アメリカ・オレゴン州及びポートランド都市圏の経済、産業、社会

調査レポート:経済・産業視察
「全米で最も引っ越したい州」オレゴン州、
「世界で最も住みやすい街」ポートランド都市圏の経済・産業・社会を探る
はじめに
「オレゴン州」と聞いて、アメリカの地図からピタリ場所を言い当てられる人は意外と
少ないのかも知れない。
「そうそう、オレゴンから何とかというテレビ番組が昔あったね」
、
「カリフォルニアは分かるけど、オレゴンって近くだっけ?」これが視察前の家人、友人
の多くの反応であった。今回、
「日刊工業新聞社オレゴン州産業視察ツアー」に参加しオレ
ゴン州及びポートランド都市圏を「アメリカにおける日本企業の進出先として好適地であ
るのか」という視点で訪問した。現地企業、現地の日本企業や産業団地等を視察し、オレ
ゴン州、ポートランド市の産業誘致や都市開発部局や周辺自治体首長、オレゴン州日米協
会、ポートランド日本商工会の関係者との面談、ヒアリングの機会を得た。
本レポートは視察、ヒアリング及び配布資料等をもとにオレゴン州及びポートランド都
市圏の経済、産業と社会について取りまとめたものである。様々なカントリーリスクが表
面化してきた中でも、多くの中小企業経営者の目が依然として東南アジア諸国へ向いてい
る。そんな中、世界最大の GDP 大国であるアメリカへの生産進出や販路開拓も経営戦略
の方向性として考えることも決して無駄ではないと考える。またその候補先の一つとして
オレゴン州及びポートランド都市圏のポテンシャルに高さに驚かされた。
本稿は、オレゴン州の概要及び州全体の産業構造とポートランド市及び周辺自治体を中
心とするポートランド都市圏の社会、経済状況について取りまとめた。
Ⅰ:オレゴン州の経済及び社会事情
1.オレゴン州の概要
(1)由来
州名となる Oregon(オレゴン)はコロンビア川の旧名 Ouragon に由来するとされてい
て、発音は Ory-gun に近い。州章は、オレゴン州が準州から州に昇格した 1859 年にちな
み、外周を「STATE OF OREGON 1859」と書かれた環が囲み、中に国鳥であるハクトウ
ワシと盾が描かれている。裏面にはビーバーの絵が描かれていて、オレゴン州は全米で唯
一、表と裏でデザインが異なる州旗を持つ。
(2)位置
アメリカ合衆国本土で太平洋に面している3州、ワシントン州、オレゴン州とカリフォ
ルニア州の一つである。北のワシントン州と南のカリフォルニア州に挟まれる形で位置し
ている。内陸側はアイダホ州とネバダ州に隣接している。南北は北緯 42 度から 46 度 18
分、東西は西経 116 度 28 分から 124 度 38 分にある。南北は北海道の室蘭市からロシア
のユジノサハリンスク市にかけての緯度に相当している。面積は 255,026 ㎢で、全米で9
位の大きさとなっている。日本に当てはめると本州と四国の合計とほぼ等しい大きさであ
-1-
る。オレゴン州から見て、
“裏庭”の位置にアメリカの大消費地カリフォルニア州があると
いう場所という位置にある。
(3)気候
州内にカスケードレンジと呼ばれる山脈が走ってお
り、これを境界として気候は東西に2分される。東側
の3分の2は降水量が少なく、寒暖差が激しく大半が
高原型の砂漠となっている。西側の3分の1は降水量
が多く寒暖差が少ないため、主要河川の流域を中心に
州内の人口・産業の大半が集中している。
(4)人口
オレゴン州の人口は約 393 万人(2013)で全米 50
州の中位。日本では静岡県や横浜市と同じ程度の人口
である。このうち約 200 万人が最大都市ポートランド
とその経済圏に住んでいる。2000 年から 2010 年に約
12.0%増加している。特に州内北西部を南から北へ流
れてポートランドでコロンビア川(約 1,989 ㎞)に合流
するウィラメット川(約 300 ㎞)沿いにはオレゴン州最
大の都市ポートランド、第2の都市ユージーン、第3
の都市(州都)のセーラムがあり、ウィラメット川流
域全体でオレゴン州の人口の約 70%が居住している。
人種・民族構成は、2010 年で白人(83.6%)
、黒人(1.8%)
、
図1.アメリカ西海岸地域と
オレゴン州
アジア系(3.7%)、先住民(1.4%)となっており、全
米と比較して白人の多さが際立っている。
