RELAY COLUMN リレーコラム 牛乳需要創出の可能性と課題 1. 台所用機器の進歩=イノベーション イノベーション(新しいことを取り入れる)時代である。過去の食事は、日によって 選択が行われていた。それが今では、ごはんは保温機能付き炊飯器の普及で四六時中食 べられるようになった。「パンでもごはん」でもいい―主食に対する“わがまま”が容 認され、副食類も納豆、魚介加工品などのごはんに対応したメニューより、パンにもご はんにも合う肉加工品などの利用を増やす結果となった。 また湯沸かしポットの普及により、「お湯はポットで勝手に沸いている」と思い、お 湯を沸かす道具の「やかん」を知らない子供がいる。料理教室の「落とし蓋」事件(な べ・フライパン料理で、生徒に「落とし蓋」をしなさいと言うと、蓋を床に落とした) 以上に、衝撃なのは手作り料理レシピから、スーパーの店員さんに「さし水」という商 品がないか?との質問がある時代である。 朝寝もしたいが、朝食もとりたい。朝食に限れば、今の台所の3種の神器は、保温機 能付き炊飯器、オーブントースター、電子レンジである。起きたとき、ポコポコ音をた てながら香ばしい香りを放つサイホン式コーヒーメーカーがおしゃれであり、この食卓 のイメージから「牛乳」の姿は…。 2. 成熟時代の牛乳の価値は 忙しい主婦ほど同時進行で複数の家事をこなし、食の外部化率はますます高まる(冷 凍食品と総菜部門の発達)。さらに、内なる大型冷凍冷蔵庫の容器収納ドアの中央には、 牛乳パックに替わって1∼2 のコーヒー、日本茶などの嗜好飲料のボトルが鎮座し、 トレーの棚には飲み残しの健康飲料の500mlのペットボトルが横積み、スーパー等のチ ラシ広告から「牛乳」の姿が消えて久しい。 飲用牛乳は健康食品として手軽で栄養もあり、ある時期には最も重宝された食材であ る。しかし、牛乳も単に飲み物の一つにすぎないという時代にきている。事実、若者た ちの間に牛乳離れが起きている。天然果汁、清涼飲料、コーヒー、茶など多くの飲料が ある中で、牛乳はますます「必要としない、欲しくないもの」だろう。また、若者だけ でなく、万人が等しく「牛乳」に以前ほど価値を見いださない時代といえる。 食生活でも牛乳のある朝食のイメージが崩れ始めている。食卓のシーン、メニュー、 競合飲料が多様化し、両親がコーヒーや天然果汁ジュースを飲む中、子供にだけ牛乳を 強制するのは無理なのである。国の施策から学校給食に米飯推進の面もあるが、栄養・ 補助金面から「牛乳」のみの選択はいかがなものか、との主婦の意見が新聞投書欄に載 る時代である。 店頭での価格競争だけではなく、中身の質によって選択され、その価値に対して相応 の対価を支払うという域に達した「成熟した時代」。本当においしくなければ(嗜好に 合わなければ)、あるいは機能的に何らかの付加価値がなければ、いくら安くてもいら ないということになる。 3. インターネット検索での牛乳批判と著書の現状 インターネット検索において見過ごせない「驚きの数値」を紹介しよう。ある検索サ イトでは、「牛乳 体に悪い」は413万件もヒットする。また、「牛乳に相談だ。」は62万 7,000件であるが、この内容には牛乳批判関連の件数も含まれている。 また、牛乳をこれでもかとこき下ろした著書がある。要点をまとめると、①牛乳に含 まれる乳糖は消化できない人が多い、②牛乳のタンパク質はアレルゲンになり得る、③ 肥満の人は牛乳に注意、④上記の①∼③には低脂肪のヨーグルトをお勧め、⑤母乳は牛 02 Japan Dairy Council NO.528 鈴木 忠敏(すずき ただとし) 乳で代替してはいけない、⑥著者は牛乳が大嫌い―である。 