2016/11 環境税制改革の二重の配当 朴勝俊(関西学院大学総合政策学部教授) ■ 国際合意と国内対策 地球温暖化防止のために各国代表がどんな国際合意を実現しても、国内での排出削減目標を達成する ためには、国内対策が必要となる。 無数の国民や企業の行動を変えることは、簡単なことではない。 ※だからこそ、各国は大胆な削減目標をなかなか約束できないのだ。 ■ 日本とドイツの京都議定書目標達成政策 日本 ドイツ ・原発推進(当初、20 基増設を掲げた) ・再生可能エネルギー支援 ・自主的取組(経団連自主行動計画) ・環境税制改革 ・補助金(再生エネ、エコカー、省エネ) ・EU 排出枠取引制度(EU-ETS) ・広報 ※炭素税・排出枠取引は導入失敗 ※脱原発 ※再生エネは RPS 制度で導入停滞 <日本> ・原発 20 基増設の計画は、すぐに挫折し 2001 年には 13 基増設に下方修正。 1997 年から 2011 年までに運転開始したのは 6 基だけ。福島事故以後は「脱原発」も議論に ・再生可能エネルギーは電力のわずか1%。なぜ普及しなかった? ←原子力優先のため ・ 「チームマイナス6%」や「チャレンジ 25%」を知っていますか?参加していますか? 前者は環境省が博報堂 1 社に委託した「国民運動」広報。年間 30 億円。2005~2007 関学でのアンケート(2013 年「総合政策 B」受講者):90%が内容を知らず、参加は 1% ・炭素税や排出枠取引制度の導入の試みは、日本でも環境省を中心に進められたが、経団連などの抵抗 が強く、実効性があるものは実現しなかった。 1 <ドイツ> ・1998 年、社会党・緑の党連立政権成立。脱原発・再生エネ支援・環境税制改革を実施。 □ 脱原発:原発の寿命を 32 年とさだめ、建設を禁止。2021 年頃には原発ゼロへ。 □ 再生可能エネルギー: 固定価格買取制度(Feed-in Tariff, FIT) 電力会社に対し再生エネ設備で発電された電気を全て買い取るよう義務づけ。そのコストは電力消費 者(家庭・企業)が負担金を通じて分担する。2014 年発電量の 27.2%が再生エネによる。再生エネ分野 38 万人の雇用が実現している。 □ 環境税制改革: 1999 年から実施。石油・天然ガス税を増税、電力税を導入。 ・1990 年代に緑の党も市場原理と環境経済学を受け入れ→エコロジー的社会的市場経済 ・ 「社会主義は価格が経済の現実を反映しなかったので崩壊した。資本主義は価格が 環境の現実を反映しないことで崩壊するであろう」→エコロジー的真実を語る価格を ・経済成長と環境負荷の成長の「切り離し」de-coupling, entkoppelung ・経済学では、社会的費用や外部費用という概念で、環境問題が扱われる。 外部費用の内部化:環境負荷を反映させ、課税によってエネルギー価格を引き上げる ・税収中立: エネルギー課税による収入を、ほかの税や社会保障負担の引き下げに。 →労働コストの引き下げ→企業による雇用の増加 (DIW 研究所によれば 25 万人) ・環境税制改革に反対していたメルケル首相も、これを廃止することは(でき)なかった。 □ EU 域内排出枠取引制度(EU-ETS) 2005 年から実施 ・京都議定書のような、国と国との間の排出枠取引制度ではない。 ・加盟国内にある工場や火力発電所が対象(約 1 万カ所)。各国政府が厳しく監視し、 排出枠以上に排出した企業・発電所には罰則がある。 ・日本とドイツの差は、環境税や排出枠取引制度など、実効性のある「経済的手法」が導入できたか否 かにある。 ■ 環境税と排出枠取引の経済理論 ・CO2 の特性: 煙突で捕まえることが難しい(SOx などと違う)。 化石燃料消費量に比例して発生する (同量のエネルギーでも、石炭>石油>天然ガス)。 →従って、化石燃料の消費を規制すればよい。 ・排出枠取引:工場・発電所のエネルギー消費量の制限 ・炭素税:石炭・石油・天然ガスの物品税 □ 限界削減費用: CO2 をもう1トンだけ追加的に削減す るのに必要な費用のこと。 2 □ 炭素税: ・炭素税が課税されると、各企業・家庭は削減単価の安い対策から順に実施する(図) ・限界削減費用が炭素税率より高い対策は実施されず、 残った排出量から税収が得られる (図では6[トン]×3500[円/トン]=21000[円]の税収)。 □ 排出枠取引制度 ・(国内の)排出枠取引においては、政府は社会全体の削減目標に応じて、それぞれの排出源(工場や火力 発電所)に一定量の排出削減を義務づける。例えば、過去の実績に比べて 20%の削減が命じられた場合、 過去の実績の 80%にあたる排出枠が無償で与えられたことになる。これをグランドファザリング方式(既 得権にもとづく配分)という。 ※これに対して、有償のオークション方式もある。有償の場合、政府にオークション収入が入る。 ・各排出源は、安価な対策から順に実施して、定められ A B た量まで排出量を削減する。つまり、排出枠の範囲内に 排出量を抑えなければならない(右図) 。 この時の削減費用は A は、500+1500+3000+5000=10000 円 B は、500+1000+2500=4000 円 ・排出枠は売買可能。限界削減費用が高い排出源は低い 排出源から排出枠を購入するとよい。 ・たくさんの排出源が参加して、排出枠の相場が形成されたとき、この相場よりも限界削減費用が高い 削減策は実施されないが、それよりも安い費用は全て実施される。 このとき、一定量の削減が「効率的」に行われたことになる。 3 例えば下図で、工場 A の 3 トン目の排出については削減単価が 5000 円/t であり、工場 B では 2 トン 目の排出について削減単価は 4000 円/t である。そこで、1 トン分の排出枠を 4500 円で取引すればよい。 その結果、削減の総費用(1 単位ずつ減らしてゆく限界削減費用を積み上げた金額)は、 どちらの工場にとっても減少する。 A ■ B 排出枠取引は既得権に配慮した公平性、炭素税はエネルギー消費量(排出量)に比例した公平性 ※排出枠取引は、排出量の確認(それなりに大変な行政的作業)のため、中小企業や家庭に対しては 実施することが困難。EU-ETS でも、一定規模以上の工場や火力発電所のみが対象となっている。 ■ 日本での環境税制改革の可能性 ・炭素税率 1 万円/tCO2 の場合、仮に 25%の排出削減になるとして、10 兆円の財源となる。 (温室効果ガス排出量 2013 年は 13.4 億トン、13.4[億 tCO2]×1[万円/tCO2]×0.75≒10 兆円) ・主な税収(H.26 予算、兆円): 所得税 14.8、法人税 10.0、消費税 15.3、その他 9.9 ・社会保障給付費は約 110.6 兆円、62.2 兆円は保 険料で 29.7 兆円は国庫負担、11.2 兆円は地方負担。 ・炭素税の税収は、雇用や投資に悪いインセンテ ィブを与えている税の減税に用いれば「二重の配 当」の可能性がある。 ・学会でも議論: 「弱い二重の配当」は必ず発生す るが、 「強い二重の配当」は場合による。 ・2012 年に導入された「地球温暖化対策税」 の税率は、わずか 289 円/tCO2 →もっと大規模な環境税制改革で、経済と環境の 両方を改善できる! ※二重の配当の理論的図解については、教科書『環境税制改革の「二重の配当」の』p80 の図、および p.183~185 を熟読しなさい。 4 ■ シミュレーション分析の結果 □ 環境税制改革の効果の推定には、コンピュータを用いた経済シミュレーション分析を用いる ・一定の削減目標を達成するのに必要な炭素税率 ・一定の炭素税率で削減できる排出量の推定 ・その場合の経済厚生(GDP)などの増加、または減少。 (増加のばあい「二重の配当」 ) □ 応用一般均衡モデル(CGE)とマクロ計量モデル(右表) 。 □「二重の配当」に関する Bosquet のレビュー(2000) 欧米の 56 の文献、139 のケース 第一の配当(CO2 減少)---- 84% 雇用の二重の配当 CGE モデル マクロ計量モデル 市場は均衡 不均衡 (新古典派) (ケインジアン) 失業なし 失業あり 再生可能エネルギー 再生可能エネルギー は経済的負担に は投資・有効需要に 統計学的方法を モデルを統計学の 用いない 方法で推定 --- 73% (CGE のうち 88%、マクロ計量のうち 75%) 強い二重の配当(GDP 増加) ---- 49% (ただし、増減幅は BAU 比±0.5%程度) 「労働税」の減税は、所得税や消費税の減税や一括還元に比べて 好ましい効果が出る傾向にある。 □ Park(2004)、Bach et al. (2002)、COMETR(2007)等の研究 □ CGE モデルを用いた分析例 ・Park, Yamazaki and Takeda (2012):UNESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)の委託研究。 Low Carbon Green Growth Roadmap for Asia and the Pacific のバックグラウンド研究として、国際 CGE モデル(20 の国と地域)を用いて、環境税制改革(炭素税導入と、他の税の減税)の「二重の配当」 と、 「国境税調整(BTA)」の効果を分析した。 税収構造は、国によって異なる。途上国には所得税や、労働にかかる社会保障負担が少ないので、こ れらは炭素税の税収還元の対象になりにくい。途上国(中国、インド、タイ等)の単独実施の場合も GDP の「強い二重の配当」の可能性がある。ただしそれは、 「法人税減税」の場合であり、労働税減税や消費 税減税の場合は「弱い二重の配当」 。国境税調整の効果は弱いが、重要である。 □ マクロ計量モデルを用いた分析例 Park et al. (2015) The double dividend of an environmental tax reform in East Asian economies Lee et al. (2015)に第八章として納められた。 英国ケンブリッジ・エコノメトリクス研究所の E3ME マクロ計量モデルを活用。中国、日本、韓国、 台湾を対象に分析した。 ・環境税制改革に関するシナリオは以下のとおり、 対象国 4-:四ヶ国が一斉導入、C-, J-, K-, T-: 税率 各国が単独実施 -N-:各国がそれぞれ削減目標を達成する税率、-H-:4ヶ国均等税率(4 ヶ国目標の合計を達成) 税収還元 -N:税収還元なし、-C:消費税減税、-I:所得税減税、-L:労働税(社会保障負担)軽減 5 ・各国の温室効果ガス(GHG)削減目標(2020 年まで) 中国: 実質 GDP 単位あたりの CO2 排出量(原単位)を、40%抑制 日本(旧目標) :GHG を 2005 年比 3.8%削減 韓国:GHG をベースラインから 30%削減 台湾:GHG を 2005 年レベルまで抑制 ※分析においては、2020 年以降の目標は設定せず、炭素税率を一定率(1.7%/年)で上昇させる ・シミュレーション結果 <目標達成に必要な炭素税率は?> 調和型炭素税の場合は 82.09 ドル/tCO2 52.44 $/tCO2 213.37 $/tCO2 153.70 $/tCO2 495.44 $/tCO2 <その税収は、各国の GDP にくらべてどの程度か?> 国別税率: 中国 4.0%、日本 2.8%、韓国 3.8%、台湾 13.6% 調和税率: 中国 6.0%、日本 1.6%、韓国 1.8%、台湾 3.3% <二重の配当をもたらす税収還元方法は?> ※CGE 分析の場合と異なり、消費税減税の効果が大きくなる(有効需要の押し上げに効果的なため) 参考文献 朴勝俊(2009)『環境税制改革の「二重の配当」』晃洋書房 Lee, Pollitt and Park [ed.] (2015) Low-carbon Sustainable Future in East Asia, Routledge Park, Yamazaki and Takeda (2012) Environmental Tax Reform: Major findings and policy implications from a multi-regional economic simulation analysis, Background Policy Paper, UNESCAP (http://www.unescap.org/sites/default/files/2.%20Environmental-Tax-Reform.pdf) 6
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