(5)経済競争力
アメリカでは様座な指標やアンケート調査等の結果をもとに地域の特長や優位性を示すこと
によって、自らの地域のアドバンテージを明らかにすることは頻繁にみられる。今回の視察に
おいて提供された資料からオレゴン州の競争力を示すいくつかの指標を紹介する。
全米で最も製造業に適した州・・・第1位:2011 年「American Institute for Economic Research」
新規投資における州税負担の低さ・・・第2位:2011 年「Ernst & Young C.O.S.T. Study」
全米で最も有効事業税率の低い州・・・第2位:2013 年「Ernst & Young C.O.S.T. Study」
全米で最も GDP 成長率が高い州・・・第3位:2012 年「U,S, Bureau of Economic Analysis」
「クオリティ・オブ・ライフ」の高い州・・・トップ5:2011 年「Business Facilities」
将来的な雇用成長が見込まれる州・・・トップ 10:2013 年「Forbs」
全米で最も発明に満ちた州<特許>・・・第2位:2010 年「CNN/Kaufman Foundation」
(出所:
「Doing Business in Oregon」資料 Business Oregon®)
-2-
写真1:ポートランド市遠景
写真2:セミナー会場
2.オレゴン州の経済と主要産業
(1)オレゴン州の経済規模
オレゴン州の地域内純生産額(GDP)は 2012 年で 1,874 億ドル(約 19 兆 1,148 億円、
1 ドル=102 円)と全米では中位の経済規模ながら、成長率は 3.9%で全米3位と高い視聴
率を示している。また主要産業については、温暖な気候や恵まれた自然環境に基づく農林
水産業から、カリフォルニア州のシリコンバレーにならい「シリコン・フォレスト」と称
されるようなハイテク産業、その他スポーツ・アパレル業界でも世界をリードするなど多
様な産業が展開している。
図2:全米及びオレゴン州の1人当たりの GDP の推移
$50,000
$48,000
オレゴン州
全米
$46,000
$44,000
$42,000
$40,000
$38,000
$36,000
$34,000
$32,000
$30,000
(出所:Business Oregon 資料)
図2は最近の全米とオレゴン州との 1 人当たりの GDP の推移を見たものである。1997
年当時、オレゴン州と全米との比較では、約 5,000 ドルの差でオレゴン州の方が下回って
いた。その後、オレゴン州が高い伸び率を示すことにより 10 年後の 2007 年には全米水準
-3-
に追いつき、2012 年には 48,000 ドルに達し、逆に全米平均に 5,000 ドル以上の差をつけ
ることになった。この結果は、先ほど触れたように全米で最も製造業に適した州・・・第1
位、全米で最も GDP 成長率が高い州・・・第3位、将来的な雇用成長が見込まれる州・・・
トップ 10 と言った評価につながって来ている。また経済や産業面だけでなく「クオリティ・
オブ・ライフ」の高い州・・・トップ5や「アメリカ人の引っ越し先
第1位」など社会生
活面での評価も高く、若年層を中心に州外からの転入者が多いということも高い経済成長
率に繋がってきているものと推察できる。
(2)オレゴン州の主要産業
オレゴン州は恵まれた自然条件や社会環境により多様な産業が息づいている。次にオレ
ゴン州の主な産業について、その概要を紹介したい。
① 農業・食品加工
1世紀以上も前からアメリカ北西部の多くの農産物を世界に向け輸出してきている。良
質なオレゴン州の農産物に付加価値を付けて加工品として世界各地に輸出する食品加工業
者が存在し、その多くが州内に拠点を置いている。またオレゴン州はホップの生産に適し
た気候と恵まれた水があることで世界有数のクラフト・ビール(地ビール)の産地で 120
の地ビールメーカーがある。またピノ・ノワール種の世界有数の生産地で 450 のワイナリ
ーがあり、同州の有力な観光資源ともなっている。
主な食品加工業の分野では、冷凍食品製造、乳製品、果実・野菜の缶詰製造、ビールや
ワインの醸造酒・蒸留酒製造、パン製品、パスタ、トルティーヤ製造がある。
② 林業
