日本企業におけるコンプライアンス活動の展開

関東学院大学『経済系』第 262 集(2015 年 1 月)
論 説
日本企業におけるコンプライアンス活動の展開
——先進企業の事例から——
Development of Compliance Practices in Japanese Companies
小 山 嚴 也
Yoshinari Koyama
要旨 本稿の目的は,日本企業のコンプライアンス活動の展開上の特徴を明らかにすることである。
そのために,コンプライアンス活動に関する先進企業である A 社に対する詳細なヒアリング調査を
おこない,A 社の 10 年にわたるコンプライアンス活動の展開を整理し,コンプライアンス活動の
展開上の特徴を明らかにした。その結果,(1) コンプライアンス活動は認知を促進する活動から行
動を促進し定着させる活動へと移行していくこと,(2) コンプライアンス活動は対象範囲を拡大し
ていくこと,(3) コンプライアンス活動は親会社での浸透後に対象範囲をグループ会社に拡大する
ことが明らかになった。
キーワード 企業不祥事,コンプライアンス,コンプライアンス活動,企業倫理の制度化
1.
2.
3.
4.
5.
1.
はじめに
先行研究
A 社のコンプライアンス活動の展開
事例分析
むすび
はじめに
企業がコンプライアンス活動を本格的に推進する
ようになった。そして,この 10 年余りの期間で
コンプライアンスをめぐる議論の歴史は新しい
日本企業におけるコンプライアンス活動の高度化,
ものではない。1960 年代から 1970 年代にかけて,
一般化が進展している。ここでいうコンプライア
公害問題や消費者問題の深刻化を受け,活発な議
ンス活動とは,「法令や社会規範に反しない行動
論が行われている。バブル崩壊後には,多くの企
を担保するための制度構築とその実践」を意味す
業不祥事が発覚した。しかしながら,2000 年に発
る。企業内における制度や実践の具体的なものに
生した雪印乳業,三菱自動車工業など,日本を代
は,倫理綱領,専門部署,教育研修,ヘルプライ
表する企業による不祥事は,社会に大きな衝撃を
ン(相談窓口)などがある。要するに,コンプラ
与えた。名門企業が一夜にして信頼を失っていっ
イアンス活動とは不祥事を引き起こさないための
たからである。不祥事が企業の屋台骨を揺るがす
企業内諸活動ということになる。
時代になったといえる。その後も 2002 年に雪印
食品,2004 年にカネボウ,2005 年に JR 西日本,
2007 年に不二家といった大企業による不祥事が発
生し,企業の社会的責任や企業倫理,コンプライ
アンスが声高に叫ばれるようになった。
こうした動向もあり,2000 年以降,多くの日本
我々は,日本型コンプライアンスモデルの提示を
目指した研究プロジェクトを展開している1) 。日
〔注〕
1)本稿は,出見世信之教授(明治大学)を研究代表者
とし,谷口勇仁教授(北海道大学)と共同で行って
いる平成 25 年度∼28 年度科学研究費補助金(基盤
— 15 —
経
済
系 第
262 集
本企業に特徴的かつ整合的なコンプライアンス活
コンプライアンス活動の内容は,とりわけ,倫理
動をモデル化しようという作業である。コンプラ
綱領2) に関しては早い段階からこれを制定する企
イアンス活動に積極的な日本企業の特徴を明らか
業があったため,その有効性に関する議論がなさ
にすることで,日本企業にとって効果的なコンプ
れてきた。例えば,Gray(1990)は,企業が倫理綱
ライアンス活動のモデルが明らかになると考える。
領を作成することは非常に容易であるが,行動が
後述するが,日本企業におけるコンプライアンス
それに伴っていないことが多いことを指摘してい
活動の全体像はある程度明らかになっている。し
る。倫理綱領が実際の企業行動の変革につながっ
かしながら,コンプライアンス活動に積極的な企
ていないということである。さらに,Frederick et
業が,何をどのように進めてきたのか,そこにど
al.(1988)は,企業の倫理的行動を促進するため
のような特徴が存在するのかについては研究途上
には,それを支える環境が必要となることを指摘
にある。
している。具体的には,トップマネジメントの態
そこで,本稿は,日本企業のコンプライアンス活
動の展開上の特徴を明らかにしていくことを目的
度,倫理的な企業文化,倫理綱領,倫理委員会,倫
理教育・研修,倫理監査である。
とする。方法としては,定性的な事例研究を採用
1990 年代に入ると,アメリカでは企業のコンプ
する。事例研究は,単一もしくは少数の複数事例
ライアンス活動に大きな変化が見られた。1980 年
を深く考察する実証研究の手法である。定量的研
代初頭,アメリカでは連邦裁判所の下す量刑にば
究に比べて,そこから導出された結論の一般性・普
らつきが見られるなど,量刑に一貫性がないこと
遍性に対する疑問が提出されることがあるが,定
についての批判が議会を中心に高まった。このた
量的研究では明らかにすることができない,特定
め議会は量刑決定用のガイドラインを作成するこ
の事象の生成プロセスを明らかにするという点で
とを決めた。いわゆる「連邦量刑ガイドライン」で
優れている(佐藤,2002)
。したがって,本研究に
ある。まず,1987 年に,「個人に関する量刑ガイ
ふさわしい方法だといえる。具体的には,コンプ
ドライン」が作成された。そして,1989 年に「組
ライアンス活動に関する先進企業である A 社を取
織に関する量刑ガイドライン」が作成され,1991
り上げ,詳細なヒアリング調査を行う。その上で,
年から施行された。この「連邦量刑ガイドライン」
A 社の活動の展開を分析することを通じて,上記
が,アメリカ企業においてコンプライアンス活動
の問題を明らかにする。
が普及することに貢献した(出見世,2002;梅津,
以下,第 2 節では,先行研究について概観する。
2005;小山,2011)3) 。
第 3 節では,A 社の 10 年間にわたるコンプライ
中村(1994;2001)は,こうした 1990 年代前半
アンス活動について記述する。第 4 節では,A 社
のアメリカにおける一連の研究や調査,社会動向
コンプライアンス活動の展開上の特徴について分
を踏まえて,企業倫理の制度化の要件を整理して
析・検討する。第 5 節では,結論,含意と今後の
いる。具体的には,(1) 倫理綱領または行動規範の
課題について提示する。
2.
