牛のルーメン発酵状況のグラフ化の試み

牛のルーメン発酵状況のグラフ化の試み
篠塚 康典1) 桧山 尚子2) (受付:平成1
8年5月2
9日)
A Trial Graphical Representation of Rumenal Fermentation in a Cow
YASUNORI SHINOZUKA1) and NAOKO HIYAMA 2)
1)Yamagata Veterinary Center Hirohima P.F.A.M.A.A
461-1, Haruki, Kitahiroshima-cho, Yamagata-gun, Hiroshima 731-1531
2)Miyoshi Veterinary Center, Hiroshima P.F.A.M.A.A
3-6-36, Tokaichi-higashi, Miyoshi-shi, Hiroshima 728-0013
SUMMARY
The cow has a nutritional requirement for rumen degradable protein (RDP) and non-fiber carbohydrate (NFC) for microbial fermentation. In this study, we tried to graphically represent microbial
fermentation via calculations for the purpose of providing adequate rations. We constructed a 24hourgraph of microbial fermentation using this method. When we want to balance rations, this method
should be more useful than the conventional technique.
要 約
牛のルーメンにおける発酵を最大にする適正な飼養管理を目的として,給与飼料中の炭水化物
および蛋白質について,その量とルーメン内での分解速度からそれぞれのルーメンにおける分解
パターンを経時的にグラフ化を試みた.計算により求められたグラフの検証として,濃厚飼料給
与後のルーメン付近,発酵熱の経時的変化を測定し比較したところ,計算により得られたグラフ
の分解パターンと同様の結果が得られた.本方法を用いて実際に給与している各種飼料の分解パ
ターンを計算し,給与量・給与時間をもとに2
4時間グラフを作成したところルーメンでの発酵状
況をわかりやすく表現することが可能となった.このグラフを用いることにより,飼料給与量だ
けでなく給与時間,間隔などさらに精密な飼養管理指導が可能になると思われる.
成され,蛋白質はアンモニアに分解された後微生物蛋白
序 文
質に合成される.各種VFAはルーメン粘膜から吸収さ
牛は第一胃(以下ルーメン)から第四胃よりなる複胃
れ,微生物蛋白質は第四胃以降で消化吸収され牛体に利
をもち,単胃動物とはきわめて異なる消化機能をそなえ
用される.このようにルーメンという発酵タンクをもつ
ている.ルーメン内には各種の微生物が存在し,牛が食
反芻動物の栄養管理はルーメン発酵を抜きにして考える
べた飼料の消化を行っている.すなわち,ルーメン内の
ことはできず,特に高泌乳牛ではルーメン微生物の機能
微生物により飼料は分解され,セルロースやデンプンな
を最大に発揮して栄養素の供給を効率的におこなう必要
どの炭水化物から揮発性脂肪酸(VFA)とガス類が合
がある.最適なルーメン発酵,すなわち菌体蛋白質生産
1)NOSAI広島山県家畜診療所(〒7
31‐
1531 広島県山県郡北広島町春木4
61−1)
2)NOSAI広島三次家畜診療所(〒7
28‐
0013 広島県三次市十日市東3丁目6−36)
− 13 −
広島県獣医学会雑誌 №2
1(2006)
を最大にするためには,ルーメン微生物自身への蛋白質
173.2
とエネルギーの効率的供給をおこなうことが重要で,現
在の飼料計算ではRDP(ルーメン内分解蛋白)とNF
エ
ネ
ル
ギ
ー
量
︵
C(非繊維性炭水化物)の量的バランスをとることが重
要とされている.しかし,これらの栄養成分をただ単に
一日の必要量として供給すれば良いというわけではなく,
kcal
ルーメン内でのアンモニア放出とルーメン微生物に対す
るエネルギー供給を同期化させることが重要で,従来の
︶
飼料計算方法ではこのことが加味されていなかった.そ
こで今回,時間軸を用いて飼料の蛋白質分解量と炭水化
B1+B2分画
75.7
66.2
B3分画
A2分画
物発酵エネルギー量をグラフ化し,ルーメン内での発酵
1
状況を視覚的に捉えることを試みたので報告する.