オレゴン州は森林面積が 12 万 3,000 ㎢と州の陸地面積の 46%を占めている。全米最大
の製材産出州であるオレゴン州は、林業の先進地として国際的な認知を得ている。またオ
レゴン州立大学は林業分野における研究において世界のトップクラスであり、木材の収穫
からから木材製品の加工まで二次木材製品の製造分野のビジネス環境に最適の場所として
地位を得ている。針葉樹在モールディング、木製家具、建築用木製加工構造材、ドアなど
がオレゴン州の世界的に付加価値が高い主要木材製品である。
③ 金属製品・先端ものづくり産業
オレゴン州は長期間にわかり金属製品分野の革新的な役割を担ってきていた。鉄道車両、
船舶やボーイング社に代表される航空機など多様な分野での技術開発を経験してきている。
環境に優しいまちづくり・都市交通ということで、注目されている近代的なストリートカ
ーもオレゴン州で最初に開発されている。また電気自動車や再生可能エネルギーの分野に
おいても州政府、民間企業が連携して進めている。約 2,000 社の関連企業が集積し、45,000
人が従事している。20 億ドル(約 2,040 億円)の年間売上を記録している。
④ ハイテク産業
オレゴン州のハイテク産業の歴史は古く 60 年代にテクトエオニクスの進出に始まり 80
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年代のインテルなど大手が進出してきた。これらの大手企業の進出が数多の下請け、関連
産業をオレゴン州に集積させる結果となった。特にインテルの世界最大の生産拠点の進出
はオレゴン州のハイテク産業の知名度と集積を飛躍的に高めた。オレゴン州内には 1,500
超のソフトウェア企業が存在し、特に財務、教育、健康分野でのソフトウェアが強みとな
っている。
半導体産業は州内に 6,000 社が展開し、6万人近くの雇用を生んでいる。年間売上は 376
億ドル(3 兆 8,352 億円)となっている。またソフトウェア産業もアイ・ビー・エムやメ
ンター・グラフィックスなど大手企業を筆頭に 1,500 社が進出し、2 万人以上の雇用を創
出している。
⑤ スポーツ・アパレル産業
オレゴン州には同州で生まれたコロンビア・スポーツウェア本社やナイキのグローバル
本社(世界本社)がある。またポートランド都市圏にはドイツの世界的なスポーツウェア
メーカーであるアディダス社のアメリカ本社があり、これらの会社が世界的なブランドへ
と成長していく過程で中小規模の関連産業が集積した。400 社を超える企業が展開してお
り、13,000 人以上を雇用し、年間売上は 52 億ドル(約 5,300 億円)を記録している。
(3)オレゴン州の輸出産業
図3.オレゴン州の主な輸出品
オレゴン州の輸出品
(2012)
単位(%)
出所:Business Oregon®資料をもとに当研究所作成
オレゴン州の輸出品目で最も大きいのはコンピュータ&電気機械関連で金額にして 64
億ドル(約 6,528 億円)で、全輸出の 34.8%で 3 分の1以上を占めている。次いで農業製
品が 26 億ドル(約 2,652 億円)で 14.2%、以下、機械製品の 9.8%、化学の 8.7%、輸送
機械の 6.5%と続いている。
-5-
オレゴン州には 480 ㎞の太平洋岸沿いに 23 の港湾施設があり、日本から最も近いアメ
リカの一つである。またポートランドにはアメリカ西海岸で3番目の規模であるポートラ
ンド港がある。河口から 130km内陸にあるが毎年 1,300 万t以上の貨物を取り扱ってい
る。特にポートランドは小麦の出荷量が全米1位で、ポートランド港は世界第2位の小麦
取引港となっている。
3.オレゴン州における企業進出(事業投資)のアドバンテージ
(1)地理的利便性
① 太平洋に面し、日本に最も近い州のひとつで、物流面において利便性が高い
② オレゴン州のゲートウェイであるポートランドには成田空港からデルタ航空の直行便
が毎日運航(片道約9時間)している。
③ ワシントン州との州境を流れるコロンビア川沿いに位置するポートランド港は海から
160 ㎞離れているにもかかわらず全米でも屈指の港湾都市である。
④ アメリカ西海岸における戦略的重要拠点
全米一の市場規模を誇るカリフォルニア州へのアクセスが良く、環太平洋地域への輸送