先行研究
コンプライアンス活動については,これまで「企
業倫理の制度化」というタイトルのもとに研究が
進められてきた。
研究 B,課題番号:25285123,日本型コンプライア
ンスモデルのダイナミズム— 企業不祥事防止のマネ
ジメント—)に基づく研究成果の一部である。
2)ここでいう倫理綱領は企業行動基準,行動指針と同
義である。ただし,当時の倫理綱領と現在のそれと
では記述内容の水準が異なる場合がある。倫理綱領
ないしは企業行動基準については,以下を参照のこ
と。日本経営倫理学会監修,高橋浩夫編著(1998)
,
出見世信之(2002)
。
3)Paine(1994)は,連邦量刑ガイドラインが,
「コン
プライアンス型企業倫理プログラム」を強調する結
果になったとし,望ましいものとして「価値共有型
企業倫理プログラム」を提唱している。詳細につい
ては,梅津(2005)
,谷口(2013b)を参照のこと。
— 16 —
日本企業におけるコンプライアンス活動の展開
表 1 制度化の状況と変動傾向(%)
1996 年 1999 年 2002 年 2005 年
企業倫理規範の制定
企業倫理教育の実施
企業倫理専門担当者の配置
企業倫理委員会の設置
レポーティング・システムの導入
外部の第三者によるチェック体制
地球環境問題専門組織の設置
社会貢献活動専門組織の設置
22.3
5.4
7.1
10.7
5.4
31.3
62.5
29.5
51.0
22.9
29.5
28.4
25.3
25.3
61.5
36.6
79.5
37.8
47.7
50.5
43.2
35.7
79.3
42.6
94.0
65.1
76.2
85.9
80.9
51.0
84.8
46.0
2008 年
98.6
68.9
85.1
86.5
91.8
53.4
82.4
48.6
注)
「外部の第三者からのチェック」については,第 2 回調査では「社外取締役」
「社
外監査役」
「オンブズマン」
「その他」から回答制限無しの複数回答形式になってい
たが,比較分析のため択一回答の形に計算し直した。具体的には,4 者の内 2 つが
選択されていても選択数「1」として計算した。
出所)中野他(2009)
,p.154 に加筆修正。
制定・遵守,(2) 倫理教育・訓練体系の設定・実施,
年,2005 年,2008 年と 3 年ごとに調査を実施して
(3) 倫理関係事項に関する相談への即時対応態勢
いる(山田他,1998;山田他,2000;山田他,2003;
の整備,(4) 問題告発の内部受容と解決保証のため
福永他,2006;中野他,2009)。
の制度制定,(5) 企業倫理担当常設機関の設置と,
それによる調査・研究,立案・実施,点検・評価の
2008 年に実施された第 5 回調査は,一般社団法
人企業研究会正会員,研究会参加企業など合計 690
遂行,(6) 企業倫理担当専任役員の選任と,それに
社を対象としている。中野他(2009)は,第 1 回調
よる関連業務の統括ならびに対外協力の推進,(7)
査では約 90%の企業が「倫理確立の必要性」を認
その他,各種有効手段の活用(倫理監査,外部規
識しているにもかかわらず,
「特別な仕組みを講じ
格機関による認証の取得,等々)である。
て倫理確立に取り組んでいる」企業は 12.5%しか
また,ドリスコル・ホフマン(2001)も,倫理
存在しなかったが,2005 年調査では 74.7%,2008
的な経営を実践するための 10 項目のプログラムを
年調査では 82.7%となっていることを指摘してい
示している。(1) 自己評価,(2) トップのコミット
る。また,企業倫理規範の制定,企業倫理教育の
メント,(3) 倫理行動規範の整備,(4) 周知徹底・
実施,企業倫理専門担当者の配置,企業倫理委員会
意思疎通,(5) 教育研修,(6) 支援制度,(7) 組織ぐ
の設置,レポーティング・システム4) の導入,外部
るみの信任・参画,(8) 一貫した倫理基準とその適
の第三者によるチェック体制,地球環境問題専門
用,(9) 監査と評価,(10) 修正と改善である。
組織の設置,社会貢献活動専門組織の設置といっ
以上より,1990 年代末までに,企業のコンプラ
た項目のうち,主要なものは 2005 年頃までにほ
イアンス活動の内容が明確化していったことがわ
ぼ確立したことを示している(表 1)
。また,大企
かる。
業ではコンプライアンス活動は定着したとみてい
日本企業におけるコンプライアンス活動の普及
る5) 。
状況については,日本経営倫理学会実証調査部会
の調査研究により,その全体像と傾向が明らかに
なっている。
日本経営倫理学会実証調査研究部会は,1996 年
に第 1 回目の「日本における企業倫理制度化に関
する定期実態調査」を行い,以後,1999 年,2002
4)ここでいうレポーティング・システムとは内部通報
制度のことを指す。
5)日本経団連も 2002 年,2005 年,2007 年に同種の調
査を行っており,ほぼ同様の傾向が示されている。
詳細については,以下を参照のこと。http://www.