材料と方法
2.5
10
時間
図1 ふすまの炭水化物発酵エネルギー量のグラフ化
1.ルーメンにおける炭水化物発酵エネルギー量のグラ
フ化
乳牛がエネルギーとして利用できる炭水化物は,有
エ
ネ
ル
ギ
ー
量
機酸・糖,でんぷん・ペクチンやベータグルカンなど
の水溶性繊維,セルロースやヘミセルロースなどの繊
維がある.一般的に有機酸や糖などは最も早く消化さ
れ,次にでんぷんや水溶性繊維が消化される.そして
ふすま
セルロースやヘミセルロースなどの繊維は消化に時間
がかかる.CPM Dairy では炭水化物消化の性格につい
0
て表1のように分類し,消化速度についても求められ
2
4
6
8
時間
ている.グラフ化に際しては,ルーメン内微生物は有
10
12
通過速度 6.16%/h
図2 ふすまの炭水化物発酵エネルギー量のグラフ化
スムージング処理後 機酸をエネルギー源として利用できないので,これを
除外した最も早く消化される糖部分,中速度で消化さ
れるデンプン及び水溶性繊維部分,ゆっくり消化され
1 kg あたり1.6Mcal のエネルギーを持つ.そのうち糖
る利用可能繊維部分の3分画について行った.ふすま
部分は4.7%を占め75.6
7kcal となる.これを1時間で
の場合を例にとると,その成分は表2に示すとおりで
消化するので図1のようになる.同様に中速度で消化
される部分は433.1kcal を2.5時間かけて,ま
表1 CPM Dairyにおける炭水化物の分画およびそれらの分解速度
分 画
A1
A2
B1
B2
B3
C
分解速度
(%/hr)
−
50-500
10-50
10-50
0-10
−
有機酸
糖
でんぷん
溶解性
繊 維
た,ゆっくり消化される部分は661.71kcal を
1
0時間で消化する.これら3分画のグラフの
和がルーメンにおけるフスマの炭水化物消化
分類
量と考えられる.さらに,フスマのルーメン
利用可能 利用でき
性 繊 維 ない繊維
内通過速度は6.1
6%/h とされているので流出
NDF
行うと図2のようになる.この図はルーメン
NFC
(CPM Dairy Beta Ver.3.0.4a より抜粋)
部分を差し引きグラフのスムージング処理を
における炭水化物消化量をより詳しく現わし
ているものと考えられ
表2 ふすまの炭水化物の組成,そしてある条件下*でのルーメン内通過速度,
消化速度およびエネルギー値(CPM Dairy Beta Ver.3.0.4aでの計算値)
る.このグラフを積分し
NFC
ルーメン内で利用される
項 目
CP
NDF
糖
単 位
ふ す ま
でんぷん
水溶性
繊 維
%DM
17.0
41.1
4.7
21.8
でんぷん
または水
溶性繊維
消化速度
通過速度
%/h
%/h
Mcal/kg
40
6.16
1.61
5.1
エネルギーを表してい
る.
*:値は2産目,分娩後120日,乳量40kg,乳脂率3.
8%,乳蛋白率3.
2%,体重600kg,BCS3.
0,
増体率0.
08kg/日のホルスタイン種乳牛で計算
− 14 −
NEl
た数値がその飼料の持つ
2.ルーメンにおける蛋
白質分解量のグラフ化
飼料中の蛋白質はルー
メン内で分解される分解
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表3 CPM Dairyにおける蛋白質の分画およびそれらの分解速度
A
NRC分画
B
性蛋白(RDP)と分解されない非分解性蛋
白質(RUP)に分けられる.RDPはさら
C
に分解速度によって分けられ,CPM Dairy で
CPM Dairy
分画
A
B1
B2
B3
C
10000
100-400
2-16
0-2
−
中程度
遅い
分解しない
は5段階に分けられている(表3)
.ここでは
炭水化物のグラフ化と同様の手法により分解
分解速度
(%/hr)
速い
溶解性蛋白
蛋白量を求め図3のようにグラフ化した(図
3)
.
結合蛋白
3.サーモグラフィ(熱画像計測装置)によ
分 類
分解性蛋白
非分解性蛋白
る検証
(CPM Dairy Beta Ver.3.0.4a より抜粋)
計算で求められた炭水化物消化パターンが
現実に即したものであることを検証するため
100
に飼料給与後のルーメン発酵熱を測定した.
エネルギー
90
80
測定には㈱チノー製のサーモビジョンCPA
蛋白
700
600
500
70
60
400
50
300
40
kcal
エ
ネ
ル
ギ
ー
量
︵
200
30
︶
100
た交雑種成牛にフスマのみ4kg給与し,その
後自由飲水とした.給与直後よりサーモグラ
フィを用いて,剃毛したルーメン部分(写真
2)の皮膚温度を測定し,ルーメンの発酵温
10
度の指標とした
(写真3)
.画像をコンピュー
0
ター処理し,測定した3
0cm四方の皮膚平均温
24
21
22.5
19.5
18
15
16.5
12
13.5
10.5
9
6
7.5
3
4.5
1.5
0
0
20
−1200(写真1)を用いた.前日より絶食し
蛋
白
質
量
︵
g
︶
時間
度の変化を経時的に記録した(写真4)
.
図3 ふすまの発酵パターン
写真1 サーモビジョン
写真2 ルーメン部分皮膚温度
写真3 コンピュータ処理画像
写真4 皮膚平均温度の変化
− 15 −
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40
4.実際の飼料給与例への応用
39
1,2の方法を用いて各飼料の発酵パターンを
データベース化し,実際の飼料給与における全体
の発酵パターンをグラフ化した.配合飼料につい
てはその詳細な成分が不明であるので,すべての
成分が既知であるTMR飼料を給与しているA農
家のケースについて行った.A農家で給与されて
38
温
度
︵
℃
︶
37
ルーメン温度
直腸温
ふすま発酵パターン
36
35
34
33
32
いたTMRの構成成分は表4に示すとおりで,そ
31
の発酵パターンを求めた.このTMRを含むA農
30
4
:
48
9
:
36
14
:
24
19
:
12
家の飼料給与状況は表5のようであった.給与時
時間
間・給与量から発酵パターンを2
4時間のグラフ化
図8 ふすまの発酵パターンとふすま投与後の
ルーメン表面温度の変化 した.
