5)に結論として紹介されていた事項をそのまま翻訳して紹介する) BETA 法を用いて基盤技術・先端材料研究(BRITE-EURAM)プログラムの効果分析を実施したが、BETA 法が得意とす る事と逆に不得意とするところについて自分達自ら理解した。評価では、まず R&D 協力プロジェクトが工業に及ぼすインパ クトを調べた。このインパクトは、プロジェクトに関係した多くのパートナーが用いる様々な直接的および間接的方法から生 じた。どのような評価方法であっても直接的効果、主たるパートナー、短期的効果には限界があり、また効果の型式の持つ 限界が誤解をも生み出すので、プログラムの成功・失敗を言及するには困難がある。BETA で用いる大きなデータベースの 詳細分析では、パートナーの特性、総額に対する分析 R&D プロジェクトの組織的構造、観察された効果の特性がどのよう にインパクトを発生させているのかについて注目した。 欧州宇宙開発計画で実施された宇宙計画に対し BETA は評価研究を行ったが、そこから分かったのは、企業の間接 効果の総額とプロフィールは、R&D プロジェクト目的で構築された工業的ネットワークの中での間接効果との大きさとその位 置に大きく相関しているという事である(Zuscovitch and Cohen, 1994 参照)。BETA 法が見つけた(幾つかの例では見出さ れなかったかもしれないが)重要な特徴は、RTD 計画とそれが発生した工業的効果との間にある協調性である(例えば、第 2BRITE/EURAM 研究、Material Ireland 研究、 Procap 研究参照)。公的権威が産/官 R&D 協力を通じて革新的プログラ ムを推進する場合、成功の成否は使った公的資金の額ではなくてどのようなプログラムを設計し、推進し、 既存の革新的 体系と結合したかという点に依存すると考える。 方法論的な観点から見れば、BETA 法は全ての評価法が出会う典型的な問題の幾つかに対して部分的に対処するだけと言える。 (Bach and Georghiou, 1998 に記載されているように)これら古典的な問題は以下に示す 4 つのカテゴリーより構築されている。 1 番目のカテゴリーは、長期的な、プログラムのパートナーから非パートナーへの、そして微視レベルから中位及び巨大 レベルへの、時間と空間を通した効果の伝播(propagation)がどんなものであるのかを見極めたり、アクセスしたりする事の 困難性である。この伝播または拡散現象は、微視レベル状況では限界のある‘グロス効果’とは反対の‘正味効果(net effects)’におけるアセスメント、サンプリング、外挿性に対して困難な状況をもたらす。しかし、BETA 法はこれらに明確に対 処可能である。する。即ちそのような評価は BETA の枠外にあり、パートナーレベルで始まった伝播の極初期段階からのヒ ント以外には何も生じない。BETA 法では‘経済の残り物’に関する RTD インパクト評価は許さない立場をとっている。 2 番目のカテゴリーは、革新を導く因子間の‘分離可能性(separability)’である。特質の 1 つは、例えば会社内で他のプロ ジェクトが平行して運営されていて、あるプロジェクト評価が‘プロジェクト誤謬’の原因または兆しとなってしまっても、全て の便益を評価プロジェクトに‘振り分ける(attribute)’事が可能と言う点である。別の特質は、革新化するために次から次へと 100 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 要求される市場化能力、管理運営能力、‘生産チャンピオン’、‘門番’といった知識、能力、そして/または個人という形で の資産に関する補完性にある。このような状況下では、注目した評価に関する R&D 研究の影響は過大評価傾向となる。特 質の 3 番目は、共同プロジェクトに固有なものであって互いに関係したパートナーのそれぞれの影響を分割する困難さ(不 可能さ)である。分割可能性問題の第 1 番目の特質に対する BETA の対処法は、インタビュアーの支援でインタビューを受 ける管理者が‘父権係数(fatherhood coefficient)’を使用できる点にある。これは、資産間の分離に関係する第 1 ステップと プロジェクト間の分離に関係する第 2 ステップのような、2 つのステップによる評価プロセスを用いる時に使われるものである。 殆どの状況下では、研究、市場、財政等の異なる部門に関係して色々な管理者がおり、その教育的背景も異なっている人 達が一緒にインタビューを受ける事になる。インタビューに長らく関わった実践から、管理者達が合意するのは父権係数の 最小値であり、最小評価を使うという事が分かっている。いずれにせよ、この種の評価には主観主義が不可避なものとして 残る。分離可能性問題については、BETA 法では全てのパートナーのプロジェクトを包含しているので、二重カウントする危 険性が小さくその点で優位な方法と言える。 3 番目のカテゴリーは、アディショナリティ(additionality)に関連した問題であり分離可能性問題にも関連する。この種の問 題を取り扱うときに受け入れ可能な異なる見解がある事を最近の研究が強調している:それは、入力、出力、およびふるま いに関するアディショナリティである(Buisseret, Cameron and Georghiou,1995)。評価したプログラムはどのような差異を作る のか、もし作るのであれば公的な介在を正当化できるのかといった利害状態に関する質問、(機会費用の疑問に関連して) それは別のプログラムで投資されたほうが良かったのではないかといった別の質問も生じる可能性がある。このようなアディ ショナリティに関する困難性は、パートナーまたはプロジェクトレベル、プログラムレベル、または政策レベルのどの状態でも 出現する。BETA 法は基本的には微視的(ミクロ的)アプローチであるため、プログラムや政策といったより高いレベルの疑 問に対し部分的な情報または印象のみしか出せない。逆にミクロレベルではいろいろな対処を実施できる。例えば BETA 法では、インタビューを受ける管理者に対し明確な代替的シナリオに関する質問をしない。つまり、別の言葉で言えば、‘無 の仮定(null hypothesis)’または‘評価プロジェクトの欠席(absence of the evaluated project)’は参考として取り扱っているの で、‘代替的参考シナリオ(alternative reference scenario)’を改良することができる。さらに、例えばECの場合、たくさんの提 案の中から EC による選択の‘カット(cut)’が起こるが、この直後に順位付けを受けた‘統制組織(control organization)’も評 価に参加させる事が可能である。BETA 法では、この様にして方法論的な加速を付加できる点にも特徴がある。 4 番目のカテゴリーは、評価の制度化に関して必要性や自発性が求められた時に生じる問題である。典型的事項として は、多様な利害関係者(stakeholders)の介在、プログラムの設計や履行時期に絡んだ評価時期の選定、評価に必要な資 源、評価者の選択、評価実施の再現性、データ収集方法及びその他が列挙される(OECD、1997)。この状況に対して BETA 法は幾つかの対処療法を持っている。サンプリングや調査目的に叶う判断基準の選択について、例えばインタビュ ー及びデータ収集分析作業が概略パートナーにつき 1 人・週必要というような時間と資源を消費するアプローチを伴う場合、 プログラムそのもの及び評価作業の目的に添った良い知識が必要となる。BETA が共同で取り組んだ幾つかの大学研究 室における経験及び同一の方法論ベースで他の組織によって実行された研究(例えば Garcia, Amesse and Silva,1996 参 照)は、即効性がなく明確でもない事が明らかになっている。実効的で重要な面は、BETA がインタビューを通じて収集した 情報およびパートナーのサンプルは秘密を保持するという点である。秘密性の保持は、インタビューを受ける管理者に対し て積極性を促す非常に良い前提となるし、それは戦略的な情報でなくとも管理者達にとって重要なものとなる。但し、その ような秘密性はインタビューの再履行や定期的な評価キャンペーンにおいて、きちんと維持されるかどうかは確かでない。 制度化の一面として特筆しておきたいのは、研究所の意思決定者達が結果をよく利用するという事実である。BETA 法に よって示された結果は、時として、あまりにも単純な道筋の中での定量結果として位置づけられたり、‘1 ユーロの国家投資 により×ユーロの利益が発生した’というような費用対効果が存在していたりする時に混乱と誤謬が生じる。他の評価方法 では、プログラムのみならずその評価に影響するような事後形成や事前行動に関して、探索を積み重ね、妥当性を加速し、 アプローチの質を高めるといった‘教育’を利用者に施す必要がある。一方、我々が得た経験に依れば、彼らがより早い段 階で与えられた条件を実行するならば、BETA 法は多様な RTD プログラムに適用可能である。BETA 法は、RTD プログラ ムで始動した革新的プロセスに対してより良い応答性を示す。特に、共同プロジェクトといった評価の事前行動を助けるよう な定性的次元を持つものが設定されていると、効果の加速は大きい。 101 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 BETA 法に関するその他のオリジナリティとして、ケーススタディ対統計的分析、主流/費用便益分析対より‘異端 (heterodox)’的アプローチ、パートナー対内的/外的ネットワーキング現象、創生と技術的及び組織的な日常業務の変化、 さらには創生と学習プロセスの変化をターゲットにした‘混合アプローチ(mixed approach)’が可能であるという点である。こ れらはパートナーの能力に多様に影響する革新的タームである事に注意を要する。BETA 法は本質的には、パートナーの 知識形成に基づく開発、成文化、組み合わせ、取得、貯蔵、分かち合い、探査及びその他を対象にした様々な検証を実 施するという特徴を有している。知識の過程においてこれらを形成することは、即ちあらゆる革新のコア形成に繋がっており、 競争力と技術および価値を生み出す原動力となっている。BETA 法は長い積み重ねで構築した概念と経済的知識のツー ルを持つが、一方では理論的かつ方法論的な面からのアプローチも重要な研究課題となっている。 ■ 参考文献 1. BETA: The indirect Economic Effects of the European Space Agency’s Programmes、 European Space Agency, 8-10, rue Mario-Nikis, 75738 PARIS CEDEX 15, France, esa BR-63, ISBN 92-9092-031-9 (1991.4) 2. L. Bach and G. Lambert: Evaluation of the Economic Effects of Large R&D Programmes: the Case of the European Space Programme, Research Evaluation p17 (1992.4) 3. L. Bach, P. Cohendet, G. Lambert, M. J. Ledoux: “Measuring and Managing Spinoffs: The Case of the Spinoffs Generated by ESA programs”, Space Economics Vol.144 Progress in American Institute of Aeronautics and Aeronautics (1992). 4. L. BACH, Nuria CONDE MORIST, M. J. LEDOUX, M. MATT, V. SCHAEFFER: “Evaluation of the Economic Effects of Brite-Euram Programmes on the European Industry”, Scientmetrics 34 , 326 (1995). 5. L. Bach , M-J Ledoux, M. Matt: “Evaluation of the BRITE/EURAM program”, in Shapira and Kuhlmann( eds) “Learning from Science and Technology Policy Evaluation: Experience from the United States and Europe ”, Edward Elgar (2003). 6. L. Bach: The Assessment of the Socioeconomic Impact of Public R&D in France; Perspectives on Practice and Research 研究開発の社会,経済的評価に関する国際会議,(2002.4)。 7. L. Georghiou, J. Rigby, H. Cameron: “Assessing the Socio-economic Impacts of the Framework Programme”, (2002.6). 8. (株)三菱総合研究所:“海外の評価期間を活用した医療福祉機器技術研究開発制度の評価に関する調査”, 平成 14 年度経済産業省委託調査報告, (2003.3).オリジナル報告書は"Evaluation of the National Research and Development Programme for Medical and Welfare Devices", report by the PREST with different partners (incl. Beta) for case- studies, project supported by Mitsubishi Research Institute Inc., Tokyo. 9. Jaffe, A.B.:”Economic Analysis of Research Spillovers; Implications for the Advanced Technology Program”, NIST, US Department of Commerce Technology Administration, NIST GCR 97-708(1996). 102 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.5. 欧州における経済性分析法の検討事例 1.5.2. 欧州連合における RTD プログラム・ポートフォリオの評価 フィンランドのエネルギー技術プログラムの評価事例 財)政策科学研究所 伊東 慶四郎 (財)政策科学研究所 大熊 和彦 世界中で政策立案者が、イノベーション関連措置を「パッケージ」の形で立ち上げている。評価者には、教育的でコスト 効果の高いプログラム・ポートフォリオ評価方法を生み出し、最終的には政策「パッケージ」を仕上げるために、プロジェクト やプログラムの評価で得られた経験を整理統合することが課題となってきている。 ここでは、最近の欧州における研究・技術開発(RTD)プログラム・ポートフォリオに関する以下の2つの評価1の内、後者 のフィンランドの評価事例を取り上げ、費用効果の優れた評価手法による有益な情報の生産を求める政策立案者およびプ ログラム管理者の要求に応える参照事例とした。 ○第一事例:欧州連合(EU)のフレームワークRTDプログラムを構成する個々のプログラム全てを評価するために実施され ている評価システム ○第二事例:フィンランドの11のエネルギー技術プログラムに関するポートフォリオの評価(Guy他:1999年) この評価では、有益な洞察と役に立つ政策提案を生み出すため、試行・テスト済みの評価方法の組み合わせからなる マルチ・モジュールの手法が使われた。国内のプログラム・ポートフォリオの評価経験から、いかにすればEUレベルの評 価システムを改善できるかについて示唆している。 ■ 5.2.1 評価にとっての新たな課題 賢明な政策立案者は過去の活動の評価から学ぶべきことが多いことを認識しており、過去約20年で、評価はプログラム および政策の定式化の重要なインプットとして確立されてきた。プロジェクト評価は改善されたプログラム管理戦略に組み 込まれ、プログラム評価は国内および国際的なレベルの政策論議の基礎的情報となっている。 ◆評価の展開の方向 この間、評価は理論面でも実施面でも、取り巻く状況の面でも多くの変化や展開があった。初期の評価の場合、主要な 政策上の推進力の一つとして、過去の活動のインパクト、特に公的資金によるRTDプログラムのようなイノベーション関連の 諸活動についての付加価値を測定する必要があった。ほとんどの場合、この種の証拠は過去の政策を正当化するために 要求された。しかし「加算的(summative)」手法によってインパクトを測定する試みは、方法論的困難も伴い、実際の評価は 異なるコースを辿った。具体的には、 1 Ken Guy (2003), “Assessing RTD program portforios in the European Union.”, Philip Shapira and Stefan Kuhlmann ed.,“Learning from Science and Technology Policy Evaluation”, Edward Elger, 174-203. 103 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 評価の根拠(rationale)が、過去の活動を正当化したいという願望から、認識を改善し、将来の措置の情報を供給する必 要へと移行した。 ・ それに伴い、評価の論点が、質や経済性、効率性、有効性といった狭い焦点から、過去の措置の適切性のような追加の 問題に関する関心やパフォーマンスの改善および戦略開発への関心を含む、より包括的なものに拡げられた。 ・ 評価のアプローチは、証拠や議論は含むが提言は含まない、独立した評価者による評価レポートにより性格づけられる 客観的中立性の純粋主義的モデルから、評価者が重要なすべての関係者を学習活動に巻き込み、独立的分析だけで なく、助言や提言をも行なう、より「形成的(formative)」な評価に進化してきた。 ・ 評価が実施される環境はますます変動が激しくなった。イノベーション・システムの複雑さについての我々の理解が高ま るにつれて、特定の政策処方の正しさの確実性は全体的に低下することになった。 ・ このことは、より柔軟で実験的な手法での政策ポートフォリオの構成につながり、また分析を助け戦略開発に寄与するモ ニタリング、評価およびベンチ・マーキングのよく定義されたシステムに対するさらに大きな要望につながった。 ◆政策立案者および評価者の双方への新たな課題 政策立案者はこれまで以上に、イノベーション関連活動の「パッケージ」について、構成の点でも評価の点でも全体とし て考えざるを得なくなっている。イノベーション・システムが、技術、組織および社会部門の広い分野全体でどう機能してい るかについて、理解を改善するような評価が求められてきた。将来の活動に関して助言や提言を行う評価に対するニーズ も高まってきた。評価者に要請される主要な課題は3重になっている。 政策 プログラム・ポート フォリオ 単 一プロ グラム RTDア クタ ー 親 組織 一般社 会 短期インパ クト 中期インパ クト 長期インパ クト 図5.2-1 3次元的評価空間 ○第一の課題は、インパクトの評価の次元を拡大することである。 ・ 第1の軸は、評価の「焦点(対象)」であり、単一プログラムから、プログラム・ポートフォリオへ、さらにより広いイノベーショ ン政策へと展開する。 ・ 第2の軸は、「インパクト」の次元であり、イノベーションのプログラムおよびプロジェクトによって直接的な影響を受けるア クター(プロジェクトに参加している研究チーム)へのインパクトから、それらのアクターが属している組織(典型的には、企 業や大学)へのインパクトへ、さらに、社会のより広い部門へのさまざまなタイプのインパクト(社会的、経済的、政治的な インパクトなど)へと展開する。 ・ 第3の軸は、「時間」の次元であり、特定のプログラムおよび政策に関連したインパクトの短期、中期、および長期的な性 質を示している。 104 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 今日まで、評価者の注意は主に、単一プログラム、RTDアクターおよび短期のインパクトに関わる「内核(インナー・コ ア)」に向けられてきた。これを超える努力はあったが、新たな課題は3次元すべてに対して方法的取り組みを拡大すること である。政策立案者が要求する「概観」や「理解」を提供すべきであるとすれば、取り組まねばならない。 ○第二の課題は、個別プロジェクト評価から政策パッケージ全体の評価へと段階的に上がるための、系統的で費用効果の 高い方法を生み出すことである。欧州では、評価のための資金の推奨レベルとして、しばしば、プログラム予算の1%が語 られるが、実際に確保されることは稀である。とくにポートフォリオおよび政策の評価の場合、1%の資金は極めて大きいの で政治的には厳しい環境にある。そこで、系統的で包括的なポートフォリオ評価が確実に何らかのスケールメリットを伴うよ うにすることは、評価集団の責任となる。 ○第三の課題は、評価結果を無視されないようにするとともに、評価が、より広い諮問や政策定式化の機構やプロセスの代 替物となることがないように注意することである。評価対象の段階に関わりなく、評価の焦点範囲は、新しい政策や戦略、イ ニシアティブの定式化に通常要求される幅広い展望に比べて、狭い。評価結果は、それらの慎重な検討に対する重要なイ ンプットとなり得るが、それらの完全な代替物となることはできないのである。 ここでは、こうした課題がEU加盟国の一つであるフィンランドにおいて、いかに費用効果の高い方法でRTDポートフォリ オの検討を行い、戦略定式化のプロセスに時機を合わせた重要な努力が払われてきたか、を以下に示した。 ■ 5.2.2 フィンランドのエネルギー技術プログラムの評価事例 5.2.2.1 ポートフォリオ評価の別のアプローチ 欧州連合(EU)における研究・技術開発(RTD)関連のフレームワーク・プログラム(FP)の評価システムを支えているの は、科学、技術の専門家のパネルを構造の頂点におくモデルであり、この至高の裁定者による最終的な検討に向けて、さ まざまなモニタリングおよび評価作業の成果を提供するよう設計されている。このモデルにおいては、「評価のプロ」つまり RTDプログラム評価の組織化および実施に職業的に関わり、評価問題や方法論に幅広い経験を持っている人々が、「分 野の専門家(expert)」、つまり、各研究分野で名の知れた科学者や技術者であるが、しばしばRTDプログラムの管理やRTD プロジェクトの社会経済的インパクトに関連した問題には不案内である人々に対してサポート的役割を果たしている。 別のアプローチは、これらの役割が大幅に逆転したものである。そこでは、「分野の専門家」が「評価のプロ」に関連情報 や評価を提供し、「評価のプロ」自身が、いくつもの評価モジュールの結果を概観し、管理し、全体的なプログラム・ポートフ ォリオ評価に統合する任務を引き受ける。 5.2.2.2 フィンランドにおけるポートフォリオ評価に対するニーズ 1980年代後期、フィンランドの通商産業省(KTM)は、エネルギー技術分野において一連seriesのR&Dプログラムを開始 した。1993年にKTMはさらに1993-98年にわたる実施スケジュールで、一連suiteの11のエネルギー技術プログラムを立ち 上げた。国際市場で競争力を持つような、効率的かつ環境的に健全なエネルギー技術の開発を目指して、このプログラム のポートフォリオは、およそ12億FIM(3億ユーロ)の研究開発活動に研究所、企業および公的部門を取り込むことを追求し た。11の技術分野は、多部門のエネルギーの供給、流通、利用に関わっている。 1995年からフィンランド技術開発センター(TEKES)は、当該プログラムの資金供給、運営、管理の責任を引き受けた。活 動の最終年1998年に、TEKESはある「国際チーム」に11プログラムすべての大々的なレビューを行うよう委託した。このチ ームはTechnopolis Ltd.のロンドン事務所が集めリードした(欧米の民間・公的部門から合計21人)。レビュー作業の広範な 狙いは、11の技術R&Dプログラムの経験をレビューし、将来に向けての提案を行うことであった。特に、別個のdistinctレベ ルをカバーすることが意図された。最も重要なのは個々の「プログラム」と「ポートフォリオ」のレベルだった。 105 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 >1億5千万 MFI M >1億MFI M <1億MFI M EDISON 電力配給自動化 <1億MFI M LIEKKI 2 燃焼およびガス化 TERMO 地域暖房 持続可能な製紙 製紙および板生産に おけるエネルギー BIOENERGIA バイオエネルギー 供給 使用 NEMO 2 先進エネルギー・システム および技術 環境 SULA 2 鉄鋼および 非金属の生産 RAKET 建物における エネルギー使用 FUSION (融合) SIHTI 2 エネルギーおよび 環境技術 MOBILE エネルギーおよび輸送環境 図5.2-2 フィンランドの国内エネルギー技術プログラム(1993-98年) ・ 個々の「プログラム」レベルでのレビューは、特に以下の点に集中して、プログラムの妥当性、力量caliber、インパク トに関しコメントすることになっていた: - 妥当性relevance:プログラムおよびプロジェクトレベルの目標はフィンランドの利益および他の国における比 較可能な課題に沿ったものか? - 効率性efficiency:プログラムはどの程度手際よく実施され、管理されたか? - 質quality:他で行なわれたものと比較して活動の科学的技術的な質はどうか? - 有効性effectiveness:どの程度、プログラムの目標に適合していたか? - インパクトimpact:プログラムの結果として何が生じたか? - 戦略strategy:TEKESは次に何を行うべきか? ・ 「ポートフォリオ」のレベルで意図されていたのは、プログラム・ミックスの過去および今後の適切さについて、特にカ バーされた技術分野に集中して、また、それほどではないにせよカバーするために実施された運営および管理の 構造の適切さについて、コメントすることであった。 さらに、他の3つのレベルもカバーするものと期待されていた: ・ 全体の上に来る「政策」レベルでは、狙いは、フィンランド政府が将来に向けて検討すべきR&Dの方向および戦略 を提案することだった。 ・ 「プロジェクト」レベルでは、高低のポイントについてコメントすることだけが指示された。 ・ 「参加者」レベルでは、大学、研究機関、産業界の研究者に関して、将来に向けての教訓についてのコメントが要 求された。 5.2.2.3 マルチ・モジュール・アプローチによるフィンランドのエネルギー技術プログラムの評価 欧州の評価者は、典型的な場合、プログラム予算の0.5%から1%を評価に使うべきだと勧めている。これより高い費用の 場合はほとんどなく、しばしば、より少ない予算で活動するよう求められる。特に大規模のプログラムが対象とされれば一層 そうである。同時に11のプログラムのポートフォリオを評価することが任務となるこの場合には一層先鋭になる。フィンランド の場合、0.1%以下の予算でポートフォリオ期間の最後の1年間に時宜にかなった、教育的で有益な見直しを行うことが課 題となった。 106 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 プロジェクトの野心的な対象範囲、レビューに利用できる資源と時間の制約から、注意深く合理化された幾つかのモジュ ールから成る評価を構築するアプローチが採用された。各モジュールは、単独で実施された場合には、プログラムのパフォ ーマンスとインパクトについて限定された見方しか供給できないが、一緒にすれば全体として政策立案者に役立つ多面的 な概観を与えることができると考えられた。 プログラムのレビューは、以下の5つの主要なワーク・モジュールを中心に組織された: ◆ エネルギー技術政策および11のエネルギー技術プログラムの内容、運営、管理に関する「背景資料」の収集と作成 ◆ プログラム参加者に配布された「質問表」の分析。900以上の質問表を全プロジェクト(「学術的」なプロジェクト(研究 プロジェクト)および主として企業によって行なわれるプロジェクト(産業プロジェクト)の双方)のリーダーに発送。別の 500強の質問表を研究プロジェクト参加企業組織標本の50%に配布。 ◆ フィンランドへの「専門家パネル」派遣団。6人のエネルギー・技術政策の専門家と4人の評価専門家によるプログラ ム・ディレクターおよびサンプル参加組織とのインタビュー。その任務は、個々のプログラムのレビューであり、プログラ ムは妥当性、効率性、質、有効性、インパクトおよび高/低ポイントの幅広い項目headingの下に表示され論じられた。 ◆ 12人の国際的科学者のチームによる、選定された刊行物の「ピア・レビュー」。プログラムの実施中にプログラム参加 者によって生産された60以上の発行物のサンプルが、11プログラムのうちの6プログラムに関して調査。その狙いは、ポ ートフォリオの個別的部分で行われた活動の質についてより詳細に検討することによって、専門家パネルの使命を補 完すること。 ◆ 評価専門家によって行われる一連の「インパクト・ケーススタディ」。これは、企業の多様な環境におけるプロジェクトの インパクトを探り、将来の政策にとっての含意を明らかにすることを目的とした調査。 モジュールは、政策、ポートフォリオ、プログラム、プロジェクトおよび参加者のレベルで評価データを明らかにするよう設 計され、その作業は、評価の顧客のニーズに沿って、「プログラム」および「ポートフォリオ」のレベルに焦点を当てたレポー トに結実した。各個別モジュールの結果を示した後、全体としてのポートフォリオを通した全モジュールの結果が総合され た。そして全体的なパフォーマンスおよび達成事項が要約され、また将来の活動に関する処方的な提言が行われた。 5.2.2.4 フィンランドのポートフォリオ評価の結果 レビューチームからの主なコメントは、プログラムのポートフォリオは全体として、フィンランドにとって適切な活動のコース を構成しているというものであった。活動は称賛すべき仕方で履行され、予想されるインパクトは大体、公的に支援された世 界のこの種のベンチャーに通常伴うものと一致した。当然ながら改善の余地はあるが、全体的な達成内容は印象深いもの であった。 フィンランドのニーズに対するプログラムの妥当性は疑問の余地がほとんどなかった。TEKESにより支援されたエネルギ ー技術活動のポートフォリオは、フィンランド産業が既に世界的に強い地位にある分野か、ニッチ市場として開発可能な分 野に適切に重点をおいている。公的資金によるエネルギーR&D活動のスケールの大きさ、それに伴う、工業能力の開発、 および11のプログラムから生まれる輸出の可能性は特に注目に値するものだった。 R&Dプログラムの力量caliberは、プロジェクトがどの程度手際よく履行されたか、そしてその結果としての所業workおよ び成果outputsの質の関数である。エネルギー技術ポートフォリオに関しては、プロジェクトは満足できる仕方で行われ、一 般的に高い質を備えていると確信された。6プログラムに関しての刊行物の調査でも、活動は妥当であり、手際よく行われ、 評価すべきインパクトにつながる可能性がある、特にエネルギー供給、エネルギーと環境に関連した分野で顕著であること が確証された。 インパクトについては、ポートフォリオ内活動の実質的に大半が成功であった。いくつもの前線に重要なインパクトを持っ 107 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ていたこと、また持ち続けるであろうことは満足できた。インパクトには、輸出用の新製品や改善品の開発、エネルギー節約、 既存の産業部門の内部における環境改善、そしておそらく最も重要なものとして、将来、こうした成功を積み上げていく能 力を有する高度にネットワーク化された企業および研究チームの集団の創出が含まれる。 研究プロジェクトおよび産業プロジェクトからの当面の成果は、共同R&Dプログラムに対する期待に沿うものだった。研究 プロジェクトは新しい方法およびそのテストと発表に向けられていたのに対し、産業プロジェクトは新製品、パイロット、プロト タイプ、およびプロセスに大きな重点を置いていた。これらの産業プロジェクトの結果は企業内の事業ユニットで活用される こともあったが、多くの場合、その後の活用に先立つR&Dユニットでさらに発展させられつつあり、パートナーや他の組織に よって評価されていた。プログラムの終了までに大きな商業的見返りを経験した参加者はほとんどいなかったが、半数は当 然の成り行きとして見返りが実現することを期待していた。 念のために付け加えれば、期待された見返りはあまり有形的なものではなかった。参加プロジェクトのタイプが大きな短期の 商業的見返りにつながるとは予想されないものだったからである。他の多くのこの種のプログラム同様、エネルギー技術ポート フォリオは、興味深いがリスクの大きいアイデアを市場に出すことを目的にした比較的少数のプロジェクトを支援した。あるもの は予想よりも冒険的ではなかったが、他は共同R&Dプログラムの性格を強く持っていた。典型的には、これらのプログラムはプ ロジェクト・ミックスから成り、幾つかのプロジェクトは参加者を国内の研究インフラと結びつけるのに寄与し、またあるものは問題 解決の能力を持つ者へのアクセス拡大を可能にする、またあるものは、それがなければ参加者が思い描くこともできないような 探求プロジェクトに取り掛かることを可能にする、あるいは新しい技術的概念を試すことを可能にしてくれる。 当面の商業的見返りが限定された規模であったにもかかわらず、参加者の大半は、参加のメリットがコストを上回ったこと に満足していた。彼らは関与したプロジェクトが、ポートフォリオに関連した多くのプログラム目標の実現に貢献したことを確 信していた。特に、フィンランド産業内における新しい知識および技術の普及、フィンランドのエネルギー関連の集団内の 新しい共同的なリンクやネットワークの推進がそうであり、すべて長期的には経済的、営利指向の目標の実現に貢献するも のと期待されていた。 レビューチームは、調べたプログラムの多くの側面について肯定的であったが、全体としてのポートフォリオについては いくつか留保もした。一つの問題は、短期で低リスクのR&Dプロジェクトが集中して過密になったプロジェクト・ポートフォリ オの存在であり、主に、プロジェクト選定で産業界が主導的な役割を果たした結果である。必然的に長期の研究課題となる ハイレベルのエネルギー・環境関連の問題を扱うプロジェクトが少なかった。一般的に共同R&Dプログラムにより支援される プロジェクトの多様性を考えれば、もっと豊かなプロジェクト・ミックスを期待してもよい。 ポートフォリオを通して最も憂慮される特徴は、多くのプロジェクトやプログラムに見られる追加性additionalityのレベルの 低さである。当時の国の優先事項であった民間部門のR&Dへの大きな投資が惹起された様子はあまりなかった。 理念的には、これが生じるのは、戦略的に重要な長期的な研究活動が支援される場合であり、それらは往々にしてリスク や不確実性があまり大きいため、支援がなければ実施されないと考えられる。国がこの種の研究活動に投資する場合、リス クが分担されるので、新しい手段が探られることになる。有望な結果が出てくれば、企業がその資源をより費用のかかる短 期の活動に引き続き投資し、営利開発につなげる道も開かれている。このようにして、少額の国の投資が梃子となって、民 間部門からはるかに大きなR&D投資を呼び起こすことができるのである。 フィンランドのエネルギー技術プログラムの場合、レビューチームは、多くのプロジェクトに見られる低レベルの追加性を 懸念した。具体的には、表5.2-1に示されている通り、企業の参加している長期的な研究プロジェクトは、企業にとって戦略 的重要性の低いものであり、国の資金供給が将来の支出の梃子入れとなる見通しはほとんどなかった。 108 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表5.2-1 研究プロジェクトへの企業参加者に関する追加性 純粋なpure追加性 プロセス追加性 (プログラムなしでは実施されな (実施されたであろうが少ない資金 計 かったであろう) や狭い目的などで) 戦略的重要性が高いもの 18% 31% 49% 戦略的重要性が低いもの 40% 11% 51% 計 58% 42% 100% 将来のエネルギー技術R&Dイニシアティブの効率性、有効性およびインパクトを改善するため、レビューチームは、特に 以下の方向の措置を提言した。 ・ TEKESは、将来のプログラム開発に、管理・意思決定のプロセス、特にプロジェクト選定に、広範囲のアクターの参加 を確保することが要求される。具体的には、中小企業、研究コミュニティ、政策/規制関係者を含めることは、単に少数 の大企業の短期的利益に供するものではないことを保証することになる。 ・ 新プログラムは、画期的な技術の開発に一層大きな重点を置くべきであると考えられる。公的資金による支援では、革 新的なアイデアが前面に出されるべきで、「通常業務business as usual」のR&Dは減らすべきである。 ・ 最終的なプロジェクト・ミックスを研究アクターの能力とニーズを反映したものとするため、新プログラムの定式化の前に 包括的な事前査定を行うべきである。 5.2.2.5 評価の課題への対応 ―欧州連合およびフィンランドのプログラム・ポートフォリオの評価は最初にあげた課題に対応できたのか ○系統的で費用効果の高いアプローチの開発に関して いずれの場合も、それぞれの環境における評価の慣行を、複数プログラムに関して、より系統的で費用効果の高い評価 方法に移行させたことはほとんど疑う余地がない。確かに、1994年のEU評価システムの合理化は、より均質なアプローチに つながったし、フィンランドの技術プログラム評価は、それまでの11のプログラム評価を独立にした場合よりはるかに少額で 実施された。とは言うものの、このポートフォリオ評価のモジュールのいくつかで簡素化された手法を採用したことは、不可 避的に、いくつかの工程を削らざるを得なかったことを意味しており、個々のコンポーネントの「単独」の価値は失った。しか し、別々のモジュールの結果が総合された時、マルチ・モジュール・アプローチは、公表された成果の詳細な評価(ピア・レ ビュー)と個別プロジェクトの評価(インパクト・ケーススタディ)と結びついた伝統的な「深み」の部分と、プログラム全体につ いての浅くはあるが、より広範囲にわたるレビュー(専門家パネルの概観)の持つ「幅広さ」を結合する極めて費用効果の高 い方法を提供することになった。その上、この手法は、プログラム・ポートフォリオを通して比較できるような仕方で結果を総 合することを可能にした(表5.2-2参照:フィンランドのエネルギー・ポートフォリオ評価結果の簡潔なまとめ)。 109 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表5.2-2 ポートフォリオ全体を通してのパフォーマンス プログラム 妥当性 力量 インパクト 便益 追加性 将来性 燃焼およびガス化 広範で高い 高い 高い 中程度 中程度 強い 高い 高い 中程度 中程度 強い 中から高 高から中 中程度 論議あり バイオエネルギー 先進エネルギーのシステム・技 術 中程度に広く 高い 広範で高い 部分的に 高い エネルギー・環境技術 狭いが高い 高から中 中から高 中程度 高い 中程度 融合 中程度 中程度 低から中 中程度 中程度 論議あり 地域暖房 中から低 中から低 低い 低い 高い 弱い 電力配給自動化 中程度 中程度 将来は低 中程度 低い 論議あり 持続可能な製紙 狭く中程度 中程度 低い 中程度 低い 論議有り 建物におけるエネルギー使用 高い 低い 中から低 低い 中程度 中程度 低い 中程度 低い 中程度 低い 弱い 鉄鋼、卑金属生産におけるエ ネルギー 包括的概観が可能なことに加え、低レベルの達成内容について木目細かい評価ができるので、マルチ・モジュール・ア プローチは、プロジェクト、プログラム、ポートフォリオ、および政策レベルでの提言に貢献することができる。それだけでなく、 複合的なイノベーション政策のポートフォリオの開発に関わる政策立案者に対して、念入りな「加算的」なアプローチを通じ てインパクトの測定に焦点を絞った試みに比べて、はるかに役に立つ洞察を提供している。 ○インパクトの評価の次元の拡大に関して EUおよびフィンランドの評価は、RTDアクターの「第一次サークル」に影響するもの以外のインパクトの評価という点では 方法論的な限界を拡げたとは言い難い。 EUは過去10年ほど評価方法改善に関する多くの研究のスポンサーとなってきたが、EUの評価システムの全体的な構 成は専門家パネルに大きく依存し、プログラムの運営と管理の機能の能率性に第一の重点が置かれていることから、アンケ ート調査および少数の特定のプログラム(Specific Program)の評価は別として、「従来型」のインパクト評価活動や調査がシ ステムに統合されることはほとんどなかった。 フィンランドの評価の場合にはあてはまらない。フィンランドの評価は意識的に、組織に対する短期的、中期的および長 期的なインパクトを探るための幾つもの要素(アンケート調査、プロジェクト参加者およびプログラムに関わった組織の上級 代表者とのインタビュー、そして特に、商業的効果の見積もりと企業がプログラム関与によってどのような影響を受けたかに ついてのより精密な理解という双方を追求したインパクト・ケーススタディ)を取り入れていた。そうではあっても、各モジュー ル内部の方法論的改善は、せいぜい漸進的なものである。最も根本的な進歩はマルチ・モジュールのポートフォリオ評価 の文脈内でのモジュールの並行的配備にある。 ○評価と戦略の定式化の間の効果的なリンクに関して 2つのアプローチのコントラストが最も明瞭になるのはこの点である。フィンランドのTEKESへの最終レポートには以下を 含む:各評価モジュールの詳細な結果、ポートフォリオ分析-ポートフォリオを通して、プログラムのパフォーマンスと適切さ の比較、個々のプログラムの各分野および全体としての技術プログラムの将来に関する提言。最も重要なことは、報告書の 110 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 重点が、評価結果それ自体およびそこから出てくる提言に置かれていたことである。 対照的に、欧州連合のメインフレームワーク・パネルの最終レポートの重点は、圧倒的に将来のハイレベルの政策に関 わるもので、比較ポートフォリオ分析は含まず、個別パネルやその他によって行われた評価活動の実際的結果への言及も 僅かである。政策提言を特に重視したことは悪いことではなかった-レポートは幅広い政策立案に対するタイミングのよい インプットとなった。しかし、提言の多くは過去のフレームワーク活動の評価に基づくというよりも、EUにおける科学、技術、 イノベーションの一般的構造と組織に関するパネル・メンバーの集団としての意見および評価に基づくものだと言うのが公 平であろう。 欧州連合の状況は、部分的には情報過多のため―パネルは比較的短期間に膨大な量の情報を吸収するよう期待され ていた。同時に、情報の流れのタイミングのため―個別プログラム・パネルとメインフレームワークプログラム・パネルが並行 的に活動し、全体のプロセスの遅い時期まで評価を引渡せない。個別プログラム・パネルがメインフレームワーク・パネルの 構成に先立って、調査結果を報告する形にすれば、後者にインプットを反映する時間ができる。 しかしメイン・パネルのレポートの全体的な重点の置き方がされた最も重要な理由は、欧州連合が世界で最も競争力の あるダイナミックな知識ベース経済になるための方法に関する重要な政策論議に、タイミングよく、しかも良く目立つ仕方で 寄与する機会を手にしていたからである。パネルが過去のFP評価から直接に提言を引き出すことに専念しないことは小さ な問題だった。 ■ 5.2.3 欧州連合の評価・助言システムの改善に関する提言 このプログラム・ポートフォリオの評価事例においては、以上の検討結果を踏まえ、我々が過去から学べば将来はいっそ う興味深いものとなり得るという前提のもとで、これまでの欧州連合の研究開発評価の体制やマネジメント面での基本的な 欠陥の改善に向け、以下に示すような重要な課題を提起している。 歴史的には、欧州連合の評価システムは常に、事前助言システムに事後評価の要素を結びつけようと試みてきたシステ ムの一つであり、その頂点に有識者や分野専門家から成るパネルが位置していた。しかしながら、このシステムの限界とし て、特に有意義なポートフォリオ評価を産出しようとする努力が、それ自体は称賛すべき「より高い目標」の追求の中で、い とも容易に無視されることがあるという点があげられる。一方、プロの評価者を「評価ツリー」のトップにおく別の評価システム が、いかにプログラムのポートフォリオを通しての堅固な評価所見、および評価結果との強い繋がりからその信頼性を引き 出し、それゆえ受け入れられる可能性も高い提言のセットを生み出すことができるかということも明らかとなった。 しかし、欧州連合の評価システムを、プロの評価者が分野専門家に取って代わるべきだということを言おうとするものでは ない。提案は、「評価」と「助言」の領分をもっと正式に分離して、プロの評価者が前者を支配し、分野の専門家は後者にお いてその力量を見せるようにすべきということ、またその2つの部門の役割と責任、および相互の関係をより明確に定義すべ きということである。具体的には、権威があり信頼できるレポートを作成するのは「評価」部門の責任であり、別の「助言」部門、 例えば、高名な分野専門家(そのうちの一人は評価の専門家とすることもできるだろう)から構成されるフレームワーク戦略 パネルの審議に対して重要な(ただし、唯一のものではないが)インプットを行う、そして「助言」部門はEUにおける科学、技 術およびイノベーションの役割について幅広く検討するという任務を負うことになる。 こうした転換は、現システムを合理化するための他の比較的小さな修正も伴う。例えば、現在の年間モニタリングの方式 について、プログラム管理にとって負担の少ない「より軽い」手法が緊急に求められている。一つの可能性として、各個別プ ログラムが内部で生成するデータや見通しに基づいて年間自己評価を作成することがあげられる。その場合、個人の評価 専門家(プログラム当り一人)に、そのレビューと短い批評の作成を担当させることができる。そして、すべてのレポートと添 付される批評は、科学の専門家と評価スペシャリストで構成される単一の年間モニタリング・パネルに利用可能な状態にし ておくことができる。このパネルの任務は、この資料をレビューし、全体としてのFPに関する総合モニタリング・レポートを作 111 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 成することである。 その5カ年評価の実施方法に関しても、同じ手続きが適用可能である。各個別プログラムは自己評価を準備するよう求められ る。この場合には、各プログラムは、評価スペシャリストによる独立評価を委託することも求められる。このスペシャリストたちは、 過去のモニタリング活動の結果レビュー、およびプログラムの妥当性、効率性、有効性およびインパクトに関する経験的調査の 実施を任務とする。こうしたすべての自己評価および独立的レビューの結果が、外部の独立評価スペシャリストあるいはそのグ ループによって統合され、単一の5ヵ年評価レポートに総合される。この文書は、将来に関するシンクタンクであるフレームワー ク戦略パネル(その付託事項は単なる評価よりもはるかに広い)への主たる評価インプットを構成するものとなる。 112 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.6. 我が国における経済効果分析法の検討事例 1.6.1. 宇宙開発プログラムに関する経済効果分析法の検討事例 (財)政策科学研究所 伊東 慶四郎 ここでは、宇宙開発事業団(NASDA)において、平成13年度及び平成14年度に実施された経済効果分析法に関する以 下の調査検討資料(要約)を参照しつつ、宇宙開発プログラムに関する経済効果分析法に関する若干の知見をモデル事 例的に取りまとめた。 ◆NASDA(2002)、「宇宙開発の費用対効果に関する評価手法の調査検討(要約)」、調査検討資料 ◆NASDA(2003)、「経済波及効果評価手法の検討(要約)」、調査検討資料 ■ 6.1.1 経済効果分析法等の検討の経緯 平成13年12月に行政改革推進事務局から示された「特殊法人等整理合理化計画」の中で、宇宙開発事業団(NASDA) の事業について講ずべき措置として、以下の点が指摘された。 ○プロジェクトの着手に当たっては、先端性などの科学技術的な観点、国家戦略上の必要性などの政策的観点、 経済波及効果などの経済的観点から、可能な限り費用対効果分析やリスク評価を行うとともに、国民にわか りやすく情報提供し、理解を求める。 ○中間評価及び事後評価に当たっては、第三者評価の徹底を図り、進捗状況や波及効果等を勘案し、評価結果 を反映した資源配分の実施により、業務を重点化する。 ○研究開発に充てる資金供給を一般会計からの出資金により行うことについては、基本的に廃止するとともに、 費用対効果分析を可能な限り実施し、資源の重点配分を行った上で、柔軟・弾力的な研究開発の実施に配慮 しつつ、補助金等に置き換える。 これらの指摘に基づいて、平成13年度から2年間、NASDA企画部を中心に、シンクタンクや大学の協力を得て、 宇宙開発における費用対効果分析、リスク評価、経済波及効果等に関する調査検討が進められた。 113 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆平成13年度の検討により得られた知見 平成13年度は、費用対効果評価手法に関する海外事例の調査及び評価指針案の作成の検討が行われ、以下の点 が指摘されている。 ○欧米宇宙機関においても、定量的な評価を実施しようとの試みは行われているが、プロジェクトが長期間にわ たることやプロセスの複雑性のため、得心のいく結果が得られておらず、経済効果以外の価値判断に重点をお きつつ、かつ定量評価可能な効果のみの評価を行う傾向にある。 ○宇宙活動はミッション多様性のために、統一的な評価指針という考え方は適用できず、いくつかの便益とその 評価手法を明示し、ミッションにあわせてその組み合わせにより、評価を行うことが適切である。 ◆平成14年度の検討により得られた知見 平成14年度は、ケーススタディとして、効果が市場財として評価出来るもの(通信・放送プロジェクト)及び効 果が貨幣価値として取引されないもの(地球観測プロジェクト)が取り上げられた。これらの代表的な衛星プロジ ェクトに関する経済モデルの検討を行うことにより、費用対効果評価に必要となる各種データの確認や各種パラ メータの設定方法の検討が行われた。 また、上記ケーススタディの検討結果を踏まえ、寄与度、リスク/期待値だけでなく、従来の評価事例でほと んど考慮されることのなかった不確実性の定量化を折り込んだ便益算出の検討も行われた。また、その他間接的 に現れる効果、非市場財の適切な貨幣価値換算手法も取り込んだ費用対効果評価手法の実用性検討が実施された。 これらの検討を通じて、以下の点が指摘されている。 ○通信・放送プロジェクトは、過去に打ち上げられた衛星(BS、CS)の経済波及効果に関するデータがある程度は 揃っているものの、これらのデータをそのまま活用して、WINDS、準天頂衛星等の新規の通信・測位技術をミ ッションとした衛星プロジェクトの経済波及効果を求めるのは困難である。 ○地球観測プロジェクトの場合、その効果を貨幣価値換算して経済的効果を算定することが難しい。それは、 衛星の観測データが、実際、どの程度、災害削減等に貢献したか求めるのが難しいからである。 ○不確実性の定量化の手法として、確率論的リスク評価(PRA)という方法がある。リスクを確率的に表すために はデータを統計的に収集する必要がある。宇宙開発の場合、統計的に整理するにはデータの不十分な部分が 多々あるので、PRAを進める上では継続的なデータの整備が必要である。 ■ 6.1.2 米国(NASA)、欧州(ESA)の事例調査から得られた知見 NASDAでは、平成13年度、欧米宇宙機関の関連動向に関する調査を実施し、その活動の経済効果分析面での参考 知見を以下のように取りまとめている。 114 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆米国NASAの調査結果から得られた知見-経済効果は副次的効果 前掲資料(1)の「2.欧米宇宙機関の関連動向」では、米国NASAの調査分析結果のまとめとして、以下のよ うに指摘している。これによれば、NASAの機関としての主たる活動目標は、サイエンスと宇宙探査におかれ、経 済的側面は副次的産物でしかないと指摘している。 ○概して「NASAプログラムは新規市場を創出し、経済における生産を高め、雇用創出につながる多くの技術を 生み出している」と認識されている。しかしながら、NASAの投資の経済的便益を明らかにしようとした多く の研究において、その決定的な答えはいまだ得られていない。 ○これは、NASAの目標はサイエンスと宇宙探査が中心であり、技術開発はそれらミッションの手段であるとい う事実により、経済効果は副次的産物でしかないことによっている。また、大規模有人宇宙飛行プログラム にみられるように、行政府、議会、あるいは国民に向けた経済効果の約束を実現化することにしばしば失敗 していることも大きく影響している。 ○これまで、NASAは新しい技術や製品を開発してきたが、多くのイノベーションは民間部門によってより低い コストで開発することも可能であったであろうという意見さえある。NASAがミッションを正当化するために 経済的利益を強調することに、OMBを含む行政府と議会は「うんざり」しているのが現実である。 ○NASAの現在の長官である0'Keefb氏は、予算管理局出身で、以前、NASA予算の管理者であった。つまり、経済 的便益の議論がどのくらい脆弱なものか理解しており、0'KeefbがNASAを先導している現在は、それを行うこ とを控えることになるであろう。今後、NASAは、科学的意義もしくは国家的優先課題を、主なミッションと して主張することになるであろう。 ◆欧州ESAの調査結果から得られた知見-便益計測の現状 同上資料の欧州ESAの調査分析結果によれば、近年、欧州では、公共投資に対する経済的リターンが問われるよ うになってきたが、追跡評価及び事前評価の両面において、現状では、便益計測の公式なガイドラインが存在し ないとして、以下のように指摘している。 ○経済効果の分析、つまり便益計測には、次の2通りの手法、 ①遡及的:現在もしくは完了したプログラムの便益の評価、 ②将来的:将来のプログラムの潜在的な便益は何かを評価、 が存在する。 ○このどちらの手法に対しても政府機関としての公式なガイドラインは存在しておらず、評価分析は、その時々 に応じて、その場限りの方法で試みられている。これは、宇宙活動であるが故の特性(ミッション多様性)と、 宇宙プログラムが比較的少数である点によっている。 ○欧州では、従来、juste retour 政策により、各国の出資レベルに見合った各国の産業界への相応の契約とい う形での直接的リターンが約束され、それに応じた経済的便益の評価が行われていたが、このような経済性 評価には2つの欠陥がある。1つは、衛星技術により持続可能な経済市場を誘発しているか判別ができない点 115 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 であり、もう1つは、定量化が難しい広範な社会的便益が認識できない点である。 ○近年、ECとESAにより新たな宇宙政策が策定され、欧州の衛星測位システムであるガリレオプログラムやGMES が新規にスタートした。両プログラムは、産業界からも資金的な参加を得た上で、ECとESAによって共同で実 施される計画であるため、産業界からの投資を確実にするためにも、ESAは宇宙活動の便益の価値を様々な方 法で評価する必要に迫られた。 ◆欧州ESAの調査結果から得られた知見-ミッションにより異なる便益 欧州における宇宙活動に伴う便益は、経済的便益、社会的便益及び戦略的・政治的便益の3種類に大別されてい る。これらの便益の内容は、具体的な宇宙プログラムのミッション(プログラムのタイプ)により大きく異なっ ており、前述の調査検討資料では、表6.1-1に示すような便益内容が紹介されている。 ◆欧米調査から得られた示唆 前掲調査検討資料では、欧米の宇宙機関の効果評価に関する調査結果のまとめを、表6.1-2に示すように整理している。 歴史的には、国家戦略や安全保障といった政治的な動機により、宇宙開発が進められてきたため、コスト予測 /評価を除き、経済的側面についてはあまり議論されてこなかった。社会・経済に与える宇宙プログラムの効果 分析に関する評価ガイドラインのような指針はない。特にサイエンス・ミッションでは、現在でも、経済的便益は 求められていないと指摘している。 宇宙プログラムの特性(分野毎に異なる効果、ミッション数の少なさにより統計データが未整備)により、経済 効果の分析事例は少なく、評価分野ごとに様々な問題点が指摘されている。また、国民・社会への便益を定量的 に分析した事例はほとんどみられない。 しかも、STS、ISS、欧州ガリレオのような巨大なインフラについては、経済的側面の事前評価がなされた事例 もあるが、事後的な評価が中心であり、将来の経済効果を予測している事例は希である。 116 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表6.1-1 欧州の宇宙プログラムにおけるミッション別便益要因の整理事例 Type of programme Economic benefits Social benefits Launcher/space Significant Transport commercial satellite launch benefits from Strategic benefits High Little identifiable benefit strategic value in ensuring affordable access to space Telecommunication Meteorology High economic benefit from Significant indirect social benefits downstream for in connectivity, information flow Good strategic value services and equipment Reasonable economic and entertainment Significant social benefit from Significasnt strategic value benefits weather derived from independence markets from improved weather warning systems Satellite navigation EO Science A large and growing market for products and services Limited benefit derived to date Limited direct benefit forecasting and knowledge of climatic change Significant potential of High improvements to lifestyle such as control of an independent reduced road congestion Significant benefit from navigation constellation Ability to provide own global analysis of environmental knowledge of the strategic and value in environment change treaty High social value from knowledge Good value from general about our solar system and the contribution to scientific Universe advancement 出所)NASDA(2001)、「宇宙開発の費用対効果に関する評価手法の調査検討(要約)」、調査検討資料 表6.1-2 欧米の宇宙機関の効果評価に関する調査結果のまとめ 効果と NASA ESA 評価手法例 遡及的評価 技術移転(パテン 技術移転やスピンオ ト、スピンオフ) フ事例の評価を実施、 BETA法による定 や新規技術開発 NASA は ス ピ ン オ フ 量評価事例 の間接効果 事例をアピール 将来予測 地域の産業連関分析 生産誘発と (NASA セ ン タ ー が あ 雇用者数 る地域にとっては一 市揚評価(各便益 の積み上げ法) マクロ経済的 評価 的、定性的な効果の抽 出まで実施 将来予測 アリアンプログラム による欧州製造業の 売り上げ評価 大産業) 知識の探求が第一目 遡及的評価 STS 、 ISS で は 費 通信衛星市場評価気 ガリレオの経済評価 用・経済性予測を 象衛星の便益リスト (市場サ 一ビス規模 するも現況とは大 アップ(定性的なもの の予測と利用者便益 きく乖離 が殆ど) の推定) NASA 研 究 開 発 活 動 と国内生産性の回帰 分析 出所)同前NASDA調査検討資料 117 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 6.1.3 宇宙開発プログラムの実施による便益要因のモデル化 6.1.3.1 宇宙開発プログラムの実施による便益のスコープ 宇宙開発プログラムの実施による便益要因は、前掲NASDAの調査検討資料等に準じて考えると、概ね、以下の5 点に整理することができる。 ・科学的知見や新規技術の獲得 ・戦略的・政治的な便益 ・社会的便益 ・経済的便益、経済波及効果 ・その他効果-将来効果 ◆科学的知見や新規技術の獲得 欧米の宇宙開発は、歴史的にみると、国家戦略や安全保障といった政治的な動機により進められてきた。NASA についてみると、その目標は、サイエンスと宇宙探査が中心であり、技術開発はそれらミッションの手段として 位置付けられている。 前掲NASDAの調査検討資料では、衛星プロジェクトの実施による「科学的知見や新規技術の獲得とは、地球環境 監視や科学衛星、あるいは純粋に技術実証を目的とした試験衛星などにおいて、ミッション実施を通じて、新規 技術の研究開発や新たな科学的知見の獲得など、衛星が持つ本来の目的達成による成果を現す。」と指摘してい る。(注:ここでは、用語「成果」に、衛星プロジェクトの実施による科学的・技術的な効果(アウトカム)を 含めて用いられている)。 