keidanren.or.jp/japanese/policy/2003/034.pdf,
— 17 —
経
済
系 第
日本企業におけるコンプライアンス活動の特徴
262 集
3. A 社のコンプライアンス活動の展開
に関する先行研究は限られる。数少ない研究とし
3.1 調査対象企業概要と調査方法
て谷口(2013a)を挙げることができる。
谷口(2013a)は,コンプライアンス活動を積極
調査対象企業は,コンプライアンス活動を積極
的に展開している X 社に対する詳細なヒアリング
的に推進している A 社である。A 社は持株会社傘
調査をもとに日本企業におけるコンプライアンス
下のメーカーである。一般社団法人経営倫理実践
活動上の特徴を抽出している。そして,X 社の研
研究センター(BERC)の会員企業であり,高い
修テーマ,方法,および事後アンケートに関する
水準のコンプライアンス活動を行っている。また,
調査から,X 社では,職場の人間関係,環境の改
およそ 10 年でコンプライアンス活動を高度化し,
善に関する研修が非常に多く,それらが重要視さ
近年では海外子会社にもコンプライアンス活動を
れていること,コンプランス担当者は様々な部門
展開している。
出身であり,その社内コンプライアンス担当者に
我々は,A 社に対し,2012 年 5 月から 2013 年 6
よって,集合研修と社内アンケートが積極的に行
月にかけてのおよそ 13 ヶ月間にわたり,本社,事
われていることが明らかになった。その上で,日
業所,研究所において担当役員,担当部署,各部
本企業のコンプライアンス活動は,
「職場環境主導
署部長,課長,一般従業員に,のべ 20 回(およそ
型(Workplace Environment Driven:WED)
」と
36 時間)の詳細な調査を行った。具体的には,(1)
して捉えることができるとしている。職場環境主
担当部署に対しては実質的にコンプライアンス活
導型のコンプライアンス活動とは,従業員同士の
動を開始した時点から現在までの組織体制の変遷,
コミュニケーションを良好にし,倫理的問題につ
(2) 役員・従業員に対してはコンプライアンス活動
いて上司や同僚に相談できる環境を醸成すること
の具体的内容についての半構造化インタビューを
によって不祥事を未然に防止することを目的とす
行った。また,ヒアリング調査を補足するために,
るものである。
同社のコンプライアンス研修での参与観察調査を
以上概観したように,これまでコンプライアン
行った。
ス活動の内容,日本企業におけるコンプライアン
ス活動の全体像ないし普及状況については明らか
3.2
A 社のコンプライアンス担当部署の変遷
にされてきている。また,欧米のコンプライアン
A 社のコンプライアンス活動は内部統制推進部
ス活動との比較という意味での日本企業のコンプ
によって進められている。2013 年 3 月末までに,
ライアンス活動の特徴については,その一端が明
以下のような組織の発展プロセスを経ている。
らかになっている。しかしながら,個々の日本企
2004 年 10 月,A 社はコンプライアンス推進室
業がどのようなプロセスを経て,そうした活動を
を開設した。それまで,コンプライアンス活動は
展開してきたのか,また,そのプロセスにどのよ
総務部が担当していた。開設当時のコンプライア
うな特徴を見いだせるのかについては,十分に明
ンス推進室は,専任者が 2 名であった。1 名は営
らかになっていない。以下,A 社に対するヒアリ
業部門出身で,もう 1 名は総務部門出身であった。
2006 年 10 月,コンプライアンス推進室に,総
ング調査をもとに,その点について明らかにする。
務部が所管していたリスク管理と社会貢献に関す
る業務を統合し,CSR 推進室が設置された。CSR
推進室は,コンプライアンス推進グループ,リス
ク管理グループ,CSR 企画調整グループ(社会貢
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/
2005/100/gaiyo.pdf,
http://www.keidanren.or.jp/
japanese/policy/2008/006.pdf。
また,小山(2011b)
も参照のこと。
献)で構成された。室長(部長)は総務部長が兼
務,コンプライアンス推進グループには課長 1 名,
課員 2 名の合計 3 名の専任者が配属された。
— 18 —
日本企業におけるコンプライアンス活動の展開
内部統制推進部長
(1名)
コンプライアンス
推進グループ
(4名+兼務2名)
リスク管理
グループ
(3名)
企画調整
グループ
(兼務4名)
コンプライアンス推進グループ
- コンプライアンス推進,啓発
活動,ホットライン
リスク管理グループ
- リスク管理,輸出管理事務局
特命担当
(2名+兼務2名)
企画調整グループ
- 部共通事項,J-SOX
特命担当
- 海外対応,リスク管理・コン
プライアンス業務のサポート