この本の著者は、牛乳の取り過ぎによる諸症状の発症メカニズムについては、専門外 なのではないだろうか。著書の中でいう「私自身の膨大な臨床データ」というのは、 「患者から聞き出した食歴」のことだと私には読める。動物実験などで追試できそうに 思うが、そういうデータはない。 前述の代表的な牛乳批判本の「売り」は、胃腸内視鏡外科医が胃腸を診察した目で常 識を覆す―というものだが、その一つが体に悪いという牛乳神話である。この言い回し に引っ掛かりを感じる。牛乳有害論が引き合いに出すのは、「子供には健やかに育って ほしい」という殺し文句である。子供は健康に育ち、簡単に幸せになれる―という分か りやすさは、本と名声を高めるための「洗脳戦」である。 4.牛乳類の嗜好と評価 どんな食べ物でも、好き嫌いの2派に分かれるのが普通である。しかし、牛乳はそれ が極端に表われる。小学校では、だいたい1割の児童が牛乳を飲めない、飲まないとい う。また、価格の安い成分調整牛乳の飲用に慣れた子供たちは、成分無調整牛乳の味に 違和感を持つと聴く。 オードリー・ヘップバーン主演の名作「ローマの休日」。王女がベッドに入ると、侍 女がお盆にのせて1杯の飲み物を持ってくるシーンがある。王女は、それを飲み、深い 眠りへ…。王女が飲んだものは、お酒ではなく、牛乳。下々の身は就寝前に飲む物はお 酒を思い浮かべるが、高貴な方はそんなヤボなものは飲まない。 なぜ牛乳なのだろうか?それは、美容と安眠を誘ってくれる飲み物だからである。牛 乳にたっぷり含まれるカルシウムには、心身を安定させる効果がある。イライラしたり、 興奮したり、ストレスが溜まったりしたときは、牛乳を飲むことで落ち着いた気分にな れる。牛乳にはカルシウムのほか、私たちの健康を維持するいろいろな成分が含まれて おり、スタミナドリンクもけっこうだが、牛乳はそれ以上のすばらしい自然の力を持っ ているのである。 お わ り に 牛乳を深く知ると、「そんなにいいのなら飲んでみるか」となるはずである。そこで、 あまり変化球を使わずに、牛乳の正しい知識をしっかり頭に入れるべきである。 病原菌から体を守る、骨密度を増やし骨を強くする、精神状態を落ち着かせ安眠を助 ける、体脂肪率を下げる働きがある、血圧を抑え血管を丈夫にする、便秘を改善する、 ビタミン類が美しさをサポートする−などがある。 牛乳にひと手間かけて、牛乳嫌いの減少へ。例えば、子供用には牛乳に麦茶を混ぜて 苦くないコーヒー味に、また牛乳をサイダーで割って飲む。大人には焼酎・ウイスキー の牛乳割りで、胃壁を守りながら酒が飲める。また料理に牛乳を積極的に取り入れるこ とがお勧めである。 栄養・カルシウムといった牛乳の効用を単に挙げ、ただ「牛乳を飲もう」という訴求 だけでなく、現代人の食習慣・ライフサイクルの変化を考え合わせた牛乳・乳製品の新 商品開発も必要ではないか。そして、タブー視せず応援団として、シリアル産業との提 携(栄養面から牛乳による補完)にも、一歩踏み出すべきである。新鮮な生乳を利用し た乳周辺製品の消費拡大策を、生産・加工・販売の現場が一致協力して健全な育成・発 展を図ることが望まれる。 RELAY COLUMN 1971年3月日本大学農獣医学部食品経済学 科卒業、73年3月同大学院農学研究科修士 課程修了。94年1月酪農学園大学酪農学部 助教授(食品流通学科)、04年同大教授、 05年同大食品流通学科長を経て、09年から 同大エクステンションセンター所長。 NO.528 Japan Dairy Council 03
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