なお、科学的・技術的な効果(アウトカム)や波及効果(インパクト)と言われるものには、ミッションを通 じて獲得された科学的知見や先端技術が、関連した科学研究や産業技術に活用されたり、新たな産業市場創出の 萌芽として波及する可能性もあるが、これらは、多くの場合その事前予測が困難なため、事後的な追跡調査に委 ねられている。 ◆戦略的・政治的便益 前述のように、宇宙活動への投資は、国家としての戦略的・政治的な便益をもたらす。これらは、国家安全保 障上の能力の保有という側面の他、地球環境等に係わる国際条約の自主検証能力の確保、通信・放送衛星を活用 した我が国の公共放送文化への国際的なアクセス機会の提供などが挙げられる。 欧州において、この便益は、 もっとも複雑で微妙な問題を含む。それは欧州では、多くの政策決定が単純な経済効果と社会的正当化以外の理 由でなされることが大半であるからである。欧州の宇宙活動の歴史的な原動力は、宇宙に関する諸外国からの「自 立」した能力の確保、特に、宇宙への自立的なアクセス手段の確保といった軍事的・政治的な要請にある。これ は、国家の宇宙開発に関する投資決定が、経済的理由よりも戦略的・政治的理由のために決められることが大いに あることを示している。 なお、前掲NASDAの調査検討資料では、「戦略的・政治的効果は、衛星を保有することに対する政治的・戦略的 効果、つまり、安全保障や国際条約交渉など国家戦略・政治や外交上の利点に代表されるような効果もある。」 と指摘した上で、「このような効果については、根拠を持って定量化することはほぼ無理であり、有効な議論と もなりにくい。」と指摘している。 ◆社会的便益 一方、社会的便益とは、環境の改善、生活の質の向上及び健康の改善といった様々な効果を含む他、独自の衛 星航法システムの構築手段の確保等も含まれる。その効果は、定量的に、しかも一義的に把握できないことが多 118 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 いが、様々な研究グループにより異なるアプローチでそれらの検討が試みられている。貨幣価値に換算すること が困難な便益もなお多く存在するが、近年の環境経済学等の飛躍的な発展により、これらの困難を乗り越えて、 社会的便益のかなりの要因について、参照可能な貨幣価値換算値を得ることも可能となりつつある(表6.1-3及び 本報告書の「3.2.4 便益の測定方法」参照)。 前掲NASDAの調査検討資料において、衛星プロジェクトの実施による「社会的便益は、経済波及効果とは別に、 社会全体が得られる便益として、自然災害削減効果、安全の確保/被害回避、生活の質の向上、格差解消、地球 環境の改善効果などが含まれる。」としているが、これらの便益は、衛星プロジェクトのミッションに直接関連 した意図的な効果や波及効果に該当するものといえる。 表6.1-3 研究開発評価における便益の推定・測定方法の特徴 便益の測定法 タイプ 事前評価 事後評価 バイアスの 適用領域 比較対象 消費者余剰法 顕示選好法 △ ◎ 無 開発一般 不要 ヘドニック法 顕示選好法 △ ○ 無 景観・アメニティー 必要 旅行費用法 顕示選好法 ○ ○ 無 レジャー 不要 仮想市場 表明選考法 ◎ △ 有 開発一般 不要 代替法 - ○ ○ 無 開発一派 必要 出所)前掲 NASDA 調査検討資料 ◆経済的便益、経済波及効果 前述のように、宇宙開発は、国家戦略や安全保障といった政治的な動機により進められてきたため、コスト予 測/評価を除き、経済効果的な側面については余り議論されてこなかった。しかし、情報革命や東西冷戦の終焉 に伴い、近年、通信・放送・気象監視・衛星測位・地球環境監視・宇宙環境利用など、国家的・地球的規模の経済社会 活動と密接に関連したニーズが急速に高まってきた。 このような国が実施する宇宙開発プログラムに関連した直接的な経済便益としては、まず、研究開発による新 たな財・サービス市場の創出(付加価値の創出)、生産・流通コストの低減、及びその帰結としての消費者余剰 の増加があげられる。また、宇宙開発プログラムの重要なミッションそのものでもある気象衛星、測位衛星、地 球環境監視衛星等による自然災害や交通事故等の被害の未然防止や低減等の種々の機会損失の低減便益などがあ げられる。 ここでの便益の受益者としては、宇宙衛星や打ち上げ装置などの開発・製造に携わる上流の製造企業から、衛 星サービスの利用に必要な通信機器や各種末端機器の製造・販売に係わる下流の企業(衛星テレビ受信設備の製 造企業や地球観測画像の付加価値サービス会社等も含む)まで含まれる。また、宇宙衛星が提供するサービスを 活用した製品やサービスの利用者や消費者が挙げられる。例えば、土地管理者は、仕事上の目的のためにGPS受信 機を購入することにより、その機器に支払った価格を上回る費用の節減が可能になるかもしれない。近年の通信・ 放送サービスの多様化・高度化に伴い、このような利用者の経済的便益(消費者余剰等に相当)は、一般消費者 を含め、急速に多様化・高度化しつつある。 さらに、国による宇宙開発活動に関連した間接的な便益としては、衛星サービス市場における経済効果等が他 の市場における財・サービスの価格の低下や需要の増加をもたらし、その影響が衛星サービス市場にもフィード バックして、さらにコストの低減や需要を増加させ、波及的な経済便益を生じさせる点が挙げられる。なお、こ の間接便益には、衛星プロジェクトに係わる研究開発の副次的な成果の活用、科学技術的知識のスピルオーバー、 及び研究開発人材のスピンオフ等を通じて発生した他の市場における追加的な便益も含まれる。 119 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 なお、前掲NASDAの調査検討資料では、主に、波及効果の側面から、「経済波及効果は、その発生時期に着目し て研究開発投資による短期的効果(フロー効果)と利用効果(ストック効果)の2つに分けられる。」とした上で、 「前 者の効果は、衛星の開発・製造フェーズにおける経済的便益であり、受益者である衛星製造メーカーや周辺産業に 対しての生産誘発効果として発生する。後者の効果は、衛星を実際に利用することで発生する様々な経済波及効 果で、その受益者により直接効果と間接効果に分けられる。」としている。 そして、「ここで直接効果とは、サービス提供側の便益すなわち衛星サービスの売買により経済活動を行う効果で、 通信・放送サービスの場合は、下流の通信機器や各種端末機器の製造・販売に対する効果も含まれる。一方、間接効果と は、サービスの利用側に発生する便益で、個人利用市場では個人に発生する便益、企業(産業部門)であればその産業が 得られる便益を計測することになるが、その貨幣価値換算には工夫を要する。」と指摘している。 しかし、ここで、通信・放送衛星に係わる「間接効果」としているサービスの利用側に発生する便益とは、多 くの場合、国による衛星プロジェクトがその政策目的・目標として実現を目指すべき直接的な経済便益(生産者 余剰や消費者余剰の増加)に該当するものであると考えられるため、この点には留意する必要がある。 宇宙開発投資の追跡調査・分析段階では、これら直接的な経済便益の測定と検証及び間接的な経済便益の発見 と測定が、経済効果分析上の主要な課題となる。 ◆その他効果-将来効果 前掲NASDAの調査検討資料では、その他効果として、国家の基盤的な研究開発活動に係わる効果として、以下に 示すような重要な点を抽出し例示している。 ○これら以外に、衛星ミッションの終了後、将来発生する効果も考えられる。これらは、効果の発生する時期 も未定であり、かつ単一の衛星プロジェクトのみでは効果が発揮されない類のものも含まれる。その一つと して、数世代の研究開発衛星の開発を通じて、衛星バスの低コスト化へと結びつくといった衛星提供側の便 益が挙げられる。衛星バスの共通化・低コスト化といった効果は、ひとつの衛星の効果として語られるべき ものではなく、国の長年の研究開発に対する効果として考えるべきである。 ○また、長期的視点にたった社会的便益もある。これは、遠い将来に社会的便益が現れるものであり、代表的 なものは様々な監視衛星による費用効果的な地球環境保全対策の推進への貢献が挙げられる。このような効 果は、1機の衛星の効果として切り分けるのではなく、継続した長期間の様々な観測データがあって初めて その効果が顕著となる。 ○それ故、これらの将来効果については、定性的な効果分析にとどめ、無理な定量化の試みは行わないのが適 切であるといえる。理想を言えば、すべての効果について、定量的分析を行うことが望まれるが、多大な費 用と数多くの専門分野の膨大な知識の活用が必要となる他、不確実性下での分析作業の実行可能性に対する 制約もあり、現実的とはいえない。 120 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 6.1.3.2 ミッションタイプ別便益要因のモデル化試案 NASDAの調査検討資料では、衛星プログラムはその多様なミッションに応じて多種多様な経済効果、便益を生み 出す可能性があるとして、衛星プロジェクトの便益について検討を加え整理している。ここでは、前掲の欧州の ミッション別便益要因の整理フレーム(前掲表6.1-2)等も参照しつつ、国が実施する宇宙開発プログラムのミッ ション別便益要因に検討を加え、そのモデル化試案を表6.1-4に取りまとめた。その特徴は、以下の通りである。 ◆表の構成 表の縦軸は、宇宙開発プロジェクトのタイプとして、打ち上げ・宇宙輸送、通信・放送衛星、気象・地球観測・測 位衛星、宇宙科学・宇宙環境利用衛星に区分し、フェーズ分類でさらに、研究開発段階と商業利用・運用段階に区 分した。また、横軸の便益は、経済的な便益、社会的な便益、国家的な便益に区分した。前項の科学的知見や新 規技術の獲得も、社会的な便益や国家的な便益に位置付けた。 NASDAの調査検討資料では、経済便益、社会便益、その他の3区分であったが、ここでは、近年、国家の科学技 術リーダーシップや国際競争力の強化が強く求められてきている点に留意し、国家的価値の創造に係わる項目と して、国家的な便益(欧州の戦略的・政治的便益に相当)を明示的に位置付けることとした。 ◆経済的な便益要因 国による研究開発投資がもたらす経済便益(研究開発による市場の創出:付加価値の増加、生産・流通コスト の低減及び消費者余剰の増加並びに種々の機会損失の低減)として、以下の要因を掲げた。 ・技術革新・改良や産業習熟の促進による、打ち上げロケットの調達・製造・打ち上げコストの低減 ・衛星打ち上げ用ロケット市場の拡大:付加価値の増加 ・新たな知識の移転等(スピルオーバーやスピンオフ等)に伴う副次的な便益の増加 ・射場地区への経済効果:雇用機会の改善等 ・商業衛星市場の拡大に伴う産業習熟の進展によるコスト低減 ・衛星市場の経済効果が他の市場にも波及し、その影響が衛星市場にフィードバックする波及便益の増加 ・新たな通信・放送サービスの創出や価格の低下による付加価値や消費者余剰の増加 ・新たな気象予報・画像提供・測位関連サービス市場の創出による付加価値や消費者余剰の増加 ・自然災害・交通事故・渋滞被害など機会損失の低減 ・新製品・サービス市場創出に向けた研究開発産業の創出 ・宇宙観光・旅行市場の創出:付加価値の増加 ◆社会的な便益 国による研究開発投資がもたらす社会便益として、以下の要因を掲げた。 ・科学的・工学的な知識の獲得と研究・教育・研修利用 ・通信・放送サービスの多様化・高度化に伴う生活の質の向上及び期待感の形成 ・高精度かつ継続的な気象監視・地球観測による環境リスク管理ニーズの充足 ・道路混雑の緩和や移動の安全性・容易さ・確実さの向上 ・自然災害・交通事故リスク等の低減 ・宇宙環境利用による新製品・サービス創出による生活の質の向上への期待感の形成 ・射場地区の社会生活基盤の整備による生活の質の向上 121 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆国家的な便益 国による研究開発投資がもたらす国家的便益として、以下の要因を掲げた。 ・衛星打ち上げ・宇宙輸送に係わる技術基盤の確立と標準化 ・国家としての自立的な打ち上げ・宇宙輸送手段の確保 ・科学技術リーダーシップや国際競争力の維持・向上 ・我が国の公共放送文化への国際的なアクセス機会の提供 ・環境関連国際条約に係わる継続的で高精度な自主検証能力の確保 ・地球温暖化防止に関わる政策立案と推進への寄与 ・国際貢献 ・独自の位置測定手段の確保と活用 理想的には、個々のプロジェクトの具体的なミッションに応じて、表6.1-3に掲げた全ての便益を網羅的に分析・ 評価することが望まれるが、実際は、便益や効果の測定ニーズ、データベースや分析ツールの開発・整備状況、 費用と時間等を勘案し、適切と思われる事項に絞って行うことになろう。 経済効果の分析に注力すべきプロジェクトは、市場に直接リンクした通信・放送・測位衛星プロジェクトであ り、その他の衛星プロジェクトは、社会的便益(一部、便益の貨幣価値換算分析を含む)、国家的便益の他、科学 技術的成果やそのネットワーク分析に注力し、経済的側面はコストの妥当性評価にとどめるべきであろう。 122 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表6.1-4 国が実施する宇宙開発プログラムのミッションタイプ別便益要因のモデル化試案 -公的な研究開発投資の経済的・社会的・国家的な便益- プロジェクト フェーズ タイプ 分類 経済的な便益 社会的な便益 国家的な便益 ・技術革新や産業習熟の促進による 調達・打ち上げコストの低減 研究開発 ・新たな知識の移転等に伴う間接的な 段階 の改善等) ロケット・ 得と教育・研究利用 ・衛星打ち上げ・宇宙 便益(スピルオーバー、スピンオフ等) ・射場地区への経済効果(雇用機会 打ち上げ ・科学的・工学的な知識の獲 輸送に係わる技術基 ・射場地区の社会生活基盤の整 盤の確立と標準化 備による生活の質の向上 ・国家としての自立的 ・打上市場の拡大:付加価値増加 な打ち上げ・宇宙輸 宇宙輸送 送手段の確保 ・技術改良や産業習熟の促進による 商業利用 運用段階 製造・打ち上げコストの低減 ・国際競争力の確保と その維持 ・宇宙観光・旅行市場の創出 ・射場地区の社会生活基盤の整 ・射場地区への経済効果(雇用機会の 備による生活の質の向上 改善等) ・技術革新や産業習熟の促進による 研究開発 段階 調達コストの低減 ・新たな知識の移転等に伴う間接的な 便益(スピルオーバー、スピンオフ等) ・通信・放送サービスの多様化・ 高度化に伴う生活の質の向上 への期待感の形成 ・科学的・工学的な知識の獲得と 教育・研究利用 ・衛星・通信機器製造業、放送サービス 通信・ ・科学技術リーダーシ ップの維持・向上 業の市場拡大:付加価値増加 放送衛星 ・波及的な便益:コスト低減、需要増加 ・通信・放送サービスの多様化・ 高度化に伴う生活の質の向上 商業利用 段階 ・技術改良や産業習熟の促進による : 接続性、双方向性、娯楽性、 製造コストの低減等 ・我が国の公共放送 文化への国際的なア クセス機会の提供 文化性等 ・新サービス創出や価格の低下による付 加価値や消費者余剰の増加 ・環境関連国際条約 気象・ 地球観測・測 位衛星 に係わる継続的で高 研究開発 段階 ・技術革新や産業習熟の促進による ・ 環境リス ク 低 減 や 移 動 の安全 調達コストの低減 性・容易さ・確実さの向上への期 待感の形成 ・新たな知識の移転等に伴う間接的な 123 便益(スピルオーバー、スピンオフ等) ・科学的・工学的な知識の獲得と 精度な自主検証能 力の確保 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 研究・教育・研修利用 ・地球温暖化防止 に 関わる政策立案と推 ・新たな気象予報・画像提供・測位関 ・高精度な気象・地球観測による 進への寄与 連サービス市場創出:付加価値増加等 環境リスク管理ニーズの充足 ・国際貢献 運用段階 ・新サービス創出や価格の低下による付 ・道路混雑の緩和や移動の安全 性・容易さ・確実さの向上 加価値や消費者余剰の増加 ・独自 の位置測定手 段の確保と活用 ・自然災害・交通事故・渋滞被害など ・自然災害・交通事故リスク等の 低減 機会損失の低減 ・技術革新や産業習熟の促進による 調達コストの低減 宇宙 科学衛星 宇宙環境 利用衛星 研究開発 段階 ・太陽系や宇宙に関する科学的 知識の獲得と教育・研修利用 ・科学技術リーダーシ ・新たな知識の移転等に伴う間接的な 便益(スピルオーバー、スピンオフ等) ・宇宙環境利用による新製品・サー ・新製品・サービス市場創出に向けた研 究開発産業の創出 ップの維持・向上 ビス創出による生活の質の向上 への期待感の形成 資料)(財)政策科学研究所作成:NASDA 調査研究資料「プログラム別便益の整理」を参考にして、公的な研究開発 投資に関する便益要因としてモデル化 ■ 6.1.4 NASDA における過去の経済効果試算例の問題点・課題と考慮すべき事項 6.1.4.1 過去の経済効果試算例と問題点・課題 前掲NASDAの調査検討資料より、NASDAにおいて、過去、実施された経済効果試算例と問題点・課題を、表 6.1-5にまとめて示した。ここで、経済波及効果に関連して、「完全競争のファースト・ベスト(最善)の世界で は、間接的な波及効果は相殺し合って、間接効果の純便益の合計額はゼロになる。」1ので、捕捉すべきは、発生 ベースの便益と前述のような波及効果による間接便益であると指摘している。 これは、衛星サービス市場でいえば、その波及効果が他の市場における製品・サービスの価格の低下や需要の 増加をもたらし、その影響が衛星サービス市場にもフィードバックして、さらに価格の低下や需要を増加させる ことによってもたらされる相乗的な波及効果による便益のことである。 なお、この間接便益には、衛星プロジェクトに係わる研究開発の副次的な成果の活用、科学技術的知識のスピ ルオーバー、及び研究開発人材のスピンオフ等を通じて発生した他の市場における追加的な副次的便益も含まれ るので、これらの波及便益も分析することが期待される。 1 赤井伸郎、金本良嗣(1999)、『費用便益分析における地域開発効果』、「費用便益分析に係わる経済学的基本問題」、社会資本整備 の費用効果分析に係わる経済学的問題研究会編 124 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表6.1-5 項目 NASDAにおける過去の経済効果試算例と問題点・課題 経済効果試算例 問題点・課題 ・産業連関分析を総務省統計の全国32部門で実施すること に限界あり。理想的には、宇宙産業の特徴を示す独自の産 業連絡分析がなされるべき。国内産業規模からみれば、かな 産 業連 関 分 による生産 誘発と雇用 創出 予算書を基にNASDAプロジェクト、あるいは NASDA全体の事業活動に対する産業連関分 析を実施。 この分析では、宇宙産業に対する 直接的な経済便益と周辺産業への波及的な経 済便益を生産誘発と雇用創出という形で評価 り狭い宇宙産業市場では、国の監督官庁が実施する系統的 な統計作業の中ではその特徴が現れないのは自明。 ・実際にNASDAから、どの企業/業種部門へ、どの割合 で発注がなされているか、把握する作業が必要。これま での産業連関分析では予算書の内容から、ある一定の 仮定をおいて計算しているが、どの業界へどの程度の 資金を投入したかという実質値を産業連関のインプット として考慮すべき。 ETSミッションで開発される技術が将来の宇宙 技 術試 験 衛 ミッションへ適用されるケースを想定し、withと 星によるコス withoutの比較により、費用削減効果を評価し ト削減効果 た。しかし、その効果は定性的な評価にとどま るものが多い。 ロケット打ち 上げによる 種子島への 経済効果 NASDAの活動が地域経済に及ぼす影響を評 価するため、種子島を対象とし打ち上げに伴 って関係者、学者等の来島に伴う宿泊施設へ の収入増、そして地域産業構造から分析され る観光収入等を試算 ・地球環境観測がもたらす様々な便益そのものを貨幣 価値換算することは根本的に困難な作業。一つの手法 として環境悪化、あるいは自然災害に伴う被害の削減 効果ということで貨幣価値換算を試行。但し、衛星プロ グラム実施と被害削減効果との因果関係を定量的に 表すことが難しい。 地 球観 測衛 地球観測衛星の利用効果(被害削減効果 星の便益評 等)のうち、主なものについて貨幣価値換算を 価 実施 ・貢献度合いをどう設定するかといったパラメータの設定具 合、またはシナリオ設定の仕方で経済効果が大きく変化。 ・環境観測に限らず、ある社会経済便益に対する衛星 の寄与率の明確化が非常に困難。この寄与率が結果 を大きく左右するが、その的確な決め手がない。また、 欧州の事例では、個々の衛星プロジェクトではなく、プ ログラムとして評価を実施。 ・便益発揮上、衛星の能力が不十分な例も存在。 宇宙活動がもたらす非市場財の便益価値額 仮想市場評 をCVMにより推定。事業/サービス毎に個人支 価法CVMに 払意思額WTPを問う調査票(2段階2項選択方 よる総便益 式)を作成し、全国から任意の約1000サンプル 評価額の推 をインターネットにより迅速に回収。 その回答 定 結果を分析し、様々な宇宙開発事業やサービス に対する国民のWTPと総便益評価額を算定 資料)(財)政策科学研究所作成:NASDA調査研究資料に基づき編集 125 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 6.1.4.2 考慮すべき事項-リスクと不確実性 前掲NASDAの調査検討資料においては、経済的便益の推計に関して、これまで考慮されてこなかった事項がある。 それは、ミッション達成率、便益の不確実性、衛星の寄与度の考え方などであり(表6.1-5参照)、この状況は、 欧米の宇宙プロジェクトの評価事例においても同様であるとして、以下のように指摘している。 確率論的リスク評価(PRA: Probabilistic Risk Assessment)から得られる情報は、衛星の故障、ロケットの打ち上げ 失敗などのミッションの失敗確率(頻度)、そしてそれらの周辺環境への影響(被害、コストなど)の大きさである。また、 その故障や失敗に大きな影響を与えうる機器(部品)あるいはミッションの各要素などを特定することもできる。このよ うな情報は、ミッションのパフォーマンスの向上、安全性の向上及びミッション達成コストの削減に応用することがで き、その成果を数理的に示すことができる。PRAのこのような特質は、近年、パフォーマンス評価が重視されるように なってきた米国の研究開発投資において重要視されるようになってきており、NASAも自らのミッションのパフォーマン スの向上あるいはコスト低減などを示すために、PRAを用いることを考えている。日本の現状を考えた場合、パフォー マンス評価がそれほど重視されていない状況を考えると、研究開発の効果を示すためのPRAの実施は、時期尚早と思わ れる。ただし、上記であげたPRAの利点は、ミッションの成功や費用低減に貢献できることから、実施する価値はある。 その際には、機器あるいは部品などの故障データの整備などからはじめることが必要となる。 便益発生の時間的スケールについては、研究開発投資の便益を考える際、その評価期間を長期化すればするほど、代替の新技 術の登場、考慮していなかった悪影響など、現在時点における将来情報の不足による不確実性が増大していく。評価対象時間を 選択する際には、このような不確実性が存在することを常に意識しておく必要がある。衛星の寄与度に関する不確実性は、寄与 度を計算する際の考え方(いわゆる、モデル)に不確実性があり、また、そこで用いる各数値(パラメータ)にも不確実性が存在す る。したがって、寄与度を算出する際には、できる限り、これらの不確実性を減少させる手法を選択するべきである。 不確実性の問題については、一般的な不確実性として、偶然に依存する不確実性、認識に依存する不確実性、パ ラメータの不確実性、モデルの不確実性、意思の不確実性という5つの不確実性があげられている。これらの不確実 性が、実際に研究開発投資の経済波及効果を見るためのシナリオ評価を行う場合に、どのように関係してくるかに ついて以下に述べる。 シナリオ評価においては、考えられるシナリオは無限に存在している。しかし、実際に起 こりうると思われるものは限られた数になるだろう。また、実際に評価するためには、シナリオ数を限定する必要 もある。この選択は、過去のデータの統計処理や専門家の判断によって行われるが、そこには偶然に依存する不確 実性と認識に依存する不確実性が存在する。シナリオ評価において、機器の故障確率やある事象の発生確率などを 用いる場合、そこにはパラメータに関する不確実性が存在する。つまり、その事象が起こる確率は一つではなく、 ある程度の範囲を持ったものであるということである。また、このような評価においては、何らかの数学的モデル を利用したりするが、その数学的モデルには不確実性が必ず含まれる。モデルとは、実際に起こる現象をある程度 単純化したものであるため、その際に必ず不確実性を含んでしまう。さらに、シナリオ評価において、CVMやアンケ ート調査などによるデータをベースにした数値を用いる場合、そこには意思の不確実性が存在する。 以上のように、シナリオ評価においては、各段階において様々な不確実性が存在するが、実際の評価作業を考慮 すると、その不確実性を定量化できる部分は、一般に、統計学的に整理できるものに限られる。しかしながら、定 量化できなくとも、不確実性の存在については、常に認識しておくべきものと思われる。 一方で、経済理論的にデータを集めるだけでは、ただ一つの数値にたどり着くという可能性はない。むしろ何ら かの(必ずしも社会の全員、あるいは、大半が同意するとは限らないような)方法で割り振るしかなく、それ故、た えず、その正当性に疑問が投げかけられるという宿命にある。これは、効果の数値に説得性を期待する場合、重要 な問題となる。このような(主観的で、かつ、同様の状況が繰り返し起きないような)不確実性のもとでの効果の推 計は、データを積み重ねるほど、その不確実性の度合いは明らかになるが、解消されることはない。したがって、 重要なのは、説得性と、推定の費用と不確実性、さらには、ここで指摘した、恣意性との秤量の問題となる。 126 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 また、同NASDAの調査検討資料では、不確実性の形について、未来に何が起こるかを知ることはできないが、そのす べてが分からないわけではない。分かる程度は、ケースによって異なる。起こると考えている事象に関するデータが多 ければ多いほど、分かる度合いも高くなるであろうとして、不確実性は以下に示す3つのカテゴリーに分類して整理で きると指摘している。 ◆ 予測できるリスク 起こりうるいくつかの結果の確率を予測できるようなリスク(たとえ、それが独断的なものだとしても)。こ れは、過去に類似した出来事が何度も起きていることによるものである。 ◆ 構造的不確実性 確率として予測できるほどの前例がないもの。起こる可能性があるかどうかは、因果関係の検討から推測す ることができるが、どの程度の確率で起こるかについては知る術がないもの。 ◆ 不可知の出来事 想像もつかない出来事。過去の歴史を遡ってみれば、こうした事例は多いことが分かる。もちろん、起こる ことを想定しなければならないが、このような出来事の中身を知る手がかりは何もない。 ■ 6.1.5 衛星利用による経済効果の推計手法 前掲NASDAの調査検討資料では、 衛星を実際に利用することにより発生する様々な経済効果の推計に役立てるため、 市場規模推計手法、利用者側の便益推計手法及び社会的な便益推計手法について、以下のように取りまとめている。 6.1.5.1 衛星利用の市場規模推計手法 前掲NASDAの調査検討資料では、衛星を実際に利用することにより発生する様々な経済効果の推計に役立てる ため、図6.1-1に示すような一般的な市場規模推計フロー推計手法を参考に例示し、この作業を、各有望利用分野 ごとに行い、それぞれの結果を合算すれば、衛星利用による市場規模が推計できると指摘している。 衛星の主要利用分野の抽出 潜在母集団の特定 (人口、世帯、特定ユーザ ー数、事業所数など) 活動指標の選定 成長モデル ロジスティック曲線 線形など 回帰分析 (普及率、寡占率、 代替率など) 成長モデルの選択 回帰モデル 線形、指数曲線、対 数曲線、べき曲線、 ロジスティック曲 線等 回帰モデルの選定 係数の設定 活動指標の予測 母集団の推移調査 利用者数の予測 サービス単価の 設定(原単価) 市場規模予測 (将来予測) 図6.1-1 衛星利用サービスの市場規模推計フロー 出所:前掲NASDA調査検討資料 127 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 a. 有望利用分野の抽出:衛星の主要利用分野を抽出し、その利用形態を想定 b. (可能性のある)潜在的母集団の特定とその定量化 各利用分野で、潜在母集団を特定し、将来予測を行う。母集団としては、全国世帯数、対象年齢別/地域別人 口、企業数、あるいは事業体数などが考えられ、基本的には外部分析データを利用し、それらの定量的把握を行 う。また、必要であれば、将来予測(トレンド分析)を行い、将来動向を外挿することになる。 c. 活動指標の選定と予測 潜在母集団に対する普及率、寡占率、あるいは代替率などの市場獲得規模を表す活動指標を推定する。利用効 果を算出する上で最も重要な作業のうちの一つである。ここでは、シナリオに基づく成長モデルの設定、あるい は、過去データからの回帰分析による将来予測などにより、支配指標(普及率、市場寡占率・利用率など)を決定 する。成長モデルとしては、例えば低成長の場合、一定成長とみなし、線形モデルを採用し運用終了時の最終指 標に向かって一定の普及係数で成長すると仮定する。高成長の場合には、市場飽和性を加味した市場予測が必要 であり、ロジスティック曲線などの成長モデルを用いて、最終普及率(最大値)、普及時期を設定し、最終普及ま での推移を推定する。ロジスティック曲線でモデル化する場合には、次のモデル式となる。 y = a 1 + b exp( - cx ) y ここで、 が従属変数(つまり普及率)、 x が独立変数(つまり年次)である。 a , b , c はそれぞれ係数であり、 a は y の最大値を表す。 次に、成長モデルの係数を設定する。ひとつは、定性的なシナリオから係数を推測する方法がある。関連分野 の政策(目標値)やミッション実施側(被評価者)が与える目標値(それがリーズナブルかどうかは評価者側が判断 した上で)を採用する。しかし、この方法では、主観的な評価となりがちで、ミッション実施者および評価者の意 思が結果に反映されやすく、公平な評価とはいえないこともある。 そこで次善の策として、過去の様々な消費 財の普及シナリオを参考に各係数を決定するという手法がある。成長モデルで適切な係数設定には、基本的に以 下の方針の採用が考えられる。 ◆ ロジスティック曲線による成長のモデル化 ◆ 最大値αは、被評価者と評価者が合意のもと決定する。ただし、他類似サービスあるいは競合サービスの普及 率等を精査し、それらとかけ離れた数字とはしない。また、将来の不確実性はこの最大値の表し方で考慮する。 最大値aに低位、中位、高位の3つの成長シナリオを持たせる。 ◆ シナリオが詳細に描け、各係数決定をユーザー層の意思(アンケート等)により決定できる場合を除いて、 成長モデルを支配する他のパラメータは以下のとおりとする。ケース1は過去の衛星サービス普及状況から設 定され、通常のサービス市場に当てはめる。ケース2はDSLのように初期に爆発的に普及すると見られるもの についてのみ当てはめる。 :log b / c は4年、 ◇ 基本ケース(ケース1) ◇ 高成長ケース(ケース2):log b / c は2年、 c は0.7 c は2 d. 利用者数の予測 作業「b.母集団の特定と予測」と作業「c.活動指標の選定と予測」より、それぞれの同一年次の値を掛け合 わせることにより、利用者数あるいは契約数の時系列変動が把握できる。 128 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 e. サービス単価(原単価)の設定 サービス単価を別途推定する。市場財の場合には、すなわちサービス原価となる。ここではこの単価は、被評 価者あるいは評価者が、既存の類似サービスを精査し、同レベルの単価を設定する。また、企業であれば市場変 動に伴い、原単価の変動もありうるが、ここでは衛星利用期間中は一定とする。 f. 市場規模の予測 最後に、作業「d.利用者数の予測」と作業「e.サービス単価の設定」から、市場規模の時系列予測が行える。 6.1.5.2 利用者側の便益の推計手法 地球観測衛星(グローバル、気象観測タイプ)においては、無償に近い形でデータ配布がなされているため、デ ータ提供側の売り上げ市場というものが無視できるほど小さい。このため、この利用者側の便益をできるだけ定 量化することで、経済効果を示す必要がある。 この効果を計測するためには、2つの方法がある。ひとつは、ボトムアップ的な手法である。利用者層を想定し、 各利用者単位で原単位(便益額)を決定し、それを積み上げる方式である。もうひとつは、言わばトップダウン的 な方法であり、ある産業における経済市場(例えば、農作物の売り上げ高)に着目し、衛星データ/サービスが関 連するある改善効果(例えば作付け状況の把握や気象情報サービス)により、市場を停滞させる要因の改善になる とすれば、その何割かは衛星貢献分として積算が可能であるというシナリオ分析である。上記のボトムアップ的 手法がどうしても適用できなければ、このトップダウン的な手法にて効果測定を行うしかない。トップダウン的 な手法は、従来もとられてきたやり方であり、その衛星貢献度の設定、市場改善の割合の前提など、評価者の主 観により決定しなくてはいけない重要な指標が少なからず存在する。 ここでは、前者のボトムアップ的な手法を以下に示す。ここでの作業を、各有望利用分野ごとに行い、それぞ れの結果を合算すれば、利用者側の衛星利用便益を得ることができる。 a. 原単位の設定 利用者便益における原単位(単位便益額)の設定は、その用途により様々であり、一概には手順を確定できない。 ここでは、できるだけ一般化した利用者側の便益における原単位の設定フローを図6.1-2に示すが、最終的には評 価者の技量、知識に拠るところが多い。 b. 市場規模の予測 図6.1-1の「利用者数の予測」と上記作業から、市場規模の時系列予測結果が得られる。 129 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 利用者別の効果便益の推定 効果シナリオ設定 衛星を含めた活動による効 果 ・ 代替法 ・ ヘドニック 法 ・ CVM ・ 仮定に基づ くシナリオ 効果の種類とその 効果が発生するた めに必要な他活動 の分析 効果の定量化 寄与度(貢献度)の設定 便益額(当該衛星分)の推 定 3つの配分基準 ・費用を基準とした配 分 ・物理量を基準にした 配分 効果の質と量を基準 原単位の設定 (便益額等) 図6.1-2 利用者側便益の原単位の設定フロー 出所:前掲NASDA調査検討資料 6.1.5.3 社会的な便益の推計手法 社会的便益は、最も定量的な値を得ることが難しい。また、残念ながらこの効果を定量的かつ正当性を持って 評価できる一般的な手法は存在しないので、個々の便益毎に検討する必要がある。実際には、衛星データ/サー ビスを導入することにより得られる効果シナリオを作成し、トップダウン的に衛星の効果を積算する方法が現状 で採用できる唯一の現実的な手法であるかも知れない。以下、被害抑止効果を例にとり、分析手法を例示する。 環境悪化や自然災害に伴う被害が、衛星データ/サービスの導入により、その一部が低減できるであろうとい うシナリオのもと、効果の貨幣価値換算について考えることができる。まず、被害の経済的損失額(基となる全経 済規模)を外部統計データから引用する。 次に、その被害を低減する(あるいは不具合/効率を改善し経済規模を拡大する)シナリオを検討し、被害低減 率(あるいは改善率)を設定することなる。この場合、この低減率(あるいは改善率)の設定は、実際に事象が観察 されることがないため、評価者の主観に頼らざるを得ない。できるだけ客観的なものにするためにも、シナリオ 構築に対してその不確実性を減らすよう常に心がける必要がある。 続いて、対策活動の向上による低減率が設定されれば、その対策活動に対する衛星観測部門における貢献度合 い、すなわち、その対策活動に対して、衛星観測がどの程度寄与しているか、を明確にする必要がある。この貢 献度の設定については、前項でその設定基準を3つ提示している。観測活動や対策実行、政策決定などの異質の活 動を同じ尺度で評価することは難しいので、ここでは、問題点が多いものの費用的な基準で貢献度を測るのが、 最も簡便でかつ現実に取りうる手法であるといえる。 最後に、地球観測衛星などは、同種のセンサーが複数運用されているのが常であるので、地球観測データの中 での比較、貢献度の設定となる。諸外国の衛星が提供する地球観測データも含めて、その中での当該衛星の役割 を明確にしなければならない。 130 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 6.1.6 まとめ 本稿では、NASDAの費用対効果分析手法等に関する予備的な調査検討資料を参照しつつ、NASDAにおける経済効 果分析法等の検討の経緯、米国(NASA)や欧州(ESA)における経済効果の位置付け状況を概括した。その上で、 宇宙開発プログラムの実施による便益のスコープに考察を加えた後、追跡評価のみならず事前評価にも活用可能 な経済効果分析のターゲットである宇宙開発のミッションタイプ別便益要因に考察を加え、モデル化試案として 参考に取りまとめた。 また、NASDAにおける過去の経済効果試算例の問題点・課題及び考慮すべき事項-リスクと不確実性-について 紹介した後、上記資料に基づき、具体的な衛星利用による経済効果の一般的な推計手法例として、市場規模推計 手法、利用者側の便益推計手法及び社会的な便益の推計手法を紹介させていただいた。 宇宙航空研究開発機構(JAXA)においては、これらの経済効果分析法の具体的な適用研究に向け、引き続き検 討を推進されているとのことである。したがって、本稿で紹介した宇宙開発分野における経済効果分析法の事例 は、あくまで予備的なものとしてご理解いただき、経済効果分析法の詳細や具体的な適用上の留意点等について は、同機構における検討検討結果の取りまとめと成果の公表までお待ちいただきたい。 131 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.6. 我が国における経済効果分析法の検討事例 1.6.2. 原子力研究開発分野における経済効果分析法の検討事例 日本原子力研究所 栁澤 和章 近年、日本原子力研究所においては、過去数十年に及ぶ原子力研究開発の成果の費用対効果分析を実施するた め、その分析・評価方法の検討と事例研究を鋭意推進されてきた。ここでは、その評価研究の試行的成果を以下 に概括するが、作業に当たって参考にした公開文献は主として以下である。 日本原子力研究所研究業務評価検討アドホック委員会(2002):「日本原子力研究所事業の達成と研究成果の社会 経済的評価に関する評価報告書」、JAERI-Review 2002-019. ■ 6.2.1. はじめに ◆日本原子力研究所における研究開発 日本原子力研究所(以下、原研)は、原子力基本法及び日本原子力研究所法に基づき、原子力の開発に関する研究 等を総合的かつ効率的に行い、原子力の研究、開発及び利用の促進に寄与することを目的として、昭和 31 年 6 月に 設置された。爾来 49 年に亘って、原研においては、原子力分野における我が国の中核的な総合研究機関として、原 子力委員会が策定する原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画(以下、長計)及び原子力開発利用基本計画、 原子力安全委員会が定める原子炉施設等安全研究年次計画、内閣総理大臣(現在は文部科学大臣)が定める日本原子 力研究所の業務運営の基準となる原子力の開発及び利用に関する基本計画など国の方針に基づいて、幅広い研究開発 が進められてきた。そして定められた業務を着実に実施し、数多くの研究開発成果を挙げるとともに、原子力に関す る研究開発支援を効果的かつ効率的に推進し、国、学界及び産業界の要請に応えてきた。 ◆ピアレビューと社会経済的評価 研究開発の進め方や成果の評価に関して、原研では、いち早く自主的な研究評価が実施されてきた。平成 10 年 度からは、 「国の研究開発全般に共通する評価の実施方法の在り方についての大綱的指針(平成 9 年 8 月内閣総理 大臣決定)」に基づき、第 3 者による研究評価委員会を設置し、研究所の運営に関する機関評価、および研究の成 果に関する研究評価を受け、その結果を公表し、公的研究機関として、国民に対する説明責任を果して来ている(い わゆるピアレビュー)。 しかしながら、これらの研究の成果が投資額に見合っているか、すなわち、社会や経済 に及ぼす効果が定量的にはどの程度であるか、といった点の評価については、世界的にも評価手法自体が未成熟 であったこと等の理由で未だ実施されていなかった。 ◆海外の状況 公的研究機関の研究開発は、利潤追求を目的とした民間の研究開発と異なり、その目的が、多くの場合、公共的・国 家的な価値の実現におかれ、かつ、ハイリスクな未踏の分野を含んでいたため、その定量評価が従来は困難であった。 しかし、海外の主要国では、近年、社会の要請に応えるため、研究開発が社会や経済に及ぼす効果を定量的に評価する 分析・評価手法の開発や事例研究を、ピアレビュー等の「定性評価」とあわせて実施し、総合的に研究開発を評価する 試みがなされ始めてきた(例えば、欧州宇宙機関プログラムに対する BETA による定量評価等) 。 132 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ◆閣議決定に基づく費用対効果分析の実施 おりしも、政府の「特殊法人等整理合理化計画」が平成 13 年 12 月 19 日に閣議決定され、その中で、基礎研究 などを行う研究開発型の特殊法人にも、これまでの専門的、技術的な視点の研究評価だけでなく、社会経済的評 価を実施することを義務づけた。同計画では、 「国費によって達成された研究成果を出来るだけ計量的な手法によ り、国民に分かりやすく示すこと」、「経済波及効果を出来るだけ定量的に表して費用対効果分析を行い資源の重 点配分を行うこと」とされた。 そのため、原研においては、公的研究機関としての国民への説明責任を果たすため、評価手法自体が未だ確立 されておらず、その結果にも不確実さが避けられないけれども、研究成果の社会経済効果の「定量評価」-費用 対効果分析-に向けた分析・評価手法の適用研究が、所要のデータベースの整備に合わせて推進されてきた。 ◆原研の研究開発の特徴 原研の研究開発は、国の存立基盤を支えるエネルギーの長期安定供給を目指す原子力技術の研究開発や我が国 の産業の競争力強化につながる先進的原子力科学技術研究など、もともと投資に見合った成果が得られるか否か が定かではないが、我が国のエネルギー安全保障面から国家的な推進が不可欠なものが多い。なかでも、原子力 技術の研究開発を支える基礎・基盤的な研究は、国や民間の技術開発を下支えする知的基盤の研究開発とその整 備に係わるもので、直ちに経済的な効果に結びつかないものが多い。それ故、原研における研究開発は、企業に おける当初から投資回収が確実と見込まれる技術を対象とした利潤追求型の研究開発とは、その性格が基本的に 異なっている点に留意する必要がある。このため、その研究開発成果の効果は、国の施策への貢献、科学技術・ 学術上の貢献、産業界への貢献、社会的貢献、国際貢献と人材育成などの定性的側面と、経済的な効果などの定 量的側面とを総合して捉えることが重要である。 ◆本報告において取り上げた4つの試算事例 これらの点に留意しつつ、ここでは、原研における研究開発成果の経済効果の試算例として、以下に示す4つ の事例を紹介する。なお、ここで取り上げた4つの事例は、原研の 3 つの研究領域-1)原子力エネルギー研究開 発、2)放射線利用技術の開発と応用、3)原子力研究開発の基礎・基盤の確立-の内、前2領域に属するものである。 ① 経済効果の試算事例 1-軽水炉発電による電力・施設等市場への原研寄与 ② 経済効果の試算事例 2-放射線・ラジオアイソトープ(RI)利用市場への寄与 ③ 経済効果の試算事例 3-軽水炉燃料高燃焼度化によるランニングコストの削減 ④ 経済効果の試算事例 4-原子炉施設事故リスク低減による原子力損害賠償保険料低減 ■ 6.2.2. 分析・評価の体制と手順 6.2.2.1 体 制 原研では、所内に「研究業務評価検討アドホック委員会」が設置され(脚注 1)、この委員会において、評価方針の 検討及び評価結果の検討と取りまとめが行われた(分析・評価の体制:図 6.2-1 参照)。 133 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 研究業務評価検討アドホック委員会 •評価方針の検討 •評価結果の検討とまとめ 評価方針の指示、評価 関連資料の提出依頼 評価結果 •評価用資料(研究台帳等)作成 •定性評価資料作成 定量評価用資料の提示 定 量 評 価 手 法 の 提 案 評 価 方 針 の 指 示 各研究部門 有識者 (研究開発機関の評価に 関する専門家) •評価方針に対する助言 •評価結果の妥当性に関 する意見 定量評価結果 シンクタンク •評価用資料に基づく経済効果(定量評価)の分析 •分析結果の評価 図 6.2-1 分析・評価の体制 (脚注 1) 原子力発電および放射線利用に関する費用対効果については、齋藤伸三副理事長(当時)を委員長とする総勢 12 名からの アドホック委員会が設けられた。基礎科学の社会経済的評価については、岡﨑俊雄副理事長(当時)を委員長とする総勢 14 名 のアドホック委員と 14 名のワーキンググループ委員が参加した。 各研究部門では評価に必要な基礎資料としての研究台帳(評価用資料)を作成し、これらの評価用資料に基づ き委員会が定性評価を行い、定量評価についてはシンクタンクの支援を得て実施した(脚注2)。なお、評価結果の妥 当性を確保するため、所外有識者(脚注 3)の意見を評価の方針及び評価結果の取りまとめに反映させた。 (脚注 2) 支援を得た民間シンクタンクは株式会社日本総合研究所、株式会社三菱総合研究所及び株式会社ドゥリサーチ研究所である。 (脚注 3) 所外有識者は、平澤泠 東京大学名誉教授、永田晃也 北陸先端科学技術大学院大学助教授及び伊地知寛博 文部科学 省科学技術政策研究所(いずれも肩書きは当時)である。 6.2.2.2 調査・分析の手順 原研において実施された調査・分析の具体的な手順は、図 6.2-2 に示すとおりである。 1.調査方法の立案 4.分析対象の選定及び分析方法の設定 •評価方法の全体設計 Yes •評価に必要な作業の選定 •報告書のまとめ方と検討 テーマ毎の No 定量評価分析の適合性判定 2.研究台帳の作成 a)研究目標、成果、目標の達成度、特許数、 論文数等の把握 5.定量評価分析手法 の詳細検討と評価 b)R&D目標の達成状況 (経済価値、非経 済価値、今後の見通し、成功確率、 •直接効果 •間接効果、波及効果 時期等) c)R&D目標の範囲外(他分野)への 6.経済効果の分析 波及効果 •関連情報収集 •経済効果の試算と評価 7.定性評価の分析 3.技術マップの整 •技術マップの作成 •論理線図の整理 8.報告書の作成 図 6.2-2 調査・分析の手順を示すフロー 134 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1.の調査方法の立案では、調査方法の全体設計及び報告書のまとめ方等が立案され、2.の研究台帳の作成 では、研究分野毎の分類―必要であればそれを更に細分化した中分類、に従って研究目標、成果、目標達成度、 特許数、論文数等を整理し、研究分野に対応する市場規模、研究開発に対する原研の寄与率等を記載した研究台 帳が作成されている。 3.の技術マップの整理では、研究台帳及び研究現場でのヒアリングに基づき、研究分野毎に技術波及マップ や論理線図等定量評価に必要なデータ集が作成され、4.の分析対象の選定では、研究分野ごとに、研究台帳に 基づき定性評価対象事項の中から定量評価対象事項を選別されている。 5.の分析手法の設定では、定量評価対象事項毎に、最も適した分析手法の検討が行われ、直接効果及び間接 効果、波及効果に区分され、6.の経済効果の分析では、必要な関連情報の収集及び効果の試算と評価が実施さ れ、7.の定性評価の分析では、定性評価対象事項についての評価が行われている。 8.の報告書作成では、評価の方針と方法、原研事業の達成度、その他の定性評価及び定量評価結果を記述し た報告書が作成されている。 ■ 6.2.3. 分析・評価の対象 表 6.2-1 に分析・評価の対象とした研究分野を示す。原研の 3 研究目標は、前述のように 1)原子力エネルギー 研究開発、2)放射線利用技術の開発と応用および 3)原子力基礎・基盤の確立に大別されるが、横断的なものとし てそれらを支える研究施設の開発・整備・運用が付随している。 表 6.2-1 分析・評価の対象事業(研究開発) 研究領域 大分類 安全性研究 中分類 原子力施設等安全性研究、環境安全性研究、放射性廃棄物 安全性研究 エネルギーシステム研究 動力試験炉・新型炉の開発研究、原子炉工学研究 燃料・材料の基礎研究1) 原子力 エネルギー 原子力船研究開発 研究開発 バックエンド技術開発 高温工学試験研究 多目的高温ガス炉の設計、燃料・材料等の研究2)、 大型機器による研究、高温工学試験研究炉(HTTR)の設計・ 建設・試験、核熱利用研究 核融合研究 プラズマ研究、JT-60、核融合炉工学、ITER 保健物理研究 放射線 放射線利用研究 γ 線、電子線、イオンビーム、RI 製造利用研究 利用技術 中性子科学研究 中性子科学研究、大強度陽子加速器施設整備 開発と応用 光量子科学研究 放射光科学研究 大型放射光施設 SPring-8 の整備、原研独自研究 物質科学研究 物理研究、化学研究、加速器の運転研究、燃料・材料研究3) 原子力 先端基礎研究 基礎・基盤 環境科学研究 の確立 高度計算科学研究 高度計算科学技術、ITBL 計画、地球シミュレータの研究開発 研究炉開発・利用 JRR-1、JRR-2、JRR-3、JRR-4 材料試験炉開発・利用 JMTR 注)燃料・材料研究のうち、1)は板状燃料や岩石燃料等基礎・基盤的要素を含むもの、高燃焼度燃料の物性研究を含む研究 及び原子力船むつ燃料・材料の研究開発を言う。2)は高温ガス炉用燃料・材料を言う。3)はアクチノイド科学研究に使われる 窒化物燃料を言う。軽水炉用燃料の健全性に関する試験研究は原子炉施設等安全性研究の範疇にある。 135 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 6.2.4. 社会経済的効果の分析方法 原研の事業としての原子力研究開発は、時代の要請とともに変遷してきているが、発足当初から ①原子力エネ ルギー研究開発及び②放射線利用技術の開発とその応用、と言った原子力の2つの利用形態に対応した応用研究 が実施され、さらに、これらを推進する上で必要不可欠な ③原子力の基礎・基盤の確立、を目指した研究が行わ れてきた。これら研究開発の社会経済的効果の分析方法の概要は、以下に示すとおりである。 6.2.4.1 定性的分析 原研の研究成果が社会経済に及ぼした効果を、(1)国の施策への貢献、(2)科学技術・学術上の貢献、(3)産業界へ の貢献、(4)社会貢献、(5)国際協力と人材育成及び人的貢献に分類(事業化)し、事業毎に評価が行われた。この 分類毎の定性評価の内容を表 6.2-2 に示す。表 6.2-1 に示す各研究部門が表 6.2-2 に分類された定性評価の各項目 について、それぞれどの様な貢献を過去に実施してきたかは、冒頭に挙げた参考文献 JAERI-Review 2002-019 を参照されたい。 6.2.4.2 定量的分析-経済効果分析の種類、期間、前提条件及び試算方法 原研は、民間では実施しがたい研究開発分野について、国が策定する原子力長期計画等に基づき着実にその事 業を実施している。このため、原研の研究開発成果は、我が国の科学技術資産として、その知的基盤の構築に役 立てられてきている。従って、研究開発成果が直接市場に効果をもたらすよりも、様々な研究過程を経て、間接 的に市場に波及した場合が多いと予想されるが、この種の間接的波及効果を定量的に評価するのは難しい。ここ では、研究成果が市場に対して明確な経済効果をもたらしたものに限定して、定量評価が行われた。 表 6.2-2 定性的分析の項目 大項目 (1) 国の施策への貢献 小項目 国の施策の実現、目標の達成度と寄与の程度 ①研究論文 ②各種学会の役員、専門部会委員 (2) 科学技術・学術上の貢献 ③国際会議の主催 ④大学教官の輩出 ⑤客員教授、連携大学院 ①技術移転 (3) 産業界への貢献 ②特許数 ③産業界の育成への貢献 (受託研究、調査、指導) (4) 社会貢献 ①地元、地域貢献 ②社会への貢献(JCO 事故対応など) ③自治体職員等への教育、指導 ① 国 際 原 子 力 機 関 ( IAEA )、 経 済 協 力 開 発 機 構 (OECD/NEA)、包括的核実験禁止条約(CTBT)への人的 (5) 国際協力と人材育成及び 人的貢献 貢献。②旧東欧・アジアを対象とした二国間・多国間協力に よる人材育成。③原子炉研修所の活動等を通じた研究員の受 入及びポスドク、特別研究生、外来研究員等の受入。④行政 等への人的貢献 136 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 6.2.4.2.1 経済効果の分類と種類 原研の研究成果がもたらす経済的効果としては、種々のものがある。大きくは、直接的な効果と間接的な効果、 波及的な効果に分類できる。それぞれの効果として、定量的に評価可能なものとしてはどのようなものが挙げら れるか、その種類を整理したのが、表 6.2-3 である。 表 6.2-3 経済効果の分類と種類 効果の分類 (1)直接効果 効果の種類 研究成果が、当初想定していた市場に直接もたらす市場創出、コスト削減、機会損 失低減など (2)間接効果 研究成果が、間接的にもたらす市場創出、コスト削減、機会損失低減など (3)波及効果 市場創出及び生産誘発がもたらす雇用創出 原研の経済効果の定量分析では、上記の分類表を念頭に、それぞれの研究成果が、または、研究分野全体での 研究成果群が ①どのような、かつ、どの程度の市場創出効果(付加価値ベース)をもたらしたか ②どのような、かつどの程度のコスト削減効果をもたらしたか ③どのような、かつどの程度の機会損失低減効果をもたらしたか ④あらたな市場創出等がどの程度の派生的な雇用創出効果をもたらしたか を分析・評価ししている。 6.2.4.2.2 経済効果分析の対象期間 (脚注4) 原研の経済効果分析においては、過去の研究成果が既に実用化され市場にもたらされた効果について調査する ため、原研での当該研究分野における研究活動の開始から平成 12 年度までの期間が、対象期間とされている。 (脚注4)原研アドホック委員会では、本報報告事項(原研創立から平成 12 年度までの成果に係る費用対効果)以 外に、事前評価(平成 13 年からの 10 年間、及びそれ以降)も含めた相当前広な評価を実施している。本報は前者の追跡評価事例 に的を絞っている。 6.2.4.2.3 経済効果分析の前提条件 原研における研究開発成果の経済効果分析は、次の前提条件の下で実施されている。 ⅰ. 効果分析は、「民間」に技術移転され市場化されたもの、及び「国」としての立場からの技術協力によ り市場化されたものを対象として実施 ⅱ. 研究成果と直接関係のない建屋の建設及び設備、サイトの整備の投資効果は分析対象から除外 ⅲ. 効果分析の対象は、政府出資金による研究成果に限定する。従って、国から受託する特別会計による研 究成果(例えば、原子炉解体技術の開発)は、効果分析の対象から除外 ⅳ. 投資効果を算出する際の投資総額については、 「政府出資金で投入された予算額」と「その研究に投入された 研究者(技術補助員、事務補助員を含む)の人件費」を加えた総額 ⅴ. 効果分析の基準は年度に統一する。従って、年で統一されている資料等については、年度に読み替える。 137 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 また、以下に示す研究成果は、個別の事由により、効果分析の対象から除外されている。 ⅵ. 民間への技術移転が確実に見込まれる段階に至っていない「高温ガス炉」や「核融合炉」に関する効果分析は エネルギー市場動向、環境政策等など市場の把握が困難であり、不確定要素を多数含むため、対象から除外 vii 原子力船研究及び高速増殖炉についての研究成果の評価は、事業の一貫性の観点から、対象から除外 (前者は他事業団より途中から引き継いだもの、後者は開発途中に他事業団に引き渡したものであるため) 6.2.4.3.4 経済的効果の種類別試算方法 原研における研究開発成果の経済的効果は、以下に示す効果の種類別試算方法により算定されている。 ◆ 市場創出額、市場創出効果額及び投資効果率 市場創出効果とは、原研の研究成果が「民間」に技術移転され市場化された結果、又は「国」としての立場か らの技術協力により市場化された結果、生じた市場創出額を付加価値額で評価したもの。 ・ 市場創出額=原研の研究成果が創出した製品の市場売上高×市場売上高に占める研究開発費の貢献割合 ×当該製品の研究開発成果に占める原研の寄与率(有識者、ユーザー等へのアンケート、ヒア リング調査等から算定) ・ 市場創出効果額=市場創出額×当該産業の付加価値率(売上額から仕入れ費用等を除いた額で、 産業連関表により算出) 投資総額との比較(費用対効果)は次式で計算する。 ・ 投資効果率 =市場創出効果額/投資総額(研究費+人件費) ◆ コスト低減効果 コスト低減効果とは、原研の研究成果を活用した改善技術や新技術の利用により、従来技術による財・サービ スの製造・供給に要した総コストが低減できた場合、そのコスト低減額に、原研の研究開発成果の寄与率を掛け たもの。 ・ コスト低減効果額=コスト低減額(対象となるコスト×コスト低減率)×当該コスト低減に対する原研の寄与率 ◆ 機会損失低減効果 機会損失低減効果とは、原研の研究成果の活用により、その成果がなければ被ったであろう損失額を低減でき る場合、その損失低減額に、原研の研究開発成果の寄与率を掛けたもの。 ・ 機会損失低減効果額=損失発生予想額×損失発生低減確率×当該損失発生低減に対する原研の寄与率 ◆ 雇用創出効果(市場創出効果の別掲) 雇用創出効果とは、新たな市場を創出したこと等に伴い、派生的に生じた雇用の量を人数で評価したもの。な お、この雇用創出による所得効果は、通常、上記の市場創出効果に含まれる。 ・ 派生雇用創出量=(原研の研究成果による市場創出額+市場創出額による生産誘発額) ×(当該産業人件費÷当該産業平均年収) <注>生産誘発額=原研の研究成果の市場創出額×レオンチェフの逆行列(産業連関表) ■ 6.2.5. 経済効果分析法の試算事例 1-軽水炉発電による電力・施設等市場への原研寄与(直接的市場創出効果) 原子力エネルギー研究開発の成果がもたらす市場創出としては、①「軽水炉技術」の確立、②新型炉の開発、 ③核融合研究炉の開発、④原子炉・放射線にかかる安全確保への寄与があったが、ここでは軽水炉発電による電 力・施設等の売上への寄与(直接効果)の試算事例を示す。原研の研究成果が寄与した「軽水炉技術」による原 138 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 子力発電技術は、それまでの水力、火力に加え、新たに安定的な電力供給源となった。さらに、機器メーカーの 発電施設等に係る新製品開発を導いた。こうした認識のもとに、市場創出効果を以下の式により算出している。 6.2.5.1. 6.2.5.1.1 市場創出効果額の算出 原発市場規模 原研が実施してきたプロジェクト及びそれを支える基礎・基盤研究のうち、発電用軽水型原子炉(以下、原発) の市場創出効果を求めてみた。まず市場規模であるが、昭和 40 年の原電東海発電所(コールダーホール)の臨界が あるが、我が国の原発の本格的な営業運転は昭和 45 年の原電敦賀 1 号機(BWR)及び関電美浜 1 号機(PWR)か らである。従って原発市場の売り上げの調査開始年は1970年(昭和 45 年)とし、調査終了年は2000年(平 成 12 年)とした。原子力発電の売上高等は、大蔵省(当時)による有価証券報告書損益計算書や電気事業者連合会 による資料を参考に次式で求めた(脚注 5)。 原子力発電の売上高=Σ各年度毎の9電力の電気事業収益 x 原子力発電電力量の割合・・・・・・・・ (1) なお、ここでの売上高は、デフレータ補正により 1995 年実質価格に統一した。 図 6.2-3 は原発を有する 9 電力(脚注6)について年度毎に発電量ベースで営業収益をプロットしている。図によれ ば最近では年間で 6 兆円規模の基幹産業に発展している。式(1)から得られた我が国の原発市場の営業収益の累積 額は 31 年間で約 92 兆円となっている。 電力会社別の原子力発電による営業収益(発電量ベースによる試算) (百万円) 7,000,000 6,000,000 九州 四国 中国 関西 北陸 中部 東京 東北 北海道 5,000,000 4,000,000 3,000,000 2,000,000 1,000,000 0 1970年度 1975年度 1980年度 1985年度 1990年度 1995年度 2000年度 出典:電気事業連合会資料 図 6.2-3 我が国の電力会社別による原発営業収益 (脚注5)発電分野では売上高により、経済規模を把握するのは適切でないこともある。そもそも、電力会社の売上高は、電気を利用 し受け取る者が、発電、送電、配電など電気を受け取るに必要なすべてのサービスへ支払った対価を合算したものに相当する。この 合算の諸源に戻る作業は難物である。売上高のうちの原子力発電の寄与を求めるために、発電種別に公表されている発電費用から 原子力発電費用比率を求め、売上高に掛け合わせ、原子力発電の経済規模を求めることも可能ではある。 しかし、送電、配電など電気を作るサービスとは独立のものを、さらには電力会社の利益(電力に限らず売上高には利益も含まれ る)までも、原子力発電の比率で分けてしまうのは、電力会社の主たる生業を発電として見る電力会社観に基づくものであり、狭い考 え方といわざるを得ない。電力会社の費用のうち、送電や配電など輸送部門が占める割合は大きく、しかも固有のサービスであり、全 費用ないしは売上高(総括原価で料金を定めていた電力会社では、費用と売上高は極めて近い数値になっていた)を原子力発電の シェアで分け、原子力発電の経済規模を推定するのは、適切でない。 したがって、ここでは電力会社の売り上げをもとに、原子力発電の経済規模を推定する方式を試算したが、これはあくまで参考値と 139 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 しての位置づけである。(代替案として、原子力発電に要した費用を積算することで、原子力発電の経済規模とする方式を提案し、こ れを原子力発電の経済規模とする方式もある。ちなみに、売上高を発電比率で配分する参考値は、代替案を用いた試算比べ、原子 力発電費用の積算値の3倍程度となる傾向がみられた。) 