労働安全衛生

政
策
調
査
室
だ
よ
り
Vol.26
執筆/城戸正己 (政策調査室長)
ハインリッヒの法則
1:29:300
「労働安全衛生」
災害防止対策
1件
死亡
重傷
災害ゼロから危険ゼロへ
29件
軽傷
微小災害
同種災害・類似災害
防止対策
災害事例検討
(災害対策会議)
300件
ヒヤリ・ハット
ケガとはならない事故
危険要因
不安全状態
不安全行動
(管理的要因)
ヒヤリ・ハット報告・検討
事前評価+除去(低減)
(リスクアセスメント)
危険予知活動+危険除去
(KYT)
「ハインリッヒの法則」は承知している
●
ことと思うが、これは死亡や重大事故の背
情報労連では5月23日から6月30日までの期間を
景にどれほどの小さな事故が内在している
『労働安全衛生強化月間』と位置づけ、通年的取り組みの
かを、統計数値から導き出したものだ。1
スタートとして事故撲滅に向けた取り組みを強化するこ
件の死亡・重症事故の背景には、29件の
ととしている。同時に、6月は全国安全週間(7月1〜7
軽傷・微小災害があり、300件のヒヤ
日)の準備月間となっていることも意識した取り組みを
リ・ハット、ケガとはならない事故が存在
展開していくこととしている。
するとの「1:29:300」の数値である。
そこから考えられるのは、300件の背
●
1
景には300件以上の危険要因が潜んでい
業によって事故が発生し、最悪のケースを
るということだ。事故をなくすためには、
迎えることとなっている。
この危険要因を作業者の共通認識として
これらは本当に作業者だけの問題なのだ
基本動作の欠如と
作業手順のミス
ろうか。
中災防新書『安全管理の現場力(樋
情報を共有化し、いかに排除するかを協
議していくことが重要となってくる。
口勲著)
』の一節に「ハードを作るのも、
ソフ
大きな事故をなくすためには、小さな事
トを作るのも、操作するのも人である。ハー
故の芽を摘み取ることが最も有効な手段で
ト面での対策を忘れてはならない」とある。
あり、その手段として安全衛生マネージメ
まさにその通りである。安全器工具の配備
ントシステムやリスクマネージメントシス
などのハードを充実させても、教育訓練な
テムを取り入れる企業も増えている。とく
昨年の大会以降からの情報労連内の事
どのソフトを充実させても、それが作業者
にリスクマネージメントは屋外作業者だけ
故の状況を見ると、土砂崩壊による人身死
自身の心に響かなければ、どんなに安全施
でなく、事務系の職場でも、階段での上
亡事故が発生している。この事故の主たる
策を強化しても意味を成さない。ハードと
り下りや、デスク周辺での危険要因を把
要因は「基本動作の欠如。作業手順のミ
ソフトとハートが大切なのだ。
このハートに
握する手段としても用いられている。
ス」によるものである。
作業手順や基本動作
響く対策は、一方通行の対策では人は動か
そしてもう一つが職場環境の改善であ
を守っていれば、
防ぐことのできた事故であ
ない。指示する側と指示される側のコミュ
る。よくいわれるのが4S活動(または5S
るだけに残念でならない。また、加害車両
ニケーション、納得性が重要である。
活動・4S+躾)である整理・整頓・清掃・
事故の主たる要因
の作業区域への飛び込みによる交通死亡
事故も2件発生した。この他にも死亡事故
清潔を職場の中で実施することである。こ
2
れは職場の安全確保とともに、生産性の向
にはならなかったものの、人身事故が12件
上や生産性、品質、信用、従業員の意識向
(4月25日現在)
が発生しており、残念な
上など効果は計り知れないものがあり、安
がら事故撲滅までには至っていないのが現
状である。
事故発生のたびに原因究明や再発防止
小さな事故の芽を
摘み取ることから
策を協議し、安全器工具の配備と充実を
図ってきたが、残念なことにそれを使用す
る側が経験上からの過信や慢心、近道作
23
REPORT 2005.5
全確保の必要条件ともいわれている。やは
り労使が一体となって取り組むことが、効
率的・効果的に進められ、それを協議する
場が『安全衛生委員会』等であると考える。
ハインリッヒの法則
安全労働は労使の共通課題であり、人
身や設備事故のない職場を求めない経営
《表1》 安全委員会設置基準
業
者も組合もないはずであり、目標を決めて
お互いに取り組むことが重要である。
3
種
規 模
林業、鉱業、建設業、製造業のうち木材・木製品製造業、化学工業、鉄鋼業、金属
製品製造業および輸送用機械器具製造業、運送業のうち道路貨物運送業およ
び港湾運送業、
自動車整備業、機械修理業ならびに清掃業
50人
以上
上記を除く製造業、上記を除く運送業、電気業、ガス業、熱供給業、水道業、通信
業、各種商品卸売業、家具・建具・じゅう器等卸売業、各種商品小売業、家具・建