図 1 2013 年 3 月末時点の A 社内部統制推進部の組織体制
2008 年 2 月,CSR 推進室から社会貢献に関す
部門設立から 2013 年 3 月末までに部長ないし
る事項を総務部に移管する一方,監査室,経理部
室長に就任した者は 5 名である。それぞれの出身
J-SOX プロジェクトチームを組み入れ,CSR 推進
部門は,4 名が総務部門,1 名が人事部門である。
室を内部統制推進部に改編した6) 。この時点では
また,3 代目から 5 代目の部長は専任者である。
じめて内部統制推進部長が専任者となった。また,
コンプライアンス推進グループでは,専任者が 3
3.3
A 社のコンプライアンス活動
A 社のコンプライアンス活動は,研修,社内意
名から 4 名に増員された。
その後,監査部門の独立や,2012 年 5 月の企画
識調査,その他の大きく 3 つに分けられる。
調整グループの新設などにより,2013 年 3 月末時
第 1 に研修の実施である。A 社における研修は
点で内部統制推進部は,コンプライアンス推進グ
主として,(1) トップ研修,(2) 推進リーダー研修,
ループ,リスク管理グループ,企画調整グループ
(3) 推進担当者研修,(4)web 研修,(5) 階層別研修,
の 3 グループと特命担当で構成されている。部長
(6) 海外現地研修の 6 つに分類できる。
トップ研修は,役員,子会社の社長・CCO(Chief
は専任者である。コンプライアンス推進グループ
のメンバーは,専任者が 4 名,他部門との兼務者
Compliance Officer)を対象とした集合研修である。
が 2 名である。また,特命担当の専任者の 1 名が
年に 1 回,2 時間程度行われる。研修の内容はコ
コンプライアンス推進を担当し,他の 1 名がコン
ンプライアンス全般にわたっている。2004 年から
プライアンス推進とリスク管理を半々で担当して
2012 年の 9 年間の研修内容についてみると,初期
7)
いる (図 1)。
は CSR やコンプライアンスの概論がテーマとし
て取り上げられている。その後,グローバルコン
6)A 社では,コンプライアンスを内部統制の一要素と
とらえている。この考え方が A 社におけるコンプ
ライアンス活動の定着に貢献した可能性がある。
7)部署における専任者の人数の増加は,活動の活発化と
社内での活動の認知度向上を意味すると考えられる。
パクト,独占禁止法,消費者問題などに関わる最
新動向の説明,他社の不祥事例の紹介などが行わ
れている。
— 19 —
推進リーダー研修は,部長クラスを対象とした
経
済
系 第
262 集
集合研修である。部長はコンプライアンス活動の
している9) 。この研修は,2010 年度より開始され,
推進リーダーに任命されている。この研修は 2011
海外グループ会社の役員,管理職を対象に,国別
年度から始まった。年に 1 回,2 時間程度行われ
で年 1 回,2 時間 30 分程度行われる。研修内容
る。研修の内容は主としてコンプライアンス活動
はコンプライアンス全般におよび,グループ討議
推進におけるリーダーの役割について考えさせる
(贈収賄,上司の説明責任など)が取り入れられる。
というものである。講義,グループ討議が取り入
2012 年度は 6 カ国でのべ 19 回行われた。
A 社では,これ以外にも,事業所や支社のコン
れられる。
推進担当者研修は,各職場のコンプライアンス
プライアンス担当部署(総務部門)が,各々の実情
推進担当者を対象とした集合研修である。2005 年
に応じて各種研修を実施している。また,グルー
度から始まった。年に 1 回,2 時間程度行われる。
プ会社では,コンプライアンス担当部署の担当者
研修の内容は,初期はコンプライアンスの概論的
が上記の推進リーダー研修および推進担当者研修
な内容であったが,その後,コンプライアンス意
に参加した上で,各社独自の研修を実施している。
識の醸成,推進担当者の役割について考えさせる
また,各種法令に関する研修は,所管部門が実施
ものになっている。講義に加え,近年ではグルー
している。
以上の研修をまとめたものが,表 2 である。
プ討議が取り入れられる。
GM 課長研修は 2006 年度に始まった。社内違
A 社のコンプライアンス研修の中でも鍵となる
反事例や社内意識調査結果の報告が行われている。
のは推進担当者研修と新任管理職研修である10) 。
講義に加え,近年ではグループ討議が取り入れら
したがって,以下では,その内容の変遷をさらに
れている。なお,2012 年度より,全ての GM およ
詳しく見ておく。
び課長をコンプライアンス推進担当者としたこと
前述のように,推進担当者研修は 2005 年に開始
から,この研修は上述の推進担当者研修に統合さ
された。簡単なグループ討議は取り入れられてい
れた8) 。
たが,内容的には,コンプライアンスの概論的な
web 研修は,グループ会社を含む,全従業員を
話,A 社のコンプライアンス推進プログラムの説