原子力発電に要した費用を積算する方式は、ここでは電力9社と日本原子力発電の有価証券報告書損益計算書に記載されている 原子力発電に関わる費用に基づいている。これは、資本費、運転保守費、燃料費の区分で、電力会社単位で原子力発電に必要な年 間の全ての費用が示されており、単純明快なものである。しかも、費用の大半を占める電力9社に関する情報は全ての人がアクセス できる公開情報であり、客観性に富む。ただし、これは一つの電力会社が保有する全ての原子力発電プラントを対象に集計したもの であり、プラント毎の費用を明らかにするものではない。一般的には、同形式同出力の発電所でも、建設時点が異なれば、インフレな どにより建設費用も異なる。このように、過去に依存する費用は取得時価で合算されたものになっている。 とりわけ、減価償却費では、異なる時点で建設されたプラントの資金を長期的に回収するという観点での会計計算(あえて誤解を恐 れずに表現すれば、会計計算は見なし計算であり、机上の計算)を行い、個々のプラントから発生する年次展開された費用を計上し ている。したがって、建設費用の回収が終了している 17 年以上経過(原子力発電所の減価償却は設備により異なるが、大半のもの は15年間または16年間で償却される)した発電所では、運転開始時点の建設費用に対応する減価償却費は計上されない(もちろ ん、運転開始後に行われた追加投資の減価償却費は計上される)。つまり、資本費は、同じ出力の発電所でも、減価償却が終わった ものは費用が安く済むが、償却途上の発電所は費用がかかるといったように、発電能力や発電実績とは独立に、会計上の費用が計 上されている点に注意すべきである。 有価証券報告書損益計算書に記載されている原子力発電の費用には、このようにいくつかの留意が必要にはなるが、商業用に用 いられる軽水炉原子力発電所の建設・保守、原子燃料の購入・再処理(再処理費用は引当金という形で、将来発生する費用を計上し たもの)の全行程(本報告書でいうところのアップストリームからダウンストリームまで)で発生する全ての費用(そのうち、たとえば建設 やバックエンドは異時点間で発生する費用で特殊な「見なし」計算が)を会計学の原則により、特定年に割り振った費用である。この意 味で、有価証券報告書損益計算書の原子力発電費用は、網羅的なものではある。これに依る経済規模の推計は、発電分野では事 業者が高々10社しか存在せず、しかも電力9社は株式市場へ上場されており、大蔵省に提出した有価証券報告書という公的資料に 基づき、原子力発電の費用を確定することができる点で優れている。 なお、原子燃料や原子力プラントについては、電気事業者を中心とする最終需要者が購入するものではあるが、原子燃料の購入 は消費ではなく設備投資であり、プラント製作・建設と同様に減価償却で費用が計上されることになっている。ただし、通常の市場規 模・経済規模の推定と同様に、原子燃料の加工と原子力発電のプラント製作において、ある年の出荷額、売上高の記録を積み上げ ることもできるため、これにより参考値ではあるが、経済規模を把握することを行う。 このように売上額、ないしは出荷額ベースの経済規模の推定値は、工学や医療などでの放射線利用と比較可能なものであるた め、それなりに意味を持ちうる。ただし、原子力発電プラントの据え付け規模は年毎に大きな変動がみられるため、特定年のみを対象 に調査を行うことは不適切である点に留意する必要がある。 (脚注6)原子力システム研究懇話会:“原子力利用の経済規模”(平成 13 年)によれば、日本原子力発電については電力会社に卸供 給し、電力会社は需要家から電気料金により収入を得ている。日本原子力発電の売り上げを評価すると二重計算となるため、対象外 としている。 6.2.5.1.2 発電施設・機器の市場規模(1977 年~2000 年) 原発は電気を取り出すために色々な施設・機器を抱えている。これらが毎年どの程度の市場規模になっているの であろうか。これについては核燃料サイクルの上流側(アップストリーム)から下流側(ダウンストリーム)まで以 下の区分で累計する事とした(脚注 7)。 市場規模=核燃料サイクルの 1)アップストリーム(探鉱から燃料組み立てまで)+2)炉運転に係わる原子力発電 設備等の売上+3)ダウンストリーム(廃棄物処分、再処理等)+4)その他(建屋、建築物等)・・・・・・・・・ (2) (2)式の各項目については、日本原子力産業会議が毎年発行している「原子力産業実態調査報告」記載のデータ を加工して累計した(脚注8)。調査の出発点は出来る限り過去に遡及して、できればわが国の原発運開の 5 年位前(昭 和 42 年頃)としたかったが、原産報告書が利用できたのは昭和 52 年(1977 年)からであった。参考に言えばこの年 の発電施設・機器の年間売り上げは約 4,230 億円となっていた。表 6.2-4 に示すように調査開始以前においてすで に 13 基の原発が稼動していることを考慮すれば発電施設・機器市場に関する本研究の市場規模データは過小評価 になる。調査の終了点は平成 12 年(2000 年)とし、デフレータ補正については1995年実績値としての市場規模 とした。調査期間は 24 年間となるが、この間の発電施設・機器売り上げの累計額は約 30 兆円となった。 原子力発電及び発電施設・機器の市場規模=92 兆円+30 兆円=122 兆円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (3) 140 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-4 発電施設・機器売り上げ調査開始時点(昭和 52 年)よりも前に運開している原発一覧 原発(運開年度順) 電気出力 番号 運開年月日 発電所 炉型 (万 kW) 1 S41.7.7 東海 GCR 16.6 2 S45.3.14 敦賀1 BWR 36 3 S45.11.28 美浜1 PWR 34 4 S46.3.26 福島第一1 BWR 46 5 S47.7.25 美浜2 PWR 50 6 S49.3.29 島根1 BWR 46 7 S49.7.18 福島第一2 BWR 78 8 S49.11.14 高浜1 PWR 83 9 S50.10.15 玄海1 PWR 56 10 S50.11.14 高浜2 PWR 83 11 S51.3.17 浜岡1 BWR 54 12 S51.3.27 福島第一3 BWR 78 13 S51.12.1 美浜3 PWR 83 (脚注7)核燃料サイクルについては、例えば原子力システム研究懇話会:“原子力利用の経済規模”(H13.6)pp120-123 参照。 (脚注 8)オリジナルデータは基本的には国内原子力関連機器メーカーへのアンケートにより作成されている。本書のような目的に使 われることは想定していなかったので、データを幾つか加工する必要が生じた。アップストリームについては,①雇用等の間接効果は 見込まない、②納入された製品の売上のうち、製品の流通部門に関わるコストは正確に区別して評価できないことが多いので流通費 込みとする、という前提条件をつけた。 6.2.5.1.3 研究開発費の比率 ここでは売上高に占める研究開発費の比率≒売上高に対する研究開発活動の貢献度と仮定した。望ましくは、 原子力発電における需要技術がどのセクターによって開発され、重要なハードルがどのセクターによってクリア されたかを分析したデータが入手できることである。ただし、このような技術の成果の実態分析は非常に困難な ので、ここでは便宜的に、「軽水炉による原子力発電の研究開発」に、どれだけの資金がおおよそ投入されたか、 を把握し、この「資金の総額」と「原子力発電の売上」との比率を、近似値として採用している。 研究開発費比率=(1)産官学の研究開発費/(2)原子力発電売上額・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (4) ここでは、表 6.2-5 を使いつつ、1988 年を例として、研究開発費の比率の具体的な決め方を以下のように説明 している。 ◆ 産官学の研究開発費 データの利用が可能だったのは 1978 年(昭和 53 年)からである。 ・1978 年~1993 年(算定可能な 1978 年から掲示) 表からわかる様に原研の試算から推定された原子力関係産業界における R&D 費用は 712 億円であった。原 研40年史をベースにして推定した原研および科技庁の予算額は 1,764 億円であった。しかしながら、原研 予算には原発に無関係な核融合、原子力船、放射線利用等が含まれ、科技庁予算には原発に関係のある立地・ 多様化勘定(特会)計上分が含まれていなかったので、相殺が必要となったが、数年の範囲で両者を比較し 141 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 たところ、ほぼ 400 億円という額で等しかった。そこで、原研と科技庁予算のみで官と学の研究開発費とす る前提を設けた。 ・1994 年~1999 年 投資総額データ(出典:総務庁「科学技術研究調査報告」等)を利用した。年度毎に得られた産・官・学の 研究開発費 2,476 億円はデフレータ補正し、1995 年実質値 2,733 億円に変換した。 ◆ 原子力発電売上 2 兆 8,516 億円(出典:電事連資料)である。 ◆ 研究開発費の比率 1988 年における研究開発費の比率として、 2,733 億円/28,516 億円*100 = 9.6%を得た。 表 6.2-5 原発の売上高に対する研究開発費の比率の決め方の例 (1988 年) 原子力発電売上 産官学の研究開発費用 1) 2 兆 8,516 億円 2)産業界(原研試算) (出典:電事連資料〕 9 電力、原電、電発、電中研の研究開発費合計 712 億円 3)官と学 原研及び科学技術庁の予算合計 1,764 億円 (出典:原研 40 年史) 原研に含まれかつ原発に無関係な核融合等予算規模(約 400 億円)と 科学技術庁予算に計上されずかつ原発に関係する特別会計 (立地と多様化関連)予算規模(約 400 億円)はほぼ等しいので相殺。 4)産官学の研究開発費投資総額 712+1,764-400+400=2,476 億円 5)デフレータ(1988 年→1995 年実質値)補正により 2,476 億円→2,733 億円 研究開発費比率(%)=産官学の研究開発費投資総額(デフレータ補正後)/原子力発電売上 x 100 =2,733 億円/2 兆 8,516 億円 x 100= 9.6% この 1988 年に実施したのと同じ作業を 1978 年から 1999 年まで繰り返し、その結果を表 6.2-6 に示している。 この結果から、1978 年(昭和 53 年)以降の原発の売上高に関する R&D 費の比率(平均値)として 6.2% いる。 142 を得て 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-6 1978 年からの我が国における原発研究開発費の比率(近似値) 電力売上 研究開発費 研究開発費 (百万円) 実質値(百万円) 比率(%) 1978 918,201 224,815 24.5 1979 1,360,135 238,705 17.6 1980 2,066,113 231,656 11.2 1981 2,094,073 240,016 11.5 1982 2,488,086 240,927 9.7 1983 2,535,674 235,295 9.3 1984 2,856,556 231,006 8.1 1985 3,210,578 249,580 7.8 1986 2,748,679 273,067 9.9 1987 2,886,540 277,665 9.6 1988 2,851,634 273,297 9.6 1989 3,145,395 269,410 8.6 1990 3,879,650 246,904 6.4 1991 4,205,789 243,841 5.8 1992 4,305,420 247,356 5.7 1993 4,797,525 257,453 5.4 1994 5,010,287 204,066 4.1 1995 5,516,949 220,388 4.0 1996 6,148,148 185,151 3.0 1997 6,430,112 149,084 2.3 1998 6,578,770 174,889 2.7 1999 6,590,209 174,520 2.6 合計 82,624,523 5,089,091 6.2 西暦 注意:デフレータ補正は 1995 年で実施 6.2.5.1.4 原研の寄与率 軽水炉は米国からの導入技術であるため我が国が独自に開発したものではない。それ故、 「導入された軽水炉技 術」の発展への寄与を定量的に評価することは難しい。しかし、導入軽水炉技術の定着や安定化という観点から、 原研は、動力試験炉(Japan Power Demonstration Reactor, JPDR)を使った種々の試験研究、原子炉安全性研究 炉(Nucelar Safety Research Reactor, NSRR)や軽水炉冷却材喪失事故模擬試験装置(Rig of Safety Assessment, ROSA)等の安全性研究施設、研究炉、 材料試験炉(Japan Materials Testing Reactor, JMTR)や照射後試験施設を 使った燃料等の健全性研究等、原子炉研修所も含め国内の人材の育成等、極めて重要な役割を果たしてきた。原 発導入の初期の頃(昭和 45 年代)は、電力及びメーカーの一部ではあるが、導入軽水炉の安全性は実証済みとの立 場に立ち、原研における軽水炉研究開発の必要性を疑問視するような意見も見られたとのことである。 しかしながら、軽水炉安全性に係る研究プロジェクトは、昭和 40 年代中期から原研内において立ち上がり、実 証試験研究、計算コード開発等を通して、国の原子力委員会が策定するいわゆる長期計画に則り、様々な安全基 準データや安全審査に必要な判断基準データの策定に寄与してきた。これは、軽水炉技術は証明済みといっても、 燃料、機器、原子炉に関する技術上のブラックボックス (例えば軽水炉燃料のやきしまり対策、ペレット-被覆管 相互作用に起因する燃料破損等) は至る所で散見されたし、国の立場から見れば、いつまでも米国技術に頼るので 143 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 はなく、国産化技術による自主技術の確立に迫られていたという背景にもよっている。 実際、軽水炉においては、導入後、以下に示すような時として重大な社会問題ともなった国の内外での事故や不具合 が生じ、その都度、原研他政府系の研究機関が事故原因の究明活動に参画し、事故の沈静化に貢献してきた。 ◆ 1970 年代の PWR 燃料の焼きしまりや水素脆化破損、原子炉配管の応力腐食割れ及び米国のスリーマイル アイランド(TMI)原発事故 ◆ 1980 年代の英国セラフィールド再処理工場での放射能漏洩事故及びソ連のチェルノブイル原発事故 ◆ 1990 年代の関電美浜2号機の蒸気発生器細管破断事故及び JCO 燃料転換試験棟における臨界事故等 ◆ 2000 年代の関電美浜3号機の2次冷却系配管破断事故等 また、地味で目立たないが、人材面からは原子炉研修所における様々な形態の教育(原子炉主任技術者の養成 等)面での寄与も大きい。 原研が我が国における軽水炉発電の安定化・定着に、どの程度寄与したのかを知る為には、その時代その時代におけ る技術のブレイクスルーを明らかにし、原研の寄与率を適切に推定する必要がある。しかし、50 年近く時間が経過し 原子力研究の分野が幅広く拡散している現状を鑑みれば、それは非常に困難なことである。 そこで、研究開発の寄与 率については、有識者、ユーザーなど長い間原子力研究分野に在籍して、我が国の原子力研究の歴史をよく認識してい ると思われる国内有識者 30 人の方々に対して、アンケート及びヒアリング調査(脚注9)を実施し、その結果を参考にし て値を決めている。調査は、電事連等電力関係者、機器・燃料・材料メーカー、所管官庁、原子力産業会議、学会・大学 等に対して実施された。その結果、30 人の有識者等の内、70%に相当する21人からコメント付きの有効な回答(図 6.2-4 参照)が得られた。この回答結果によれば、原研の軽水炉定着への寄与率に関する有効回答には、二つの山が存 在し、低い評価の山に属する寄与率帯域 20-30%に、卓越した最大値が存在することが明らかとなった。原研では、 その帯域幅の中で低い側の端点 20%を、原研寄与率として採用している(脚注 10)。 9 アンケート先 電事連等電力関係者 機器燃料材料メーカー 所管官庁 原産 学会・大学 合計 8 7 6 人 5 人数 7 10 4 1 8 30 4 3 2 1 0 0~10 10~20 20~30 30~40 40~50 50~60 60~70 70~80 80~90 90~100 寄与率(%) 図 6.2-4 原子力界の有識者が回答した我が国の原子力発電定着に対する原研の寄与率 (脚注9)原研の寄与率を創立以来まとめて数値回答して戴くためアンケートを作成し有識者に送付した。このアンケートの内容は概 略以下のとおりである。 現在国の行政改革の一環として、特殊法人等の事業の見直しが行われています。その中で、政府からの出資金を用いて調査・研 究開発に携わる特殊法人については、研究成果の国民経済に与える便益を計量的に評価・公表することが求められています。その ため、日本原子力研究所(原研)では、原研創立以来45に亘り実施してきた研究開発業務についての計量的評価(これまで投資され た財に対し、具体的にどの程度の効果が発生したか、いわゆる費用対効果)に関する調査を実施しています。 原研が実施してきた原子力研究開発は多岐に亘りますが、なかでも軽水炉研究開発は、国の施策に基づき、私ども原研も多角的 に協力致して参りました。その時代のニーズに即した研究開発を行ってきましたが、重要な項目を挙げますと以下のとおりです。 1) 軽水炉導入時期における JPDR の寄与(JPDR の建設・運転、人材養成、国産技術力の向上)、 144 4,000 NSRR 総発電量(万kW) 3,500 JMTR 3,000 JRR-1, JRR-2, JRR-3, JRR-4 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 2,500 JPDR 研究の詳細と参考資料 2,000 TMI 12 H 8 10 H H 4 6 H H 2 H S 63 S 61 S 59 S 57 S 55 S 53 S 51 S 49 S 47 S 45 S 43 S 41 S 39 S 37 S 35 S 33 S 31 2) 試験研究炉(JRR-1 から JRR-4、JMTR 等)を使った寄与(運転員養成、国産燃料の健全性試験)、 1,500 3) 再処理試験により、我が国初のプルトニウムの抽出と再処理試験施設のデコミショニング、 4) NSRR を用いた燃料破損実験、ROSA 施設による熱水力関連実験、JMTR を用いた出力急昇試験等を通じて得たデータにより、安 全 1,000 審査指針類の策定への寄与(例:反応度投入事故に関する評価指針や LOCA 性能評価指針、燃料設計手法等々)、 日本原子力研究所設 5) 環境安全研究(廃棄物等)やデコミショニングの観点からの寄与(JPDR)、最近では NUCEF による臨界安全研究等からの寄与、 500 立 6) 原子炉研修所における様々な形態の教育(原子炉主任技術者の養成等)からの寄与、 7) 安全評価手法、確率論的安全評価、計算モデリング等事象メカニズム究明等に対する貢献 0 8) 国際協力による大型プロジェクトの遂行(ハルデン計画、シビアアクシデントなど) 些かなりとも、原研の研究成果は国民生活に役立っています。以下の図 6.2-5 は、理解のご参考に年度毎の原発の総発電量と原 年 研及び世界の原子力発電に関する研究開発状のトピックスを示したものです。 図 6.2-5 原発の総発電量と原研(一部世界)における研究開発のトピックス (脚注10) ◆原研の寄与率を高く評価された方(原子力学会)から戴いたコメント 「軽水炉型原子力発電に関しては、海外からの技術導入による寄与も多いが、やはり日本国内で日本原子力研究所が中心となり、 きめ細かな研究・データ収集を行ってきたことが、今日の高い安全性・信頼性を有する発電システムの礎となっている(75%)」。 ◆原研寄与率を低く評価された方(東大大学院教授)のコメント 「わが国の原子力発電に対して寄与した研究開発活動における原研の寄与率については、各項目について現場においてそれがな ければ海外から導入したかどうかを問い合わせて勘定できるのではないでしょうか。あるいは世界の軽水炉実用化に係わる研究 開発投資とわが国の投資額を比較したら、大体分かるでしょう。20-25%と思いますが。」。 ◆回答できないとされた方(電気事業連合会)のコメント 「我が国の軽水炉は基本的に「導入技術」であり、軽水炉の発展への寄与を定量的評価することは出来ない。一方、導入技術の定 着という観点からは、原研の ROSA,NSRR をはじめとした大型試験施設による研究の果たした役割は極めて大きいと認識。また、原 子炉研修所も含め国内の人材の育成にも極めて大きな役割を果たしたと評価(評価点なし)。」 6.2.5.1.5 市場創出効果額 ◆ 原発市場創出額 92 兆円(市場) x 0.062 (研究開発費の比率) x 0.20(原研寄与率)= 1.14 兆円・・・・・・・・・・・・・ (5) ◆ 発電施設・機器市場創出額 30 兆円(市場) x 0.062(研究開発費の比率) x 0.2(原研寄与率)= 0.37 兆円・・・・・・・・・・・・・・・ (6) ◆ 市場創出額合計 1.14 + 0.37 = 1.51 兆円 ◆ 市場創出効果額 1.14 x 0.542 (電力)+0.37 x 0.386 (メーカー)= 0.76 兆円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (7) 但し、係数 0.542 と 0.386 は 1995 年版の産業連関分析表から得た付加価値率 6.2.5.2. 投資総額の算出 6.2.5.2.1 人件費 国立・工学系の研究機関における研究者数(技術補助員、事務補助員を含む)は 4,573 人、 「人件費総額」は 61,640 百万円から、研究本務者1名当たりの人件費支出は 61,640/4,573=13.5 百万円(平成 11 年)と見積もった。(出 典:総務庁統計局科学技術研究調査報告「組織、学問、研究本務者規模別研究関係従事者数、内部使用研究費、 受け入れ研究費及び外部支出研究費(研究機関)」、平成11年版研究機関第1表) デフレータ補正 図 6.2-6 から分かる様に、日本原子力研究所の職員数は昭和42年に 2,000 人を超えて以後の 34 年間、2,000 ~2,500 人で推移している。各研究分野により研究の最盛期は異なるものの、全体としては 2,000 人から 2,500 人の範囲で約 34 年間研究活動が推進されてきたと考えられる。そこで、昭和 54 年(1979 年)を原研定員数の中間 点とする。 この中間点、昭和 54 年のデフレータは 91.5 であり、現在との比率は 91.5/103.7=0.88 となる。それ故、原研 研究活動に伴って携わった研究者一人あたりの人件費は、11.7 百万円(昭和 54 年)となる。 13.5 百万円(H11) x 0.88=11.7 百万円(昭和 54 年)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (8) となる。 145 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 図 6.2-6 原研の予算と定員 6.2.5.2.2 研究開発投資額 原研東海研究所を中心として原発の定着や安定化に貢献した部門は表 6.2-7 に示すように 5 部門である。 ◆安全性研究は、燃料、冷却水、原子炉機器コンポーネント、原子炉圧力容器及び格納容器全般に亘って、通常 運転時、事故時における原発の安全に係る諸研究を実施してきた。投資金額と人件費の合計は 3,142 億円となっ た。研究開発の全てが軽水炉に係るものである。 ◆エネルギーシステム研究は、昭和 38 年 10 月 26 日に我が国で初めて原子力発電に成功した動力試験炉(JPDR) が前身である。その後、原子炉工学研究や燃料・材料の基礎研究も実施した。すなわち、軽水炉技術の確立と発 展のみならず新型炉の開発にも貢献している。研究開発投資額 1,487 億円の 60%に相当する 892 億円が軽水炉に 係る投資と認められた。 ◆研究炉開発・利用は、安全性研究、核融合研究、高温ガス炉研究、原子力船研究、基礎・基盤研究等多くの分 野に実施される照射ベッドであり、1,990 億円の 10%に相当する 199 億円が軽水炉に係る投資と認められた。 ◆材料試験炉(JMTR)利用は、燃料及び材料の照射施設として国策を実施していく上で必要な各種の照射試験及び 照射後試験を実施してきた。研究開発投資額 2,025 億円の 30%に相当する 608 億円が軽水炉に係る投資と認めら れた。 ◆物質科学研究は、核データや炉物理、核燃料、炉材料研究を推進した他、レーザを使った原子法によるウラン 濃縮研究を実施した。またオメガ計画に基づき、超ウラン元素(TRU)窒化物燃料等の乾式再処理技術開発や放 射性廃棄物の抽出分離技術開発に貢献している。研究開発投資額 1,299 億円の 18%に相当する 234 億円が軽水炉 に係る投資と認められた。 表 6.2-7 原発の安定定着化に寄与した原研研究部門における研究開発投資額 研究分野 安全性研究 投資金額 投入人数 人件費 全研究開発 軽水炉に係る (億円) (人・年) (億円) 投資額(億円) 研究開発投資(億円) 2,081 9,070 1,061 3,142 3,142 737 6,411 750 1,487 892 研究炉開発・利用 1,304 5,859 686 1,990 199 材料試験炉利用 1,317 6,049 708 2,025 608 442 7,329 857 1,299 234 5,881 34,718 3,241 8,608 5,075 エネルギーシステム研究 物質科学研究 合計 146 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 これら上記 5 部門に投資された軽水炉安定定着ための研究開発投資総額は 5,075 億円となる。 ・・・・・・・・・(9) 6.2.5.2.3 軽水炉発電による電力・施設等市場への投資効果率(費用対効果) 軽水炉発電による電力・施設等市場への投資効果率(費用対効果)は、(7)式を(9)式で割ればよいので、 投資効果率=市場創出効果額/投資総額=0.76 兆円/0.51 兆円 =1.5 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (10) となる。 一般に民間企業では「研究開発投資」に、 「企業利益」 (一般には「粗利益」)を対比する場合が多く、通常は「研 究開発投資」の 3 倍以上の「企業利益」を目指すことが多い。 「軽水炉による原子力発電」に対する原研の研究開 発投資効率は、民間の研究開発投資の目標に比較すると明らかに低いが、 「不確定要素を含み、困難な課題が多い 研究」に取り組んだ結果である。 6.2.5.2.4 雇用創出効果 原研の研究開発が、新しい市場を創出し、その結果として生産が誘発され、新しい雇用が創出されるという雇 用創出効果の算定結果は表 6.2-8 のとおりである。原研の研究成果は様々な市場創出に寄与しており、波及的に生 ずる雇用創出効果は大きい。 表 6.2-8 軽水炉技術の安定・定着化による雇用創出効果 過去~平成 12 年度 市場創出額 (億円) 生産誘発額 (億円) 雇用創出 (人・年) 軽水炉技術の確立 15,105 33,402 101,754 こ れ と は別 に 、 原 研 が 原 子 力 研 究 の各 分野において 有為 の 人材を供給 してきたことは、 冒頭 参考文献 JAERI-Review 2002-019 で述べているとおりであり、この意義の重要さについては改めて強調しておきたい。 ■ 6.2.6. 経済効果分析法の試算事例2―放射線・ラジオアイソトープ(RI)利用市場への寄与 放射線利用研究(γ線、電子線、イオンビーム)については、原子力委員会第 2 回長期計画(昭和 36 年)に基づ き、 「放射線化学中央研究機構」として高崎研が設置された。放射線利用研究の中核的研究機関として産官学連携 による基盤的技術開発を行ない、高分子の合成・改質、食品照射、機能性高分子、高分子材料の耐放射線性、環 境保全・資源利用等に係る研究開発を実施した。平成 5 年のイオン照射研究施設(TIARA)の完成以来、イオンビ ームを用いたバイオ技術、材料研究の新しい研究分野に進出している。RI については、原子力委員会の要請によ る RI 国産化及び技術者養成では、我が国初の RI 製造(JRR-1)及びその頒布を実施するとともに、RI 生産技術の 強化のため、大学及び産業界への門戸を開放した。利用技術の開発では、核医学検査に用いられるテクネチウム-99 の安定供給等に貢献した。 6.2.6.1 市場創出効果額の算出 ここでは市場規模(脚注 11)、R&D 寄与率及び原研寄与率についてまとめて記述する。表 6.2-9に示すように、主 にγ線、電子線を利用した放射線利用については 31 研究項目に対応して市場が創出されている。例えば、表中の 橋かけという研究では「(1)ゴムのキュアリング」という分野があり、それが実用化されたのは車のラジアルタ イヤである。1977 年には市場化され、24 年間の累積で 13 兆円の市場規模に膨らんでいる。研究開発(R&D) 147 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 比率はタイヤメーカー及び原研職員へのヒアリングによって決めたが、24 年間の平均で 10%となった。原研寄与 率については、①特許保有率、②民間への技術移転、③共同研究、④技術指導の有無、⑤原研施設利用度や人員 派遣の度合、⑥関係研究者数と期間、⑦投入資金の総額、等を加味して算定したが、ここでは 5%であった。従っ て、ラジアルタイヤ 13 兆円に対する原研の市場創出額は 650 億円である。 ところで、特許は一般に出願から 1.5 年以内の公開、3 年以内の審査終結、そして出願から 20 年での権利消滅 とされている。表中の「 (2)電線絶縁材の架橋」のように市場化された後、40 年間も対象期間と設定するのは長 すぎるというご意見がある。これは、住友金属、古河電工、日立電線等のメーカーが相次いで市場に参入し、工 学的に用途の異なる電線類を売り上げたのにも拘わらず、その市場規模をまとめる時に「電線絶縁材」という 1 つのキーワードで処理してしまったためである。原研の寄与は、先行的な技術導入及び改良型電線に対する試験 に寄与したものである。市場規模データは個々の企業ではなく統計処理データから採用した為、個々の企業にお ける売り上げの年次変化が分かり辛く、従ってR&D寄与率や原研寄与率も複数担当者に対するヒアリング結果 (平均値)に依存している。 中には表中の「(4)ポリオレフィンの導電性付与」(脚注12)や表中の「(5)食品照射」(脚注13)のように原研寄与 率が極めて高いものがある。このような方法で 31 研究分野に関して、次々に市場創出額を決めた結果、 放射線利用に関する市場規模=19 兆 6,861 億円 原研が寄与した市場創出額 =2,653 億円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (11) を得たとしている。 (脚注11)我が国の放射線利用に関する売り上げベースの経済規模(Economic scale)については、平成 11 年度に電源開発促進対策 特別会計法に基づく科学技術庁量子放射線研究課からの委託業務として、我が国で初めて「放射線利用の国民生活に与える影響に 関する研究」が原研で実施された。結果は、原子力委員会等に報告され公開されているが、平成 9 年度で放射線の工業利用は 7 兆 2,627 億円、農業利用は 1,167 億円、医学・医療利用は 1 兆 1,905 億円となり、合計 8 兆 5,699 億円であった。一方原発の電気売り上 げ及び施設機器の合計は平成 9 年度で 7 兆 2,877 億円(電気の流通・販売を加味した値段)であり、両者の合計は約 16 兆円である。 この調査結果が、本報告書の市場規模の算定にそのまま役立ったことを特筆する。 (脚注12)表 6.2-9 のカラム(4)で示すボタン型酸化銀電池につきどの様に数値が算定されたのかを例示する。 放射線グラフト重合を応用してポリエチレンに導電性を付与し長寿命電池の薄膜を製造した。つまり、高濃度アルカリ電解液に耐える 導電性高分子幕を合成し 5 年以上使用できる長寿命電池の作成に成功したものである。 ○ 市場規模の推計(市場化から 2000 年度まで) 1993ー1999年度までの生産金額の平均値143億円(出典:中日社刊、1999/2000 年版電子部品年鑑) 2000年度までの効果額累計は、長方形近似から143x15=2148億円 ○ R&D比率 25% (メーカーへのヒアリング) ○ 原研寄与率 原研の研究開発によりセロファンと同程度の導電性を(放射線を当てない場合導電 性発揮しない)ポリエチレン薄膜に付与し、ボタン型酸化銀電池の 100%に採用され た。原研特許の保有率も高く原研寄与率は80% (メーカー及び関係者へのヒアリング) ○市場創出額(直接効果) 2148億円×25%×80%=420億円 (注:N電工とY電池が販売している。前者は 1980 年に後者は 1983 年 隔膜 に販売開始、調査時点での世界シェアの 80%をN電工が、20%をY電池が 占めている。 図 6.2-7 ポリエチレン薄膜の写真 (脚注 13) 表 6.2-9 のカラム(5)の食品照射について原研の寄与率が 80%と高い理由:馬鈴薯や(照射食品と今は認定されていないが)タマネギの 発芽防止線量を決定し、最適照射技術の開発を行った。士幌農協での施設設計は農林省、厚生省及び科技庁と科技庁傘下の原研 が実施したが、実態は原研の寄与が大きいと見積もられた為である。 148 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-9 γ線、電子線を利用した放射線利用で原研の寄与があったもの 実用分野例 放射線利用 市場化 時期 研究項目 期間 年 市場規模 (累積) 億円 R&D 原研 比率 寄与率 % % 市場 創出額 億円 橋かけ (1)ゴムのキュアリング ラジアルタイヤ 1977 24 130,000 10 5 (2)電線絶縁材の架橋 電線耐熱化処理 1961 40 9,500 5 30 650 143 (3)ポリオレフィンの発泡化 発泡プラスチック 1966 35 3,300 10 50 165 ボタン電池(酸化銀電池) 1986 15 2,100 25 80 420 馬鈴薯の発芽防止 1974 27 410 50 80 164 45,000 20 9 810 590 50 60 177 880 10 50 グラフト重合 (4)ポリオレフィンの導電性付与 食品照射、放射線滅菌 (5)食品照射 γ線滅菌 1970 31 電子線滅菌 1990 11 ウリミバエの不妊化 1993 8 宇宙用太陽電池寿命評価 1994 7 (6)ディスポーザブル医療用具の滅菌 (7)害虫駆除 イオンビーム利用研究 (8)宇宙用半導体の評価試験 44 8研究項目の合計 191,780 2,573 31研究項目の合計 196,861 2,653 一方、ラジオアイソトープ(RI)については表 6.2-10 に示す様に4研究分野について市場規模が算定された。 例えば RI の大量製造技術では、40 年間に亘って国内の密封及び非密封 RI の生産が行われ、市場化された 1960 年からの累積市場規模は 556 億円、40 年間で平均した R&D 比率は 10%、原研の寄与率は 90%と高い。得られた 原研の市場創出額は 50 億円となった。 上記のような方法で4研究分野に関して次々に市場創出額を決めた結果(脚注14)、 RI 利用に関する市場規模=709 億円 原研が寄与した市場創出額=82 億円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (12) を得た。 表 6.2-10 RI を利用した放射線利用で原研の寄与があったもの ラジオアイソトープ 研究項目 RIの大量製造技術 説明 市場化 時期 期間 市場規模 (累積) R&D 比率 原研 寄与率 市場 創出額 年 40 億円 556 % 10 % 90 億円 50 100 100 30 30 20 10 90 2 腔内治療のレセプトから(経済規模調査) 33 1 90 0.3 合計 709 国内の密封、非密封RI生産を40年間実施 JMTR生産、2000年までの市場規模100億円 1960 RI生産 非破壊検査用密封線源 Ir-192及びCo-60γ線透過試験装置機器市場 1965 医療用密封線源の製造 149 35 82 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 (脚注 14) 表 6.2-10 上段から 3 番目、非破壊検査用密封線源につきどの様に数値が算定されたのか以下に例示する。市場創出へ の効果は Ir-192 線源および Au-198 線源を定常的に製造、頒布する技術開発の遂行結果である。 ○ 市場規模の推計 市場規模の推計は Ir-192 および Co-60γ線透過試験装置機器に ついて市場規模を推計したデータに基づいている(出典:原研経済 規模調査、価格は産業科学(株)の装置単価を利用)。 Ir-192 250 万円×30 台=7,500 万円、 Co-60 650 万円×5台=3,250 万円。 推計当該年である1997年で合計約1億1千万円となる。 従って1965年度から35年間の累積は約 20 億円 ○R&D寄与率 通常技術開発の範疇でヒアリングから 10%と評価 ○ 原研寄与率 90%(特許は原研単独で実施。研究形態は民間との共同研究が あるので 100%にならず。技術指導・施設提供も実施) ○市場創出額(直接効果) 約 20 億円×10%×90%=約2億円 図 6.2-8 医療用 Ir-192 密封線源をホットケーブの中で 遠隔でレーザ溶接している様子 放射線と RI 利用に関する市場創出効果額は以下の手順で求められる。 ◆ 放射線利用(31 研究分野) 2,653 億円x(産業連関分析表を使った粗付加価値率,例えばタイヤ 0.51,食品照射 0.57 等) =1,361 億円 ◆ RI 利用(4 研究分野) 82 億円x(産業連関分析表による粗付加価値率) =37 億円 ◆ 市場創出効果額 =1,361 + 37 =1,398 億円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13) 6.2.6.2 投資総額の算出 人件費は(8 式)で与えられる原研の 1979 年における値 11.7 百万円/人を踏襲した。 ◆ 放射線利用(31 研究分野) 人件費(4,092 人x11.7 百万円)+研究開発投資額(616 億円) =1,095 億円 <注>研究開発投資額は、原研高崎研究所が 100%貢献したと仮定して同研究所の累積認可予算の総額を計上した。 ◆ RI 利用(4 研究分野) 人件費(2,323 人x11.7 百万円)+研究開発投資額(54 億円) =326 億円 <注>研究開発投資額は、 原研東海研 RI 事業部が 100%貢献したとして同事業部の累積認可予算の総額を計上した。 ◆ 投資総額 =1,095(放射線利用)+326(RI) =1,421 億円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(14) 150 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 6.2.6.3 放射線・RI 利用市場への投資効果率(費用対効果) 市場創出効果額/投資総額 = (13)式/(14)式 = 1,398 億円/1,421 億円 =0.98 (約 1.0)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (15) 放射線・RI 分野については投資に見合う効果が十分ではない。しかしながら、原研の研究開発は、企業におけ る研究開発のように、当初からかなりの確度で投資に見合う効果が見込める研究開発のみに限定して行うもので はないことを考慮する必要がある。すなわち、貨幣換算できない国の施策への貢献、科学技術・学術上の貢献な ど定性的な側面と経済的効果などの定量的側面とを総合して捉える必要がある。 6.2.6.4 雇用創出効果(市場創出効果の別掲) 放射線・RI 利用が、新しい市場を創出し、その結果として生産が誘発され、新しい雇用が創出されるという雇 用創出効果の算定結果は、以下表 6.2-11 のとおりである。 表 6.2-11 放射線・RI 利用による雇用創出効果 過去~平成 12 年度 市場創出額 (億円) 生産誘発額 (億円) 雇用創出 (人・年) 放射線利用技術分野の開発とその応用 2,735 6,049 25,823 ■ 6.2.7. 経済効果分析法の試算事例3―軽水炉燃料高燃焼度化によるランニングコストの削減 コスト削減効果としては、原子力エネルギー研究開発の成果がもたらす、「軽水炉技術」の確立によるものが挙 げられる。すなわち、原研の研究成果により、従来の技術の時点より削減できた、製造コスト、運転コスト等の 額である。以下、軽水炉燃料高燃焼度化によるランニングコスト削減効果(間接効果)について、例示する。 6.2.7.1 コスト低減額 ◆ 発電用軽水型原子炉に使われる燃料集合体の取り出し燃焼度を 30,000MWd/t とした時、もし炉運転サイクル 長を①9-3 モード(9 ヶ月全出力 3 ヶ月停止),②12-3 モード(12 ヶ月全出力 3 ヶ月停止)、③18-3 モード(18 ヶ月全出力3ヶ月停止)と延長できた場合、発電コストは、①のケースで 11.6 円/kWh、②のケースで 11.2 円 /kWh、 ③のケースで 11.0 円/kWh と低減化でき る。これを①のケース(現行はこの燃焼度を利用) を基準にして比率で表せば、①1.00、②0.966、③ 0.940 となる。 ◆ 燃 料 集 合 体 の 取 り 出 し 燃 焼 度 を 35,000 か ら 45,000MWd/t に上げた場合の燃料コスト低減化率は、 再処理の場合、 0.905 と試算される(出典:電中研報告書)。この 高性能燃料を②12-3 モードで運転すると仮定すれば コスト低減化率は 0.966x0.905=0.874 となる。発電単価に占める燃 図 6.2-9 燃料の事故時破損閾値等を調べる原研 NSRR 実験 (上記原研寄与率に含まれる) 料費の比率は以下の式で計算される 151 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 比率=燃料費 1.7 円/kWh/発電単価 5.9 円/kWh =28% (出典:RIST ホームページ)。 高燃焼度燃料の炉心装荷割合を 1990 年で 5%とし、 以後 2000 年で 100%と直線増加を仮定。このとき、 1995 年価格で積算核燃料費(デフレータ使用)は 3 兆 6,108 億円となる。 ◆ 高燃焼度化による燃料費低減額 低減額=積算核燃料費/コスト低減化率 ―積算核燃料費 =36108 億円/0.874-36108 億円 =5,206 億円 6.2.7.2 原研寄与率 同様の研究を行う国内の他の研究組織との貢献度相対比較、技術成果の各種基準への反映度等考慮して、15% とする。 6.2.7.3 燃料費低減額 原研寄与による燃料費低減額=5,206x0.15 =781 億円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(16) となる。 <注>燃料の健全性に関連して我が国の運転サイクルと欧米の運転サイクルと異なるものがあるが、その要因の 1つは我が国における規制の合理化の遅れが関係していると考える。 ■ 6.2.8. 経済効果分析法の試算事例4―原子炉施設事故リスク低減による原子力損害賠償保険料低減 機会損失低減としては、原子力エネルギー研究開発がもたらす、 「軽水炉技術の確立」によるものが挙げられる。 この機会損失低減は、原研の研究成果の活用により、その成果がなければ被ったであろう損害額の低減効果とし て把握するものである。すなわち、原研の安全性研究の研究成果により、原子炉事故の発生確率が減少した結果、 大規模事故等の損失額が低減する効果が生まれたと考える。つまり、安全性研究を行わなかった場合の原子力損 害賠償保険の総額と安全性研究を行った場合における原子力損害賠償保険の総額の差を、大規模事故等の発生に よる損失額の低減効果とみなすものである。ここでは、その低減効果を以下の計算式で算出する。 6.2.8.1 事故発生確率に関する軽減指数 機会損失低減効果の算出については、まず原研安全性研究の成果により原子炉施設の事故リスクが低減したと 認識し、その低減率を指し示す軽減指数を計算する。 事故発生確率に関する軽減指数 =「修正年間原子力損害賠償保険額」(平成 7 年度実質値換算)/原子力施設の電気出力容量・・・(17) 表 6.2-12 は損害賠償保険額と原発電気出力を関数とした軽減係数である。平成 9 年度で規格化しているため、 昭和 46 年度(米国からの原発導入初期時点)は指数が 17 倍になっている。 152 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-12 軽減指数 S46年度 S56年度 H元年度 H9年度 60億 100億 300億 300億 249百万 983百万 1,936百万 2,451百万 修正年間保険料(①) 1,245百万 2,949百万 1,936百万 2,451百万 電力出力容量(②) 132万kW 1,607万kW 2,928万kW 4,508万kW ①/② 9.41 1.83 0.66 0.54 軽減指数 17.30 3.37 1.21 1.00 措置額 年間保険料 <注> (1) 損害賠償限度額(措置額):出典、原子力損害賠償制度専門部会(H10 原子力委員会) 。原子力損害賠 償保険の管理・運営をしている日本原子力保険プールへ問い合わせたが非公開情報との事であった。原子力委 員会の下部組織である原子力損害賠償制度専門部会(H10 年度中に 5 回開催)において使用された資料(一般 公開資料)より部分的なデータを入手した。そのため、分析年度(昭和 46 年、昭和 56 年、平成元年、平成 9 年)および詳細度を限定的なものとした (2) 年間保険料:原子力損害賠償保険では、運転、使用、加工といった施設の種類ごとに賠償限度額(措置 額)が設定されているが、平成9年度における施設ごとの年間保険料データによると、合計保険料のうち運転 施設以外の施設に関する保険料は2%未満であった。これは、原子力損害賠償保険の合計額は概ね全額が運転 に係る保険料であると判断できることから電気出力容量に連動しているものと考えられる。また、原子力の 損害賠償に係る法律により原子力損害賠償責任保険への加入が義務化されていることから、当該保険の合計 保険料は現存する全ての原子力事業者の合計保険料であるといえる。 (3) 修正年間保険料は、措置額を 300 億に合わせたもの (4) 電気出力容量:原子力発電所運転管理年報(平成 11 年度版)に掲載されている認可時の電力出力量を 使用。実際の発電は認可値を下回って運転される。 (5) 軽減指数は、電気出力当たりの保険料金をH9を1として規格化したもの。各年度における原子力損害 賠償責任保険の合計保険料を全発電施設の電気出力容量で除することで得られる数値を比較する事で、危険 の度合い(事故率そのものではない事に留意)がどの様に推移するかを把握できるものと考えた。 上表では 10 年毎にしかデータがないので、これを毎年に変えたものが図 6.2-10 である。これを参考に年度毎 の事故発生確率を計算する。 年度毎の事故発生確率 =「平成 9 年度の事故発生確率」×「事故発生確率に関する軽減指数」 =1/106 x 「事故発生確率に関する軽減指数」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(18) 153 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 軽減指数 20.00 15.00 10.00 5.00 H9 H7 H5 H3 H1 S6 2 S6 0 S5 8 S5 6 S5 4 S5 2 S5 0 S4 8 S4 6 0.00 図 6.2-10 軽減指数を単年度ごとにプロットしたもの 6.2.8.2 事故時損害額の低減効果額 事故時損害額の低減効果額は、(18)式で事故発生確率が求まっているので事故損害額を算定できれば求まる。 事故時損害額の低減効果額=「年度毎の事故発生確率」×「事故時の損害額」・・・・・・・・・・・・(19) 事故時の損害額のうち、人的被害に関しては米国原子力規制委員会作成の「NUREG-1150」の評価結果より事 故被害者数を見積り損害額を推定した。物的被害に関しては、退避に要する費用、一時立ち退きに要する費用、 土地の除染費用、除染費が高すぎるために放棄する土地や財産の費用、農産物廃棄の費用の5要因を考慮して推 定した。 具体的な数値については、その根拠の妥当性も含め、現在国内で議論が進行しており、特に放射線の健康被害 額については、将来、大きく低減する可能性がある。この様な状況下で、数値を挙げその根拠を問われると妥当 性の観点から窮するのは必定であるが、数値を想定しないと分析が先に進まない。そこで、ひとつの試算例とし てデフレータ補正済みの人的及び物的損害額として、おおよそ9兆円と想定した(想定はあくまで想定であり実 績値ではないことをあらかじめお断りする)。このとき(19)式は 事故時損害額の低減効果額=1/106 x 「事故発生確率に関する軽減指数」×9 兆円・・・・・・・・・・(20) となる。表 6.2-13 は(20)式を計算した結果である。損害額期待値の低減効果額の積算は、図 6.2-11 のように行わ れる。 表 6.2-13 事故時損害額の低減効果額(単位:億円) S46 1.56 S60 0.18 S47 1.32 S61 0.16 S48 1.12 S62 0.14 S49 0.95 S63 0.12 S50 0.81 H1 0.11 S51 0.69 H2 0.11 S52 0.58 H3 0.10 154 S53 0.50 H4 0.10 S54 0.42 H5 0.10 S55 0.36 H6 0.10 S56 0.30 H7 0.09 S57 0.27 H8 0.09 S58 0.24 H9 0.09 S59 0.21 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 期待値 N年度にお いて削減さ れた期待値 原発設立時 の期待値 削減された 期待値の累 計額 N年度にお ける期待値 年度 図 6.2-11 損害額期待値の低減効果額の積算(横軸:年) 原子炉1基当たりの削減効果(額)=設立時の期待値が平成9年度まで継続した場合の期待値の累計額」 -「年度ごとの損害額期待値の累計額」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(21) 平成 9 年度に現存する原子炉 52 基全て(原研等が保有する研究用の小規模原子炉を除く)について、(21)式か ら得られた額の合計額を算出し、それを全体の低減効果(額)とする。計算結果を図 6.2-12 及び表 6.2-14 に示す。 35 30 5 25 4 4 4 20 3 3 3 3 3 3 15 2 2 2 2 2 2 10 1 5 1 1 1 1 0 S46 S47 S49 S50 S51 S52 S53 S54 S56 S57 S59 S60 S62 H1 H2 H3 H5 H6 H7 H8 H9 図 6.2-12 設立年度毎の1基当たり低減効果額と当該原子炉数 (縦軸の単位:億円、横軸の単位:年度、ダイヤモンドマークは当該年から稼動を開始した原発数) 表 6.2-14 損害期待値の低減効果額(昭和 46 年度から平成 9 年度まで) S46 93.69 S60 4.34 S47 25.12 S62 1.18 S49 48.19 H1 0.18 S50 25.51 H2 0.14 S51 30.20 H3 0.10 S52 7.89 H5 0.09 S53 24.51 H6 0.04 S54 18.82 H7 0.01 S56 2.64 H8 0.00 S57 4.13 H9 0.00 S59 3.57 総計 290.35 前出図 6.2-12 から分かるように、昭和 46 年度には我が国において既に 3 期の原発が稼働中であり、1基あた りの低減効果額は 30 億円である。従って表 6.2-14 の昭和 46 年枠にあるように当該年度の低減効果合計は 93.69 億円となる。平成 9 年の時点で 52 基の原発が稼働中であるが、それらの事故時損害額の低減効果額は以下となる。 事故時損害額の低減効果額=290 億円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (22) 155 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 6.2.8.3 原研寄与率 原研寄与率としては、軽水炉発電による電力・施設市場への寄与率と同じ 0.2 を採用する。 6.2.8.4 機会損失低減効果額 機会損失低減効果額=事故時損害額の削減効果額×原研の寄与率 =290 億円 x 0.2 =58 億円・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(23) となる。 「機会損失低減効果」については、保険の考え方を応用して、上記のような形で評価した。この考え方は、 事故の発生が、絶えまない安全技術の開発、適用によって減少し、そのことによって、事故による損害が未然に 防止されていることの経済的な評価を示したものである。その結果を見ると、その額が小さすぎるとの感じを持 つ向きがあるかもしれない。そもそも、重大な損害をもたらす事故の発生確率が 10-6 と非常に低いうえに、原子 炉は事故がおきても様々な安全装置が作動し、その影響が外部に拡大しない構造になっているので、TMI 事故等 の事例から見ても、現実の被害額は少ないのである(チェルノブイル原発事故は、原子炉のタイプ、国家の安全 基準等が全く異なった「体制災害」ともいえる事故である)。 ここで留意すべきは、安全性確保の投資額に対する効果をこの評価額と対比してみることは不適ということである。 この投資額に対する効果としては、利便性の増大、すなわち、原子力発電によって、環境負荷が小さく、コストの低い 電力が、安全にかつ安定的に供給されていることの経済的効果の一つとして評価されるべきものであろう。 6.2.8.5 市場創出、コスト低減、機会損失低減効果の関係について 市場創出、コスト低減、機会損失低減効果の算出結果について、以下に若干の説明を加えることとしたい。原研の研 究成果が市場にもたらす効果については、 「市場創出」 、 「コスト低減」 、 「機会損失低減」の 3 つの観点からそれぞれ評 価を試みた。そこで、この評価額を単純に合計して全体の評価としてはどうかという見方もあるが、これは正しいとは 思われない。例えば、コスト低減によって、市場の需要が増加し、そのことによって、市場創出額も増えるからである。 三者の関係を見るためには、経済モデルにより、その相互関係を明らかにした上で統合的に評価する必要がある。この ような作業は、今後の検討課題である。ただ明らかに言えることは、原研の研究成果が市場にもたらす効果は、市場創 出効果にとどまるものではなく、これは最低限の効果とみなすべきだという点である。 ■ 6.2.9. まとめ 本稿では、原研の研究開発が市場に及ぼした経済効果のうち、定量的に把握可能と思われるものについて、原 研が自から先駆的に実施された分析・評価結果を紹介させていただいた。定量化の考え方や分析・評価手法につ いては、未だ完全に確立したものはない。欧米の諸国でも、最近色々の試みがなされようとしているが、まだま だこれからというのが現状である。それ故、今後は、基本的考え方、評価方法、分析ツール等の検討をさらに推 進することによって、評価の質の向上や精度を高めていくことが期待される。 なお、ここで強調しておくべき点として、原研の研究開発の成果に対する経済的効果は、定性、定量両方の効 果を総合してみることが不可欠だという点である。一般に、基礎研究と目される研究の成果は、研究成果を達成 するのに不確定要素が大きく、したがってリスクも大きく、結果として成功確率が低いのが一般的であり、その 投資効果を定量的にのみ捉えて評価しようとするのは明らかに妥当性にかけるからである。 原研のように国の施策として国家予算で研究開発を進めている機関では、事前、中間、事後の研究評価を適切 に行うことにより、投資効果を高めるという意識が何よりも大切である。今回の原研における研究成果の経済効 果分析は、そうした認識のもとに試みられたものであり、その社会的意義もこの点にあるものといえる。 156 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 付録6.2 原研研究成果の国の施策への貢献 1.原子力エネルギー研究開発 (1)昭和 30 年代 原子力委員会が策定した第 1 次長計(昭和 31 年 9 月)では、「我が国の国情に最も適合する型式の動力炉を国 産化すること」を目標とし、第 2 次長計(36 年 8 月)では、「新たに開発さるべき大きな課題については、主と して国が中心となってその研究開発をすすめる」としている。この方針に基づき、原研は、米国製研究用原子炉 の設置、国産研究用原子炉の設計、我が国初の発電を目指す動力試験炉の設計等を進めた。昭和 30 年代は、東海 研において 4 基研究炉の建設・運転を開始したのをはじめ、研究施設を次々に整備するとともに、我が国初の実 験・試験などを数多く試み、それらを通じて、原研ばかりでなく我が国全体に及ぶ原子力開発利用の幅広い基盤 を基礎と応用の両面から形成した。32 年 8 月の研究用第1号原子炉の初臨界は、我が国初の「第 3 の火」の点火 であり、38 年 10 月 26 日の動力試験炉の初発電成功は、我が国の原子力発電の幕開けとなった。また、第 2 次長 計の「将来の核燃料サイクルを確立するため、高速中性子増殖炉等の研究開発を日本原子力研究所においてすす める」との方針に基づき、高速増殖炉や半均質炉など国産動力炉の開発といった新しい研究に着手した。さらに、 第 1 次長計の「日本原子力研究所においても科学技術者の養成訓練等を行う施策を講ずる」に基づき、ラジオア イソトープ研修所や原子炉研修所を開設した。 (2)昭和 40 年代 第 3 次長計(42 年 4 月)における「高速増殖炉および新型転換炉の開発は、わが国において、かつて経験のな い大規模な計画であり、関係各界の総力を結集して、これを「国のプロジェクト」として実施する。このため、 動力炉・核燃料開発事業団を昭和 42 年度なかばに設立する」との方針に基づき、高速増殖炉および新型転換炉に 関するそれまでの研究成果を動燃事業団に引き渡すとともに、専門家の出向、受託研究等を通じて炉物理、炉工 学、安全評価等の分野を中心に主として高速増殖炉の開発推進に協力した。また、 「安全評価を行なうために必要 な実証的試験研究を推進する」との長計の方針に基づき、冷却材喪失事故試験装置を完成し、非常用炉心冷却系 の有効性を我が国で始めて実証するとともに、原子炉安全性研究炉を建設し、反応度事故時の燃料の安全性を我 が国で始めて実証した。 第 4 次長計(47 年 6 月)の「将来一次冷却材炉心出口温度 1,000°C 程度の多目的高温ガス炉の必要性が考えら れるので、それに備えて当面はひきつづき燃料、材料等に関する研究をすすめることとする。この場合、研究開 発の効率的推進のため、長期的な研究開発計画を検討しておく必要がある。」との方針に基づき、44 年 11 月には 将来の核熱利用の展開を目標とする多目的高温ガス炉計画を開始した。 核融合研究開発では、 「総合装置的プロジェクトを昭和 44 年度に着手することを目途として積極的に推進する」 との方針に基づき、昭和 47 年 4 月、トカマク型装置である中間ベータ値トーラス装置(JFT-2)を完成、高温プ ラズマ実現のための基礎データ取得を本格的に開始した。また、昭和 49 年 8 月、世界初のダイバータ付きトカマ クを完成、プラズマ中の不純物低減にダイバータが有効であることを実証とともに、第 4 次長計における「昭和 50 年代に臨界炉心プラズマ試験装置を建設することを目標とする」との方針に基づき、53 年に臨界炉心プラズマ 試験装置の建設を開始した。 (3)昭和 50 年代 第 5 次長計(53 年 9 月)における「軽水炉については、安全余裕度を実証データにより確認するための大規模 な安全性実証試験及び改良標準化のための研究開発の推進を図る」との方針に基づき、国の第 1 次(51 年)及び 第 2 次(56 年)原子炉施設等安全研究年次計画に基づく安全性研究を進めるとともに、大型再冠水効果実証試験 装置、格納容器圧力抑制系の信頼性実証試験装置等を建設し試験を開始した。また、54 年に発生した米国 TMI 事故に対し、原子力安全委員会の調査に協力し、また、事故の教訓を反映した研究を開始した。 157 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 第 5 次長計における「発生高温ガスの温度 1,000°C を目標とする実験炉を昭和 60 年代前半の運転を目途に建設す るものとする」との方針に基づき、被覆粒子燃料、黒鉛等の新しいタイプの燃料、材料(高温原子炉用耐熱合金) の材料試験炉等を用いた試験研究を進めるとともに、HENDEL 等により 1,000℃のヘリウムガス技術の開発(大 型ヘリウム流動実験装置等を用いた研究)を進めた。 第 6 次長計(57 年 6 月)における「JT-60 による臨界プラズマ条件の達成に努めるとともに、トカマク方式に よる自己点火条件の達成を目指した研究開発を行うこととし」との方針に基づき、原子力委員会の定める第二段 階核融合研究開発基本計画の中核装置となる JT-60 を建設し、60 年 4 月にファーストプラズマ実験に成功し、核 融合研究を新しい段階に推し進めた。 また、第 6 次長計における「日本原子力研究所の動力試験炉(JPDR)を対象として、将来の商業用発電炉の廃止 措置において活用し得る解体技術等の開発と実地試験を行うこととする」との方針に基づき、将来の商用原子力 発電所の解体に対し先導的役割を果たすため、動力試験炉を原子炉解体技術開発に活用するとともに、廃棄物処 理等、燃料サイクルの後段のプロセスであるバックエンドに関する研究開発を強化した。 (4)昭和 60 年代・平成年代 第 7 次(62 年 6 月)及び第 8 次長計(平成 6 年 6 月)の方針に基づき、シビア・アクシデント、燃料の高燃焼 度・負荷追従運転等の軽水炉の高度化に対応した安全研究、軽水炉の寿命評価、緊急時助言対応、確率論的安全 評価、人的因子に関する研究等を推進した。61 年 4 月に発生した旧ソ連チェルノブイル原子炉事故に際して、原 子力安全委員会の要請に応え、調査、解析及び検討を行った。