(2)低いエネルギー・コスト
自然の力を利用した水力発電能力の高いオレゴン州では、工業用エネルギー・コストは
キロワット時(kwh)当たり平均 6 セント以下と全米でも最も経済コストが低い州の一つ
となっている。また豊富な水、多くの水脈、川に恵まれており、水代は安価で、高い純度
を誇る。
(3)優良で若い労働力
① 勤勉な労働者が多く、生産性の質について極めて高く評価されている
② 米国屈指の半導体産業が盛んな州(シリコン・フォレスト)で、同産業に携わる労働
者が5万人を超える。
③ 州民の教育水準は高く、かつ労働者に占める若年層(19~34 歳)の割合は全米平均よ
り 39%高く、州内への若年労働者の流入も増加している。
(4)自然災害が少ない
地震、ハリケーン、竜巻、干ばつ、洪水、異常気象の発生率が非常に低い。
(5)有利な租税措置
オレゴン州は低租税構造と言われるように“Low Business Taxes”が一つの特長でもあ
る。オレゴン州は全米で2番目に有効事業税率が低い州である(2013 「Ernst & Young
C.O.S.T. Study」
)
。非課税項目は、消費税(sales tax)、地方税、付加価値税、在庫税、総
収入税、自動車税、印紙である。また資産税 課税評価額の 1~2%となっている。
(6)企業立地に対する各種優遇税制度及びインセンティブ
次にオレゴン州への進出に関連した各種優遇制度(インセンティブ)について概観した
-6-
い。
① エンタープライズゾーン(EZ)
州が指定した経済の活性化を目指した地域であるエンタープライズゾーンが 62 か所指
定されており、工場やビジネスの拠点をおく企業の建物や機器類に対する固定資産税を免
除される。
② 戦略的投資プログラム(SIP)
巨額の設備投資負担となる固定資産税減免措置で、固定資産税の一部を 15 年間免除に
なる制度である。
(免除の対象:初年の固定資産税が$1億以上(大都市圏または人口3万
人以上の都市の都市成長限界線[UGB]内)
、$2,500 万以上(その他の地域)
)
③ 税額控除(BETC)
製造会社に融資/または税額控除を提供する州の事業エネルギー税控除制度で、再生可能
エネルギー関連商品製造事業には税控除を受ける資格を受ける資格のあるコストを最大
50%税控除することが可能となる。
④ 小規模エネルギー融資プログラム(SELP)
エネルギー効率、
再生可能エネルギー生産及び再生可能エネルギー製造のための融資
(ロ
ーン)プログラムで、固定資産税の免税措置を 3 年から 15 年が用意されている。また立
地後、雇用が 10%伸びたら、事業所拡張時にも適用できる。この制度をうまく利用すると
25 年間減税の恩恵が受けられる。
(7)日本人に適した生活環境(日本からの従業員やその家族に優しい生活環境)
オレゴン州はアメリカの各州のなかで日本人(従業員やその家族)にとって暮らしやす
い環境と言える。まず治安が良いのが大きな特長であり、通勤時間も短く通勤時間帯も含
めて交通渋滞もなく快適な生活環境である。またオレゴン日米協会、ポートランド商工会
などの日系団体も活発な活動をしており、日系企業間の横の結びつきも緊密である。現地
での子弟の教育では、ポートランド日本人学校の教育レベルもアメリカ国内の日本人学校
の中でも非常に高いと言われている。加えて州立大学レベルを筆頭に現地の日本語教育も
盛んで、ハワイ州に次いで充実している。
(8)日本語による継続的な支援対応
オレゴン州政府の駐日代表部は 1984 年に開設され、日本企業のオレゴン州進出につい
て支援を行っている。日本語での継続的な対応が可能である。また今回の視察をコーディ
ネートしていただいたポートランド市都市開発局には企業誘致担当に日本人スタッフを配
置するなど日本企業の進出に的を絞った支援体制を敷いている。
4.オレゴン州進出の日本企業
オレゴン州では、1985 年に旭化成がオレゴン州に進出以後、製造業を中心に 120 社の
日本企業が進出している。その多くはポートランド市とその周辺(コロンビア川の対岸の
ワシントン州バンクーバーを含む)のポートランド都市圏に集積している。
-7-
図4.オレゴン州進出の日本企業
(出所:Business Oregon 資料)
主な進出日本企業リスト