対象とした e-ラーニングである。各種法令や自社
明など講義が中心であった。2006 年には,本格的
の行動規範について確認する内容である。全従業
なケースメソッドが導入され,さらにリーニエン
員が年に 1 回受講する。
シー,輸出管理などの具体的なテーマが扱われる
階層別研修は 3 つに分かれる。1 つ目は,新入
とともに,コンプライアンス意識調査の結果報告な
社員研修である。2 つ目は,スタッフ研修である。
ども行われるようになった。2007 年には,グルー
総合職の一般従業員を対象とした集合研修である。
プ会社での取り組み事例の紹介が行われ,2008 年
3 つ目は,新任管理職研修である。集合研修であ
には,実践を意識し,経営倫理の教育と人間の倫
り,管理職として必要なコンプライアンス意識の
理行動をテーマにした社外講師による講義も行わ
醸成や関連法令に関する知識の習得を目的とする。
れた。2009 年は,前年を受け,より踏み込んで推
海外グループ会社への研修については,欧米地
区のグループ会社は,持株会社の方針に沿った独
自の研修を実施している。一方,アジア地区のグ
ループ会社については,持株会社傘下の他の事業
会社とともに持株会社に委託する形で研修を実施
8)A 社では課長級の従業員をグループ・マネージャー
(GM)と呼んでいるが,一部の職場には課長という
職位も存在する。このため GM 課長研修という呼
び方をしている。
9)持株会社のコンプライアンス担当部署のメンバーは
A 社の内部統制推進部のメンバーの一部が兼務して
いる。このメンバーが現地に出向き,研修を実施し
ている。したがって,事実上,A 社の内部統制推進
部に蓄積されたノウハウの下で,海外グループ会社
の研修は行われている。
10)近年は,これらに加え部長級を対象とした推進リー
ダー研修も重要視されている。しかしながら,推進
リーダー研修は 2011 年から始まったため,ここで
は取り上げない。
— 20 —
日本企業におけるコンプライアンス活動の展開
表 2 A 社のコンプライアンス研修全体像
研修名称
トップ研修
推進リーダー研修
推進担当者研修
概要
平均研修人数
開催回数(時間)
対象
コンプライアンス全般(講義) 役員,グループ会社社長・ 50 名 ×1 回(120 分)
CCO
リーダーの役割(講義,グルー
プ討議)
部長級,グループ会社(1 名) 本社:30 名 ×3 回
事業所:10 名 ×6 回(120 分)
推進担当者の役割,コンプラ 課長級,グループ会社(1 名) 30 名 ×26 回(120 分)
イアンス意識,法令知識等(講
義,グループ討議)
各種法令,行動規範(e-ラー グループ全構成員
ニング)
全員 ×1 回
新入社員
コンプライアンス基礎(講義) 新入社員
100 名 ×1 回(60 分)
スタッフ
コンプライアンス意識,法令
知識等(講義)
20 名 ×8 回(60 分)
web 研修
階層別研修
新任管理職
海外現地研修
(アジア地区)
総合職一般社員(160 名)
コンプライアンス意識,法令 新任管理職(140 名)
知識等(講義,グループ討議)
35 名 ×4 回(90 分)
コンプライアンス全般,法令 役員,管理職
動向,違反事例,意識調査結
果等(講義,グループ討議)
19 回(6 カ国)
計 450 名(150 分)
進担当者の役割について考えさせるとともに,海
表 3 コンプライアンス推進担当者研修の内容の変遷
外での活動事例の紹介も行われた。2010 年は,違
年
内容
反事案に対してどのような対応がなされたのかに
2005 年
コンプライアンス概論,違反事例,推進プロ
グラム,ケース討議
ケースメソッドによる企業倫理,違反事例,
リーニエンシー,輸出管理,意識調査結果
違反事例,著作権法,下請法,意識調査結
果,グループ会社の取組紹介,ケース討議
経営倫理の教育と人間の倫理行動,違反事
例,情報システム・セキュリティ,意識調査
結果,ケース討議
現代のコンプライアンスと推進担当者の役
割,違反事例,意識調査結果,海外の推進活
動,グループ会社の取組紹介
活動状況,違反事案の対応状況
相談を受ける者としての心得,違反事例,活
動状況
職場管理・職制の役割の再認識,ケース討議
ついての説明が行われた。2011 年は,職場でのコ
ンプライアンス推進者という立場にかんがみ,相
談を受ける者としての心得をテーマに研修が行わ
2006 年
2007 年
れた。そして 2012 年は,すべての課長を推進担
当者に任命するという改革が行われたことを受け
2008 年
て,コンプライアンスが課長の管理業務の 1 つで
あること,また,そもそも職場の風土形成,意識
醸成においての課長の役割は何なのかということ
2009 年
について,討議が行われた(表 3)。
新任管理職研修は 2004 年に開始され,この年は
コンプライアンス概論についての講義が行われた。
2005 年からは,ケース討議が導入された。その後,
2010 年
2011 年
2012 年
2007 年には,当時,話題となっていたグローバル