また、軽水炉使用済み燃料の再処理時に発生する 低濃縮ウランとプルトニウムの混合溶液燃料に関する臨界安全性研究を行う燃料サイクル安全工学研究施設 (NUCEF)を建設した。さらに、平成 11 年 9 月に発生した JCO 事故に際しては、臨界安全性研究の成果を活用し て事故の終息に貢献した。 第 7 次長計における「多様な試験研究を効率的に行える高温工学試験研究炉を建設し、高温ガス炉技術の基盤 確立及び高度化を図るとともに、高温工学に関する先端的基礎研究を進める」との方針に基づき、高温工学試験 研究炉の建設に着手し、平成 10 年 11 月に臨界を達成するとともに、核熱利用の可能性の探索を含む高温工学試 験研究を進めた。また、先進的原子力エネルギー研究開発として、革新的核燃料サイクル、低減速スペクトル炉 などの革新炉等に関連した基盤技術の強化を図ってきている。 核融合研究では、第 8 次長計における「ITER に係る研究開発については,日本原子力研究所が中心となり」と の方針に基づき、臨界プラズマ試験装置等による炉心プラズマの研究開発を行うとともに、国の定めた第三段階 核融合研究開発計画に沿って、平成 4 年からは、日本、米国(途中で脱退)、ヨーロッパ共同体及びロシアの 4 極 が協力してトカマク型実験炉の工学設計活動を実施し、13 年 7 月に完了した。さらに、トカマク型原型炉の研究 開発に資するため、超電導磁石、プラズマ加熱装置・機器、プラズマ対向機器、核融合炉構造、トリチウムの取 扱い等の研究を進めた。 昭和 60 年に国の要請により、原子力船「むつ」を引き取った後、第 7 次長計における「原子力船「むつ」によ り海上における実験データ、知見を得るとともに、その成果を十分活用しつつ舶用炉の改良研究を進める」との 方針に基づき、「むつ」の出力上昇試験後、4 次にわたる実験航海を実施して、4 年 2 月にこれを終了し、「むつ」 が所期の性能を満足していることを実証した。さらに、 「むつ」を解役するとともに、得られた成果等を活用した 舶用原子炉の開発研究を実施した。 (5) 成果のまとめ 長計に基づいて実施した原子力エネルギー研究開発で得られた成果は大きく次のようにまとめられる。 ・ 我が国初の研究用原子炉の臨界、動力試験炉における我が国最初の原子力発電、並びに原子力技術者の養 成等を通じ、現在の原子力発電の礎を築くとともに、安全研究の成果を安全審査指針、基準類に反映させ る等、我が国の軽水炉発電の定着に多大に貢献した。また、将来の原子力発電所の廃止措置に備え、動力 158 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 試験炉の解体により、その技術を開発し、民間へ技術移転した。 ・ 国や地方公共団体の要請に応え、原子力専門家の派遣、国際協力推進や国際機関への人材派遣、国内外の 原子力科学技術に係る研究者・技術者の育成、JCO 事故等に対する適切かつ迅速な対応など、安全の確保 や国民の安心感の醸成に貢献した。 ・ 高速増殖炉開発から低減速スペクトル炉研究に至るまで、我が国の動力炉研究開発を先導した。また、原 子力エネルギーの非電力分野への利用に道を拓く高温工学試験研究では、約 1,000℃の熱を原子炉から取 り出せる高温工学試験研究炉を建設し、平成 10 年に臨界を達成した。 ・ 国の要請により、原子力船「むつ」を引き取り、その修復を行い、完成させ、所期の実験航海を成功させ た。 ・ 我が国における本格的核融合研究の立ち上げに続き、JT-60 による臨界プラズマ条件達成など世界を先導 する核融合技術の開発の成果を挙げた。昭和 63 年からは、トカマク型実験炉の開発を国際協力により進め、 実験炉建設の段階に至っている。 2.放射線利用技術の開発とその応用 (1)昭和 30 年代 第 1 次及び第 2 次長計では、放射線利用に関する研究の促進と成果の普及及びアイソトープ需要の増大に備え た国産化を目標としている。そのため、原研は研究炉を利用したラジオアイソトープ生産に関する技術開発、コ バルト 60 照射を生かした放射線利用研究、放射線化学研究、放射線防護に関する保健物理研究を開始し、我が国 で初めて放射線エチレン重合法により粉末ポリエチレンの製造に成功するなどの成果を得た。 (2)昭和 40 年代 第 3 次及び第 4 次長計では、農業及び工業における放射線利用、食品照射の実用化、医療用具の放射線滅菌の実用化、 放射線化学について工業化のための研究開発等の目標を定めている。この目標を達すべく、高崎研においては、高分子 材料を中心とした放射線化学研究を強力に展開し、耐熱・耐薬品フッ素ゴムの開発など放射線化学工業の進歩に大きく 貢献する一方、我が国初めて、馬鈴薯の大量照射試験の開始など食品照射特定総合研究を推進した。 (3)昭和 50 年代 第 5 次及び第 6 次長計では、新高分子材料製造技術の研究開発、食品照射、家畜飼料の滅菌・殺虫への実用化、 育種研究の一層の充実、排煙・汚泥の処理等への放射線利用等の目標を定めている。これに基づき、高分子材料 の研究開発のほかに、電線やケーブルなど原子力有機材料の放射線に対する耐久性の研究、ウリミバエ不妊化照 射についての技術指導、環境保全への放射線利用、ラジオアイソトープの新しい利用を取り上げるなど新分野へ の展開を図り、産業界ばかりでなく、社会的な貢献も拡大した。 (4)昭和 60 年代・平成年代 第 7 次及び第 8 次長計では、大型放射光施設の整備、放射線による排煙・排水処理、放射性物質を利用した環境 中での物質挙動の解明等地球環境保全を図るための技術の実用化等の目標を定めている。これに基づき、平成 3 年からは、理化学研究所と共同して大型放射光施設の建設を開始し、9 年から供用を開始するとともに、放射光を 利用した物質・材料研究を中心とした放射光科学研究を進めている。また、サイクロトロンをはじめとする 4 基 のイオンビーム照射装置を設置し、宇宙環境材料、核融合炉材料、新機能材料、バイオ技術及びイオンビーム技 術の分野の研究に幅広く役立てるとともに、電子線照射による排煙処理などで顕著な成果を挙げている。レーザ ーウラン濃縮の研究開発の成果を踏まえ、極短パルス超高ピーク出力レーザなどの新しい光量子源を開発すると ともに、その応用技術の開発を目指す光量子科学研究を開始し、世界的な成果を挙げつつある。 さらに、中性子を利用した物質・生命科学などの基礎科学から高レベル廃棄物の分離・変換処理技術などの原子力応 用までの広範囲な研究を推進する中性子科学研究を開始し、13 年度には大強度陽子加速器施設の建設に着手した。 159 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 (5) 成果のまとめ 長計に基づき実施した放射線利用研究で得られた成果は大きく次のようにまとめられる。 ・ コバルト 60 によるガンマ線照射施設、電子線照射施設、放射線高度利用施設(TIARA)を整備し、放射線利 用の基盤技術の開発、並びに工業(電池用隔膜など)、医療(医療用具の滅菌など)、農業(馬鈴薯の発 芽抑制やウリミバエの不妊化など)、環境(排煙処理など)等の分野の放射線利用研究を先導するととも に、産業界等にも大きく貢献した。 ・ 試験研究炉を用い、輸入が困難な工業用及び医療用ラジオアイソトープの製造技術の研究開発を推進し、 平成 12 年にはその技術を民間に移転した。 ・ 大型放射光施設を整備して、アクチノイドなどの物質・材料研究を展開し、原子力燃料・材料研究開発の知的 基盤を構築しつつある。また、先端的光量子源の開発を行うとともに、その利用研究を進め、超伝導加速器を 用いた自由電子レーザにおいて、世界最高の平均出力と効率を達成するなど世界的な先端的成果を挙げた。 3. 原子力の基礎基盤の確立 (1)昭和 30 年代 第 1 次長計では「基礎研究に力を注ぐとともに、関連技術を育成し、原子力工業の基盤の確立に努める。」、ま た第 2 次長計では「原子力開発利用を真に発展させるためには,これら基礎研究の充実と深化をはかることが大切」 と応用研究のための基礎研究の重要性を指摘している。原研は、設立当初から物理、化学に関する基礎研究を開 始するとともに、バンデグラフ加速器や電子リニアックを建設・整備した。基盤的研究として、燃料・材料、再 処理、廃棄物処理処分及び保健物理に関する研究開発を開始した。 (2)昭和 40 年代 第 3 次及び第 4 次長計では、引き続き、基礎研究環境の整備等の充実、連携の緊密化、国際交流の推進などが 重要としている。原研は、この方針に基づき、大洗研の材料試験炉において、ホットラボを完成させるとともに、 燃料及び材料の開発のための本格的な照射試験を開始した。43 年には研究用原子炉の使用済燃料から我が国で初 めてプルトニウムを抽出するなど、再処理・同位体分離などの核燃料サイクル技術の基礎研究を進展させた。52 年には、日本原子力学会の協力により、評価済核データライブラリを完成させた。 (3)昭和 50 年代 第 5 次及び第 6 次長計では、基礎研究の幅広い推進とそのための研究炉、加速器等の大型設備の整備・改善と 十分な活用が目標として定められた。これに基づき原研は、高エネルギーイオン発生用のタンデム加速器を建設 し、これを用いた原子核、物性等の研究を開始した。また、東海研第 4 研究棟の整備によりアクチノイド化学研 究を進展させた。さらに、レーザーウラン濃縮技術の研究開発に新たに着手し、57 年にはレーザによる原子法ウ ラン濃縮に我が国で初めて成功し、その技術を民間に移転した。 (4)昭和 60 年代・平成年代 第 7 次及び第 8 次長計では、基礎研究の充実ばかりでなく、材料、知的機能付与、レーザ等に関する基盤技術 開発の重点的推進と先端的研究開発分野における研究体制の整備・充実が目標に掲げられた。原研はこれに基づ き、63 年より放射性廃棄物の分離・変換処理に関する研究を開始するとともに、平成 5 年に先端基礎研究センタ ーを設立し、研究体制の充実・強化を図った。その結果、世界で初めてニワトリの蛋白質リゾチームの 3 次元全 構造決定や Pr、Th 等新同位体の発見などの成果を挙げるとともに、計算科学分野においても、複合並列計算機利 用環境基本システムの開発など顕著な成果を得た。さらに、地球環境変動現象の解明のための地球シミュレータ ーの開発を進めるとともに、レーザを利用した大気中の有害ガスやエアロゾルを高感度に検出しリアルタイムに 分析できる技術の開発などの成果を挙げた。 160 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 (5) 成果のまとめ 長計に基づき実施した基礎・基盤研究で得られた成果は大きく次のようにまとめられる。 ・ 高性能の大型加速器を建設・整備し、核物理、炉物理、炉工学、固体物理等の基礎・基盤研究及びその成 果を利用する応用研究に成果実績を挙げた。 ・ 研究炉、試験炉を活用した基礎研究や軽水炉燃料・材料の開発、核融合材料の開発、高温工学試験研究炉 材料の開発等に成果をあげた。 ・ 物質構造・電子状態の解明、分離技術の開発、測定・検出方法の開発、放射線管理技術の開発、計算科学 などの研究において、独自の成果を挙げ、学術、産業及び社会への貢献を果たした。 ( 161 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1. 追跡評価における経済性分析法に係わる模範的事例集の作成 1.6. 我が国における経済効果分析法の検討事例 1.6.3. 光関係研究開発プロジェクトの追跡調査-インタビュー調査法 (財)政策科学研究所 平澤 泠、伊東 慶四郎 過去、経済産業省(元通商産業省を含む)で実施された研究開発プロジェクトは、我が国全体の技術水準の向上を 通じて、経済・社会の発展と生活・福祉の向上やエネルギー・環境問題の解決等に貢献するために、国の資金を投入 し産官学の力を結集して進められてきた。 国が資金を提供した研究開発プロジェクトについて、その成果や波 及効果を調査し評価することは、国民への説明責任を果たす上でも、また今後のプロジェクトに対してどのよう な指針や方針で資金を提供していくべきかを検討する上でも重要な課題である。1998年度までは、中間評価や事 後評価にとどまり、プロジェクト終了後、しばらく時間を経過した後に実施する追跡調査は行われていなかった。 しかしながら、プロジェクト終了後、顕著な波及効果の出現が期待されている先進的な研究開発プロジェクト については、これらの評価のみでは不充分であることから、経済産業省では、技術評価指針(2002.4.1、経済産 業省告示第167号)に基づき、1999年度から、終了した研究開発プロジェクトの追跡評価を実施、2003年度はレ ーザ加工分野及びレーザ計測分野を中心とした追跡調査が行われた。この調査では、有識者等をもって構成され る追跡調査委員会が調査委託先に設置され、超先端加工システム研究開発プロジェクトに関する研究開発成果の 技術・産業・社会へのインパクトの調査及び国内外における類似研究開発プロジェクト等の情報収集・整理・分析 等が行われた。 なお、これらの分野の追跡調査が2002年度に経済産業省で開始されたのは、従来まで我が国が国際競争力を有 していたものの、近年、諸外国の猛烈な追い上げによりその地位が危うくなってきたためである。ここでは、そ の内、超先端加工システム(1986~1993年度)に関する研究開発を事例として取り上げ、経済効果等の追跡調査 法面から取りまとめた。 ■ 6.3.1 調査の目的、内容、方法及び結果の整理枠組み 6.3.1.1 調査の目的 本調査では、プロジェクトの成果として得られた技術や手法、ノウハウとしてどのようなものがあり、それら がプロジェクト終了後、どのように活用されているか等、プロジェクトの成果のその後の追跡を目的とした実態 調査が追跡調査であるとして、特に、その成果を利用した、若しくはプロジェクトがきっかけとなった製品や実 用化の事例等について、情報収集が実施されている。 加えて、プロジェクトがその対象技術分野やその他の技 術分野に及ぼした影響(例えば、研究者数増、研究開発費増、特許件数増、学会創設、研究レベルの向上等の研究 開発力の向上効果など)、経済効果(例えば、新規製品化の事例や新技術による雇用創出効果など)及び国民生活・ 社会レベルの向上効果(例えば、生活の質の向上や省エネ効果など)等についても種々の研究者や学識経験者の意見 を集約すること等により調査したと指摘している。 6.3.1.2 調査の内容 主な調査内容は、技術波及効果、研究開発力の向上効果、経済効果及び国民生活・社会レベルの向上効果で、 以下のような調査プロトコルをヒアリング対象者に提示しつつ、許された時間内で聴取を行ったとしている。 162 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 プロジェクトの成果技術に関係するであろう、御社の製品や技術に関して、プロジェクトの成果との関連が あったのかどうか詳細に検討する前に、関連があるかもしれないものを、概念的に・個人の主観で聞くことを 目指しております。また、技術レベルの底上げに国の研究開発プロジェクトが役立ったかどうかなどを含めて、 プロジェクトが企業にどのようなインパクトを与えたか、をお伺いできればと考えております。 加えて、プ ロジェクトに関与した研究者が、企業へ戻ってどのような研究に取り組み、どのようなポストへ就いたかなど、 研究者の流れをお伺いし、企業内での技術波及の姿の概要を把握することを目指しております。なお、個別に お伺いするのが難しいようなら、全体の傾向(例えば、研究者の何%はプロジェクト関連の技術分野を継続的に 研究した、等)をお伺いすることで対応させていただければと思います。 具体的な質問項目は以下の通りですが、お答えいただけるもの、いただけないもの等あろうかと思います。また、質 問項目も臨機応変に加えたり、削除したりしながらの調査となっておりますので、型にはまらず、お話しいただける範 囲で、プロジェクト終了後から今日までの当該技術の変遷や技術の利用動向など、お話しいただければ幸いです。 <1>プロジェクト実施及び参加(不参加)の背景・目的 ①本プロジェクトはどのような技術的・社会的背景の下に実施されたのか。 ②テーマ選定・目標設定などにおいて、どのような経緯(テーマ選定の理由とプロセス、当時の政策的ニーズと 社会的ニーズ、先導的な役割を果たした人物・組織など)であったか。 ③会社のプロジェクト参加の目的として、技術的な成果以外に研究者の育成や当該研究領域の立ち上げなどな かったか(人材育成、研究資金調達、企業間連携など)。 ④もし、このプロジェクトがなかったら、この研究を行ったか。また、もし行ったとしたら、研究のアプロー チは別のものになったと思うか、成果は同じように出ていたと思うか。 ⑤プロジェクト開始当時の当該技術分野の技術レベルや今日までの進歩(それを測る尺度などもあれば)について。 <2>技術波及効果に関連して ①プロジェクトにより得られた直接の成果技術は何であったか。 ②プロジェクト実施中に得られた関連した成果技術は何であったか。 ③直接の成果技術は他の研究開発で応用され別の技術へ展開したか。 ③-1.(展開したとすれば)それはどのような技術か。 ③-2.(展開したとすれば)それはいつか(プロジェクト期間中か、終了後か)。 ④(③と同様に)関連した成果技術についてはどうか。 ④-1.(展開したとすれば)それはどのような技術か。 ④-2.(展開したとすれば)それはいつか(プロジェクト期間中か、終了後か)。 ⑤直接の成果技術が派生して実用化した事例は何であったか(ここで、実用化とは製品化や製造プロセスの改善 等のことをいう。)。 ⑤-1.(実用化事例があれば)実用化へ至る技術的な流れは。(誰がどうやって) ⑤-2.(実用化事例があれば)それはいつか(プロジェクト期間中か、終了後か)。 ⑥(⑤と同様に)関連した成果技術が派生して実用化した事例は何であったか。 ⑥-1.(実用化事例があれば)実用化へ至る技術的な流れは。(誰がどうやって) ⑥-2.(実用化事例があれば)それはいつか(プロジェクト期間中か、終了後か)。 <3>研究開発力の向上効果に関連して ①プロジェクトに関連した技術分野における研究のプロジェクト終了後の実施状況はどうか。プロジェクト参 会者は、当該研究に従事したか。 ②プロジェクト後の研究により実用化への展望が開いた技術などは生まれたか。また、今後の見通しについてはどうか。 163 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ③プロジェクトを通じて、もしくはきっかけとして、研究者間の交流を活性化する機会(学会やフォーラムなど) や実際の交流はどのように変化したか。 ④プロジェクト実施前・実施中・実施後における、プロジェクトの技術分野に関連した論文数、博士号取得数、 研究者数、特許件数(国内外)、研究開発費はそれぞれいかほどか。 ⑤プロジェクトへ参加することにより、プロジェクトの技術分野の研究開発期間は何年短縮されたと考える か。その根拠として指標となるようなものはあるか。 ⑥プロジェクトに関連した技術分野におけるわが国の国際競争力の経時的な変化をどうみるか。 ⑦国際標準等の協議において、我が国がリーダーシップをとれるようになったか。 ⑧プロジェクトに関連した技術分野における研究人材は育成されたと考えるか。また、国内外で第一人者と評 価されるような研究者が当該分野で生まれたか。プロジェクト参加研究者の企業内での処遇(プロジェクト後 の従事分野、役職など)はどうか。 <4>経済効果に関連して ①直接の成果技術もしくは関連した成果技術が派生して実用化したことにより、売上げや利益はどの程度増加したか。 ②直接の成果技術もしくは関連した成果技術が製造プロセスの改善や更新に結び付いたことにより生産性は どれだけ向上したと考えるか。 ③プロジェクトが産業構造の転換や活性化(市場の拡大や雇用の増加等)にどのような役割を果たしたか。 <5>国民生活・社会レベルの向上効果に関連して ①直接の成果技術もしくは関連した成果技術が派生して実用化したことにより、情報化社会の推進に影響を及 ぼす事例はあるか。 ①-1.(あるとすれば)その原因は何か。また、その効果はどの程度か。 ②直接の成果技術もしくは関連した成果技術が派生して実用化したことにより、国民生活の質的な向上(安全・ 安心・生活の質など)に影響を及ぼした事例はあるか。 ②-1.(あるとすれば)その原因は何か。また、その効果はどの程度か。 <6>政策へのフィードバック効果に関連して ①プロジェクトに関連した後継プロジェクトや関連したプロジェクトの立ち上げはあったか。 ①-1.(あるとすれば)具体的にはどのようなプロジェクトか。 ②プロジェクトにより、わが国の産業戦略等への影響についてどう思うか。 <7>プロジェクトマネジメントに関連して ①プロジェクトの進め方(目的・目標設定・実施方法・体制など)に対する意見、感想、要望、反省。 ②プロジェクト終了後のフォローアップ等に対する意見、感想、要望、反省。 <8>その他 ①プロジェクトへ参加することによるメリットをどう考えるか。 ②反対に、デメリットをどう考えるか。 ③今後、直接の成果技術もしくは関連した成果技術が派生して実用化する事例がありそうか。 ③-1.(あるならば)それはどのようなものか。 ③-2.(あるならば)それは何年後か。 ③-3.(あるならば)それによる売上げ、利益はどの程度と見積もっているか。 ④国の研究開発プロジェクトが戦略的に活用されるための条件についてどう考えるか。 164 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 6.3.1.3 調査の方法 追跡調査における情報収集の方法としてはインタビュー形式が採用され、その理由としては、プロジェクト終了後、 5~15年程度経過した後の調査となるため、当時の状況や今日に至るまでの経緯等について、突然アンケートを送付し て記述するよう依頼するよりも、対面形式で記憶を辿りつつ、少しずつ状況に応じて質問項目を柔軟に変化させる等の 対応をすることで、収集すべき事項を漏れなく入手することが可能となるためであると指摘している。 主なインタビュー対象であるプロジェクト実施者、関連する学識経験者及びプロジェクト周辺技術・類似技術 の研究開発マネージャーに対しては、主に以下のような事項のインタビューを行ったとしている。 ○プロジェクト実施者 プロジェクトの成果報告書や最終評価報告書等の内容から把握可能な直接の成果技術、関連した成果技術や技術 波及、プロジェクト終了後における技術の実用化及びプロジェクト実施に至った経緯や背景及び当初の期待等。 ○プロジェクトに関連する学識経験者 プロジェクト終了後の成果技術の実用化事例や周辺・関連技術、市場環境の変化等。 ○プロジェクト周辺技術・類似技術の研究開発マネージャー 第三者としてみたプロジェクトの成果及びその波及効果等。 なお、プロジェクトが終了してから時間が経過していることから、プロジェクト実施者については現時点の所属や所 在を外部から知ることが非常に困難であったとした上で、上記のインタビュー対象者を具体的に特定する際には、まず、 プロジェクト実施当時のキーマンに対してコンタクトし、助言やアドバイスを求めたと特記している。 6.3.1.4 調査結果の整理枠組み 本調査では、追跡調査として実施された次の2点、①インタビュー調査結果、②プロジェクトの成果報告書・ 評価報告書・関連技術等に関する文献・各種統計資料などに関する文献調査結果、が整理された。整理の枠組み は、以下に示すように、大きく、「Ⅰ.本プロジェクト実施の背景」、「Ⅱ.波及効果」、「Ⅲ.プロジェクトの追跡調査 結果から示唆された今後のプロジェクトへの提言」及び「Ⅳ.その他」に分けられている。 Ⅰ.本プロジェクト実施の背景 Ⅰ-1.プロジェクト実施の技術的・社会的背景 Ⅰ-2.テーマ選定などの経緯 (1)テーマ選定 (2)実施企業の選定 Ⅰ-3.プロジェクトへの参加・不参加の理由 Ⅱ.波及効果(プロジェクト終了後~現在) Ⅱ-1.技術波及効果 (1)成果技術の直接的応用と実用化 (2)成果技術の波及(応用製品・応用技術)と実用化 (3)国際的な技術レベル Ⅱ-2.研究開発力向上効果 (1)知識ストックの蓄積度合 (2)研究開発組織・体制の整備動向 (3)人材育成等 165 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 Ⅱ-3.経済効果 (1)実用化に伴う市場規模 (2)国内における生産誘発効果と雇用創出効果 (3)当該産業での企業活動(参入、設立、退出)の動向 Ⅱ-4.国民生活・社会レベルの向上効果 (1)新技術・コストダウン等に伴う製品普及による便益 Ⅱ-5.政策へのフィードバック効果 Ⅱ-6.上記効果と投入した費用についてのとりまとめ Ⅲ.プロジェクトの追跡調査結果から示唆された今後のプロジェクトへの提言 Ⅲ-1.国が実施すべきプロジェクト Ⅲ-2.目標設定 Ⅲ-3.プロジェクト実施方法 (1)プロジェクトの計画策定 (2)実施体制 (3)運営方法等 Ⅲ-4.プロジェクト終了後のフォローアップ方法 Ⅳ.その他(参考) Ⅳ-1.施策体系 Ⅳ-2.開発テーマ ■ 6.3.2 対象プロジェクト実施の背景 超先端加工システムに関する研究開発プロジェクト実施の背景は以下の通りである。 ◆プロジェクト実施の技術的・社会的背景 1980年頃日本では、エキシマレーザ分野に関しては、大学、国立研究所の基礎研究は成熟してきており、電子 ビーム励起核融合の研究がkrFエキシマレーザに関してなされていた。日本の基礎研究におけるレベルは米・ド イツと同様、一部の分野では最先端であった。 一方、ArFエキシマレーザについては、半導体のデザインルール からその必要性は認識されていたものの、企業にとってはかなり先のテーマであると考えられていた。本プロジ ェクトに少し遅れて、フランス、オランダ、ドイツで同様の研究開発が実施された。 イオンビーム分野の研究開発に関しては、多くの国家プロジェクトが継続して行われ、日本は世界をリードし ていた。イオンビーム・レーザ分野では、特に、関西地区の大学、企業の貢献が大きかった。 超精密機械加工分 野については、米国及び英国企業の技術水準が高く、日本はキャッチアップを目指していた。計測プロセスの技 術については、業界全体の流れとして、連続量から離散量プロセスへの移行が予定されており、基礎技術の研究 開発が必要とされていた。 ◆研究開発基本計画の概要 ○ 研究開発期間 : ○ 研究開発費総額: 昭和61年度から8年間 約150億円 ○ 研究開発の目標と方式 (1) エネルギー、精密機器、エレクトロニクス、航空・宇宙等の先端技術産業に必要とされる、エキシマレ ーザ、イオンビームを用いた加工処理技術とナノテクノロジーを実現する超精密機械加工による気化器部分・ 166 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 電子部品等の超精密化や高性能化を測る精密加工技術を確立することを目標とする。 (2) この目標を達成するため、下記の先端技術の研究開発を行う。 ① 大出力エキシマレーザ技術 ② 高精度イオンビーム技術 ③ 超精密機械加工装置技術 ④ 上記の技術を用いた、平滑面加工、難削財加工、薄膜形成・積層、表面微細加工、表層高速改質等の加工 処理技術(超先端加工処理技術)及びこれらの技術を確立するのに必要な計測・評価技術等の開発 (3) これらの成果を踏まえた超先端加工システム総合試験を行う。 ◆テーマ選定などの経緯 ○テーマ選定 プロジェクト開始の3年前からプロジェクト参加者の一部が参加した会議(プロジェクト・フォーメーショ ン・スタディ)が開催され、テーマ選定等が行われた。プロジェクトのテーマは、当時、日米半導体摩擦への影 響を考慮し、X線をDNA観察等に利用するための多層膜作成など、要素技術開発に特化したものが掲げられた。 ○実施企業の選定 プロジェクトへの参加企業の選定は、形式的には一般応募であった。しかし、実際には政府機関からの要請 を受けてプロジェクトへの参加を決めた企業が多い。結果的には当該分野に関連する主要企業のほとんどが参 加している。 ◆プロジェクトへの参加・不参加の理由 (参加の理由) 民間企業にとって、半導体に関する研究開発は不可欠なテーマであるが、リスクが大きく、1民間企業だけで は負担が困難であり、国の資金による研究活動の支援が必要であった。参加した研究所・企業の多くは、本プロジ ェクトの開始前にプロジェクトと関連した研究を実施しており、自社研究とプロジェクトのテーマが一致してい た。参加理由としては、自社技術のレベルアップ、世界最高水準の技術の習得、企業ステータスの向上、他の企 業との競争意識などが挙げられている他、海外の先端技術情報の入手、世界の水準に対する自社技術の位置づけ の確認等も挙げられている。 (不参加の理由) プロジェクトに参加しなかった理由としては、当該研究分野の研究開発能力を持っていたが、政府プロジェク トに関わり行政的管理を受ける、技術者を長期にわたり拘束される、金銭的負担が増える、高度な目標を実現し なければならない(途中で止められない/失敗が許されない)などが挙げられている。 ■ 6.3.3 追跡調査の結果1-技術波及効果(プロジェクト終了後~現在)旨 ここでは、本追跡調査の成果のうち、技術波及効果、研究開発力向上効果及び経済効果に関する概要(抜粋) を、以下に取りまとめた。 6.3.3.1 成果技術の直接的応用と実用化 ◆エキシマレーザ関連分野 本プロジェクトは、安定度、ビーム品質等実用ツールとしての高性能化を目指したものであり、エキシマレー ザ技術が日本に定着する技術の基礎を作った。エキシマレーザ分野での主要成果技術は、大出力エキシマレーザ 技術及び薄膜形成・積層技術である。これらの成果技術の直接的な応用として、露光用ArFエキシマレーザ光源装 置が実用化した。レーザは半導体製造用リソグラフィーに使用され、これにより半導体高集積化が可能になった。 167 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 また、ドイツのエキシマレーザ光源メーカーへのライセンス供与(線幅縮小技術)も直接的な応用成果である。 他分野への直接的応用として、成果技術がエキシマレーザ利用微細穴穿加工機として実用化し、これが携帯電 話、PC等のプリント基板加工に利用されている。 ◆イオンビーム関連分野 イオンビーム分野では、高密度イオンビーム、薄膜形成・積層、表面高速改質などの要素技術が開発され、直 接的には、クラスターイオンビーム発生装置及び大電流低エネルギーイオンビーム装置が応用製品として実用化 した。また、他分野への直接的応用として、レーザジャイロミラー/超小型レーザジャイロが実用化している。 ◆超精密機械加工関連分野 超精密機械加工関連分野では、開発された大出力エキシマレーザ技術、静圧スライド技術、計測・評価技術な どが、大型天体望遠鏡、観測衛星用レンズ及びX線ミラーに直接応用されている。また、他分野への直接的応用と して、CD等光学部品製造装置(非球面、自由局面等の金属切削・研磨)がある。これは、さらにレーザプリンタ、 CD読取り装置、ビデオ・コンパクトカメラ、デジタルカメラ等のレンズの金型加工に使用されている。 6.3.3.2 成果技術の波及(応用製品・応用分野)と実用化 ◆エキシマレーザ分野 エキシマレーザ分野では、開発された成果技術が、F2エキシマレーザやフォトン計測加工プロジェクト等の応 用研究開発プロジェクトなどにも、技術的な貢献をした。これらは、さらなる次世代の半導体加工のためのレー ザ技術開発(国のプロジェクトも含めて)の基盤となった。また、半導体・電子デバイスに関する技術水準の向上(ス イッチング技術等)、研究用磁気センサー、表面改質(テフロン)、半導体アニーリング、ポリシリコン(次世代)液晶 アニーリング、小型表示素子(レーザプレーションの開発応用)、薄膜応用製品(電子用素材・部材等)にも成果技術 が間接的に応用されている。 ◆イオンビーム分野 イオンビーム分野では、半導体製造や液晶関連の分野で、多くの間接的な応用製品(液晶用イオンドーピング装 置、磁気ディスク製造装置、液晶製造装置、高速低消費電力半導体製造装置、収束イオンビーム走査断面検査装 置、改質ガラス基板及び利用デバイス)が実用化した。これらはモバイル機器用低温ポリシリコン型高機能液晶デ ィスプレイの製造技術として、家電・PC等で半導体1液晶の製造に幅広く利用されている。 また、光ネットワーク用デバイス/多層膜付光ビッグテールが応用開発され、これらは光通信ネットワークにお ける超多重光伝送技術用デバイスとして欧米を中心に今後も市場拡大が予想されている。さらに、耐食性チタン 合金、表面処理エンドミル(切削工具)、高濃度オゾン発生器、部材の表面改質装置等の応用製品への応用等、成果 技術は他分野で幅広く応用されている。 ◆超精密機械加工関連分野 超精密機械加工関連分野では、半導体CVD膜研磨(CMP)装置、半導体ステッパーの防振台、次世代半導体ステ ッパーのミラー・レンズ、X-Yテーブル(半導体製造試験用)、半導体レーザ測長器が実用化し、それらが半導体製 造用に使用され、半導体高集積化に寄与している等の効果を見ることができる。 また、当該分野以外への間接的 な技術応用として、エンジンカムシャフトNC研削盤への応用があり、これは自動車エンジン部品の製造装置とし て世界的シェアがある。 超精密機械加工のような製造技術においては、幅広い成果波及が見られ、また、ジョイントベンチャー等によ る新製品の製造・販売も含んだ事業提携を検討している企業もあり、将来の市場拡大も予測される。 6.3.3.3 国際的な技術レベル ◆エキシマレーザ関連分野 プロジェクト以前の日本のエキシマレーザ技術は米国または西欧より遅れていた。現在、エキシマレーザ分野 では、日本、欧州、米国の三極体制が確立し、相互に刺激しあうことで、研究開発を促進するという良い効果を 168 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 生んでいる。米国サイマー社がArFエキシマレーザを製品化しつつあるが、開発の状況はやはり製品を試験的市場 に投入している段階で、日本企業と同程度の進捗状況にある。 一方、露光用レーザでは米国・サイマー社、液晶アニーリング用ではドイツ・ラムダ社が独占に近いシェアを 確保しており、日本のビジネスへの展開は後手に回っている。 ◆イオンビーム関連分野 日本は世界をリードしている。プロジェクトの海外へのインパクトは大きく、米国における権威的学会である MRS(Material Research Society)に、招待講演の1番手としての招待を受けるまでになった。間接的応用製品であ る光ネットワークデバイスについては、海外でも高い競争力を持っている。また、表面改質技術の研究は世界的 にも稀少で、研究しているところは世界に2~3か所程度である。液晶用イオンドーピング装置は日本企業が世界 で初めて独自開発したものである。 ◆超精密機械加工関連分野 米国を中心とした海外メーカーもより製品対象を絞って、製造技術を開発し追いついてきている。また、その 技術を使用した中国でのより低コストの生産も始まりつつあるが、現状においては日本がまだ優位である。 ■ 6.3.4 追跡調査の結果2-研究開発力向上効果 6.3.4.1 知識ストックの蓄積度合い 7年間という長期の研究をかなりの自由度を持ってきちんと積み上げて実施できたこと、また、プロジェクトに おいて優秀な研究者相互に幅広い刺激があったことで、ライセンス購入などでは得られない技術・ノウハウ等が 蓄積された。蓄積された知識ストックとしては、長期的な研究を定型的サイクルで行う研究マネジメント、製品 開発に応用可能なデータや経験を含む基盤技術などがある。 また、プロジェクトを通じて構築された国内外研究者間の交流関係も知識ストックといえる。蓄積された知識 ストックは、参加企業の研究開発や製品化を促進し、新たな知識獲得、学位論文作成等を可能にした。 169 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 各社のコア・テクノロジーに関する優秀な研究者が研究協力し、交流ができた。この結果、技術情報のみでなく、研 究開発戦略や設計思想等の幅広い相互の刺激が得られ、これが各社の役に立ったと思われる。 ・ プロジェクトでは、他の手段、例えばライセンス購入などでは得らない技術・ノウハウが得られた。 ・ 通常、企業の研究開発では毎年の費用対効果のチェックが厳しいが、国のプロジェクトに参加することにより、技術 的関心に基づく基礎的な研究を、長期間きちんと積み上げて実施できた。また、実験機器や設備についても必要 なものを思い切って導入できた。以上の結果「フィジカル・レビュー」に論文投稿できるような本格的な基礎研究が できた。このようなことは、通常の中堅規模の企業では実施しにくい。 ・ 7年間という長期の研究をかなりの自由度を持って実施でき、本来やりたかった基礎的な研究ができた。これを会社 にも生かすことができた。 ・ 人的研究開発能力の向上は、国内企業の競争力に寄与した。 ・ プロジェクトで研究予算が確保され、企業内では通常できないような研究開発(大規模、長期、基礎的なリスクのあ るもの)ができた。また、他の企業との交流ができ、現在も継続する交流関係が得られ貴重な財産となっている。 ・ 人脈が最大の成果である。多くの企業が参加し、研究者が集まることにより、個別企業の研究開発では難しい圧倒 的な人脈を得た。 ・ 他社の研究者と知り合い、また仲間意識を持っことができるようになったことも、プロジェクトの効果である(プロジェク トでのディスカッション等を通じて)。 ・ 計画しフォローし、まとめるという長期的研究を定型的サイクルで行う研究マネジメントを学んだ。また、対外的な交 流や外部の研究者から社内にない考えかたや姿勢を学んだ。 ・ 超精密技術は要素技術が重要である。プロジェクトを実施することで、この考えが全社に浸透した。この結果、当社の 研究開発は、要素技術に着眼して確実に研究開発を実施し、また社外の情報にも敏感に収集・対応するようになった。 ・ プロジェクトにより実社会に役立つ、高い性能の技術的ツールが実現したこと。製品開発に応用できるデータや経 験が得られたこと。これらを経験したことによる研究者の能力向上が、転職等により社会に広がり、新たな研究開発 シーズを幅広く提供するであろうことが評価できる。 ・ もし、プロジェクトがなければ、要素技術に目的を絞った研究開発を、プロジェクトのように大規模に実施せず、より 商品開発的な活動が主になったであろう。その結果、プロジェクトで得たような研究能力や、その結果である製品は 開発されていなかった。プロジェクトで得たような研究能力はライセンス購入等では得られないものである。 ・ プロジェクトは、人的研究開発能力の向上、および得られた知見・目標設定・可能性を示すことでエキシマレーザ の研究開発と製品化を促進した。 ・ 当社はそれまで、大規模な国の研究開発プロジェクト参加がなく(小規模なものはあった)、7年間という長期のプロ ジェクトに参加することにより(通常当社の社内研究の期間は長くても2年)、研究開発の計画・進捗管理、予算管理 等のノウハウを得た。また国のプロジェクトへの参加の要領を理解した。(併せて国の制度による煩雑事務的な作業 の無駄が多いこともわかった。)。 ・ プロジェクトの成果技術および人的研究開発能力の向上の基盤の上に、さらに当社が独自に開発していたKrFエ キシマレーザの技術・ノウハウを加えて、ArFエキシマレーザの製品化がなされつつある。また、これらの技術基盤 の上に、さらに将来世代のF2エキシマレーザの研究開発が可能になった。 ・ エキシマレーザの研究開発能力を持った人材が一部社外に出て、当社での露光用ArFエキシマレーザの製品化 開発に貢献した。また、他社とのジョイントベンチャー企業で同様の貢献をしている。 ・ プロジェクトが国際的活動に重点をおいていたことは、当社にとって大きな関心事ではなかった。ただし、結果とし て研究開発に有益な海外との情報交換等ができ、役にたったが、これは付随的なことである。 ・ 他の企業、国立研究所、海外企業と交流し、また横並びの議論ができ、世の中の技術レベルに当社を相対的に位 置付けることができた。 ・ プロジェクトの国際活動は、当社にとって特別目的としたものではなかったが、結果的には、海外の情報(相対的な技術 レベル、海外での関心等)を知ることができて有益であった。情報収集にはギブ・アンド・テイクが必要で、このために同 プロジェクト成果の対外発表は有効であった。海外交流の結果、海外の技術レベルの高さ(必ずしも競合しないが)、海 外での産官学の協力体制の充実を知り、危機意識をかえって高めた。 170 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 6.3.4.2 研究開発組織・体制の整備動向 本プロジェクトが錦の御旗となり、関連する企業の研究開発の規模(人員、予算など)を拡大させた。また、プロ ジェクトを実施したことで、社内に研究リーダーを留保でき、当該社におけるその後の関連製品の事業化を実現 した。また、プロジェクトメンバーと事業部の研究メンバーは別であったが、相互に情報交換することで、問題 解決を容易にした。 ・ 国のプロジェクトに参加することにより、社内では「錦の御旗」となり、エキシマレーザの研究開発は規模を拡大し、人 員、予算ともに増えた。 ・ 当社におけるイオン関連分野の研究開発において、リーダー的役割を果たしていた研究者が、プロジェクトがなけ れば社外へ移動した可能性が示唆された。その場合、企業としてプロジェクトで行った研究開発を実施しなかった 可能性が高く(これを主導する人材が他にいないため)、その場合は新製品とその事業化はなかったであろう。同プ ロジェクト成果技術は当時ではユニークであり、他からライセンス等で得ることは困難であった。 ・ プロジェクトを実施した研究所のメンバーと、事業部における実用的な研究開発メンバーは独立していたが、成果の参 照や情報交流があった。事業部では並行して、イオンドーピング装置の研究開発等を実施していたが、プロジェクトメン バーと、問題解決のための相談等のコミュニケーションがあり、これは事業部の研究開発の促進に有益であった。 ・ プロジェクトを通じて社内組織上の大きな変化はなかった。 ・ 当社はエキシマレーザの研究開発を小規模に行なっていた。プロジェクト後、エキシマレーザの開発・事業化を本 格的に行なうため、プロジェクト参加企業から研究者を獲得してきたが、さらにより大規模な展開をするため合弁企 業を作るに至った。 ・ プロジェクトにより、当社の研究開発戦略(研究開発の組織を含む)が変化したということはない。 6.3.4.3 人材育成等 長期間継続的に研究開発に従事したことにより、研究者の能力は向上した。また、他社の研究者との交流等に より、研究開発を事業や戦略に結びつけるマネジメント・ノウハウを習得でき、これが企業の財産となっている。 産学の交流のほか、海外との交流も行われ、人材育成に大きく寄与した。なお、博士号を数名が取得しているこ とも人材育成に本プロジェクトが寄与した結果といえる。 ■ 6.3.5 6.3.5.1 追跡調査の結果3-経済効果 実用化に伴う市場の創出規模 プロジェクトにより得られた基盤的な技術を基に、多数の製品が実用化されている。売上の少ないものについ ても、その利用による汎用的な製品・産業活動への広がりがあり、意義は大きいと考えられる。 本調査で市場規模が把握できたものとしては、約5億円/年(測長技術を応用したX-Yテーブル)、6億~9億6千万 円/年(超精密加工関係の製品)、20億円程度/年(超精密薄膜形成技術を応用した製品)、約3~4億円/年(液晶用のイオ ンドーピング装置)があり、その合計は約34~38.6億円/年である。 この内、測長技術を応用したX-Yテーブルな ど応用製品によっては将来100億円規模の売上を推測する企業もあり、今後の発展が期待されている。 他にも、 研究用装置や応用製品(半導体用イオンドーピング装置、リソグラフィーなど)など、間接的な波及を含めて多数実 用化しており、プロジェクトによる経済効果はより大きなものとなることに留意すべきであると指摘している。 具体的な市場規模に関する企業インタビューの結果として、以下のような意見が列記されている。 171 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 新製品は現在では単品であるが、さまざまな改良や応用、さらにシステム化の可能性を秘めており、さら なる大きなビジネス展開も期待できる。 ・ 測長技術を応用したX-Yテーブルは、約5億円/年程度(約20~30台程度)の売上であるが、これは特定のメン テナンスしやすいユーザーに対して試験的に販売したものである。また、ステッパー用測長器は、さらに 試験導入の段階で、ステッパーメーカが採用の検討段階にある。うまくいけば将来、両者とも100億円オー ダーの売上が期待できる。プロジェクトはその基盤技術として寄与している。 ・ 当社の精密加工機械事業の月間売上は約2~3億円であるが、そのうちプロジェクトの貢献が大きい超精密 関係の製品の売上が5千~8千万円/月を占める。これは売上規模とともに、超精密技術の基盤となる技術・ または製品(基盤製品)を持っているという効果が大きい。この基盤技術・基盤製品の技術が、より売上の主 要部を占めるスライサー等の性能向上に寄与している。 ・ 2005年に期待できる製品群として、光ネットワーク用の各種デバイス(光アドドロップ用素子、光ルーター 用素子)がある。これらは市場展開のロードマップは一般的な予測により見えているが、市場ニーズのため に必要な技術のブレイクスルーを要し、このために時間がかかる。これら将来製品の2005年における市場 規模見積もり(約100億円/年)は、当社のマーケティング調査による全体の市場規模予測と、最小レベルで見 込まれる当社のシェアかち推定した。 ・ プロジェクト成果、特に超精密薄膜形成技術を応用した製品の売上は20億円程度である。 ・ 液晶用のイオンドーピング装置の売上は年間約3~4億円であり決して大きくないが、この装置は日本の産 業にとって意義が大きいものである。 ・ プロジェクト成果の応用製品の現状の売上は比較的小さいが、その製品化とその売上は計装機器の特性か ら見てリーズナブルに進行しており、失敗しているわけではない。 ・ エキシマレーザの製品化をしてもその市場が小さく、当社の事業として収益を期待できる販売規模に達し ないと見られた。 ・ 製造プロセスの計装機器は、メーカーのラインに入るため、事業の立ち上げに時間を要するため、市場規 模が小さい。 ・ 計測器は一般に付加価値率が高く、かならずしも大きな市場規模を要さない。 ・ 現在、計装機器の約8割は輸入である。半導体製造プロセスやステッパーにおいても、それを構成する計装機器 の多くが輸入である。これに対して、ラインで使用する際に重要なメンテナンス性やカスタム化が輸入では不十 分で、ある程度の国産化を望むニーズがあり、当社のプロジェクト応用製品の市場化は期待が持てる。 ・ 測長器付X-Yテーブルが2005年において売上が約100億円程度と期待できるが、これは同等製品としてプロ ーバが国内年間需要約1000億円あり、さらに関連する製品も同等製品があり、これらを代替すること、そ の一定シェアを取れるとして、推定した。 ・ 当社のみでなく、エキシマレーザの開発でプロジェクト参加した他の大手半導体メーカーでも、製品化・ 事業化があまり進んでいない。エキシマレーザの市場が大きくないことが、大企業での事業化が難しい理 由の一つである。 6.3.5.2 国内における生産誘発効果と雇用創出効果 企業は将来に向けた独自の事業の武器を持つことが重要である。企業の売上規模に対して、そのシェアが小さ い製品や事業化に直接結びついていない技術があるが、この製品・技術から、将来、新たな事業に結びつくこと を期待する企業もある。 前項で把握できた市場規模から推計すると、生産誘発効果は約75~85億円/年程度(脚注1) であり、雇用創出効果は約500~570人/年程度(脚注2)であるとしている。 (脚注1)2000 年産業連関表(確報)の統合中分類(104 部門)による取引基本表(逆行列係数表)に基づいて試算。実用化製品を"一般産業機 械"と設定した。 (脚注2)2000 年産業連関表(確報)の統合中分類(104 部門)による取引基本表(生産者価格評価表)に基づく国内生産額(9,588,865 億円)と、 同年の労働力調査年報に基づく就業者数(6,446 万人)により、生産額あたりの就業者数を単純に計算して推計。 172 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 事業パフォーマンスは売上規模のみでなく、将来に向けた事業の武器を持つことが重要である。当社の売上規模 に対して、プロジェクト成果応用製品の現状の売上額は小さいが、この製品・技術から、将来、新たな事業部をつく れるような事業発展の規模が期待でき、この重要度は大きい。 ・ プロジェクトの特徴としては、成果が直接事業化に結びついてはいないが、企業が製品化するための技術の基盤を 作ったという効果を評価すべきである。 6.3.5.3 新技術・コストダウン等に伴う製品普及による便益 本プロジェクトの成果や波及効果として実用化した製品は、主として生産技術であり、国民生活・社会レベル に直接効果を与えるものではない。しかしながら、本プロジェクトの波及効果として半導体や液晶の製造技術が 開発された。これにより、より、高性能・低価格の家電製品やIT製品等が普及したと考えることもできると指摘 している。 ・ 今後製品化が期待される超平坦薄膜作成装置の技術は、プロジェクトで得た技術のプロセスの研究をさら に進める過程で、同様のプロセスを他の方法で実現できることが見出されたものである。これは「改良ス パッタ技術」と言えるもので、イオンエネルギーとその強度をより簡単に、低コストで得られる技術であ る。この装置は、品質の安定、プロセス時間の短縮により実用性が高く、大量生産に利用できる。 ・ 液晶用/半導体用イオンドーピング装置は液晶や半導体の高性能化・低コスト化に貢献しているはずであ る。ただし、同装置は必ずしも本プロジェクトの直接的な成果ではない。 ・ 半導体や液晶は一般国民レベルに浸透しつつある部品であり、間接的ではあるものの、この製造技術へ本 プロジェクトは波及効果を持つ。 ・ モバイル機器用の低温ポリシリコン型の高機能液晶ディスプレイの製造技術として、本プロジェクトの成 果は間接的に活用され、これにより、家電・PC等で半導体/液晶(これは、最終製品ではなく部品である) の高性能化や低コスト化に貢献している。これが、様々な最終製品に用いられることで、高性能な新製品 を低価格で入手できるようになった。 6.3.5.4 当該産業での企業活動(参入、設立、退出)の動向 企業が新たな分野(例えばArFや光応用測長技術など)へ事業展開するきっかけとして、プロジェクトは機能した。プ ロジェクトでハイレベルの技術を達成し、それが自社の技術ポテンシャルを内外に示す機会となっている企業もある。 これにより、当該分野への事業展開が容易になった。また、エキシマレーザをテーマとした本プロジェクトの存在が、 "エキシマレーザの将来性への期待は大きい"と捉えられ、当該事業への参入を促した可能性も指摘されている。 ・ プロジェクトがなかったら、当社はArFの研究開発を実施していなかったであろう。その場合、事業化研究を進めて いたKrFに専念していた。その結果、当社のArFの技術基盤整備は遅れた可能性がある。ただし、外部からのライセ ンス等による対応の可能性もあり、必ずしも製品化が遅れたとは思わない。 ・ もしプロジェクトへ参加しなければ、光を利用した測長技術への展開は困難であったであろう。プロジェクトは広い分 野への応用が可能な測長技術の研究開発を実現した。 ・ イオン技術分野を国家プロジェクトとして長期間優先的に実施したことで、企業内における同分野の重要性が認識 され、ビジネスにおける優先順位が向上した。 ・ もしプロジェクトがなかったら、同様の高度・困難な目標へのチャレンジはしておらず、ノウハウ等の蓄積はなかった はずである。当時、他社に技術はなくライセンス導入も困難であり、液晶用イオンドーピング装置の製品開発は遅れ たであろう。 173 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 国内では、イオンビーム関連の主要な企業がプロジェクトに参加したため、大きな影響はなかったが、プロジェクトに 参加しなければ競争力を維持できなかった可能性がある。 ・ 当社の応用製品は研究開発用装置であるため市場規模が小さく、それだけでは当社の売上に占める貢献は小さ い。ただし、同プロジェクトで達成した技術のレベルが非常に高かったことかち、当社はイオンビーム技術のポテン シャルが高い企業であることが自他ともに認めちれるようになった。当社の製品全般にイオンビーム技術が関連して いることかち、当社の事業展開全体に貢献した。 ・ プロジェクトにより大電流低エネルギーイオンビーム装置のプロト・タイプが得られ、それに周辺技術の改良を加えて 製品化した。また、プロジェクトの過程で得られた考え方を既存の装置技術に応用して、小電流タイプの低エネルギ ーイオンビーム装置も応用製品として開発した。これらの製品の売上は、研究開発用装置であるため比較的小さ い。なおプロジェクトで得られた技術水準の高さが、当社の技術力・知名度向上に寄与し、当社の事業全般に貢献 している。 ・ 大電流の低エネルギー・イオンビーム装置については、類似製品を開発している企業は国内外にない。 ・ 不参加企業もプロジェクト後に外国企業を買収してエキシマレーザを事業化した。ただし、プロジェクト当時、同社に はレーザ部門がなかった。同社はプロジェクトを見ていたはずで、プロジェクトはエキシマレーザへの参入決定を促 進した可能性がある。 ・ 当社のイオンビーム関連事業では、中電流イオン注入装置の売上が最大である。これに対して液晶用のイオンドー ピング装置ができると、半導体市況のみに経営が左右されなくなり、経営の対応力を強化する点で重要である。 ・ 当社では独自にKrFの事業化を進めており、これがあったからこそプロジェクトに参加しArFの技術を研究開発し、さ らに、その後のF2エキシマレーザ研究開発に進んだということは、一連の流れとして理解すべきである。独自の事業 化努力の流れがあって、関連分野の国の研究開発プロジェクトが応用に活かされた。 ・ 「高い目標を掲げて、国のプロジェクトとして多くの企業・研究機関が参加して研究開発を実施している」という状況 そのものが、この分野の研究開発を刺激し、流れを作ったといえる。ただし、成果となるデータや具体的な目標数値 等が、プロジェクト不参加企業等(海外含む)に参照されたとは思えない。一方、欧州ではユーレカプログラムがあり、 ドイツで特に顕著な研究がなされ(マックス・プランク研究所における基礎研究、マックス・ボルン研究所における応 用研究等)、事業化はベンチャー企業(ドイツ・ラムダフィジックス社の他、英国ではエキシマレーザ利用の微細加工 のベンチャー「エキシテック」社がある。)の手でなされた。 ■ 6.3.6 まとめ-費用対効果分析について 本追跡調査の対象である超先端加工システムプロジェクトは、先端技術産業に必要とされる、エキシマレーザ/イオ ンビームを用いた加工処理技術とナノテクノロジーを実現する超精密機械加工による機械部品・電子部品等の超精密化 や高性能化を測る精密加工技術を確立することを目標として、約150億円の予算で実施された。プロジェクトは委託形 式であったが、実際には企業負担が生じているため、プロジェクトに投入された総費用は150億円を上回る。 一方、プロジェクトが生み出した効果としては、技術波及効果や研究開発力向上効果以外に、新製品の市場創 出効果、生産誘発効果・雇用創出効果、技術波及を介した国民生活・社会レベルへの間接的な波及便益等の経済 効果があげられている。また、このプロジェクトで応用開発された製品・技術から、さらに新たな事業発展が期 待できるものもあると指摘している。 上記の経済効果の内、本調査で把握できたのは実用化した製品の市場創出規模の一部で、具体的には、波長技 術を応用したX-Yテーブル、超精密加工関係の製品、超精密薄膜形成技術を応用した製品、液晶用のイオンドーピ ング装置である。これらの年間売上高は約34~38.6億円であり、プロジェクト終了時点からの10年間の単純累計 では340~386億円の規模となるとのことである。ただし、これはあくまでも今回把握できたもののみの累計であ り、捕捉できなかったもの、数値化できないものも多数あることに留意する必要があると指摘している。 174 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 事業パフォーマンスは売上規模のみでなく、将来に向けた事業の武器をもつことが重要である。当社の売 上規模に対して、プロジェクト成果応用製品の現状の売上(約20億円)は小さいが、この製品・技術から将 来新たな事業部をつくれるような事業発展の規模が期待でき、この重要度は大きい。 ・ 目標設定が先行的すぎて、まだ産業に活かされていない部分が多いこともあり、成果の産業活用は今後の 課題である。ただし、現段階においても国の投入資金に対する成果は十分でていると思う。 なお、この追跡調査においては、公的な研究開発投資に関する費用便益分析実施上不可欠な下記の便益データ 及び同便益への研究開発の寄与率データの調査・設定は、今後の課題として残されている。 ① 付加価値額ベースの新たな財・サービスの市場創出効果額 ② 新技術による生産・流通コストの低減便益 ③ 生産者余剰や消費者余剰の増加便益 ④ 種々の機会損失の低減便益等 ■ 参考文献 ・ (株)三菱総合研究所(2004)、「光関係研究開発プロジェクトの技術・産業・社会へのインパクトに関する調査報告書」、 平成 15 年度経済産業省委託調査 175 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2. 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 課題別目次リスト 制作区分 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 収録課題名 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 代表者 池島政広 項 目 番号 課題細目名 1 調査研究の概要 2 研究開発の諸類型 3 4 5 6 7 8 実施機関名 所属部署名 株式会社テクノリサー チ研究所 財団法人政策科学研 究所 海外先進国における公会計 株式会社テクノリサー の現状 チ研究所 非営利組織の管理会計~ 株式会社テクノリサー 大学を事例として~ チ研究所 会計手法としての合理性- 株式会社テクノリサー 研究開発の4つのタイプに チ 研究 所 /亜細亜大 ついて 学/専修大学 NEDO 研究評価データベー 役職名 担当者名 主任研究員 矢澤信雄 理事 平澤冷 主任研究員 矢澤信雄 主任研究員 矢澤信雄 主任研究員 / 学 長/非常勤講師 矢澤信雄 矢澤:4.1.1 池島政広 池島:4.1.2,4..2.1 田坂公 田坂:4.2.2 嘉悦大学 助教授 加藤敦宣 会計手法の視 点からの事 株式会社テクノリサー 主任研究員 / 非 矢澤信雄 例の検討 チ研究所/専修大学 常勤講師 田坂公 主任研究員 矢澤信雄 スに基づく研究成果の分析 まとめ 株式会社テクノリサー チ研究所 備考 6.4 は田坂が執筆 2.1. 研究開発の諸類型 財団法人政策科学研究所 平澤 冷 公的資金に依存する研究開発機関を対象にし、その途上評価のための運営経費の合理的算定手法の開発を目的にした 場合、その機関で運営される研究開発の適切な類型区分についてまず整理しておく必要がある。 176 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 1. 研究開発の分類 ここでは、一般論として研究開発の分類をすることが目的ではない。一般論として研究開発を分類する軸としては、たと えばシーズ-ニーズ、リニア-ノンリニア、短期-長期、インクリメンタル-イノベーティブ、自律的-計画的、静的-動的、 支援的-主題的、組み合わせ型-すりあわせ型、モード1-モード2、研究-開発、基礎-応用、RTD-イノベーション等 多岐にわたっている。これらの軸をさらに原理的に整理することはできるが、そのような努力は多くの場合分類学や厳密な 定義論の領域にはまり込むこととなり、あまり生産的ではない。 ここでの目的は、公的資金に依存する研究開発機関の運営の合理化のために管理会計の手法を適用するに際し、研 究開発を適切に分類することである。従来、会計学の領域において展開されてきた「研究開発の会計手法」は、多くの場合 研究開発の多様性を認識しないまま、「一般的研究開発」を対象とした会計学にとどまっていたきらいがある。そのため、多 様な側面を含む研究開発の実態にいざ適用しようとすると、その実態の一部に適合的であるとはいえ、多くの側面で厳密 さを欠くこととなっていた。特に本稿の主題である公的資金に依存する研究開発機関には、一般に多様なタイプの研究開 発が混在しているわけで、従来の「研究開発の会計手法」のままではほとんど無力であると言うべきであろう。 管理会計手法は日常的なマネジメントのための会計手法であり、事業をその経費と成果とを手掛かりにして個別に把握 しようとするものである。また、事業全体を費用の費目区分を手掛かりにして把握する財務会計手法と対をなす手法である。 すなわち管理会計では、事業に要する経費ないし投入される資金つまりインプットの側と、事業の成果つまりアウトプットで ある効用とを金額ベースで把握することに努める。その際、インプット側であるコストの把握の詳細化に特色のある ABC (activity based costing)、期待される成果の目的を拠りどころとして必要経費を管理する MBO(management by objectives)、 明確な目的や期待される具体的成果の把握が可能な場合その金額と経費との関係を手掛かりとする PMA(project management accountings)、そしてまた実用的な成果が期待される場合競争的関係にある代替的なケースと比較し許容さ れる原価を先ず設定してコストがその範囲内に納まるように開発プロセスを管理することを目指す原価企画法等の手法を 対象事業の特性に応じて適用することとなる。 プロジェクト型と組織型 独立行政法人となった研究開発機関はいずれも総合的で多様な研究開発「事業」を展開している。その事業には、まず 目的を定めて展開する「プロジェクト型」の場合と、担当する組織を特定して展開する「組織型」の場合がある。通常多くは プロジェクト型であるが、目的より担当者を指定する方が事業内容を特定しやすい場合は、「組織型」で展開することとなる。 たとえば分析部門や計測部門では、研究開発部門で展開される主題的なプロジェクトを側面から支援する基盤的な支援 研究が多く、分析や計測の実務を組織としてこなす組織型の研究が中心である。しかし、その一部で分析や計測の向上あ るいは関連する新手法の開発等を目的としたプロジェクト型の研究開発が行われていることもしばしばみられる。 管理会計の立場からみると、実現すべき目標を具体的に掲げその内容の達成をめざすプロジェクト型の場合と、多様な 使われ方を想定し基盤的なポテンシャルを準備しておく組織型の場合とでは管理会計の手法は異なることになる。 プロジェクト型では、実現される社会的効用や経済的効果とそのために必要な経費との関係を把握するための会計手法 を構想することになるが、組織型では発揮される効用や効果はいわば待ち受け型であり、並行して実施される研究開発い かんにより直接的効用や効果は左右されることとなり一義的な把握は困難である。したがって、経費(コスト)の側の管理に 重点をおくと同時に、成果の側についてはたとえば過去の実績としての効用や効果、あるいは将来見込まれる状況に類似 した先行的な他者の実績等との比較において、予想される(あるいは期待される)効用や効果を想定し、そのような機能を 維持するための経費との関係を把握することになる。 