食品:敷島製パン、味の素冷凍食品、山本山、森永乳業、クノール食品、桃川酒造、森永
乳業、ヤマサ醤油、カルビー
輸送用機械:トヨタ自動車、本田技研工業、富士重工、ブリジストン、
物流:川崎汽船、日本通運、近鉄航空貨物、西日本鉄道、ヤマト運輸、郵船航空
電気機器:パナソニック、ウシオ電機、カシオ計算機、日本航空電子工業、東京エレクト
ロン、堀場製作所、エプソン
精密機器:島津製作所、ニコン、日立
素材:東洋炭素、太平洋セメント、旭硝子
化学:日本ゼオン、東京化成工業、東ソー
その他:荏原、住友電工、貝印刃物、千寿製薬、ローランド、
商社・金融:三井物産、三菱商事、住友商事、丸紅、伊藤忠商事、双日、豊田通商、兼松、
三菱東京UFJ銀行
大学:早稲田大学、東京国際大学
-8-
オレゴン州はアメリカ人の引っ越し先 第1位
CNN Money が 2013 年に州を越えて引っ越しした人の出入りをまとめた統計によ
ると転入者の割合が最も高かったのがオレゴン州であると報じている。要因は産業
の発展や生活費の安さとしている。
アメリカ引っ越しサービス会社であるユナイテッド・バン・ラインズ社が 1977 年
からまとめている統計によると 2013 年に州を越えた引っ越し全体の中で転入件数
が占めた割合は、オレゴン州が 61%で全米第1位となった。オレゴン州を含む太平
洋岸北西部は、公共交通機関が発達して、緑も多く、地元の芸術文化や娯楽が充実
しているという魅力が、専門職の若者や退職者層を引きつけているとしている
(UCLA マイケル・ストール教授)
5.オレゴン州独特の社会、経済制度
アメリカにおける「州」を日本の「都道府県」と同じようなものと紹介することもある
が、これらは全くの「似て非なるもの」である。アメリカの州は、独自の州法によって社
会や経済等に諸制度を決めている。我々が簡単に、
「アメリカでは・・・・」と口にするが、
それは大間違いで、州ごとに大きな違いが見られるのが実体である。次に今回の視察で知
ったオレゴン州独特の社会、経済制度について紹介をしたい。
(1)消費税がない
オレゴン州は州税としての消費税の存在しない5州の1つである。今回の視察で久しぶ
りに消費税のない買い物の経験をした。アメリカでの買い物では消費税が付くのが当たり
前、また日本で消費税が8%となった直後であったので、実際に“オレゴン州は物価が安
い”と感じさせる快適な買い物となった。聞くところによれば、
「ワシントン州の住民が川
を渡ってオレゴン州内で買い物に来る光景がよく見る」ことであるとか・・ちなみにオレ
ゴン州の住民がワシントン州で買い物をした時に身分証明書を提示すれば消費税は免除さ
れる。
(2)
「セルフサービス方式」のガソリンスタンドは禁止!
日本でもセルフサービス方式のガソリンスタンドは一般的となって来た。このセルフサ
ービス方式のガソリンスタンドは、アメリカでは古くから当たり前のことと考えていた。
しかしながら、オレゴン州ではこれが禁止されていると聞いて驚いた。1951 年の州法によ
り、東部のニュージャージー州とならんでセルフサービス方式のガソリンスタンドが禁止
されている。
(3)皆保険制度、
「オレゴンヘルスプラン」を導入
オレゴン州では独自の公的医療保険制度としてオレゴンヘルスプランを立案し 1994 年
から実施している。これは限られた予算をもとに医療保険のカバー率を向上させることを
ねらい、医療行為を費用対効果の視点からランク付けし、高順位のものから給付金の対象
-9-
とする制度である。低順位は適用外となると批判もあるが、この制度により州内の低所得
者の大半が公的医療保険制度によってカバーされることになっている。
(4)安楽死、同性婚も認めている“先進地”
オレゴン州は 1994 年に成立した尊厳死法によって安楽死が認められている。これはお
隣のワシントン州やモンタナ州と並んで全米で3州のみである。また 2008 年には州法を
改正し、同性間の関係に婚姻に代わる法的認証を与えている 11 州の1つとなった。
(5)飲料容器のリサイクル制度の発祥の地
清涼飲料水の缶、瓶やペットボトル等の容器リサイクル制度がアメリカで最初に始めら
れたのがオレゴン州である。オレゴン州やポートランド市の社会、経済制度の根幹には、
「人に優しい、環境に優しい」という考え方が貫かれているという印象を得た。後半のⅡ.
