ドイツの交通分野における補助制度(税制の優遇措置)

海外トピックス
ドイツの交通分野における補助制度(税制の優遇措置)と環境問題
かわ ぐち ゆう
じ
河 口 雄 司 調査研究センター研究員
1.環境へ影響を及ぼす交通分野への
補助制度
個人の所得税を減税する,あるいは公共交通のネ
ットワーク維持・拡充を目的に補助金を支出する
といった補助制度の見直しを提案している。
2014 年 12 月, ド イ ツ 連 邦 環 境 庁(Umwelt
Bundesamt)は,
『ドイツ国内における環境へ悪影
2.補助制度の導入背景
響を及ぼす補助制度 2014』を公表した(参考文献
[1]
)
。その概要は,2010 年においてドイツ国内
まず,交通分野への補助制度が生まれた背景を
で自然環境に対して悪影響を及ぼすと考えられる
みてみる。軽油はガソリンよりも燃焼効率が高く
補助制度の総額はおよそ 520 億ユーロ(1ユーロ=
CO2 と表記)の発生量が少な
CO(二酸化炭素,以下
2
132 円換算で,およそ6兆 8 , 640 億円)以上にものぼ
い。欧州では地球温暖化対策(CO2 排出量の削減)
り,そのうちの約 241 億 6 , 800 万ユーロが交通分
を進めるため,ガソリンから軽油へシフトさせる
野へ支出されているというものである。ここで述
目的で軽油の税制優遇措置が導入された。それに
べられている交通分野への補助制度とは,エネル
よってドイツではディーゼル車が普及し,CO2 の
ギー税の免税・優遇措置を指しているが,政府の
削減には大きく貢献したが,軽油の消費が増加し
財政収支の点からは補助金が支給されたのと同様
たことで大気汚染が問題となっている。
といえる。
次に,航空産業において,航空機燃料に対して
ドイツにおける交通分野への補助制度のうち,
エネルギー税を賦課することは航空会社の経営を
下記の3つでおよそ 189 億 6 , 500 万ユーロとなっ
圧迫し,航空分野において国際競争力が失われて
ている。
しまうことから,航空機燃料に対してはエネルギ
(1)軽油税の優遇措置(70 億 5 , 000 万ユーロ)
ー税が免税となっている。しかし,CO2 の排出量
(2)航空機燃料にかかるエネルギー税の免税
が大きい航空機の輸送量が大きく伸びることは環
(69 億 1 , 500 万ユーロ)
(3)通勤費の税額控除(50 億ユーロ)
境保全の点から疑問が残る。
最後に,ドイツでは,通勤費用は企業が支給す
ドイツ連邦環境庁は,これらの補助制度によっ
るのではなく,個人が距離に応じた費用を確定申
て環境保全の効果が失われているため補助制度の
告において所得から税額控除する形をとっている
見直しをおこなうべきだと指摘している。たとえ
ケースが多い。税額控除の対象となる通勤費は,
ば,通勤手当の税額控除をおこなうのではなく,
自宅から職場までの通勤で距離(1km あたり 0 . 30
122 運輸と経済 第 75 巻 第 5 号 ’
15 . 5
運輸調査局
ユーロとして計算)と通勤日数に応じて年間 4 , 500
あるため,本来得られる税収が減少し,「二重の
ユーロまでを所得税の課税対象から控除される
配当」の効果が弱まっていると捉え,
「二重の配
(参考文献[2])。長距離になるほど税額控除が高
当」の効果をより発揮させる観点から報告書の提
くなるため,所得税負担額が軽減され,エネルギ
言がおこなわれている。
ーの利用が促進されると考えられる。
しかしながら,エネルギー税は適正な税率であ
以上の事例に示されるように,ドイツにおいて
るのか,エネルギー税の免税は,環境へどの程度
は,交通分野のエネルギー利用に関する補助制度
の悪影響をもたらすのか,さらには経済へどのよ
によって環境へ悪影響を及ぼすと報告書は指摘し
うな影響を与えているのかといった論点には触れ
ている。
られてはいないので,税制の優遇措置の扱いにつ
いては課題が残されている。
3.「二重の配当」の効果
4.日本への示唆
エネルギー税を賦課するときに想定されていた
ものは「二重の配当」であった。
「二重の配当」
ドイツと日本では税制の状況は異なるとしても,
とは,たとえばエネルギー税を引き上げてエネル
ドイツでの議論は日本においても参考となると考
ギー利用を抑制し,税の引き上げによって得られ
えられる。たとえば,日本では 2014 年 10 月の税
る税収を所得税や社会保険料の税率引き下げに活
制改正により,自動車や自転車などの通勤に係る
用し,失業率の改善や経済活動の活性化につなげ
費用の非課税限度額が引き上げられた。今回の改
るというものである。
正で限度額が引き上げられた部分は,通勤距離に
つまり,エネルギー税を課すことによって環境
よって額は異なるが,非課税限度額が引き上げら
保全目的を達成しつつ,税収の再配分によって雇
れることによって税収が減少する一方,自動車で
用を創出させるのである。ドイツではエネルギー
通勤するインセンティブが与えられる。環境保全
税の税収の多くは年金基金へ充当され,個人・企
を考えるならば,交通分野における税制の在り方
業の年金保険料が実質的に低下している。このよ
について,ドイツで検討されたように社会的厚生
うに企業の雇用に係る費用負担が軽減され,失業
の増大という観点から議論をおこなう余地もある
率の改善に寄与しているといえる。
のではないだろうか。
ところが,エネルギー税を賦課することは,エ
ネルギーを多く利用する産業の税負担は重くなり,
産業によって税負担が異なるのは公平性に欠ける
とともに,自国の国際競争力を低下させてしまう
可能性がある。このため自国の産業保護,公平性
の維持の観点から税制の優遇措置がおこなわれて
いる。
ドイツ連邦環境庁は,税制の優遇措置が過剰で
[参考文献]
[1]
原典:『Umweltschädliche Subventionen in
Deutschland Aktualisierte Ausgabe 2014』
[2]
国土交通政策研究所「地方都市における地
域公共交通の維持・活性化に関する調査研
究」p. 191
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