コンパクトや ISO26000 についての話が,2008 年
には J-SOX,公益通報者保護法の話がなされた。
た。2012 年には,推進担当者研修と足並みをそろ
2011 年からは,実践を意識して,不正のトライア
える形で,職場の風通しについての議論がなされ
ングルについての解説がなされたほか,職位者と
た(表 4)。
しての,職場のチェックについての説明もなされ
— 21 —
第 2 に,社内調査の実施である。A 社では,2 種
経
済
系 第
表 4 新任管理職研修の内容の変遷
262 集
引先との関係に関するもの,情報管理に関するも
年
内容
のなどがある。設問に対して,2 名以上で話し合
2004 年
2005 年
コンプライアンス概論,推進プログラム
コンプライアンス概論,推進プログラム,違
反事例,ケース討議
コンプライアンス概論,推進プログラム,違
反事例,FAQ
コンプライアンス概論,推進プログラム,違
反事例,グローバルコンパクト,ISO26000,
FAQ,ケース討議
コンプライアンス概論,推進プログラム,違
反事例,J-SOX,公益通報者保護
コンプライアンス概論,推進プログラム,違
反事例,意識調査結果
コンプライアンス概論,推進プログラム,違
反事例,意識調査結果
コンプライアンス概論,推進プログラム,違
反事例,不正のトライアングル,職位者チェッ
クリスト
コンプライアンス概論,推進プログラム,違
反事例,不正のトライアングル,職場の風通
し
いをしながら回答することを求めている。2 名の
2006 年
2007 年
2008 年
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
うちの 1 名は回答部署の責任者であることが推奨
される。
第 3 に,その他の推進制度である。2002 年 12
月,コンプライアンス・ホットラインが設置され
た。2004 年に,任命制のコンプライアンス推進担
当者制度が導入された。2012 年には,コンプライ
アンス推進担当者制度を任命制の形式から全ての
課長が担当する形式に変更した。
A 社のコンプライアンス活動の展開を整理した
のが表 5 である。
4. 事例分析
4.1 分析
第 3 節で示した A 社のコンプライアンス活動の
展開は,その内容を踏まえると 3 段階に分けて考
えることができる。第 1 期は,概ね 2005 年頃ま
で,第 2 期は概ね 2010 年頃まで,第 3 期はそれ
類の社内調査を行っている。
以降である。この 3 期間の区分けに基づき,以下
従業員意識調査は毎年 1 回,グループ会社も含
めた全従業員を対象に行われている。2006 年から
では,A 社のコンプライアンス活動について,内
容と範囲の 2 つの観点から分析する。
本格的に実施されるようになった11) 。2012 年度か
まずコンプライアンス活動の内容の分析である。
らは,人事部が実施している従業員意識調査と統合
研修については,第 1 期では,研修が各階層へ順次
された。意識調査の結果は,各種研修時にフィー
導入されるとともに,内容はコンプライアンス概
ドバックされるほか,イントラネット上にも掲載
論となっている。第 2 期では,研修内容がコンプ
される。
ライアンスの概論から事例へと変化している。こ
CSA(Control Self-Assessment)は,内部統制
れに伴い,研修方法も,講義中心から討議形式へ
状況の自己診断ツールである。2003 年から導入さ
と変化している。第 3 期では,職制主導によるコ
れた。A 社では部署単位で実施され,子会社では
ンプライアンス活動の推進を意識し,職場管理や
会社単位で実施される。当初は設問が 210 問あっ
職場風土の改善といった内容に関する討議へと変
た。現在は 90 問で,そのうちの 1/3 がコンプラ
化している。
イアンスに関する質問である。質問項目には,例
意識調査についてみると,第 1 期では,内部統
えば,不正競争防止に関するもの,購買行動や取
制状況自己診断ツールにあるように,部門長に対
して職場の体制,しくみを確認するものとなって
11)意識調査の結果に基づき,2007 年以降,国内グルー
プ会社におけるコンプライアンス活動の推進が強化
された。2007 年の推進担当者研修において,グルー
プ会社の取り組みが紹介されているのはその一環と
みることができる。
いる。第 2 期では,コンプライアンス意識にある
ように,従業員全体の意識や行動を問うものに変
わっている。第 3 期では,コンプライアンス意識
調査が人事部実施の従業員意識調査と統合されて
— 22 —
日本企業におけるコンプライアンス活動の展開
表 5 A 社のコンプライアンス活動の展開
年
活動
2002 年
2003 年
2004 年
コンプライアンス・ホットライン設置
内部統制自己診断ツール導入
トップ研修・新任管理職研修開始,任命制の推進担当
者制度導入
推進担当者研修・新任職位者研修・新入社員研修開始