ポートランド市及びポートランド都市圏の社会、経済事情にてポートランド市の都市の成
長管理政策についても触れてみたい。
- 10 -
寄 稿:
~Japanese companies like doing business here~
古沢 洋志
ポートランド事務所・総領事
オレゴン州においては、日本からのビジネスが既に復活し、我々はその利益を既に享受
しているように思える。私が当地の総領事として着任し、1 年が経過したが、その間に新
たに 10 社の日本企業が投資をし、ビジネスを開始している。現在オレゴン州には、110
以上の日本企業が進出し、これらの企業では 5,000 人以上を雇用しており、企業数や従業
員数は増加している。
4 月中旬には、オレゴン州政府開発局関係者ら総勢 39 名が訪日し、第 5 回目の「Doing
Business in Oregon」が開催された。2010 年以来、オレゴン州経済開発局は、ポートラン
ド市開発局、オレゴン日米協会、州内地方自治体の首長、企業経営者らは、このセミナー
を継続的に開催しており、日本の中小企業や高い技術力を持った企業に対してオレゴン州
進出に関する情報提供を行い、成功を収めてきた。本セミナーには東京、大阪を合わせて
171 名が参加した。~(中略)~
日本企業がオレゴン州を投資先として選定するに要因は多岐にわたるが、それらは、製
造拠点の操業に優位となる美しい自然と豊かな水、安価な電力料金、州政府や地方自治体
の税制優遇措置や熟練工・高学歴者の確保が容易であることがあげられる。またオレゴン
州の1人当たりの日本語履修率はハワイ州に次ぐ第2位となったおり、オレゴン州と日本
の間には長くかつ深い歴史的・文化的な繋がりがある。
つまるところ、日本とオレゴン州の間には密接な関係性があり、日本人及び日本企業に
とってもこの地は居心地が良い。このことは観光面でも類似しており、ポーランドの持続
的で環境に優しく、コンパクトなまちづくりの評判は近年高くなっている。日本ではポー
トランドが脚光を浴びており、我々は更なる発展や連携と繁栄の時を心待ちにしている。
(オレゴニアン紙 2014 年 5 月 2 日掲載記事を翻訳し、当研究所で要約したもの)
- 11 -
Ⅱ. ポートランド市及びポートランド都市圏の社会、経済事情
ポートランドは現在、全米で最も注目を浴びている都市の一つと言ってもよい。温暖な
気候、山や海、川などが豊かな自然に恵まれ、環境に配慮した自転車通勤や電気自動車の
推進や地産地消の食文化が定着するなどしており、“世界で最も住みやすい都市
1位”、
“全米で最も環境に優しい都市 1位”、
“全米で最も持続可能(サスティナビリティ)な
都市 1位”と多くのメディアの評価が高く、最も“COOL”な街である。
ポートランド市単独では人口 60 万人程度となっている。ポートランド都市圏はポート
ランド市を中心に3市 25 郡で構成され、オレゴン州の 390 万人余りのうち 220 万人がこ
の地域に在住しており、オレゴン州の経済、産業の中心となっている。
ポートランド市及び同都市圏への各マスコミの評価
*世界で最も住みやすい都市 1位(2012 年 英・「ザ・ガーディアン紙」
*全米で最も環境に優しい都市 1位(2012 年 「Corporate Knights
Magazine 誌」他)
*全米で最も持続可能(サスティナビリティ)な都市 1位(2011 年「Census」
)
*全米で最も省エネ努力をしている都市 1位(2013 年「Business Facilities 誌」)
*全米で最も「Bike-Friendly」な都市 1位(2012 年「Bicycling」
)
*自転車通勤する人の割合
1位(2012 年「US Census Bureau」
)
*人口1人当たりのオーガニックレストラン数 1位(2007 年「Cooking Light」
)
*全米でクルマなしで最も住みやすい都市 2位(2011 年 7 月 24 日 Wall Street
Journal 紙)
*全米グリーンテクノロジー都市ランキング 3位(2012 年「Clean Edge」
)
(出所:本視察におけるポートランド市都市開発局 配布資料より当研究所作成)
1.ポートランド都市圏の産業構造
(1)インテル社の世界最大の工場と「シリコン・フォレスト」
コンピュータの世界的な部品メーカーであるインテルは同社における世界最大の拠点を
ポートランドの西側にあるヒルズボロ市に置いている。同社はポートランド都市圏で最大
の雇用主として 16,500 人を雇用している。インテル社を中心にポートランド都市圏には
1,200 を超えるハイテク企業がある。また同社の製造拠点を囲む形で、多くの日系ハイテ
ク企業も進出している。ハイテク企業の集中度の高さからポートランド都市圏及ぶ周辺地
域を「シリコン・フォレスト」と呼ばれている。
(2)ナイキとアディダス、ライバル社の本社が展開、スポーツ・アパレルの集積地
ポートランド都市圏にはドイツの世界的なスポーツウェアメーカーであるアディダス社
のアメリカ本社がある。またポートランド都市圏の西側、ヒルズボロ市にはスポーツウェ
アメーカーであるナイキ社のグローバル本社(世界本社)がある。約 1,000 人の従業員を