プロジェクト型の諸類型 対象をプロジェクト型の研究開発に限定した場合においても、その効用や効果の把握が一様に行えるわけではない。経 営学においてプロジェクトを把握する場合更に幾つかの切り口を想定している。まずプロジェクト自体の内容的側面と形式 的側面であり、更にプロジェクト自体の把握が困難な場合、プロジェクトの実施に関わる研究開発組織や顧客等の関係者 等からなる人的側面と、プロジェクトを実施する際に適用するマネジメントや方法論等というシステム的側面からの把握を行 177 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 うことになる。しかしこれらの観点は、管理会計のみの枠組みではなく技術経営の枠組みに拡大して事態を把握すべきこと がらに属する。 さて、プロジェクト自体の内容的側面とは、プロジェクト自体のいわゆるコンテンツのことであり、プロジェクトの目的、目標、そ の具体的内容、さらにその内容の価値的側面等である。管理会計を適用する立場からみると、プロジェクトによって実現しようと する内容が科学技術の枠内にとどまるのかどうか、さらに科学技術の枠組みを超えた内容を期待する場合、経済的効果をめざ すのか、あるいは第一義的には経済的価値ではなく社会的効用をめざすのかにより適用すべき管理会計手法が異なる。 科学技術の枠内にとどまる場合、欧州で一般的に用いられている概念区分にしたがい、本稿では「研究・技術開発」な いし RTD(Research and Technological Development)とよび、また科学技術の枠組みを超える内容を直接含む場合を「イノ ベーション」とよぶことにする。 RTD は公的資金による場合さらに二つに分かれ、研究者の主体性に委ね自律的発展に期待する場合と、公的な何らか の効果を意識して研究者と資金を意図的に集積し戦略的展開を図る場合とに分けられる。「自律的研究」はリスクが高く結 果の効用や効果を個別プロジェクトのレベルで予測することが困難であるため、管理会計手法としては「組織型」に類似し たアプローチを取ることとなる。すなわち、経費の側の把握に重点をおき、それと同時に成果の側については、自律的研究 において期待する「知的フロンティアへの挑戦」が真に図られるかどうかといった観点から、その研究プロジェクトの内容、取 り組む研究者や研究組織の質、また研究方法や取り組みかた等について吟味することになる。一方、「戦略的研究開発」 では、戦略的な意図に由来する公的な効用や効果をマクロに予測し、把握される経費との関係を管理することになる。研 究者や資金の集積効果は個別のプロジェクトレベルで把握することが困難であり、したがってマクロに把握せざるを得ない ことから、この場合も「組織型」類似の管理体制となる。 これらに対して、イノベーションを目指す場合には、個別プロジェクトレベルで管理会計手法を適用できる。本稿では公 的資金による研究開発を主題とすることから、イノベーション型をさらに二つに分け、シーズから出発するが当初から具体的 なニーズを見据え、主要な要素技術の獲得が見えてきた段階でニーズ型に転換しイノベーションを達成しようとする「計画 的研究開発」の場合と、当初からニーズ型で研究開発に取り組む「実用化研究開発」の場合である。 計画的研究開発型は通常長期・大型の研究開発プロジェクトであり、社会的効用を目指す場合と経済的効果を目指す 場合とがある。社会的効用を目指す場合は勿論のこと、経済的効果を目指す場合であっても、少なくとも当初は自律的に 上市できる課題ではなく、不完全な市場に投入し普及を図ることになる。社会的効用は何らかの転換モデルを使って経済 的効果に換算できることもあり、また成果の個別利用者にとっては代替手段と比較しディスインセンティブな対象であっても 社会全体にとっては望ましい場合には、公的資金を用いる意味を生じることになる。このように長期にわたり複雑な経済性 を備えたプロジェクトを管理するための会計手法が必要になる。 実用化研究開発型の場合も、実用化される対象は社会的効用を目指す場合と、あるいは経済的効果を目指す場合であ っても少なくとも当初は自律的に上市できる課題ではない場合とがある。いずれにしても主要な要素技術の見通しがすで にあり、したがってシーズから出発する必要がない場合である。主要な要素技術の見通しが立っていることから、短期で取 組み、また多くの場合代替的ないし類似の手段が実用化されていることが多い。このような場合は、ほぼ同一の目標を達成 しようとしていることから、開発経費や実用化した場合の利用コストの側の成果目標を厳しく管理することになる。 最後に、プロジェクトの形式的側面に関する区分について述べる。プロジェクトの形式的側面は、プロジェクトがいかなる 状態にあるかに関する形式的な情報である。プロジェクトのステージ概念がその典型である。プロジェクトの主題の側の推 移を念頭におくと、基礎、応用、開発とか、科学、技術、経済性、社会性といった解決すべき主要課題の違いによる場合等 がある。また、組織型に関連して述べたように、主題の推移自体ではなくその基盤を支える位置にあることを明示的に表現 する場合もある。このようにプロジェクトの形式的側面に関する区分は会計手法を適用する枠組みの違いを示すことになり、 プロジェクトの内容に係る上記の展開は、実はこうした区分を踏まえたものである。 178 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2. 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 2.2. 海外先進国における公会計の現状 株式会社テクノリサーチ研究所 矢澤 信雄 公的資金に依存する研究開発プロジェクトを対象にして会計手法の検討を行う場合、まず、先進国における政府公会 計の現状を把握する必要がある。そこで、本章では、米国およびニュージーランド、オーストラリア、カナダの公会計システ ムについて紹介をおこなう。 ■ 1. 米国の公会計 米国連邦政府における予算改革の経緯は以下の4段階に分類される。 第 1 段階: 1960 年以降 国防省における予算改革を短所として、1965 年 8 月にジョンソン大統領の指示によって開花した計 画指向型(planning-oriented)の PPBS の段階 第 2 段階: 1970 年代から 1980 年代にいたるゼロベース予算の段階 第 3 段階: 1993 年制定『政府業績成果法』GPRA の導入段階 第 4 段階: 1990 年代後半以降 ABC、BSC の導入段階 1.1. PPBS 1.1.1. PPBS とは 米国において、1960 年代に開始された制度で、Planning–Programming-Budgeting- System の略語。全ての政府活動を 政策-施策-事業という目的-手段の階層構造に体系化し、各事業ごとに費用便益分析を行い、その結果に基づき予算 編成を行おうとするもの。 PPBS と GPRA を比べると、網羅的で一律な点において類似しているが、PPBS は計画の評価に基づき予算編成するの に対し、GPRA は業績という結果に基づき予算を増減させようとする点が異なる。また、GPRA は、アウトカムの測定の困難 性等といった、PPBS の制度的挫折から得られた教訓を踏まえ、アウトカム以外に顧客満足度指標を含む複数種の業績指 標を用いている。 1.1.2. PPBS の問題点 PPBS を確立するためには以下の問題点があった。 ・目標の設定、確認の困難性 ・スタッフ、分析スタッフの養成 ・データ・ベース、情報システムの整備 ・行政機構とプログラムの分類体系との齟齬 ・変革への積極的な順応 179 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・立法府(議会)の情報処理、分析能力の限界 ・包括的マネジメントシステムとしての展開 ・各省庁のトップ・マネジメントの強力なリーダーシップの必要性 以上の問題点が原因となり、PPBS は 1970 年代に入ると実質的には廃止された。 1.1.3. ゼロベース予算 1.1.4. ゼロベース予算とは(http://www.ecg.co.jp/mm/000183.php より引用) ゼロベース予算とは、プロジェクトの計画を前年の実績などに関係なくすべてゼロから目的別に設定し、それぞれの内容 を検討して優先順位を付け、この順位に従って予算枠で足切りを行い、採用された計画にだけ予算を設定するという方法 である。一般的には、予算は前年の実績をべースにしてその何%増といった形で設定されることが多いが、それではコスト の上昇を避けることができず、また本当に必要なものだけに支出をすることが難しいため、このような欠点を埋め合わせるた めに考え出されたものである。これは、もともと 1969 年にテキサス・インスツルメンツ社の管理スタッフであったピータ一・ピア 氏によって考え出されたものである。経済の低成長と国家あるいは州の財政悪化を背景として、一時アメリカの多くの州政 府とともに、ゼロックス、ウエステイングハウスなど多くの企業で採用された実績もある。 1.1.5. ゼロベース予算導入の経緯 ゼロベース予算は 1977 年にカーター大統領によって導入され、連邦政府、州および地方政府において積極的に実施 された。これは予算案にできるだけ計画機能を持たせようとする予算編成方式であり、各事務事業ごとに部門で作成される デシジョン・パッケージ(Decision Package:DP)にその特徴を有している。PPBS の欠点を補い、効率的な資源配分を行うシ ステムとして注目を浴びた。 1.1.6. ゼロベース予算の長所(http://www.ecg.co.jp/mm/ 000183. php より引用) ゼロベース予算の長所としては、以下の 3 つが挙げられる(http://www.ecg.co.jp/mm/ 000183. php より引用) 1)大現模な企業においては、毎年プロジェクトについての検討を行うことになる。従って、環境や二ーズの変化があって もいったん採用したプロジェクトは継続する。一方で新規のものはなかなか採用してもらえない、といった組織の硬 直化を防ぐことができる。 2)経営トップの戦略目標を予算にはっきりと表すことができる。 3)毎年優先順位を決め、これに従って予算が決められていくので、経営環境の変化などに対して柔軟性あるいは機動 性がある。 1.1.7. ゼロベース予算の短所 ゼロベース予算の短所としては、予算編成業務に係わるペーパーワークと作業量の増加することがあげられ、この方法 は現在ではあまり用いられていない。 1.2. GPRA 1.2.1. GPRA とは GPRA は以下の点を特徴とする業績評価制度である。 ・ 国民の信頼性とアカウンタビリティの改善 ・ プログラムの成果達成に対する説明能力の保持 ・ パイロット・プログラムの活用によるプログラム業績の改善 ・ 成果・サービスの質および顧客満足に焦点を当てることによる有効性の確保 ・ 成果とサービスの質に対する情報提供の拡充によるサービス提供の改善 180 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 有効性、効率性に関する情報提供による議会の意思決定の改善 ・ 政府の内部マネジメントの改善 1.2.2. GPRA における戦略計画 GPRA では戦略計画として以下の点を明確にすることを要請している。 ・ 政府機関の主要な機能と業務に関する包括的なミッションの表明 ・ 政府機関の主要な機能および業務に対して、成果と関連する目標および目的を内容とする全般目標および目的 ・ 目標および目的を達成するために必要な業務プロセス、技能および技術、ならびにヒト、モノ、情報をはじめとする 資源を含む達成方法 ・ 戦略計画における全般目標および目的と業績目標との関連性 ・ 全般目標および目的の達成に重大な影響を与える政府機関外部およびそのコントロール外に存在する基本要因 の識別 ・ 将来のプログラム評価スケジュールと全般目標および目的を確立又は改定するのに用いるプログラム評価の方法 1.2.3. GPRA における業績計画 GPRA では業績計画として以下の点を実施することを要請している。 ・ プログラム活動によって達成する業績水準を明確にするために業績目標を確定する。 ・ 目標は客観的で、定量化され、測定可能な形式で表現する。 ・ 業績目標を達成するのに必要な業務プロセス、技能および技術、ならびに人的資源、資本、情報資源などについ て簡潔に記述する。 ・ 各プログラム活動の適切なアウトプット、サービス水準、アウトカムを測定し、又は評価するのに用いる業績指標を確 定する。 ・ 確立された業績目標とプログラム実績を比較する基礎を提供する。 ・ 測定された価値を立証し、確認するのに用いる手段を記述する。 1.2.4. GPRA における業績評価 GPRA においては業績に係わる以下の点の評価を行う。 ・ 当該財政年度の業績目標を達成できたかどうかの再検討 ・ 報告書が対象とする財政年度における業績目標に対して達成された業績評価を基礎とする現行財政年度の業績 計画の評価 ・ 業績目標が達成されなかった場合の説明と明確化 ・ 業績目標を達成する差異の有効性の評価 ・ 当該財政年度に完了するプログラム評価の事実認定の要約 ■参 考 GPRA は、米国の行政管理予算局(Office of Management and Budget:OMB)の通達 A-11(Circular No. A-11:国家予 算の作成と提出についての通達)として具体的な実施内容が規定されている。この通達の中で比較的管理会計と関連が 深い「付録 300A 資本資産取得に対する予算の原則」の日本語訳を以下に示す。(「米国連邦政府 業績による行政管理 システム 通達A -11 政府業績成果法(GPRA)の実施規定-解説及び通達本文-、財団法人 先端建設技術センタ ー」より引用) 181 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 付録 300A 資本資産取得に対する予算の原則 序と要約 政府は、資本資産の取得に対する予算編成について、以下の原則を採用する計画である。これらは、資本資産の取得 に対する提案が政府予算案に組み込まれる際に満たされるべき計画、費用便益、資金投入、リスク・マネジメントの要求項 目についての原則である。用語集には重要用語の説明がある。OMB は、資本資産の計画、予算編成、取得および管理 に関する原則および技法の基本的参考情報として“資本プログラミング・ガイド”(1997 年 6 月)も発表している。行政庁は、 資本計画を作成し、資本計画に基づく予算要求のとりまとめにあたり、同ガイドを参照しなければならない。 原則は、次の 4 つの事項にまとめられる。 A.計 画:この条では、特に、つぎの事項の必要性に焦点をあてている。すなわち、資本資産が行政庁の中核・優先ミッショ ンを支援していること、見込まれる投資利益が現在利用可能な公的資源を使用する場合と比較して同等か優れているこ とを証明すること、資本資産取得に伴うリスクを確認して常に管理していること、そしてフェーズ毎に区分した部分として 取得を行うこと(ただし、複数部分に資金を付与することで顕著な規模の経済的利点を許容できるリスク内で得られる場 合、または複数の部分を同時に取得する必要があると認められる場合を除く)。 B.費用便益:この条では、つぎのことが強調されている。すなわち、資本資産が第一にライフサイクル・コストを含む費用便 益分析によって利益が実証されていること、全費用が事前に把握されていること、費用、スケジュールおよび業績の目標 がアーンド・バリュー手法または類似の手法で測定できると判っていること。 C.資金投入の原則:この条では、つぎのことを強調している。すなわち、プロジェクトの有用部分は、通常充当または事前 充当(または両方)により資金付与が全額なされるべきであること。また、一般的な規則として、計画部分は資本資産の調 達とは分離して資金投入されるべきこと、行政庁は資産を資本資産取得勘定に統合し、認められた資本資産取得に対 する付与資金の“一時的な増大”を吸収する方法をとること。 D.リスク・マネジメント:この条は、資産の取得においてリスクを分析し、細心に管理することを確実に行うように支援すること にある。手法としては、資本資産取得の個別勘定、予算配分に基づく堅実な管理の励行、リスクを請負業者と政府とで 適正に分担するための効率的な契約タイプと価格体系の選択などがある。さらに、費用、スケジュールおよび業績の目 標が、アーンド・バリュー手法または類似の手法でコントロールされ、監視されること、また、これらの目標に向けた進捗が 見られない場合、その取得の継続あるいは中止を評価する公式の審査プロセスを持つこと。 ここで定義されているように、資本資産とは、連邦政府によって使用される土地、構造物、機器、知的財産(ソフトウェ アを含む)を指し、武器も含む。ただし、州やその他の組織へ交付される資本資産の取得のための助成金は含まれない。 第 300 条 4 に完全な定義がある。 A.計 画 主要な資本資産への資金付与の提案が大統領の予算に組み込まれるためには、以下の事項を満たすことが必要である。 1. 資本資産が中核・優先ミッションの機能を支援していること。 2. 効率的にその機能を果たすことができる代替の民間セクターまたは政府組織がないため、資金を要請する行政庁によ り実施されること。 3. 費用の削減、効率の向上のために、簡素化や再構築を実施した業務プロセスとし、更に、市販品や既製品を最大限 に使用する。 4. 見込まれる投資利益が、利用可能な公的資源を使う代替案と同じかそれを上回ること。利益には、政府業績成果法に 準じた業績基準に従ったミッション業績の向上、費用の削減、品質・スピード・柔軟性の向上、顧客や職員の満足度の 向上などが含まれる。プロジェクトの技術的な複雑性、行政庁の管理能力、費用超過の可能性、質の低い業績結果な 182 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 どのリスク要因を考慮して調整すべきである。 5. 情報技術投資に対しては、連邦政府、行政庁、支局の情報アーキテクチャと互換性があること。すなわち、その行政 庁の業務処理と情報の流れが、行政庁の戦略的な目標の達成のための技術と一致し、行政庁の技術展望と 2000 年 問題対策に準拠し、供給者の選択や業務処理の柔軟性を残しながら、情報の交換や資源の共有ができる標準を指 定すること。 6. 注文品を避けること、または分離して、プロジェクト全体に対して発生するであろう悪影響を最小にすることによりリスク を減らすこと。必要に応じて、生産前にパイロットによる試験、シミュレーション、試作品等を利用する。プロジェクトの進 捗度を測る明確な業績基準および責任を確立すること。プロジェクト全体に亘って、システムを使用するプログラムの 関係者を深く関与させること。 7. できるだけスコープを狭く、実施期間を短くした連続的な部分からなるフェーズに区分し、それぞれについて、全体的 なミッション問題の特定分野を解決し、将来の部分と関係なく計量可能な純便益が得られること。ただし、複数の部分 に資金を付与することで規模の経済の利点が妥当なリスク内で得られるか、複数の部分を同時に取得する必要がある と認められる場合を除く。 8. 政府と請負業者で適切にリスクを分担する、競争を効果的に利用する、出来高と契約上の支払いを連動させる、市場の技 術を最大限活用する、といった取得戦略を用いる。試作品は、他の資本資産と同様に実証されなければならない。 一般的に考えて、OMB は、これらの基準を満たす資本資産への投資についてのみ、新規または継続的な資金の付与 を勧奨する。これらプロジェクトへの資金の付与は、フェーズを単位として分割された形が推奨される。ただし、複数の部分 に資金を付与することに対するリスクを許容でき、経済的な規模の利点が得られるか、同時に複数を取得する必要のある 場合は別である。 OMB は、多くの行政庁が進行中のプロジェクトを抱えており、上記の基準を直ちに満たすことができない場合があること を認識しいる。基準を満たさないプロジェクトに関して、OMB は、プロジェクト完成のための現実的な費用、スケジュールお よび業績の目標の設定を支援する追加計画立案に資金を投入するため、1999 年度および 2000 年度資金使用の申請を 考慮する。この計画立案には、作業プロセスの改編、代替案の評価、情報システム・アーキテクチャの開発、および必要に 応じて試作品の購入と評価などを含む。現実的な目標を設定することは、プロジェクトの見通しを判断し、プロジェクト完成 のための全額資金付与の基礎をつくる行政庁のポートフォリオ分析にとって、また目標を達成してプロジェクトを完成させる 管理責任を果たすためのベースラインの設定にとって重要である。OMB は、この情報が行政庁の長期的な成功にとって 不可欠であるものと考えており、これを大統領の予算案の準備に使用し、また予算の割り当てに際して費用、スケジュール および業績のデータと共に使用する。要求される情報の提供に対し、双方が満足できるプロセス、形式、タイムテーブルと なるように、各行政庁は OMB の担当者と一緒になって作業することが望ましい。 B.費用便益 プロジェクトの根拠は、プロジェクトが上記の基準をどの程度満たしているかの評価と検討を行うとともに、以下を含むべ きである。 1. プロジェクトの全ライフサイクル・コストと便益の分析。これには、OMB の通達 A-94 “連邦政府プログラムの費用便益 分析の指針と割引率”(1992 年 10 月)に記載された方針に一致した資産の総予算承認を含む。 2. プロジェクトのリスク分析。リスクをどのように特定し、最小化し、監視し、そしてコントロールするかを含み、また、大規模 なプログラムについては、計画された目標達成の確率について財務統括役員の評価と見積りを含む。 3. 計画フェーズの後、調達フェーズで部分毎の資金の付与が提案されていれば、それらの部分が、経済上でもプログラ ム上でも有用であることを示す分析結果。すなわち、たとえ後続投資の資金手当がなされなくても、プログラム上有用 で、その便益はコストを上回っていること。 4. アーンド・バリューまたは類似の手法を使い、取得プロセスを通して測定できるプロジェクト(または有用部分)の費用、 スケジュールおよび業績の目標。アーンド・バリューについては付属資料 300C に解説されている。 183 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 C.資金投入の原則 第 1 原則:全額資金付与 資本プロジェクトの有用部分(部分に分割できなければ資本プロジェクト全体)を完了するのに十分な予算は、その有用 部分(またはプロジェクト)についての債務が発生する前に充当されなければならない。 解説:健全な予算編成とは、資産取得のための全額費用が事前に充当され、資源を提供する決定がなされた時点で、す べての費用と便益が完全に見込まれるようなものである。予算年度における通常充当で全額資金付与することは、その 予算年度で、他の資本資産への支出や資本資産以外の支出とトレードオフを生じることになる。全額資金付与は、業績 による完全定額契約を適用する機会を高め、資本プロジェクトの作業計画や管理を効率的にし、ベースライン目標達成 のための責任を増大させる。 全額資金付与が実現せず、資本プロジェクトや有用部分について部分的に資金が付与され、今後資金が付与される のかどうか、またそれはいつなのかが明確でない場合、結果として-計画がお粗末になる、資産の取得が完全に保証さ れない、取得費用が高額になる、重要なプロジェクトが中止される、埋没コストを失う、資産の維持・運用に十分な資金が 付与されない-などの状態に陥ることがよくある。 第 2 原則:通常充当と事前充当 予算年度の通常充当で資本プロジェクトまたは資本プロジェクトの有用部分へ資金を全額付与することが、望ましいこと である。万一、OMB の判断でこれを行政庁や議会で補填できないほど費用が増大した場合、通常充当と事前充当を組合 せて資本プロジェクトまたは有用部分に資金を全額付与する予算案が提出されるべきである。 解説:通常充当と事前充当の組合せにより資本プロジェクトまたは有用部分に十分な予算が確保されれば、原則 1 (全額 資金付与)は満たされる。通常充当内での全額資金付与が望ましいのは、その予算年度で、他の資本資産への支出や 資本資産以外の支出とトレードオフすることになるからである。これと対照的に、初年度の通常充当と後続年度の事前充 当を使って数年間資本プロジェクトに全額資金を付与すると、その予算年度のトレードオフにおいて、そのプロジェクトに 好意的な判断をする可能性がある。なぜなら、事前充当では、その資産の全費用がその年度に含まれないからである。 事前充当では、実際に支払い義務が生じた年度に記録されるので、予算書やその年度の通常充当で有効な支出が制 約される可能性がある。 しかし、通常充当で費用の一時的な増大が生じ、これが行政庁内または歳出小委員会で認められなかった場合は、 事前充当によって資本プロジェクトまたは有用部分の全予算が前もって認められ、問題が解決される。これにより、行政 庁は適切な計画や予算を立てることができ、すべての費用と便益は資源の提供に先立って確認される。さらに、事前充 当の金額は有用部分の本質的構成要素を完成するための資金付与要求に合わせることができる。事前充当は、プロジ ェクトの計画、管理、そして責任を向上させるという点で、通常充当と同様の利点がある。 第 3 原則:計画部分に対する別途資金の付与 一般的な規則として、資本プロジェクトの計画部分は、有用資産の調達とは分離して資金投入されるべきである。 解説:行政庁は、有用資産の調達を開始する前に、資本プロジェクトの計画、設計の実施、そして便益・費用・リスクの査定 に関する情報を有していなければならない。これは、特にリスクの高い取得に関して重要なことである。この情報は、利用 可能な解決策の市場調査、建築図面、地質調査、工学設計調査、そして試作品などを含む作業や計画部分から得られ る。試作品は、これ自体が資本資産であり、その製作には費用とリスクが伴うため、プロジェクトと同じように入念に実証さ れ計画されるべきである。資本プロジェクトについての情報収集プロセスは、資産の性質によって複数の計画部分から構 成される場合もある。これら部分に個別に資金を付与することで、調達に先立って、費用、スケジュールおよび業績目標 を確立するための必要情報を入手できる。 184 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 計画部分と有用資産の調達に対する予算が同時に認められたら、OMB は、有用資産の調達と切り離していくつか の計画部分に予算を割当てることがある。 第 4 原則:費用の“一時的な増大”と資本取得勘定の分離 認められた資本資産取得に資金付与を行う際に、一時的な増大に対応するために、行政庁は、OMB と相談して、行政 庁内の全予算申請額内で可能な範囲まで、行政庁内のひとつあるいは幾つかの資本取得予算勘定に、その資本資産取 得のための資金を集約することを奨励する。 解説:予算承認が年度によって一時的に大きく増大することは、認められた資本資産を取得しない偏りを生むことがある。 行政庁は OMB と協力して、この偏りを取り除き、実証された取得についてそのような増大が受け入れられる方法を追求 すべきである。資本資産取得を別の勘定にまとめることで、次のような利点がある。 ・ 取得について毎年同じくらいの支出になるので、ひとつの行政庁または支局内での急激な増大が少なくなる。 ・ 予算の一時的な増大の原因を確認し説明する。資本資産取得は運用支出よりも一時的に増大する場合が多い。また、 資本資産取得勘定により運用支出の増大が隠されて一回の資産購入のせいにされることがない。 ・ 資本の一時的増大が運用支出を締め出すというプレッシャーが少なくなる。 ・ 通常、資本資産取得は運用支出と異なった方法(例えば、資本資産取得は便益およびライフサイクル・コストの長期的 展望を持つ)で分析されるので、その提案の論拠を改善し、評価を簡単にする。 D.リスク・マネジメント リスク・マネジメントは計画、予算編成、そして取得のプロセスの中心となるべきである。どんな資本資産の取得において も、リスクの分析・管理を怠ると、しばしば、費用が超過する、スケジュールが遅延する、そして資産が期待通りの業績を達 成しない結果となる。個々の大規模な資本プロジェクトにおいて、リスクの確認、リスクを最小限に抑える、監視およびコント ロールを含むリスク分析を行うことが、これらの問題を防止する。 計画フェーズで設定されたプロジェクトの費用、スケジュールおよび業績の目標は、資産調達承認のベースとなり、リスク 査定のベースになる。調達フェーズでは、業績による管理システム(アーンド・バリューまたは類似の手法)を採用し、資産 が検収され運用に至るまで、これら目標の達成や目標からの差異が請負者や政府幹部によくわかるようにしておかなけれ ばならない。目標が達成されていなければ、業績による管理システムにより、問題を早期に発見し、考えられる是正策を施 し、プロジェクト完成のために必要ならば当初の目標を変更し、行政庁のポートフォリオ分析の決定ができるようにする。こ のシステムはまた、修正された予測投資利益を代替の資金使途案と比較することで、行政府が議会に対して資金付与を増 やすためのきちんとした修正案を提案するか、またはプロジェクトの中止を提案するかの決定を支援する。行政庁は、スケ ジュールや業績の目標を達成する上で発生する費用増大のリスクや失敗のリスクを低減するために、必要な取得戦略を確 実に実行しなければならない。これらの戦略として以下のものが挙げられる。 1. 予算承認の充当金を個別の資本資産取得勘定で策定させる。 2. 有用な部分に予算承認を割り当てる。 3. 投資利益など、取得の費用、スケジュールおよび業績の目標の限界点を設定し、もしこれを満たさなければ取得を中 止する。 4. 政府と請負業者の間で適切にリスクを分担するため、効率的で請負業者にインセンティブを与える契約の種類と価格 体系を選択する。 5. アーンド・バリューのマネジメント・システムまたは類似のシステムを採用して、プロジェクト(あるいは分割されたプロジ ェクトの一部)の費用、スケジュールおよび業績の目標を監視する。(アーンド・バリューについては、付属資料 300C で説明されている。) 6. 進捗が目標の 90 パーセントに満たなかった場合、あるいは資金を別の形で使用することより大きな投資利益が得ら れことを示唆する情報が入った場合、修正プロジェクト継続の可能性あるいはプロジェクトの中止を検討する、ポートフ 185 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ォリオ分析によりプロジェクトの審査を行う上級官吏検討会を開催し、行政庁の戦略的な目標および指標におけるギャ ップを埋めるために必要な代替の解決策を探求する。 E.用語集 充当:充当は、政府資金の即時あるいは将来的な出費をもたらす債務の発生を政府職員に許可することである。 通常年次充当 : これらの充当は、つぎのとおりである。 ・ 通常、現行年度に許可される ・ 予算年度に全額が勘定される ・ 特記されている場合、予算年度と後続年度の債務に利用可能(“利用可能性”の項参照) 事前充当 : 事前充当は、通常年次予算と共に計上され、予算年度だけでなく、その後続年度の債務にも使用できる資金 が許可される。事前充当の詳細はつぎのとおりである。 ・ 通常、現行年度に成立される ・ 予算年度後に勘定される(例:特記内容によって、後続の 1 、2 年あるいはそれ以上) ・ 特記されている場合、当該年度と後続年度の債務に利用可能(“利用可能性”の項参照) 利用可能性 : 充当法案で認められた充当は、特に長期年度に亘って支出できることが記載されていなければ、予算年度 にのみ有効である。資金が、予算年度を越えて特定年度の末まで有効であることが特記されていれば、その利用可能性 は“多年度”とされる。資金が消化される時点まで有効であると特記されていれば、その利用可能性は“年限なし”とされ る。大規模調達や建設プロジェクトのための充当は特に、多年度あるいは使い果たすまでとなっている。 資本資産:資本プロジェクトおよびその有用部分 アーンド・バリュー:アーンド・バリューとは、業績に基づく管理システムで、資本プロジェクトのベースラインの費用、スケジュ ールおよび業績の目標を設定し、目標に対する進捗を測定するためのものである。アーンド・バリューは、付属資料 300C に記載されている。 リスク・マネジメント:リスク・マネジメントは、リスクの特定と評価を行い、これらのリスクを処理するための対応策を策定し、選 定し、そして管理する体系的な手法である。調達を開始する全管理者は、必要となる時に取得計画を見直し、改訂して、 計画段階で検討されたリスク・マネジメント技法が引き続き適切であることを確認する。 資本資産の調達時において、リスク・マネジメントのために次の三つの重要な原則がある。 (1)開発作業を回避し、またはその量を制限すること(すなわち実行可能であれば既成技術を用いる)。 (2)競争および財政的誘因策を効果的に使用すること。 (3)プログラムの成否に関する状況を明示する業績による取得管理システムを確立すること(例えば、アーンド・バリュー・シ ステムまたは同様のシステム)。 行政庁がリスク・マネジメントの一環として検討すべきリスクには次のようにいくつかの種類がある。 ・ スケジュールに関するリスク ・ 費用に関するリスク ・ 技術的な実行可能性 ・ 技術陳腐化のリスク ・ 新規プロジェクトと他のプロジェクトあるいはシステムとの依存性(クローズド・アーキテクチャなど) ・ 将来、調達の独占状態が生じるリスク 186 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1.3. 米国公会計における ABC および BSC の適用(本セクションは参考文献 2 を基に執筆) 1.3.1. ABC(Activity-Based Costing 活動基準原価計算)とは 間接費の配賦に焦点をあて、部門ではなく活動(Activity)を単位とする方法である。従来の方法では、単純な想定にも とづき大きなくくり(部門)で算定を行っていたが、ABC では、より複雑な尺度を使って配賦する。ABC の長所は正確な製 品・サービスのコスト算定が可能になること、業務改善をコスト低減につなげることができることなどである。 1.3.2. バランススコアカードとは バランススコアカード(BSC)は戦略をアクションに落とし込む上で役に立つコンセプトである。BSC ではまず、企業のビジョン と戦略を明確にすることから始め、そこから重要成功要因(CSF)を定義する。評価指標は戦略にとって重要なエリアでの目標設 定や業績評価を補助するものとして設定する。つまり、BSC とは企業のビジョンと戦略から導き出されたビジネスの最も重要な要 素を反映する業績評価システムである。バランススコアカード(BSC)のコンセプトは、目標の共通理解に基づき組織内のあらゆ る部門のアクションをまとめ、戦略の評価・見直しを容易にすることで戦略の企画、導入を支援するものである。 1.3.3. BSC の4つの視点 従来の外部向けの経理データに焦点をあてた業績評価は急速に時代遅れのものとなり、情報化時代の企業に効果的な プランニングツールとして更に良いものが求められていた。そこで、ハーバード大学の教授である Kaplan 氏と Norton 氏は 企業活動を評価する以下の4つの視点を紹介した。 ・ 財務の視点 (株主をいかに理解するか) ・ 顧客の視点 (顧客をいかに理解するか) ・ 業務の視点 (成功のためにはどのような業務に優れていなければならないか) ・ 学習と成長の視点 (変化し、向上し続けていくためにはどうすればよいか) 1.3.4. ABC のみを実施している公的機関の事例 1.3.4.1. 中小企業庁(Small Business Administration) 中小企業庁は職員数が約 3,000 人であり、中小企業に対する銀行融資への保証業務などを行う機関である。 中小企業庁では ABC を最初から全組織に導入する方針を選択して、1997 年にパイロット・プロジェクトを開始し、翌年に は本格的に導入をした。組織全体への導入の後に、細部を修正していく方が有益であるという考えのもとに実施された。 従事した時間の計測については、イントラネットを用いた調査を行っている。アクティビティの数については 400 のアクティビ ティがあるが、イントラネットを通じた調査においてはアクティビティの数を 100 に限定している。各職員あたりのアクティビテ ィの数については、4~5 程度である。従事時間についてもパーセント単位で、年に 2 回記録をおこなっている。記録頻度 が少ないのは、業務にあまり季節性がないことなどが理由となっている。 ABC の導入目的は業績評価というよりは、原価の 低減におかれている。ABC を導入することによって、プログラム、測定尺度、予算、人的資源が統合され、計画値との対比 によって業績が測定できて改善ができるようになった。従来は、借入保証のコストなどは不明であったが、ABC の導入により、 そのベンチマーキングもまた可能となった。また、アウトソーシングをするよりも自前で業務を行った方が低コストでできること などが判明した。さらに、本部からだされた指令が地域事務所に予想外のコスト負担をかけていることなども判明した。 中 小企業庁においては今後、業績管理に係わる制度を開始したいと考えている。BSC は政府にはやや難しいので、中小企 業庁に適したスコアカードを検討中である。 1.3.4.2. 国立衛生研究所(National Institute of Health) 国立衛生研究所は自由診療の組織で、保健福祉省(Department of Health and Human Service)に属する機関である。 同研究所の職員数は約 17,000 人であり、その中のクリニカル・センターの職員数は、約 2,000 人である。 ABC のシステム は 4 年前に導入されたが、それ以前には原価計算のシステムをもっていなかった。ABC が導入された理由は、予算の不足 からが原因ではなく、サービス・コストの計量化の必要性などのためである。 ABC の測定回数は年1回である。測定の範囲 187 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 は全領域にわたり、個人単位ではなく、グループないし領域ごとに適用をおこなっている。アクティビティの数については 70 ~100 程度にとどめている。私企業の場合とは違って、NIH ではあくまでザックリとした運用がなされている。 ABC の直接的 な効果をあげると、計量化によるサービス活動の可視化である。これによって問題の所在を明確化して、それに対する改善 策を講じている。副次効果としては、IR(investors relationship)や CR(customers relationship の改善にも活用できている。 1.3.5. ABC を導入し、BSC も実施し始めた公的機関の事例 1.3.5.1. 土地管理局(Bureau of Land Management) 土地管理局は、内務省の管轄下にある。全職員は約 10,000 人、うちワシントンには約 500 人がいる。その他に、ボランテ ィアが約 17,000 人いる。予算は約 20 億ドルであり、その内の約 60%が人件費である。土地管理局では、ABC をコスト・マネ ジメントと呼んで行っている。特徴としては管理(managing)を強調し、ABC が会計専門家のものではなく、経営のためにあ ることを部内に強調するためである。ABC の目的の一つには、意思決定に役立つ情報を提供し、作業プロセスの改善をは かることがある。ABC は会計制度と連動しているだけでなく、予算、プログラム業績とも緊密に結合されている。このため、土 地管理局では主要なビジネス・プロセスを定義づけ、次に、ビジネス・プロセスをブレークダウンして作業活動、タスク、アウ トプットを定義づけている。さらに、アクティビティをミッションに落とし込んで、アウトプットと関連をつけている。従事時間の 計測は2週間おきに行っている。e メールを用いて、15 分単位で作業量の測定を実施している。アクティビティ数は全部で 約 180、職員のアクティビティ数は 6~8 個であり2週間に1回記録することになっている。 土地管理局においては ABC の 成功にもとづいて 1999 年には BSC を導入した。この BSC の4つの視点は、財務、顧客、プログラム、資源への投資から構 成される。コスト・マネジメント(ABC)と BSC が土地管理局では統合されているのである。 1.3.5.2. 退役軍人省(Dept. of Veterans Affairs)の VBA(Veterans Benefits Administration) 2003 年には、VBA は3局の予算約 6 億ドルのうち、約 55%の予算を要求している。職員数は約 13,000 人で、恩給、借入 保証、保険などの 6 つのビジネス・ラインから構成されている。 VBA では伝統的な原価計算も実施してきたが、従来の方法では計算作業に工数がかかりすぎることなどの理由から、 1995 年に ABC の導入を決定した。1996 年にパイロット・テストを行い、翌年 10 月には実施プランに発展させ、1998 年 10 月からは本格的に使用している。アクティビティの数は約 150 であり、Web-site を経由して従事時間のデータ収集を行い、 ABC によって四半期別の原価情報を提供している。VBA では ABC の結果を活用しつつ、さらに 1999 年 4 月からは BSC をも実施している。ABC は、業務改革などに役立つ。他方、BSC のほうは業績評価に役立つが、そのためにはコスト情報が 必須である。ABC は BSC の前提なのである。 1.4. オーストラリアの公会計(本セクションは参考文献 3 を基に執筆) 1.4.1. オーストラリア連邦政府の事例 予算管理省のホーム・ページによれば、多くの省庁が ABC とベンチマーキングのような信頼できる手法を見出していると の紹介がある。予算管理省は、各省庁に ABC とベンチマーキングの活用を推奨している。ABC の具体的な手法は各省庁 で業務内容に応じて編み出すべきだという基本的スタンスにたつものとみられる。オーストラリア連邦政府の ABC には、カ ナダ連邦政府のような担当者間のネットワークや、ニュージーランドのような財政法に基づいた枠組みはないと思われる。 米国連邦政府と同じように、財政当局の推奨のもとに各省庁が個別・自発的な取組みを行っているということである。 1.5. ABC をさまざまな手法にリンクさせて活用している機関 1.5.1. 移民省(Department of Immigration and Multicultural and Indigenous Affairs) 移民省は、職員数約 4,000 人の機関である。ABC は、1999 年に全組織的に導入されている。全部で約 140 プロセスで アクティビティ数は約 750 であり、各職員あたりでは約 20 プロセスでアクティビティ数は約 85 である。海外事務所などは各 職員あたりのアクティビティ数が比較的多く、一方、本省の場合にはアクティビティ数は 30~40 程度である。従事時間の記 録はサーベイ方式により、年二回行っている。現在、コンサルティング会社の支援は受けていない。 移民省では ABC を、 188 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 アウトプットのコスト把握とベンチマーキングに活用しているが、今後はシナリオ分析などにも活用していきたいとしている。 また、2000/2001 年度には米国、カナダ、ニュージーランド、オランダの移民省どうしで国際ベンチマーキングを実施した が、比較可能性に問題があったようであり、うまくいかなかった模様である。 1.5.2. 税関(Australian Customs Service) 税関は職員数約 5,000 人、1996 年から ABC の活用を開始している。現在、全組織的に ABC を実施しており、アクティ ビティの数は約 170、サブ・アクティビティのレベルではその数約 350 である。測定方法は、四半期ごとでスナップ・ショット的 な方式で計測している。従事時間に関しても、四半期に一回、各職員が 2 営業日の従事時間を%で記録している。これに よって得られた ABC の結果は、組織内でのベンチマーキングなどに活用している。 1.5.3. 医薬品検査局(Therapeutic Goods Administration) 医薬品検査局は、職員数は約 500 人であり、財政規模の約 6 割を人件費が占めている。 ABC は 1997 年に開始した。ABC の活用は、手数料引上げの議会説明にも極めて有効であった模様である。 全部でアク ティビティの数は約 50 であり、各職員あたりのアクティビティ数は、比較的数が多くなりやすいシニア・マネージャーにおい ても 3 つ程度におさえられている。比較的簡略な ABC システムであると言える。現在は 4 半期ベースで行っており、従事時 間は%による記録をしている。 1.6. ABC とバランスト・スコアカードとを活用しているとしている機関 1.6.1. 海軍(Royal Australian Navy) 海軍の職員数は約 1 万 6 千人で、全てが ABC でカバーされている。海軍が ABC の活用を開始したのは、1990 年代初 めで、3 つの基地のトータルコストが上昇し、これにより自らのコスト構造を把握していないことが判明したことに端を発する。 1996 年にはシドニー基地でパイロットスタディを行い、1998 年 12 月には完成させた。 当初はアクティビティの数が約 1~2 万ときわめて多く、複雑であり、また、比較可能性がなくベンチマーキングが困難な状況であった。そこで、アクティビティを アウトプットにつなげ易いようにしたうえで、その数を約 600 に簡素化した。これにより、各職員あたりのアクティビティ数は約 1~3 となっている。現在では、毎月実施するとともに、従事時間の計測は、毎月ではないが、インタビュー方式を基本として 実行している。 このような ABC により、ベンチマーキングはもちろんのこと、水上艦艇 1 隻を派遣するのにいくらかかるかと いうような what-if 分析も可能となったことの意義はきわめて大きい。防衛費が毎年抑制されているなかで、正確なコスト計 算が要求されてきており、この流れの中で ABC は現在、非常に重要な意味を持ちつつある。また、予算要求にさいしても、 その算定根拠を示すことが可能となり、要求が認められやすくなった模様である。 国防省のなかでは海軍の ABC が最も導入が進んでおり、1998 年の国防整備計画によって、陸軍・空軍も同様の ABC システムを採用している。また、国防意思決定支援システム・プロジェクトにもとづいて、国防省全体が ABC の適用対象とな っている。業績評価には、バランスト・スコアカード(Balanced Scorecard;BSC)を活用しており、web ベースのシステムを通じ て実施されている。ABC も、このシステムには不可欠の存在であるといえる。つまり、ABC と BSC とが統合されて用いられて いるのである。 1.6.2. 退役軍人省(Department of Veterans’ Affairs) 退役軍人省では、ABC を全組織的に実施している。 1998 年 8 月に ABC の導入を開始しており、四半期ごとに ABC の 計算を実施している。アクティビティの数は約 9,000 であり、各職員あたりのアクティビティの数も、かなりの数に上る模様で ある。 また、従事時間の計測は年一回ないし二回で、%で記録しているが、特徴的な点としてあげられるのは、各職員が 記録する、もしくは、インタビュー等により把握するというのではなく、マネージャーが判断して記録を行うという方式をとって いる点である。退役軍人省では、類似業務間のベンチマーキングを実施している。特に、地方支分部局間といった組織内 のベンチマーキングに力を入れており、ABC の結果を比較して、「これはおかしいのではないか」と問題提起をすることが 重要であると考えている。さらに、米国、カナダ、ニュージーランドの退役軍人省間でもベンチマーキングを行った模様であ 189 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 る。業績評価に関しては、一種の BSC を用いている模様である。 1.7. ニュージーランドの公会計(本セクションは参考文献 3 を基に執筆) 1.7.1. 全体の枠組みと財務省(The Treasury) ニュージーランドの予算コントロールの特徴としては、インプットとアウトプットの両者の管理を通じてなされる点があげら れ、財政報告には両者が併記されている。ニュージーランドの財政法によれば、各省、各クラウンは、アウトプット・クラスごと に、コストをきちんと把握することになっている。財務省はその手法として、ABC を要求している(require)。この点において、 単なる推奨にとどまっている米国、カナダ、オーストラリアとは異なるといえる。機関によっては導入途上のところもあり、ABC が公的部門においては相対的に新しい概念であることを割り引いても、ABC の義務付け等が、わが国の法解釈のように厳 格なものではない可能性は若干残るといえる。具体的なコスト管理手法に関しては、各省ごとに業務に応じて、チーフ・エ グゼキュティブが決まるべきものとされている。この点は、米国、カナダ、オーストラリアと同様に、各省の裁量に委ねるという ことである。財務省は、その際、純粋な(民間企業と同様の)ABC ではなく、その原則的な考え方を実用的に適用していく べきだとしている。 財務省においては、エレクトロニック・ベースのタイムシート記録への記入を、自らの全職員に対し、週 に一回求めている。 なお、ABC といえども、配賦にあたり恣意的な操作をすることも可能であるが、各省の監査担当および 会計検査院といった外部監査によるチェックにより公正性を担保しているとのことである。内部監査や外部監査をどういうふ うに機能させるのかは、それ自体として、きわめて大きな論点であり、ABC などの手法が財政制度の一部を担っているような 場合には特にそうであるといえる。しかし、ニュージーランドにおいてはその財政規模から、操作してもそれほどの金額にな る可能性は小さいためか、この点に問題意識はあまり存在しない模様である。また、BSC については非営利組織には難し いとして、財務省は推奨はしていない。 1.8. ABC をコストの可視化に活用している機関 1.8.1. 内務庁(Department of Internal Affairs) 内務庁は 17 地区に約 1,000 名の職員を擁する。財政規模は約 1 億 NZ ドル程度であり、歳入の約 4 割を政府から、約 6 割を料金収入などの第三者から得ている。財政年度が始まる 7 月にはインプットを各アクティビティに配分するというコスト 管理を行っている。インプットから示せば、インプット→アクティビティ→アウトプット→アウトプット・クラス→所管予算という流 れのシステムである。ABC の観点から見れば、年度初めにコスト計算を実施するだけであり、民間企業の行う日々の原価計 算に係わる ABC ではない。具体的な手法に関しては、アクティビティの数は全部で約 110 で各職員あたりのアクティビティ の数は 1~2 である。また、従事時間の記録については、time-keeping を日々、時間単位で行っているが、ABC の計算との 関連では次年度の予算配分のためのサンプル調査として、業務量推計のために利用しているに過ぎない。 なお、BSC は 用いていない。 1.8.2. 産業振興局(Industry NZ) 産業振興局は、約 180 名の職員からなるクラウン・エンティティであり、人件費関連コストが約 5~6 割を占める労働集約 的な機関である。ABC については、2 年程前から検討が進められ、約 3 ヶ月をかけて概念的なモデルのレビューを行った。 しかしながら、様々な理由により現在では ABC をいったん中断している。 現在の ABC モデルは、全組織的なもので、アク ティビティの数は全体で 100 程度、各職員あたりのアクティビティの数は、上位の職制の職員でも 10 以内である。従事時間 の記録については、四半期に1回、事務コストの面からインタビュー方式により、%での計測を予定している模様である。 1.9. ABC をさまざまな手法とリンクさせて活用している機関 1.9.1. 司法庁(Department of Courts) 司法庁は、職員数は約 2,100 人、財政規模で約2億3千万 NZ ドルである。その中で ABC を導入しているのは、裁判所 運営担当部門で、そこの職員数は約 1,300 人、財政規模で約1億5千万 NZ ドルである。この部門においては、高等裁判所、 地区裁判所、家庭裁判所、青少年裁判所など全国の裁判所の運営を担当している。司法庁の ABC は、「ごく少数の要因 190 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 によって大勢は決定付けられる」というパレートの法則を基本にして、複雑なシステムは結局は使われないことになるという 経験則を踏まえながら、単純、かつ、常なる見直しを前提としつつ組み立てられている。ここでは ABC の主目的をベンチマ ーキングによる効率化に設定し、それに加えて、手数料算定や他省庁の代行業務へのチャージのために活用している。 具体的には、全体のアクティビティの数は約 410 で、各職員ごとのアクティビティの数は約 20 となっている。また、従事時間 の計測については、サンプル数を多く設定したインタビュー方式で、%で記録を行っている。毎年一回計測を行い、今後 は、より正確性を増すために、time-keeping 方式への移行が検討されている模様である。 1.9.2. 陸上交通安全局(Land Transport Safety Authority) 陸上交通安全局は、道路交通の安全確保を担当し、職員数は約 540 人である。ABC は全組織的に導入しているが、導入初 期の 10 年前には、「誰も理解できなかった」という複雑なモデルを導入したという苦い経験を持つ。現在では、ABC の活用によ りコスト構造を把握し、ベンチマーキングによる効率化に努めている。アクティビティの数は、通常の職員で約 5~6 程度に設定 されている。従事時間の計測方法は time-keeping 方式によっており、各職員が日々、15 分単位で計測を行っている。 ■ 2. カナダの公会計(本セクションは参考文献 2 を基に執筆) 2.1. 国家財政委員会、関税歳入庁、公共事業省 2.1.1. 国家財政委員会事務局(Secretariat of Treasury Board) 国家財政委員会は主要閣僚から構成される閣内委員会であり、政府支出や公務員人事管理がその主要な管理業務で ある。国家財政委員会は、1 つの独立した省として機能している。国家財政委員会事務局は、コスト・リカバリーやチャージ のため、つまり、手数料等を決定するために、コストを管理することが求められており、同事務局においても、原価計算のガ イドを示している。原価計算の方法はプロジェクトのタイプにより異なるが、ABC もこの手法の一つである。そして、ABC につ いては、マネジメントに有益な手法として、使用することをリコメンドする(recommend)ことになっている。省庁により業務がさ まざまであり、ABC を適用することの適否を一律には決められないため、このような立場に立っているのである。 総じて見 れば、カナダは、業績優先傾向のある米国に比べて、コスト管理の方に力を入れている。これは、1990 年代の財政状況が より厳しかったことが原因であるとのことである。 カナダでは、17 の省庁でコスト管理コミュニティを組織して、ベスト・プラク ティクスや失敗事例など、基本的情報を中心に、情報の交換をしている。ABC の採用に積極的な省庁が多いといえる。ま た、省庁横断的な共同実施のプログラムもなされている。さらに、小規模の省庁がこのようなコストの管理を実施するにあた っては、先進的な大規模省庁では、これら小さな省庁の支援をするという役割も担っている。ヨコの連携が緊密に行われて いるのである。 2.1.2. 関税歳入庁(Customs and Revenue Agency) 関税歳入庁は、職員数約 5 万人、6 つの地域担当部、50 程度の税務署等を抱える大きな組織である。財政規模に占め る人件費の割合は、約 8 割とかなり高い。関税歳入庁では、Input→Activity→Output→Outcome という流れのなかで ABC を捉えており、最終的には、納税者が受ける Outcome の向上を目的としつつ、まずは Output に注目している。アウトプット のコスト構造を明確化するために ABC を適用するというスタンスである。 関税歳入庁のコスト管理に係わる考えは以下の 6 点に集約される。 ①原価計算は効率的であるべき ②付加価値を生まない業務は削減すべき ③繰り返し必要となる業務には ABC の適用は適切 ④管理者は管理可能コストを説明すべき ⑤個々の業務に関しても説明責任を果たす ⑥会計システムとコストやパフォーマンスに係る報告書との連接をすすめる 全組織的に現在、ABC を導入しているところである。アクティビティの設定はあまり詳細にすると煩雑であり、ABC の維 191 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 持・管理に費用もかかるので、項目数は少なく粗いものとするようにしている。また、従事時間の記録については、各職員が 以前から自ら記録する時間記録システムを有しているので、これを利用している。 業績評価については、バランスト・スコ ア・カード(BSC)を使っているが、最初は ABC との連携を行わなかったので、インプットからアウトプットへの正しい情報が 把握できなかった。やはり ABC から BSC へと連携させていく流れが望ましいといえる一例である。 2.1.3. 公共事業省(Public Works and Government Services) 公共事業省は、政府部門共通の業務、つまり、小切手の発行、政府文書の翻訳(カナダは複数言語国家である)、社会 福祉、年金・給与の支払いなどの業務を担当する機関であって、職員数は約 1 万人である。業務内容は繰り返しの要素が きわめて強い機関である。 2001 年度(会計年度は 4 月~3 月)に ABC モデルが構築された。2003 年度から 2005 年 6 月 までに ABC を試験導入したうえで、その後につなげていきたいという予定である。 従事時間の記録に関しては、関税歳入 庁で見られるような時間記録システムの導入は組合が反対したために導入できなかったので、インターネットベースの報告 システムを使っているとのことである。 2.2. 国防省(National Defense) 2.2.1. 概況 国防省では、約 10 年ほど前から ABC の導入に取り組んでいる。ABC モデルの構築にあたっては、アウトプットのコストを把 握することを出発点にしており、これは関税歳入庁などと似たような視点を有している。 国防省内の各機関に関しては、空軍に おいては、1994~99 年に一部で実施されたが、人件費などの配賦に関して若干の問題があり、現在では陸軍の経験から学ぼ うとしている。海軍については、配備計画や業績測定、意思決定に ABC を適用したいと考えており、地方レベルで一部におい て、数年にわたり実施している。IT マネージメント・グループにおいても ABC を適用しており、1 万 2 千のユーザーに、15 百万 CA ドルのコストをリカバリーした実績がある。つまり IT 業務の分析にも ABC は有効なのである。国防省においては、ABC など のコスト管理に関して、米国、英国などの諸国と、情報を共有しているが、これには日本は含まれていない。 2.2.2. 陸軍 陸軍は歩兵が約 9 万人、予備役が約1万 5 千人、ほか約 4 千人の職員を擁する機関である。ちなみに、資本勘定や調 達に関しては、陸軍の所管とはなっていない。 1993 年の陸軍予算の将来見積もりは、毎年着実に増加していく右肩上がり のものであったが、1994 年以降、数年にわたり予算削減が実施され、特に 1996~97 年に大幅な予算削減が行われた。削 減ピーク時である 1998 年度の予算は、1993 年見積もりに比較すると、3 割を超える大幅な削減であった。これは、人件費が 予算に占める割合がきわめて高い陸軍では、ダメージが大きい削減である。 このような財政状況のもと、陸軍においては、 予算の算定額を根拠付けるために、ABC を導入した。結果として、今では、ABC に基づく陸軍の原価管理は、国家財政委 員会から信頼されており、予算要求も比較的認められやすいようである。予算削減への対応から開始された ABC であるが、 必要な予算が ABC により確保できることの意義は大きい。陸軍においては、ABC の対象が予算の 8 割近くを占めている。 陸軍における ABC では、旅団モデル、教育モデル、兵站モデルなどを設定しており、ポリシー→ミッション→アクティビティ →プロセス→アウトプットという流れからなっている。アクティビティの設定は公的機関にしては比較的細かいといえる。ABC の結果については部内のベンチマーキングに利用している。教育モデルについては、警察が陸軍の訓練施設を利用する 場合の費用算定にも適用している。 ABC は、戦略計画の作成にもメリットをもたらし、陸軍における重要な管理ツールとな っている。なお、ABC はいくつかの段階にわけられ、最初から外部向けの報告などの、高度な段階の使い方をすることは適 切ではないといえる。 ■ 3. 英国の公会計 本節では、政府における業績評価の手法として、イギリス会計検査院(National Audit Office:NAO)が実施している VFM 監査(Value for Money Audit:支出に見合った価値監査)を紹介する。この VFM 監査のポイントは、政府支出の経済性 192 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 (Economy)、効率性(Efficiency)、有効性(Effectiveness)を評価するいわゆる 3E 監査である。政策自体の価値についての判 断には踏み込めないものの、目的達成と資源の活用実態の両者について評価を行い、組織体制の持続的な改善を促進 する役割を確実に果たしていると評価することができる。 3.1. 業績評価システムとしての VFM 監査(Value for Money Audit) 3.1.1.VFM 監査の概念と原則 NAO によれば、この VFM 監査のポイントである、経済性(Economy)、効率性(Efficiency)、有効性(Effectiveness)は、慣例 によって次表のように定義することができる。 表 2.5-1 経済性、効率性、有効性の定義 経済性 適切な質に留意して、活動に用いられる資源のコストを最小化すること。 効率性 財・サービスまたはその他の結果によるアウトプットとそれらを生産するのに用いられた資源との関係。効率的 な活動は一定のインプットでアウトプットを最大化するかまたは一定のアウトプットでインプットを最小化し、そう することによって適切な質を維持することに適正な注意を払うこと。 