50
︶
50
30
25
150
10
24
21
22.5
19.5
18
15
250
エネルギー
1500
200
蛋白
エ
ネ 1000
ル
ギ
ー
量
︵ 500
150
100
kcal
50
蛋
白
質
量
︵
g
︶
0
24
22.5
21
19.5
18
15
16.5
13.5
12
10.5
9
6
7.5
4.5
3
0
1.5
︶
0
12
4
35
16.5
300
2000
原物配合量(kg)
醤油粕
MCコンプリート
水
12
図9 A農家TMRの発酵パターン
表4 A農家で使用されているTMR配合割合
60
70
22
22
24
22
18
26
14
12
9
0
時間
の牛に投与した場合の発酵熱のパターンを
トウモロコシ
ビール粕(脱水)
アルファルファ乾草
トールフェスク
ビートパルプ
スーダングラス
糖蜜(液体)
大豆粕(セミフレーク)
大麦圧ぺん
脱脂米ぬか
綿実
蛋
白
質
量
︵
g
︶
5
13.5
0
今回計算で得られた発酵パターンと実際
20
15
10.5
0
2.サーモグラフィによる検証
40
200
9
と仮定し縦軸を決定した.
100
45
35
6
要なエネルギーを蛋白質10gに対し70kcal
蛋白
7.5
モニアをルーメン微生物が利用する際に必
250
3
ころ図3のようになった.分解されたアン
エ
ネ
ル
ギ
ー
量
︵
4.5
フスマの発酵パターンをグラフ化したと
エネルギー
1.5
1.飼料の発酵パターンのグラフ化
300
kcal
成 績
時間
図10 A農家のルーメン内発酵状況
表5 A農家の飼料給与状況
時 間 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0 6.5 7.0 7.5 8.0 8.5 9.0 9.5 10.0 10.5 11.0 11.5
午
6.5
給 TMR
前
1.5
オーツヘイ
与
時 間 12.0 12.5 13.0 13.5 14.0 14.5 15.0 15.5 16.0 16.5 17.0 17.5 18.0 18.5 19.0 19.5 20.0 20.5 21.0 21.5 22.0 22.5 23.0 23.5
飼
午
6.5
6.5
6.5
料 TMR
後
オーツヘイ
1.5
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比較したところ同じようなパターンとなり,現実に即
しているわけではない.なぜなら臨床現場では,飼料の
していると考えられた.実験の間,直腸温は一定で気
品質や給与量など不確定要素が多いからである.重要な
温もほぼ一定であった(図8)
.
ことは実際に飼料を給与している農家の理解を得ること
3.TMR給与飼料への応用
で,グラフを用いて説明することは,飼料給与の回数を
A農家で給与されていたTMR飼料の発酵パターン
増やす理由や適切な飼料給与順序の説明のツールとして
は図9のようになった.この飼料を含むA農家の飼料
有用であると思われる.
給与状況(表5)を時間軸に沿って2
4時間ルーメン発
反芻動物である牛に対する飼料設計では2つの要求量
酵状況をグラフ化した
(図10)
.4回の飼料給与の際に
を満たさなければならない.一つは牛そのものの要求量,
大きなピークがあることがわかる.また,炭水化物の
もう一つはルーメン内微生物の要求量である.筆者は
発酵スピードと蛋白質の分解スピードがほぼ同じであ
ルーメン内微生物の要求量を第一義的に考えている.そ
り,この点については問題無いと考えられる.このグ
のためにはルーメンの安定した発酵は必須で,NFCの
ラフを積分したものが給与飼料中のNFCおよびRD
分解速度に適合したRDPをバランスさせることが求め
Pとなる.
られる.
NOSAI広島では要因分析事業として牛群の代謝プ
考 察
ロファイルテスト(MPT)を実施しており,飼料給与
今回試みたグラフ化の方法を用いることによってルー
についても飼料計算を行っている.乾物摂取量を左右す
メン内での発酵状況を表すことができた.飼料ごとの発
るルーメンサイズ,ルーメン発酵を担うルーメンマット,
酵パターンをデータベース化しておくことによってその
発酵産物をキャッチする十分なルーメン絨毛形成など前
飼料の特徴を視覚的につかむことができると思われる.
提条件はあるが,現在使用している飼料計算ソフトに今
また,同じ飼料でもその加工形態によって分解速度は異
回の考え方を取り入れ,2
4時間のルーメン発酵グラフを
なってくるが,グラフ化することによって誰にでもわか
組み込むことによって高泌乳牛にも対応したより精密な
りやすく捉えることができる.今回の試みは計算による
飼養管理指導が可能になると考える.
ものであって,ルーメン内の実際の発酵状況を厳密に表
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