具・じゅう器小売業、燃料小売業、旅館業、
ゴルフ場業
100人
以上
《表2》 4Sの対象物と着眼点(中災防新書『安全管理の現場力』樋口勲著より)
対 象 物
情報の共有化で
ミスを繰り返さない
安全労働は労使で
種類、形状、量、高さ、安定度、運搬手段、容器等
機械設備
必要面積、配置等
治工具
使用頻度、使い場所、置き場所
作業床、通路
広さ、表面の凹凸、有効な幅、強度
書類、図面、書籍類その他
有効期間、配布先、
ファイル方法
《表3》 人間の特性(中災防新書『安全管理の行動科学入門』長町三生著より)
人間の特性
労働安全衛生法では、安全委員会につ
いては《表1》の職種・規模により設置義
務が課せられ、衛生委員会については、50
人以上が従事する事業所での設置義務が
課せられている。また安全衛生委員会は、
この両方の条件を満たすことから50人以
上が従事する事業所での設置義務が課せ
られており、毎月の協議と議事録の保存
(3年間)が義務付けられている。この設置
条件を満たしている事業所では協議が行
われているはずであるが、協議内容のマン
ネリ化や開催がおろそかになるなど、内容
の充実には至っていないのが現状のようだ。
また、設置義務のない小規模の事業所で
は、安全衛生に関しての労使協議もできて
いないのが実情のようである。
安全衛生委員会等は『団体交渉』とは
違い、労使が事故撲滅のために納得でき
る安全施策を協議し、そこに働く仲間が
理解しあい、納得して行動することにあ
り、その行動を進めることである。それが
個人の単なる合計値ではなく、相乗効果
を生み出していくことにつながると考える。
『 ゼロ災 とは単に数字的に災害がない
ということではなく、災害発生の可能性も
含めて潜在災害要因そのものを根絶して
着 眼 点
材料、半製品、製品
【錯誤】 錯誤とは、右と左を間違えて操作したり、登ってはいけない所を登ってみたり、手を
出してはならないときに手を出したりなど、
ある特定の状況で特定の心理状態になって失策す
るような場合のことを錯誤という。
【近道反応・省略行為】 人間が横着になって几帳面なことを面倒に思うようになると近道
反応や省略行為を行うようになる。
・きちんと通るべき道がついているのに、
それが遠回りであれば、禁止されているところを近道
する。
・決められた作業手順を抜かしたり、保護具を着用しなかったり必要な手順を省略する行為。
【憶測判断】 憶測判断というのは、主観的な、あるいは自分勝手な判断や希望的観測にも
とづいて「まあ、大丈夫だろう」という安易な判断をもつことをいう。
《表4》 人間特性の背景(中災防新書『安全管理の行動科学入門』長町三生著より)
【錯誤の背景】 錯誤の発生する原因には次の事項がある。
・疲れ過ぎているとき
・何か強い関心を引くものがあって、対象作業に十分な確認が行われなかったとき
・訓練や経験が不十分なとき
・いい加減な判断で甘く見たとき
・急いでいるときや感情が高ぶっているとき
・似た形状のものが並んでいて間違えたとき
【近道反応・省略行為の背景】 近道反応や省略行為を引き起こさせる要因には次のも
のがある。
・決まりきった安全な行為をするのに、時間や距離の点で面倒さを感じさせるとき
・横着な気持ちがあるとき
・仕事を急ぐとき
・仕事を軽視するとき
(自信過剰、
あなどり、
ちょっとで済むような場合)
・守るべき作業手順の意味を理解していないとき
・近道反応や省略行為を誘うような環境であるとき
【憶測判断の原因】 憶測判断の生じる原因には、次の事項がある
・「早く仕事を済ませたい」
「早く帰ろう」
「早く渡ろう」というような強い願望があるとき
・情報が不確かなとき
・過去の経験の先入観があるとき
・希望的観測があるとき
しまうことであり、無災害の意味とは根本
的に違うことを再認識する必要がある。危
著)』の一節より)。
考えていかなければならない。
ないことを危ないと気づき、いかにしてヒ
事故はあってはならないことだが「死亡
人はミスをする。しかしミスを単なるミ
ューマンエラー事故を防止するか、全員参
事故は重症事故に、重症事故は軽症事故
スと捉えるのではなく、ミスを繰り返さな
加で先取りの安全確保を行おうとすること
に、軽症事故はヒヤリ・ハット程度に」と、
いための情報の共有化と再発させないため
から「ゼロ災運動」が提唱されている』
(中
不幸にして災害にあった人が短期間で職場
の協議を行うことが重要であり、対策を全
災防新書『 安全管理の現場力( 樋口勲
復帰ができるように、労使で安全労働を
員が納得して取り組むことが大切である。
REPORT 2005.5
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