有効性 目的が達成されている程度と意図したインパクトと活動の現実のインパクトとの関係 出所:「政府/非営利組織の経営・管理会計」 VFM 監査の目的は以下の2つである。 ①議会に対して、NAO が検査を行う省、機関などの団体がその資源を経済的、効率的かつ有効に活用しているかに関す る中立的な情報と助言を提供すること、 ②被監査組織が VFM を達成する際に業績を改善することを助力すること VFM 監査の原則は次表の 8 つである。 表 2.5-2 VFM 監査の原則 アカウンタビリティ 議会、最終的には納税者に対して、公的な資源が経済的、効率的、有効に用いられたか を明らかにする。 誠実性 NAO はその責務を、誠実、公正かつ真実性をもって遂行すべきである。監査に当たって は、証拠を収集する場合の説明義務と用いる判断尺度の一貫性を確保しなければならな い。 客観性と独立性 監査を行うに当たって、政府、政治的な利益団体などの組織と独立した立場を保持し、 監査および報告において政治的またはいかなる他の偏向を示してはならない。 付加価値の提供 議会および被監査組織に付加価値を与えなければならない。 能力 技能と経験によって適切な能力を有するチームが VFM 監査をしなければならない。 厳密性 完全性をもって VFM 監査に取り組まなければならず、認定事項と結論の基礎となる情 報を批判的に評価しなければならない。 忍耐力 監査を実施するに当たって、礼儀正しくかつ決然とした態度をとらなければならず、価 値ある事実認定と結論を生み出すのに必要な証拠を収集し、分析しなければならない。 明瞭なコミュニケー 作成する報告書が客観的で、その内容および表現のバランスがとれていて、信頼性があ ション り、明確で説得力のあるものでなければならない。 出所:「政府/非営利組織の経営・管理会計」 193 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ここで、とくに第 4 原則の付加価値について、議会および被監査組織に次の4つの付加価値を与えなければならない。 ①省をはじめとする政府機関がその資源をマネジメントするに当たって VFM を達成することができるように、中立的な情報 を提供すること ②重要な項目に対するすべての利害関係者の知識と理解を改善するために証拠収集と分析を行うこと ③経済性、効率性および有効性の改善を通じて財務資源の節約の範囲を識別すること ④費用有効的な改善を識別し達成する方法をはじめとして、被監査組織がその資源を管理し、プログラムを実施し、その 目的を達成する方法に新たな洞察を提供すること 3.1.2. VFM 監査の実施プロセス これらの原則にもとづいて、VFM 監査は以下の 9 つのプロセス、つまり、①VFM 戦略と監査対象の決定、②監査計画の 設定、③監査の実施、④報告書の作成、⑤協議、⑥報告書の刊行、⑦決算審査会(Public Accounts Committee:PAC)との 審議、⑧政府の対応、⑨追跡調査により運営される。 VFM 戦略の目的を有効に実施するためには、被監査組織の政策、プログラム、資源配分、マネジメント・プロセスの変化 をそれらに影響を与える外部要因に注目して定期的に監視することが不可欠であり、さらに以下の 10 項目にわたって改善 機会を検討すべきであることが指摘されている。 すなわち、 ①被監査組織の役割・機能、プログラムの複雑性 ②政策目的を追求する際に用いられる財務資源と資産の範囲 ③人的資源の水準と技能 ④組織構造の検討とその構造が被監査対象の役割と目的にもっとも適切であるかどうか ⑤一定期間にわたって適切な比較対象について、目標とベンチマークに対して測定された業績パターン ⑥組織文化、受託責任について十分確立された理念があるかどうか、 ⑦マネジメント・システムと情報テクノロジー・システムの信頼性、 ⑧政策目的、アウトプット、インパクトを達成する際の困難性、 ⑨コントロールまたはマネジメントの手続が失敗するか、またはプログラムが目的を達成しない場合に発生する否定的な インパクトによる損失の見積、コストの増加、収益の喪失、 ⑩目的とインパクトの達成を監視し、測定する信頼性のある情報の欠如 監査計両の設定に当たって、甫要な役割を果たすのが予備調査(Preliminary Study)であり、その目的は、以下の2つで ある。 ①監査実施の正当化と実施すべきか否かの確定、 ②監査を完全に遂行するための主要な計画文書の作成 これより、以下の 6 つの主要な観点が明らかにされる。 ①監査領域 ②監査項目 ③監査方法 ④監査実施のための資源調達方法 ⑤予想される調査結果 ⑥被監査組織との協議 監査の実施に当たっては、次の 3 点を重視すべきである。 ことが強調されている。すなわち、 194 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ①証拠の収集と分析、 ②監査プロジェクトのマネジメント、 ③被監査組織に対する情報の通知である。 証拠の収集と分析においては、次の 4 点に注意しなければならない。 すなわち、 ①証拠の入手源の独立性の程度 ②証拠とする際に適用される専門および技術的基準の質 ③証拠を用いる目的 ④とくにサンプルと見積を扱う場合の特定の問題については、到達した結論の妥当性と正当性 このようなプロセスを経て作成される監査報告によって、議会に対して経済性、効率性、有効性について中立的な情報、 助言、確認を提供することが可能になる。 以上より VFM 監査は、単なる業績評価手法にとどまらず、政府のアウトカム重視のマネジメント・システムを精緻化するき わめて有効な手法であるということができよう。 3.2. イギリス気象庁における VFM 監査 3.2.1. イギリスにおける業績評価手法としての VFM 監査 ここでは VFM 監査が実際にどのように実施されているのか。1990 年 4 月に防衛庁管轄の「ネクスト・ステップ独立行政法 入」となった気象庁(Meteological Office:MO)に対して実施された VFM 監査の事例をイギリス会計検査院(National Audit Office:NAO)の報告書『気象庁の業績評価』にもとづいて紹介する。 3.2.2. 気象庁に対する検査項目と検査内容 3.2.2.1. MO の目酌と業務内容 MO の目的は、「UK の軍隊と市民ユーザに有効で最新かつ能率的な気象サービスを提供すること」であると言える。さら に、これらの目的を達成するために MO が次のことを実施すべきことを明確にしている点が注目される。第一に、一層二一 ズが高まっているサービスの質および効率性の目標を積極的に達成することを目指すこと、第二に目的を経済的な方法で 達成するのに必要な能力および専門技術を達成する調査研究を追求すること、第三に省のガイドライン内で、サービス提 供による収益源となる商業販路を開拓し、追求すること、第四に、防衛省と合意を得た前進的な計画に照らして、その業務 に必要な建物および設備を維持し、更新すること、第五に目的達成のために、権限と責任を適正に評価し、適切な能力を 有する人材の採用、訓練、抜てきを可能とする優れた人事制度を実践するここ、である。 MO のサービス内容は次の 3 領域である。第一に、天気予報を提供すること、第二に、受注による予報サービスを行うこ と。顧客は民間航空管制局等であり、運行の効率性を最大化するため、天気予報による管制サービスの支援を求めている。 第三に、オープン・ロードサービスプログラムを実施している地方公共団体が冬期に道路の塩散布を決定するために気象 情報を提供すること。 3.2.2.2. 検査方法と業績測定基準 3.2.2.2.1. 検査対象と方法 下院決算委員会(Public Accounts Committee:PAC)が実施した過去の MO に関する審査の結果と独立行政法人の改善 と業績審査を期間ごとに実施する政策にもとづき、NAO は、資源の効率的な利用とサービスの質に関して MO の目標達成 度を評価するために、その検査の中心を MO の重要な全般目標である次の 3 点においた。 ①財務目的の達成 ②サービスの質 ③エイジェンシーの管理体制の開発状況 195 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 検査対象は MO の総コストの約 8 割を占める 3 つのサービス分野、すなわち防衛サービス、公共気象サービス、商業サ ービスに限定した。検査の方法は、MO が独立行政法人となってから、また可能な場合にはそれ以前に MO が達成した年 次業績を監査し、分析することである。しかし、目標は毎年変更される傾向があるため、NAO は MO の 1994-95 年の重点 目標とそれ以前の年度の業績を比較する方法をとっている。 3.2.2.2.2. NAO による業績測定基準の精緻化 NAO は、公共サービスおよび科学局(The Office of Public Service and Science)が提供する評価尺度と当初実施された 他の独立行政法人の評価にもとづいて、MO の業績測定体制の評価を行ったが、その尺度をさらに精繊化するため、レス ター大学のピーター・ジャクソン教授の支援を受けて、優れた業績評価システムに内在する特質の検討を実施した。ここで 明確にされた特質は、以下の3つである。 ①適切性(relevant):適切性は、情報利用者に、適切な時間の範囲内にかつ理解できる形式で、適切に提供され、しかも 組織の目的と明確に関連していなければならない ②拘束性(bounded):拘束性は、情報が、少数のもっとも重要な業績要因に集中すべきであること ③包括性(comprehensive):包括性は、検査対象とされた領域内において、すべての主要なサービスまたは業績が、個別に ではなく、指標または統計もしくは報告の構成部分として、網羅されなければならないこと これらの指標相互には、トレードオフ関係が存在するため、現実のシステムに適用する場合には、潜在的な費用と便益 を明確に識別して調査を行うことが重要である。さらに、これらの指標が、業績評価だけではなく、重要な全般目標を業務 レベルに段階的にブレイクダウンすることによって、組織の全レベルのアカウンタビリティを促進し、マネジャーにそれぞれ の責任を明確に割り当てるために活用すべきであることが提案されている。 3.2.3. 検査の結果 検査結果に関し、効率性、商業サービスにおける財務業績評価、サービスの質、ベスト・プラクティスの実施体制、組織 開発、質の改善提案の 6 点について検討する。 3.2.3.1. 効率性 3.2.3.1.1.MO の効率性測定アプローチ MO は独立行政法人となってから効率性について以下の 2 つの測定アプローチを用いていた。 ①正味経常費用の変化を測定するアプローチ ②サービスの質と量(アウトプット)およびコスト(インプット)の限界的な変化を考慮するアプローチ 第一のアプローチについては、①正味経常費用は総経費の 3 分の 1 を占めるにすぎない、②資本支出の見積額に左右 される、③計算が複雑であるため、年度末以後に計算されるのみであるという 3 点について弱点があったため、マネジャー が監視目的で用いるには限界があった。 これに対し、第二のアプローチは新しいアプローチであり、これにもとづき 1994-95 年の目標は「とくにサービスの質と量 の改善と単位原価の削減によって、個々の領域における効率性を 2%から 3%増加させること」と設定された。 3.2.3.1.2. NAO による問題点の指摘 NAO は、ビジネスに関する領域の効率性を 2.5%増加すべきであるという 1993-94 年と同一の MO の目標を基準として、 達成度を審査した。この効率性測定については、大蔵省のガイダンスにより、インプットの効率性(より少ない資源で同一の アウトプットを生産する)とアウトプットの効率性(同一の資源でより多くのアウトプット)との区分けがなされ、通常は少なくとも 効率性の 3 分の 2 がインプットの低減により獲得されることが求められている。しかしながら、防衛省の承認事項によれば、 MO は、年間の効率性改善の 3 分の 1 をインプットの節約により達成し、残りの部分は能力の改善、すなわちアウトプットの 改善によって達成することを目標としていた。これについて、NAO は以下の 2 点を重要な問題点として指摘している。 196 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 第一に MO ではその効率性改善の報告において、少なくとも防衛省が求めるインプットの節約による効率性改善の 3 分 の 1 を達成しているかどうかを示す記録を保持していない。さらに、NAO の分析によれば、テレコミュニケーション・コンピュ ータ領域と防衛サービス領域がともに全体の 4%の効率性改善のうち約 3%を達成しているが、これはほとんどアウトプットの 改善によるものである。よって、MO は目標とされているインプットの節約を達成していない。 第二にアウトプットの改善を財務的に、すなわち例えば数量と質に変換することは複雑かつ困難を極める。大蔵省のガ イドラインでは、アウトプットの改善はその有用性にしたがって財務的に評価することが求められている。つまり、顧客がサー ビス水準と正確性にすでに満足している場合には、実際の改善の価値はゼロと評価すべきである。だが、MO は、ユーザ ーに対する付加価値を評価せずに、すべてのアウトプットを同等の財務節約額としてカウントしている。 以上の検査結果においては、効率性がインプットの節約により達成されたのか、それともアウトプットの改善によるものな のか、アウトプットの改善を財務的に評価する方法が適切であったのか、という点に踏み込んで、分析が実施されていること が重要なポイントと言える。 3.2.3.2. 商業サービスにおける財務業績 3.2.3.2.1. 商業サービスにおける業績測定指標 独立行政法人となって以来、商業サービスの財務業績が MO においては重要な組織目標とされている。1993-94 年まで、目 標は売上収益であり、年々増加しているが、NAO は、問題点として、年間目標が一定した基準で設定されていないため、業績 が誤って評価され、時系列による業績評価が一貫性をもって行われていない傾向があることを指摘している。この目標設定と業 績評価のミスマッチは、商業サービスの効率性および売上高を基礎として設定される目標(例えば正味貢献利益)にも影響を与 える。よって、NAO は、業績評価のためにより一貫した信頼性のある基準を設定する必要がある、と勧告している。 この商業サービスの財務業績の測定指標について、MO は、利益目標を設定するだけでは売上高を生み出すために発 生するコストを説明しないため、商業サービスの財務業績の測定指標として不適切であると認識し、次のような改善を行っ た。具体的には、正味貢献利益を測定基準として設定し、商業サービスにより、中核および一般管理部門に 3.6 百万ポンド の正味貢献額を提供するという新たな目標を確立し、業績評価分析を行った。 データコストと MO の間接費を限界利益べ一スで配賦するこのアプローチを用いれば、1993-94 年については、約 40 万 ポンドの利益が算出される。MO は、さらに 1994-95 年に限界利益を 2.2 百万ポンド達成するという収益予算を設定した。こ れは確かに有用なアプローチとして評価できるが、目標値の設定に若干の問題がある。つまり、MO が他の企業にデータを 販売する可能性を度外視しており、ビジネス・べ一スの目標設定としては不充分である点が指摘されている。 また、1993 年に MO は気象商品の国際市場に関して独自に調査を実施し、市場におけるシェアを明確化した。調査結果 によれば、MO は気象サービスについて UK 市場の 70%超、グローバル市場においては 5.5%のシェアを有していた。しかも、 MO は他の国内気象サービスが稼得する収益と比較して約 2 倍の収益を得ていた。これより、NAO は、将来の利益を予測す るに当たって、MO が主要な競争上の脅威と好機を識別しているかどうかを検査し、次のことを認定している。MO では収益が 1998-99 年には実質単位で約 23 百万ポンドまで増加し、そのうち 16%は国際市場における売上高によるものと計画している。 この計画にしたがえば、総額で 22%、国際売上高では 3 倍の増加となる。しかしながら、NAO によれば、売上高の増加は必ず しも正味貢献利益の増加とは結びつかないため、より収益性ある市場に焦点を当てることと業務コスト低減に力を注ぐべきで ある。したがって、商業サービスについて、最大の利益をあげる活動を識別し、コストダウンを実行するため、同一または同様 のデータに基づいて数多くの顧客にサービスを提供する方法を検討すべきではないか、と指摘されている。 3.2.3.2.2. 業績測定基準に対するベスト・プラクティスの実施 さらに、NAO は前述した業績評価基準にもとづいて、MO が業績測定についてベスト・プラクティスを実践しているかに ついて検査を行い、次の 4 点を指摘している。 ①拘束性と包括性尺度に関しては、1994-95 年に、MO は全活動を包括する拘束性のある重要な全般資源目標を確立し た。全般目標と下位目標相互には明確な関係がなければならないが、効率性目標が一律にブレイクダウンされていない。 197 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ②適切性と妥当性尺度については、正味支出額、現金限度額、効率性、商業サービスの財務業績に対する目標が、組織 のアカウンタビリティにとって適切であり、すべて適正に監査されているが、効率性に関する目標には、数多くの業務領域 で目標がどの程度充たされれば十分かが示されていない。また、商業サービスの正味貢献利益目標には、当該領域の業 績を純利益額で示していないため、誤解を招く可能性がある。 ③一貫性尺度に関しては、MO が独立行政法人となって以来目標が変化し、年度ごとの比較が困難となっている。いった ん年度目標が承認された際には、その年度の業績は同一の基準で報告されなければならない。 ④信頼性尺度に関しては、業績測定の技術的な問題に関して、NAO が指摘した重要な事項は、MO が採用した予測の質 または量について、それらの改善から生じる効率性の「節約額」を財務的に計量化するアプローチに関するものである。一 般的には、業績データは独立して立証されなければならないが、MO の場合には、報告した業績について独立の証拠が存 在しない点に問題がある。 3.2.3.3. サービスの質に関する検査結果 3.2.3.3.1. サービスの質に関する検査対象と検査結果 NAO は MO のサービス目標の質に対する業績を以下の 2 つの観点から検討を行っている。 ①MO の質の改善作業 ②海外の同様の機関と比較するとどうか 検査対象とされた目標は第一に、24 時間全国予報放送にっいて少なくとも 84%の正確性を確保すること、第二に、顧客 満足度予報の正確性、適時性について、すべての業務計画目標の少なくとも 80%を達成することである。 第一の 24 時間全国予報の正確性については、NAO は、MO が独立行政法人となり、改善の範囲が限定されて以来、24 時間全国予報放送の正確性はわずかずつではあるが限界的に改善してきていること、目標は天候全般の有益な指標とな るが、気象学の基礎的な改善を評価するために他の目標が必要であることを指摘している。 3.2.3.3.2. 顧客満足度 MO は、顧客二一ズの満足度に重点を置いており、MO 自らまた委託により満足度調査を定期的に実施している。調査 の対象は、防衛サービスに関しては防衛施設の長、公共気象サービスに関してはメディア天気予報に対する一般公衆の 意見・全国気象警報サービスに関しては全国気象サービスを利用している組織、例えば地方公共団体、警察である。 これらの調査結果では、MO は防衛サービスについては一貫して顧客満足目標を達成しているが、目標設定が過小で あり、前年度の達成度玖下に設定されている問題点が指摘できる。 これについて、NAO は、質問票の設計と調査を実施する際のサンプリングおよび分析について妥当性の検査を行い、 公共気象サービスに関しては、調査はメディアによる予報をカバーしており、全国気象警報サービスでは十分信頼性のあ る結果を得るものであったが、防衛サービスに関しては、質問票が MO 自身の正確性評価を特定するものであり、匿名性を 保証するものではないという点で回答が影響を受ける可能性があるとし、よって、業績指標として必ずしも厳密なものとはい えないと指摘している。 3.2.3.4. 業績測定のベスト・プラクティスの実施体制 業績測定のベスト・プラクティスの実施程度に関して、NAO は業績測定尺度にもとづき、MO の業績測定体制は次の 4 点を行うことによって強化され、ベスト・プラクティスに緊密に結びつくことが可能であるとしている。 ①目標と相関するアウトプットに焦点を当てること ②過去の業績を考慮して、十分に課題として挑戦するに足る一定の目標を検討すること ③目標設定に整合性をもたせ、一定期間にわたって業績を測定する堅固な基準を提供すること ④報告された業績の検証をより客観的かつ独自に行うこと 198 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 3.2.3.5. 業績目標達成のための組織開発 NAO は、業績目標を達成するための組織開発に関して、MO が大きな成果を上げたと評価している。 独立行政法人のベスト・プラクティスとマネジメントの業績評価については、次の 2 点が原則とされている。 ①設定された現金限度額と目標の範囲内で、マネジャーが、スタッフと資源のマネジメントに関して自分自身の意思決定を 自由に行うことができなければならず、それを積極的に正当化しなければならない。 ②防衛省は、MO が正当化することができる場合には、柔軟性を尊重し、また拡張しなければならない。 事業会計(Trading Fund:TF)への移行に当たっての課題は、トップレベルの予算担当者が、その気象サービスに料金設 定を行う責任が直接にはなく、効率性を推進するインセンティブもないことである。これに対して、TF の下では、予算はトッ プレベルの予算担当者に委任され、このため、そのマネジメント領域内の観測所やサービス提供単位に設定される気象サ ービス予算明細書についてその費用の有効性を検討することが重要である。したがって、第 1 に、サービス提供価格の理 論的根拠、第 2 に、各サービス部門で共同研究を行うことにより、本部間接費についてさらにコストダウンの余地があること を検討することが必要である。 3.2.4. 政府のマネジメント・システムに対するインプリケーション MO については、PAC と議会により以前から予算総額のほぼ半分を占める本部間接費の各サービス間での公平な負担、 適正な価格決定という観点から検討が行われていたが、これを踏まえて、1990 年に独立行政法人となった MO の業務全般 について、NAO が包括的かつ精繊に VFM 検査を実施していることが以上の検討から明らかである。この業績評価手法に おいては以下の 3 点を中心として、精緻な分析とそれにもとづく勧告が行われている。 ①資源の効率的な利用、 ②サービスの質、 ③有効なサービスを提供するための管理組織の開発状況 ①と②については、MO が実施した業績評価方法とその結果について、PAC と議会の検討結果、レスター大学教授ピー ター・ジャクソン氏に依頼して明確化した業績評価尺度を基礎として、詳細かつ厳密に検討がなされている。また、③の組 織開発に関する検査は、きわめて大きな成果をあげたと NAO 自らが高く評価している点であり、この検査により、NAO が、 組織自体のベスト・プラクティスと管理者の業績評価を連携させ、マネジメント構造を合理化し、委任された権限とそれを行 使する責任を厳格に評価するシステムが不可欠であることを提言している。政府のマネジメント・システムを改善するために は、政府機関の目標設定と業績評価の連携の強化、目標設定レベルの審査、業績評価指標の開発レベル、業績評価報 告を客観的に検証可能なものにするようなシステムの構築が行われているかどうかという観点から、検討を行うことが不可欠 であり、これによってはじめて、コントロール機能を強化し、戦略目標に確実にフィードバックを行うことが可能となることをこ の VFM 監査の事例は示すものであると言える。 ■ 4. ドイツの公会計 4.1. 新行政運営モデル(NPM:New Public Management、 Neues Steuerungsmodell) もともとニュージーランドおよびオーストラリアにおける行政改革の一環として提唱された NPM の概念は、行財政の制度 疲労をどのように改革するかの問題をかかえるいくつかの国々と地域に比較的短期間のうちに広まった。 例えば、アメリカの National Performance Review、イギリスの Next Steps Initiative、スカンジナビアの Free Commune Experiments、オランダの Tilburuger Modell:Kontraktmanagement、そして、ドイツの Neues Steuerungsmodell があげられる。 このドイツの概念の基本には、行政は「住民統治手段としての機関」ではなく、「サービス提供企業」として、同時に、住 民は統治対象としてではなく「顧客」として理解されるべきであるという方向性が存在する。 こうした基本的思考は、行政のような公的部門においてもコントローリングの概念を援用することが必要であることを明らかに した。もともとコントローリング概念とは、企業において成果指向の計画のための意思決定と管理を支援するツールとして理解さ 199 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 れている。コントローリングが対象とするものは、戦略的であると同時に長期のスパンを意識した計画である。よって、この概念 は内部的な監督のシステム(Uberwachungssysytem)を形成する考え方でもある。当然ながら、計画のための戦略的意思決定と その管理、とくに包括的な監督システムには管理会計情報との関連を意識することが不可欠の条件となる。特に、原価および 給付に関する会計清報は、コントローリング概念と結びついて公的部門においても新たな意味をもつこととなる。 コントローリング概念のもとでは、予算策定は提供されるべきアウトプット、さらに、その基礎となる原価計算および給付計 算と必然的に結びつくこととなる。しかも、このアウトプットは、新行政運営モデルの基本的思考によって、より顧客すなわち 市民の満足度に重点を置くことを促進し、伝統的な経済性のみならずその効率性および効果性をも視野に入れたものとな る の で あ る 。 こ の 考 え 方 が 、 近 年 に な っ て 提 唱 さ れ 始 め た 「 作 用 指 向 の 行 政 運 営 (wirkungsorientierte Verwal-tungsfuhrung)」である。 4.2. 作用指向の行政運営と原価管理 作用指向の行政運営のための計算概念として、原価計算、給付計算、効果計算(Wirkungsrechnung)および便益計算 (Nutzenrechnung)の手法が提案されている。そこで、まず最初に、その前提的となる思考ないし概念構成について触れな ければならない。 この新しい手法においては、生産プロセス全体は計画プロセスおよび給付プロセスから構成され、さらに、計画プロセス は「必要性/需要」、「(政策)目標」、「生産計画」および「生産手段に関する計画」の順序を経て、給付プロセスは「生産手段 のインプット」、「製品のアウトプット」、「プログラムのアウトカム」および「顧客へのインパクト」を経て完結するという流れが考 えられている。 つまり、原価計算および給付計算は、効果計算からさらに便益計算にまで拡張されていくのである。 まず原価計算は「生産手段のインプット」にかかわり、給付計算は「製品のアウトプット」を対象とする。さらに、効果計算 は「プログラムのアウトカム」、便益計算は「顧客へのインパクト」までをも対象とするのである。 市民指向の新しい行政運営理念においては、原価計算および給付計算が、単に、伝統的な料金計算および経済性コントロ ールのツールとしてのみではなく、多様な観点を含めたコントローリング概念のなかに組み込まれていくこととなるのである。 ■ 5. 我が国に対するインプリケーション 以上のような諸外国の公会計における ABC および BSC 導入の動きを受けて、2002 年 6 月の閣議決定「経済財政運営 と構造改革に関する基本方針 2002」においては、「公的部門の効率化」として「効率的な事例を基準に効率化・生産性向 上に努める手法(ベンチマーキング)や、業務に要するコストを明確にする手法の一つである活動基準原価計算(ABC)な ど」について、各省・各地方自治体で「研究を開始する」とされている。活動基準原価計算(Activity-Based Costing;ABC) については、その後の経済財政諮問会議でも言及されており、最近では、2003 年 3 月 10 日の第 5 回会議で「民間企業の コスト管理手法の導入」(有識者議員提出資料)と、同 25 日の第 6 回会議の「構造改革レビュー」(内閣府提出資料)では、 「官房業務等については各省庁において」「取り組んでいるところであるが、今後」「他の業務への導入・展開が求められる」 とされている。これらを受けて、本年6月の閣議決定「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2003」においては、「予 算編成プロセス改革」の一環として、「各省庁は、ABC(活動基準原価計算)等のコスト管理手法への取組を一層強化する」 とされている。また、内閣府からの依頼に基づき、実務関係者の検討の用に供するため、専修大学の櫻井教授と静岡文化 芸術大学の南助教授とで、「活動基準原価計算(ABC)のわが国行政における導入事例集」をまとめ、経済財政諮問会議 のホームページに公表している。 従って、公的研究開発プロジェクトにおいて、BSC などの管理会計的手法を適用することはきわめて時宜を得た動きである。 200 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2. 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 2.3. 非営利組織の管理会計~大学を事例として~ 株式会社テクノリサーチ研究所 矢澤 信雄 ■ 1. 資材購入プロセスにおける活動基準原価計算の活用例 在庫管理手法の変遷を考察すると、コンピュータテクノロジーがどのようにしてビジネスの在り方を変えてきたかということ が明確にわかる。販売時点管理システム(POS;Point-of-sale)を活用した在庫管理、発注および配送のシステムは、企業に とって欠かすことができない手法である。 高等教育機関においては、現在使用時点管理システム(POU;Point of-use)による資材の在庫管理、発注および配送の システムが普及しつつある。しかし、営利組織における POS の普及に比べれば、ほとんどの大学の資材管理に、POU が十 分に広まっているとはいいがたい。 資材管理には、何を、いつ、誰が注文し、誰の承認を受けねばならないかという手続きおよびそれに伴う活動が存在す る。したがって、資材管理者には次のような疑問が生じてくる。 ①どんな資材が求められているのか。 ②ほんとうに必要な資材であるか。 ③価格は適正か。 ④資材に応じ購入プロセスはどのくらい存在するか。 ⑤特定のアクティビティが購入価格に直接関係するか。 ⑥購入獲得プロセスは自動化が可能か。 ⑦最適な資材購入モデルにもとづく資材管理プロセスはコストとサービス量との間のトレードオフを的確に示すか。 ⑧プロセスフローチャートに示された各アクティビティでの本来のコストはいくらか。 ⑨購買請求一購買発注プロセスは資材購入プロセスとの汎用的な統合が可能か。 ⑩資材購入は適宜にできるか。 ⑪資材の発注と配送との間のリードタイムはどれくらいか。 ⑫JIT の方法論を資材プロセスに適用することは可能か。 ⑬当該組織は正式な最適在庫コスト政策を有しているか。 ⑭資材の購入および管理費用はどのように調達されるか。 この種の疑問に対する回答は、資材管理プロセスの性質と範囲とを決定することになると考えられるため、コスト・マネジ メントにとっては重要な要因といえる。 以下において、資材購入業務に関して、プロセス内のアクティビティコスト・マトリックスを示すことでこれに対処しているアメ リカの大学の分析方法を参照しながらこの問題を考察する。 201 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 3.1-1 資材購入プロセスにおける活動原価(ペーパー・システム) (単位:ドル) プロセス内のアクティビティ 手当 需要費 小計 その他 合計 購買請求作成 3.25 0.85 4.10 0.00 4.10 部門長の承諾 0.25 0.00 0.25 0.00 0.25 副学(部)長へ送付 1.75 0.00 1.75 0.00 1.75 副学(部)長の承認 2.75 0.00 2.75 0.00 2.75 コントローラーへの送付 1.75 0.00 1.75 0.00 1.75 コントローラーの承認 1.10 0.00 1.10 1.15 2.25 事務局への送付 1.75 0.00 1.75 0.00 1.75 入札 5.85 1.01 6.86 0.00 6.86 合 18.45 1.86 20.31 1.15 21.46 計 出所:「政府/非営利組織の経営・管理会計」 例えば、オレゴン大学には Liberal Arts and Science という School(学部)的な性格の組織が存在するが、ここで例示される Liberal Arts College も一般に University のなかにこれと同様に位置づけられた学部と考えればよいと思う。オレゴン大学の カリキュラムの内容から判断すると、同学部にはわが国の 4 年制文系大学・学部の一般教養科目および文学部の専門科目 に対応するものが配置されている。 表 3.1-1 はぺ一パー・システムにおけるコスト形態、表 3.1-2 はペーパーレス・システムにおけるコスト形態を示している。 両者を比較することで、単なる活動原価の把握だけではなく、コストの重点が人件費から消耗品費や資本コストヘとシフトし ていくことも明らかである。 表 3.1-2 資材購入プロセスにおける活動原価(ペーパーレス・システム) (単位:ドル) プロセス内のアクティビティ 手当 購買請求の入力 2.95 学(部)長承認の入力 需要費 小計 その他 合計 0.55 3.50 0.00 3.50 0.25 0.05 0.30 0.00 0.30 コントローラー承認の入力 0.25 0.05 0.30 0.00 0.30 入札 5.85 0.00 5.85 0.00 5.85 減価償却費 0.00 0.00 0.00 1.25 1.25 合 9.30 0.65 9.95 1.25 11.20 計 (コンピュータ) 出所:「政府/非営利組織の経営・管理会計」 表 3.1-3 を作成するためには、2 種類のスプレッドシートを作成しなければならない。一つは、アクティビティスプレッドシ ートであり、もう一つは、プロセススプレッドシートである。 アクティビティスプレッドシートのコスト勘定欄には、各々の活動に関係する業務担当者ごとに発生額が記入される。また、 プロセススプレッドシートのコスト勘定欄には、アクティビティスプレッドシートで集計れたすべての業務担当者の合計金額 が、活動ごとに当該コスト勘定欄に記入される。 202 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 3.1-3 アクティビティスプレッドシート(ペーパーレス・システム) コストセンター 業務担当者 1 業務担当者 2 業務担当者 3 業務担当者 4 …… 業務担当者 N 業務担当者 合計 アクティビティ N アクティビティ 合計 人件費 賃金給料 スタッフ給付 専門的役務 需要費 旅費 交通費 食費 宿泊費 その他 応対費 消耗品費 公共費 修繕費 コンピュータ費 その他 小計 長期資本コスト 短期資本コスト 減価償却費 出所:「政府/非営利組織の経営・管理会計」 表 3.1-4 プロセススプレッドシート(ペーパーレス・システム) コストセンター アクティビティ 1 アクティビティ 2 アクティビティ 3 人件費 賃金給料 スタッフ給付 専門的役務 需要費 旅費 交通費 食費 宿泊費 その他 応対費 消耗品費 公共費 修繕費 コンピュータ費 203 アクティビティ 4 …… 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 その他 小計 長期資本コスト 短期資本コスト 減価償却費 出所:「政府/非営利組織の経営・管理会計」 ■ 2. 入学管理プロセスと学生募集活動における活動基準原価計算の活用例 2.1. 入学管理プロセス 入学管理プロセスは、入学業務プロセスを主要サブプロセスとして内包し、多部門がこれに関係する、大学業務におい てきわめて重要な意味を持つプロセスの一つである。その際のコストは一つの部門予算によって管理することはできない。 この問題を、アメリカの大学における入学管理プロセスを参考にして考察する。 プロセスは、一般入試(学力試験)が中心である日本の大学入試制度とはかなり異なるプロセスではあるが、入試形態が 多様化する昨今のわが国大学入試の現状を考えるとき、これを一つのケーススタデイとして提起する意義は十分にある。 米国の大学の入学業務遂行の場合には、日本の大学と比較して関係者が多方面に広がること、複雑に絡み合ったサブ プロセスのなかで専門的立場から時間や資源の多くを提供する関係者が存在すること、また時間の消費は比較的少ないも のの、プロセスの重要な部分で意思決定に参与する関係者の存在があること等が特徴である。 米国の大学の入学管理は、副学(部)長ならびに事務局次長といった立場の人が、学事および事務関係の指揮をとる。 彼らは、入学事務、学生、学生財務支援を統括する代表、学科カリキュラム委員会の委員長、集中講座の責任者、および マネジメントの運営データを正確な統計数値として管理するかなり地位の高い役職者といった人々から構成されたマネジメ ントチームを統率する地位にある。 全体的に学科は、入学基準点を制定し、SAT(Scholastic Aptitude Test)および ACT(American College Test)の足切り点 の調整等を行う。 入学管理チームの主要な職務は、入学と学生への助言活動を監督し、その進行を追跡し、必要とあらば、短期的変更 を提起し実行することである。 チームの定期的会議は、次のようなアジェンダになっている。 ①統計資料にもとづく現状報告をする。 ②入学に関する責任者による入学手続の予想数を提示する。 ③学生代表がこの予想数にもとづいて、学生寮の空き部屋についての見込み等を報告 ④財政支援の責任者は、財政的支援(とくに交付金)はどのように配分され、(もし、入学者数の予測が正しいならば)これが 正味授業料収入にいかなる影響をもたらすかに関する報告書を提出する。 ⑤事務局次長は、組織の総合予算の視点から(とくに、SAT と ACT の点数に合わせた財務データを配列することで、新入 生の正味収入モデルをリバイスして)これらの予測値の妥当性に対する評価を行う。 ⑥修正措置が必要な場合には、問題点が示され、検討の後、意思決定がなされ、特別な職務割当てが行われる。 2.2. 入学管理サブプロセスとプロセス分析の困難性 トータルコスト・マネジメントの視点からは、入学管理プロセスには、入学業務プロセス、学生支援プロセスおよびカリキュ ラム開発プロセスという 3 つの主要なサブプロセスが含まれていると言える。 大学の標準的な入学業務プロセスを下位プロセスに分割すると、計画と評議会での承認、準備、間い合わせへの対応 と志願者の受け皿作り、および入学志願者の開拓等に分けられる。 入学業務プロセスには、多くの活動が不可欠の要素として存在するので、一連の活動を修正しさえすれば、大学間ある いは学部間で、このプロセスを共有することは可能な場合もある。 204 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 しかしながら、大学の入学業務プロセスでは、入学カウンセラーが個々の志願者に割り当てられ、入学手続まで、あるい はその後においても志願者と行動を共にするという、非常に個別的な入学試験形態が展開される。 志願者への面接や評価等のプロセスを経て合否の正式決定に到達するには、複数の人々が関与するため組織内の複 数部署から情報が入る。さらに、担当者が志願者と繰り返し対話しなければならないフィードバックのプロセスも存在する。 そして、入学許可を受けた者が実際にキャンパスでレジストレーションを済ませるまでは入学プロセスが完了したとはいえな い。よって、すべてのプロセスを連続的な業務プロセスとして把握することは現実的に困難といえる。 また、コンピュータの活用がプロセス内の活動に影響を与える。昨今では、志願者がインターネットサイトにアクセスして、 入学と学生支援に関する重要な情報およびアプリケーションフォームをダウンロードし、E-mail を利用して、入学担当部署 へ直接志願書類を提出できるようになったところもある。 活動数を削除することが、トータルプロセスコストの削減につながることは明白である。IT 技術を中心としたアプリケーショ ンアプローチヘの動きは、間接費への依存を高める形でコスト構造に変化を生む。新規投資は一時的に新たなコストを生 むが、しかしトータルコストが短期的に削減される可能性は高い。 しかしながら、学生へのサポート活動は審査等に当たっていくつかのプロセスが包含された(packaging)で複合的に進行 する。したがって、効果の測定をする際には、業務担当者の雇用の問題とアクティビティとの機械的連鎖を分析することが 重要な点となる。 2.3. コスト・ベネフィット分析の必要性とプロセス分析 活動と効果とを有機的に関連づけることは、大学に管理会計的手法を導入する際の重要な課題である。 コスト・ベネフィット分析は、基本的にアウトプット指向であり、機能的観点からではなく、個別的プログラムまたは成果の達成 という見地から行われる。また、資源配分における技術的・経済的能率ということよりも便益に重点がおかれている。すなわち、 一定の費用でベネフィットを最大にするか、もしくは一定の効果を最小のコストで達成するということを目的としている。 これを管理会計を大学に適用する際に論じるべき重要なポイントの一つと考えるなら、プロセス分析に一定の方法論を 見出しておくことが必要となる。前述の入学プロセスでは、その分析に伴う多くの困難な問題点を指摘したが、この分析を 達成すれば、とりあえず、次のような効用を得ることができる。 ①特定の活動が何であり、どんな目的のためのものかということが明確になる。このなかで、不必要なもしくは見落としてい た活動が何かということが明らかになり、もっと効果的なプロセスが導かれる可能性が生じる。 ②特定プロセスおよび活動原価の計算は困難もしくは問題を多く含むものではあるが、プロセス内で発生する直接費を把 握することは少なくとも将来資源のよりよい配分を引き起こす助けとなる。 業務プロセスを分析する方法の一つにシナリオの記述がある。これは、ストーリーボードの作成に類似したもので、業務 担当者の今までの活動原価(歴史的アクティビティコスト)もしくは今後の活動原価(計画的もしくは規範的アクティビティコス ト)を記述する。 業務担当者が従事しているプロセス内にある多様な活動に対応したタイムワークシートによって示されたコスト分析によ って、高度に多様性をもった仕事に費やされた時間(食事と休憩時間を差し引いた後の時間)をほぼリアルタイムで計算す ることができる。活動内で消費された時間は、業務担当者の職務におけるトータルの負担分の割合で示され、この割合は 平均賃金給料もしくは総報酬金額に乗じられ、活動に該当する労務費が計算される。 2.4. 学生募集活動に対する活動基準原価計算の適用例 米国の大学では、入学カウンセラーの重要な職務の一つとして、学外で実施される学生募集のための出張がある。日本 でいえば、大学を PR するための高校訪問活動等に対応する。 カウンセラーは、入学希望者とその実家や高等学校等で面会する。このために多額の旅行に係わる予算が計上される 必要がある。 ところで、学生募集にかかわる努力が成功だったか否かを評価するにはどのような測定をすることが適切なのだろうか。 一般に入学管理には先に述べた費用・便益という次元が存在する。これは、活動の成果をどう評価するかで、出てくる答え 205 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 は異なってくる。 もし志願者が増加したと仮定すると、それをどの担当者の成果として評価すればよいのか。またこれらの志願者の何人 が入学を許可されるのであろうか。最終的に、入学を許可された者の内の何人が、個人、チームあるいはプロセスの努力の 成果であると評価できるのであろうか。最終的には、新しい学生を入学許可することによってどの程度のキャッシュ・インフロ ーが生じるのだろうか。 表 3.2-1 出張における2人の入学カウンセラーの項目ごとの業務所用時間 (単位:時間) 業務担当者 A 業務担当者B ホテルで生徒と面談 21 ホテルで生徒と面談 20 高校のカウンセラーと面談(高校 1) 1 高校で生徒と面談 15 高校のカウンセラーと面談(高校 2) 2 準備・計画 5 3 つのディナーに出席 5 男子卒業生と面談 2 志願者の家庭で面談 1 スタッフ・ミーティング 3 雑用 2 合 計 37 合 計 40 出所:「政府/非営利組織の経営・管理会計」 表 3.2-1 は、担当者 A および B に関する 2 つのアクティビティリストを比較したものであるが、2 人の入学カウンセラーは、 同じ出張のなかで、個々のアクティビティおよび特別任務に時間を費やす。もしも 2 人が、この出張に割り当てられた手当と して、404.85 ドルずつを均等に受け取ると仮定するならば、このコスト配分は、アクティビティごとに同表に示す時間にもとづ いて行われることになるであろう。 206 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2. 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 2.4. 会計手法としての合理性-研究開発の4つのタイプについて 株式会社テクノリサーチ研究所 矢澤 信雄 亜細亜大学 池島 政広 専修大学 田坂 公 前章における先進諸国での公会計に係わる調査において、政府公会計に ABC や BSC などの先進的会計手法の適用 が真剣に試みられている状況が認識された。この認識の上に立って、本章では公的資金が支出された研究開発において、 予算額を合理的に算定する手法の検討・分析を行う。研究開発に公的資金が支出されることの妥当性として以下の2点が あげられる。 ①研究成果により企業コストは特に削減されないが、環境コストなどの社会的コストが削減されることが期待されるような 研究開発プロジェクトへの支出については社会全体が負担するコストを削減するために公的機関が支出することが 妥当である。 ②身体障害者の生活を支援する機器開発のように、研究開発成果はユーザーの数が限られていることなどにより社会 的コストを大きくは下げないが、国民の生活の質(QOL)向上への貢献は明らかである研究開発は、福祉の観点から 公的機関が資金を支出することが妥当である。 ■ 1. RTD(Research and technological development) 1.1. 自律的基礎研究 本節においては自律的基礎研究におけるコストの側面について分析をおこなう。 1.1.1. 基礎研究と産業のリンケージ 科学の基礎研究においては近代以後、基礎研究から産業へいたる道が意識されるようになってから、基礎研究に用いられ る金額が飛躍的に増大した。基礎研究において考慮すべき点として、その研究が産業へと繋がり利益をもたらす市場内的研究 か、産業振興には直接結びつかないが、その研究が固有の価値をもつ市場外的研究かを区別する事が重要である。 歴史的には科学の推進力を完全に功利主義的な要因に帰することは誤りである。17 世紀頃までヨーロッパでは自然哲 学は立派な職業、高貴な職業とさえ見なされ、その後援者がそれを援助することは国家的栄誉と見なされていた。これが市 場外的研究のもつ文化的価値の意味である。 一方、市場内的研究の部分については近代的戦争と革命にその端を発する。例えば、フランス大革命後の革命政府は、公 式に科学の重要さを認め科学に多くのものを与えると同時に多くの便益を期待した。また、啓蒙専制君主は科学を後援したが、 ナポレオンは自ら科学の運営に当たった。これ以後、科学は生産機構の中にしっかりと取り込まれ、不可欠な部分となった。 前アメリカ大統領クリントンは、2000 年の予算教書において、当時、アメリカ経済の繁栄のもととなった技術の多くが、 1960~1970 年代の政府による基礎研究への長期的・継続的な投資の成果であることを指摘した。1960 年代の軍事技術や 207 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 宇宙開発の研究、1970 年代のがん研究など、国家によって進められていた技術開発の成果が、年月を経て、民間に移転 されることで、IT(情報技術)やライフサイエンスなどで高い技術力を生み出し、アメリカ経済を活性化する原動力となったの である。(「科学技術で日本を創る」、尾身幸次より) また、基礎研究の推進は、その成果の活用による経済の活性化という観点からだけでなく、世界最高水準の科学技術 創造立国としての人類の知的共有財産への貢献という観点からもその推進に努めるべきである(「科学技術で日本を創る」、 尾身幸次より)。 このように基礎研究は宝の山である。トランジスタは、ベル研の電子管部長ケリーがアメリカ社会が将来どう変わっていくか 考えたことが端緒となっている。彼は、遠く離れた人が自由に話し合いできる社会が必要であろうと考えた。これが 1930 年代 のことである。つまり、全米をつなぐシステムを作ることを考えた。現在の技術ではエネルギー消費等の面で不可能である。全 く新しいシステムが必要となる。何が必要かをショックレーという人材を捜してきて研究させた。お金はいくらでも出す、時間が かかっても構わないという環境で研究をさせた。ショックレーは優秀な人を集め実現するためのアイデアを出させた。アイデア に対しお金を出していき、失敗しお金が無くなっていった。固体素子に着目しトランジスタにつながった。最後に成功したの は固体表面の問題を基礎的にやらなければならないと言う事がわかった事がきっかけだった。このように、社会的ニーズを見 て基礎的な面から取り組んでいる。ケリーの偉い点は電子管部長なのに電子管を否定したところである。 生物学ではワトソン・クリックの核酸研究が注目すべき例である。きっかけはセレンディピティ(偶然)である。これは、ボー アに始まる。ボーアの弟子のデルブリックが生物学の方に入った。分子生物学が当時はやってきた、このように時代ごとの 学問の流れを考慮することも非常に重要である。 1.1.2. 市場内と市場外 公的資金における基礎研究においては、市場内の経済効果であれ、市場外の価値的側面であれ、とにかく結果におけ る合理性がなくては、国民に対する説明責任が果たせたとは言えない。ここで、経済的便益にしか国民が価値を認めない 国においては、経済的便益をもたらす可能性のない市場外的基礎研究を公的に行うことは不可能となる。国民が「真善美」 の文化的価値を認める資質を有する国においては、市場外的基礎研究の公的実施が可能になる。また、「真善美」の文化 的価値を追求する国家は諸外国の尊敬を受け国際的地位の向上をもたらす事もある。 1.1.3. リスク的側面 また、リスク(目標を達成するリスク)を考慮する事も重要である。例えば、陽子崩壊のみを検証する装置を税金により製 作することは非常にリスクが高い。この装置をわずかに改良する事により、より堅実なニュートリノ観測に使用できるのであれ ばリスクは低減する。このように安全確実なテーマを含む複数の目標設定を行う事もコスト削減の一方策である。 1.1.4. 理論研究と実験研 理論研究の原価計算は人件費以外の側面を定量化することはきわめて困難である。一方、実験研究においては、定量 的目標が設定でき、これから必要な設備スペックを逆算できる事も多い。例えば、測定精度を一桁上げる必要があるのであ れば、必然的にこの目標達成のための設備機器経費は増大する。 1.1.5. 達成目標と予算 達成目標が高ければ高いほど予算額は大きくなる。基礎研究において、目標を到達するに当たって必要な活動および 活動に付帯する費用を明確化しある意味で ABC のような方法論を適用することにより費用算定根拠を妥当なものとするの も一つの考え方である。これを OBC(Objective Based Costing、目標基準原価計算)と呼ぶ。 測定精度を一桁上げた計測研究ではそれに係わるコストは増加する。例えば、小数点一桁の測定精度を持つ体温計の 価格は千円程度であるが、小数点二桁の測定精度を持つ体温計は二千円程度である。また、目標達成までの期間が短い 研究には多額の資金を投入する事が必要となるが、同じ目標でも目標達成までに長期間を取れる場合にはより少額の資 金で達成が可能となる。このように、目標、達成時期、必要資金額等のスペックを明示したポートフォリオを作成し、選択肢 208 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 を国民に提示する事が基礎研究フェーズにおける基本的スタンスとなる。そして、国民が国の提示した選択肢の中から同 意できる研究計画を選択するというメカニズムがアカウンタビリティの立場からは望ましいと言える。 一番単純なケースを考えると、発表論文数を目標にしている場合が想定できる。この場合、この研究に妥当な投資額は 発表論文数×論文一本あたり平均コスト となる。ここで、「論文一本あたり平均コスト」は日本の公的研究資金とそれによって生産された論文数により算出したもので ある。他の定量的指標を目標に設定する場合には、その指標と発表論文数との何らかの相関関係が見出せれば必要研究 投資額の算出は容易になる。 例えば、彗星を発見する研究プロジェクトを想定する。1 年間に発見する彗星の数を設定される最上位の目標とする。そう すれば、この目標を達成するのに必要な望遠鏡の口径、天体捜索に必要な人的労働量などの主要なコスト決定指標が定 量的に決定できる。この指標の数字から、本プロジェクトに必要な予算額を算出することが可能となる。 深海探査プロジェクトの例では、主要なコスト決定指標は深海探査に必要な潜行艇の潜行深度と乗組員の人的労働と なる。この指標の数字から、このプロジェクトに必要な予算額を算出することが可能となる。 例1 彗星発見プロジェクトへの OMB の適用 彗星の発見 天体捜索に必要な人的労働量 彗星発見に必要な望遠鏡の口径 コスト 例2 深海探査プロジェクトへの OMB の適用 深海探査による新生物種の発見 乗組員の人的労働 深海探査に必要な潜行艇の潜行深度 コスト 209 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 挑戦目標 評価 国民の合意 評価 目標達成に必要なコスト 当該研究領域における必要人件費 実績値 必要経費 OBC(objective based costing) 図 4.1-1 OBC(Objective Based Costing、目標基準原価計算)の考え方 自律的基礎研究の分野においては明確な目標を設定せずに研究を行う探索研究(exploratory research)も存在する。 明確な目標がない研究の場合には OBC の手法を適用することは妥当ではない。 1.1.6. 探索研究の例 1.1.6.1. 何千・何万という可能性を創造し、検証して、世の中が待ち望む新薬候補を見つけ出す(例:非ペプチド性エンド セリン受容体拮抗剤の探索研究)。 1.1.6.2. 動物遺伝資源探索 地球的な規模で開発が進み、また経済的に有利な特定の家畜品種の寡占より、在来種、野生種などの貴重な動物遺 伝資源が急速に失われつつある。こうした状況において、多種多様な特徴を有する動物遺伝資源を早急に探索・収集・評 価・保存することが重要である。このため、農林水産省ジーンバンク事業動物部門の円滑な推進を図るための研究の一環 として、関係機関の協力のもとに遺伝資源の探索を行うとともに特性評価法が開発されている。評価方法としては、統計的 な方法によるものとマイクロ・サテライトDNAを用いる方法について研究がされている。統計的な方法は、体重、体高など測 定値をもとに統計的処理により品種の評価を行う方法であり、もう一つの方法は、マーカーとしてマイクロ・サテライトDNAを 用いて品種や系統の多様性を評価する方法である。 1.1.6.3. 植物遺伝資源探索 植物遺伝資源の探索収集を国内や海外で実施し、近年急速に失われつつある作物在来品種などの多様な遺伝資源 の収集と保全につとめる。また、種間や種内の多様性を明らかにするため、形態形質などの評価や DNA・蛋白質多型の分 析などの手法を用いて遺伝資源の解析を行う。さらに、種の変異・分化機構を解明するため、生殖的隔離機構に関連した 遺伝子に着目して研究を行う。この他、導入遺伝資源における有用変異の探索や、分子マーカーを使った育種素材の開 発にも取り組む。 1.1.6.4. 金属製錬プロセスの将来像の探索研究 金属製錬プロセス技術はこれまでに非常に発展しており、高度な技術となっているが、今後、原料の供給情勢、リサイク ル、環境問題によるプロセスへの種々の制約により、新たな生産技術の可能性を追求する必要がある。このため金属製錬 プロセスの将来像の探索研究が行われている。 210 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1.1.6.5. 超伝導新物質探索 超高圧等の極限環境を活用して、高い特性を有する新規な超伝導物質・材料の探索・開発研究を行う。探索された物 質について、構造解析、物性評価等を実施すると共に、その結果を合成実験へとフィードバックし、探索研究の効率化を 目指す。 (参考事例、日本学術振興会科学研究費補助金によるプロジェクト) テーマ名 非線形偏微分方程式 の大域的可解性と解の 漸近挙動に関する統 一理論 研究内容 非線形偏微分方程式全般に渡って、解の存在、一意性、安定性といった”適切性”につい て考察する。 時間局所的適切性から始めて、最終的には時間大域的適切性を統一的に研究し、新世紀 初頭に新たな理論を構築することを目指す。手法として、従来の関数解析学や変分学的なア プローチに加えて、最近の調和解析学の成果を取り入れることに本研究の特色がある。具体 的には、流体力学の基礎方程式班、波動・分散型方程式班、反応拡散方程式班からなる3つ の研究班を構成する。各班においてそれぞれ、ナビエ・ストークス方程式の弱解の正則性、フ ーリエ制限ノルムの方法および I-method による KdV 方程式、ベンジャミン・小野方程式の大 域的適切性における初期値の関数空間の拡張、シャドウシステムによるギーラー・マインハル ト方程式の解の挙動の記述などを中心的テーマとする。とりわけナビエ・ストークス方程式の大 きな初期データに対する時間大域的古典解の存在は、ミレニアムの数学難問題7題の1つとし てクレイ研究所が懸賞付き(百万ドル)で提唱している。また、ローレンツ計量をもつ多様体上 でのヤン-ミルズ方程式は、非線形波動方程式の初期値問題の大域的可解性に帰着され、 同研究所の懸賞付きのもう1題であるカラー・ゲージ理論の問題に深く関連している。このよう に本研究の対象は、非線形偏微分方程式のみに留まらず、リーマン予想と同等に取り扱われ ている数学全体に大きな影響を及ぼす話題である。 2003~2007 年度、予算総額 61000 千円 基礎研究における会計は参考にすべき市場価格がないという意味において軍需品や受注品の会計に類似している と言える。 1.1.7. 大学の役割 大学の役割には、先導的役割の側面と大衆サービスの側面がある。大衆サービスの側面への配慮は学生の満足度を 向上させ、ひいては、大学の収益確保につながる。一方、先導的役割の側面への配慮は長期的に見て社会を真に望まし い方向にリードするため民衆を啓蒙したり、社会に警鐘を鳴らすといった行為につながる。 一般に我が国では、大学の役割は「教育」と「研究」にあるとされているが、米国などでは、大学の持つ第3の役割として、 「サービス」あるいは「社会参加」の重要性が広く認識されており、外部の公共的な機関から委託を受けて、コンサルタント やシンクタンクと同様に、調査や研修などの業務を実施している。我が国における少子高齢化を念頭に置き、将来増大す るであろう途上国からの留学生対策に関連して言えば、米国でも開発援助予算は縮小傾向にあるが、一部の有力大学で は、途上国開発に関する業務を米国援助庁や国際機関から多数受注しているようである。このように途上国開発関係の業 務を受託、実施している大学について見れば、大学関係者が実践的な調査研究を行ったり、開発事業の現場で主体的に 関わったり、助言や評価を行ったりすることにより、実践的なノウハウを蓄積し、途上国からの留学生が多数を占めるキャン パスでの「教育」や「研究」にも還元されることにより、教育や研究の国際競争力をさらに高めるという循環が出来上がってい る。他方、これまで我が国では、援助関係機関からコンサルタント企業が途上国開発関係の業務を受託する事はあっても、 211 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 米国のように大学が積極的に受託に動くという事例はまだ例外的にしか見かけることができない。これは国公立大学の契 約行為にいろいろな制約があったこと、私立大学も含めて一般にまとまった時間を途上国の現場で過ごすことが教育指導 の都合上できにくかったこと、大学の役割に関する認識にも相違があったことによるものと考えられる。このように、一方では 「大衆迎合」的な大学の社会参加活動は現在の主流となっている。他方、見逃してはならないのは大学は 10 年先 20 年先 の社会変化を予測し来すべき未来社会をより良きものとするための息の長い研究を行うという「社会先導」的な役割を期待 されている側面があるという事実である。 1.1.8. まとめ 本論考では、科学基礎研究フェーズにある研究活動に対する公的な関与を正当化するロジックを考えた。基礎研究は 社会のポテンシャルであり、市場内的部分においては富をもたらす「宝の山」である。しかしながら、この宝を手にすることに は僥倖(セレンディピティ)の要素が深く関与しており、研究を実施する前にその経済的効果を予測することには困難がある。 一方、市場外的部分においては「真善美」の文化的価値を国民が認めなければ公的基礎研究を行うことは極めて困難とな る。経済的価値であれ文化的価値であれその目的に国民が公的支出をいくらまでする事に合意するのかが公的基礎研究 推進のポイントである。また、この国民的合意形成のシステム構築が将来的には重要な事項となると考える。 1.9. 戦略的研究開発 本節においては戦略的研究開発におけるコストの側面について分析をおこなう。 1.9.1. 科学研究のネットワーク これは日本が国際競争力を高めるために、国を挙げて資源を集中的に投入すべき戦略的な分野における研究開発のタ イプである。科学技術のシーズ面から、将来の有望な分野を切り開く科学研究として期待されているものである。 総合科学技術会議は、科学技術の戦略的重点化を進めていくために、基礎研究に加えて「ライフサイエンス」「ナノテクノ ロジー・材料」「環境」「情報通信」の 4 つの分野を決定した。