雇用し、会社と言うよりは“大学のキャンパス”と見間違えるような広大な土地を有して
- 12 -
いる。
(ナイキ社員も“キャンパス”と呼んでいる)
。その他コロンビア・スポーツウェア、
ヤキマ・プロダクツ等の同業他社も本社を構えている。
(ナイキの設立者で代表であったフィリップ・ナイトはオレゴン州で生まれ育ち、オレゴ
ン大学の卒業生である。
)
写真3:ナイキ世界本社入口
写真4:ナイキのロゴマークについて説明
(3)物流
ポートランドにはアメリカ西海岸で3番目の規模であるポートランド港がある。河口か
ら 130km内陸にあるが毎年 1,300 万t以上の貨物を取り扱っている。ポートランドは小
麦の出荷量が全米1位で、ポートランド港は世界第2位の小麦取引港となっている。
(4)持続可能社会としてのポートランド、世界有数の環境先進都市
ポートランド市は近年、世界有数の環境先進都市として認識されている。多くの新聞や
雑誌等の様々なランキングで上位に顔を出している。緯度が高いわりには、冬は気温が余
り低くならず雪も少ない、夏は晴れの日が多く暖かいが湿気が少なく過ごしやすい。また
世界最大数の地ビール醸造所、ピノ・ノワールワインの産地としても有名で、コーヒータ
ウンとしても知られている。
適度な都市規模のサイズ、ライト・レール(路面電車)に代表されるように公共交通機
関もあり、省エネ努力や自転車や歩行者にも“優しい街”としても有名となっている。
写真5:ポートランドの公共交通
写真6:建築中の徒歩、自転車専用橋
- 13 -
2.ポートランド都市圏社会・経済の特長
(1)質の高い労働力
ポートランド都市圏には 102 万人を超える労働力を持ち、この数字はアメリカ西海岸で
は5番目の大きさである。2017 年までにはポートランド都市圏の労働力は 11%増加し、
110 万人までに増加するものと予測されている。西海岸の全ての大都市圏で最も大きな増
加率となっている。全米でリーマンショック後の経済不況時期においても、過去5年間で
4%の雇用増加を記録している。この数値はロサンゼルス、サンフランシスコやサンディ
エゴよりも高い。この地域の労働力の 33%は大学卒かそれ以上の学歴を有しており、ポー
トランド都市圏住民の 90%が高校卒以上で、この割合は全米で7番目に高い。
(2)堅調な地域経済活動
ポートランド-バンクーバー(ワシントン州)地区の地域内純生産額は 1,500 億ドル(約
15 兆 3,000 億円)~オースティン(テキサス州)の地域内純生産額より 31%多く、アル
バカーキ(ニューメキシコ州)の 4 倍に相当する~
2017 年までにはポートランド都市圏での地域内純生産額は 22%増加し、1,830 億ドル(約
18 兆 7,000 億円)に達すると見込まれている。ポートランド都市圏からの輸出額は 2010
年にそれまでの 5 年間で 11%増加し、212 億ドル(約 2 兆 1,600 億円)となった。~この
金額はオースティン(テキサス州)
、デンバー(コロラド州)
、サクラメント(カリフォル
ニア州)を足した金額よりも大きい~
*ポートランド都市圏経済は過去 10 年間で西海岸地域において最も速く伸長している
*ポートランド都市圏は西海岸で 6 番目の経済規模(地域内純生産額)を誇っている
(3)経済活動の多様性
経済活動及び産業構造の多様性もポートランド都市圏の特長である。3,100 超の製造業
が本社を置き、49,000 人が働いている。~この数はサンノゼ、サン・ディエゴ(カリフォ
ルニア州)やデンバー(コロラド州)よりも多い~
そしてこの地域では、3,900 社に及ぶハイテク産業の拠点が展開されており、従業員の
数も 73,000 人にも達している。代表的な企業は、インテル、アイ・ビー・エム、ヒュー
レッド・パッカード、ゼロックス等である。
またナイキやアディダスで代表されるスポーツ・アウトドア関連業種も 621 社で、6,800
人を雇用している。
*ポートランド都市圏での特許の増加は、全米の都市圏別でも 10 位以内に入るものであ
る
*ポートランド都市圏の企業の 1/3 は女性社長である
(出所:
「Portland Industrial Market」By CBRE より当研究所作成)
(4)ポートランドの持続可能なまちづくり
オレゴン州の都市計画は「土地利用計画制度」として 1973 年に採択され、ポートラン
ド都市圏の成長境界線(UGB)は 1979 年に作られている。都市成長境界線は、ポートラ
ンドの景観保全と産業や住宅開発のバランスを維持し、都市の計画的な成長管理のもとで
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住宅、雇用、工業用地を 20 年間供給するために成長境界線を広げる必要があるか、5 年ご
とに見直している。この制度は多くの都市で見られる無計画、場当たり的な郊外開発に見
られる都市開発を抑制し、
持続可能なまちづくりのための一つ規範として評価されている。
またポートランドでは、
「徒歩 20 分の街」というコンセプトに基づいてまちづくりが進
められてきた。これは「住民生活で学校、食料品店、職場、娯楽施設などへ 20 分以内で
歩いて行くことができまる」というものだ。