課長研修開始,コンプライアンス意識調査開始
スタッフ研修開始
海外研修開始
推進リーダー研修開始
課長研修・新任職位者研修を推進担当者研修に統合,コ
ンプライアンス意識調査を従業員意識調査に統合,任
命制の推進担当者制度から全課長による推進担当者制
度に変更
2005 年
2006 年
2008 年
2010 年
2011 年
2012 年
表 6
コンプライアンス担当部署
研修
必要性の訴求
コンプライアンス推進室
CSR 推進室
内部統制推進部
A 社のコンプライアンス活動内容の分析
第1期
目的
総務部
第2期
メンバーへの教育
認知促進
第3期
通常業務内への定着
内容
コンプライアンス概論 違反事例(2005 年∼)
職場管理・職場風土(2011 年∼)
方法
講義
討議(2005 年∼)
討議
部門長への体制調査
全従業員へのコンプライアンス 人事部従業員意識調査との統合
意識調査(2006 年∼)
(2012 年∼)
社内調査
推進体制
コンプライアンス部門 一部の課長級(任命制)
(2004 年∼)
いる。
全部課長(2012 年∼)
第 1 期から第 2 期にかけては,A 社(親会社)の
推進担当者については,第 1 期では,コンプラ
コンプライアンス推進体制の整備が進められてい
イアンス担当部署が中心であり,第 2 期にかけて
る。併せて第 2 期では,2006 年の意識調査の結果
一部の課長クラスを担当者に任命するというもの
を受け,国内グループ会社の活動事例が紹介され
だったが,第 3 期では,すべての部課長級をそれ
ているほか,各種研修に国内グループ会社の役員
ぞれ推進リーダー,推進担当者に任命するという
や担当者が参加していることから,国内グループ
やり方に改められている。
会社のコンプライアンス推進体制の強化が行われ
以上より,第 1 期は,コンプライアンスの必要
ていることがわかる12) 。さらに第 3 期になると,
性を訴え,これまでの行動パターンや考え方を変
2010 年よりアジア地区海外グループ会社でのコン
えていく段階,第 2 期は,様々な手法を用いて,組
プライアンス研修が開始されていることから,A
織のメンバーに新しい行動パターンや考え方を教
育し,認知を促進していく段階,第 3 期は,新し
い行動パターンや考え方を通常業務の中に定着さ
せる段階となっていることがわかる(表 6)。
次にコンプライアンス活動の範囲の分析である。
12)国内グループ会社の推進担当者についても,A 社の
内部統制推進部主催の研修に参加させることで,教育
を行っている。また,国内グループ会社が独自の研
修を行う場合には,A 社の内部統制推進部が必要に
応じて研修内容,講師手配などの支援を行っている。
— 23 —
経
済
系 第
262 集
表 7 A 社グループのコンプライアンス活動範囲の分析
第1期
第2期
第3期
A 社(親会社)で
の展開
A 社でのコンプライアンス A 社でのコンプライアンス A 社のコンプライアンス活
活動開始
推進体制整備
動定着
国内グループ会社
への展開
国内グループ会社でのコン 国内グループ会社でのコン
プライアンス推進体制強化 プライアンス推進体制強化
(2007 年∼)
海外グループ会社
への展開
海外グループ会社へのコン
プライアンス推進体制移転
(2010 年∼)
社(親会社)におけるコンプライアンス活動の定
の訴求」,「メンバーへの教育・認知促進」,「通常
着化と並行して,海外グループ会社にコンプライ
業務内への定着」という活動プロセスを経ている。
アンス推進体制を移転する作業が行われているの
抽象的な活動からより具体的な活動へということ
がわかる(表 7)。
であり,認知を促進する活動から行動を促進し定
着化させる活動へということである。第 2 は,A
4.2
A 社のコンプライアンス活動の特徴
社のコンプライアンス活動は対象範囲を拡大して
前節での分析を踏まえ,ここからは,A 社のコ
いるということである。親会社である A 社で確立
ンプライアンス活動展開の特徴を考察していく。
した活動を,国内グループ会社に展開し,さらに海
まず,内容の特徴として,第 1 に研修内容・手
外グループ会社に移転するということである。第
法の変化があげられる。具体的には,コンプライ
3 は,対象範囲拡大時期についてであり,A 社の
アンス概論の講義から事例による討議,さらに職
コンプライアンス活動は,A 社内で「メンバーへ
場管理,職場風土改善に関する討議へという変化
の教育・認知促進」がなされる第 2 期以降,その
である。第 2 に,社内調査の変化があげられる。
対象範囲をグループ会社に拡大するということで
部門長に対する体制調査から全従業員に対する意
ある。
識・行動調査,さらにコンプライアンス意識調査
の人事部実施の従業員意識調査への統合という変
5. むすび
化である。第 3 に,推進体制の変化があげられる。
コンプライアンス部門主導から,職制から独立し
本稿の目的は,日本企業のコンプライアンス活
た任命制の担当者によるコンプライアンス推進体