この中でも、とりわけ「ライフサイエンス」と「ナノテクノロジー・材 料」は技術の有望性から選択されたものである。これら戦略的分野は直ぐに商品化を目指すと言うことではなく、新たな産 業を創出する基盤となる技術を見つけていくことである。 従って、個々の研究機関がこの戦略的分野の研究に重点的に取り組むことは言うまでもなく、それ以上に大事なことは、 異なる研究をしている研究機関がネットワークを組んで、協力体制を創りあげていくことである。そして、個々の研究機関の 研究能力の総和を超えたシナジー効果を発揮していかねばならない。このようなネットワークを束ねていくにはリーダーの 資質およびマネジメントの仕方が大きく関わってくる。 ヨーロッパにおいても、Networks of Excellence の視点で、個々の卓越した科学技術をもつ研究機関がお互いにネットワ ークを組んで、特定の研究トピックでリーダーシップをとっていく気運が高まっている。 ネットワークによる研究活動を続けて、その中から産業化や商品化のイメージが固まり、それを次に説明する大きな国家 プロジェクトとして計画的に推進していく「計画的開発研究」に乗せられる研究テーマが見つかれば大成功であろう。 ここでは事例として、ライスサイエンスに関係する「複合生物系等生物資源利用技術開発」と「ゲノムインフォマティクス」を 取り上げてみることにする。 1.9.2. バランス・スコアカード的思考法 公的資金により運営される研究開発の目的は基本的に利益を最大にしていくことではない。戦略的分野設定のなされた 科学研究では、国が戦略的に重点を置いていく領域の基盤となる技術の開発、あるいは新たな産業を創出する技術を見 つけていくことが課題となる。この戦略目標を達成していくために、以下の図に示したようなバランス・スコアカード的思考法 で、研究開発に携わるメンバーの仕事に落とし込んでいかねばならない。ここでは、「顧客の視点」が最上位のものとなって 212 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 くる。つまり、個別の企業を超えて産業界全体に貢献できる基盤技術の開発、そして最終的には国民生活が豊かになって いくという視点で考えることが大事である。まず、このような意識の共有化がネットワークを組む場合に必要となってくる。この 下に、組織の中のプロジェクトの進め方、あるいは産学官の連携の速やかな推進の方策などの仕事の進め方を考えていく ことである。この仕事に当たる組織メンバーを人材の育成という視点から人事評価やインセンティブ・システムなどを考えて いく必要がある。さらに、掲げた具体的な戦略目標を達成するためのコストをきちんと算定していくことになる。その際には 十分なるコスト意識をもって、常に実績との見直しを行なっていく必要がある。 顧客の視点 (産業界に貢献、国民生活を向上) 仕事の進め方の視点 (産学官連携の仕組みなど) 戦略目標 財務の視点 (国が戦略的に重点を置く領域の基 (コスト意識) 盤技術の開発、新産業の創出) 人材育成の視点 (インセンティブ・システムなど) 図 4.1-1 バランス・スコアカード的思考法 1.9.3. 4 つの視点からの考察 公的資金が相当導入されている「複合生物系等生物資源利用技術」と「ゲノムインフォマティクス技術」を事例として取り上げ 検討していくことにする。前者の「複合生物系等生物資源利用技術」はバイオ技術の中でも国際競争力が高く、我が国の強み を発揮している注目すべき分野である。逆に、後者の「ゲノムインフォマティクス」は国際競争力が低い分野といわれている。 1.9.3.1. 顧客の視点 公的な資金を導入する以上、個別の民間企業ではリスクが高いが、産業界全体に貢献、さらには国民の生活の向上に 意味のあるものでなければならない。複合生物系の研究では新規遺伝子の検出方法や環境調和型の製品への応用など 広範囲の利用が考えられる。ゲノムインフォマティクスの研究は人の生命に直接関わる医療、医薬品の開発に繋がるもので あり、国を挙げて緊急性・重要性が極めて高い研究開発である。このような事例を踏まえて、将来の市場規模はどの程度見 込まれるのか、さらには国際的な厳しい競争の中で、どの程度意味のある特許を保持しているか見極める必要がある。 1.9.3.2. 仕事の進め方の視点 戦略目標を着実に実行するには、やはり仕事をどのように進めているか見ていく必要がある。複合生物系の研究では、 強力なリーダーの下に運営が行なわれていた。事業目標をよくチェックして、実施者間での有意義な情報交換を進めてい た。ゲノムインフォマティクスの研究では、対照的に全体を纏めるプロジェクト・リーダーを置かずに、独立して個々の研究を 進めていた。推進委員会で調整とのことであるが、不十分であったようである。産学官の連携の仕方を含めて、リーダーの あり方、全体を纏める推進委員会の開催の頻度などを見ていく必要ある。 213 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1.9.3.3. 人材育成の視点 研究開発の成果自体は、やはり実施する研究者が熱意を持って研究に取り組まねば出てこない。従って、彼らにいかな るインセンティブを与えていくか、きちんと対応していく必要がある。ポスドク対策、フェローシップ制度など整備していくこと である。そして、彼らを公正に評価していくための人事評価システムを確立しなければならない。評価の基準として、博士号 取得、インパクトを与える発表論文数など取り上げる必要がある。 1.9.3.4. 財務の視点 公的な資金を導入していく際にも、やはりコストの意識を持つ必要がある。複合生物系の研究では、研究途上で進捗状況 を見ながら、成果を厳しく評価して、次期の実行予算にメリハリをつけている。当初の期待された成果と実績の差、さらには策 定された予算とその実績を見て、それなりの対応を速やかにとっていく必要がある。そして、費用対効果を見ていく姿勢が重 要である。応用可能性が高くなってきた場合、公的な資金と個別企業の資金の割合をどうするかという問題が生じてくる。 1.9.4. 成果とコスト 戦略目標を達成するためのコストを算定する。そして、目標が達成されているか否かという視点でコストと成果を見直す。 前述のバランス・スコアカード的思考法でマネジメント体制を検討することになる。 戦略目標 目標達成に必要なコスト 期待される成果 BSC(バランス・スコアカード) 成果 実績値 図 4.1-2 成果とコストの関係 「複合生物系等生物資源利用技術開発」プロジェクトは NEDO の運営で平成 9 年から 5 年間で総額 7,741 百万円となっ ていた。委託先は(株)海洋バイオテクノロジー研究所と(財)バイオインダストリー協会で、再委託先はインドネシア技術評 価応用庁、共同研究先は産業技術総合研究所である。なお、研究内容は大きく「複合生物系解析・分離技術」と「複合生 物系利用技術」に分かれ、トータル 26 と多くのテーマに取り組んでいた。研究場所も数箇所にして、出来る限り情報やアイ デアの共有、機器の相互利用に努めていたようである。テーマグループ間の競争原理も導入し、毎年きちんと研究評価を して、それを基に次期の予算の増減(最大 50%の増減)に反映していた。 以上の知見から、コストを合理的に判定していくには、まず、戦略目標を達成するのに必要な研究分野の研究者の人数 に係わる人件費、特にネットワークを組んでシナジー効果を発揮するような異分野の構成に注意する必要がある。それから、 ネットワークの質を高めるために共同研究や情報共有のための研究会のような会合に係わるコストを見る。なお、目標の効 率的な達成のために、研究機器などは共有化可能か否かよくチェックする必要がある。 このプロジェクトの成果としては蛍光消光を用いた新規遺伝子の検出やゲルマイクロドロップ法による難分離・難培養微生物 の新規分離培養法の開発など、これから国を挙げて取り組むべき大型プロジェクトの具体的な課題を生み出したことである。た だ、成果の定量的な把握は難しいが、大まかな費用対効果は考えておかねばならない。例えば、今回のプロジェクトのあるテ ーマに関連して、アブラヤシの病原菌早期検出アラームシステムが実用化されれば、年間数百億の経済効果が期待できると予 想している。これはパームオイルの生産量は 1,730 万トン(1997 年)に達し、この生産コストが 29,000 円/tであるので総額 5,000 億になる。一方で、栽培されているアブラヤシの 7~8%が茎枯れ病に汚染されているからである。 「ゲノムインフォマティクス」プロジェクトは NEDO が企業、大学、その他の研究機関から研究開発実施者を公募し、少数 精鋭の研究開発主体を選定して、それぞれの研究開発を実施するという競争的環境の下で行なうものであった。平成 10 214 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 年からスタートし 5 年間の計画で予算総額は 7,278 百万円である。このプロジェクトは「ゲノム比較解析技術」「遺伝子配列 情報のモデル化技術」「遺伝子発現頻度情報解析技術」「転写制御解析技術」の 4 つに分けられている。これら技術は正 に生物学とコンピュータサイエンスとの融合であるので、製薬企業や大学の医科学研究所と情報に関連する企業や大学の 電気通信分野の研究室との交流がポイントとなってくる。 このような研究ではコスト面で異種技術分野の研究者の必要人数から割り出す人件費、特にこの領域の研究は世界で の競争が激烈であるので、時系列的にどのような分野の研究者が必要であるか速やかに判断しなければならない。今回の プロジェクトでは、中間モニタリング評価で 3 年経過した時点で判断すると、インフォマティクスが少なすぎるとの指摘がなさ れている。実用性、独自性の高いソフトの開発に力を入れるべきとのことである。 従って、グローバルに激烈な競争状況にあり、いつ状況が一変するような領域では、はじめから計画期間をもっと短く、さ もなければ計画の見直しを速やかに行なうことが不可欠である。 ■ 2. イノベーション 2.1. 計画的開発研究 本節においては計画的開発研究におけるコストの側面について分析をおこなう。 2.1.1. 大型のプロジェクト・マネジメント これは、商品化のイメージ、あるいは実用化の目処が立ったときに、シーズから接近していくタイプである。ただし、この研 究を成し遂げるには余りに長期でしかも莫大なコストが掛かって、個別企業の採算ベースには乗らないリスクの高いもので ある。もちろん、多額の公的資金を投入する以上、国として価値の高い研究であることは言うまでもない。安定したエネルギ ーの確保に係わる研究はこのタイプの代表例であろう。ここでは、石油公団が取り組んできた「高精度イメージング技術」を 取り上げてみることにする。 国にとって価値の高い最終目標の達成に向けて、計画を立ててステップを踏んで進んでいくことになる。効率的なプロジ ェクト・マネジメントが実践されなければならない。 2.1.2. 大型プロジェクトのプロセス管理 実用化の出口(ターゲット)へ向かって、シーズを大事に育て上げていくことである。このプロセスは、大きくは研究と開発 のステージから構成されている。前者のステージは、研究者の研究の自由性を出来る限り尊重して、目標に向かって研究 に突き進んでいくよう方向付ける。予算面からは多少柔軟性を持って臨むことである。後者のステージに進んだら、厳格に 管理してスピーディに進めていく必要がある。年度ごとに見直して、当初立てた予定通り進んでいなかったら、その原因を 調べてきちんと対応しなければならない。他の競合するプロジェクトの進展具合によっては、臨機応変に計画を軌道修正 することも必要になろう。 「高精度イメージング技術」プロジェクトは平成 10 年からの 5 年間で事業費は 1,225 百万円であった。共同研究先は石 油資源開発(株)、(株)地球総合科学研究所で、費用の公団負担率は 75%である。 この研究は、近年、岩塩ドームなどに代表される複雑な地質構造を持つ地域においても油ガスを対象とした探鉱が行わ れるようになってきて、精度の高い地質構造のイメージを得る技術の開発が必要になってきたことによる。このような技術に 係わるソフトを開発することがこの研究の具体的な目標である。 2.1.3. 成果とコスト 使い勝手の良いソフトや独自の機能(急傾斜面・断層面を強調する反射角制限機能など)を付加したものを開発できたことは 成果であった。ただ、この研究中に、類似のソフトが海外で開発されてしまった。このようなソフトの開発はやはり開発期間がもう 少し短くても良かったと感じられる。しかしながら、このような状況の変化を踏まえて、直ぐに国内石油会社が実際の探鉱で使用 している生データを用いて開発に取り組み直したことで、前述の独自な機能を持ったソフトが生まれたと言えよう。 215 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 コスト面においては、このようなソフトを開発するには高性能のコンピュータが必要で、個別企業ではこのコスト負担に耐 えられないので公的資金を投入する意義はあると思える。ただし、現状では費用対効果に疑問は残る。このソフトを利用す るユーザーがどのくらいあり、投入した費用がどの程度回収されるかの見当を前もってつけておく必要があろう。 計画的開発研究では、予想される市場の規模を把握して、それとの兼ね合いでコストを考えていく。目標を達成するよう 年度計画に沿って予算を配分する。そして、大事なことは、計画通りに進んでいるか定期的にチェックし、予期せぬ出来事 には柔軟に対応していくことが必要となる。 計画目標 期待される経済 的・社会的成果 目標達成に必要なコスト プロジェクト・マネジメント手法 成果 実績値 図 4.2-1 計画的開発研究における成果とコスト 2.2. 実用化研究開発 本節においては実用化研究開発におけるコストの側面について分析をおこなう。実用化研究開発においては、そのコス ト分析の有効な手法として原価企画があげられる。ここでは、原価企画の適用対象を通常の私的原価から社会原価にまで 拡大してライフサイクルコストに係わる社会原価企画の概念を提示し、事例的に許容される研究開発額の上限の算定を試 みる。 2.2.1. 原価企画の概略 2.2.1.1. はじめに 原価企画は、1960 年代のはじめに、トヨタが「カローラ」の開発から始めたとされ、現在では管理会計として認知されてい る戦略的コスト・マネジメントのシステムである。本稿においては、原価企画の概略に触れ、次にトヨタが誇る高級車「セルシ オ」誕生秘話にみるチャレンジ精神と原価企画の関係について述べる。その発想を用いて、実用化応用研究と原価企画を 結びつけて考えることができるのではないかという提案を行う。最後に、当該提案についての課題を述べる。 2.2.1.2. 原価企画の意義 原価企画とは、新製品開発にさいし、商品企画から開発終了までの段階において、目標利益を確保するために設定さ れた目標原価を作り込む活動のことである。通常は、次の等式が成り立つ。 許容原価 ≦ 目標原価 ≦ 成行原価 許容原価とは、売上高目標から目標利益を差し引いて計算される、開発当初の希望原価である。この原価は、積上げ 式の計算ではなく、「目標売価-目標利益」という理想値をもとに計算されることから、現時点においては達成不能である可 能性もありえる。 成行原価とは、従来どおりの経営活動で発生すると予想される見積原価である。 目標原価とは、許容原価と成行原価とを比較して原価低減目標を定めた上で決定する実現可能な原価目標値である。 言い換えると、成行原価は製造サイドの事情で計算された原価、許容原価は経営者サイドの事情で計算された原価、 目標原価は両者を調整して、擦り合わせた結果、達成可能値として計算された原価のことである。 216 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2.2.1.3. 目標原価の範囲 目標原価の設定で対象となる原価範囲について、企業の実態はどうであろうか。神戸大学管理会計研究会[日本会計 学会編,1996,127 頁]の調査によると、ほとんどすべての企業が直接費を対象範囲に含めている。製造原価に広げている企 業も 6 割を超えている。総原価までを目標原価の対象とする企業は、現在のところそれほど多くはない。なお、ユーザー・コ ストまでも対象にする企業は極めて僅かではあるが、すでに存在していることは注目に値する。そこで目標原価としてどのよ うな費用を対象とすべきかを直接費、製造原価、総原価、ライフサイクル・コストと 4 つに分類して検討する。 2.2.1.3.1. 直接費 直接費とは、特定の新製品に直接跡付けできる費用である。素材費や買入部品費だけでなく、特定の製品に跡付けで きる費用であれば減価償却費はもちろんのこと、物流費も直接費である[伊藤,1995]。この直接費を対象に原価低減するこ とは当然考えられる。しかし、サプライヤーからの購入部品が多い場合には、目標原価の達成は特定の企業だけの問題で はなくなる。サプライヤー側での原価低減が目標原価の達成に大きく寄与するからである。サプライヤーとの相互信頼関係 を樹立しながら、目標原価を達成するということが大きな問題となるのである。 2.2.1.3.2. 製造原価 直接費だけでなく間接費も加えて、新製品の原価低減対象を製造原価全体とすることも十分考えられる。製造原価とす るには間接費の配賦問題が発生する。確かに、間接費を特定の製品に配賦することはそれほど単純ではないが、すでに 示した実態調査で多くの企業が製造原価を対象に目標原価を設定していた。伊藤[1998]間接費の合理的配賦を行うには、 活動に基づく製品原価算定として開発された ABC(Activity Based Costing;活動基準原価計算)が有用であると指摘する。 原価企画への ABC の活用により、より合理的な目標原価が算定できると考えられるからである。 2.2.1.3.3. 総原価 総原価とは、製造原価に物流費や品質保証費などの販売費・一般管理費を含めた費用である。目標原価は原価低減 のターゲットであるとともに価格決定にも関与する問題である。目標原価の設定として割付法か統合法を採用しているとき、 予定価格から導かれた許容原価に基づいて目標原価が決定される。この予定価格の設定はまさに価格決定の問題である。 価格決定は原価だけで決まるわけではないが、手余り状態であれば直接費だけの回収、手不足状態であれば全部原価の 回収を考える必要がある。このときの全部原価こそ総原価である。 2.2.1.3.4. ライフサイクル・コスト ライフサイクル・コストとは、製品の企画、開発、設計、購買、生産、販売、使用、廃棄にわたるすべてのプロセスで発生す るコストを対象にするという考え方である。ソーシャル・コストも含められる。その特徴は、メーカー・コストだけでなく、ユーザ ー・コストをも扱う点である。確かに、ユーザー側で発生する使用コストや廃棄コストは、製品企画の段階で十分検討すべき 事項である。たとえば、ユーザーの使用環境、使い方、使用年数などをシミュレーションして、ユーザー・サイドのトータル・ コストを下げる必要がある。伊藤(嘉)[1992,1995]は、理想的、理論的には、ライフサイクル・コストのすべてを対象として展 開されるべきであると主張する。また田中(雅)[1992]は、使用コストを目標原価の対象においている企業が存在することを 実態調査している。 2.2.1.3.5. 若干の私見 筆者は、これまで自動車完成車メーカーは、これまでの原価企画においてもユーザー・コストの一部を目標原価に組み込 んでいたのではないかと考えている。たとえば、自動車完成車メーカーにおいて、燃費のよい車、故障の少ない車、小回りの 効く車の開発は、ユーザーの燃料費、修繕費などのランニング・コストの削減に役立っていると考えることもできると考える。 メンテナンス・フリーやランニング・コストの低さはこれまでの設備や機械メーカーのセールストークに入っていたものであり、 今後は製品の性能だけでなく、ソフトを含めたうえでの使いやすさが、顧客満足にとっても大切になっていく時代に至っている 217 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 と考えるべきであろう。このようにユーザー・コストは目標原価にすでに考慮されていると考えてよいのではないかと思う。 さらに廃棄コストも「企業が負担すべきコスト」として認識すべき時代に至っているといえる。2001 年 4 月から施行された家 電リサイクル法により、家電メーカーは、自社製品のリサイクルが義務付けられることになった。理想ではなく、現実問題とし て各メーカーはその対応が求められる。今後ともこのような法的規制が強まってくると、廃棄コストも当然認識せざるを得なく なるのである。 環境経営に重点をおいている企業も増えてきた。21 世紀の企業は、グリーン資材調達、リサイクルやリユースのしやすい 製品開発を迫られている。このような状況が変化しているときに、目標原価の範囲からライフサイクル・コストならびにソーシ ャル・コストを排除するのではなく、それをどのように目標原価に組み込んだらよいのかを考える時代に入ったと考えるべき であろう。 2.2.2. 原価企画のケース・スタディ~トヨタ「セルシオ」の衝撃的な発売(1989 年) トヨタの車にセルシオ(欧州名ではレクサス)という高級車がある。「頂点であること。あり続けること。」をキャッチフレーズ に掲げ、文字通り、トヨタが世界に誇る車であり、あのビル・ゲイツも乗っていると言われている。現在では不動の地位を築き ある車のひとつである。 トヨタは「セルシオ」の開発(初代セルシオ;1989 年発売)にあたって、メルセデスベンツ S クラスをターゲットにしていた。 初代セルシオを世に送り出したとき、メルセデス首脳は「わが社の計算からすると、あれだけの機能を備えた高級車をあの 価格帯で発売できるはずがない」と舌を巻いたという。というのも、メルセデスベンツならば当時 1,000 万円はする価格帯の 車種を、トヨタは 700 万円台で発売してきたからである。 もちろん、セルシオを発売するまでに、トヨタは相当の努力を重ねたという。私見であるが、セルシオ開発が成功した理由 について、管理会計的な観点を交えて分析してみたい。 2.2.2.1. 新製品のタイプと技術力 当時、トヨタはカローラのような大衆車の市場には、世界的な実績を残していた。しかし、高級車の市場は出遅れていて、 メルセデスベンツや BMW といった市場に食い込むことができていなかった。その理由は、カローラとセルシオの新製品開 発における位置づけの違いであった。新製品開発においては次のような考え方が支配的である。 表 4.2-1 新製品のタイプ別分類 顕在的ニーズ 潜在的ニーズ 既存技術 新技術 改良型新製品 革新型新製品 (例:カローラの開発) (例:セルシオの開発) 創造型新製品 (例:燃料電池車の開発) (出所)Freeman, Chris(1994): The Economics of Technical Change, Cambrige Journal of Economics, no.18, pp.463-514.筆者一部修正。 トヨタにとって、カローラは既存技術の改良で新製品(改良型新製品)を開発し発売することができた。しかし、高級車の 市場となると作る部品の性能、機能、仕様、品質に至るまですべて既存の技術ではまったく開発できなかった。市場という のは少しでも違うと、類似市場でもまったく異なるコンセプトが必要である(わかりづらければトヨタの車が FⅠレースで簡単 には勝てないことを想起すべし)。つまり当時のトヨタにとってセルシオは、技術力をアップさせない限り、製造できない車 (革新型新製品)だったといえる。トヨタの挑戦はここから始まった。そこでトヨタは次のような手段を行った。 2.2.2.2. トヨタのセルシオ開発のための戦略 2.2.2.2.1. 技術者(エンジニア)の意識改革と技術力アップ戦略 トヨタは、高級車の感覚を、日本人が本来持ち合わせていないことを克服しなければと考えた。なぜなら日本にとって、 218 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 車の文化は後進市場であり、なんといっても高級車を作る感覚を技術者自身が持ち合わせていないことに気がついたから である。技術者は田舎で育ってきた人もいる。実家にベンツがあったという人が技術者になるとは限らない。 そこでトヨタはセルシオ開発プロジェクトに選抜したエリートエンジニアを、ビバリーヒルズの豪邸で生活させ、ゴージャスな 生活感覚をまず味合わせた上で、同時に車の開発を進めた。エンジニアは本物のお金持たちがどんな感覚で生活し、意 識をもっているかを体験したのである。その感覚をクルマ作りに生かそうとしたのであった。 2.2.2.2.2. 原価企画の実施 さらにトヨタでは、トヨタが活用した新製品開発マネジメントツールとしてセルシオ開発にも「原価企画」を活用した。前述し たが、原価企画とは、「製品の企画・設計・開発に遡って、製品と同時に原価ならびに利益を作りこむ活動」である。同業他 社のクルマの部品を研究し、同じ機能を保持する部品をより安いコストで開発するための研究を重ねた。その結果、他社が 追随できないような低価格でも利益を生み出せる高級車を開発することに成功した。革新型新製品開発として、原価企画 を活用し、技術力アップをはかることによって成功をおさめたといえる。 2.2.3. 実用化応用研究への原価企画の適用 2.2.3.1. 原価企画の適用可能性 トヨタ「セルシオ」開発サクセス・ストーリーは実用化応用研究にも適用することができる余地がある。以下、実用化応用研 究において原価企画を活用する可能生への期待について述べる。 トヨタにとって、セルシオが立ち向かう世界は、「市場のニーズはあるが、技術力がないため進出できない」領域であった。 つまり技術力をアップさせない限り新製品を作ることができなかった。そのため、ターゲットとなる製品と自社製品とにどれだ けの能力差があるかを徹底的に分析した(=ベンチ・マーキング)。つまり現在の自分の実力よりも相手(他社)の方が上で あることを認めた上で、どうすれば追いつけるのかを懸命に調べ上げて、最後は相手を抜いてしまったのである。これは、 革新型新製品開発として、原価企画を活用し、成功をおさめた好例といえる。 実用化応用研究の場合、市場規模が 3,000 億円で市場規模に対する研究開発の寄与度が 10%とすれば、研究開発予 算額は 300 億円が上限となる。この 300 億円の研究開発予算を、原価企画では許容原価とみなすこととなる。この予算額の 枠内で競合する技術より安価なコストの技術や新製品を開発していくことが、ここでの原価企画活動といえる。これは革新 型新製品の開発に近いのではないかと予想される。目標原価は、厳しいが技術的には到達可能であれば、挑戦目標とな るはずである。 したがって、決して不可能な技術開発ではなく、原価企画活動として、達成可能なフレームワークとして捉えうる。 2.2.3.2. 課題 実用化応用研究へ原価企画を適用する場合、少なくとも次の 3 つの課題を克服する必要があると考える。 第 1 に、公的資金と民間企業との出資のバランスをどうするのか、という問題がある。実用化初期には公的資金で 100% 研究を行い、だんだん市場化に近づいていくと、公的資金の割合を減らし、民間企業が自前で資金を出す割合が増加す るのが一般的と考えられる。公的資金と原価企画の兼ね合いを論理的に説明することが、今後の大きな課題の 1 つと考え られる。 第 2 に、原価企画における目標原価の範囲の問題である。原価企画の目標範囲を絞る方が、原価企画の効果は上がり やすい。しかし、実用化開発フェーズにおいて原価企画を活用すると、目標原価の範囲は、製造原価のみならず、販売 費・一般管理費、ライフサイクル・コストおよびソーシャル・コストを含めて考えていくことになる。ソーシャル・コストの測定は 技術的には難しいが、原価企画の効果を目標原価としてどのようにして測定していくかについては、慎重な議論が必要と なろう。そこで次のような仮説例を考えてみることにしよう。 219 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ☆事例研究:原価企画活動における CO2 排出削減量効果と公的資金導入の上限設定方法 ソーシャル・コストが測定できるのであれば、その金額に公的資金を補助的に投入することで、原価企画の目標原 価算定を補完することが考えられる。平成 11 年度の『運輸白書』(1-2-12 図,p112)によれば、NEDO による「革新型 軽量構造設計製造基盤技術開発」(2010 年)を行うことによって、重量軽減目標が掲げられている。これを自動車で 考えた場合、オイルセービングは 16.1 万 kl、CO2 排出削減量の効果は 39.4 万トンに相当する。400 ドル/トンととらえ る場合、50,000 円/トンとなるので、 394,000 トン×50,000 円/トン=19,700,000,000 円=197 億円と産出できる。 このデータに基づくならば、2010 年から 5 年にわたり、当該プロジェクトを実施し、かつ当該金額が年々197 億円の 社会的コストを節約することができると仮定しよう。その場合、加重平均資本コスト率(WACC)を以下のようにみなす と、5 年間の節約額を貨幣の時間価値(DCF 法)を考慮して設定することができるようになる。 WACC=5%とみなせば、年金現価係数=4.3295(r= 1 − (1 + r ) − n r ) 197 億円×4.3295≒853 億円(5 年間で公的研究資金を出資する上限額) WACC=10%とみなせば、年金現価係数=3.7908 197 億円×3.7908≒747 億円(5 年間で公的研究資金を出資する上限額) 2010 年から 5 年間、上記金額を上限として公的研究資金を出資すれば、上記の CO2 排出削減量を達成できる計 算となる。 未来型新製品としての自動車の開発に 853 億円(WACC=5%)を上限として公的資金を導入し、この出資額をマ ーケットシェアにもとづいて各自動車メーカーが受け取った場合、これがソーシャル・コストに相当することになる。たと えば、マーケットシェア 40%の自動車メーカーであれば、853 億円×40%≒341 億円を受け取ることになる。つまり原 価企画において、目標原価の範囲としてソーシャル・コストを測定することは決して不可能ではなく、公的資金を論理 的に投入することで、原価企画活動の能力が高められるといえる。 第 3 に、市場内部的な課題および市場外部的な課題と原価企画との結合の問題である。市場内部的な課題と市場外部 的な課題とでは、公的資金の導入方法が異なる。市場内部的な課題であれば、外部競争価格が存在する。したがって、原 価企画の出発点となる目標売価の設定が立てやすく、市場内部的な課題について原価企画を活用して取り組むことは効 果的である。一方、市場外部的な課題であれば、外部競争価格が存在しない。これをどうやって設定すればよいかは、国 家レベルの政策的課題となろう。目標原価を売価から割り付けていく控除法的発想では困難である。この場合、技術者の 積上げ原価(成行原価)が重視され、原価の細分割付をコスト・テーブルによって、どこまで正確に行えるかが課題となる。 2.2.4. まとめ 本稿においては、原価企画の概略に触れ、実用化応用研究と原価企画とを結びつけて考えることができるのではないか という提案を行った。仮設例として『運輸白書』(平成 11 年版)の資料を用いて、二酸化炭素排出削減量と公的資金を導入 するための方法を掲げた。これによって、原価企画を適用しながら公的資金を導入していくプロジェクトの予算額算定を行 う可能性を示した。 220 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2. 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 2.5. NEDO 研究評価データベースに基づく研究成果の分析 嘉悦大学 加藤 敦宣 ■ 1. はじめに 本稿の目的は,研究開発活動のコスト算定基準を定量的に考察することにある。はじめに,研究開発活動に対するアカ ウンタビリティーの問題について言及する。ここではなぜアカウンタビリティーが求められているのか,遂行するに当たって の問題点は何か,などについて簡単に言及する。3章では実証分析を行うに際してのデータプロフィールとデータハンドリ ングについて述べていく。ここでは NEDO のデータセットをどのように生成したかについて説明を行う。4章ではレコードとな る研究プロジェクトが,どのような分布特性を持っているかについて言及する。5章および6章では先のデータセットを用い た実証分析を行う。研究開発投資額と研究成果の関係性を明らかにしていく。7章では本稿でのファクトファインディングを 要約するともに,そこから今後に必要と思われる施策について私見を述べることとする。 1.1. 公的資金を用いた研究開発活動の説明責任 研究開発活動は不確実性が伴うために経済活動との適合性が低い。経済学的見地に立てば「市場の不完全性」と呼ばれ, 市場競争原理が働きにくい領域に位置付けられる1。このため企業による研究開発活動には自ずと限界があり,それを補完す る術として「行政関与」の正当性が見出される。例えば,現状ならばガソリンエンジンで必要十分であるはずの自動車におい て,燃料電池によって走行する自動車が開発された経緯などの事例が挙げられる。このような理由により基礎研究を中心とす る研究開発活動において,これまで多くの公的資金が導入されてきた2。また,その結果として我が国の社会基盤は富みに充 実し,国として自律的な高い競争力を生み出す仕組み(NIS:Natioal Innovation System)を構築するに至った。 しかし,今日になって政府が公的資金を適正に使用しているか否かについて,納税者をはじめとするステイクホルダーか ら,より厳密な説明が求められるようになった。政府も自らの予算執行について,積極的に説明を行う姿勢を整えている3。 我が国の研究開発活動に関して焦点を絞ると,1995 年施行の「科学技術基本法」に基づき 1996 年に「第1期科学技術基 本計画」がまとめられ,現在は 2001 年の「第2期科学技術基本計画」が実施されている状況下にある。そして,1997 年策定 の「国の研究開発全般に共通する評価実施方法の在り方についての大綱的指針」が,この実効性を高めるためにガイドラ インとして存在している。ここでは①評価基準・過程が外部からも分かる透明性のある明確な評価の実施方法の確立,②第 三者を評価者とする外部評価の導入,③国民に評価結果等を積極的に公開するなど開かれた評価の実施,④研究開発 資源の配分への反映等評価結果の適切な活用が謳われている。 また,1997 年の行政改革会議の提言を受け,2002 年より「政策評価法」が施行されている4。この法律は各政策の監督省 庁が「事前評価」と「事後評価」を行うことを特徴としている5。同法に基づき研究開発施策においては,当初の研究目的や 1 2 3 4 5 行政改革委員会「行政関与の在り方に関する基準」(平成8年 12 月 16 日)において詳細がまとめられているので参照されたい。なお, 同本文中において「行政関与の可否に関する基準」は,①公共財的性格を持つ財・サービスの供給,②外部性,③市場の不完全性, ④独占力,⑤自然独占,⑥公平の確保,の6つの基準に集約されている。 例えば,我が国における国防費を除いた研究費の政府負担割合は,2000 年度の調査では 21.2 パーセントであり,これは米国の 14.8 パーセントやイギリスの 17.7 パーセントよりも高い水準にある。 このような動きは我が国に固有な動向ではなく,欧米先進諸国に共通する社会的動向である。著名なものとしては米国の GPRA など が挙げられる。税に対するアカウンタビリティーが求められた結果,行政関与におけるブラックボックスを可能な限り排除し,費用対効 果を高めることが期待されている。 行政機関が行う政策の評価に関する基本的事項等を定めることにより、政策の評価の客観的かつ厳格な実施を推進しその結果の政 策への適切な反映を図るとともに、政策の評価に関する情報を公表し、もって効果的かつ効率的な行政の推進に資するとともに、政府 の有するその諸活動について国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的としている(同法第1条より)。 研究開発活動では事業費 10 億円以上のものが事前評価の対象となる。 221 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 研究目標と照らし合わせて,どの程度の有効性や効率性を持ち合わせていたのか,分析評価を実施することが義務付けら れた。また,研究結果を単に広く開示するに留まらず,研究意義や研究内容を分かり易く開示することが求められている6。 そして,施行後3年以上5年以内の間に,政策評価計画の見直しを行うことが定められている。2005 年はその再検討の 期間に該当し,各省庁では具体的な計画を新たに策定する必要がある。中でも課題となっているのは定量的な評価手法 の在り方である。今回,本稿が担当しているのは,実際の研究成果を研究予算と組み合わせることにより,予算と成果の関 係について標準的な目安を明らかにすることにある。すなわち,将来の競争力の源泉となる研究開発活動において,必要 十分な予算のための合理的な算定基準を見出すこと,これが本稿の研究目的となっている。 ■ 2. 分析対象とデータハンドリング 本研究では,NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究プロジェクトを研究対象として選定した。これらを選 定した理由としては,①公的資金の導入された研究開発活動であること,②定量的分析に堪え得る十分なデータセットが 入手可能なこと,③成果内容が担保された公開データであること,などが挙げられる。同機関の研究プロジェクトはホーム ページにて報告書のすべてが公開されており,その閲覧に際して制限は一切設けられていない。このため追跡調査が随 時可能になっている。また,公開されている研究プロジェクトのすべてが,外部組織である「技術評価委員会」により中間評 価および最終評価が加えられている。このため我が国で行われている研究開発活動に対する評価において,極めて高い 客観性と透明性を備えている点が特徴である。 分析対象は平成 13 年度分,平成 14 年度分,平成 15 年度分の評価報告書が記載されているすべての研究プロジェクト である。これらの研究プロジェクトには中間評価と事後評価がそれぞれ存在している。本稿では最終的な研究成果を確定 されたものという観点から事後評価のみを抽出し,中間評価の研究プロジェクトは分析から捨象している。これにより平成 13 年度分 9 件,平成 14 年度分 26 件,平成 15 年度分 31 件となり,全サンプルは合計 66 件となっている。 続いて,研究プロジェクトに関して説明を加えたい。個々の研究プロジェクトは研究期間も研究投資額も異なり,これらを 考慮せずに比較分析するには問題がある。そこですべての研究プロジェクトを年間ベースに統一して基準化している。例 えば,ある研究プロジェクトが3年間で 12 億円の研究予算を利用し,90 件の特許を申請していたとすれば,研究予算4億 円,特許申請件数 30 件という具合に年間ベースでレコード化されることとなる。これにより年度および研究期間の異なる 個々の研究プロジェクトが標準化され,実証研究におけるデータセットとして比較分析が可能になっている。 また,成果変数として用いた特許件数については,特許申請件数ベースでカウントを行っている。従って,特許権を実際 に有している研究プロジェクトは,それよりも下回るケースもあると考えられる。また,論文件数については査読のあるものと ないものが報告書に併記されている。本稿では評価報告書の内容を精査し,査読付き論文のみをカウントしている。これに より論文件数の質的内容を担保している。 表 5.3-1 プロジェクト件数の年度別構成 研究プロジェクト数 6 13 年度 9 14 年度 26 15 年度 31 総計 66 経済産業省(2002)「経済産業省技術評価指針」 222 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 3. 研究プロジェクトの基本的なプロフィール NEDO の研究プロジェクトは3億円未満の研究プロジェクトが,全体の 35 パーセントを占めている。また,全体の約 70 パ ーセントが年間投資額6億円以内の研究プロジェクトで構成されている。一方,10 億円を超えるような大型の研究プロジェ クトは,全体の 15 パーセントを占めるに過ぎない。ヒストグラムを観察すると分かり易いが,全体に左よりの分布を持っている。 数多くの小規模な研究プロジェクトと若干の大型プロジェクトとで構成されていることが分かる。従って,年間予算3億円から 6億円の範囲にある研究プロジェクトが,標準的な研究開発マネジメントの対象であることが分かる。 次に研究プロジェクトの期間であるが,4年を研究期間とするものが最頻値となっており,全体の 36 パーセントを占めて いる。また,4年までを研究期間とする研究プロジェクトは全体の 72 パーセント,5年までを研究期間とする研究プロジェクト は全体の 81 パーセントを占めている。従って,研究期間は4年から5年の中間というのが標準的なプロジェクトの姿であると 考えられる。 ■ 4. 研究投資の効果が現れ始めた論文件数 年間研究投資額と年間論文件数のあいだには,分析していた当初においては,十分な関係性を見出すことはできなか った(決定係数:0.334)。このため学術的な波及効果と研究投資というのは独立した関係にあり,少なくとも予算的な側面か らは促進要因として,十分に作用しないものと結論付けていた。しかし,年度ごとの年間平均論文数を比較すると,13 年度 4.1 件,14 年度 17.4 件,15 年度 16.7 件とやや開きがあることが認められた。このため平成 15 年度のみを再抽出して回帰 分析を行った。その結果,モデルの適合性が大幅に改善された(決定係数:0.607)。これは 13 年度の異常値が除去された ことにより,モデルの適合性が高まったものと考えられる。モデルの予測式は以下の通りである。 (R2=0.6067) Y= 0.2695X+0.5024 また,同様に平成 15 年度分のみを抽出し,英語で書かれた海外論文の件数を説明変数とした回帰モデルを組んでみた。 こちらは2次式のモデルの適合性が高かった。 Y= 0.0011X2 - 0.0204X + 4.6643 (R2=0.5068) このことからは幾つかのインプリケーションを導き出すことが可能である。1つは年間 10 本程度の論文生産性を持った研 究プロジェクトには,年間4億円程度を研究予算として計上することが妥当である。また,論文数そのもの生産性は研究投 資額と比例的な関係にあるが,その中に占める海外論文の数は研究投資額と級数的な関係を持つ。従って,研究投資額 が増えるとグローバルな知的普及過程により高く貢献していく。被引用論文件数などがメルクマールに用いられる機会が増 え,研究者のアカデミズムへの貢献度やインパクトが重要視されるようになってきた。このような社会環境の醸成が良好なフ ィードバックとして,研究者達のグローバル化を後押ししているものと推察される7。 表 5.5-1 研究投資額から予測される論文件数 7 年間研究投資額 論文件数 海外論文件数 2億円 5.9 件 4.7 件 5億円 14.0 件 6.4 件 10 億円 27.5 件 13.6 件 15 億円 40.9 件 26.4 件 20 億円 54.4 件 44.6 件 文部科学省科学技術・学術政策局の「我が国の研究活動実態に関する調査報告」では,研究者の社会意識についても詳しいアンケー ト調査が行われている。 223 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ■ 5. 集中的な研究投資が有効な特許件数 年間研究投資額と年間特許件数のあいだには,研究開発投資金額が増加すると,特許件数には級数的な増加傾向を 見せている。従って,特許件数を研究成果の中心に据える場合には,研究プロジェクトへの集中的な研究投資が有効であ る。重点研究領域で厳しい国際競争に晒されている研究プロジェクトでは,積極的な研究予算の配分を行うことがこの結果 からは支持される。ヒトゲノム解析競争のときに見られたような失敗を繰り返さないためにも,研究予算の弾力的な運用を可 能とする臨時予算執行システムも構築するべきであろう8。なお,凹型の2次曲線となっていることから,年間2億円から5億 円程度の研究予算を組んだ場合には,特許件数においてさほどの差が出ていない。このことから特許件数が成果目標とし てで少なく設定されている場合には,研究投資額の効率的な運用が十分に可能であると考えられる。 Y= 0.0014X2 - 0.0803X + 3.6677 (R2 = 0.7271) 表 5.6-1 研究投資額から予測される特許件数 年間研究投資額 特許件数 2億円 3.5 件 5億円 3.2 件 10 億円 9.6 件 15 億円 23.1 件 20 億円 43.6 件 なお,複合生物系など一部の研究プロジェクトにおいて,他と比較して極めて高い研究成果を生み出しているものが見 られた。今回の調査範囲ではカバーされていないが,研究メンバーや研究テーマなど定性的要因も,時間をかけて精査す る必要性が窺われる。研究プロジェクトのマネジメント手法において,費用対効果を高めるような新しいインプリケーションを 得られる可能性がある。 ■ 6. おわりに NEDO のデータベースに基づき,研究開発活動のコスト算定基準について,回帰分析による考察を行った。その結果と して,論文件数は研究投資額と比例的に増加していくのに対し,特許申請件数は級数的に増加していくことが認められた。 なお,論文件数の中に含まれる海外論文件数は,研究投資額の増加に伴い級数的な増加を見せている。このことから論 文件数において研究投資額は,研究内容の質的向上や国際的なプレゼンスの向上を促すと考えられる。また,研究投資 額に対する論文件数と特許件数の目安であるが,例えば,年間研究投資額が5億円程度で平均規模の研究プロジェクトの 場合には,査読付き論文件数は 14.0 件,そのうち海外論文件数は 6.4 件程度,そして,特許件数としては 3.2 件が年間ベ ースで必要要件となる。 なお,研究開発活動の効率性に対して研究者のマインドは,僅かな期間の内にかなりセンシティブに反応している。研究者 は公的資金を無駄遣いする「象牙の塔」の住人ではなく,社会的関係性を十分に認知した存在と考えられる。その背景としては 近年,論文の被引用件数などが着目されるようになり,アカデミズムにおける貢献度,インパクトなどが問われる機会が増えたこ となどが理由に考えられる。社会システムから得られる良好なフィードバッグが,研究プロジェクトを良質的かつ効率的なものへ と押し上げている。この点に関して説明責任を求める姿勢と,それを果たそうとする意義が見出される。 研究者には公的資金の導入を受ける以上,成果目標を具体的かつ明確に設定することが求められる。実際,今回の研 究対象においても他と比較して,明らかに研究成果の見劣りするものが認められた。適当な研究成果でお茶を濁すような 8 榊佳之(2001)『ヒトゲノム』岩波新書. 224 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 研究プロジェクトに対しては,十分な説明責任を果たすことを求めることも必要である。また,研究開発活動は期間が長期 に渡るために,マネジメントがどうしても冗長に陥りやすい。研究管理者が研究プロジェクトを効率的かつ効果的にマネジメ ントすることは当然のことであるが,予算を策定・監査する側もフェイズごとに評価可能なマネジメントシステムを構築してい くことで,真に効率的な公的資金の運用が図られるものと考えられる。 ■ 参考文献 ・ 大隈和彦(2004)「経済産業省研究開発施策の事後評価に関する分析」政策科学研究所. ・ 尾身幸次(2003)『科学技術で日本を創る』東洋経済新報社. ・ 行政改革委員会(1996)「行政関与の在り方に関する基準」. ・ 科学技術会議(1997)「国の研究開発全般に共通する評価実施方法の在り方についての大綱的指針」. ・ 経済産業省(2002)「経済産業省技術評価指針」経済産業省. ・ 榊佳之(2001)『ヒトゲノム』岩波新書. ・ Joe Tidd,John Bessant,Keith Pavitt(2001)Managing Innovation,John Wiley & Sons.ジョー・ティッド,ジョン・ベサント, キース・パビット(2004)『イノベーションの経営学』NTT 出版. ・ 文部科学省(2001)『科学技術白書』財務省印刷局. ・ 文部科学省科学技術・学術政策局(2004)「我が国の研究活動実態に関する調査報告」. 20 18 プ ロ ジ ェ ク ト 件 数 全サンプルの70パーセントを占める 16 14 12 10 全サンプルの15パーセントを占める 8 ( 6 件 ) 4 2 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 年間投資額(百万円) 図 5.7-1 年間研究投資額の分布状況 225 1600 1800 2000 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 5.7-1 研究プロジェクトの研究年間投資額 (百万円) 平均値 最大値 最小値 標準偏差 13 年度 52 99 10 34 14 年度 57 194 9 49 15 年度 60 166 8 49 総計 58 194 8 48 表 5.7-2 研究プロジェクトの研究投資総額 (百万円) 平均値 最大値 最小値 標準偏差 13 年度 2,606 8,763 321 2,737 14 年度 2,556 11,162 170 2,789 15 年度 2,532 6,639 151 2,121 総計 2,552 11,162 151 2,500 25 全サンプルの70パーセントを占める 20 プ ロ ジ 15 ェ ク ト 10 件 数 5 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 年数 図 5.7-2 研究期間の分布状況 表 5.7-3 研究プロジェクトの研究期間 (年) 平均値 最大値 最小値 標準偏差 13 年度 4.8 9.0 2.0 2.4 14 年度 4.7 17.0 1.0 3.6 15 年度 4.1 10.0 2.0 1.6 総計 4.4 17.0 1.0 2.7 226 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 200 180 y = 0.3421x - 2.8652 R2 = 0.3341 160 140 年 120 間 論 文 100 件 数 80 ( 件 60 ) 40 20 0 0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200 -20 年間研究投資額(百万円) 図 5.7-3 研究投資額と論文件数の関係 70 y = 0.2695x + 0.5024 R2 = 0.6067 60 50 年 間 論 40 文 件 数 30 ( 件 ) 20 10 0 0 20 40 60 80 100 年間研究投資額(百万円) 120 140 図 5.7-4 研究投資額と論文件数の関係(平成 15 年度のみ) 227 160 180 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 40 35 y = 0.0011x2 - 0.0204x + 4.6643 R2 = 0.5068 30 年 間 海 25 外 論 文 20 件 数 ( 15 件 ) 10 5 0 0 20 40 60 80 100 年間研究投資額(百万円) 120 140 160 図 5.7-5 研究投資額と海外論文件数の関係(平成 15 年度のみ) 表 5.7-4 研究プロジェクトの年間論文数 (百万円) 平均値 最大値 最小値 標準偏差 13 年度 4.1 15.5 0.0 5.4 14 年度 17.4 178.0 0.0 37.5 15 年度 16.7 66.3 0.0 17.1 総計 15.5 178.0 0.0 26.9 表 5.7-5 研究プロジェクトの総論文数 (百万円) 平均値 最大値 最小値 標準偏差 13 年度 14.4 50.0 0.0 17.6 14 年度 48.3 254.0 0.0 71.8 15 年度 69.4 265.0 0.0 72.3 総計 54.6 265.0 0.0 70.3 228 180 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 60 50 y = 0.0014x2 - 0.0803x + 3.6677 R2 = 0.7271 年 40 間 特 許 件 30 数 ( 件 ) 20 10 0 0 50 100 150 年間研究投資額(百万円) 200 250 200 250 図 5.7-6 研究投資額と特許件数の関係 60 50 y = 0.0013x2 - 0.0795x + 4.4964 R2 = 0.7542 年 40 間 特 許 件 30 数 ( 件 ) 20 10 0 0 50 100 150 年間研究投資額(百万円) 図 5.7-7 研究投資額と特許件数の関係(平成 15 年度のみ) 229 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2. 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 2.6. 会計手法の視点からの事例の検討 株式会社テクノリサーチ研究所 矢澤 信雄 専修大学 田坂 公 ■ 1. 自律的基礎研究-仮想的評価の検討 科学技術振興調整費を事例とした OBC によるコスト算定に係わる仮想的評価 ここでは、文部科学省の科学技術振興調整費による研究プロジェクトの中から自律的基礎研究のカテゴリーに分類され えるいくつかの事例を取り上げて、会計的手法適用の視点から評価を行った。 (参照 URL:http://61.193.204.197/h141410_00_mokuji.htm#I) 1.1. 天体核融合反応断面積の直接測定 本研究の目的は、天体における 4He+ 12C→ 16 O+γ 反応の断面積を精密に直接測定することである。反応生成 16O が極 めて微量なので、新加速方式で増強した 12C ビームを吹き込み型 4He 標的に入射し、前方角度に生成される 16O を質量分 析器により 12C ビームと分離して効率よく検出する。現在 10-14 であるバックグランドを 10-19 まで減らして数ヶ月間の測定をす る必要がある。分析器・測定器・加速器それぞれに更なる新手法を開発し、5 年以内に精密データを得る。 研究予算額は 2003~2007 年度で総額 88,300 千円である。 このプロジェクトにおけるコスト算定に係わる要因は以下の通りである。 ①本プロジェクトでは測定時間は数ヶ月であるが、測定をスピードアップさせるにはより高性能の測定器を購入する必要があ る。測定器の必要とする測定時間が短いほど測定器の価格は高額になる。よって、予算を増額させる必要がある。 ②データの精度を今よりあげるにはより高性能の分析器及び測定器を購入する必要がある。分析器及び測定器の性能 が向上するほど、購入価格は高額になる。よって、予算を増額させる必要がある。 以上より、本プロジェクトで目標原価計算に用いられる目標は測定時間とデータ精度である。 1.2. 蛋白質 X 線結晶構造解析の高度化に資する基盤整備 高エネルギー加速器研究機構を中心に開発されたイメージングプレート検出器、主に米国で開発されたテーパードファ イバーオプティクス CCD 検出器等が広く世界中の放射光施設で使用されている。特に後者の CCD 検出器は、クライオ技 術の進歩と相まって放射光X線蛋白質結晶構造解析法を格段に飛躍させた。しかしながら CCD 検出器は、ダイナミックレ ンジが最高でも 16 ビットしかなく、飽和したピクセルがその近傍や列方向にはみ出しデータの質が著しく損なわれる。これら の問題点を解消すべく、欧米諸国で進められているのが、ピクセルアレイ検出器である。単一エレメントおよび小規模集積 検出器ではその基本的な性能が達成される見込みがつきつつあるが、蛋白質結晶構造解析に使えるような大面積の検出 器にスケールアップする方策がまったく立っていない。またピクセルアレイ検出器は photon counting のため高カウントで非 線形性応答になるという難点がある。そこで我々はこれらの問題がほとんどない X 線 HARP 管(High-gain Avalanche Rushing amorphous Photoconductor)の開発、実用化を行う。 研究期間は 2001~2003 年度であり、2001 年度予算は 413,000 千円、2002 年度予算は 593,000 千円であった。 230 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 このプロジェクトにおけるコスト算定に係わる要因は以下の通りである。 ①製作する検出面積が増大するほど検出器の価格は上昇する。よって、必要となるプロジェクト予算額も増大する。 ②現状の検出器はダイナミックレンジが最高 16 ビットである。製作する検出器のダイナミックレンジのビット数が増大すれ ばプロジェクト予算も増大する。 以上より、目標原価計算に用いられる目標は検出器の検出面積とダイナミックレンジのビット数である。 1.3. リボゾーム工学の構築と生物の潜在能力開発 本課題は、3つのサブテーマから成る。サブテーマ1では、微生物のリボゾームに内在する未知の機能を探索・解明する。 サブテーマ2では、最新鋭の機器を利用して、X線解析、NMR 解析等による三次元構造解析を行い、リボゾームの構造と 機能の関係を明らかにする。サブテーマ3では、リボゾームを合目的的に改造する技術を確立するとともに、タンパク質、抗 生物質、生理活性物質の生産能など、生物のもつ広範な潜在能力を開発する。さらに、それら有用物質を無細胞系で効 率よく生産できるシステムの構築を行う。 最終的な研究目標として、リボゾーム機能の解明と改変による生物の潜在機能の開発及び制御を実用レベルにまで高 めることである。 研究期間は 1998~2002 年度であり、予算総額は総額 1,850,000 千円である。 このプロジェクトは3つのサブテーマから成りそれぞれにおけるコスト算定手法は異なると考える。 ①サブテーマ 1 は目的が明示されていない探索型研究であり、OMB の手法を適用することは妥当ではない。 ②サブテーマ 2 では研究成果がX線解析装置や NMR の性能に大きく依存しており、OMB の手法を用いるべき典型例 である。成果としての三次元構造解析の精度があがれば、必要となる予算額も増大する。 ③サブテーマ 3 では有用物質の生産をおこなうシステムの構築が目的になっており、この種の研究に妥当な会計的手法 は基本的に原価企画である。有用物質の従来技術による生産コストとの比較から支出することが妥当である研究コスト の上限が決定される。 1.4. 戦略的研究開発-バイオテクノロジー分野を事例として ポストゲノム関連特許出願人の業種別シェアの国際比較等を手がかりとしつつ、バイオテクノロジー分野において日本 の取るべき戦略を BSC の運営概念を参考にしつつ分析する。 米国では、当該分野の研究開発は DOE と USDA が連携しつつ中心的に実施していることが分かる。NSF は基本的に基礎 研究が中心であり、NIST はバイオテクノロジーに応用できる計測学、基準、データベースに関する研究を一部実施している のみである。DOE と USDA は環境・エネルギー分野とバイオプロセス分野の基礎から実用化まで網羅的に研究開発を実施し ているが、経済産業省のプログラムの方がより広い範囲となっており、特にバイオプロセス分野では、安全性や環境整備の面 でわが国の方が充実したプログラム体系となっている。分析の際には日米のプロジェクト費用の差異に注意を払う。 1.5. 米国 1.5.1. 各省庁のバイオテクノロジー・バイオマス関連政策 米国における各省庁のバイオテクノロジー・バイオマス関連政策の位置づけを理解するため、各省庁のホームページか ら主要施策とバイオテクノロジー・バイオマス関連政策やプログラムを抽出し整理した。 関連プログラム抽出にあたっては、バイオプロセスに関連するものに対象を絞っている。したがって、DOD(国防省)などが 実施しているバイオテロ対策研究などは除外している。 DOE(エネルギー省)は微生物機能を利用した燃料製造、バイオ製品製造、炭素・窒素固定、有害廃棄物処理などの研 究開発を実施しており、バイオマスプログラムでは USDA(農務省)と密接な協力関係を構築している。 NSF(全米科学財団)は基礎研究プログラムを中心に環境バイオコンプレキシティ研究プログラムなどを実施している。 NIST(規格技術研究所)はバイオシステム R&D の中でバイオセンサ開発、生物機能に関連した DNA 及びタンパク質マ ーカーの開発などを実施している。 231 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 USDA(農務省)は前述の DOE との連携でバイオマスプログラムの中でバイオ製品の製造プロセスの研究開発を、 CSREES(The Cooperative State Research, Education, and Extension Service:共同研究・教育・普及局)プログラムではバ イオベースの製品とプロセスなどの研究開発を実施している。 次ページ以降に各省庁のバイオテクノロジー・バイオマス関連政策の総括表と関連政策やプログラム内容を記載する。 表 6.2-1 米国のバイオ関連(主にバイオプロセス関連)プログラムの動向 省庁 総括 DOE(エネルギー省) NSF(全米科学財団) NIST(規格技術研究所) USDA(農務省) 微生物機能を利用した燃料製 環境バイオコンプレ 先進的計測科学、基 農業、食品および環境 造、バイオ製品製造、炭素・窒 キシティ研究プログ 準 、サービ ス分 野 の研 に 関 係 す る 生物 学 の 素固定、有害廃棄物処理など ラムなどを実施。 究開発の中で、バイオ 基礎的かつ目的結合 システム R&D がある。 型の重要研究を支援。 の研究開発を実施。 【微生物ゲノムプログラム(MGP: NSF は有機体と環 バイオシステム R&D の 【共同研究・教育・普及局 Microbial Genome Program)】 境の複雑な相互作 2005 年度の予算は 5 百 (CSREES)プログラム】 微生物を用いた気候変動、炭 用を解明する基礎 万ドルで、医薬・農業分 農業、食品および環境 素・窒素固定、有害廃棄物処 研究プログラムを実 野における遺伝子・タン に関係する生物学、環 理に関する研究開発を実施。 施している。 パク質の発現、ナノバイ 境学、物理学、社会科 主要 5 分野は生物 オテクノロジーによるバ 学の基礎的かつ目的結 【バイオマスプログラム】 地球科学循環の連 イオセンサ開発、生物機 合型の重要研究を支援 バイオ燃料などの製造プロセ 繋、自然システムと 能に関連した DNA 及び している。CSREES は国 スの研究開発を実施。 ヒューマンシステム タンパク質マーカーの開 家研究イニシアティブ の連繋のダイナミク 発を 3 本柱としている。 (NRI)競争的助成金プロ 主要プ 【Genomes to Life(GTL)プログラム】 ス、ゲノムを利用し グラムへの応募を募っ ログラム 複合生物系の自然の複合蛋 た環境科学、環境 ている。