「徒歩 20 分の街」の一つ一つの集合体がポー
トランド市のダウンタウンを形成しているとも言える。街や地域の「端を拡張(郊外の開
発)するのではなく、中心部に焦点があてられることによって、結果は移動パターンで公
共交通機関の利用が 5~10 倍、徒歩が 3 倍になった。また車による移動や自家用車の所有
も半分になった。TriMet(ポートランドの公共交通機関)のサービスエリア人口は全米で 29
位でありながら、利用者数は全米で 13 位と多くの人が公共交通機関を利用している。
また建築されるビルにおいても都市環境にやさしいビルを念頭に多くのビルが建てられ
ている。州民1人当たりの LEED(環境性能評価システム)認定建物数が全米で最も多い
ことが、それを示している。
* LEED
(Leadership
in
Energy
and
Environmental Design) 世界的に認められてい
る環境にやさしい建築を証明するために定められ
たシステム。LEED は格付けシステムを導入し、
エネルギー節約、水資源、コミュニティ活性化へ
寄与しているかなどを評価している。
写真7:LEED プラチナ級の認定章
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4.ポートランド都市圏のヒルズボロ市、ビーバートン市
(1)ヒルズボロ市
ポートランド市のダウンタウンから約 30 キロ西に位置し、人口が 93,000 人ほどの州内
で 5 番目の市である。ヒルズボロ市はシリコン・フォレストの中心で、インテルの世界最
大となる生産拠点とそのサポート企業を始め日本企業を含めた多くのハイテク産業が進出
している。またクラウド・コンピューティング事業を行っているセールス・フォース・ド
ット・コム社やデータセンター向けのハード、ソフトウェアの設計製造するオラクル社な
ども進出している。ハイテク産業が市内雇用者の 35%を占めるなど市内の主要産業となっ
ている。 他産業では、スポーツ・アパレル産業として著名なナイキが世界本社を置いて
いる。ナイキはヒルズボロ近郊で 8,000 人以上を雇用している。
表1.ヒルズボロ市に進出している主な日本企業(雇用者数の多い)
企
業 名
系列企業
従業員数(人)
Epson Portland
セイコー・エプソン
400
Tokyo Electron America
東京エレクトロン
340
Nikon Precision
ニコン
125
AGC Electronics America
旭ガラス
114
TOK America
東京応化工業
112
Rodgers Instrument
ローランド
91
Hitachi High Technologies America
日立
86
Sumitomo Electric Semiconductor Material Inc.
住友電工
54
写真8:ヒルズボロ市のインテル社の世界最大の製造工場
(出所:Business Oregon 配布資料)
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写真9:ヒルズボロ市の製造拠点写真(注:中央がインテル社の世界最大の製造拠点)
(出所:ヒルズボロ市配布資料)
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(2)ビーバートン市
ビーバートン市は、
ポートランド市から西へ 12 ㎞ほど行った人口 93,000 人の市である。
ここではナイキ本社と日本から進出している文房具の PULS を訪問した。ポートランド都
市圏内にあり、2010 年には「全米で居住に適した小都市 100」
(Money 誌)の一つに選ば
れている。
ビーバートン市の象徴的な存在は、本稿で何度も触れたがナイキの世界本社である。ま
たコロンビア・スポーツウェアの本社もあり、州内のスポーツウェア産業に中心である。
スポーツウェア関連以外では、電子機器製造のテクトロニクスやアイ・ビー・エムの研究
所もあるなどシリコン・フォレストの一角も担っている。
写真 10:ナイキ世界本社の全景(右側は天然芝のサッカー場)
(出所:Business Oregon 配布資料)
終わりに
率直な感想であるが、今回の経済・産業視察は非常に実り多いものと言ってよい。また
“知らないということは恐ろしい”とも感じた次第である。オレゴン州は日本に最も近い
米国の州の一つでありながら、お隣のカリファルニア州と比較すると日本での知名度は格
段に劣る。ポートランド市での持続可能なまちづくりについては、都市開発などの専門家
の間では予てから注目されていたが、一般にはほとんど知られていない。その中で豊かな
自然環境、豊富な産業資源や多様な人材等に恵まれた同州が全米で最も注目されている州
であることを知らなかったことに勉強不足を痛感したところである。
冒頭でも述べたが、東南アジアに替わる新たなビジネス展開やアメリカでの新たな投資
等を考えた場合、オレゴン州を候補地のトップランナーの一つに据えることは、決して冒
険ではない。とにかく、一度訪れることをお勧めする。
(調査事業部:松本博之)
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