動の展開上の特徴を明らかにしていくことであっ
制,さらに職制主導のコンプライアンス推進体制
た。そこでコンプライアンス活動における先進企
への変化である。
業である A 社に対する詳細なヒアリング調査,参
次に,範囲の特徴である。グループ会社への展
与観察調査を行った。その結果,(1) コンプライ
開については,親会社での体制が整ってきた第 2
アンス活動は認知を促進する活動から行動を促進
期中盤になってから,まずは国内グループ会社で
し定着化させる活動へと移行する13) ,(2) コンプ
の体制整備が強化されている。また,国内体制が
概ね整備された第 3 期になってから,その体制を
海外子会社に移転するという行動がとられている。
以上より,A 社のコンプライアンス活動展開の
特徴として,次の 3 点を指摘することができる。
第 1 は,A 社のコンプライアンス活動は,
「必要性
13)コンプライアンスの諸制度が整備されると,次に管
理職による風通しの良い職場風土の形成の促進に重
点が移る企業が多い。これは,コンプライアンス活
動の日常化と関係すると考えられる。風通しの良い
職場では,マイナスの情報がすぐに管理職に伝わる
とともに,メンバー間でもコンプライアンス上の相
— 24 —
日本企業におけるコンプライアンス活動の展開
ライアンス活動は対象範囲を拡大する,(3) コン
が促進要因あるいは阻害要因になったのか,他社
プライアンス活動は親会社での浸透後に対象範囲
ではどうなのかについての調査と分析が求められ
をグループ会社に拡大するということが明らかに
る。第 3 に,国内グループ会社でのコンプライア
なった。
ンス活動の展開方法と海外グループ会社でのコン
以上の分析結果より,次のようなことが考えら
プライアンス活動の展開方法の相違に関する調査
れる。まず,コンプライアンス活動は,展開の過
の必要性である。海外でのコンプライアンス活動
程で,既存の制度に組み込まれるようになり,管理
の推進と定着には,国内でのそれとは異なる部分
職のマネジメント機能の一部になるということで
があると考えられる15) 。そうした点に関する調査
ある。そのようなことを前提とするならば,いず
と分析が求められる。第 4 に,コンプライアンス
れは本社のコンプライアンス担当部署が縮小する
活動以外の諸活動の推進と定着との相違に関する
可能性もあるといえるだろう。次に,コンプライ
検討の必要性である。たとえば,人事制度や会計
アンス活動は,親会社での経験を踏まえ,国内グ
制度の展開方法との比較を通じて,コンプライア
ループ会社に展開し,その経験をも踏まえて海外
ンス活動の展開方法の特徴が明確になると考えら
グループ会社に移植されるということである。こ
れる。
れは,第 1 期,第 2 期は本社のコンプライアンス
体制整備が中心となり,グループ会社のコンプラ
イアンス体制整備まで「手が回らない」という側
面もあるが,確立したシステムをグループ会社向
けに簡易化したりアレンジしたりするプロセスだ
と理解することも可能である。つまり,親会社で
コンプライアンス体制が確立した後,その展開上
のノウハウや手法がグループ会社へと移転されて
いるとみることができる。
今後の課題は,以下の 4 点である。第 1 に,他
の先進企業でのコンプライアンス活動の展開に関
する詳細な調査の必要性である。本稿は A 社に対
する調査をもとにしたものである。このため,他
の先進企業に対するさらなる調査が必要だといえ
る14) 。第 2 に,コンプライアンス活動の展開にお
ける阻害要因,促進要因を探る必要がある。A 社
がコンプライアンス活動を展開するに際して,何
談やコンプライアンス上の注意喚起が行われやすい
という仮定が存在する。そして,こうした風通しの
良い職場の形成は管理職の日常の重要な役割だと考
えられるからである。風通しの良い職場風土とコン
プライアンスについては,山田・福永・中野(2005)
,
谷口(2013a)を参照のこと。
14)我々の共同研究では,A 社以外に製薬メーカーの B
社に対してもヒアリング調査を行っている。そして,
B 社でも A 社と同様の傾向がみられる。このこと
から,本稿で示された結論は,他の先進企業にも当
てはまる可能性が高いと考えられる。
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15)我々の共同研究では,A 社の現地法人を含む複数の
在シンガポール日系企業へのヒアリング調査も行っ
ている。調査の途上ではあるが,文化,法制度,人
事慣行,人事制度の違いから国内と同一の活動を行
うことは難しいことが示唆されている。しかしなが
ら,他方で,グループ討議を含むコンプライアンス
研修を行うなど,国内でのやり方を踏襲する部分も
多数みられる。日本型コンプライアンスモデルの特
徴については,谷口(2013a)を参照のこと。
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