研究内容はバ 白質分子の機構を理解するこ 工学、環境保全の イオベースの製品とプ と、機構の組み立てや操作を ため の計測技術開 ロセスなど。 調節している複雑なネットワー 発、科学、工学、社 クを理解すること、複合微生物 会面を考慮した材 【バイオマスプログラム】 系の組織や生化学的な能力を 料利用である。 バイオ製品の製造プロ 理解すること、複雑な系や環 セスの研究開発を 境に対する応答を予測する複 DOE と連携して実施。 合生物系のコンピュータモデ ルの開発を可能とする基盤技 術を開発することが目標。 1.5.1.1. DOE(エネルギー省) 1.5.1.1.1. 微生物ゲノムプログラム(MGP:Microbial Genome Program) まず、微生物ゲノムプログラム(MGP:Microbial Genome Program)の概要を以下に示す。特定の物質生産や行動の決定 に遺伝子がどのように影響を与えているのかなどを解明するために実施されている。 232 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-2 微生物ゲノムプログラム(MGP:Microbial Genome Program)の概要 担当省庁 米国エネルギー省(DOE)Office of Biological and Environmental Research が担当 予算 次表参照 概要 バイオテクノロジー、生態学、バイオレメディエーションの研究に有用でありかつ DOE のミッションに関連した非 病原性微生物の DNA 塩基配列を解析することを目標として 1994 年開始した。これまでに多くの非病原性微生物 の DNA 塩基配列が解明されている。本プログラムは、Human Genome Program (HGP)と平行して実施された。 重点課題は以下の通り。 ①特定の物質生産や行動の決定に遺伝子がどのように影響を与えているのかを研究する手法を開発 ②塩基配列のわかった微生物について遺伝に係わる情報を解析 ③塩基配列データの解釈・分析手法の開発 ④遺伝子機能と遺伝子発現を解明する高速情報処理手法の開発 ⑤蛋白質-蛋白質間、蛋白質-核酸間の相互作用を解析する手法の開発 出所 http://www.ornl.gov/sci/microbialgenomes/ 表 6.2-3 MGP の予算推移 年度 予算額(百万ドル) 1997 $5.5 1998 $5.2 1999 $12.21 2000 $14.52 2001 $13.3 2002 $10.9 2003 $10.93 2004 $9.83 1)内 2.4 百万ドルは DOE Carbon Management Science Program (CMSP)4 からの予算 2) 内 5.8 百万ドルは DOE Carbon Management Science Program (CMSP)4 からの予算 3)President's Request 4)Carbon Management Science Program (CMSP)は連邦気候変動技術イニシャティブ(the Federal Climate Change Technology Initiative)の一部 (出所)http://www.ornl.gov/sci/microbialgenomes/mgp.shtml これまでにゲノム配列が決定され、今後の応用が期待される微生物には以下のようなものがある。 表 6.2-4 ゲノム配列が決定され今後の応用が期待される微生物 炭素隔離 Azotobacter vinelandii(好気性、窒素固定をおこなう。エネルギー使用と炭素隔離に関係がある)等 エネルギー生産 Anabaena variabilis(水素を生産する)等 バイオレメディエーション Acidithiobacillus ferrooxidans(鉄や硫化物を分離するため鉱業で用いられる)等 セルロース分解 Clostridium thermocellum(バイオマス(セルロース)のエネルギーへの変換に有用である)等 バイオテクノロジー 応用微生物学 微生物コンソーティア 技術開発 パイロットプロジェクト Aquifex aeolicus(高温の酵素を識別するのに有用)等 Chlorochromatium aggregatum(炭素固定で電子供与体として水素、硫黄を用いる)等 Borrelia Burgdorferi B31(ライム病の病原体)等 233 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1.5.1.1.2. バイオマスプログラム また、DOE と USDA のバイオマスに関する機関間交流の象徴であるバイオマスプログラムにおいて重要な役割を担って いる Office of the Biomass Program(OBP)について、その経緯を含めた概要を次表に示す。 表 6.2-5 担当省庁 Office of the Biomass Program(OBP)の概要 Office of the Biomass Program(OBP)が 2002 年に米国エネルギー省の Energy Office of Energy Efficiency and Renewable Energy (DOE/EERE)に設置 予算 - 概要 【OBP 設立の経緯と関連法令】 ・Energy Policy Act of 1992 Renewable Energy and Energy Efficiency Technology Competitiveness Act of 1989 の一部を再認 可し再生可能エネルギーの R&D を拡張し発電と燃料にバイオマスを用いることに新たなインセンティ ブを付与した。 ・Biomass R&D Act of 2000 燃料と電力、化成品を生産する国内バイオ産業を育成すべく DOE と USDA の研究開発を統合する。 ・Farm Bill 2002 この法案はバイオエネルギーのためのファンディングを行う 5 つのプログラムを含んでおり、 Biomass R&D Act of 2000 を 2007 年まで延長する。この法案は連邦諸機関が「環境に好ましいバイ オプロダクト」を購入することを義務づけ、バイオリファイナリー開発に助成金を提供する。 【機関間調整】 バイオマス法(Biomass Act)は各種連邦機関にわたるバイオマス活動の調整の責任者であるバイ オマス研究開発委員会(Biomass R&D Board、以後委員会と称す)を設立した。この閣僚レベルの委 員会は主要連邦出資者(DOE, USDA)及び他の関連機関(EPA, NSF, DOC/NIST, DOI/BLM, その 他)が遂行するバイオマス研究開発を調整する。(次図参照) 委員会はバイオマスの利用を推進するために連邦政府内におけるプログラムを調整している。そ の戦略的計画により、委員会は各種参加機関の連邦助成金、融資、支援などの活動の指導を行っ ている。 【機関間交流】 OBP は様々なかたちで USDA と密接に働いている。USDA 内における製品とエネルギーの技術基 盤は、5 つの Regional Agricultural Utilization Laboratories 及びその共同経営者の遂行するプログラ ムを通じ、USDA/ARS により提供されている。同様に、USDA/Forest Service は森林管理を含む資源 保持と利用に対処するため、Forest Products laboratories を持つ。土壌保全と水質保護のための科 学的知識は USDA Soil Conservation laboratories により提供されている。 <機関間交流の例> ①資金連携 Farm Bill の中にある Biomass R&D Initiative は USDA が 2002 年度に$5M を、2003 年度から 2007 年度は毎年$14M をバイオエネルギーのプロジェクトに用いることを認可した。DOE が選んだバイオリ ファイナリーのプロジェクトの中から USDA はプロジェクトを選択した。 ②共同研究 DOE の研究所と USDA の Agricultural Research Centers および Forest Products Laboratory は省 庁間の合意にもとづきバイオ製品やバイオ燃料およびバイオ発電の共同研究に取り組んでいる。 ③森林管理 戦略的連邦研究所パートナーシップのワークショップがきっかけになり、森林の残留物を処理するた 234 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 めの小型モジュラーバイオマス発電システムの実用可能性を評価すべく USDA は DOE と産業の開 発した技術を利用している。この事業は USDA の Forest Products Laboratory と DOE の National Bioenergy Center が共同でモニタリングしている。 【ミッション】 豊富なバイオマス資源をクリーンで手ごろな国産のバイオフュエル、バイオ発電、高価値バイオプロダク トに変換する技術の研究開発を遂行するため米国産業界と共同することが OBP のミッションである。 【Biomass R&D Technical Advisory Committee の 2020 年のゴール】 ・交通用燃料の 10%がバイオマス由来になる。 ・産業及びユーティリティの電力需要の 5%はバイオマス発電になる。 ・ターゲットの化成品の 18%がバイオマス由来になる。 【研究開発の重点事項】 ・糖プラットフォーム ・合成ガスプラットフォーム 出所 Office of the Biomass Program Multiyear Plan 2003-2008 このように、Biomass R&D Act of 2000 によって、燃料と電力、化成品を生産する国内バイオ産業を育成すべく DOE と USDA の研究開発が統合されたが、その連携体制を次図に示す。 出所)Office of the Biomass Program ,DOE, Multiyear Plan 2003 to 2008 図 6.2-1 バイオマスプログラムの連携体制 また、バイオマスプログラムの技術的構成及び各プラットフォームの概要は以下のようになっている。 235 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 出所)Office of the Biomass Program Multiyear Plan 2003-2008, p8 図 6.2-2 バイオマスプログラムの技術的構成 表 6.2-6 プラットフォームの概要 プラットフォーム名 概要 セルロース等のバイオマスを糖にバイオプロセスで分解する。とうもろこしの実由 糖プラットフォーム 来のエタノール生産のための糖の価格は 1 パウンドあたり約 5.5 セントである(ブッ (Sugar Platform) シェルのコーン価格を 2 ドルと仮定)。一方、とうもろこしの茎や葉由来の糖の価格 は 1 パウンドあたり約 3 セントである。 合成ガスプラットフォーム 燃料や化成品、電気、水素に変換可能な化合物のガスにバイオマスをガス化さ (Syngas Platform) せる技術である。 1.5.1.1.3. ゲノミクス GTL プログラム 生命の分子マシンを識別するなどの目標を掲げているゲノミクス GTL プログラム(以前は GTL:Genomes to Life プロ グラム)の概要は以下のようになっている。 表 6.2-7 ゲノミクス GTL プログラムの概要 担当省庁 予算 米国エネルギー省の Office of Biological and Environmental Research、 Office of Advanced Scientific Computing Research が共同担当 次表参照 プログラムの目標は以下の通り。 ①生命の分子マシン(細胞を機能させ細胞形成を制御する蛋白質複合体)を識別する 概要 ・ プロテイン複合体とプロテインマシンの解析 ・ プロテオームとプロテイン複合体のダイナミクスの理解 ・ 生合成経路と細胞プロセスの理解 ・ 細胞環境の機能に対応したプロテオーム組成と構造の理解 ②遺伝子制御ネットワークを識別する ・ DNA 塩基配列の比較 ・ 遺伝子制御ネットワークコンポネントの分析 ・ 遺伝子制御ネットワークアーキテクチャの分析 ・ 制御機能と細胞機能の分析 ③分子レベルで自然環境下の微生物コミュニティの持つ機能のレパートリーを識別する ・ 野生の微生物の全ゲノム配列解析 236 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ・ 新規な野生微生物のゲノムの多様性を分析 ・ 新規な器官や配列の生態学的機能の解明 ・ 新規な配列の細胞学的、生化学的機能と特徴の解明 ・ 代謝能力、制御ネットワーク、コミュニティの機能的安定性と適応の解析 ④複雑な生物学的システムの理解を深めシステムの挙動を予測する計算手法や能力を開発する ・ ゲノムに係わる情報の収集と解釈 ・ 蛋白質発現に係わるデータと蛋白複合体に係わるデータの分析 ・ 代謝経路と制御ネットワークのモデル化 ・ 微生物細胞機能のモデル化(Microbial Cell Project) ・ 微生物コミュニティの動きのモデル化とシミュレーション (Microbial Cell Project) 出所 DOE, Genomes to Life Accelerating Biological Discovery(2001.4) また、予算推移は以下のようになっている。微生物細胞プロジェクト(Microbial Cell Project)の概要も示す。 表 6.2-8 GTL の予算推移 年度 予算額(百万ドル) 2002 $21.7 2003 $42.4 1) 1)President's Request 表 6.2-9 微生物細胞プロジェクトの概要 プロジェクト名 微生物細胞プロジェクト(Microbial Cell Project) 分子マシンおよび他の細胞コンポネントが生命システムの中でどのように相互に機能しあ っているのかを理解するプロジェクト 目的は以下の通り。 ①生命の基本的、包括的、体系的理解に貢献する 概要 ②以下の事項に係わる DOE のミッションを支援する ・ 環境マネジメント ・ エネルギーの持続可能な資源 ・ 大気・気候の安定性 ・ ・労働者の保護と人の感染性 237 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 図 6.2-3 GTL のプログラム構造 1.5.1.2. 全米科学財団(NSF) 1.5.1.2.1. 環境バイオ・コンプレキシティ研究プログラム(BE:Biocomplexity in the Environment) 主に大学向けの基礎研究プログラムである。以下に、プログラムの概要と個別研究の概要を示す。 238 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-10 環境バイオ・コンプレキシティ研究プログラムの概要(BE) 担当省庁 全米科学財団(NSF) 予算 次表参照 概要 NSF は有機体と環境の複雑な相互作用を解明する基礎研究プログラムを実施している。主要 5 分野は 以下の通り。 ・ Coupled Biogeochemical Cycles(CBC):生物地球科学循環の連繋 ・ Dynamics of Coupled Natural and Human Systems(CNH):自然システムとヒューマンシステムの連繋のダイ ナミクス 出所 ・ Genome-Enabled Environmental Science and Engineering(GEN-EN):ゲノムを利用した環境科学、環境工学 ・ Instrumentation Development for Environmental Activities(IDEA):環境保全のための計測技術開発 ・ Materials Use: Science, Engineering, and Society(MUSES):科学、工学、社会面を考慮した材料利用 BE ホームページ: http://www.eng.nsf.gov/be/ 表 6.2-11 BE の予算推移 年度 予算額(百万ドル) 2003 $70.28(実質) 2004 $99.83(概算) 2005 $99.83(要求) 主要 5 分野のプロジェクトの内容を以下に示す。 (1)Coupled Biogeochemical Cycles(CBC)分野のプロジェクト 表 6.2-12 2001 年開始のプロジェクト 生物地球化学と海水ジェルに関する高分子物理:微生物ループとグローバルエレメントサイクルの プロジェクト名 新パラダイム Biogeochemistry and Polymer Physics of Seawater Gels: A New Paradigm for the Microbial Loop and Global Element Cycles 【実施者】U of Washington 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2001.10-2005.1 【総予算】260.0 万ドル 表 6.2-13 2002 年開始のプロジェクト 生物地球化学循環の連繋の観点からの農業生態系管理 プロジェクト名 Impact of Agroecosystem Management on Coupled Biogeochemical Cycles and on Ecosystem Services Valued by Humans 【実施者】Cornell University State 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2002.10-2005.3 【総予算】13.6 万ドル プロジェクト名 微生物による窒素サイクルと酸性排水処理 Interactions Between Microbial Nitrogen Cycling and Acid Drainage Contaminants in Impacted 239 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 Streams 【実施者】University of Colorado Boulder 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2002.9-2003.8 【総予算】7.8 万ドル (2)Genome-Enabled Environmental Science and Engineering (GEN-EN) 分野のプロジェクト 表 6.2-14 2002 年開始のプロジェクト プロジェクト名 微生物コミュニティの生態学的機能と回復力の決定要因の分析 Analysis of Factors Determining the Ecological Function and Resilience of Microbial Communities 【実施者】U of Cal Berkeley 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2002.9-2006.8 【総予算】131.6 万ドル (3)Instrumentation Development for Environmental Activities(IDEA)分野のプロジェクト 表 6.2-15 2001 年開始のプロジェクト 新機器とスチューデントインターンシップによる有害物質排出の大学研究活性化チーム プロジェクト名 Teaming to Enable Universtiy Research on Hazardous Emissions Through New Instrumentation and Student Internships 【実施者】SRI International 概要 【分類】化学・輸送システム 【期間】2001.9-2002.12 【総予算】10.0 万ドル ファイバーオプティックバイオセンサーを利用した塩化炭水化物のマス・フラックスおよびレメディエ プロジェクト名 ーションの In-Situ での定量化 In-Situ Quantification of Chlorinated Hydrocarbon Mass Flux and Instinsic Remediation Using Fiber Optic Biosensors 【実施者】U of Illinois Chicago 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2001.10-2002.1 【総予算】9.5 万ドル 240 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-16 2001 年開始のプロジェクト(続き) 大気中への生物エアロゾルの排出および移動の計測に係わる機器研究:ミクロンからキロメーター プロジェクト名 までのスケール連結 Instrumentation to Measure the Emission and Transport of Biological Aerosols into the Atmosphere: Linking Across Scales from Microns to Kilometers 【実施者】Johns Hopkins University 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2001.9-2006.8 【総予算】249.9 万ドル プロジェクト名 ワークショップ:材料利用方法の再発明;2001 年 7 月、プリンストン、ニュージャージー Workshop: Reinventing The Use of Materials; July 2001, Princeton, NJ 【実施者】Princeton University 概要 【分類】設計・製造・産業革新 【期間】2001.6-2003.5 【総予算】9.6 万ドル (4)Materials Use: Science, Engineering, and Society(MUSES)分野のプロジェクト 表 6.2-17 2002 年開始のプロジェクト 生物学的複雑性の理解:農産物の持続的利用手法の開発 プロジェクト名 Understanding Biocomplexity: Developing Methods of Defining Sustainable Uses for Agricultural Products 【実施者】U of Oklahoma 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2002.9-2004.4 【総予算】11.0 万ドル 表 6.2-17 2002 年開始のプロジェクト(続き) プロジェクト名 粉塵に関する産業生態学 The Industrial Ecology of Particulate Materials 【実施者】PA St U University Park 概要 【分類】化学・輸送システム 【期間】2002.9-2004.8 【総予算】11.0 万ドル 持続可能なポータブル水インフラ:腐食に関する生態学および審美学、経済学 プロジェクト名 Towards a Sustainable Potable Water Infrastructure: Ecology, Aesthetics and Economics of Corrosion 【実施者】VA Polytechnic Inst & St U 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2002.9-2003.8 【総予算】11.0 万ドル 241 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 プロジェクト名 製品デザインと戦略の統合的評価手法に係わる研究と教育 Research and Education in Integrated Assessment Methodologies for Product Design and Strategies 【実施者】MIT 概要 【分類】設計・製造・産業革新 【期間】2002.9-2003.8 【総予算】11.0 万ドル プロジェクト名 鋼の合金成分に関するグローバル循環モデルの開発 Model Development for the Global Cycles of the Alloying Elements of Steel 【実施者】Yale University 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2002.9-2004.8 【総予算】11.0 万ドル 表 6.2-17 2002 年開始のプロジェクト(続き) プロジェクト名 物質と環境:エコマテリアルに係わる研究と教育の二国間パートナーシップ Materials and the Environment: A Binational Partnership for Eco-Materials Research and Education 【実施者】U of Washington 概要 【分類】土木・機械システム 【期間】2002.9-2004.8 【総予算】10.9 万ドル 持続可能なインフラ材料とシステム:セメント性のエンジニアリング複合素材に係わる微細構造調整 プロジェクト名 とライフサイクル分析の統合 Sustainable Infrastucture Materials and Systems: Integration of Microstructure Tailoring and Life Cycle Analysis of Engineered Cementitious Composites 【実施者】University of Michigan 概要 【分類】土木・機械システム 【期間】2002.9-2003.8 【総予算】11.0 万ドル 産業生態学の生物的複雑性の次元:電気産業で使用される有毒金属管理における意思決定分析 プロジェクト名 とセクタートレードオフ Biocomplex Dimensions of Industrial Ecology: Decision Analysis and Sectoral Trade-Offs in the Management of Toxic Metals Used in the Electronics Industry 【実施者】U of Cal Irvine 概要 【分類】設計・製造・産業革新 【期間】2002.9-2004.8 【総予算】11.0 万ドル 242 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-17 2002 年開始のプロジェクト(続き) プロジェクト名 産業溶媒と作業流体-有機物質の産業生態学 Industrial Solvents and Working Fluids-Industrial Ecology of Organic Materials 【実施者】North Carolina State U 概要 【分類】化学・輸送システム 【期間】2002.9-2004.8 【総予算】11.0 万ドル プロジェクト名 生態-産業共生のモデル化:地域産業物質ネットワークの緑化 Modeling Eco-Industrial Symbiosis: Greening of Regional Industrial Materials Networks 【実施者】U of Southern California 概要 【分類】設計・製造・産業革新 【期間】2002.9-2004.8 【総予算】11.0 万ドル プロジェクト名 健康管理施設における使い捨て繊維、再生繊維 Disposable and Reusable Textile Materials in Healthcare Facilities 【実施者】U of Cal Davis 概要 【分類】設計・製造・産業革新 【期間】2002.9-2004.8 【総予算】11.0 万ドル 表 6.2-18 2003 年開始のプロジェクト プロジェクト名 飲料水として利用できる持続可能な材料 Towards Sustainable Materials Use for Drinking Water Infrastructure 【実施者】Virginia Polytechnic Institute と Virginia State University 概要 【分類】設計・製造・産業革新 【期間】2003.9-2008.8 【総予算】150 万ドル 表 6.2-18 2003 年開始のプロジェクト(続き) プロジェクト名 鉄合金化元素の多段階サイクル、モデル、シナリオ Multilevel Cycles, Models, and Scenarios for Iron Alloying Element 【実施者】Yale University 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2003.9-2007.8 【総予算】98 万ドル 243 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ライフサイクル統合型設計フレームワークの開発:低環境負荷型コンクリート プロジェクト名 Sustainable Concrete Infrastructure Materials and Systems: Developing an Integrated Life Cycle Design Framework 【実施者】University of Michigan 概要 【分類】土木・機械システム 【期間】2003.9-2008.8 【総予算】167 万ドル プロジェクト名 投入産出法(産業連関表)による重金属ライフサイクル追跡 Tracking Heavy Metal Life Cycle Pathways with Input-Outpot Methods 【実施者】Carnegie Mellon University 概要 【分類】化学・輸送システム 【期間】2003.9-2007.8 【総予算】119 万ドル プロジェクト名 バイオ製品のライフサイクルと経済効果 Life Cycle and Economic Impacts of Bio-Based Production 【実施者】University of Illinois Chicago 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2003.9-2004.8 【総予算】10 万ドル (5)Projects Outside Current Topical Areas(OTHER) 分野のプロジェクト 表 6.2-19 2000 年開始のプロジェクト 生物複雑系(インキュベーション活動):産業生産物と産業プロセスの生物複雑系へのインパクト-繊 プロジェクト名 維製品とプロセスへの応用に係わる学際的アプローチ Biocomplexity (Incubation Activity): Impact of Industrial Products and Processes on Biocomplexity A Multidisciplinary Approach with Applications to Fiber Products and Processes 【実施者】Auburn University 概要 【分類】設計・製造・産業革新 【期間】2000.9-2003.2 【総予算】10.0 万ドル 生物複雑系(インキュベーション活動):持続可能な南カリフォルニアの設計:自然・人間システムにお プロジェクト名 ける複雑性の学際的探索研究 Biocomplexity - Incubation Activity: Designing a Sustainable Southern California: Exploring Interdisciplinary Studies of Complexity in Natural and Human Systems 【実施者】U of Cal Riverside 概要 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 【期間】2000.9-2003.7 【総予算】10.0 万ドル 244 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 表 6.2-20 2002 年開始のプロジェクト 複合バイオリアクターにおいて何が起こっているのか:エンジニアリング生物的処理プロセスにおける 特定解体物の安定アイソトープ探索 プロジェクト名 Who's Doing What in a Complex Bioreactor: Stable Isotope Probing of Specific Degraders in Engineered Biological Treatment Processes 【実施者】U of NC Chapel Hill 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 概要 【期間】2002.9-2006.8 【総予算】56.4 万ドル 表 6.2-20 2002 年開始のプロジェクト(続き) 河川および河口のリアルタイムモニタリング:計画ワークショップ プロジェクト名 Real Time Monitoring of Rivers and Estuaries: Planning Workshops 【実施者】Pace University 【分類】バイオエンジニアリング・環境システム 概要 【期間】2002.8-2004.7 【総予算】9.2 万ドル 1.5.1.3. 規格技術研究所(NIST) 1.5.1.3.1. Biosystems 研究プログラム NIST では Biosystems 研究プログラムでバイオテクノロジーに応用できる計測学、基準、データベースに関する研究を行 っている。以下にその概要を示す。 表 6.2-21 Biosystems 研究プログラム 担当省庁 規格技術研究所(NIST) 予算 2005 年度の概算要求は、Biosystems で$5.0M 概要 NIST ではバイオテクノロジーに応用できる計測学、基準、データベースに関する研究を行っている。 また、新規バイオシステム技術に関する計測法など先端的な開発にも従事する。 具体的には、 ・ 医療分野、農業分野に応用可能な遺伝子、たんぱく質の発現研究 ・ 法医学等に応用可能なバイオセンサのナノバイオテクノロジー研究 ・ 生物機能関連 DNA マーカー、プロテインマーカー などを、挙げている。 【主要な領域】 ①DNA Technology(DNA 技術) ・ フリーラジカル等を利用して、DNA の損傷・修復を測定するための方法の開発 ・ DNA プロファイリングの新技術の開発 ・ 変異検出のための基準と方法論の開発 ・ バイオマーカー、測定技術、組織工学材料の基準の開発 ②Nuclear Magnetic Resonance(核磁気共鳴) 核磁気共鳴を利用して、高分子構造とそのダイナミクスを研究するための測定法、モデル、データベ ース構築を実施。 245 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ③Bioprocess Engineering Measurement(バイオプロセス工学測定法) 製造業における生体高分子、バイオマテリアル利用に必要な技術全般、データベース、測定法の 開発。 ④Biomolecular Materials Research(生体高分子材料の研究) バイオテクノロジー先端研究センター 出所 NIST のホームページ:http://www.nist.gov 1.5.1.4. 農務省(USDA) 1.5.1.4.1. CSREES プログラム 農務省では DOE との連携プログラムであるバイオマスプログラム以外に The Cooperative State Research, Education, and Extension Service (CSREES)においてバイオ、バイオマス関連研究を実施している。 表 6.2-22 CSREES プログラムの概要 担当省庁 農務省(USDA) 予算 ― 概要 The Cooperative State Research, Education, and Extension Service (CSREES)は 1994 年に議会で Department Reorganization Act により U.S. Department of Agriculture(USDA)内に設立された。USDA の研究、教育、経済ミッション(Research, Education, and Economics (REE) mission)に係わるエージェン シーは CSREES を含めて 4 つある。他の 3 つのエージェンシーは以下の通りである。 ・Agricultural Research Service (ARS) ・Economics Research Service (ERS) ・National Agricultural Statistics Service (NASS) 出所 USDA のホームページ:http://www.usda.gov/ CSREES のターゲット分野は以下の通りである。特に、グリーンバイオに関連するプログラムには下線を施した。 (1)Agricultural & Food Biosecurity 2001 年 9 月 11 日のテロ以来、米国ではバイオセキュリティが主要な関心事となっており、動植物の疾病を含むバイオハ ザードのモニターおよび予防の支援を行っている。 対象プログラム: Animal & Plant Biosecurity(動物・植物バイオセキュリティ) (2)Agricultural Systems 個々の農業生産要素をばらばらに見て部分最適化をするのではなく、すべての要素をシステムとして扱い、システムとし ての最適化を行うことに係わる研究を実施する。 Manure & Nutrient Management (発酵・栄養素マネージメント) Organic Agriculture Precision Farming Small Farms Sustainable Agriculture Workforce Development & Safety 246 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 (3)Animals & Animal Products 動物の健康や安全性を改善する研究、教育、その他活動に対して国が率先して取り組み、補助制度も提供している。 Animal Breeding, Genetics & Genomics (動物の繁殖、遺伝学とゲノム) Animal Health Animal Nutrition & Growth Animal Products Animal Reproduction Animal Well-being Aquaculture (4)Biotechnology & Genomics 環境を保護し、農業に新たな経済的チャンスを開くため新たな道具や製品を開発する。 Bioinformatics(バイオインフォマティクス) Biotechnology(バイオテクノロジー) Microbial Genomics(微生物ゲノム) (5)Economics & Commerce 農業分野のマーケッティング、財務管理を推進する。 Agricultural Marketing Farm Financial Management Financial Security Public Policy Small & Home-based Business (6)Families, Youth & Communities 農家、青少年、地域社会の健全な育成に関する教育、研究を推進する。 Child & School-Age Care Communities at Risk Housing & Indoor Environment Family Development Leadership & Volunteer Development Rural & Community Development Urban Programs Youth Development & 4-H Youth Education (7)Food, Nutrition & Health ダイエット、健康、食料の安全性、食料科学技術を追求する。 Food Safety & Biosecurity(食料の安全性とバイオセキュリティ) Food Science & Technology Health Hunger & Food Security Nutrition 247 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 Obesity & Healthy Weight (8)Natural Resources & Environment 環境及び自然の問題を解決する。 Air Quality Ecosystems Environmental & Resource Economics Fish & Wildlife Forests Global Change Rangelands Soils Sustainable Development Water (9)Pest Management ペストの流行を抑える様々なプログラムを実施する。 Biobased Pest Management(バイオベースのペストマネージメント) Integrated Pest Management Invasive Species Pesticides (10)Plants & Plant Products 食料、飼料、繊維の経済的で環境にやさしい生産手法を推進する。 Agronomic & Forage Crops Biobased Products & Processing(バイオベースの製品とプロセス) Horticulture Plant Breeding, Genetics & Genomics(植物繁殖、遺伝学とゲノム) (11)Technology & Engineering 科学的知見を技術、エンジニアリングに応用する。 Agricultural & Biological Engineering Information Technology Education Nanotechnology Sensor Technology 1.5.6. わが国との比較分析 当該施策に関連する「環境エネルギー分野(環境修復、バイオマス)」と「バイオプロセス分野(製品開発、工業プロセス 効率化、環境整備)」に対象を絞り、米国の省庁や機関が実施している施策とその事業を抽出し、「実用化」、「産業基盤」、 「基礎」、「安全性」、「データベース」の5階層での実施状況を調査し、わが国の施策と比較分析を行った。 248 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1.5.6.1. 調査方法 2.1 節で分析した米国の省庁や機関が実施しているプログラムを上記の分野と階層に振り分けた。結果は省庁や機関毎 に取りまとめた。 1.5.6.2. 調査結果 1.5.6.2.1. DOE 次表に示したのがその結果である。DOE は環境・エネルギー分野とバイオプロセス分野の基礎から実用化まで網羅的に 研究開発を実施している。したがって、わが国の経済産業省のプログラム(次表下)と似ているが、わが国のプログラムの方 がより広い範囲となっており、特にバイオプロセス分野では、安全性や環境整備の面でわが国の方が充実したプログラム体 系となっている。 表 6.2-23 DOE と経済産業省の事業分野と階層 環境・エネルギー分野 DOE 環境修復 実用化 産業基盤 MGP GTL 基礎 安全性 データベース MGP GTL バイオプロセス分野 バイオマス・ バイオエネルギー 製品開発 BP BP MGP GTL BP BP MGP BP BP MGP MGP GTL MGP MGP 環境・エネルギー分野 経産省 環境修復 実用化 産業基盤 基礎 安全性 データベース 89 89 89 161 工業プロセス 効率化 バイオマス・ バイオエネルギー 86 M4 M5 153 M6 M3 153 環境整備 BP BP バイオプロセス分野 製品開発 200 95 95 196 197 197 工業プロセス 効率化 152 95 96 95 96 197 198 環境整備 163 164 M7 197 198 165 166 198 注)経済産業省の表中の事業番号は前述(1.3 節)の通り。DOE のプログラム名は以下。 BP:Biomass Program GTL:Genomes to Life MGP:Microbial Genome Program 1.5.6.2.2. NSF NSF では環境修復、バイオ製品開発、工業プロセス効率化の分野で基礎的な研究を行っている。 表 6.2-24 NSF の事業分野と階層 環境・エネルギー分野 NSF 環境修復 実用化 産業基盤 CBC IDEA 基礎 CBC 安全性 データベース バイオプロセス分野 バイオマス・ バイオエネルギー 製品開発 MUSES 工業プロセス 効率化 環境整備 CNH GEN-EN 注)NSF のプログラム名は以下。 CBC:Coupled Biogeochemical Cycles(生物地球科学循環の連繋) CNH :Dynamics of Coupled Natural and Human Systems(自然システムとヒューマンシステムの連繋のダイナミクス) GEN-EN:Genome-Enabled Environmental Science and Engineering(ゲノムを利用した環境科学、環境工学) IDEA :Instrumentation Development for Environmental Activities(環境保全のための計測技術開発) MUSES :Materials Use: Science, Engineering, and Society(科学、工学、社会面を考慮した材料利用) 249 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1.5.6.2.3. NIST NIST ではバイオテクノロジーに応用できる計測学、基準、データベースに関する研究を行っている。製造業における生 体高分子、バイオマテリアル利用に必要な技術全般、データベース、測定法の開発などが該当する。 表 6.2-25 NIST の事業分野と階層 環境・エネルギー分野 NIST 環境修復 バイオプロセス分野 バイオマス・ バイオエネルギー 実用化 産業基盤 基礎 安全性 データベース 製品開発 Biosystem 工業プロセス 効率化 環境整備 Biosystem Biosystem 1.5.6.2.4. USDA USDA はバイオ製品開発を中心に基礎から実用化までの範囲でプログラムを実施しているが、農林水産物を原料とした 工業プロセスの効率化に関しても同様に実施している。特に、前述のように DOE との連携によってプログラムを実施してい る点がわが国と異なる点である。また、バイオ製品のインセンティブ付与といった環境整備も行っている。 表6.2−26 ΥΣ∆Αの事業分野と階層 環境・エネルギー分野 USDA 環境修復 バイオプロセス分野 バイオマス・ バイオエネルギー 実用化 産業基盤 基礎 安全性 データベース 製品開発 BP CSREES BP CSREES BP CSREES CSREES 工業プロセス 効率化 BP BP BP CSREES CSREES CSREES 環境整備 BP BP 注)プログラム名は以下。 BP:Biomass Program CSREES :The Cooperative State Research, Education, and Extension Service 1.5.6.3. 総括 以上の解析から米国では、当該分野の研究開発は DOE と USDA が連携しつつ中心的に実施していることが分かる。 NSF は基本的に基礎研究が中心であり、NIST はバイオテクノロジーに応用できる計測学、基準、データベースに関する研 究を一部実施しているのみである。 DOE と USDA は環境・エネルギー分野とバイオプロセス分野の基礎から実用化まで網羅的に研究開発を実施しているが、 経済産業省のプログラムの方がより広い範囲となっており、特にバイオプロセス分野では、安全性や環境整備の面でわが 国の方が充実したプログラム体系となっている。 250 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 図 6.2-27 日米における各省庁の俯瞰図 環境・エネルギー分野 環境修復 バイオマス・ バイオエネルギー 国土交通省 実用化 バイオプロセス分野 工業プロセス 効率化 製品開発 環境省 農林水産省 環境省 経済産業省 産業基盤 環境省 文部科学省 環境省 文部科学省 農林水産省 文部科学省 農林水産省 基礎 環境整備 データベース 安全性 環境省 環境・エネルギー分野 環境修復 農林水産省 バイオプロセス分野 バイオマス 工業プロセス 効率化 製品開発 環境整備 実用化 USDA USDA 産業基盤 NIST DOE 基礎 NSF NSF データベース 安全性 USDA NSF NIST ■ 2. 計画的開発研究-エネルギー分野における開発事例の検討 NEDO の事後(中間)研究評価を受けたエネルギー関連プロジェクトでは、二酸化炭素削減量に基づいてプロジェクト運 営をしているプロジェクトも多い。ここでは、SMES プロジェクトの事業原簿の分析を行う。計画的開発研究における予算額 算定には技術のライフサイクルも考慮すべきファクターの一つであろう。 2.1. SMES(超電導電力貯蔵システム) SMES は電力系統を制御することにより発電効率を向上させるシステムである。 SMES の実用化による年間二酸化炭素削減量は 2040 年において約 50 千 t-Cである(NEDO 中間評価事業原簿による)。 二酸化炭素除去費用は約 50,000 円/トンとなるので、 50 千 t-C×50,000 円/トン=25 億円 SMES の研究開発費用は年間約 8 億円なので、年間 8 億円の投資により将来、社会原価が年間 25 億円削減されること になる。 2.2. 超電導発電機 超電導発電機の導入により発電効率が向上する。導入後 20 年時点では炭素換算 1,329 千 t/年の削減効果が期待さ れる(NEDO 事後評価事業原簿による)。二酸化炭素除去費用は約 50,000 円/トンとなるので、 251 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 1,329 千 t-C×50,000 円/トン=665 億円 超電導発電機の研究開発費用は年間約 6 億円なので、年間 6 億円の投資により将来、社会原価が年間 665 億円削減 されることになる。 ■ 3. 実用化研究開発-中小企業における開発事例の検討 3.1. はじめに 本稿では、原価企画というツールを活用して、高齢者の介護用品(電動式歯ブラシ)の開発を行い、公的助成金の申請 を行った企業の事例(以下、A 社とする)を取り扱う。A 社の事例を通じて、実用化研究に対して公的資金が導入される事例 が分析できれば幸いである。 第2節では、A 社の概要を紹介し、第3節での原価企画の意義、第4節では A 社が原価企画を活用した新製品開発への 取り組みを検討し、最後にまとめを述べることにする。 3.2. A 社の概要 A 社は、1973 年に歯ブラシの製造販売として設立され、スタートした。その後、歯ブラシだけでなく、生活環境衛生資材 (粘着式ねずみ取り器の開発)、医科・理化器具用洗剤、などの開発・製造・販売を行い、順調に業績を重ねる。近年では、 幼児が虫歯になりにくいグミキャンディの開発にも成功している。 平成9年(1997 年)より高齢者用のケア用品の開発、製造、販売を開始した。高齢者用回転グリップ式歯ブラシ、高齢者 用回転グリップ式スプーン、高齢者用コップ、高齢者用ソックス掃き補助具などの商品の開発に成功している。高齢者だけ でなく、障害者を含めた介護グッズの開発にも取り組んでいる。 また、環境問題にも取り組み、生分解素材歯ブラシの開発1に取り組み、成功を収めている。この商品の開発が認められ、 平成 12(2000 年)にはグッドデザイン賞を受賞している。 なお、当社の資本金は2千万円(平成 13 年 12 月)、従業員は正社員11人、本社は東京であるが、工場を大阪、三重、 伊賀に3つ所有している。 3.3. 原価企画の意義 3.3.1. 原価企画の意義 原価企画(target costing)とは、「製品の企画・設計段階を中心に、技術、生産、販売、購買、経理など企業の関係部署 の総意を結集して、総合的な原価低減と利益管理を意図した戦略的コスト・マネジメントの手法」である。すなわち、製品の 企画・開発段階において、顧客のニーズに適合する品質・価格・信頼性・納期などの目標を設定し、生産の上流段階を中 心に原価低減を行うことで総合的な利益管理を実践するものである。また、このような原価企画プロセスをサポートする全社 的マネジメントシステムを原価企画システムという。 3.3.2. 原価企画の目的 原価企画の主要目的は、総合的な原価低減を実施すると同時に経営戦略実現のための利益管理を行うことである。 3.3.2.1. 原価低減 原価企画は与えられた市場の品質要求・納期要求・価格要求などを満たしながら、目標利益が確保できるレベルにまで 1 石油を原料として作られるプラスチック製品は、自然に土に還る事がなく、燃やすと有害物質が発生するため、廃棄後の地球環境への 悪影響が懸念されている。その点、生分解性商品では、とうもろこしのデンプン(ポリ乳酸)を原料にした植物由来の「土に還る、燃やせ る」環境にやさしい生分解性樹脂、繊維を使用しているため、有害物質が発生せず大気汚染防止につながり、更には石油資源の枯渇防 止や廃棄物削減に繋がるという特徴を持っている。まさに地球環境にやさしい次世代の環境商品である。なお、A 社の場合、設立(昭和 48 年)以来、歯ブラシの開発、製造に取り組んでおり、生分解性素材を使用した商品「エコット」、「エパック21」などの開発に成功を収め ている。 252 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 新製品の原価を引き下げることを目的とする。しかしながら、原価のみを引き下げ、品質を無視した新製品を開発しても、市 場には当然受け入れられないだろう。そこで、原価企画は製品またはサービスを機能との関係で検討するバリュー・エンジ ニアリング(VE:value engineering)を活用することによって、機能・品質との関係で理想の原価を実現する。 3.3.2.2. 戦略的利益管理 原価企画では、目標売上高と許容原価との関係から目標利益を達成するための計画が設定される。目標利益とは、単 純な計算結果として算定されるのではなく、企業が経営戦略として設定した目標利益を達成することを目的として算定され たものである。すなわち、原価企画は、競合他社の動向を予測しながら、マーケティング戦略、製品戦略、コスト戦略として、 さらには外注等を巻き込んだ企業集団活動として総合的に新製品等の開発プロセスを管理するものといえる。したがって、 原価企画は単なる新製品等の原価低減にとどまるものではなく、中長期の利益計画と密接に関連した、戦略的原価管理も しくは戦略的利益管理として機能し、全社的な総合的利益管理の中核をなすものである。 3.3.2.3. 原価企画のエレメント 原価企画活動では、量産前の開発から生産準備段階までの期間を、できるだけ短期間に短縮するように努力している。 そのためには、部門間協力が不可欠であり、外部とのサプライヤーとの連携も重要となってくる。 一般的に原価企画のエレメントとして次のような点があげられる。 ①管理会計的側面 →・目標原価の設定と細分割付 =目標原価をしたら,機能別そして部品別に割り当てる。 ・マイルストーン管理 =製品開発の節目で,デザインやコストを練り直し,目標を実現する。 ②VE的側面 →・VE ・コスト・テーブル =VE活動での原価低減を目的とした原価見積表(正確な見積、アイデア 創出) ③組織的側面 →・ラグビー方式(=コンカレント)による製品開発(⇔バトンタッチ方式)=製品の開発に関わる異職 種の担当者が,オーバーラップしながら製品開発を進めること ・サプライヤー関係 =部品の供給業者を開発初期から製品開発に巻き込む手法 3.4. 原価企画を活用した A 社の新製品開発 3.4.1. 新製品の概要 A社の新製品は、介護補助者が使用する「口腔ケアブラシおよび開口器」である。本製品の開発に関する研究開発費は 全期間総額で約 660 万円(単年度総額)であるが、A社は当該金額のうち、439 万 9 千円を助成金交付申請額とした。 3.4.1.1. 研究開発の目的 研究開発の目的は、主として3つあげられる。第1に、寝たきりの人の口腔内を清潔にケアすることである。第2に、介助 者の多大な労力負担、口を開ける際、指を口に入れるので噛まれる危険性(傷口から細菌等の感染)がある等の課題を解 決することである。第3に、販売価格1万円(類似品28万円)という低価格で、広く普及させることを目的とし、さらに使用後 は可燃物処理できる生分解性素材を歯ブラシにしている。 3.4.1.2. 研究開発の内容及び規模 研究開発の内容については、主に2つあり、1つは吸引ブラシであり、もう1つは開口器の開発である。 ① 吸引ブラシの開発 次の5つの点に留意点がある。 ・ 強度、耐久性の十分な生分解性素材の検討 ・ 吸引チューブとブラシの接続方法 ・ 吸引チューブの先端の加工 253 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 ② ・ 吸引チューブと吸痰器の接続方法 ・ 介助者の使いやすい形状にする 開口器の開発 次の3つの点に留意点がある。 ・ 素材の検討(安定感のあるゴム素材を検討) ・ ペンライト接合部の検討(防水性、安定性の問題) ・ 非介助者と介助者、両者に快適な形状にする 3.4.1.3. 期待される効果及び成果の企業化への計画 3.4.1.4. 研究開発の日程 交付決定の日から、平成15年3月31日(1年計画の1年目)とする。 まず、効果としては次の3つがあげられる。第1に使用者の視点、第2に国民医療費の節減の視点、第3に福祉産業育成 の視点である。 ① 使用者の視点 ・ 清潔で簡単な口腔ケアの実現 ② ・ 介助者の労働力の軽減と安全の確保 ・ 安価なので、広く在宅に普及が可能 国民医療費の節減の視点 ・優れた口腔ケア方法で、慢性疾患や口腔細菌による燕下性肺炎を予防し、患者数の削減、医療費の節減にな る。 ③ 福祉産業育成の視点 ・当該製品の発売を契機として福祉用具の低価格化が推進されることを期待するものである。 次に、企業化計画であるが、自社工場による生産体制の確立と、既に確立している販売・流通体制で、3年で約4億円の 売上高を見込むものである。 3.4.1.5. 研究開発費 研究開発費として、全期間総額 6,601,000 円(単年度総額 6,601,000 円)を予定している。 3.4.2. A 社の原価企画への取り組み A 社は、以下のような点に留意しながら原価企画を実施し、新製品「航空ケアブラシおよび開口器」を開発した。 3.4.2.1. 組織的側面 A 社は、開発、設計において5名を企画部として配置している。試作品製造にあたっては、大阪工場(2名在籍)で行い、 試験および評価は、企画部と病院が当たることにした。 3.4.2.2. コンカレントな開発を実施 A 社は、ラグビー方式(=コンカレント)による製品開発を採用し、製品の開発に関わる異職種の担当者が,オーバーラッ プしながら製品開発を進めた。この成果により、開発期間の短縮化に成功し、開発から実用化までの期間を12ヶ月で達成 できるようになる。 開発予定日 交付決定の日から 終了予定日 平成平成15年3月31日 日程管理 表 6.4-1参照 254 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 3.4.2.3. VE、コスト・テーブルなどのツールの活用 VEによる原価低減の実現を図ることを主要なツールとした。さらに、コスト・テーブルを描き、VE活動での原価低減を目 的とした原価見積表(正確な見積、アイデア創出)を作成し、目標原価の設定、達成を実現するプロセスを明らかにした。 3.4.2.4. 管理会計的側面の考慮 管理会計的側面を配慮して、原価企画を進めた。第1に、目標原価の設定と細分割付を考慮した。目標原価をしたら, 機能別そして部品別に割り当てることに留意した。また、節目毎に目標原価が達成されているかをチェックした。これはマイ ルストーン管理といわれ、製品開発の節目で,デザインやコストを練り直し,目標を実現する方法であり、原価企画における 目標原価を達成させるための強力な手段となる。 以上をまとめると、表 6.4-1 のようになる。 表 6.4-1 コンカレントな日程管理 日 程 表 研究開発項目 設 計 試 作 評 価 予定年月日 4月 5月 6月 基本設計 ↓ 詳細設計(目標原価の設 定 、 コ ス ト・ テー ブ ル の 設 定) 7月 ↓ 材料発注 8月 ↓ 試 9月 ↓ ↓ 10月 ↓ ↓ 評価依頼 ↓ 評 11月 改良設計(目標原価の達 作 価(VE による原価低減) 成、実現) 12月 再試作 1月 ↓ ↓ 2月 最終評価 3月 まとめ 3.5. まとめ A 社の新製品開発「航空ケアブラシおよび開口器」は、まさに原価企画活動そのものである。原価企画を活用することで、 新製品開発プランをみごとにトレースすることに成功しているといえる。つまり実用化研究段階であれば、原価企画を活用 することで新製品開発をスムーズに実施し、目標原価の達成というコストの問題を解決することができるといえる。 A 社のような福祉産業育成という視点に立脚した新製品開発は、公的資金を申請し、助成を受けるという観点でも妥当な ケーススタディといえる。A 社の事例を通じて、実用化研究に対して公的資金が導入される事例が証明され、今後の検討事 例となれば幸いである。 255 経済性効果分析手法とコスト算定手法の開発 研究の詳細と参考資料 2. 途上評価における機関運営費の合理的算定手法の体系的開発および試行 2.7. まとめ 株式会社テクノリサーチ研究所 矢澤 信雄 本調査研究では、研究開発活動の特性により評価対象を区分し、それぞれの区分特性に応じた合理的なコスト管理・算 定手法を開発した。すなわち、自律的基礎研究に対しては、行動基準型の ABC(activity based costing)を基本原理とする OBC(objective based costing)の手法の適用などを検討した。また、逆に具体的な目標のある実用化開発研究の場合には、 原価企画の手法の適用を検討した。さらに、この両者の間にある戦略的研究開発についてはバイオテクノロジー分野を事 例として日米の開発戦略をコスト的側面を含めて分析した。計画的開発研究に対しては、二酸化炭素削減を目的とする電 力に係わる研究プロジェクトを対象として社会原価削減効果と研究予算の比較を行った。 今後は、さらに多くの研究プロジェクトの事例を対象に会計手法の様々な利用方法について検討を深めていくことが重要 である。 ■ 参考文献 1. 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